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2025/10/25 00:44 |
星への距離3/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ
NPC:仕立て屋一家
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スーシャ!」

今日、一体何度目だろうか。
スーシャは怒鳴り声で名を呼ばれた。

このような呼び方をされた場合、何をさておいても駆け付けなければならない。
遅れれば遅れるほど、余計な怒りを買いかねないからだ。

「はいっ」

声は、一階の作業場から聞こえた。
作業場へ慌てて駆け付けてみると、彼女にとって養母にあたる女……一家において女
房だったり母だったりする女だ……が、怒りの形相で仁王立ちしていた。

「な、なんでしょう……」

おそるおそる尋ねると、養母はいきなり、スーシャの髪をひとふさつかみ、ぎゅうっ
と頭を持ち上げた。
その力の強いこと。
髪の毛が、根こそぎ引っこ抜けてしまいそうだ。
スーシャは、つま先立ちの状態でよろけながら、倒れないようにするのが精一杯だっ
た。

「うちの売り上げに手をつけたのは、お前だね! 養ってもらってる分際で、なんて
悪いガキだ!」

ヒステリックに告げられた言葉に、スーシャは絶句した。
それはつまり、泥棒をはたらいたということだ。

洗濯物が綺麗になっていないとか、皿の洗い方が雑だとか、その程度の話なら、たと
え納得できない言いがかりでも、謝ることはできる。
さっさと謝ってしまったほうが、まだ穏やかに事が収まるからだ。

しかし、この場合、謝ることはできない。
だって、スーシャは盗んだりしていないのだから。
謝るということは、盗んだと認めるに等しい。

「わ、わたしじゃ……わたし、そんなこと、しません」

だから、スーシャは反論した。
弱々しく、おろおろしてはいたものの、身の潔白を訴えた。
それを見た養母は、さらに恐ろしい形相をする。
頭に血が上っている彼女には、発言の内容ではなく、養女の分際で口答えしたという
点が気に入らないのだ。

「じゃあ誰だって言うんだ、えぇ!?」

髪の毛をつかむ手に、さらに力がこめられる。
スーシャは小さく悲鳴を上げながら、それでも耐えた。

よく確かめもしないで、人を悪人と決めつけてののしる。
悪魔のような顔、というのは、きっと今の養母の顔だ。
スーシャはそう思う。

売り上げは、常に、作業場の一番奥にある、小さなタンスの引き出しに入れられてい
る。
しかしそれにはカギがついていて、スーシャはそのカギを持っていない。
売り上げを盗むなんてことはできないのだ。

それでも、養母はスーシャを疑っている。

「だったら身の潔白を証明してもらおうじゃないか」
「け、潔白……?」
「お前の持ち物全部、持って来て見せな」

言うと、養母はスーシャを突き飛ばすようにして離した。
スーシャが、盗んでいません、ともう一度訴えようとすると、

「早く!!」

養母は、家が揺れそうなほどの大声で命令した。


スーシャにも、一応、自分の部屋というものが割り当てられている。
階段下の、普通なら物置に使うような場所だ。
当然、窓はない。

スーシャは、小さな扉を開けてそこへ入ると、小さな箱を持ち、養母のところへ戻っ
た。
彼女の私物は、その箱にまとめて入れてあるのだ。

「……これ、です」

養母は箱を開けると、ピクリと眉を動かした。

「ゴミが入ってるじゃないか」

養母が、箱から布をつまみ上げる。
それは、色あせてすり切れて、ほとんどボロ布のようだが、ハンカチだった。
スーシャと生き別れになった兄が残していった、思い出の品。
兄は、これで顔や体についた汚れを拭いたりしてくれたのだ。

「親のない子は、貧乏性でいやだねぇ。ゴミまで取っておくんだからさ」

養母は「これは何だ」と事情などを尋ねようともせず、ゴミ箱に放り投げようとし
た。
――スーシャの体を、電撃が走った。

「やめてくださいっ!」

スーシャは鋭く叫び、養母の手から奪い取った。

養母にとっては、汚いものでも、スーシャにとっては大事な大事なものだ。
この世に二つとない、大事なものだ。
それを汚れもの扱いされて捨てられるなんて、黙って見ていられるはずもない。

「生意気なんだよ!」

その途端、拳なんだか平手なんだかわからないものが、彼女の横っ面を張り飛ばし
た。
ぶたれたのだ、と察知したのは、床に投げ出され、じんじんと頬が痛むのに気付いて
からだった。

――どうして?

