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2025/10/20 03:50 |
立金花の咲く場所(トコロ) 39/ヴァネッサ(周防松)
件  名 :
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/17 23:34


PC:(アベル) ヴァネッサ 
NPC:ウサギの女将 ラズロ
場所:エドランス国 せせらぎ亭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ギサガ村を出て、王都での……というよりも、アカデミーでの生活を始めてからしば
らくの日数が経った。
やはり王都の規模は、長く過ごしてきた村のそれとは違う。
ギサガ村は、半日もかからず全てを回ることもできた。
しかし王都は……言わずもがな。
一気に広くなった世界に、時折戸惑いながら、どうにかこうにか毎日を送っている。
今はまだ『日常』とは呼べないが、そのうちに慣れきって、村で生活していた時のよ
うな感覚で暮らす時が来るのだろう。

(そろそろ、お義母さんに手紙を出そうかな……)

とぼとぼとアカデミーからの帰り道を歩きながら、ヴァネッサはそんなことを考えて
いた。
村を出る時に、カタリナとそんな会話をしていたのだ。
「落ちついたら手紙を書きます」と。
その「落ちついたら」というのが、そろそろ、今頃じゃないかとヴァネッサは思って
いた。

(書き出しはどうしようかな。えーと、最初は『お義母さんへ』で始まって、『お元
気ですか?』かな……その次が、『私は元気です』……あ、でも、私だけじゃなく
て、アベル君やラズロ君のことも書きたいし、そうしたら、『私達は元気です』の方
がいいのかな?……うーん……でも、それって変……)

誰かに手紙を書くなんて初めてのことで、ヴァネッサは手紙につづる文章を考えるの
に夢中である。

この場にアベルがいたら一緒になって文章を考えたりしてくれそうなものだが、今日
はいない。
アベルは何やら先生に呼び出されてしまい、待っていようかと思っていたのだが、他
ならぬアベルから「話が長くなりそうだから」と促され、一人で先に帰ることになっ
てしまった。
……アベルとヴァネッサは、村にいた時と同じように、今もだいたい一緒に行動して
いる。
深い意味はない。
仲が悪いわけじゃないのだし、何より気心が知れた相手だから、ぐらいの理由であ
る。
もし、お互いに少しでも妙な感情があるのなら、意識してしまう事で距離ができてく
るだろう。
二人には、そんな気配すらない。
すなわち、お互いをそんな対象として見ていない、ということである。

リリアなどは、何やらそんな設定の恋愛小説を読んだらしく「血のつながらない兄と
か弟とのラブロマンスって、経験してみたい!」などとのたまって、ヴァネッサをひ
たすら苦笑させたものだが。

だいたい手紙に書く内容が決まったところで、せせらぎ亭に到着した。
考え事をしながらでも無事に辿りつけるようになったのは、大いなる進歩である。
少し前ならば、曲がるべき角を通り過ぎてしまったり、道を一本間違えてしまったり
ということもあった。

「た、ただいま……」

いまだに、敬語を使いそうになるのをこらえながら、ヴァネッサは帰宅の挨拶をし
た。
すると、女将がパタパタと厨房の奥から小走りにやってきた。
女将は、そんなヴァネッサに「おかえりなさい」と微笑むと、それから、ちょっと慌
ただしい感じで、
「ねぇねぇねぇ、ヴァネッサちゃん。急なんだけど、明日は臨時休業にするわ。アベ
ル君やラズロ君が来たら、そう伝えておいてちょうだい。じゃあじゃあじゃあ、私、
これからちょっとだけ出かけてくるから」
「臨時休業……ですか?」
ヴァネッサは、首をかしげて女将を見た。
カタリナが店を休むことは滅多になかった。
その滅多にない休みの日というのが、体の具合が悪くて、どうにもならないという時
だった。
(女将さん……具合が悪いのかな)
そう思うと、出かけるという女将が心配になる。
「女将さん。お体の具合が悪いのなら、その用事、私が代わりに行って来ますけ
ど……」
すると、女将はぴょこんと耳を動かした。
「あらあらあら、心配してくれるのはありがたいけど、そうじゃないのよぉ」
「え?」
ヴァネッサは思わず首を傾げてしまう。
それなら、一体どういった理由だろうか。

「それがねぇ、うちのお店の味を支える、大事な調味料が底をついちゃったから、明
日はそれを取りに行くために、お休みにするのよ。これから、明日出かけるための準
備をするの。そんな、深い事情とかじゃないから、安心してね」

そう言いながら、小さな両手を口元で合わせている仕草が、なんとも可愛らしい。
女将の正確な年齢はわからないが、おそらくはカタリナやギアよりも上だろう。
それなのに、やっぱり、可愛い。
……失礼になるだろうから、決して口にはしないけれど。

「あ……あの」
不意に、ヴァネッサの頭に一つ、ひらめきが起きた。
「なぁに?」
そう言って見上げてくる丸い瞳が、何とも愛くるしい。
「あの、その、調味料を取りに行くの、やらせてもらえませんか?」
「えぇえぇえぇ? 別に、難しいことじゃないからいいけど……でもでもでも、いい
の? アカデミーでの授業とかもあるんでしょう?」
「授業の方は何とかなります。それに、そういう用事って、下宿させてもらってる側
がやるもの、っていう気がするし……」
役に立ちたいんです、と言うと大げさな気がして、ちょっと言えないヴァネッサであ
る。
女将は、そんなヴァネッサを見上げて、ふ、と力を抜いた。
「うーん……それなら、お願いしちゃおうかしら。じゃあじゃあじゃあ、今から
ちょっと説明するわね」
「はい」


「ただいま!」

そこへ、アベルが帰ってきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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2007/04/21 22:13 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
Rendora-1/アダム(Caku)
PC アダム クロエ
NPC 第一領領主シメオン/シックザール
Place 正統エディウス帝國第一領ノルジア・都ラドフォード内シメオン屋敷→
屋敷の裏手の森
------------------------------------------------------------

「あだだだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー!!!!」

痛い、そりゃあもう。
なんてったって、肩抉られましたからねそこ。ざくっと、えぇざくっと。

「痛い!ていうか、痛いって言えないほどいてぇ!!ぎゃあああああああーー
ー」

エルフのお姉さんは、それでもすっげぇ綺麗な笑顔で、包帯をきつくしめあげ
た。Sだ!綺麗なお姉さんのくせにSだ!でも綺麗だから許す!でも痛い!
と、かなり論理破綻した思考のアダムであった。

