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2025/10/23 00:26 |
立金花の咲く場所(トコロ) 44/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村近く

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 女の子の元気さに引っ張られるようにして歩き続けた五人は、予定よりも
だいぶ早く地図に記された村が見えてきた。

「うーん、意外と楽にこれたな。」

 アベルも故郷の辺境から徒歩で歩いてきたのだから、それなりに疲労や時
間は予測を立てていたが、それよりもかなり楽に感じていた。
 それはヴァネッサもラズロも同じらしく、意外に感じているようだった。

「お、それは皆真面目に授業受けてた証拠さ。」

 基礎課程としてクラスで受けた授業のなかに、旅法というのがある。
 基礎の基礎として初期に教わるのだが、装備や荷物を持ったときの重心や
姿勢、長距離を歩くときの体重移動を使う歩き方、心肺の負荷をへらす呼吸
法など、およそ「冒険者」と気負っているほど肩透かしな地味なものだった。
 とはいえそれ以降、アカデミー内では当たり前にやらされることもあって、
今となっては頭の中に残ってなくても、体に染み付いているものだった。
 リックはこの旅法が移動速度のUPと疲労の軽減につながっているといった。

「俺もさアカデミー来る前から仕事はチョコチョコしてたから、結構なめて
たんだけどさ、これが全然違うもんだから驚いたよ。」

 冒険者ともなれば旅は付き物。
 そう思ってみれば、一緒に旅をしたギアはいつも余裕綽々だった。
 あれは子供と大人の違いだけではなかったのだ。

「へー、専門課程だけでいいのにって思ってたけど、さすがアカデミーだな
ぁ。」

 アベルもこうして実際の成果を目の当たりにして、そのすごさを改めて実
感した。
 剣も魔法強いだけなら数多いるだろう。
 しかしこういう基礎的な部分が底上げされているからこそアカデミーで学
んだことがステータスになりうるのだ。

「おかげで早くついたし、お昼にする前に村によっておこうよ。」

 リリアのせかすよな提案に異論はなかった。
 女の子ほどでないにせよ、エドランス特有の眷属という種族の村、皆興味
があるのは男の子とて同じだった。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


「うわぁ!」
「!!」

 リリアが感動に声を上げ隣では声もなく感じ入るヴァネッサが目を丸くし
ていた。

「おお、ウサギさんだらけだけど、意外に普通に生活してるんだ。」
 
 アベルもある意味想像通りの光景に驚く。

「おい、彼らはエドランスではエルフやドワーフといった亜人種と同じ国民
権をもつ同胞なんだぞ。失礼なことするな。」

 冷静なラズロの言葉にリリア、ヴァネッサ、アベルの三人は気まずそうに
顔を見合わせる。
 
「ははは、しかたないって、まあ、これから気をつけようぜ。」

 なんだかんだで経験をつんでいるリックはそれなりに異邦での礼儀も心得
ているらしく、驚きを顔に出したり、不躾な視線を撒き散らしたりはしてい
なかった。
 気を取り直してどうするか話し合おうとした五人に、なにやら聞きなれた
感じの声がかけられた。

「まあまあまあ、こんなところに何か御用ですか?」

 声のしたほうを向くとそこには女将と同じようなウサギ型の眷属が立って
いた。
 シンプルな青いワンピースにエプロンを身につけ、手には野菜の入ったバ
ケットを下げているおそらく女性(雌?)のその人(?)は、なぜか微笑ん
でいるように見えた。
 ……いや、アベル、ヴァネッサ、ラズロの三人は女将との共同生活の中、
感情を感じ取れるぐらいにはなっていたので、彼女が不審者をとがめている
というより、はっきり親切心から声をかけてきたことを感じ取っていた。

「あ、あの、すいません、その王都のせせらぎ亭の女将さんの代わりに、こ
の村で管理している山に香草の採取に来たんですが……。」
「まあまあまあ、せせらぎ亭の?」
「はい、これがその女将さんの手紙なんです。」

 ヴァネッサが村に来た目的をつげ、手紙を出して封筒に記された女将のサイ
ンを見せた。

「あらあらあら、たしかにあの子のサインね。だったら長のところにこの手紙
をもっていけばいいのよ。よかったら連れて行ってあげましょうか?」
「良いんですか? ……アベル君どうする?」

 ヴァネッサは、どう見ても悪意を感じられないウサギさんのつぶらな瞳を見
ていると二つ返事しそうになるのをこらえて、仲間に確認を取った。

「そうだなぁ……うん、よかったら頼めますか?」

 アベルは仲間の顔を見渡し反対がないことを見て取ると、ウサギさんのほう
を見て頭を下げた。

「あらあらあら、気にしなくてもいいのよ。ちょうど帰るところだったんです
から。」

 太陽が中天に差し掛かり、暖かい日差しが降り注ぐ中をエプロン姿のウサギ
に先導させれて歩くこと数分。
 さして広くない村の真ん中、ほんの少しほかの家々より大きな家にやってき
た。
 ウサギさんに促されて中に入ると、なかは普通の人間が使うのと同じつくり
で、入り口から少し入ったところにある大部屋で、無骨な作りのロッキングチ
ェアに揺られながら本を読んでいるウサギがいた。

「ん? 客人か?」

 女将や案内してくれたウサギさんが、柔らかな毛皮に覆われたいわばフワフ
ワモコモコな感じなのに対し、本からはずしたその目は鋭く、体毛も硬そうで
その成果全体として引き締まった感じに見えるそのウサギは、低い落ち着いた
声をしていた。

(な、なんか予想外なお人が……。)
(こら、リック!失礼だぞ。)

 小声で話すリックとリリアにラズロも加わる。

(む、ひょっとして雄体?)
 
 ラズロがそうつぶやいたのが聞こえたのか、長い耳をピクリと動かすと、笑
いながらほんを置いた。

「ははは、どうやら客人は兎族の村は初めてのようですな。確かにわしはあな
た方で言うところの男、雄というべきかどうかは悩むところですが、とにかく
男にしてを村長やっておる、ワムといいます。」

 そこで案内をしてくれたウサギさんも振り返って、

「あらあらあら、そういえば自己紹介まだでしたね、一人娘のミノです。」
「あ、アベルです。」
「ヴァネッサです。」
「リリアです。」
「ラズロといいます。」
「リックです」

 ミノのあいさつに、あわててみなも挨拶を交わした。

「ふむ、それでこんなところに何か御用ですかな?観光するには面白みもない
と思いますが。」

 女の子二人は、「いいえ堪能させてもらってます!」といったところだった
がそれには触れずに、ヴァネッサは手紙を出して見せた。

「ふむ、わし宛のようじゃな。」

 中に目を通した長はうなづいた。

「あの子も香草の採取ぐらいで律儀なものじゃのう。」
「それでは?」
「うむ、管理しているといっても山は誰のものでもない。荒らすのでなければ
すきにするとよい。」
「ありがとうございます。」

 ヴァネッサが頭を下げるのに続いて四人も頭を下げる。

(それにしても、あの子って……ウサギは年がわからないからなぁ。)

 アベルのみならず、下げた頭の中では似たような疑問がいっぱいの5人だった。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
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2007/08/08 23:13 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
MT「3. 裏路地と松葉杖」/ライアヒルト(Caku)
PC:アンシェリー、ライアヒルト
NPC:恋人ブランシュー、第五派閥連絡者、宿屋の女将、剣士の一団、ギルドの屈強な親父
Place:ルバイバの裏路地→宿屋→ルバイバのギルドカウンター
--------------------------------------------------------------------
眼下に広がるのは帰り支度を終え、帰路へ向かう人々。
家々の窓には暖かい灯がちらりほらりと灯り始め、一応に帰路を歩む人々の顔には今日一
日を無事に、あるいは円満に過ごしたという安堵と疲れが見える。

