◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ<ラオ・コーン>の右腕 リンダ バッティ ジン ケン
場所:天界格闘場~元・ラオウ邸
----------------------†----------------------
チェイミー・マクラウド・ニグデクト。美しい瑠璃色の乙女。
全身から力が抜けていく。凄まじい勢いで、とにかく『吸われている』こと
だけは解った。赤黒い爪は、彼女の白いブラウスの右腕に深々と突き立っている。
「…ぅ!」
だるい。
これが死ぬということ?
死ねるのなら、これでも構わない。
「ジュヴィアちゃんっ!」
ギゼーが駆け寄り、蠢く右腕に手をかけようとするが、ラオ・コーンの右腕は自
在に動き回り、それを許さない。
「いけません!ジュヴィアさん、早く振り払って!私の魔法では『爪』だけを狙
うことは出来ません!」
リングが悲痛な声をあげながら走ってくる。しかし、その叫びもジュヴィアの
ぼんやりとした思考には届かなかった。
――いいでしょう、このままで。私は死にたいのですから
振り払うこともせず、ぼんやりとなすがままになっているジュヴィアの様子に、
ギゼーもリングも気づいたようだった。
「どうしたんだ!振り払わないと…!」
だが、もう遅い。ラオ・コーンの右腕から、ぞろりと様々な組織が溢れ出る。
グロテスクなその様子に、リンダとバッティが思わずたじろいだ。組織はめきめ
きと増殖し、再び人型を為す。つい先ほど死んだはずの、ラオウ――ラオ・コー
ンの顔が頭についていた。皮膚のないその様は、正に化け物というに相応しい。
「なッ―!」
全員が息を呑む。化け物はゆっくりと辺りを見回して言葉を発した。
「小賢しいレアアイテム、あの程度で私を殺したと思ってもらっては困る」
「……!」
あちこちが不完全なままの姿で、ラオ・コーンが立ち上がった。
「所詮は小娘、我が『爪』に抗うことも出来ぬとは…」
そう言うと、突き立てた爪をずばッと抜く。ジュヴィアの右腕が血に塗れた。
「てめぇ!」
「ギゼーさん!ダメです!近寄れば間違いなく殺されます!」
リングの制止に、ギゼーは怒鳴った。
「そんなこと…ジュヴィアちゃんはどうなる!」
「小娘か?」
ラオ・コーンの顔面の筋肉が歪む――皮膚がついていれば「笑った」ことにな
るのだろうが。
「安心しろ、小僧。命までは取らん。いたぶり殺す楽しみを失う訳にはいかぬ」
「また?」
ラオ・コーンも含め全員が、その声に凍りついた。
「また、私は死ねないのですね?貴方は私を殺さない、そうでしょう?」
ゆらり、と空気が揺れる。立ち上がる彼女に、全員の目が釘付けになった。
――ジュヴィア。
「ころしなさい」
紫色の瞳で、彼女はラオ・コーンを見つめる。
「私を殺しなさい。さもなくば、貴方を殺します」
幼い声がとうとうと語りかける。ラオ・コーンはふらふらと彼女に近寄ろうとし
た。
「危ないッ!」
ギゼーが空色の玉をラオ・コーンに投げつける。幾つものかまいたちが生じ、ラ
オ・コーンの体を切り裂いた。そのままラオ・コーンはくず折れる。ジュヴィア
はゆっくりとギゼーを眺め、それから口を開いた。
「邪魔が入れば、私を殺せないの?貴方には私を殺せないのね?」
ラオ・コーンの首に、斧の刃が宛がわれる。
「ならば、貴方を殺すわ」
――刹那。
ギゼーの目には勿論、リングでも動きを追うのが漸くといった速さで、彼女の
斧が閃いた。続いて吹き上がる血飛沫。ジュヴィアのモノトーンの服に、鮮やか
過ぎる返り血が次々に染み付いていく。
「もう、止めろよッ!」
ギゼーが叫ぶが、ジュヴィアの斧はラオ・コーンに振り下ろされつづける。
まるで狂った獣のように、その斧がラオ・コーンを食らう。
『爪』の、最後の最後の欠片が、未だ蠢きつづける。ジュヴィアはそれを、エ
ナメルの黒い靴で勢いよく踏みつけた。ぐりぐりとえぐり込むように足を動かす。
そうして、彼女は倒れた。まるで発条の切れたカラクリ人形のように。
瞼をゆっくりと持ち上げる。まだ死んでいない。死ぬはずがない。あの程度で。
焼け付く右腕は、その証拠だ。起き上がろうとして、思わず口から声が零れた。
「…っぅ」
苦しい。死ねもしないのに。
声で気づいたのか、寝台の傍にいたらしいギゼーとリングが顔を覗き込んでく
る。二人とも、心配半分、安堵半分という表情だ。
「あ、気がついたんですね!良かったです!まだ起きない方が良いですよ」
リングがそう言った。
「ここ…」
「ああ、ここは元・ラオウの家だよ。尤も、もうすぐ取り壊しになるそうだがな」
ギゼーが答える。ラオウ、と聞いて、ジュヴィアの頭の中に「殺す自分」のヴィ
ジョンが克明に浮かんだ。
「私…」
「ジュヴィアさんは丸2日も寝てましたよ。まだ治っていないんですから、あん
まり喋っちゃダメです」
リングはジュヴィアの左手を軽く取る。だが、そんな忠告は今の彼女に必要な
かった。
「……驚いたでしょう」
室内の空気が、その一言でヒヤリと冷たくなる。
「な、何言ってるんだよ。今は寝て、話はそれからだろ」
ギゼーがそう言うが、ジュヴィアの言葉は続いた。
「…お話ししようと思います。全て」
自分の手を取るリングの手を、微かに握り返しながら。
ジュヴィアは、話し始めた。
「……私の母は、国ではそれなりに名の通った魔術師でした」
ひとつひとつを、ただ静かに語る。
「王国のアカデミーを飛び級卒業した時に、宮廷魔術師ではなく遺跡ハンターと
しての道を選びました」
「フリーの遺跡ハンター?宮廷魔術師でなく?」
ギゼーの言葉に、リングが首をかしげる。
「遺跡ハンター?宮廷魔術師?」
「遺跡ハンターってのは、まだ手付かずの遺跡を調査するのが仕事の奴らさ。宮
廷魔術師はその名の通り、宮廷に使える魔術師だ。当然遺跡ハンターより危険
も少ないし、給料だって比べ物にならない」
「そうです。国で極めて有名だった大賢者の息子と二人組みで、あちこちの遺跡
を探索していました。でも」
一旦口をつぐみ、それから一呼吸置く。
「……母は、裏切られたのです」
「…裏切られた?」
「……その、パートナーに、ですか?」
ゆっくりと、ジュヴィアは首を縦に動かした。
「彼の手引きで、母は…」
声が僅かに震える。
言わなくても良い事なのに。
――でも。
「母は、夢魔インキュバスに犯されたのです」
その言葉を聞き、ギゼーとリングの顔が驚愕に引き攣った。
――やっぱり
ぎゅ、と一度瞼を閉じて、もう一度開ける。
――最後まで、言わなくちゃ。
「私は、その時の子です」
「――何だって!それじゃ――」
思わずギゼーが立ち上がる。
「私の父親は、インキュバスです」
「…そんな…!」
リングが、ぎゅっと手を握ってくる。
段々、視界が薄れてきた。
「ごめんなさい…今お話できるのはここまでです…」
こんな話をして、予想以上に疲れた。
精神的にも。
「少し…眠ります」
そして、ジュヴィアはゆっくりとまどろみの世界に落ちた。
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ<ラオ・コーン>の右腕 リンダ バッティ ジン ケン
場所:天界格闘場~元・ラオウ邸
----------------------†----------------------
チェイミー・マクラウド・ニグデクト。美しい瑠璃色の乙女。
全身から力が抜けていく。凄まじい勢いで、とにかく『吸われている』こと
だけは解った。赤黒い爪は、彼女の白いブラウスの右腕に深々と突き立っている。
「…ぅ!」
だるい。
これが死ぬということ?
