PC:オルレアン アルト
場所:正統エディウス・ジェネック男爵領
-----------------------------------------
人造精霊の泣声がする。
泣かれたって助けてやれないんだ。泣かないで眠ってくれと祈る夜。
********
視界の端に、よくわからないものを見た。
でも見慣れていたから、すぐにわかる。仲間がよくああなっていた。自分もい
ずれなるんだろうか。
紫のようで赤のようで、橙のようで青いような。とにかく不快極まる色彩の塊
だ。昔はたくさん見た、そんな色だった。まだ人造精霊の真っ黒な色のほうが
いいと、頭の片隅で思う。
「!?」
怪物が震えた。
噛み砕こうとしていた獲物が、口内から脳天にかけて巨大な槍のような得物を
突き立ててきたからだ。そう理解したまでが限度だったらしく、ゆっくりと怪
物がオルレアンとアルトを離さないまま大轟音を立てて崩れていった。周囲の
同じ色をした町並みを巻き込みながら、大きな土煙が上がった。
********
「…ジェネック男爵領城下の町並みって…アータ確実に人造精霊じゃないの!
あんた王様に言いつけちゃうんだからね!即刻死刑かついでにたらい桶よ!!」
「たらい桶の刑なんてあったか甚だ疑問だが…!」
また痛恨の一撃(殴打)を受けて倒れる老人。そろそろ肉体的に死ぬんじゃな
いだろうかと思うのだが、まぁ死ねば容疑者死亡で送還するので(ついでに余
計な罪業なすりつけて)それはそれでもOKと思うギュスターヴ。新エディウス
国の軍部の91%はその場の気分でできているのかもしれない。
「やだ、オルレアン大丈夫かしら。あの子のトラウマが響かないといいんだけ
ど…!!」
正統エディウス・ジェネック男爵領。
現在禁区として指定されているこの敷地には、かつて神を冒涜した魔女の灰と
その使い魔の遺骸が埋まっている。魔女は灰になるまで焼かれたのだが、使い
魔は生きたまま埋められたのだ。この使い魔こそが人造精霊であり、オルレア
ンや指導者と呼ばれる人々に寄生し生きながらえている存在なのだ。
精霊の名を付けるなどとは、愚かすぎるほどに動物的な、神秘や奇跡などとは
かけ離れたその生態と忌まわしい出生に誰もが嫌悪した。
ギュスターヴは当時の魔女狩りに参加はしたものの、感染はしなかった。だが
オルレアンは違う、彼は最愛の妻を首一つにされるまで食い尽くされているの
だ。さらに自分の感染が愛娘にまで伝染したのだ。彼がその後、欝になった挙
句ひきこもりで娘と心中紛いの事件を起こしかけたことは(まぁ彼はオカマで
しかも目立つから)有名だ。
とにかく、おそらくこの町並みが人造精霊なら。
城の地下から掘り起こされた人造精霊が起動してこの空間を作っている。町並
みが同じものばかりなのは、おそらくそれ以外の世界の形を知らないのだろ
う。人造精霊自体は単体では生きることも動くことも、形を作ることもままな
らない。寄生する媒体がなければ、寄生して栄養を取れる動力がなければ存在
することすらできないのだ。
「だとすると、この町並みには…」
うねり輝く筋肉を総動員して手ごろな建物に指を突き立てて上り始める。軍人
だからという理由では片付け切れないちょっとおかしい運動力で、宿屋の形を
した黒い建造物によじのぼる。
しゅごぉぉぉぉぉぉぉxと人にあらざるっぽいおかしな鼻息をついてから、威
風堂々と立ち上がって、地平線を見る。
「ビンゴぉう!」
地平線に蜃気楼のようにゆらめく、黒い城の姿。
まるで、そこだけぽっかり景色が抜け落ちているんじゃないだろうかと思うぐ
らいに虚ろな黒いシルエット。とりあえず直線距離にして10kmはくだらない
という見立ては無視して、ギュスターヴはガッツポーズをとったのであった。
********
「…なんですかこれ」
「可愛いでしょ?人造精霊の一番基礎形体よ」
わらわらと足元から体の上で動くちっさな人型。黒い色にぽっかりとした丸い
瞳。照る照る坊主に手足が生えて、ついでに愛らしさを付け足すとこんな感じ
になるのではないかというぐらい、可愛い。
さっきまでオカマと激闘していて、ついでに自分を掴んでいた異形のバケモン
とは思えないラブリーさである。
「…さっきまで、あんなにでかかったのに」
「魔女狩りで死んだ死体から切り離してやったから、元の形に戻っただけよ。
と、いっても一日程度で元の泥みたいな土塊に戻るけどね」
そう言って、オルレアンが手ごろな一匹をつまみあげる。手足が短いそれら
は、必死の抵抗をするもまったく届いてない。ちょっと胸キュン。
「あんた達でしょ、この空間の主は。とっとと元に戻して頂戴…明日娘の親子
参観なのよ、お肌の調子整えなきゃなんないし、髪の毛だって手入れしなきゃ
ならないんだから」
「その前にまっとうな人としてお子さんの前に立ってあげたほうがいいんじ
ゃ…」
アルトの呟きが終わる前に、オルレアンにつまみあげられていた人造精霊(と
いう名前の可愛い奴ら)がわっと泣き始めた。すると周囲にいたたくさんの仲
間もいっせいに泣き始める。
えーんえーん
えーんえーん
えーんえーん
「あーほら泣かしちゃったじゃない」
「絶対アンタのせいだと思います」
どういう生態なのか、どういう理論で動いているのかまったく理解不明だが、
とりあえずこの一斉大合唱をどうにかしないと耳が痛い。アルトは手始めに数
匹(数人?)持ち上げて揺さぶってみるが、泣き止む気配がまったくない。子
守なんて得意ではないアルトは純粋にどうするべきか迷っていた。すると、横
からひょいっと生白い手が伸びてきて、アルトの腕の中から数匹を奪いとっ
た。
「あーよしよし、いい子でちゅねー…あと、こいつら体内にいれると人造精霊
に感染するわよ」
すると腕の中に残っていた最後の一匹を、力の限り空に向かって投球するアル
ト。
星になった相手に「ごめんね」と優しく投げやりに思いを告げて、寄ってきた
黒い人型を一斉に払う。わーっと気の抜けた叫び声がこだまする。
しばらくすると、すんすんと鼻をすすったり目をこすったりして、ようやく泣
き止んできた。というか、傍目から見ると愛らしい。というか、その間オカマ
の子守っぷりを直視してしまい、ちょっと気分が悪くなっているアルトを他所
に、オカマが立ち上がる。
「…この短時間に手懐けてますね…」
「こう見えても一児の母兼父兼未来の恋人ですから」
「兼任しちゃいけない役職ありましたよ、さりげなく犯罪仕様を盛り込まない
でください」
「ま、この子達とは同類だし…さて、あんたの元に案内してねー」
オルレアンが慈母(慈父)の微笑みで子供達(黒い人型の人造精霊)を送り出
す。なぜかオーラが花畑なのは見えない見えない自分には見えないと信じるア
ルト。
「どこに向かってるんですか」
「たぶんこれは末端だから、おおもとみたいな「原型」がいると思うから、た
ぶんそこじゃない?
