PC:ギゼー、リング
NPC:水の鍵、影の男(声のみ)
場所:白の遺跡
--------------------------------------------------------------
水の鍵が既(すんで)の所で飛び移ったその地面は、インターバルだった。
「どうやら、装置と装置の間には、必ず一息つける場所が用意されているようだ
な」
「インターバル、というやつですね。某アスレチック大会で有名な」
「某アスレチック大会?」
「え?知らないんですか?地上の何所かに、“アスレチック村”というのが有っ
て、其処で毎年行われる恒例行事だそうですよ。本に載っていました」
得意満面の笑顔で言うリングがその時読んだ本は、“面白本”だった。
――う、嘘くせぇ~。
ギゼーが口に出せない言葉を思惟の奔流に流しながらも水の鍵の方を見遣る
と、既に水の鍵は次の仕掛けに取り掛かる所だった。
水の鍵の目前には、今までに無かった鉄の柱―一地域では土管と呼ばれる物が
聳え立っていた。
「にゅー!」
水の鍵は、何やら得体の知れない掛け声を上げると、自分の身長よりも遥かに
高い土管を抱えるように徐に両手を付き、体を上方向に伸ばした。水の鍵の身体
は水そのもので来ている。水がジェル状に固まった物に意志の片鱗が芽生えた物
が、水の鍵の今の状態なのだ。詰まる所、水の鍵が身体を伸ばすとどうなるか。
たった今ギゼーとリングが目の当たりにしている光景が、その答えである。
即ち、水の鍵の身体の胴体に当る部分―“もう一つの鍵”が封入されている部
分が棒状に伸び上がったのだ。中身の“鍵”の長さは変わらないが、水の鍵の身
体は今や土管の天辺に手が届くほどの高さになっていた。
身体を棒状に伸ばし天辺に手が届くようになった水の鍵は、今度は身体を土管
の縁に擦り付けるように横に伸ばし、同時に足の部分を頭部に引き付け縮めた。
そして―水の鍵は、見事に土管の上に昇る事が出来たのだった。
「べっ、便利な奴だなぁ~」
ギゼーが感心し、妙な感想を述べる。
隣でリングがにこにこ顔で、水の鍵の動きを観察していた。その顔は、何時か
自分もやってやろうと言う思いがいっぱい詰まっていた…。
◆◇◆
土管の下は、空洞になっていた。
空洞といっても、足を降ろすべき地面は確かにあるようだ。時たま奥の方から
響いてくる地鳴りの様な音が、不気味さを強調していたが。
「はい!以上、水の鍵さんの視点で御送りしましたぁ!」
「?リングちゃん、誰に言ってるんだ??」
リングの言うように、土管の中身はリングやギゼーからは見えない構造になっ
ていた。土管の中に入ってしまえば、水の鍵の判断だけが頼り、という趣向のよ
うだ。彼を信じるしかない、とギゼーは思った。手には汗を握り、喉は唾を嚥下
する。そうは思っても、自分でも信じ切れない部分というものがあるのだ。
『でも、信じなくては。信じるんだ。君達には、それしか出来ないんだからね』
何処からとも無く響いて来た、影の男の声に一瞬びっくりして、周囲を見回す
ギゼー。だが、影の男は何処にも見当たらなかった。
影の男はなぜか、ギゼーやリングの心の動揺を察知して、的確に指摘してく
る。それがなぜかは解らないが、先程の言葉―信じることしか出来ない―も的を
射ていた。
(?なぜだ?)
ギゼーが疑問を胸に仕舞い込んでいる時、水の鍵もまた胸に決意を抱いてい
た。
土管の下に飛び込む決意を―。
NPC:水の鍵、影の男(声のみ)
場所:白の遺跡
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水の鍵が既(すんで)の所で飛び移ったその地面は、インターバルだった。
「どうやら、装置と装置の間には、必ず一息つける場所が用意されているようだ
な」
「インターバル、というやつですね。某アスレチック大会で有名な」
「某アスレチック大会?」
「え?知らないんですか?地上の何所かに、“アスレチック村”というのが有っ
て、其処で毎年行われる恒例行事だそうですよ。本に載っていました」
得意満面の笑顔で言うリングがその時読んだ本は、“面白本”だった。
――う、嘘くせぇ~。
ギゼーが口に出せない言葉を思惟の奔流に流しながらも水の鍵の方を見遣る
と、既に水の鍵は次の仕掛けに取り掛かる所だった。
水の鍵の目前には、今までに無かった鉄の柱―一地域では土管と呼ばれる物が
聳え立っていた。
「にゅー!」
水の鍵は、何やら得体の知れない掛け声を上げると、自分の身長よりも遥かに
高い土管を抱えるように徐に両手を付き、体を上方向に伸ばした。水の鍵の身体
は水そのもので来ている。水がジェル状に固まった物に意志の片鱗が芽生えた物
が、水の鍵の今の状態なのだ。詰まる所、水の鍵が身体を伸ばすとどうなるか。
たった今ギゼーとリングが目の当たりにしている光景が、その答えである。
即ち、水の鍵の身体の胴体に当る部分―“もう一つの鍵”が封入されている部
分が棒状に伸び上がったのだ。中身の“鍵”の長さは変わらないが、水の鍵の身
体は今や土管の天辺に手が届くほどの高さになっていた。
身体を棒状に伸ばし天辺に手が届くようになった水の鍵は、今度は身体を土管
の縁に擦り付けるように横に伸ばし、同時に足の部分を頭部に引き付け縮めた。
そして―水の鍵は、見事に土管の上に昇る事が出来たのだった。
「べっ、便利な奴だなぁ~」
ギゼーが感心し、妙な感想を述べる。
隣でリングがにこにこ顔で、水の鍵の動きを観察していた。その顔は、何時か
自分もやってやろうと言う思いがいっぱい詰まっていた…。
◆◇◆
土管の下は、空洞になっていた。
空洞といっても、足を降ろすべき地面は確かにあるようだ。時たま奥の方から
響いてくる地鳴りの様な音が、不気味さを強調していたが。
「はい!以上、水の鍵さんの視点で御送りしましたぁ!」
「?リングちゃん、誰に言ってるんだ??」
リングの言うように、土管の中身はリングやギゼーからは見えない構造になっ
ていた。土管の中に入ってしまえば、水の鍵の判断だけが頼り、という趣向のよ
うだ。彼を信じるしかない、とギゼーは思った。手には汗を握り、喉は唾を嚥下
する。そうは思っても、自分でも信じ切れない部分というものがあるのだ。
『でも、信じなくては。信じるんだ。君達には、それしか出来ないんだからね』
何処からとも無く響いて来た、影の男の声に一瞬びっくりして、周囲を見回す
ギゼー。だが、影の男は何処にも見当たらなかった。
影の男はなぜか、ギゼーやリングの心の動揺を察知して、的確に指摘してく
る。それがなぜかは解らないが、先程の言葉―信じることしか出来ない―も的を
射ていた。
(?なぜだ?)
