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2024/05/16 18:28 |
Rendora-4/クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・シメオン・フォグナス
場所:クリノクリアの森→シメオンの屋敷
――――――――――――――――

喘鳴(ぜんめい)をかき鳴らす喉はただひたすらに乾いていたが、逆流した
鉄錆の臭いを追い出すにはただ呼吸するしかなかった。

横切る炎の群れに顔半分を覆う白雪のような羽毛は焼かれ、
背に生えた若草は凍える氷の刃で肉ごと抉られた。
岩山に激突して欠けた角は、下で待ち構えていた人間が我先に取りに走った。

追われ、撃たれ、貫かれても、ただ目は見開いていた。
折れた翼に穿たれた杭。張り巡らされたロープ。
勝ち誇ったように鬨の声を上げる人間達。

誰も彼女の名を正しくは呼ばなかった。化け物、それがその時の名前だった。

彼女にとっては美しいクリノクリアの森と、素晴らしい知恵と愛情を持った
同胞たち、それだけが世界だった。

世界は美しいものだと思っていた。

視界の端に、矢をつがえている人間を見た。狙いはこの瞳だった。
自分から翼と角とこの美しい世界を奪って、最後に光すらも奪うのか。

高度な魔術、剣と弓を作る技術、これほどまでに多くの物を持ちながら、
自分のような何も持たない一匹の竜に何を望むというのだ。

彼女は鳴いた。唸るような、それでいて澄んだ声。
鈍く、高くを繰り返す詩のない唄。
聞いた者が即座に家路につきたくなるような物悲しい音。

その碧い声は途方も無い熱量を持ちながら、ただ美しい幻惑のように
彼女を傷つけた人間を音もなく焼き尽くしていった。

・・・★・・・

フォグナスの淡々とした話が終わった。

春の穏やかな陽光を一身に浴びながら、
クロエは一言も発さずただ立っている。


世界は美しいばかりでは、ないのだろうか。


「ですから、エディト様のことは…クロエ様?」

名を呼ばれて、はっと顔を上げる。前に立つその従者は、
エルフ特有の美しい顔立ちに深い影を落としていた――
その様子は悲観に暮れているようにも見えたが、クロエにはむしろ
自らのうちに生じた醜い『憎しみ』という感情を抱いている自分に
嫌悪を抱いているようにも見えた。

「エディトは、私にとっても姉でした」

フォグナスがどういう表情をしているかわからない。ただ、この男は
ひどく自分を責めているのだろうという事はわかった。

クロエはそれ以上言葉が続けられない友の従者に歩み寄り、そっと
背伸びをして首に両手を回した。びくりと、その首筋の筋肉が
反応する。領主を護る近衛兵としての役目を担う者として
日々鍛えているのだろう、硬い弾力が手に、腕に伝わってくる。

クロエがこういった事をするのは珍しくない。それは後ろに控えている
他のエルフ達も知っているのだろうが、さすがに突然のことで
少なからず驚いたようではあった。が、それには構わず
ぎゅっと力を込めて、幼子をあやすように抱き寄せる――

「私は、薄情ですね」

石のように硬直しているフォグナスから身体を離して、目を伏せる。

「あなたの話を聞いてから、ずっとあの人の事を考えていました。
だけど…最後にあの人と何を話したか、どうしても思い出せないんです」
「クロエ様…」

フォグナスの顔は晴れない。だが、さきほど見た黒い感情は見当たらない。
ふと、見上げる。

銀色に輝くクリノクリアの森の先には、カルパチア山脈。ここから
見えたわけではなかったが、頂きぐらいは思い出せた。
そっと目を閉じて息をつく――「100年、ですか」。

「100年も眠ってしまいました…。これからたくさん思い出さないと。
この森の事も、エディトのことも」

ぱっと、向き直る。

「シメオンは寂しがり屋です。でも、あなた達がいれば大丈夫」

そう言ってにっこり笑ってやると、忠実な従者は驚いたように目を見開き、
答えるかわりに深々と頭を下げた。後ろに控えていた数人のエルフ達も
祈りを捧げるように目を閉じ、頭を垂れる。

「…行きましょう」
「えぇ」

・・・★・・・

重い雰囲気とすがるような視線に出迎えられても、
クロエは笑みを崩さなかった。
役目を終えて退出していくフォグナスらに手を振って見送ってから、
こちらを見返している人間の青年に笑顔を投げかける。

「またお会いできましたね」

アダム。と頭の中で名前を反芻する。
彼はいやぁ、と曖昧な返事を返して意味もなくその場に座りなおした。
だがまだ何かを気にしているように、落ち着かない様子でたまにこちらに
探るような視線を送っていたが、それを遮るように横手からシメオンが
声をかけてきた。

「クロエ、おはよう」
「おはようございます、シメオン」

ふわりとスカートのすそを揺らしてアダムの横を通り過ぎ、黒衣の親友と
軽く抱擁を交わす。さきほど見て想像していたより遥かに、彼はずっと
痩せて、やつれていた。その事にちくりと胸に痛みが走ったが、
友の暖かい声ですぐに緩和される。

「100年も昼寝とは…『夢見鳥』とはよく言ったものだな」
「ええ、素敵な夢をたくさん見ました」
「まぁ座ってくれ。君の好きな紅茶を用意したから」

促されて、シメオンの向かい――アダムの隣に腰を下ろす。
クロエが座ったあと、一拍遅れてシメオンもソファに座る。

「大丈夫ですよ」
「え?」

前を向きながら、ぽつりと言う。
返ってきた疑問の声はアダムが発してきたものだったが、あえてそちらは
向かずに、クロエはやはり疑問符を浮かべているシメオンに全く違う事を
言った。

