忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/11/06 19:50 |
夢御伽 14/礫(葉月瞬)
PC:礫 メイ
NPC:ニャホニャホタマクロー キシェロ 雇われ冒険者
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 その血走った目で見据えられると、射竦められる様で怖かった。

 その瞬間、動けたのは礫とキシェロだけだった。
 キシェロは血走った眼で礫を見据えると、脇目も振らずに突撃して来た。両手でダガーを正眼に構え、一気呵成に走り出したのだ。その切っ先に、迷いはなかった。礫は当然、その彼の動きを見定め、メイを庇う様に動いた。

「危ない! 礫!」

 タマクローの制止の声に、礫は答えるように一つ頷いた。
 礫は十分冷静だった。冷静に状況を判断し、対処できる姿勢を維持していた。だから突撃してきたキシェロを牽制することが出来のだ。礫はキシェロの手首を掴むと、反対の手でダガーを叩き落とした。乾いた金属音が鳴り響き、くるくると床を滑っていくダガー。キシェロがそれを目で追っている間に、礫はもう一動作起こしていた。利き腕でキシェロの胸倉を掴み、逆手で袖口を掴んで全身の動きでキシェロの体を持ち上げた。そのまま下に振り下ろす。一本背負いという、東洋の格闘技の一つである。投げられたキシェロは脳震盪を起こして気絶していた。
 暫しの間、キシェロが気絶から回復するまで礫は待った。途中、雇われた冒険者は三々五々逃げ出していったが、後を追うことはしなかった。彼らが後で仕返しに来たとしてもなるようになるしかない。それに、雇い人は捕まえたわけだから彼等には何をする理由も無いだろう。彼等の脳裏には、賃金の支払いに対する不安が漂っているだろうけれど、それも自業自得というものだ。とはいえ、礫は何だか彼等が気の毒に思えてきた。これから生活費とかどうするんだろうとか勝手に想像を膨らませて、心の中で静かに「ごめんなさい」と呟いた。
 礫は、床に落ちているダガーを拾い、キシェロに向き直った。

「キシェロさん、あなたは間違っている」

 一拍おいて、続ける礫。

「あなたに、他人の幸せを踏みにじる権利なんて、無い。……あなたは、苦労してきたかもしれない。血の滲むような人生を歩んできたかもしれない。でも、だからこそ、他人を不幸に巻き込むことをしちゃいけないんだ。他人の幸せを妬むより、自分がどれだけ幸せに近付けるかを、努力して欲しい。もう一度、やり直して下さい。罪を認めて――」

「…………コロシテクレ」

「……?」

「お願いだ! コロシテクレ! 生きていても何もいいことなんて、ない。ただ、あるの
は苦痛のみだ。それならばいっそ、――」

「――駄目です。あなたは生きるべきだ。生きて罪を償うんです」

「…………イキル?」

 キシェロはその言葉を吐き出すと、仰向けに横たわったまま顔を両の掌で覆った。男泣きに咽び泣くキシェロを、ただ見詰めるしかなかった。その声は確かに生きているものの慟哭で、希死念慮の欠片も見当たらなかった。「この人はもう、大丈夫だな」と心の中で呟いて、礫は不安げな顔で礫をじっと見詰める、メイの方へ向き直った。
 視線と視線がぶつかった。この一件は、これでもう終わったのだと確信した。

「れっきー……」

 涙を浮かべるメイ。不安と恐怖ではなく、喜びと安堵の涙だった。

「れっきーぃぃぃ!」

 堰を切ったように泣き出すメイ。
 それを宥め賺[すか]すように近付く礫。

「メイちゃん……良かった。無事だったんだ」

 走り寄ろうとしてふと何かに気付く。
 そうだ。彼女は今鳥篭の中に捕らわれているのだ。何とかして助け出さねばと、周囲を見渡した礫の目に飛び込んできたのは、慟哭を嗚咽に変えたキシェロだった。恐らく鍵は彼が持っているのだろう。礫はキシェロに声をかけた。