その一言が、頭の中を埋め尽くす。

どうして、こんな目にあわなくちゃいけないの?
わたしは、何か悪いことをしたの?
盗んでいないのは、本当なのに。
大事なものを捨てられまいとしただけなのに。

あふれた涙が、頬を伝い、ボタボタと床を濡らす。


「わああ……………っ!」


感情を、押さえることができない。
どうしてもどうしても、我慢できない。

スーシャは、ちょうつがいが馬鹿になりそうなほどドアを乱暴に開け、外へと飛び出
した。

夜のとばりが降りたセーラムの街は、ひんやりとした空気が流れ、人の姿もない。
スーシャは泣きじゃくりながら、わけもわからず、通りをひたすら走った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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2007/08/24 01:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
シベルファミト 25/ルフト(みる)
第二十五話 『アゴラあらわる』

キャスト:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト、(顎羅)
場所:ウォーネル=スマン邸
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「…あんなところに箱なんてあったっけ?」

 ふと気がつくと部屋の隅に転がっていたダンボール箱。正面から見ると、そこには黒々とした大きい穴が開いている。これではもはや箱としての役目は果たせないだろう。

 その場にいる全員の視線が集中してから一秒、二秒。いい加減痺れを切らしたベアトリーチェが正体を確認しようと近づいた時、箱の中からどこまでもか細く情けない、喩えるなら枝垂れ柳の下でしくしく泣いている女幽霊のような声が響いてきた。

「たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~くぅ~だぁ~さぁ~いぃ~」

 本物の幽霊なら振り向いたら顔がスプラッタとかそういうオチがつくものだが、箱の中から聞こえてくる声はどう聞いてもここで待ち合わせをしている最後の1人、今まで行動を共にしてきた犬のものだ。

「……あんた何やってんの?」

 遅れてきた事に対する怒りとかそういう感情が、とりあえず?という一文字で埋まる。
しくしくしくというBGMが少し収まった気がする。まさか本当に泣いてるのだろうか?

「ダンボールに隠れたはよかったんですが、出られなくなったんですよ……」

 喋り終えるとまたしくしくしくという音が大きくなった気がした。端的に言ってしまえば、実にうっとおしい。

「ったく、しょーがねーなー。しっかりしてくれってんだったくよー」

 ブツブツ言いながらバッサバッサとブルフがダンボールへ飛んで行き、爪でたっぷり10秒くらいを掛けてダンボールをズタズタにしていく。ようやく脱出する事が出来たルフトは、やっと抜け出せた安堵やら無理な姿勢を続けてたことによる疲労やらでとりあえず床にぐったりと寝そべったのだった。

「それで、これからどうするのかのう?」

 いい加減この状況に退屈しきっていたのだろう、珍しくしふみが口火を切って話を進めようとする。けっきょくルフトに怒りをぶつけるタイミングを掴みそこなったベアは不満そうに溜息を1つ吐くと、作戦についての説明を始めた。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

「……と、いうわけ。わかった?」

 説明そのものはたったの一言で終わった。曰く、「このリストに書いてあるお宝を見つければ残りが全部あたし達のものになるのよ」が、ぐぐぐっと無駄に力こぶしまで作って見せて言うベアに対し、十数分前のブルフのようにルフトがゴネるなどの一幕を経てようやく実際にどう動くかの相談へ。結局、話が纏まったのはルフトが合流してからさらに十数分が経った後の話だった。

「ちなみに、その暗殺者の名前は何というんですか?」

 何かを半ば諦めたような口調で喋るルフト。付き合いが長いだけに、もはやベアが何を言っても意志を変えるつもりがないのは分かっているのだ。いつも通りと言えばいつも通りの事だ。しかも、そろそろその状況に慣れて受け入れてしまっている自分がいるという事実が、もはや情けないという感情すら呼び起こさなくなってからいったいどれだけ経っただろう。

「んー、え~と、なんかロリコンっぽい名前」

「頼みますから交渉相手の名前くらい覚えておいてくださいよ……」

 ベアにとってはワリとどうでもいい事だったのか、すっぱり言いきられてパタリとルフトの尾が床を叩く。

「まぁまぁ、良いではないか。そう落ち込むでない」

 しふみに頭をぽんぽんと撫でられて、耳までペタンと垂れる。なんとか気分を変えようと、ブルフに運んでもらった棍を杖代わりにして立ち上がろうと試みるルフト。一方ベッドの上でソウルシューターの点検を終えたベアはよし、と1つ頷いて

「それじゃ、かいさ……ん?」

 号令を掛けようとした瞬間、部屋の扉がなんかものすごい音を蹴立ててふっとんだ。遮るものがなくなって丸見えになった廊下に、立つ人影。シルエットだけ見ればまだ人間といえなくもないそれは、巨大な口に顔の両脇についた白い目、そして白と黒の妙にくっきり色分けされた肌を持つ魚人だった。しかも何故かパンツを履いているだけで他に服らしいものを着ている様子は無く、手には扉を壊した凶器であろう巨大な銛が握られている。

「ば、化け物!?」

 自分の事は盛大に棚に上げてルフトが悲鳴のような声をあげる。ベアは見た目のインパクトにショックを受けたのか号令を掛けるときにビッっと伸ばした指をそのまま不思議な闖入者に向けて声にならない声を上げているし、しふみはしふみで「ほぅ」などと呟いて興味深そうにめったに見ない魚人間の様子を観察している。

