「どうしよう…」
森の空き地で一人呟いたのは、天使画から抜け出したような美しい少年だった。
赤く染まったオークの葉が、少年の胸の辺りをすり抜けて行く。
少年の身体は、透けていた。
しばらくその朽葉の往く先を目で追い、少年―――ロビンはまるで神の迎えを待つ
かのように空を見上げた。
行くべき先が見つからない。
帰る道すら見失った。
今居る場所も分からない。
ロビンの『本体』は、修道院の書物庫の物陰にあった。
夜までに何とかしなければ、シスターたちが彼を探し始めるだろう。
この力に気づかれてしまう。
元の場所に帰る事が出来るかもしれないが、きっと『妹』と会えなくなってしまう
だろう。
知らずうちに俯いていた顔を上げたとき、ロビンは眼前に迫り来る拳に気がつい
た。
「わぁ!」
物質の影響を受けないはずの精神体。
それなのに、思わず声を上げて上空に飛び上がったのは、本能的に危険を感じたか
らだ。
ロビンの淡い金髪が少年のパンチの風圧に、初めて風を感じた。
「逃げるなんて卑怯だぞ!ゆうれいっ!」
拳の主は、あちこちに絆創膏を張った腕白そうな少年だった。
本来見えぬはずのロビンにしっかり視線を向け、叫んでいた。
健康そうに日焼けした腕をぶんぶんと振り上げて少年は言う。
「ここは俺様のシマだ!さっさと失せな」
初めて耳にする粗野なセリフにロビンは不愉快になって口を尖らせた。
「僕は、幽霊じゃない」
「自分が死んだのがワカンネェのか」
「違う!僕はただ妹と妹の母親を探して・・・」
「じゃあ迷子じゃねーか」
少年が勝ち誇ったかのように腕を組んで笑った。
「・・・」
図星だったので、ロビンはそれ以上言い返すことが出来なくなった。
少年は、面倒見のよい性格だったので、自分より年下のロビンが泣きそうな顔で押
し黙ると、少し口調を柔らかくして尋ねる。
「じゃあ、一緒に探してやるよ」
「え・・・?」
「妹だよ。妹を見つければ成仏できるんだろ?」
どうやら少年はロビンのことを幽霊だと決め付けてしまったようだ。
「妹は生きてンのか?」
「もちろんだよ」
「だったらしょうがねぇ。手探すのを手伝ってやるよ。オマエがここに居ると子分た
ちが怖がるンだ」
そういうと、少年は鼻の上を擦って少し照れた顔で名乗った。
「俺様はオルド。オマエは?」
「僕はロビン。妹の名前は・・・」
それは十年以上前の記憶―――。
††††††††††††††††††††††††
アクマの命題 ~緑の章~
【2】
PC メル オルド
NPC ジョニー ボブ 女将(イビアン) ロビン
場所 ファイゼン(ソフィニアの北西)
††††††††††††††††††††††††
「我らを守りし偉大なるイムヌスの神よ 白き教えがこの地に光を与えた事を感謝い
たします」
アメリア・メル・ブロッサムにとって、朝のお祈りは物心がついた時からの日課で
あった。
まだ、鳥の囀りしか聞こえぬ静かな朝の寝室に、歌うような少女の祈りが満ちた。
「勇ましき騎士 聖ジョルジオよ 悪魔の罠より我を守り給え
貞節なる母 聖女ブロッサムよ 貴女の子なる我を守り給え」
最後に守護聖人たちへ祈りを捧げると、メルはその若草色の瞳を開いた。
隣の部屋にいるこの家の女主人はまだ寝ているようだ。
メルは静かに立ち上がり、寝巻きを脱ぐと鏡に映った自分の身体を見て思わずため
息をついた。
痩せた手足とは対照的な、丸い頬。
胸にはふくらみの前兆こそあったが、ぽっこりと膨らんだ下腹部のほうが目立って
いた。
―――5年前から全く成長していない。
己の業を知りながらも、修道服という鎧を脱ぐとつまらない事が気になってしまう
ものだ。
まだ整理されていない旅行鞄の中から、13歳の頃に着ていた流行おくれのワン
ピースを取り出す。
いつも身につけている修道服は鞄の奥底に隠したままだ。
「わたくし…わたしはメル。この食堂に身を預けられた身寄りのない13歳の少女」
イムヌス教第四派閥に所属するエクソシストという身分を隠すこと。
これが、今回彼女の任務に課された条件の一つだった。
皮肉なのか偶然にも、それは5年前孤児院にいた彼女の生い立ちそのままでもあっ
た――。
† † † † †
「メルちゃん。ジャガイモのマスタード炒めにビール一つ。あのテーブルね」
「はい!」
恰幅の良い女将さんから大きなお盆を受け取ると、メルは器用にバランスをとりな
がら煩雑に並んだテーブルと椅子の間を通り抜けた。
「お待たせしました!」
「ありがとよ、嬢ちゃん」
食堂『とれびあーん』は、活気のある店だった。
特に夕方は仕事帰りの客が酒を片手に歌ったり踊ったり、殴りあったりと一段と騒
がしい。
その熱気にあおられメルの頬もほんのりと赤くなっていた。
しかし、女将のイビアンに言わせると、「以前はもっと明るかった」そうだ。
確かに、日に日に深刻な顔をつき合わせているテーブルが増えていた。
「何故?」「何処に?」小さく紡がれる疑問と絶望。
きっと、彼らはある日突然大切な人を失ったのだろう・・・・。
今この辺り一帯で起きている『失踪事件』。
一般人へと身をやつし、この事件を調査するのがメルの仕事であった。
今日も若い男が二人、顔をつき合わせて話し合っている。
はじめて見る顔だったが、たまに他の客と親しげに声を交わすところを見ると、近
くに住む若者たちなのだろう。
隣のテーブルを拭きながら、メルは情報収集の為に聞き耳を立てた。
「とりあえず分かったのはこんなもんだ」
「そだな。後はオルドの兄貴が来ないと・・・」
オルド。
男の言葉に、メルはその手を止めた。
オルドという名前を最近何処かで聞いたような気がしたのだ。
「メルちゃん!なに油売ってるんだい!?」
女将の大声に慌てて振り返る。
ちょうど後ろに居た客に思い切りぶつかってしまった。
突然の衝突に相手はびくともしなかったが、メルはまるで壁にでもぶつかった様に
後ろに飛ばされた。
「ぁん?どこ見て歩いてんだよ」
言葉こそ粗野だったが、男は尻もちをついたメルを助け起そうと手を出した。
「すいません・・・ありがとうございま・・・」
その手を取って相手の顔を見た瞬間、メルは一瞬ぽかんと口を開いたまま固まって
しまった。
白髪の短髪に、きつい目をした若い男。
それはソフィニアの魔術学院で会ったスレイヴの友人だった。
(な、なんでこんな所に魔術学院の人がいるの!?)