「あの少女ですか」

その人々の中の一人に焦点をあてる。重そうに荷物を抱える黒い髪の少女。特徴が分かる
のはそれぐらいで、目深にマントを羽織っているので、そのマントからはみ出た黒髪と、せい
ぜいの背丈程度しか判別できない。
その手の中に不気味なほど青い二冊の本を見つけて目を細める。少女の外見からして、魔
道書市にでかけてきた魔法使いだろう。運が悪いとしかいいようがない。よりによってあの二
冊を同時に購入してしまうなどとは…

「ですが、好都合ですね。せっかくですから”回収”させていただきますよ」

彼女に本を売った露天商はつい先ほどぺらぺらと少女の外見を語った。おそらく彼本人に
も後ろ暗いことがあったのか、あるいはその本を買ったときからマズイ物だと勘付いていた
のか…とにかく、銀貨二枚という高値で仕入れた情報は本物だったらしい。煙突の上にたた
ずみながら、眼鏡の位置を直す。

「"聖なるかな、聖なるかな。かくも深い災いの両足を切り落とせ"」

思わず歌い始めたフレーズ、いつもの神父服ではなく、専用の真っ黒な服装の懐から小さ
な巾着袋を取り出す。中身は劇物としてほとんどの国で指定されている強力な麻薬。主に
脳へ作用するらしく、少量を嗅ぐだけでも大抵の人間は興奮状態になり、我を忘れる。

「"聖なるかな、聖なるかな。かくて欲深き娘の足を削ぎ落とせ"」

最初はツンとする臭いが、徐々に甘い香りに変わっていく。そのまま嗅ぎ続けるのかと思い
きや、いきなり袋を噛み千切って中身ごと摂取してしまう。

「"聖なるかな、聖なるかな。そして悪意より持てるもの全て剥奪せん"」

口元についた葉を拭い取り、笑みを浮かべる。
少女は裏路地に入った。残念ながらそこは”当たり”で、先ほど神父が魔術で作った魔力に
よる回廊が待ち受けている場所だ。他者が引っかからないように特定の要素を持つものだ
けに反応し、生成されるようになっている

「…ははは、はははははははははははははははははは!!」

そういえば、と狂っていく脳内である事を思い出す。もう時間は夜半、なにか約束があったよ
うな気がする。とてもとても大事で恐ろしい約束だ、なんだろうか…?だけれど、なんだか楽
しくなってきたので些細な記憶を放り投げる。楽しみが目の前のワナに引っかかったのだか
ら、そろそろ相手をしてあげないと。
のちにそれが、このルバイバでの任務に悪影響を与える悪因だとは思いもよらなかったラ
イアヒルトであった。
---------------------------------------------------------------------------

「…」

眼下の少女は絶句している。そりゃそうだ、真上に逆立ちして笑顔で笑ってる眼鏡の黒ずく
めがいたら誰だって絶句する。あははははははははは、反応が可愛いね。そう思ってたら
本気で笑ってる自分がいた。さらにそれに大爆笑する。あははは、あはははははは。

「あの、通りたいんですけど…」

声は意外と落ち着き払っている。だけど真性の変態や異常者に出くわした経験は少ないの
か、語尾がちょい震えてる。

「はは…はははははは!OKよしわかったどいてあげようか?でもここは魔術で出入り口が
誤魔化されてるから簡単には出れないよ。はははははは!どうしよう困ったねぇ!!」

ほら神様の名の下なら、罪と罰もそこそこ軽減される。残りは働き分でカバーしてくださるだ
ろう。なんたって自分ほら、神様の奴隷だし。奴隷の責任は主人の責任だし?ふざけなが
らも狂信は揺ぎなく足に呪いを寿ぐ。さっきから逆立ちしてるのは、足を床につけないため、
実にわかりやすい!

「…何か用ですか?」

困惑と警戒が最大限に混じった声に、逆立ちしたまま答えてあげる。

「緊張してる?そりゃそうだ!目の前にいるのは逆立ちして笑ってる狩人だからね!それは
そうと、君の持ってる青い本二冊が目的なんだけどどうだろう?本を二冊置いてくか、足を
二本置いていくかセレクトしてくれないか?あぁなんなら腕でも目でもいい、二つが無理なら
一つでも?あははははは!じゃあ首なんてどうだろう?」

少女の気配が警戒から嫌悪に変化。嫌われちゃったけど全然平気、なぜならこう見えても
人類史上稀にみるマゾヒストだから!はははっ、むしろ嫌って嫌ってくれたほうが燃えるで
しょ?
そんな阿呆なことを言っている間にも、どくどくどくどく心臓から下半身に血液が搾取されて
いく。これこそ我がイムヌスの呪いこと代償呪術と呼ばれる超ローカル家系病。真っ赤に発
光する両足を今地面につけるわけにはいかない。逆立ちなので眼鏡がずり落ちそうになる。

「…」

少女はとっさに身を翻してこっちとは反対方向の方向へ走り出す。同じく自分も逆立ちから
跳ね上がって一回着地、と真っ赤に発光する両足が地面に接して、

ゴバァン!!

「!?」

予想だにしなかった衝撃音で思わず少女が振り返る。とそこには路地の横幅まで広がるク
レーター。と、その隙にジャンプしてた自分が少女の前に着地、とまた亀裂音でこちらを振り
向く少女。我知らず後ずさりをする。

「…!!」

「逃げてみる?それとも戦ってみる?好きなほうをセレクトしてくれていい!うむ、僕ら人は
戦うために生まれてきたんだからねぇ。困難にあっては剣を振るい、苦難にあっては盾を掲
げ、破滅にあっては矛を向ける!」

「…」

避けられる戦闘ならば、しかも相手は狂人ーーーー。今まで逃げの基本思考だった少女の
目つきが変わった。フードを被っていて目つきとそこからはみ出た髪色しかわからなかった
が、少女は悪魔に立ち向かう騎士のように自分の前に立ち直った。ぴんと背筋を伸ばし、ハ
の字に開いた足に呼吸を正す。

「どこの誰だが知らないけれど、あなたみたいなわけの分からない奴に今日の成果を渡す
わけにはいかない」

「OK、OK!実に人間らしいセレクトだ!それでこそ人間だ、まっとうな仕事や戦勝にはそうと
うの結果と褒美が必要不可欠!」

「面倒な…」

少女の心底呪わしいとばかりのその一言。麻薬と狂信で身を隠したライアヒルトにとっては
恍惚に近い一言だった。
そして、二人とも互いに沈黙しーーーー…同時に互いに向かって駆け出した。
---------------------------------------------------------------------------
ライアヒルトの疾走に、路地裏の大地は次々と断裂を起こしていく。
そのまま突っ込む、と見せかけて手前で大地に両手をついて両足を跳ね上げた。目前に鎌
首をもたげた蛇のように向かってきた真っ赤な足に、少女はとっさに立ち止まり、短い詠唱
文句を唱え杖を前にかざす。

「!?」

驚きはライアヒルトのもので、とっさに両手を離して空中で回転する。少女のやや離れた後
方に着地し、路面を深々と抉ってしまう。先ほど両手をついていた路面にはぽっかり穴があ
いている。と、足元に自身の足以外の振動。大地を蹴り上げ、建物の壁面を破壊しながら
駆け上がる。次々とライアヒルトが着地する大地が歪な形にーライアヒルトの両足によるも
のではなくー変形していく。さながら粘土のようだ。

「センスがいいね!」

ライアヒルトの戦闘法は純粋な格闘技、それも大きな動作や隙のある足技中心である。格
闘技は全身運動なので足場が重要である、ライアヒルトの攻撃志向を見抜いて、本体を攻
撃よりも足場を崩すことで対応してきた。
建物の壁面を思い切り蹴る。その動作が引き金となって建物が音を立てて崩れていく。

(今だ!)