死ねるのなら、これでも構わない。
「ジュヴィアちゃんっ!」
ギゼーが駆け寄り、蠢く右腕に手をかけようとするが、ラオ・コーンの右腕は自
在に動き回り、それを許さない。
「いけません!ジュヴィアさん、早く振り払って!私の魔法では『爪』だけを狙
うことは出来ません!」
リングが悲痛な声をあげながら走ってくる。しかし、その叫びもジュヴィアの
ぼんやりとした思考には届かなかった。
――いいでしょう、このままで。私は死にたいのですから
振り払うこともせず、ぼんやりとなすがままになっているジュヴィアの様子に、
ギゼーもリングも気づいたようだった。
「どうしたんだ!振り払わないと…!」
だが、もう遅い。ラオ・コーンの右腕から、ぞろりと様々な組織が溢れ出る。
グロテスクなその様子に、リンダとバッティが思わずたじろいだ。組織はめきめ
きと増殖し、再び人型を為す。つい先ほど死んだはずの、ラオウ――ラオ・コー
ンの顔が頭についていた。皮膚のないその様は、正に化け物というに相応しい。
「なッ―!」
全員が息を呑む。化け物はゆっくりと辺りを見回して言葉を発した。
「小賢しいレアアイテム、あの程度で私を殺したと思ってもらっては困る」
「……!」
あちこちが不完全なままの姿で、ラオ・コーンが立ち上がった。
「所詮は小娘、我が『爪』に抗うことも出来ぬとは…」
そう言うと、突き立てた爪をずばッと抜く。ジュヴィアの右腕が血に塗れた。
「てめぇ!」
「ギゼーさん!ダメです!近寄れば間違いなく殺されます!」
リングの制止に、ギゼーは怒鳴った。
「そんなこと…ジュヴィアちゃんはどうなる!」
「小娘か?」
ラオ・コーンの顔面の筋肉が歪む――皮膚がついていれば「笑った」ことにな
るのだろうが。
「安心しろ、小僧。命までは取らん。いたぶり殺す楽しみを失う訳にはいかぬ」
「また?」
ラオ・コーンも含め全員が、その声に凍りついた。
「また、私は死ねないのですね?貴方は私を殺さない、そうでしょう?」
ゆらり、と空気が揺れる。立ち上がる彼女に、全員の目が釘付けになった。
――ジュヴィア。
「ころしなさい」
紫色の瞳で、彼女はラオ・コーンを見つめる。
「私を殺しなさい。さもなくば、貴方を殺します」
幼い声がとうとうと語りかける。ラオ・コーンはふらふらと彼女に近寄ろうとし
た。
「危ないッ!」
ギゼーが空色の玉をラオ・コーンに投げつける。幾つものかまいたちが生じ、ラ
オ・コーンの体を切り裂いた。そのままラオ・コーンはくず折れる。ジュヴィア
はゆっくりとギゼーを眺め、それから口を開いた。
「邪魔が入れば、私を殺せないの?貴方には私を殺せないのね?」
ラオ・コーンの首に、斧の刃が宛がわれる。
「ならば、貴方を殺すわ」
――刹那。
ギゼーの目には勿論、リングでも動きを追うのが漸くといった速さで、彼女の
斧が閃いた。続いて吹き上がる血飛沫。ジュヴィアのモノトーンの服に、鮮やか
過ぎる返り血が次々に染み付いていく。
「もう、止めろよッ!」
ギゼーが叫ぶが、ジュヴィアの斧はラオ・コーンに振り下ろされつづける。
まるで狂った獣のように、その斧がラオ・コーンを食らう。
『爪』の、最後の最後の欠片が、未だ蠢きつづける。ジュヴィアはそれを、エ
ナメルの黒い靴で勢いよく踏みつけた。ぐりぐりとえぐり込むように足を動かす。
そうして、彼女は倒れた。まるで発条の切れたカラクリ人形のように。
瞼をゆっくりと持ち上げる。まだ死んでいない。死ぬはずがない。あの程度で。
焼け付く右腕は、その証拠だ。起き上がろうとして、思わず口から声が零れた。
「…っぅ」
苦しい。死ねもしないのに。
声で気づいたのか、寝台の傍にいたらしいギゼーとリングが顔を覗き込んでく
る。二人とも、心配半分、安堵半分という表情だ。
「あ、気がついたんですね!良かったです!まだ起きない方が良いですよ」
リングがそう言った。
「ここ…」
「ああ、ここは元・ラオウの家だよ。尤も、もうすぐ取り壊しになるそうだがな」
ギゼーが答える。ラオウ、と聞いて、ジュヴィアの頭の中に「殺す自分」のヴィ
ジョンが克明に浮かんだ。
「私…」
「ジュヴィアさんは丸2日も寝てましたよ。まだ治っていないんですから、あん
まり喋っちゃダメです」
リングはジュヴィアの左手を軽く取る。だが、そんな忠告は今の彼女に必要な
かった。
「……驚いたでしょう」
室内の空気が、その一言でヒヤリと冷たくなる。
「な、何言ってるんだよ。今は寝て、話はそれからだろ」
ギゼーがそう言うが、ジュヴィアの言葉は続いた。
「…お話ししようと思います。全て」
自分の手を取るリングの手を、微かに握り返しながら。
ジュヴィアは、話し始めた。
「……私の母は、国ではそれなりに名の通った魔術師でした」
ひとつひとつを、ただ静かに語る。
「王国のアカデミーを飛び級卒業した時に、宮廷魔術師ではなく遺跡ハンターと
しての道を選びました」
「フリーの遺跡ハンター?宮廷魔術師でなく?」
ギゼーの言葉に、リングが首をかしげる。
「遺跡ハンター?宮廷魔術師?」
「遺跡ハンターってのは、まだ手付かずの遺跡を調査するのが仕事の奴らさ。宮
廷魔術師はその名の通り、宮廷に使える魔術師だ。当然遺跡ハンターより危険
も少ないし、給料だって比べ物にならない」
「そうです。国で極めて有名だった大賢者の息子と二人組みで、あちこちの遺跡
を探索していました。でも」
一旦口をつぐみ、それから一呼吸置く。
「……母は、裏切られたのです」
「…裏切られた?」
「……その、パートナーに、ですか?」
ゆっくりと、ジュヴィアは首を縦に動かした。
「彼の手引きで、母は…」
声が僅かに震える。
言わなくても良い事なのに。
――でも。
「母は、夢魔インキュバスに犯されたのです」
その言葉を聞き、ギゼーとリングの顔が驚愕に引き攣った。
――やっぱり
ぎゅ、と一度瞼を閉じて、もう一度開ける。
――最後まで、言わなくちゃ。
「私は、その時の子です」
「――何だって!それじゃ――」
思わずギゼーが立ち上がる。
「私の父親は、インキュバスです」
「…そんな…!」
リングが、ぎゅっと手を握ってくる。
段々、視界が薄れてきた。
「ごめんなさい…今お話できるのはここまでです…」
こんな話をして、予想以上に疲れた。
精神的にも。
「少し…眠ります」
そして、ジュヴィアはゆっくりとまどろみの世界に落ちた。
PR
◆――――――――――――――――――――――――――――
PC ギゼー リング (ジュヴィア) 場所 旧ラオウ邸ベランダ
NPC メデッタ=オーシャン
-いもうとの にんぎょひめは 海の 上へ むかいました。
海の 上には 大きな ふねが うかんで いました-
今宵は大きな満月が空に浮かんでいた。その光が優しく白亜の豪邸・・・旧
ラオウ邸を照らす。その豪邸のベランダに、リングとギゼーの二人はいた。二
人とも会話もなく、大理石の手すりにもたれかかって月を見上げている。
二人とも考えていることはただ一つ、・・・ジュヴィアのことについてだ。
「あのう・・・」
先に話しかけたのはリングの方だった。長いまつげを伏せ、戸惑いがちに、
リングは尋ねる。
「あの・・・、非常にお聞きしづらいことなのですが・・・、その・・・」
ぱっとギゼーの顔を見つめてリングは言った。
「ギゼーさんは、ジュヴィアさんをどうお思いになりましたか?・・・その、
例えばですよ・・・、恐ろしいとか・・・、お思いになりましたでしょう
か・・・?」
「・・・リングちゃんは?」
「えっ?」
逆に聞き返されて、リングは戸惑った。ギゼーも、リングの顔を見据えて言
う。
「リングちゃんは、ジュヴィアちゃんをどう思った?」
その眼差しは妙に真摯だった。月光にギゼーの瞳が光って見える。
「私は・・・」
リングは少し目線を下にそらした。そして、おもむろに月を見上げる。月光
がリングを神秘的に照らす。
「・・・人間は、自分と質が異なるものを、排除するという傾向があると聞き
ました。ですから、人間はジュヴィアさんのような方をあまり受け入れようと
しませんよね・・・」
しかし、リングは月光の中で柔らかく笑った。
「・・・でも、私は海竜族ですから、関係ありません。ジュヴィアさんがどん
な種族であろうと、お優しいジュヴィアさんであることに変わりはありません
ですし」
それを見て、ギゼーはふっと安堵したように笑った。
「俺も、そう思う」
「えっ!ギゼーさんも海竜族だったのですか!?そうとは知らず私・・・」
「なっ、違うって!そうじゃなくって、俺もリングちゃんと同じ風に考えてた
ってこと!」
「・・・ふふ、冗談ですよ」
そう言って不意に柔らかい笑みを自分に向けたリングに、ギゼーは戸惑っ
た。第一、リングの口から「冗談」という言葉を聞けたのが驚きだ。
「私、ギゼーさんがそう言って下さると信じていました。ギゼーさんは、誰か
を種族で差別するような方ではないですからね」
そう言ってリングは、ふわっとした笑みをギゼーに向けた。夜風に髪の毛が
さらりとなびく。・・・その整った笑みは知性的な人間の笑みだ。優しさを、
仄かに醸し出すような笑み。
(う・・・っ)
その笑みにギゼーはちょっぴりどきっとして、顔をそらした。
(いかんいかん、こんな男か女かわかんないヤツにドキッとしてどうするん
だ、俺!)
「?」
その隣ではリングが不思議そうな顔をしている。・・・相変わらず、天然なリ
ングであった。
「これから、ギゼーさんはどうなされるんですか?」
「ん?」
「トレジャーハンターのお仕事をお受けになられたりはしないのですか?」
「仕事?ああ、そういえばあったな、仕事が」
思い出したようにギゼーはぽんっと手をうった。どうやら、ここしばらくの
忙しさに仕事をすっかり忘れていたようだ。
「実はな、情報屋・・・君も知ってるセルな、あいつから、有力なお宝の情報
を手に入れたんだ」
「わあ、それはすごいです!どのようなお宝ですか?」
「ふふん、それはな・・・<竜の爪>っていうんだ」
得意げなギゼーとは対照的に、それを聞いたリングの表情がすっと変わっ
た。<竜の爪>・・・その名からいってそれが<竜を加工したもの>である可
能性は高い。自分を<レアアイテム>という忌まわしい名で呼んだラオ・コー
ンが、リングの脳裏に浮かんだ。
「ギゼーさんっ!それは一体どのようなお宝ですか!!」
いきなり必死な表情でリングはギゼーの胸倉をつかんだ。
「わっ・・・!わ・・っ!ちょっと、リングちゃん??」
「お願いです!どうか教えてください!!」
「わっ、わかったから・・・!放せよっ!」
はっとして、リングはギゼーの服を放した。
「す・・・すみません・・・」
「全く・・・、いきなりどうしたんだ・・・?」
「すみません・・・」
謝るだけで、リングは訳を話そうとはしない。ギゼーはふうっとため息をつく
と、袋から一枚の紙を取り出した。
「なんでも、竜の爪っていうのは、古の王国の王冠のことだそうだ。その王冠
は美しいだけじゃなく、竜の魔力が眠っているらしいぜ・・。でも、俺がセル
から聞いたのは、その王国が「エキドナ」って名前っていうことぐらいで、あ
とはアイツにこの地図を渡されただけだ」
ギゼーから受け取り、リングはその地図を見た。
「これは・・・、ここ、ソフィニアの地図のようですね」
地図はあるひとつの場所に赤でバツ印がつけられている。
「それ、ある人間の家の場所を示しているらしいけど、なんでも、俺よりソイ
ツのほうがそのことについては詳しいだろうから、俺が紹介しておくからソイ
ツに詳しい情報を聞けって。・・・全く、無責任だよな。何でもソイツ、<竜
のアイテム>についてはかなり詳しいらしく・・・」
「あのう、・・・とても言いづらいのですが」
リングがおどおどした目をギゼーに向けた。
「何だ?」
「この地図が示す場所って・・・、ここなんですけど・・・」
「!」
ギゼーはリングから地図を奪い取るとまじまじと見つめた。指で地図の道のり
をなぞる。
「・・・本当だ」
「・・・本末転倒ですね」
はぁぁぁぁ・・・と、ギゼーは豪快なため息をついた。
「全く、よりによってコイツかよ・・・。ま、今となってはこんなヤツから情
報なんてもらいたくもないけどな」
「でも、これで情報がもらえなくなってしまいましたね。どうするんです
か・・・、ギゼーさん?」
「本っ当、どうしようかな、俺・・・」
そういってギゼーがぼりぼりと頭を掻き毟ったその時、
すわっと、何者かが目の前でジャンプし、目の前の手すりの上にタトン、とい
う音をたてて降り立った。その者の着ている黒いマントがぶわっと、風になび
いて翻る。
「その情報は興味深いねぇ・・・。よければ私がいい情報を教えてあげましょ
うか?」
「!!」
この人物の突然の登場に、二人は後ろに下がると、きっと身構えた。リングは
ファイティングポーズをとり、ギゼーは袋に手を伸ばす。すると、その人物は
おいおいおいといった様子で手をぶんぶんと振った。
「ちょっと、誤解しないでもらいたいな。私はリングに用があってここに来た
だけなんだ。・・・久しぶりだね、リング。会いたかったよ」
しかし、リングはその人物に見覚えがない。
「貴方、何故私の名前を!!何者です!」
その言葉に、相手はちょっとびっくりしたようだった。
「まさか、私が判らないのかい??・・・まあ、この姿では無理ないか。リン
グ、私だよ、・・・メデッタだ」
とたんにリングの目が大きく見開かれた。
「えっ・・・もしかして、メデッタ伯父様ですか!!」
その人物は苦笑した。
「・・・だからその、<伯父様>はやめるように言っているだろう。リング」
PC ギゼー リング (ジュヴィア) 場所 旧ラオウ邸ベランダ
NPC メデッタ=オーシャン
-いもうとの にんぎょひめは 海の 上へ むかいました。
海の 上には 大きな ふねが うかんで いました-
今宵は大きな満月が空に浮かんでいた。その光が優しく白亜の豪邸・・・旧
ラオウ邸を照らす。その豪邸のベランダに、リングとギゼーの二人はいた。二
人とも会話もなく、大理石の手すりにもたれかかって月を見上げている。
二人とも考えていることはただ一つ、・・・ジュヴィアのことについてだ。
「あのう・・・」
先に話しかけたのはリングの方だった。長いまつげを伏せ、戸惑いがちに、
リングは尋ねる。
「あの・・・、非常にお聞きしづらいことなのですが・・・、その・・・」
ぱっとギゼーの顔を見つめてリングは言った。
「ギゼーさんは、ジュヴィアさんをどうお思いになりましたか?・・・その、
例えばですよ・・・、恐ろしいとか・・・、お思いになりましたでしょう
か・・・?」
「・・・リングちゃんは?」
「えっ?」
逆に聞き返されて、リングは戸惑った。ギゼーも、リングの顔を見据えて言
う。
「リングちゃんは、ジュヴィアちゃんをどう思った?」
その眼差しは妙に真摯だった。月光にギゼーの瞳が光って見える。
「私は・・・」
リングは少し目線を下にそらした。そして、おもむろに月を見上げる。月光
がリングを神秘的に照らす。
「・・・人間は、自分と質が異なるものを、排除するという傾向があると聞き
ました。ですから、人間はジュヴィアさんのような方をあまり受け入れようと
しませんよね・・・」
しかし、リングは月光の中で柔らかく笑った。
「・・・でも、私は海竜族ですから、関係ありません。ジュヴィアさんがどん
な種族であろうと、お優しいジュヴィアさんであることに変わりはありません
ですし」
それを見て、ギゼーはふっと安堵したように笑った。
「俺も、そう思う」
「えっ!ギゼーさんも海竜族だったのですか!?そうとは知らず私・・・」
「なっ、違うって!そうじゃなくって、俺もリングちゃんと同じ風に考えてた
ってこと!」
「・・・ふふ、冗談ですよ」
そう言って不意に柔らかい笑みを自分に向けたリングに、ギゼーは戸惑っ
た。第一、リングの口から「冗談」という言葉を聞けたのが驚きだ。
「私、ギゼーさんがそう言って下さると信じていました。ギゼーさんは、誰か
を種族で差別するような方ではないですからね」
そう言ってリングは、ふわっとした笑みをギゼーに向けた。夜風に髪の毛が
さらりとなびく。・・・その整った笑みは知性的な人間の笑みだ。優しさを、
仄かに醸し出すような笑み。
(う・・・っ)
その笑みにギゼーはちょっぴりどきっとして、顔をそらした。
(いかんいかん、こんな男か女かわかんないヤツにドキッとしてどうするん
だ、俺!)
