PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース・
NPC:フィミル、ゴリ男、ブレッザ・プリマヴェリーレ、屍使いツクヨミ
場所:マキーナのファーストフード店
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「危ない!」
ツクヨミに背を向けたままのオプナを突き飛ばし、ヴォルペはツクヨミの顔
めがけて拳を突き上げる。
「おっとっと」
ヴォルペの拳を軽くバックステップでかわしたツクヨミは不適な笑みを浮か
べていた。その右手には鈍く輝くナイフが握られている。
「なーんだ、バレバレだったのか。つまんない」
くすくすと笑い。唇の端の血を拭うツクヨミの姿をヴォルペ以外は呆然と眺
めていた。オプナのナイフは確かにツクヨミの心臓を貫いていた。呪詛返しを
受け、生ける屍と化したツクヨミが笑っている。
「そんな、どうして」
「驚いた? 僕だって驚かされたんだからそのお返しだよ。痛かったんだから
ね。ふふ、さあ、これからが本番だよ」
「ギャウゥウウGUルアアアアアアアアアア」
動きを止めていたゴリ男が叫び声と共に再び暴れ始める。ヴォルペは倒れた
ままのオプナの手を掴んで引っ張り上げる。
「くるよ!」
ヴォルペの声にゴリ男が反応して飛び掛ってきた。ゴリ男の丸太の様な腕が
ふりかぶられる、この位置からだと避けられない。
「しまった! シオンさん、パス」
「きゃあ」
ヴォルペはオプナをシオンに向かって投げると腕を交差させてゴリ男の攻撃
を防御する。ハンマー、などという生易しい例えでは到底あらわせない衝撃が
ヴォルペを襲う。
ヴォルペの体は軽々と吹き飛ばされ、ガラスを突き破ってさらに向かいの建
物の中に突っ込んでいった。
「アルジェントさん!」
シオンはオプナを抱えて、ヴォルペの名前を叫ぶ。だがもはや絶望的としか
言い様がないかもしれない。
「大丈夫だよ。彼はあの程度じゃ壊れないからさ。ほらほら、ぼけっとしてる
と挽肉になっちゃうよ」
至極楽しそうにツクヨミはゴリ男をけしかけてくる。人の神経を逆撫でする
その言葉にその場にいた誰もがこのオレンジ頭に嫌悪感を抱かずにはいられな
かった。
「クロースさん私から離れないでくださいよ」
オプナを降ろし、クロースの前に立ったシオンは鞘に収めたままの剣を構え
呪文を唱え始める。これ以上店を壊すのは忍びないが、手加減をして止められ
るとも思えない。
「風よ、悪しき呪縛に囚われし者に剣の裁きを!」
太刀に纏わせた風をゴリ男に向かって解き放つ。風の斬撃が周囲の物を弾き
飛ばしながらゴリ男を襲う。
「Gyuアアアッ!」
ゴリ男は風の刃に真っ向から突っ込んでくる。毛深い皮膚を切り裂き、骨ま
で達するが。ゴリ男は止まらない。
「閃光の糸よ!」
シオンの後から呪文を唱えたフィミルの手から光の糸がゴリ男を絡め取る。
「くっ、私が動きを止めている間に」
「わかりました」
構えを取り直し、シオンはツクヨミを睨みつける。シオンのその顔を見て、
ツクヨミは不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「へぇ、凄いねぇ。ふふ、手駒が減っちゃった。さて、どうしようかな」
ツクヨミは笑みを浮かべたまま周囲を見渡して、逃げ遅れたウェイトレスを
見つけると狂気の笑みを更に濃くした。獲物を見つけた悪魔のように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれぐらい意識を失っていたのか。気付いた時には腕の感覚はほとんど無か
った。ゴリ男の一撃で相当なダメージを受けたようだ。
「うっ」
『無茶しないの。直るにはまだしばらくかかるわよ』
体を起こそうとするヴォルペをブレッザは軽く戒める。いくら骨格が魔力強
化材質に入れ替えられているとはいえ、変身してブレッザの力を引き出してこ
そ本当の力を発揮する。変身してない生身の状態は普通の人間とほとんど変わ
らない。
「でも、このままじゃ」
ブレッザの忠告も聞かず、ヴォルペは体を起こし立ち上がった。脇腹に激痛
