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2025/10/31 17:56 |
ファランクス・ナイト・ショウ  13/クオド(小林悠輝)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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 ぺこりと頭を下げて部屋を辞したクオドは、まだ少し疲れているように見えた。
 帰還の翌日に仕事を頼むのは早急すぎたかも知れない――と、ヴィオラは後ろめたく
感じた。とはいえ、他に荒事を頼める人間がいないのはどうしようもない事実だ。ここ
十年ばかり行方知れずの長兄が戻ってきてくれれば、いや、義兄がもっとしっかりして
いてくれれば……

 問題の集団は、クオド達には“盗賊”と説明したものの、実際は無法者の類である。
 何らかの理由で社会から弾き出される人間というのはいつの時代にも絶えないもので、
そういった連中が自然の中では比較的生活のしやすい森林地帯などに潜むのは珍しいこ
とではない。開戦からまだ半月とはいえ、戦乱が起こっているのならば尚更だ。

 今までにも何度か無法者が棲みついたことはあったが、ヴィオラは何かしらの明確な
被害が出るまでは強引に彼らを追い出すようなことはしなかったし、少しすれば無法者
の方からどこかへ行ってしまう。レットシュタインは野外生活に向かない土地だ、特に
冬ともなれば。

 しかし今回は既に、彼らの仕業と思われる事件が起こってしまっている。
 ヒュッテ陥落の数日前、一頭の馬が領内ぎりぎりの森で襲撃を受けたのだ。装飾品や
金品はおろか剣や馬まで持ち去られ、鋭い刃物傷を幾つも刻まれた屍は、辛うじて残っ
たわずかな遺留品から、クレイグ辺境伯の家臣の者だと判断された。

 その遺留品はヴィオラに宛てられた書状だったが、なめらかだった羊皮紙は血に塗れ、
宛名以外は殆ど読み取れない状態だった。すぐに事の次第を伝える馬を辺境伯へ送った
ものの、一向に返事はない。
 事件が起こったのが隣の領地との境界付近であったこともあり、賊の対処をするため
の段取りが整うには時間がかかった。


 ――“用件は知れないとは言え、自分を訪ねてきた使者が領内で無法者の兇刃に倒れ
たとなれば信用に傷がつく。可能な限り速やかに片付けてしまわねばならない。”

 机に肘を突いて、そのようなことをぼんやりと考えていると、扉を叩くこともせずに、
金髪の義兄が姿を現した。何かと思えば「あの綺麗なご令嬢のことなんだが」と切り出
してくる。

「ラインヒルデ嬢は客人です。くれぐれも変なことは考えないでいただきたい」

「戦乙女に手を出すほど無謀じゃないさ」

 ヴィオラは驚いて義兄の顔をまじまじと眺めた。
 相手は端正な顔に苦笑を浮かべて、こちらのことを見下ろしている。自分が何故かひ
どく動揺していることに動揺しながら、「でしたら何の用です」とだけ聞き返した。

「本当に彼女に仕事を頼んだのか」

「……腕は確かでしょうし、何かを企んでいるようには見えません。
 正直、手が足りないのですよ、義兄上。批難なさるならあなたが――」

 義兄は困ったような顔をした。

「咎めるつもりなんてないさ。
 ただ、あの手の女は勘が鋭いから気をつけた方がいい、と言っておきたくて。
 あれはやましいことを見抜いて断罪する目をしてるよ。僕も昨夜は睨まれた」

「…………」

 私には、義と綺麗事ばかりを信じる目に見えた、と心の中だけで反論する。
 正しいことを貫き勇気あることを善とするなら、それは悪魔とも呼ばれよう。輝くよ
うな理想の体現、到達できぬ光ほど、人を恐れさせるものはないのだから。

 ヴィオラは義兄と自分の眼のどちらが正確だろうと考えながら、確かに注意はしなけ
ればならないと思い、わざわざ忠告に訪れた義兄に礼を言っておくことにした。

「ありがとうございます、参考にさせていただきましょう。
 私は貴方ほど節操なしではありませんから、女性の性質には疏いんです」

「たまには早いうちに注意しておくのもいいと思ったんだ。
 お前は僕と違ってよく女に泣かれたり殴られたり罵られたりしてるからさ」

 心当たりは山ほどあるので――ヴィオラは上目遣いに義兄を睨みつけたまま、一切の
反論をすることができなかった。だが今回のことについてはそういう話とはまったくの
別問題だと思う。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 ぱかり、ぱかり、と蹄の音を響かせて、騎馬は並んで進んで行く。
 ラインヒルデの白い軍馬は昨日までの旅の疲れを感じさせもせず、あの角飾りのつい
た鉄の鎧に身を包んで、軽快な足取りで踏み固められた道を歩いている。クオドが連れ
ているのは栗毛の乗用馬で、隣の白馬よりも一回り小さい。