「?」
その隣ではリングが不思議そうな顔をしている。・・・相変わらず、天然なリ
ングであった。
「これから、ギゼーさんはどうなされるんですか?」
「ん?」
「トレジャーハンターのお仕事をお受けになられたりはしないのですか?」
「仕事?ああ、そういえばあったな、仕事が」
思い出したようにギゼーはぽんっと手をうった。どうやら、ここしばらくの
忙しさに仕事をすっかり忘れていたようだ。
「実はな、情報屋・・・君も知ってるセルな、あいつから、有力なお宝の情報
を手に入れたんだ」
「わあ、それはすごいです!どのようなお宝ですか?」
「ふふん、それはな・・・<竜の爪>っていうんだ」
得意げなギゼーとは対照的に、それを聞いたリングの表情がすっと変わっ
た。<竜の爪>・・・その名からいってそれが<竜を加工したもの>である可
能性は高い。自分を<レアアイテム>という忌まわしい名で呼んだラオ・コー
ンが、リングの脳裏に浮かんだ。
「ギゼーさんっ!それは一体どのようなお宝ですか!!」
いきなり必死な表情でリングはギゼーの胸倉をつかんだ。
「わっ・・・!わ・・っ!ちょっと、リングちゃん??」
「お願いです!どうか教えてください!!」
「わっ、わかったから・・・!放せよっ!」
はっとして、リングはギゼーの服を放した。
「す・・・すみません・・・」
「全く・・・、いきなりどうしたんだ・・・?」
「すみません・・・」
謝るだけで、リングは訳を話そうとはしない。ギゼーはふうっとため息をつく
と、袋から一枚の紙を取り出した。
「なんでも、竜の爪っていうのは、古の王国の王冠のことだそうだ。その王冠
は美しいだけじゃなく、竜の魔力が眠っているらしいぜ・・。でも、俺がセル
から聞いたのは、その王国が「エキドナ」って名前っていうことぐらいで、あ
とはアイツにこの地図を渡されただけだ」
ギゼーから受け取り、リングはその地図を見た。
「これは・・・、ここ、ソフィニアの地図のようですね」
地図はあるひとつの場所に赤でバツ印がつけられている。
「それ、ある人間の家の場所を示しているらしいけど、なんでも、俺よりソイ
ツのほうがそのことについては詳しいだろうから、俺が紹介しておくからソイ
ツに詳しい情報を聞けって。・・・全く、無責任だよな。何でもソイツ、<竜
のアイテム>についてはかなり詳しいらしく・・・」
「あのう、・・・とても言いづらいのですが」
リングがおどおどした目をギゼーに向けた。
「何だ?」
「この地図が示す場所って・・・、ここなんですけど・・・」
「!」
ギゼーはリングから地図を奪い取るとまじまじと見つめた。指で地図の道のり
をなぞる。
「・・・本当だ」
「・・・本末転倒ですね」
はぁぁぁぁ・・・と、ギゼーは豪快なため息をついた。
「全く、よりによってコイツかよ・・・。ま、今となってはこんなヤツから情
報なんてもらいたくもないけどな」
「でも、これで情報がもらえなくなってしまいましたね。どうするんです
か・・・、ギゼーさん?」
「本っ当、どうしようかな、俺・・・」
そういってギゼーがぼりぼりと頭を掻き毟ったその時、
すわっと、何者かが目の前でジャンプし、目の前の手すりの上にタトン、とい
う音をたてて降り立った。その者の着ている黒いマントがぶわっと、風になび
いて翻る。
「その情報は興味深いねぇ・・・。よければ私がいい情報を教えてあげましょ
うか?」
「!!」
この人物の突然の登場に、二人は後ろに下がると、きっと身構えた。リングは
ファイティングポーズをとり、ギゼーは袋に手を伸ばす。すると、その人物は
おいおいおいといった様子で手をぶんぶんと振った。
「ちょっと、誤解しないでもらいたいな。私はリングに用があってここに来た
だけなんだ。・・・久しぶりだね、リング。会いたかったよ」
しかし、リングはその人物に見覚えがない。
「貴方、何故私の名前を!!何者です!」
その言葉に、相手はちょっとびっくりしたようだった。
「まさか、私が判らないのかい??・・・まあ、この姿では無理ないか。リン
グ、私だよ、・・・メデッタだ」
とたんにリングの目が大きく見開かれた。
「えっ・・・もしかして、メデッタ伯父様ですか!!」
その人物は苦笑した。
「・・・だからその、<伯父様>はやめるように言っているだろう。リング」
◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:メデッタ=オーシャン(伯父様)
場所:夢の中、とある街~馬車の中(現在)~ソフィニア、元ラオウ邸(回想)
*++-----------++**++-----------++**++-----------++*
それは影
それは蠢くモノ
それは虚ろ
それは掴めぬモノ
貴方と一つとなりたるそれは…
呪い―。
満月の夜―。
今宵もその刻[とき]がやってくる。
夜半を過ぎた頃、鞠の如き月から放射される銀光が名も知らぬ街を彩っている。そ
の美しき光のシャワーを浴びて、躍る影が一つ有った。
それは、まるで意志ある者の如く踊り狂っていた。
そしてその“影”の持ち主である、彼もまたひた走っていた。
何かを追い駆けるかの如く、又は何かに追い駆けられているかの如く。
銀光の中浮かび上がる彼の表情は、憔悴し切っていた。
そこは見知らぬ街だった。いつも立ち寄る、見知った街などではなく、ましてや、
ギゼーの故郷の地でも無かった。偶然、冒険の途中に立ち寄っただけの、見知らぬ
街。道という道全てが剥き出しの地面という、田舎道しか無かったガロウズ村と違
い、この街は人通りの無い裏路地ですら煉瓦造りである。そればかりか、街全体が煉
瓦で形作られているきらいがある。煉瓦塀に、煉瓦造りの家屋、煉瓦の鐘楼、煉瓦の
外壁、煉瓦、煉瓦、煉瓦…。兎に角目に入るもの全てにおいて煉瓦一色で構成されて
いた。「流石、都会だな」と、当初この街に辿り着いた時、ギゼーは街中をうろつき
ながら観光気分に耽ったものだ。
今夜は、そのありとあらゆる煉瓦達にギゼーの“影”が踊り狂っていた。
虚空に浮かぶ鞠から放たれる銀光を受け、ギゼーの“影”は踊り、笑う。
満月は、中天に差し掛かろうとしていた―。
恐怖の源、不幸や悲しい出来事は突然降って湧いたように訪れる。
不意に、黄色い悲鳴が上がった。それも、自分の耳の直ぐ近くで。
ギゼーははっとして、今し方声の上がった方を振り向く。そこには女の首があっ
た。虚空を見つめるその虚ろな瞳は、確実にギゼーを捉えているのが解る。その女の
首が、彼の掌の内に有った。彼女のものと思しき、赤黒き液体に塗れて。今し方飛び
散った赤黒さを帯びた飛沫が、未だ温もりを帯びて彼の指に絡み付いている。まるで
己が手で、彼女を死に到らしめたかのごとく。
ギゼーはそれを目に焼き付けた途端、一度ならず二度までも恐怖と絶望の入り混
じった悲鳴を上げた。今夜悲鳴を上げたのは、これで二回目である。一回目は、何か
から逃げ惑っていた、あの時に。そして二回目は今、この時に。ギゼーは今度こそ、
本当の意味で恐怖した。己に付き従う、その“影”に。
――己の“影”が人を殺す。
その事実を今、突き付けられたからだ。
ギゼーが自身に掛けられた呪いに対する恐怖の余り、顔を引き攣らせ悲鳴を上げた
時、“影”は嘲笑った。まるで、恐怖心を抱いたギゼーが愚か者だと罵るが如く。
“影“が笑う。いや、唯単に笑ったように見えただけかも知れないが、少なくとも
今のギゼーには“影”が笑っているように思えた。
“影”はひとしきり笑い倒した後、ギゼーに云った。
『お前がどれほど逃げようとも、我からは逃れ得るものではない。絶対にな』
そして再び“影”は、高らかに笑い飛ばす。声無き声で、形無き笑顔で。
ギゼーの静止する声も聞かず、“影”は笑い続ける。頭上の満月が見守る最中、夜
闇が白みやがて朝焼けが中天を焦がすまで…。
影は何時如何なる時でも、消入る事無く其処に存在している。物体が其処にある限
り。
そして、意思有る“影”もまた…。
それ[・・]はその事実をギゼーに知らしめる為に、笑い続けるのだった―。
◇*◆*☆*★*◇*◆
いつもこうだ。悪夢は何時だって、其処で終わる。
ギゼーにとってそれが、単なる夢なのか、それとも現[うつつ]に起こった事件の再
現なのかどうか定かではないが、ともかく自分は何時もこの悪夢を見てうなされると
言う事は事実だ。それだけは、確かな実感としてある。
そして彼は、また何時ものように汗ばむ体を振り払うかのごとく、現実に立ち帰る
のだ。
車輪の軋み音に意識が呼び覚まされる。
車輪の音は相も変わらずリズミカルで、心地よく肢体に響いてくる。それは幾多の
人間達が行き交い、平坦な道に生成していった事の証左である。
複数の人間が一つ所に集まると、やがて集団で行動するようになる。群れでの生活
が落ち着いてくると、村になる。村はやがて町に発展し、ひいては都市と呼ばれるま
でになる。町を都市にまで発展させた人々は、より利便性の高い生活を夢見て無造作
に所々に作られた町を結ぶため、道を作る。舗装されている物も、自然を剥き出しに
している物も。その全ての道が、旅をする者達にとっては大切な“道”である。道が
在って初めて旅人が行き交い、行商人が利益を得ることが出来るのだ。
どうやらギゼーはその時代の流れを体に刻み込みつつ、まどろんでいた様だ。悪夢
から覚めたギゼーの耳に最初に飛び込んで来たのは、リングの女性とも男性ともつか
ない美声だった。意識を失って、そのまま目を覚まさなかったジュヴィアに、昨日の
夜起きた出来事のあらましを伝えている様だ。今現在この馬車を御している叔父様の
