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2025/10/19 08:42 |
蒼の皇女に深緑の鵺 04/ザンクード(根尾太)
PC:セラフィナ ザンクード
NPC:蝗衆
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
─「…隠れている事だな、出て来られると足手まといだ」

─それだけ言い残し、補足した風上の方角へ向かう。
木々を駆け抜け両脚だけで大木の駈け上がり、ある程度の高さまで上ると…安定性の
有る太い枝に乗って、ザンクードは意識を感覚神経に収束させる…。

死の淵から生還した彼の体は、一応蟲種としての日常生活に支障は無かった。感覚は
電磁レベルまで達し、人間一人は抱えて走る事も…樹木や壁の上り下りも容易であ
る。
例え擬態能力が使えなくても、この森林という局地において、本能的に身を隠す手段
なら幾らでもあった……─
が…
二丁鎌を握る手には、微弱な麻痺の症状が伝わり…体の動きづらさを感じていた。

感覚神経と意識が回復しているのが幸いであり、回避のみなら可能でだった
が…“先制”だけは絶対的に不可であり…初撃で決定打が撃てない事に少々忌々しか
った。

面倒の対策は腐るほどあるが…
異常事態の連続というものには…ハプニング慣れの無い性分のザンクードにとって全
く苛たたざる終えなかった。

レーダーの如く、補足を開始し………数分経った頃…彼の背後に先制攻撃を仕掛けた
のは向こう側だった。

木にも駈け登らずに自身の凄まじい跳躍力で一斉に襲いかかるソレは三体おり、刀の
形状をした剣で斬りかかり
振り向いたザンクードは二丁鎌で斬撃を受け、
枝が斬り裂かれると火花と共に別の大木へ跳び移って、相手を目測する。

<生きてやがったか刃龍…>
枝の斬り落とされた大木側に居たのは…鋭利な牙を持つ蝗の蟲種が十数体。
首にはスカーフが巻かれ、人間の頭蓋骨に絡みつき食い合う二匹のムカデが描かれ
た…“連中”独自のエンブレムがそこに刻まれていた…



<死に損ないの同族殺しィ!!>
<人間の女とツルみやがって…てめぇは蟲族の“敵”だァアアアアア!!!!>

バネのような両脚で跳び、空中から突撃をしかける蝗の異形。

ザンクードは跳躍し…セラフィナの上空で空中戦を繰り広げた。

刃は火花を散らし数回組み合い、散解して地上へと着地すると、構えるザンクードに
対し、リーダー格以外の連中は色素擬態で姿を消す。

相手が一体だけしかいない事から…相手が擬態能力で隠れ、合図と共に一斉に突撃し
てくる策だと悟り…刃を構えるザンクードは、対峙する相手からは全く視線を逸らさ
ないが…
やはり反射が本調子とは言えない。
速力を計測し、どのタイミングで反応すれば良いかシミュレートして加減をしなけれ
ば、強靭な脚力によって移動能力に長けた相手に追いつかれ、刀剣の一撃を食らって
しまう。

<擬態能力はどうした…刃龍…>
<“必要性”が無い…とでも言っておこうか?>

“…追っ手が小隊クラスという規模からして、元々は俺を纖滅する部隊では無い…”
そう悟り…様子を窺うザンクードは挑発的な言葉を放つが…

<情報ではベニハガ様が殺ったとは聞いた。
お前が会った…神経毒を操る我が同志の幹部だ…。
そこで俺達が思うにお前は何らかの方法で命のみは無事だったが…やはりお前自身の
体にはわずかに、ベニハガ様の神経毒が廻って動きが鈍っているとみた。
違うか?>

既に手の内を読まれ…擬態能力を持つ相手は一人ならまだしも多勢である。音波探知
で視覚してもおまけに強靭な脚力による機動力は向こうが上だ…。
この最悪な状況で…微弱に広がる痺れを知覚しながらも、ザンクード構えたまま一歩
も動けずにいた…。

ところが…

<…まぁ…そう、ピリピリしなくても良い。別に我々はお前が本目標というわけでは
ないからな…。こちらの交渉に応じてくれれば見逃してやる>

相手が持ちかけてきたのは…“不自然”な事に闘争では無かった…。

<交渉?>
<そうだ…我々はただの捕獲部隊で、何もお前を狩る精鋭部隊じゃない。確かにお前
はブラックリストに載ってはいるが、手柄欲しさに同志の命を危険にさらしたくはな
い…>


<…欲するなら、交渉は要らない。“奪え”ば良い話だ…。それがお前らに通じる唯
一“理屈”だった…>

<…待ってくれ。何も条件にお前の身の安全が絡んでるとは言ってないだろう?>

余計にこちら神経を張り詰めらせてくる相手に…
ますます苛立たせる。

<何が欲しい…>

──リーダー格が返答した条件は、ある人物へと矛先を向けた。

<……あの娘をこちらに渡せ。>
<──何故だ…>

<上からの指示でな。確かにお前にあの案内人でルートを聞き出され、我々の妨害を
されては困るというのもあるが…、それとは別の重要性があってね…。アレを渡せば
命は保証しよう。>

無論彼らの軍団にとって…彼女は“物”という価値しか無く、渡せばその臓物と骨は
食用となり、その皮は彼らの“衣”となる事は…ザンクードは明白に悟っていた。
<そう悪い取引じゃない……
お前は生き延び…、俺たちは手柄を得る。
案内人の人間などいくらでも調達出来るだろ…>

