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2025/10/25 23:59 |
Get up! 03/コズン(ほうき拳)
PC: コズン
NPC: レベッカ、日の出の魔道師、すてきな盗賊
場所:木賃宿/保健室

――――――――――――――――




「俺は宮廷魔術師になる」

 太陽を大地が飲み込んでいた。赤骨通りに面する名もない小さな木賃宿はにぎわいはじ
め、それぞれが夕餉の支度を始めている。

 そんな中でそこの雰囲気とは一線を画した魔道師が一人、なじみきった一人のひょろ長い
盗賊に話しかけている。魔道師の視線に人のいい狐といった風貌の男は何となくいずらそう
に机をなでた。

「今日でさよならだ」

 そういって彼は出て行った。
 振り返ることはない。止める間もない。そんなこともしない。
 冒険者とは不似合いな礼服を身に纏い、宮廷魔道師を表す銀色の肩当てを右の方にして
いるのが、すでに決別であったからだ。


 彼ら二人がそれを知ったのは数日過ぎた同じ木賃宿だった。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

   

 保健室にはコズンだけがいる。

 学園に入ったことはないし、話す相手もいないので、じろりと外を見ていると、剣技の初級
講座らしきものが始まっていた。
 いまさら見ても面白くもないが、それでもしばらく睨んでいた。

 あの後、ここに運び込まれ、治癒の呪文によって回復したらしい。さっきまで話し相手だっ
た保健の先生とやらが言っていた。なかなか面白い、主に話しより言動が。しかし、その話
し相手もクソ面白くもない授業に取られてしまった。

 暇そうにごろりと二回転がった後、彼はため息をついた。
「アレの続きでもやるか」
 ベット下に転がっている背負い袋から裁縫道具を億劫そうにとりだし、中に入っていたさき
ほどとは別の人形を縫い始める。
 布の切れはしを集めて作った、つぎはぎの人形で顔を作ってやれば完成だ。
 外からはかけ声が響き、笑い声や怒声がいやに耳に入ってくる。

 けッ、とだけつぶやいた後、縫い物に集中する。

 そう、後こいつに笑った顔を付けてやるだけなんだ。邪魔すんな。
 でもよ、笑った顔ってどんなのだっけ。

 そう思った時にがらりと保健室の扉が開いた。

「すいませーん。コズンって子いませんかー」

 快活そうな少女の声だ。高いことは高いが不快にならない柔らかさがそこにはあった。
「うおへぁ」
 鋭かった双眸は情けない表情で覆われてしまう。そして、裁縫道具をぱっぱと鞄にぶち込
み、何事もなかったように

「あー、そこなのね」
 仕切りのカーテンの方からひょっいと出てきたのは手乗りサイズの少女だ。背中にはトン
ボにも似た羽を生やし、人の目の高さにふわふわと浮かび上がっている。フェアリーだ。

「なんで、おまえがいんだよ!」
「何でかって? 簡単じゃない」
 ふわりと羽を動かし、笑顔でにじり寄るフェアリー。ひまわりの花みたいな色のワンピース
が小さく揺れる。ゆっくりと進み出て、耳たぶを両手でやさしく掴む。


「あ・ん・た・が! また! やっちゃったんでしょうが!」


 叫びと共に耳たぶを根菜でも引き抜くように力の限りひっぱり上げる。
「あだだだ!」
「あああ、もう最低! まったくあんたって奴は」
 体重の軽いフェアリーを文句の合間に振り払い、耳を押さえて口を開いた。
「いや、あれは、だなぁ、レベッカ」
「いいから! 言い訳なんてどうでもいいわ。ああ、なんであんたと知り合いなんていっちゃん
だろう。
 折角のここの研究室といっしょに遺跡調査できる機会だったのに! あんたなんか、ほっと
いっておけばよかったんだわ!」

 反論しようとした口が急に縮こまる。遺跡、とだけコズンは口を動かした。

 レベッカと呼ばれたフェアリーは頭を軽く抱えて、やれやれと首を振る。
「まったく、こーいう時に限って、あの男どもときたら。肝心な時にいないんだから」
 やれやれと両手をあげため息を吐くフェアリー。

 レベッカ達三人と冒険したのはもう随分前の話だ。みんな熟練の冒険者でコズンはパー
ティの戦士が抜けてしまったため入った人間だった。

 そして、とにかく毎日冒険に出た。毎日、そう毎日だ。

 オークの戦士達と共闘したこともあったし、ダンジョン一歩目の階段で滑って転げ落ちて
死にかけたこともあった。情報の齟齬で危うく依頼人に斬りかかることもあった。
 そんな日々はもう遠くだ。すてきな盗賊はふらりとどこかに消えてしまったし、日の出の魔
道師はもういない。
 少し顔を伏せて、コズンは声を絞り出した。
「……悪かった」
「分かればよろしい」
 素直に謝るコズンに、ころりと表情を変えてそよ風みたいに笑いかける。

 その風でも役不足なのだろうか、コズンは顔を伏せたままだ。
「遺跡、おまえ好きだもんな、みんないないのに、潜るチャンスなかなかないもんな」
「いーってこと。あたし達の後輩なんだら、ね」
 レベッカは肩をバシバシと叩いた。
 コズンの耳たぶは赤くなっている。