事、これから向かう先にある遺跡の事。昨日起こった出来事の全てを、順を追って説
明しているのだ。
昨日の晩、何が起こったか。何故今、自分達は馬車で遺跡に向かっているのか。一
瞬前の出来事のように、記憶は蘇る…。
☆*★*◇*◆*☆*★
「伯父様!」
メデッタ=オーシャンの事を叔父様と呼んだ、リング=オーシャンという少女。
「リング、その呼び方は止めてくれないかな」
リングの事を呼び捨てにし、“伯父様”と言う呼ばれ方を否定したメデッタ=オー
シャンという壮年の紳士。
「リングちゃん、この人はいったい…?」
夜間、突然現れたもう一人の海竜族に、驚きを隠せないでいるギゼーという青年。
あの時、あの場に居合わせたのはこの三人だけだった。ジュヴィアは戦いの後、意
識を喪失してからと言うもの、三日三晩目覚めてくる事は無かったし、ジン達は地下
の“儀式の間”で死んでいるはずのユリアが忽然と姿を消したのを不審に思い、捜索
に乗り出したのとであの時あのバルコニーに居合わせたのはリング、ギゼー、メデッ
タの三人だけしか居なかったのだ。
突然の闖入者にに対して、ギゼーは当然出すべきもの―警戒心を露にした声音で訊
ねた。
「……で、その貴方の手にしている情報とは?もし差し支えなければ、教えてもらえ
ないでしょうか?」
それは、当の闖入者が開口一番口にした、「その情報は興味深いねぇ…。よければ
私がいい情報を教えてあげましょうか?」という言葉に向けられていた。
二人とも、当然の如く自己紹介は済んでいる。初対面の者が出会って、まず最初に
やらなければいけない事―自己紹介は、当然の如く二人の身に染み付いた常識だっ
た。いや、世間一般の常識と言っても過言ではなかろう。「リングちゃん、この人は
いったい…。君の…?」と言うギゼーの疑問から始まった自己紹介は、「ええ、私の
伯父です。メデッタ=オーシャンと言います。…あ、伯父様、こちらギゼーさん。人
間の友達です」と言うリングの言葉で締めくくられた。
メデッタ=オーシャン。時の権勢から自ら進んで退いた、現海竜族族長の兄であ
る。海竜族一の変わり者との、もっぱらの噂だ。当然、現族長の子であるリング=
オーシャンの伯父に当る人物である。
その一風変わった人物像を持ち合わせているメデッタに対し、ギゼーは慇懃に「も
し差し支えなければ、教えてもらえないでしょうか?」と、自分が今追っている宝物
の有力な情報を聞き出そうとしたのだった。言葉遣いや態度が妙に丁寧になりがちな
のは、相手の身なりや振る舞いから高貴な身分だと察したからだろう。
そのギゼーの質問に対する答えは、至極簡潔なものだった。
「いいとも。私が案内してあげよう」
まるで冒険に初めて出る少年の如く、夢に満ち、嬉々とした表情を隠さずに首肯す
るメデッタであった。彼は、それが当然だと言わんばかりであった。
その様子を見てリングは密かに溜息し、項垂れた。今までの疲労が、一度に襲って
来たような感覚を覚えたからだ。
「で、情報の事だが。ギゼー君、君はこの様な詩はご存知かね?」
徐にそう、切り出したメデッタは“竜の爪”に関する詩をそらんじて見せた。
その詩は、宿屋の二階で吟遊詩人が歌っていた詩だった。
――そのもの七つの光を抱き
――七つの日を数え
――七つの王国にて眠らん
――七つ目の王国の主
――七つの言葉を残し
――七つ目の竜の背びれに
――神殿を築かん
――七人目の王
――そこに七つの魔法を掛け
――七つの扉の向うに
――竜の爪を隠さん
その詩を聞いた途端ギゼーは顔色を変え、メデッタにその詩が自分の記憶の倉庫に
仕舞ってある旨を伝えた。
「ええ。その詩ならば、俺…いや、私は知っていますが…?」
「ははは。ギゼー君、そんなに改まる事は無いよ。私は既に、権勢を退いた身だ。言
うなれば、隠居したも同然。今は、君やリングと同じ一介の冒険者にしかすぎん。…
君だって、改まった物言いは言い辛いだろう?」
メデッタは、ギゼーに改まった言葉遣いは止めて庶民的に接してくれと要望を伝え
る。ギゼーはその要望に応え、一瞬後には庶民的な言葉遣いに戻っていた。やはり、
この方が話していて疲れを知る事が無いようだ。笑みを浮かべて言った。
「はは…、そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…。俺も独自に情報を、仕入れてい
ますから。その詩の内容も、意味も共に理解しているつもりです」
リングはきょとんとして、二人の会話に聞き入っている。少しでも情報を拾う構え
だ。
「……うむ。ならば、この詩に続きがあるのは、知っているかな…」
メデッタは、恐らく知らないであろうと決め付けているのか、にやりと奇妙な笑み
を顔に浮かべるとギゼーが答えるのを待つ。
「………?続き…?この詩の?」
「…うむ。次の句はこうじゃ。
――一つとなりたる二つの鍵
――三つ目の道指し示さん
――道は四つに分かたれて
――第五の部屋へと誘わん
――部屋は神秘の光に満ち溢れしとき
――六の印し鏡に映せ
――さすれば第七の道現われ出でん
――そは即ち天上への階段なり」
(…?どういう意味だろう?)
ギゼーが謎めいた詩の意味を汲み取ろうと思案していると、横合いからメデッタが
自己を主張するように親切心を叩き付けてきた。
「…どうじゃ?この謎が解けるかな?私を連れて行けば、この謎が解けるぞ」
「いえ。結構です。自分で解きますから」
何処か含んだような笑みを湛えながら言うメデッタに、即答できっぱりはっきり拒
否するギゼー。それでも誰がなんと言えども自分の主張は押し通す、そんな伯父の性
癖を知っているリングは無駄な事をと心の中で再び嘆息するのであった。
翌日。リングの予想通り、メデッタは何が起ろうと一行に付いて行くぞという意志
も露に、自分の馬車を用意して待っていた。御者は当然の如く、御者席に就いている
メデッタだった。
☆*★*◇*◆*☆*★
「おうい、遺跡が見えてきたぞ」
メデッタが御者台から呼び掛けてくる。目的の遺跡が、見えて来たのだ。ソフィニ
アから、丸三日の道程だった。
「あれが…」
ギゼーも、感動の余りに言葉を失うほど美しい遺跡だった。白亜の殿堂と呼んでも
良い、天然の要塞だ。
遺跡―遺跡、と言うよりも城と言うほうが余程当て嵌まっている―は、魔法を帯び
た石、白石で出来ている白い山“白山”の中にすっぽりと納まっているのだった。そ
れも、七つのエリアに分かれているらしい。外観から察するに、そのエリアのどれも
が美麗であることだろう。未だに誰も、生きて出て来たものは無いと言う。外側にま
ず外部の者を遮断する結界が張られていて、それを解除しないと内側に入れないと言
う。そしてその内側もまた、複雑怪奇な迷宮になっているようだ。取り敢えず、2週
間分の食料は持ってきている。だが、これで安心は出来ないだろう。いつ、どんな事
が起こるか解らないのが遺跡である。もう一度荷物を点検したり、抱え直したりして
決意を新たにするギゼーであった。
遺跡の前で四人が円陣を組み、話し合っている。とりあえず、馬車をどうするか決
め兼ねているのだ。遺跡の中まで乗り込んでいけないから、何処かに繋いで置く必要
はあるのだが、御者であり持ち主でもあるメデッタが自分も行くと言い張っているの
だ。
「いや、しかし伯父様、誰かが此処で馬車を見ていなければ、何者かに盗られてしま
うかも知れないですし、繋いで置くだけでは…」
と、ギゼーが自分の予測を話せば、
「ふんっ!私も行くぞ!此処へ君達を案内したのは、この私だからな!……それから
な、ギゼー君。私の事を伯父様と呼ぶな!」
そう言って、メデッタは益々肩肘を張ってしまう。そうした、いたちごっこを見兼
ねたのか、リングが一つ提案する。
「どうでしょう?皆さん。ここは、水の幕を張って馬車を隠してしまうと言うのは?
馬は逃げないように繋いで置けば良いですし、イリュージョンの魔法を掛けておけ
ば、盗賊からも目隠しできますよ」
いい加減、焦れて来ていた二人は一も二も無くリングの提案に乗った。
まず、遺跡付近に生えている木に馬を繋ぎ、馬と二台のある付近に水の魔法で防護
壁を張る。そして、その防護壁の上から更に、水の魔法の一つであるイリュージョン
を掛けるのだ。これは、やはりリングがやることにした。
「…何で、私じゃ駄目なんだ?」
「…いや、何となく」
かくして4人は、堂々と真っ正面から遺跡の内部へと踏み出したのだった。
洞窟の内部は、意外に明るかった。日の光が届かない場所だと言うのに、白い岩肌
自体が淡く光っているように見える。何らかの魔法が掛かっているのは、目に見えて
明らかだった。
「よくもまあ、こんな手の込んだ事をするもんだよ」
感心しているのか、それとも呆れ果てているのか、ギゼーがふと漏らす。周りの三
人も、それに同意するように肯いた。
暫くすると、真っ白な一枚岩の扉にぶち当たった。ここまでの通路自体は左程長く
もなく、複雑でもなく、ものの数分で此処まで辿り着いた。取り敢えず、城門と言っ
たところだろうか。周りの通路と同じく、淡く白光りしている両開きの門にそっと手
を付いてみる。
「…鉄製…ではないな。周りの岩肌と同質だが、何か異質な感じを受ける」
トレジャーハンターの勘がそうしたのか、はたまた単なる慎重なだけなのか、ギ
ゼーは罠が無いかどうか手を付いたまま調べ始めた。
と、その時。
不意にギゼーの後方、約三歩半の所で轟音が轟いた。何かが頭上から落ちて来たら
しい。リングとメデッタの、驚愕に満ちた悲鳴が同時に聞えてきた。
(…!?何だ!?)
