----------------------------------------
PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン
NPC 木兎ナスビ 伯父 執事
---------------------------------------------------
『コラーッ。何をぼけっとしておるのだ!!』
八重の荷物から転がり落ちた、『ソレ』は、着地に失敗し、長い廊下を転がっていった。
ゴロゴロゴロゴ。
トラップがその軽い体に反応することは無く、先ほど落ちてきた瓦礫の間に挟まって止まる。
「ナスビちゃん!」
慌てて近寄ろうとしたイートンの襟を掴むと、八重が前に出た。
「一度通った道とはいえ、迂闊に動くのは危険だ。慎重に行こう」
ゆっくりと、近寄る二人に、ナスビがジタバタと暴れだす。
『我輩の心配などいらぬ!』
「大丈夫ですよ、ちゃんと取ってあげますから」
手を伸ばしたイートンから逃れるように、ピョン!とナスビが跳ねた。今度はしっかりと、その4本の足が地面に着く。紅玉の埋め込まれた瞳が、何かを感じ取り、キラリと光った。
『ほら見たことか。お前たちがグズグズしておるうちに、アヤツが市長を見つけたようだぞ!』
「ニーツ君ですか?」
『随分と散らかった部屋の・・・大きな箱の中に市長は隠れておったようだな』
「見えるのか!?」
天井を見上げながら答えるナスビに、八重が驚いてたずねる。
『【ヴェルンの涙】が近い。我輩の力もそれと共に高まる』
「・・・散らかった部屋?」
昔の記憶を辿るように、イートンは顎に手を当てた。彼の背中を押しながら、八重は多少興奮気味で足を速めた。
「私たちがそれを取り戻したら、『ルナシー』について話してくれるんだな?」
『シツコイぞ!我輩に二言は無いと・・・』
「――――!?」
その途端、二人と一匹の頭上で、天井が唸りをあげた。そのまま一気に落下する。鈍い音と共に砂埃が広がり、彼らが歩いていた所は新たな行き止まりになった。
「大丈夫か?イートン」
「な、何とか・・・」
ゲホゲホと咳き込みながら答えたイートンは、その瞬間、何かが足りないことに気が付く。
「ナスビちゃんがいない!?まさか、ペッタンコに!?」
『誰がペッタンコだ!!』
遠くでナスビの声が聞こえる。どうやら落とされた壁の、反対側に逃げていったらしい。そしてナスビは続ける。
『そんなことより、あの魔族が捕まりおった!』
「捕まる?」
『市長の顔つきが変わったのだ。あれは恐らく、お前たちが標的にしておった・・・』
「エドガーッ!?」
まるで、親の敵の名でも呼ぶように、イートンの顔が厳しくなる。立ち上がると、くるりと向きを変えた。
「イートン?」
「僕はニーツ君の所に行ってきます!!多分クリスティの部屋、僕らが分かれた道をひたすら右です。八重さんはナスビちゃんをお願いします」
「・・・あぁ」
呆気にとられて遅くれた八重の返事を聞こうともせずに、イートンは既に飛び出していた。先ほどまでの動きとは全く別物である。
「そういえば、母親がなんとか言ってたな・・・」
その手に、紫の光を纏わせて八重は硬く閉じた壁に手を当てた。相当に分厚い。壁の向こうで騒ぐナスビの声が随分と遠く聞こえる。
「少し後ろに下がってくれないか?手加減出来そうに無い」
----
「綺麗で可愛いお嬢さん。俺と遊ばないか?」
先ほどまでの、殴り倒したいような上目遣いやクネクネとした仕草が一変に消えうせた。実際の年齢より、多少若い印象を受ける表情と声色で『エドガー』が、ニーツを見下ろしている。
「・・・・・」
先ほどと、どっちがマシかといえば、大いに悩むところである。
「君は恥ずかしがり屋さんなんだね」
口を閉じ、様子を見ていたニーツの耳元に、エドガーが囁いた。
「・・・・・」
体中に鳥肌が立ったのが分かった。
「大丈夫だよ、怖がらなくても・・・グアッ!?」
「やってられるかッ!!!」
―――クリスティの方がまだマシだッ!!
そう結論つけたニーツは思い切りエドガーの腹を蹴る。しかし、彼の細足では思ったほどの効果は得られなかった。
「そんなに怯えなくたって、純情なんだね」
その足を掴まれて、ニーツは右手に魔力を溜めた。こんな愚かな人間は進んで消すべきだ。「いい加減にしろ!」その言葉が、喉の先まで出かかった時、聞きなれた声が割り込んだ。
「ニーツ君ッ!!大丈夫ですか!!!」
イートンだ。床の上で押し倒されているニーツに顔色を変える。しかし、部屋に入ることは出来なかった・・・。
ドゴォッ!!
最後のトラップ、ハンマーを思い切り顔面で受け止め、イートンの体は廊下まで吹き飛ぶ。
「「・・・・」」
ため息と共に額に手を当てたニーツに、エドガーが視線をやる。
「もしかして、イートンの知り合いなのか?」
「知らない・・・」
そんなニーツの冷たい言葉にもめげず、イートンはよろよろと立ち上がった。直撃を受け、床に転がった眼鏡は驚くべきことにヒビすら入っていない。目つきが随分と悪いのは、視界の悪いせいか、はたまた心情の問題か。
「さっさと、その体をどけろ」
ゴフッ。
イートンの蹴りと共に、ニーツの上から不快極まりないエドガーの体が消える。
「ず、・・・随分な扱いじゃないか。イートン」
腹に手をあてて小さくうめきながらも、エドガーは変わらぬ笑みを向けた。
・・・もしかしたらマゾなのかも知れない。
「アンタにはこれで十分だろ?」
そのまま胸倉を掴み、イートンは睨み付けるが、
「いやぁ、近くで見るとますます彼女そっくりだ」
相変わらず懲りないエドガーを思い切り殴りつける。
「おい・・・」
これでは、交渉どころじゃ無くなる。自分の事は棚に置いて、身を起こしたニーツが声をかけるが、イートンは振り向きもしなかった。
「イートン」
どちらかというと、漫才にも聞こえなくは無い二人の会話に、ニーツは思い切りイートンの耳を引っ張った。
「聞けと言っているだろうが、この愚か者―――ッ!!」
「うひゃ!?ニーツ君!?」
今し方ニーツの存在に気が付いたようにイートンが顔を顔を向ける。
「お前のせいで、交渉がむちゃくちゃだ!」
すでにボコボコになっているエドガーを指差して、ニーツが叫ぶ。
「えぇ!?だって、ニーツ君だって、さっきアイツに魔力ぶつけようとしてたじゃないですかぁぁ」
忘れたフリして、しっかり覚えているらしい。
「オレは!」
「もしかして・・・・君。男の子?」
ピタリ。
二人の動きが止まった。
「えーっと・・・」
イートンが見えないようにニーツを肘でつつく。しかし、ニーツは無言でそれに答えた。
「・・・エドガーさん、『ヴェルンの涙』を頂けませんか?」
仕方なく棒読みのイートンにエドガーは、すっと腕を上げる。
「駄目駄目だね」
そして、目の前で大きな『ペケ』を作った。
PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン
NPC 木兎ナスビ 伯父 執事