*********




『…シメオン、クロエ。お茶にしましょう』

優しい姉の声はいつから自分を苦しめるようになったんだろうか…。
やや頭痛の響く頭を振り払うように、寝室のベランダに出たシメオンはため息
をついた。クリノクリア・エルフの都ラドフォードと、クリノクリアの森全景
を見渡せるこのベランダは、クリノクリア・エルフの祖先が作り上げたもの
で、幼い頃は姉と自分と、そして幼馴染とよく遊んだものだ。
あの頃はよかった、と柄にもなく感傷的になってしまうのは、やはり今日の昼
の事が自分の中で尾を引いているのだろう。一ヶ月ほど前に、エルフの親子が
都市外で襲われ、子供を攫われるという事件が起こった。その子供を別の街で
助けたという旅の青年に対して、都を守るエルフらは一斉に魔法攻撃を仕掛け
てしまったのだ。

青年は軽傷ではないが、命に別状はないという。エルフらの過剰反応は今に始
まったことではない、近頃はエルフらが人間に対して過激な行動をし、出入り
の商人などが個人で武装を強める。それがさらにエルフらの感情を逆撫でし、
警戒をさせる。シメオンの権限を持ってしても、人間らとエルフらの個人感情
だけはどうにもならない。シメオン自身ですら、いまだ人に根深い不信感があ
ることも解決の糸口が見えない要因の一つだ。

「シメオン様、客人の手当てが終わりました」

屋敷仕えの女中エルフがやってきて、例の青年の報告をする。シメオンは何事
もないかったように、平静に聞き返えした。

「そうか、ご苦労だった。具合はどうだ?」

「光の矢が左肩を貫通、右足を掠めていましたが肩以外は完治したようです。
肩は数日ほどはかかるようですが…」

「わかった、後は私が相手をしよう。君は下がりなさい」

「はい」

女中を下がらせ、シメオンはもう一度だけ姉の声が聞こえたような気がした。
人間もエルフも分け隔てなく接した姉。それがシメオンの常に目標だった、そ
れは…彼女が死んだ後も、変わらない。変わらないのだと、自分に言い聞かせ
て。


*********


「…初めまして、客人よ。私の名前はシメオン。正統エディウス第一領ノルジ
ア領領主シメオンです」

アダムという青年は、最初ぽかーんとした表情のあと、うーんだのむーんだの
唸ってから、いきなり驚いた顔でこちらを指差した。人の年齢で20過ぎだと
いう、シメオンにとってはまだ赤子にも感じる年齢だが、彼は随分と若く見え
る。リアクションが素直なせいもあるのかもしれない。

「しめっ、シメオンって!あいやシメオンさんってあの“トレントの王様”の
シメオン!?」

「…あぁ、そのような童謡がエディウス人の間にあることは知っております
が、貴方の国はもしや」

すっと目を細めて、目の前の青年を注意深く観察する。髪色は違うが、よくよ
くみれば確かに瞳はエディウス人種特有の深い青緑色であり、顔立ちや背丈も
この地方の人間の平均的身長に合致する。ちなみに“トレントの王様”という
のは、二百年前ぐらいから人間達が自分の召喚するトレント(木の精霊)のこ
とを童謡化したものである。この地方の民謡の一つだ。

「そうですか、なるほど貴方は確かにエディウス人の血統のようだ」

「あー…まぁ父親のほうが移民だったし。それに前の国家分断で家族で国出た
から、もうここの人間だとは言えねーかもな」

互いに沈黙。アダムはこの話題は避けるべきだったと後悔し、別の話題を振る
ことにする。

「えと、他にも色々母さんは知ってた。ほら“竜の歌”とか」

「あぁ」

シメオンも話題に相槌をあわせる。エディウス地方にはドラゴンが多い、人の
生息域と竜の生息域が重なることは珍しいことではあるが、それはエディウス
地方の特性故だ。

「エディウス地方には鉱石や宝石の類といった「地」の流れが存在します。エ
ディウス鉄脈などもあり、元々大地に根付くドラゴンらが集まりやすいのでし
ょう」

エラスムス山脈などもあり、そこには宝石竜という他ではあまりお目にかかれ
ないドラゴンも存在する。大陸の中央であり、また世界の魔力(マナ)が均等
に循環しやすいのだろう。他にもさまざまなドラゴンがエディウス地方には存
在する。

「エディウスに住む者にとってドラゴンはある意味では身近な存在であったの
ですから、この地方の言い伝えや民謡で一つのジャンルが出来ていくのも不思
議ではない」

「エラスムスの歌、とかよく聞いたなぁ。宝石で出来たドラゴンとかすごいよ
なーエラスムスっていうのも、ドラゴンなんだから、きっとでっかいんだろう
なぁ。」

エラスムス、というのは新生エディウス第4領セイレランと第7領エクレアにま
たがる山脈にすまうドラゴンのことだ。大陸全土を見回しても珍しい、千年越
えを数え、また彼はアラゴナイトという宝石で出来た、絶対的に種族数が希少
な竜だ。シメオンとも交流のある彼は、古くから地方の伝承で古き竜としてか
語り継がれている。

「…えぇ、まぁクロエよりは小さいが」

「は?誰?」

「いえ、なんでもない」

シメオンの呟きに、首を捻るアダムであったが、肩の痛みに思わず呻く。あた
たたた、と情けない悲鳴を上げていると、シメオンの手が肩に触れ、痛みが遠
のいていく。回復魔法らしが、呪文の詠唱もなしに発動できるとは、さすが正
統エディウス帝国の国境線を守る樹林兵トレント三百体の召喚主である。

「客人よ、この度は本当に申し訳なかった。どうかクリノクリア・エルフを許
して欲しい、身勝手な言い分だとは重々分かっている。だが、本当に君個人へ
の悪意はなかったのだ」

「あー…おっけ。いいよ、あんたらの噂も聞いてる。俺個人としてはすっげぇ
豪邸で食いモンが美味しいとこで泊まらせてもらってるから、それだけで十
分」

悪意ではなく、敵意だろうなぁとぼんやり考える。痛みが遠のいた肩をさすり
ながら、周囲を見渡す。

「ところで、俺の持ってた刀知りません?」

「女中に言って、貴方の部屋に戻してあります。女中が不思議がっていたとこ
ろを見ると、なかなか珍しい品物のようですね」

「まぁ…そうでしょーね」

余計な事を言ってないかが非常に不安だが、とりあえず部屋に戻ろうとする。
背中からシメオンの問いかけが聞こえた。

「客人、あなたはエルフが憎くないのですか?それだけの怪我を、善意の代償
に受けながらも」

「いや、でもあん時はマジで焦ったし、びびったって。そりゃ文句がねーかと
言われりゃあるに決まってるけど。でも誤解だったって分かったし、俺ほら、
一平民だからこういう豪邸って泊まれるのこういう事ないと無理だし。まぁ後
は例の子供らが親御さんとこ帰れればそれでいいんじゃねぇかな」

俺、単純だから、と言い捨てて部屋を後にする。正直エルフに対してわずかな
怒りもあったが、子供らが自分を庇った時の泣き顔で全部吹っ飛んでしまっ
た。お人よしな自分に酔ってるのか、あるいは考えるだけの頭がないのか。ま
ぁ後腐れがないのは良い事だ、と割り切ってあてがわれた部屋まで歩く。