いや、むしろ彼の場合はこの酒場にいるほうが似合っているのだが。
オルドは最初メルのことが分からなかったようだった。
手を握ったまま固まった小さな店員を見下ろしていたが、すぐに顔つきが変わっ
た。
「もしかして、あン時のシス・・・」
「オッ」
イムヌスの関係者だとばれてはならない。
焦ったメルはオルドの手を強く握ると、そのまま店の外へと走り出した。
「お客様出口はあちらです!!」
「あぁ!?兄貴が幼女に拉致!?」
「変態入店お断りってか!!」
「そりゃお前だろ」
後ろでは男たちのどつき漫才が始まったが二人の耳には届かなかった。
††††††††††††††††††††††††
森の空き地で一人呟いたのは、天使画から抜け出したような美しい少年だった。
赤く染まったオークの葉が、少年の胸の辺りをすり抜けて行く。
少年の身体は、透けていた。
しばらくその朽葉の往く先を目で追い、少年―――ロビンはまるで神の迎えを待つ
かのように空を見上げた。
行くべき先が見つからない。
帰る道すら見失った。
今居る場所も分からない。
ロビンの『本体』は、修道院の書物庫の物陰にあった。
夜までに何とかしなければ、シスターたちが彼を探し始めるだろう。
この力に気づかれてしまう。
元の場所に帰る事が出来るかもしれないが、きっと『妹』と会えなくなってしまう
だろう。
知らずうちに俯いていた顔を上げたとき、ロビンは眼前に迫り来る拳に気がつい
た。
「わぁ!」
物質の影響を受けないはずの精神体。
それなのに、思わず声を上げて上空に飛び上がったのは、本能的に危険を感じたか
らだ。
ロビンの淡い金髪が少年のパンチの風圧に、初めて風を感じた。
「逃げるなんて卑怯だぞ!ゆうれいっ!」
拳の主は、あちこちに絆創膏を張った腕白そうな少年だった。
本来見えぬはずのロビンにしっかり視線を向け、叫んでいた。
健康そうに日焼けした腕をぶんぶんと振り上げて少年は言う。
「ここは俺様のシマだ!さっさと失せな」
初めて耳にする粗野なセリフにロビンは不愉快になって口を尖らせた。
「僕は、幽霊じゃない」
「自分が死んだのがワカンネェのか」
「違う!僕はただ妹と妹の母親を探して・・・」
「じゃあ迷子じゃねーか」
少年が勝ち誇ったかのように腕を組んで笑った。
「・・・」
図星だったので、ロビンはそれ以上言い返すことが出来なくなった。
少年は、面倒見のよい性格だったので、自分より年下のロビンが泣きそうな顔で押
し黙ると、少し口調を柔らかくして尋ねる。
「じゃあ、一緒に探してやるよ」
「え・・・?」
「妹だよ。妹を見つければ成仏できるんだろ?」
どうやら少年はロビンのことを幽霊だと決め付けてしまったようだ。
「妹は生きてンのか?」
「もちろんだよ」
「だったらしょうがねぇ。手探すのを手伝ってやるよ。オマエがここに居ると子分た
ちが怖がるンだ」
そういうと、少年は鼻の上を擦って少し照れた顔で名乗った。
「俺様はオルド。オマエは?」
「僕はロビン。妹の名前は・・・」
それは十年以上前の記憶―――。
††††††††††††††††††††††††
アクマの命題 ~緑の章~
【2】
PC メル オルド
NPC ジョニー ボブ 女将(イビアン) ロビン
場所 ファイゼン(ソフィニアの北西)
††††††††††††††††††††††††
「我らを守りし偉大なるイムヌスの神よ 白き教えがこの地に光を与えた事を感謝い
たします」
アメリア・メル・ブロッサムにとって、朝のお祈りは物心がついた時からの日課で
あった。
まだ、鳥の囀りしか聞こえぬ静かな朝の寝室に、歌うような少女の祈りが満ちた。
「勇ましき騎士 聖ジョルジオよ 悪魔の罠より我を守り給え
貞節なる母 聖女ブロッサムよ 貴女の子なる我を守り給え」
最後に守護聖人たちへ祈りを捧げると、メルはその若草色の瞳を開いた。
隣の部屋にいるこの家の女主人はまだ寝ているようだ。
メルは静かに立ち上がり、寝巻きを脱ぐと鏡に映った自分の身体を見て思わずため
息をついた。
痩せた手足とは対照的な、丸い頬。
胸にはふくらみの前兆こそあったが、ぽっこりと膨らんだ下腹部のほうが目立って
いた。
―――5年前から全く成長していない。
己の業を知りながらも、修道服という鎧を脱ぐとつまらない事が気になってしまう
ものだ。
まだ整理されていない旅行鞄の中から、13歳の頃に着ていた流行おくれのワン
ピースを取り出す。
いつも身につけている修道服は鞄の奥底に隠したままだ。
「わたくし…わたしはメル。この食堂に身を預けられた身寄りのない13歳の少女」
イムヌス教第四派閥に所属するエクソシストという身分を隠すこと。
これが、今回彼女の任務に課された条件の一つだった。
皮肉なのか偶然にも、それは5年前孤児院にいた彼女の生い立ちそのままでもあっ
た――。
† † † † †
「メルちゃん。ジャガイモのマスタード炒めにビール一つ。あのテーブルね」
「はい!」
恰幅の良い女将さんから大きなお盆を受け取ると、メルは器用にバランスをとりな
がら煩雑に並んだテーブルと椅子の間を通り抜けた。
「お待たせしました!」
「ありがとよ、嬢ちゃん」
食堂『とれびあーん』は、活気のある店だった。
特に夕方は仕事帰りの客が酒を片手に歌ったり踊ったり、殴りあったりと一段と騒
がしい。
その熱気にあおられメルの頬もほんのりと赤くなっていた。
しかし、女将のイビアンに言わせると、「以前はもっと明るかった」そうだ。
確かに、日に日に深刻な顔をつき合わせているテーブルが増えていた。
「何故?」「何処に?」小さく紡がれる疑問と絶望。
きっと、彼らはある日突然大切な人を失ったのだろう・・・・。
今この辺り一帯で起きている『失踪事件』。
一般人へと身をやつし、この事件を調査するのがメルの仕事であった。
今日も若い男が二人、顔をつき合わせて話し合っている。
はじめて見る顔だったが、たまに他の客と親しげに声を交わすところを見ると、近
くに住む若者たちなのだろう。
隣のテーブルを拭きながら、メルは情報収集の為に聞き耳を立てた。
「とりあえず分かったのはこんなもんだ」
「そだな。後はオルドの兄貴が来ないと・・・」
オルド。
男の言葉に、メルはその手を止めた。
オルドという名前を最近何処かで聞いたような気がしたのだ。
「メルちゃん!なに油売ってるんだい!?」
女将の大声に慌てて振り返る。
ちょうど後ろに居た客に思い切りぶつかってしまった。
突然の衝突に相手はびくともしなかったが、メルはまるで壁にでもぶつかった様に
後ろに飛ばされた。
「ぁん?どこ見て歩いてんだよ」
言葉こそ粗野だったが、男は尻もちをついたメルを助け起そうと手を出した。
「すいません・・・ありがとうございま・・・」
その手を取って相手の顔を見た瞬間、メルは一瞬ぽかんと口を開いたまま固まって
しまった。
白髪の短髪に、きつい目をした若い男。
それはソフィニアの魔術学院で会ったスレイヴの友人だった。
(な、なんでこんな所に魔術学院の人がいるの!?)
