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2025/04/22 03:12 |
第九話「狂気」/ヴォル(生物)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース・
NPC:フィミル、ゴリ男、ブレッザ・プリマヴェリーレ、屍使いツクヨミ
場所:マキーナのファーストフード店

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「危ない!」
 ツクヨミに背を向けたままのオプナを突き飛ばし、ヴォルペはツクヨミの顔
めがけて拳を突き上げる。
「おっとっと」
 ヴォルペの拳を軽くバックステップでかわしたツクヨミは不適な笑みを浮か
べていた。その右手には鈍く輝くナイフが握られている。
「なーんだ、バレバレだったのか。つまんない」
 くすくすと笑い。唇の端の血を拭うツクヨミの姿をヴォルペ以外は呆然と眺
めていた。オプナのナイフは確かにツクヨミの心臓を貫いていた。呪詛返しを
受け、生ける屍と化したツクヨミが笑っている。
「そんな、どうして」
「驚いた? 僕だって驚かされたんだからそのお返しだよ。痛かったんだから
ね。ふふ、さあ、これからが本番だよ」
「ギャウゥウウGUルアアアアアアアアアア」
 動きを止めていたゴリ男が叫び声と共に再び暴れ始める。ヴォルペは倒れた
ままのオプナの手を掴んで引っ張り上げる。
「くるよ!」
 ヴォルペの声にゴリ男が反応して飛び掛ってきた。ゴリ男の丸太の様な腕が
ふりかぶられる、この位置からだと避けられない。
「しまった! シオンさん、パス」
「きゃあ」
 ヴォルペはオプナをシオンに向かって投げると腕を交差させてゴリ男の攻撃
を防御する。ハンマー、などという生易しい例えでは到底あらわせない衝撃が
ヴォルペを襲う。
 ヴォルペの体は軽々と吹き飛ばされ、ガラスを突き破ってさらに向かいの建
物の中に突っ込んでいった。
「アルジェントさん!」
 シオンはオプナを抱えて、ヴォルペの名前を叫ぶ。だがもはや絶望的としか
言い様がないかもしれない。
「大丈夫だよ。彼はあの程度じゃ壊れないからさ。ほらほら、ぼけっとしてる
と挽肉になっちゃうよ」
 至極楽しそうにツクヨミはゴリ男をけしかけてくる。人の神経を逆撫でする
その言葉にその場にいた誰もがこのオレンジ頭に嫌悪感を抱かずにはいられな
かった。
「クロースさん私から離れないでくださいよ」
 オプナを降ろし、クロースの前に立ったシオンは鞘に収めたままの剣を構え
呪文を唱え始める。これ以上店を壊すのは忍びないが、手加減をして止められ
るとも思えない。
「風よ、悪しき呪縛に囚われし者に剣の裁きを!」
 太刀に纏わせた風をゴリ男に向かって解き放つ。風の斬撃が周囲の物を弾き
飛ばしながらゴリ男を襲う。
「Gyuアアアッ!」
 ゴリ男は風の刃に真っ向から突っ込んでくる。毛深い皮膚を切り裂き、骨ま
で達するが。ゴリ男は止まらない。
「閃光の糸よ!」
 シオンの後から呪文を唱えたフィミルの手から光の糸がゴリ男を絡め取る。
「くっ、私が動きを止めている間に」
「わかりました」
 構えを取り直し、シオンはツクヨミを睨みつける。シオンのその顔を見て、
ツクヨミは不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「へぇ、凄いねぇ。ふふ、手駒が減っちゃった。さて、どうしようかな」
 ツクヨミは笑みを浮かべたまま周囲を見渡して、逃げ遅れたウェイトレスを
見つけると狂気の笑みを更に濃くした。獲物を見つけた悪魔のように。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 どれぐらい意識を失っていたのか。気付いた時には腕の感覚はほとんど無か
った。ゴリ男の一撃で相当なダメージを受けたようだ。
「うっ」
『無茶しないの。直るにはまだしばらくかかるわよ』
 体を起こそうとするヴォルペをブレッザは軽く戒める。いくら骨格が魔力強
化材質に入れ替えられているとはいえ、変身してブレッザの力を引き出してこ
そ本当の力を発揮する。変身してない生身の状態は普通の人間とほとんど変わ
らない。
「でも、このままじゃ」
 ブレッザの忠告も聞かず、ヴォルペは体を起こし立ち上がった。脇腹に激痛
が走る。どうやら肋骨が折れたかヒビが入ったのだろう。後二時間もすれば直
るだろうが、そんな悠長に待っている場合ではない。
「ブレッザ、行くよ」
『無茶よ! その体で変身するなんて』
「それでも、助けなきゃ。くっ、このまま……、放ってはおけない。だってあ
いつは」
 ヴォルペは目を閉じ、変身のために集中を始める。普段ならすぐにでも可能
だが、怪我の痛みとブレッザの協力が得られないままだと上手くいかない。
「ブレッザ、頼むよ……」
 はにかむような笑顔を浮べるヴォルペの頭の中に、ブレッザのため息が聞こ
えた。呆れたような同意ではあったが、ヴォルペには非常に心強い。
「いくよ……」
 ブレッザの協力を得て、確実に体の中に力が満ちていく。腕と脇腹の傷が癒
え、腰にベルトが、右腕に九つの角を持つガントレットが現れる。
「変身!!」
 ガントレットとベルトから溢れた銀色の光がヴォルペの体を包み込む。光の
中でヴォルペの体が変質していく。銀色の体毛に覆われ、骨格が変化する。体
毛がスーツに変わり、流線型の鎧と仮面が装着される。
「うぉおおおおおおおおおお!」
 未だに残る痛みと満ちてくる力を吐き出すようにヴォルペは吠えた。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 なんのだろうか、ほんの数分前まではいつもと変わらない朝だったはずだ。
少し変わった団体客がいただけで、いつもと同じはずだった。
 それなのに、なぜ目の前には光の糸に捕らわれた怪物がいるのだろう? な
ぜオレンジ髪の青年はこちらを見て笑っているのだろう……。あの顔を見てい
ると体中から血の気が引いて行く。
「逃げて!」
 オプナが叫ぶが、ウェイトレはまったく動かない。
「ふふふ、逃がさないよ。ほら、キミもコレクションに加えてあげるから」
 ツクヨミはウェイトレスに手を差し出す。それは死への誘いだ。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 叫び声が響いた、力強く、雄々しい声が。その数瞬後、ツクヨミが飛んだ。
