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2025/10/26 16:35 |
立金花の咲く場所(トコロ) 46/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 山でと思っていた予定を変更して、村の宿兼食堂でお弁当にすることに
した一行は、村の地産であるという香草茶を頼んで、机の上に弁当を広げ
た。

「美味い!」
「ほんと、これ美味しい!」

 リックとリリアは、今回の楽しみの一つである女将の手作り弁当の味に、
満足の声をあげた。
 弁当はどこでも食べやすいように、パンに具を挟み込んだいわゆるサンド
イッチだったが、その具材には「せせらぎ亭」の名物でもある女将の仕込み
料理が餡として一工夫されたものが使われていて、これだけでも十分店が
出せそうなほどの完成度だった。

「すごい……餡にするために普通より水分を少なめにしてるんだぁ。 それ
なのに十分煮込んである。 うーん、後で水気飛ばしたんじゃ、ぱさぱさに
なるよね?」

 ヴァネッサが一口食べ進めるごとに、感動しては「どうやって?」を繰り返
している。
 普段厨房を手伝っていても、まだまだ女将の技には追いつけそうにない。
 身についた料理人の魂がついつい調理法に目を向けてしまうが、素直に
美味しいという気持ちがやはり大きい。
 何種類かに分かれていることをしって、ヴァネッサとリリアは中に何か使
われているかで盛り上がっていた。
 一方の男三人は、美味いと最初にうなった後は黙々と食べることに集中し
ていた。
 アベルとリックはともかく、ラズロですら終始口元をほころばせっぱなし
だったところを見ると、十分すぎるほど満足したのは疑いなかった。
 そうして当然ながら早く食べ終わった三人は茶をすすりながら満足げに椅
子の背もたれに背を預けた。
 女の子ほど料理話で盛り上がれはしないが、特に普段女将のお弁当なん
て口にできないリックは、食後の感想がしばらく続いたほどだった。

「ふー、そういや、ワムさんの言ってた幽霊ってなんだろな?」

 「おいしかった!」も一息つくと、リックはこれからのことを考えて気になっ
ていることをあげた。
 ラズロも知識を記憶のそこから引っ張り出すように思案する。

「幽霊というとたいていは錯覚だ。モンスターとしてならレイスやファント
ムがありきたりだが、こういう普通の野山での遭遇例はあまり聞かないな。」

 ダンジョンや建築物、もしくは古戦場など、それなりに意味のある場所に縛
られているのが、ファントムやレイスといったアンデッドとよばれる系統のモン
スターの特徴だ。

「なら何かを見間違えたか。白くてぼんやりしたもの……、うーん。」

 アベルもほんものの幽霊とは思わなかったが、今ひつ思い当たるものがな
かった。
 
「まてよ、普通畑に行くのは昼間だろ? アンデッドの線は薄くないか?」

 この中ではもっとも実践経験のあるリックにしても、昼日中から現れるアン
デッドの話は聞いたことがない。
 強いて言えば魔法使いが使い魔として創造するクリーチャー系(ゴーレム
等が有名)のアンデッドならありえるが、それこそ単体で山をうろつく理由もな
いし、目撃証言ともかなり違う。
 三人そろって思案にふけっていると、ようやく食事を終えたヴァネッサとリリ
アもお茶を入れて会話に加わってきた。

「目撃談といっても、直接荒らしてるところではなくて、付近で見かけただけな
のよね。」

 言外に「ほんとに関係あるの?」とにじませながら、リリアが言った。

「でも、時期が合いすぎてる。」

 ラズロが冷静に指摘する。
 昔からならともかく、畑があらされた同時期に突然あらわれたとなれば、犯
人かどうかはともかく、無関係とはおもえなかった。

「ひょっとして、精霊とか……。」

 術謝以外が精霊を目視できることは稀だが、大事に扱われたもに人の思
念が宿りもともとそこにいた精霊に力を与えるというのはままあることだ。
 この村の人たちが、畑や畑のある山を大事にしきたなら、精霊が姿を現せ
るほどに力を付けていても珍しくはない。
 ヴァネッサは村に入ってからも、精霊の力が満ちていることに気かついてい
た。
 それはこの村が自然と調和するようにして存在していることを示していた。
 