が走る。どうやら肋骨が折れたかヒビが入ったのだろう。後二時間もすれば直
るだろうが、そんな悠長に待っている場合ではない。
「ブレッザ、行くよ」
『無茶よ! その体で変身するなんて』
「それでも、助けなきゃ。くっ、このまま……、放ってはおけない。だってあ
いつは」
ヴォルペは目を閉じ、変身のために集中を始める。普段ならすぐにでも可能
だが、怪我の痛みとブレッザの協力が得られないままだと上手くいかない。
「ブレッザ、頼むよ……」
はにかむような笑顔を浮べるヴォルペの頭の中に、ブレッザのため息が聞こ
えた。呆れたような同意ではあったが、ヴォルペには非常に心強い。
「いくよ……」
ブレッザの協力を得て、確実に体の中に力が満ちていく。腕と脇腹の傷が癒
え、腰にベルトが、右腕に九つの角を持つガントレットが現れる。
「変身!!」
ガントレットとベルトから溢れた銀色の光がヴォルペの体を包み込む。光の
中でヴォルペの体が変質していく。銀色の体毛に覆われ、骨格が変化する。体
毛がスーツに変わり、流線型の鎧と仮面が装着される。
「うぉおおおおおおおおおお!」
未だに残る痛みと満ちてくる力を吐き出すようにヴォルペは吠えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんのだろうか、ほんの数分前まではいつもと変わらない朝だったはずだ。
少し変わった団体客がいただけで、いつもと同じはずだった。
それなのに、なぜ目の前には光の糸に捕らわれた怪物がいるのだろう? な
ぜオレンジ髪の青年はこちらを見て笑っているのだろう……。あの顔を見てい
ると体中から血の気が引いて行く。
「逃げて!」
オプナが叫ぶが、ウェイトレはまったく動かない。
「ふふふ、逃がさないよ。ほら、キミもコレクションに加えてあげるから」
ツクヨミはウェイトレスに手を差し出す。それは死への誘いだ。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫び声が響いた、力強く、雄々しい声が。その数瞬後、ツクヨミが飛んだ。
正確に言えば仮面の男、ヴォルペに殴り飛ばされたのだ。
「さあ、立って。走るんだ!」
ヴォルペの声に、ウェイトレスは数回頷くと立って店の外へ走り出した。
「ふ、ふふふ。凄い、凄いじゃないか。おい、いつまでそんなちゃちな魔法に
引っかかってるんだよ」
ツクヨミは唇の血を拭うと、ゴリ男を一括した。
「グゥルウウウUUUU」
すでに人の言葉すら忘れてしまったのか、ゴリ男はモンスターのそれと同じ
ような唸り声を上げて光の糸を引き千切る。
「これ以上好きにはさせない!」
ツクヨミに向かって叫ぶヴォルペ。変身してしまったからには組織の連中に
かぎつけられるのも時間の問題だ。
『わかってると思うけど、時間ないわよ』
「わかってるさ!」
ヴォルペは拳を軽く払い、ゴリ男との間合いを詰める。
「ハッ!」
ゴリ男の大振りな攻撃をかわし、素早く拳を打ち込む。怯んだところをすか
さず振り下ろされた腕を掴んで投げ飛ばす。
「こいつらはボクに任せて貴方達は逃げてください」
「貴方は?」
ヴォルペの言葉に狐に摘まれた表情でシオンは問い返す。仮面をつけた男が
突然現れてこんなことを言い出せば当然だが。
「ボクはあいつを倒すために来ました。心配しないで」
仮面の下で笑ってみせるが、シオン達にはわからない。見えたところで半獣
の笑顔など気味悪がられるだけだろうが。
「ですが」
「ふふ、いいじゃないか。錬金術で改造された者同士しかわからないこともあ
るんだよ」
ツクヨミは楽しそうに、邪悪な笑みを浮かべる。彼が組織の追手だと今まで
気付かなかったのは心のどこかに油断があったのと、ツクヨミの体に強烈に染
み付いていた死臭のせいだ。
「ガァAAAAAAA!!!!」
『一気に決めなさい』
起き上がったゴリ男を確認して頭の中でブレッザの檄が飛ぶ。
「ハァアア」
右腕のガントレットに力を集中させる。力が集まるにつれ九つの角の一つが
強く銀色に光り始める。
「ギャグRUUUUUアアアアア」
追い詰められた獣のように、ゴリ男が吠え猛りながら突っ込んでくる。
「タァアアア!」
