キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・フォグナス
場所:クリノクリアの森
――――――――――――――――
『 』
「 」
梢のざわめきや鳥の唄、風の囁きと雨の足音。
そういった音で均(なら)され、平穏を保っていた意識の砂地に、
懐かしいあの響きが沁みこんでゆく。
人語。
この森にいる限り、ほとんど出会うことのなかった知らない種族。
眠気よりも好奇心が勝った。眼球が動いて、うっすらと瞼に
切れ目が入る。真っ先に飛び込んできたのは――光。
陽光を受けて輝く魔木クリノクリアの葉は、夢の中でも、そして
目の前でも変わらずにきらめいていた。一面銀世界なのに、暖かく
優しい森。
その眩しさに今やっと気づいたかのように、ゆっくりと
重く閉じた瞼をさらに押し広げる。
すりガラスのようにぼんやりとしか像を結ばない目を左右に動かす。
その端に動くものを認め、ようやくそこで意識とピントが重なった。
そこには一人の青年がこちらに横顔を見せて立っていた。
エルフ――ではない。間違いなく人間だ。
人間の年齢の基準など知らないが、今まで出会った
人間達の姿と照らし合わせてみても、まだ若いように見える。
柔らかそうな茶色の髪。ちらりと見える碧眼には正直に綺麗だと
いう感想を抱いたが、表情を見る限りでは警戒しているようだ。
『アダムっ!あだっ、横!横!!』
「あ?」
その男の名前なのだろうか、主の見えない声に反応して、青年が
ひょいと顔をこちらに向けた。途端、その顔がひきつる。
「……」
思い切り凝視されながらも、ただ無言で青年の顔を見つめる。
右目には眼鏡のようなものをかけていた。
でも片方しかレンズがない。眼鏡は両目のためのものでは
なかったのか。
すぅうう…と、奇妙な音が聞こえた。
青年の胸が僅かに膨らんだように見え、次の瞬間発せられた叫びが
静謐な森を揺るがした。
・・・★・・・
「やばっ…いやちょっとやばっ…!!」
仰天したのはあちらも同じだったようで、いきなりきびすを返して
走り出す。が、方向も考えずに走り出したためかその場で派手に
転んでしまう。
「って!」
『わぁカッコ悪い★』
「言ってる場合かー!ぃてててて…肩打った…」
相変わらず見えない相手と会話をするそのアダムとやらは、思い切り
怒鳴ってから肩を抑え、近くの幹に立ったまま頭をもたげた。
『どっち打ったの?』
「怪我したほう。まじめっちゃ痛いやばい俺死ぬ痛い」
『駄目じゃーん』
逃げることすら放棄し、こちらに背を向けたままずりずりと幹に
すがって座り込む青年に、声は容赦がない。
次に振向いたその顔は、明らかに絶望の色で染まっていた。
困り果てて、呼びかける。
≪あの≫
久しぶりに聞いた自分の声にとまどいながら、さらに続ける。
≪大丈夫ですか?≫
答えたのは青年ではなく、声のほうだった。
『お?なーんだ喋れるんジャン』
「なに?」
『大丈夫かって訊いてきてるよ』
「なに、わかんの?」
『あったりまえじゃん。僕を誰だと思ってるノ?』
どうやら青年にはこちらの声は判らないらしい。
ただ、姿のない声が感じ取って通訳してくれた。
青年が拍子抜けしたようにゆっくり立ち上がり、訊いてくる――
「襲わないの?」
≪襲う?≫
質問に質問で返してから、瞬きをひとつ。その呟きが聞こえるはずは
なかったのだろうが、気が変わったのか
あ、いや、と青年は取り消すように首を振った。
「ごめん、いいや」
≪あの、――怪我、してらっしゃるのですか?≫
『さっきまでは全治数日だったけど、今打ったからもはや
数日どこじゃないかもネ★』
「余計な事いわんでいいっての」
うんざりしたように青年は視線を背中に挿してある剣に向けた。
信じられないが――どうやらこの剣が声を発していると思っていいらしい。
≪私が驚かせてしまったから?≫
『まぁー話せば長いから気にしないでイーヨっ』
≪ならいいのですが…あら?≫