「だとすると、犯人というより何かを伝えようとしてるのかも。」

 ヴァネッサはそういうとなんとなく山のほうをみた。

「案外、猿や猪が犯人で目撃されたのはたまたまの自然現象だったなんての
もよくある話だ。 一応気をつけるってことで、そろそろいくか?」

 リックがそういうと、皆もうなづいた。
 まずは山にあるという香草の畑にいく。
 しかしそこが荒らされている事が入荷不足の原因だったとなると、おそらく山
の中に自生してる分を探さないと必要分は手に入らないだろう。
 さらに、アベル、ヴァネッサ、ラズロの三人は女将さんのことを考えれば、で
きることなら畑に対して何らかの対策をしておきたいところだった。

「よっし! 長さんに挨拶して早速山にいれてもらおうぜ。」

 アベルはそういうと、いそいそと食事跡をかたずけだした。


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2007/08/28 00:39 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
星への距離 5/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス  店の主人  農夫
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この街の子か? 泊まれる宿があったら、教えてくれないか?」

そう尋ねてきた黒髪の青年は、スーシャよりもずっと背が高かった。
髪の毛の先や衣服から、水滴がしたたり落ちている。
何も知らない純朴な田舎娘なら、カッコイイ、なんて言って見惚れているかもしれな
い。

「あの……」

スーシャは、無意識のうちに両腕を胸の前に持ってきて、ずり、と後ずさる。
怯えている、とまではいかないが、警戒している。
スーシャは、人と打ち解けるのに時間のかかるタイプである。
会った瞬間から、まるで長年の付き合いがあるかのように振る舞える人間もいるが、
彼女にはとても真似できない。

「あ、怖がらなくっていいよ。こいつ、愛想ないけど悪気ないから。こういう性格な
の。ロンシュタットっていうんだ」
ロンシュタットというらしい青年が腰に吊るした剣から、声がする。
先ほど、自分のことをバルデラスと名乗った剣だ。
「ロン、こっちの可憐なお嬢ちゃんは、スーシャちゃんだよ」
「可憐、って……」
スーシャは、困り顔でおろおろした。
普通なら、照れたり「そんなことない」なんて言ってみたりするところだが、長いこ
と罵声と怒声を浴びせられてきたためか、ほめ言葉を告げられると、どうも落ちつか
ない。

……と、ロンシュタットがじっとこちらを見つめていることに気付いた。
スーシャはハッと思い出した。
そういえば、泊まれる宿があるかどうか、聞かれていたではないか。

「あっ、できます、あります、一軒だけ、ですけど」
「……そうか」
慌てて答えると、ロンシュタットの目元がなんとなく柔らかくなったように見えた。
安心した、ということだろうか。
「ごめんなさい、その、無視したわけじゃないんです……」
申し訳ない気持ちで頭を下げると、「いい」と言うようにロンシュタットが手で制す
る。
「気にするな。案内を頼めるか?」
「あ、はい」

それから、スーシャはきょろきょろと回りを見まわした。

「あの、待っててください」

スーシャは道端に分け入ると、よいしょ、と草を二本引き抜いた。
大きな丸い葉っぱと、長い茎のついた、大きな草である。
突然雨に降られて、カサを持っていなかったりした時、これで代用ができるのだ。
もっとも、それをやるのは大人ではなく子供だが。

「あの、カサの代わりに……」
スーシャは、一本をロンシュタットに差し出した。
「濡れちゃった後だから、意味、ないかもしれないですけど」
「気がきくねぇ、スーシャちゃん」
「いえ、そんな」