 クオドは新しい鎖帷子の首元を、手甲を嵌めた手で整えた。
 少し大きさが合わないせいですぐにずれて息苦しくなるのだ。自分はどうやら戦士と
いう職業を選ぶ人間たちの中では随分と小柄な方らしく、武器庫にある鎧をそのまま持
ってくるといつもこういう目に遭う。

 既に冬の陽気で風は冷たい。
 高い空を鳥の影が過ぎていく。その下で針葉樹の森林は色濃い影とわだかまり、荒野
はゆるやかな丘と岩山まで続いている。子供の頃から見知った景色とほとんど変わらな
い。背後には古い石造りの城壁に囲まれた村を見ることもできたが、振り返るのはやめ
ておいた。他のことを考えよう。そう思いながら口を開く。

「……森は深いです。地形が複雑で迷いやすいですから、気をつけてください」

「そうか」

「あの場所に盗賊が棲みつくことはよくあるんです。
 私が幼かった頃も何度かありました。一度、潜伏に丁度いい洞窟でもあるのかと父が
調査隊を出しましたが、結局見つからずに終わりましたから、単純に、特定の人種を寄
せやすい土地なのかも知れません」

 あるでしょう、そういう場所? と訊くと、ラインヒルデは曖昧に「ああ」と頷いた。
心当たりがあったのかも知れないし、ただの相槌かも知れない。クオドはどちらであっ
ても気にしないことにした。

「今回は……ヴィオラさんは、口を利ける状態で一人でも捕縛できればそれでいいと仰
っていたので、それほどの手間にはならないでしょうけれど」

「……自分達の領域にいる賊をそのままにして、いいのか?」

「時期のせいでしょう。あの森で冬を越せる人間はいませんから」

「そうか」

 二人は行く手に広がる針葉樹の森に視線を向けた。昼なお暗い木々の海。一年を通し
て緑を保つこの森は、一年を通して人間を拒むかのようだ。かつてこの奥には壮麗な大
聖堂があった。今は――

 比較的木々の少ない丘。ここからでも、あそこへ続く道の入り口は見つけられたはず
だが……そう、ほんの数月前に、父と共にあの道を辿ったばかりだ。目を細めて探す。
目印はもうなくなってしまっているようだ。

 多くの巡礼者が通って踏み固められていた砂利の路面さえ草木に埋もれて判別つかな
い。もう長い間、人間が立ち入った形跡がない。わかっている。ここに来て、通るたび
におなじことをしているのだから。クオドは口の中だけで「神よ」と呟いた。

「何かあったのか?」

 クオドは「いいえ」と答えようと口を開いたが、結局、別のことを言うことにした。

「昔はあそこから道があって、森の中の教会へ行けたんですけど……」

「この地ではイムヌス教の力は強いのか?」

 クオドは少し悩んで首を横に振った。「昔は強かったと思います、私も影響を受けて
育ちましたから。ただかなりの間この地を離れていたので――ごめんなさい、今のこと
はあまり。でも、砦内の教会では休日礼拝が行われ続けていますし人も集まります」

「子爵は?」

 ラインヒルデの声に堅い警戒の響きが混じっていたので、クオドはきょとんと彼女を
眺めながら言葉を選んだ。「ヴィオラさんは……神学を学んでいたことがある、と聞い
たことがあります。けれどあのひとは信仰と言うより、」

「何だ?」

「――ええと、その、あまり宗教とか似合わないひとだと思います」

 クオドは鎖帷子の首元を引張って、吐息した。
 二頭の騎馬はなだらかな坂を下り森へ近づいていく。道は森の右手を通り、少しずつ
岩場が多くなっていきながら丘を越え、骨のような木々に覆われた岩山へと差し掛かる。
その峠が隣領との境であり、問題の集団が旅人を惨殺したという現場だ。

「あのあたりです。
 ほら、あの、腕を広げている魔女のような木があるでしょう?」

「随分と長く生きていそうなイチイだな。枯れかけのようだが……」

「ええ、本当に昔からあそこに立っています。
 銀の剣で貫かれた魔物が変身した姿で、あの峠で夜を明かそうとした旅人を惑わせて
連れていってしまうという逸話があります。実際は、少し先にある崖が危険なのと、今
回のように盗賊が棲み着きやすい故の失踪なのでしょう」


