◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:メデッタ=オーシャン(伯父様)
場所:夢の中、とある街~馬車の中(現在)~ソフィニア、元ラオウ邸(回想)
*++-----------++**++-----------++**++-----------++*
それは影
それは蠢くモノ
それは虚ろ
それは掴めぬモノ
貴方と一つとなりたるそれは…
呪い―。
満月の夜―。
今宵もその刻[とき]がやってくる。
夜半を過ぎた頃、鞠の如き月から放射される銀光が名も知らぬ街を彩っている。そ
の美しき光のシャワーを浴びて、躍る影が一つ有った。
それは、まるで意志ある者の如く踊り狂っていた。
そしてその“影”の持ち主である、彼もまたひた走っていた。
何かを追い駆けるかの如く、又は何かに追い駆けられているかの如く。
銀光の中浮かび上がる彼の表情は、憔悴し切っていた。
そこは見知らぬ街だった。いつも立ち寄る、見知った街などではなく、ましてや、
ギゼーの故郷の地でも無かった。偶然、冒険の途中に立ち寄っただけの、見知らぬ
街。道という道全てが剥き出しの地面という、田舎道しか無かったガロウズ村と違
い、この街は人通りの無い裏路地ですら煉瓦造りである。そればかりか、街全体が煉
瓦で形作られているきらいがある。煉瓦塀に、煉瓦造りの家屋、煉瓦の鐘楼、煉瓦の
外壁、煉瓦、煉瓦、煉瓦…。兎に角目に入るもの全てにおいて煉瓦一色で構成されて
いた。「流石、都会だな」と、当初この街に辿り着いた時、ギゼーは街中をうろつき
ながら観光気分に耽ったものだ。
今夜は、そのありとあらゆる煉瓦達にギゼーの“影”が踊り狂っていた。
虚空に浮かぶ鞠から放たれる銀光を受け、ギゼーの“影”は踊り、笑う。
満月は、中天に差し掛かろうとしていた―。
恐怖の源、不幸や悲しい出来事は突然降って湧いたように訪れる。
不意に、黄色い悲鳴が上がった。それも、自分の耳の直ぐ近くで。
ギゼーははっとして、今し方声の上がった方を振り向く。そこには女の首があっ
た。虚空を見つめるその虚ろな瞳は、確実にギゼーを捉えているのが解る。その女の
首が、彼の掌の内に有った。彼女のものと思しき、赤黒き液体に塗れて。今し方飛び
散った赤黒さを帯びた飛沫が、未だ温もりを帯びて彼の指に絡み付いている。まるで
己が手で、彼女を死に到らしめたかのごとく。
ギゼーはそれを目に焼き付けた途端、一度ならず二度までも恐怖と絶望の入り混
じった悲鳴を上げた。今夜悲鳴を上げたのは、これで二回目である。一回目は、何か
から逃げ惑っていた、あの時に。そして二回目は今、この時に。ギゼーは今度こそ、
本当の意味で恐怖した。己に付き従う、その“影”に。
――己の“影”が人を殺す。
その事実を今、突き付けられたからだ。
ギゼーが自身に掛けられた呪いに対する恐怖の余り、顔を引き攣らせ悲鳴を上げた
時、“影”は嘲笑った。まるで、恐怖心を抱いたギゼーが愚か者だと罵るが如く。
“影“が笑う。いや、唯単に笑ったように見えただけかも知れないが、少なくとも
今のギゼーには“影”が笑っているように思えた。
“影”はひとしきり笑い倒した後、ギゼーに云った。
『お前がどれほど逃げようとも、我からは逃れ得るものではない。絶対にな』
そして再び“影”は、高らかに笑い飛ばす。声無き声で、形無き笑顔で。
ギゼーの静止する声も聞かず、“影”は笑い続ける。頭上の満月が見守る最中、夜
闇が白みやがて朝焼けが中天を焦がすまで…。
影は何時如何なる時でも、消入る事無く其処に存在している。物体が其処にある限
り。
そして、意思有る“影”もまた…。
それ[・・]はその事実をギゼーに知らしめる為に、笑い続けるのだった―。
◇*◆*☆*★*◇*◆
いつもこうだ。悪夢は何時だって、其処で終わる。
ギゼーにとってそれが、単なる夢なのか、それとも現[うつつ]に起こった事件の再
現なのかどうか定かではないが、ともかく自分は何時もこの悪夢を見てうなされると
言う事は事実だ。それだけは、確かな実感としてある。
そして彼は、また何時ものように汗ばむ体を振り払うかのごとく、現実に立ち帰る
のだ。
車輪の軋み音に意識が呼び覚まされる。
車輪の音は相も変わらずリズミカルで、心地よく肢体に響いてくる。それは幾多の
