第二十五話 『アゴラあらわる』
キャスト:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト、(顎羅)
場所:ウォーネル=スマン邸
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「…あんなところに箱なんてあったっけ?」
ふと気がつくと部屋の隅に転がっていたダンボール箱。正面から見ると、そこには黒々とした大きい穴が開いている。これではもはや箱としての役目は果たせないだろう。
その場にいる全員の視線が集中してから一秒、二秒。いい加減痺れを切らしたベアトリーチェが正体を確認しようと近づいた時、箱の中からどこまでもか細く情けない、喩えるなら枝垂れ柳の下でしくしく泣いている女幽霊のような声が響いてきた。
「たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~くぅ~だぁ~さぁ~いぃ~」
本物の幽霊なら振り向いたら顔がスプラッタとかそういうオチがつくものだが、箱の中から聞こえてくる声はどう聞いてもここで待ち合わせをしている最後の1人、今まで行動を共にしてきた犬のものだ。
「……あんた何やってんの?」
遅れてきた事に対する怒りとかそういう感情が、とりあえず?という一文字で埋まる。
しくしくしくというBGMが少し収まった気がする。まさか本当に泣いてるのだろうか?
「ダンボールに隠れたはよかったんですが、出られなくなったんですよ……」
喋り終えるとまたしくしくしくという音が大きくなった気がした。端的に言ってしまえば、実にうっとおしい。
「ったく、しょーがねーなー。しっかりしてくれってんだったくよー」
ブツブツ言いながらバッサバッサとブルフがダンボールへ飛んで行き、爪でたっぷり10秒くらいを掛けてダンボールをズタズタにしていく。ようやく脱出する事が出来たルフトは、やっと抜け出せた安堵やら無理な姿勢を続けてたことによる疲労やらでとりあえず床にぐったりと寝そべったのだった。
「それで、これからどうするのかのう?」
いい加減この状況に退屈しきっていたのだろう、珍しくしふみが口火を切って話を進めようとする。けっきょくルフトに怒りをぶつけるタイミングを掴みそこなったベアは不満そうに溜息を1つ吐くと、作戦についての説明を始めた。
◆◇★☆†◇◆☆★
「……と、いうわけ。わかった?」
説明そのものはたったの一言で終わった。曰く、「このリストに書いてあるお宝を見つければ残りが全部あたし達のものになるのよ」が、ぐぐぐっと無駄に力こぶしまで作って見せて言うベアに対し、十数分前のブルフのようにルフトがゴネるなどの一幕を経てようやく実際にどう動くかの相談へ。結局、話が纏まったのはルフトが合流してからさらに十数分が経った後の話だった。
「ちなみに、その暗殺者の名前は何というんですか?」
何かを半ば諦めたような口調で喋るルフト。付き合いが長いだけに、もはやベアが何を言っても意志を変えるつもりがないのは分かっているのだ。いつも通りと言えばいつも通りの事だ。しかも、そろそろその状況に慣れて受け入れてしまっている自分がいるという事実が、もはや情けないという感情すら呼び起こさなくなってからいったいどれだけ経っただろう。
「んー、え~と、なんかロリコンっぽい名前」
「頼みますから交渉相手の名前くらい覚えておいてくださいよ……」
ベアにとってはワリとどうでもいい事だったのか、すっぱり言いきられてパタリとルフトの尾が床を叩く。
「まぁまぁ、良いではないか。そう落ち込むでない」