正確に言えば仮面の男、ヴォルペに殴り飛ばされたのだ。
「さあ、立って。走るんだ!」
 ヴォルペの声に、ウェイトレスは数回頷くと立って店の外へ走り出した。
「ふ、ふふふ。凄い、凄いじゃないか。おい、いつまでそんなちゃちな魔法に
引っかかってるんだよ」
 ツクヨミは唇の血を拭うと、ゴリ男を一括した。
「グゥルウウウUUUU」
 すでに人の言葉すら忘れてしまったのか、ゴリ男はモンスターのそれと同じ
ような唸り声を上げて光の糸を引き千切る。
「これ以上好きにはさせない!」
 ツクヨミに向かって叫ぶヴォルペ。変身してしまったからには組織の連中に
かぎつけられるのも時間の問題だ。
『わかってると思うけど、時間ないわよ』
「わかってるさ!」
 ヴォルペは拳を軽く払い、ゴリ男との間合いを詰める。
「ハッ!」
 ゴリ男の大振りな攻撃をかわし、素早く拳を打ち込む。怯んだところをすか
さず振り下ろされた腕を掴んで投げ飛ばす。
「こいつらはボクに任せて貴方達は逃げてください」
「貴方は?」
 ヴォルペの言葉に狐に摘まれた表情でシオンは問い返す。仮面をつけた男が
突然現れてこんなことを言い出せば当然だが。
「ボクはあいつを倒すために来ました。心配しないで」
 仮面の下で笑ってみせるが、シオン達にはわからない。見えたところで半獣
の笑顔など気味悪がられるだけだろうが。
「ですが」
「ふふ、いいじゃないか。錬金術で改造された者同士しかわからないこともあ
るんだよ」
 ツクヨミは楽しそうに、邪悪な笑みを浮かべる。彼が組織の追手だと今まで
気付かなかったのは心のどこかに油断があったのと、ツクヨミの体に強烈に染
み付いていた死臭のせいだ。
「ガァAAAAAAA!!!!」
『一気に決めなさい』
 起き上がったゴリ男を確認して頭の中でブレッザの檄が飛ぶ。
「ハァアア」
 右腕のガントレットに力を集中させる。力が集まるにつれ九つの角の一つが
強く銀色に光り始める。
「ギャグRUUUUUアアアアア」
 追い詰められた獣のように、ゴリ男が吠え猛りながら突っ込んでくる。
「タァアアア!」
 力を貯めた拳を突き出すようにゴリ男に放つ。ゴリ男の腹に拳が当たると、
角に蓄えられた力が一気に開放され、鋭い光の槍となってゴリ男を貫いた。
「ガッ!? ……ウウ、アァア」
 ゴリ男はがっくりと膝を折って力無く唸り。そのまま灰になって消えてしま
った。
「はははは、ホントに凄いねキミは。とても未調整とは思えないよ。やっぱり
君達は僕のコレクションにふさわしいよ」
 愉しくてしょうがないという感じでツクヨミは笑った。
「黙れ、ボク達は誰の物でもない!」
 ヴォルペは再びガントレットに力を集める。組織に捕まるつもりはない。無
論ツクヨミのコレクションなどに加わる気は毛ほども無い。ここで倒してしま
うだけだ。
「僕を倒すつもり? ははは、無理無理。僕はちゃんと調整も受けたし、なに
より君よりもずっと強いからね」
 ツクヨミの言葉を無視して、ヴォルペは拳を構える。力は十二分、ヴォルペ
は全力で床を蹴った。一気にツクヨミとの距離が縮まり、射程内に入る。
「無駄だって」
 打ち出されたヴォルペの拳を軽くかわしてツクヨミはヴォルペの脇腹に膝蹴
りを入れる。
「ッ!」
 バックステップでツクヨミから距離を取る。膝蹴りを受けた脇腹はゴリ男よ
りも重い一撃だった。
「だーからいったのにさ。じゃあ、コレクションに加わってもらうよ……く
っ!」
 呪文を唱え始めたツクヨミが急に頭を押さえ苦しみ始める。
「う、くう、はあはあ……。運がよかったね。今日はこれまでだ。じゃあね、
君達は必ずコレクションに加わってもらうよ」
 狂気の色を湛えた瞳でヴォルペ達を見渡して、ツクヨミは消えた。
「待て! うっ」
 それなりの怪我を休息に治し、さらに必殺技を使ってヴォルペの体も限界だ
った、これ変身状態でいるのは命に関わる。
『解くわよ……』
 ブレッザが静かに言ったが、気を失ったヴォルペからの返事は無かった。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「どういうつもりだ?」
 薄暗い部屋の中で重苦しい言葉が響いた。幾つかの蝋燭の炎が部屋の中にど
うにか光を侵入させようと揺らめいているが、その声で闇はさらに重くなる。
「どうもこうも。僕はアンタ達に協力はするけどさ、僕の趣味にアンタが口出
ししてほしくないな」
 ツクヨミはいつもと変わらない口調で声の主に言い返した。常人ならば押し
潰されそうな闇の中でツクヨミの瞳だけが輝きを失わず一箇所を睨みつけてい
た。
「アレは特別だ。お前の自由にしていい物ではない」
「はっ、特別ね。だったら首に鎖でもつけとけばよかったんだよ。う、があぁ
ああああああ!」
 肩をすくめて軽口を叩いたツクヨミを激しい頭痛が襲った。闇が支配した部
屋の中でツクヨミの悲鳴が響く。
「お前が望んだ力を与えたのは誰だ? 確かに自由意志は与えた。だが、それ
を勘違いしてもらっては困る」
 声が言い終わるとツクヨミの頭から痛みが消えた。まだ痛みの余韻が残る頭
を抱えてツクヨミは立ち上がって闇を睨みつける。
「今回はこれで許してやる。次に勝手な行動をすれば……、わかっているな」
「はぁ……はぁ……。わかったよ」
 それだけ言ってツクヨミは踵を返し、重苦しい真っ黒な扉を押し開けて外に
出た。部屋の中と違い通路には等間隔に松明が置かれ、オレンジ色の光が石造
りの通路を照らし出していた。淀んだ空気は変わらないが部屋の中よりは幾分
マシな雰囲気にツクヨミは封じ込めていた怒りを露にし始めた。
 憤りをくすぶらせるツクヨミに不運にも声をかける男がいた。白一色で統一
された服装を見ると研究員だろうか。
「ひひひ、とんだ災難だったね。でもま、じごうじときゅ」
 男の顔半分が吹き飛ぶ。ツクヨミのかざした手には異形の剣が握られてい
た。
「黙れよ。僕は虫の居所が悪いんだ。このまま消されたくなかったら消えろ」
「ひゃひゃひゃ。そうかい。じゃあ、消えるよ。次はしくじるなよォ。俺が消
える前にあんたが消えることになるぜ」
 そういい残し、顔が半分のまま白衣の男は去っていった。
「ちっ、……まあ、いいさ次は上手くやる。ふふふ、どうせ彼等はあの街から
当分動かないだろうしね。は、はははははは、はーはっはっはっはっは」