咄嗟に振り向くと、そこには巨大なゴーレムが地に足を付けて威嚇していた。見た
所、そいつもどうやら周囲の岩肌と同質の物質で出来ているようだ。
「ストーンゴーレムか!!」
ストーンゴーレムを入口の番人に持ってくるとは、中々侮れない迷宮だなと、期待
に満ちた眼差しで一人ほくそえむギゼーであった。
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:メデッタ=オーシャン(伯父様)
場所:夢の中、とある街~馬車の中(現在)~ソフィニア、元ラオウ邸(回想)
*++-----------++**++-----------++**++-----------++*
それは影
それは蠢くモノ
それは虚ろ
それは掴めぬモノ
貴方と一つとなりたるそれは…
呪い―。
満月の夜―。
今宵もその刻[とき]がやってくる。
夜半を過ぎた頃、鞠の如き月から放射される銀光が名も知らぬ街を彩っている。そ
の美しき光のシャワーを浴びて、躍る影が一つ有った。
それは、まるで意志ある者の如く踊り狂っていた。
そしてその“影”の持ち主である、彼もまたひた走っていた。
何かを追い駆けるかの如く、又は何かに追い駆けられているかの如く。
銀光の中浮かび上がる彼の表情は、憔悴し切っていた。
そこは見知らぬ街だった。いつも立ち寄る、見知った街などではなく、ましてや、
ギゼーの故郷の地でも無かった。偶然、冒険の途中に立ち寄っただけの、見知らぬ
街。道という道全てが剥き出しの地面という、田舎道しか無かったガロウズ村と違
い、この街は人通りの無い裏路地ですら煉瓦造りである。そればかりか、街全体が煉
瓦で形作られているきらいがある。煉瓦塀に、煉瓦造りの家屋、煉瓦の鐘楼、煉瓦の
外壁、煉瓦、煉瓦、煉瓦…。兎に角目に入るもの全てにおいて煉瓦一色で構成されて
いた。「流石、都会だな」と、当初この街に辿り着いた時、ギゼーは街中をうろつき
ながら観光気分に耽ったものだ。
今夜は、そのありとあらゆる煉瓦達にギゼーの“影”が踊り狂っていた。
虚空に浮かぶ鞠から放たれる銀光を受け、ギゼーの“影”は踊り、笑う。
満月は、中天に差し掛かろうとしていた―。
恐怖の源、不幸や悲しい出来事は突然降って湧いたように訪れる。
不意に、黄色い悲鳴が上がった。それも、自分の耳の直ぐ近くで。
ギゼーははっとして、今し方声の上がった方を振り向く。そこには女の首があっ
た。虚空を見つめるその虚ろな瞳は、確実にギゼーを捉えているのが解る。その女の
首が、彼の掌の内に有った。彼女のものと思しき、赤黒き液体に塗れて。今し方飛び
散った赤黒さを帯びた飛沫が、未だ温もりを帯びて彼の指に絡み付いている。まるで
己が手で、彼女を死に到らしめたかのごとく。
ギゼーはそれを目に焼き付けた途端、一度ならず二度までも恐怖と絶望の入り混
じった悲鳴を上げた。今夜悲鳴を上げたのは、これで二回目である。一回目は、何か
から逃げ惑っていた、あの時に。そして二回目は今、この時に。ギゼーは今度こそ、
本当の意味で恐怖した。己に付き従う、その“影”に。
――己の“影”が人を殺す。
その事実を今、突き付けられたからだ。
ギゼーが自身に掛けられた呪いに対する恐怖の余り、顔を引き攣らせ悲鳴を上げた
時、“影”は嘲笑った。まるで、恐怖心を抱いたギゼーが愚か者だと罵るが如く。
“影“が笑う。いや、唯単に笑ったように見えただけかも知れないが、少なくとも
今のギゼーには“影”が笑っているように思えた。
“影”はひとしきり笑い倒した後、ギゼーに云った。
『お前がどれほど逃げようとも、我からは逃れ得るものではない。絶対にな』
そして再び“影”は、高らかに笑い飛ばす。声無き声で、形無き笑顔で。
ギゼーの静止する声も聞かず、“影”は笑い続ける。頭上の満月が見守る最中、夜
闇が白みやがて朝焼けが中天を焦がすまで…。
影は何時如何なる時でも、消入る事無く其処に存在している。物体が其処にある限
り。
そして、意思有る“影”もまた…。
それ[・・]はその事実をギゼーに知らしめる為に、笑い続けるのだった―。
◇*◆*☆*★*◇*◆
いつもこうだ。悪夢は何時だって、其処で終わる。
ギゼーにとってそれが、単なる夢なのか、それとも現[うつつ]に起こった事件の再
現なのかどうか定かではないが、ともかく自分は何時もこの悪夢を見てうなされると
言う事は事実だ。それだけは、確かな実感としてある。
そして彼は、また何時ものように汗ばむ体を振り払うかのごとく、現実に立ち帰る
のだ。
車輪の軋み音に意識が呼び覚まされる。
車輪の音は相も変わらずリズミカルで、心地よく肢体に響いてくる。それは幾多の
人間達が行き交い、平坦な道に生成していった事の証左である。
複数の人間が一つ所に集まると、やがて集団で行動するようになる。群れでの生活
が落ち着いてくると、村になる。村はやがて町に発展し、ひいては都市と呼ばれるま
でになる。町を都市にまで発展させた人々は、より利便性の高い生活を夢見て無造作
に所々に作られた町を結ぶため、道を作る。舗装されている物も、自然を剥き出しに
している物も。その全ての道が、旅をする者達にとっては大切な“道”である。道が
在って初めて旅人が行き交い、行商人が利益を得ることが出来るのだ。
どうやらギゼーはその時代の流れを体に刻み込みつつ、まどろんでいた様だ。悪夢
から覚めたギゼーの耳に最初に飛び込んで来たのは、リングの女性とも男性ともつか
ない美声だった。意識を失って、そのまま目を覚まさなかったジュヴィアに、昨日の
夜起きた出来事のあらましを伝えている様だ。今現在この馬車を御している叔父様の
事、これから向かう先にある遺跡の事。昨日起こった出来事の全てを、順を追って説
明しているのだ。
昨日の晩、何が起こったか。何故今、自分達は馬車で遺跡に向かっているのか。一
瞬前の出来事のように、記憶は蘇る…。
☆*★*◇*◆*☆*★
「伯父様!」
メデッタ=オーシャンの事を叔父様と呼んだ、リング=オーシャンという少女。
「リング、その呼び方は止めてくれないかな」
リングの事を呼び捨てにし、“伯父様”と言う呼ばれ方を否定したメデッタ=オー
シャンという壮年の紳士。
「リングちゃん、この人はいったい…?」
夜間、突然現れたもう一人の海竜族に、驚きを隠せないでいるギゼーという青年。
あの時、あの場に居合わせたのはこの三人だけだった。ジュヴィアは戦いの後、意
識を喪失してからと言うもの、三日三晩目覚めてくる事は無かったし、ジン達は地下
の“儀式の間”で死んでいるはずのユリアが忽然と姿を消したのを不審に思い、捜索
に乗り出したのとであの時あのバルコニーに居合わせたのはリング、ギゼー、メデッ
タの三人だけしか居なかったのだ。
突然の闖入者にに対して、ギゼーは当然出すべきもの―警戒心を露にした声音で訊
ねた。
「……で、その貴方の手にしている情報とは?もし差し支えなければ、教えてもらえ
ないでしょうか?」
それは、当の闖入者が開口一番口にした、「その情報は興味深いねぇ…。よければ
私がいい情報を教えてあげましょうか?」という言葉に向けられていた。
二人とも、当然の如く自己紹介は済んでいる。初対面の者が出会って、まず最初に
やらなければいけない事―自己紹介は、当然の如く二人の身に染み付いた常識だっ
た。いや、世間一般の常識と言っても過言ではなかろう。「リングちゃん、この人は
いったい…。君の…?」と言うギゼーの疑問から始まった自己紹介は、「ええ、私の
伯父です。メデッタ=オーシャンと言います。…あ、伯父様、こちらギゼーさん。人
間の友達です」と言うリングの言葉で締めくくられた。
メデッタ=オーシャン。時の権勢から自ら進んで退いた、現海竜族族長の兄であ
る。海竜族一の変わり者との、もっぱらの噂だ。当然、現族長の子であるリング=
オーシャンの伯父に当る人物である。
その一風変わった人物像を持ち合わせているメデッタに対し、ギゼーは慇懃に「も
し差し支えなければ、教えてもらえないでしょうか?」と、自分が今追っている宝物
の有力な情報を聞き出そうとしたのだった。言葉遣いや態度が妙に丁寧になりがちな
のは、相手の身なりや振る舞いから高貴な身分だと察したからだろう。
そのギゼーの質問に対する答えは、至極簡潔なものだった。
「いいとも。私が案内してあげよう」
まるで冒険に初めて出る少年の如く、夢に満ち、嬉々とした表情を隠さずに首肯す
るメデッタであった。彼は、それが当然だと言わんばかりであった。
その様子を見てリングは密かに溜息し、項垂れた。今までの疲労が、一度に襲って
来たような感覚を覚えたからだ。
「で、情報の事だが。ギゼー君、君はこの様な詩はご存知かね?」
徐にそう、切り出したメデッタは“竜の爪”に関する詩をそらんじて見せた。
その詩は、宿屋の二階で吟遊詩人が歌っていた詩だった。
――そのもの七つの光を抱き
――七つの日を数え
――七つの王国にて眠らん
――七つ目の王国の主
――七つの言葉を残し
――七つ目の竜の背びれに
――神殿を築かん
――七人目の王
――そこに七つの魔法を掛け
――七つの扉の向うに
――竜の爪を隠さん
その詩を聞いた途端ギゼーは顔色を変え、メデッタにその詩が自分の記憶の倉庫に
仕舞ってある旨を伝えた。
「ええ。その詩ならば、俺…いや、私は知っていますが…?」
「ははは。ギゼー君、そんなに改まる事は無いよ。私は既に、権勢を退いた身だ。言
うなれば、隠居したも同然。今は、君やリングと同じ一介の冒険者にしかすぎん。…
君だって、改まった物言いは言い辛いだろう?」
メデッタは、ギゼーに改まった言葉遣いは止めて庶民的に接してくれと要望を伝え
る。ギゼーはその要望に応え、一瞬後には庶民的な言葉遣いに戻っていた。やはり、
この方が話していて疲れを知る事が無いようだ。笑みを浮かべて言った。
「はは…、そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…。俺も独自に情報を、仕入れてい
ますから。その詩の内容も、意味も共に理解しているつもりです」
リングはきょとんとして、二人の会話に聞き入っている。少しでも情報を拾う構え
だ。
「……うむ。ならば、この詩に続きがあるのは、知っているかな…」
メデッタは、恐らく知らないであろうと決め付けているのか、にやりと奇妙な笑み
を顔に浮かべるとギゼーが答えるのを待つ。
「………?続き…?この詩の?」
「…うむ。次の句はこうじゃ。
――一つとなりたる二つの鍵
――三つ目の道指し示さん
――道は四つに分かたれて
――第五の部屋へと誘わん
――部屋は神秘の光に満ち溢れしとき
――六の印し鏡に映せ
――さすれば第七の道現われ出でん
――そは即ち天上への階段なり」
(…?どういう意味だろう?)