「キシェロさん。鳥篭の鍵は?」

 嗚咽に咽びながら、人差し指で胸ポケットを指し示す。暫し胸ポケットを漁ると、一本の鍵が転がり出た。
 メイを留めおく鳥籠の鍵。
 試すまでも無く、それは合致した。

「れっきぃぃぃぃ!」

 弾かれたように飛び出して、礫の首筋に抱きつくメイ。赤い瞳に大粒の涙を浮かべ、必死にしがみついている。「こわかったよー!」だの、「何でもっと早く来てくれなかったの!」だの、好き勝手に泣き喚いている。礫はそんなメイを優しく掌で包み込むと、優しい眼差しで見詰める。そして、静かに微笑んだ。

   ■□

 今日はポポルで宿を取ろうということになって、その日の夜は“牡鹿の角”亭に枕を預けた。
 その日の夜。刀の手入れに余念が無い礫が、口を開いた。

「メイちゃんの生まれ故郷って――妖精の森だっけ、どういうところ?」

 それは、ほんの些細な日常会話。他に会話することが無いから、とりあえず口に出したというだけの、小さな小さな疑問。でも、その小さな疑問でさえ、メイにとっては嬉しかったようで、嬉々として話し出した。

「んっとねー、森の中にあるのよ。よく人間が迷い込んでくるの。森の中にあって、お花畑が広がっているの。いろんなお花が咲いているわ。種類もそうだけどいろんな色のお花が咲いているの。お城があって、女王様と王様がいるのよ。私の家もそこにあるの」

「楽しそうだね。だけど、メイちゃんと同じ大きさの国だと、僕は入れないのかな?」

「ううん。そのへんは大丈夫。迷い込んできた人間達、皆私たちと同じ大きさになってたから」

 あっけらかんとして言うメイの笑顔に、不思議と不安が取り除かれるのだった。

   ■□

 翌日。竹を割ったような晴天の空の下、礫はポポルのギルドを訪れた。

「れっきー、ここは?」

「ああ、メイちゃんはギルド初めてなんだっけ。ここはね、僕達みたいな自由人――冒険者って言うんだけど、そういう人達に仕事を斡旋するところなんだ。お金が底をついてきたから、そろそろ働こうと思ってね」

 乾いた笑いを漏らす礫。手には一枚の依頼書が握られている。

依頼書
■小人さん、小人さん
 小人さんがいたずらをして困っています。なんとかしてください。
 報酬 銀貨五十枚。
 依頼人 カイン・レーベンドルフ

+++++++++++++++++++++++++++++++++++
PR

2008/03/31 00:31 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 15 /メイ(周防松)
PC:礫 メイ
NPC:街の人々
場所:ポポル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

てくてくてくてく。
暖かい日差しを浴びるポポルの町並みを、礫が歩く。
礫は、先ほど受けた仕事の依頼人であるカイン・レーべドルフの元へと向かう途中で
ある。
詳しい話は自宅にて、ということで、ギルドの受付嬢が簡単に氏の自宅の場所を説明
してくれた。

「いたずらって、どういうことするんだろ」

礫の肩にちゃっかり腰を降ろしているメイは、不意に首を傾げた。

「わからないけど……何とかしてくれって依頼が出てるってことは、結構ひどいいた
ずらをしているのかもね」

礫の答えに、メイは「うーん」とうなって腕組みをした。

「駄目だよね。誰かが迷惑するようないたずらってしちゃいけないんだから」
「うん、まあね」
「やっていいいたずらと、やっちゃいけないいたずらがあるんだから、それをちゃん
と知っておかないと」
「う、うん。まあね」
「せめて、寝ている間に髪の毛を結んだり、枕を取り替えたり、上下を逆さにし
ちゃったり……」

その一言に「そうだね」の言葉は返ってこなかった。
それが何を現しているかにも気付かず、メイは一人でぶつぶつ言い続ける。

「お砂糖と塩を入れ替えたり、靴下を片っぽ隠したり、飼い犬のひげをちょっと引っ
張ってみたり……」
「……ねえ、メイちゃん」
「ん、何?」

思いつく限りのいたずらを口に出していると、礫が声をかけてきた。
見ると、ほんの少し困惑したような顔をしている。

(あたし、何か変なこと言ったかなぁ?)