と…その時、リーダー格のアキレス腱の腎節を狙い、銀の針が飛んで来た。

リーダー格は高めに跳躍し木へとへばりつくと、向かってきた軌道の先から…一人の
女を確認した。
<奴といた女だ!!拘束しろッ!!!!>

女と聞き、瞬時にザンクードはそこへ視線を振り向くと、案の定そこにセラフィナの
姿が目に映った瞬間彼は走り出した、

「殺す気はありませんが…」


女の相手の時のみ…擬態を解いて飛来する蝗人間共。
セラフィナは投擲の針を宙に蒔いて、大半は空中で腎節部に直撃を受けるが…免れた
者はそれらを外骨格で弾き飛ばし、刀を振り下ろすが…
その直前、彼女が刀を片手の手のひらで受けようとした瞬間、“何かの力”が働き切
っ先が折れ…
慌てた異形は…こんどは押し固められたその手に宿る“何かの力”が腹部の外骨格に
直撃し、吹っ飛び木に叩きつけられる。


<地上での近接戦は避けろッ!!空中戦に持ち込め!!!!>

リーダー格の指示で次々に異形が現れて襲いかかり、セラフィナは針を投げつけ
“力”を収束させて攻撃に対応するが…
溜めの隙を狙われ、
首を掴まれた瞬時に…その身を上空へ持って行かれ…セラフィナが宙に持ち上げられ
た…

────その瞬間

周辺の蝗共に…重低音とともに投擲小鎌が突き刺さり、
墜落する彼らを空中で割って現れたザンクードの姿が彼女の視界に現れ、セラフィナ
を肩に抱えて着地する。
「何しに来た?小娘が…」

セラフィナを下ろして背を向けると、再び相手の連中に眼光を向ける。

「……深手のあなたを…簡単に戦場には出せません。」

セラフィナはそう言った直後に…
ザンクードの背に、無闇に動き切り込んだ挙げ句負った…深い切り傷を見つけ、近づ
こうとしたが…
その時既に、背後から臨戦態勢が解放された蝗共が、擬態能力をで身を隠したまま一
斉に襲いかかる寸前であり───

「余計なお世話だ…」

…その一瞬、ザンクードの二丁鎌のグリップにある引き金が押されると、二丁鎌に繋
がれた鎖が最長の長さまで調節され、───

──「俺の戦場に、“味方”など存在する筈が無い…」

複眼に異様な模様をした偽瞳孔が現れたザンクードは、その鎖を握り一振りする
と……、


───「…もう永遠に…誰一人として」───
襲いくる群の半数が瞬間に斬り刻まれた。

──ザンクードは最長になった鎖を両腕で空中で振り回し、セラフィナの上空を覆う
と警告する。

「だから…一歩として踏み込む事は許さん。」


思わぬ奇襲にたじろぐ蝗共は……二撃目の構えをとり、リーダー格は先程の一撃目で
片腕を失い…焦り狂った。

<お前らの機動力は確かに俺を勝っている…
しかし音波探知なら知覚も出来、第一幾ら計測してみても…この程度なら多少ロスが
あったところで、俺の感覚神経で追えぬ速度では無い。俺の能力と技のメインが擬態
能力と通常範囲での近接戦という判断が…そもそもの間違いだ。>

<何故取引に応じない!!お前は…>

<…無意味だな…。ヘドが出る…>
<……何?>

<欲するなら“奪え”ば良いと言ったはずだ。
さぁ奪いに来い、この外道どもがッ!!>

───<く…ソ…がぁアアアアアッ!!>

リーダー格の合図とともに二撃目に襲いかかる…彼にとって最も“僅かな”軍団…

瞬間に鎖に繋がれて飛び回る二丁鎌は、ザンクードの腕の動きに合わせ…大蛇の頭の
如く動き、木々をすり抜け軍団を一人残らず“喰い千切”る。

─まるでセラフィナの盾になるかのように仁王立ちし、蝗共の血液を全身に浴びたザ
ンクードは何も言わず…鎌と腕に着いた血を振り払い、セラフィナに振り向いた。

すると…彼女が見つけた先程の傷の痛みに今頃気づき…
彼は片膝を着いた。

「ザンクードさん?!」


「叫ぶな…余計に傷に響く。お前が神経質になる程深くは…」

自分が異業の種にも関わらず…駆け寄るセラフィナに………ほんの一瞬…かつての
“師”の顔が浮かび……
ザンクードは不服そうな気分をわざと装った…。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
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2007/04/05 23:41 | Comments(0) | TrackBack() | ○蒼の皇女に深緑の鵺
蒼の皇女に深緑の鵺 05/セラフィナ(マリムラ)
件  名 :
差出人 : マリムラ
送信日時 : 2007/04/05 05:45


PC:セラフィナ ザンクード
NPC:
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 セラフィナは反射的に袖口で顔を覆った。辺りには異臭が立ち込めている。
原因が何であるかは容易に推測できた。辺り一面の「血」だ。いや、血と呼ぶ
には異質の、人の体液とは異なる蟲特有の体液がセラフィナの前後左右を囲む
ように飛び散っているのだ。一度崩れるように膝を着いたザンクードは、少し
頭を振り、再び目前を塞ぐように立ちはだかった。

「……怪我は」

 振り返ったザンクードは、全身に異臭の源を浴び、赤黒い不気味な姿で立っ
ている。

「大丈夫、です」

 自分でも気付かないうちに口で呼吸していた。ザンクードは平気そうだが、
セラフィナにとっては耐え難い……うっかりすると吐き気が込み上げてきそう
な悪臭だったのだ。
 ザンクードは一拍置くと、セラフィナには読み取りづらい相変わらずの表情
で突き放したように一言発した。

「そこを動くな」

 言うが早いか、木々を抜けて川の方へと去っていく。セラフィナは何も出来
ないまま立ち尽くしていた。
 木々から滴る「血」は粘性があるらしく、糸引く影さえ不気味に映る。地面
に溜まったソレはてらてらと黒光り、本で読んだ知識では追いつかないことを
実感させる。