ギゼーが謎めいた詩の意味を汲み取ろうと思案していると、横合いからメデッタが
自己を主張するように親切心を叩き付けてきた。
「…どうじゃ?この謎が解けるかな?私を連れて行けば、この謎が解けるぞ」
「いえ。結構です。自分で解きますから」
何処か含んだような笑みを湛えながら言うメデッタに、即答できっぱりはっきり拒
否するギゼー。それでも誰がなんと言えども自分の主張は押し通す、そんな伯父の性
癖を知っているリングは無駄な事をと心の中で再び嘆息するのであった。
翌日。リングの予想通り、メデッタは何が起ろうと一行に付いて行くぞという意志
も露に、自分の馬車を用意して待っていた。御者は当然の如く、御者席に就いている
メデッタだった。
☆*★*◇*◆*☆*★
「おうい、遺跡が見えてきたぞ」
メデッタが御者台から呼び掛けてくる。目的の遺跡が、見えて来たのだ。ソフィニ
アから、丸三日の道程だった。
「あれが…」
ギゼーも、感動の余りに言葉を失うほど美しい遺跡だった。白亜の殿堂と呼んでも
良い、天然の要塞だ。
遺跡―遺跡、と言うよりも城と言うほうが余程当て嵌まっている―は、魔法を帯び
た石、白石で出来ている白い山“白山”の中にすっぽりと納まっているのだった。そ
れも、七つのエリアに分かれているらしい。外観から察するに、そのエリアのどれも
が美麗であることだろう。未だに誰も、生きて出て来たものは無いと言う。外側にま
ず外部の者を遮断する結界が張られていて、それを解除しないと内側に入れないと言
う。そしてその内側もまた、複雑怪奇な迷宮になっているようだ。取り敢えず、2週
間分の食料は持ってきている。だが、これで安心は出来ないだろう。いつ、どんな事
が起こるか解らないのが遺跡である。もう一度荷物を点検したり、抱え直したりして
決意を新たにするギゼーであった。
遺跡の前で四人が円陣を組み、話し合っている。とりあえず、馬車をどうするか決
め兼ねているのだ。遺跡の中まで乗り込んでいけないから、何処かに繋いで置く必要
はあるのだが、御者であり持ち主でもあるメデッタが自分も行くと言い張っているの
だ。
「いや、しかし伯父様、誰かが此処で馬車を見ていなければ、何者かに盗られてしま
うかも知れないですし、繋いで置くだけでは…」
と、ギゼーが自分の予測を話せば、
「ふんっ!私も行くぞ!此処へ君達を案内したのは、この私だからな!……それから
な、ギゼー君。私の事を伯父様と呼ぶな!」
そう言って、メデッタは益々肩肘を張ってしまう。そうした、いたちごっこを見兼
ねたのか、リングが一つ提案する。
「どうでしょう?皆さん。ここは、水の幕を張って馬車を隠してしまうと言うのは?
馬は逃げないように繋いで置けば良いですし、イリュージョンの魔法を掛けておけ
ば、盗賊からも目隠しできますよ」
いい加減、焦れて来ていた二人は一も二も無くリングの提案に乗った。
まず、遺跡付近に生えている木に馬を繋ぎ、馬と二台のある付近に水の魔法で防護
壁を張る。そして、その防護壁の上から更に、水の魔法の一つであるイリュージョン
を掛けるのだ。これは、やはりリングがやることにした。
「…何で、私じゃ駄目なんだ?」
「…いや、何となく」
かくして4人は、堂々と真っ正面から遺跡の内部へと踏み出したのだった。
洞窟の内部は、意外に明るかった。日の光が届かない場所だと言うのに、白い岩肌
自体が淡く光っているように見える。何らかの魔法が掛かっているのは、目に見えて
明らかだった。
「よくもまあ、こんな手の込んだ事をするもんだよ」
感心しているのか、それとも呆れ果てているのか、ギゼーがふと漏らす。周りの三
人も、それに同意するように肯いた。
暫くすると、真っ白な一枚岩の扉にぶち当たった。ここまでの通路自体は左程長く
もなく、複雑でもなく、ものの数分で此処まで辿り着いた。取り敢えず、城門と言っ
たところだろうか。周りの通路と同じく、淡く白光りしている両開きの門にそっと手
を付いてみる。
「…鉄製…ではないな。周りの岩肌と同質だが、何か異質な感じを受ける」
トレジャーハンターの勘がそうしたのか、はたまた単なる慎重なだけなのか、ギ
ゼーは罠が無いかどうか手を付いたまま調べ始めた。
と、その時。
不意にギゼーの後方、約三歩半の所で轟音が轟いた。何かが頭上から落ちて来たら
しい。リングとメデッタの、驚愕に満ちた悲鳴が同時に聞えてきた。
(…!?何だ!?)
咄嗟に振り向くと、そこには巨大なゴーレムが地に足を付けて威嚇していた。見た
所、そいつもどうやら周囲の岩肌と同質の物質で出来ているようだ。
「ストーンゴーレムか!!」
ストーンゴーレムを入口の番人に持ってくるとは、中々侮れない迷宮だなと、期待
に満ちた眼差しで一人ほくそえむギゼーであった。
PC リング ギゼー ジュヴィア 場所 白の遺跡 NPC メデッタ伯父
***********************************
わたしはなに? わたしはだれ?
いったいだれがわたしを あいしてくれると いうのだろう・・・。
「くっ、ストーンゴーレムか!!」
メデッタがちっと舌打ちした。
「こいつは少々厄介な相手だ。こいつは私に任せて、君たちは先に行け!」
「っ・・でも、伯父様っ!!」
とどまろうとするリングにメデッタはふっと笑った。
「大丈夫だ、私はヤツの弱点を知っている。・・・それより何度も言うようだ
が・・・、私のことを<伯父様>と呼ぶんじゃない」
うなり声を上げて、ストーンゴーレムがメデッタに拳を振り下ろした。メデ
ッタはそれをひらりとかわす。
「解ったか、わかったら返事をしろ!リング!」
「リングちゃん、ここは彼の言うとおりにしよう」
ふっと気が付くと、ギゼーがリングの肩に手をかけていた。
「・・・彼が、俺たちを心配させないように気ぃつかってるの、解るよな?」
そうだ、本当ならこんな場合に自分の呼び方のことなど気にするはずがない。
リングは必死にストーンゴーレムと戦っているメデッタ伯父を見た。
(伯父様の・・・せいいっぱいの強がりですね)
ぎゅっ、と拳を握り締めると、リングはじんわり目に浮かんでいた涙を引っ込
めた。
「解りました、メデッタさんっ!行きましょう!ギゼーさん、ジュヴィアさ
ん!!」
「おう!入り口は七つに分かれている、けど、出口は一つだ!手分けして入ろ
うぜ!」
「解りました!」
そういうとギゼーは一番右端の入り口、ジュヴィアは右から三番目の入り
口、そしてリングは一番左端の入り口へそれぞれ入っていった・・・。
長く続く白い石の廊下を走り続け、出たところは、一面がきらきらと輝
く・・・。
「鏡のお部屋ですね」
リングはそう呟いた。この部屋の壁は全て鏡で出来ている。広さはそれほど広
くもなく、部屋の中には特に何も見つからない。
「うわあ・・・、凄いです、床も鏡です」
床を見たリングは思わず二三歩、下を見てぺたぺた歩いた。床にリングの顔が
下からのアングルという、変な角度で映る。思わずリングはあははっと声を出
して笑った。何が起こるかわからない遺跡の中にいて、相変わらずマイペース
というか、能天気な彼女である。
「しかし、このお部屋にも、先ほどのストーンゴーレムさんのような、トラッ
プが仕掛けてあるのでしょうか・・・」
ふっと顔を上げて、周りを見渡したリングは呟いた。彼女が一通り見た中で、
この部屋には特に危険なものは見つからない。
「貴方は、「月」ね」
突然、降ってきた声に、リングは驚いて回りを見渡した。しかし、どこを見渡
しても人の影はない。鏡の中の数人ものリングが、あせってきょろきょろと辺
りを見回した。
「っ・・・!一体誰ですか!貴方もトラップなんですか?」
「虚空の中で、悲しく輝き続ける、貴方はまさに「月」のような人だわ」
声はリングを無視して話続ける。
「そんな貴方は、「貴方」と戦うことが出来るかしら?」
「一体何を・・・!!」
リングは思わず言葉を飲み込んだ。目の前の鏡の中から、にゅーっと自分自身
の姿が出てきたのだ。目の前ばかりではない、自分の隣からも、後ろからも、
斜めからも、自分の姿が映った自分がにゅーっと、ぞろぞろ出てきたのだ。
あっというまにリングは総勢三十人はいるであろう<自分自身>たちにとり囲
まれてしまった。
これには怖さを通り越して、リングはあっけにとられてしまった。
「うわ・・・あ・・・、私がたくさん、います・・・」
思わず近くにいる一人の頬を触ってみる。頬にはちゃんとぷにぷにとした弾力
があった。
「ちゃんと、生きてますね・・・」
「ふふふ、遊んでいられるのはここまでよ。さあ、お前たち、コイツを、殺す
のだ!!」
その言葉を号令に、たくさんの「リング」達は拳を振り上げ、一斉にリングに
襲い掛かってきた。
「うわあっ!!」
思わず飛びのいたリングを、「リング」の一人が襲う。しかし、それより驚い
たのは。
「なんだか、みんな私より腕力がありますっ!!」
拳を振り上げた後の床を見て、思わずリングの血の気が引いた。床にはぼこっ
とした拳の後がありありと残っている。
「だって、貴方タフで身軽な割にパワーが低いんですもの。ちょっとステイタ
スを追加したの」
「だからといいましても、これでは殴り殺されてしまいますっ!!」
「馬鹿ねぇ、それが目的よ」
「そんなっ!酷いですようっ!!」
そう言っている間にも、「自分」は次々とリングに襲い掛かってくる。攻撃の
手はやむことはない。
「やめてくださいっ!みなさんっ!!」
三人の「リング」がリングの進路を塞ぎ、同時に拳を振り上げた。
「やめてくださいっ!きっと・・・、一人倒したら、私っ・・・」
「貴方って以外にナルシストなのねぇ。さっきから逃げてばかり。一人ぐらい
倒そうと思わないの?」
「違いますっ!貴方には解りません!私は・・・っ・・・」
「あーあ、逃げるの見るのも飽きちゃった。ステイタスを追加しようかしら」
次の瞬間、今まで無口だった「リング」が口を開いた。
「<ユージン>」
瞬間、リングの髪の色と瞳の色が<蒼>に変化した。そして、
ゴキッ
一人の「リング」の首がリングによってへし折られた。「リング」が口から血
を流して倒れる。
「なっ・・・!これは貴方が<最も苦手な言葉>のハズ・・・!」
「貴様に良い事を教えてやろう」
リングの体からは静かに怒りのオーラが漂っていた。感情のない「リング」た
ちが思わず引いてしまうほどの。
「私がこの世で一番嫌いなもの、それは<自分>だ。・・・一人殺せば、何人
殺すのもたやすい」
リングはゆらりと「リング」たちを見つめた。
「・・・来い、貴様ら全員、殺してやる」
***********************************
わたしはなに? わたしはだれ?