――こうして、二人は雨の降る中を歩き出した。
歩きながら、人と並んで歩くのなんて、何年振りだろう、とスーシャはぼんやり考え
た。

「にしても、スーシャちゃん。夜だってのになんであんなトコいたんだい?」
不意にバルデラスに話かけられ、スーシャは、内心慌てふためいた。
「そ、その……わ、わたし、お使いに行って来た帰り、で……」
本当は、とてもとても嫌なことがあって、飛び出してきたなんて、正直に言えるはず
もなかった。
バルデラスの方も、「ふぅん」と言ったきり、それ以上追及してこなかった。

「……ここ、です」

スーシャは、とある建物の前で立ち止まり、ぎこちなく伝えた。

セーラムは小さな街で、どこかの大きな街道に直接繋がっているというわけでもない
から、滅多に人が来ない。
それでも一応宿屋と呼べるようなところはある。
ただ、客が少ないために宿屋の稼業だけでは食べていけないので、兼業として酒場を
やっている。
近頃は酒場の客が宿の客を上回り、もはや、「宿を兼ねて酒場を経営している」のか
「酒場を兼ねて宿を経営しているのか」が不明になっている。

今日は雨が降っていて、酒場の客も少ないようだ。
開いた扉からもれる明かりはいつも通りだが、酒場特有のバカ騒ぎする声が聞こえな
い。

「こんばんは」

スーシャは、ドアを開け、中に声をかけた。
客は片手で数えられる程度で、店主も退屈しのぎに客の話に加わっている。

「あれま、仕立て屋ンとこのスーシャじゃないか」

店主が、スーシャに気付いて声をかけてくる。

「どうしたんだい、夜だってのにこんなトコにいるなんて」
店の主人も、バルデラスと同じことを尋ねてくる。
十二歳の少女が夜に出歩いていると、疑問に思われるものらしい。
「あ……お使いを頼まれたんですけど……でも、時間がかかっちゃって……」
スーシャは、先ほどバルデラスに述べた嘘を、再び口にした。
「まさか、こんな時間までかかったってのかい?」
「……はい」
そこで、店主は「ん?」とロンシュタットに気付いた。
「スーシャ、この人は?」
「あの、泊まれるところを探してる、って。だから……」
すると、店主はニコニコと笑顔になった。
「じゃあうちの客だな。いらっしゃい。いやぁ、雨でびしょびしょだな。待ってろ、
拭くもの持ってくるから」
そう言うと、いそいそと店の奥に引っ込む。

それじゃ、とロンシュタットに会釈をして、スーシャは出口に足を向けた。

――帰ろう。

謝って、また家に置いてもらうしかない。
どんなにいじめられてもヒドイことを言われても、自分は結局、あの家しか帰る場所
がないのだ。
そんなに辛くて嫌なら、本当に飛び出して、どこか別の場所に行ってしまえばいい。
帰る場所を、他に作ればいい。
そういう意見もあるだろうが、全く知らない土地で一から生活を始めるのがどんなに
大変かを経験した身としては、どうしても腰が重くなる。
上手くいくとは、限らないのだから。


「自警団の団長はいるかい!?」

大声とともに、一人の農夫が駆けこんで来た。
ちょうど出ようとしたスーシャは、ぶつかりそうになって、慌てて体を引っ込める。
「っと、スーシャ!?」
農夫は驚いたようにスーシャの両肩をつかんだ。
「どうしてこんなところにいるんだ? お前、家にはいなかったのか?」
その驚きように、スーシャは面食らう。
一体どうして、こんなに驚いているのだろうか、彼は。
「ああ、この子ならお使いに行ってたんだと。今やっと帰ってきたところらしいよ」
横から店の主人が説明をすると、農夫はようやく手を離した。
「そうか。じゃあ、命拾いしたな」
「え……」
命拾い、とはどういうことだ?
スーシャは困惑しきった顔で農夫を見上げた。