「ま、反省ついでに一仕事、頼んでいいかしら」
「あ、いいぜ。やってやるよ」


 彼がこの安請け合いに後悔するのにはたいした時間はいらなかった。


――――――――――――――――
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2007/08/24 02:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
滅びの巨人―1/ベン&テッツ(月草)
場所 :ポポル およびポポル上空
PC :ベン テッツ
NPC:カストル カーシャ(ベンの母) 巨人
_____________________________
 遠い星、豊かな土地。魔法使いが秘術を尽くして戦い、騎士達がそれぞれの信念を賭け
て剣を交えた、そんな時代。
 種々の生体が息づく大地の遥か上方に、一つの影があった。まぶしすぎる太陽光に照ら
され、姿があらわになる。かつては栄えていたであろう文明と、その住人の残骸思しき、千
切れてバラバラに飛んだ骨があちこちに散っている。
 それらが漆黒の空間をあてもなく漂っていた。建造物と白骨が無造作な集団となって漂う
その様子は、まるで都市の一部が切り取られ、投げ出されたかのようであった。前触れもな
く命を絶たれたのか、わが子を抱きかかえたままの人骨もある。
 浮遊物たちの中央には人影と、半透明の青く巨大な球体があった。よく観察すると、人影
は年端もいかない少年であった。両耳からは球体と同じ輝きを放つピアスをし、文様の入っ
た白く滑らかな服を着ている。その顔は少女のように整っている。ピアスのせいもあってな
おさら男と分かりにくくなっていた。
 彼は緊張の面持ちで、球体と向かい合い内部を見据えている。内部には、胎児のような塊
があった。成人した人間とさほど変わらぬ大きさのそれは、封じ込められた球体に対してあ
まりに小さい。
 しかし胎児の目には、この土地を喰らい尽くしてもなお余りある憎悪と欲望がにじみ出して
いる。血と殺戮に飢えたそれは、豊かな星に息づく生命をうまそうに見ている。エサだ、腹を
満たせるだけの十分なエサがある。全身の血が逆流するほどの激しい欲情にかられ、襲い
掛かろうとする。
「――だめだよ」
 胎児の脳内に声がする。同時に青く強烈な閃光が周囲に満ちた。身体が粉々になりそう
な苦痛に、怒りと憎しみの叫びを上げる。
「グオオオオオオォォォォォオォオオ!」
「僕が生きている限りは、お前を暴れさせたりなんかさせない」
 ここを見つけてからもうどれほどの時間、繰り返してきたのだろうか。わずかばかり、仕留
めそこなったばかりに……。こんなちっぽけな肉人形に、ここに押さえ込まれているのが悔
しかった。しかしそれも、まもなく終わる。残りはあと一匹だ。
「う……ゲホッ、ゲホッ!」
 少年は呼吸がままならなくなり、意識が遠のいてしまった。彼が胎児を制御する手を弱め
た瞬間、この世のものとは思えぬおぞましい咆哮が空間を揺るがした。
「グアァァァァ! アアアアァァァァアアアアア!」
 胎児は見る見るうちに肥大化し、あっという間に少年の数倍はあろうかという巨体になっ
た。手からは爪が生え、口からは多数の牙が出た。眼球は真っ赤に充血し、発達した筋肉
に圧迫された血管がむき出しになる。表皮はみるみる粘膜的となり、そのグロテスクな様相
は本性を如実に表しているがごとくであった。内奥から溢れる破壊本能が防護壁をぶち破
り、少年の体から内臓を掻き出せ、そしてぶちまけろと命令する。まずは心臓を、次に肺そ
して腸をやれ、と。
「だ……だめだ……」
 爪が外壁に届き、衝撃に球体が大きく変形する。力を失った球体は弱々しく伸縮し、爪が
外壁越しに彼を狙う。
 爪が少年の胸に達しようとしたとき、球体に亀裂が入った。外殻に囲まれていた液体がわ
ずかに飛び出し、それは不気味に形を変えていく。血管が浮き出て、次に口が生成されて
牙が生える。独立した生命と化したその液体は、少年に襲い掛かった。
 ところが、割れて飛び散った外殻が強烈な青い閃光を放った。と同時に液体をめがけて
猛烈な勢いで接近し、醜悪なそれを吸い尽くした。内部で暴れまわる液体を力ずくで押さえ
つけ、ちょうど小石ほどの大きさとなる。力を使い切った石はもとの少年のピアスと同じ青色
となり、地表めがけて落下していった。
 落下していく間際に、小石――に宿る何か――は少年に呼びかけた。
「―――カストル―――」
「は!?」
 心の内部から直接声が聞こえた。気を取り戻した少年は、異形の爪が胸部を狙う光景を
見た。
「だめだ、とまれ!」
 疲弊した身体に鞭を打ち、残った力を解放する。耳にかけたピアスが球体と共鳴するかの
ように青く輝き、胎児を責める力となる。
「ガアアアァァァアアアア!!」
 激痛にもんどりうってのたうちまわったそれは、巨体から姿に戻っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ごめんね、みんな。痛い思い、させちゃったかな?」
 彼はふいに球体に向かって語りかけた。
「もう、僕しかいないんだ。僕が、しっかりしないといけないのに。だけど……」
 どうにか押さえ込むことができたものの、日ごとに力が弱まっていく。彼はまもなく死期が
訪れることをひしひしと感じていた。
「巨人の体液が、こぼれた。何とかしないと、このままじゃ大変なことに」
 彼が犯したミスは取り返しがつかないほど重大なものであった。まもなく訪れるであろう惨
劇をしりながら、それをどうにかする力はもう残っていない。抑えがたいもどかしさと悔しさ
が、心の中を包んだ。
「押さえ込まれているうちに何とかしないと。うぅ!」
無理をした反動でからだが思うようにならない。少年はいつしか気を失ってしまった。