『しっつれいだよねー本当!人様のものに怪我まで負わせて!
アダムもアダム、もうちょっと金せしめるぐらい態度デカくしたっていいんじ
ゃない!?こっちは被害者、あっちは加害者』

相変わらず、毒舌塗れの無機物生命体こと謎の刀・シックザールに、アダムは
うんざりと返す。

「失礼千万なのはお前だっつーの、あのね、俺は事なかれ主義なの。ついでに
口だけの無機物と違って人間には良心ってものがあるの」

『そーんなもの、命には代えられないでしょ?アダムはいっつもそうやってボ
ロボロになるんだもん、ただでさえ人間は体が脆いんだから、あっちこっち首
ばっかり突っ込んでると、首なくなっちゃうよ?』

本人(刀)はうまいことを言ったと自画自賛しているようだが、割とアダムは
笑えないのであった。首のない無機物生命体にはわからないだろうが、首がな
くなれば人間はただの死体である。

シメオンの部屋と同じ最上階にある寝室は、ラドフォード全景を見渡せる高い
場所にある。シックザールを担ぎながら、ベランダに出て見るとこれが物凄い
気持ちいい。偉い人ってなんでいつも高いところ好きなんだろう、でも俺も偉
くなくても高い所大好きだし。

『馬鹿だからね』

「てめぇ!俺はいずれ偉大になるっていうフラグなんだよ!」

そろそろコイツぶん殴ってやろうか、と思わず相棒を掴んで振り回す。と、掴
んだのがいつもの持ち手ではなく、鞘だった。怪我のため、担いだ際に適当な
部分を掴んだのだった。当然、

『ってア……』

「あ」

怒りの遠心力はけっこうあったらしい。すっぽーん、と刀身が抜けて、ベラン
ダから急降下!マズイ、下に人がいたら俺殺人犯!健気な英雄から一変して無
差別殺人犯!

「シックザールーーーーーー!飛べ、お前にならできる!飛ぶんだ!人を殺す
前に!!」

『ぎゃあああああああ!!!僕にどうしろっていうのー!』

アダムの祈りが天に通じたのか、あるいはシックザールが殺人犯というか殺人
物?になることを神が哀れんだのか。ベランダから投げ出されたシックザール
は屋敷の裏手の森のほうへ落ちていった。そこに人がいないことを心底信じて
から、アダムは、昨日受けた光の魔法の如くの速さで屋敷の外に向かって駆け
抜けていった。

*********

「おーい、シックザールー」

森の中へ分け入って、転がり落ちた相棒の名を呼んでみるも反応がない。原生
林のような濃密な樹木と草木の間を苦労して足を進める。この辺りに落ちたこ
とは自前の「異常眼」で特定済みである。ちなみに人が死んでたらどうしよう
と本気で心配。

「死んだか!よし、死んだなら成仏しろよ相棒!」

『ひどいー!こっち!僕を見捨てるなんて、あんなに尽くしてきたのに!』

「いや尽くされた記憶まったくねぇ!皆無!」

かなり斜面に落ちたらしく、アダムの足元から七メートル下の小山のような場
所にぽつんと転がってる相棒を発見。さすがに肩がまだ痛むなか、七メートル
落下はきつい。ついでに肩を怪我してなくても厳しい高さ。でも人間が転がっ
てなくて俺割と安堵してる。仕方ないので、また苦労して足場を選びながら降
りる。やっとシックザールの隣に着地すると、思いのほか堅い感触が靴裏から
響いてきた。

「おりょ?」

『どしたの?』

「いや、地層が岩かなんかかな…今までの感じと違うんだけど…ま、いっか」

とりあえず刀を拾う。落ちたときに木々や雑草に絡まったのか、あちこちに葉
っぱが付着している。

『わーんアダム寂しかったヨー』

「寂しそうじゃねーよな。ったく、手間とらせんなって」

背中のホルダーに装着して、一息ついて周囲を見渡す。来た方向は覚えてい
る、樹林の向きや陽の加減でなんとか方角も分かるだろう。と、思考中に地震
のような揺れが一回。微かな、本当に微かな揺れを感じて、アダムは腰を低く
した。

「………」

『何?ナニ?超人に覚醒?秘められた能力開花とか?』

「うっせ、だまってろ」

規則的に、一度、二度。慎重に丘を降りる。丘は先端が細く、中ほどで盛り上
がり後方ではやや高さを低くして遠くまで伸びている。丘の側面に手を置きな
がら、アダムは無言で周囲を見回した。地震のような感覚は今はない、先程の
かすかな揺れは気のせいだったろうか?

『アダムっ!あだっ、横!横!!』

「あ?」

シックザールいい加減煩せーぞ!という単語を喉から出そうとしていたアダム
がふと横を向くと、そこには紫色の巨大な円形の結晶があった。一メートルあ
るかないか、の巨大な眼球である。チャロアイトのような淡さと深さを感じさ
せる青紫から深紫色の鋭い水晶体が動き、ゆっくりとアダムと目を合わせた。

「……」

『……』

無言。とにかく無言。
蛇に睨まれた蛙ってそりゃ正確だ。もっと正確には竜と目があった弱小生物
だ。待て、この眼球サイズでって頭部はどんだけでかいんだ。ってアレ?もし
かしてこのままだと命が危ないと思う人挙手!ハーイ!

『「ドラゴンだぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー!」』

きっかり一秒後、森に絶叫が響いたのである。






******** * * *…


「おや」

シメオンはエディウス国境線を守るトレントに思念を送るのを止め、書斎から
窓辺による。見渡すクリノクリアの森から小鳥や蝶が飛び立った。そのまま眺
めていると、巨大な蛇のようなシルエットが森から起き上がった。多くの動物
らの声も聞こえてくる。

「…相変わらず大きいな…」

シメオンはしみじみと呟いた。幼馴染の体長は、おおよそ知る限りのドラゴン
の中で最も巨大だ。その百年ほどぶりな姿を見て、近衛兵のエルフらに迎えに
行くように指示をする。
昨日今日といい、色々な出来事が起こるものだ、と彼は妙に感心した。

「お茶の用意を、百年前と同じ銘柄を用意してくれ…あぁ、そうとりあえずミ
ルクは三リットルで」

「さっ、さんりっ…!!」

目を白黒させている従者を見て、わずかだが久し振りに笑みを浮かべるエルフ
の当主。幼馴染の久し振りの起床を出迎えようと、百年前から閉じたままの戸
棚から、百年前の銘柄を取り出しているのだった。


------------------------------------------------------------------

2007/05/28 23:40 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-2 /クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・フォグナス
場所:クリノクリアの森
――――――――――――――――

『      』

「  」


梢のざわめきや鳥の唄、風の囁きと雨の足音。
そういった音で均(なら)され、平穏を保っていた意識の砂地に、
懐かしいあの響きが沁みこんでゆく。


人語。


この森にいる限り、ほとんど出会うことのなかった知らない種族。
眠気よりも好奇心が勝った。眼球が動いて、うっすらと瞼に
切れ目が入る。真っ先に飛び込んできたのは――光。

