登場:クオド
場所:ガルドゼンド -イェッセン伯領ヒュッテ砦
--------------------------------------------------------------------------
目の前に背の高い女が立っている。とはいえ、若干上目遣いに彼女を見て“高い”と
思ったクオドの身長が一般的に低いと分類される程度なので、敢えて“背の高い”とい
う形容詞をつけるほどかはよくわからない。
女は麦穂のように輝く金髪を羽飾りつき兜におさめ、見事な製造えの鎧を身に着けて
いる。手にした細剣の刃は血を弾き、鋭く流麗な曲線を外気に晒している。
彼女はその剣を鞘へ収めてから、何やら険しい表情をして黙りこんだ。
ヒュッテの兵でないことは確かだ。しかし敵意は感じられない。
助けられた礼を言ってこの場を離れるべきか、それとも正体を見極めるべきか。背後
からの悲鳴に振り向きかけた瞬間、女が口を開いた。
「二日ぶりだな」
「……二日?」
クオドは眉根を寄せた。二日前――この砦に到着した日か。
まだ二日しか経っていないということに少し驚いた。戦いがあると血と鋼のにおいに
時の感覚が狂う。ずっと剣を振るっていた気がする。張りつめた神経が一瞬一瞬を克明
に認識しようとするせいだと父は言っていたが、本当か嘘かはわからない。少なくとも
父は本心からそう信じていたらしかったし、わざわざ反論するほど納得のいかない話で
もなかった。
二日前。輝くような金髪の女。ああ、そうか。
ぼんやりと思い出すと、クオドは半ば無意識の笑顔で「おひさしぶりです」と笑いか
けた。あのときは敵かも知れないと思ったが、助けてくれたのだからきっと違うのだろ
う。
「幻覚だと思っていました」
「姿隠しの術を使っていたからな」
「隠れていませんでしたよ」
「……いや。自覚はないのか?」
クオドは「え」と声を上げた。相手の問いは唐突に過ぎた。
どう答えたものだろう。何の自覚を問われているのか。
「――っ!」
激しい剣戟の音にクオドは今度こそ振り向いた。敵の別働隊を片付けるのに手間をか
けすぎた。その間にこちらの大将が取られては何の意味もない。これは負け戦だと、は
じまる前からわかっていたとしても。
「ごめんなさい、後でまた」
「おい?」
駆け出す。鉄靴は石床に堅い音を響かせた。心の中で祈る、神よ助け給え。小剣の刃
はもうぼろぼろだ。やがて行く手に光が見え始めると、幾つかの人影がこちらに気づい
て武器を構えるのがわかった。
構わず突っ込む。剣の一撃を片手半剣の鞘で受け流し、身体を反転させて次を躱す。
水平に流れた刃は一人の鎧の表面を滑ったが、蹣跚めく隙に突破する。
俄に騒がしくなる。終わりかけていた戦闘が再開する合図。友軍はもうみな倒れてい
た。廊下の奥、狭い階段。唯一立っているのは、背の高い騎士。ひどい傷を負っている
らしい。肩の鎧が砕けて血汚れの赤が妙にはっきりと見えた。
間に合った。最早棒切れとなった小剣を振るう。板金鎧を叩く衝撃が腕に返る。思わ
ず、関節が白くなるほど強く握る。四方から突き出される切っ先は見事なまでに同時だ
った。“何をできる気でいるの?”、頭の奥で声が聞こえる。
「……まさか一人で突っ込んでくる馬鹿がいるなんて」
敵兵の一人が呟いた。自分でもそう思う。
動いたら殺される。動かなければ――
鼓膜を震わす女の声。光が奔った。悲鳴が重なる。がらがらと重い金属音で周りの兵
士たちが倒れていく。クオドは弾かれたように振り返って、そこに救いの女神を見た。
+ ○ + ○ + ● + ○ + ○ +
脇で馬が嘶いたので、カッツェは「静かにしろ!」と手綱を引っ張らなければならな
かった。遠くに見えるヒュッテの灯は、煌々と瞬いて夜を焦がしている。まるで火災の
ようで不吉に感じたが、離れた森の中からは、城壁の中で何が起こっているのかなどま
ったく見ることができなかった。
カッツェが目を醒まし主塔から抜け出したとき、厩は既に押さえられていた。が、騎
士の馬は雌だからと別の場所に繋がれていたのが幸いだった。灯の届かない空の家畜小
屋でひっそりと沈黙していた軍馬は、昼間のことなどなかったように、大人しくカッツ
ェに従った。