―――ポポルの森の奥深く、人とエルフたちの里―――

 またおかしな夢を見た。ベッドから起きたベンはそう思った。寝起きでぼんやりとした表情
の彼だったが、その瞳は透き通るように青く、光に照らされて宝石のように輝いていた。カー
テン越しにくる朝日に目をしぱしぱさせながら、ぼんやりと頭の中を整理した。   
 身に覚えのない真っ暗なところで、体が宙に浮いている夢だ。はるか彼方には彼の大好き
な夜空の眺めが、見たこともないぐらい鮮明に見ることができた。そこまではよかった。しか
しかれの周辺には人の骨と、見慣れない建物の廃墟が無数に浮かんでいた。遠方の眺め
を差し引いても、とても気持ちのいい夢ではない。
 浮遊物の集団の中央には人影と、やたらと大くて青いボールのようなものがある。さっぱ
り訳が分からなかった。こんな夢を、彼は物心がついたころからしょっちゅう見続けてきた。
近頃はもうすっかりなれっこになってしまっている。
「ふぁーあ、眠たい……」
 ちょっと夜更かししすぎたかな? ベンは少しだけ後悔した。
「それにしても、よくかけたなあ」
 ベッドの横にあるクローゼットに目をやった。星空の絵が掛けてあった。昨日夜更かしして
がんばって完成させた、彼の力作だった。ある程度は想像と記憶で書いた箇所もあるが、
主要な星座の位置関係はばっちりだった。構図といい、色あいといい、どれをとっても申し
分ない。
「やっぱりちょっと高くても、絵の具はいいやつを使うに限るよね」
 自らの最高傑作を前にすると思わず頬がほころんでしまう。時間を忘れてうしばらくっとり
していると、甲高い声にいきなり耳をつんざかれた。
「ベーン! いつまで寝てるの? 今日は森の大掃除の日でしょ」
 一階から女性の声がした。母のカーシャの声だった。そういえば今日は学校のみんなと
森を掃除する日だった。
「あ、そうだった!? 今行くよ」
 大急ぎで服を着替えると、部屋から飛び出て一気に階段を駆け下りた。玄関のドアノブに
手を伸ばしたところで、母親が呼び止めた。
「なに、母さん?」
「朝ごはん食べていきなさい。簡単でもいいから。それと、お弁当もね」
 確かに掃除するのになにも食べていかないのはまずそうだ。ベンはテーブルの上にある
ハムエッグとサラダを大急ぎで胃の中へかきこんだ。
「じゃ、いってくるよ」
「気をつけて行ってらっしゃい。しっかりとお掃除してきてね」
 台所で弁当を受け取ると、ベンははっと何かを思い出したような表情をした。
「そうだ、大事なもの忘れてた!」
 彼は大事なものを身に着けていないことに気がついた。言うが早いか、ベンは階段の前ま
でやってくる。
「時間がないや。せぇーの……」
ベンは膝を曲げてかがみ、足に力を込める。
「やあ!」
 ドン、と乾いた音がした。ベンが床をけった音だ。彼は渾身の力を込めて、思い切りジャン
プした。空中で身体を一回転させて、見事な着地を遂げた。自分の身長の2倍以上もある
階段を、一っ飛びにジャンプしてしまったのだ。あっという間に二階に着いたベンは、一目散
に自室のベッドを目指した。ガチャ、と勢いよくドアを開けて部屋へ駆け込む。
「これこれ、これがなくっちゃね」
 そういってベンが手にしたのは、彼の瞳の色とそっくりな青い色をしたピアスだった。
「よし、完璧!」
 慣れた手つきで耳にピアスをする。なんとなく、身体に元気が沸いてくるような気がした。
椅子におきざりにしていたスカーフを巻きつけると、急いで玄関へ向かう。白いスカーフは、
彼のお気に入りなのだ。
「ちょっとベンー? あれって、もしかしてあの青いピアスのことー?」
「うん、そうだよ」
 上の階からベンが返事した。
「もーう、女の子じゃないんだから。午後からソフィニアから来られたの先生方と遺跡めぐり
でしょ」
「ごめんね、でも大事なものなんだ。それに、スカーフも忘れちゃってたし」
 二階から飛び降りたベンは、音も衝撃もなく静かに着地した。いつもの光景なのか、カー
シャは驚くこともせず話を続けた。
「今日来られるテッツ先生っていう方は、規則に『すごーく』厳しいらしいから、覚悟しておい
たほうがいいんじゃないかしら」
「え、うそぉ!? でも、ほんとなの?」
 ウソウソ冗談よ、という返事を期待したベンであった。その淡い期待は、わずか数秒で崩
れ去ることとなる。彼の質問が終わったのと同じ時刻、突然大きな老人の声が響き渡った。
「『おそーい!!! 遅刻しちょるガキども、時間は守らんかい! わしはぬしらの担当のテ
ッツじゃ。ぬしらは特別メニューでみっちり授業してやるから覚悟せい! 根性叩きなおした
るわぁ!』」
 あっけにとられ、しばし呆然とするベン。気を取り直した彼は、震える声で言った。
「……い、今のは?」
「さあね、ご本人なんじゃないの。魔法学院のえらい先生らしいし、こんなことくらい朝飯前
なんじゃないかしら」
 カーシャはベンをほのめかした。その表情には、いじわるな笑みが浮かべられていた。
「ああ、まずいや。急がないと。じゃ、いってきまーす!」
ベンの表情にみるみる焦りが浮かび出る。彼はあいさつを交わすのと同時に、玄関を飛び
出していった。
「あははは! 今日も元気ね、がんばってらっしゃい!」
 大慌てのベンをよそに、彼女は息子の元気な姿にいたく上機嫌だった。
「それにしてもあの子ったら、どこであんなピアスを拾ってきたのかしら」
 ベンの付けているピアスには見事な幾何学模様が彫り付けてあった。材質もよい、装飾の
技術も抜群である。まともに買えばいくらになるだろうか。若いころおしゃれ好きだったカー
シャは、値段を考えるとくらくらした。
「まあいいわ、似合ってるんだし。あの子の天性かしら。それにしても……」
 カーシャは部屋に掛けてあった写真に目をやった。家族全員の写真であった。そこには幼
いころのベンと、若いころの自分、そして見知らぬ男性が立っている。
「ねえあなた。あんなに体が弱かったベンが、こんな元気になるなんてねえ。」
 今はなき夫に語りかけるように、彼女はささやいた。
「うふふ。あなたにも見せてあげたかったわ。鈍感なあなたは女の子と間違えちゃうかもしれ
ませんけど。ほんと困っちゃいますわよねぇ。ちゃんと彼女さんはできるんでしょうかねぇ」
そうはいいつつも、カーシャにはベンがかわいく思えて仕方ないのであった。
「さあて、きっと疲れてくるでしょうから、今日の夕飯はご馳走にしちゃいましょうか。ねぇ、あ
なた。」
 カーシャは髪を後ろに結わえると、早速夕飯の下ごしらえに取り掛かった。待ち受けるベ
ンの過酷な運命を、露ほども知らぬままに。