「落ちついて聞けよ。仕立て屋の一家が、全員、殺されてたんだ」

スーシャは、声も出なかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/08/28 00:41 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
ファランクス・ナイト・ショウ  11/クオド(小林悠輝)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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 戦の報が既に伝わったか、それとも星の落ちるのを見たのか。ヒュッテを離れて数日
が経つころには、通りかかる村落は疎開の準備で慌しくなっていた。馬を売ってくれと
頼んでもなかなか了承を得られず、かといって二頭の馬で道を急ぐことなどできない。
放棄の済んだ農村に残されていた一頭を拝借することができたときには、既にレットシ
ュタインまでの道半ばに差しかかろうとしていた。

 ガルドゼンドは平地がちな国ではあるが、旅の容易な土地ではない。
 行く手を遮る河川や森林のせいで街道は奇妙な風に捻じ曲がっているし、辺境の治安
は、いいとは決して言えなかった。特に今は都市へ避難する人々を狙った盗賊も出没し
ている。直接その姿を見ることはなかったものの、無雑作に打ち捨てられた屍骸が放つ
異臭に辟易しながら道を抜けなければならないことは幾度かあった。

「レットシュタインとはどういうところだ?」

 ラインヒルデがそう問うたので、クオドは少しだけ悩んでから「静かな場所です」と
答えた。少なくともクオドが子どものころのあの土地はそうであったし、一月前までも
違わないらしかった。

「アプラウト家が所有する領土のうち、最も古い土地です。
 南と西は荒野と草原、北と東には深い森がありますが、東の先はごつごつとした岩山
になっており、踏み込むことはできません。村の一部は高い石塀に囲まれていて、ちょ
うど砦の中庭のようになっています。が、昔はともかく今の兵力で守るには広すぎます
から、戦場になることがあれば、村には火を放つかも知れません」

「……なるほど」

 と受けた相手が本当に満足したのか知れなかったために、クオドは続けて、領主館と
そこにいる何人かの話をした。領主とその兄、武術指南番の老人、執事。続けようと思
えばいくらでも続けられる気がしたが、漠然と父親のことを思い出すと同時に錯覚も醒
めてしまった。故郷は遥か遠いのだということを、すぐに忘れそうになる。
 クオドは笑った。

「素敵な人がたくさんいますよ」

「そうか」

 会話がとまる。
 かぽり、かぽりと前方から馬の蹄音が聞こえてきて、先行していたカッツェが戻って
きた。クオドは、少年が数日前と比べて随分と憔悴してしまっているのを後ろめたく思
いながら、「先はどうですか」と訊いた。

「……すぐに村があります。
 少人数の兵士が駐留していて――エーリヒ卿の部隊のようです」

「エーリヒ卿? 何故ここに……王都へ戻るにしては」

 ラインヒルデが顔をしかめて話に割って入った。

「そのエーリヒという男はヒュッテにいたのか。
 あの襲撃の夜、私は見たぞ。転移の魔術で真先に逃げ出した騎士と、奴に従う魔術師
たちを」

「ええ。彼は王の任務を受けていました。
 恐らくヒュッテが陥落するように仕向けるのが仕事だったのでしょう。
 パフュールの王は戦を望んでいる。既に国中で軍が揃いつつあるはずです」

 クオドは息を吐いた。空気は冷たいが、汗ばんだ馬の体温が湯気に変わっている。
 半日もしないうちに休ませなければならないだろう。走らせていないが、急いでいる。

「ティグラハットが勝負を仕掛けるなら冬になります――雪が降れば大規模な行軍は不
可能になるために、当面、圧倒的な物量差で負けることはなくなりますから。春までに
少なくとも三つの要塞を陥とせれば、有利な条件で停戦交渉を仕掛けることだってでき
るはずです」

「…………」

「対してパフュール王は恐らく……既に迎え撃つ準備を整えて」

「ヒュッテ襲撃を誘い、その陥落を合図に開戦しようということか?
 あの犠牲は――テオバルド卿は自らの王に利用されて死んだのか」

 ラインヒルデは半ば呆然と呟いて、それきり沈黙した。
 クオドはカッツェを呼んで迂廻路を確かめるよう言いつけた。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 ヒュッテ陥落の報を受けたヴィオラは穏やかに微笑んで、まずは二人の無事を労った。
 カッツェは主人が動揺しているところを見たことがなかったので、感情を押し殺して
いるのかそれとも本当に何も感じていないのかの判断を、今回もつけることはできなか
った。或いは、二人がラインヒルデを伴って帰りついた時から敗戦を確信していたのか
も知れない――泥と塵、血の黒染みも殆どそのままの姿は、他の何も想像させなかった
に違いないのだから。