 どのくらい待ったろう。足手まといとして置き去りにされたか、と考え始め
た頃、ザンクードが戻ってきた。まだ水位も高く、流れも早い川へ入って、身
を清めてきたようだった。まだ、水が滴っている。

「来い」

 ザンクードにつまみ上げられるような形で、セラフィナは川縁へと運ばれ
る。来いも何もあったもんじゃない。しかし、セラフィナは気付いた。さっき
の血溜まりより風上に運ばれていることを。

「……ありがとう」
「喋るな、舌を噛むぞ」

 表情こそ見えないが、不器用な気の使い方に、セラフィナはくすりと笑っ
た。

「おかしなヤツだな」
「そうでしょうか」

 しかし、笑ってばかりもいられない。まだ試練の序章に過ぎないのだから。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ザンクードの開いた傷を再び塞ぐ。だが、こちらも疲弊しておりそれ以上の
手当てができないと知ると、急ぎなのだろうに野営を提案したのは彼のほうだ
った。

「案内を間違えられると困るからな」

 言い訳じみた言葉と共に、毛布を投げてよこす。セラフィナはありがたく毛
布に包まった。

「いくつか尋ねたい事があります」
「……知りすぎると死を招くぞ」
「大事なことです」

 セラフィナの言葉に決意を感じ取ったのか、ザンクードは無言で言葉を促し
た。

「先ほどの連中、狙っていたのはあなたではなく私ですね?」
「何故そう思う」
「斥候にしては援軍を呼ぶそぶりもなく、あなたへ向けた追っ手なら戦力が足
りない。何より私を捕らえることを目的とせず、あなたを避けて攻撃しようと
までしていた」

 セラフィナには蟲同士での会話は分からない。しかし、ザンクードの無言は
肯定だろうと受け取れた。

「それに、彼らがカフールを狙っているのならば、私を狙うことは充分にあり
えます」

 ザンクードは触角をピクリと動かしたが、表情を変えずに聞いていた。

「カフールの内政についてはどのくらいご存知ですか」
「興味のないことだ」
「では、掻い摘んで説明しましょう」

 セラフィナは大きく深呼吸すると、ゆっくりと語り始めた。

「カフールでは、一年半ほど前に皇王が死去しました。自然死であれば、一年
の喪が明ける頃には新しい指導者が継承順位に沿って選ばれるはずのところで
すが、今回は違いました。二重にも三重にも重なる暗殺計画が極秘裏に調査さ
れたのです。原因の一つは幼い少年の気を引きたい一身での悪戯でしたが、直
接死に結びついたこともあり、彼は俗世を捨てざるを得ませんでした。しか
も、彼が第一位の継承権を持っていたために混乱が生じます。今まで継承権第
一位の者以外が皇位についたことがなかったからです」

 ザンクードの方を見るでもなく、セラフィナは空に向かって喋り続けた。

「第二位の継承権を持っていた第一皇女は、輿入れの直前に父親を亡くした
為、喪が明けてから隣国シカラグァの王子と結婚しました。本来皇女は降嫁に
より継承位を剥奪されますが、彼らはカフール国内の皇族別邸に居座り、配下
の者と婚儀を行ったのではなく、政治的に対等な立場である王子との婚姻であ
る上に、カフール国内に留まっていることを理由に自らの継承意の正当性を謳
いました」

 小さく、小さく溜息をつく。

「第二皇女は父親を看取ると心労で倒れ、以来静養地にて静養中とされていま
す。しかし、国葬にも出席せず、公務も出来ない有様では、皇位の継承は難し
いのではないかと元老院の間でも問題視されています。その上、誰が風聞した
のか、彼女本人はカフールにいないという噂話がまことしやかに囁かれていま
す」

 ザンクードは黙ったまま、頷きもせずただ話を聞き続けていた。

「カフールの国葬などを仕切ったのは皇王の補佐的立場にある宰相です。そし
て、彼にも末席ではありますが継承権があることから、国内は第一皇女派、第
二皇女派、宰相派と意見が纏まらないままなのです」

 そこで一旦話を止め、大きく深呼吸する。それは溜息を誤魔化すものであっ
た。

「で、狙われる心当たりがあるとは」
「私がその二の姫だからです。私が動けば世情は変わる」
「……ほう、狙われる自覚がありながらも一人旅か。無謀だな」
「……そうですね、人ならまだしも、蟲種にまで狙われていたとは知りません
でした」

 しばらく沈黙が続く。そしてぽつりと言った。

「あなたに、しばらくの間護衛をお願いしたいのです」

 ザンクードは無言のまま表情を変えるということをしなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2007/04/05 23:43 | Comments(0) | TrackBack() | ○蒼の皇女に深緑の鵺
異界巡礼-6 「棄景へ」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ごろつき
場所:クーロン 宿→造船所
―――――――――――――――

クーロンに着いてから一週間経ったが、
依然として情報はなかなか集まらない。

もっとも、リノの話ではそれ以外の情報はかなり入るらしい。
それでも内容はとりとめのない物ばかりだ。
フレアと分担すれば様々な観点から情報収集ができるのかもしれないが、
初日のことがあるのであまり頻繁に外出するのは危険だった。
かといってマレフィセントに留守番が勤まるかといえば疑問である。

