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2025/03/10 07:04 |
紫陽花 其の十一/イヴァン(熊猫)
キャスト:クランティーニ・セシル・フロウ・イヴァン
NPC:フィーク・フィル・フィール・敵
場所:クーロン カランズ邸
――――――――――――――――


なぜか悲鳴はひとつもなかった。


一気に視界が奪われる。目を灼くほどの白、そして息が詰まりそうなほどの黒が
会場にいたすべてをせわしく染め上げた。
足元が爆音と衝撃に震え、矢継ぎ早に莫大な熱波が容赦なく襲ってくる。

ばしっ

突然、全身を無数の何かが打った――飛んできた瓦礫だ、と冷静に理解する。
一瞬後、空間を満たしたのは完全な静寂だったが、
イヴァンはそれを知覚できなかった。

「――っ!」

金属をこするような甲高い音が脳髄に突き刺さる。
その激痛に、イヴァンは思わず両手で耳を覆った。
叫びたいのに声にならない。
耳を覆う手に暖かさと痛みを感じる。
濡れた感触が、それは血だと確かに伝えていた。

傷は浅い――しかし、爆音に三半規管を狂わされて意識が危うい。

闇でも遠くを見渡せる目、常軌を逸した運動神経、
そして僅かな囁きですべてを伝える耳。
それらは何よりの武器だった。砥がれた針の如く。
しかし針はその鋭さを追求するあまり、細く折れやすいものだ。

敏感な物音を余すことなく拾うこの耳には、純粋な轟音は大きすぎた。

「   」

足元の影がせわしなく伸び縮みしている。腰を折って目を見開き、
開け放った口蓋から飛沫を流して頭を抱えている主人の身を案じてのことだろう。
何かしら軽口のひとつでも叩いているのだろうが、無論聞こえない。

と、いきなり肩を掴まれた。即座に身体が反応して、手の主を見やる。
セシルが立っていた。顔には煤がついているが、無事なようだ。
肩越しには、妖精を抱いたフロウとフィールもいる。

こちらの形相に驚いたのだろう、ぎょっとした表情でセシルが肩から手を離す。
何か喋って――口の動きを見る限り「大丈夫か」と言っているようだった――
のを見て、頷いて立ち上がる。口にたまった灰混じりの唾液を吐き捨てて、
手の甲で口を拭こうとし、血に濡れているのに気づく。

「――したのか?」

前半のせりふは聞こえないので無視する。破れたドレスの二の腕で口を拭い、
くらくらする頭をどうにかなだめる。
少しは回復してきている。あと数分あればどうにか動けるだろう。

闇に閉ざされた会場は凄惨そのものだった――
破れたカーテンには火がつき、めくれた壁紙もまた焦げて異臭を放っている。
フロア自体にはそれほど損傷はないが、 窓から落ちてきたガラスの破片が
綺羅星のように散乱していた。
天井を見れば炎が舐めた跡がくっきり残り、爆発の余波を受けて
いくつか部品が欠損したシャンデリアがキィキィと音をたてて揺れている。
脱落も時間の問題だ。

…音をたてて?

「!」
「おい、本当に大丈夫か?」

聴覚が復活した。まだ耳鳴りが多少するが、頭痛は緩和されてきた。

「…問題、ない」

喋るが、まだ口の中に違和感を感じた。舌で探り当てると、何か刺さっている。
指を突っ込んで、唇の裏から異物を引っこ抜いて床に捨てると、硬い音がした。
もう一度唾を吐き捨てる。鉄錆の匂いが鼻を通った。

「猫さん大丈夫ですかぁ?」
「『彗星』がこれくらいでくたばるわけ、ないわよね?」

あくまでもマイペースなフロウと、からかうようなフィールの問いかけに頷く。
セシルは呆然と会場を見渡していた。ぞっとしたように肩を一度震わせ、
一変した周囲の変化に追いついていない様子だった。

イヴァンはそれを横目に、隠し持っていた鉄の缶を無言で取り出す。
慣れた手つきで蓋を開けたときには、 もう数本の針が手の中に納まっている。
服を着るより慣れた動作。次にはもう目が動いて気配を探る。

耳は…まだ完全ではない。

武器を取り出したことによって、セシルがはっと表情を鋭くした。
彼も気がついているだろう、 談笑していた金持ち達が、悲鳴ひとつあげず
"黙って立っている"ことに。
美と豪遊を愛する彼らからしてみればこの爆発は相当な衝撃だったはずだが、
彼らはパニックひとつ起こさず、ずらりと並んで一斉にこちらを見ている。

「まさか」

嘘だろ、とセシルが呟いた。だが、彼らが次々に武器を取り出したとき
呟きは嘆息に変わった。

「…仕事を」

ドレスが破れて邪魔な部分を引きちぎりながら、ぼそりと言う。
セシルは相変わらずの 物分りのよさで、即座に動き始めた。
無論、それを止めようと"客"も動く。

ドレス、ワンピース、燕尾服といった豪奢な装いをし、
手には明らかに殺傷を目的とした武器を手にしたこの晩餐の参加者達。
彼らはずっと、この時を待っていたのだ。

そしてイヴァンは走り出した。

足を踏み切った瞬間にぴしりと耳に痛みが奔る。
が、獲物を見つけた今はそんな些細な事を憶える暇などない。

――――――――――――――――
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2007/04/12 02:07 | Comments(0) | TrackBack() | ▲紫陽花

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