「うっわ、敵か敵か敵なのか!?お前いったいなんなんだよ!」

 ゆっくりと部屋を見回す魚人、盛大にパニくる人間の少女と人狼、事態を面白そうに傍観する妖狐。結局、なんとなくリアクションを取り損ねた鷹型の魔法生物が羽根を突きつけながら尋問するという奇妙な状況が発生する。だが、その状況にツっこめるモノは不幸な事に誰もいなかった。

「犬肉……食いに来た」

「はァ?」

 最低限の――最低限過ぎる答えに硬直する一同を他所に、乱入者である魚男はルフトに向かってのしりのしりと近づいていく。

 ――このままだと、餌になってしまいますね。

「つまりあなたの狙いは私ですね、ならばついてきなさい!」

 身近に迫った危機のお陰かいち早く硬直を脱したルフトは、ちらりとベアに視線を送る。とりあえず自分がコイツを引き受けるので、2人は作戦通りに――視線に込めたそんな意思が通じたのか、ベアが小さく頷いたのを確認して、ルフトは窓から飛び出した。ここは一階ではないが、この程度の高さであれば着地にまったく問題はない。教科書どおりの綺麗な受身を取ってそのまま立ち上がり、すぐに棍を構える。
 対して、後を追う鮫男の方は実にシンプルだった。窓から飛び降りた姿勢のまま二本足でドスンと着地し、ニタリと笑ってみせる。手に持つ武器の重量もあわせてそれなりの衝撃があったハズだが、痛がる様子などはまったくない。

 ――硬さには自信アリって所ですか。

 半分くらい無駄だろうなと思いつつも、せっかくの機会なので着地直後の硬直を狙って棍を突き込んでみる。少しくらいよろめいた気もしたが、予想通り効果は今ひとつのようだ。

「……ッ!?」

 とりあえず距離をとるルフトの鼻面を振り下ろされた巨大な銛が掠めていく。ブン、ズガン。文字通り肌で感じる遠心力がフルに乗った超重武器の破壊力に思わず総毛立つ。恐らく一撃でも貰えば戦闘不能どころか本気で死にかねない威力を持ち、しかも攻撃がロクに通らない相手。――長期戦は、不利。

「ルフトーーーーーー!!」

 2人が飛び降りた窓から、後を追うように1羽の鷹が舞い降りる。振り上げられた銛を巧みに躱し、鋭く尖ったその爪や牙を以って鮫男に襲い掛かるが、魔導生物の鍛えられた爪牙をもってしても魚人の肌に傷1つつける事はできなかった。

「ブルフ、アレをやりますよ!」

 ルフトの声を聞いて攻撃を中止し、合流に向かうブルフ。即座に鮫男もドタドタと走ってくるが、本気を出した猛禽類とではそもそも勝負にすらならなかった。

「合点承知!いっくぜぇぇぇぇぇぇ!!」

 ばっさばっさと羽ばたいてきたブルフが、ルフトが持つ棍の先に留まる。そのまま大きく翼を広げ、さらにガキンとかいう生き物にあるまじき音を立てながら羽を背後に。最後に普段は柔らかく空気を包み込んでいる羽毛がジャキンというやたら金属っぽい音を立てて硬化すると、もはや棍は棍ではなく、死神が持つような大鎌へと姿を変えていた。

「我ジグラットに纏わる者。この双羽の鎌の力を以て大地と大気の精霊の御力を借りん」

 体の前でクルクルと鎌を回し、構える。もともと大鎌などという武器は戦闘に使い易いものではないが、ルフトが持つソレは二つある刃が御互いに内側に向いてついている為なおさら斬り難い構造になっている。そう、この鎌は直接攻撃する為の武器ではないのだ。

「ウガァァァァァァァ」

 走りこんできた鮫男がそのまま高々と振り上げた巨大な銛を叩きつけるように振り下ろしてきたが、これもルフトは軽く躱してみせた。結局、極端に重い武器の攻撃方法は限られている。即ち、振り下ろすか、薙ぎ払うか、体ごと突撃するか。どれにしても振りが大きい為、回避する事に専念すれば簡単に避ける事ができるというわけだ。

「砂の刃よっ!」

 鎌の柄でトンと地面を叩く動作にあわせて、その周辺の土が細かい砂に変化する。変化した砂は一条の風に吹かれて舞い上がり、そのまま黒光りする鮫肌に叩きつけられる。
 砂刃の術は、細かく硬い砂粒を対象に高速でぶつける事で対象の表面を激しく削る術だ。喩えていうなら、砂一粒一粒がヤスリの引っかかりに相当するようなものだ。普通の人間ならば表皮がずたずたに傷ついてしまう凶悪な術だが、やはり砂の硬度が足りていないのかロクな効果を上げる事はできなかった。