ふと、今更になって身動きが取れないことに気がつく。
確認しようと首を動かそうとするが、僅かに顎が浮いただけで何かに
遮られてそれも叶わない。
「え、どうしたんだ?なんだよ」
『なんか動けないらしいよ。根でも張っちゃったのかネー』
何度試しても身体が動かない。拗ねたように顎を地に置いてため息をつくと、
前にあったクリノクリアの木が激しく吹かれて輝く木の葉を舞い散らせた。
葉が舞い落ち、あたりが静かになるまでの間沈黙が落ちたが、ふと
思いついて呟く。
≪……私の名前はクロエ・ファン・クリノクリスです≫
『ん?名前?』
≪私の名前、呼んでくださいませんか≫
『名前、呼んでくれって。クロエ・ファン・クリノクリス』
「なんで?そうすれば動けるの?」
いつの間にか、青年はすぐ目の前まで戻ってきていた。だいぶ警戒心を
解いてくれたらしい。その碧眼を見つめ返しながら、懇願する。
≪お願いします…呼ぶ者が多ければ多いほどいいの≫
『お願いだってさ』
「わかった」
青年はわざとらしく咳払いをしてから、はっきりと彼女の名を呼んだ。
「――クロエ」
瞬間。
まるで体重がなくなったかのような感覚に包まれ、クロエは思わず全身を
伸ばした――うねる自分の長い肢体は束縛から放たれ、歓喜して
その場を跳ねた。
さきほどとは非にならないほどの量の木の葉が舞い、埃を飛ばす。
腐葉土に埋もれていた薄翅がくっきりと跡を残して姿を現し、久しぶりの
外気を孕んで羽音を響かせた。
枝や葉を身体にまとわり付かせたまま全身のバネを使って飛び出す。
一直線に空へ!
わき目もふらず蒼穹の深遠へと向かってゆく。
飲み込まれそうなターコイズの空と、粉をはたいたような雲は
眠る前と何も変わらない。
頭の中が真っ白になって、眩暈を感じる。それでも昇るのをやめない。
ピィイイイ――、と澄んだ口笛のような空気を切り裂く音が合図のように、
畳んでいた翅をすべて拡げる。そのときにはもう枝やら土やらはすべて
取り払われて、クリノクリアの森の遥か上空でようやくクロエは
ドラゴン・ワイアームとしての姿を取り戻した。
「…気がすんだ?」
飛び出した位置に戻ると、青年はまだそこにいた。
自分が眠っていた場所は抉れたように土が掘り返され、そこを埋めるように
銀色の葉が散乱してひどい有様だった。そしてその中央に座り込んでいる
青年もまた、暴風に晒され髪を乱して、ひどい有様だった。
≪ごめんなさい、嬉しくてつい≫
『嬉しかったんだって』
飛び出したときとは対照的に、縮こまるようにしてゆっくり着地する。
脚の無い身体で木々を傷つけずにそれをするのは得意ではなかったが、
身体はどうにか動いてくれた。
持て余す肢体を二周ほど巻いても、頭は森の上空へとはみ出てしまう。
それでも飛び出した自分のせいで、彼の頭上の木々は広く開いていたので
青年の姿はきちんと見えた。
「名前呼ばれただけなのに?」
≪ちょっと待っててくださいね≫
言い置いて、鳴く。いくつもの音が重なり、響きあう声が魔力を含んで
身体を包んでゆく。淡い光がぱっと弾けたその一瞬後には、クロエは
人の形をとって青年の前に立っていた。
「んな…!?」
大きく目を見開いて、青年が後ずさる。それほど珍しい姿をしているという
自覚はないのだが。
肩口まで伸ばしたクリーム色の髪、紫の瞳。
クリノクリアの森より東、カルパチア山脈にある高山民族の手による刺繍を
施したワンピースと厚手のヴェール、腰にはエルフから贈ってもらった
装飾ベルト。歩くたびに澄んだ鈴の音が響くので、まるで飼い猫のようだと
言われたのはついこの間だ。
「こちらのほうが話しやすいでしょう?」
対峙してみれば、青年はかなりの長身だった。上背のある彼の顔を
見上げながら、話を続ける。
「どうやら私、眠っているうちに木々たちに"大地"だと勘違いされて
しまったようで」
「…ほほう」
そうだ、笑わないと。笑顔さえあれば誰とだって仲良くなれるって
昔教えてもらったんだった。遠い記憶が蘇る。あの人は元気かな?