基本、人造精霊は本体を安全な場所において末端出すのが多いし」
「オカマとかも世の邪悪なる存在の些細な末端なわけですね」
「神の偉大なる美貌を受け継ぐ選ばれた民、とかいってくれない?気分盛り上
がらないし」
「人間って基本、平等を掲げてませんでしたっけ?」
「時代は常に変わっていってしまうものなのよね…」
会話があんまり成立していない二人であった。
----------------------------------------------------------
場所:正統エディウス・ジェネック男爵領
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人造精霊の泣声がする。
泣かれたって助けてやれないんだ。泣かないで眠ってくれと祈る夜。
********
視界の端に、よくわからないものを見た。
でも見慣れていたから、すぐにわかる。仲間がよくああなっていた。自分もい
ずれなるんだろうか。
紫のようで赤のようで、橙のようで青いような。とにかく不快極まる色彩の塊
だ。昔はたくさん見た、そんな色だった。まだ人造精霊の真っ黒な色のほうが
いいと、頭の片隅で思う。
「!?」
怪物が震えた。
噛み砕こうとしていた獲物が、口内から脳天にかけて巨大な槍のような得物を
突き立ててきたからだ。そう理解したまでが限度だったらしく、ゆっくりと怪
物がオルレアンとアルトを離さないまま大轟音を立てて崩れていった。周囲の
同じ色をした町並みを巻き込みながら、大きな土煙が上がった。
********
「…ジェネック男爵領城下の町並みって…アータ確実に人造精霊じゃないの!
あんた王様に言いつけちゃうんだからね!即刻死刑かついでにたらい桶よ!!」
「たらい桶の刑なんてあったか甚だ疑問だが…!」
また痛恨の一撃(殴打)を受けて倒れる老人。そろそろ肉体的に死ぬんじゃな
いだろうかと思うのだが、まぁ死ねば容疑者死亡で送還するので(ついでに余
計な罪業なすりつけて)それはそれでもOKと思うギュスターヴ。新エディウス
国の軍部の91%はその場の気分でできているのかもしれない。
「やだ、オルレアン大丈夫かしら。あの子のトラウマが響かないといいんだけ
ど…!!」
正統エディウス・ジェネック男爵領。
現在禁区として指定されているこの敷地には、かつて神を冒涜した魔女の灰と
その使い魔の遺骸が埋まっている。魔女は灰になるまで焼かれたのだが、使い
魔は生きたまま埋められたのだ。この使い魔こそが人造精霊であり、オルレア
ンや指導者と呼ばれる人々に寄生し生きながらえている存在なのだ。
精霊の名を付けるなどとは、愚かすぎるほどに動物的な、神秘や奇跡などとは
かけ離れたその生態と忌まわしい出生に誰もが嫌悪した。
ギュスターヴは当時の魔女狩りに参加はしたものの、感染はしなかった。だが
オルレアンは違う、彼は最愛の妻を首一つにされるまで食い尽くされているの
だ。さらに自分の感染が愛娘にまで伝染したのだ。彼がその後、欝になった挙
句ひきこもりで娘と心中紛いの事件を起こしかけたことは(まぁ彼はオカマで
しかも目立つから)有名だ。
とにかく、おそらくこの町並みが人造精霊なら。
城の地下から掘り起こされた人造精霊が起動してこの空間を作っている。町並
みが同じものばかりなのは、おそらくそれ以外の世界の形を知らないのだろ
う。人造精霊自体は単体では生きることも動くことも、形を作ることもままな
らない。寄生する媒体がなければ、寄生して栄養を取れる動力がなければ存在
することすらできないのだ。
「だとすると、この町並みには…」
うねり輝く筋肉を総動員して手ごろな建物に指を突き立てて上り始める。軍人
だからという理由では片付け切れないちょっとおかしい運動力で、宿屋の形を
した黒い建造物によじのぼる。
しゅごぉぉぉぉぉぉぉxと人にあらざるっぽいおかしな鼻息をついてから、威
風堂々と立ち上がって、地平線を見る。
「ビンゴぉう!」
地平線に蜃気楼のようにゆらめく、黒い城の姿。
まるで、そこだけぽっかり景色が抜け落ちているんじゃないだろうかと思うぐ
らいに虚ろな黒いシルエット。とりあえず直線距離にして10kmはくだらない
という見立ては無視して、ギュスターヴはガッツポーズをとったのであった。
********
「…なんですかこれ」
「可愛いでしょ?人造精霊の一番基礎形体よ」
わらわらと足元から体の上で動くちっさな人型。黒い色にぽっかりとした丸い
瞳。照る照る坊主に手足が生えて、ついでに愛らしさを付け足すとこんな感じ
になるのではないかというぐらい、可愛い。
さっきまでオカマと激闘していて、ついでに自分を掴んでいた異形のバケモン
とは思えないラブリーさである。
「…さっきまで、あんなにでかかったのに」
「魔女狩りで死んだ死体から切り離してやったから、元の形に戻っただけよ。
と、いっても一日程度で元の泥みたいな土塊に戻るけどね」
そう言って、オルレアンが手ごろな一匹をつまみあげる。手足が短いそれら
は、必死の抵抗をするもまったく届いてない。ちょっと胸キュン。
「あんた達でしょ、この空間の主は。とっとと元に戻して頂戴…明日娘の親子
参観なのよ、お肌の調子整えなきゃなんないし、髪の毛だって手入れしなきゃ
ならないんだから」
「その前にまっとうな人としてお子さんの前に立ってあげたほうがいいんじ
ゃ…」
アルトの呟きが終わる前に、オルレアンにつまみあげられていた人造精霊(と
いう名前の可愛い奴ら)がわっと泣き始めた。すると周囲にいたたくさんの仲
間もいっせいに泣き始める。
えーんえーん
えーんえーん
えーんえーん
「あーほら泣かしちゃったじゃない」
「絶対アンタのせいだと思います」
どういう生態なのか、どういう理論で動いているのかまったく理解不明だが、