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2007/02/17 00:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十話「空家」 /シオン(ケン)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル、ブレッザ・プリマヴェリーレ
場所:マキーナ・謎の空家
―――――――――――――――――――――――――――――――――

倒れたまま動かないヴォルペにシオンがそっと手を触れる。もちろん、脈はある。た
だ心拍数が以上にまで高く、呼吸も荒かった。

「大丈夫なの?」

ヴォルペの身体を診ていたシオンに、クロースを連れて歩いてきたオプナが問う。ク
ロースも心配そうな顔で見ている。

「解りません…」

そう言いつつもシオンは何枚かの薬草を取り出すと、すり潰して塗り薬状にしてい
く。

「あんた、医者なの?」

「一応…ですけどね」

オプナの驚いた口調にシオンは意味深げな笑みを作り、ヴォルペの脇腹に薬を塗って
いく。

「あとは、どこか休める場所に運ばないと」

キョロキョロと辺りを見まわしたシオンは近くにあったいかにも空家と言った古めか
しい館を見つけ、ヴォルペを背負うと玄関まで歩いて行った。後にフィミルが続き、
肩をすくめながらもオプナも続き最後にクロースも後を追った。

「ゴメンください、何方かいらっしゃいませんか?」

返事は…ない。扉に手を掛けるとギィィと音を立てて開いた。鍵はかかっていないよ
うだ、隙間から見た内部は酷くあらされており、埃だらけで蜘蛛の巣まであった。衛
生的には悪環境だが、冷たい外気にさらすよりは随分とましだろう。人が住んでいる
気配はないが誰かの私有地と言う事も考えにくい、シオンは一度頭を垂れると内部へ
と入っていった。
シオンは全員が入ったことを確認すると足元に気をつけリビングまで進んで行く。そ
こに少しボロいがやわらかそうなソファーを発見すると、風を生みだし埃を払う。不
思議な事に、払われた埃は部屋に充満することなく風に誘われる様にして割れた窓ガ
ラスから外へ出ていった。シオンはヴォルペをソファーにそっと寝かせる。

「しかし、ボロいわね、いったい誰が住んでいたのかしらね」
「…いえ、過去形にするにはまだ早いかもしれませんよ」
「え、それって、どういう…」

きょとんとして問いかけるオプナに、シオンは笑顔で人差し指を立ててる。

「今、このあたりの空気を検索してみましたが、地下に微かですけど人の気配がしま
した」
「じゃあ、やっぱり人が住んでいるってこと?」
「さあ、でももしそうなら勝手に上がってしまった事をお詫びしないといけません
ね。あと、できれば一晩泊めてもらえないでしょうかね」