メイはきょとんとそれを見つめ返した。
……他の妖精の一族がどうなのかはわからないが、メイは「いたずらは好きな人間に
対する愛情表現として行うべし」と教えられて育っている。
あくまで愛情表現、ということなので、あまり行きすぎた事はしてはならないとも同
時に教えられている。
ちなみにメイはまだ礫に『いたずら』をしたことがないが、近いうちにちょっとした
ことをやらかすつもりではいた。
ちゃんとした恋愛の意味でなくとも……まだ「恋」と呼べるかどうかわからない状態
でも、礫のことは「好きな人間」に違いなかったから。

「ええと、もしかして、それ全部、誰かにやったことあるの?」

やや困惑気味に見ていた礫が、ようやく口を開く。
メイは、ぷるぷると首を横に振った。

「ううん、まだやってないよ? 」

はふ……と礫の口から小さなため息がもれる。

「メイちゃん」
「何?」
「それ、やらないほうがいいと思う」
「どうして?」

極めて良識のある礫の発言に、メイは心底不思議そうな顔をする。
愛情持って行う「いたずら」が悪いことだとは、およそ考えもつかない。
礫は、どこか決まりが悪そうに視線を外した。

「その……何て言うか、もうちょっと別なやり方で、相手のことが好きだよって伝え
る方法もあると思うし……」
「別なやり方~?」

メイは盛大に頭を抱えて考え込んだ。

言うだけじゃ足りないほど相手のことが「好き」な時はどうするのだろう。
やはり行動するのじゃないだろうか。
だがこの場合、メイにとってその行動が「いたずら」とすっかり刷り込まれているの
が問題である。
……案の定、メイの中で答えが出る前に、二人はカイン・レーベドルフの自宅に辿り
ついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2008/04/08 20:46 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
蒼の皇女に深緑の鵺 11 /セラフィナ(マリムラ)
PC:セラフィナ (ザンクード)
NPC:ジン リン
場所:カフール
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 セラフィナは躊躇した。ザンクードが追ってこない。

 姉の護衛剣士を拘束した上で治療し、周りに注意を払う。追っ手どころがザンクードの来る様子もない。どうなっているのだろう?
 セラフィナを追っ手から引き離すために場所を変えたか、あるいはまだ戦闘中なのか。いや、追っ手が一人潜り抜けてきたことを考えると、もっと悪い状況も予想される。もし深手を負って動けないのであれば……。治療に引き返すべきか、いや、今引き返すにはリスクが高すぎる。
 セラフィナが逡巡していると、山を駆け上ってくる蹄の音が微かに聞こえた。馬はどうやら一頭、しかも音から察するに相当の速度で近づいてきている。
 追っ手だろうか。山を降りれば二ノ宮はすぐなのに。
 捕虜を引きずらないよう、出来るだけ痕跡の残らないよう気を付けて、近くの廃屋へ身を潜ませる。
「……ィナ様、ご無事ですか!?」
 聞こえてきたのは懐かしい声。もう何年も顔を合わせていない、二ノ宮の統括者。セラフィナの護身術を叩き込んだのも、礼儀作法や皇家の独特の勢力図を教え込んだのも彼だ。その彼が、何故。
「ジン!」
「嬢、お怪我は?」
 声をかけ、馬を寄せる。姿を見せたセラフィナに一瞬安堵の表情を見せるも、再び険しい表情になるジン。拘束された男に見覚えがあったからだろうか、眉間に刻まれた縦皺は当分消えそうにない。
「私は無事です。この人をお願い」
「事情は二ノ宮で伺いましょう。兎に角この場を離れます」
 ジンは手早く男を馬に縛り付けると、セラフィナを馬上に引き上げた。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 所変わって二ノ宮である。二ノ宮とは皇家の別邸の一つで、皇王の住む本宮とは違い、簡素な造りになっている。東宮御所とも呼ばれる一ノ宮は首都の東側にあるのだが、こちらは西側に位置し、若干、いやかなり使用人も少ない。
 その管理全般を任されているのがジンである。感覚としては執事という言葉が近いかもしれない。少なくともセラフィナの認識としてはそうだった。