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『コラーッ。何をぼけっとしておるのだ!!』
八重の荷物から転がり落ちた、『ソレ』は、着地に失敗し、長い廊下を転がっていった。
ゴロゴロゴロゴ。
トラップがその軽い体に反応することは無く、先ほど落ちてきた瓦礫の間に挟まって止まる。
「ナスビちゃん!」
慌てて近寄ろうとしたイートンの襟を掴むと、八重が前に出た。
「一度通った道とはいえ、迂闊に動くのは危険だ。慎重に行こう」
ゆっくりと、近寄る二人に、ナスビがジタバタと暴れだす。
『我輩の心配などいらぬ!』
「大丈夫ですよ、ちゃんと取ってあげますから」
手を伸ばしたイートンから逃れるように、ピョン!とナスビが跳ねた。今度はしっかりと、その4本の足が地面に着く。紅玉の埋め込まれた瞳が、何かを感じ取り、キラリと光った。
『ほら見たことか。お前たちがグズグズしておるうちに、アヤツが市長を見つけたようだぞ!』
「ニーツ君ですか?」
『随分と散らかった部屋の・・・大きな箱の中に市長は隠れておったようだな』
「見えるのか!?」
天井を見上げながら答えるナスビに、八重が驚いてたずねる。
『【ヴェルンの涙】が近い。我輩の力もそれと共に高まる』
「・・・散らかった部屋?」
昔の記憶を辿るように、イートンは顎に手を当てた。彼の背中を押しながら、八重は多少興奮気味で足を速めた。
「私たちがそれを取り戻したら、『ルナシー』について話してくれるんだな?」
『シツコイぞ!我輩に二言は無いと・・・』
「――――!?」
その途端、二人と一匹の頭上で、天井が唸りをあげた。そのまま一気に落下する。鈍い音と共に砂埃が広がり、彼らが歩いていた所は新たな行き止まりになった。
「大丈夫か?イートン」
「な、何とか・・・」
ゲホゲホと咳き込みながら答えたイートンは、その瞬間、何かが足りないことに気が付く。
「ナスビちゃんがいない!?まさか、ペッタンコに!?」
『誰がペッタンコだ!!』
遠くでナスビの声が聞こえる。どうやら落とされた壁の、反対側に逃げていったらしい。そしてナスビは続ける。
『そんなことより、あの魔族が捕まりおった!』
「捕まる?」
『市長の顔つきが変わったのだ。あれは恐らく、お前たちが標的にしておった・・・』
「エドガーッ!?」
まるで、親の敵の名でも呼ぶように、イートンの顔が厳しくなる。立ち上がると、くるりと向きを変えた。
「イートン?」
「僕はニーツ君の所に行ってきます!!多分クリスティの部屋、僕らが分かれた道をひたすら右です。八重さんはナスビちゃんをお願いします」
「・・・あぁ」
呆気にとられて遅くれた八重の返事を聞こうともせずに、イートンは既に飛び出していた。先ほどまでの動きとは全く別物である。
「そういえば、母親がなんとか言ってたな・・・」
その手に、紫の光を纏わせて八重は硬く閉じた壁に手を当てた。相当に分厚い。壁の向こうで騒ぐナスビの声が随分と遠く聞こえる。
「少し後ろに下がってくれないか?手加減出来そうに無い」
----
「綺麗で可愛いお嬢さん。俺と遊ばないか?」
先ほどまでの、殴り倒したいような上目遣いやクネクネとした仕草が一変に消えうせた。実際の年齢より、多少若い印象を受ける表情と声色で『エドガー』が、ニーツを見下ろしている。
「・・・・・」
先ほどと、どっちがマシかといえば、大いに悩むところである。
「君は恥ずかしがり屋さんなんだね」
口を閉じ、様子を見ていたニーツの耳元に、エドガーが囁いた。
「・・・・・」
体中に鳥肌が立ったのが分かった。
「大丈夫だよ、怖がらなくても・・・グアッ!?」
「やってられるかッ!!!」
―――クリスティの方がまだマシだッ!!
そう結論つけたニーツは思い切りエドガーの腹を蹴る。しかし、彼の細足では思ったほどの効果は得られなかった。
「そんなに怯えなくたって、純情なんだね」
その足を掴まれて、ニーツは右手に魔力を溜めた。こんな愚かな人間は進んで消すべきだ。「いい加減にしろ!」その言葉が、喉の先まで出かかった時、聞きなれた声が割り込んだ。
「ニーツ君ッ!!大丈夫ですか!!!」
イートンだ。床の上で押し倒されているニーツに顔色を変える。しかし、部屋に入ることは出来なかった・・・。
ドゴォッ!!
最後のトラップ、ハンマーを思い切り顔面で受け止め、イートンの体は廊下まで吹き飛ぶ。
「「・・・・」」
ため息と共に額に手を当てたニーツに、エドガーが視線をやる。
「もしかして、イートンの知り合いなのか?」
「知らない・・・」
そんなニーツの冷たい言葉にもめげず、イートンはよろよろと立ち上がった。直撃を受け、床に転がった眼鏡は驚くべきことにヒビすら入っていない。目つきが随分と悪いのは、視界の悪いせいか、はたまた心情の問題か。
「さっさと、その体をどけろ」
ゴフッ。
イートンの蹴りと共に、ニーツの上から不快極まりないエドガーの体が消える。
「ず、・・・随分な扱いじゃないか。イートン」
腹に手をあてて小さくうめきながらも、エドガーは変わらぬ笑みを向けた。
・・・もしかしたらマゾなのかも知れない。
「アンタにはこれで十分だろ?」
そのまま胸倉を掴み、イートンは睨み付けるが、
「いやぁ、近くで見るとますます彼女そっくりだ」
相変わらず懲りないエドガーを思い切り殴りつける。
「おい・・・」
これでは、交渉どころじゃ無くなる。自分の事は棚に置いて、身を起こしたニーツが声をかけるが、イートンは振り向きもしなかった。
「イートン」
どちらかというと、漫才にも聞こえなくは無い二人の会話に、ニーツは思い切りイートンの耳を引っ張った。
「聞けと言っているだろうが、この愚か者―――ッ!!」
「うひゃ!?ニーツ君!?」
今し方ニーツの存在に気が付いたようにイートンが顔を顔を向ける。
「お前のせいで、交渉がむちゃくちゃだ!」
すでにボコボコになっているエドガーを指差して、ニーツが叫ぶ。
「えぇ!?だって、ニーツ君だって、さっきアイツに魔力ぶつけようとしてたじゃないですかぁぁ」
忘れたフリして、しっかり覚えているらしい。
「オレは!」
「もしかして・・・・君。男の子?」
ピタリ。
二人の動きが止まった。
「えーっと・・・」
イートンが見えないようにニーツを肘でつつく。しかし、ニーツは無言でそれに答えた。
「・・・エドガーさん、『ヴェルンの涙』を頂けませんか?」
仕方なく棒読みのイートンにエドガーは、すっと腕を上げる。
「駄目駄目だね」
そして、目の前で大きな『ペケ』を作った。
PR
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PC 八重・ニーツ・(イートン)
場所 メイルーン 市長邸
NPC ワトスン=ベーカーウォール(エドガー)・ナスビ・執事クリエッド
---------------------------------------------------
ドゴオオオン!!