いや、むしろ彼の場合はこの酒場にいるほうが似合っているのだが。
オルドは最初メルのことが分からなかったようだった。
手を握ったまま固まった小さな店員を見下ろしていたが、すぐに顔つきが変わっ
た。
「もしかして、あン時のシス・・・」
「オッ」
イムヌスの関係者だとばれてはならない。
焦ったメルはオルドの手を強く握ると、そのまま店の外へと走り出した。
「お客様出口はあちらです!!」
「あぁ!?兄貴が幼女に拉致!?」
「変態入店お断りってか!!」
「そりゃお前だろ」
後ろでは男たちのどつき漫才が始まったが二人の耳には届かなかった。
††††††††††††††††††††††††
PR
件 名 :
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/30 21:41
PC:エスト(ギゼー メデッタ アイリス エスト サノレ)
場所:ソフィニア
NPC:猫 花売り娘
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この空き樽に腰掛けるのは、一体何度目だろうか。
エストは、ぼんやりとそんなことを思った。
それから、己の足元に目をやった。
――赤い首輪に、白黒のブチ模様の猫が、金色の目で彼をじっと見上げている。
エストは、めんどくさそうに頭をかいた。
「……よかったじゃねえか。取り越し苦労でよ」
それから、深く息をついた。
白黒ブチの猫は、真似するように、ふぷ、と短く息を吐いた。
「うむ……何か恐ろしい事件にでも巻き込まれたのではないかと思って心配していた
が、何事もなかったようだ。うん、良かった良かった」
エストと白黒ブチの猫が話しているのは、行方不明になっていた花売り娘のことだ。
花売り娘の身を案じ、探し出すまでは絶対に飼い主の元に帰らないとまで宣言してい
た白黒ブチの猫だが、その花売り娘がつい昨日、ひょっこりと広場に現れたのであ
る。
衰弱しているとか目が虚ろだとか妙に怯えているだとか、そういうこともなく、猫い
わく「いたって記憶の通り。変わりなし」である。
今日も今日とて、彼女は広場で花を売っている。
「ほらよ、今日の分」
エストは、小さな包みを取り出すと、地面に置いて開いた。
この白黒ブチの猫に付き合わされている間、いつも与えていたソーセージだ。
「おお、かたじけない。ではさっそく」
礼を述べると、白黒ブチの猫は、ソーセージにはぐはぐと美味そうにかぶりつく。
その様をぼんやり見つめながら、エストは思った。
(これでやっと、依頼が果たせるな)
依頼とは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだ。
報酬はさほどのものではないが、ソフィニアを出て、しばらく歩くぐらいなら充分事
足りる額だ。
報酬を手に入れ次第、エストはソフィニアを出る気でいた。
あとは、この猫が飼い主の元に戻れば全て丸く収まる。
「……それを食い終わったら、飼い主のところに帰れ」
そう言うと、白黒ブチの猫は食べるのを中断し、じっと見上げてきた。
「……お若いの。もう一つだけ、ワガハイの頼みを聞いてはくれないか」
「内容によるぞ」
言いつつも、エストはよほど面倒で時間のかかることでもなければ、引き受けるつも
りでいた。
「簡単なことだよ。花売り娘が今まで一体どこでどうしていたのか、さりげなく聞き
出してきて欲しいのだ」
「……断る」
エストは、渋い顔をした。
若かろうが年老いていようが、女と話すのは苦手だ。
「ワガハイが人間だったなら、自分で聞き出している。だが、ワガハイは猫なのだ。
猫が喋れば化け物と言われる。どうか……頼まれてくれ」
エストは猫を飼った事もないし、特別好きというわけでもない。
つまり、猫の表情など読み取れない。
しかし、この白黒ブチの猫は、懸命な顔をしているように見えた。
おそらくは、こいつが人間の言葉を喋るからだ。
「……ちっ」
小さく舌打ちすると、エストは空き樽から腰を上げた。
「お花ー、お花です、買ってください。かわいいお花、いかがですかー?」
花売り娘は、頭にスカーフをかぶり、小さくかわいらしい花を入れたカゴを片手に、
広場を歩きながら声をかけている。
だが、そうそう足を止める者はいない。
もう少し見栄えのする大きな花や派手な色の花ならば、少しは売れたかもしれない
が。
エストは、呼吸を整えると、花売り娘に近寄った。
「……おい」
声をかけられた花売り娘は、エストを見るなり、ビクッと震えた。
「な、なんでしょう? あの、売り上げなんて本当にわずかなんです。パン一切れ買
えるかどうかも怪しいところなんです。見逃してください」
……何か、勘違いをされたようだ。
「違う」
「これを取られたら、わたし、生活できなくなってしまいます。こんな貧しい花売り
娘からお金を取り上げるなんて、ひど過ぎます」
「違う」
「お願いです、見逃してください。わたし、何も悪いことなんてしていないの
に……」
「違うって言ってんだろうが!」
花売り娘の尋常ではない怯え方にイライラし、エストは思わず声を荒げてしまった。
――まずい、と思った時には遅かった。
花売り娘はとび色の瞳をまあるく見開き……そのふちに、みるみるうちに涙があふれ
てきた。
この二人の様子、世間的には、『いかにもガラの悪そうな若い男が、か弱い花売り娘
をいびり、いちゃもんつけてわずかな売り上げをむしり取ろうとしている』としか見
えない。
近くを通る人間が、何事かとチラチラこちらを見ては通り過ぎていく。
エストは、仏頂面で花売り娘に片手を差し出した。
「……花」
で、ぼそりと告げた。
「はい……?」
「花。全部……」
「やめてくださいっ、これ、わたしの大切な商品なんですっ」
買ってやる、と言い終えないうちに、必死の形相で花売り娘はカゴをかばう。
「だから……買ってやるってんだよ」
「そんな、ひどい、か弱い女の子から買って……え……買う……買うって……?」
ようやく言葉を理解してくれた花売り娘が、驚いた顔でエストを見つめる。
「あの……このお花、買ってくださるんですか……?」
「さっきからそう言ってんだろうが」
「す、すみません! わたし、誤解しちゃって!」
花売り娘が慌てて謝るのを手で制し、
「これで足りるか」
と、銀貨を差し出してみると、花売り娘はおずおずとエストを見上げた。
「あの……後で、お金を返せなんて言わない……ですよね……?」
「言うか」
(俺はそこまでの悪人ヅラかっ)
叫びたいのをこらえるエストである。
銀貨一枚と引き換えに手に入れた花は、片手でどうにかまとめてつかめる量だった。
本当は釣りがあるのだが、エストは面倒がって「いらん」と断った。
さて、そろそろ本題の質問をしなければなるまい。
エストは、咳払いをした。
「……ところで、お前」
「は、はいっ」
花売り娘は、緊張でガチガチになった笑顔を向けてくる。
――花を買ってくれたお客さんということで、気を使っているらしい。
「最近ここにいなかったんだってな、何かあったのか?」
「え……?」
戸惑ったように花売り娘は眉をひそめた。
エストは、頭をかいた。
やはり、女と話すのは苦手だ。
「俺の知ってる奴が……お前のことを気にかけていた」
「あ、ああ、そうなんですか」
ちょっと緊張をほどいたらしい花売り娘は、
「ここで花を売っていたら、おばあさんが『うちでしばらく働かないか』って言っ
て、雇ってくれたんです。それで、しばらく花売りを休んで、お屋敷で働いていまし
た」
割合、親しげに答えてくれた。
「……なるほど」
話す口調から見ても、特に異常はなさそうだ。
「それが、なんでここにいる」
そう聞くと、途端に花売り娘は苦笑をうかべ、うつむいた。
「……それが……あまり向いてなかったみたいで……暇を出されちゃいました……」
それはまあ、なんともしがたい話である。
「あまり気を落とすな……じゃあな」
エストは、片手につかんだ花の束を軽く掲げると、白黒ブチの猫の元へと歩き出し