人間達が行き交い、平坦な道に生成していった事の証左である。
複数の人間が一つ所に集まると、やがて集団で行動するようになる。群れでの生活
が落ち着いてくると、村になる。村はやがて町に発展し、ひいては都市と呼ばれるま
でになる。町を都市にまで発展させた人々は、より利便性の高い生活を夢見て無造作
に所々に作られた町を結ぶため、道を作る。舗装されている物も、自然を剥き出しに
している物も。その全ての道が、旅をする者達にとっては大切な“道”である。道が
在って初めて旅人が行き交い、行商人が利益を得ることが出来るのだ。
どうやらギゼーはその時代の流れを体に刻み込みつつ、まどろんでいた様だ。悪夢
から覚めたギゼーの耳に最初に飛び込んで来たのは、リングの女性とも男性ともつか
ない美声だった。意識を失って、そのまま目を覚まさなかったジュヴィアに、昨日の
夜起きた出来事のあらましを伝えている様だ。今現在この馬車を御している叔父様の
事、これから向かう先にある遺跡の事。昨日起こった出来事の全てを、順を追って説
明しているのだ。
昨日の晩、何が起こったか。何故今、自分達は馬車で遺跡に向かっているのか。一
瞬前の出来事のように、記憶は蘇る…。
☆*★*◇*◆*☆*★
「伯父様!」
メデッタ=オーシャンの事を叔父様と呼んだ、リング=オーシャンという少女。
「リング、その呼び方は止めてくれないかな」
リングの事を呼び捨てにし、“伯父様”と言う呼ばれ方を否定したメデッタ=オー
シャンという壮年の紳士。
「リングちゃん、この人はいったい…?」
夜間、突然現れたもう一人の海竜族に、驚きを隠せないでいるギゼーという青年。
あの時、あの場に居合わせたのはこの三人だけだった。ジュヴィアは戦いの後、意
識を喪失してからと言うもの、三日三晩目覚めてくる事は無かったし、ジン達は地下
の“儀式の間”で死んでいるはずのユリアが忽然と姿を消したのを不審に思い、捜索
に乗り出したのとであの時あのバルコニーに居合わせたのはリング、ギゼー、メデッ
タの三人だけしか居なかったのだ。
突然の闖入者にに対して、ギゼーは当然出すべきもの―警戒心を露にした声音で訊
ねた。
「……で、その貴方の手にしている情報とは?もし差し支えなければ、教えてもらえ
ないでしょうか?」
それは、当の闖入者が開口一番口にした、「その情報は興味深いねぇ…。よければ
私がいい情報を教えてあげましょうか?」という言葉に向けられていた。
二人とも、当然の如く自己紹介は済んでいる。初対面の者が出会って、まず最初に
やらなければいけない事―自己紹介は、当然の如く二人の身に染み付いた常識だっ
た。いや、世間一般の常識と言っても過言ではなかろう。「リングちゃん、この人は
いったい…。君の…?」と言うギゼーの疑問から始まった自己紹介は、「ええ、私の
伯父です。メデッタ=オーシャンと言います。…あ、伯父様、こちらギゼーさん。人
間の友達です」と言うリングの言葉で締めくくられた。
メデッタ=オーシャン。時の権勢から自ら進んで退いた、現海竜族族長の兄であ
る。海竜族一の変わり者との、もっぱらの噂だ。当然、現族長の子であるリング=
オーシャンの伯父に当る人物である。
その一風変わった人物像を持ち合わせているメデッタに対し、ギゼーは慇懃に「も
し差し支えなければ、教えてもらえないでしょうか?」と、自分が今追っている宝物
の有力な情報を聞き出そうとしたのだった。言葉遣いや態度が妙に丁寧になりがちな
のは、相手の身なりや振る舞いから高貴な身分だと察したからだろう。
そのギゼーの質問に対する答えは、至極簡潔なものだった。
「いいとも。私が案内してあげよう」
まるで冒険に初めて出る少年の如く、夢に満ち、嬉々とした表情を隠さずに首肯す
るメデッタであった。彼は、それが当然だと言わんばかりであった。
その様子を見てリングは密かに溜息し、項垂れた。今までの疲労が、一度に襲って
来たような感覚を覚えたからだ。
「で、情報の事だが。ギゼー君、君はこの様な詩はご存知かね?」
徐にそう、切り出したメデッタは“竜の爪”に関する詩をそらんじて見せた。
その詩は、宿屋の二階で吟遊詩人が歌っていた詩だった。
――そのもの七つの光を抱き
――七つの日を数え
――七つの王国にて眠らん