空中では足場がない。少女はその機会を逃さず電撃を放つ。握り締める杖から青白い数百
の雷の蛇が生まれ、空中に飛んだ男に直撃する!

建物が崩壊し、土煙が立ち込める。轟音に紛れて雷撃を喰らったライアヒルトの姿は見え
ない。油断なく、周囲を見つめて杖を構える。
音は静まり、夜が広がる。崩れた建物は物理法則以上の動きを見せなかった。

「……」

さらに二分。じっと待つが気配はない。どこかでパリン、とガラスが割れるような音が聞こえ
る。実際の音ではない、魔力があるものだけに届く魔力の音だ。
おそらく施行者が倒れたことで、先ほどの男がいっていた”魔術”が解けたのだろう。ここに
長居をしていても良いことはない。少女は最後にちらりと瓦礫の山を見て、来た路地裏を駆
け足で戻っていった。
---------------------------------------------------------------------------

少女は息を切らせて自室に戻った。あの男は一体何者なのか、過去に色々な事件を起こし
たり巻き込んだりしたが、あの手の狂人に付きまとわれるようなことはしていない。恨みを買
われてしまうことはあるかもしれない、と相手の男が本がどうたらこうたらと言っていたのを
思い出す。

「この本?」

空と海の色をした、タイトルなしの青い装丁の本。扉の前で、おそるおそる開けてみようと装
丁に手をかける。

…開けてしまえ

咄嗟に二冊の本を投げ捨てた。声が聞こえたのだ、「開けてしまえ」というメッセージ。暗闇
の中でさえ冴え冴えと青くきらめく二冊の本。それは闇の中で不吉なほど明るく輝くように見
えた。

「面倒な本を買ってしまった…」

これからのことを考えて、どんよりとした気分になる。とりあえず二冊の青い本を見ないよう
に慎重に杖で壁際に寄せる…とパキンと軽快な音を立てて、杖が三分割に割れた。

「あぁ!?」

杖の断面が真っ赤に光っていた。その赤光はあの男…両足が真っ赤に光るあの襲撃者の
ものだ。赤い光は少女を笑うように一際艶やかに輝いて…ふぅっと色を失くした。考えられる
のは最初の一撃、目前に迫った赤い両足の前に杖をかざしたあの時ぐらいしか考えられな
い。あとに残ったのは呆然と立ちすくむ少女と不吉に輝く青い本だけであった。
---------------------------------------------------------------------------

それから八時間後。
ルバイバの一部の建物が崩落したらしい、と朝のニュース程度に噂されているある穏やか
な朝の宿屋。




「最っっ低っ!!ラーヒィなんか知らないっ!!」



どうやら本気で怒らせてしまったらしく、思いっきり部屋から突き飛ばされて廊下にぶん投
げられた。彼を突き飛ばした鉄製の鞄が壁にぶつかる音と自身の肋骨が折れる音が同時
に脳内で火花を散らした。下半身が不自由なので、背中から派手に倒れる。同時に部屋の
扉が強引に閉まる大轟音。

「勝手に一人で大量出血で野垂れ死ねっ!!」

部屋の中から放たれた甲高い少女の怒号と共に、外に放り出された神父は情けない顔で
起き上がる。隣部屋の中年の冒険者がにやにやしながら見ているのに気がつくと、肋骨の
辺りと腰をさすりながらも、のほほんとした顔で会釈する。鼻で笑って部屋に戻る冒険者を
尻目に、周囲を気にせず情けない声で叩き出された扉を叩く。

「そんなに怒らないでください、ってブランシュー?僕です、貴方のライアヒルトですよー?」

「知ってんわよこの馬鹿っ!しばらく帰ってくんな鈍間っ!というか二度と面見せるな屑
っ!」

酷い言いようである。通り過ぎる剣士の一団が好奇と怪訝そうに眺めながら過ぎていく中、
神父はしばらくぐだぐだご機嫌取りをしながら扉を叩くが、一向に扉が開く気配がないと分
かり、盛大にため息をついて、扉にずりずりと寄りかかりながら座り込む。

「あぁ神様ひどいです…僕が何をしたと…!!いえ、したんですけどね…」

”彼女”との今回の原因は、”彼女”の約束を破ったことだった。ルバイバに着いてから、貴
族お抱えの高級料理店の予約を取り付けた”彼女”は、それこそここ数年ぶりになるかと思
うぐらいのはしゃぎようであった。ちなみにライアヒルト・ジュスト神父のような一介の神父給
料ではとてもじゃないが入れない額の金貨が飛ぶ場所である。問題はその約束の前に“仕
事”が始まってしまったことであった。しかも、それに失敗した挙句、その後例の”輩”に嗅ぎ
付けられて一戦を交えていたのだ。

よりによって、いつもこういう時に来るのか、ライアヒルト神父は頭を抱えた。結局“仕事”は
明け方までかかり、ぎりぎり軽傷ながらも宿泊していた宿に戻るなり、最後に重傷(肋骨骨
折)を食らったという、笑えないオチである。

正直、部屋に入るなり旅行用鞄(とある事情により鉄製)で殴られては人間ちょっと終わる。
ただでさえライアヒルト神父は寿命を切り売りして“仕事”をしているというのに、これ以上削
られては本気で”彼女”の同属化を考えねばならない。割と早急に。

一緒に叩き出された松葉杖を泣きながら掴んで、のたのたと宿屋の階段を下りていく…と途
中でこけたらしい。絹を切り裂くような叫び声を上げながら、また轟音。足、というか杖を踏
み外したらしい、先ほどから一部始終見ていた宿屋の女中は、自分の尾っぽを追いかけ続
ける駄犬を見るような、生温い微笑みで、その姿を見守っているのであった。



---------------------------------------------------------------------------

「【追跡者】を増員したい?」

同僚ことイムヌス教第五派閥【追跡者】の連絡者はいい加減飽き飽きしたように言った。

「無理を言われても困る。そもそも組織を見ても五十人いるかいないかなんだぜ、そんなこ
とアンタのほうが分かってるだろ?一つの任務でそうそう重複させれる余裕なんてないぐら
いのことは、それにブラザー…あんたには聖女様がついてるじゃねぇか」

「そんなぁ…困りますよぅ。あんなに怒ってる”彼女”にその単語は、僕の処刑の合図みたい
なもんです。嫌だ!まだ死にたくないっ」

「…いいんじゃね?死ねればアンタの大好きな神様の下にいけそうだし、って無理か、アンタ
どう見ても次期七十八番目だぜ」

すがり付いてくる神父の鼻水と涙が服に付くまえに、相手の松葉杖を蹴る。神父はこれまた
情けない悲鳴をあげてべちゃっと床に落ちた。ちなみに彼の言う「七十八番目」とはイムヌス
教七十七悪魔のことで、現在書に刻まれている数は七十七体である。