力を貯めた拳を突き出すようにゴリ男に放つ。ゴリ男の腹に拳が当たると、
角に蓄えられた力が一気に開放され、鋭い光の槍となってゴリ男を貫いた。
「ガッ!? ……ウウ、アァア」
ゴリ男はがっくりと膝を折って力無く唸り。そのまま灰になって消えてしま
った。
「はははは、ホントに凄いねキミは。とても未調整とは思えないよ。やっぱり
君達は僕のコレクションにふさわしいよ」
愉しくてしょうがないという感じでツクヨミは笑った。
「黙れ、ボク達は誰の物でもない!」
ヴォルペは再びガントレットに力を集める。組織に捕まるつもりはない。無
論ツクヨミのコレクションなどに加わる気は毛ほども無い。ここで倒してしま
うだけだ。
「僕を倒すつもり? ははは、無理無理。僕はちゃんと調整も受けたし、なに
より君よりもずっと強いからね」
ツクヨミの言葉を無視して、ヴォルペは拳を構える。力は十二分、ヴォルペ
は全力で床を蹴った。一気にツクヨミとの距離が縮まり、射程内に入る。
「無駄だって」
打ち出されたヴォルペの拳を軽くかわしてツクヨミはヴォルペの脇腹に膝蹴
りを入れる。
「ッ!」
バックステップでツクヨミから距離を取る。膝蹴りを受けた脇腹はゴリ男よ
りも重い一撃だった。
「だーからいったのにさ。じゃあ、コレクションに加わってもらうよ……く
っ!」
呪文を唱え始めたツクヨミが急に頭を押さえ苦しみ始める。
「う、くう、はあはあ……。運がよかったね。今日はこれまでだ。じゃあね、
君達は必ずコレクションに加わってもらうよ」
狂気の色を湛えた瞳でヴォルペ達を見渡して、ツクヨミは消えた。
「待て! うっ」
それなりの怪我を休息に治し、さらに必殺技を使ってヴォルペの体も限界だ
った、これ変身状態でいるのは命に関わる。
『解くわよ……』
ブレッザが静かに言ったが、気を失ったヴォルペからの返事は無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どういうつもりだ?」
薄暗い部屋の中で重苦しい言葉が響いた。幾つかの蝋燭の炎が部屋の中にど
うにか光を侵入させようと揺らめいているが、その声で闇はさらに重くなる。
「どうもこうも。僕はアンタ達に協力はするけどさ、僕の趣味にアンタが口出
ししてほしくないな」
ツクヨミはいつもと変わらない口調で声の主に言い返した。常人ならば押し
潰されそうな闇の中でツクヨミの瞳だけが輝きを失わず一箇所を睨みつけてい
た。
「アレは特別だ。お前の自由にしていい物ではない」
「はっ、特別ね。だったら首に鎖でもつけとけばよかったんだよ。う、があぁ
ああああああ!」
肩をすくめて軽口を叩いたツクヨミを激しい頭痛が襲った。闇が支配した部
屋の中でツクヨミの悲鳴が響く。
「お前が望んだ力を与えたのは誰だ? 確かに自由意志は与えた。だが、それ
を勘違いしてもらっては困る」
声が言い終わるとツクヨミの頭から痛みが消えた。まだ痛みの余韻が残る頭
を抱えてツクヨミは立ち上がって闇を睨みつける。
「今回はこれで許してやる。次に勝手な行動をすれば……、わかっているな」
「はぁ……はぁ……。わかったよ」
それだけ言ってツクヨミは踵を返し、重苦しい真っ黒な扉を押し開けて外に
出た。部屋の中と違い通路には等間隔に松明が置かれ、オレンジ色の光が石造
りの通路を照らし出していた。淀んだ空気は変わらないが部屋の中よりは幾分
マシな雰囲気にツクヨミは封じ込めていた怒りを露にし始めた。
憤りをくすぶらせるツクヨミに不運にも声をかける男がいた。白一色で統一
された服装を見ると研究員だろうか。
「ひひひ、とんだ災難だったね。でもま、じごうじときゅ」
男の顔半分が吹き飛ぶ。ツクヨミのかざした手には異形の剣が握られてい
た。
「黙れよ。僕は虫の居所が悪いんだ。このまま消されたくなかったら消えろ」
「ひゃひゃひゃ。そうかい。じゃあ、消えるよ。次はしくじるなよォ。俺が消
える前にあんたが消えることになるぜ」
そういい残し、顔が半分のまま白衣の男は去っていった。
「ちっ、……まあ、いいさ次は上手くやる。ふふふ、どうせ彼等はあの街から
当分動かないだろうしね。は、はははははは、はーはっはっはっはっは」