そう言って苦笑すると、シオンは地下へと続く階段へ向って歩き出した。

「待って、私も行くわ」

オプナが呼びとめ、シオンの後を追う。シオンは彼女に一度だけ笑みを向けると先に
階段を降りて行った。

「クロースは待ってなさい」

そう言い残すとオプナも後を追って階段に消えていった。


2007/02/17 00:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十一話「遭遇」/オプナ・クロース(葉月瞬)
PC:ヴォルペ、シオン、オプナ、クロース
NPC:フィミル、空き家の若き主ベリドット=シュナイツの幽霊と使用人の
幽霊
場所:マキーナ/幽霊屋敷
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 静かな軋み音が階段を滑り降りていく。
 シオンが先頭に立ち、オプナは後に続く。クロースは部屋に残され、濡れた
布を無造作にヴォルペの額にひたひたとあてがっている。フィミルは只静か
に、心配げな視線をヴォルペに向けている。
 静かに時は過ぎようとしていた。シオンがその扉を開けるまでは。
 その扉は静かに立ち塞がっていた。まるで、地下室への侵入を拒むかのよう
に。只の木板で出来た、脆く儚い扉ではあるが外からの光が届かない地下室の
扉の事、暗くてじめじめした印象を受ける。だからなのか、重い空気が其処に
は漂っていた。

「シオン君、ここに……?」
「ええ。確かにここに居ると、風が……」
「風……? こんな、空気が澱んでいる所に?」
「僅かですが、空気の流れのようなものを感じます。私は少しでも空気の流れ
があれば、それを感知することが出来るのです」

 「ふうん興味深い話だわ」とオプナが覗き込んだシオンの顔は、少しばかり
陰りがある笑顔だった。自身の能力を余り良くは思っていないような。そんな
感じを、オプナは敏感に感じ取っていた。
 シオンは、腐りかけて比較的軽くなっている扉に片手をかけた。ノブを回し
たわけでも無いのに、少し力を入れただけで開いてしまった。蝶番が錆びてい
るのか、身も凍る嫌な軋み音を響かせて扉はゆっくりと開いていく。

「な、中に居る人に、気付かれちゃったかしら?」

 恐怖のためか、声が裏返るオプナ。対してシオンは、平然と答えて言った。

「気付かれたって平気ですよ。私達は話し合いに来たのであって、戦いに来た
わけではありませんからね」
「でも、もし……」

 其処から先の言葉は、オプナには続ける事は出来なかった。シオンの奥を見
詰める横顔が、真剣そのものだったからだ。余談を許さない、といった風体
だ。その気迫に飲まれ、オプナは押し黙ったのだった。

 薄暗い地下室へ明かりも持たずに入る二人。オプナは透かさず、明かり[ライ
ト]の魔法を唱える。途端にオプナの掌の上に光が収束し、燐光を放った。それ
は周囲を照らす柔らかい光となる。オプナはその光の球を頭上に放ると、シオ
ンに対して先へ進むよう視線だけで促す。
 明かりを得て心強くなったのか、シオンは確かな足取りで地下室の奥へと一
歩を踏み出した。或いは、最初から危険など感じていなかったのかもしれな
い。シオンの足取りにはおくびれた様子も無く、一歩一歩踏み締めるように奥
へと進んでいく。オプナも慌てて後を追う。ライトは彼等の頭上、天井付近を
漂いながらも足元付近を照らすように付いてくる。

 二人が歩き出して程無く、声にぶつかった。

『…………誰?』

 一人のものではない。複数の声達。しかし、気配は人のそれではなかった。

『誰なの……?』

 怯えているような子供の声。人ではない、人ではないが、嘗[かつ]て人であ
った者達。

「ゆ、幽霊……!?」

 オプナが思わず声に出して怯むと、闇の奥に潜む者達の怯えが一段と強まっ
た。まるで生者を恐れて避けてでもいるかの如く。彼等は無言の内に後退す
る。

「安心して下さい。私達は、あなた方の敵ではありません。ここを……この館
の一室をお借りしたいと思いまして、話し合いに来たのです」

 シオンはオプナを遮るように一歩前に出ると、殊更に暗い一隅に向かって静
かに宥めた。彼らの針山のような神経を静めるための、柔らかい物言いだっ
た。その言葉に触発されたのか、はたまた何も危害を加える意思が感じ取れな
いとやっと理解してくれたのか、暗闇に蠢く者達はその警戒の色を解いた。

『私は、この館の主のベリドットと申します。ベリドット=シュナイツ。どう
ぞ、何なりとこの館をお使いください。……私達にはもう、使いたくても使え
ないものですから』

 礼儀正しく一歩前に進んで自己紹介したのは、うら若き青年だった。まだあ
どけなさの残る顔が、ライトの明かりに照らされて青白く見える。まるで、死
人の如く。今は色褪せてしまった髪の毛も、生前は見事な金髪だったのだろう
と窺える。品位が垣間見える顔立ちも、身なりの良い服装も、全てにおいて透
けて向こう側が見えている。ライトの光に照らされても、その存在が薄まるこ
とは無い。

「貴方達、幽霊……よね? 死んで霊体になったの? それとも……生霊?」

 オプナは興味深げに、ベリドットと名乗った身なりの良い若者に質した。す
ると、ベリドットは後ろに居るであろう他の幽霊達に目配せをすると、唐突に
話し出した。まるで、聞いてもらえて嬉しいとでも言いたげに。

『私達をこの様な姿にしたのは、全て、あの絵本のせいなのです。あの男が来
てから、全て狂ってしまったのです』

 哀しげに目を伏せるベリドット。
 霊体になってからは、昼日中に表に出る事は出来ず、昼間はずっと地下室の
暗闇に潜んでいなければならないという。日光自体に触れると姿が薄れてきて
存在自体が危ぶまれるのだそうだ。ライトの魔法の光だけは別なのだろう。今
こうして面と向かって話していても、彼の姿が薄れることは無い。

