件 名 :
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/30 21:41
PC:エスト(ギゼー メデッタ アイリス エスト サノレ)
場所:ソフィニア
NPC:猫 花売り娘
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この空き樽に腰掛けるのは、一体何度目だろうか。
エストは、ぼんやりとそんなことを思った。
それから、己の足元に目をやった。
――赤い首輪に、白黒のブチ模様の猫が、金色の目で彼をじっと見上げている。
エストは、めんどくさそうに頭をかいた。
「……よかったじゃねえか。取り越し苦労でよ」
それから、深く息をついた。
白黒ブチの猫は、真似するように、ふぷ、と短く息を吐いた。
「うむ……何か恐ろしい事件にでも巻き込まれたのではないかと思って心配していた
が、何事もなかったようだ。うん、良かった良かった」
エストと白黒ブチの猫が話しているのは、行方不明になっていた花売り娘のことだ。
花売り娘の身を案じ、探し出すまでは絶対に飼い主の元に帰らないとまで宣言してい
た白黒ブチの猫だが、その花売り娘がつい昨日、ひょっこりと広場に現れたのであ
る。
衰弱しているとか目が虚ろだとか妙に怯えているだとか、そういうこともなく、猫い
わく「いたって記憶の通り。変わりなし」である。
今日も今日とて、彼女は広場で花を売っている。
「ほらよ、今日の分」
エストは、小さな包みを取り出すと、地面に置いて開いた。
この白黒ブチの猫に付き合わされている間、いつも与えていたソーセージだ。
「おお、かたじけない。ではさっそく」
礼を述べると、白黒ブチの猫は、ソーセージにはぐはぐと美味そうにかぶりつく。
その様をぼんやり見つめながら、エストは思った。
(これでやっと、依頼が果たせるな)
依頼とは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだ。
報酬はさほどのものではないが、ソフィニアを出て、しばらく歩くぐらいなら充分事
足りる額だ。
報酬を手に入れ次第、エストはソフィニアを出る気でいた。
あとは、この猫が飼い主の元に戻れば全て丸く収まる。
「……それを食い終わったら、飼い主のところに帰れ」
そう言うと、白黒ブチの猫は食べるのを中断し、じっと見上げてきた。
「……お若いの。もう一つだけ、ワガハイの頼みを聞いてはくれないか」
「内容によるぞ」
言いつつも、エストはよほど面倒で時間のかかることでもなければ、引き受けるつも
りでいた。
「簡単なことだよ。花売り娘が今まで一体どこでどうしていたのか、さりげなく聞き
出してきて欲しいのだ」
「……断る」
エストは、渋い顔をした。
若かろうが年老いていようが、女と話すのは苦手だ。
「ワガハイが人間だったなら、自分で聞き出している。だが、ワガハイは猫なのだ。
猫が喋れば化け物と言われる。どうか……頼まれてくれ」
エストは猫を飼った事もないし、特別好きというわけでもない。
つまり、猫の表情など読み取れない。
しかし、この白黒ブチの猫は、懸命な顔をしているように見えた。
おそらくは、こいつが人間の言葉を喋るからだ。
「……ちっ」
小さく舌打ちすると、エストは空き樽から腰を上げた。
「お花ー、お花です、買ってください。かわいいお花、いかがですかー?」
花売り娘は、頭にスカーフをかぶり、小さくかわいらしい花を入れたカゴを片手に、
広場を歩きながら声をかけている。
だが、そうそう足を止める者はいない。
もう少し見栄えのする大きな花や派手な色の花ならば、少しは売れたかもしれない
が。
エストは、呼吸を整えると、花売り娘に近寄った。
「……おい」
声をかけられた花売り娘は、エストを見るなり、ビクッと震えた。
「な、なんでしょう? あの、売り上げなんて本当にわずかなんです。パン一切れ買
えるかどうかも怪しいところなんです。見逃してください」
……何か、勘違いをされたようだ。
「違う」
「これを取られたら、わたし、生活できなくなってしまいます。こんな貧しい花売り
娘からお金を取り上げるなんて、ひど過ぎます」
「違う」
「お願いです、見逃してください。わたし、何も悪いことなんてしていないの
に……」
「違うって言ってんだろうが!」
花売り娘の尋常ではない怯え方にイライラし、エストは思わず声を荒げてしまった。
――まずい、と思った時には遅かった。
花売り娘はとび色の瞳をまあるく見開き……そのふちに、みるみるうちに涙があふれ
てきた。
この二人の様子、世間的には、『いかにもガラの悪そうな若い男が、か弱い花売り娘
をいびり、いちゃもんつけてわずかな売り上げをむしり取ろうとしている』としか見
えない。
近くを通る人間が、何事かとチラチラこちらを見ては通り過ぎていく。
エストは、仏頂面で花売り娘に片手を差し出した。
「……花」
で、ぼそりと告げた。
「はい……?」
「花。全部……」
「やめてくださいっ、これ、わたしの大切な商品なんですっ」