陽光を受けて輝く魔木クリノクリアの葉は、夢の中でも、そして
目の前でも変わらずにきらめいていた。一面銀世界なのに、暖かく
優しい森。

その眩しさに今やっと気づいたかのように、ゆっくりと
重く閉じた瞼をさらに押し広げる。

すりガラスのようにぼんやりとしか像を結ばない目を左右に動かす。
その端に動くものを認め、ようやくそこで意識とピントが重なった。

そこには一人の青年がこちらに横顔を見せて立っていた。
エルフ――ではない。間違いなく人間だ。
人間の年齢の基準など知らないが、今まで出会った
人間達の姿と照らし合わせてみても、まだ若いように見える。
柔らかそうな茶色の髪。ちらりと見える碧眼には正直に綺麗だと
いう感想を抱いたが、表情を見る限りでは警戒しているようだ。

『アダムっ!あだっ、横!横!!』
「あ?」

その男の名前なのだろうか、主の見えない声に反応して、青年が
ひょいと顔をこちらに向けた。途端、その顔がひきつる。

「……」

思い切り凝視されながらも、ただ無言で青年の顔を見つめる。
右目には眼鏡のようなものをかけていた。
でも片方しかレンズがない。眼鏡は両目のためのものでは
なかったのか。

すぅうう…と、奇妙な音が聞こえた。
青年の胸が僅かに膨らんだように見え、次の瞬間発せられた叫びが
静謐な森を揺るがした。

・・・★・・・

「やばっ…いやちょっとやばっ…!!」

仰天したのはあちらも同じだったようで、いきなりきびすを返して
走り出す。が、方向も考えずに走り出したためかその場で派手に
転んでしまう。

「って!」
『わぁカッコ悪い★』
「言ってる場合かー!ぃてててて…肩打った…」

相変わらず見えない相手と会話をするそのアダムとやらは、思い切り
怒鳴ってから肩を抑え、近くの幹に立ったまま頭をもたげた。

『どっち打ったの?』
「怪我したほう。まじめっちゃ痛いやばい俺死ぬ痛い」
『駄目じゃーん』

逃げることすら放棄し、こちらに背を向けたままずりずりと幹に
すがって座り込む青年に、声は容赦がない。
次に振向いたその顔は、明らかに絶望の色で染まっていた。

困り果てて、呼びかける。

≪あの≫

久しぶりに聞いた自分の声にとまどいながら、さらに続ける。

≪大丈夫ですか?≫

答えたのは青年ではなく、声のほうだった。

『お?なーんだ喋れるんジャン』
「なに?」
『大丈夫かって訊いてきてるよ』
「なに、わかんの?」
『あったりまえじゃん。僕を誰だと思ってるノ?』

どうやら青年にはこちらの声は判らないらしい。
ただ、姿のない声が感じ取って通訳してくれた。

青年が拍子抜けしたようにゆっくり立ち上がり、訊いてくる――

「襲わないの?」

≪襲う?≫

質問に質問で返してから、瞬きをひとつ。その呟きが聞こえるはずは
なかったのだろうが、気が変わったのか
あ、いや、と青年は取り消すように首を振った。

「ごめん、いいや」

≪あの、――怪我、してらっしゃるのですか?≫

『さっきまでは全治数日だったけど、今打ったからもはや
 数日どこじゃないかもネ★』
「余計な事いわんでいいっての」

うんざりしたように青年は視線を背中に挿してある剣に向けた。
信じられないが――どうやらこの剣が声を発していると思っていいらしい。

≪私が驚かせてしまったから?≫

『まぁー話せば長いから気にしないでイーヨっ』

≪ならいいのですが…あら?≫

ふと、今更になって身動きが取れないことに気がつく。
確認しようと首を動かそうとするが、僅かに顎が浮いただけで何かに
遮られてそれも叶わない。

「え、どうしたんだ?なんだよ」
『なんか動けないらしいよ。根でも張っちゃったのかネー』

何度試しても身体が動かない。拗ねたように顎を地に置いてため息をつくと、
前にあったクリノクリアの木が激しく吹かれて輝く木の葉を舞い散らせた。
葉が舞い落ち、あたりが静かになるまでの間沈黙が落ちたが、ふと
思いついて呟く。

≪……私の名前はクロエ・ファン・クリノクリスです≫

『ん?名前?』

≪私の名前、呼んでくださいませんか≫

『名前、呼んでくれって。クロエ・ファン・クリノクリス』
「なんで?そうすれば動けるの?」

いつの間にか、青年はすぐ目の前まで戻ってきていた。だいぶ警戒心を
解いてくれたらしい。その碧眼を見つめ返しながら、懇願する。

≪お願いします…呼ぶ者が多ければ多いほどいいの≫

『お願いだってさ』
「わかった」

青年はわざとらしく咳払いをしてから、はっきりと彼女の名を呼んだ。

「――クロエ」

瞬間。

まるで体重がなくなったかのような感覚に包まれ、クロエは思わず全身を
伸ばした――うねる自分の長い肢体は束縛から放たれ、歓喜して
その場を跳ねた。

さきほどとは非にならないほどの量の木の葉が舞い、埃を飛ばす。
腐葉土に埋もれていた薄翅がくっきりと跡を残して姿を現し、久しぶりの
外気を孕んで羽音を響かせた。

枝や葉を身体にまとわり付かせたまま全身のバネを使って飛び出す。
一直線に空へ!

わき目もふらず蒼穹の深遠へと向かってゆく。
飲み込まれそうなターコイズの空と、粉をはたいたような雲は
眠る前と何も変わらない。
頭の中が真っ白になって、眩暈を感じる。それでも昇るのをやめない。

ピィイイイ――、と澄んだ口笛のような空気を切り裂く音が合図のように、
畳んでいた翅をすべて拡げる。そのときにはもう枝やら土やらはすべて
取り払われて、クリノクリアの森の遥か上空でようやくクロエは
ドラゴン・ワイアームとしての姿を取り戻した。



「…気がすんだ?」

飛び出した位置に戻ると、青年はまだそこにいた。
自分が眠っていた場所は抉れたように土が掘り返され、そこを埋めるように
銀色の葉が散乱してひどい有様だった。そしてその中央に座り込んでいる
青年もまた、暴風に晒され髪を乱して、ひどい有様だった。

≪ごめんなさい、嬉しくてつい≫

『嬉しかったんだって』

飛び出したときとは対照的に、縮こまるようにしてゆっくり着地する。
脚の無い身体で木々を傷つけずにそれをするのは得意ではなかったが、
身体はどうにか動いてくれた。
持て余す肢体を二周ほど巻いても、頭は森の上空へとはみ出てしまう。
それでも飛び出した自分のせいで、彼の頭上の木々は広く開いていたので
青年の姿はきちんと見えた。