盛大な音を立てて壁は粉々に砕け散った。
「おい、大丈夫か、ナスビ」
八重は瓦礫の中にナスビの姿を探したが、何処にもいない。
「ナスビ!」
焦って大声を上げた八重は、廊下の端を見てため息をついた。
たぶん、爆風で廊下の端まで転がったであろうナスビが壁際にころんと転がっている。
「・・・だからもう少し離れろと言ったんだ」
『煩い!早く起こさんかッ!!』
八重に抱きかかえられても、ナスビはまだ不満そうに足をばたばたさせている。
『オマエのせいでまた転がってしまったではないか!もっと気を使え!!』
「全く、助けてやったのにその言い方はないんじゃないか?かわいげのないヤツだな」
『煩い!つべこべ言わずさっさと市長の元へ急げ!』
「それもそうだが、お前、<ヴェルンの涙>は探さなくていいのか?」
『その必要はない』
八重の言葉に、ナスビは自信たっぷりに言った。
『<ヴェルンの涙>は市長が持っている』
「これは俺たちにとってとても大切なものなんだ。だから、仮に君が本当にかわいい女の子だったとしても、俺は渡さなかっただろうな」
そう言って、エドガーは胸元から金色の鎖を引き出した。鎖には、涙形をした、みずみずしい光を放つ紫色の宝石がついている。
「まるでアメジストみたいだ・・・。これが、<ヴェルンの涙>?」
「そのとおりだよ、イートン君」
はっとしてイートンは市長の顔を見た。市長の顔は、先ほどとは違い、年相応の憂いとしわを湛えている。
「ワト・・スン・・・市長・・・?」
「すまないね、イートン君。君にはいつも迷惑のかけどおしだ」
そう言って、<市長>は寂しそうな笑みをイートンに向けた。
「特に、<エドガー>の顔など、君は二度と見たくないだろうに。私が、<彼ら>を抑えられなかったばっかりに、本当にすまなかった」
「いえ・・・そんな・・・」
先ほどまで<エドガー>のことで怒っていたにもかかわらず、イートンは思わず謝ってしまう。
「そして君も、<クリスティ>と<エドガー>のせいで迷惑をかけてしまい、すまなかった。・・・謝った所で許されることではないが、許して欲しい」
今度はニーツのほうを向いて、市長は深々と頭を下げる。
「それはそうと、お前にとって、どうして<ヴェルンの涙>がそんなに大切なんだ。エドガーの話から察するに、どうやら、ただの宝石として、大切にしているわけではなさそうだが」
まだ先ほどの<エドガー>と<クリスティ>を引きずっているらしく、ニーツがむっとした声で尋ねる。
「あのっ・・・!ニーツ君!いくらなんでも市長に<お前>は・・・・」
「いいんだ、イートン君」
焦って言うイートンを市長が静止する。
「君たちに迷惑をかけどおしの私を、今更敬ってもらおうとは思わないよ。・・・そうだな、そのことを話すことが今の私に出来る精一杯の償いだろう。分かった、正直に答えよう」
そう言って市長は胸元の宝石を、憂いのこもった表情で静かに擦った。
「これは、私にとっての<鎮静剤>なのだよ」
「鎮静剤・・・?」
イートンが不思議そうに市長を見つめる。
「それは・・・、どういう意味ですか?」
「このところ、この街が少し平和になったことに気づいたかね?」
「平和・・・、僕たちが来たときは別に、治安も前と何も変わっていないように感じましたが」
「<月夜の野犬>が現れなくなったんだよ」
その言葉に、イートンは戦慄を覚えた。
「それって・・・。そういう意味・・なんですか・・・?」
「どういう意味なんだ、イートン?」
ニーツがむっとして尋ねる。
「俺にはワケがさっぱりわからないんだが」
「<月夜の野犬>は、本名を<ジェームズ>という、・・・満月の夜に何人もの人間を殺す凶悪な殺人鬼だ。・・・そして、私の四人目の人格だよ」
市長のその言葉に、ニーツの頭の中にイートンの伯父の言葉が蘇った。
・・ジェームズは、人を殺すことをなんとも思っていない殺人快楽主義者なんだ・・。
「つまり、要はその宝石で、<ジェームズ>を抑えられるっていうのか?」
「そうだ。満月の夜、決まって私は<ジェームズ>になっていたものだった。それが、この宝石を身に着けるようになってからというもの、満月の晩に、私は気が狂わなくなったのだ。・・・最も、他の人格は未だ抑えられないがね。しかし、それでも<ジェームズ>にならずにすむということで、私は、どれだけ救われたことか・・・」
『いたぞ!市長だ!』
市長の話は、突如聞こえてきたその大声で遮られた。
「ナスビ、そんな大声で叫ばなくとも分かるんだが」
そう言って、ナスビを抱いた八重がドアの向こうに現れた。
「八重さん!」
イートンが嬉しそうに叫ぶ。
「よかった・・・、ナスビちゃんも、無事だったんですねっ」
『あーっ!あれだ!<ヴェルンの涙>!!』
ぴょんっと、ナスビは八重の腕から飛び降りた。そして市長の足元にかじりつく。
『返せッ!我輩にそれを返せッ!!』
「・・・この生き物は何だね?」
市長が苦笑してイートンに尋ねる。イートンも、苦笑して答えた。
「えーっと・・・、自称、<ヴェルンの守護霊>だそうです・・・」
『誰が自称だ!我輩はヴェルンの守護霊なり!それは我輩にとって大切なものだ!我輩に返してもらおう!』
そう言って、ナスビはぴょんぴょんと市長の周りを飛び跳ねる。市長はそれを不思議そうに見つめると言った。
「そういえば、君は・・・、たしか、ヴェルンの遺跡調査をしたとき、宝石と共に出てきた木彫りのウサギ人形だね?まさか君に意思があるとは知らず、ゴミ置き場に捨ててしまったが・・・」
『なぬ!木彫りのウサギ人形とは失礼な!我輩はヴェルンの守護霊であるぞ!!さあ、早くそれを返せ!』
「・・・悪いが、そればかりは出来ない相談だ」
市長は優しいが、同時にとても寂しそうに笑った。
「クリエッド」
いつの間にか、背後のドアのところには執事のクリエッドが立っていた。市長は穏やかに告げる。
「君たちがどうしてもこの宝石を欲しがるのなら、すまないが・・・、私はそれを阻止しなければならない」
クリエッドの手には拳銃が握られていた。それはぴったりと八重の脳天に突きつけられている。市長は静かに告げた。
「クリエッド、この人達を地下牢へご案内しなさい」
PC 八重・ニーツ・(イートン)
場所 メイルーン 市長邸
NPC ワトスン=ベーカーウォール(エドガー)・ナスビ・執事クリエッド
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ドゴオオオン!!