ギゼーが疑問を胸に仕舞い込んでいる時、水の鍵もまた胸に決意を抱いてい
た。
土管の下に飛び込む決意を―。
PR
PC ギゼー・リング
場所 白の遺跡
NPC 水の鍵・カメ数匹・ビビンバ帝王
___________________________________
水の鍵が土管に入ってから数分たった。
「…」
無言でリングとギゼーは土管を見つめる。
「水の鍵さん、大丈夫でしょうか…」
「大丈夫だよ、あいつ、タフだからな。体伸びるし」
そう言うギゼーの表情には心配の色がうかがえる。
「でも…」
不安げに下を向いたリング。そしてちらっとギゼーの顔を覗いた。
「水の鍵さんって、少しドジですよ…?」
「うーん、まあ、たしかになぁ…」
ギゼーはぼりぼりと頭をかいたが、さしあたって今の自分たちにできること
は彼(?)を遠くから応援することぐらいだ。
「ま、信じてやろうよ」
ギゼーはぽんとリングの肩を叩いた。
「水の鍵をさ、俺たちは信じてやることぐらいしかできないんだから」
「そうですね…」
ギゼーの言葉にリングは頷く。
無言でじっと、二人は水の鍵が出てくる予定の土管を見つめた。
水の鍵が土管の先から、軽快なジャンプで飛び出したのは、それから数分後
のことだった。
「水の鍵さん!!」
「水の鍵っ!!」
二人は同時に喜びの声を上げる。
「よかったですっ!水の鍵さんご無事のようです…」
「そうだな…」
リングとギゼーの声に、水の鍵は元気よく手を振ってみせる。土管の中から
生還した水の鍵は、一段とたくましくなったように見えた。
そして元気よく歩き出す。
「にゅっ、にゅっ、にゅ~」
前方から、カメが近づいてきた。ただし、二本の足で立って歩いている、カ
メにしてはかなり大きいカメだ。
「すごいです、地上のカメは二本足で歩くこともできるなんて…。なのに、ど
うして普段はあんなにのろのろと歩いているんでしょうね?」
「いや…、アレは例外だと思うぞ…」
「そうなんですか?」
二人がそんな会話を交わしている間にも、カメは水の鍵の側まで近寄ってき
た。
「にゅ?」
水の鍵は首をかしげる。なんだか、とても無害そうなカメである。手になに
か武器を持っているわけでもなく、顔つきもぽやーっとしている。
しかし、土管の中でたくさんの修羅場(?)を潜り抜けてきた水の鍵は、い
ちおう用心してかかることにした。体の中からガラスの鍵を取り出すと、先っ
ぽでカメをつついてみる。
つんつんつん…。
びくっ、とカメは体を甲羅の中に引っ込めた。
「にゅおっ!」
これには水の鍵がびっくりした。驚いて一、二歩後ろに下がると、カメはまた
体を甲羅の外に出し…。
泣いている。
甲羅から出てきたカメは目にいっぱいの涙を浮かべていた。そして水の鍵があ
っと思うまもなく、カメはダッシュで逃げていく。
「にゅ~?」
水の鍵は首を傾げたが、気にせずまた先を歩いていくことにした。
「あっ、あれなんですか?」
リングが指差すほうをギゼーが見ると、そこにはまたもカメがいた。ただ
し、さっき会ったのよりかなり大きい。そのカメを、さきほど会った大きさぐ
らいのカメがたくさん周囲を取り囲んでいた。
「どうしましょう、あんなにたくさん。とくにあの大きなカメさんは強そうで
す」
「でも、いくしかないみたいだぜ、ほら、後ろ」
見ると、大きなカメの後ろに、大きな穴が見える。
「あれ、鍵穴ですね!」
「じゃあ、あのカメはラスボスってとこか」
水の鍵は、カメの大群のいる場所へ、臆することなくずんずんと歩いてい
く。とうとう、大ガメのところにたどりついた。
『貴様が水の鍵か。我輩はビビンバ帝王だ』
大ガメが口を開いた。水の鍵は大ガメを睨みつける。
『貴様、よくもうちのかわいい息子を泣かせてくれたな』
大ガメの言葉に、ギゼーとリングは大ガメの足元を見た。
先ほどのカメが涙を浮かべて大ガメの丸太のような足元にかじりついてい
る。
『うちの息子は心臓病を患っているのだぞ。おかげで月に払う医療費もバカに
ならないんだ。ただでさえ、こんな大家族だって言うのに…。ウチはね、数年
前に夫が他界して母子家庭なんだよ。なのに、全く、今月も大赤字だよ』
そういって大ガメはふんっと鼻を鳴らす。
『とにかく、ウチの息子を泣かすヤツは絶対に許さないからね』
場所 白の遺跡
NPC 水の鍵・カメ数匹・ビビンバ帝王
___________________________________
水の鍵が土管に入ってから数分たった。
「…」
無言でリングとギゼーは土管を見つめる。
「水の鍵さん、大丈夫でしょうか…」
「大丈夫だよ、あいつ、タフだからな。体伸びるし」
そう言うギゼーの表情には心配の色がうかがえる。
「でも…」
不安げに下を向いたリング。そしてちらっとギゼーの顔を覗いた。
「水の鍵さんって、少しドジですよ…?」
「うーん、まあ、たしかになぁ…」
ギゼーはぼりぼりと頭をかいたが、さしあたって今の自分たちにできること
は彼(?)を遠くから応援することぐらいだ。
「ま、信じてやろうよ」
ギゼーはぽんとリングの肩を叩いた。
「水の鍵をさ、俺たちは信じてやることぐらいしかできないんだから」
「そうですね…」
ギゼーの言葉にリングは頷く。
無言でじっと、二人は水の鍵が出てくる予定の土管を見つめた。
水の鍵が土管の先から、軽快なジャンプで飛び出したのは、それから数分後
のことだった。
「水の鍵さん!!」
「水の鍵っ!!」
二人は同時に喜びの声を上げる。
「よかったですっ!水の鍵さんご無事のようです…」
「そうだな…」
リングとギゼーの声に、水の鍵は元気よく手を振ってみせる。土管の中から
生還した水の鍵は、一段とたくましくなったように見えた。
そして元気よく歩き出す。
「にゅっ、にゅっ、にゅ~」
前方から、カメが近づいてきた。ただし、二本の足で立って歩いている、カ
メにしてはかなり大きいカメだ。
「すごいです、地上のカメは二本足で歩くこともできるなんて…。なのに、ど
うして普段はあんなにのろのろと歩いているんでしょうね?」
「いや…、アレは例外だと思うぞ…」
「そうなんですか?」
二人がそんな会話を交わしている間にも、カメは水の鍵の側まで近寄ってき
た。
「にゅ?」
水の鍵は首をかしげる。なんだか、とても無害そうなカメである。手になに
か武器を持っているわけでもなく、顔つきもぽやーっとしている。
しかし、土管の中でたくさんの修羅場(?)を潜り抜けてきた水の鍵は、い
ちおう用心してかかることにした。体の中からガラスの鍵を取り出すと、先っ
ぽでカメをつついてみる。
つんつんつん…。
びくっ、とカメは体を甲羅の中に引っ込めた。
「にゅおっ!」
これには水の鍵がびっくりした。驚いて一、二歩後ろに下がると、カメはまた
体を甲羅の外に出し…。
泣いている。
甲羅から出てきたカメは目にいっぱいの涙を浮かべていた。そして水の鍵があ