とりあえずこの一斉大合唱をどうにかしないと耳が痛い。アルトは手始めに数
匹(数人?)持ち上げて揺さぶってみるが、泣き止む気配がまったくない。子
守なんて得意ではないアルトは純粋にどうするべきか迷っていた。すると、横
からひょいっと生白い手が伸びてきて、アルトの腕の中から数匹を奪いとっ
た。
「あーよしよし、いい子でちゅねー…あと、こいつら体内にいれると人造精霊
に感染するわよ」
すると腕の中に残っていた最後の一匹を、力の限り空に向かって投球するアル
ト。
星になった相手に「ごめんね」と優しく投げやりに思いを告げて、寄ってきた
黒い人型を一斉に払う。わーっと気の抜けた叫び声がこだまする。
しばらくすると、すんすんと鼻をすすったり目をこすったりして、ようやく泣
き止んできた。というか、傍目から見ると愛らしい。というか、その間オカマ
の子守っぷりを直視してしまい、ちょっと気分が悪くなっているアルトを他所
に、オカマが立ち上がる。
「…この短時間に手懐けてますね…」
「こう見えても一児の母兼父兼未来の恋人ですから」
「兼任しちゃいけない役職ありましたよ、さりげなく犯罪仕様を盛り込まない
でください」
「ま、この子達とは同類だし…さて、あんたの元に案内してねー」
オルレアンが慈母(慈父)の微笑みで子供達(黒い人型の人造精霊)を送り出
す。なぜかオーラが花畑なのは見えない見えない自分には見えないと信じるア
ルト。
「どこに向かってるんですか」
「たぶんこれは末端だから、おおもとみたいな「原型」がいると思うから、た
ぶんそこじゃない?
基本、人造精霊は本体を安全な場所において末端出すのが多いし」
「オカマとかも世の邪悪なる存在の些細な末端なわけですね」
「神の偉大なる美貌を受け継ぐ選ばれた民、とかいってくれない?気分盛り上
がらないし」
「人間って基本、平等を掲げてませんでしたっけ?」
「時代は常に変わっていってしまうものなのよね…」
会話があんまり成立していない二人であった。
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PR
第二十四話 『移動する潜伏地』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン邸
――――――――――――――――
「――遅い!ったくあたしが呼んでるんだから3秒で来なさいよね」
いらいらと部屋の中をうろつく。しふみは退屈そうにベッドに寝転び、
手の甲にあごを乗せてけだるげに窓の外を見ている。
「それはいくらなんでも無理じゃろうて」
「だってルフトだし」
理不尽な理由を捏ねて、背中からベッドに倒れこむ。
反動でベッドが揺れ、かすかに軋む音が部屋に響いた。
外はまだ騒がしい。両こぶしを硬く握り、呪詛のようにうめく。
「馬鹿犬めぇ…あの程度の警備にあっさり見つかるなんて!」
「犬じゃからのう」
さっきのセリフを繰り返すしふみ。そののらりくらりとした様子に
苛立ちを感じて、足をばたつかせながら喚く。
「あたし達が部屋に戻ってからどのくらい時間が経ってると思ってんの!?
もう死刑よ死刑。『ごめん待った?』のセリフの後に続くのが
『ううん、今きたとこ』だけじゃないっていうのを思い知らせてやるー!」
もはや自分でもよくわからない罵りを天井にぶつける。ふ、と物憂げな
しふみの口から吐息がもれる。笑ったのか呆れたのか判断しかねたが、
どちらにしろこの女が退屈していることには間違いない。
その退屈しきった瞳が、何かを捕らえた。
「――来たぞえ」
ばさっ
怒鳴った後の静寂を、大振りに空気を叩く音が埋める。次いでいつもの
騒がしいあの声が部屋へ飛び込んできた。
「ルフト来たかぶぎゃっ」
「おっそいわよチキン野郎!なにやってたのせめて手土産ぐらい
もってきなさいよ馬鹿!」
迎え撃った怒号と枕に押されていったんは窓のフレームから消えた
ウィンドブルフだったが、すぐに飛び上がってきた。ご丁寧に嘴に
投げた枕をくわえて滞空している。
ぼとり、と無造作に床に枕を落として、たっぷり息を吸い込んでから
喋りだす。
「お前何回同じことやんだ!あぶねーだろ!」
「うっさいわね!そっちが遅れたのが悪いんでしょ!換毛期無視して
羽ひっこ抜いて枕にするわよ!」
ベッドの上で仁王立ちになって轟然と怒鳴り返す。窓の桟からベッドの
柵に足場を移して、ウィンドブルフはやや声のトーンを落とした。
「恐ろしい事言うな!…とにかくだ、まだルフトは来てねーんだな?
ちっくしょう、何かっちゃ無茶しやがってあいつはよ…」
はー、と翼で顔を覆う。いちいちこういうところが人間臭い。
「あんたら連絡とれんじゃないの?何かしらこう、胡散臭い感じで」
「胡散臭い言うな!せめて不思議とか言え」
「どっちもどっちじゃのう」
不毛な言い合いを止めるでもないしふみに笑われて、ウィンドブルフは
出鼻を挫かれたようにぱたりと翼を下ろした。
「なんでか知らんが応答がねーんだよ。何かあったのかもしんねぇ」
「またぁ?つくづく駄犬ねー」
「何食ったらそんな性悪になれるんだお前は…」
「胃にハーブとバターたらふく詰めてオーブンにブチ込むわよ」
「ルフトー!早く助けに来いー!俺もうやだー!」
半眼ですごまれて、じたばた暴れ始める鳥。羽風で部屋のカーテンが
ひらひらと揺れるが、なんの助けにもなりそうにない。
ようやく上体を起こして、しふみがにじり寄って来る。
「のう、それでは今はあの犬の状況はとんとわからぬ、ということか?」
ようやく話を進められそうな気配をいち早く察知したか、ころりと
絶望的な表情を明るくして、ウィンドブルフはうんうんと頷いた。
「あいつは声に出さないと俺と交信ができないから…もしかしたら
潜んでいる可能性もあるな」
「外がまだ騒がしいということは、捜索を続けているということであろう?