盛大な音を立てて壁は粉々に砕け散った。
「おい、大丈夫か、ナスビ」
八重は瓦礫の中にナスビの姿を探したが、何処にもいない。
「ナスビ!」
焦って大声を上げた八重は、廊下の端を見てため息をついた。
たぶん、爆風で廊下の端まで転がったであろうナスビが壁際にころんと転がっている。
「・・・だからもう少し離れろと言ったんだ」
『煩い!早く起こさんかッ!!』
八重に抱きかかえられても、ナスビはまだ不満そうに足をばたばたさせている。
『オマエのせいでまた転がってしまったではないか!もっと気を使え!!』
「全く、助けてやったのにその言い方はないんじゃないか?かわいげのないヤツだな」
『煩い!つべこべ言わずさっさと市長の元へ急げ!』
「それもそうだが、お前、<ヴェルンの涙>は探さなくていいのか?」
『その必要はない』
八重の言葉に、ナスビは自信たっぷりに言った。
『<ヴェルンの涙>は市長が持っている』
「これは俺たちにとってとても大切なものなんだ。だから、仮に君が本当にかわいい女の子だったとしても、俺は渡さなかっただろうな」
そう言って、エドガーは胸元から金色の鎖を引き出した。鎖には、涙形をした、みずみずしい光を放つ紫色の宝石がついている。
「まるでアメジストみたいだ・・・。これが、<ヴェルンの涙>?」
「そのとおりだよ、イートン君」
はっとしてイートンは市長の顔を見た。市長の顔は、先ほどとは違い、年相応の憂いとしわを湛えている。
「ワト・・スン・・・市長・・・?」
「すまないね、イートン君。君にはいつも迷惑のかけどおしだ」
そう言って、<市長>は寂しそうな笑みをイートンに向けた。
「特に、<エドガー>の顔など、君は二度と見たくないだろうに。私が、<彼ら>を抑えられなかったばっかりに、本当にすまなかった」
「いえ・・・そんな・・・」
先ほどまで<エドガー>のことで怒っていたにもかかわらず、イートンは思わず謝ってしまう。
「そして君も、<クリスティ>と<エドガー>のせいで迷惑をかけてしまい、すまなかった。・・・謝った所で許されることではないが、許して欲しい」
今度はニーツのほうを向いて、市長は深々と頭を下げる。
「それはそうと、お前にとって、どうして<ヴェルンの涙>がそんなに大切なんだ。エドガーの話から察するに、どうやら、ただの宝石として、大切にしているわけではなさそうだが」
まだ先ほどの<エドガー>と<クリスティ>を引きずっているらしく、ニーツがむっとした声で尋ねる。
「あのっ・・・!ニーツ君!いくらなんでも市長に<お前>は・・・・」
「いいんだ、イートン君」
焦って言うイートンを市長が静止する。
「君たちに迷惑をかけどおしの私を、今更敬ってもらおうとは思わないよ。・・・そうだな、そのことを話すことが今の私に出来る精一杯の償いだろう。分かった、正直に答えよう」
そう言って市長は胸元の宝石を、憂いのこもった表情で静かに擦った。
「これは、私にとっての<鎮静剤>なのだよ」
「鎮静剤・・・?」
イートンが不思議そうに市長を見つめる。
「それは・・・、どういう意味ですか?」
「このところ、この街が少し平和になったことに気づいたかね?」
「平和・・・、僕たちが来たときは別に、治安も前と何も変わっていないように感じましたが」
「<月夜の野犬>が現れなくなったんだよ」
その言葉に、イートンは戦慄を覚えた。
「それって・・・。そういう意味・・なんですか・・・?」
「どういう意味なんだ、イートン?」
ニーツがむっとして尋ねる。
「俺にはワケがさっぱりわからないんだが」
「<月夜の野犬>は、本名を<ジェームズ>という、・・・満月の夜に何人もの人間を殺す凶悪な殺人鬼だ。・・・そして、私の四人目の人格だよ」
市長のその言葉に、ニーツの頭の中にイートンの伯父の言葉が蘇った。
・・ジェームズは、人を殺すことをなんとも思っていない殺人快楽主義者なんだ・・。
「つまり、要はその宝石で、<ジェームズ>を抑えられるっていうのか?」
「そうだ。満月の夜、決まって私は<ジェームズ>になっていたものだった。それが、この宝石を身に着けるようになってからというもの、満月の晩に、私は気が狂わなくなったのだ。・・・最も、他の人格は未だ抑えられないがね。しかし、それでも<ジェームズ>にならずにすむということで、私は、どれだけ救われたことか・・・」
『いたぞ!市長だ!』
市長の話は、突如聞こえてきたその大声で遮られた。
「ナスビ、そんな大声で叫ばなくとも分かるんだが」
そう言って、ナスビを抱いた八重がドアの向こうに現れた。
「八重さん!」
イートンが嬉しそうに叫ぶ。
「よかった・・・、ナスビちゃんも、無事だったんですねっ」
『あーっ!あれだ!<ヴェルンの涙>!!』
ぴょんっと、ナスビは八重の腕から飛び降りた。そして市長の足元にかじりつく。
『返せッ!我輩にそれを返せッ!!』
「・・・この生き物は何だね?」
市長が苦笑してイートンに尋ねる。イートンも、苦笑して答えた。
「えーっと・・・、自称、<ヴェルンの守護霊>だそうです・・・」
『誰が自称だ!我輩はヴェルンの守護霊なり!それは我輩にとって大切なものだ!我輩に返してもらおう!』
そう言って、ナスビはぴょんぴょんと市長の周りを飛び跳ねる。市長はそれを不思議そうに見つめると言った。
「そういえば、君は・・・、たしか、ヴェルンの遺跡調査をしたとき、宝石と共に出てきた木彫りのウサギ人形だね?まさか君に意思があるとは知らず、ゴミ置き場に捨ててしまったが・・・」
『なぬ!木彫りのウサギ人形とは失礼な!我輩はヴェルンの守護霊であるぞ!!さあ、早くそれを返せ!』
「・・・悪いが、そればかりは出来ない相談だ」
市長は優しいが、同時にとても寂しそうに笑った。
「クリエッド」
いつの間にか、背後のドアのところには執事のクリエッドが立っていた。市長は穏やかに告げる。
「君たちがどうしてもこの宝石を欲しがるのなら、すまないが・・・、私はそれを阻止しなければならない」
クリエッドの手には拳銃が握られていた。それはぴったりと八重の脳天に突きつけられている。市長は静かに告げた。
「クリエッド、この人達を地下牢へご案内しなさい」
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PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン 市長邸地下牢
NPC ナスビ
---------------------------------------------------
人生の中で、何が最悪かと尋かれたら、答えに詰まるだろう。
だが、ここ何年かで一番最悪な事は何か、と尋かれたら、迷わず答えるだろう。
-今、この時だと。
「あーあ…」
イートンの、気のない溜め息が、耳を掠めた。
「これからどうしましょう?」
「さあな」
頼りない彼の言葉に、素っ気ない答えを返す。メイルーン市長邸の地下牢に、今三人と一個はいた。
ニーツは、唯一置いてある固いベッドに、イートンは床にそれぞれ座り、八重は壁に凭れて立っている。
「別に、此処から脱出して、市長を殺すなりして『ヴェルンの涙』を奪い、そのまま逃走しても良いが…どうする?」
犯罪ものの提案をあっさり口にし、ニーツは八重へ視線だけ向けた。
八重は、何かを考えるように、目を瞑っている。
「ううむ…」
「…何だ。市長の言った事を、気にしているのか」
仕方のない奴だ、とでも言いたげに、ニーツが問い掛ける。
この牢屋に連れられて、イートンは、八重に市長から聞いた話を全て話していた。
「『ヴェルンの涙』なら、ルナシーの呪いを、押さえられるかもしれん…」
八重が目を開き、ゆっくりと言った。
「市長は、自分が殺人鬼になるのは…必ず、満月の夜だと言った。これは、私のルナシーと一緒ではないのか?だったら…」
「確かに…そう考えられなくもないですね」
「…」
八重の言葉を耳に入れながら、ニーツはちらりと明かり取りの窓へ目を向ける。
月が、見えた。
半分ほど欠けている。
これからどんどん欠けて無くなり、再び現れて-満月が巡り来る。
満月の刻、この世の『魔』の力が最も強くなる、と言われている。
ニーツは、身を以てそれを知っている。
月は、魔を司るもの。
低級の魔族、魔物達が、夜、暴れたり凶暴になるのも。
八重や、あの市長が、満月になると変貌するのも。
全て、月のちょっとした戯れ。
そんな、月の力を、あのちっぽけな宝石が無力化することが出来るのだろうか?