馬具をつけ、包囲を掻い潜り、ここまで脱出できたのは間違いなく奇跡だ。
何せ、怒号と熱気にやられてしまい、どこを通ったのかも思い出せないのだから。
動物の勘に助けられたのかも知れない。単に運がよかったのかも知れない。安堵する
と同時に、後ろめたさも感じて膝でも抱えたくなった。
一刻も早く主人に報を届けなければならない。騎士にもそれがわかっていたから、あ
の書置きを残したのだろう。残っていても何もできなかったに違いない。だが、一人で
逃げたのだという罪悪感が胸の奥で重い塊となって、吐き気に似た感覚を催させる。
ヒュッテ陥落の報を聞いたら、主人はどのような顔をするだろうと、想像するのは簡
単だった。きっと少しだけ顔を強張らせて、それから無理やりつくった柔和な笑みで、
「ご苦労様でした、カッツェ」と労ってくれるに違いない。「クオドのことは残念でし
たが、あなたが無事に戻っただけでも僥倖です」
馬が蹄で地面を掻いて、畝をつくっている。彼女も落ち着かないようだ。
「……シンシア、だっけか?」
呼びかけてみる。
まさかこちらの言葉がわかったわけでもあるまいが、軍馬は首を傾げてカッツェを見
つめ返してきた。動物特有の妙に澄んだ瞳は月光を映してごく僅かに輝いている。カッ
ツェは何か言葉を重ねようかと迷ったが、結局、何も言わないことにした。
冷え切った空気が頬や首筋を撫でていく。このままではじきに凍えるだろう。
早く出発しなければならないとわかっているのに、なかなか決心がつかない。
馬がまた鳴いた。近くに何かあるのだろうか。
目を凝らしても周囲は暗闇だ。灯りを持てば見つかりかねない。
ひぃん、と、鳴き声。静寂の後、森の闇から、別の馬の声が戻ってきた。
+ ○ + ○ + ● + ○ + ○ +
エルンが所属する俄傭兵団に与えられた場所は狭く、天幕を三つ張るだけの場所しか
なかった。ヒュッテ砦の内側から立ち上る炊事の煙を見るたびに、どうも釈然としない
思いが込み上げてくる。
もう冬が近く、夜ともなれば天幕の中も冷えこむ。しかも仲間は酒か女かで殆ど出か
けてしまって人気がないから、更に寒々しい。男ばかり密集しているのも嫌だが。
「なぁ、隊長。ヒュッテを陥としたのは俺たちだろ?」
「んー?」
不満の声を上げても、相手は気のない返事をして、手元から目を上げすらしない。低
い卓子の前に座りこんで弩の分解に夢中だ。
かちりかちりと小さな金属音を断続的に響かせて、時折、息を吹きかけてみたりして、
機械弓を使わないエルンには彼が具体的にどのような作業をしているのかはわからない。
集中しているのかいないのか傍目からは判断のつかない表情で手を動かしている。
鬱陶しがられている気配もないのでエルンは愚痴を続けた。
汚れ役を買って出たあの指揮官もどうやら手に入れた火力を試してみたいだけで何か
殊勝な覚悟のようなものがあったわけではなかったらしいし、まぁ奴はまだいいとして、
すべてが終わった後で白銀鎧をきらきらさせて、まるで自分達の手柄みたいな顔で入城
なさった騎士様方は何様のつもりだって、考えるまでもなく貴族様でしたね連中は。
「聞いてるんか、隊長」
「んー」
「生返事……」
エルンが嘆息すると、相手は目を瞬いて、「聞いてるー」と緊張感のない声で返事を
してきた。手元の弩はもう殆ど元通りに組み立てられている。弓の弦を張り直し、台座
に固定する作業をぼんやり眺めながら、エルンは「本当かよ」と疑うようなことを言っ
てみた。
この俄傭兵団は、食いつめたか別の事情のある冒険者を中心に結成された集団だ。今
回一連の仕事限りで解散という契約であるために仲間意識が薄い。初めに隊の募集をか
けた人間をとりあえず隊長と呼んでいるが、まだ歳若いこの男に例えば忠誠心のような
感情を持っている者はいない。
彼も普段は冒険者だが、金に余裕があるときにこうして人数を集めて戦争に参加する
のが楽しみの一つなのだそうだ。なんとも趣味の悪い道楽だが、仕事にひどい失敗をし
て以来、評判が芳しくないエルンとしては、その道楽に付き合うくらいしか貨を稼ぐ手
段がなかった。エディウス内乱と今回で、二度目の参加になる。
「じゃあ、俺が何て言ったか覚えてるか?」
「えーっと、何だっけ。昨日の夜のこと?