 門の辺りでようやく速度を落としたジンが声をかける。
「お帰りなさいませ、セラフィナ様」
「……ただいま、ジン」
「まったく、便りも寄越さないまま三年になりますか」
「便りは送っていた……わよね?」
「最初はカイ殿に宛てた近況報告書、ここ一年は居場所さえ知らせない。
 便りというのはもっとこう……」
「続きはまた後で聞きます。大事な話があるの」
「まったく嘆かわしい」
 口煩い小言も健在のようだ。セラフィナは小さく苦笑して真剣な目を向けた。
「あの男の素性は分かりますね?」
「もちろんです」
「彼に命を狙われました」
「分かっています。しかし何も語ってはくれないでしょう。どうなさるおつもりですか」
 ジンは表情すら変えない。ただ淡々としている。
「……驚かないのね」
「お嬢様のお命は何年も前から危険に晒されています。もっと自覚して頂かないと」
「そうね……そうだったわね」
 深い溜息が出る。確かに刺客に襲われたのは一度や二度ではない。
「彼は証人です。死なせないで」
「承知しました。自害することのないよう見張りを付けておきましょう」
 自害という言葉が重い。
「仮にも護衛剣士。万が一にも逃げられては困りますから、少々窮屈ですが手縄・足縄・猿轡は付けさせていただきます。よろしいですね?」
「やむを得ないでしょう。後は貴方に任せます」
「ではそのように」
 ここで馬を止め、ジンはセラフィナを馬から下ろした。
「厩に回してきます。先に部屋でお待ちください」
「……ジン、来てくれてありがとう」
「おやおや、見くびられたものですね」
 ジンが目を細めて笑った。



 部屋は以前のまま、綺麗に掃除されていた。部屋に飾ってある花も毎日生けられているようだ。でも、何かが、違う。
「お待たせしました」
 ジンが香炉を手に戻ってきた。ああ、そうだ。香りが違うのだ、とようやく気付く。
「……何か?」
「菊花香ね、懐かしい。最近は焚いていないの?」
「そうですね……半年ほど前から色々目新しい香が出回っていまして、リンは薔薇香が気に入ったようですが、私はやはり菊花香の方が落ち着きます」
 そっと部屋の隅に香炉を置くジン。手でセラフィナに座るよう促し、自分も床に置かれた円形の座布団に腰を下ろす。
「さて、何から伺いましょうか。それとも何かお聞きになりたいですか?」
「先にカフールの現状を簡潔にお願い」
「分かりました」
 ジンは懐から紙と筆を取り出すと、何やら描きながら話を始めた。
「先の皇王様がお亡くなりになってから一年喪に服しまして、現在元老院の審議が続いている状態です。元老院全員の推薦を得た人物が次の皇王として即位するのですが、先王の死に不審な点があることから意見がなかなか纏まらないようですね。

 第一継承権を保有していた皇太子は父親の暗殺容疑をかけられ出家し、第二継承権を保有していた第一皇女が継承意思を表明しているものの、本来婚礼で皇家を離れた者の継承権は剥奪される慣例から国内でも論議を呼んでいます。第三継承権を保有する第二皇女……とはお嬢様のことですが、心労の為静養中として国葬にも出席していなかった上にその後全く姿を見せない事から、継承は疑問視されています。
 現在カフール国内を牛耳っているのは、その他の継承権を持つ者達を失脚させつつ一気に権力者へと駆け上がった宰相ケルヴィン殿なのですが、元近衛隊の隊長で人望も厚く、末席とはいえ継承権を有する最有力候補です。支援者も多く、今なら強引に皇位を継げそうなものなのですが、本人はその意志を否定し続けています。