っと思うまもなく、カメはダッシュで逃げていく。
「にゅ~?」
水の鍵は首を傾げたが、気にせずまた先を歩いていくことにした。
「あっ、あれなんですか?」
リングが指差すほうをギゼーが見ると、そこにはまたもカメがいた。ただ
し、さっき会ったのよりかなり大きい。そのカメを、さきほど会った大きさぐ
らいのカメがたくさん周囲を取り囲んでいた。
「どうしましょう、あんなにたくさん。とくにあの大きなカメさんは強そうで
す」
「でも、いくしかないみたいだぜ、ほら、後ろ」
見ると、大きなカメの後ろに、大きな穴が見える。
「あれ、鍵穴ですね!」
「じゃあ、あのカメはラスボスってとこか」
水の鍵は、カメの大群のいる場所へ、臆することなくずんずんと歩いてい
く。とうとう、大ガメのところにたどりついた。
『貴様が水の鍵か。我輩はビビンバ帝王だ』
大ガメが口を開いた。水の鍵は大ガメを睨みつける。
『貴様、よくもうちのかわいい息子を泣かせてくれたな』
大ガメの言葉に、ギゼーとリングは大ガメの足元を見た。
先ほどのカメが涙を浮かべて大ガメの丸太のような足元にかじりついてい
る。
『うちの息子は心臓病を患っているのだぞ。おかげで月に払う医療費もバカに
ならないんだ。ただでさえ、こんな大家族だって言うのに…。ウチはね、数年
前に夫が他界して母子家庭なんだよ。なのに、全く、今月も大赤字だよ』
そういって大ガメはふんっと鼻を鳴らす。
『とにかく、ウチの息子を泣かすヤツは絶対に許さないからね』
PC:ギゼー、リング
NPC:水の鍵、ビビンバ帝王(メス)とその子供達、メデッタ=オーシャン
場所:白の遺跡
--------------------------------------------------------------------
「絶対に許さないって、どう許さないんだよ。ってか、厭に生活感漂ったラ
スボスだな」
冷静に突っ込みを入れるのは、ギゼー。
「水の鍵さん、負けないで下さいね~。頑張って扉を開けて下さい~」
呑気な応援の仕方を敢行しているのは、リング。
今や水の鍵は闘志を満面に湛え、ラスボス、ビビンバ帝王(メス)と対峙
していた。
空っ風吹き荒ぶ効果音を、背に受けながら……。
――― ― ―――
水の鍵とビビンバ帝王(メス)は、まんじりと対峙していた。
双方共に、微動だにしない。いや、出来ないのだ。下手に動けば相手の攻
撃の餌食になる。それは、どちらも承知だった。だからこそ、一瞬一瞬に緊
張の糸が走っていた。
「みゃー! みゃー! みゃー!」
ビビンバ帝王(メス)の子供達が、何やら騒いでいる。
彼等をよくよく観察してみると、両手を高々と掲げ、飛び跳ねたり腕を上
げ下げしたり旗のようなものを振っていたりする。まるで……そう、応援で
もしているかの如く。
「…………ひょっとして……、あれって……、応援……?」
「…………そのようですね…………」
ギゼーもリングも呆然と、観察し、推察した結果を呟く。
チビ亀達の応援を背後に受けながら、ビビンバ帝王(メス)は静止状態にあ
る現在の戦況に、少々飽きて来ていた。不動の構えの最中での睨み合いに、
痺れを切らせつつあったのだ。外見は亀と言えども、仮にも魔物の一種であ
る。心――意思とも言うべきものを持ち合わせていても、可笑しくはない。
ビビンバ帝王(メス)は痺れを切らし、今にも決着を付けんと言う意思が働
きかけていた。
だが、相手――水の鍵が動かない以上は、己も動けない。ビビンバ帝王(メ
ス)は半ば、意固地になっていた。
ギゼーとリングが固唾を呑んで見守る中、最初に動き出したのはビビンバ
帝王(メス)だった。終に、我慢の限界に達したらしい。
亀特有の、その小さく窄んだ口を徐に開くや否や、喉仏の当りが膨らみ競
り上がって火炎が噴出した。その焔鞭はまるで赤竜の如くのた打ち回る。
直打する範囲こそ狭いが、その威力は絶大である。一打打たれる毎に、灼
熱の激痛が襲うだろう。それは、傍から観戦しているギゼーやリングにもあ
りありと見て取れた。
焔鞭の威力だけでも絶大なのに、更に悪いことは重なるもので、水の鍵は
文字通り水で形成されていた。つまり、紅蓮に猛る炎が掠っただけでも水分
が蒸発して甚大な被害は免れないのだ。いや、下手を打つとその形を維持す
ることが出来なくなる恐れもある。
その結果を想像して見て、ギゼーは思わず空唾を嚥下した。
「……ちびの奴、大丈夫……なのか……?」
「きっと、大丈夫ですよ。……だって、ギゼーさんの模写体なんですよ」
ギゼーの不安気な声に答えるかのように、リングが噛み締めるように言っ
た。まるで、自身の心も励まし奮い立たせるかのように。
ギゼーの心配を余所に、水の鍵はアクロバティックな体捌きでうねる焔鞭
をかわしていった。それは、神業に近かった。今までのボケボケの水の鍵を
見知っていた二人にとって俄かには信じられない光景だった。
どうやら水の鍵は先程の土管に入って、一回りも二回りも大きく、そして
強靭になったようだ。
「どーゆう土管だ……」
ギゼーが呆然と呟き、リングが未だ嘗て見たことも無い現象を目の当たり
にして目を輝かせる。彼女は心もときめいている、そうギゼーが推察するほ
ど光り輝いて見えた。
「凄いです、土管さん。お持ち帰りしたいくらいですぅ」
リングの独白を耳にして、ギゼーは眩暈を覚えた。
――― ― ―――
ビビンバ帝王(メス)は何度も何度もしつこい位何度もこれでもか、と言
うほど焔鞭を、地を這う竜の如く、又は空を翔る飛竜の如く走らせ攻撃を試
みていた。だが、水の鍵はその都度避けまくり、一向に当たる気配を見せな
い。掠りすらしない。
炎閃が走る度毎に炎が飛び火し、今や辺り一面火の海と化していた。
水の鍵が硝子の鍵で開けるべき扉も又、紅に染まっていた……。
だが、不思議と燃やし尽くされる様子も、溶解する様子も欠片ほど見せて
いない。まるで、何かの力でその扉だけ護られているかの様だ。
「不思議ですね~。あの扉、あれだけ火に炙られているのに、前々平気なん
ですよ~。何ででしょうね? ギゼーさん」
リングが、鋭い中にも何処か惚けた様な意見を述べる。
確かに、そうだ。と、ギゼーも同意する。
あの、白い扉は。
あの、何処までも透き通った純白に染められた、次なる試練への扉は。
その、白を最も強調した威風を保ったままなのだ。
溶解するでもなく。
炎の海に飲み込まれ崩れることもなく。
踏み止まって、ただその場で立ちはだかっているのだ。
ギゼーは、その扉を見詰める内に不思議な感覚に捉われていた。
何と言うことは無い、不思議な感覚。実際に自分がこの場に居ない様な、夢
見心地に。
「……!? ギゼーさん!」
「……はぁっ、……はぁっ。……っ。何なんだ。この迷宮は」
今や、ギゼーは辛うじて立っている状態だった。