「名前呼ばれただけなのに?」

≪ちょっと待っててくださいね≫

言い置いて、鳴く。いくつもの音が重なり、響きあう声が魔力を含んで
身体を包んでゆく。淡い光がぱっと弾けたその一瞬後には、クロエは
人の形をとって青年の前に立っていた。

「んな…!?」

大きく目を見開いて、青年が後ずさる。それほど珍しい姿をしているという
自覚はないのだが。

肩口まで伸ばしたクリーム色の髪、紫の瞳。
クリノクリアの森より東、カルパチア山脈にある高山民族の手による刺繍を
施したワンピースと厚手のヴェール、腰にはエルフから贈ってもらった
装飾ベルト。歩くたびに澄んだ鈴の音が響くので、まるで飼い猫のようだと
言われたのはついこの間だ。

「こちらのほうが話しやすいでしょう?」

対峙してみれば、青年はかなりの長身だった。上背のある彼の顔を
見上げながら、話を続ける。

「どうやら私、眠っているうちに木々たちに"大地"だと勘違いされて
しまったようで」
「…ほほう」

そうだ、笑わないと。笑顔さえあれば誰とだって仲良くなれるって
昔教えてもらったんだった。遠い記憶が蘇る。あの人は元気かな?

見ると青年も笑っていた。うんうんと人懐こい笑みで頷いている。

「そこで他者である貴方達に、私の名前を呼んでもらうことで、
木々たちの誤解を解いてもらったわけです」

一拍置いて、青年が笑いながら相槌を打った。

「へぇーそうだったんだー大変だねー」
『わかってない感バリバリじゃんかYO★』
「うるせーな!こんな状況で解れっつーほうがどうかして…あ、ごめん」

声に毒づいて、途中でばつが悪そうに頭に手をやる。
意識してではなく心の底から笑みを浮かべて、クロエは首を振った。

「いいえ、むしろ謝らなくてはいけないのはこちらです。あと、お礼も」
『ドラゴンの恩返し?』
「黙れっつーの」

青年はぐっと首をそらして、剣を一瞥した。
クロエはそちらに向かって丁寧に頭を下げる。

「通訳、ありがとうございました」
『ワォ!こんな丁寧にお礼言われたのヒサシブリ!どっかの誰かさんとは
大違いもいいト・コ・ロ♪』
「あー、いいよいいよそんな改まらなくても。こんなナマクラに」
「いいえ、そうはいきません」

おざなりに手を振る青年にもぺこりと頭を下げる。

「本当に助かりました。ありがとうございます。できれば
怪我の治療をしてさしあげたいのですが…」
「あ、いいって。大丈夫だよ」

困ったように笑いながら、青年は頭を掻いた。
と――

「クロエ様」

名を呼ばれて、頭を巡らす。いつの間に来たのか、軽装のエルフが数人控えて
こちらを見ていた。その中に見知った顔を見つけ、思わず駆け寄る。

「フォグナス!」
「おはようございます――それと、お久しゅうございます」

胸に手をあて、名を呼ばれたエルフは丁寧に頭を垂れた。
顔を上げ、おもしろがるように荒れた周囲を見渡す。

「だいぶお遊びになられましたか」
「ごめんなさい…荒らすつもりはなかったのですけれど」
「下草にとっては絶好の日当たりでしょう、気に病む必要はございません」
「では、せっかくですからお花の種でも蒔きましょう」
「それは良い考えですね」

その後ろで、青年と他のエルフが問答し合っている。

「え、おたくらあの子と知り合いなの?"様"ってことは偉い人?」
「や?アダム殿、なぜここに」
「いやこれには深いわけが」
『刀身事故が勃発したのサ★』
「ん?今なにか声が。投身?」
「いやだからなんでもないんだよこれは」

「とりあえず――」

フォグナスの一言で皆が黙る。突然の沈黙に臆する事もなく、エルフは
さらりとあとを続けた。

「お客様をご案内しましょう」

――――――――――――――――

2007/05/28 23:50 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora - 3/アダム(Caku)
PC アダム クロエ
NPC 第一領領主シメオン/シックザール
Place ラドフォード内シメオン屋敷の前⇒部屋⇒廊下⇒部屋
------------------------------------------------------------


そういえば、昔母親の口ずさむ歌にそんなのがあった気がする。
クリノクリアの森にすむドラゴンの伝承。世界が余りにも辛く悲しいことばか
りだから、心優しすぎるドラゴンは悲しみのあまりに眠ってしまったのだとい
う。目が覚めるとき、世界がもっと優しくなっているようにと、祈りを込めて
瞼を閉じたという。

祈りだけが百年の時の中、歌として語り継がれていたんだろう。
母親の歌った音階も旋律すらも覚えていないが、その心優しいドラゴンの物語
だけは聞き覚えがある。クリノクリアのドラゴン、クリノクリアの優しい竜。
たしか、タイトルはそんなかんじだった。






***********************

「クリノクリア・エルフが森に棲む事を許した同胞、という意味ですよ」

苗字がクリノクリスだったのはそういうことなのか。アダムの頭がようやく人
並みに追いついてきた頃にシメオンの屋敷へと到着した。

「クロエさんって、年幾つ?」

「シメオン様と幼馴染ということですから、五百歳前後ですが」

「ごひゃ…!!」

あやうく叫びそうになって、口を塞ぐ。声に反応して振り返った少女クロエ
が、不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。必死にごまかそうと、にへらと
気抜けする笑顔で笑う。するとにこり、と陽だまりのような微笑を返すクロ
エ。可愛いなぁでも年上かぁ、つか年っつーか世紀?うおぅ俺まだ23ですよ?

「あーそっか、じゃ、俺はここで」

身分を間違えてはいけない、俺は単にうっかり迷い込んだか弱い人間で一般市
民、相手は正統エディウスの半分以上の領土を統治している男で、幼馴染は超
巨大ドラゴン兼美少女だ。釣り合いが取れているかはともかくとしても、久し
ぶりの再会に他人は要らないだろう。

「そんな、せっかくですからアダムさんもどうですか?」

いやそんな眩しい笑顔で言うな!俺の繊細な気遣いよりも、下心というか女の
子に優しくされたいフラグ立つから。こう見えても眼球以外は普通の男の子だ
し、異性に優しくされんのは全人類共通で皆嬉しいし。

「いや、おれシメオンさんと旧知の中ってわけじゃないから」

「エディトもきっと喜びますよ」

と、クロエが女性らしき名前を挙げた瞬間、ぴしりと空気が断裂した。一様に
エルフは顔をこわばらせ、歩みを止めた。事態についていけてないのは、よそ
者のアダムと?マークを頭の上に浮かばせているクロエだけだ。

「…あの、エディトって?」

「シメオンの姉です、とても綺麗な女性で人間にもおおらかな」

シメオンの姉、と聞いて今度はアダムも顔を引きつらせた。クロエは説明しよ
うとして、さらに口を開いたが、周囲のエルフの中から先ほどクロエに「フォ
グナス」と呼びかけられたエルフの槍兵が進み出る。

「クロエ様、エディト様は…」

「何をしているんだ?」

アダムがいるので、さらに言いにくいのだろう。エルフらがどよめいているそ
の時、屋敷の正面扉から、エルフにして珍しい黒一色の服装のシメオンが姿を
見せた。シメオンさんすっげぇタイミング悪っ!てかまずいぞこの状況!どう
する俺&皆(周囲のエルフ)!!