そういうわけで、もっぱら外に出るのはリノだった。
二人は早朝にアーケードを散歩するくらいで、
それ以外はほとんど部屋を出ていない。これが一週間である。

マレフィセントはストレスのせいか枕を3つほど引き裂いてしまい、
そのたびに部屋の中を真っ白にしてフレアを困らせた。

「明日で決めよう」

リノが軟らかく、しかし反論を許さない強さでそう言ったのは、
皆が夕飯のテーブルについた時だった。

「明日、一日探して駄目なら発とう」
「わかった」

フレアはすぐに頷いた。

ここ一週間ずっと情報を求めて動き回っていたリノに、
子守だけしていた自分が異論を唱える道理もない。
そして、ストレスを感じているのはマレフィセントだけでないのだ。

宿代のこともある。リノは一切口にしないが、おそらく初日に言った通り
全額払う気でいるのだろう。
せめて義理を通して自分の分だけでも清算したいのだが、
これ以上宿泊期間が延びればそれすらも危うい。

フレアとて無一文ではない。イスカーナでの報酬がまだ残っている。
もっとも、それも今後どのくらい保つのかわからないが。

「じゃあ明日は私たちも行く。装備を整えないといけないし」
「そうだな」

・・・★・・・

夕飯の後、マレフィセントと手を繋いで廊下を歩く。
フレアはからかうように笑いながら、少女の顔を見た。

「明日は早いぞ。ちゃんと起きられるか?」

問い掛けられたことはわかったのだろう。きょとんとして、
マレフィセントが見上げてくる。
笑顔をかえして頭を撫でてやると、少女は満足そうに目を閉じた。

そんな様子をみながらポケットから出した鍵を差し込みかけて――
フレアはぎょっとして動きを止めた。

ドアと床の隙間に、折り畳んだ紙が挟まっている。

思わず左右を確認するが、無論誰もいない。
鍵を出そうとした手で、紙を抜き取る。
白い上質の紙。それが無造作に四つに折り畳んである。
意を決して広げた瞬間、フレアは短く悲鳴をあげた。

がたん、と背後で音がした。見ると悲鳴に驚いたマレフィセントが
よろけて壁にぶつかっている。あわてて紙を持ったまま抱き起こしてやり、
肩を抱き寄せながら隣のリノの部屋をノックする。

「リノ!」

騎士はすぐに出てきた。部屋に戻った直後だったのだろう、
こちらの狼狽した様子に困惑している。だが間髪入れず、フレアは彼の前に
マレフィセントを押し出した。

「急用が…できたんだ。すまないがこの子を預かっていてくれないか」

口早にそう言って、彼の答えを待たずに自分達の部屋を開ける。
開くと同時に飛び込んで、小さなクローゼットの中から剣をひっ掴む。

「何事だ?」

背後からリノが声をかけてきた。振り向くと、彼は戸口に両手をかけて
体で出口をふさぐような格好をしている。
納得のいく答えを聞かない限りは、通してくれなさそうだった。

彼の元に駆け寄り――何も説明する材料がないことに気が付く。
言いあぐねていると、リノは握った剣に目を落とした。

「こんな夜半に剣がいる急用とは、一体どんな急用かね?」

彼も落ち着いてきたのだろう。冷静な口調で、こちらの目を見て問い掛けてくる。
軽い逡巡ののち、フレアは思い切ってくしゃくしゃに潰れた紙をリノの眼前に広げた。



真っ赤な手形。


紙にはそれひとつが捺してあるだけだった。まるで血の様に赤いインクが、
痩せた指の形をくっきりと残し、正直に手相や指紋を写し取っている。

指の本数は、悪い冗談のような――6本。

一瞬だけ、柔和な瞳が驚きに染まる。
その隙をついて開いた空間に身体をねじ込み、フレアはリノの脇を擦り抜けて全力で走りだした。

「すぐに戻る!」

言い置いた声が、廊下に響いた。



 外に出ると、少し行った先の家の壁に同じ紙が張ってあった。
走っていき、乱暴にそれを引き剥がす。

(舐めた真似を!)

クーロンの夜は長い。まだ宵の口だと言うのに、街並は騒がしかった。
心臓が鳴る音が耳の奥で聞こえる。
引き剥がした紙の裏側を見ると、流れるような字でただ一言、『チェル造船所へ』とだけあった。
握り潰して、走りだす。

クーロンは内陸の都だが、ムーラン、新旧エディウス帝国を沿うように流れる河川での

交易によって発達した歴史がある。そのためクーロン各地には造船所がいくつか存在するが、
魔術列車の開通と共に交易手段もまた変わり、稼動しているところはもうほとんどない。

示されたその造船所も、今はもはや使われていないはずだった。

雑踏を走り抜ける。このあたりはいつもマレフィセントと歩いていた範囲だ。
造船所の場所も知っている。行った事はないが。

当然だが、雑踏の中は走りにくい。不規則な速度で前を歩くカップルやいきなり横切る

酔っ払いの一団に翻弄されつつも、ただ走る。が、とうとう角を曲がったところで
誰かとぶつかってしまった。

「ごめんなさ――」

弾かれた身体をどうにか保って、相手の顔を確認する前に謝罪を述べようとする。
が、ふと違和感を感じて言葉を止めた。
見上げれば、そこにいたのは初日にフレアとマレフィセントを襲ったあの男達だった。

思わず喉がひきつる。ただひたすら彼らが自分の顔を忘れていることを願いながら、
驚きの表情で見上げることしかできない。

「! お前…」

駄目だった。

みるみる顔色を変えてゆく男の脇を駆け抜ける。背後からは怒号が聞こえた。
追いかけられている事を自覚しつつ、ただ走る。構ってなどいられない、もっと
恐ろしい脅威が行き先にはいるのだ。

笑顔をくれたリタも、出会う喜びを教えてくれたヴィルフリードも、そして
いつも傍にいてくれたディアンも今はもういない。
新しい仲間だって見つかった。守りたいものもできた。
もう絶対、誰も傷つけさせない。