「これは、作戦を変える必要がありますね」

 距離を取りつつ何度か違う術を試してみた結果、自分ひとりで倒そうとするとどうしても火力が足りないという結論に達せざるをえなかった。幸い敵の足は遅く、自分から攻撃を仕掛けずに回避に専念していればすぐにどうにかされるという事もなさそうだ。もっとも、いつ相手が終わらない鬼ごっこに飽きて他の仲間を襲うとも分からないので、適当に仕掛けて注意をひきつける必要はあるが、遠距離攻撃なら問題はない。

「さて、根競べの始まりですね。……もっとも、私の方が分は良さそうですが」

 こうして、状況が変わらない限りけして終わらない鬼ごっこは幕を上げたのだった。
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2007/08/24 01:57 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
獣化の呪いと騎士の槍  09/ピエール(みる)
PC:レオン ピエール
NPC:ユリアン
場所:紫の氏族領 街道
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 長閑な午後の道を、カッポカッポガラガラガラと長閑な音を立てて馬車は行く。結局、昨日は時間も時間だったので道中の宿屋に泊まったのだが、何か1つ行動を起こすたびにあの2人は喧しかった。だが、ピエールの視点から見ればなんとなく親しい者のじゃれ合いにも見えて、そこはかとなく微笑ましい。もっとも、それを本人達に言えば力の限りに否定するのだろうが。

 ともあれ、そんな身内のじゃれ合いを除けば道中は平和なものだった。
 限られた人間が旅をする事で感じるであろう不快を出来るだけ軽減するように設計された馬車は抜群の乗り心地を発揮し、その馬車を引く馬は教育が行き届いているのか御者の命令には素直に従う。そして、フル装備の騎士が御者を務める、見た目は質素だがよく見ると造りが豪華などうみてもわけありな馬車を襲うチャレンジャーな盗賊たちもなかなかいないらしい。

 時々後ろからギャーギャー喚く声が響いてくるのすらBGMとして聞き流しながら、ピエールはただ道なりに進むように馬を御する。実のところ、頼まれた仕事は護衛兼御者なわけで、行き先までは管轄外もいいところだ。だからと言って適当な方に進むのも仕事を投げている気はするが、かといって嘘を突き通したまま彼らの行き先を聞き出す自信もなかった。嘘を吐くのは苦手なのだ。

 それにしても、こう長閑だと歌でも歌いたくなる自分は特殊なのだろうか?普段が兵隊などという殺伐とした仕事だから、もしかしたら心がこういう癒しに飢えているのかもしれない。特に兵役について不満をもった事もないのだが。
 深い意味もなく古い童謡を思い出して、ピエールは苦笑した。仔牛を売りに行く御者の歌。あの御者も、今の自分のようにこのなんとも複雑な心境だったのだろうか。行き先を自分で決めているという事はつまり自分が彼らの行く末を決めているという事だ。だというのに、そこに彼らの意思は介入する余地はない。

「……おや、あれは?」

 柄にも無い思考は思った程注意力を散漫させてはいなかったらしい。視界の端に変化を感じて、即座に意識が現実へと帰って来る。違和感の正体は一枚の立て看板だった。

『遺跡都市エンドライまで30km』

 看板の矢印に釣られて先を見ると、少し先からは街道がちょっとした森の中へと進んでいっている。恐らくは、野宿をする広い場所が取れるのが今のうちなのだろう。
 今のペースなら30kmくらいは2~3時間程度あれば走破できるだろう。それならば、順調に行けば今夜はその遺跡都市とやらで宿を取る事ができる。

「後2,3時間くらいの所に街があるそうなので、今夜はそこを宿としましょうぞ」

 後ろに声を掛けてから、そういえばさっきまでギャーギャー言っていたBGMが途絶えている事に気づく。不毛な言い争いに疲れて寝る事にでもしたのだろうか?確認するために覗こうかとも思ったが、周囲はもう木が茂り始めており、ちょっと操作を間違えれば面倒な事になりかねない。
 仕方なく鼻歌でも歌いながら、騎士はただひたすらに馬を御す事に集中する事にした。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

 ほぼ同時刻――エンドライ、町長の家

「町長、3人目の被害者が出た。やはり冒険者か何かを雇って調査してもらうべきだ!」

 初老の男性に向かって、1人の若者が食って掛かっている。彼の名前はホフマン。鍛えられた肉体と責任感の強い性格を持ち、街の若いものを統率するような立場にある青年だ。

「冒険者に頼むとなれば金が要る。ただでさえこの間の発掘費がまだ取り戻せておらんのじゃ。これ以上の出費は……」

 対する町長、ヒルトンの反応は鈍い。もともと遺跡を利用して作られたエンドライの街だが、一週間ほど前に今まで入れなかった新しい部分への入り口が見つかったのだ。新しい観光資源になるだろうと周囲を反対を押し切って発掘を進めた手前、その結果街に危険を齎しましたなどと認めるわけにはいかない。