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2007/11/20 00:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
星への距離 12/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、団長、団員
場所:セーラムの街、詰め所


「では、始めようか」
 息子を追い払った団長は事務的な口調を装って──少なくとも、部屋の隅にいるスーシャにはそう聞こえた──話を続けた。
「実は今朝、この街で医者をしている夫婦が殺されている、と言われた」
 びくり、と意識せず、スーシャは身体が震える。
「言って来たのは、医者にかかっている老夫婦だ。いつも早朝から通院しているが、そこで医者夫婦の死体を見た、と言ってきた」
 団員はスーシャを助け起こしながら、話を聞いている。落ち着いているところを見ると、彼もこの報告を受けていたのだろう。
「駆けつけて見ると、死体も姿も無い。急な往診で出かけたかとも思ったが、道具は置いたままだ。住人の手も借りて探したが、街中どこを探しても見つからない。何かあったのか、事故に巻き込まれたのか、そう思って一度この詰め所に引き返したんだが」
 団長は言葉を切った。
「調査に同行していた住人がひとりいなくなっていた。先に家へ帰ったとは考えにくいが、万が一と言うこともある。一緒の班にして調査させた者に聞いてみたが、いつの間にか姿を消していたらしい」
 そう言うと、今度は黙って、ロンシュタットの顔を見る。
 彼の反応を窺っているのは、スーシャにもはっきり分かる。
 自分の世話になっていた一家が殺されたのは、とても悲しい事だが、関係ないはずのロンシュタットに疑いの目が向いている、あるいは街の治安を一手に引き受ける団長が、彼に何か辛いことをしようとしてるのではないかと思った。
 それは嫌な事だ。
 犯人は別にいるのに、まるで自分のせいで、彼まで事件に巻き込まれてしまったような気がして、これからロンシュタットがどうなるのか、心配になってまともに彼の顔を見れず、眼を伏せてしまった。
 一方、そのロンシュタットは街の住人の行方など関係無い、と言わんばかりに無表情だった。
 数十秒、団員も息を呑む静かな向かい合いが続いたが、先に動いたのは団長だった。
 溜息をつくと、背もたれに体を預けながら、それでも視線はロンシュタットから外すことなく、話を続けた。
「医者の一家も、消えた住人も、まだ見つかっていない。まるで街から出て行ってしまったようだが、君と違い、地に足を付けて生活している者が、何の前触れも無く消えることは無い。医者なら尚更だ。だが、この件も重要だが、もっと不可解な件がある」
 団員の眉が寄り、首を傾げる。
 自分を助け起こし、近くの椅子を持ってきて座らせてくれる間も、疑問を感じている視線をずっと団長に向けているのを、スーシャは見た。
 彼にも教えられていない何かを、団長は知っているんだ。
 一体何だろう、とスーシャもちらりと思った時、団長は話を続けた。
「昨夜殺された仕立て屋の一家を、医者の家の近くで見た、という報告があった」
 スーシャの心臓が大きく飛び跳ね、喉まで上がって来そうだった。
 体が再び震え始める。
 今日見た、あの見覚えのある家族は、やはり、仕立て屋の一家だったのだ。
 でも、昨夜殺されてしまった。
 自分でその死体を見たわけではないが、ここにいる団員も、自分にそれを教えてくれた農夫も見ている。
 死んだ人は、動かない。
 死んだ人は、街を揃って歩いたりしない。
 死んだ人は、医者へ行ったりしない。
 すぅっと、自分の指先から体が冷えていく感覚が、スーシャには分かった。
 知らず自分の肩を抱きながら、耐え切れなくなり、彼女は囁く様に言った。
「私……見ました」
 か細い声だったが、詰め所に木霊したように、全員の視線が彼女に集中した。
「今朝……まだ外が暗かった……女将さんと、旦那さんと、子供と……」
 初めて幽霊を見た、と思った。彼らが医者を殺して姿を消したのだと。
 だから、最後は歯の根が震えて言葉にならなかった。
 体の震えが止まらない。
 ──こわい。
 その事だけが心と頭の中を統べ、他の感覚が無くなり、視界さえぼやけた。