た。
花売り娘が、一体どこでどうしていたのかを教えてやらなければならない。
それから、飼い主の元へとお帰り願おう。
報酬を手に入れたら、ソフィニアを出るのだ。
片手につかんだ花の束のみずみずしい香りが、つんと鼻に届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/30 21:41
PC:エスト(ギゼー メデッタ アイリス エスト サノレ)
場所:ソフィニア
NPC:猫 花売り娘
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この空き樽に腰掛けるのは、一体何度目だろうか。
エストは、ぼんやりとそんなことを思った。
それから、己の足元に目をやった。
――赤い首輪に、白黒のブチ模様の猫が、金色の目で彼をじっと見上げている。
エストは、めんどくさそうに頭をかいた。
「……よかったじゃねえか。取り越し苦労でよ」
それから、深く息をついた。
白黒ブチの猫は、真似するように、ふぷ、と短く息を吐いた。
「うむ……何か恐ろしい事件にでも巻き込まれたのではないかと思って心配していた
が、何事もなかったようだ。うん、良かった良かった」
エストと白黒ブチの猫が話しているのは、行方不明になっていた花売り娘のことだ。
花売り娘の身を案じ、探し出すまでは絶対に飼い主の元に帰らないとまで宣言してい
た白黒ブチの猫だが、その花売り娘がつい昨日、ひょっこりと広場に現れたのであ
る。
衰弱しているとか目が虚ろだとか妙に怯えているだとか、そういうこともなく、猫い
わく「いたって記憶の通り。変わりなし」である。
今日も今日とて、彼女は広場で花を売っている。
「ほらよ、今日の分」
エストは、小さな包みを取り出すと、地面に置いて開いた。
この白黒ブチの猫に付き合わされている間、いつも与えていたソーセージだ。
「おお、かたじけない。ではさっそく」
礼を述べると、白黒ブチの猫は、ソーセージにはぐはぐと美味そうにかぶりつく。
その様をぼんやり見つめながら、エストは思った。
(これでやっと、依頼が果たせるな)
依頼とは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだ。
報酬はさほどのものではないが、ソフィニアを出て、しばらく歩くぐらいなら充分事
足りる額だ。
報酬を手に入れ次第、エストはソフィニアを出る気でいた。
あとは、この猫が飼い主の元に戻れば全て丸く収まる。
「……それを食い終わったら、飼い主のところに帰れ」
そう言うと、白黒ブチの猫は食べるのを中断し、じっと見上げてきた。
「……お若いの。もう一つだけ、ワガハイの頼みを聞いてはくれないか」
「内容によるぞ」
言いつつも、エストはよほど面倒で時間のかかることでもなければ、引き受けるつも
りでいた。
「簡単なことだよ。花売り娘が今まで一体どこでどうしていたのか、さりげなく聞き
出してきて欲しいのだ」
「……断る」
エストは、渋い顔をした。
若かろうが年老いていようが、女と話すのは苦手だ。
「ワガハイが人間だったなら、自分で聞き出している。だが、ワガハイは猫なのだ。
猫が喋れば化け物と言われる。どうか……頼まれてくれ」
エストは猫を飼った事もないし、特別好きというわけでもない。
つまり、猫の表情など読み取れない。
しかし、この白黒ブチの猫は、懸命な顔をしているように見えた。
おそらくは、こいつが人間の言葉を喋るからだ。
「……ちっ」
小さく舌打ちすると、エストは空き樽から腰を上げた。
「お花ー、お花です、買ってください。かわいいお花、いかがですかー?」
花売り娘は、頭にスカーフをかぶり、小さくかわいらしい花を入れたカゴを片手に、
広場を歩きながら声をかけている。
だが、そうそう足を止める者はいない。
もう少し見栄えのする大きな花や派手な色の花ならば、少しは売れたかもしれない
が。
エストは、呼吸を整えると、花売り娘に近寄った。
「……おい」
声をかけられた花売り娘は、エストを見るなり、ビクッと震えた。
「な、なんでしょう? あの、売り上げなんて本当にわずかなんです。パン一切れ買
えるかどうかも怪しいところなんです。見逃してください」
……何か、勘違いをされたようだ。
「違う」
「これを取られたら、わたし、生活できなくなってしまいます。こんな貧しい花売り
娘からお金を取り上げるなんて、ひど過ぎます」
「違う」
「お願いです、見逃してください。わたし、何も悪いことなんてしていないの
に……」
「違うって言ってんだろうが!」
花売り娘の尋常ではない怯え方にイライラし、エストは思わず声を荒げてしまった。
――まずい、と思った時には遅かった。
花売り娘はとび色の瞳をまあるく見開き……そのふちに、みるみるうちに涙があふれ
てきた。
この二人の様子、世間的には、『いかにもガラの悪そうな若い男が、か弱い花売り娘
をいびり、いちゃもんつけてわずかな売り上げをむしり取ろうとしている』としか見
えない。
近くを通る人間が、何事かとチラチラこちらを見ては通り過ぎていく。
エストは、仏頂面で花売り娘に片手を差し出した。
「……花」
で、ぼそりと告げた。
「はい……?」
「花。全部……」
「やめてくださいっ、これ、わたしの大切な商品なんですっ」
買ってやる、と言い終えないうちに、必死の形相で花売り娘はカゴをかばう。
「だから……買ってやるってんだよ」
「そんな、ひどい、か弱い女の子から買って……え……買う……買うって……?」
ようやく言葉を理解してくれた花売り娘が、驚いた顔でエストを見つめる。
「あの……このお花、買ってくださるんですか……?」
「さっきからそう言ってんだろうが」
「す、すみません! わたし、誤解しちゃって!」
花売り娘が慌てて謝るのを手で制し、
「これで足りるか」
と、銀貨を差し出してみると、花売り娘はおずおずとエストを見上げた。
「あの……後で、お金を返せなんて言わない……ですよね……?」
「言うか」
(俺はそこまでの悪人ヅラかっ)
叫びたいのをこらえるエストである。
銀貨一枚と引き換えに手に入れた花は、片手でどうにかまとめてつかめる量だった。
本当は釣りがあるのだが、エストは面倒がって「いらん」と断った。
さて、そろそろ本題の質問をしなければなるまい。
エストは、咳払いをした。
「……ところで、お前」
「は、はいっ」
花売り娘は、緊張でガチガチになった笑顔を向けてくる。
――花を買ってくれたお客さんということで、気を使っているらしい。
「最近ここにいなかったんだってな、何かあったのか?」
「え……?」
戸惑ったように花売り娘は眉をひそめた。
エストは、頭をかいた。
やはり、女と話すのは苦手だ。
「俺の知ってる奴が……お前のことを気にかけていた」
「あ、ああ、そうなんですか」
ちょっと緊張をほどいたらしい花売り娘は、
「ここで花を売っていたら、おばあさんが『うちでしばらく働かないか』って言っ
て、雇ってくれたんです。それで、しばらく花売りを休んで、お屋敷で働いていまし
た」
割合、親しげに答えてくれた。
「……なるほど」
話す口調から見ても、特に異常はなさそうだ。
「それが、なんでここにいる」
そう聞くと、途端に花売り娘は苦笑をうかべ、うつむいた。
「……それが……あまり向いてなかったみたいで……暇を出されちゃいました……」
それはまあ、なんともしがたい話である。
「あまり気を落とすな……じゃあな」
エストは、片手につかんだ花の束を軽く掲げると、白黒ブチの猫の元へと歩き出し
た。
花売り娘が、一体どこでどうしていたのかを教えてやらなければならない。
それから、飼い主の元へとお帰り願おう。
報酬を手に入れたら、ソフィニアを出るのだ。
片手につかんだ花の束のみずみずしい香りが、つんと鼻に届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
キャスト:アルト オルレアン
場所:正エディウス国内?