「んな冗談止めてくださいっ!僕はまっとうな余生で幸せな家庭と可愛い三つ子希望なんで
すっ!!」

「あのサド吸血鬼でまっとうな余生と幸せな家庭と三つ子は無理だろ…どう考えても未来は
薔薇色だよかったなぁ【ブラザー・タップダンス】」

「薔薇色ってどう見ても真っ赤な血の色ですよね?ねぇーーーー!?」

感極まったのか、あるいは人生に絶望したのか、しまいにはわーんと泣き始める始末の三
十路男に、連絡係はひげを抜きながらうんざりした様子で話しかける。

「…とにかく、生憎近場で動かせる【追跡者】がいないんだ。どんなに最寄の奴を引っ張って
も来るまでに山脈越えで九日はかかる。仕方ねぇならギルドで要員を補充してくれ、くれぐ
れも【追跡者】の名前は出すなよ」

「神様ぁ!僕にどうしろと!!こう見えて思いっきり障害者な僕一人で悪魔なんて狩れるわけな
いじゃないですかっ、ただでさえ僕って内気なのに!」

「はいはい、その前に仕事仕事。"アルス・モンディの書"を回収してこい」

連絡担当の男は、はやくこいつの担当からはずれたいな、と真剣に異動願いを提出しようと
心に誓った。しまいには乙女座りでのの字を書き始める三十路を横目にしながら。

---------------------------------------------------------------------------

「あうぅ…えぐえぐ、ひどいです神様聖女アグネス様…ただでさえ安月給で命を張るお仕事
なのに、僕なんか寿命間引いてまでお仕事してます。なのに、どうして報われる気配がまっ
たくもってゼロなんですか、むしろマイナスです…」

ぐすぐすと鼻水を啜りながら、ギルドの門をくぐる。
松葉杖をつきながら歩いているので、人よりも歩みが遅い。ギルドからすれ違った体格の良
い一団にぶつかってまたこける。悪意はないが、さりとて好意もないのか、一団の槍兵や剣
士はこけた神父を笑いながら大またに歩み去っていく。僧衣服の下で、両足をがんじがら
めに締め付ける鎖が露になって、慌てて裾を隠す。乙女の仕草である、三十路の神父がや
ってもあまり可愛くはない。

ようやくギルドのカウンターまで辿り着く。通常生活や一般行動において身体障害者のライ
アヒルトだけでは、“仕事”こと悪魔狩りは難しい。いつもなら恋人兼絶対君主の“彼女”が
付き合ってくれるのだが、今回ばかりはそんな提案をしたら本気で心臓を千切られる。ちな
みに二人の出会いは有刺鉄線の張り巡らされた城跡の拷問部屋であり、初めてのキスは
首筋で(キスと表現して動脈を噛み千切られかけてました)失血死寸前という、ライアヒルト
25歳の血染めの春であった。

やっと辿り着いたカウンターの前で、一息をつく。そして傭兵あがりらしい屈強な腕で酒瓶を
磨いている男主人に声をかける。

「こんにちわ、僕はイムヌス教の巡回神父ことライアヒルト・ジュストといいましてですね…」

「なんだい、神父なんかが来る場所じゃないよ」

ひどいもので、酒場の主人すら相手にしてくれない。ここで食い下がるライアヒルト、根性は
無いが罵詈雑言罵倒拷問調教などのジャンルには驚異的な耐性が身に染み付いている。
これぐらいでは諦めない。

「うぅ、聖書の押し売りとかじゃないんですよぅ。お仕事の募集なんですけど、可愛いくってそ
こそこ腕の立つっぽい美少女とかいませんかね?あ、性格は優しくて思いやりがあって、家
庭料理ができて…」

「神父さんよ…それだったら売春宿か田舎で探してくれねぇか?」

「う、嘘です!えぇちょっとしたお茶目なジョークですっ!!
ランクは問いませんから、あと男女も問いませんからとりあえず最低限自分の身だけは自
分で守れるぐらいの方を一人、紹介していただけませんかね?あ、誰でもいいんですけど、
条件が一つだけ」

ライアヒルトはそこで指を唇に当てて、にこりと笑った。

「足が丈夫な方で、お願いします」


--------------------------------------------------------------------

2007/08/24 01:43 | Comments(0) | TrackBack() | ○まじかる★たっぷ
ファランクス・ナイト・ショウ  8/ヒルデ(みる)
登場:ヒルデ、(クオド)
場所:ガルドゼンド -イェッセン伯領ヒュッテ砦
--------------------------------------------------------------------------------

 ――とりあえず、高い所を目指そう。

 とある諺が頭をよぎるのを一生懸命否定しながら、ヒルデは城壁の上辺りに出る道を求めて砦の中を彷徨っていた。一応隕石が落ちる前に少しはうろうろしたので構造は大体把握しているつもりだが、何分砦の中は敵が簡単に攻め込めないように複雑な造りになっていて、なかなかに面倒くさい。加えて、ティグラハット軍の攻撃が思ったよりも激しく、かなり奥まで攻め込まれつつあるという事実が事態をいっそうややこしくしているのだ。

 数箇所で起きていた戦闘をなんとかやり過ごし、ようやく辿りついた目的の階段の前で見覚えのある顔を見て、ヒルデは思わず立ち止まった。
 何故か装いは一般兵のような軽装だが、リボンで封印してあるあの特徴的な剣は忘れようと思ってもなかなか忘れられる物ではない。軽装なのは敵襲に対応するために最低限の装備で打って出たからだろう。――つまりは、それだけ腕に自信があると言う事か。

 声を掛けてみようか。一瞬、そんな益体も無い考えが頭の中に浮かぶ。即座に頭を振って否定した。――馬鹿馬鹿しい。大体、この状況でどうやって交渉すると言うのだ。

 少し後ろ髪を惹かれているのを断ち切るようにヒルデは元来た方へと振り返った。ここの階段が使えない以上、城壁の上から脱出するのは諦めなくてはならない。
 歩き出そうとしたその瞬間、背後から金属と金属がぶつかり合って響く鈍い音に紛れてボッという何がが燃えるような音が聞こえた気がした。本能の声に従って体を通路に対して平行にするのと、先ほどまでヒルデの半身があった部分を炎で作られた矢が通りぬけていくのがほぼ同時の事。

「つっ!」

 ジュ、という嫌な音を立てて外套に一条の焦げ跡が残る。――後一瞬でも回避が遅ければ自分の腕がこうなっていた。そんな嫌な感触に冷や汗を掻く。

「そこにいるのは誰だ!」

 術を放った魔術師本人から誰何の声があがったのはその直後の事だった。

 石造りの廊下の上では、先ほどの炎の矢が着弾した所を中心にちょっとした火の海が出来上がっている。恐らくは直接騎士をどうこうする為というよりも退路を火で満たしてより戦い難くする為に術を調整していたのだろう。石畳の上でも燃える魔力の炎をわざわざ作り出すとは非常にご苦労な話ではあるが。

「仕方が無い、か」

 溜息をひとつ吐いてヒルデは妖精の外套の術を解く。術者本人だけでなくある程度周りの空間までも隠匿してしまうこの術は、今の状況のように近くに何か変化があるとすぐにばれてしまうのが欠点だ。兜を脱いでおいたのが幸いしたのか災いしたのか、ティグラハットの兵士達は単純にヒルデをガルドゼンドの者だと思ったらしい。前衛の剣士達に護られた魔術師が次の呪文を唱え始める。未だ石畳の上の火は消えず、つまりは退路はない。

「援護は任せるぞ」

 ちょうど一度距離を取った騎士の横をすり抜けて前にでる。「え?」と呟く声は予想に反してずいぶんと若々しかったが、今はそんな事に構っている余裕はない。

 踏み込みながら抜いたフランベルクレイピアを片手に敵陣に切り込む。「"鎧"よっ!」声高に宣言した瞬間、閃光が辺りを包む。音を立てない為に着てこなかった鎧を呼び出す為に超局所的な空間転移が発生、その際に発生した余分なエネルギーが発光という形で辺りに発散されたのだ。