買ってやる、と言い終えないうちに、必死の形相で花売り娘はカゴをかばう。
「だから……買ってやるってんだよ」
「そんな、ひどい、か弱い女の子から買って……え……買う……買うって……?」
ようやく言葉を理解してくれた花売り娘が、驚いた顔でエストを見つめる。
「あの……このお花、買ってくださるんですか……?」
「さっきからそう言ってんだろうが」
「す、すみません! わたし、誤解しちゃって!」
花売り娘が慌てて謝るのを手で制し、
「これで足りるか」
と、銀貨を差し出してみると、花売り娘はおずおずとエストを見上げた。
「あの……後で、お金を返せなんて言わない……ですよね……?」
「言うか」
(俺はそこまでの悪人ヅラかっ)
叫びたいのをこらえるエストである。
銀貨一枚と引き換えに手に入れた花は、片手でどうにかまとめてつかめる量だった。
本当は釣りがあるのだが、エストは面倒がって「いらん」と断った。
さて、そろそろ本題の質問をしなければなるまい。
エストは、咳払いをした。
「……ところで、お前」
「は、はいっ」
花売り娘は、緊張でガチガチになった笑顔を向けてくる。
――花を買ってくれたお客さんということで、気を使っているらしい。
「最近ここにいなかったんだってな、何かあったのか?」
「え……?」
戸惑ったように花売り娘は眉をひそめた。
エストは、頭をかいた。
やはり、女と話すのは苦手だ。
「俺の知ってる奴が……お前のことを気にかけていた」
「あ、ああ、そうなんですか」
ちょっと緊張をほどいたらしい花売り娘は、
「ここで花を売っていたら、おばあさんが『うちでしばらく働かないか』って言っ
て、雇ってくれたんです。それで、しばらく花売りを休んで、お屋敷で働いていまし
た」
割合、親しげに答えてくれた。
「……なるほど」
話す口調から見ても、特に異常はなさそうだ。
「それが、なんでここにいる」
そう聞くと、途端に花売り娘は苦笑をうかべ、うつむいた。
「……それが……あまり向いてなかったみたいで……暇を出されちゃいました……」
それはまあ、なんともしがたい話である。
「あまり気を落とすな……じゃあな」
エストは、片手につかんだ花の束を軽く掲げると、白黒ブチの猫の元へと歩き出し
た。
花売り娘が、一体どこでどうしていたのかを教えてやらなければならない。
それから、飼い主の元へとお帰り願おう。
報酬を手に入れたら、ソフィニアを出るのだ。
片手につかんだ花の束のみずみずしい香りが、つんと鼻に届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/30 21:41
PC:エスト(ギゼー メデッタ アイリス エスト サノレ)
場所:ソフィニア
NPC:猫 花売り娘
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この空き樽に腰掛けるのは、一体何度目だろうか。
エストは、ぼんやりとそんなことを思った。
それから、己の足元に目をやった。
――赤い首輪に、白黒のブチ模様の猫が、金色の目で彼をじっと見上げている。
エストは、めんどくさそうに頭をかいた。
「……よかったじゃねえか。取り越し苦労でよ」
それから、深く息をついた。
白黒ブチの猫は、真似するように、ふぷ、と短く息を吐いた。
「うむ……何か恐ろしい事件にでも巻き込まれたのではないかと思って心配していた
が、何事もなかったようだ。うん、良かった良かった」
エストと白黒ブチの猫が話しているのは、行方不明になっていた花売り娘のことだ。
花売り娘の身を案じ、探し出すまでは絶対に飼い主の元に帰らないとまで宣言してい
た白黒ブチの猫だが、その花売り娘がつい昨日、ひょっこりと広場に現れたのであ
る。
衰弱しているとか目が虚ろだとか妙に怯えているだとか、そういうこともなく、猫い
わく「いたって記憶の通り。変わりなし」である。
今日も今日とて、彼女は広場で花を売っている。
「ほらよ、今日の分」
エストは、小さな包みを取り出すと、地面に置いて開いた。
この白黒ブチの猫に付き合わされている間、いつも与えていたソーセージだ。
「おお、かたじけない。ではさっそく」
礼を述べると、白黒ブチの猫は、ソーセージにはぐはぐと美味そうにかぶりつく。
その様をぼんやり見つめながら、エストは思った。
(これでやっと、依頼が果たせるな)
依頼とは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだ。
報酬はさほどのものではないが、ソフィニアを出て、しばらく歩くぐらいなら充分事
足りる額だ。
報酬を手に入れ次第、エストはソフィニアを出る気でいた。
あとは、この猫が飼い主の元に戻れば全て丸く収まる。
「……それを食い終わったら、飼い主のところに帰れ」
そう言うと、白黒ブチの猫は食べるのを中断し、じっと見上げてきた。
「……お若いの。もう一つだけ、ワガハイの頼みを聞いてはくれないか」
「内容によるぞ」
言いつつも、エストはよほど面倒で時間のかかることでもなければ、引き受けるつも