見ると青年も笑っていた。うんうんと人懐こい笑みで頷いている。
「そこで他者である貴方達に、私の名前を呼んでもらうことで、
木々たちの誤解を解いてもらったわけです」
一拍置いて、青年が笑いながら相槌を打った。
「へぇーそうだったんだー大変だねー」
『わかってない感バリバリじゃんかYO★』
「うるせーな!こんな状況で解れっつーほうがどうかして…あ、ごめん」
声に毒づいて、途中でばつが悪そうに頭に手をやる。
意識してではなく心の底から笑みを浮かべて、クロエは首を振った。
「いいえ、むしろ謝らなくてはいけないのはこちらです。あと、お礼も」
『ドラゴンの恩返し?』
「黙れっつーの」
青年はぐっと首をそらして、剣を一瞥した。
クロエはそちらに向かって丁寧に頭を下げる。
「通訳、ありがとうございました」
『ワォ!こんな丁寧にお礼言われたのヒサシブリ!どっかの誰かさんとは
大違いもいいト・コ・ロ♪』
「あー、いいよいいよそんな改まらなくても。こんなナマクラに」
「いいえ、そうはいきません」
おざなりに手を振る青年にもぺこりと頭を下げる。
「本当に助かりました。ありがとうございます。できれば
怪我の治療をしてさしあげたいのですが…」
「あ、いいって。大丈夫だよ」
困ったように笑いながら、青年は頭を掻いた。
と――
「クロエ様」
名を呼ばれて、頭を巡らす。いつの間に来たのか、軽装のエルフが数人控えて
こちらを見ていた。その中に見知った顔を見つけ、思わず駆け寄る。
「フォグナス!」
「おはようございます――それと、お久しゅうございます」
胸に手をあて、名を呼ばれたエルフは丁寧に頭を垂れた。
顔を上げ、おもしろがるように荒れた周囲を見渡す。
「だいぶお遊びになられましたか」
「ごめんなさい…荒らすつもりはなかったのですけれど」
「下草にとっては絶好の日当たりでしょう、気に病む必要はございません」
「では、せっかくですからお花の種でも蒔きましょう」
「それは良い考えですね」
その後ろで、青年と他のエルフが問答し合っている。
「え、おたくらあの子と知り合いなの?"様"ってことは偉い人?」
「や?アダム殿、なぜここに」
「いやこれには深いわけが」
『刀身事故が勃発したのサ★』
「ん?今なにか声が。投身?」
「いやだからなんでもないんだよこれは」
「とりあえず――」
フォグナスの一言で皆が黙る。突然の沈黙に臆する事もなく、エルフは
さらりとあとを続けた。
「お客様をご案内しましょう」
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NPC:シックザール・フォグナス
場所:クリノクリアの森
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『 』
「 」
梢のざわめきや鳥の唄、風の囁きと雨の足音。
そういった音で均(なら)され、平穏を保っていた意識の砂地に、
懐かしいあの響きが沁みこんでゆく。
人語。
この森にいる限り、ほとんど出会うことのなかった知らない種族。
眠気よりも好奇心が勝った。眼球が動いて、うっすらと瞼に
切れ目が入る。真っ先に飛び込んできたのは――光。
陽光を受けて輝く魔木クリノクリアの葉は、夢の中でも、そして
目の前でも変わらずにきらめいていた。一面銀世界なのに、暖かく
優しい森。
その眩しさに今やっと気づいたかのように、ゆっくりと
重く閉じた瞼をさらに押し広げる。
すりガラスのようにぼんやりとしか像を結ばない目を左右に動かす。
その端に動くものを認め、ようやくそこで意識とピントが重なった。
そこには一人の青年がこちらに横顔を見せて立っていた。
エルフ――ではない。間違いなく人間だ。
人間の年齢の基準など知らないが、今まで出会った
人間達の姿と照らし合わせてみても、まだ若いように見える。
柔らかそうな茶色の髪。ちらりと見える碧眼には正直に綺麗だと
いう感想を抱いたが、表情を見る限りでは警戒しているようだ。
『アダムっ!あだっ、横!横!!』
「あ?」