「……ええ、私達は無事に帰ってくることができました」

「あなたが責任を感じることはありません、クオド。
 遠からずヒュッテが陥ちることはわかっていましたから」

 騎士が応えると、ヴィオラは机に肘をついて手元で筆をいじりながら眉を顰めた。
 その背後では隙なく引かれた窓帷に外の夕日がぼんやりと滲んでいる。執務室はひい
やりとした冷気に涵されている。この冷たさは真冬になると更にひどくなり、暖房器具
を持ち込んでも殆ど効果がないほどになる。カッツェは、主人が毎冬必ず寝込む風邪の
原因のうち一つはこの部屋の性質だと信じているが、進言したところでどうにかなるも
のではないと承知してもいた。
 主人は溜め息をつき、抑えた冷たい声で言った。

「それに――テオバルド・グナイストが死んだのは彼自身の選択です。
 自滅に付き合わされた兵士には同情すれども、彼を哀れむ必要はありません」

「何…?」と小声で呟いたのはラインヒルデという女だった。
 カッツェは恐る恐る彼女を横目にした。秀麗な横顔がゆっくりと怒りに染まっていく
光景に背筋が凍る。ヴィオラはまるで気づかぬ素振りで続けた。光のない目は、三人の
背後の壁を見据えて動かない。

「初めに星が落ちた時点で退き、戦力を温存すべきでした。
 彼は戦局をそう見誤るほど無能ではなかったのに、恐らくは焦燥に目を晦ませた」

「でも――あのひとは」

「……テオバルド卿は最期まで誇りを失わなかった」

 クオドは口を噤んだが、ラインヒルデは硬い声で呟いた。
 主人は短い沈黙の後で筆を机に戻し、立ち上がりながら言った。

「残念ながら、お嬢さん。私は誇りになど価値を見出さないのですよ。
 とにかく二人を助けてくださったことに感謝します。もしよろしければ気の済むまで
滞在してください、最大限の遇しをさせていただきますので」

 ラインヒルデは差し出された右の手を半ば睨むように見下ろして動かない。
 主人は苦笑して手を引いた。それから困りきった表情で立っていた騎士の名前を呼ん
で、あまり熱意のない口調で「客人が滞在中に不便を感じることのないようにしなさい」
と言った。

「その必要はない。すぐに発たせてもらう」

「ではせめて、旅に必要な物資のいくらかを提供しましょう。
 とはいえ明日までの猶予はいただきたく存じますが――」

 金髪の女は目を細めて、ぎこちなく唇の端を吊り上げた。

「ほう……噂に名高いアプラウトの毒殺公が、食糧を分けてくれるというのか」

 ヴィオラは虚をつかれたような顔をしたが、彼よりもクオドの方が驚いてヒルデを見
上げた。主人の風聞を知らないのか、それともこの女が皮肉のようなことを言う人物だ
とは思っていなかったのか。恐らくは両方に違いない。カッツェは前者に対しては何も
言うことはなく、後者についてはクオドと大凡おなじ見解を持っていた。
 主人は一目で上辺だけとわかる微笑で言った。

「……ええ、可能ならば晩餐にもお付き合いいただきたいと願っています、お嬢さん。
 毒というものは――果実酒の杯に注ぐのが、貴族の作法では最も正しいとされている
方法ですからね」