2007/08/24 02:11 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
星への距離4/ロンシュタット(るいるい)
星への距離4 邂逅~悪魔を憐れむ歌~

PC:ロンシュタット・スーシャ
場所:セーラムの街郊外

 夕方から夜にかけて、だんだんと薄暗くなるにつれ、空気も湿り気を帯びてきた。
 空を見上げても曇っているのか暗いから星が見えにくいのか、徐々に判別できなくなって
いる。
 何とか雨が降り出す前にセーラムの街に着きたいが、ここへ来る前に負った傷で、ロンシ
ュタットの足取りは遅かった。
 山賊に襲われ、あっというまに撃退したものの、短刀で左足を突き刺された。
 それが先程のことだ。
 出血は止まり、傷口も塞がっているが、深く刺されたため、傷みだけはまだ残っている。
 ろくな手当てもせず、放っておいてもすぐに治ってしまうのは、やはり、彼も只者ではない
からだ。
「便利な身体だなぁ」
 夕暮れ時の街道、もちろん他に誰がいるわけでもないのに、ロンシュタットの近くから声が
する。
「俺も自分についた傷はたいがい直るけど、お前は別格だよな。ほら、いつだったか、崖か
ら戦ってた悪魔ごと落っこちたことがあったじゃないか。あんときは全身打撲に骨折までし
たのに、半日で動き回れるようになるんだもんなぁ。悪魔は岩に叩きつけられて死んだって
のに、お前の方が化け物じみてるぜ」
 ロンシュタットは荷物から水筒を取り出すと、中に入っている水を飲んだ。
 最後の一口まで飲み干し、喉を潤すと長い溜息をつく。
「おいおい」
 また、男の声がした。
 やはりロンシュタットのすぐ側、それも腰に吊っている身長ほどもある長い剣から。
「そんなにがぶ飲みしていいのか? もう水はないんだろ? まだまだ旅は続くってのに、持
たないぜ?」
 けっけっけ、といやらしい笑いが続く。
 ロンシュタットはその声を無視して、水筒を仕舞うと街道を歩き出した。
 幾つか曲がり角を通り、最後の上り坂を上り切ると、ずっと下の方に街明かりが見える。
 それまで続いていた土のむき出しの道も、石畳が敷かれ、舗装されたものに変わってい
る。
「ちぇっ」
 と、先程の声がする。
「こんな近くに街があったのか。夕暮れ時の食事の匂いでも嗅ぎ付けたのか?」
 からかうような声がするが、それは、ロンシュタットに向けられたものか、それともその場に
いるはずのない、別のものに向けられたものか。
 いや、恐らくそのどちらにもからかって声をかけたのだろう。
 ロンシュタットのいる街道、その左右に広がる森の中から、巨大な黒い影が近づいてきて
いる。

 スーシャは街外れの入り口にまで来ていた。
 街の中央を貫通する通りはそのまま街道になっており、中心部へ行けば行くほど、旅人た
ちが落とす路銀を稼ぐ為の宿屋や娯楽施設が軒を連ねるようになっている。
 どちらを行っても隣の街まで数日かかる。
 一方は森林の街道へ、一方は山へ向かって伸びる街道へ。
 こうした立地の為、昼過ぎに訪れる旅人や商人たちは、ほぼ必ずこの街で宿を取る。
 どちらも天候が崩れては進めない上に、山道ともなれば一晩で越すことなどできはしな
い。
 おかげで比較的、金銭的には潤っているが、では街の人々の暮らしがみな豊かかといえ
ば、そんなことはなく当然そこには貧富の差がある。
 スーシャはこの街の中で、その貧しい方の暮らしを強いられていた。
 時折、思い出したように支払われる小遣いも、雀の涙ほどのもので、貯金どころか、生活
する為に必要な服や靴を揃えるだけで消えてしまう。
 特に身体が成長する今は、季節ごとに買い換えていかなければ、去年の服などきつくて
着られない。
 しかし、それを賄うだけのお金がないので、自分の身体よりずっと大きな服を買って長く着
るか、小さな服をきついのを我慢して着るしかない。
 今も着ているのは擦り切れてよれよれになっている服。
 色が落ちてしまって、元はどんなものか分からない服。
 それでも、スーシャが持っている中ではましな服。
 街は都市ほど栄えているわけでもないし、物や人が溢れている訳ではないが、使いで中
心部へ行くと、綺麗に飾り付けられた服や小物を置いてある店の前で立ち止まる。
 欲しいな、と思うが、それだけ。
 安い硝子のイミテーションでも、スーシャにとってはダイヤの宝石と同じで、とても手の届
かないもの。
 ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、いつも落胆する。
 化粧もしていない、痩せた頬。
 生気の欠けた虚ろな目。
 手入れのされていない長い髪。
 これが私なんだ、この姿が私なんだ。
 そう思って、店の前を離れて、また元の生活に戻るのだ。
 果たして、この年の少女が、自分に落胆し、未来に何も描けないのは、どれほど辛いこと
だろうか?
 いつ終わるのか分からない、永久に続く過去のような毎日を生きるのは、どれだけ苦しい
ことだろうか?
 