造船所まで、あと少し。


――――――――――――――――

2007/04/06 23:35 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
異界巡礼-7 「棄景闘技場」/マレフィセント(Caku)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ごろつき
場所:造船所
―――――――――――――――

「…いかん、とりあえず追いかけよう。着なさい、マレ」

マレフィセントに自分のマントをかぶせて、機敏な動作で宿を出る。
とにかく、フレアによからぬ事が起きているようだ。六本の指…真実なら生ま
れつきの奇形か、あるいは人体形成の魔術か技術か、後者であれば禁忌の領域
である。とても少女一人でどうにかなる者にも思えない。

マレフィセントの手を引き、数歩駆け出したところでふととまる。
後ろに向き直り、ついてこれなかったマレフィセントを抱きかかえて走り出
す。事態がうまくのみこめていなかったマレフィセントは、思わず爽快さにこ
ろころと笑った。
少女の笑い声と、男の疾走が夜の町並みへ向かっていく。

********************

造船所は広く、暗い。
フレアは必死に走り続ける。だが、しつこく後ろから男達が追いかけてくる。
仕方なく、方向を変えて、造船所わきの港のほうへ向かい、道脇の茂みに隠れ
た。男達の声が響き、しばらく足音が絶えずともじっと待つフレア。やがて、
ざわめきが遠ざかったことに安堵して、仇敵がそこにいるかのように造船所を
睨み、走り出す。

整列した区画とコンテナの間を縫いながら、と、前の角からブーツの音が響
く。とっさに剣を抜き、臨戦態勢へと入る。向こうの足音も角のところまで来
て…ぴたりと止まった。
小さな衣擦れの音。フレアの直感が剣を抜いた音だと気がつく。そのまま、数
秒場が凍り付いて…

「はっ!」

「むっ!」

甲高い金音を立てて、二つの剣がぶつかりあう。最近聞きなれた声に双方が驚
いて、目を合わせる。

「フレア、か。驚かせないでくれ、もう人生が半分しかないというのに、これ
以上縮んでは困る」

「す、すまないリノ…どうしてここだって…」

剣をしまうリノ。動作が半端でないほどに手馴れている、よほど剣を身近にし
て生きた者しかできない風格だ。

「造船所脇に寝ていた酔っ払いが、可愛い女の子が男に追いかけられていたと
言っていた」

「…そうか…ってマレは!?」

そういえば、いつも一緒だった悪魔の姿が見えないことに気がつくフレア。

「空から君を探してもらっている。とにかく一度説明…」

と、ふいにリノが言葉を切った。
フレアも同時に空を見あげた。今、何かがぶつかったような音がしたのだ。

「…あれは」

夜の造船所の真上に浮かぶ、青い光。それはマレフィセントの声の光だという
ことを知っていた二人は、互いに目を合わせて、同時に走り出した。

********************

マレフィセントにできることといえば、とにかく空を飛び続けることだった。
チェル造船所は空から見ても予想以上に広大だった。かつてはクーロンすべて
の交易を担う船を扱う場所だ。飛んで見ていても、その敷地の広さに困り果て
る。翼をはためかせて、とにかく母親の姿を探す。この闇夜だ、黒い髪は見え
ずらいだろう。白い肌に、そう、あの赤い瞳を-…

「!」

空中で、唐突に翼が消えた。
見えない壁に当たって、その影響で翼の魔力が掻き消えてしまったのだと知っ
た直後、翼をなくした少女が地面へ落ちていく。真下は冷たい石畳だ、直撃す
ればかなりの傷を負うだろう。
ぶつかる、と小さな体を強張らせて瞳を閉じる。と、予想よりもはるかに柔ら
かい衝撃が彼女を受け止める。

「……?」

おそるおそる、そっと目を開けてみる。すぐ近くで赤い瞳と出会い、我知らず
ほっとする。“彼”が落ちてきた自分を受け止めてくれたから、冷たい石畳に
ぶつからずに済んだのだと知る。

「ごめんね、君を撃落す気はなかったんだ。怪我はないかい?」

心配しているのか、相手は覗き込むような瞳をこちらに向けた。
どこか、今の母親の前の母親に似ているような気がした。笑い方と、その、底
知れぬ瞳の中が。口を大きく三日月に裂いた哂いかたをする赤い瞳の人。

「君を知ってるよ、マレフィセント…いや、δμκιλθξ。
どうやら、君のおかげで彼女は一段と魅力的になったみたいだね。とても感激
しているよ」

自分の名前の言葉だけが、茫とほの青く光った。
大きな瞳をより丸くして、マレフィセントは相手の赤い瞳を見た。言葉が通じ
る、ということと、その言葉を喋れるということに。
彼は面白そうにこちらを見て、マレフィセントを降ろす。優しげに体についた
埃を払う仕草をすると、その指の形がありありと見える。驚きのあまりに無言
で見つめる少女に、彼は器用に六本目の指を曲げて見せた。

「追いかける気はなかったんだけれどね、散歩していたら追いついてしまった
みたいだね?」
---------------------------------------------------------------

2007/04/06 23:37 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
アクマの命題二部【1】 オルドと愉快な仲間達/オルド(匿名希望α)
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
PC:オルド
NPC:いろいろいっぱい
場所:ソフィニア地方のどこか
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「ここも久しぶりだな。なーんもかわってねぇクソツマラネェ所だぜ」

 森のはずれにある岩場。草原との境目になっており、気持ちのいい風が通り抜
けている。

「あいつは何やってっかなー。 っつっても幽霊だったしな。成仏してンかねぇ」

 小さい頃に初めてここに来たとき、妙にキョロキョロしている半透明な人物に
会った。
 その頃のオルドと歳が近そうな子供の幽霊。初めて見るソレにオルドは興奮し
しばき倒していた。
 だが少年の霊も負けておらず、拳と言葉で語り合っていた。長く続く交流は友
情となりやがて禁断の愛とかわって……そして!」