--------------------------------------------------------------------------
延々と続く黒い町。ここは悪夢の光景に似ている。
どこまで歩いても終わらない景色に朝まで魘され続けた記憶は、もうどれだけ
昔のものだろう。心の一部を闇精霊に売り渡してから、悪い夢なんてもう見ない。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
元気に走っていく人型の群は、たぶん、絵だとか玩具だとかであればまだ、か
わいいと笑い飛ばせるのだろう。無数に蠢いているとなれば話は別で、間違えて
も愛玩対象にはなりようがない。人の嗜好はそれぞれだから、隣の軍人に同意を
求めるつもりにはならないけれど。
歩いて、歩いて――今まで歩き続けたのと何が違ったのかはわからないが、やが
て行く手に見え始めたのは、巨大な建造物だった。張り巡らされた高い壁を繋
ぎ、尖塔が並んでいる。
城郭。
人間社会で生きるようになって何年にもなるが、間近で見るのは珍しく、まじ
まじと見上げてしまう。灯りはない。音もない。生の気配は微塵もない。
「ここが目的地ですか?」
「……」
城壁を囲う堀の中は真黒で、空堀なのか何か嫌なもので満たされているのか判
断できなかった。飛び込む気は起こらない。
隣の軍人は、奇妙なまでの無表情で城壁を睨み、それから踵を返して歩き出した。
人型の黒は、既に堀に沿って進んでいる。
楽しげな足取りのそれらは、油断して目を離せば景色に溶けてしまいそうだ。
少し数が減ったように思える。見失っただけか、本当に減っているのか。
延々と歩き続けて、また無限の迷路に紛れたかと思い始めたころに、人型の様
子が変わった。歩みを止めて集まって、何かを待っている。
「……門」
上がっていた跳ね橋が鎖の音と共に落下して、堀の此方と彼方を結んだ。
音の余韻が静謐に響く。人型の群は躊躇いなく橋を渡り始めた。
「どうするですか?」
「今のところ矢の一本も飛んでこないから、あからさまな敵意はないんじゃない?」
「兵隊がいるようには見えませんですからね」
「そうね」
重い一歩め。歩き始めるオルレアンについて橋を渡った。
小さな塔をくぐり、中庭へ。
山ほどの軍隊を収められそうな広場は、がらんとして人影一つなかった。
どれだけの広さがあるのだろう。立ち並ぶ建物のどれがどの役割のためのもの
なのかもわからない。
人間の建築に無知だから――というよりも、単に、広すぎて何が何だかわからない。
距離感が狂い、大きささえも曖昧だ。一段と威容を誇る主塔は、果たして人間
に相応しい大きさをしているのだろうか。
「……どこへ行ったんでしょう」
「近くに本体がいるのよ、きっと」
一瞬のうちに見失った人型を探そうとはせず、オルレアンはすたすたと前庭へ
足を踏み入れた。砂利を踏む音が鋭く耳に届く。
「本体って」
-----------------------------------------------------------
場所:正エディウス国内?
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延々と続く黒い町。ここは悪夢の光景に似ている。
どこまで歩いても終わらない景色に朝まで魘され続けた記憶は、もうどれだけ
昔のものだろう。心の一部を闇精霊に売り渡してから、悪い夢なんてもう見ない。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
元気に走っていく人型の群は、たぶん、絵だとか玩具だとかであればまだ、か
わいいと笑い飛ばせるのだろう。無数に蠢いているとなれば話は別で、間違えて
も愛玩対象にはなりようがない。人の嗜好はそれぞれだから、隣の軍人に同意を
求めるつもりにはならないけれど。
歩いて、歩いて――今まで歩き続けたのと何が違ったのかはわからないが、やが
て行く手に見え始めたのは、巨大な建造物だった。張り巡らされた高い壁を繋
ぎ、尖塔が並んでいる。
城郭。
人間社会で生きるようになって何年にもなるが、間近で見るのは珍しく、まじ
まじと見上げてしまう。灯りはない。音もない。生の気配は微塵もない。
「ここが目的地ですか?」
「……」
城壁を囲う堀の中は真黒で、空堀なのか何か嫌なもので満たされているのか判
断できなかった。飛び込む気は起こらない。
隣の軍人は、奇妙なまでの無表情で城壁を睨み、それから踵を返して歩き出した。
人型の黒は、既に堀に沿って進んでいる。
楽しげな足取りのそれらは、油断して目を離せば景色に溶けてしまいそうだ。
少し数が減ったように思える。見失っただけか、本当に減っているのか。
延々と歩き続けて、また無限の迷路に紛れたかと思い始めたころに、人型の様
子が変わった。歩みを止めて集まって、何かを待っている。
「……門」
上がっていた跳ね橋が鎖の音と共に落下して、堀の此方と彼方を結んだ。
音の余韻が静謐に響く。人型の群は躊躇いなく橋を渡り始めた。
「どうするですか?」
「今のところ矢の一本も飛んでこないから、あからさまな敵意はないんじゃない?」
「兵隊がいるようには見えませんですからね」
「そうね」
重い一歩め。歩き始めるオルレアンについて橋を渡った。
小さな塔をくぐり、中庭へ。
山ほどの軍隊を収められそうな広場は、がらんとして人影一つなかった。
どれだけの広さがあるのだろう。立ち並ぶ建物のどれがどの役割のためのもの
なのかもわからない。
人間の建築に無知だから――というよりも、単に、広すぎて何が何だかわからない。
距離感が狂い、大きささえも曖昧だ。一段と威容を誇る主塔は、果たして人間
に相応しい大きさをしているのだろうか。
「……どこへ行ったんでしょう」
「近くに本体がいるのよ、きっと」
一瞬のうちに見失った人型を探そうとはせず、オルレアンはすたすたと前庭へ
足を踏み入れた。砂利を踏む音が鋭く耳に届く。
「本体って」
-----------------------------------------------------------
PC:セラフィナ ザンクード
NPC:イナゴ軍団リーダー、“六つ眼の奇術師”
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
─後頭部に手を当て…90度に往復に回転させてゴキりと首を鳴らし、
自身の顔面を片手で覆って片膝をつくと、まさにこれ以上無い災難を食らった様子を
見せたザンクードは、苛立って嘆くように呟き始める。
「俺に…お前の身を“守る戦いをしろ”と…言っているのか?」
「それは違います。私はあなたをカフールに連れて行くのと引き替えで…」
─刹那……、セラフィナの頬すれすれを投擲小鎌が空を斬って、彼女の背後の直ぐ付
近にある木に刃が突き刺さる。
「いささか…口が過ぎたな…」
“計画外の面倒事”
それは彼にとってこの上ない障害でしか無い。ましてやセラフィナが口にしたのは…
人間という“最悪の多種族”の国家上層部内の骨肉争いの臭いを漂わせる話である。
想定通り、標的となるのはカフールという国そのもの…。
しかし…
最もそれなら“連中”は
国家の上層部などに手をつけなくても、いとも容易く壊滅状態に追い込める程に
残虐な武力を有するという事も頭にあった。
第一…ましてや人間の政府内の事情を、奴らが易々請け負うという事は絶対に無
い…。
人間共との因縁深き連中の集まりであるはずが、協力関係を築く理屈など“断じて”
有りはしない…。
今まさに…“厄介事”に巻き込まれそうなこの状況を腹立たしく思うよりも、その戦
場に自分を雇うにしたとして…
そんな中で“守る戦い”という注文に対する理不尽さが癪に障った…。
「─お前の察する通り、連中はお前を“捕獲”するために“交渉”を持ちかけた
“死んでも治らん大マヌケ共”だ…」
声色に…怒りの色が混じり始めるのを察知し、セラフィナは目を細め尋ねる。
「断ると…?」
「違う…。しかし…俺から見た今のお前は、道案内役に“極上の釣り餌”という特典
がついた程度の価値しかない。
そんなお前が出した条件は…“守る為の戦い”で、生憎俺はそんな生ヌルい“殺戮”