 国際情勢としてはシカラグァからの物流が盛んですね。先代の頃からカフールを属国にする野望をお持ちのようなので、注意が必要かもしれません。南部の米や菓子類は最近急に大陸西方への需要が増えました。ただ、南部が潤っているのに比べ、北部では貧困のために失踪者が出ているとの報告もあります」
 セラフィナ顔が曇る。以前から貧富の差はあったが、交易路に近い南部と山に囲まれた北部との差は開く一方のようだ。
「ここまではよろしいですか?」
「ええ」
「では表向きには入ってこない情報です。
 お嬢様を狙っているのは姉君の一派だけではありません。宰相殿を推す一派、姉君とは別にシカラグァからの一派からも動きが報告されています」
 自分は生きることを望まれていない。心臓が鷲掴みにされたような息苦しさ。眉根を寄せ、胸元の金のブローチをきつく握り締める。
「……動きというのは?」
「お嬢様の動向を監視していたようですが、ソフィニアからコールベルの近くまでの移動を最後に見失ったようですね。その後カフールから程近い街道はすべて見張られていました。黒髪の女性が何人か追い剥ぎに遭っています」
「そう……」
 自分は帰ってくるべきではなかったのだろうか。
「報告は以上です。他にも気になる事があったらお尋ねください」
「今は……いいわ」
 どっと疲れが押し寄せてくる。まだ、終わってはいないのに。
「では、こちらからも質問を」
 神妙な顔でジンが座り直す。つられてセラフィナも座り直す。
「ソフィニアから同行していた者とはどういうご関係で」
 思わず顔を伏せて噴出すセラフィナに、ジンが真顔で付け足す。
「場合によっては探し出して引きずってまいりますので」
 押し寄せた疲れで潰れてしまいそうだったのに、思い出した彼と目の前のジンの顔とのギャップが面白くて、少し心が軽くなった。
「ふふ、恩人です。相手の方を困らせないように」
「ご恩があるのなら丁重におもてなしをせねばなりませんな」
「やめなさい」
「しかし……」
 ジンが表情を固くして口の前に人差し指を立て、会話を遮断する。
「誰か来ます。お静かに」
 セラフィナがここにいることはジン以外まだ知らないのだ。



「ジン、どなたかお客人でも?」
 引き戸一枚隔てた廊下から声がかかる。女の声だ。
「いいえ、何かご用でしょうか姫」
 ジンはあえてセラフィナが嫌がる呼称で呼んだ。セラフィナの影武者・リンだ。昔は似ていたというが、今はセラフィナに遭ったことのある人なら区別出来てしまう程度のそっくりさん。二ノ宮ではセラフィナとして扱われるため、セラフィナが療養中とのカモフラージュになっているのだが。
「あちらで薔薇香を焚きしめているの。菊花香を消してほしいのだけど」

 セラフィナは、なにか強い引っかかりを覚えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2008/04/08 20:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○蒼の皇女に深緑の鵺
立金花の咲く場所(トコロ) 56/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 畑の妖精(?) コボルド三体 主犯格の男
場所:エドランス国 香草の畑

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「は、話が違う!」

 大ぶりに勢いよく振り下ろしたアベルの剣を、下がってかわしながら男が叫ぶ。
 一応ショートソードを持つ手を見れば素人ではなさそうだったが、

(こんな雑な攻撃を大げさにかわすとは……こいつ、剣のほうは大したことないな)

 初撃の攻防で相手の実力を測る、それはアカデミーの座学で学んだ戦士の初歩の
一つだった。
 いちいち確認はしないがラズロも同じ様に考えたはずだった。
 相手は何らかの魔法を使うものの、体術のほうはそれほどのものではない、とな
ると……。

「ぅらあっ!」

 アベルは怒声とともに、渾身の力をこめて切り上げる。
 その斬撃は迫力はあるものの、何の技もなく力任せに振るっただけだったので、
男にかすりもせずにかわされてしまう。
 
(よし!)