「そんな事を言ってる場合か!ヤツは只の野犬じゃない。火を吹くのを見たってヤツもいるんだぞ!?ただの獣じゃない、魔獣かも知れないってのに!」

 入り口の開通に成功した3日前と時期をあわせるように、町人が大型の獣に襲われるという事件が起こるようになった。今日で犠牲者は3人。わりと洒落にならないペースで人が襲われている。たまたま近隣に住む獣が凶暴化したと考えるよりも、遺跡の中にいた何かが出てきてしまったと考える方が自然なタイミングだった。

「じゃが、火を吹くのを見たというのはあのいたずら者のパノだと聞いておるぞ。またいつもの嘘ではないのか?」

 そういうヒルトンも、本気でそう思っているというよりは自分の体面を気にした部分が大きい。被害が出ている事には違いがないので紫の氏族領が抱える騎士団に助けを求める旨の書状は出したが、そのくらいが精々だ。ホフマンに説得され、冒険者を雇うなどという選択肢はヒルトンの胸の内には存在しえないのだから。

「そういう事は一度でも直接今のあの子を見てから言ってくれ!」

「普通の嘘では皆騙されなくなってきたから手を変えたのかもしれんじゃろう。とにかく、冒険者なんぞを雇う金はないしその気もない。とりあえずは騎士団の返事を待とうではないか」

 さらにホフマンにとって厄介な事に、今街に冒険者を雇うような金が無いことはどうしようもない事実として圧し掛かってきている。だが、このままでは街が危ないのも事実だ。どうにかしなければならない現実は目の前にあるのに、どうにかし得る手段だけがない。

「何を悠長な!……くっ、もういい。アンタには頼まん!」

 結局、今日も説得は上手く行かず、ホフマンはすごすごと自分の家に帰るしかなかった。
 彼としてはヒルトンを責めるつもりはなく、ただあの黒い獣が現れるたびになす術も無く傷つく仲間の姿を見るのが嫌なだけだ。現れれば武器を手に立ち向かいもするが、効果を上げられた事はなかった。

「くそっ!どうにもできないのかっ!」

 石壁に叩き付けた拳がガン、という鈍い音を立てる。今のホフマンはただ悲嘆に暮れる事しかできない。数時間後に、希望の光が届くまでは。
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2007/08/24 01:59 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍
ファランクス・ナイト・ショウ  10/ヒルデ(みる)
登場:クオド、ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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 愛馬クリノを駆り、街道から少し離れた森の中の獣道を行く。
 1人用の鞍には今無理やり2人の人間が座っている。本来の使用者であるヒルデと、妙な偶然から行動を共にすることになったアプラウトの騎士、クオド。

 大きく人の手が入った街道と違い、こちらの路にはあちこちから張り出した木の根が秩序だっているとはけしていえない状態でのたくり、また舞い落ちた枯葉がそれを覆い隠して道行きを困難にしている。だが、ヒルデは自分の相棒に全幅の信頼を寄せていた。クリノならば、馬上からいちいち指示を出さずともこの程度問題なく駆け抜けてくれるだろう。

 ――何故、あの時助けてしまったのだろう。

 今、ヒルデの心を占めているのはここに至った経緯。どうして、今自分はこんな事をしているのかがどうしても理解できなかった。
 そして、今ヒルデはどうしてもやらなければいけないという程重要な事もない。
 気が付けば、心の疑念を晴らすべくここ数時間の回想をしていた。

 そう、本格的に歯車がズレ始めたのはあの時から――

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

「ごめんなさい、後でまた」

「おい?」

 激しい剣戟の音に弾かれたように走りだしたその時はまだ名も知らぬ騎士。振り返るその横顔には二つの大きな感情が渦巻いていた。――こんな事をしている場合ではなかったという後悔と、まだ間に合うかという焦燥。そう、最初に間違えたのはここだ。後々の事を考えるのならば、ここで彼とは行動を分かつべきだったのだ。だというのに、走り去る彼の様子に危なっかしいものを感じてつい後を追ってしまった。

 走って走ってようやく辿りついた戦場では既に勝負は決しようとしていた。けして浅くない傷を負いただ1人立つ隻眼の騎士が1人、そしてそれをうち倒さんと囲む兵士達。決着は誰の目にも見て明らかで、ここで踵を返したり降伏したりしたとしても私はそれを咎めようとは思わなかっただろう。だが、少し前を走る騎士はそのどちらも選ばなかった。

 戦いに於いて、数は力だ。なんらかの特殊攻撃でも無い限り、白兵戦で1人が多数を圧倒することは不可能に近い。実際、突っ込んで行ったクオドに四方から刃が突きつけられるまでに1分と掛からなかった。

「……まさか一人で突っ込んでくる馬鹿がいるなんて」

 まったくその通りだ。100%勝ち目のない状況で戦いを挑むのは勇気ではなくてただの無謀。そんな状況判断も出来ない者に英雄たる資格などない。あった所でどこかで命の掛け所を間違えて無駄死にするのがオチだ。