なればその考えもあながち間違ってはおらんかもしれんのう」
ふむ、とどこから取り出したか畳んだ扇子の先を唇にあてて思案する。
ベアトリーチェもようやく落ち着いて、彼女の横にあぐらをかいた。
「意外に近くにいたりしてね。ほら、荷物にまぎれてるとか――」
適当に彷徨った視線は、あの巨体を期待してのことではなかったが。
「…あんなところに箱なんてあったっけ?」
はたと入り口で目を留め、心底不思議そうに呟いたせりふに、
ほかの二人もそちらを見る。
そこには。
穴の開いた巨大な箱がぽつねんと置いてあった。
――――――――――――――――
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン邸
――――――――――――――――
「――遅い!ったくあたしが呼んでるんだから3秒で来なさいよね」
いらいらと部屋の中をうろつく。しふみは退屈そうにベッドに寝転び、
手の甲にあごを乗せてけだるげに窓の外を見ている。
「それはいくらなんでも無理じゃろうて」
「だってルフトだし」
理不尽な理由を捏ねて、背中からベッドに倒れこむ。
反動でベッドが揺れ、かすかに軋む音が部屋に響いた。
外はまだ騒がしい。両こぶしを硬く握り、呪詛のようにうめく。
「馬鹿犬めぇ…あの程度の警備にあっさり見つかるなんて!」
「犬じゃからのう」
さっきのセリフを繰り返すしふみ。そののらりくらりとした様子に
苛立ちを感じて、足をばたつかせながら喚く。
「あたし達が部屋に戻ってからどのくらい時間が経ってると思ってんの!?
もう死刑よ死刑。『ごめん待った?』のセリフの後に続くのが
『ううん、今きたとこ』だけじゃないっていうのを思い知らせてやるー!」
もはや自分でもよくわからない罵りを天井にぶつける。ふ、と物憂げな
しふみの口から吐息がもれる。笑ったのか呆れたのか判断しかねたが、
どちらにしろこの女が退屈していることには間違いない。
その退屈しきった瞳が、何かを捕らえた。
「――来たぞえ」
ばさっ
怒鳴った後の静寂を、大振りに空気を叩く音が埋める。次いでいつもの
騒がしいあの声が部屋へ飛び込んできた。
「ルフト来たかぶぎゃっ」
「おっそいわよチキン野郎!なにやってたのせめて手土産ぐらい
もってきなさいよ馬鹿!」
迎え撃った怒号と枕に押されていったんは窓のフレームから消えた
ウィンドブルフだったが、すぐに飛び上がってきた。ご丁寧に嘴に
投げた枕をくわえて滞空している。
ぼとり、と無造作に床に枕を落として、たっぷり息を吸い込んでから
喋りだす。
「お前何回同じことやんだ!あぶねーだろ!」
「うっさいわね!そっちが遅れたのが悪いんでしょ!換毛期無視して
羽ひっこ抜いて枕にするわよ!」
ベッドの上で仁王立ちになって轟然と怒鳴り返す。窓の桟からベッドの
柵に足場を移して、ウィンドブルフはやや声のトーンを落とした。
「恐ろしい事言うな!…とにかくだ、まだルフトは来てねーんだな?
ちっくしょう、何かっちゃ無茶しやがってあいつはよ…」
はー、と翼で顔を覆う。いちいちこういうところが人間臭い。
「あんたら連絡とれんじゃないの?何かしらこう、胡散臭い感じで」
「胡散臭い言うな!せめて不思議とか言え」
「どっちもどっちじゃのう」
不毛な言い合いを止めるでもないしふみに笑われて、ウィンドブルフは
出鼻を挫かれたようにぱたりと翼を下ろした。
「なんでか知らんが応答がねーんだよ。何かあったのかもしんねぇ」
「またぁ?つくづく駄犬ねー」
「何食ったらそんな性悪になれるんだお前は…」
「胃にハーブとバターたらふく詰めてオーブンにブチ込むわよ」
「ルフトー!早く助けに来いー!俺もうやだー!」
半眼ですごまれて、じたばた暴れ始める鳥。羽風で部屋のカーテンが
ひらひらと揺れるが、なんの助けにもなりそうにない。
ようやく上体を起こして、しふみがにじり寄って来る。
「のう、それでは今はあの犬の状況はとんとわからぬ、ということか?」
ようやく話を進められそうな気配をいち早く察知したか、ころりと
絶望的な表情を明るくして、ウィンドブルフはうんうんと頷いた。
「あいつは声に出さないと俺と交信ができないから…もしかしたら
潜んでいる可能性もあるな」
「外がまだ騒がしいということは、捜索を続けているということであろう?