など求めていない。
滅ぶなら勝手に自滅すれば良い。
必要あらばお前と国の民もろとも斬り刻む事すら、俺は何も思う事など無い。
いずれにせよお前の国は“俺達の戦場”になるのだからな。
“守るという正義”だけで…俺が奴らを狩る事を望んでいると思うな。」
修羅場をくぐり抜けてきたか、それとも王女としての育てられた風格故か…
まばたき一つしない彼女の態度ですら、ザンクードにはこれ以上無い目障りだった。
何故なら相手が国家の重要な人間である以上…あらゆる立場上…
彼女は己の敵になりうる可能性を充分なまでに有していたからである。
溢れ出る殺気と憎悪
彼は“連中”にぶつけるはずの感情を…その全てを投げつけていた。
が……
「それでも構わない…」
放った投擲小鎌を抜き、柄を向けて差し出すセラフィナは…
沈黙を引き裂くように言い放つ。
言葉は、彼の禍々しい激情のダムを崩した…。
鎖付き二丁鎌“スピリストマーダー”が彼の手によって引き抜かれ…、セラフィナの
喉へと牙をむく。
───
─────「……“あなたは彼らとは違う”…」
─その間、零コンマ零数ミリ………
彼の激情の刃は…彼女の絹のような肌に、既に触れているかも分からぬ程の極小単位
の間で、ピタリと動きを停めた。
「フザケるな」
「確かに憶測ですがフザケてなどいません。あなたが彼等を執拗に追う理由も分から
ない。
けど私は、その“違い”だけは信じられます…。
いずれにせよ事が起こるなら私は…あなたを止める」
「黙れ」
「では何故…あなたは私を…」
“人間風情に何が分かる?”
そんな思想を過剰に掲げ…今も狂ったように虐殺を繰り広げる“奴ら”に
自分は全てを奪われた……───
──忌まわしい記憶はフラッシュバックのように…再び眼前のセラフィナの姿をかつ
ての師へと変える。
─『あんたがあたしから…この技の全てを会得したその時……』─
───そんな古き教えさえも思い出した時…
…手の震えを伝って、自分の武器がカタカタと鳴るのにやっと気が付き…
即座に握るその手を退き静かに刃を収納して、差し出された投擲小鎌を受け取った。
─やりにくくなったようにまた頭を抱えるザンクードに…セラフィナは気まずそうに
尋ねた…。
「あなたは何故…そこまで彼らを…」
悲痛すぎる問いかけだった…
一方では同情だったのかもしれないが…それでも彼には口にするには酷過ぎる話であ
った…
「…“知りすぎると…死を招く”と言っただろう。頼む…その事には触れるな…」
再び訪れた嫌な沈黙……
別になんら問題とも思わない…が…
彼女が毛布にくるまり…深刻に悩んでそうな様子が彼の複眼に映る度……──
嫌な同情を誘う……。
「…良いだろう…」
「え…?」
「……報酬は…お前の案内でチャラにしてやる。
そういう事なら、お前が向こうに着くまでなら…良いだろう」
“不意”に言ってしまった一言。どういう訳か…
とんだやりにくい相手に出くわしてしまった事に苦渋もしていたが…、
それ以上に彼女が憎めなかった…
「………良いんですか?本当に…」
再確認を求める彼女に…
彼はそれ以上の質問に
「二度も言わすな」とだけ言って
とそっぽを向いて、耳を傾けようとはしなかった…
──同刻
二人からかなり離れた距離から、こちらも河川をそって苦し紛れに移動する者がい
た…
あらゆる箇所に深手を負い、地を這う…
あの蝗衆のリーダー格だった。
あの攻撃の嵐からなんとか生き延びたとは言え………
胸から下は既に持っていかれ、片腕だけでその血みどろの半身を引きずり…彼は、タ
ーゲットと脅威たるあの怪物が手を組んだ事を知らせる為…
“目的と大義”の為に捧げた最後の生命を振り絞る。
と、自分の触角に…
一瞬…何か違和感を感じ…
ふと進んできた血痕の道を振り返った…──
その時だった──
「ドコへ行くンだよォ~?…」
品のない不気味な声が聞こえたと同時に…
急にリーダー格は呼吸困難に陥った瞬間、急に自分の体が宙へと浮き上がり…
彼はもがくが…闇に見えぬ“拘束具”は次第に彼の運動能力を奪い…
気がつけば河川の真上で停まる。
彼は最初…魔術師にとらえられたのかとも思った…しかし…
ふと振り返った時、
側頭部のすぐ近くにいつの間にか闇から現れた六つの複眼を見ると…
彼は驚愕した。
<あんたは…>
まるで…闇の空に逆さまに浮く、けむくじゃらの影…
そこから生えるように自分に伸びてくる四本腕に捕らえられ、六つ眼の影が尋ねる。
<セラフィナ・カフューは…ドコだ?>
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
NPC:イナゴ軍団リーダー、“六つ眼の奇術師”
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
─後頭部に手を当て…90度に往復に回転させてゴキりと首を鳴らし、
自身の顔面を片手で覆って片膝をつくと、まさにこれ以上無い災難を食らった様子を
見せたザンクードは、苛立って嘆くように呟き始める。
「俺に…お前の身を“守る戦いをしろ”と…言っているのか?」
「それは違います。私はあなたをカフールに連れて行くのと引き替えで…」
─刹那……、セラフィナの頬すれすれを投擲小鎌が空を斬って、彼女の背後の直ぐ付
近にある木に刃が突き刺さる。
「いささか…口が過ぎたな…」
“計画外の面倒事”
それは彼にとってこの上ない障害でしか無い。ましてやセラフィナが口にしたのは…
人間という“最悪の多種族”の国家上層部内の骨肉争いの臭いを漂わせる話である。
想定通り、標的となるのはカフールという国そのもの…。
しかし…
最もそれなら“連中”は
国家の上層部などに手をつけなくても、いとも容易く壊滅状態に追い込める程に
残虐な武力を有するという事も頭にあった。
第一…ましてや人間の政府内の事情を、奴らが易々請け負うという事は絶対に無
い…。
人間共との因縁深き連中の集まりであるはずが、協力関係を築く理屈など“断じて”
有りはしない…。
今まさに…“厄介事”に巻き込まれそうなこの状況を腹立たしく思うよりも、その戦
場に自分を雇うにしたとして…
そんな中で“守る戦い”という注文に対する理不尽さが癪に障った…。
「─お前の察する通り、連中はお前を“捕獲”するために“交渉”を持ちかけた
“死んでも治らん大マヌケ共”だ…」
声色に…怒りの色が混じり始めるのを察知し、セラフィナは目を細め尋ねる。
「断ると…?」
「違う…。しかし…俺から見た今のお前は、道案内役に“極上の釣り餌”という特典
がついた程度の価値しかない。
そんなお前が出した条件は…“守る為の戦い”で、生憎俺はそんな生ヌルい“殺戮”
など求めていない。
滅ぶなら勝手に自滅すれば良い。
必要あらばお前と国の民もろとも斬り刻む事すら、俺は何も思う事など無い。
いずれにせよお前の国は“俺達の戦場”になるのだからな。
“守るという正義”だけで…俺が奴らを狩る事を望んでいると思うな。」
修羅場をくぐり抜けてきたか、それとも王女としての育てられた風格故か…
まばたき一つしない彼女の態度ですら、ザンクードにはこれ以上無い目障りだった。
何故なら相手が国家の重要な人間である以上…あらゆる立場上…
彼女は己の敵になりうる可能性を充分なまでに有していたからである。
溢れ出る殺気と憎悪
彼は“連中”にぶつけるはずの感情を…その全てを投げつけていた。
が……
「それでも構わない…」
放った投擲小鎌を抜き、柄を向けて差し出すセラフィナは…
沈黙を引き裂くように言い放つ。
言葉は、彼の禍々しい激情のダムを崩した…。
鎖付き二丁鎌“スピリストマーダー”が彼の手によって引き抜かれ…、セラフィナの
喉へと牙をむく。
───
─────「……“あなたは彼らとは違う”…」
─その間、零コンマ零数ミリ………
彼の激情の刃は…彼女の絹のような肌に、既に触れているかも分からぬ程の極小単位
の間で、ピタリと動きを停めた。
「フザケるな」
「確かに憶測ですがフザケてなどいません。あなたが彼等を執拗に追う理由も分から
ない。
けど私は、その“違い”だけは信じられます…。
いずれにせよ事が起こるなら私は…あなたを止める」
「黙れ」
「では何故…あなたは私を…」
“人間風情に何が分かる?”