 しかしかわされることはアベルの狙い通りの結果であった。
 初撃から連続で力のこもった攻撃をされて、男の注意は完全にアベルに向いてい
た。
 さらに間合いも詰め切らず直線的な大ぶりは、下がってかわすという単純な動作
を男に選択させた。

「う、ぎゃ! いててててて!」

 初撃で見きった男の実力からアベルの意図を予測したラズロは、左から回り込む
ように走りこみ、左手をつかむとひじに手を当てて後ろにねじり上げ、そのまま肩
とひじの関節を決めて抑え込んだのだ。
 悲鳴をあげる男の手からショートソードをたたき落としたアベルは、ラズロが完
璧に抑え込んだことを確認すると、すぐに向きを変えた。

「リック! いまいく……ぞ?」

 すぐに援護に駆け戻らねば、と一息つく間もなく駆け戻ろうとしたアベルは、あ
げた声を呑みこんでたちどまった。
 ちょうどそのとき、リックたちはどこから取り出したのか白い布をコボルドにか
ぶせて捕縛している最中だった。
 その布は妖精が出したものらしく、アベルの位置からは膨れ上がった妖精がコボ
ルドを丸呑みにしているように見えた。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


「さて、と」

 アベルとラズロは縛り上げた男を引きずるようにして合流した。
 縛られたまま置きものかなにかのように硬直したコボルドたちの隣に男を転が
すと、
アベルがしゃがみこんで胸倉を掴んで上半身だけ苦しい形で引き起こし、いつでも切
り殺せるようにそのわきでラズロが抜き身の剣を突き付けた。

「コボルド程度とはいえ三体も使役してるわりに、やってることはせこいこそ泥、だ
な?」

 尋問なんて初めてだったが、いかにも格上を装って、ゆっくり言い聞かせるように
問いかけるアベルに、男はふてくされたように答えた。

「へっ! こそどろで悪かったな!」

 こそ泥なりのプライドなのか、単に諦めたのか。

(いや、おれたち見てなめたのかな?)

 結果から見るほど楽な戦いではなかった。
 事前の待ち伏せ。
 作戦通りの奇襲の成功。
 こちらの思惑がぴったり型にはまったからの結果だ。
 男がこちらに気が付いていたなら、無傷でとはいかなかったかもしれない。
 だがアベルはおそらくそういうことでなく、自分たちがまだ若い見るからに駆け出
しの寄せ集めのような構成であることから、大したことはされない、と男が判断した
のだろうと思った。
 貫禄が足らないのは今更どうにもならない、それでもアベルとラズロは男に聞くべ
きことがあった。

「おまえ、おもしろいこといってたな?」

 ラズロが底冷えするような冷たい声で言った。

「話が違うってなんだ?」

 男の顔は多少ひきつったように見えた見えた。
 しかし男は態度を変えようとはせず、

「はっ、しらねーよ。 それにもうつかまってんだからいいだろーが」

と、なげやりにいいはなった。
 本当なら痛めつけてはかす場面なんだろうというのはアベルもラズロも分かって
いたが、さすがにそれは躊躇する。
 戦いの中でなら躊躇はしない。
 戦乱にこそ縁はないこの国に育ったが、そんな甘い気持ちで戦死を名乗れるほ
ど平和
な世界でもないし、アカデミーでも心構えから鍛えなおされてもいる。
 しかし一度けりがついた状況下で暴力をひけらかすほどにはすれてもいなかった。
 珍しくお互いの気持ちを理解し合った二人は思わずリックをみる。