なればその考えもあながち間違ってはおらんかもしれんのう」
ふむ、とどこから取り出したか畳んだ扇子の先を唇にあてて思案する。
ベアトリーチェもようやく落ち着いて、彼女の横にあぐらをかいた。
「意外に近くにいたりしてね。ほら、荷物にまぎれてるとか――」
適当に彷徨った視線は、あの巨体を期待してのことではなかったが。
「…あんなところに箱なんてあったっけ?」
はたと入り口で目を留め、心底不思議そうに呟いたせりふに、
ほかの二人もそちらを見る。
そこには。
穴の開いた巨大な箱がぽつねんと置いてあった。
――――――――――――――――
PC:狛楼櫻華 ノクテュルヌ・ウィンデッシュグレーツ ソアラ・シャルダ
ン
場所:ソフィニア
NPC:ベンツ&サクラバ&おじいちゃん&にんじん
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「花柄かわいいーいいなぁ花柄ー」
わくわくどきどきをボディランゲージで120%表示しているノクテュルヌと違
い、櫻華は冷静に考えてみる。花柄の模様の動物はわずかながらいると聞いて
いる。確か大陸の北・ライラン地方には額に愛らしい花柄をもつ珍しい白熊が
いるという。そう考えれば、花柄だろうが縞柄だろうが…
「って縞柄っ!?さっきまで花!」
つい、目を離した隙に模様が様変わりしている動物に、長年生きていて初めて
出会った櫻華である。ノクテュルヌにいたっては驚くという行為を超えたらし
く、感極まって感動していた。
その謎の生命体の主人らしい少女がぺこりとおじぎをする。全体的に淡いカラ
ーと服装の趣味で外見はまるで十代前半に見える。手にしている召喚杖でソフ
ィニアの学生であるだろうことが伺える。
「珍しいですね、国立神学校の方が魔法列車に乗ろうだなんて」
ノクテュルヌの服装で、出身校がわかったらしい。今日の空同様、腰抜けする
ほどに青い染料で染め上げられた制服に、灰色の瞳をちょっとだけ見開いてい
る。
「そうなのか、ノクテュルヌ?」
「あははーうちの校風化石時代並だからねー!」
「なるほど、確かに化石時代には魔法はないだろうな」
納得したらしい櫻華は、肩をとんとんと叩かれた。振り返ってみると、目の前
に壁が…とついでに鼻が。とりあえず鼻が肩を叩いたのだと気がついたのは、
五秒後にノクテュルヌが真っ赤な瞳を輝かせて叫んでからである。
「しろいー!おおきいー!ほしいー!!」
「………」
とりあえず、ノクテュルヌのように本能で喋ることをよしとしない櫻華は、ま
ず理性がその大きさにちょっと拍子抜けして、知性が「っていうかこの場所に
これはないだろう」とつぶやいていたので、とっさに言葉が出てこないのであ
る。
魔法列車以上の巨大な物体が真後ろにたたずんでいた。その巨体は家屋を軽く
超えている。青空をくりぬいたような真っ白な体皮をもつ動物…確か櫻華の知
識の中では「象」と呼ばれる動物だ。
その後ろで、さきほどの老人が大慌てで叫んでいる。
「ソアラちゃんまずいよーその子は駄目だって言ったでしょー」
「ごめんなさーい、なんか繊細な年頃だから言うこと聞いてくれなくって」
ぱおーん、と繊細というか豪快な泣声をあげて足踏みをはじめた象。まるで地
震か雷が目の前に直撃したように感じる。櫻華は喜び勇んで飛び込みそうなノ
クテュルヌの首根っこをひっつかみ、象に駆け寄って潰されないように掴んで
おいた。
ソアラが一言、二言宥めるように何事か呟くと象は瞬時に消えた。召喚術の使
い手のようだ。さすがソフィニア、こんな幼く見える少女でも立派な教育を…
と、思考が正常に向こうとしたまさにそのとき。
今度は足に何かがぶつかった、と何か予感めいた感じもしたのだが、とりあえ
ず確認しようとして
今度は確実に固まった櫻華であった。
『わーわーわーわー』
「わーわーわーわー、にんじん動いてるー!にんじん喋ってるー!」
ノクテュルヌの声が、わりとにんじんとかぶってるのはおいておいて。(しか
も元国立神学校音楽科出身のノクテュルヌは完璧なコーラスだった)
とりあえず説明を求めようと、半ば助けを求める視線でパステルカラーの少女
に視線を戻したのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ン
場所:ソフィニア
NPC:ベンツ&サクラバ&おじいちゃん&にんじん
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「花柄かわいいーいいなぁ花柄ー」
わくわくどきどきをボディランゲージで120%表示しているノクテュルヌと違
い、櫻華は冷静に考えてみる。花柄の模様の動物はわずかながらいると聞いて
いる。確か大陸の北・ライラン地方には額に愛らしい花柄をもつ珍しい白熊が
いるという。そう考えれば、花柄だろうが縞柄だろうが…
「って縞柄っ!?さっきまで花!」
つい、目を離した隙に模様が様変わりしている動物に、長年生きていて初めて
出会った櫻華である。ノクテュルヌにいたっては驚くという行為を超えたらし
く、感極まって感動していた。
その謎の生命体の主人らしい少女がぺこりとおじぎをする。全体的に淡いカラ
ーと服装の趣味で外見はまるで十代前半に見える。手にしている召喚杖でソフ
ィニアの学生であるだろうことが伺える。
「珍しいですね、国立神学校の方が魔法列車に乗ろうだなんて」
ノクテュルヌの服装で、出身校がわかったらしい。今日の空同様、腰抜けする
ほどに青い染料で染め上げられた制服に、灰色の瞳をちょっとだけ見開いてい
る。
「そうなのか、ノクテュルヌ?」
「あははーうちの校風化石時代並だからねー!」
「なるほど、確かに化石時代には魔法はないだろうな」
納得したらしい櫻華は、肩をとんとんと叩かれた。振り返ってみると、目の前
に壁が…とついでに鼻が。とりあえず鼻が肩を叩いたのだと気がついたのは、
五秒後にノクテュルヌが真っ赤な瞳を輝かせて叫んでからである。
「しろいー!おおきいー!ほしいー!!」
「………」
とりあえず、ノクテュルヌのように本能で喋ることをよしとしない櫻華は、ま
ず理性がその大きさにちょっと拍子抜けして、知性が「っていうかこの場所に
これはないだろう」とつぶやいていたので、とっさに言葉が出てこないのであ
る。
魔法列車以上の巨大な物体が真後ろにたたずんでいた。その巨体は家屋を軽く
超えている。青空をくりぬいたような真っ白な体皮をもつ動物…確か櫻華の知
識の中では「象」と呼ばれる動物だ。
その後ろで、さきほどの老人が大慌てで叫んでいる。
「ソアラちゃんまずいよーその子は駄目だって言ったでしょー」
「ごめんなさーい、なんか繊細な年頃だから言うこと聞いてくれなくって」
ぱおーん、と繊細というか豪快な泣声をあげて足踏みをはじめた象。まるで地
震か雷が目の前に直撃したように感じる。櫻華は喜び勇んで飛び込みそうなノ
クテュルヌの首根っこをひっつかみ、象に駆け寄って潰されないように掴んで
おいた。
ソアラが一言、二言宥めるように何事か呟くと象は瞬時に消えた。召喚術の使
い手のようだ。さすがソフィニア、こんな幼く見える少女でも立派な教育を…
と、思考が正常に向こうとしたまさにそのとき。
今度は足に何かがぶつかった、と何か予感めいた感じもしたのだが、とりあえ
ず確認しようとして
今度は確実に固まった櫻華であった。
『わーわーわーわー』
「わーわーわーわー、にんじん動いてるー!にんじん喋ってるー!」
ノクテュルヌの声が、わりとにんじんとかぶってるのはおいておいて。(しか
も元国立神学校音楽科出身のノクテュルヌは完璧なコーラスだった)
とりあえず説明を求めようと、半ば助けを求める視線でパステルカラーの少女
に視線を戻したのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
キャスト:櫻華・ノクテュルヌ・ソアラ
場所:ソフィニア
NPC:にんじん
――――――――――――――――
ゆるやかに走り出した列車の座席に座り、向かい合う形で正面に座ったのは、
美しく妖艶な雰囲気を纏った、櫻華と名乗った美女。
生真面目な性格なのか、その背筋はまっすぐだ。
そして隣には必要以上に列車の窓から身を乗り出してはしゃいでいる
ノクテュルヌ。
「びっくりさせちゃってごめんなさい…。いつもこうではないのだけれど」
「まぁ…確かに驚いたが、案ずることはない」
「わーすごーい櫻華ちゃん、景色がすごい流れてく!飛んでるみたいー」
「こらっ、危ない!」
まるで姉妹のような二人のやりとりに、ソアラだけでなく一緒に乗っている
学友達までがくすくす笑い出す。彼女らは各々散らばり、話に花を咲かせては
笑い合っていた。
「それで…何から訊いたらいいのか検討もつかないが…」
「さっきの子達は、私が召喚(よ)んだ召喚獣です!