しふみに頭をぽんぽんと撫でられて、耳までペタンと垂れる。なんとか気分を変えようと、ブルフに運んでもらった棍を杖代わりにして立ち上がろうと試みるルフト。一方ベッドの上でソウルシューターの点検を終えたベアはよし、と1つ頷いて
「それじゃ、かいさ……ん?」
号令を掛けようとした瞬間、部屋の扉がなんかものすごい音を蹴立ててふっとんだ。遮るものがなくなって丸見えになった廊下に、立つ人影。シルエットだけ見ればまだ人間といえなくもないそれは、巨大な口に顔の両脇についた白い目、そして白と黒の妙にくっきり色分けされた肌を持つ魚人だった。しかも何故かパンツを履いているだけで他に服らしいものを着ている様子は無く、手には扉を壊した凶器であろう巨大な銛が握られている。
「ば、化け物!?」
自分の事は盛大に棚に上げてルフトが悲鳴のような声をあげる。ベアは見た目のインパクトにショックを受けたのか号令を掛けるときにビッっと伸ばした指をそのまま不思議な闖入者に向けて声にならない声を上げているし、しふみはしふみで「ほぅ」などと呟いて興味深そうにめったに見ない魚人間の様子を観察している。
「うっわ、敵か敵か敵なのか!?お前いったいなんなんだよ!」
ゆっくりと部屋を見回す魚人、盛大にパニくる人間の少女と人狼、事態を面白そうに傍観する妖狐。結局、なんとなくリアクションを取り損ねた鷹型の魔法生物が羽根を突きつけながら尋問するという奇妙な状況が発生する。だが、その状況にツっこめるモノは不幸な事に誰もいなかった。
「犬肉……食いに来た」
「はァ?」
最低限の――最低限過ぎる答えに硬直する一同を他所に、乱入者である魚男はルフトに向かってのしりのしりと近づいていく。
――このままだと、餌になってしまいますね。
「つまりあなたの狙いは私ですね、ならばついてきなさい!」
身近に迫った危機のお陰かいち早く硬直を脱したルフトは、ちらりとベアに視線を送る。とりあえず自分がコイツを引き受けるので、2人は作戦通りに――視線に込めたそんな意思が通じたのか、ベアが小さく頷いたのを確認して、ルフトは窓から飛び出した。ここは一階ではないが、この程度の高さであれば着地にまったく問題はない。教科書どおりの綺麗な受身を取ってそのまま立ち上がり、すぐに棍を構える。
対して、後を追う鮫男の方は実にシンプルだった。窓から飛び降りた姿勢のまま二本足でドスンと着地し、ニタリと笑ってみせる。手に持つ武器の重量もあわせてそれなりの衝撃があったハズだが、痛がる様子などはまったくない。
――硬さには自信アリって所ですか。
半分くらい無駄だろうなと思いつつも、せっかくの機会なので着地直後の硬直を狙って棍を突き込んでみる。少しくらいよろめいた気もしたが、予想通り効果は今ひとつのようだ。
「……ッ!?」
とりあえず距離をとるルフトの鼻面を振り下ろされた巨大な銛が掠めていく。ブン、ズガン。文字通り肌で感じる遠心力がフルに乗った超重武器の破壊力に思わず総毛立つ。恐らく一撃でも貰えば戦闘不能どころか本気で死にかねない威力を持ち、しかも攻撃がロクに通らない相手。――長期戦は、不利。
「ルフトーーーーーー!!」
2人が飛び降りた窓から、後を追うように1羽の鷹が舞い降りる。振り上げられた銛を巧みに躱し、鋭く尖ったその爪や牙を以って鮫男に襲い掛かるが、魔導生物の鍛えられた爪牙をもってしても魚人の肌に傷1つつける事はできなかった。
「ブルフ、アレをやりますよ!」
ルフトの声を聞いて攻撃を中止し、合流に向かうブルフ。即座に鮫男もドタドタと走ってくるが、本気を出した猛禽類とではそもそも勝負にすらならなかった。
「合点承知!いっくぜぇぇぇぇぇぇ!!」
ばっさばっさと羽ばたいてきたブルフが、ルフトが持つ棍の先に留まる。そのまま大きく翼を広げ、さらにガキンとかいう生き物にあるまじき音を立てながら羽を背後に。最後に普段は柔らかく空気を包み込んでいる羽毛がジャキンというやたら金属っぽい音を立てて硬化すると、もはや棍は棍ではなく、死神が持つような大鎌へと姿を変えていた。