 どれくらいそうしていたのか分からない。
 ようやく、自分が息を荒くして震えている事に気付いたとき、前にロンシュタットがいた。
 まだがたがたと震えながら顔を向ける。
 彼は相変わらず無表情だったが、肩を抱いている手に、自分の手を重ねていた。
 掌から伝わる暖かさが広がるように、彼の眼を見ている内に、少しずつではあるが、震えは収まってきた。
 まだ恐怖が心の中から去った訳ではないが、何か安心できるものを見つけた気がした。
「……!」
 何かが口をついで言葉になりかけたが、震える唇はそれを形にすることは無かった。
 だがロンシュタットは頷いた──そう見えた。
 気のせいかもしれない。だが、僅かに首を縦に動かしたように見えたのだ。
 まるでそれは
 ──分かっている。
 そう言っている様だった。
 どうしてなのか分からず、泣き出しそうになるのを堪えながら、スーシャはロンシュタットを見る事しかできなかった。

 数分の沈黙の後、団員はひとつ咳払いをすると、
「そうか、スーシャも見ていたのか……昨日はここから宿へ戻った後、どこへも行っていないから、見たのは宿からということになるな」
 自分に言い聞かせるように言った。
「そして、その仕立て屋の家から、昨夜あった死体が消えていた。我々には何がどうなっているのか、理解できない」
 団長が話を継ぎ、席を立ちながら言う。
「だが、理解できないからといって、手をこまねいているわけにもいかない……ロンシュタット、君が無関係かまだ分からないが、君が来てから事件が起こったのは確かだ。単刀直入に聞こう。君はこの件に関して、何を知っている?」
「宿で言った通りだ。何も知らん」
 スーシャから眼を背けることなく、彼は団長に答えた。
 ここに来て初めて、強気一辺倒だった団長は失望したような溜息をついた。
「君なら何か知っていると思ったが……残念だ。しかし、完全に無関係かどうかはまだ分からんし、行方不明と殺された住人がいるのも確かだ。君らには悪いが、重要な参考人として、この詰め所にいてもらう」
 まあ、仕方ないな、と言いたげに、団員も溜息をつく。
「牢に閉じ込める訳ではない。だが出す訳にもいかない。少々狭いが、この詰め所の部屋から一歩も出ないでくれ……おい」
 団長は団員に顎をしゃくって
「お前はスーシャに、ここにいるのに何か必要な物は無いか聞いて、宿から取ってきてやれ」
「はい、分かりました」
 突然の言いつけに少々驚きながら、団員は素直に答えた。
「俺は腕の立つ若い連中をもう一度集めて、事件のあった場所を探ってみる。夕方までには引き上げるから、それまでこのふたりをここから出すなよ」
 そう言うと団長は詰め所から出て行った。

 団員も、スーシャに身の回りのものを持って来るよ、と言い残し、少ししてから詰め所を出て行った。
 困惑したような表情をしていたのは、彼女を気遣うような団長の発言が、まだ信じられなかったからかもしれない。
 それに気付いたスーシャは、団員が首を捻りながら出て行くのが何だかおかしくて、ようやく自分が平静さを取り戻しつつあるのを感じた。
 ロンシュタットが横に椅子を置いて座っているのも、何だかうれしかった。
 だが彼はスーシャの心の変化に気付かないのか、いつもの無表情で、正面にある扉を見据えたままだ。

「ふう、ようやく誰もいなくなったか」
 さらにしばらくして、もうひとつ別の声がした。
 忘れるはずも無い、バルデラスだ。
「あいつら、結局何も掴んじゃいなかったなぁ、ロン。まあ、お前やこの俺様にもさっぱりなんだ、無理も無いよな」
 小馬鹿にしたように言う。
「そのくせ理由を付けて軟禁しておこうなんざ、俺達が犯人だって言ってるようなもんじゃねえか。ばればれだぜ」
 ぺらぺらと好き勝手に口を利いている剣を見ていると、改めてスーシャは、本当によく喋るなぁ、とへんな感心をした。
 きっと今までじっと黙っていたから、その反動で口が(?)むずむずしているに違いない。
 案の定、今の出来事を、団長が息子を追い返した所から始まり、現在に至るまで、面白おかしくこきおろした。
「それで、スーシャちゃんはどう思う?」
 まだ話し足りないのか、今度はスーシャに会話を求めて来た。
 きっとロンシュタットに言っても、無視されるんだろうなぁ、と内心でバルデラスに同情したスーシャ。
 大悪魔のくせに、同情されてしまったバルデラスはそんな事に気付く由も無く、どう? と重ねて聞いてくる。
 もちろんそんな事分からないので、スーシャは話題を変えることにした。
「それにしても、団員さん、遅いですね」
「そう言えば、そうだねぇ。でも、あいつがいない方が俺はいいね。好き勝手にできるから」
 実に楽しそうにバルデラスは答えた。
 不意に背後で、かたん、と何かが倒れる音がした。
 詰め所の奥へ繋がる隣の扉が開き、入っていた箒が倒れたのだ。
 スーシャの表情が、振り向いた瞬間に固まる。
 そこには、いなくなったはずの医者が、何も無い眼窩をこちらへ向けながら、手を伸ばしゆっくりと歩み寄ってきていた。
 みし、と床鳴りがする。
 音のする方へ、反射的に眼が動く。
 扉どころか、窓さえない壁の前に、スーシャが見た、仕立て屋の女将がいた。
 やはり眼窩には眼がなく、口を大きく開きながら、ゆっくり歩み寄ってくる。
「おい、一体どうなってんだよ!」
 バルデラスが言う。
「こいつら、いつからいた? いや、どうやってここへ入った!?」
 その通りだ。
 扉は開かなかったし、窓は閉まったままだ。そして掃除用具入れの中に、人が隠れられるような隙間はない。
 だが、死んだはずの彼らが、歩み寄ってきている。
 どうなってるの?
 そんな疑問が浮かぶより早く、スーシャは切り裂くような悲鳴を上げた。