さっきのシマウマはサクラバ、象はクレーンっていいます。
この世界とは違う場所で生まれたので、ちょっと珍しいかもしれませんね?」
「…そうか」
なぜかげんなりとする櫻華。
が、右手はしっかりとノクテュルヌのベルトを掴んで支えている。
放っておけない性質(たち)なのだろう。
気を取り直したのか、車内を改めて眺めてから不思議そうに言葉を続ける。
「…魔術学院の生徒は皆この列車を使うのか?えらく豪勢だな」
「あ、いえ。友達のお父さんが列車の開発に携わった方で、
たまに乗せてもらうんです。 本当はいけないらしいんですけどね」
「ほう」
てへ、と舌の先を出すソアラに相槌を打つ櫻華。
「ねぇねぇソアラちゃんはこれからどこ行くのー?」
ようやく窓から身を引っ込めて、ノクテュルヌが喜びを隠さない素直な笑顔で訊いてくる。
抱いていたにんじんが肩に登ってくるのをさりげなく掴んで膝の上に戻し、
ソアラも笑顔で答えた。
「皆とコレを観にいくんです。今日から春休みに入るから、
思い切り羽を伸ばそうって」
と、ポケットから四つ折りにした紙を開いてノクテュルヌに渡すと、彼女は
二色刷りのパンフレットの文面を読み上げた。
「クレテージェ交響楽団名曲コンサート…わー、有名だよねここ!
ソフィニアに来てるんだねぇ」
「すっごく楽しみにしているんですよ!なんていったって
生のフェルゼン・パキーニが 見られるなんて!」
思わずにんじんを掴んだまま両手を組んで、頬にくっつける。
耳元でわー、とわめく声は無視した。
「誰だ、それは?」
「ヴァイオリン奏者です!すっごくかっこよくて、わたし彼の大ファンなんです!」
きらきらと目を輝かせるソアラに苦笑いを送る櫻華。
「ねぇねぇ櫻華ちゃん~」
と、パンフレットを手に猫なで声でノクテュルヌが櫻華にのしかかる。
しかし櫻華はきっぱりと首を横に振った。
「駄目だ」
「えー!まだ何も言ってないのにー!」
「言わずともわかる。行きたいのだろう?」
ブーイングの嵐をかいくぐって、櫻華が半眼でノクテュルヌを射抜く。
ノクテュルヌは勢いがそがれるどころか、さらに身を乗り出した。
「行きたい行きたい行きたいー!」
駄々をこねるノクテュルヌ。
櫻華は渋い顔のままだが、二人がかりで説得すればそれも時間の
問題だろう。にんじんを振り回しながら、ソアラも加わる。
「そうですよ!せっかくだしお二人も一緒に行きましょうよ。ね?」
日差しと心地よい列車の揺れが奏でる春の詩を聞きながら、
ソアラは知らない場所からやってきた二人の旅人に
心躍らせる自分をはっきりと自覚していた。
――――――――――――――――
場所:ソフィニア
NPC:にんじん
――――――――――――――――
ゆるやかに走り出した列車の座席に座り、向かい合う形で正面に座ったのは、
美しく妖艶な雰囲気を纏った、櫻華と名乗った美女。
生真面目な性格なのか、その背筋はまっすぐだ。
そして隣には必要以上に列車の窓から身を乗り出してはしゃいでいる
ノクテュルヌ。
「びっくりさせちゃってごめんなさい…。いつもこうではないのだけれど」
「まぁ…確かに驚いたが、案ずることはない」
「わーすごーい櫻華ちゃん、景色がすごい流れてく!飛んでるみたいー」
「こらっ、危ない!」
まるで姉妹のような二人のやりとりに、ソアラだけでなく一緒に乗っている
学友達までがくすくす笑い出す。彼女らは各々散らばり、話に花を咲かせては
笑い合っていた。
「それで…何から訊いたらいいのか検討もつかないが…」
「さっきの子達は、私が召喚(よ)んだ召喚獣です!