   ◆◇◆

 ベリドットが泣く泣く話した内容は、要約するとこうだ。
 ある日、一人の男がこの館にやってきた。その男はみすぼらしい身なりをし
ていて、一目見て乞食だと判別出来るほどボロボロの衣服を身に纏っていた。
フードを目深に被っていて表情こそ見えなかったが、ベリドットや使用人達は
一目見てその男が物乞いの乞食だと判断したのだった。男は応対した使用人に
言った。「自分に食べ物と水を分けて欲しい」と。使用人はベリドットに掛け
合って、食べ物と水を男に分け与えた。というのも、ベリドットもその使用人
も貧相な男に、大層心を痛めたからである。男はえらく感激して、「自分は何
も持っておらず、何もお返しが出来ないけれども、この“絵本”だけは肌身離
さず持って来た大切なものだ。命を助けてくれたお礼に、この“絵本”を貴方
に渡したい。どうか受け取ってくれ」と言った。ベリドットは「そんな物が欲
しいために、貴方を助けたのではありません。そんなに大切なものを戴く訳に
はいきません。どうかお納め下さい」と言って丁重に断った。が、男は尚も自
分の命と引き換えにと“絵本”を渡す事を諦めなかった。ベリドットは、それ
程言うのならば、と終には承諾してしまったのだった。
 使用人の失踪事件。
 その事件が起こり出したのは、“絵本”を受け取った翌日からだった。しか
も、失踪事件が起こると同時に、幽霊を見たとの噂話まで流れたのだ。ベリド
ットはいぶかしんで、マキーナの自警団に調査を依頼した。程無くして、原因
があの、男から貰った“絵本”にある事が判明した。
 しかし、原因が判明した時にはもう、ベリドットは魂と肉体を分離された後
だったのだった――。

   ◆◇◆

『もう、お解かりでしょう。その“絵本”には、人の魂を肉体から分離してし
まう力が宿っていたのです』

2007/02/17 00:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十二話「絵本」/ヴォル(生物)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ ツクヨミ 幽霊さん達
場所:マキーナ幽霊屋敷