「くっ!」

 ただの光とは言え、至近距離でそれを受けたティグラハットの兵士達は溜まったものではない。ほぼ反射的に目を庇おうとして、バランスを崩す。よろめいた所を盾で殴りつけて道を開け、呪文を唱えきる前に決着をつけようとヒルデは一気に後方の魔術師に向かってダッシュを掛けた。

「……be thousand arrow!!」

 が、走りこみ攻撃を加える前に魔術師の呪文が完成する。両手の間に生み出された赤い玉は、呪文が簡単なワリには効果が大きく熟練の魔術師が使えば一発で大型の熊でも仕留めると名高いファイアーボールを彷彿とさせる。だが、こんな狭い場所で爆発系の呪文なぞ使った日には味方の前衛どころか術者自身も巻き込んで全てを吹き飛ばしてしまうだろう。

「――Sylph God breathe!」

 僅かに聞こえた呪文を勘を頼りに、精霊に働きかけ術を発動させた。神の一息は一瞬だけ凄く強力な風を吹かせる術だ。電撃を飛ばす術等には効果がないが、先ほどのように炎の矢を飛ばす魔法ならばこれでも十分対処は可能なハズ。
 果たして、ヒルデが精霊に声を届かせるのとほぼ同じタイミングで魔術師の手の中の赤い玉は分裂し、無数の炎の矢となってヒルデへとその牙を剥いた。それに併せるように吹く強力な横風。方向を変えた矢に自らの手を焼かれ、魔術師が声にならない悲鳴を上げる。

「ハァァァァァァァッ!」

 持続時間の短い神の一息では防ぎきれなかった炎の矢を迎え撃つように盾を突き出し、そのまま魔術師の体に叩きつける。鞣された皮革コゲる嫌な臭いが広がると同時に、そのまま魂が口から出て行くのではないかと思うくらいに激しい魔術師の絶叫とジュウウウという嫌な音が狭い廊下に木霊した。
 持ち手に熱が回る前に盾を投げ捨て、擦り抜けて来た前衛2人の方へと振り返る。1人は騎士と真っ向から斬り合い、もう1人はまさにこちらに向かって剣を振り上げた所だった。「ッ!」腕の長さをフルに使って振り下ろされた剣に対してヒルデは左肩を内側に引き込むように構え、自分からぶつけに行く事で対応した。ギャィンという耳障りな音に顔を顰めながら右手のレイピアを構える。振り下ろした剣を外側に弾かれた格好となったティグラハット軍の戦士は左手の盾で体を護ろうとするが、全力攻撃をした直後なのが災いして間に合わず、なす術も無く貫かれた傷から持てる命を全て噴き出して倒れ伏した。
 そして、瞬間的に目の前を遮る真っ赤なカーテンの隙間から、向こうの勝負も決着がついたのが見える。とりあえず近場の敵は一時的にとはいえ居なくなったのを確認して、ヒルデは肩の力を抜いた。

 ――さて、なんと声を掛けたものか。私は怪しいものじゃない、とか中々の腕前だな、とか意味があるんだかないんだかよく分からない言葉が頭の中を駆け巡るが一向に口をついて出ない。結局、相手の対応に困ったような顔に居たたまれなくなって飛び出した言葉は「二日ぶりだな」という、本当に意味があるのかないのかよく分からない言葉だった。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 ヒュッテ砦攻防戦から数日後、ガルドゼンド国内某所にて

 真昼間の人が少ない酒場で、2人の男が話をしている。というよりも、1人の男が勝手に知っていることを捲し立てて、もう1人が相槌を打つという感じではあるが。

「知ってるか?ティグラハットの連中がまた反乱を起こしたらしいゼ」

 最近の狩場はどこだとか、あるいは遠くの国で何があったとか。男の話はとりとめがなかった為、もう1人の男――アイザックは話が進めば進むほど聞き流してグラスを干す事に専念していた。が、「そういえば、」と前置きして話し始めた内容は彼の注意を引き戻すには十分すぎる効力を発揮する

「マジか。また戦争になるのか!?」

 自慢ではないが、アイザックは争いとかそういう類のものはガルドゼンド国内で1番苦手としている人間のうちの1人だと言って憚らない。その話題でからかわれる時には、「うちは祖父の代から平和主義なんだ」と、血筋を持ち出す程に筋金が入っている。そんな彼にとって、たとえ自分が直接関係する可能性は少ないとは分かっていても戦争再開のニュースはこの上ない凶報に他ならなかった。
 そんな聞き手の心情を知ってかしらずか、語り手の男は自慢げにつらつらと知ってる事を並べていく。

「しかもヤツらはもう電撃作戦でヒュッテの砦を陥落して、それからの宣戦布告。なんでも今回の神輿は前王家の関係者らしいぜ?『不当に二世紀半も王座を占拠したパフュールを駆逐して本来の故郷を取り戻す』なんて言ってるらしい。いやぁ、勝つ気満々だねェ」

「な、なるほどねぇ。まともな統治者ならむしろ歓迎したいくらいだけど、俺が住んでる辺りで戦いはじめるのだけは勘弁して貰いたいな」

 ソレがアイザックの正直な感想だった。凶王のよくない噂は枚挙に暇が無いし、あれよりも悪い統治者が存在するとは思えない。だから頭が変わる事は喜びこそすれ困る事はないと思っているが、なにしろ過程が大問題だ。しかも、ティグラハット軍がヒュッテを抜けて北上中となればヒュッテと王都の間にあるこの街は避けて通れない要所であり、そしてあの凶王が街を戦場にする事を厭うとは思えない。

「そうだな、もうすぐここらへんを王国軍が抜ける頃だからもうちょい南で戦う事になるんじゃねぇかな。おっと、噂をすれば影だ。ハウンド様のお出ましだぜ」

 男がそう言ったとたん、本当に蹄が地面を蹴る硬い音が無数に聞こえてきた。なんとなく、語り手の男が本当に騎士団がココを通る時間を知っていたのではないかとか思ってしまうくらいにタイミングのいい登場にアイザックは苦笑する。いつもならタンスの中に潜り込んでブルブル震えるくらいの恐怖を感じる兵達の行進が、なぜだか何かの冗談のように感じられてくるから不思議だ。

 街のメインストリートを黒い甲冑に黒兜の黒尽くめで全身を固めた騎士達が行進していく。本来国を護る希望であるハズの彼らも、黙々と列を一糸も乱さす進んでいく姿は真逆の印象――つまりは全てを死に誘う死神の群れにしか見えない。実際、彼らが通り過ぎる間通りに面した家に住む住民は総じて窓を閉じ、息1つ気取られないようにじっと身を潜めていた。
 そんな中、目の前の男だけは暢気に窓の隙間から外をのぞいて、「おーおー精鋭部隊とは思えない程しんみりしたこって」というわけの分からない感想を述べていた。

「そういえばアンタやたらと事情に詳しいけど、どこからそんな情報を仕入れたんだい?」

 外の様子を見ている金髪の男を見ていたら、なんとなくそんな疑問が浮かんだので投げつけてみた。「ん?」と酒場の中に向き直った男はニヤリと笑って

「なぁに、蛇の道は蛇って言うだろ?」

 なんて言い放つ。左右に分けた金髪の下で、青い目がいたずらっぽく笑っていて本気なのか冗談なのか今ひとつよく分からない。

「まぁ、どちらにしてもまたきっとすぐに反乱軍は鎮圧されるだろう、この前のように」

 それはどちらかと言うと自分を納得させるための言葉。この前のように圧倒的な兵力差でもってすぐに決着はつく、という自己暗示のような意味を持つ言葉だった。
 だが、この正体の分からない事情通はそんな気休めすらも許さない。