「あの人間は、お前ほど、月から呪いを受けていない…」
自問の答を、そのまま二人に聞かせるように、ニーツは呟いた。
「ルナシーの力を、あの宝石一つで押さえられるとは、到底思わない」
「しかし…!」
「とはいえ、全く効果がないとも思わないがな」
叫びだしそうな八重を諫めるように、淡々とニーツは言葉を発する。
「少し落ち着け。八重。今此処でそんなことを考えていても、始まらないだろう?そんな事を考える余裕があれば、此処から脱出する方法を考えろ」
「ぬ…」
一瞬、八重は何か言いたそうに口ごもったが、すぐに首を振って黙り込んだ。気を落ち着かせるようにアイボリー・グレイを一本取りだし、火を付ける。
「と、取りあえず、どうやって此処から出るか、ですね」
黙り込んだ二人を取りなすように、イートンが慌てて話題を変えた。
「『ヴェルンの涙』を取り戻せば、きっと全てが分かりますよ」
『こんな壁などぶち壊して、外に出れば良いではないか』
喋る木兎、なすびが叩いていた牢屋の格子を指しながら、振り返る。
確かにそれが、一番簡単で、かつ迷惑な方法だ。
『ぐずぐずしていないで、さっさとやるが良かろう』
ほら、ほらと、誰か―恐らく、一番破壊力があるニーツ―に向けて、催促の言葉を投げかける。
しかしニーツも、八重も、動かなかった。
「…別に、取り戻すくらいなら、簡単なんだけどな…さっきも言ったと思うが。だが、良いのか?イートン」
「何がです?」
「…忘れているようだが、『ヴェルンの涙』を市長から引き離せば、この街の治安が、また乱れるのではないか?」
「あ…」
キョトンとしていたイートンが、ニーツの言葉に、小さく声を上げた。その顔には「忘れてた」と書いてある。
ヴェルンの涙を力ずくで取り戻す事自体は、恐らくそう難しい事ではないだろう。だが、市長と『ヴェルンの涙』を引き離せば、再び<月夜の野犬>が現れるという。そうすれば、危険なのは、この街だ。
「そうですよね…あの…あの人格が出てきたら…」
イートンは、再び戦慄したように、肩を震わせた。よっぽど恐ろしいらしい。例え、いくら治安が悪くても、嫌な思い出しかなくても、此処は、イートンの故郷だ。危険にさらされるのは、なるべく避けたいのだろう。
「…そのまま『ヴェルンの涙』をもらって帰る、なんて状況じゃないんですよね」
「うむ…」
「特に八重さんは、市長の気持ち…」
「解るな。解りすぎるほどに」
憮然と、八重が答える。
そのまま、沈黙が落ちた。三人が三人とも、口を噤む。
一個、『何を思い悩んでいるのだー』と叫んでいる木兎がいるが、誰も気にしなかった。
そんな中、ニーツがふと、顔をあげた。
市長の症状は、人格の分離。
それに対して、何か昔、読んだことがある気がしたのだ。
思い出す。
あの暗い、図書館で、気まぐれに開いた本…
そう、確か…
「…イートン」
「は、はい?」
突然立ち上がったニーツに、イートンが吃驚した様な声を上げる。
ニーツは、格子に近づき、それにそっと触れて振り返った。
「服を着替えたい。交渉できるか?」
そう言って、ニーツは未だ着たままだったドレスの裾を摘んだ。
PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン 市長邸地下牢
NPC ナスビ
---------------------------------------------------
人生の中で、何が最悪かと尋かれたら、答えに詰まるだろう。
だが、ここ何年かで一番最悪な事は何か、と尋かれたら、迷わず答えるだろう。
-今、この時だと。
「あーあ…」
イートンの、気のない溜め息が、耳を掠めた。
「これからどうしましょう?」
「さあな」
頼りない彼の言葉に、素っ気ない答えを返す。メイルーン市長邸の地下牢に、今三人と一個はいた。
ニーツは、唯一置いてある固いベッドに、イートンは床にそれぞれ座り、八重は壁に凭れて立っている。
「別に、此処から脱出して、市長を殺すなりして『ヴェルンの涙』を奪い、そのまま逃走しても良いが…どうする?」
犯罪ものの提案をあっさり口にし、ニーツは八重へ視線だけ向けた。
八重は、何かを考えるように、目を瞑っている。
「ううむ…」
「…何だ。市長の言った事を、気にしているのか」
仕方のない奴だ、とでも言いたげに、ニーツが問い掛ける。
この牢屋に連れられて、イートンは、八重に市長から聞いた話を全て話していた。
「『ヴェルンの涙』なら、ルナシーの呪いを、押さえられるかもしれん…」
八重が目を開き、ゆっくりと言った。
「市長は、自分が殺人鬼になるのは…必ず、満月の夜だと言った。これは、私のルナシーと一緒ではないのか?だったら…」
「確かに…そう考えられなくもないですね」
「…」
八重の言葉を耳に入れながら、ニーツはちらりと明かり取りの窓へ目を向ける。
月が、見えた。
半分ほど欠けている。
これからどんどん欠けて無くなり、再び現れて-満月が巡り来る。
満月の刻、この世の『魔』の力が最も強くなる、と言われている。
ニーツは、身を以てそれを知っている。
月は、魔を司るもの。
低級の魔族、魔物達が、夜、暴れたり凶暴になるのも。
八重や、あの市長が、満月になると変貌するのも。
全て、月のちょっとした戯れ。
そんな、月の力を、あのちっぽけな宝石が無力化することが出来るのだろうか?