その男の名前なのだろうか、主の見えない声に反応して、青年が
ひょいと顔をこちらに向けた。途端、その顔がひきつる。
「……」
思い切り凝視されながらも、ただ無言で青年の顔を見つめる。
右目には眼鏡のようなものをかけていた。
でも片方しかレンズがない。眼鏡は両目のためのものでは
なかったのか。
すぅうう…と、奇妙な音が聞こえた。
青年の胸が僅かに膨らんだように見え、次の瞬間発せられた叫びが
静謐な森を揺るがした。
・・・★・・・
「やばっ…いやちょっとやばっ…!!」
仰天したのはあちらも同じだったようで、いきなりきびすを返して
走り出す。が、方向も考えずに走り出したためかその場で派手に
転んでしまう。
「って!」
『わぁカッコ悪い★』
「言ってる場合かー!ぃてててて…肩打った…」
相変わらず見えない相手と会話をするそのアダムとやらは、思い切り
怒鳴ってから肩を抑え、近くの幹に立ったまま頭をもたげた。
『どっち打ったの?』
「怪我したほう。まじめっちゃ痛いやばい俺死ぬ痛い」
『駄目じゃーん』
逃げることすら放棄し、こちらに背を向けたままずりずりと幹に
すがって座り込む青年に、声は容赦がない。
次に振向いたその顔は、明らかに絶望の色で染まっていた。
困り果てて、呼びかける。
≪あの≫
久しぶりに聞いた自分の声にとまどいながら、さらに続ける。
≪大丈夫ですか?≫
答えたのは青年ではなく、声のほうだった。
『お?なーんだ喋れるんジャン』
「なに?」
『大丈夫かって訊いてきてるよ』
「なに、わかんの?」
『あったりまえじゃん。僕を誰だと思ってるノ?』
どうやら青年にはこちらの声は判らないらしい。
ただ、姿のない声が感じ取って通訳してくれた。
青年が拍子抜けしたようにゆっくり立ち上がり、訊いてくる――
「襲わないの?」
≪襲う?≫
質問に質問で返してから、瞬きをひとつ。その呟きが聞こえるはずは
なかったのだろうが、気が変わったのか
あ、いや、と青年は取り消すように首を振った。
「ごめん、いいや」
≪あの、――怪我、してらっしゃるのですか?≫
『さっきまでは全治数日だったけど、今打ったからもはや
数日どこじゃないかもネ★』
「余計な事いわんでいいっての」
うんざりしたように青年は視線を背中に挿してある剣に向けた。
信じられないが――どうやらこの剣が声を発していると思っていいらしい。
≪私が驚かせてしまったから?≫
『まぁー話せば長いから気にしないでイーヨっ』
≪ならいいのですが…あら?≫
ふと、今更になって身動きが取れないことに気がつく。
確認しようと首を動かそうとするが、僅かに顎が浮いただけで何かに
遮られてそれも叶わない。
「え、どうしたんだ?なんだよ」
『なんか動けないらしいよ。根でも張っちゃったのかネー』
何度試しても身体が動かない。拗ねたように顎を地に置いてため息をつくと、
前にあったクリノクリアの木が激しく吹かれて輝く木の葉を舞い散らせた。
葉が舞い落ち、あたりが静かになるまでの間沈黙が落ちたが、ふと
思いついて呟く。
≪……私の名前はクロエ・ファン・クリノクリスです≫
『ん?名前?』
≪私の名前、呼んでくださいませんか≫
『名前、呼んでくれって。クロエ・ファン・クリノクリス』
「なんで?そうすれば動けるの?」
いつの間にか、青年はすぐ目の前まで戻ってきていた。だいぶ警戒心を
解いてくれたらしい。その碧眼を見つめ返しながら、懇願する。
≪お願いします…呼ぶ者が多ければ多いほどいいの≫
『お願いだってさ』
「わかった」
青年はわざとらしく咳払いをしてから、はっきりと彼女の名を呼んだ。
「――クロエ」
瞬間。
まるで体重がなくなったかのような感覚に包まれ、クロエは思わず全身を
伸ばした――うねる自分の長い肢体は束縛から放たれ、歓喜して
その場を跳ねた。
さきほどとは非にならないほどの量の木の葉が舞い、埃を飛ばす。
腐葉土に埋もれていた薄翅がくっきりと跡を残して姿を現し、久しぶりの
外気を孕んで羽音を響かせた。
枝や葉を身体にまとわり付かせたまま全身のバネを使って飛び出す。
一直線に空へ!