「どうだろうな、今回は前とはちぃと事情が違うかもしれんぜ?」

「と、言うと?」

 問い返すアイザックに、ビッと指を立てて説明する謎の事情通。

「ただの反乱だった前回と違い、今回はティグラハット側が神輿を立てているっていう話さ。前王家の関係者、ていうな。つまり、実態は同じとしても今回のヤツラには大義名分がある。新しい神輿を担ごうと集まるヤツもいるかもな」

「ティグラハットに同調する貴族が出る、という事か……?」

「もちろん、確実に出るたぁ限らねェ。その気があるなら1回目で蜂起するだろうしな。ただ、人間が行動を起こすには理由ってヤツがが必要な時もある。前王家の復興なんざ、その理由としては手頃だよな」

 男が喋り終えた後の静寂を、コップを磨くキュッキュという音で誤魔化す。なんとなく喋り辛くて、アイザックは男が語った内容に思考を集中させてみた。

――前回は兵力で勝っていたから一方的に勝つする事ができた。でも、もし貴族が寝返ったらそれだけガルドゼンドの兵力は減り、ティグラハットの兵力は増す。これから寒くなる以上戦争は早く終わらせたいだろうし、正直今の王にそこまで人望があるとは思えない。さっさとティグラハット側について戦いを終わらせようと考える者は少なくないのではないだろうか。

「まぁ、貴族様にゃ俺様達庶民にゃ分からないしがらみとかがついて回るから、実際どう動くかはわかんねぇけどな」

 まるでアイザックの考えを見通したかのように男は言う。
 その奇抜な一人称も含めて、そろそろこの得体の知れない男が何者なのかという疑問がむくむくと頭をもたげて来るがアイザックは努めてそれは考えないようにした。古人曰く、『好奇心猫を殺す』だ。幸い、まだ俺の平和主義センサーに反応はない。彼の言う事を聞き流しながら笑ってるだけなら、まだ俺の身は安全のハズ。

「まぁ、確かにな。しかし困ったな。何かあってからじゃ遅いけど何かあるとも限らない状態、か。……なぁ、アンタはこれからどうするんだ?」

 表面上の態度が変わらないように細心の注意を払いながら、会話を続ける。男に少し踏み込んでしまう発言ではあるが、困っているのも本当だった。例えばここが戦場になるとしたらどこに避難するのか。どうやって避難するのか。そもそも本当にここが戦場になるのか。男の予想はさもありそうな話だが、それが本当に現実のものともアイザックには分からないのだ。

「そうだなぁ……ハンディラグとは一度ガチで殴り合ってみてェとは思ってるけどな」

「はァ?」

 予想の斜め上どころか料理の質問をしたら闘牛の答えが返ってきたような答えに思わずアイザックの目が点になる。時間を掛けて目の前のどうみてもヒョロっちい男が何を言い出したのか理解が進むと、今度は止められない笑いが込みあげて来た。

 ひとしきりアイザックがひとしきり大笑いする間も、男は先ほどからまったく変わらぬ笑みを浮かべている。その様子を見て、ようやくアイザックも自分がからかわれただけだと得心がいった。

「はっはっは、まったくアンタも人が悪いな。危なく信じちまう所だったじゃないか」

 そうこうするうちに段々と日は傾き、酒場にちらりほらりと人影が集まってきた。他の客の応対に追われているうちに、不思議な客は金だけを置いて帰ってしまったらしい。せっつく客の声に追われて自分がまだ日常にいる事を実感するアイザックだが、その心のどこかでやっぱりこれから起こるであろう戦いが抜けない棘のように刺さっているのだった。

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2007/08/24 01:46 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
Rendora-10/クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール
場所:クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
――――――――――――――――

もう一度クロエが倒れた古木を谷底に落として
焚き木を足したのを除けば、平穏な夜だ。

夕闇に染まる谷底はさらに寒さを増し、焚き火から少しでも離れれば
あっという間に体温を奪っていってしまう。
それほど入り組んだ地形でもない谷底にある、わずかな出っ張りの隅で
二人は火を囲んで座っていた。

膝を抱えると、スカートに染み付いた焚き木の匂いが鼻を通る。

それから顔をそむけるように、クロエはアダムのほうをちらと見た。
アダムは鞄から取り出した金属の筒を、やはり金属製の爪でこじあけている。
尋ねると、缶詰という保存食の類だと彼は答えた。

クロエが多少癒したためか、アダムはさきほどより動けるようになっていた。
が、それでもこの谷底で食料を確保して料理するまでには回復していないらしく、
こうして貴重な缶詰の封を開けている。

まじまじとそれを見ていると、アダムは手を止めた。
そして困ったように笑い、缶詰を開けていた道具を差し出してくる。

「やってみる?」
「いいんですか!?」

ぱっと顔が輝くのを自覚しながら、クロエは嬉々として頷いた。

「ふちにツメを引っ掛けて…そう、そんでもって押して…」
『クロエ、逆だよそれー』
「こうですか?」
「いや、上下逆ってことじゃなくてね…」

アダムとシックザールの声を背景に何回かやってみるものの、
どうにも上手くいかない。危うい手つきのクロエを見るアダムは、
顔を見て察するに缶を引っ繰り返されることを恐れているようだった。

「か、代わろうか」
「そのほうがいいみたいです」

苦笑して、素直に缶を明け渡す。手早く蓋を開けながら、アダムが尋ねてくる。

「ラドフォードには缶詰、ないんだ?」
「どうでしょう?少なくとも100年前はこんな便利な物見たことありませんでした。
今は…あるのかわかりませんが」
「そっか…クロエさん、起きてからラドフォードにいたのって一日もないんだよね」

なにげなく放たれたその事実に、はたと動きを止める。
同時に「しまった」という顔で、アダムも一瞬手を止めた。

「ごめん」
「いえ…気にしないでください。あれ以上ラドフォードに留まっていたら、
むしろ離れられなくなっていたかもしれませんから」

微笑して返すが、アダムはそれは建前だと受け取ったらしい。肩を落として、
開いた缶詰に直接フォークを突っ込む。
アダムに食欲がないのははた目にも明らかだった。
あまり噛まずに缶詰の中身を口に掻き込んで、一言も発することなく数分で
質素な食事を終わらせてしまう。

「俺、そろそろ寝るね」
『えー。もうー?』
「そうだよ。怪談でも話せってのか?」

カラン、と空になった缶にフォークが当たって音をたてる。
その音に我に返ったクロエは頷いたが、既にアダムは焚き火にあてて
乾かしていた薄い毛布のようなものを引っ張っると、鞄を枕にして
岩と岩の間に身体を横たえようとしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください」

慌てて制止する。しかしアダムは背に当たる石の感触に顔を
しかめながら言った。

「あぁ、大丈夫だよ。何時間かしたら見張りするから」
「違いますっ」
「?」

立ち上がり、疑問符を浮かべたアダムと焚き火から少し離れる。
アダムはそのまま動きを止め、ぽかんと事の成り行きを見ていた。
それには構わず、呪文を呟いてさっと身を翻す――

一瞬後には、川に沿って竜の姿で横たわっている。
がらがらと音を立てる石原を腹の下に敷いて、ゆっくりと
アダムのほうを見る。半身を起こした青年は、まだ呆気に
とられた顔でこちらを凝視していたが。