「ふーん、ひょっとしておっさんの余裕の元はこれかな?」

 リックはにやりと笑みを浮かべながら男のそばにしゃがみこみ、しばられた腕
の先、
その指先から指輪を抜き取った。
 すると、そばに転がっていたコボルドが、スーっと蜃気楼かなにかのように薄
くなって
のように消え去った。
 突然のことだったが、アカデミーできちんと座学も受けていたおかげでうろた
える必要
はなかった。
 
「やっぱり、あんたの魔法じゃなくて、魔法具か」

 アベルは腑に落ちた、というようにうなづいた。
 召喚かせんのうかなにかはわからなかったが、いずれにしろ低級とはいえ妖魔
を三匹も
使役する魔法使いにしてはほかの魔法の用意が何もなく、奇襲が成功したことを
差し引い
ても何か変に思っていたのだった。
 男はどのみち手を縛られていては力を行使するための必要なしぐさができない
ため、当
てにしてわけでなくたんにひらきなおっていただけだったが、今度ははっきり顔
色を変え
た。

「……ん? それ……」

 リックの肩越しにリリアと並んでのぞきこんでいたヴァネッサが首をかしげる。

「ん? どうかした?」
「んー、なんだかそれの魔力、あのときのに似てる気が……」

 アベルの問いに言いよどむヴァネッサ。
 今は発動してるわけじゃないため、かすかにしか感じられずはっきりしたこと
がわから
なかった。
 
「……こいつはアカデミーで調べてもらったほうがいいかもな」

 アベルはヴァネッサのいうあの時が何を指してるかすぐにわかり、思わぬ手が
かりかも
という期待がでてきていたが、冷静にそういうとリックに保管しとくように頼んだ。

「お、おまえらガキばっかりのくせに妙にこなれてやがると思ったが、アカデ
ミーのもんか!」

 男は今度こそ悲鳴のように叫んだ。

「お?」
「ほう?」
「へー?」

 アベル、ラズロ、リックはその様子にかおをみあわせてにやりと笑った。

「どうやら、アカデミーに連絡する必要ありそうだな」

 アベルはそういうと立ち上がってみんなを見渡した。

「よし、とりあえず村であずかってもらって、アカデミーに報告しよう」

 やってたことはこそ泥でも、どうにももいろいろ怪しい。
 ましてやヴァネッサの俺に関係があるかもしれない。
 これは一度アカデミーで先生とかの知恵を借りたほうがよさそうだ。


――――――――――――――――

2008/04/08 20:49 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 57/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 主犯格の男 ワム ミノ
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

五人が男を連行して村に戻る頃には、すでに空の淵が白くなり始めていた。
もうじき、朝日が昇るのだろう。

ヴァネッサは、早朝の冷えた空気を吸いこんだ。

――夜、という時間帯に、良い思い出はない。
長年、発作に苦しんできた時間帯だからだ。

だが、今は。
肺を満たす空気が、とても気持良かった。

――こうしている間にも、自分の人生の終わりが刻一刻と近付いていることを忘れる
ぐらい。


村に戻った五人は、真っ先にワムの家に向かった。
畑の妖精はついてこなかった。

『僕のいるべきところはここだよ』

妖精はそう言い、別れにハンカチを振って見送る女性のように、身体をひらひらさせ
ていた。

「解決したぜ!」

アベルが家のドアを開けると、ワムが出迎えに現れた。
ワムは見慣れない男が一人連行されてきたのを見ると、ことのあらましを察した。

「この男が、畑を荒らしていた犯人なのだな?」
「ああ。詳しい事情は後で話す」

ラズロが簡単に説明すると、ワムの目がうるうると光り出した。

「ありがとう。本当に、何と言ってよいやら……」

ワムはそう言って、頭を下げた。
その言葉には、感謝の気持がいっぱいにあふれている。

「礼なんかいいって」

アベルは笑いながら手をひらひらと振り、それから、あ、と声を上げた。
男の胸倉を掴んで引っ張り、ワムに近付ける。

「それでさ。こいつをしばらく預かって欲しいんだ」

ワムは首を傾げる。

「この男をか。かまわんが……何故だ?」
「アカデミー絡みで何かあるようなんだ。一旦戻って報告して、先生の指示を仰ごう
と思っている。処置が決まるまでの間、逃げられないように見張っていてもらいた
い」