NPC:フィミル、ゴリ男、ブレッザ・プリマヴェリーレ、屍使いツクヨミ
場所:マキーナのファーストフード店
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「危ない!」
ツクヨミに背を向けたままのオプナを突き飛ばし、ヴォルペはツクヨミの顔
めがけて拳を突き上げる。
「おっとっと」
ヴォルペの拳を軽くバックステップでかわしたツクヨミは不適な笑みを浮か
べていた。その右手には鈍く輝くナイフが握られている。
「なーんだ、バレバレだったのか。つまんない」
くすくすと笑い。唇の端の血を拭うツクヨミの姿をヴォルペ以外は呆然と眺
めていた。オプナのナイフは確かにツクヨミの心臓を貫いていた。呪詛返しを
受け、生ける屍と化したツクヨミが笑っている。
「そんな、どうして」
「驚いた? 僕だって驚かされたんだからそのお返しだよ。痛かったんだから
ね。ふふ、さあ、これからが本番だよ」
「ギャウゥウウGUルアアアアアアアアアア」
動きを止めていたゴリ男が叫び声と共に再び暴れ始める。ヴォルペは倒れた
ままのオプナの手を掴んで引っ張り上げる。
「くるよ!」
ヴォルペの声にゴリ男が反応して飛び掛ってきた。ゴリ男の丸太の様な腕が
ふりかぶられる、この位置からだと避けられない。
「しまった! シオンさん、パス」
「きゃあ」
ヴォルペはオプナをシオンに向かって投げると腕を交差させてゴリ男の攻撃
を防御する。ハンマー、などという生易しい例えでは到底あらわせない衝撃が
ヴォルペを襲う。
ヴォルペの体は軽々と吹き飛ばされ、ガラスを突き破ってさらに向かいの建
物の中に突っ込んでいった。
「アルジェントさん!」
シオンはオプナを抱えて、ヴォルペの名前を叫ぶ。だがもはや絶望的としか
言い様がないかもしれない。
「大丈夫だよ。彼はあの程度じゃ壊れないからさ。ほらほら、ぼけっとしてる
と挽肉になっちゃうよ」
至極楽しそうにツクヨミはゴリ男をけしかけてくる。人の神経を逆撫でする
その言葉にその場にいた誰もがこのオレンジ頭に嫌悪感を抱かずにはいられな
かった。
「クロースさん私から離れないでくださいよ」
オプナを降ろし、クロースの前に立ったシオンは鞘に収めたままの剣を構え
呪文を唱え始める。これ以上店を壊すのは忍びないが、手加減をして止められ
るとも思えない。
「風よ、悪しき呪縛に囚われし者に剣の裁きを!」
太刀に纏わせた風をゴリ男に向かって解き放つ。風の斬撃が周囲の物を弾き
飛ばしながらゴリ男を襲う。
「Gyuアアアッ!」
ゴリ男は風の刃に真っ向から突っ込んでくる。毛深い皮膚を切り裂き、骨ま
で達するが。ゴリ男は止まらない。
「閃光の糸よ!」
シオンの後から呪文を唱えたフィミルの手から光の糸がゴリ男を絡め取る。
「くっ、私が動きを止めている間に」
「わかりました」
構えを取り直し、シオンはツクヨミを睨みつける。シオンのその顔を見て、
ツクヨミは不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「へぇ、凄いねぇ。ふふ、手駒が減っちゃった。さて、どうしようかな」
ツクヨミは笑みを浮かべたまま周囲を見渡して、逃げ遅れたウェイトレスを
見つけると狂気の笑みを更に濃くした。獲物を見つけた悪魔のように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれぐらい意識を失っていたのか。気付いた時には腕の感覚はほとんど無か
った。ゴリ男の一撃で相当なダメージを受けたようだ。
「うっ」
『無茶しないの。直るにはまだしばらくかかるわよ』
体を起こそうとするヴォルペをブレッザは軽く戒める。いくら骨格が魔力強
化材質に入れ替えられているとはいえ、変身してブレッザの力を引き出してこ
そ本当の力を発揮する。変身してない生身の状態は普通の人間とほとんど変わ
らない。
「でも、このままじゃ」
ブレッザの忠告も聞かず、ヴォルペは体を起こし立ち上がった。脇腹に激痛
が走る。どうやら肋骨が折れたかヒビが入ったのだろう。後二時間もすれば直
るだろうが、そんな悠長に待っている場合ではない。