「あの人間は、お前ほど、月から呪いを受けていない…」
自問の答を、そのまま二人に聞かせるように、ニーツは呟いた。
「ルナシーの力を、あの宝石一つで押さえられるとは、到底思わない」
「しかし…!」
「とはいえ、全く効果がないとも思わないがな」
叫びだしそうな八重を諫めるように、淡々とニーツは言葉を発する。
「少し落ち着け。八重。今此処でそんなことを考えていても、始まらないだろう?そんな事を考える余裕があれば、此処から脱出する方法を考えろ」
「ぬ…」
一瞬、八重は何か言いたそうに口ごもったが、すぐに首を振って黙り込んだ。気を落ち着かせるようにアイボリー・グレイを一本取りだし、火を付ける。
「と、取りあえず、どうやって此処から出るか、ですね」
黙り込んだ二人を取りなすように、イートンが慌てて話題を変えた。
「『ヴェルンの涙』を取り戻せば、きっと全てが分かりますよ」
『こんな壁などぶち壊して、外に出れば良いではないか』
喋る木兎、なすびが叩いていた牢屋の格子を指しながら、振り返る。
確かにそれが、一番簡単で、かつ迷惑な方法だ。
『ぐずぐずしていないで、さっさとやるが良かろう』
ほら、ほらと、誰か―恐らく、一番破壊力があるニーツ―に向けて、催促の言葉を投げかける。
しかしニーツも、八重も、動かなかった。
「…別に、取り戻すくらいなら、簡単なんだけどな…さっきも言ったと思うが。だが、良いのか?イートン」
「何がです?」
「…忘れているようだが、『ヴェルンの涙』を市長から引き離せば、この街の治安が、また乱れるのではないか?」
「あ…」
キョトンとしていたイートンが、ニーツの言葉に、小さく声を上げた。その顔には「忘れてた」と書いてある。
ヴェルンの涙を力ずくで取り戻す事自体は、恐らくそう難しい事ではないだろう。だが、市長と『ヴェルンの涙』を引き離せば、再び<月夜の野犬>が現れるという。そうすれば、危険なのは、この街だ。
「そうですよね…あの…あの人格が出てきたら…」
イートンは、再び戦慄したように、肩を震わせた。よっぽど恐ろしいらしい。例え、いくら治安が悪くても、嫌な思い出しかなくても、此処は、イートンの故郷だ。危険にさらされるのは、なるべく避けたいのだろう。
「…そのまま『ヴェルンの涙』をもらって帰る、なんて状況じゃないんですよね」
「うむ…」
「特に八重さんは、市長の気持ち…」
「解るな。解りすぎるほどに」
憮然と、八重が答える。
そのまま、沈黙が落ちた。三人が三人とも、口を噤む。
一個、『何を思い悩んでいるのだー』と叫んでいる木兎がいるが、誰も気にしなかった。
そんな中、ニーツがふと、顔をあげた。
市長の症状は、人格の分離。
それに対して、何か昔、読んだことがある気がしたのだ。
思い出す。
あの暗い、図書館で、気まぐれに開いた本…
そう、確か…
「…イートン」
「は、はい?」
突然立ち上がったニーツに、イートンが吃驚した様な声を上げる。
ニーツは、格子に近づき、それにそっと触れて振り返った。
「服を着替えたい。交渉できるか?」
そう言って、ニーツは未だ着たままだったドレスの裾を摘んだ。
----------------------------------------
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸地下牢
NPC ナスビ
---------------------------------------------------
―――満月の翌朝は外に出てはいけないよ。
メイルーンの母親たちは子供たちに、そう強く言い聞かせた。
満月の夜には恐ろしい<野犬>が現れる。
子供たちが道端に転がった哀れな犠牲者たちを見ないように。
―――太陽が上がるまでカーテンをあけてはいけないよ。
焼け落ちた隣の家を、彼らが目にしないように。
そして、死臭に気づかぬように。
---
折角ユサたちから逃げたというのに、また牢屋に逆戻りである。
イートンは背中を向けて四苦八苦しながら服を着替えているニーツから視線を外し、八重の様子を伺い見た。火をつけた煙草は殆ど吸われず、何本も床に転がっていた。
(よっぽど落ち着かないんですねぇ・・・)
そんな彼より更に暇そうなナスビが側をコロコロと転がっていった。
「さて、話を続けようか」
どうやら着替え終わったらしいニーツがコホンと咳をひとつし、2人の注意を向ける。クリエッドが持ってきた服は、銀の糸の刺繍がされた白いシャツに、青いズボン。ニーツには少し大きいらしく、腕まくりした姿が新鮮で可愛らしい。本人には口が裂けても言えないが。
「あの小煩い司書ジジィを呼ぶ前に」
僅かに上げられた手にはいつの間にか本が握られている。伯父の家に置いておいた物だ。何故かしかめっ面のニーツと苦笑いを浮かべる八重。やはり自分が居ない間に、二人の距離は随分近くなったようだ。そんな事を思っていたイートンは自分の名が呼ばれている事に気がつくのにかなりの時間がかかった。
「イートン?」
「あ、はい!?なんですかッ」
あの後八重に踏まれても割れなかった丈夫な眼鏡を押し上げて、慌てて返事をする。そんな自分に肩を竦めると、ニーツはもう一度尋ねた。
「市長の人格分裂が幼い頃からなのか・・・それとも大人になってからのものなのか知っているか?」
予想外の質問に、イートンは首を傾げる。八重も不思議そうな顔でニーツを見た。
「確か、子どもの頃からだったと思います・・・母が言ってましたから」
『ワトスンはとってもいい友人だけど、恋人には出来きなかったの。
だって私、彼5人全員を好きになれないんですもの』
「だろうな・・・」
クリスティーの姿を思い出したのだろう。かなり疲れた声で八重が頷く。市長と同年代の彼には、何か思うところがあるようだ。
「この地、ヴェルンには特別な力があるようだな。ナスビ、お前だってそうだろう?」
『なんの事だ、女装魔ぞ・・・グニュ!?』
ナスビが言い終える前にニーツが足で踏みつけた。そのまま抵抗する丸い頭をグリグリする。見るに見かねたイートンがナスビを救出すると、手にした本をめくり始めるニーツ。
「今はそんなけったいな器に入っているが、お前は人間だろう?」
『・・・・』
驚くイートンの声をバックにニーツとナスビが睨みあう。しかし、プーンと顔を逸らしたナスビの姿は『我輩は知らんもんね』と、体で表していた。
「ヴェルンには複数の魂をくっ付けたり、分けたりする術が存在するようだな」
解読不可能と記された遺跡の複写を眺めながら、ニーツは言った。
そして、その本を思い切り床に叩き落す―――。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸地下牢