「ただの悪趣味だろう」

「貴女が夜の旅よりも真鍮の杯を恐れるなら、決して無理には引きとめません」

「私が毒を恐れる? 冗談でも言っているのか?」

 ヒルデガルドは鼻で笑った。
 主人は「クオド、お願いします」と念を押して、机の上にあった硝子灯を彼に渡した。

「私は少し図書館に用がありますので、何かあったら使いをください」


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2007/08/28 00:42 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
星への距離 6/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、店長、団長
場所:セーラムの街(宿屋)

 一家皆殺しの知らせは衝撃的だった。
 スーシャは何が起こったのか理解することもできず、ただ知らせを運んできた農夫が繰り
返す「命拾いしたな」という慰めの言葉を受けるだけだった。
 無理も無い。
 その男はおろか、酒場にいる皆が、その事件に対して無知なのだから。
 そしてその混乱は広がっていく。夕刻より突如広がった暗雲のように、ひとりが抱えた不
安が大きくなり、やがて抱えきれなくなって他人の力を借りようとするがその相手もどうする
こともできず、やはり同じ不安を抱え始める。
 とにかく事態がどうなっているのか確認しようと男に問いただす者がいる。しかし男も理解
していないので要領を得ない問答になり、延々収拾がつかないまま実りの無い話が続く。
 それを聞きながらどうしようか迷った挙句、とりあえずスーシャを慰める者がいたり、自警
団長を探しに行こうとするが、自分の判断で勝手に行っていいのかどうか迷っている者がい
たり、様々な混乱の様相を呈している。
 店主はとりあえず、雨に濡れた体を拭くためのタオルを取りに奥へいったん引っ込むと、
一緒に部屋の鍵をひとつ持って帰って来た。
 宿として使われるうちの一部屋で、スーシャの頭をタオルで拭きながら、そこへ連れて行
く。

「とにかく、どうなっているのか分からないけど、きっと皆が何とかしてくれるから、今日はこ
こに泊っておいで」

 ざわつき始めた店内の喧騒をよそに、静かで落ち着ける所へ連れて行く店主の声が、そ
の扉を閉める際にロンシュタットの耳に入った。
 痩せている、というよりは華奢な印象が残る少女は彼の視界から消え、代わりに口々に好
き勝手な憶測を飛ばす者だけが残る。
 ロンシュタットはスーシャがいなくなると、彼らには一瞥もせず宿泊施設となっている2階
へ勝手に上がり、これもまた勝手に手近な扉を開け、中に入った。

 背負ったバッグから荷物を取り出し、部屋中に広げて空にすると、バッグを逆さにして窓辺
に吊るした。
 腰の剣も外し、ベッドに放り投げると渡されたタオルで頭と顔を拭き始める。

「あ~あ、何がどうなってんだか分からないのに、何だってあいつらは騒々しく捲くし立てて
んだ? 浮き足立ちやがって、うるせえったらありゃしねえよ。なあ、ロン?」

 ロンシュタット、無言のままタオルで拭き続ける。
 心の中では、お前に言われたくないだろう、と思っているかもしれない。
 頭だけでも拭いてさっぱりすると、服を着替え始める。

「さっさと自警団長だか何だかに報告すりゃいいのに。駄目だな、あいつら。あんなんじゃも
し犯人がいても、とっくに逃げおおせてるか、近くにいても捕まえられんだろうぜ。殺された
連中は仇を討ってもらえず、殺され損さ」
 けけけ、と愉快な笑い声が響く。
 ロンシュタットは拭くのを止め、剣を睨む。
 途端に笑い声が収まり、困惑した声で話しかけてきた。

「おいおい、どうして俺を睨むんだよ? あいつらの態度見ただろ? スーシャちゃんの事を
心配してる振りしてるだけだぜ、ありゃ。けけけ、『きっと皆が何とかしてくれる』だってよ。笑
っちまうぜ、そうだろう?」

 声は再び愉快で仕方ないというように饒舌になる。

「あんな年の女の子が、こんな時間にお使いもくそもあるかよ。お前だって一目見て分かっ
たはずだぜ、痩せているんじゃなくて、栄養失調気味で華奢なんだってな。着てる服はどう
だった? この街は大したことなさそうだが、いくら貧乏だからって、普通に生活してる奴が
あそこまでみすぼらしいこたぁねえだろうよ。本気で心配してる奴がひとりでもいりゃあ、あ
んな落ち窪んだような目にはならない。違うか?」
「……」
「それなのに、何とかしてくれる、だってよ。これがおかしくなくて、何がおかしいってんだ」