星落としは凄かったねー。ずずずず、どかーんっ」
「聞いてねぇじゃん……まぁ、文句言っても仕方ない。
すごいってか、昨夜はひどい戦いだったな」
エルンの言に相手は首を傾げた。
「一方的に殴らないと、奇襲の意味ってなくなぁい?」
「そういう意味じゃない。城壁をぶち壊し五倍の兵で突入したってのに、こっちの被害
も変に大きかったってことだ。敵の大将が十人斬りしたから殺さないととめられなかっ
たんだとか、悪魔にやられて小隊単位で全滅したんだとか――不気味な噂も立ってる」
「あー、見たよ、綺麗なおねーさん。戦乙女。
戦争やってるとたまぁに会えるんだよね。縁起ものー」
「縁起よくないだろ。
ガルドゼンド側の騎士と結託してたって話だし」
「結託かなぁー? しょんぼりしてたからつい助けちゃったのかも。
あのこ結局、捕まらなかったんだってさ。あの一門は味方につけたかったのにって、
上の人が悔しがってたよ。何でも、前王家時代には大公だったお家柄だってー」
けらけらと暢気な笑い声。
天幕の布地に影が差し、固い声でお呼びがかかった。「隊長殿は居られるか?」
談笑中断。入り口での短い会話の後、連絡係を見送って天幕の奥へ戻った青年は、整
備を終えた弩に矢を番えて動作を確かめながら、切れ長の目をエルンに向けた。
「出発は明後日の早朝だから、みんなが帰ってきたら準備するように言っといてね。
目的地はアナウアって言ってたから、たぶんあそこを陥としてからブライトクロイツ
に抜けて、レットシュタインに拠点を確保して……ってところかなぁ」
エルンが脳裏の地図でその経路を確認する間に相手はさっさと弩を片付けて、「ぼく
もう寝るー」と、天幕の隅で毛布と外套をぽふぽふやって寝床をつくり始めた。
「おやすみなさーい。あとよろしく」
「はいはいおやすみ坊主。いい夢見ろよ」
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こばやんの本編補足コーナー!
○前回、クオドが単独で行動していたのは何故?
→隕石落下シーンから次の登場までに、アプラウトの兵隊が全滅していたため。
○ヒュッテ砦近辺の地形は?
→見晴らしのいい平野。数km離れれば森もあるらしい。
○NPC多くない?
→なんのことかなー?
場所:ガルドゼンド -イェッセン伯領ヒュッテ砦
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目の前に背の高い女が立っている。とはいえ、若干上目遣いに彼女を見て“高い”と
思ったクオドの身長が一般的に低いと分類される程度なので、敢えて“背の高い”とい
う形容詞をつけるほどかはよくわからない。
女は麦穂のように輝く金髪を羽飾りつき兜におさめ、見事な製造えの鎧を身に着けて
いる。手にした細剣の刃は血を弾き、鋭く流麗な曲線を外気に晒している。
彼女はその剣を鞘へ収めてから、何やら険しい表情をして黙りこんだ。
ヒュッテの兵でないことは確かだ。しかし敵意は感じられない。
助けられた礼を言ってこの場を離れるべきか、それとも正体を見極めるべきか。背後
からの悲鳴に振り向きかけた瞬間、女が口を開いた。
「二日ぶりだな」
「……二日?」
クオドは眉根を寄せた。二日前――この砦に到着した日か。
まだ二日しか経っていないということに少し驚いた。戦いがあると血と鋼のにおいに
時の感覚が狂う。ずっと剣を振るっていた気がする。張りつめた神経が一瞬一瞬を克明
に認識しようとするせいだと父は言っていたが、本当か嘘かはわからない。少なくとも
父は本心からそう信じていたらしかったし、わざわざ反論するほど納得のいかない話で
もなかった。
二日前。輝くような金髪の女。ああ、そうか。
ぼんやりと思い出すと、クオドは半ば無意識の笑顔で「おひさしぶりです」と笑いか
けた。あのときは敵かも知れないと思ったが、助けてくれたのだからきっと違うのだろ
う。
「幻覚だと思っていました」
「姿隠しの術を使っていたからな」
「隠れていませんでしたよ」
「……いや。自覚はないのか?」
クオドは「え」と声を上げた。相手の問いは唐突に過ぎた。
どう答えたものだろう。何の自覚を問われているのか。
「――っ!」
激しい剣戟の音にクオドは今度こそ振り向いた。敵の別働隊を片付けるのに手間をか
けすぎた。その間にこちらの大将が取られては何の意味もない。これは負け戦だと、は