NPC ナスビ
---------------------------------------------------
―――満月の翌朝は外に出てはいけないよ。
メイルーンの母親たちは子供たちに、そう強く言い聞かせた。
満月の夜には恐ろしい<野犬>が現れる。
子供たちが道端に転がった哀れな犠牲者たちを見ないように。
―――太陽が上がるまでカーテンをあけてはいけないよ。
焼け落ちた隣の家を、彼らが目にしないように。
そして、死臭に気づかぬように。
---
折角ユサたちから逃げたというのに、また牢屋に逆戻りである。
イートンは背中を向けて四苦八苦しながら服を着替えているニーツから視線を外し、八重の様子を伺い見た。火をつけた煙草は殆ど吸われず、何本も床に転がっていた。
(よっぽど落ち着かないんですねぇ・・・)
そんな彼より更に暇そうなナスビが側をコロコロと転がっていった。
「さて、話を続けようか」
どうやら着替え終わったらしいニーツがコホンと咳をひとつし、2人の注意を向ける。クリエッドが持ってきた服は、銀の糸の刺繍がされた白いシャツに、青いズボン。ニーツには少し大きいらしく、腕まくりした姿が新鮮で可愛らしい。本人には口が裂けても言えないが。
「あの小煩い司書ジジィを呼ぶ前に」
僅かに上げられた手にはいつの間にか本が握られている。伯父の家に置いておいた物だ。何故かしかめっ面のニーツと苦笑いを浮かべる八重。やはり自分が居ない間に、二人の距離は随分近くなったようだ。そんな事を思っていたイートンは自分の名が呼ばれている事に気がつくのにかなりの時間がかかった。
「イートン?」
「あ、はい!?なんですかッ」
あの後八重に踏まれても割れなかった丈夫な眼鏡を押し上げて、慌てて返事をする。そんな自分に肩を竦めると、ニーツはもう一度尋ねた。
「市長の人格分裂が幼い頃からなのか・・・それとも大人になってからのものなのか知っているか?」
予想外の質問に、イートンは首を傾げる。八重も不思議そうな顔でニーツを見た。
「確か、子どもの頃からだったと思います・・・母が言ってましたから」
『ワトスンはとってもいい友人だけど、恋人には出来きなかったの。
だって私、彼5人全員を好きになれないんですもの』
「だろうな・・・」
クリスティーの姿を思い出したのだろう。かなり疲れた声で八重が頷く。市長と同年代の彼には、何か思うところがあるようだ。
「この地、ヴェルンには特別な力があるようだな。ナスビ、お前だってそうだろう?」
『なんの事だ、女装魔ぞ・・・グニュ!?』
ナスビが言い終える前にニーツが足で踏みつけた。そのまま抵抗する丸い頭をグリグリする。見るに見かねたイートンがナスビを救出すると、手にした本をめくり始めるニーツ。
「今はそんなけったいな器に入っているが、お前は人間だろう?」
『・・・・』
驚くイートンの声をバックにニーツとナスビが睨みあう。しかし、プーンと顔を逸らしたナスビの姿は『我輩は知らんもんね』と、体で表していた。
「ヴェルンには複数の魂をくっ付けたり、分けたりする術が存在するようだな」
解読不可能と記された遺跡の複写を眺めながら、ニーツは言った。
そして、その本を思い切り床に叩き落す―――。
--------------------------------------------------------
PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
---------------------------------------------------
「お前はいつもいつもいつも本の扱いが荒すぎるんじゃー!!」
床にたたきつけた本から飛び出してくるなり、クーロンは怒鳴り声を張り上げた。
それを見たイートンは腰を抜かし、…その前に、耳を塞ぎ…、驚いて、体長十センチほどのそのホログラフィを見つめた。
鎖のついた丸い眼鏡の奥の瞳は、鋭くきらりと光っている。そしてその黒髪から飛び出している耳は、ニーツのそれと同じようにぴんと尖っていた。
「もしかして…、魔族、ですか?」
「ああ、お前はこいつを見るのは初めてだったな」
ニーツがふんと鼻を鳴らしそうな顔で言う。
「こいつは、魔界図書館の司書の一人だ。通称クーロン」
「魔界図書館…」
イートンはごくりと唾を飲み込んだ。ニーツの話から、ある程度察しはついていたが、本物の魔界図書館司書に会うのは初めてだ。その前に、ついこの間まで、イートンは魔界に図書館が存在するということも知らなかった。
(そういえば、この姿にも、どことなく威厳が感じられるような…)
「ニーツ!!」
しかし、その思いはクーロンががみがみどなる声であっさりとかき消された。
「お前はどうしてそう、本の扱いが荒いんじゃ!!今日こそ、今日こそ、反省作文を書いてもらうぞ!!」
「あいかわらず煩いジジイだな。こうやるのがお前を呼ぶ一番手っ取り早い方法なんだよ」
「そんなことをしないで<召喚術>!召喚魔法を使え!!お前なら簡単に出来るじゃろうに!!」
「何言ってる。ここには召喚術をするだけの道具がないだろう。第一、そんなことをしたら、ホログラフィじゃなくお前本人が出てきて厄介だ」
「きいーっ!!」
ホログラフィのクーロンは地団太を踏む。
「全く!このワシが本体なら!お前など、正座三時間の作文十枚じゃ!!」
「ふん、複製の本のためにそんなことをする義理はないな」
「あのう…、ニーツ君」
イートンがおずおずと質問する。
「その…、<召喚術>って、一体何です?」
「何だ、知らないのか、イートン?」
ニーツが意外そうな顔をして言う。
「お前は結構人間の中では博識なほうだと思ってはいたが」
「すいません…、僕、魔術関係の知識はさっぱりで…、古代史なんかは得意なんですけどね」
「私も知らないな」
クーロンが現れて以来、黙っていた八重も口を開いた。
「私も、魔力を持たないせいか、どうも魔術関係にはうとくてね。その、<召喚術>とはどういうものなんだ?」
「まあ、カンタンに言えば、この世界に魔族を呼び出す術が<召喚術>だ」
ニーツが言う。
「俺がこれから借りようと思っているのはその<召喚術>についての本だ。クーロン、たしか、<召喚術体系>という本が図書館にあったはずだろう?それを借りたい」
「ほぉほぉほぉ、本を乱暴に扱ったあげく、アンタはまーた本が借りたいと?」
クーロンがあきらかに小バカにしたような顔でニーツを見る。
「それでワシが素直にはいどうぞ、とでも言って貸すと、アンタは思ってるのかえ?」
「勘違いするな。別に俺が借りるわけじゃない」
ニーツは至極冷静に言う。
「本を借りるのは、八重だ」