「シメオン!久しぶりですね。以前よりも痩せてしまったのでは?」

「やぁ懐かしい親友よ、そんなところで何を話しているんだ?早く屋敷に入れ
ばいいだろうに」

「実はエディ」

「だぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!シメオンさん、俺入れて!俺高いお茶飲
みたいっ!!腹減ったんでお菓子くださいっ!速攻で光速で!むしろ音速
で!!」

これ以上ないぐらいの必死の形相で笑みを作り、シメオンに握手を求めながら
会話をシャットダウン。切れ長の目を白黒させて唖然とするシメオンに近寄っ
て、ぶんぶん掴んだ腕を振る。肩痛いけど俺、我慢しろ。割とシメオンにお姉
さんの話はえぐいぞ!

「…えぇ、私は特に…」

「決まり!シメオンさん俺手伝うよ!皿洗いから雑巾がけまでなんでも出来る
からっ!中、中はいろっ中!」

「いえ客人にそこまでさせるわけには、というか貴方はむしろ怪我人ですので
こちらが…」

「よし!じゃあ俺シメオンさん手伝うからっ!!クロエさんその他それじゃ」

エルフの長をぐいぐい押しながら屋敷に戻す。なにやら不思議そうな顔でこち
らを眺める竜に作り笑いを浮かべる。シメオンさんごめん、他人が幼馴染との
感動の再会にでしゃばります。本心ではないんですよ!と心で言い訳を言って
おいたアダムであった。

***********************


そんな彼らが屋敷に入った後、クロエは小首をかしげてフォグナスという見知
ったエルフに問いかけた。

「…そういえば、あの方は一体どうしてここに?シメオンのお友達なんでしょ
うか?」

「は?あぁ、彼ですか。シメオン様のご客人でアダム・ザインというそうで
す、先日我が同胞の子供らを助けてくださったのですが、こちらの手違いで怪
我を負わせてしまったため、シメオン様自らがご対応なさっているのです」

「まぁ」

やんわりと驚いたような表情をするクロエ。何かを考え込んでいたのか、しば
らく黙っていた後に、くすりと笑う。

「面白い方ですね、人間は皆ああなのかしら?」

「…いえ、おそらく違うかと…」

「じゃあ、彼が特別なんでしょうか?」

「…どうなのでしょうか」

フォグナスとて年齢はクロエに及ばない。また人間の性質など知る由もないの
で、人間が皆ああかと言われると彼も首を傾げるしかない。少なくとも、エル
フでもあまりみないタイプであることは確かだ。フォグナスの思考が横道にそ
れかけて、アダムがなぜああいう行動を取ったかの原因を思い出し、顔を強張
らせて咳をする。

「クロエ様、シメオン様に再会なされる前に一つだけ重要なことが」

「はい?」

クロエの微笑みが、そのエディトに似ていることにようやく気が付いた一同
は、さらに気を重くした。なぜなら、エディトもクロエも、この話をすればと
ても深く悲しむだろうと簡単に予測できたからである。

***********************


『ねぇねぇ、なんでさっきシメオンさんのお姉さんの話、遮ったの?』

無邪気そうに聞いてくる刀にガンを飛ばしてから、周囲に誰もいないことを確
認してアダムは部屋から出てこそこそと喋る。

「余計な口は出すなよ…お前は知らないだろうけど、昔ここはエディウス大帝
国っつってな、ロンデヴァルト2世っつう王様が統治してたんだけど、数年前に
急死したんだ。その後継に息子と、王の弟が二人とも名乗りを上げてて、それ
で国が分裂してんだよ」

『ふーん、で、なんでそれがシメオンさんのお姉さんの話題が禁句になるワ
ケ?』

「話は最後まで聞けっつうの。
いいか、最初はクリノクリア・エルフらは人間の玉座争いになんざ関わりあい
なかったんだけど、王の叔父のほうがすっげぇ好色で、クリノクリア・エルフ
のとある女性に手をつけて、子供まで産ませた挙句自殺に追い込んだっていう
話なの。どこまで信憑性があるかは知らねーけど、少なくとも叔父が打ち立て
た新生エディウス帝國にはクリノクリア・エルフのハーフが王位継承者として
公表されてるし、その母親がシメオンの姉だっつうことも暗黙の了解なわけ」

クリノクリア・エルフが正統エディウスに加担している理由はそこにつきる。
本来、調和を由とする彼らがなぜ、人間の国家間争いの只中にいるのか。それ
は殺された同胞への悲しみと憎しみ、そして未だ人の手の中にある忘れ形見を
取り戻せていないからだろう。

『えぐい!それヒドくない?無理やりで、しかも自殺?もしかしてアダム攻撃
されたのって…』

「そ、今ここは人間に対してすっげぇ不信感が募ってるわけ。【七領主】っつ
うエディウスの総地主らの中でも正統エディウス帝國寄りを表明してんのは、
第一領ここだけ。…新生への敵対意識と、あとそれを正統エディウスの【黒太
子】が都合よく利用してんだよ」

『【黒太子】って?』

「お前、それも知らねーのか!現正統エディウス国王ロンデヴァルト3世、シカ
ラグァっつう大国の女王から生まれた黒い瞳の少年王のことだっつの」

「正確には女王候補だった方から、ですよ」

とりたてて冷たい声ではなかったが、アダムの背中に冷たい怖気が走る。そろ
そろと後ろを振り向くと、予想に反して平穏な顔のシメオンと出会う。

「…あの、どっから聞いてしました?」

「七領主辺りからです、立ち聞きは良くないとは思いましたが」

よかった、一番まずいとこスルー。お茶会の用意がなされている部屋におっか
なびっくりで戻る。シメオンもそれに続く、なんか気まずい。

「すんません、あのコイツが」

『物のせいにするなー!』

「貴方のような職業の方には、生死を別ける情報なのでしょう。【黒太子】は
確かに異国の血を強く引く王子で、それが国内の有閑貴族や騎士らからの反発
を招いたことも国家分裂の要因の一つであるとされます」

シメオンもあまり気にしていないのだろう。あるいは政治的な話の方向は領主
である彼本来の持ち味か、流麗にこの国の現状を説明しはじめる。

「エディウス国民は排他的な性格が強い人種です。とくに王家の血筋に異国の
血統が混ざることに強い危機感があったようですね。己の人種こそ最高だ、と
いう思い込みを抱く貴族は多い…【黒太子】の話に戻りますが、【黒太子】の
母ベジェネ妃においては彼を身篭ったことで自国から縁を切られ、また女王候
補であったにも関わらずそれから外されたそうですからね」