2007/11/20 00:51 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
滅びの巨人―6 隕石襲来/テッツ(月草)
PC  ;雑 テッツ
NPC ;プレオバンズ
場所  ; ポポルの郊外にある広場
______________________________

赤い閃光が走った次の瞬間に、壮絶な衝撃に見舞われた。
塵、泥、小石やその他もろもろの地面にはいつくばっていた物体が、絶え間なく体を叩く。
雑とセイルは、ひたすらに伏せて防御体制をとる。
しばらくして収まったころ、二人は顔を上げた。

「く、いてて。おい、大丈夫か」
「ああ、おかげさまで。一体何があったんだ?」
「わからん。とにかく、ただ事じゃねえぜ。おい、あれを見てみろ」

見ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
筋骨隆々たる兵士のごとく、逞しかった大木は小枝のようにへし折られ、
燃え盛る炎は、さながら絵画で描かれる地獄の業火をほうふつとさせた。
小鳥がさえずり、エルフたちが愛する、平和な森は無慚にも抉り取られていた。

「こいつは……何なんだよ、これ!?」

 得体の知れぬ、壮絶な破壊のエネルギーを前に、セイルは無意識のうちに恐怖にも似た感情を抱いていた。

「どうやら、これの元凶はあいつのようだな」

 雑は、まっすぐにクレーターの中心部を指差した。

この地獄の最中に、小さな石ころがひっそりとたたずむ。
無言のうちに邪気を放つそれが、この惨状をもたらしたことは明らかだった。
あれは一体なんなのだろうか? 雑は、セイルと顔を見合わせる。
近寄って確かめようとしたところ、後ろから老人の声に呼び止められた。

「君達、ちょっとまちなさい。ここは私にまかせなさい。私が安全を確かめてこよう」
「あん? あ、おいちょっと待ってくれよじいさん」

 バンズは後ろから無言のうちに二人を追い越すと、有無を言わさず二人をその場にとどめた。あっけにとられたセイルと雑を尻目に、バンズは足早にすすむ。

放射状に波打つクレーターの中央に向かって、バンズは歩いていく。
セイルと雑を始め、集まってきた野次馬達が、固唾を呑んで彼を見守った。
中央の数歩手前、石の直前でバンズは足を止め、警戒する動物のように鋭い視線を注ぐ。
数分間の沈黙が流れた後、彼は石に向かっておもむろに手を伸ばした。

「待て、じいさん!? そいつには触るな!」

 これは雑の直感だった。胸の内奥から来る、けたたましいまでの嫌悪感が、危険を知らせてくる。あれは、触ってはいけない代物だ、と。
緊張の面持ちで、声をかける雑をよそに、バンズは平然と石を手に取った。そして、にこやかに集まってきた村人に声をかけた。

「ああ、大丈夫のようだ。みなさん、ご心配なく。この石に特に危険はないようです」

辺りはすっかり人だかりができていて、盛大なセレモニーでもあるかのごとくだった。
もっとも、そんなおめでたいものではなかったが。

「さあ、みなさん。今日のところはこれでお開きにしましょう。炎の処理は私達に任せて、念のために自宅の中へ避難されてください」
「おいおい、もうちょっと説明してくれよ」
「いいからいいから。詳しいことはまた明日にしましょう。今日のところは明日の仕事に備えて、早く休むべきです」
「じいさん!」