不思議な感覚は未だ治まってはいない。浮遊するような感覚。精神が疲弊し
ていくような感覚。今までに味わった事のある、それでいて一度に味わった事
の無い感覚――。
何かが狂っている、ギゼーはそう思わざるを得なかった。
――― ― ―――
朱色に染まる扉。
そしてその手前には、怒りの炎で真っ赤に染めた、ビビンバ帝王(メス)の
顔があった。
「我が子を苛める奴は、許るさへんで~~~!!」
地を揺るがすような、怒りの声にもめげずに敢然と立ち向かう水の鍵。
「にゅ―――っ!!」
気合の入り方も違う。
裂帛の気合と共に、水の鍵は突撃を敢行した。
右腕を鍵の形に変化させ、その中に硝子の鍵を収めて。
水の鍵は決死の覚悟だった。辛うじて立っているギゼーもそれを支えている
リングも、感嘆の色を隠せないほどに勇猛果敢だった。
敢然とビビンバ帝王(メス)の懐に飛び込む水の鍵。右腕を突き出し、ビビ
ンバ帝王(メス)の腹部目掛けて強烈な突きを繰り出す。
ビビンバ帝王(メス)も流石に一瞬怯んだが、何とか持ち堪え焔鞭を吐き出
す。
意地と意地が激突した。
水の鍵は焔鞭の横を掏り抜け、勢いを重心に込め、渾身の一撃を放った。彼
は後の事など考えていなかった。彼の頭の中にあるのは、たった一つ。硝子の
鍵を、鍵穴に差し込む事だけだった。だからこそ、ビビンバ帝王(メス)の体
が鍵穴と重なり合った時を見計らって飛び込んだのである。
勝算はあった。
何故なら――。
「にゅ――――っ!!!」
水蒸気に包まれながら水の鍵が放った渾身の一撃は、見事ビビンバ帝王(メ
ス)の腹部を貫いていた。腹部を貫いた腕は、強固な甲羅をも貫き通し、背後
の鍵穴へと真っ直ぐに伸びていた。そしてその先端には……鍵があった。
硝子の鍵が。
水の鍵には、こうなる事が解っていた。
何故なら彼の身体を形成している“水”は、唯の“水”ではなかったからだ。
「ぐっ、ぐおぉぉぉぉぉ――――っ!!」
断末魔の叫び声が、地響きを伴って轟いた。
それが、ビビンバ帝王(メス)の最後の肉声だった――。
――― ― ―――
かくて扉は開かれた。
次なる試練へと、二人を導かんと――。
「いよぅ!遅かったじゃないか。二人とも」
呑気な声が扉の奥から聞こえて来た。
白煙の向こうに立っていたのは……。
「叔父さ……あっ、メデッタ……さん!?」
「って、何であんたがいるんだぁっ!!」
リングの驚愕の声と、ギゼーの突っ込みの声が上がったのは殆ど同時だった
――。
NPC:水の鍵、ビビンバ帝王(メス)とその子供達、メデッタ=オーシャン
場所:白の遺跡
--------------------------------------------------------------------
「絶対に許さないって、どう許さないんだよ。ってか、厭に生活感漂ったラ
スボスだな」
冷静に突っ込みを入れるのは、ギゼー。
「水の鍵さん、負けないで下さいね~。頑張って扉を開けて下さい~」
呑気な応援の仕方を敢行しているのは、リング。
今や水の鍵は闘志を満面に湛え、ラスボス、ビビンバ帝王(メス)と対峙
していた。
空っ風吹き荒ぶ効果音を、背に受けながら……。
――― ― ―――
水の鍵とビビンバ帝王(メス)は、まんじりと対峙していた。
双方共に、微動だにしない。いや、出来ないのだ。下手に動けば相手の攻
撃の餌食になる。それは、どちらも承知だった。だからこそ、一瞬一瞬に緊
張の糸が走っていた。
「みゃー! みゃー! みゃー!」
ビビンバ帝王(メス)の子供達が、何やら騒いでいる。
彼等をよくよく観察してみると、両手を高々と掲げ、飛び跳ねたり腕を上
げ下げしたり旗のようなものを振っていたりする。まるで……そう、応援で
もしているかの如く。
「…………ひょっとして……、あれって……、応援……?」
「…………そのようですね…………」
ギゼーもリングも呆然と、観察し、推察した結果を呟く。
チビ亀達の応援を背後に受けながら、ビビンバ帝王(メス)は静止状態にあ
る現在の戦況に、少々飽きて来ていた。不動の構えの最中での睨み合いに、
痺れを切らせつつあったのだ。外見は亀と言えども、仮にも魔物の一種であ
る。心――意思とも言うべきものを持ち合わせていても、可笑しくはない。
ビビンバ帝王(メス)は痺れを切らし、今にも決着を付けんと言う意思が働
きかけていた。
だが、相手――水の鍵が動かない以上は、己も動けない。ビビンバ帝王(メ
ス)は半ば、意固地になっていた。
ギゼーとリングが固唾を呑んで見守る中、最初に動き出したのはビビンバ
帝王(メス)だった。終に、我慢の限界に達したらしい。
亀特有の、その小さく窄んだ口を徐に開くや否や、喉仏の当りが膨らみ競
り上がって火炎が噴出した。その焔鞭はまるで赤竜の如くのた打ち回る。
直打する範囲こそ狭いが、その威力は絶大である。一打打たれる毎に、灼
熱の激痛が襲うだろう。それは、傍から観戦しているギゼーやリングにもあ
りありと見て取れた。
焔鞭の威力だけでも絶大なのに、更に悪いことは重なるもので、水の鍵は
文字通り水で形成されていた。つまり、紅蓮に猛る炎が掠っただけでも水分
が蒸発して甚大な被害は免れないのだ。いや、下手を打つとその形を維持す
ることが出来なくなる恐れもある。
その結果を想像して見て、ギゼーは思わず空唾を嚥下した。
「……ちびの奴、大丈夫……なのか……?」
「きっと、大丈夫ですよ。……だって、ギゼーさんの模写体なんですよ」
ギゼーの不安気な声に答えるかのように、リングが噛み締めるように言っ
た。まるで、自身の心も励まし奮い立たせるかのように。
ギゼーの心配を余所に、水の鍵はアクロバティックな体捌きでうねる焔鞭
をかわしていった。それは、神業に近かった。今までのボケボケの水の鍵を
見知っていた二人にとって俄かには信じられない光景だった。
どうやら水の鍵は先程の土管に入って、一回りも二回りも大きく、そして
強靭になったようだ。
「どーゆう土管だ……」
ギゼーが呆然と呟き、リングが未だ嘗て見たことも無い現象を目の当たり
にして目を輝かせる。彼女は心もときめいている、そうギゼーが推察するほ
ど光り輝いて見えた。
「凄いです、土管さん。お持ち帰りしたいくらいですぅ」
リングの独白を耳にして、ギゼーは眩暈を覚えた。
――― ― ―――
ビビンバ帝王(メス)は何度も何度もしつこい位何度もこれでもか、と言
うほど焔鞭を、地を這う竜の如く、又は空を翔る飛竜の如く走らせ攻撃を試
みていた。だが、水の鍵はその都度避けまくり、一向に当たる気配を見せな
い。掠りすらしない。
炎閃が走る度毎に炎が飛び火し、今や辺り一面火の海と化していた。
水の鍵が硝子の鍵で開けるべき扉も又、紅に染まっていた……。
だが、不思議と燃やし尽くされる様子も、溶解する様子も欠片ほど見せて
いない。まるで、何かの力でその扉だけ護られているかの様だ。
