PC:セラフィナ (ザンクード)
NPC:ジン リン
場所:カフール
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
セラフィナは躊躇した。ザンクードが追ってこない。
姉の護衛剣士を拘束した上で治療し、周りに注意を払う。追っ手どころがザンクードの来る様子もない。どうなっているのだろう?
セラフィナを追っ手から引き離すために場所を変えたか、あるいはまだ戦闘中なのか。いや、追っ手が一人潜り抜けてきたことを考えると、もっと悪い状況も予想される。もし深手を負って動けないのであれば……。治療に引き返すべきか、いや、今引き返すにはリスクが高すぎる。
セラフィナが逡巡していると、山を駆け上ってくる蹄の音が微かに聞こえた。馬はどうやら一頭、しかも音から察するに相当の速度で近づいてきている。
追っ手だろうか。山を降りれば二ノ宮はすぐなのに。
捕虜を引きずらないよう、出来るだけ痕跡の残らないよう気を付けて、近くの廃屋へ身を潜ませる。
「……ィナ様、ご無事ですか!?」
聞こえてきたのは懐かしい声。もう何年も顔を合わせていない、二ノ宮の統括者。セラフィナの護身術を叩き込んだのも、礼儀作法や皇家の独特の勢力図を教え込んだのも彼だ。その彼が、何故。
「ジン!」
「嬢、お怪我は?」
声をかけ、馬を寄せる。姿を見せたセラフィナに一瞬安堵の表情を見せるも、再び険しい表情になるジン。拘束された男に見覚えがあったからだろうか、眉間に刻まれた縦皺は当分消えそうにない。
「私は無事です。この人をお願い」
「事情は二ノ宮で伺いましょう。兎に角この場を離れます」
ジンは手早く男を馬に縛り付けると、セラフィナを馬上に引き上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
所変わって二ノ宮である。二ノ宮とは皇家の別邸の一つで、皇王の住む本宮とは違い、簡素な造りになっている。東宮御所とも呼ばれる一ノ宮は首都の東側にあるのだが、こちらは西側に位置し、若干、いやかなり使用人も少ない。
その管理全般を任されているのがジンである。感覚としては執事という言葉が近いかもしれない。少なくともセラフィナの認識としてはそうだった。
門の辺りでようやく速度を落としたジンが声をかける。
「お帰りなさいませ、セラフィナ様」
「……ただいま、ジン」
「まったく、便りも寄越さないまま三年になりますか」
「便りは送っていた……わよね?」
「最初はカイ殿に宛てた近況報告書、ここ一年は居場所さえ知らせない。
便りというのはもっとこう……」
「続きはまた後で聞きます。大事な話があるの」
「まったく嘆かわしい」
口煩い小言も健在のようだ。セラフィナは小さく苦笑して真剣な目を向けた。
「あの男の素性は分かりますね?」
「もちろんです」
「彼に命を狙われました」
「分かっています。しかし何も語ってはくれないでしょう。どうなさるおつもりですか」
ジンは表情すら変えない。ただ淡々としている。
「……驚かないのね」
「お嬢様のお命は何年も前から危険に晒されています。もっと自覚して頂かないと」
「そうね……そうだったわね」
深い溜息が出る。確かに刺客に襲われたのは一度や二度ではない。
「彼は証人です。死なせないで」
「承知しました。自害することのないよう見張りを付けておきましょう」
自害という言葉が重い。
「仮にも護衛剣士。万が一にも逃げられては困りますから、少々窮屈ですが手縄・足縄・猿轡は付けさせていただきます。よろしいですね?」
「やむを得ないでしょう。後は貴方に任せます」
「ではそのように」
ここで馬を止め、ジンはセラフィナを馬から下ろした。
「厩に回してきます。先に部屋でお待ちください」
「……ジン、来てくれてありがとう」
「おやおや、見くびられたものですね」
ジンが目を細めて笑った。
部屋は以前のまま、綺麗に掃除されていた。部屋に飾ってある花も毎日生けられているようだ。でも、何かが、違う。
「お待たせしました」
ジンが香炉を手に戻ってきた。ああ、そうだ。香りが違うのだ、とようやく気付く。
「……何か?」
「菊花香ね、懐かしい。最近は焚いていないの?」
「そうですね……半年ほど前から色々目新しい香が出回っていまして、リンは薔薇香が気に入ったようですが、私はやはり菊花香の方が落ち着きます」
そっと部屋の隅に香炉を置くジン。手でセラフィナに座るよう促し、自分も床に置かれた円形の座布団に腰を下ろす。