 ――そんな事は、考えるまでもなく分かっているハズだったのに。

「"槍"よッ!」

 気がつけば、自分の内在に働きかけて力を放っていた。精霊達に語りかけて顕現する力とは違う、ヒルデ自身が持つ特殊能力。ノータイムで出るそれは大きめの石をそれなりのスピードでぶつけたくらいの衝撃しか与えないが、体勢を崩すには十分だ。
 力を放った直後、とっさの自分の行動に絶望するが器から零れてしまった水はもう戻らない。実際、奇襲を受けたティグラハットの兵達は自分を敵と認識したし、そして私はこんな所で死ぬわけにはいかなかったのだから。

 結局その場にいる兵士を半分くらい打ち倒し、半ば無理やりクオドを引きずって撤退しようとする。だが、思ったよりも強い力で彼はその場に残ろうとした。

「テオバルドさんを助けないと」

 覗き込んだ青い瞳に強い意志を感じて、説得は諦めた。他人の為に自分の命を張る事をなんとも思っていない目。説得材料である身の危険という言葉は通用しないし、そもそも説得する時間もない。そしてここが第二の分かれ目だった。引く事に集中すれば、自分だけなら逃げ切れる。

 その時思い出したのは仲間を見捨てて真っ先に逃げだす臆病者の姿。そしてその時の自分の心境。なんとなく、ここで逃げたら自分がアイツと変わらない気がした。

「……仕方がないな。ゆくぞ!」

 後はもう流れに流されていただけだ。風の精霊を呼び出し飛礫避けの加護を受け飛んでくる矢を無力化し、突っこんでなんとかその場にいる前衛を倒し、3人でその場を離れる。地の精霊に頼んで作ってもらった道を通り裏庭へ。彼らに頼めば、石の壁に少しの間穴を空けるくらい造作もない事だ。後は裏門から外へ出るだけ。だが、そこにも敵はいた。……予想できた事だが。

「ここは俺に任せてとっとと脱出しろ」

「でも」

 テオバルドの発言に、何か抗弁しようとするクオド。それはそうだ。ここに残るという事は、死ぬか捕虜になるかのどちらか。いや、時間を稼ぐという目的がある以上捕虜という選択肢も存在しえない。完全に逃げ切る為には、より多くの時間があった方がいいのだから。

「自分の仕事を考えろ、クオド・エラト・デモンストランダム!ここで2人して残って何の意味がある!」

「それは……」

「こういう時に残るのは年寄りの仕事って決まってるもんだ。それに俺はここを預かる身だしな」

「……」

 そう言ってクオドを諭すテオバルドの目は、今が戦闘中だとは思えない程優しい光を湛えていた。なんというか、甥を見る叔父の目というか。2人の見た目からの年齢差を考えると、まさにそんな心境だったのかもしれない。

「貴公に我が父の加護があらんことを、テオバルド卿。もっと早くに出会えていればよかったのだが」

 人の体に宿る生命の精霊に働き掛けて、全身の傷を治癒する。これでしばらく戦い続ける事はできるだろうし、上手くすれば逃げる機会が生まれるかもしれない。……そんな奇跡は起こりえないと分かっていても、そうやって自分の心を誤魔化していなければ大切な何かが崩れてしまいそうだった。

「戦乙女様にそう言ってもらえるとは光栄だ。さ、後の事は俺に任せて行った行った」

 そう言ってぐるんぐるんと肩を回す。完全に覚悟完了しているのか、その表情に迷いは感じられない。

「……テオバルドさんも、どうかご無事で」

 俯き気味に言う声には力が無い。もっとも、ここで元気よく言えるような人間は大切な何かを無くしてしまっているのかもしれないが。

「ヴィオラに、よろしくな」

 最後にそう言い残して、隻眼の騎士は敵に向かって突っ込んでいく。迎え撃つ彼らの横をすり抜けて、不可視の外套を纏った2人は辛くも砦の外へと脱出する事に成功した。

「……レットシュタインに帰らないと」

「ふむ……ならば、足が必要だな。アテがある。私に付いて来い」

「え、でも……」

「いいから来い!それとも徒歩でレットシュタインを目指すとでも?戦場では情報の伝達が命だ。早ければ早いほど良い。そのくらいは貴公も分かっているだろう」

 これ以上の口論は時間の無駄。そう判断したから、言うだけ言ってさっさと相棒の所を目指す事にした。付いて来ないならその時はその時だ。元より、そこまで面倒を見る義理はないのだから。
 結局、戸惑いをけしきれないようではあるがクオドは私の後を付いて来る道を選んだ。それを横目で確認した時、何故か何かが落ち着くような情動が胸のうちに感じられた。
 ……分からない。あの時の私は、何故そんな感情を抱いたのだろうか。

「少し待ってくれ。準備を整える」

 何か不測の事態――例えば今のような――があってもいいように荷物は大体纏めてあったが、彼を連れてレットシュタインを目指すとすればどうしても越えなければならない難関が1つあった。

《随分と慌しいな。何があったヒルデ》

 纏めてあった荷物を積みながら、愛馬たるクリノと言葉を交わす。使える者が限られている特殊な言語ゆえに、恐らくクオドには理解できていなかったハズだ。

《クリノ、悪いが今は詳細を説明している暇がない。それよりも1つ頼みを聞いて欲しいのだが》

《それはそこに佇む子供に関わる事か?お前が求める英雄とはまた遠そうなガキだが》

《……そうだ。私と彼をお前の背に乗せ、駆けて欲しい。少なくとも、もう一頭馬を調達するまでは》

《俺は背に男を乗せるのは好かない。それを承知の上で言っているんだろうな》

「あの。やはり私は、ここで……」

 相棒との会話が聞こえたはずもないが、タイミング良くクオド自身も別行動を提案しようとする。ああもう、どいつもこいつも状況を省みずに我侭ばかりを言う……!!