ラズロの説明に、ワムは手をポンと打った。

「それなら、わしの家で預かるとしよう。床下に物入れがあるから、そこに放りこ
む」
「大丈夫なの?」

リリアが不安そうに見ると、ワムは大きく頷いた。

「大丈夫だとも。蓋には重しを載せてカギをかけておくし、物入れは頑丈な石ででき
ておるからな。掘って逃げるなどということもできんよ」
「それじゃ、よろしくお願いします」

リックが頭を下げると、男がギロリとワムをにらみつけた。

「てめえ、けだもの畜生の分際でよくも人間様に偉そうな――」
「うっさい!!」

男が言い終えぬうちに、怒声と共にリリアが男の足元に近い床をドガッと踏んづけ
る。
リリアはそれ以上余計なことは言わず、男を真下から睨み上げた。
その目には、恐ろしいほどの怒りの炎が宿っている。
少女とは思えぬ迫力に、男は真っ青になって「うひっ」といううめき声をあげ、静か
になった。

……どうやらこの男、一人になると途端にぐっと弱気になる性質のようだ。
おそらく逃亡を図るほどの度胸もあるまい。

「では、こちらへ連れてきてもらえるかな」
「はい」
「おら、来いっ」

アベルとラズロは男を引きずり、ワムの後について台所の方へ姿を消した。


「さあさあさあ、皆さん、お茶が入りましたよ。居間にいらっしゃいな」

そこへ、ワンピースにエプロンをつけたミノがやってきて、声をかけてくる。

「ありがとうミノさん」
「のどカラッカラよ、あたし」

リックに続いて、リリアがはしゃぎながら居間の方に駆けて行く。
自分も行こうとしたその時、ヴァネッサの脳裏にとある光景が甦った。

気がつくとヴァネッサは、リックの袖を掴んでいた。

「ねえ、リック」
「ん、何」

自分よりほんの少し上にあるリックの目を見て、ヴァネッサは深呼吸をした。

「今気付いたことがあるんだけど……」
「はあ」
「あのね、畑でコボルドと戦っている時、あの妖精さんと話してなかった?」

リックの肩が、ピクッと跳ねる。

「………………え?」

リックは、明らかにうろたえていた。
目が泳ぎ、呼吸も浅くなる。

「え、えーと。どうしてだろ? 自分でもわかんないな。あ、奇跡が起きたのかも」

額にうっすらと汗を浮かべ、上ずった声で話すといううろたえぶりははた目にも情け
なく、ヴァネッサは彼がかわいそうになってきた。

「あの、別に怒ってるわけじゃないの。ただ、通訳ができるんだったら名乗って欲し
かったな、って……」

そう付け足すと、リックが心底ほっとしたような表情を浮かべる。

「あ、ああ、そうか、そうだな。悪い悪い」
「それで……どうして妖精さんの言葉がわかるの? もしかして、最初からわかって
たの?」

ヴァネッサとしては、純粋に疑問をぶつけてみただけである。
他意は全くないし、困らせようというつもりもない。
だが、リックは困った顔をしてガリガリと頭をかいた。
どうやら答えにくい話のようである。

「あー……じゃあ、アベルとラズロが戻ってきたら、その辺りのこともちゃんと話す
わ。リリアも話したいことがあるんだし」

じゃ、と言ってヴァネッサの肩をポンと叩き、リックは居間に入っていく。

(私、そんなに変なこと聞いたかしら……?)

リックの困惑は、ヴァネッサにまで伝染したようである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2008/04/18 23:29 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]