「って、変わるかボケ。勝手に俺様のモノローグ騙ってんジャねぇこのクサレネ
コがぁぁぁぁ!」
「きゃぴるん☆」



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アクマの命題 第二部【緑の章1】 オルドと愉快な仲間達
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「なーなーオルドー。そのあとどうなったの?」

 複数の子供が和になって一人の男の話に聞き入っている。
 呼びかけられた名前の通りオルドである。黒猫のせいで気分が悪くなったの
で、ちょっとした昔話を使って子供の反応で楽しむコトにしていた。

「あぁ?こっからか? まぁマテマテ。ちゃんと話してやっからよ。テメェでオ
トシマエつけてもらうためによ、冷徹男から貰った怪しい薬飲ましたんだ。打ち
上げられた魚みてぇに跳ね回るのは笑えたな。ンで俺がトドメ刺そうとしたらあ
の高慢女が止めやがって「もっといい方法がありますわ!」とか言ったワケよ」

 子供に話す内容ではないのだが、子供達は悪役が懲らしめられる場面と思って
いるのか期待に目を輝かせている。
 溜めを作りわざとじらせて、続きを話そうとしたオルドだったがここで邪魔が
入った。

「やっとみつけたぜオルドの兄貴!」

 大声上げているのはオルドの友人、犬系の獣人のジョニーだ。筋肉質だがそう
は見えない細長い躯体。背はオルドよりも高い。彼の普段の姿は人間と同じた
め、獣人とは区別がつかない。
 オルドの周囲にいる子供たちも、実は様々な種の獣人である。純粋な人間も混
じっているが。

「ア? これからイイところだっつーのに……なんだってんだ?」

 気分を害したオルドはジョニーを睨むが、予想外に焦っているのを感じ取り怪
訝に思う。

「ったくしゃぁねぇな。おらガキども、今日はこれでおしまいだ」

 しっし、と手のひらで追い払うオルド。
 えー、と一斉に声を上げるがしぶしぶと次は何をして遊ぶかを話し合いながら
散っていった。

「すまねぇ兄貴」
「で? 昼間っから俺を探してるっつーことはナんかあんのか?」

 ジョニーは軽く息を切らしているが、オルドは息を整えるのを待つことなく聞
き返す。

「それが……ボブのやつが大変なんすよ。一緒に来てくだせぇ」
「あん?」


 ‡ ‡ ‡ ‡


「スタンレェェェェ!! 一体どこいっちまったんだよぉぉぉ!!」

 昼間から酒をあおっているずんぐりとした男。ちょっと獣化しかけている。

「なんだありゃ」
「俺っちが見かけた時にはもうあの状態ですぁ。ボブ!いい加減泣きやめ!う
ぜぇ!!」

 ため息ついた後にずかずかと机に突っ伏している男、ボブに近寄る。
 それに気づいたボブはうぁ?と顔をあげる。ぴたっと声が止まるがまた叫び出
した。

「ジョニィィィ!! スタンレーがぁぁぁ! うおぉぉぉぉ!!」

 名前を言った後に叫ばれては意味が分からない。
 ジョニーに抱きつかんばかりの勢いのジョニーにオルドがイスに足蹴をかます。
 勢いで転げ落ちるボブを見下ろして平然と言ってのける。

「ドアホ。意味わかんねーぞゴルァ」

 またぴたりと声がやむ。が、
 立ち上がりそのままの抱きつかんばかりの勢いで突っ込んでくるボブ。

「オルドォォォ!! スタン(ゴッ)……」

 オルドの頭突きが炸裂!
 ボブは致命的なダメージを受けた!
 ボブは沈黙した!

「だから落ち着けって言ってンだろ?」

 言ってない。
 さらには聞こえてもいない。ボブ、轟沈中。
 ジョニーはうつ伏せに倒れているボブの側に屈みこみ、頭をぼりぼり掻きなが
らボブおきろーと囁いている。ダメージの心配など微塵もない。
 突如、がばっと起きあがるボブ。

「で? どうしたよ」

 オルドが何事もなかったかのようにボブに問いかける。
 よつんばの体勢まで立ち直ったボブは呟いた。

「頭が痛ぇ」

 そりゃそうだ。
 げんなりとしたジョニーの表情は無視。見下ろし状態のままで再度オルドが問
いかける。

「スタンレーがどうのトカ言ってたミテェだけどよ」

 ボブは立ち上がった!

「ハッ! そうだ! オルドォォォ!! スタン(ゴッ)……」

 ボブはオルドに迫った!
 オルドの頭突きが炸裂!
 ボブは致命的なダメージを受けた!
 ボブは沈黙した!

「おぉボブよ。死んでしまうとは情けない」
「まだ死んでないっすよ。つーかやった本人が言うセリフっすか?」

 やれやれといった表情のオルド、またかといった顔のジョニー。

「繰り返しはギャグの基本だ!」

 真顔で叫ぶオルドだが、話がかみ合ってない。
 まぁいいですけど、とボヤくジョニー。いいのかオイ。
 いつま経っても話が始まらない。

「オレが走り回った時間、無駄になっちまったかな……」
「あん? ンなわきゃねーだろ」

 遅くても同じコトしてるだろうしな! という意志をオルドのサムズアップか
ら察する。
 てぃ。と後頭部をチョップするジョニー。
 むくりと起きあがるボブ。

「ハッ! そうだ! オルドォォォ!! スタン(ガッ)……」

 三度抱きつきそうな勢いで突っ込んでくるボブの顔面をオルドは鷲掴みにした。

「三度目はネェ」

 眉間にシワをよせて見下ろしながらガンつけオルド。

「オウ」

 こめかみに青筋を浮かばせオルドの手の指の隙間からガンつけボブ。
 周囲からの「またかコイツラかよ視線」を受けつつ、ようやく話が進みそうだ。

 ‡ ‡ ‡ ‡

「ったく余計な手間とらせやがって」
「兄貴が言うことじゃねぇって……」
「まったくだぜオルド」
「……」

 もう誰にツッコんだらいいかわからなくなったジョニーは閉口。
 いちいちリアクションするのは無駄だとわかっているのだが律儀にも反応して
しまう。
 それもいつものコト。ジョニーはため息一つでやり過ごした。
 オルドとジョニーはボブの座っていたテーブル席に着き、視線をボブへ向ける。