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 どれぐらい気を失っていたのか、変身はとっくに解けている。寝たふりを続けてい
るヴォルペの額に濡れたハンカチが乗せられる。誰かが介抱してくれいるのだろう。
(まいったなぁ)
 目を閉じたまま心の中でそう呟く。色々な意味を含んだ「まいった」にブレッザが
大きなため息をつく。
『そう思うならさっさと起きなさい。いつまでもタヌキ寝入りしてたら逃げることも
できないでしょ。だいたい私は言ったはずよ、関わるなって』
(そうだけどさぁ……)
 うー、と心の中だけで唸る。ブレッザの言うようにここまで関わらなければ変身し
た姿を晒すこともなかったし、こんな無様な格好をする必要もなかった。言うなれば
全て自業自得だ。
『今更あれこれいってもしょうがいないわ。まあ、彼等は貴方の事を、少なくとも恐
がってはいないと思うわ』
(そう、かな?)
『そうよ。気付いてると思うけど彼等、あのオプナって魔術師以外は人間じゃないも
の』
「うそ、ホントに!?」
「!」
 突然、大声を上げて跳ね起きたヴォルペに驚いて、フィミルは手に持っていたコッ
プを落としてしまう。クロースは宝石なような瞳をヴォルペに向けた。
「あ、えっと。ごめん」
『はぁ……気付いてなかったのね』
 ブレッザのため息を聞きながら、ヴォルペはとりあえず苦笑いを浮かべるしかなか
った。
「よかった。気がついたんですね」
 フィミルが心底安心したように安堵のため息をつく。その様子を見てヴォルペの中
で罪悪感という痛みが生まれる。
「あ、ごめん。心配かけちゃったみたいで」
 そう言って、寝かされていたソファーから立ち上がる。多少気だるい感じがするが
無茶して変身したせいだろう。しばらくは変身できないが普通に動く分には支障はな
い。
「まだ動かないほうが」
 フィミルが心配そうに言うが、ヴォルペは自嘲気味に笑って首を横に振った。
「ううん。もう大丈夫だから。ありがとう」
「そう、ですか」
 納得がいかないという表情のフィミルだったが、とりあえずヴォルペ自身の大丈夫
という言葉を信じることにした。
「あれ? そういえばシオンさんとオプナさんは?」
「あ、このお屋敷の人がいないか探しに行きました」
「ここの?」
 ヴォルペの問いにクロースが無言で頷く。
(おかしいな、人の気配なんてしないんだけど。ブレッザ)
『少しは自分で嗅ぎ分けなさい。ま、人はいないわ。人間じゃないのは大勢いるみた
いだけど』
「人間じゃないの?」
「え?」
 ヴォルペの呟きにフィミルが不思議そうな視線を投げかけてくる。
「ああ、いや。なんでもないよ。それよりボク達も行ってみよう」
 はは、と、苦笑して誤魔化したヴォルペはオプナ達がいるであろう地下へと向か
う。その後をフィミルが続く。
「あれ、クロースちゃんは行かないの?」
「ここで待ってるように、言われたから」
 クロースの言葉で、オプナが言った事を思い出す。そんな言いつけを律儀に守るほ
どクロースにとってオプナは絶対なのだろうか? ふとそんなことを思う。
「まあ、ヴォルさんも気がついたことだし、大丈夫だよ」
 そう言って、フィミルはクロースの手を強引に引っ張ってヴォルペの後を追った。
(ねぇ、ブレッザ。さっきの人間じゃないのって、具体的になに?)
『幽霊とか、そんな類だと思うわ』
(はっきりしないね)
『よく言うわ。生きてる臭いすら嗅ぎ分けられないくせに』
(しょうがないよ。まだ慣れてないし)
『はいはい、じゃあ、早く慣れなさい』
(むー)
 そこで、二の句を継げなくなった。実際ブレッザの言っていることは正しい。身を
守るためにも使える能力は早く使いこなせるようにならなければ。
「なんか……、いかにもって感じですね」
 フィミルがキョロキョロしながら言う。別に怖がっているわけではないのだろう
が、言ってみたい言葉というのは誰しもが持っている。そんなところだろう。
 耳障りな音をたてて軋む階段を下りる。薄暗く、注意しないと足を踏み外しそう
だ。ヴォルペは夜目――という表現は適切ではないかもしれないが――が効くから大
丈夫だが、ついてくる後ろの二人はどうなのだろう? 人じゃない、そうブレッザは
言った。たぶん間違いないだろうが、後ろの二人の女の子は暗視能力なんてあるのだ
ろうか。
 小さく首を振って、無駄な考えを放り出すと、ヴォルペは二つ、三つ小さな青白い
火球を出現させる。狐火とか鬼火とか言われる火の玉だ。
「暗いから、足元気をつけて」
 首から上だけで振り向いてフィミルとクロースに注意を促すとヴォルペは階段をゆ
っくりと下りて行く。
 下りきって数歩進んだ場所で扉に行き着いた。奥から話し声が聞こえる。他人より
も耳のいいヴォルペにはそれらの声がオプナとシオンであることがはっきりとわか
る。
「他に誰かいるみたい」
 そう言ってドアノブに手をかけようとした時、錆びた蝶番の軋んだ音と共にひとり
でにドアが開いた。
「ヴォル君、もういいの?」
「はい、ご心配おかけしました」
 驚いた様子のオプナに軽く頭を下げると、シオンの後にいる存在に目を向ける。魔
法の明かりと、狐火の灯火に照らされてなお、酷く輪郭が曖昧で、その姿を透かして
背後の風景が見て取れた。
「幽、霊?」
 フィミルが困惑した声を上げる。一般的に言われる幽霊とは異質の雰囲気がその存
在から感じ取れたからだろう。
「初めまして、シオンさんとオプナさんには自己紹介を済ませましたが、私この館の
主、あ、いやもう元主ですね、ベリドット=シュナイツと申します」
 やうやうしく頭を下げたベリドットの後方にはさらに多くの気配がある。彼と同じ
境遇の者がまだいるのだろう。
「貴方達は、その、普通の幽霊とは少し違う感じがするんですが」
 ヴォルペは率直に感じたことを尋ねた。興味本位というのもあるが、ベリドットか
ら感じられる悲しみが気にかかったのだ。
「それは……」
 ベリドットは沈んだ面持ちでオプナとシオンに語ったのと同じことを話した。語り
終え、沈黙が横たわる。
「酷い……」
 フィミルがようやくといった様子で口を開いた。他の面々も同じ気持ちだろう。恩
を仇で返す、まさにそうとしか表しようがなかった。
(ブレッザ、なにか知ってる?)
『実物を見ないとなんとも言えないけど。可能性が一番高いのはグリオベルガの絵本
ね』
「グリオベルガ」
「ご存知なのですか!」
 ブレッザの言葉を反芻したヴォルペにベリドットがつめよる。どうやらブレッザの
予想は大当たりだったようだ。
「え? あ。いや、その」
『グリオベルガ、人の魂を食うくせに人に憧れた魔獣で、憧れるあまり自分の魂を人
に移す法を生み出した変わり者よ。洋服のように人の体を着替えるの。絵本は体の保
管場所よ。絵本に体を封じて魂を食う、そいつにしてみれば一石二鳥だったってわけ
ね』
 ヴォルペはブレッザの言葉をそのまま口に出して伝えた。話し終えたヴォルペにオ
プナが考え込む姿勢のままで尋ねた。
「でも、グリオベルガって確かかなり昔に退治されてたって、なにかで読んだけど」
『たぶん誰かが絵本を手に入れたのね。対処法さえ知ってれば絵本に取り込まれる心
配はないから。その乞食っていうのは利用されてたか、そいつが悪用してるか』
 何のために、という疑問がヴォルペの中で生まれたが、それを聞く前にシオンが口
を開いた。
「グリオベルガが生きていた、というのはないですか?」
『それはありえないわ。もしこれがグリオベルガの仕業なら魂は残らずあいつの腹の
中だもの』
「誰の仕業にせよ。その絵本、見てみたいわね。保管場所というなら取り出すことも
可能なんでしょ?」
「でも、大丈夫でしょうか、危険な物なんですよね?」
 オプナの言葉にフィミルが少し怯えたように言う。
『大丈夫よ。人間にしか反応しないし、それに人間だって直接触れないと取り込まれ
ないわ』
 何度目かのブレッザの言葉を代弁したヴォルペにオプナが疑惑の視線を投げかけ
る。
「でも、ヴォル君物知りね。私だってそんなに詳しくは知らないのに」
「それに、時々女の人みたいな喋り方しますよね?」
「あ、えーと。あ、あはははは」
 とりあえず笑って誤魔化してみる。ブレッザが頭の中でため息と一緒に馬鹿と呟い
たのが聞こえた。
「まあ、なんにしてもシュナイツさん達を助けられる可能性はあるなら、その絵本を
探してみましょう」
 シオンの提案に一同が頷く。だが、ヴォルペの脳裏にはどうしても拭いきれない不
安があった。誰が、何の目的で絵本を使ったのか。
「それで、その絵本はどこにあるの?」
「私の私室にあるはずです。二階の一番奥の部屋です」
「わかりました。じゃあ、私達はシュナイツさんの部屋に行ってきます、上手くいけ
ば皆さん助かりますよ」
 必ず助けると言わなかったのは助けられなかった時のことを考えてのシオンの思い
やりだろう。それでもベリドット達は静かな笑みを湛えてヴォルペ達を見送った。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 二階も、一階や地下と同じく沈鬱とした雰囲気だった。生き物の気配は感じられ
ず、ただ埃と淀んだ空気だけが横たわっていた。
「ここね」
 ベリドットの私室の扉の前でオプナがそう呟いた。やはり家主部屋だけあって他の
扉よりも造りが豪華だ。オプナはドアノブを回し扉を開ける。その風圧で埃が舞い、
締め切られたカーテンの隙間からこぼれた少ない日の光を遮る。
「ところで」
 部屋に足を踏み入れたところでフィミルがヴォルペの方を向いて口を開いた。
「どうすれば絵本の中にいる人を助けられるんですか?」
「それは……」
 フィミルの質問にヴォルペは口ごもった。ここまでの間にブレッザから方法は聞い
た。だが、それを口にするには多少ならず抵抗があった。
「知ってる、のよね?」
 オプナが聞いた。気付けば全員がヴォルペに注目している。目を伏せるとベリドッ
ト達の顔がありありと浮んでくる。迷っている時ではない、どうせ正体は半分晒して
しまったのだ。ヴォルペは意を決して口を開いた。
「それは」
「人間じゃない者が中から引っ張り出せばいいのさ」
 不意に部屋の奥から声が響いた。聞き覚えのある声だ。できれば二度と聞きたくは
なかったが。
「ツクヨミ……」
 シオンが低く唸るように埃の舞う部屋の中にたたずむ人影を睨んだ。
「ここで何をしているの!」
 クロースを庇う格好でオプナが杖を構える。ピンとした緊張感が部屋全体を支配す
る。ツクヨミは肩をすくめて首を振った。その手には何かしらの本を掴んでいた。
「いやいや、さっきおイタが過ぎるってお仕置きを受けたばかりでさ、今君達とやり
やう気はないんだよ。ただのお使いさ、お使い」
「なんだと?」
「いやさ、クライアントに頼まれてさ。絵本をね」
 そう言って手に持った本の表紙をヴォルペ達に向けた。相変わらず人の神経を逆撫
でするような笑みを浮かべて。
「グリオ……ベルガ!」
 表紙の文字を読み取ってヴォルペは叫んだ。
「ははは、地下の亡霊どもに頼まれたのかい? ご苦労だね。でも抜け殻の体でも必
要としてる御仁がいるんでね。またお仕置きされるのも嫌だし、僕はそろそろお暇す
るよ。追ってくるのは勝手だよ、まあ、無理だろうけど。あっははははは」
 冷たい高笑いを上げて、ツクヨミの体は空に溶け込むように消えた。