「マジで?」

「結婚から二年で逝去なされてしまったのも、この国の風土や習慣に慣れなか
ったためだと聞き及びます」

アダムの実際見たわけではないが、【黒太子】の母は相当美人だったらしい。
なんでもシカラグァの黒真珠とまでうたわれた美貌だったそうな。ちなみにア
ダムはそれぐらいしか知らないのであった。だって他人の奥さんなんてそんな
ものです。

「でも今は余所者のほうが多い感じでしたけど…ここはともかく、ヤコイラと
か」

「新生ディウス帝國にほとんどのエディウス貴族や騎士、国民が流れたのです
よ。あちらはエディウス至上主義を掲げ、国民が他国の者の権利を大きく虐げ
てます。国民にとってはあちらのほうが優遇もされるし、何よりローデンバル
ク七世は非常に自国意識の強い方だ。エディウス人種であるだけで大きな特権
を与えられるあちらのほうが国民には都合がよかったのでしょう」

「んで、こっちは万年の人材不足か」

アダムの指摘に、苦笑するシメオン。正統エディウス帝國の人材不足は今に始
まったことではない。その国民・貴族流出によって慢性的な人手不足に陥った
正統エディウスがとった政策は、新生エディウスとは真逆の“移民斡旋”の方
針を打ち出している。

「【黒太子】が異国の血を引くだけあるのでしょう、外人部隊や流れの傭兵な
ど様々な人種が正統エディウス帝國に流れ込んでいます。物資の流通や商人ら
にとっては以前より動きやすいでしょうが、犯罪者も多くまぎれこんでいて、
さらにそれを取り締まる軍という組織は魔女ベルンハルディーネのいわく“憑
き”です」

「あー魔女の呪いだっけか?なんでもえれぇ大変な代物っつーのは聞いたこと
ある。噂だと魔女が作りだした人造の…」

「ご客人、あまりその噂はしないほうがいい。魔女の呪いにかかりますよ」

「う」

シメオンの柔和な、それでいて『その話題は死を呼ぶぞ』という明確な牽制に
アダムの声が小さくなる。と、しとやかな足音が聞こえてきた。おそらくあ
の、竜の少女だろう。先ほどのことを忘れて、アダムは助けを求めるようにそ
ちらのほうを振り返った。

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2007/05/28 23:51 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-4/クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・シメオン・フォグナス
場所:クリノクリアの森→シメオンの屋敷
――――――――――――――――

喘鳴(ぜんめい)をかき鳴らす喉はただひたすらに乾いていたが、逆流した
鉄錆の臭いを追い出すにはただ呼吸するしかなかった。

横切る炎の群れに顔半分を覆う白雪のような羽毛は焼かれ、
背に生えた若草は凍える氷の刃で肉ごと抉られた。
岩山に激突して欠けた角は、下で待ち構えていた人間が我先に取りに走った。

追われ、撃たれ、貫かれても、ただ目は見開いていた。
折れた翼に穿たれた杭。張り巡らされたロープ。
勝ち誇ったように鬨の声を上げる人間達。

誰も彼女の名を正しくは呼ばなかった。化け物、それがその時の名前だった。

彼女にとっては美しいクリノクリアの森と、素晴らしい知恵と愛情を持った
同胞たち、それだけが世界だった。

世界は美しいものだと思っていた。

視界の端に、矢をつがえている人間を見た。狙いはこの瞳だった。
自分から翼と角とこの美しい世界を奪って、最後に光すらも奪うのか。

高度な魔術、剣と弓を作る技術、これほどまでに多くの物を持ちながら、
自分のような何も持たない一匹の竜に何を望むというのだ。

彼女は鳴いた。唸るような、それでいて澄んだ声。
鈍く、高くを繰り返す詩のない唄。
聞いた者が即座に家路につきたくなるような物悲しい音。

その碧い声は途方も無い熱量を持ちながら、ただ美しい幻惑のように
彼女を傷つけた人間を音もなく焼き尽くしていった。

・・・★・・・

フォグナスの淡々とした話が終わった。

春の穏やかな陽光を一身に浴びながら、
クロエは一言も発さずただ立っている。


世界は美しいばかりでは、ないのだろうか。


「ですから、エディト様のことは…クロエ様?」

名を呼ばれて、はっと顔を上げる。前に立つその従者は、
エルフ特有の美しい顔立ちに深い影を落としていた――
その様子は悲観に暮れているようにも見えたが、クロエにはむしろ
自らのうちに生じた醜い『憎しみ』という感情を抱いている自分に
嫌悪を抱いているようにも見えた。

「エディトは、私にとっても姉でした」

フォグナスがどういう表情をしているかわからない。ただ、この男は
ひどく自分を責めているのだろうという事はわかった。

クロエはそれ以上言葉が続けられない友の従者に歩み寄り、そっと
背伸びをして首に両手を回した。びくりと、その首筋の筋肉が
反応する。領主を護る近衛兵としての役目を担う者として
日々鍛えているのだろう、硬い弾力が手に、腕に伝わってくる。

クロエがこういった事をするのは珍しくない。それは後ろに控えている
他のエルフ達も知っているのだろうが、さすがに突然のことで
少なからず驚いたようではあった。が、それには構わず
ぎゅっと力を込めて、幼子をあやすように抱き寄せる――

「私は、薄情ですね」

石のように硬直しているフォグナスから身体を離して、目を伏せる。

「あなたの話を聞いてから、ずっとあの人の事を考えていました。
だけど…最後にあの人と何を話したか、どうしても思い出せないんです」
「クロエ様…」

フォグナスの顔は晴れない。だが、さきほど見た黒い感情は見当たらない。
ふと、見上げる。

銀色に輝くクリノクリアの森の先には、カルパチア山脈。ここから
見えたわけではなかったが、頂きぐらいは思い出せた。
そっと目を閉じて息をつく――「100年、ですか」。

「100年も眠ってしまいました…。これからたくさん思い出さないと。
この森の事も、エディトのことも」

ぱっと、向き直る。

「シメオンは寂しがり屋です。でも、あなた達がいれば大丈夫」

そう言ってにっこり笑ってやると、忠実な従者は驚いたように目を見開き、
答えるかわりに深々と頭を下げた。後ろに控えていた数人のエルフ達も
祈りを捧げるように目を閉じ、頭を垂れる。

「…行きましょう」
「えぇ」

・・・★・・・

重い雰囲気とすがるような視線に出迎えられても、
クロエは笑みを崩さなかった。
役目を終えて退出していくフォグナスらに手を振って見送ってから、
こちらを見返している人間の青年に笑顔を投げかける。