いきなりニーツの口から自分の名が出てきたことに驚いて、八重は思わずニーツの顔を見つめた。
「ニーツ、どういうことだ?」
「お前も聞いただろう。俺はこれ以上このジジイから本を貸してもらえそうもない。だから、お前がこいつから本を借りるんだ。それなら文句ないだろう、クーロン?」
「ふん、こじつけだな」
クーロンはふんっと鼻を鳴らす。
「大体、お前、ただの人間じゃろう?ただの人間に本を貸すのは好かんな」
「ただの人間というわけでもないな」
ニーツが意味ありげに笑って言う。
「そいつは<ルナシー>という人間でな。月から呪いを受けているんだ」
その言葉にクーロンの片眉がぴくっと上がる。
「…ほぉ、<ルナシー>ねぇ」
クーロンは、丸眼鏡の奥から、値踏みするように八重の全身を眺め回す。
「月に呪いを受けた人間か…。噂には聞いていたが、本物を見るのは初めてじゃな。しかし、八重といったな。お前が<ルナシー>であるという証拠はあるのか?」
「…在ったらどうするんだ?」
「そうじゃな…、今回だけは特別に本を貸してやっても良いぞ。お前が<ルナシー>なら、その本が必要な理由も分かる気がするからのう…」
「それは、どういう意味だ?」
しかし、クーロンはそれには答えず、黒い瞳で八重を見つめた。
「お前、証拠を見せるのか?見せんのか?」
「…」
無言で八重は握った拳に力を圧縮させた。紫色の光が拳を包む。
「<ルナ>」
どごおおおんという音と共に、拳を突き立てられた牢の床は、拳大の穴が開いた。
「…<ルナシー>の力、<ルナ>だ。それとも私が変身する姿を見たいか?」
「いや、これで結構」
クーロンはすうっと手を前に出した。
「約束通り、本を貸してやろう」
PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
---------------------------------------------------
「お前はいつもいつもいつも本の扱いが荒すぎるんじゃー!!」
床にたたきつけた本から飛び出してくるなり、クーロンは怒鳴り声を張り上げた。
それを見たイートンは腰を抜かし、…その前に、耳を塞ぎ…、驚いて、体長十センチほどのそのホログラフィを見つめた。
鎖のついた丸い眼鏡の奥の瞳は、鋭くきらりと光っている。そしてその黒髪から飛び出している耳は、ニーツのそれと同じようにぴんと尖っていた。
「もしかして…、魔族、ですか?」
「ああ、お前はこいつを見るのは初めてだったな」
ニーツがふんと鼻を鳴らしそうな顔で言う。
「こいつは、魔界図書館の司書の一人だ。通称クーロン」
「魔界図書館…」
イートンはごくりと唾を飲み込んだ。ニーツの話から、ある程度察しはついていたが、本物の魔界図書館司書に会うのは初めてだ。その前に、ついこの間まで、イートンは魔界に図書館が存在するということも知らなかった。
(そういえば、この姿にも、どことなく威厳が感じられるような…)
「ニーツ!!」
しかし、その思いはクーロンががみがみどなる声であっさりとかき消された。
「お前はどうしてそう、本の扱いが荒いんじゃ!!今日こそ、今日こそ、反省作文を書いてもらうぞ!!」
「あいかわらず煩いジジイだな。こうやるのがお前を呼ぶ一番手っ取り早い方法なんだよ」
「そんなことをしないで<召喚術>!召喚魔法を使え!!お前なら簡単に出来るじゃろうに!!」
「何言ってる。ここには召喚術をするだけの道具がないだろう。第一、そんなことをしたら、ホログラフィじゃなくお前本人が出てきて厄介だ」
「きいーっ!!」
ホログラフィのクーロンは地団太を踏む。
「全く!このワシが本体なら!お前など、正座三時間の作文十枚じゃ!!」
「ふん、複製の本のためにそんなことをする義理はないな」
「あのう…、ニーツ君」
イートンがおずおずと質問する。
「その…、<召喚術>って、一体何です?」
「何だ、知らないのか、イートン?」
ニーツが意外そうな顔をして言う。
「お前は結構人間の中では博識なほうだと思ってはいたが」
「すいません…、僕、魔術関係の知識はさっぱりで…、古代史なんかは得意なんですけどね」
「私も知らないな」
クーロンが現れて以来、黙っていた八重も口を開いた。
「私も、魔力を持たないせいか、どうも魔術関係にはうとくてね。その、<召喚術>とはどういうものなんだ?」
「まあ、カンタンに言えば、この世界に魔族を呼び出す術が<召喚術>だ」
ニーツが言う。
「俺がこれから借りようと思っているのはその<召喚術>についての本だ。クーロン、たしか、<召喚術体系>という本が図書館にあったはずだろう?それを借りたい」
「ほぉほぉほぉ、本を乱暴に扱ったあげく、アンタはまーた本が借りたいと?」
クーロンがあきらかに小バカにしたような顔でニーツを見る。
「それでワシが素直にはいどうぞ、とでも言って貸すと、アンタは思ってるのかえ?」
「勘違いするな。別に俺が借りるわけじゃない」
ニーツは至極冷静に言う。
「本を借りるのは、八重だ」
いきなりニーツの口から自分の名が出てきたことに驚いて、八重は思わずニーツの顔を見つめた。
「ニーツ、どういうことだ?」
「お前も聞いただろう。俺はこれ以上このジジイから本を貸してもらえそうもない。だから、お前がこいつから本を借りるんだ。それなら文句ないだろう、クーロン?」
「ふん、こじつけだな」
クーロンはふんっと鼻を鳴らす。
「大体、お前、ただの人間じゃろう?ただの人間に本を貸すのは好かんな」
「ただの人間というわけでもないな」
ニーツが意味ありげに笑って言う。
「そいつは<ルナシー>という人間でな。月から呪いを受けているんだ」
その言葉にクーロンの片眉がぴくっと上がる。
「…ほぉ、<ルナシー>ねぇ」
クーロンは、丸眼鏡の奥から、値踏みするように八重の全身を眺め回す。
「月に呪いを受けた人間か…。噂には聞いていたが、本物を見るのは初めてじゃな。しかし、八重といったな。お前が<ルナシー>であるという証拠はあるのか?」
「…在ったらどうするんだ?」
「そうじゃな…、今回だけは特別に本を貸してやっても良いぞ。お前が<ルナシー>なら、その本が必要な理由も分かる気がするからのう…」
「それは、どういう意味だ?」
しかし、クーロンはそれには答えず、黒い瞳で八重を見つめた。
「お前、証拠を見せるのか?見せんのか?」
「…」
無言で八重は握った拳に力を圧縮させた。紫色の光が拳を包む。
「<ルナ>」
どごおおおんという音と共に、拳を突き立てられた牢の床は、拳大の穴が開いた。
「…<ルナシー>の力、<ルナ>だ。それとも私が変身する姿を見たいか?」
「いや、これで結構」
クーロンはすうっと手を前に出した。
「約束通り、本を貸してやろう」