2007/02/17 00:52 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十三話「孤立」/シオン(ケン)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ 屍使い・ツクヨミ アマツ
場所:マキーナ幽霊屋敷→移動空間

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「逃がしません、ツクヨミ!」

シオンは咄嗟にツクヨミの消えた空間を手刀で薙いだ。その刹那、まるで布を切り裂いたかのように空間に穴があく。

「シオン君!?」
「危険ですから、ここで待っていてください。かならず取り戻しますから」

そう言うとシオンは、返事も聞かずに空間の裂け目に飛びこんだ。


* * * * * * * * * *


奇妙な浮遊感。周囲360°を不愉快な色彩で彩られた空間で二人の生物が対峙している。

一人はこの空間にはまったく似つかわしくない、女性ともとれる美しい容貌をした白髪の青年。
一人はこの空間にこれ以上ないくらいにマッチした、狂喜の笑みを浮かべるオレンジ色の髪の青年。

「やっぱり追って来たね。シオン…君はどうして赤の他人のタメにそこまでするのかなぁ?君は風使いだから知ってると思うけど、空間を切り開いて割りこんでくるってのは自殺行為だよ?空間の歪みにズタズタに引き裂かれてね、普通の人間ならまず助からないよ?」

口元を歪めるツクヨミ。それに対してシオンは目を細める。

「だから、ですよ。皆さんを危険な目にあわせるわけにはいきませんからね」

シオンの答えにツクヨミは不気味に高笑いする。狂ったかのような笑い声が不愉快な空間に響き渡り木霊した。ひとしきり笑った後、ツクヨミは額を押さえて俯く。

「…シオン、僕は昔から君が大っ嫌いだったよ」

顔を上げたツクヨミからもの凄い殺気が溢れ出してきた。狂気と殺気の入り混じった瞳がシオンを見つめる。シオンはそれを悲しげな瞳で受け、口を開く。

「……やはり…そうですか。最初あなたを見たときから気にはなっていたのですけど、今の言葉で確信しましたよ」

そこでいったん言葉を切り、ツクヨミを見つめる。ツクヨミもシオンを見つめた。

「私の中には千年大蛇の血が流れています。私を生み出した研究所が千年大蛇の力を利用しようとしたからです」
「………」
「後になって解った事ですけど、そういった研究所は、私の所を除いて他に3つあったそうです…」
「………」
「その一つが、ツクヨミ研…」

そこまで言った瞬間、超高熱の火炎弾がシオンに向けて放たれていた。とっさに風で作ったバリアで防いだものの、この不愉快な空間では風の集まりが悪いのか完全に防ぐ事が出来ず、右腕に火が燃え移った。右腕に巻いていた白い布が一瞬で燃えつき、露わになった右腕も軽い火傷を負ったいた。
しかしそれよりも目を引くのは右手の甲から二の腕にかけての痛々しい裂傷だった。まるで内側から力が加えられ、それに耐えきれず裂けたかのような…通常では有り得ない傷…シオンはとっさに右腕を左手で包みこんだ。