「ブレッザ、行くよ」
『無茶よ! その体で変身するなんて』
「それでも、助けなきゃ。くっ、このまま……、放ってはおけない。だってあ
いつは」
ヴォルペは目を閉じ、変身のために集中を始める。普段ならすぐにでも可能
だが、怪我の痛みとブレッザの協力が得られないままだと上手くいかない。
「ブレッザ、頼むよ……」
はにかむような笑顔を浮べるヴォルペの頭の中に、ブレッザのため息が聞こ
えた。呆れたような同意ではあったが、ヴォルペには非常に心強い。
「いくよ……」
ブレッザの協力を得て、確実に体の中に力が満ちていく。腕と脇腹の傷が癒
え、腰にベルトが、右腕に九つの角を持つガントレットが現れる。
「変身!!」
ガントレットとベルトから溢れた銀色の光がヴォルペの体を包み込む。光の
中でヴォルペの体が変質していく。銀色の体毛に覆われ、骨格が変化する。体
毛がスーツに変わり、流線型の鎧と仮面が装着される。
「うぉおおおおおおおおおお!」
未だに残る痛みと満ちてくる力を吐き出すようにヴォルペは吠えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんのだろうか、ほんの数分前まではいつもと変わらない朝だったはずだ。
少し変わった団体客がいただけで、いつもと同じはずだった。
それなのに、なぜ目の前には光の糸に捕らわれた怪物がいるのだろう? な
ぜオレンジ髪の青年はこちらを見て笑っているのだろう……。あの顔を見てい
ると体中から血の気が引いて行く。
「逃げて!」
オプナが叫ぶが、ウェイトレはまったく動かない。
「ふふふ、逃がさないよ。ほら、キミもコレクションに加えてあげるから」
ツクヨミはウェイトレスに手を差し出す。それは死への誘いだ。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫び声が響いた、力強く、雄々しい声が。その数瞬後、ツクヨミが飛んだ。
正確に言えば仮面の男、ヴォルペに殴り飛ばされたのだ。
「さあ、立って。走るんだ!」
ヴォルペの声に、ウェイトレスは数回頷くと立って店の外へ走り出した。
「ふ、ふふふ。凄い、凄いじゃないか。おい、いつまでそんなちゃちな魔法に
引っかかってるんだよ」
ツクヨミは唇の血を拭うと、ゴリ男を一括した。
「グゥルウウウUUUU」
すでに人の言葉すら忘れてしまったのか、ゴリ男はモンスターのそれと同じ
ような唸り声を上げて光の糸を引き千切る。
「これ以上好きにはさせない!」
ツクヨミに向かって叫ぶヴォルペ。変身してしまったからには組織の連中に
かぎつけられるのも時間の問題だ。
『わかってると思うけど、時間ないわよ』
「わかってるさ!」
ヴォルペは拳を軽く払い、ゴリ男との間合いを詰める。
「ハッ!」
ゴリ男の大振りな攻撃をかわし、素早く拳を打ち込む。怯んだところをすか
さず振り下ろされた腕を掴んで投げ飛ばす。
「こいつらはボクに任せて貴方達は逃げてください」
「貴方は?」
ヴォルペの言葉に狐に摘まれた表情でシオンは問い返す。仮面をつけた男が
突然現れてこんなことを言い出せば当然だが。
「ボクはあいつを倒すために来ました。心配しないで」
仮面の下で笑ってみせるが、シオン達にはわからない。見えたところで半獣
の笑顔など気味悪がられるだけだろうが。
「ですが」
「ふふ、いいじゃないか。錬金術で改造された者同士しかわからないこともあ
るんだよ」
ツクヨミは楽しそうに、邪悪な笑みを浮かべる。彼が組織の追手だと今まで
気付かなかったのは心のどこかに油断があったのと、ツクヨミの体に強烈に染
み付いていた死臭のせいだ。
「ガァAAAAAAA!!!!」
『一気に決めなさい』
起き上がったゴリ男を確認して頭の中でブレッザの檄が飛ぶ。
「ハァアア」
右腕のガントレットに力を集中させる。力が集まるにつれ九つの角の一つが
強く銀色に光り始める。
「ギャグRUUUUUアアアアア」
追い詰められた獣のように、ゴリ男が吠え猛りながら突っ込んでくる。
「タァアアア!」
力を貯めた拳を突き出すようにゴリ男に放つ。ゴリ男の腹に拳が当たると、
角に蓄えられた力が一気に開放され、鋭い光の槍となってゴリ男を貫いた。