「不思議ですね~。あの扉、あれだけ火に炙られているのに、前々平気なん
ですよ~。何ででしょうね? ギゼーさん」
リングが、鋭い中にも何処か惚けた様な意見を述べる。
確かに、そうだ。と、ギゼーも同意する。
あの、白い扉は。
あの、何処までも透き通った純白に染められた、次なる試練への扉は。
その、白を最も強調した威風を保ったままなのだ。
溶解するでもなく。
炎の海に飲み込まれ崩れることもなく。
踏み止まって、ただその場で立ちはだかっているのだ。
ギゼーは、その扉を見詰める内に不思議な感覚に捉われていた。
何と言うことは無い、不思議な感覚。実際に自分がこの場に居ない様な、夢
見心地に。
「……!? ギゼーさん!」
「……はぁっ、……はぁっ。……っ。何なんだ。この迷宮は」
今や、ギゼーは辛うじて立っている状態だった。
不思議な感覚は未だ治まってはいない。浮遊するような感覚。精神が疲弊し
ていくような感覚。今までに味わった事のある、それでいて一度に味わった事
の無い感覚――。
何かが狂っている、ギゼーはそう思わざるを得なかった。
――― ― ―――
朱色に染まる扉。
そしてその手前には、怒りの炎で真っ赤に染めた、ビビンバ帝王(メス)の
顔があった。
「我が子を苛める奴は、許るさへんで~~~!!」
地を揺るがすような、怒りの声にもめげずに敢然と立ち向かう水の鍵。
「にゅ―――っ!!」
気合の入り方も違う。
裂帛の気合と共に、水の鍵は突撃を敢行した。
右腕を鍵の形に変化させ、その中に硝子の鍵を収めて。
水の鍵は決死の覚悟だった。辛うじて立っているギゼーもそれを支えている
リングも、感嘆の色を隠せないほどに勇猛果敢だった。
敢然とビビンバ帝王(メス)の懐に飛び込む水の鍵。右腕を突き出し、ビビ
ンバ帝王(メス)の腹部目掛けて強烈な突きを繰り出す。
ビビンバ帝王(メス)も流石に一瞬怯んだが、何とか持ち堪え焔鞭を吐き出
す。
意地と意地が激突した。
水の鍵は焔鞭の横を掏り抜け、勢いを重心に込め、渾身の一撃を放った。彼
は後の事など考えていなかった。彼の頭の中にあるのは、たった一つ。硝子の
鍵を、鍵穴に差し込む事だけだった。だからこそ、ビビンバ帝王(メス)の体
が鍵穴と重なり合った時を見計らって飛び込んだのである。
勝算はあった。
何故なら――。
「にゅ――――っ!!!」
水蒸気に包まれながら水の鍵が放った渾身の一撃は、見事ビビンバ帝王(メ
ス)の腹部を貫いていた。腹部を貫いた腕は、強固な甲羅をも貫き通し、背後
の鍵穴へと真っ直ぐに伸びていた。そしてその先端には……鍵があった。
硝子の鍵が。
水の鍵には、こうなる事が解っていた。
何故なら彼の身体を形成している“水”は、唯の“水”ではなかったからだ。
「ぐっ、ぐおぉぉぉぉぉ――――っ!!」
断末魔の叫び声が、地響きを伴って轟いた。
それが、ビビンバ帝王(メス)の最後の肉声だった――。
――― ― ―――
かくて扉は開かれた。
次なる試練へと、二人を導かんと――。
「いよぅ!遅かったじゃないか。二人とも」
呑気な声が扉の奥から聞こえて来た。
白煙の向こうに立っていたのは……。
「叔父さ……あっ、メデッタ……さん!?」
「って、何であんたがいるんだぁっ!!」
リングの驚愕の声と、ギゼーの突っ込みの声が上がったのは殆ど同時だった
――。
PC リング・ギゼー
場所 白の遺跡
NPC メデッタ=オーシャン・影の男
___________________________________
「何でって、それは私が君たちよりも先に試練をクリアしたからに決まってい
るだろう?」
唖然としているギゼーとリングに向かって、メデッタはチッチッチッという
ように指を振る。
「全く、君たちは遅すぎるぞっ。私など、途中で倒れていたあの少女を遺跡の
外に運び出し、それからまた引き返してここまできたというのに」
「あの少女…って…」
「ジュヴィアさんのことですかっ!」
とたんに目の色が変わる二人。そんな二人に、メデッタは落ち着いて言っ
た。
「ああそうだ。あの、銀髪の少女のことだろう?あの少女なら、途中の部屋で
倒れていたところを、運び出して、近くの民家に預かってもらった。あの少女
には」
ここでメデッタの声のトーンが変わった。
「この遺跡の魔力は少々キツすぎたようだ」
「魔力…?」
何かがちくっと、ギゼーの頭の中に刺さった。何か、自分の核を揺るがすよ
うな。不思議な違和感のキィ・ワード。
魔力、白い壁、意識。
呆然とするギゼーの横で、リングはジュヴィアが無事だということに、心の
底から安心していた。
「よかったです…。私、ジュヴィアさんがあの後どうなってしまわれたのか、
とても心配だったんです…。おじ…、メ、メデッタさんが助けて下さったんで
すね。ありがとうございます」
「ははっ、礼には及ばんぞ、リングっ」
そういうメデッタの顔はどことなく嬉しそうだった。
「さて、次の道に進まなくてはな。リング、ギゼー君。早くしないと、そこの
男に怒られてしまう」
「ははっ、よく言うね。第一の試練をものともしなかったクセに」
今まで傍観していた影の男が皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「キミはそうとう鍛えてると見える」
「まあな。私もだてに<赤い色>で生きてきたわけじゃないんだ」
その言葉に影の男はメデッタを見つめ、他の人間にはわからない皮肉な笑み
を浮かべた。メデッタも黙って視線を返す。二人の間に、不思議な濃厚の雰囲
気が流れた。
「…メデッタさん?」
リングが不思議そうにメデッタを見つめる。
「ああ、リング。何でもないよ。それより、さあ行こう。この男にケツ突っつ
かれないうちに、な」
「は、はい…。メデッタさん、メデッタさんも海竜族なんですから、下品な言
葉遣いはダメですよ」
「ああ、<ケツ>か?何なら、お尻といえばよかったのかな?」
「メデッタさん!!」
「はいはい、今度から気をつけますよ」
もう…、と口だけで呟いて、リングは先に歩いていってしまった。それを、
影の男が追う。
ギゼーも後を追おうとして、くらっと立ち眩みを起こした。
魔力、白い壁、意識。
後ろにいたメデッタがあわてて背中を支えた。
「大丈夫かね?」
「あっ…、すみません」
「気をつけたまえ」
ここで、メデッタはギゼーの耳元でそっとささやいた。
「<白>に喰われぬよう、せいぜいしっかり自我を保つんだな」
「え…?」
ギゼーが何か聞き返そうとしたときには、メデッタは「次は支えてやらん
ぞ」と言い放ち、つかつかと先を歩いていってしまっていた。
場所 白の遺跡
NPC メデッタ=オーシャン・影の男
___________________________________
「何でって、それは私が君たちよりも先に試練をクリアしたからに決まってい