「さて、何から伺いましょうか。それとも何かお聞きになりたいですか?」
「先にカフールの現状を簡潔にお願い」
「分かりました」
ジンは懐から紙と筆を取り出すと、何やら描きながら話を始めた。
「先の皇王様がお亡くなりになってから一年喪に服しまして、現在元老院の審議が続いている状態です。元老院全員の推薦を得た人物が次の皇王として即位するのですが、先王の死に不審な点があることから意見がなかなか纏まらないようですね。
第一継承権を保有していた皇太子は父親の暗殺容疑をかけられ出家し、第二継承権を保有していた第一皇女が継承意思を表明しているものの、本来婚礼で皇家を離れた者の継承権は剥奪される慣例から国内でも論議を呼んでいます。第三継承権を保有する第二皇女……とはお嬢様のことですが、心労の為静養中として国葬にも出席していなかった上にその後全く姿を見せない事から、継承は疑問視されています。
現在カフール国内を牛耳っているのは、その他の継承権を持つ者達を失脚させつつ一気に権力者へと駆け上がった宰相ケルヴィン殿なのですが、元近衛隊の隊長で人望も厚く、末席とはいえ継承権を有する最有力候補です。支援者も多く、今なら強引に皇位を継げそうなものなのですが、本人はその意志を否定し続けています。
国際情勢としてはシカラグァからの物流が盛んですね。先代の頃からカフールを属国にする野望をお持ちのようなので、注意が必要かもしれません。南部の米や菓子類は最近急に大陸西方への需要が増えました。ただ、南部が潤っているのに比べ、北部では貧困のために失踪者が出ているとの報告もあります」
セラフィナ顔が曇る。以前から貧富の差はあったが、交易路に近い南部と山に囲まれた北部との差は開く一方のようだ。
「ここまではよろしいですか?」
「ええ」
「では表向きには入ってこない情報です。
お嬢様を狙っているのは姉君の一派だけではありません。宰相殿を推す一派、姉君とは別にシカラグァからの一派からも動きが報告されています」
自分は生きることを望まれていない。心臓が鷲掴みにされたような息苦しさ。眉根を寄せ、胸元の金のブローチをきつく握り締める。
「……動きというのは?」
「お嬢様の動向を監視していたようですが、ソフィニアからコールベルの近くまでの移動を最後に見失ったようですね。その後カフールから程近い街道はすべて見張られていました。黒髪の女性が何人か追い剥ぎに遭っています」
「そう……」
自分は帰ってくるべきではなかったのだろうか。
「報告は以上です。他にも気になる事があったらお尋ねください」
「今は……いいわ」
どっと疲れが押し寄せてくる。まだ、終わってはいないのに。
「では、こちらからも質問を」
神妙な顔でジンが座り直す。つられてセラフィナも座り直す。
「ソフィニアから同行していた者とはどういうご関係で」
思わず顔を伏せて噴出すセラフィナに、ジンが真顔で付け足す。
「場合によっては探し出して引きずってまいりますので」
押し寄せた疲れで潰れてしまいそうだったのに、思い出した彼と目の前のジンの顔とのギャップが面白くて、少し心が軽くなった。
「ふふ、恩人です。相手の方を困らせないように」
「ご恩があるのなら丁重におもてなしをせねばなりませんな」
「やめなさい」
「しかし……」
ジンが表情を固くして口の前に人差し指を立て、会話を遮断する。
「誰か来ます。お静かに」
セラフィナがここにいることはジン以外まだ知らないのだ。
「ジン、どなたかお客人でも?」
引き戸一枚隔てた廊下から声がかかる。女の声だ。
「いいえ、何かご用でしょうか姫」
ジンはあえてセラフィナが嫌がる呼称で呼んだ。セラフィナの影武者・リンだ。昔は似ていたというが、今はセラフィナに遭ったことのある人なら区別出来てしまう程度のそっくりさん。二ノ宮ではセラフィナとして扱われるため、セラフィナが療養中とのカモフラージュになっているのだが。
「あちらで薔薇香を焚きしめているの。菊花香を消してほしいのだけど」
セラフィナは、なにか強い引っかかりを覚えた。
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NPC:ジン リン
場所:カフール
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セラフィナは躊躇した。ザンクードが追ってこない。
姉の護衛剣士を拘束した上で治療し、周りに注意を払う。追っ手どころがザンクードの来る様子もない。どうなっているのだろう?