「お前が歩いてレットシュタインに付く頃にはティグラハット軍はどこまで攻め入っているだろうな。馬もない、金もないお前があそこまで辿り着くのにどれほど掛かる?下手したら辿り着けないかもしれないな。それでは、体を張ってお前を逃がしたテオバルド卿の立場はどうなる?彼の死を……彼の死を、無駄にする気か」

 今冷静に考えれば、一番状況を省みていないのは私だった。もともと私はガルドゼンドとはまったくなんの関係もない通りすがりで、私が起こっている戦に介入するとしたらそれは守護する英雄が決まっている時のみ。それを弁えているからこそあの時クオドもクリノもここで分かれるべきだと考えた。それはとても正しい事だ。
 恐らく、あの時の私はあの場にいた誰よりもテオバルド卿の死に引きずられていたのだろう。砦を無事脱出する為に彼を犠牲にしてしまったという負い目、故にこそ彼の遺志を無駄にしてはいけないという使命感を持ってしまったのだと、今だからこそ思える。

《どうやら、またいつもの理由らしいな。だが、それだけでは納得できん》

《……彼はレットシュタインに帰ると言った。恐らくはアプラウトの騎士なのだろう。ここで恩を売っておけばのちのち生きる事もあるハズだ》

《結構。お前にアイツを利用する覚悟があると言うのなら我慢の1つもしてやろう。我々にとって利のある話だからな》

「話は纏まったな。では私の後ろに乗れ。……?」

「?」

 馬に跨り、不意に言葉を詰まらせた私を不思議そうに見上げる彼の視線が感じられる。その目を、昔どこかで感じたような……いや、今はそれどころではない。

「いや、まだ名前を聞いていなかったな。我が名はラインヒルデ、ヴォータンの娘。貴公は?」

「クオド・エラト・デモンストランダム――アプラウトの騎士、です」

「結構。ではクオド、私の後ろに跨れ。まずは近くの村なり街なりで馬を確保する。いくぞ!」

 そして、この珍妙な旅は始まったのだ。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

《おい、ヒルデ。いい加減意識をこちらに戻せ。もうすぐ街が見えるぞ》

《あ、あぁ。済まない》

 時間はもはや深夜過ぎ。砦の近くで野営するのが危険だったとはいえ、流石にヒルデもクオドも疲労の色を隠しきれていなかった。戦闘による肉体的疲労、負け戦による精神的疲労に加えて、この寒空の下で数時間に渡る強行軍を行ったのだから当然と言えば当然だ。

《ったく、こんな事ならあの時の雌馬ちゃんにもっとしっかり粉掛けときゃよかったぜ》

《雌馬?》

《お前達が来るちょっと前にな、なかなかの上玉だったぜ。綺麗な葦毛をしててよ、ちょっと気の強そうな所がまた。あれは上手く気を乗せてやれば良い走りっぷりを見せてくれそうだったな。ちょうど前を走ってるあの馬みたいな……お?》

「カッツェ君?」

 クリノが驚きの声を上げるのとほぼ同時にクオドも呼びかけるような声を上げる。

「……クオドさま、なんですか?」

 先行する向こうも速度を緩めたのか、2匹の馬はすぐに距離を詰め並んで歩き始める。葦毛の馬を駆る人物は、まるで今にも泣きそうな顔をしていた。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 ヒルデ達がヒュッテ砦を脱出する少し前、砦裏門そばの立ち木の中にて

《ったく、ヒルデは何やってんだ。また何か面倒ごとに巻き込まれてるんじゃねぇだろうなぁ》

 木立の中に身を隠しながら、ブチブチと1人ごちる馬が一頭。栗色の毛に銀製の馬具を輝かせる立派な軍馬だが、その背に乗せるべき主は今ここにはいない。そして、その主が単身潜入していったヒュッテ砦は今赤々と燃え上がり夜闇の中で存在を主張している。先ほどの轟音と衝撃も併せて、並々ならぬ事が起きているのは明らかだった。

 ヒィンという嘶き。思ったよりも近くで聞こえたそれに注意を傾けると、その直後に「静かにしろ!」という人間の声も聞こえてきた。声の調子からしてまだ若い。

 雰囲気からして、どうやら砦から抜け出してきたらしかった。装飾の少ない実戦仕様の馬具に身を包んだ葦毛の美女。声の調子や立ち振る舞いから気位が高いのが伺える。――なかなかに好みのタイプだ。