「我ジグラットに纏わる者。この双羽の鎌の力を以て大地と大気の精霊の御力を借りん」
体の前でクルクルと鎌を回し、構える。もともと大鎌などという武器は戦闘に使い易いものではないが、ルフトが持つソレは二つある刃が御互いに内側に向いてついている為なおさら斬り難い構造になっている。そう、この鎌は直接攻撃する為の武器ではないのだ。
「ウガァァァァァァァ」
走りこんできた鮫男がそのまま高々と振り上げた巨大な銛を叩きつけるように振り下ろしてきたが、これもルフトは軽く躱してみせた。結局、極端に重い武器の攻撃方法は限られている。即ち、振り下ろすか、薙ぎ払うか、体ごと突撃するか。どれにしても振りが大きい為、回避する事に専念すれば簡単に避ける事ができるというわけだ。
「砂の刃よっ!」
鎌の柄でトンと地面を叩く動作にあわせて、その周辺の土が細かい砂に変化する。変化した砂は一条の風に吹かれて舞い上がり、そのまま黒光りする鮫肌に叩きつけられる。
砂刃の術は、細かく硬い砂粒を対象に高速でぶつける事で対象の表面を激しく削る術だ。喩えていうなら、砂一粒一粒がヤスリの引っかかりに相当するようなものだ。普通の人間ならば表皮がずたずたに傷ついてしまう凶悪な術だが、やはり砂の硬度が足りていないのかロクな効果を上げる事はできなかった。
「これは、作戦を変える必要がありますね」
距離を取りつつ何度か違う術を試してみた結果、自分ひとりで倒そうとするとどうしても火力が足りないという結論に達せざるをえなかった。幸い敵の足は遅く、自分から攻撃を仕掛けずに回避に専念していればすぐにどうにかされるという事もなさそうだ。もっとも、いつ相手が終わらない鬼ごっこに飽きて他の仲間を襲うとも分からないので、適当に仕掛けて注意をひきつける必要はあるが、遠距離攻撃なら問題はない。
「さて、根競べの始まりですね。……もっとも、私の方が分は良さそうですが」
こうして、状況が変わらない限りけして終わらない鬼ごっこは幕を上げたのだった。
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キャスト:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト、(顎羅)
場所:ウォーネル=スマン邸
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「…あんなところに箱なんてあったっけ?」
ふと気がつくと部屋の隅に転がっていたダンボール箱。正面から見ると、そこには黒々とした大きい穴が開いている。これではもはや箱としての役目は果たせないだろう。
その場にいる全員の視線が集中してから一秒、二秒。いい加減痺れを切らしたベアトリーチェが正体を確認しようと近づいた時、箱の中からどこまでもか細く情けない、喩えるなら枝垂れ柳の下でしくしく泣いている女幽霊のような声が響いてきた。
「たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~くぅ~だぁ~さぁ~いぃ~」
本物の幽霊なら振り向いたら顔がスプラッタとかそういうオチがつくものだが、箱の中から聞こえてくる声はどう聞いてもここで待ち合わせをしている最後の1人、今まで行動を共にしてきた犬のものだ。
「……あんた何やってんの?」
遅れてきた事に対する怒りとかそういう感情が、とりあえず?という一文字で埋まる。
しくしくしくというBGMが少し収まった気がする。まさか本当に泣いてるのだろうか?