一日に何度も身体を変化させるうち、クロエは確実に距離感を
掴み始めていた。
人の姿であれば声を張らなければ川の流れる音に負けてしまう
距離でも、竜の姿ともなれば話は別だ。
もっとも、相手の心に直接響く念話では距離は関係ないが。

『どうぞ』
「はぁ!?」

すっとんきょうな声をあげて、アダムが冷水でも浴びせられたような
顔で完全にこちらに身体を向けてくる。
クロエは顔をアダムの鼻先に近づけると、さらに地面に顔を伏せて、
額を見せ付けるようにしながら言った。

『石の上で寝るのはつらいでしょう?よかったら私の上に寝てください』
「な、何言ってんの?え、いや…え?」

ワイアーム種族の体には鱗のほかに、わずかだが羽毛が生えている。
わずかといってもそれはクロエの身体全体の割合の話であって、
アダム一人くらい寝転がってもまだ余裕があるほどの範囲を占めているが。

それでも抵抗があるらしく――クロエにはどうして彼がそれほど
ためらうのかさっぱりわからなかったが――アダムはただうろたえている。

『いいじゃん、寝ちゃいなよ。昼間あのずるべたキモ竜に背中から
ダイレクトに落ちて超痛いっぽいじゃん』

面倒臭そうに、シックザール。

『仮に追っ手が来たとしてもそのまま逃げられますし…。
見張りなら私がしているからゆっくり寝ていてください』
「いや、そうじゃなくてね……」

ぺたんと顎をつけたまま、じっとアダムの狼狽ぶりを
上目遣いに見て、一言呟く。

『知っていますか?私を見ると、よい夢が見られるそうですよ』

・・・★・・・

竜の姿のときにはないもの。

人の姿のときにはあるもの。

視界を濁す水。

感情を洗い流す透明な水滴。

羅列すれば"それ"を表す人間の言葉はいくらでもあった。
しかし、クロエはそれの本当の名前について考えたことはない。
そもそも人語をこうして日常的に使う事すら初めてに等しい。

"それ"が何か問いかけたら、アダムは笑うだろうか。
それとも疎ましく感じるだろうか。

(人にとっては…ありふれたものでしょうから…)

ちょうど頭の頂点あたりにアダムの重みを感じる。
ついさっきまで落ち着かない様子で寝返りを打っていたようだったが、
疲労が勝ったのかぴくりともしない。

結局のところ、100年かけても人間は変わりはしなかったのだ。

ふっと、そんな思考が脳裏をかすめる。
人間は優しくなどなっていなかった。それどころかさらに強大で
冷酷なものになっていた。
ぎゅっと胸を締められるような感覚に襲われながら、クロエは
静かに目を閉じる。

脳髄の向こうから音の無い絶叫が聞こえる。

それらを発する者の顔に恐怖などありはしなかった。
ただ驚愕のうちにすべてを取り払われて塵と化していく様を、
クロエは余さず見ていた。

すべてが果てる光景。その中心にいる自分。
その光景を作り出した自分。


『綺麗だった』


(やめて!)

凄惨な記憶に割り込んできた、柔らかい声を振り払うように
目を見開く。
いつの間にか呻いていた。低い地鳴りのような竜のいななきは
谷底で反響し、水音にかき消されていった。

その中で、アダムの寝息が聞こえる。

(この姿になっていてよかった…)


人の姿だったら、きっと泣いていただろうから。


――――――――――――――――
機関車があるなら缶詰くらいあってもいいじゃない。

Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv2
ドキドキ度… ☆★★★★
ほんわか度…☆☆★★★
ヤヴァイ度… ☆☆☆☆★
胸キュン度… ☆☆★★★

2007/08/24 01:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
ファランクス・ナイト・ショウ  9/クオド(小林悠輝)
登場:クオド
場所:ガルドゼンド -イェッセン伯領ヒュッテ砦
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 目の前に背の高い女が立っている。とはいえ、若干上目遣いに彼女を見て“高い”と
思ったクオドの身長が一般的に低いと分類される程度なので、敢えて“背の高い”とい
う形容詞をつけるほどかはよくわからない。
 女は麦穂のように輝く金髪を羽飾りつき兜におさめ、見事な製造えの鎧を身に着けて
いる。手にした細剣の刃は血を弾き、鋭く流麗な曲線を外気に晒している。
 彼女はその剣を鞘へ収めてから、何やら険しい表情をして黙りこんだ。

 ヒュッテの兵でないことは確かだ。しかし敵意は感じられない。
 助けられた礼を言ってこの場を離れるべきか、それとも正体を見極めるべきか。背後
からの悲鳴に振り向きかけた瞬間、女が口を開いた。

「二日ぶりだな」

「……二日?」

 クオドは眉根を寄せた。二日前――この砦に到着した日か。
 まだ二日しか経っていないということに少し驚いた。戦いがあると血と鋼のにおいに
時の感覚が狂う。ずっと剣を振るっていた気がする。張りつめた神経が一瞬一瞬を克明
に認識しようとするせいだと父は言っていたが、本当か嘘かはわからない。少なくとも
父は本心からそう信じていたらしかったし、わざわざ反論するほど納得のいかない話で
もなかった。

 二日前。輝くような金髪の女。ああ、そうか。
 ぼんやりと思い出すと、クオドは半ば無意識の笑顔で「おひさしぶりです」と笑いか
けた。あのときは敵かも知れないと思ったが、助けてくれたのだからきっと違うのだろ
う。

「幻覚だと思っていました」

「姿隠しの術を使っていたからな」

「隠れていませんでしたよ」

「……いや。自覚はないのか?」

 クオドは「え」と声を上げた。相手の問いは唐突に過ぎた。
 どう答えたものだろう。何の自覚を問われているのか。


「――っ!」

 激しい剣戟の音にクオドは今度こそ振り向いた。敵の別働隊を片付けるのに手間をか
けすぎた。その間にこちらの大将が取られては何の意味もない。これは負け戦だと、は
じまる前からわかっていたとしても。

「ごめんなさい、後でまた」

「おい?」

 駆け出す。鉄靴は石床に堅い音を響かせた。心の中で祈る、神よ助け給え。小剣の刃
はもうぼろぼろだ。やがて行く手に光が見え始めると、幾つかの人影がこちらに気づい
て武器を構えるのがわかった。
 構わず突っ込む。剣の一撃を片手半剣の鞘で受け流し、身体を反転させて次を躱す。
水平に流れた刃は一人の鎧の表面を滑ったが、蹣跚めく隙に突破する。

 俄に騒がしくなる。終わりかけていた戦闘が再開する合図。友軍はもうみな倒れてい
た。廊下の奥、狭い階段。唯一立っているのは、背の高い騎士。ひどい傷を負っている
らしい。肩の鎧が砕けて血汚れの赤が妙にはっきりと見えた。
 間に合った。最早棒切れとなった小剣を振るう。板金鎧を叩く衝撃が腕に返る。思わ
ず、関節が白くなるほど強く握る。四方から突き出される切っ先は見事なまでに同時だ
った。“何をできる気でいるの?”、頭の奥で声が聞こえる。

「……まさか一人で突っ込んでくる馬鹿がいるなんて」

 敵兵の一人が呟いた。自分でもそう思う。
 動いたら殺される。動かなければ――

 鼓膜を震わす女の声。光が奔った。悲鳴が重なる。がらがらと重い金属音で周りの兵
士たちが倒れていく。クオドは弾かれたように振り返って、そこに救いの女神を見た。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 脇で馬が嘶いたので、カッツェは「静かにしろ!」と手綱を引っ張らなければならな
かった。遠くに見えるヒュッテの灯は、煌々と瞬いて夜を焦がしている。まるで火災の
ようで不吉に感じたが、離れた森の中からは、城壁の中で何が起こっているのかなどま
ったく見ることができなかった。