さっきのシマウマはサクラバ、象はクレーンっていいます。
この世界とは違う場所で生まれたので、ちょっと珍しいかもしれませんね?」
「…そうか」
なぜかげんなりとする櫻華。
が、右手はしっかりとノクテュルヌのベルトを掴んで支えている。
放っておけない性質(たち)なのだろう。
気を取り直したのか、車内を改めて眺めてから不思議そうに言葉を続ける。
「…魔術学院の生徒は皆この列車を使うのか?えらく豪勢だな」
「あ、いえ。友達のお父さんが列車の開発に携わった方で、
たまに乗せてもらうんです。 本当はいけないらしいんですけどね」
「ほう」
てへ、と舌の先を出すソアラに相槌を打つ櫻華。
「ねぇねぇソアラちゃんはこれからどこ行くのー?」
ようやく窓から身を引っ込めて、ノクテュルヌが喜びを隠さない素直な笑顔で訊いてくる。
抱いていたにんじんが肩に登ってくるのをさりげなく掴んで膝の上に戻し、
ソアラも笑顔で答えた。
「皆とコレを観にいくんです。今日から春休みに入るから、
思い切り羽を伸ばそうって」
と、ポケットから四つ折りにした紙を開いてノクテュルヌに渡すと、彼女は
二色刷りのパンフレットの文面を読み上げた。
「クレテージェ交響楽団名曲コンサート…わー、有名だよねここ!
ソフィニアに来てるんだねぇ」
「すっごく楽しみにしているんですよ!なんていったって
生のフェルゼン・パキーニが 見られるなんて!」
思わずにんじんを掴んだまま両手を組んで、頬にくっつける。
耳元でわー、とわめく声は無視した。
「誰だ、それは?」
「ヴァイオリン奏者です!すっごくかっこよくて、わたし彼の大ファンなんです!」
きらきらと目を輝かせるソアラに苦笑いを送る櫻華。
「ねぇねぇ櫻華ちゃん~」
と、パンフレットを手に猫なで声でノクテュルヌが櫻華にのしかかる。
しかし櫻華はきっぱりと首を横に振った。
「駄目だ」
「えー!まだ何も言ってないのにー!」
「言わずともわかる。行きたいのだろう?」
ブーイングの嵐をかいくぐって、櫻華が半眼でノクテュルヌを射抜く。
ノクテュルヌは勢いがそがれるどころか、さらに身を乗り出した。
「行きたい行きたい行きたいー!」
駄々をこねるノクテュルヌ。
櫻華は渋い顔のままだが、二人がかりで説得すればそれも時間の
問題だろう。にんじんを振り回しながら、ソアラも加わる。
「そうですよ!せっかくだしお二人も一緒に行きましょうよ。ね?」
日差しと心地よい列車の揺れが奏でる春の詩を聞きながら、
ソアラは知らない場所からやってきた二人の旅人に
心躍らせる自分をはっきりと自覚していた。
――――――――――――――――
キャスト:クランティーニ・セシル・フロウ・イヴァン
NPC:フィーク・フィル・フィール・敵
場所:クーロン カランズ邸
――――――――――――――――
なぜか悲鳴はひとつもなかった。
一気に視界が奪われる。目を灼くほどの白、そして息が詰まりそうなほどの黒が
会場にいたすべてをせわしく染め上げた。
足元が爆音と衝撃に震え、矢継ぎ早に莫大な熱波が容赦なく襲ってくる。
ばしっ
突然、全身を無数の何かが打った――飛んできた瓦礫だ、と冷静に理解する。
一瞬後、空間を満たしたのは完全な静寂だったが、
イヴァンはそれを知覚できなかった。
「――っ!」
金属をこするような甲高い音が脳髄に突き刺さる。
その激痛に、イヴァンは思わず両手で耳を覆った。
叫びたいのに声にならない。
耳を覆う手に暖かさと痛みを感じる。
濡れた感触が、それは血だと確かに伝えていた。
傷は浅い――しかし、爆音に三半規管を狂わされて意識が危うい。
闇でも遠くを見渡せる目、常軌を逸した運動神経、
そして僅かな囁きですべてを伝える耳。
それらは何よりの武器だった。砥がれた針の如く。
しかし針はその鋭さを追求するあまり、細く折れやすいものだ。
敏感な物音を余すことなく拾うこの耳には、純粋な轟音は大きすぎた。
「 」
足元の影がせわしなく伸び縮みしている。腰を折って目を見開き、
開け放った口蓋から飛沫を流して頭を抱えている主人の身を案じてのことだろう。
何かしら軽口のひとつでも叩いているのだろうが、無論聞こえない。
と、いきなり肩を掴まれた。即座に身体が反応して、手の主を見やる。
セシルが立っていた。顔には煤がついているが、無事なようだ。
肩越しには、妖精を抱いたフロウとフィールもいる。
こちらの形相に驚いたのだろう、ぎょっとした表情でセシルが肩から手を離す。
何か喋って――口の動きを見る限り「大丈夫か」と言っているようだった――
のを見て、頷いて立ち上がる。口にたまった灰混じりの唾液を吐き捨てて、
手の甲で口を拭こうとし、血に濡れているのに気づく。
「――したのか?」
前半のせりふは聞こえないので無視する。破れたドレスの二の腕で口を拭い、
くらくらする頭をどうにかなだめる。
少しは回復してきている。あと数分あればどうにか動けるだろう。
闇に閉ざされた会場は凄惨そのものだった――
破れたカーテンには火がつき、めくれた壁紙もまた焦げて異臭を放っている。
フロア自体にはそれほど損傷はないが、 窓から落ちてきたガラスの破片が
綺羅星のように散乱していた。
天井を見れば炎が舐めた跡がくっきり残り、爆発の余波を受けて
いくつか部品が欠損したシャンデリアがキィキィと音をたてて揺れている。
脱落も時間の問題だ。
…音をたてて?