「またお会いできましたね」

アダム。と頭の中で名前を反芻する。
彼はいやぁ、と曖昧な返事を返して意味もなくその場に座りなおした。
だがまだ何かを気にしているように、落ち着かない様子でたまにこちらに
探るような視線を送っていたが、それを遮るように横手からシメオンが
声をかけてきた。

「クロエ、おはよう」
「おはようございます、シメオン」

ふわりとスカートのすそを揺らしてアダムの横を通り過ぎ、黒衣の親友と
軽く抱擁を交わす。さきほど見て想像していたより遥かに、彼はずっと
痩せて、やつれていた。その事にちくりと胸に痛みが走ったが、
友の暖かい声ですぐに緩和される。

「100年も昼寝とは…『夢見鳥』とはよく言ったものだな」
「ええ、素敵な夢をたくさん見ました」
「まぁ座ってくれ。君の好きな紅茶を用意したから」

促されて、シメオンの向かい――アダムの隣に腰を下ろす。
クロエが座ったあと、一拍遅れてシメオンもソファに座る。

「大丈夫ですよ」
「え?」

前を向きながら、ぽつりと言う。
返ってきた疑問の声はアダムが発してきたものだったが、あえてそちらは
向かずに、クロエはやはり疑問符を浮かべているシメオンに全く違う事を
言った。

「嬉しい、またこの紅茶が飲めるなんて」
「あ、あぁ――ミルクもあるよ。あまりにも急だったので
 2リットルしか用意できなかったが」
「にりっ…!?」
「わぁ、ありがとうございます」

話題を変えられ戸惑いながらも、シメオンは慣れた手つきでポットから
三つの繊細なカップに紅茶を注いでいった。

クリノクリア・エルフの特徴に、尖った耳の先と爪が緑色に染まっている
というものがある。シメオンもその例に漏れず、白いポットを持つ
手の先は鮮やかな緑で、綺麗なアクセントになっていた。

「え、2デシリットルの間違いじゃあ…ない、ですよね?」

おずおずとアダムがシメオンとクロエを交互に見ながら尋ねてくる。
ぽかんとしてクロエが「そうなんですか?」とシメオンに言うと、
彼は足元に置いてあったブリキの牛乳缶を両手で持ち上げて見せた。
中身は判然としないが、シメオンの様子からしてたっぷりと
牛乳が入っているのだろう。

「いや?」
「どんだけ飲むんですかクロエさん!え、常識なの?エルフ的には」
「エルフ的にというより、クロエ的には、だろうな」

腰を浮かせて突っ込みを入れるアダムに、至極落ち着いた様子で
シメオンはどん、と牛乳瓶を足元に置く。

「彼女がドラゴンという事はもう知っているね?」
「え――えぇ、まぁ…あ、そうか、ドラゴンだからか…って納得して
いいのかわかんないけど」

再度腰を落ち着けるアダムを見ながらくすくす笑って、クロエが口を挟む。

「私達はもともと、何も食べなくても生きていけるんですけどね。
やっぱり、おいしいものは美味しいですから」
「ほぉー」

素直に感心してくれるアダム。しかし、と茶化すようにシメオンが
笑いながらカップを口に運んだ。

「君のような巨大な生命に味覚を与えた神は、罪だな」
「私は感謝していますよ?こうしてお菓子や紅茶の味だって判るんですもの」
「では、訊こうか。どうだ、100年ぶりの紅茶の味は?」

シメオンの言葉に、アダムも興味あるのか目を輝かせて顔を覗き込んでくる。
カップで顔を隠すように、目だけで二人の男を見ながら笑顔で紅茶を
飲み干すと、少しだけもったいをつけて言ってやった。

「とっても美味しいです」

はは、とシメオンが笑う。アダムがそれを見て少しだけ意外そうな顔をした。
一瞬不思議に思ったが、すぐに合点がいった。おそらく、シメオンは
笑顔などほとんど見せていなかったのだろう。ましてや、声に出してなど。

「しっかし、100年かぁ…」

シロップに濡れたベリーがたっぷり盛られたタルトをぎこちなく口に運び、
アダムがシメオンの背後にあるベランダの向こうへ遠い視線を送っている。

「想像もつかねぇよ、100年なんて。俺の人生の4、5倍は寝ちゃってんだろ。
信じられねーなぁー」
『とかいってアダムの人生も結局寝て過ごしてきちゃったようなもんじゃん』

割り込んできた声に、沈黙が落ちる。
いきなり、ばっとアダムが手元にあるあの剣に向かって言い返す。

「っお前!口挟むなっつったろーが!」
『だって僕だけ蚊帳の外じゃんかよう。やだよ退屈だよ』
「お・ま・え・はぁ~~~~」

歯を軋らせながら手の中でわなわなと剣を握りつぶさんばかりの勢いで
掴むアダム。あまりの事態にクロエとシメオンは顔を見合わせていたが、
見かねてまぁまぁ、となだめると、どうにかアダムは落ち着いて
剣を離してくれた。

「すんません、この長細いだけで物干しにすら使えない棒が」
『物干しってー!棒って言ったー!横暴だー!』

結局静かになりそうにない二つの声を聴きながら、ふとシメオンを見ると
彼はどこを見るともなしにただカップを傾けていた。
視線を感じたのかクロエと目が合うと、ふっと笑った。その背後で。

白いドレスのすそを揺らしながらバルコニーに立つ美しい一人の女の姿を
見たような気がして、クロエは思わず立ち上がった。

がちゃん、と派手な音をたてて空になったカップがソーサーの上で転がる。

気がついたときには、突然の物音に驚いているシメオンと、口論をやめた
アダム、そして白いレースのカーテンがまるでドレスのようにはためきながら
ゆっくりと揺れているだけだった。

怒られるとでも思ったのか、冷や汗を流しながらアダムが下から
問いかけてくる。

「ど…どしたの」
「ごめんなさい――見間違いを」
「見間違い?」
「いいんです、忘れてください」

できるだけ柔らかく言って、立ったまま倒れたカップを元に戻すと、
シメオンが取り繕うように、クロエのカップを紅茶で満たした。
似合わない黒衣から伸びた腕は白く、僅かに震えていた。

そちらには手をつけず、ソファを回り込んでバルコニーへ向かう。

「ここから見る景色もだいぶ変わったけど、やっぱり綺麗ですね」

手すりに手を置いたまま、笑顔で振り返る。目が合ったのは
シメオンだったが、立ち上がったのはアダムだった。彼は今度は
ドレンドチェリーが乗ったクッキーを手にしながら、バルコニーに出て
クロエに並ぶと、しみじみと感慨深げに眼下を見下ろした。

「…俺、今すげー所にいるんだなぁ」

風が吹き込んで、またカーテンを揺らす。今度は大きく弧を描いて
はためいた裾が、座ったままのシメオンの細くなった背中を
労るように優しく撫でた――。

――――――――――――――――

2007/06/04 21:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora

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