「ダンボールに隠れたはよかったんですが、出られなくなったんですよ……」
喋り終えるとまたしくしくしくという音が大きくなった気がした。端的に言ってしまえば、実にうっとおしい。
「ったく、しょーがねーなー。しっかりしてくれってんだったくよー」
ブツブツ言いながらバッサバッサとブルフがダンボールへ飛んで行き、爪でたっぷり10秒くらいを掛けてダンボールをズタズタにしていく。ようやく脱出する事が出来たルフトは、やっと抜け出せた安堵やら無理な姿勢を続けてたことによる疲労やらでとりあえず床にぐったりと寝そべったのだった。
「それで、これからどうするのかのう?」
いい加減この状況に退屈しきっていたのだろう、珍しくしふみが口火を切って話を進めようとする。けっきょくルフトに怒りをぶつけるタイミングを掴みそこなったベアは不満そうに溜息を1つ吐くと、作戦についての説明を始めた。
◆◇★☆†◇◆☆★
「……と、いうわけ。わかった?」
説明そのものはたったの一言で終わった。曰く、「このリストに書いてあるお宝を見つければ残りが全部あたし達のものになるのよ」が、ぐぐぐっと無駄に力こぶしまで作って見せて言うベアに対し、十数分前のブルフのようにルフトがゴネるなどの一幕を経てようやく実際にどう動くかの相談へ。結局、話が纏まったのはルフトが合流してからさらに十数分が経った後の話だった。
「ちなみに、その暗殺者の名前は何というんですか?」
何かを半ば諦めたような口調で喋るルフト。付き合いが長いだけに、もはやベアが何を言っても意志を変えるつもりがないのは分かっているのだ。いつも通りと言えばいつも通りの事だ。しかも、そろそろその状況に慣れて受け入れてしまっている自分がいるという事実が、もはや情けないという感情すら呼び起こさなくなってからいったいどれだけ経っただろう。
「んー、え~と、なんかロリコンっぽい名前」
「頼みますから交渉相手の名前くらい覚えておいてくださいよ……」
ベアにとってはワリとどうでもいい事だったのか、すっぱり言いきられてパタリとルフトの尾が床を叩く。
「まぁまぁ、良いではないか。そう落ち込むでない」
しふみに頭をぽんぽんと撫でられて、耳までペタンと垂れる。なんとか気分を変えようと、ブルフに運んでもらった棍を杖代わりにして立ち上がろうと試みるルフト。一方ベッドの上でソウルシューターの点検を終えたベアはよし、と1つ頷いて
「それじゃ、かいさ……ん?」
号令を掛けようとした瞬間、部屋の扉がなんかものすごい音を蹴立ててふっとんだ。遮るものがなくなって丸見えになった廊下に、立つ人影。シルエットだけ見ればまだ人間といえなくもないそれは、巨大な口に顔の両脇についた白い目、そして白と黒の妙にくっきり色分けされた肌を持つ魚人だった。しかも何故かパンツを履いているだけで他に服らしいものを着ている様子は無く、手には扉を壊した凶器であろう巨大な銛が握られている。
「ば、化け物!?」
自分の事は盛大に棚に上げてルフトが悲鳴のような声をあげる。ベアは見た目のインパクトにショックを受けたのか号令を掛けるときにビッっと伸ばした指をそのまま不思議な闖入者に向けて声にならない声を上げているし、しふみはしふみで「ほぅ」などと呟いて興味深そうにめったに見ない魚人間の様子を観察している。
「うっわ、敵か敵か敵なのか!?お前いったいなんなんだよ!」
ゆっくりと部屋を見回す魚人、盛大にパニくる人間の少女と人狼、事態を面白そうに傍観する妖狐。結局、なんとなくリアクションを取り損ねた鷹型の魔法生物が羽根を突きつけながら尋問するという奇妙な状況が発生する。だが、その状況にツっこめるモノは不幸な事に誰もいなかった。
「犬肉……食いに来た」
「はァ?」
最低限の――最低限過ぎる答えに硬直する一同を他所に、乱入者である魚男はルフトに向かってのしりのしりと近づいていく。
――このままだと、餌になってしまいますね。
「つまりあなたの狙いは私ですね、ならばついてきなさい!」