じまる前からわかっていたとしても。
「ごめんなさい、後でまた」
「おい?」
駆け出す。鉄靴は石床に堅い音を響かせた。心の中で祈る、神よ助け給え。小剣の刃
はもうぼろぼろだ。やがて行く手に光が見え始めると、幾つかの人影がこちらに気づい
て武器を構えるのがわかった。
構わず突っ込む。剣の一撃を片手半剣の鞘で受け流し、身体を反転させて次を躱す。
水平に流れた刃は一人の鎧の表面を滑ったが、蹣跚めく隙に突破する。
俄に騒がしくなる。終わりかけていた戦闘が再開する合図。友軍はもうみな倒れてい
た。廊下の奥、狭い階段。唯一立っているのは、背の高い騎士。ひどい傷を負っている
らしい。肩の鎧が砕けて血汚れの赤が妙にはっきりと見えた。
間に合った。最早棒切れとなった小剣を振るう。板金鎧を叩く衝撃が腕に返る。思わ
ず、関節が白くなるほど強く握る。四方から突き出される切っ先は見事なまでに同時だ
った。“何をできる気でいるの?”、頭の奥で声が聞こえる。
「……まさか一人で突っ込んでくる馬鹿がいるなんて」
敵兵の一人が呟いた。自分でもそう思う。
動いたら殺される。動かなければ――
鼓膜を震わす女の声。光が奔った。悲鳴が重なる。がらがらと重い金属音で周りの兵
士たちが倒れていく。クオドは弾かれたように振り返って、そこに救いの女神を見た。
+ ○ + ○ + ● + ○ + ○ +
脇で馬が嘶いたので、カッツェは「静かにしろ!」と手綱を引っ張らなければならな
かった。遠くに見えるヒュッテの灯は、煌々と瞬いて夜を焦がしている。まるで火災の
ようで不吉に感じたが、離れた森の中からは、城壁の中で何が起こっているのかなどま
ったく見ることができなかった。
カッツェが目を醒まし主塔から抜け出したとき、厩は既に押さえられていた。が、騎
士の馬は雌だからと別の場所に繋がれていたのが幸いだった。灯の届かない空の家畜小
屋でひっそりと沈黙していた軍馬は、昼間のことなどなかったように、大人しくカッツ
ェに従った。
馬具をつけ、包囲を掻い潜り、ここまで脱出できたのは間違いなく奇跡だ。
何せ、怒号と熱気にやられてしまい、どこを通ったのかも思い出せないのだから。
動物の勘に助けられたのかも知れない。単に運がよかったのかも知れない。安堵する
と同時に、後ろめたさも感じて膝でも抱えたくなった。
一刻も早く主人に報を届けなければならない。騎士にもそれがわかっていたから、あ
の書置きを残したのだろう。残っていても何もできなかったに違いない。だが、一人で
逃げたのだという罪悪感が胸の奥で重い塊となって、吐き気に似た感覚を催させる。
ヒュッテ陥落の報を聞いたら、主人はどのような顔をするだろうと、想像するのは簡
単だった。きっと少しだけ顔を強張らせて、それから無理やりつくった柔和な笑みで、
「ご苦労様でした、カッツェ」と労ってくれるに違いない。「クオドのことは残念でし
たが、あなたが無事に戻っただけでも僥倖です」
馬が蹄で地面を掻いて、畝をつくっている。彼女も落ち着かないようだ。
「……シンシア、だっけか?」
呼びかけてみる。
まさかこちらの言葉がわかったわけでもあるまいが、軍馬は首を傾げてカッツェを見
つめ返してきた。動物特有の妙に澄んだ瞳は月光を映してごく僅かに輝いている。カッ
ツェは何か言葉を重ねようかと迷ったが、結局、何も言わないことにした。
冷え切った空気が頬や首筋を撫でていく。このままではじきに凍えるだろう。
早く出発しなければならないとわかっているのに、なかなか決心がつかない。
馬がまた鳴いた。近くに何かあるのだろうか。
目を凝らしても周囲は暗闇だ。灯りを持てば見つかりかねない。
ひぃん、と、鳴き声。静寂の後、森の闇から、別の馬の声が戻ってきた。
+ ○ + ○ + ● + ○ + ○ +
エルンが所属する俄傭兵団に与えられた場所は狭く、天幕を三つ張るだけの場所しか
なかった。ヒュッテ砦の内側から立ち上る炊事の煙を見るたびに、どうも釈然としない
思いが込み上げてくる。
もう冬が近く、夜ともなれば天幕の中も冷えこむ。しかも仲間は酒か女かで殆ど出か
けてしまって人気がないから、更に寒々しい。男ばかり密集しているのも嫌だが。
「なぁ、隊長。ヒュッテを陥としたのは俺たちだろ?」
「んー?」
不満の声を上げても、相手は気のない返事をして、手元から目を上げすらしない。低