 どうやらこちらに気づいているらしかった。美女の誘いを断るなんて無粋な真似はできないので、こちらも軽く嘶いて返事をする。人間にはシンシアと呼ばれているようだが、果たして彼女がそれを気に入っているかはわからなかったので名前には触れなかった。乗り手と意思の疎通ができる馬なんてそうはいない。俺と主が例外なのだ。

 数言、言葉を交わす。どうやらこれからどうするかを迷っていたらしい。俺と同様に本来の主(彼女は持ち物だと言っていたが)はまだあの砦の中で、探しにいくか今の背の主に従うか。もっとも、背に乗るオスガキはどうにも煮えきっていないようだったが。まったく勿体無い。

 結局、ここからは離れた方がいいという俺の提案を受け入れて先に進む事にしたようだ。残念だが、ここに彼女が留まった所でできる事は限られているしここで彼女が死んでしまうのは全世界の喪失だ。

「うわっ!?」

 驚きの声を上げるガキを尻目に北へと走り去っていく。少し話した感じでは道に迷いそうなタイプには見えなかった。上手く本来の主と合流できるといいのだが。

 そしてまたしばらく時間は流れる。暇つぶしにそこらへんの木を突付いていたら穴だらけになってしまった。スマン木よ、ちゃんと埋め合わせはするから許してくれ。

「少し待ってくれ。準備を整える」

 おっと、ようやく我が主様のご到着だ。なんかもう1人余計なおまけがついてるみたいだが……いい加減退屈していた所だ。ようやくちゃんと体を動かせそうな気配に言い知れぬ喜びを感じながら、とりあえずはヒルデがどう不器用に言い訳してくれるかを楽しむ事にした。
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2007/08/24 02:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
立金花の咲く場所(トコロ) 45/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック ワム
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村

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「さて……」

本を片手に持ち替え、ワムはロッキングチェアから体を起こす。

「君達はこれからどうするつもりだね。すぐ香草の採取に行くのか?」
「いえ、昼食を済ませてから行こうと思っています」
ラズロが律儀な口調で答えると、ワムはアゴに手をおいた。
「うむ。それが良い。実を言うと、なるべく調子の良い状態で行ってもらいたいの
だ」
「……どういう意味でしょう?」
ヴァネッサは思わず尋ねていた。
香草の採取は、そんなに過酷な作業だろうか。
「いや、説明もなしにすまない」
ワムは、片手をそっと上げた。

「実は、最近、どうも香草の畑が荒らされているようなのだ。今のところ、たいした
被害は出ていないし、村人の誰かが危害を加えられた話もないから、様子を見ている
のだが……もしかしたら、何かに出くわす……ということも考えられるのでな」

その口ぶりに、リックは何かピンときたらしい。

「あ、もしかして、調味料が届いてない、っていうのは……」
リックの言葉に、ワムは頷く。
「……そういうことだ。以前のように作業に集中できんのでな、村で使う分はなんと
か確保できたのだが、他へまわす分が少し足らなくなってしまったのだ」
(それで、女将さんは自分で取りに来ようとしてたのかな?)
ヴァネッサは、ふと、そんなことを思った。
「犯人の目星はついているのですか?」
ラズロが尋ねると、ワムは悩むような素振りを見せた。
「村の者が、それらしいものを見た、と言っていたんだが……」
「それなら、手がかりになりますよね。教えてください」
「う、ううむ……」
ラズロの言葉に、ワムは言いよどんだ。
「どうしたんですか?」
「手がかり、と言えるかどうか……」
「目撃されているのなら、有力な証拠だと思いますけど」

しばらくワムは黙りこみ……それから、ぽつん、と呟いた。

「何か、白くてぼんやりしたものが畑の周りを回っていたらしい」

「そ、それって幽霊っ?」
リリアがビクッと震え、ヴァネッサにしがみつく。
「怖いのか?」
「あったりまえじゃない!」
アベルの問いかけに、リリアは威嚇する猫のごとき態度で答える。
「ふーん。幽霊なんて、だいたいは何かの間違いなんだろ。かーちゃんが言ってた
ぜ。怖がってると、何でも幽霊に見える、って」
「怖いものは怖いの! あんまり幽霊の話しないでよバカ!」
うっすらと涙すら浮かべ始めたリリアに、アベルは「へーい」と返事をし、それから
アクビをした。
「でもさ、まだ幽霊って決まったわけじゃないだろ。そんなにビクビクしなくたって
大丈夫だって」
リックがなだめているが、リリアはすねて答えない。

(幽霊、かぁ……。本当なのかなぁ。幽霊だとしたら、何のために畑を荒らすのかし
ら……?)

リリアにぎゅうっとしがみつかれながら、ヴァネッサはぼんやりとその点に思いをは
せていた。


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2007/08/24 02:02 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

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