るだろう?」
唖然としているギゼーとリングに向かって、メデッタはチッチッチッという
ように指を振る。
「全く、君たちは遅すぎるぞっ。私など、途中で倒れていたあの少女を遺跡の
外に運び出し、それからまた引き返してここまできたというのに」
「あの少女…って…」
「ジュヴィアさんのことですかっ!」
とたんに目の色が変わる二人。そんな二人に、メデッタは落ち着いて言っ
た。
「ああそうだ。あの、銀髪の少女のことだろう?あの少女なら、途中の部屋で
倒れていたところを、運び出して、近くの民家に預かってもらった。あの少女
には」
ここでメデッタの声のトーンが変わった。
「この遺跡の魔力は少々キツすぎたようだ」
「魔力…?」
何かがちくっと、ギゼーの頭の中に刺さった。何か、自分の核を揺るがすよ
うな。不思議な違和感のキィ・ワード。
魔力、白い壁、意識。
呆然とするギゼーの横で、リングはジュヴィアが無事だということに、心の
底から安心していた。
「よかったです…。私、ジュヴィアさんがあの後どうなってしまわれたのか、
とても心配だったんです…。おじ…、メ、メデッタさんが助けて下さったんで
すね。ありがとうございます」
「ははっ、礼には及ばんぞ、リングっ」
そういうメデッタの顔はどことなく嬉しそうだった。
「さて、次の道に進まなくてはな。リング、ギゼー君。早くしないと、そこの
男に怒られてしまう」
「ははっ、よく言うね。第一の試練をものともしなかったクセに」
今まで傍観していた影の男が皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「キミはそうとう鍛えてると見える」
「まあな。私もだてに<赤い色>で生きてきたわけじゃないんだ」
その言葉に影の男はメデッタを見つめ、他の人間にはわからない皮肉な笑み
を浮かべた。メデッタも黙って視線を返す。二人の間に、不思議な濃厚の雰囲
気が流れた。
「…メデッタさん?」
リングが不思議そうにメデッタを見つめる。
「ああ、リング。何でもないよ。それより、さあ行こう。この男にケツ突っつ
かれないうちに、な」
「は、はい…。メデッタさん、メデッタさんも海竜族なんですから、下品な言
葉遣いはダメですよ」
「ああ、<ケツ>か?何なら、お尻といえばよかったのかな?」
「メデッタさん!!」
「はいはい、今度から気をつけますよ」
もう…、と口だけで呟いて、リングは先に歩いていってしまった。それを、
影の男が追う。
ギゼーも後を追おうとして、くらっと立ち眩みを起こした。
魔力、白い壁、意識。
後ろにいたメデッタがあわてて背中を支えた。
「大丈夫かね?」
「あっ…、すみません」
「気をつけたまえ」
ここで、メデッタはギゼーの耳元でそっとささやいた。
「<白>に喰われぬよう、せいぜいしっかり自我を保つんだな」
「え…?」
ギゼーが何か聞き返そうとしたときには、メデッタは「次は支えてやらん
ぞ」と言い放ち、つかつかと先を歩いていってしまっていた。
PC:ギゼー、リング
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------
影の男――。
特殊な存在であり、白の遺跡と同化せし者。
彼の存在はこの白の遺跡にとって、無くてはならないものであった。ちょう
ど血液中に無数に点在し、血液の流出を防いだり、体内に侵入した異物を排除
する働きを持つ白血球の如く……彼はこの白の遺跡にとって、普遍の存在だった。
又彼は、この遺跡で起こる全ての出来事を見届ける義務を持つ者。
そして、この遺跡内にて志半ばにて倒れた者達に、容赦なく死を与えたる者
でもあった。
彼は、白の遺跡の裁定者と呼ばれる者――。
――― ○ ―――
「ところで、メデッタさん。何時の間に俺等と擦れ違ったんです? 全然、気
が付きませんでしたよ」
白の遺跡の何時果てるとも無く続く階段を、三人は昇っていた。この階段も
また、白く発光する何某かの物質で出来ていたが、天井や壁と思しき部分は黒
塗りで、まるで漆黒の空間に階段だけがぽっかりと浮いているように錯覚する。
星空に浮かぶ天の川の如く。唯の人でしかないギゼーなどは、階段に最初差し
掛かった時狼狽の色を見せたほどだ。上へ昇っているのか、それとも下に降り
ているのかさえも判らなくなってしまう。強いて言うならば、「下に昇っている」
といったところだろうか。何れにせよ、感覚で捉えにくいことは事実である。
影の男は、階段に差し掛かったところで、「それじゃあ、私は用事を思い出
したので、これにて失礼させて頂くよ」と言い残し、お辞儀と共に消え去って
いき、今は同行していない。「何の用事だか」と、ギゼーはその時ぼやきつつ
も呆然と見送るしかなかった。
メデッタは歩みを止めず口だけを動かして、ギゼーの質問に淡々と答えてい
く。
「それはだな、ギゼー君。単純なことさ。君とリングが通って来た通路と、私
の通って来た通路では、“位階”が違うからさ」
「“位階”……?」
思わず聞き返してしまったギゼー。耳慣れない言葉に、戸惑いを隠せないの
がありありと見て取れた。メデッタは、ギゼーの様子に初々しさを感じ、微笑
ましいと思って口許を綻ばせる。
それに対しリングの方は、鼻歌交じりで昇っていく。“位階”の話が耳に届
いているであろう事は明白なのに、まるでそんな話はさも当然といった風であ
る。そのリングの麗しい後姿を目で追いながらメデッタは話を続けた。
「そうだ。この遺跡は、少なからず“位階”がずれている様なのだ」
「だからぁ、“位階”って何ですか?」
多少怒気を含んで再度質問する、ギゼー。自分が二度目に質問したその意図
をはっきりと汲み取られていないと知って、多少げんなりとしていた。
「ギゼー君、きみぃ、そんなことも知らないのかね? そんなことでは、リン
グとは付き合っていけんぞ」
「いや、別に付き合うとかそういう問題じゃなくて……」
ギゼーは可笑しくなってきて、半分笑い出しそうになって言った。自分の言
葉がこれ程までに聞き入れられないとは。これはもう、怒りを通り越して笑う
しかないではないか。ギゼーは、苦笑交じりの表情でメデッタの次の言動を待
った。
そして、待ち望んでいた答えが遂に得られた。
「解った、解った。“位階”と言うのはだな……」
はて、どうやって説明したものかと、思案気に指で顎を擦りながらメデッタ
は語尾を濁した。
リングは背中で二人のやり取りを捉えながらも、「嗚呼、また、伯父様の長
いお話が始まった」と、密かに溜息を吐くのだった。
リングの大方の予想通り、メデッタの永遠ともつかない長~いお話は遂に始
まってしまったのだった――。
――― ○ ―――
“位階”というのはな、ギゼー君。
空間を階層別に分けた時の上下の関係と言えば、解り易いかな?