 カッツェが目を醒まし主塔から抜け出したとき、厩は既に押さえられていた。が、騎
士の馬は雌だからと別の場所に繋がれていたのが幸いだった。灯の届かない空の家畜小
屋でひっそりと沈黙していた軍馬は、昼間のことなどなかったように、大人しくカッツ
ェに従った。

 馬具をつけ、包囲を掻い潜り、ここまで脱出できたのは間違いなく奇跡だ。
 何せ、怒号と熱気にやられてしまい、どこを通ったのかも思い出せないのだから。

 動物の勘に助けられたのかも知れない。単に運がよかったのかも知れない。安堵する
と同時に、後ろめたさも感じて膝でも抱えたくなった。

 一刻も早く主人に報を届けなければならない。騎士にもそれがわかっていたから、あ
の書置きを残したのだろう。残っていても何もできなかったに違いない。だが、一人で
逃げたのだという罪悪感が胸の奥で重い塊となって、吐き気に似た感覚を催させる。

 ヒュッテ陥落の報を聞いたら、主人はどのような顔をするだろうと、想像するのは簡
単だった。きっと少しだけ顔を強張らせて、それから無理やりつくった柔和な笑みで、
「ご苦労様でした、カッツェ」と労ってくれるに違いない。「クオドのことは残念でし
たが、あなたが無事に戻っただけでも僥倖です」

 馬が蹄で地面を掻いて、畝をつくっている。彼女も落ち着かないようだ。

「……シンシア、だっけか?」

 呼びかけてみる。
 まさかこちらの言葉がわかったわけでもあるまいが、軍馬は首を傾げてカッツェを見
つめ返してきた。動物特有の妙に澄んだ瞳は月光を映してごく僅かに輝いている。カッ
ツェは何か言葉を重ねようかと迷ったが、結局、何も言わないことにした。

 冷え切った空気が頬や首筋を撫でていく。このままではじきに凍えるだろう。
 早く出発しなければならないとわかっているのに、なかなか決心がつかない。

 馬がまた鳴いた。近くに何かあるのだろうか。
 目を凝らしても周囲は暗闇だ。灯りを持てば見つかりかねない。
 ひぃん、と、鳴き声。静寂の後、森の闇から、別の馬の声が戻ってきた。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 エルンが所属する俄傭兵団に与えられた場所は狭く、天幕を三つ張るだけの場所しか
なかった。ヒュッテ砦の内側から立ち上る炊事の煙を見るたびに、どうも釈然としない
思いが込み上げてくる。
 もう冬が近く、夜ともなれば天幕の中も冷えこむ。しかも仲間は酒か女かで殆ど出か
けてしまって人気がないから、更に寒々しい。男ばかり密集しているのも嫌だが。

「なぁ、隊長。ヒュッテを陥としたのは俺たちだろ?」

「んー?」

 不満の声を上げても、相手は気のない返事をして、手元から目を上げすらしない。低
い卓子の前に座りこんで弩の分解に夢中だ。
 かちりかちりと小さな金属音を断続的に響かせて、時折、息を吹きかけてみたりして、
機械弓を使わないエルンには彼が具体的にどのような作業をしているのかはわからない。
集中しているのかいないのか傍目からは判断のつかない表情で手を動かしている。

 鬱陶しがられている気配もないのでエルンは愚痴を続けた。
 汚れ役を買って出たあの指揮官もどうやら手に入れた火力を試してみたいだけで何か
殊勝な覚悟のようなものがあったわけではなかったらしいし、まぁ奴はまだいいとして、
すべてが終わった後で白銀鎧をきらきらさせて、まるで自分達の手柄みたいな顔で入城
なさった騎士様方は何様のつもりだって、考えるまでもなく貴族様でしたね連中は。

「聞いてるんか、隊長」

「んー」

「生返事……」

 エルンが嘆息すると、相手は目を瞬いて、「聞いてるー」と緊張感のない声で返事を
してきた。手元の弩はもう殆ど元通りに組み立てられている。弓の弦を張り直し、台座
に固定する作業をぼんやり眺めながら、エルンは「本当かよ」と疑うようなことを言っ
てみた。

 この俄傭兵団は、食いつめたか別の事情のある冒険者を中心に結成された集団だ。今
回一連の仕事限りで解散という契約であるために仲間意識が薄い。初めに隊の募集をか
けた人間をとりあえず隊長と呼んでいるが、まだ歳若いこの男に例えば忠誠心のような
感情を持っている者はいない。

 彼も普段は冒険者だが、金に余裕があるときにこうして人数を集めて戦争に参加する
のが楽しみの一つなのだそうだ。なんとも趣味の悪い道楽だが、仕事にひどい失敗をし
て以来、評判が芳しくないエルンとしては、その道楽に付き合うくらいしか貨を稼ぐ手
段がなかった。エディウス内乱と今回で、二度目の参加になる。

「じゃあ、俺が何て言ったか覚えてるか?」

「えーっと、何だっけ。昨日の夜のこと?
 星落としは凄かったねー。ずずずず、どかーんっ」

「聞いてねぇじゃん……まぁ、文句言っても仕方ない。
 すごいってか、昨夜はひどい戦いだったな」

 エルンの言に相手は首を傾げた。

「一方的に殴らないと、奇襲の意味ってなくなぁい?」

「そういう意味じゃない。城壁をぶち壊し五倍の兵で突入したってのに、こっちの被害
も変に大きかったってことだ。敵の大将が十人斬りしたから殺さないととめられなかっ
たんだとか、悪魔にやられて小隊単位で全滅したんだとか――不気味な噂も立ってる」

「あー、見たよ、綺麗なおねーさん。戦乙女。
 戦争やってるとたまぁに会えるんだよね。縁起ものー」

「縁起よくないだろ。
 ガルドゼンド側の騎士と結託してたって話だし」

「結託かなぁー? しょんぼりしてたからつい助けちゃったのかも。
 あのこ結局、捕まらなかったんだってさ。あの一門は味方につけたかったのにって、
上の人が悔しがってたよ。何でも、前王家時代には大公だったお家柄だってー」

 けらけらと暢気な笑い声。
 天幕の布地に影が差し、固い声でお呼びがかかった。「隊長殿は居られるか?」
 談笑中断。入り口での短い会話の後、連絡係を見送って天幕の奥へ戻った青年は、整
備を終えた弩に矢を番えて動作を確かめながら、切れ長の目をエルンに向けた。

「出発は明後日の早朝だから、みんなが帰ってきたら準備するように言っといてね。
 目的地はアナウアって言ってたから、たぶんあそこを陥としてからブライトクロイツ
に抜けて、レットシュタインに拠点を確保して……ってところかなぁ」

 エルンが脳裏の地図でその経路を確認する間に相手はさっさと弩を片付けて、「ぼく
もう寝るー」と、天幕の隅で毛布と外套をぽふぽふやって寝床をつくり始めた。

「おやすみなさーい。あとよろしく」

「はいはいおやすみ坊主。いい夢見ろよ」


-----------------------------------------------------------

こばやんの本編補足コーナー!

○前回、クオドが単独で行動していたのは何故?
 →隕石落下シーンから次の登場までに、アプラウトの兵隊が全滅していたため。

○ヒュッテ砦近辺の地形は?
 →見晴らしのいい平野。数km離れれば森もあるらしい。

○NPC多くない?
 →なんのことかなー?

2007/08/24 01:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

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