身近に迫った危機のお陰かいち早く硬直を脱したルフトは、ちらりとベアに視線を送る。とりあえず自分がコイツを引き受けるので、2人は作戦通りに――視線に込めたそんな意思が通じたのか、ベアが小さく頷いたのを確認して、ルフトは窓から飛び出した。ここは一階ではないが、この程度の高さであれば着地にまったく問題はない。教科書どおりの綺麗な受身を取ってそのまま立ち上がり、すぐに棍を構える。
対して、後を追う鮫男の方は実にシンプルだった。窓から飛び降りた姿勢のまま二本足でドスンと着地し、ニタリと笑ってみせる。手に持つ武器の重量もあわせてそれなりの衝撃があったハズだが、痛がる様子などはまったくない。
――硬さには自信アリって所ですか。
半分くらい無駄だろうなと思いつつも、せっかくの機会なので着地直後の硬直を狙って棍を突き込んでみる。少しくらいよろめいた気もしたが、予想通り効果は今ひとつのようだ。
「……ッ!?」
とりあえず距離をとるルフトの鼻面を振り下ろされた巨大な銛が掠めていく。ブン、ズガン。文字通り肌で感じる遠心力がフルに乗った超重武器の破壊力に思わず総毛立つ。恐らく一撃でも貰えば戦闘不能どころか本気で死にかねない威力を持ち、しかも攻撃がロクに通らない相手。――長期戦は、不利。
「ルフトーーーーーー!!」
2人が飛び降りた窓から、後を追うように1羽の鷹が舞い降りる。振り上げられた銛を巧みに躱し、鋭く尖ったその爪や牙を以って鮫男に襲い掛かるが、魔導生物の鍛えられた爪牙をもってしても魚人の肌に傷1つつける事はできなかった。
「ブルフ、アレをやりますよ!」
ルフトの声を聞いて攻撃を中止し、合流に向かうブルフ。即座に鮫男もドタドタと走ってくるが、本気を出した猛禽類とではそもそも勝負にすらならなかった。
「合点承知!いっくぜぇぇぇぇぇぇ!!」
ばっさばっさと羽ばたいてきたブルフが、ルフトが持つ棍の先に留まる。そのまま大きく翼を広げ、さらにガキンとかいう生き物にあるまじき音を立てながら羽を背後に。最後に普段は柔らかく空気を包み込んでいる羽毛がジャキンというやたら金属っぽい音を立てて硬化すると、もはや棍は棍ではなく、死神が持つような大鎌へと姿を変えていた。
「我ジグラットに纏わる者。この双羽の鎌の力を以て大地と大気の精霊の御力を借りん」
体の前でクルクルと鎌を回し、構える。もともと大鎌などという武器は戦闘に使い易いものではないが、ルフトが持つソレは二つある刃が御互いに内側に向いてついている為なおさら斬り難い構造になっている。そう、この鎌は直接攻撃する為の武器ではないのだ。
「ウガァァァァァァァ」
走りこんできた鮫男がそのまま高々と振り上げた巨大な銛を叩きつけるように振り下ろしてきたが、これもルフトは軽く躱してみせた。結局、極端に重い武器の攻撃方法は限られている。即ち、振り下ろすか、薙ぎ払うか、体ごと突撃するか。どれにしても振りが大きい為、回避する事に専念すれば簡単に避ける事ができるというわけだ。
「砂の刃よっ!」
鎌の柄でトンと地面を叩く動作にあわせて、その周辺の土が細かい砂に変化する。変化した砂は一条の風に吹かれて舞い上がり、そのまま黒光りする鮫肌に叩きつけられる。
砂刃の術は、細かく硬い砂粒を対象に高速でぶつける事で対象の表面を激しく削る術だ。喩えていうなら、砂一粒一粒がヤスリの引っかかりに相当するようなものだ。普通の人間ならば表皮がずたずたに傷ついてしまう凶悪な術だが、やはり砂の硬度が足りていないのかロクな効果を上げる事はできなかった。
「これは、作戦を変える必要がありますね」
距離を取りつつ何度か違う術を試してみた結果、自分ひとりで倒そうとするとどうしても火力が足りないという結論に達せざるをえなかった。幸い敵の足は遅く、自分から攻撃を仕掛けずに回避に専念していればすぐにどうにかされるという事もなさそうだ。もっとも、いつ相手が終わらない鬼ごっこに飽きて他の仲間を襲うとも分からないので、適当に仕掛けて注意をひきつける必要はあるが、遠距離攻撃なら問題はない。
「さて、根競べの始まりですね。……もっとも、私の方が分は良さそうですが」
こうして、状況が変わらない限りけして終わらない鬼ごっこは幕を上げたのだった。
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