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2025/03/11 05:34 |
39.月の魔力/ニーツ(架月)
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PC  八重 ニーツ イートン
場所  メイルーン 市長邸地下牢
NPC ナスビ
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 人生の中で、何が最悪かと尋かれたら、答えに詰まるだろう。
 だが、ここ何年かで一番最悪な事は何か、と尋かれたら、迷わず答えるだろう。
-今、この時だと。
「あーあ…」
 イートンの、気のない溜め息が、耳を掠めた。
「これからどうしましょう?」
「さあな」
 頼りない彼の言葉に、素っ気ない答えを返す。メイルーン市長邸の地下牢に、今三人と一個はいた。
 ニーツは、唯一置いてある固いベッドに、イートンは床にそれぞれ座り、八重は壁に凭れて立っている。
「別に、此処から脱出して、市長を殺すなりして『ヴェルンの涙』を奪い、そのまま逃走しても良いが…どうする?」
 犯罪ものの提案をあっさり口にし、ニーツは八重へ視線だけ向けた。
 八重は、何かを考えるように、目を瞑っている。
「ううむ…」
「…何だ。市長の言った事を、気にしているのか」
 仕方のない奴だ、とでも言いたげに、ニーツが問い掛ける。
 この牢屋に連れられて、イートンは、八重に市長から聞いた話を全て話していた。
「『ヴェルンの涙』なら、ルナシーの呪いを、押さえられるかもしれん…」
 八重が目を開き、ゆっくりと言った。
「市長は、自分が殺人鬼になるのは…必ず、満月の夜だと言った。これは、私のルナシーと一緒ではないのか?だったら…」
「確かに…そう考えられなくもないですね」
「…」
 八重の言葉を耳に入れながら、ニーツはちらりと明かり取りの窓へ目を向ける。
 月が、見えた。
 半分ほど欠けている。
 これからどんどん欠けて無くなり、再び現れて-満月が巡り来る。
 満月の刻、この世の『魔』の力が最も強くなる、と言われている。
 ニーツは、身を以てそれを知っている。
 月は、魔を司るもの。
 低級の魔族、魔物達が、夜、暴れたり凶暴になるのも。
 八重や、あの市長が、満月になると変貌するのも。
 全て、月のちょっとした戯れ。
 そんな、月の力を、あのちっぽけな宝石が無力化することが出来るのだろうか?
「あの人間は、お前ほど、月から呪いを受けていない…」
 自問の答を、そのまま二人に聞かせるように、ニーツは呟いた。
「ルナシーの力を、あの宝石一つで押さえられるとは、到底思わない」
「しかし…!」
「とはいえ、全く効果がないとも思わないがな」
 叫びだしそうな八重を諫めるように、淡々とニーツは言葉を発する。
「少し落ち着け。八重。今此処でそんなことを考えていても、始まらないだろう?そんな事を考える余裕があれば、此処から脱出する方法を考えろ」
「ぬ…」
 一瞬、八重は何か言いたそうに口ごもったが、すぐに首を振って黙り込んだ。気を落ち着かせるようにアイボリー・グレイを一本取りだし、火を付ける。
「と、取りあえず、どうやって此処から出るか、ですね」
 黙り込んだ二人を取りなすように、イートンが慌てて話題を変えた。
「『ヴェルンの涙』を取り戻せば、きっと全てが分かりますよ」
『こんな壁などぶち壊して、外に出れば良いではないか』
 喋る木兎、なすびが叩いていた牢屋の格子を指しながら、振り返る。
 確かにそれが、一番簡単で、かつ迷惑な方法だ。
『ぐずぐずしていないで、さっさとやるが良かろう』
 ほら、ほらと、誰か―恐らく、一番破壊力があるニーツ―に向けて、催促の言葉を投げかける。
 しかしニーツも、八重も、動かなかった。
「…別に、取り戻すくらいなら、簡単なんだけどな…さっきも言ったと思うが。だが、良いのか?イートン」
「何がです?」
「…忘れているようだが、『ヴェルンの涙』を市長から引き離せば、この街の治安が、また乱れるのではないか?」
「あ…」
 キョトンとしていたイートンが、ニーツの言葉に、小さく声を上げた。その顔には「忘れてた」と書いてある。
 ヴェルンの涙を力ずくで取り戻す事自体は、恐らくそう難しい事ではないだろう。だが、市長と『ヴェルンの涙』を引き離せば、再び<月夜の野犬>が現れるという。そうすれば、危険なのは、この街だ。
「そうですよね…あの…あの人格が出てきたら…」
 イートンは、再び戦慄したように、肩を震わせた。よっぽど恐ろしいらしい。例え、いくら治安が悪くても、嫌な思い出しかなくても、此処は、イートンの故郷だ。危険にさらされるのは、なるべく避けたいのだろう。
「…そのまま『ヴェルンの涙』をもらって帰る、なんて状況じゃないんですよね」
「うむ…」
「特に八重さんは、市長の気持ち…」
「解るな。解りすぎるほどに」
 憮然と、八重が答える。
 そのまま、沈黙が落ちた。三人が三人とも、口を噤む。
 一個、『何を思い悩んでいるのだー』と叫んでいる木兎がいるが、誰も気にしなかった。
 そんな中、ニーツがふと、顔をあげた。
 市長の症状は、人格の分離。
 それに対して、何か昔、読んだことがある気がしたのだ。
 思い出す。
 あの暗い、図書館で、気まぐれに開いた本…
 そう、確か…
「…イートン」
「は、はい?」
 突然立ち上がったニーツに、イートンが吃驚した様な声を上げる。
 ニーツは、格子に近づき、それにそっと触れて振り返った。
「服を着替えたい。交渉できるか?」
 そう言って、ニーツは未だ着たままだったドレスの裾を摘んだ。
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2007/02/17 23:26 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon

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