そんな思想を過剰に掲げ…今も狂ったように虐殺を繰り広げる“奴ら”に
自分は全てを奪われた……───
──忌まわしい記憶はフラッシュバックのように…再び眼前のセラフィナの姿をかつ
ての師へと変える。
─『あんたがあたしから…この技の全てを会得したその時……』─
───そんな古き教えさえも思い出した時…
…手の震えを伝って、自分の武器がカタカタと鳴るのにやっと気が付き…
即座に握るその手を退き静かに刃を収納して、差し出された投擲小鎌を受け取った。
─やりにくくなったようにまた頭を抱えるザンクードに…セラフィナは気まずそうに
尋ねた…。
「あなたは何故…そこまで彼らを…」
悲痛すぎる問いかけだった…
一方では同情だったのかもしれないが…それでも彼には口にするには酷過ぎる話であ
った…
「…“知りすぎると…死を招く”と言っただろう。頼む…その事には触れるな…」
再び訪れた嫌な沈黙……
別になんら問題とも思わない…が…
彼女が毛布にくるまり…深刻に悩んでそうな様子が彼の複眼に映る度……──
嫌な同情を誘う……。
「…良いだろう…」
「え…?」
「……報酬は…お前の案内でチャラにしてやる。
そういう事なら、お前が向こうに着くまでなら…良いだろう」
“不意”に言ってしまった一言。どういう訳か…
とんだやりにくい相手に出くわしてしまった事に苦渋もしていたが…、
それ以上に彼女が憎めなかった…
「………良いんですか?本当に…」
再確認を求める彼女に…
彼はそれ以上の質問に
「二度も言わすな」とだけ言って
とそっぽを向いて、耳を傾けようとはしなかった…
──同刻
二人からかなり離れた距離から、こちらも河川をそって苦し紛れに移動する者がい
た…
あらゆる箇所に深手を負い、地を這う…
あの蝗衆のリーダー格だった。
あの攻撃の嵐からなんとか生き延びたとは言え………
胸から下は既に持っていかれ、片腕だけでその血みどろの半身を引きずり…彼は、タ
ーゲットと脅威たるあの怪物が手を組んだ事を知らせる為…
“目的と大義”の為に捧げた最後の生命を振り絞る。
と、自分の触角に…
一瞬…何か違和感を感じ…
ふと進んできた血痕の道を振り返った…──
その時だった──
「ドコへ行くンだよォ~?…」
品のない不気味な声が聞こえたと同時に…
急にリーダー格は呼吸困難に陥った瞬間、急に自分の体が宙へと浮き上がり…
彼はもがくが…闇に見えぬ“拘束具”は次第に彼の運動能力を奪い…
気がつけば河川の真上で停まる。
彼は最初…魔術師にとらえられたのかとも思った…しかし…
ふと振り返った時、
側頭部のすぐ近くにいつの間にか闇から現れた六つの複眼を見ると…
彼は驚愕した。
<あんたは…>
まるで…闇の空に逆さまに浮く、けむくじゃらの影…
そこから生えるように自分に伸びてくる四本腕に捕らえられ、六つ眼の影が尋ねる。
<セラフィナ・カフューは…ドコだ?>
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ウサギの女将 ラズロ リリア リック
場所:エドランス国 せせらぎ亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、アベル君おかえり……?」
アベルにヴァネッサが声をかけ終わるより先に、ドタドタと後から人が続いた。
一人はラズロ。
実技に入り始めてから一緒に帰ってくる事が多くなっているので、これはいつも
の事。
「お、ヴァネッサー。」
「おしゃましまーす。」
いつもと違うのはリリアとリックがついてきているところだった。
もちろんこの一月あまり、幾度かここに顔を出した事はあるが、基本的に昼間だ
けで、姉弟が忙しそうにしている夜の営業の邪魔にならなようにしていた。
いまは営業時間にはまだ早いが、ゆっくりしていくというには開店準備を考える
と適当とはいえないだろう。
「え、どうしたの?」
こんな時間に来るぐらいだし、なにかあったのかときをまわす義姉にアベルは説
明しようとして、女将とヴァネッサが何か話中だったことを思い出した。
「えーと、いやこっちは後でもいいんだけど、そっちこそなにかあったの?」
あ、と思い出したように女将を見てまたリリアとリックを見るヴァネッサ。
この時間女将は料理の仕込みの最終調整で厨房にいるのが普通。
アベルならずとも何かの話の最中である事はすぐにわかるところである。
当然、リリアとリックもそれを察してうなづく。
「あ、あのね実は……。」
さりげなく女将が進めた席に全員が腰をおとすのをまって、調味料調達の事を話
した。
「ふむ、一日って事は日帰りか一泊ぐらいか。どういうことすればいいのですか?」
ラズロが女将に聞いた。
けっして砕けてきたとはいいがたいが、最近のラズロはここに来たころにあった
壁を意識してかどうか取り払いつつあるようだった。
そんなラズロに女将は笑顔でうなづいた。
「そうそうそう。調味料は翌日のお昼ぐらいまでに間に合えばいいから無理に夜に
強行するより、一晩休んで戻ってくれればいいわ。」
それで調味料の集めかたなんだけど、と女将の話によれば、要は香草を採取する
と言うことだった。
本当ならちゃんと仕入れ問屋に卸してもらっているのだが、手違いで次のが入っ
ていないため、店を一日休みにして自分でとりに行こうとしていたのだった。
「ね、お世話になってるんだし、わたしたちでなんとかできないかな?」
ヴァネッサはアベルに懇願するようにいってみた。
もしアベルが断れば、さすがに自分ひとりでは荷が重い。
しかし、意外とあっさりアベルはうなづいた。
「運、いいんじゃないかな、な、ラズロ?」
「たしかに、手始めには手ごろなクエストだろう。」
ラズロが無愛想ながらアベルに同意する。
するとなぜか、リリアとリックもなぜか頷いて賛同の意を表した。
「え?え?えーと、ラズロはともかくリリアとリックは??」
そういえば二人は何をしにきたんだっけ、とヴァネッサは疑問で混乱した。
「ふふふ、あのね、実はさっきまで先生のところにクエスト挑戦の申請してたの
よ。」
リリアがうれしそうに答えた。
ようやく一通りの第一段階取得がすんだこともあり、そろそろPTを組んでクエス
トにでても良いころだろうと、担任に申請の仕方を終わりながら手続きしていのだ。
実践主義のアカデミーは、クエストでのポイントもちゃんと考慮される。
そのため、もともと冒険者として実力のあるものなら、あっという間に修士を取
得できたりするのも珍しくない。
もっともそういう連中は資格よりも、アカデミーでしか学べない事に興味があっ
てわざわざ入学してくるので、資格取得後も席を残したままというのがほとんどら