「!」
「おい、本当に大丈夫か?」
聴覚が復活した。まだ耳鳴りが多少するが、頭痛は緩和されてきた。
「…問題、ない」
喋るが、まだ口の中に違和感を感じた。舌で探り当てると、何か刺さっている。
指を突っ込んで、唇の裏から異物を引っこ抜いて床に捨てると、硬い音がした。
もう一度唾を吐き捨てる。鉄錆の匂いが鼻を通った。
「猫さん大丈夫ですかぁ?」
「『彗星』がこれくらいでくたばるわけ、ないわよね?」
あくまでもマイペースなフロウと、からかうようなフィールの問いかけに頷く。
セシルは呆然と会場を見渡していた。ぞっとしたように肩を一度震わせ、
一変した周囲の変化に追いついていない様子だった。
イヴァンはそれを横目に、隠し持っていた鉄の缶を無言で取り出す。
慣れた手つきで蓋を開けたときには、 もう数本の針が手の中に納まっている。
服を着るより慣れた動作。次にはもう目が動いて気配を探る。
耳は…まだ完全ではない。
武器を取り出したことによって、セシルがはっと表情を鋭くした。
彼も気がついているだろう、 談笑していた金持ち達が、悲鳴ひとつあげず
"黙って立っている"ことに。
美と豪遊を愛する彼らからしてみればこの爆発は相当な衝撃だったはずだが、
彼らはパニックひとつ起こさず、ずらりと並んで一斉にこちらを見ている。
「まさか」
嘘だろ、とセシルが呟いた。だが、彼らが次々に武器を取り出したとき
呟きは嘆息に変わった。
「…仕事を」
ドレスが破れて邪魔な部分を引きちぎりながら、ぼそりと言う。
セシルは相変わらずの 物分りのよさで、即座に動き始めた。
無論、それを止めようと"客"も動く。
ドレス、ワンピース、燕尾服といった豪奢な装いをし、
手には明らかに殺傷を目的とした武器を手にしたこの晩餐の参加者達。
彼らはずっと、この時を待っていたのだ。
そしてイヴァンは走り出した。
足を踏み切った瞬間にぴしりと耳に痛みが奔る。
が、獲物を見つけた今はそんな些細な事を憶える暇などない。
――――――――――――――――
NPC:フィーク・フィル・フィール・敵
場所:クーロン カランズ邸
――――――――――――――――
なぜか悲鳴はひとつもなかった。
一気に視界が奪われる。目を灼くほどの白、そして息が詰まりそうなほどの黒が
会場にいたすべてをせわしく染め上げた。
足元が爆音と衝撃に震え、矢継ぎ早に莫大な熱波が容赦なく襲ってくる。
ばしっ
突然、全身を無数の何かが打った――飛んできた瓦礫だ、と冷静に理解する。
一瞬後、空間を満たしたのは完全な静寂だったが、
イヴァンはそれを知覚できなかった。
「――っ!」
金属をこするような甲高い音が脳髄に突き刺さる。
その激痛に、イヴァンは思わず両手で耳を覆った。
叫びたいのに声にならない。
耳を覆う手に暖かさと痛みを感じる。
濡れた感触が、それは血だと確かに伝えていた。
傷は浅い――しかし、爆音に三半規管を狂わされて意識が危うい。
闇でも遠くを見渡せる目、常軌を逸した運動神経、
そして僅かな囁きですべてを伝える耳。
それらは何よりの武器だった。砥がれた針の如く。
しかし針はその鋭さを追求するあまり、細く折れやすいものだ。
敏感な物音を余すことなく拾うこの耳には、純粋な轟音は大きすぎた。
「 」
足元の影がせわしなく伸び縮みしている。腰を折って目を見開き、
開け放った口蓋から飛沫を流して頭を抱えている主人の身を案じてのことだろう。
何かしら軽口のひとつでも叩いているのだろうが、無論聞こえない。
と、いきなり肩を掴まれた。即座に身体が反応して、手の主を見やる。
セシルが立っていた。顔には煤がついているが、無事なようだ。
肩越しには、妖精を抱いたフロウとフィールもいる。
こちらの形相に驚いたのだろう、ぎょっとした表情でセシルが肩から手を離す。
何か喋って――口の動きを見る限り「大丈夫か」と言っているようだった――
のを見て、頷いて立ち上がる。口にたまった灰混じりの唾液を吐き捨てて、
手の甲で口を拭こうとし、血に濡れているのに気づく。
「――したのか?」
前半のせりふは聞こえないので無視する。破れたドレスの二の腕で口を拭い、
くらくらする頭をどうにかなだめる。
少しは回復してきている。あと数分あればどうにか動けるだろう。
闇に閉ざされた会場は凄惨そのものだった――
破れたカーテンには火がつき、めくれた壁紙もまた焦げて異臭を放っている。
フロア自体にはそれほど損傷はないが、 窓から落ちてきたガラスの破片が
綺羅星のように散乱していた。
天井を見れば炎が舐めた跡がくっきり残り、爆発の余波を受けて
いくつか部品が欠損したシャンデリアがキィキィと音をたてて揺れている。
脱落も時間の問題だ。
…音をたてて?
「!」
「おい、本当に大丈夫か?」
聴覚が復活した。まだ耳鳴りが多少するが、頭痛は緩和されてきた。
「…問題、ない」
喋るが、まだ口の中に違和感を感じた。舌で探り当てると、何か刺さっている。
指を突っ込んで、唇の裏から異物を引っこ抜いて床に捨てると、硬い音がした。
もう一度唾を吐き捨てる。鉄錆の匂いが鼻を通った。
「猫さん大丈夫ですかぁ?」
「『彗星』がこれくらいでくたばるわけ、ないわよね?」
あくまでもマイペースなフロウと、からかうようなフィールの問いかけに頷く。
セシルは呆然と会場を見渡していた。ぞっとしたように肩を一度震わせ、
一変した周囲の変化に追いついていない様子だった。
イヴァンはそれを横目に、隠し持っていた鉄の缶を無言で取り出す。
慣れた手つきで蓋を開けたときには、 もう数本の針が手の中に納まっている。
服を着るより慣れた動作。次にはもう目が動いて気配を探る。
耳は…まだ完全ではない。
武器を取り出したことによって、セシルがはっと表情を鋭くした。
彼も気がついているだろう、 談笑していた金持ち達が、悲鳴ひとつあげず
"黙って立っている"ことに。
美と豪遊を愛する彼らからしてみればこの爆発は相当な衝撃だったはずだが、
彼らはパニックひとつ起こさず、ずらりと並んで一斉にこちらを見ている。
「まさか」
嘘だろ、とセシルが呟いた。だが、彼らが次々に武器を取り出したとき
呟きは嘆息に変わった。
「…仕事を」
ドレスが破れて邪魔な部分を引きちぎりながら、ぼそりと言う。
セシルは相変わらずの 物分りのよさで、即座に動き始めた。
無論、それを止めようと"客"も動く。
ドレス、ワンピース、燕尾服といった豪奢な装いをし、
手には明らかに殺傷を目的とした武器を手にしたこの晩餐の参加者達。
彼らはずっと、この時を待っていたのだ。
そしてイヴァンは走り出した。
足を踏み切った瞬間にぴしりと耳に痛みが奔る。
が、獲物を見つけた今はそんな些細な事を憶える暇などない。
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