「ンで?」
「実は……カクカクシカジカってワケなんだよ」
「あ? てめぇの弟のスタンレーが悪い魔女にだまされて獣化が解けなくなる炒
飯盛られちまって苦しんでる所を幽霊に拉致られた上にくそまずいモルフ羊食わ
されてグロッキーになっている所でキツネに道案内頼まれて追っ手に囲まれたの
が20日前に見かけたけど今はどこにも見あたんねぇけど昨日いたような気がした
からから心配でしかたネェってこのブラコン」

 真面目な顔で一息にしゃべるオルド。ジョニーは再びため息をつきながら一言。

「兄貴。ボブはカクカクシカジカしか言ってねーっス」

 一間を置く。そして、

「なんだとぉ!?」
「な、なんだってぇ!?」
「いい加減ハナシ進ませろやテメェラ」
「「オウ」」

 問答無用に突っぱねるジョニー。ボケ二人は息を合わせて即座に応答する。
 潮時と感じたのか、オルドもボブも真面目に話す気になったようだ。
 ボブは息を大きく吐いて気持ちを落ち着かせている。

「オマエラも知ってるだろうけどよ……弟のスタンレー。最近どこいったかわかん
ねぇんだよ!」

 ボブの弟スタンレー。身内には珍しく知性みなぎる優男である。
 その優等生っぷりに部族内ではいい噂も悪い噂も流れている。
 小さい頃から知っているオルド達は悪い噂を流した根元に殴り込んだ事もあった。

「いつからよ」
「気づいてから……7日目、だ。 最後にあ見たのは、アレだ。あん時だ!」
「ボロボロになって帰って来た時か?」
「おう。その日は家で寝たのは見たんだけど……おぉぉぉ!スタンレェェェ!!」
「落ち着け」

 オルドの質問に答えていたボブだったが、スタンレーを思い出して嘆きモード
になりかけた。
 すかさずジョニーがボブの頭に斜め45度からチョップを入れる。

「俺が家を出てから帰ったらスタンレーいなくナテタ」

 スイッチが入ったかのように元に戻るボブ。語尾がおかしいのは気にしてはい
けない。
 10日前、ジョニーとオルドがイいイ人というものについてくだらない談義をし
ていた所、ぼろぼろになったスタンレーと遭遇した。ボブに知らせ手当をした彼
らの記憶はまだ新しい。

「あいつが何も言わず遠出するってのは考えづらいなぁ」

 首をひねって考えるジョニー。オルドも同意見だ。

「だろ? だろ!? それにココんところ見なくなったやつも何人かいるっぽい
し……し、心配で! 心配でぇぇぇええええ!」

 黙っとられんのか、と再びジョニーがチョップしたあとにうーんと唸りながら
口にする。

「あん時の落ち込みようは酷かったっすね。こぼこになった原因はスタンレーが
何も言わなかったからわかんねーけど」

 スタンレーは「何でもない。大丈夫。転んだだけ」の一点張りだったのをオル
ドも思い出す。

「俺も自分で探し回ったんだけどよ……行きつけの場所とかあいつが付き合ってる
女の家とか」
「は? あいつ付き合ってるヤツいたのか?聞いてねぇぞ?」

 オルドは眉間にシワをよせてボブを睨む。

「言ってなかったか? つーか言ったって! 俺は言ったぞオマエラに! 夢の
中で!」
「「知るかよ!」」
「どこにもいねぇんだよ! 女の家にもキてねぇっていうし」

 ボブの本気なのか冗談なのかわからないボケにオルドとジョニーは叫び返す
が、二人のつっこみを無視してすでに話をすすめている。
 いつものコト。ボブが言う事言ったので汲み取って話を進めなければ、いつま
でたっても終わらない。
 オルドの頭の中では、一応情報は蓄積されている。一応。
 

「つーかその話信じられんのかよ? グルかもしんねーだろ? 誰から聞いたン
だよ?」
「スタンレーの女からだからそれはない! 美人だし!」

 理由になってねー。とツッコむ気にもなれなかったが、ボブはさらに。

「でもあんなかわいこちゃんなら、俺、だまされてもいいかも……」
「ちょ、おま……」

 ボブの浮かべた表情にヒキ気味なジョニー。こいつ女で身を滅ぼすな、とオル
ドも暗黙一致。
 そんな最中、ジョニーはふと思い出す。

「あ、でも兄貴。最近この辺りで最近みかけなくなったヤツ多いらしいっすよ。
関係ないから気にしてなかったんすけど」
「……あのガキどももなンか言ってたなそんなコト。ったく雲行きが怪しくなって
きたもんだゼ」
「あん? 晴れてっぞ?」
「……」