しい。
話がそれたが、つまり――言いだしっぺはリックだった――かれらもそろそろポ
イントを稼ぎつつ経験もつもうという話だったのだ。
それで今日は簡単にヴァネッサに話しを通しておいて明日あたりから構内ギルド
でクエストを物色する予定だったのだ。
「こういう自分で請けた仕事でも実際に取り掛かる前に申告しとけ、跡で結果に応
じて評価してくれるらしいし、取りあえずの肩ならしにはいいんじゃない?」
リリアもリックも低ランクとはいえ、冒険者からの入学者だ。
それなりの経験もあるが、なんといってもPTとして組むのは初めての面子。
一泊で、調味材用香草探しなら実地訓練としては手ごろに思えた。
「まあまあまあ、みんなでいってくれるの? じゃあお腹へるでしょうから……。」
「おーっと、訓練もかねてんだ食料は現地調達にしようぜ。」
リックの提案に女将は手をパムと打ち、
「あらあらあら、でもお昼の用意くらいはいいわよね。 それに返ってきたらお腹
ペコペコでしょうからおいしいもの作って待ってるわ。」
それにはアベルがうれしそうに頷いた。
「報酬(ご馳走)まであるんだし、ヴァネッサもいいだろ?」
「え、ええ。もともと私からお願いのつもりだったし。」
いずれにせよ、これは楽しみだ、と子供たちの目が輝きだしたのを見て、女将さん
もうれしそうに目を細めた。
――――――――――――――――
――――――――――――――――
NPC:ウサギの女将 ラズロ リリア リック
場所:エドランス国 せせらぎ亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、アベル君おかえり……?」
アベルにヴァネッサが声をかけ終わるより先に、ドタドタと後から人が続いた。
一人はラズロ。
実技に入り始めてから一緒に帰ってくる事が多くなっているので、これはいつも
の事。
「お、ヴァネッサー。」
「おしゃましまーす。」
いつもと違うのはリリアとリックがついてきているところだった。
もちろんこの一月あまり、幾度かここに顔を出した事はあるが、基本的に昼間だ
けで、姉弟が忙しそうにしている夜の営業の邪魔にならなようにしていた。
いまは営業時間にはまだ早いが、ゆっくりしていくというには開店準備を考える
と適当とはいえないだろう。
「え、どうしたの?」
こんな時間に来るぐらいだし、なにかあったのかときをまわす義姉にアベルは説
明しようとして、女将とヴァネッサが何か話中だったことを思い出した。
「えーと、いやこっちは後でもいいんだけど、そっちこそなにかあったの?」
あ、と思い出したように女将を見てまたリリアとリックを見るヴァネッサ。
この時間女将は料理の仕込みの最終調整で厨房にいるのが普通。
アベルならずとも何かの話の最中である事はすぐにわかるところである。
当然、リリアとリックもそれを察してうなづく。
「あ、あのね実は……。」
さりげなく女将が進めた席に全員が腰をおとすのをまって、調味料調達の事を話
した。
「ふむ、一日って事は日帰りか一泊ぐらいか。どういうことすればいいのですか?」
ラズロが女将に聞いた。
けっして砕けてきたとはいいがたいが、最近のラズロはここに来たころにあった
壁を意識してかどうか取り払いつつあるようだった。
そんなラズロに女将は笑顔でうなづいた。
「そうそうそう。調味料は翌日のお昼ぐらいまでに間に合えばいいから無理に夜に
強行するより、一晩休んで戻ってくれればいいわ。」
それで調味料の集めかたなんだけど、と女将の話によれば、要は香草を採取する
と言うことだった。
本当ならちゃんと仕入れ問屋に卸してもらっているのだが、手違いで次のが入っ
ていないため、店を一日休みにして自分でとりに行こうとしていたのだった。
「ね、お世話になってるんだし、わたしたちでなんとかできないかな?」
ヴァネッサはアベルに懇願するようにいってみた。
もしアベルが断れば、さすがに自分ひとりでは荷が重い。
しかし、意外とあっさりアベルはうなづいた。
「運、いいんじゃないかな、な、ラズロ?」
「たしかに、手始めには手ごろなクエストだろう。」
ラズロが無愛想ながらアベルに同意する。
するとなぜか、リリアとリックもなぜか頷いて賛同の意を表した。
「え?え?えーと、ラズロはともかくリリアとリックは??」
そういえば二人は何をしにきたんだっけ、とヴァネッサは疑問で混乱した。
「ふふふ、あのね、実はさっきまで先生のところにクエスト挑戦の申請してたの
よ。」
リリアがうれしそうに答えた。
ようやく一通りの第一段階取得がすんだこともあり、そろそろPTを組んでクエス
トにでても良いころだろうと、担任に申請の仕方を終わりながら手続きしていのだ。
実践主義のアカデミーは、クエストでのポイントもちゃんと考慮される。
そのため、もともと冒険者として実力のあるものなら、あっという間に修士を取
得できたりするのも珍しくない。
もっともそういう連中は資格よりも、アカデミーでしか学べない事に興味があっ
てわざわざ入学してくるので、資格取得後も席を残したままというのがほとんどら
しい。
話がそれたが、つまり――言いだしっぺはリックだった――かれらもそろそろポ
イントを稼ぎつつ経験もつもうという話だったのだ。
それで今日は簡単にヴァネッサに話しを通しておいて明日あたりから構内ギルド
でクエストを物色する予定だったのだ。
「こういう自分で請けた仕事でも実際に取り掛かる前に申告しとけ、跡で結果に応
じて評価してくれるらしいし、取りあえずの肩ならしにはいいんじゃない?」
リリアもリックも低ランクとはいえ、冒険者からの入学者だ。
それなりの経験もあるが、なんといってもPTとして組むのは初めての面子。
一泊で、調味材用香草探しなら実地訓練としては手ごろに思えた。
「まあまあまあ、みんなでいってくれるの? じゃあお腹へるでしょうから……。」
「おーっと、訓練もかねてんだ食料は現地調達にしようぜ。」
リックの提案に女将は手をパムと打ち、
「あらあらあら、でもお昼の用意くらいはいいわよね。 それに返ってきたらお腹
ペコペコでしょうからおいしいもの作って待ってるわ。」
それにはアベルがうれしそうに頷いた。
「報酬(ご馳走)まであるんだし、ヴァネッサもいいだろ?」
「え、ええ。もともと私からお願いのつもりだったし。」
いずれにせよ、これは楽しみだ、と子供たちの目が輝きだしたのを見て、女将さん
もうれしそうに目を細めた。
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