セラフィナを追っ手から引き離すために場所を変えたか、あるいはまだ戦闘中なのか。いや、追っ手が一人潜り抜けてきたことを考えると、もっと悪い状況も予想される。もし深手を負って動けないのであれば……。治療に引き返すべきか、いや、今引き返すにはリスクが高すぎる。
セラフィナが逡巡していると、山を駆け上ってくる蹄の音が微かに聞こえた。馬はどうやら一頭、しかも音から察するに相当の速度で近づいてきている。
追っ手だろうか。山を降りれば二ノ宮はすぐなのに。
捕虜を引きずらないよう、出来るだけ痕跡の残らないよう気を付けて、近くの廃屋へ身を潜ませる。
「……ィナ様、ご無事ですか!?」
聞こえてきたのは懐かしい声。もう何年も顔を合わせていない、二ノ宮の統括者。セラフィナの護身術を叩き込んだのも、礼儀作法や皇家の独特の勢力図を教え込んだのも彼だ。その彼が、何故。
「ジン!」
「嬢、お怪我は?」
声をかけ、馬を寄せる。姿を見せたセラフィナに一瞬安堵の表情を見せるも、再び険しい表情になるジン。拘束された男に見覚えがあったからだろうか、眉間に刻まれた縦皺は当分消えそうにない。
「私は無事です。この人をお願い」
「事情は二ノ宮で伺いましょう。兎に角この場を離れます」
ジンは手早く男を馬に縛り付けると、セラフィナを馬上に引き上げた。
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所変わって二ノ宮である。二ノ宮とは皇家の別邸の一つで、皇王の住む本宮とは違い、簡素な造りになっている。東宮御所とも呼ばれる一ノ宮は首都の東側にあるのだが、こちらは西側に位置し、若干、いやかなり使用人も少ない。
その管理全般を任されているのがジンである。感覚としては執事という言葉が近いかもしれない。少なくともセラフィナの認識としてはそうだった。
門の辺りでようやく速度を落としたジンが声をかける。
「お帰りなさいませ、セラフィナ様」
「……ただいま、ジン」
「まったく、便りも寄越さないまま三年になりますか」
「便りは送っていた……わよね?」
「最初はカイ殿に宛てた近況報告書、ここ一年は居場所さえ知らせない。
便りというのはもっとこう……」
「続きはまた後で聞きます。大事な話があるの」
「まったく嘆かわしい」
口煩い小言も健在のようだ。セラフィナは小さく苦笑して真剣な目を向けた。
「あの男の素性は分かりますね?」
「もちろんです」
「彼に命を狙われました」
「分かっています。しかし何も語ってはくれないでしょう。どうなさるおつもりですか」
ジンは表情すら変えない。ただ淡々としている。
「……驚かないのね」
「お嬢様のお命は何年も前から危険に晒されています。もっと自覚して頂かないと」
「そうね……そうだったわね」
深い溜息が出る。確かに刺客に襲われたのは一度や二度ではない。
「彼は証人です。死なせないで」
「承知しました。自害することのないよう見張りを付けておきましょう」
自害という言葉が重い。
「仮にも護衛剣士。万が一にも逃げられては困りますから、少々窮屈ですが手縄・足縄・猿轡は付けさせていただきます。よろしいですね?」
「やむを得ないでしょう。後は貴方に任せます」
「ではそのように」
ここで馬を止め、ジンはセラフィナを馬から下ろした。
「厩に回してきます。先に部屋でお待ちください」
「……ジン、来てくれてありがとう」
「おやおや、見くびられたものですね」
ジンが目を細めて笑った。
部屋は以前のまま、綺麗に掃除されていた。部屋に飾ってある花も毎日生けられているようだ。でも、何かが、違う。
「お待たせしました」
ジンが香炉を手に戻ってきた。ああ、そうだ。香りが違うのだ、とようやく気付く。
「……何か?」
「菊花香ね、懐かしい。最近は焚いていないの?」
「そうですね……半年ほど前から色々目新しい香が出回っていまして、リンは薔薇香が気に入ったようですが、私はやはり菊花香の方が落ち着きます」
そっと部屋の隅に香炉を置くジン。手でセラフィナに座るよう促し、自分も床に置かれた円形の座布団に腰を下ろす。