 泣きながら店を出てきて、スーシャは森林へと続く街道の境まで来ていた。
 街には要塞とは違い、壁などはないが、動物が入って来ないよう、簡素な柵は設けられて
いる。
 街道の端へ来ると、この街へ来た時のことを思い出す。
 あの時は、新しい生活が始まるんだと思っていた。
 がんばらなくちゃ、と幼いながらに心の中で思ったりもした。
 嫌な事があったときは、ここへ来て自分を慰めることもあるが、慣れてきたのか、疲れてき
たのか、最近は心の中に僅かな小波が立つくらいで、自分を奮い立たせることはどんどん
難しくなってきた。
 この街にも、どこにも、自分の居場所なんてないのかな?
 どうして、こんなに苦しいのかな?
 そう考えるが、まだ彼女は自分の胸の中で渦巻くその感情が何なのか、言葉で表せるほ
ど大人ではなかった。
 漠然とした、しかし確かにある不快な感覚だけでは、自分に不安を募らせるだけだ。
「どうしよう」
 足から力が抜け、立っていられずに、柵の側にある、街の名前を記した大きな看板の前で
しゃがみこみ、そう呟く。
「どうしよう……」
 そう言って、顔を空へ向けるのが、彼女にできる精一杯の感情表現だった。
 星も見えず、暗雲の広がる空から、この日初めての雨粒がスーシャの頬に落ちた。

 数分もしない内に、雨は小雨から本降りへ変わった。
 ずぶ濡れになり、髪が額に張り付くと、それを払うのも億劫になる。
 今、私はどんな姿をしているんだろう。
 たぶん、不幸を抱えた女の子にも、迷子にも見えないだろうな。
 服に体温を吸い取られ、凍えながらぼんやりとそんなことを考えた。
 本当、どうなっちゃうんだろう。
 抱えた膝の間に隠れるようにしていたが、息苦しくなって、顔を上げる。
 坂の上の方で、小山が動いたように見えた。
 何だろうと考える気力は無かった。だからそれが何か、よく見なかった。
 寒さを堪え切れず、肩を抱くようにして身体を縮める。
 一瞬、何かが光った。
 雷かな?
 そう思った次の瞬間、一直線に銀光が煌き、大きな音を立てて看板にぶつかった。
「きゃっ!」
 驚いて身体を強張らせるスーシャ。
 ここに雷が落ちたんだ、と思ったが、いつまでたっても看板の焼ける臭いはしないし、倒れ
ても来ない。
 流石に不思議に思って、ちらりと看板を見る。
 そこには、一振りの長剣が突き刺さっていた。
 光の無い夜の闇よりなお深く、暗い黒い刀身を持つ長剣。先端からは刀身の中央部を通
る銀の線が走っており、丁度、鍔の所で十字に交わっている。その銀の線の交差している
箇所には、ダイヤ型をした、蒼い宝石が嵌っている。
 それがいきなり叫び出した。
「くぉらああっ! ロオオォン! お前、いきなり俺を投げ飛ばしやがって、何考えてんだ! 
仮にも俺は魔王様だぞ! 天下に恐れられた悪魔バルデラス様だぞ! 足蹴にしたうえに
放り投げるとは何事だあ!」
 放っておけばまだまだ文句を言いそうな剣を、スーシャは怖がるというより、あまりの事に
あっけに取られて見ていた。
「だいたいお前、分かってねぇんだよ! 俺がどれくらい凄いのかを! 俺はそんじょそこい
らの、群れなきゃ何もできねぇ悪霊や召喚されなきゃ出て来ることもできねぇ悪魔共とは格
が違うんだ! その気になりゃ、一振りで何体もの神や天使どもを黒焦げにしてやること
が……」
 剣は、自分が見られていることに気付いた。
 どこにも目があるわけでも、口があるわけでもないのに、スーシャはこの剣が自分に気付
いて、同じ様にこちらを見ているのが分かった。
 だが、あっけにとられるばかりのスーシャが抱いた、この剣の最初の感想は、
(よく喋るなぁ)
 だった。
 じーっと見ている事、数十秒。どうしようかお互い迷っていたが、剣が先に切り出した。
「どうも、今晩は。バルデラスと言います。初めまして」
 とりあえず、自己紹介をすることに決めたようだ。
「あ、こ、今晩は。スーシャっていいます」
 つられてぺこりと頭を下げる。
「ええと、スーシャちゃん。君もあのロクデナシに言ってやってよ。俺をもっと丁寧に扱えっ
て」
「は、はぁ」
 返答に窮していると、動いていた小山が近づいて来た。
 その小山が何かを投げ飛ばした、と思うと、それは地面にぶつかり、転がりながらも体勢
を立て直して立ち上がる。
 そして小山のように見えるそれが、実は巨大な蜘蛛だと分かっても、スーシャには本物だ
とは思えなかった。
 立ち上がったのは、無造作に長い黒髪を後に束ねている青年だった。
 闇夜でも分かるくらいに、白い肌をしている。
「いつまで無駄口叩いてる。そんな暇があるなら、もう少しまともな仕事をしろ」
 言うが早いか、看板に突き刺さった剣をやすやすと引き抜き、小枝でも振るうように片手で
軽々扱う。そして怪物へ向かって駆け出した。
 青年と蜘蛛の化け物が切り合う事、数十秒。
 いきなり蜘蛛の動きが止まる。
 少し遅れてどさり、とスーシャの近くに、彼が切り落とした蜘蛛の首が落ちてくる。
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げて見ていると、極彩色に染まった首は急に色を失い白と黒になり、干から
びた紙粘土のようにひび割れ、崩れて消えてしまった。
 視線を青年へ向けると、彼の近くにある蜘蛛の胴体も同じように消えてしまったのが見え
た。
「い、今のは、何ですか?」
 声が出たのも、青年が剣を腰に吊るし、遠くに転がった自分の荷物を持って近くへ来てか
らだった。
「知らないのか? まあ、子供だから知らないのも当たり前か。あれが悪魔だ」
 つまらなそうに言うと、額にかかる前髪をかきあげ続けた。
「この街の子か? 泊れる宿があったら、教えてくれないか?」
 たった今の、悪魔を葬り去ったとも思えないほど落ち着いた口調で、その青年は言った。