「ガッ!? ……ウウ、アァア」
ゴリ男はがっくりと膝を折って力無く唸り。そのまま灰になって消えてしま
った。
「はははは、ホントに凄いねキミは。とても未調整とは思えないよ。やっぱり
君達は僕のコレクションにふさわしいよ」
愉しくてしょうがないという感じでツクヨミは笑った。
「黙れ、ボク達は誰の物でもない!」
ヴォルペは再びガントレットに力を集める。組織に捕まるつもりはない。無
論ツクヨミのコレクションなどに加わる気は毛ほども無い。ここで倒してしま
うだけだ。
「僕を倒すつもり? ははは、無理無理。僕はちゃんと調整も受けたし、なに
より君よりもずっと強いからね」
ツクヨミの言葉を無視して、ヴォルペは拳を構える。力は十二分、ヴォルペ
は全力で床を蹴った。一気にツクヨミとの距離が縮まり、射程内に入る。
「無駄だって」
打ち出されたヴォルペの拳を軽くかわしてツクヨミはヴォルペの脇腹に膝蹴
りを入れる。
「ッ!」
バックステップでツクヨミから距離を取る。膝蹴りを受けた脇腹はゴリ男よ
りも重い一撃だった。
「だーからいったのにさ。じゃあ、コレクションに加わってもらうよ……く
っ!」
呪文を唱え始めたツクヨミが急に頭を押さえ苦しみ始める。
「う、くう、はあはあ……。運がよかったね。今日はこれまでだ。じゃあね、
君達は必ずコレクションに加わってもらうよ」
狂気の色を湛えた瞳でヴォルペ達を見渡して、ツクヨミは消えた。
「待て! うっ」
それなりの怪我を休息に治し、さらに必殺技を使ってヴォルペの体も限界だ
った、これ変身状態でいるのは命に関わる。
『解くわよ……』
ブレッザが静かに言ったが、気を失ったヴォルペからの返事は無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どういうつもりだ?」
薄暗い部屋の中で重苦しい言葉が響いた。幾つかの蝋燭の炎が部屋の中にど
うにか光を侵入させようと揺らめいているが、その声で闇はさらに重くなる。
「どうもこうも。僕はアンタ達に協力はするけどさ、僕の趣味にアンタが口出
ししてほしくないな」
ツクヨミはいつもと変わらない口調で声の主に言い返した。常人ならば押し
潰されそうな闇の中でツクヨミの瞳だけが輝きを失わず一箇所を睨みつけてい
た。
「アレは特別だ。お前の自由にしていい物ではない」
「はっ、特別ね。だったら首に鎖でもつけとけばよかったんだよ。う、があぁ
ああああああ!」
肩をすくめて軽口を叩いたツクヨミを激しい頭痛が襲った。闇が支配した部
屋の中でツクヨミの悲鳴が響く。
「お前が望んだ力を与えたのは誰だ? 確かに自由意志は与えた。だが、それ
を勘違いしてもらっては困る」
声が言い終わるとツクヨミの頭から痛みが消えた。まだ痛みの余韻が残る頭
を抱えてツクヨミは立ち上がって闇を睨みつける。
「今回はこれで許してやる。次に勝手な行動をすれば……、わかっているな」
「はぁ……はぁ……。わかったよ」
それだけ言ってツクヨミは踵を返し、重苦しい真っ黒な扉を押し開けて外に
出た。部屋の中と違い通路には等間隔に松明が置かれ、オレンジ色の光が石造
りの通路を照らし出していた。淀んだ空気は変わらないが部屋の中よりは幾分
マシな雰囲気にツクヨミは封じ込めていた怒りを露にし始めた。
憤りをくすぶらせるツクヨミに不運にも声をかける男がいた。白一色で統一
された服装を見ると研究員だろうか。
「ひひひ、とんだ災難だったね。でもま、じごうじときゅ」
男の顔半分が吹き飛ぶ。ツクヨミのかざした手には異形の剣が握られてい
た。
「黙れよ。僕は虫の居所が悪いんだ。このまま消されたくなかったら消えろ」
「ひゃひゃひゃ。そうかい。じゃあ、消えるよ。次はしくじるなよォ。俺が消
える前にあんたが消えることになるぜ」
そういい残し、顔が半分のまま白衣の男は去っていった。
「ちっ、……まあ、いいさ次は上手くやる。ふふふ、どうせ彼等はあの街から
当分動かないだろうしね。は、はははははは、はーはっはっはっはっは」
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