「さて、何から伺いましょうか。それとも何かお聞きになりたいですか?」
「先にカフールの現状を簡潔にお願い」
「分かりました」
ジンは懐から紙と筆を取り出すと、何やら描きながら話を始めた。
「先の皇王様がお亡くなりになってから一年喪に服しまして、現在元老院の審議が続いている状態です。元老院全員の推薦を得た人物が次の皇王として即位するのですが、先王の死に不審な点があることから意見がなかなか纏まらないようですね。
第一継承権を保有していた皇太子は父親の暗殺容疑をかけられ出家し、第二継承権を保有していた第一皇女が継承意思を表明しているものの、本来婚礼で皇家を離れた者の継承権は剥奪される慣例から国内でも論議を呼んでいます。第三継承権を保有する第二皇女……とはお嬢様のことですが、心労の為静養中として国葬にも出席していなかった上にその後全く姿を見せない事から、継承は疑問視されています。
現在カフール国内を牛耳っているのは、その他の継承権を持つ者達を失脚させつつ一気に権力者へと駆け上がった宰相ケルヴィン殿なのですが、元近衛隊の隊長で人望も厚く、末席とはいえ継承権を有する最有力候補です。支援者も多く、今なら強引に皇位を継げそうなものなのですが、本人はその意志を否定し続けています。
国際情勢としてはシカラグァからの物流が盛んですね。先代の頃からカフールを属国にする野望をお持ちのようなので、注意が必要かもしれません。南部の米や菓子類は最近急に大陸西方への需要が増えました。ただ、南部が潤っているのに比べ、北部では貧困のために失踪者が出ているとの報告もあります」
セラフィナ顔が曇る。以前から貧富の差はあったが、交易路に近い南部と山に囲まれた北部との差は開く一方のようだ。
「ここまではよろしいですか?」
「ええ」
「では表向きには入ってこない情報です。
お嬢様を狙っているのは姉君の一派だけではありません。宰相殿を推す一派、姉君とは別にシカラグァからの一派からも動きが報告されています」
自分は生きることを望まれていない。心臓が鷲掴みにされたような息苦しさ。眉根を寄せ、胸元の金のブローチをきつく握り締める。
「……動きというのは?」
「お嬢様の動向を監視していたようですが、ソフィニアからコールベルの近くまでの移動を最後に見失ったようですね。その後カフールから程近い街道はすべて見張られていました。黒髪の女性が何人か追い剥ぎに遭っています」
「そう……」
自分は帰ってくるべきではなかったのだろうか。
「報告は以上です。他にも気になる事があったらお尋ねください」
「今は……いいわ」
どっと疲れが押し寄せてくる。まだ、終わってはいないのに。
「では、こちらからも質問を」
神妙な顔でジンが座り直す。つられてセラフィナも座り直す。
「ソフィニアから同行していた者とはどういうご関係で」
思わず顔を伏せて噴出すセラフィナに、ジンが真顔で付け足す。
「場合によっては探し出して引きずってまいりますので」
押し寄せた疲れで潰れてしまいそうだったのに、思い出した彼と目の前のジンの顔とのギャップが面白くて、少し心が軽くなった。
「ふふ、恩人です。相手の方を困らせないように」
「ご恩があるのなら丁重におもてなしをせねばなりませんな」
「やめなさい」
「しかし……」
ジンが表情を固くして口の前に人差し指を立て、会話を遮断する。
「誰か来ます。お静かに」
セラフィナがここにいることはジン以外まだ知らないのだ。
「ジン、どなたかお客人でも?」
引き戸一枚隔てた廊下から声がかかる。女の声だ。
「いいえ、何かご用でしょうか姫」
ジンはあえてセラフィナが嫌がる呼称で呼んだ。セラフィナの影武者・リンだ。昔は似ていたというが、今はセラフィナに遭ったことのある人なら区別出来てしまう程度のそっくりさん。二ノ宮ではセラフィナとして扱われるため、セラフィナが療養中とのカモフラージュになっているのだが。
「あちらで薔薇香を焚きしめているの。菊花香を消してほしいのだけど」
セラフィナは、なにか強い引っかかりを覚えた。
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