「嬉しい、またこの紅茶が飲めるなんて」
「あ、あぁ――ミルクもあるよ。あまりにも急だったので
 2リットルしか用意できなかったが」
「にりっ…!?」
「わぁ、ありがとうございます」

話題を変えられ戸惑いながらも、シメオンは慣れた手つきでポットから
三つの繊細なカップに紅茶を注いでいった。

クリノクリア・エルフの特徴に、尖った耳の先と爪が緑色に染まっている
というものがある。シメオンもその例に漏れず、白いポットを持つ
手の先は鮮やかな緑で、綺麗なアクセントになっていた。

「え、2デシリットルの間違いじゃあ…ない、ですよね?」

おずおずとアダムがシメオンとクロエを交互に見ながら尋ねてくる。
ぽかんとしてクロエが「そうなんですか?」とシメオンに言うと、
彼は足元に置いてあったブリキの牛乳缶を両手で持ち上げて見せた。
中身は判然としないが、シメオンの様子からしてたっぷりと
牛乳が入っているのだろう。

「いや?」
「どんだけ飲むんですかクロエさん!え、常識なの?エルフ的には」
「エルフ的にというより、クロエ的には、だろうな」

腰を浮かせて突っ込みを入れるアダムに、至極落ち着いた様子で
シメオンはどん、と牛乳瓶を足元に置く。

「彼女がドラゴンという事はもう知っているね?」
「え――えぇ、まぁ…あ、そうか、ドラゴンだからか…って納得して
いいのかわかんないけど」

再度腰を落ち着けるアダムを見ながらくすくす笑って、クロエが口を挟む。

「私達はもともと、何も食べなくても生きていけるんですけどね。
やっぱり、おいしいものは美味しいですから」
「ほぉー」

素直に感心してくれるアダム。しかし、と茶化すようにシメオンが
笑いながらカップを口に運んだ。

「君のような巨大な生命に味覚を与えた神は、罪だな」
「私は感謝していますよ?こうしてお菓子や紅茶の味だって判るんですもの」
「では、訊こうか。どうだ、100年ぶりの紅茶の味は?」

シメオンの言葉に、アダムも興味あるのか目を輝かせて顔を覗き込んでくる。
カップで顔を隠すように、目だけで二人の男を見ながら笑顔で紅茶を
飲み干すと、少しだけもったいをつけて言ってやった。

「とっても美味しいです」

はは、とシメオンが笑う。アダムがそれを見て少しだけ意外そうな顔をした。
一瞬不思議に思ったが、すぐに合点がいった。おそらく、シメオンは
笑顔などほとんど見せていなかったのだろう。ましてや、声に出してなど。

「しっかし、100年かぁ…」

シロップに濡れたベリーがたっぷり盛られたタルトをぎこちなく口に運び、
アダムがシメオンの背後にあるベランダの向こうへ遠い視線を送っている。

「想像もつかねぇよ、100年なんて。俺の人生の4、5倍は寝ちゃってんだろ。
信じられねーなぁー」
『とかいってアダムの人生も結局寝て過ごしてきちゃったようなもんじゃん』

割り込んできた声に、沈黙が落ちる。
いきなり、ばっとアダムが手元にあるあの剣に向かって言い返す。

「っお前!口挟むなっつったろーが!」
『だって僕だけ蚊帳の外じゃんかよう。やだよ退屈だよ』
「お・ま・え・はぁ~~~~」

歯を軋らせながら手の中でわなわなと剣を握りつぶさんばかりの勢いで
掴むアダム。あまりの事態にクロエとシメオンは顔を見合わせていたが、
見かねてまぁまぁ、となだめると、どうにかアダムは落ち着いて
剣を離してくれた。

「すんません、この長細いだけで物干しにすら使えない棒が」
『物干しってー!棒って言ったー!横暴だー!』

結局静かになりそうにない二つの声を聴きながら、ふとシメオンを見ると
彼はどこを見るともなしにただカップを傾けていた。
視線を感じたのかクロエと目が合うと、ふっと笑った。その背後で。

白いドレスのすそを揺らしながらバルコニーに立つ美しい一人の女の姿を
見たような気がして、クロエは思わず立ち上がった。

がちゃん、と派手な音をたてて空になったカップがソーサーの上で転がる。

気がついたときには、突然の物音に驚いているシメオンと、口論をやめた
アダム、そして白いレースのカーテンがまるでドレスのようにはためきながら
ゆっくりと揺れているだけだった。

怒られるとでも思ったのか、冷や汗を流しながらアダムが下から
問いかけてくる。

「ど…どしたの」
「ごめんなさい――見間違いを」
「見間違い?」
「いいんです、忘れてください」

できるだけ柔らかく言って、立ったまま倒れたカップを元に戻すと、
シメオンが取り繕うように、クロエのカップを紅茶で満たした。
似合わない黒衣から伸びた腕は白く、僅かに震えていた。

そちらには手をつけず、ソファを回り込んでバルコニーへ向かう。

「ここから見る景色もだいぶ変わったけど、やっぱり綺麗ですね」

手すりに手を置いたまま、笑顔で振り返る。目が合ったのは
シメオンだったが、立ち上がったのはアダムだった。彼は今度は
ドレンドチェリーが乗ったクッキーを手にしながら、バルコニーに出て
クロエに並ぶと、しみじみと感慨深げに眼下を見下ろした。

「…俺、今すげー所にいるんだなぁ」

風が吹き込んで、またカーテンを揺らす。今度は大きく弧を描いて
はためいた裾が、座ったままのシメオンの細くなった背中を
労るように優しく撫でた――。

――――――――――――――――
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2007/06/04 21:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora

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