2007/08/24 02:15 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
シベルファミト 26/しふみ(周防松)
第二十六話 『しふみ、離脱する』

PC:しふみ ベアトリーチェ ルフト (顎羅)
NPC:ウィンドブルフ 庭師
場所:ウォーネル=スマン邸

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やれやれ、騒々しいことよ」

肩をこきこきと動かしつつ、しふみは魚人間とルフト、ついでにブルフが落ちていっ
た窓をちらりと見る。
窓の外からは時折、派手な音がする。
戦っているのだ、あの妙な魚人間とルフトが。
そのうち「なんだ」「どうした」と言い出す人間の声も混じりそうだ。
「加勢する?」
ソウルシューターを抱えたベアトリーチェが小首を傾げる。
抱えている物さえ無視すれば、年相応の、かわいらしい仕草だ。
「面倒くさい」
しふみは全くやる気のない声で答えた。
それを聞いたベアトリーチェは「んじゃ、まあいいや」などと言いつつソウルシュー
ターをベッドに置いた。
「あの魚、何なんだろ。魚が犬の肉を食べに来るなんて聞いた事ないわ」
「おそらくは肉食の魚なのであろう。どこぞには大量にいるというではないか」
「知ってるー、川に落ちた牛とか人間とかにいっぱいたかって、あっという間に骨に
しちゃうんでしょ」
「……さすがに、それは大げさな表現であろう」

不意に、ベアトリーチェが少しばかり考え込む。

「でもさあ、犬の肉って美味しいのかしら」
「美味と言う者もおるが……あれは、おそらく食べ慣れぬ者の口には合わぬであろう
な」
ぴくり、とベアトリーチェは方眉を動かす。
「……アンタ、もしかして食べたことあるの?」
「ほほ。どうであろうな」
しふみは着物の袖で口元を隠しつつ、意味ありげに笑う。
「質問に答えろー!」
「わしは鶏肉の方が好みじゃ」
「ちがーう!」

……ルフトが聞いたら泣きそうな会話である。



それにしても、だ。
しふみは思う。

そろそろ来るかもしれないと思っていたが、もしかしたら、あの魚人間、ソレかもし
れない。

……追っ手。
あるいは、追っ手側が差し向けた刺客。

過去に少しばかり因縁があって、しふみは追われる身の上になった。
具体的に何がどうして、というと、しふみにはわからない。
わからない、というよりは、思い出せない。
彼女にとっては非常にどうでもいい、もはや覚えてもいないような些細なことを、あ
ちらが勝手に因縁に仕立て上げ、挙句、追いまわしているのが実情である。
確実に言えるのは、追いつかれたら撃退するのが非常に大変だ、ということである。
追っ手の目的は、彼女を捕まえることではなく、確実に息の根を止めることにあるか
らだ。

これがただの取り越し苦労なら何の問題もない。
しかし、もし本物だったら?

取り越し苦労ではなかった場合のことを考えると、やはり「そうである」と考えて行
動した方が安全には違いない。

……逃げるか。

しふみは、あっさりと決めた。

撃退する手間のこともあるが、誰かを巻き込むというのが非常に嫌なのだ。
もっとも、相手に迷惑をかけてしまうからというわけではなく、巻きこんだ相手から
恨みつらみを聞かされたり、「なんで追われてるんだ」と追及されるのが面倒で嫌な
だけなのだが。

「嬢や」

しふみは、ベアトリーチェに向き直った。

「何?」
「犬や鳥にも伝えておいてくれ。気が変わったから退散する、とな」
「は?」

言いつつ、しふみは着物の袖の下に手を入れ、小さな小さな丸い玉を取り出す。
いつぞや、ナイトストールの家を荒らして得た戦利品の一つ、煙玉である。

「ではさらば」

しふみは、それを無造作に床に投げつけた。
ぼがん、という音とともに、もくもくもくもくもくと濃い煙が立ち昇る。
ついでに、鼻にツンとくる嫌な臭いも漂う。

「ちょっ、アンタ、一体何すんのよ!」

不快感を露わにし、煙をぱたぱたと手で払いながら、ベアトリーチェは抗議の声を上
げる。
――その声が上がった時、しふみは既に、その場にいなかった。



ウォーネル=スマン邸に勤める庭師は、植えこみの剪定をする手を休め、額の汗を拭
くついで、ちらっと空を見上げた。
今日も今日とて、快晴である。
別に何かを見ようとして空を見たわけでもないので、彼はすぐに仕事へと意識を切り
替えた。

と、その時、視界を一匹の動物が駆け抜けて行った。

「おうわっ!」
動物の出現に驚いて、庭師はハサミを落としかけた。
動物はすばしこく、あっという間に庭を横切り、音もなく塀の上に飛びあがり、向こ
う――つまり外へと消えた。

「あれー……?」

ぼさっと見送っていた庭師は、間抜けな声を上げながら、ふと考えた。

きつね色、ってどんな色だっただろうか。

確か、揚げ物をカラッとおいしく揚げた時の色を「きつね色」と表現するはずだ。
緑色を指して「きつね色」と言ったりはしない。

じゃあ、今通っていったのは何だ?
きつね色じゃない狐?