 外の天候を確認しながら疑問符つきの顔なボブ。盛大にため息なオルド&ジョ
ニー。

「当たり前だろ。俺様天気予報でそう出てたしな!」

 俺が真実だと言わんばかりに自信満々のオルドと、その言葉に納得した風なボブ。

「ツッコむトコ違うし! ボブも納得した風にうなずいてンじゃねぇ!」

 そんな二人はハっとしてツッコんだジョニーを見つめる。視線があつまったの
でジョニーは思わず言葉に詰った。

「さすがは俺らのヒーロー」
「あぁ。ツカミはバッチリだ!」
「話戻せ話!ったく……で、どうすんのさ兄貴」

 頼れる司会進行その名はジョニー。今日も絶好調である。

「あ゛ー。 まずはいろんなトコでスタンレーの目撃情報集めて足取りを辿るか」
「おぉ!オルドなんか探偵みたいだぜ!」
「考えナシで学院の講師がつとまるかよってンだ。あとはその女も気になるな。
後で調べっか」
「それは俺が「ンなもんダメに決まってンだろ?俺かジョニーだ」何で「騙され
ていいやつが疑うことなんかできるかよ」だおあぁあ」

 セリフの途中でオルドとジョニーに却下され頭を抱えて机に突っ伏すボブ。な
にやらブツブツ呟いているがよからぬコトだろうからこの際無視。

「ボブはこの辺の知り合いやらを回ってスタンレーの目撃情報探せ。あと時間が
あればトルバとバイコークもまわってコイ。ジョニーはソフィニア南経由で西ま
でまわってギルドやら知り合いやらを回って似たようなコトねぇか見て来い。範
囲絞り込むぞ」
「随分範囲広いなオイ」

 大人の徒歩で3日はかかります。

「気にすんな。集合場所はーっとファイゼンの飯屋な」
「ファイゼンっつーと?ソフィニアの北西だっけ?」
「確かそこらヘン」

 無茶な注文すらスルーして話が彼らに似合わずトントン拍子で進んでいく。
 難易度とか実現できるかどうかっていう検討をすっとばして。
 彼らにとってそれは問題ではないようで、とりあえずレールを引いてから考え
るらしい。
 大雑把だが彼らはそういう人物だ。

「で、北西ってどっちだ?」
「店の名前は?」

 方角のコトを聞いたボブは無視。
 ジョニーの問いに対してオルドが神妙な顔で答える。

「とれびあ~ん」

 妙にオカマっぽい口調だったためにジョニーが椅子からずり落ちそうになる。

「そうか、とれびあ~ん、か」

 ボブも真面目な顔をしてオルドに続く。店の名前を言う時も同じように抜けた
ような発音だった。

「そう、とれびあ~ん、だ」
「とれびあ~ん」

 ジョニーは頭を抱えている!

「「とれびあ~ん」」

 裏の組織が取引をしているような雰囲気の二人だが、発する言葉はあまりに場
違い。

「「とれびあ~ん」」

 にらみ合う二人。そして先に口を開くのはオルドだ。

「合言葉は」「とれびあ~ん」
「日進月歩の」「とれびあ~ん」

 オルドの問いに対して合いの手を入れるボブ。

「アタナとワタシの」「とれびあ~ん」
「デンジャラスだぜ」「とれびあ~ん」
「あばんぎゃるどだ」「とれびあ~ん」

 そして腹の底から笑いだす。同時に椅子を蹴飛ばし立ち上がった。

「くくくくっくっはっはっはははは!とれびあ~ん!」「ぎゃっはっはっはっ
は!とれびあ~ん!」

 鬼の様な形相で睨み合い……

「「とれびあ~ん!」」

「「とれびあ~ん!」」

「「とれびあ~ん!」」

「「とれびあ~ん!」」

「「とれびあ~ん!」」

 誰 か コ イ ツ ラ と め て く れ 。

 ジョニーは先程のボブのように机に倒れこんでいる。
 背景に”ドドドドド”という謎擬音語が憑きそうな雰囲気の中、オルドとボブは
頭の中の何かがトンだように「とれびあ~ん」を絶叫連呼している。

「お前らとれびあ~んに行くのか?」

 渋いCOOLな声が通る。この酒場のマスターだ。その声にオルドとボブがピ
タっと止まる。
 ジョニーも顔を上げて声の主を見やった。この流れをさりげなく止めたマス
ター。只者ではない。

「あ?マスター知ってンのか?」
「主のイビアンとは顔見知りだ。最近は会ってねぇがな」

 女の名前にピクリと反応するボブ。

「美人か?」
「表現によっちゃぁ太陽のような明るさの美人だ。それに最近は可愛い女の子が
入ったって言う噂だ」
「女の子……」

 ボブの表情がニヤついている。あからさまによからぬ妄想をしているのがわかる。

「おいおい。12、3歳のおじょうちゃんって話だぞ?」
「かまわない!」
「この変態が」
「テメェも変態だろ」

 吐き捨てるように言い放つオルドに対し、ボブは正面から突きつけるように低
く言う。

「変態!」「変態!」
「「変態!」」
「「変態!」」
「「変態!」」
「イビアンに宜しく伝え……って聞こえてねぇな」
「スンマセン。すぐ撤去します」

 ジョニーはマスターにお代を払った後オルドとボブに近づき……

「オイテメェラ」
「ヘンおぐあ!?」「ヘンうぐふ!?」

 首根っこ鷲づかみ。

「ちったぁ静かにできんのかあぁぁああ!!」

「「おおおおおおおおおおお!?」」

 ブン回してから酒場の入り口から外へ放り投げ。

「すんません、お騒がせしましたぁー!」

 騒音がいなくなり急に静かになる店内。ジョニーは彼らを追うように脱兎の如
く飛び出した。

「おう、また来いよ」

 やはりマスターは強かった。


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2007/04/06 23:46 | Comments(0) | TrackBack() | ○アクマの命題二部

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