りでいた。
「簡単なことだよ。花売り娘が今まで一体どこでどうしていたのか、さりげなく聞き
出してきて欲しいのだ」
「……断る」
エストは、渋い顔をした。
若かろうが年老いていようが、女と話すのは苦手だ。
「ワガハイが人間だったなら、自分で聞き出している。だが、ワガハイは猫なのだ。
猫が喋れば化け物と言われる。どうか……頼まれてくれ」
エストは猫を飼った事もないし、特別好きというわけでもない。
つまり、猫の表情など読み取れない。
しかし、この白黒ブチの猫は、懸命な顔をしているように見えた。
おそらくは、こいつが人間の言葉を喋るからだ。
「……ちっ」
小さく舌打ちすると、エストは空き樽から腰を上げた。
「お花ー、お花です、買ってください。かわいいお花、いかがですかー?」
花売り娘は、頭にスカーフをかぶり、小さくかわいらしい花を入れたカゴを片手に、
広場を歩きながら声をかけている。
だが、そうそう足を止める者はいない。
もう少し見栄えのする大きな花や派手な色の花ならば、少しは売れたかもしれない
が。
エストは、呼吸を整えると、花売り娘に近寄った。
「……おい」
声をかけられた花売り娘は、エストを見るなり、ビクッと震えた。
「な、なんでしょう? あの、売り上げなんて本当にわずかなんです。パン一切れ買
えるかどうかも怪しいところなんです。見逃してください」
……何か、勘違いをされたようだ。
「違う」
「これを取られたら、わたし、生活できなくなってしまいます。こんな貧しい花売り
娘からお金を取り上げるなんて、ひど過ぎます」
「違う」
「お願いです、見逃してください。わたし、何も悪いことなんてしていないの
に……」
「違うって言ってんだろうが!」
花売り娘の尋常ではない怯え方にイライラし、エストは思わず声を荒げてしまった。
――まずい、と思った時には遅かった。
花売り娘はとび色の瞳をまあるく見開き……そのふちに、みるみるうちに涙があふれ
てきた。
この二人の様子、世間的には、『いかにもガラの悪そうな若い男が、か弱い花売り娘
をいびり、いちゃもんつけてわずかな売り上げをむしり取ろうとしている』としか見
えない。
近くを通る人間が、何事かとチラチラこちらを見ては通り過ぎていく。
エストは、仏頂面で花売り娘に片手を差し出した。
「……花」
で、ぼそりと告げた。
「はい……?」
「花。全部……」
「やめてくださいっ、これ、わたしの大切な商品なんですっ」
買ってやる、と言い終えないうちに、必死の形相で花売り娘はカゴをかばう。
「だから……買ってやるってんだよ」
「そんな、ひどい、か弱い女の子から買って……え……買う……買うって……?」
ようやく言葉を理解してくれた花売り娘が、驚いた顔でエストを見つめる。
「あの……このお花、買ってくださるんですか……?」
「さっきからそう言ってんだろうが」
「す、すみません! わたし、誤解しちゃって!」
花売り娘が慌てて謝るのを手で制し、
「これで足りるか」
と、銀貨を差し出してみると、花売り娘はおずおずとエストを見上げた。
「あの……後で、お金を返せなんて言わない……ですよね……?」
「言うか」
(俺はそこまでの悪人ヅラかっ)
叫びたいのをこらえるエストである。
銀貨一枚と引き換えに手に入れた花は、片手でどうにかまとめてつかめる量だった。
本当は釣りがあるのだが、エストは面倒がって「いらん」と断った。
さて、そろそろ本題の質問をしなければなるまい。
エストは、咳払いをした。
「……ところで、お前」
「は、はいっ」
花売り娘は、緊張でガチガチになった笑顔を向けてくる。
――花を買ってくれたお客さんということで、気を使っているらしい。
「最近ここにいなかったんだってな、何かあったのか?」
「え……?」
戸惑ったように花売り娘は眉をひそめた。
エストは、頭をかいた。
やはり、女と話すのは苦手だ。
「俺の知ってる奴が……お前のことを気にかけていた」
「あ、ああ、そうなんですか」
ちょっと緊張をほどいたらしい花売り娘は、
「ここで花を売っていたら、おばあさんが『うちでしばらく働かないか』って言っ
て、雇ってくれたんです。それで、しばらく花売りを休んで、お屋敷で働いていまし
た」
割合、親しげに答えてくれた。
「……なるほど」
話す口調から見ても、特に異常はなさそうだ。
「それが、なんでここにいる」
そう聞くと、途端に花売り娘は苦笑をうかべ、うつむいた。
「……それが……あまり向いてなかったみたいで……暇を出されちゃいました……」
それはまあ、なんともしがたい話である。
「あまり気を落とすな……じゃあな」
エストは、片手につかんだ花の束を軽く掲げると、白黒ブチの猫の元へと歩き出し
た。
花売り娘が、一体どこでどうしていたのかを教えてやらなければならない。
それから、飼い主の元へとお帰り願おう。
報酬を手に入れたら、ソフィニアを出るのだ。
片手につかんだ花の束のみずみずしい香りが、つんと鼻に届いた。
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