庭師の視界を風のように通り抜けた狐は、確かに赤い色をしていた。
それだけならまだしも、その尻尾が七本、というのはどういうわけだろうか。
庭師は、そんな生き物を見たことがなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/08/24 02:17 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
アクマの命題 第二部 ~緑の章~【3】/オルド、スレイヴ(匿名希望α)
「あれは~だれだ~……♪」

 ソフィニアの一角にある公園。
 少年はよくわからない歌を口ずさみながら軽い足取りで歩いている。
 天気は晴れ。夕方の斜光が射す中、彼はしまりの無い顔をしていた。
 涼しげな風が流れるこの時間の雰囲気からは浮いているが、良くも悪くも周辺
に人はいないようだ。

「ハリィアイは透視力♪ハリィイヤーは地獄耳♪」

 金髪蒼眼、そばかすのある少年。
 名をハリィ・D・ボッティと言う。

「あ~くま~のちから~手に~入れ~むっふっふ♪ カァッ!」

 目がキランと怪しく光った。
 その視線の先には……公園の外を若い女性が歩いてる。

「見える! わたしにも敵の下着が見える!」
「何色ですか?」
「それはもう、見紛うこと無きみd……!? え、あ、スレイヴ、さん!?」

 いつの間にか背後に立っていたスレイヴ・レズィンスに気づくハリィ。
 瞬時に2、3歩ほど間を空けるように引いた。

「買物に行かせただけだというのに、こんな所で白昼堂々覗きですか。悪魔の力
は目立ちます。イムヌスの異端審判にかかりたくなければ私の監視外では使うな
と何度言ったらわかるのですか。貴方という貴重な研究資料を失うのは残念です
が、貴方がどうしてもアメリア・メル・ブロッサムに会いたいというのなら止め
はしませんよ」
「会いたいですけどォ! でも僕には他にも沢山の妹(※注:妹候補)がいるんで
す! だから命を奪われるわけにはいかないんで「頼んでいた資材の調達はどう
なりましたか?」あ、う……うぅ」

 ハリィの叫びを無視して問うスレイヴ。
 熱意が伝わるはずもないが、反応の薄い対応をされたのでハリィは落胆した。

「辺りを回ったんですけど、緑系の染料だけがありませんでした」
「まぁ、なくても困りませんがもう数件探してみてください。手紙を出す余裕が
あるのならばまだ行けるでしょう」
「え、みみみ見られた!?」

 オーバーリアクションで驚いた表情を作ったハリィ。これが素なのだろうか。
 演劇の表現をしているかのようだ。

「宛先が遠方のご令嬢だなんて私は知りませんよ。ましてやその方が貴方より年
下なんて知るはずもありません」
「ぎゃー! あ、あの子は僕のたった一つの心のオアシスなんだ! 純真無垢で
僕を”お兄ちゃん”って慕ってくれるいい娘なんだ! 僕がたぶらかして…… じゃ
なかった。いろいろ教えてあげてるんだ! 僕だけの……僕だけの……!!」

 夕刻の赤光の中よろめき地面に倒れこんで呟きはじめるハリィ。こうなった場
合、周囲の声は耳にはいらないらしい。
 だが、それでもスレイヴは口の端を歪めながら聞こえるように言い放つ。

「さて、誑かされてるのはいったい誰なのか……」


‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

 アクマの命題  ~緑の章~

          【3】


PC  メル オルド  スレイヴ
NPC         ハリィ
場所  ファイゼン(ソフィニアの北西)


‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

「責任、とってよね」
「何の責任ですか!」

 可愛く言ったつもりだったオルドに即座に切り返す。
 その対応にちょっと快感。
 ソフィニアの北西の街『ファイゼン』にある食堂『とれびあーん』。
 その入り口から脇にそれ、裏手に引っ張り込まれたオルド。
 少し息を切らして脱力する様に手を離すメル。
 建物は間を置いて建っているので食堂の横は少し空き地になっている。
 傾きかけている太陽。その影の中に二人は立っていた。

「つーか俺様みてぇなオトコマエの手を掴んで走りだすなんざぁ、シスターも
「メルです」あ?」
「今の私はただのメルです」
「あん?」

 オルドの戯言をスルーして強い視線を送るメル。オルドはその視線を合わせた
まま眉間にシワを寄せる。
 食堂の騒音が壁越しに伝わっている中、オルドの考えが巡る。が、

「シスター辞めたのか? ロリシスターなんてもう一部で大人気だろってのによ」

 思考より先に口が出た。

「わた……しは……」
「それとも何か?辞めさせられたってか? 学院のアクマ騒動がバレたとか……
あ、もしかしてヤっちまったとかか? ひゃっはは! そりゃしゃーネェなぁオイ」
「……」

 ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべるオルド。
 話し始めるきっかけを失ったメルはうつむきつつ沈黙してしまった。
 そしてそれを表通りから視界を覆うように立ちはばかるガラの悪い男。
 側から見れば絡んでいるようにしか見えない。