 げらげら笑い出す剣。

「それでも育てている連中を失ったんだ。これからは、彼女にゃ不幸だが、ろくな人生は残っ
ちゃいねえな。誰もいない、一人じゃ生きることもできないガキだ。そういう奴がどんな悲惨
な末路を辿るか、その辺、お前が一番知ってるんだぜ?」

 ロンシュタットは特に何も言わず、乾いた服に袖を通し終えると、濡れた服を同じ様に干し
た。
 剣が喋っている間、特に変えることも無いその冷たい表情からは、彼が何を思い何を感じ
ているのか窺い知ることはできない。
 バルデラスはロンシュタットの様子を伺っていたが、まるっきり無視されているのに気付く
と、口を尖らせたように、「つまんねぇの」と呟いた。
 彼は無造作に剣を掴んで腰に吊るすと、扉を開けて酒場へ降りる。

 幾分の混乱は見られたが、そこにいる者は減っていた。
 例の自警団長を呼びに行ったのか、あるいは事件のあった家へ行ったのか。
 ロンシュタットはまだ調理場に立っている店員に、夕食を注文する。
 椅子を引いて奥まった席にかけ、夕食を待っている間も実りの無い会話は続けられてい
た。
 その会話に参加することも無く、まるで誰もいないかのように彼らを無視して待っている
と、やがて出てきた。
 ここが酒場だからか、料理人のレパートリーがこれしかないのか、出てきたのはジャガイ
モとベーコンの胡椒炒め、硬そうなパン、スライスされたチーズ、温い水だった。
 食事というより酒のツマミだ。
 ロンシュタットは不満を言うことはなかったが、フォークを取ることはなかった。
 このメニューで食欲を失ったのか、そのまま手を付けずに水だけ飲んでいると、湿った空
気と一緒に男が外套を被って数人入って来た。

「店長はいるかい?」

 中でも一際体つきのがっしりした男が太い声で言った。
 その声にざわめきが収まる。同時にツマミを作った調理人が奥の部屋へ行き、少しすると
店長を連れ出て来る。

「ああ、こりゃあ団長、どうも」

 頭をかいている店長に、大仰に頷いてみせると
「急な知らせを受けて、取るものも取敢えず駆けつけた。仕立て屋の一家が皆殺しらしい
な。スーシャだけが生き残ったそうだが?」
「ええ、今、奥の部屋で暖かいミルクを飲んでます」
「落ち着いているなら、話を聞きたい。店の用事で出かけていたという話だが、本当か?」
「本人がそう言ってましたよ。詳しくは聞いてませんが……」

 そんな事を言われても困る、と顔で伝えて店長は頭をかいた。

「何も見ていないかもしれんが、何か見ているかもしれん。万が一の事だが、犯人に心当た
りがあるかもしれない。連れて来れるか?」
「まあ、あの通りの大人しい娘だから、連れてこれるでしょうけど」
「では、頼む」

 そう言われると店長も断れない。入って行った扉を潜り、少ししてスーシャを連れて来た。
 店長に連れられて出て来たスーシャは、団長を見上げた。

「スーシャ、君にちょっとだけ聞きたいことがある。ここでは落ち着いて話せないし、事件のこ
とも君に話してあげることができない。これから一緒に来て欲しい。いいね?」

 言葉は理屈が通っているように見えるが、実際は断りようが無い。
 自分が決める前に決められた事に、スーシャはただ力無く、黙って頷いた。

「よし、では行こう。店長、ご苦労だった」

 どうも、と答える店長とのやり取りの間、スーシャは俯いたまま、口をきつく結んで何も言
わなかった。
 団長が一緒に入って来た男達と出て行く。
 再び店内に湿った風と雨が入ってくる。
 扉が開き、閉まるまでのほんの短い間。
 スーシャは店内を急いで見回した。探してみた。