「…そうさ、僕も千年大蛇の実験台にされたサイボーグさ!僕の、この体には、千年大蛇の…オロチの肉が使われているんだよ!」

ツクヨミが絶叫する。狂喜の笑顔には涙が流れていた。

「凄い力だよ!?手加減しなかったら撫でるだけで鉄板がへこむんだよ?鉄砲の弾丸だって通さないし…笑っちゃうだろ!?見た感じはただのひ弱な人間さ、それが本性は化物だ!!アーハッハッハッハーーー!!!」

壊れたかのように笑いつづけるツクヨミを、シオンは悲しげな瞳で見つめていた。負った火傷はほぼ完治したといえるくらいに再生していた。今、奇襲をかければ不意をつかれたツクヨミは避ける事は出来ないだろう。その隙にグリオベルガを奪い、空間を切り裂いて脱出する。
しかし、シオンはそれが出来なかった。

「知ってる?オロチの研究をしていた研究所は皆同時にテロリストの襲撃を受けて壊滅したんだ。偶然にしては出来すぎてるだろ?…ソフィニアの政府が危険性を感じて処分しようとしたんだ。自分達が命じたくせに…本当、勝手だよねぇ?」
「それは知っています。しかしどの研究所からも実験中のサイボーグは回収されなかったらしいです。死体すら、発見できなかったらしいです」

シオンの答えに、ツクヨミは意外な顔をする。

「へぇ、よく知ってるね。トリプルSクラスの超極秘事項だよ?」
「自分で調べたんです。あらゆる手を使って…」

シオンの顔に影が落ちる。あまり思い出したくない記憶らしい。

「ふふ、じゃあツクヨミ研究所の真実を教えてあげよう。テロリストの襲撃があった時、研究所の奴等は我先にと逃げ出したんだ。僕の拘束が不完全だったにもかかわらずね」

ツクヨミが頬を吊り上げて不気味な笑みを浮かべる。

「みんな、僕が殺したんだよ。テロリストも、研究員も…みんなね。叩き潰し、引き千切り、焼き殺して…ね」

再びツクヨミが高笑いする。これ以上ないくらいに、笑顔で…

「なぜ、そんなことを…」

悲痛な顔を浮かべるシオンを、殺気を露わにしてツクヨミが睨む。

「…君のせいだろ?シオン…いや、サリュー…僕はいつも君と比べられていたよ。君が一番オロチの力を引き出せる可能性が高かったからね。所詮僕は頑丈なだけのサイボーグさ、オロチの筋肉を使っていてもね。4体の実験体の落ちこぼれだった僕には、君の様に臓器まで再生できる力なんて無かった。来る日も来る日も、研究員のヤツアタリの対象になっていたよ」

そこで一息ついて、ツクヨミは今までとは違う種類の笑みを浮かべた。

「ああ、心配しないで、今は君のこと大好きだから。こんなに美しいとは思わなかったからね」

再び狂喜の笑みを浮かべる。

「だから僕のコレクションになっちゃいな」

ツクヨミがグリオベルガを持っていない方の手を真横に突き出す。するとそこの空間がひび割れ、そして真っ黒な穴が開いた。ツクヨミが手を戻すと、そこから黒い髪の少年が出てきた。拘束具にも似たラバースーツのようなものを着ており、顔には黒い仮面をつけている。
その少年を見て、シオンは絶句した。

「気がついたかい。これ、僕達の兄弟だよ。なかなか可愛い顔をしていたからコレクションに加えてあげたんだ~♪さあ、アマツちゃん、お兄ちゃんに挨拶をしよう」

アマツと呼ばれた少年はこくりと頷くと、一瞬でシオンとの間合いを詰めて来た。

「!?」

不意を突かれたものの、繰り出された正拳をなんとかガードしたシオン。が、しかし、ガードした腕に激痛が走る。いつのまにかアマツの手に鋭い刃の仕込まれたナックルが握られていたのだ。
続けて繰り出された拳打を何とか回避し、間合いをとるシオン。そんなシオンを見てツクヨミが自慢げに説明する。

「アマツをなめちゃいけないよ。体は小さくてもサイボーグ、まともにヒットすれば君でもあばら骨が折れるよ?おまけに…」

間合いを取ったはずのシオンの鳩尾に、アマツの拳がめり込む。

「千年大蛇の骨が使われているアマツの動きは予測不可能。しかも伸縮自在の手足に間合いなんてない」

血を吐いてうずくまるシオンをアマツが静かに見下ろす。

「おやおや、もう終りかい?アマツにはまだまだ能力が沢山あるのに、残念だなぁ。アマツ、とどめ刺しちゃいなよ、ああ、解ってるとは思うけど顔はダメだよ?」

頷き、拳を硬く握ってうずくまるシオンヘを叩き落すアマツ。間一髪、シオンは身を捻ってそれをかわした。

「へぇ、頑張るねぇ、シオン。でも僕は知ってるんだよ?君の弱点をね」

ツクヨミの言葉が終るとほぼ同時に、シオンの体に変化が起きた。身構えようにもまったく力が入らないのだ。

「実はアマツのナックルには神経毒が塗られていてね。君、再生能力は高いらしいけど、毒や麻痺といったモノにはめっぽう弱いんだってねぇ」

息も絶え絶えにツクヨミを見上げるシオン。その顔は汗に濡れ、余裕がまったく無かった。

「うぅ~ん、良い表情だねぇ、シオン。もっとよがって楽しませてよ」

アマツがゆっくりとシオンに近づく。それはさながら死神の足音のようだった。


2007/02/17 00:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達

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