いったいだれがわたしを あいしてくれると いうのだろう・・・。
「くっ、ストーンゴーレムか!!」
メデッタがちっと舌打ちした。
「こいつは少々厄介な相手だ。こいつは私に任せて、君たちは先に行け!」
「っ・・でも、伯父様っ!!」
とどまろうとするリングにメデッタはふっと笑った。
「大丈夫だ、私はヤツの弱点を知っている。・・・それより何度も言うようだ
が・・・、私のことを<伯父様>と呼ぶんじゃない」
うなり声を上げて、ストーンゴーレムがメデッタに拳を振り下ろした。メデ
ッタはそれをひらりとかわす。
「解ったか、わかったら返事をしろ!リング!」
「リングちゃん、ここは彼の言うとおりにしよう」
ふっと気が付くと、ギゼーがリングの肩に手をかけていた。
「・・・彼が、俺たちを心配させないように気ぃつかってるの、解るよな?」
そうだ、本当ならこんな場合に自分の呼び方のことなど気にするはずがない。
リングは必死にストーンゴーレムと戦っているメデッタ伯父を見た。
(伯父様の・・・せいいっぱいの強がりですね)
ぎゅっ、と拳を握り締めると、リングはじんわり目に浮かんでいた涙を引っ込
めた。
「解りました、メデッタさんっ!行きましょう!ギゼーさん、ジュヴィアさ
ん!!」
「おう!入り口は七つに分かれている、けど、出口は一つだ!手分けして入ろ
うぜ!」
「解りました!」
そういうとギゼーは一番右端の入り口、ジュヴィアは右から三番目の入り
口、そしてリングは一番左端の入り口へそれぞれ入っていった・・・。
長く続く白い石の廊下を走り続け、出たところは、一面がきらきらと輝
く・・・。
「鏡のお部屋ですね」
リングはそう呟いた。この部屋の壁は全て鏡で出来ている。広さはそれほど広
くもなく、部屋の中には特に何も見つからない。
「うわあ・・・、凄いです、床も鏡です」
床を見たリングは思わず二三歩、下を見てぺたぺた歩いた。床にリングの顔が
下からのアングルという、変な角度で映る。思わずリングはあははっと声を出
して笑った。何が起こるかわからない遺跡の中にいて、相変わらずマイペース
というか、能天気な彼女である。
「しかし、このお部屋にも、先ほどのストーンゴーレムさんのような、トラッ
プが仕掛けてあるのでしょうか・・・」
ふっと顔を上げて、周りを見渡したリングは呟いた。彼女が一通り見た中で、
この部屋には特に危険なものは見つからない。
「貴方は、「月」ね」
突然、降ってきた声に、リングは驚いて回りを見渡した。しかし、どこを見渡
しても人の影はない。鏡の中の数人ものリングが、あせってきょろきょろと辺
りを見回した。
「っ・・・!一体誰ですか!貴方もトラップなんですか?」
「虚空の中で、悲しく輝き続ける、貴方はまさに「月」のような人だわ」
声はリングを無視して話続ける。
「そんな貴方は、「貴方」と戦うことが出来るかしら?」
「一体何を・・・!!」
リングは思わず言葉を飲み込んだ。目の前の鏡の中から、にゅーっと自分自身
の姿が出てきたのだ。目の前ばかりではない、自分の隣からも、後ろからも、
斜めからも、自分の姿が映った自分がにゅーっと、ぞろぞろ出てきたのだ。
あっというまにリングは総勢三十人はいるであろう<自分自身>たちにとり囲
まれてしまった。
これには怖さを通り越して、リングはあっけにとられてしまった。
「うわ・・・あ・・・、私がたくさん、います・・・」
思わず近くにいる一人の頬を触ってみる。頬にはちゃんとぷにぷにとした弾力
があった。
「ちゃんと、生きてますね・・・」
「ふふふ、遊んでいられるのはここまでよ。さあ、お前たち、コイツを、殺す
のだ!!」
その言葉を号令に、たくさんの「リング」達は拳を振り上げ、一斉にリングに
襲い掛かってきた。
「うわあっ!!」
思わず飛びのいたリングを、「リング」の一人が襲う。しかし、それより驚い
たのは。
「なんだか、みんな私より腕力がありますっ!!」
拳を振り上げた後の床を見て、思わずリングの血の気が引いた。床にはぼこっ
とした拳の後がありありと残っている。
「だって、貴方タフで身軽な割にパワーが低いんですもの。ちょっとステイタ
スを追加したの」
「だからといいましても、これでは殴り殺されてしまいますっ!!」
「馬鹿ねぇ、それが目的よ」
「そんなっ!酷いですようっ!!」
そう言っている間にも、「自分」は次々とリングに襲い掛かってくる。攻撃の
手はやむことはない。
「やめてくださいっ!みなさんっ!!」
三人の「リング」がリングの進路を塞ぎ、同時に拳を振り上げた。
「やめてくださいっ!きっと・・・、一人倒したら、私っ・・・」
「貴方って以外にナルシストなのねぇ。さっきから逃げてばかり。一人ぐらい
倒そうと思わないの?」
「違いますっ!貴方には解りません!私は・・・っ・・・」
「あーあ、逃げるの見るのも飽きちゃった。ステイタスを追加しようかしら」
次の瞬間、今まで無口だった「リング」が口を開いた。
「<ユージン>」
瞬間、リングの髪の色と瞳の色が<蒼>に変化した。そして、
ゴキッ
一人の「リング」の首がリングによってへし折られた。「リング」が口から血
を流して倒れる。
「なっ・・・!これは貴方が<最も苦手な言葉>のハズ・・・!」
「貴様に良い事を教えてやろう」
リングの体からは静かに怒りのオーラが漂っていた。感情のない「リング」た
ちが思わず引いてしまうほどの。
「私がこの世で一番嫌いなもの、それは<自分>だ。・・・一人殺せば、何人
殺すのもたやすい」
リングはゆらりと「リング」たちを見つめた。
「・・・来い、貴様ら全員、殺してやる」
PC:ギゼー (リング ジュヴィア
NPC:影の男
場所:白の遺跡
*++-----------++**++-----------++**++-----------++*
かくて城門は開かれた。
未だ嘗て誰一人、開ける事の叶わなかった白き城門が。
結界は解かれ、古の迷宮と現の世界とが融和した瞬間であった―。
淡く光る白銀の通路に一対の靴音が響く。
石壁に揺れる影も一人分のものだ。
ジュヴィア、リングと別れ一人右端の通路にひた走って行った、ギゼーであっ
た。通路自体に罠が無いか点検しながらの進行なので、通常よりも多少速度は減
退している。
「う~~む。思わずこっちの通路に入っちまったのはいいが、最初の鍵がまさか
こっちにあるとは…いかないだろうなぁ」
一人であることの寂しさを紛らわせるためか、独白するギゼー。それでも、虚
しさは募るばかりである。
とはいえギゼーは、自分が一人である事の寂しさを紛らわせる為の努力を怠ら
なかった。即ち、別れて通路に走って行った、二人の仲間の事を考えながら通路
を歩いていた。自殺志願のジュヴィアのこと、海竜族で世間知らずなお姫様のリ
ングのこと。リングは、大丈夫だ。あの明るく前向きな性格ならばどんな苦境も
乗り越えられるだろう。だが、ジュヴィアは?ジュヴィアは大丈夫だろうか?と
もすると手折れそうな儚さをも、その強靭さの内に秘めている少女に対し、いつ
しかギゼーは何か特別な感情を抱いていた。それは、父親が娘に対し抱く感情と
同質のものだ。ジュヴィアは、ギゼーにとってはクロースと同じくらい大切な存
在、仲間だった。少なくとも、そう感じてはいた。
そのジュヴィアが単独で行動している。リングもだが、彼にとって気が気でな
い事この上なかった。
(ジュヴィアちゃんも、リングちゃんも、一人で大丈夫かなぁ?)
☆★
どれくらい進んだだろうか。
気がつくと、目の前に扉が立ちはだかっていた。
片開きの、何も特別感を持たせない極々普通の扉だ。
唯一つ普通と違うものを上げるとすれば、通路と同じ素材―白い岩で出来てい
る所だ。
然して豪奢な装飾も無く、周りと一体化した違和感の無さ過ぎる扉。
ギゼーは、その扉の存在自体に違和感を感じていた。
(……?何だ?この違和感…?此処に入ってからずっと感じていたが…、この迷
宮…、白過ぎる。まるで、全てにおいて白を基調としているようだ…。不思議だ
…)
ギゼーは持ち前の慎重さを発揮して、目の前の扉に罠が無いか調べ始めた。
「へへへっ、こんな時こそ、トレジャーハンター七つ道具が役に立つんだよなぁ」
誰もいない空間で、得意満面に独白する。誰もいないという事実が、念頭から
外れたように。そして、言った後で寂然と後悔に苛まされるのだった。
通常は。
だが、今の独白を言い終わる少し前、扉にそっと手を掛けた瞬間に扉は自動的
に周囲の壁の中へと吸い込まれて行ったのだった。
「うわっととっ!」
ギゼーは焦って、室内に数メートル程入った所で蹈鞴(たたら)を踏む。
『ククククッ、ハハハハッ。…ようこそ。白の迷宮へ』
何所からとも無く嗤笑(ししょう)が響くと、ギゼーを嘲るような陳腐な台詞が
壁の透き間という透き間、室内のいたる所から漏れ出てきた。誰もいない、無人
の部屋。余計な装飾品など何も無い、唯一つ中央に台座があるだけの空間で。
「誰だ!!」
ギゼーが周囲を見回して誰何の声を張り上げても無駄だった。
見えるのは、唯々白い空間と、壁と同じ材質で出来た瀟洒な装飾を施された台
座だけだった。
その台座を目にした時、不意にこの迷宮に纏わる詩の一節が脳裏に過(よ)ぎる。
――一つとなりたる二つの鍵
(鍵……?)