丁度ショートケーキのようなものだな。スポンジとスポンジの間に甘い甘い
クリームが挟んであるだろう。一度口に入れると、口の中でとろける様な甘さ
が広がって、病み付きになる……。あれと同じ様なものだよ。ほら、あれも階
層別に分かれているだろう?
ギゼー君、君は空間の構造について考えた事があるかね?
あ、いやいや、別に答えてくれなくとも良い。その顔を一目見れば、解るか
らね。君が、考えた事も想像した事すらも無い、という事がね。
空間というのは二元的であり、且つ三元的でもあるんだ。つまり、前後左右
の二元構造と、上下の三元構造だ。上下に広がる三元的空間階層の事を、“位
階”と言うんだ。
此処までは、解ったかね?
そして、此処からが重要なんだが、より上位の層に居る者は、下位の層に居
る者には触れる事も見る事も出来ないんだよ。つまり、我々から見れば“神”
の様な存在だね。君達人間が“神”と言って崇めている存在は大抵この類だな。
――神様が“位階”の上層部の人、存在だって言うんですか?
うん、そうだね。だからこそ、神の如き力――人間達は奇跡と呼ぶそうだが
――を行使する事が出来るとも言える。
――じゃあ、先程の“影の男”、あいつも神の如き存在なんですか!?
……いや、あいつは違うな。
あいつからはもっと別の、<ニオイ>がしていた。あいつは“神”の如き存
在であって、“神”ではない。少なくとも君達、人間の言う“神”という存在
でない事だけは確かだ。
それにあいつは……、此処の<場>に縛られているように思える。
何となくだがね。
――― ○ ―――
「<場>に縛られている……? それじゃあ、あいつをこの世界に呼び出した
のは、一体全体誰なんだ……」
メデッタが言葉を切って締め括ると、途端にギゼーが不安を隠し切れない面
持ちで呟いた。
無理も無い。海竜族であるリングやメデッタならばいざ知らず、ギゼーは一
介の人間でしかないのだ。その人間が、よりによって“神”の如き存在と渡り
歩かなければならないのだ。どんなに気丈な人間でも、どんなに強気で自信過
剰気味な人間でも、不安を抱いて然るべきものだ。下手を打つと、命を落とし
かねない危険な橋をこれから渡ろうと言うのだ。多少過剰気味に慎重にならざ
るを得ないだろうと想像を巡らせただけで、ギゼーの心に不安の種が芽吹き急
激に成長していく。かてて加えてここのダンジョンは特殊な空間の様で、とも
すると膝が頽折れかねないのだ。常に気を張り詰めていなければならないギゼ
ーにとって、とても辛い場所なのだ。今こうして歩いているだけでも――と思
惟を中断させるギゼー。
目の前に、片開きの質素な造りの扉が立ち塞がっていた。
メデッタがまるで意図していたかのように、話を切った一、二分後。数歩進
んだ先に、待ち構えていたかの様にその扉は聳え立っていた。それが、次の試
練へ続く扉だと理解するのに数秒掛かった。今まで見て来た扉とは、まるで造
りが違うのだ。その様子の違いに、唖然とする一行。
階段の踊り場のような場所で一旦足を止めると、改めて目と鼻の先にある扉
を観察するギゼー。
質素な造りだ。そう、思わざるを得ない程、簡素で無愛想な扉だ。
その扉は何故か片開きで、仄かに白く光っていた。簡素と質素とは紙一重で
意味合いが変わってくる。同じ様に思いがちだが、明らかに違う部分があるの
だ。今ギゼーが目の前にしている扉は、どちらかと言うとい簡素と言う小奇麗
な言葉ではなく、質素と言う色合いが強く出ていた。そして、なんとも面白味
の無い扉である。凡そ装飾と言う装飾は施されておらず、年代だけを積み重ね
て来た重厚さだけが感じられる古風な扉であった。
そのような感想を一括りに纏めて、頭の隅に追いやりながらギゼーは扉に手
を掛け、ゆっくりと開け放っていった。
開け放たれる扉を見て、ギゼーは開放感を覚えていた。
と同時に、第二の試練に繋がる<詩>が頭を過ぎる。
――道は四つに分かたれて人の心を惑わせる
――第五の部屋へと誘いし道標を見逃すな
扉は外見に似つかわしくない、重い軋み音を立てて徐々に開かれていく。
そして、扉の向こうに待っていたのは、“影の男”だった――。
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------
影の男――。
特殊な存在であり、白の遺跡と同化せし者。
彼の存在はこの白の遺跡にとって、無くてはならないものであった。ちょう
ど血液中に無数に点在し、血液の流出を防いだり、体内に侵入した異物を排除
する働きを持つ白血球の如く……彼はこの白の遺跡にとって、普遍の存在だった。
又彼は、この遺跡で起こる全ての出来事を見届ける義務を持つ者。
そして、この遺跡内にて志半ばにて倒れた者達に、容赦なく死を与えたる者
でもあった。
彼は、白の遺跡の裁定者と呼ばれる者――。
――― ○ ―――
「ところで、メデッタさん。何時の間に俺等と擦れ違ったんです? 全然、気
が付きませんでしたよ」
白の遺跡の何時果てるとも無く続く階段を、三人は昇っていた。この階段も
また、白く発光する何某かの物質で出来ていたが、天井や壁と思しき部分は黒
塗りで、まるで漆黒の空間に階段だけがぽっかりと浮いているように錯覚する。
星空に浮かぶ天の川の如く。唯の人でしかないギゼーなどは、階段に最初差し
掛かった時狼狽の色を見せたほどだ。上へ昇っているのか、それとも下に降り
ているのかさえも判らなくなってしまう。強いて言うならば、「下に昇っている」
といったところだろうか。何れにせよ、感覚で捉えにくいことは事実である。
影の男は、階段に差し掛かったところで、「それじゃあ、私は用事を思い出
したので、これにて失礼させて頂くよ」と言い残し、お辞儀と共に消え去って
いき、今は同行していない。「何の用事だか」と、ギゼーはその時ぼやきつつ
も呆然と見送るしかなかった。
メデッタは歩みを止めず口だけを動かして、ギゼーの質問に淡々と答えてい
く。
「それはだな、ギゼー君。単純なことさ。君とリングが通って来た通路と、私