 雑はなおもバンズに食い下がる。この突然の破壊をもたらした隕石が安全だというのが、彼には訝しくてならなかったのだ。

バンズは聞き分けのない子供をまくし立てるように、野次馬達を家まで帰らせた。
どこか釈然としない風の村人に対しては、手短な説明を交えて安心させるようにしていた。
満月のように人のよさそうな笑みを浮かべられると、どの村人も安心してしまうのだった。
雑とセイルばかりは最後まで説明を要求し続けたが、不承不承帰途に着いたのだった。
辺りが静かになるのを見はからって、テッツはバンズに耳打ちした。

「(うまく誤魔化したの)」
「(まったくだ、彼は勘がいいから参ったよ)」
「(で、ほんとのところはどうなんじゃ?)」
「(きわめて恐ろしい存在だ、これは。正体は、私には検討もつかない)」

バンズの目は、徐々に鋭さを増していった。
注意深く観察すると、彼の手はごく薄い、肉眼には見えぬほど緻密に編みこまれ、
かつ高度な布陣が、塵ほどの隙間もなく張りめぐらされていた。
彼は絶えず布陣に魔力を送りつつ、村人達との対応をしていたのだった。

しかし、強固な布陣で押さえ込まれているにも関わらず、
石はなおも、汚らわしい獣の胎児のようにびくびくと脈動を始めつつある。

「(すぐに私の研究室へ来てほしい。とにかくこれは、一刻も早く処分せねばならん)」
「(うむ、わかった)」

この場自分達が居合わせることができて、本当によかった。
テッツとバンズは、つくづくとそう思った。
もしこれが、気づかずに暴れだしていたらどのような事態にいたっていたか。
彼らには、火を見るように明らかな推測ができた。
この惑星の末路は、炎にくべられた枯木のようなものだったろう、と。

____________

2007/11/20 00:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
浅黄の杖26/ファング(熊猫)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
___________________

夜、あてがわれた部屋にいると、ノックの音がした。

「あーい」

気楽に返事をして、同じく気楽にドアノブに手をかけようとすると、
いきなりトノヤが「待て!」と制止してきた。

「月見だったらどうすんだ!」
「あ、そっかやべ。いませーん」

適当にドア越しに声をかける。逆効果なのはわかっていたが、
一度返事してしまった後では関係なかった。

「…いいから開けて。話があるの」

うんざりした声音がドア越しに返って来た。今度こそドアを開けると、
そこにはリアが口調に似合う顔――つまり仏頂面で立っている。
腰に置いた手には煙草と、灰皿代わりらしい焦げた空き缶を
持っていた。

「あの女の子、そんなに嫌われてるの?さっきたんこぶまで
作ってたけど…まさか殴ったりしてないわよね?」
「いんや正当防衛」
「嫌いというよりもはや恐怖だよね」
「まぁいいけど。――入るわね」

トノヤとファングの答えに本当にどうでもよさそうに肩をすくめると、
いくぶん表情を和らげてずかずかと部屋に入ってくる。
そのまま部屋の奥にある窓枠に腰掛けて、持っていた缶を
傍らに置く。

ふと気付いたように、黙っていたワッチがぼそりと呟いた。

「そういえば、月見だったらノックなんかしないもんなぁ」
「お呼びですかオヤジ殿!」

どばん、といきなり部屋の隅にあるクローゼットが開き、服と共に
月見が飛び出してきた。突然外向きに開いたドアの片方が
ワッチの後頭部を直撃する。

「うわ出た!」
「おお、月見。お前そんなところにいたのか」
「なんでワッチんノーリアクションなの…?」

確実に直撃を受けたはずなのだが、何事もなかったかのように
ワッチは笑みさえ浮かべて月見を見た。月見は身体のあちこちに
クローゼットの中身をひっかけながら、実に楽しげに答える。

「ひょーっ★いや決して夜這いを画策して潜伏していたとかそ」

ばたん。

トノヤによって開いた速度と同じ速さで閉められたドアのおかげで、
月見の姿と声はなくなった。
彼が背中で封をするようにそのまま扉に寄りかかり、平静を装って
腕など組んでいる様子をまじまじと見て、リアがファングに顔を向ける。

「いいの?」
「あとで持って帰ってくれるなら大丈夫っす」
「連れてきたつもりはないけど…まぁいいわ。あの子にも話すつもり
だったから。そこなら聞こえるでしょ」

無造作に煙草を一本出し、口に咥えてから「いい?」と訊いてくる。
ファングが頷くと、そのまま火を点けて吸う――「ここは客室だから
やめろってセバスに止められてるんだけどね」。