「いやいや、わかってる。わかってるって。よくある潜入捜査ってやつでもぐり
こんでンだろ? ったくめんどくせーよなぁ末端構成員ってのはよ」
「! 知って……?」

 勢いよく顔を上げる。いや上げてしまったメル。眼を見開いてオルドを見る。
 だが、メルが確認したオルドの表情は少し呆けていた。

「テキトーに言ったンだがよ、そんな反応されちゃぁその通りって言ってるよう
なモンだぜ?」
「え、あ……」
「オイオイ、しっかりしろよ調査員さんよぉ? そんなンじゃ相手に裏ぁかかれ
るのがオチだっての」

 この台詞でメルの警戒ランクが上がるのは承知の上。

(つーかコイツラ何調べてんだ? イムヌス教ってのは何やってのンだ?……獣人
嫌ってるってぐらいしかシラネーな。後で調べておくか)

 再び黙り込んだメルを見やる。自戒のためか、先程よりもきつく唇を結んでい
るようだ。
 素直な上に頑固。
 がんばっちゃってるこの子に免じて突っ込むのはヤメテやろう。と偉そうな事
を考えているオルド。
 自分が拉致?られた理由は理解できた。どうにも素性を周囲に明かされたくな
いらしい。
 まぁ、捜査であれ調査であれ、探ることには変わりない。教会のシスターと聞
けば出し惜しみされる情報もあるのだろう。
 こっちの情報は別にくれてやってもかまわないな、と判断した。

「俺様は今な、探しモンしてンだよ」
「さがしもの、ですか?」

 唐突に話が飛んだのでメルは訝しげに聞き返した。
 硬くなっていた雰囲気が少し和らいだようにオルドは感じた。根掘り葉掘り聞
かれると思っていたのだろうか。
 メルから視線をはずして「そ、探しモンだ」と続ける。
 周囲を一見。目立った視線も感じなかったので続きを話す。

「最近よ、俺様の縄張りでいつのまにか居なくなってるヤツラが多くてな。つー
か俺様が気づいたのもダチの弟が居なくなってからなンだけどよ。ってわけで俺
様はそのダチの弟とかその他大勢を探してンだ」
「お友達の弟さんですか……その人の特徴とかはわかりますか?」
「人ってか獣人だ。犬系のな。まぁ、普段は人間と同じナリしってっから見分け
つかねぇと思うけどよ。俺と同じぐらいの背で、学者が似合いそうな雰囲気の青
二才って所か……他の特徴はあれしかネェな。黒い髪の毛ン中にたて髪みてぇな緑
の髪の毛が頭の中央分断してンだ」

 オルドは「このヘンな?」といって自分の頭……額の中央から延髄辺りまで指で
滑らせて示す。
 前屈状態で見せたためメルからはオルドの脳天が見える。
 とりあえずオルドの髪の毛は白い。メルはオルドの髪の毛……頭をマジマジと見
つめた後、考える仕草を見せる。
 宿屋『とれびあーん』で働き始めてからどれくらい経っているのか知る由もな
いが、その記憶の中から答えを探している。

「わたしは……わかりません。もっと多くの人から聞いていればよかったのかもし
れませんが今は……すみません」
「あん? 謝ンなバカ。そン時ナイ情報を探せるはずもネェだろ。ソコまで期待
してねーよ」

 様子から察するにメルもメルなりに何か情報を探しているようだ。
 と、ここまで来て考え直す。
 食堂に身を置いてるってことは固定的な情報収集してる。オルドの縄張りと主
張しているのはソフィニアの東側中心。そして食堂『とれびあーん』は、ソフィ
ニアの北西にあるここ『ファイゼン』の街にある。
 旨く立ち回れば多くの情報が得られるかもしれない。

「つーワケで情報提携ってのでどうだ?」
「……」
「俺様以下二人はソフィニアの東とかでいろいろ情報聞きまわっていたワケよ。
広範囲カバーするためにここを集合地点にしたってンだが……」

 一息置く。
 声の応答は無かったが興味はあるようだ。
 オルドの目を見ている。
 そういや族長も言ってたな。「話す時、聞く時は相手の目を見ながらやれ」っ
て。臆せずもまぁ可愛いもんだ。

(そん時はガン付けしあって族長にブン殴られたな。「喧嘩売ってるんじゃない
んだぞ」とか言われたが)

 子供のコロの記憶がよぎる。
 話しかけられる度に睨みあって喧嘩になっていた。その対象は年下だろうが幽
霊だろうが関係なかった。
 喧嘩に明け暮れた日々を懐かしんでいたが、思考を現実へと引き戻す。

「っと。そっちも何か欲しい情報あンだろ? ついでに嗅ぎまわってやるよ。連
絡役は俺様か……ジョニーだな。こっち側はあンま来ねーからシス……メルがスタン
レーって、これダチの弟の名前な。スタンレーの情報を集めるって事でどうよ」

 一息で喋った後「ムサい野郎より可愛い嬢ちゃんのほうが集まりはイイって
な」と冗談めかした言葉を加える。
 メルは2、3まばたきした後、オルドから視線をはずして考えをまとめている
ようだ。

「こっちはおおっぴらに行動しても問題ねぇ。で、そっちの欲しい情報、アンだ
ろ?」


 ‡ ‡ ‡ ‡
 ‡ ‡ ‡ ‡


 ソフィニアの公園。

「あ。あと……」
「なんです?」

 我に返ったハリィは歯切れ悪そうに上目使いでスレイヴを見る。

「ネギが売り切れてました」
「そうですか」

 とりあえずブーツでハリィの顔を踏んだ。


‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

2007/08/24 23:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○アクマの命題二部

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