わき目もふらず蒼穹の深遠へと向かってゆく。
飲み込まれそうなターコイズの空と、粉をはたいたような雲は
眠る前と何も変わらない。
頭の中が真っ白になって、眩暈を感じる。それでも昇るのをやめない。
ピィイイイ――、と澄んだ口笛のような空気を切り裂く音が合図のように、
畳んでいた翅をすべて拡げる。そのときにはもう枝やら土やらはすべて
取り払われて、クリノクリアの森の遥か上空でようやくクロエは
ドラゴン・ワイアームとしての姿を取り戻した。
「…気がすんだ?」
飛び出した位置に戻ると、青年はまだそこにいた。
自分が眠っていた場所は抉れたように土が掘り返され、そこを埋めるように
銀色の葉が散乱してひどい有様だった。そしてその中央に座り込んでいる
青年もまた、暴風に晒され髪を乱して、ひどい有様だった。
≪ごめんなさい、嬉しくてつい≫
『嬉しかったんだって』
飛び出したときとは対照的に、縮こまるようにしてゆっくり着地する。
脚の無い身体で木々を傷つけずにそれをするのは得意ではなかったが、
身体はどうにか動いてくれた。
持て余す肢体を二周ほど巻いても、頭は森の上空へとはみ出てしまう。
それでも飛び出した自分のせいで、彼の頭上の木々は広く開いていたので
青年の姿はきちんと見えた。
「名前呼ばれただけなのに?」
≪ちょっと待っててくださいね≫
言い置いて、鳴く。いくつもの音が重なり、響きあう声が魔力を含んで
身体を包んでゆく。淡い光がぱっと弾けたその一瞬後には、クロエは
人の形をとって青年の前に立っていた。
「んな…!?」
大きく目を見開いて、青年が後ずさる。それほど珍しい姿をしているという
自覚はないのだが。
肩口まで伸ばしたクリーム色の髪、紫の瞳。
クリノクリアの森より東、カルパチア山脈にある高山民族の手による刺繍を
施したワンピースと厚手のヴェール、腰にはエルフから贈ってもらった
装飾ベルト。歩くたびに澄んだ鈴の音が響くので、まるで飼い猫のようだと
言われたのはついこの間だ。
「こちらのほうが話しやすいでしょう?」
対峙してみれば、青年はかなりの長身だった。上背のある彼の顔を
見上げながら、話を続ける。
「どうやら私、眠っているうちに木々たちに"大地"だと勘違いされて
しまったようで」
「…ほほう」
そうだ、笑わないと。笑顔さえあれば誰とだって仲良くなれるって
昔教えてもらったんだった。遠い記憶が蘇る。あの人は元気かな?
見ると青年も笑っていた。うんうんと人懐こい笑みで頷いている。
「そこで他者である貴方達に、私の名前を呼んでもらうことで、
木々たちの誤解を解いてもらったわけです」
一拍置いて、青年が笑いながら相槌を打った。
「へぇーそうだったんだー大変だねー」
『わかってない感バリバリじゃんかYO★』
「うるせーな!こんな状況で解れっつーほうがどうかして…あ、ごめん」
声に毒づいて、途中でばつが悪そうに頭に手をやる。
意識してではなく心の底から笑みを浮かべて、クロエは首を振った。
「いいえ、むしろ謝らなくてはいけないのはこちらです。あと、お礼も」
『ドラゴンの恩返し?』
「黙れっつーの」
青年はぐっと首をそらして、剣を一瞥した。
クロエはそちらに向かって丁寧に頭を下げる。
「通訳、ありがとうございました」
『ワォ!こんな丁寧にお礼言われたのヒサシブリ!どっかの誰かさんとは
大違いもいいト・コ・ロ♪』
「あー、いいよいいよそんな改まらなくても。こんなナマクラに」
「いいえ、そうはいきません」
おざなりに手を振る青年にもぺこりと頭を下げる。
「本当に助かりました。ありがとうございます。できれば
怪我の治療をしてさしあげたいのですが…」
「あ、いいって。大丈夫だよ」
困ったように笑いながら、青年は頭を掻いた。
と――
「クロエ様」
名を呼ばれて、頭を巡らす。いつの間に来たのか、軽装のエルフが数人控えて
こちらを見ていた。その中に見知った顔を見つけ、思わず駆け寄る。
「フォグナス!」
「おはようございます――それと、お久しゅうございます」
胸に手をあて、名を呼ばれたエルフは丁寧に頭を垂れた。
顔を上げ、おもしろがるように荒れた周囲を見渡す。
「だいぶお遊びになられましたか」
「ごめんなさい…荒らすつもりはなかったのですけれど」
「下草にとっては絶好の日当たりでしょう、気に病む必要はございません」
「では、せっかくですからお花の種でも蒔きましょう」
「それは良い考えですね」
その後ろで、青年と他のエルフが問答し合っている。
「え、おたくらあの子と知り合いなの?"様"ってことは偉い人?」
「や?アダム殿、なぜここに」
「いやこれには深いわけが」
『刀身事故が勃発したのサ★』
「ん?今なにか声が。投身?」
「いやだからなんでもないんだよこれは」
「とりあえず――」
フォグナスの一言で皆が黙る。突然の沈黙に臆する事もなく、エルフは
さらりとあとを続けた。
「お客様をご案内しましょう」
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