「で…話って?」
「ええ。ま、大したことじゃないんだけどね。この屋敷の事」

細く開けた窓に紫煙を吐き出し、閉めてから向き直って、
リアはこんな事を聞いてきた。

「彼は…普通の人間に見えた?」
「あい?」

ファングは、ぽかんと立ったまま彼女の顔を見て――
なんとなく不穏な空気を感じながらも、疑問を口にする。

「彼って…誰っすか」
「セバスの事よ」

言われて脳裏に浮かぶのは特に何の変哲もない、絵に描いたような
老執事だったが。

「あの執事のじっちゃん?まぁ、なんか面妖な人だとは思ったっすけど」
「オイ…まさか…」

トノヤが何かに思い当たったのか、青ざめる。
リアは短いため息と共に煙を吐くと、ごくあっさり頷いた。

「セバスはだいたい30年ぐらい前にこの屋敷で死んでるのよ」

一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。

そして次には、自分が何を言うべきかわからない。
同じく皆も同じだったのだろう。
一人を除いて。

「どどどどどういう事ですかッ!?がっつり幽霊的なそういう話ですかっ!?
アレですかこれは確実に心霊現象とかいうやつですか?!」
「今んとこ俺らにしてみればお前のほうが心霊現象だけどな…」
「…なんか言ってることよくわかんないけど…そうよ」

視線をトノヤの方、つまりいまだ開かないクローゼットへ向け、
頷くリア。

「執事とかあたしも欲しいッ!今度皆で執事服着てください!」
「着ねーよ!そもそも誰に仕えんだよ」

まったく関係のない希望に、顔だけをそちらに向けて即座に言い返す。

「ファング君、ほーら目の前!すんごい目の前!」
「見えないぞぉおお!俺にはクローゼットしかぁあ!」
「どうでもいいけどクローゼット壊さないでね」

不毛な掛け合いに温度のない声音で釘を刺し、リアが煙を吐く。
口が自由になったそのついでか、彼女はさらに一言言い添えた。

「前の主人とのボードゲームにボロ勝ちしたら、ナイフで喉笛を
掻き切られたんですって。よくある話よね」
「よくあってたまるか!そんな惨殺事件!」

珍しく必死な顔でトノヤがツッコミを入れる。

「遊戯室に行けばまだそのボードゲームあるわよ。明日やる?」
「しねぇよ!」

そう言われれば執事がドアを開け閉めしたのはただの一回きりで、
それ以外はすべていつの間にかいたりいなかったりしたのを
ファングは思い出しながら、うめいた。

「俺としてはあの根暗さんがよっぽど幽霊に見えたっすけど…」
「サジーは人間よ。まぁたまに"中間地点"にいる時もあるけど。
悪い人じゃないから安心して」

そのセリフひとつで安心できるはずもなかったが、彼女としては
もうそれ以上話すつもりはないようで、煙草を空き缶に入れた。

「んでも、なんでったってこんなブキミ屋敷に工房なんか?」
「こんなところ、だからよ。設備を揃えるために資金を
使い切っちゃって。ある人の紹介をもらってね、タダ同然の
この屋敷を見つけたってわけ。怪談は昔から好きだし、
運がよかったわ」

ワッチの疑問に淡々と答えながら、空き缶のふちで煙草の灰を
叩いて落とす。窓は開いていたが、それでもかすかな芳香は
部屋にも漂っていた。

「文字通り幽霊屋敷ってわけかよ…」

ファングの呟きに、くすりと笑いを漏らすリア。

「本当は黙っておこうかと思ったんだけど。何か見てから
騒がれるのも嫌だし、一応話しておくことにしたわけ。
ま…それだけだから。じゃあおやすみ」

あくび混じりに言い置いて、リアが出てゆく。
部屋には沈黙と、奇声や物音を押し込めたクローゼットが残された。

「…月見置いていきやがった…」

幽霊屋敷の一日目は、誰ともなしに呟かれた言葉で幕を閉じた。

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2007/12/20 20:36 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖
立金花の咲く場所(トコロ) 51/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック  畑の妖精(?)
場所:エドランス国 香草の畑

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『あいつらは、皆が寝静まった夜になると出てきて、ぶちぶちって千切って持ってく
よ』