何かに思い至り、ギゼーは音も立てずに台座に近付いて行った。
台座の手前、数メートルという所でギゼーはやむを得ず止らざるを得ない事態
に出くわす。
突如として、男の姿をした何かが何も無い空間から湧き出てきたのだ。
目の前に立ちはだかった男は、哄笑と共にのたまった。
『おおっとぉ!鍵は暫くお預けだよぉ、ギゼーくぅん。君がゲームに勝ってから
だぁ』
「何っ!ゲームって…!?それ以前に、なぜ俺の名前を知っている!?」
ギゼーが目の前の男を直視する。
そのギゼーの視線の先で、男は不可思議な容姿で宙を漂っていた。
そう、あえて喩えるなら“影”そのものだった。
そいつは、顔が―顔と呼べる部分が半分しかなかった。半分は幹竹割にされた
中年紳士のそれだが、もう半分は何も無い、漆黒の空間だけが型抜きされていた
。黒のシルクハットをちょこんと乗せて。その不気味としか言い様の無い頭部に
、夜を落とした様な漆黒のビロード地のマントと、同色の手袋とブーツがそれぞ
れ宙に浮いて漂っていた。時折言葉に合わせて動きを見せるが、それはあたかも
実体が在るかのように優雅な仕草だった。
『…君の事は全て知っている。君の仲間の事も…ね』
中年紳士の面の目が細められる。微笑んでいるのだ。これから起こるであろう
、不快な事態を想像して。
それを察知して、ギゼーは歯軋りをする。仲間の不幸を思い、その身柄の無事
を案じているのだ。
「……っ、仲間を…、リングちゃん達をどうする気だ!」
男は―影の男は嗤っていた。その嗤い声を聞いていると、気が狂ってしまう様
だった。
『リングちゃん、リングちゃんかぁ。ハハハハハッ』
(ううっ、頭が、頭が痛くなって来た…)
ギゼーが頭痛に苛まされて目を瞑っていると、何処からとも無く呪文の詠唱が
聞こえて来た。驚くべき事に、影の男が呪文を唱えているのだ。何の呪文かは分
からないが、朗々とした響きが流れ聞こえてくる。男の足元に、魔方陣のような
光の輪が浮かび上がり、一気に呪文は加速されていく。
そして―。
いつの間にか、ギゼーの足元から光が放出されていた。
波打つ蛇の如く、円を描くように疾るその光の動きに呼応するかのごとく、部
屋全体が暗転していった。ギゼーの意識が暗転した訳ではない。彼自身の意識は
、確かさを保っていた。だが、部屋全体が奇妙に歪み、まるで映画の場面が入れ
替わるかのように景色が変転して行くのだ。
「……………っ!」
何かが変だ。何かが、これから起ころうとしている。それは、自分にとって災
厄以外の何者でもない。ギゼーは咄嗟にそう、直感していた。しかし、動くに動
けない。鈍痛が酷く、思うように身体を動かせないのが理由の一つ。足元から競
り上がって来るプレッシャーに、今動けば間違いなく死ぬであろう事が想定され
るのが理由の二つ目だ。
動けないでいるギゼーを余所に、加速度的に早まっていく呪文の詠唱。歌うよ
うに、滑らかに紡がれていく。
やがて、影の男は呪文を唱え終えた。
途端、周囲の情景が溶けて流れてしまった。漆黒の数秒間を経た後、景色は再
構成されていく。まるで、塗料を塗りたくるかのごとく、それは迅速に行われて
いった。
足元から今まであった足場が消え、新たなる足場が構築される。
そこは、恐怖の象徴だった。
今、ギゼーの足元にあるのは、この世で最も不安定な足場―林立する岩柱だっ
た。その更に下方には紅蓮に猛るマグマが見え隠れしている。暗い室内と、真紅
の光と熱気が充分に死地を演出していた。ギゼーは、不本意ながらも足元が震え
るのを覚えた。
『さあ、君はこの恐怖を超えられるカナ?クククッ』
影の男は含み笑いを哄笑に変え、ギゼーに道を示した。
『ここを越えれば、台座は目の前だ。台座まで辿り着ければ、“鍵”は君の物だ
ヨ。フフフッ。まあ、無事に辿り着ければの話だがね』
不吉な言葉と、哄笑を残して影の男は現れた時と同様に忽然と消えた。
後に残されたのはギゼーと、ギゼーの目の前に広がる不確かな足場―林立する
岩柱とその向こうに見える台座だけだった。
かくして、“安全で何も無い部屋”は、一瞬で“恐怖の死地”へと変貌したの
だった―。
NPC:影の男
場所:白の遺跡
*++-----------++**++-----------++**++-----------++*
かくて城門は開かれた。
未だ嘗て誰一人、開ける事の叶わなかった白き城門が。
結界は解かれ、古の迷宮と現の世界とが融和した瞬間であった―。
淡く光る白銀の通路に一対の靴音が響く。
石壁に揺れる影も一人分のものだ。
ジュヴィア、リングと別れ一人右端の通路にひた走って行った、ギゼーであっ
た。通路自体に罠が無いか点検しながらの進行なので、通常よりも多少速度は減
退している。
「う~~む。思わずこっちの通路に入っちまったのはいいが、最初の鍵がまさか
こっちにあるとは…いかないだろうなぁ」
一人であることの寂しさを紛らわせるためか、独白するギゼー。それでも、虚
しさは募るばかりである。
とはいえギゼーは、自分が一人である事の寂しさを紛らわせる為の努力を怠ら
なかった。即ち、別れて通路に走って行った、二人の仲間の事を考えながら通路
を歩いていた。自殺志願のジュヴィアのこと、海竜族で世間知らずなお姫様のリ
ングのこと。リングは、大丈夫だ。あの明るく前向きな性格ならばどんな苦境も
乗り越えられるだろう。だが、ジュヴィアは?ジュヴィアは大丈夫だろうか?と
もすると手折れそうな儚さをも、その強靭さの内に秘めている少女に対し、いつ
しかギゼーは何か特別な感情を抱いていた。それは、父親が娘に対し抱く感情と
同質のものだ。ジュヴィアは、ギゼーにとってはクロースと同じくらい大切な存
在、仲間だった。少なくとも、そう感じてはいた。
そのジュヴィアが単独で行動している。リングもだが、彼にとって気が気でな
い事この上なかった。
(ジュヴィアちゃんも、リングちゃんも、一人で大丈夫かなぁ?)
☆★
どれくらい進んだだろうか。
気がつくと、目の前に扉が立ちはだかっていた。
片開きの、何も特別感を持たせない極々普通の扉だ。
唯一つ普通と違うものを上げるとすれば、通路と同じ素材―白い岩で出来てい
る所だ。
然して豪奢な装飾も無く、周りと一体化した違和感の無さ過ぎる扉。
ギゼーは、その扉の存在自体に違和感を感じていた。
(……?何だ?この違和感…?此処に入ってからずっと感じていたが…、この迷
宮…、白過ぎる。まるで、全てにおいて白を基調としているようだ…。不思議だ
…)
ギゼーは持ち前の慎重さを発揮して、目の前の扉に罠が無いか調べ始めた。
「へへへっ、こんな時こそ、トレジャーハンター七つ道具が役に立つんだよなぁ」
誰もいない空間で、得意満面に独白する。誰もいないという事実が、念頭から
外れたように。そして、言った後で寂然と後悔に苛まされるのだった。
通常は。
だが、今の独白を言い終わる少し前、扉にそっと手を掛けた瞬間に扉は自動的
に周囲の壁の中へと吸い込まれて行ったのだった。
「うわっととっ!」
ギゼーは焦って、室内に数メートル程入った所で蹈鞴(たたら)を踏む。
『ククククッ、ハハハハッ。…ようこそ。白の迷宮へ』
何所からとも無く嗤笑(ししょう)が響くと、ギゼーを嘲るような陳腐な台詞が
壁の透き間という透き間、室内のいたる所から漏れ出てきた。誰もいない、無人
の部屋。余計な装飾品など何も無い、唯一つ中央に台座があるだけの空間で。
「誰だ!!」
ギゼーが周囲を見回して誰何の声を張り上げても無駄だった。
見えるのは、唯々白い空間と、壁と同じ材質で出来た瀟洒な装飾を施された台
座だけだった。
その台座を目にした時、不意にこの迷宮に纏わる詩の一節が脳裏に過(よ)ぎる。
――一つとなりたる二つの鍵
(鍵……?)
何かに思い至り、ギゼーは音も立てずに台座に近付いて行った。
台座の手前、数メートルという所でギゼーはやむを得ず止らざるを得ない事態
に出くわす。
突如として、男の姿をした何かが何も無い空間から湧き出てきたのだ。
目の前に立ちはだかった男は、哄笑と共にのたまった。
『おおっとぉ!鍵は暫くお預けだよぉ、ギゼーくぅん。君がゲームに勝ってから
だぁ』
「何っ!ゲームって…!?それ以前に、なぜ俺の名前を知っている!?」
ギゼーが目の前の男を直視する。
そのギゼーの視線の先で、男は不可思議な容姿で宙を漂っていた。
そう、あえて喩えるなら“影”そのものだった。
そいつは、顔が―顔と呼べる部分が半分しかなかった。半分は幹竹割にされた
中年紳士のそれだが、もう半分は何も無い、漆黒の空間だけが型抜きされていた
。黒のシルクハットをちょこんと乗せて。その不気味としか言い様の無い頭部に
、夜を落とした様な漆黒のビロード地のマントと、同色の手袋とブーツがそれぞ
れ宙に浮いて漂っていた。時折言葉に合わせて動きを見せるが、それはあたかも
実体が在るかのように優雅な仕草だった。
『…君の事は全て知っている。君の仲間の事も…ね』
中年紳士の面の目が細められる。微笑んでいるのだ。これから起こるであろう
、不快な事態を想像して。
それを察知して、ギゼーは歯軋りをする。仲間の不幸を思い、その身柄の無事
を案じているのだ。
「……っ、仲間を…、リングちゃん達をどうする気だ!」
男は―影の男は嗤っていた。その嗤い声を聞いていると、気が狂ってしまう様
だった。
『リングちゃん、リングちゃんかぁ。ハハハハハッ』
(ううっ、頭が、頭が痛くなって来た…)
ギゼーが頭痛に苛まされて目を瞑っていると、何処からとも無く呪文の詠唱が
聞こえて来た。驚くべき事に、影の男が呪文を唱えているのだ。何の呪文かは分
からないが、朗々とした響きが流れ聞こえてくる。男の足元に、魔方陣のような
光の輪が浮かび上がり、一気に呪文は加速されていく。
そして―。
いつの間にか、ギゼーの足元から光が放出されていた。
波打つ蛇の如く、円を描くように疾るその光の動きに呼応するかのごとく、部
屋全体が暗転していった。ギゼーの意識が暗転した訳ではない。彼自身の意識は
、確かさを保っていた。だが、部屋全体が奇妙に歪み、まるで映画の場面が入れ
替わるかのように景色が変転して行くのだ。
「……………っ!」
何かが変だ。何かが、これから起ころうとしている。それは、自分にとって災
厄以外の何者でもない。ギゼーは咄嗟にそう、直感していた。しかし、動くに動
けない。鈍痛が酷く、思うように身体を動かせないのが理由の一つ。足元から競
り上がって来るプレッシャーに、今動けば間違いなく死ぬであろう事が想定され
るのが理由の二つ目だ。
動けないでいるギゼーを余所に、加速度的に早まっていく呪文の詠唱。歌うよ
うに、滑らかに紡がれていく。
やがて、影の男は呪文を唱え終えた。
途端、周囲の情景が溶けて流れてしまった。漆黒の数秒間を経た後、景色は再
構成されていく。まるで、塗料を塗りたくるかのごとく、それは迅速に行われて
いった。
足元から今まであった足場が消え、新たなる足場が構築される。
そこは、恐怖の象徴だった。
今、ギゼーの足元にあるのは、この世で最も不安定な足場―林立する岩柱だっ
た。その更に下方には紅蓮に猛るマグマが見え隠れしている。暗い室内と、真紅
の光と熱気が充分に死地を演出していた。ギゼーは、不本意ながらも足元が震え
るのを覚えた。
『さあ、君はこの恐怖を超えられるカナ?クククッ』
影の男は含み笑いを哄笑に変え、ギゼーに道を示した。
『ここを越えれば、台座は目の前だ。台座まで辿り着ければ、“鍵”は君の物だ
ヨ。フフフッ。まあ、無事に辿り着ければの話だがね』
不吉な言葉と、哄笑を残して影の男は現れた時と同様に忽然と消えた。
後に残されたのはギゼーと、ギゼーの目の前に広がる不確かな足場―林立する
岩柱とその向こうに見える台座だけだった。
かくして、“安全で何も無い部屋”は、一瞬で“恐怖の死地”へと変貌したの
だった―。