の通って来た通路では、“位階”が違うからさ」
「“位階”……?」
思わず聞き返してしまったギゼー。耳慣れない言葉に、戸惑いを隠せないの
がありありと見て取れた。メデッタは、ギゼーの様子に初々しさを感じ、微笑
ましいと思って口許を綻ばせる。
それに対しリングの方は、鼻歌交じりで昇っていく。“位階”の話が耳に届
いているであろう事は明白なのに、まるでそんな話はさも当然といった風であ
る。そのリングの麗しい後姿を目で追いながらメデッタは話を続けた。
「そうだ。この遺跡は、少なからず“位階”がずれている様なのだ」
「だからぁ、“位階”って何ですか?」
多少怒気を含んで再度質問する、ギゼー。自分が二度目に質問したその意図
をはっきりと汲み取られていないと知って、多少げんなりとしていた。
「ギゼー君、きみぃ、そんなことも知らないのかね? そんなことでは、リン
グとは付き合っていけんぞ」
「いや、別に付き合うとかそういう問題じゃなくて……」
ギゼーは可笑しくなってきて、半分笑い出しそうになって言った。自分の言
葉がこれ程までに聞き入れられないとは。これはもう、怒りを通り越して笑う
しかないではないか。ギゼーは、苦笑交じりの表情でメデッタの次の言動を待
った。
そして、待ち望んでいた答えが遂に得られた。
「解った、解った。“位階”と言うのはだな……」
はて、どうやって説明したものかと、思案気に指で顎を擦りながらメデッタ
は語尾を濁した。
リングは背中で二人のやり取りを捉えながらも、「嗚呼、また、伯父様の長
いお話が始まった」と、密かに溜息を吐くのだった。
リングの大方の予想通り、メデッタの永遠ともつかない長~いお話は遂に始
まってしまったのだった――。
――― ○ ―――
“位階”というのはな、ギゼー君。
空間を階層別に分けた時の上下の関係と言えば、解り易いかな?
丁度ショートケーキのようなものだな。スポンジとスポンジの間に甘い甘い
クリームが挟んであるだろう。一度口に入れると、口の中でとろける様な甘さ
が広がって、病み付きになる……。あれと同じ様なものだよ。ほら、あれも階
層別に分かれているだろう?
ギゼー君、君は空間の構造について考えた事があるかね?
あ、いやいや、別に答えてくれなくとも良い。その顔を一目見れば、解るか
らね。君が、考えた事も想像した事すらも無い、という事がね。
空間というのは二元的であり、且つ三元的でもあるんだ。つまり、前後左右
の二元構造と、上下の三元構造だ。上下に広がる三元的空間階層の事を、“位
階”と言うんだ。
此処までは、解ったかね?
そして、此処からが重要なんだが、より上位の層に居る者は、下位の層に居
る者には触れる事も見る事も出来ないんだよ。つまり、我々から見れば“神”
の様な存在だね。君達人間が“神”と言って崇めている存在は大抵この類だな。
――神様が“位階”の上層部の人、存在だって言うんですか?
うん、そうだね。だからこそ、神の如き力――人間達は奇跡と呼ぶそうだが
――を行使する事が出来るとも言える。
――じゃあ、先程の“影の男”、あいつも神の如き存在なんですか!?
……いや、あいつは違うな。
あいつからはもっと別の、<ニオイ>がしていた。あいつは“神”の如き存
在であって、“神”ではない。少なくとも君達、人間の言う“神”という存在
でない事だけは確かだ。
それにあいつは……、此処の<場>に縛られているように思える。
何となくだがね。
――― ○ ―――
「<場>に縛られている……? それじゃあ、あいつをこの世界に呼び出した
のは、一体全体誰なんだ……」
メデッタが言葉を切って締め括ると、途端にギゼーが不安を隠し切れない面
持ちで呟いた。
無理も無い。海竜族であるリングやメデッタならばいざ知らず、ギゼーは一
介の人間でしかないのだ。その人間が、よりによって“神”の如き存在と渡り
歩かなければならないのだ。どんなに気丈な人間でも、どんなに強気で自信過
剰気味な人間でも、不安を抱いて然るべきものだ。下手を打つと、命を落とし
かねない危険な橋をこれから渡ろうと言うのだ。多少過剰気味に慎重にならざ
るを得ないだろうと想像を巡らせただけで、ギゼーの心に不安の種が芽吹き急
激に成長していく。かてて加えてここのダンジョンは特殊な空間の様で、とも
すると膝が頽折れかねないのだ。常に気を張り詰めていなければならないギゼ
ーにとって、とても辛い場所なのだ。今こうして歩いているだけでも――と思
惟を中断させるギゼー。
目の前に、片開きの質素な造りの扉が立ち塞がっていた。
メデッタがまるで意図していたかのように、話を切った一、二分後。数歩進
んだ先に、待ち構えていたかの様にその扉は聳え立っていた。それが、次の試
練へ続く扉だと理解するのに数秒掛かった。今まで見て来た扉とは、まるで造
りが違うのだ。その様子の違いに、唖然とする一行。
階段の踊り場のような場所で一旦足を止めると、改めて目と鼻の先にある扉
を観察するギゼー。
質素な造りだ。そう、思わざるを得ない程、簡素で無愛想な扉だ。
その扉は何故か片開きで、仄かに白く光っていた。簡素と質素とは紙一重で
意味合いが変わってくる。同じ様に思いがちだが、明らかに違う部分があるの
だ。今ギゼーが目の前にしている扉は、どちらかと言うとい簡素と言う小奇麗
な言葉ではなく、質素と言う色合いが強く出ていた。そして、なんとも面白味
の無い扉である。凡そ装飾と言う装飾は施されておらず、年代だけを積み重ね
て来た重厚さだけが感じられる古風な扉であった。
そのような感想を一括りに纏めて、頭の隅に追いやりながらギゼーは扉に手
を掛け、ゆっくりと開け放っていった。
開け放たれる扉を見て、ギゼーは開放感を覚えていた。
と同時に、第二の試練に繋がる<詩>が頭を過ぎる。
――道は四つに分かたれて人の心を惑わせる
――第五の部屋へと誘いし道標を見逃すな
扉は外見に似つかわしくない、重い軋み音を立てて徐々に開かれていく。
そして、扉の向こうに待っていたのは、“影の男”だった――。