い卓子の前に座りこんで弩の分解に夢中だ。
かちりかちりと小さな金属音を断続的に響かせて、時折、息を吹きかけてみたりして、
機械弓を使わないエルンには彼が具体的にどのような作業をしているのかはわからない。
集中しているのかいないのか傍目からは判断のつかない表情で手を動かしている。
鬱陶しがられている気配もないのでエルンは愚痴を続けた。
汚れ役を買って出たあの指揮官もどうやら手に入れた火力を試してみたいだけで何か
殊勝な覚悟のようなものがあったわけではなかったらしいし、まぁ奴はまだいいとして、
すべてが終わった後で白銀鎧をきらきらさせて、まるで自分達の手柄みたいな顔で入城
なさった騎士様方は何様のつもりだって、考えるまでもなく貴族様でしたね連中は。
「聞いてるんか、隊長」
「んー」
「生返事……」
エルンが嘆息すると、相手は目を瞬いて、「聞いてるー」と緊張感のない声で返事を
してきた。手元の弩はもう殆ど元通りに組み立てられている。弓の弦を張り直し、台座
に固定する作業をぼんやり眺めながら、エルンは「本当かよ」と疑うようなことを言っ
てみた。
この俄傭兵団は、食いつめたか別の事情のある冒険者を中心に結成された集団だ。今
回一連の仕事限りで解散という契約であるために仲間意識が薄い。初めに隊の募集をか
けた人間をとりあえず隊長と呼んでいるが、まだ歳若いこの男に例えば忠誠心のような
感情を持っている者はいない。
彼も普段は冒険者だが、金に余裕があるときにこうして人数を集めて戦争に参加する
のが楽しみの一つなのだそうだ。なんとも趣味の悪い道楽だが、仕事にひどい失敗をし
て以来、評判が芳しくないエルンとしては、その道楽に付き合うくらいしか貨を稼ぐ手
段がなかった。エディウス内乱と今回で、二度目の参加になる。
「じゃあ、俺が何て言ったか覚えてるか?」
「えーっと、何だっけ。昨日の夜のこと?
星落としは凄かったねー。ずずずず、どかーんっ」
「聞いてねぇじゃん……まぁ、文句言っても仕方ない。
すごいってか、昨夜はひどい戦いだったな」
エルンの言に相手は首を傾げた。
「一方的に殴らないと、奇襲の意味ってなくなぁい?」
「そういう意味じゃない。城壁をぶち壊し五倍の兵で突入したってのに、こっちの被害
も変に大きかったってことだ。敵の大将が十人斬りしたから殺さないととめられなかっ
たんだとか、悪魔にやられて小隊単位で全滅したんだとか――不気味な噂も立ってる」
「あー、見たよ、綺麗なおねーさん。戦乙女。
戦争やってるとたまぁに会えるんだよね。縁起ものー」
「縁起よくないだろ。
ガルドゼンド側の騎士と結託してたって話だし」
「結託かなぁー? しょんぼりしてたからつい助けちゃったのかも。
あのこ結局、捕まらなかったんだってさ。あの一門は味方につけたかったのにって、
上の人が悔しがってたよ。何でも、前王家時代には大公だったお家柄だってー」
けらけらと暢気な笑い声。
天幕の布地に影が差し、固い声でお呼びがかかった。「隊長殿は居られるか?」
談笑中断。入り口での短い会話の後、連絡係を見送って天幕の奥へ戻った青年は、整
備を終えた弩に矢を番えて動作を確かめながら、切れ長の目をエルンに向けた。
「出発は明後日の早朝だから、みんなが帰ってきたら準備するように言っといてね。
目的地はアナウアって言ってたから、たぶんあそこを陥としてからブライトクロイツ
に抜けて、レットシュタインに拠点を確保して……ってところかなぁ」
エルンが脳裏の地図でその経路を確認する間に相手はさっさと弩を片付けて、「ぼく
もう寝るー」と、天幕の隅で毛布と外套をぽふぽふやって寝床をつくり始めた。
「おやすみなさーい。あとよろしく」
「はいはいおやすみ坊主。いい夢見ろよ」
-----------------------------------------------------------
こばやんの本編補足コーナー!
○前回、クオドが単独で行動していたのは何故?
→隕石落下シーンから次の登場までに、アプラウトの兵隊が全滅していたため。
○ヒュッテ砦近辺の地形は?
→見晴らしのいい平野。数km離れれば森もあるらしい。
○NPC多くない?
→なんのことかなー?
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