 いた。
 おかしなお喋りな剣と、その持ち主の青年が。
 ロンシュタットと言う青年は、無表情のまま、ただ自分を見ていた。何の感情も無い眼では
あったが、正面から、真直ぐに自分だけを見つめていた。
 スーシャの表情が崩れる。
 辛そうな、悲しそうな顔で彼に何か言おうとしたが、言葉になる事はなく、そのまま連れら
れて出て行ってしまった。
 店内に安堵の空気が広がる。事件は専門に処理してくれるプロの手へ移り、自分たちが
することはなく、またできることもない。
 犯人が早く捕まってくれるといい、といったそれまでとは違う、第三者的な感想が今度は話
題の中心になる頃、店内からロンシュタットの姿は消えていた。

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2007/08/28 00:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
立金花の咲く場所(トコロ) 47/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 
場所:エドランス国 香草の畑

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うわぁ……」

香草畑に到着しての第一声は、感嘆の声だった。
田舎育ちのアベルとヴァネッサにとっては、畑など見慣れたものだったが、それで
も、その風景には感激させられた。
山のなだらかな斜面に作られた広々とした畑に、背の低い香草が生い茂っている。

「広ーい! すっごーい!」

リリアはきゃいきゃいとはしゃぎ、

「ここまでの広さを開墾したのか」

ラズロはその労力と苦労に思いをはせ、

「あ……雑草、生えてるね」
「だいぶ草むしりしてないな、こりゃ」
「幽霊騒ぎのせいで、手入れもままならないんだろ」

他の三人は、畑の状態について会話をしていた。

「って、無駄話している場合じゃないぞ。早いところ摘み取って戻ろう」
リックが作業開始を促すと、
「リック、そのカッコ恥ずかしいから、早く終わらせたいんでしょー」
リリアがにたりと笑う。
ちょっとだけ図星だったらしく、リックが「う……」と呟いた。
リックは、大きなカゴを背負っている。
今回は、このカゴ一杯になるまで摘み取る予定である。
ちなみに、なんでリックが背負っているのかというと、じゃんけんで負けたためであ
る。
じゃんけんになったのは……あんまりカッコ良くないスタイルになるため、積極的に
背負いたいものではなかったからである。

「うるさい、お前はユーレイユーレイ泣いてたくせにっ」
「泣いてないわよ! カゴ男っ」
「別に、カゴ男呼ばわりじゃ傷つかないし」
「じゃあ壁がお友達の独り言王子っ!」
「人をネクラみたいに言うなっ」

あっと言う間に、やいのやいの、と言い合いが始まる。
二人と知り合ってから、何度目になることか。
最近ではおなじみになりつつある光景である。
おなじみになりつつあるが……だからって放っておくのもいけないことのような気が
するヴァネッサである。
だいいち、今は「香草摘み」という大事な作業を目の前にしているのだ。
「二人とも、やめて」
しかし、ヴァネッサの声は届かない。
二人は相変わらず言い合っている。
「放っておけ」
ラズロは関わるだけ時間の無駄、とばかり、さっさと畑の中に踏み込んでいった。
「でも……」
困り顔で二人を見ていると、アベルがポンと肩を叩いてきた。
「大丈夫だって、本気でお互いが嫌いでケンカになってるわけじゃないから、よく言
うだろ、ケンカするほど仲が良いって」
「う、うん……」
それは、ヴァネッサだってわかってはいるのだが。
「そのうちケロッとしていつも通りになってるって。んじゃ、ちゃっちゃと終わらせ
ようぜ」
そう言うと、アベルはラズロに続いて畑に入っていった。

ヴァネッサは、畑に入る前、ぐるりと辺りを見回してみた。
――ワムの言っていた『白くてぼんやりしたもの』は、今のところ見当たらなかっ
た。



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2007/08/28 00:46 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

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