とは、幽霊……もとい、妖精の言葉である。

「ああ……ここの芽のところね」

ヴァネッサは、近くにある香草を指先でつついた。
よく見ると、先の方が引き千切られたようになっている。
そこには本来、柔らかい若芽があるはずだった。

『そのたびに、若芽が泣き叫ぶんだよ。たくさんの若芽が、痛いよ、ひどいよ、どう
してこんなことするの……って。でも、その声、あいつらには聞こえないんだ』
「聞こえていたら、きっと、泥棒なんてできないわ……」
ヴァネッサは沈痛な面持ちで呟く。
『うん、そうだねぇ』
と、そこでアベルが肩を叩く。
「ヴァネッサ、通訳通訳」
「あ、ごめんなさい。忘れてた」

通訳なんてするのは初めてのことで、慣れない。
ついつい、その場にいる全員がこの妖精の言葉を聞いているようなつもりで会話して
しまう。
ヴァネッサは妖精ともう少しいろいろ話してみたい気持ちになったが、情報収集を優
先させることにした。

「ねえ、妖精さん。あいつら、ってことは、犯人は何人かで行動してる、ってこと
?」
『うん。一人が指示出してて、あと何人かはひたすら若芽を盗んでいくんだ。いつも
三人とか四人とか、そのぐらいで来るよ』
「犯人は複数で、一人が指示をして他の人間を動かしてる。だいたいは三人から四人
で来る。皆が寝静まった夜に行動するんですって」
ヴァネッサの通訳を聞いたラズロが眉をひそめる。
「盗賊団……ということか?」
妖精が、ひらりと体をはためかせる。
『そこまではわからないよ』
「そこまではわからない、って言ってる……」

「……なんか。ヴァネッサ、かっこいい」

はふぅ、とため息混じりに呟き、リリアが目をキラキラさせている。
自分にはできないことをこなしている、というだけでそう見えるらしい。
「え、ええと……」
ヴァネッサは礼を言うべきなのかよくわからず、戸惑った。
「気にすんな。で、連中の特徴は?」
アベルが代わりに話を進める。
妖精は、ひらひらと漂い始めた。
『うーん。リーダーっぽい奴の顔なら覚えてるよ。いかつい顔で、ヒゲが生えてるん
だ。もじゃもじゃっと』
「リーダーらしい人間は、いかつい顔で、ヒゲが生えてる」
「なんか、ものすごーく悪そうな奴を想像するんだけど、俺」
「……私も……」
ヴァネッサは苦笑いを浮かべた。
ちなみに彼女の想像では、いかつい顔でひげもじゃの、体格のいい男が巨大な剣を降
りまわしている。

「あのさ」
と、そこでアベルがおずおずと手を上げた。
「お前、そいつら追い払おうって思わなかったのか?」
『そりゃもう、何回も追い払おうって思って出ていったよ! でも、あいつら怖がっ
たのは最初だけで、後は無視されたんだ』
「何度も追い払うために出ていったけど、怖がられたのは最初だけで、後は無視され
てた」
人の物を盗むような連中なら、幽霊ぐらいでいちいちビクついたりしないのかもしれ
ない。

「誰かさんみたいに幽霊だーって騒がないんだな」
リックの言葉に、リリアがムッとした顔をする。
「しょうがないでしょ、あたしは幽霊苦手なんだからっ」
「つーかお前、人の首締め上げたの謝れよなっ! 俺、三年前に死んだじーちゃんが
花畑にいるの、ちらっと見えたんだぞ!」
「はいはい申し訳ありませんでした心からお詫びしますーっ」
言いつつリリアは舌を出している。
「誠意がねぇっつーの!」

ケンカ、再び。
相変わらずな二人である。

「幽霊ごときで騒ぐような、ちんけな連中じゃないということだろうな」

その二人のそばで、ラズロは一人、緊張した顔で腕組みをしていた。
強敵では? と考えているらしい。

「でもさー、お前、なんでそんな紛らわしい姿してるんだ? それじゃ妖精っていう
より幽霊だろ」
アベルが不意に投げかけた言葉に、妖精が布(?)のすそをばたばたさせる。
『勘違いしないでくれない? 本当はこんな姿じゃないんだよ』
どうやら妖精は、感情の変化で布をばたばたさせたりひらひらさせたりしているらし
い。
「本当はこんな姿じゃない、って言ってる」
「へ?」

『昔は別の姿をしてたんだけど、ここで長い間過ごしてるうちに、だんだん力が衰え
てきて……姿が変わっちゃったんだ。変だよね』

その呟きが、とても悲しげだった。


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2007/12/20 20:38 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

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