――七つ目の王国の主
――七つの言葉を残し
――七つ目の竜の背びれに
――神殿を築かん
――七人目の王
――そこに七つの魔法を掛け
――七つの扉の向うに
――竜の爪を隠さん
その詩を聞いた途端ギゼーは顔色を変え、メデッタにその詩が自分の記憶の倉庫に
仕舞ってある旨を伝えた。
「ええ。その詩ならば、俺…いや、私は知っていますが…?」
「ははは。ギゼー君、そんなに改まる事は無いよ。私は既に、権勢を退いた身だ。言
うなれば、隠居したも同然。今は、君やリングと同じ一介の冒険者にしかすぎん。…
君だって、改まった物言いは言い辛いだろう?」
メデッタは、ギゼーに改まった言葉遣いは止めて庶民的に接してくれと要望を伝え
る。ギゼーはその要望に応え、一瞬後には庶民的な言葉遣いに戻っていた。やはり、
この方が話していて疲れを知る事が無いようだ。笑みを浮かべて言った。
「はは…、そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…。俺も独自に情報を、仕入れてい
ますから。その詩の内容も、意味も共に理解しているつもりです」
リングはきょとんとして、二人の会話に聞き入っている。少しでも情報を拾う構え
だ。
「……うむ。ならば、この詩に続きがあるのは、知っているかな…」
メデッタは、恐らく知らないであろうと決め付けているのか、にやりと奇妙な笑み
を顔に浮かべるとギゼーが答えるのを待つ。
「………?続き…?この詩の?」
「…うむ。次の句はこうじゃ。
――一つとなりたる二つの鍵
――三つ目の道指し示さん
――道は四つに分かたれて
――第五の部屋へと誘わん
――部屋は神秘の光に満ち溢れしとき
――六の印し鏡に映せ
――さすれば第七の道現われ出でん
――そは即ち天上への階段なり」
(…?どういう意味だろう?)
ギゼーが謎めいた詩の意味を汲み取ろうと思案していると、横合いからメデッタが
自己を主張するように親切心を叩き付けてきた。
「…どうじゃ?この謎が解けるかな?私を連れて行けば、この謎が解けるぞ」
「いえ。結構です。自分で解きますから」
何処か含んだような笑みを湛えながら言うメデッタに、即答できっぱりはっきり拒
否するギゼー。それでも誰がなんと言えども自分の主張は押し通す、そんな伯父の性
癖を知っているリングは無駄な事をと心の中で再び嘆息するのであった。
翌日。リングの予想通り、メデッタは何が起ろうと一行に付いて行くぞという意志
も露に、自分の馬車を用意して待っていた。御者は当然の如く、御者席に就いている
メデッタだった。
☆*★*◇*◆*☆*★
「おうい、遺跡が見えてきたぞ」
メデッタが御者台から呼び掛けてくる。目的の遺跡が、見えて来たのだ。ソフィニ
アから、丸三日の道程だった。
「あれが…」
ギゼーも、感動の余りに言葉を失うほど美しい遺跡だった。白亜の殿堂と呼んでも
良い、天然の要塞だ。
遺跡―遺跡、と言うよりも城と言うほうが余程当て嵌まっている―は、魔法を帯び
た石、白石で出来ている白い山“白山”の中にすっぽりと納まっているのだった。そ
れも、七つのエリアに分かれているらしい。外観から察するに、そのエリアのどれも
が美麗であることだろう。未だに誰も、生きて出て来たものは無いと言う。外側にま
ず外部の者を遮断する結界が張られていて、それを解除しないと内側に入れないと言
う。そしてその内側もまた、複雑怪奇な迷宮になっているようだ。取り敢えず、2週
間分の食料は持ってきている。だが、これで安心は出来ないだろう。いつ、どんな事
が起こるか解らないのが遺跡である。もう一度荷物を点検したり、抱え直したりして
決意を新たにするギゼーであった。
遺跡の前で四人が円陣を組み、話し合っている。とりあえず、馬車をどうするか決
め兼ねているのだ。遺跡の中まで乗り込んでいけないから、何処かに繋いで置く必要
はあるのだが、御者であり持ち主でもあるメデッタが自分も行くと言い張っているの
だ。
「いや、しかし伯父様、誰かが此処で馬車を見ていなければ、何者かに盗られてしま
うかも知れないですし、繋いで置くだけでは…」
と、ギゼーが自分の予測を話せば、
「ふんっ!私も行くぞ!此処へ君達を案内したのは、この私だからな!……それから
な、ギゼー君。私の事を伯父様と呼ぶな!」
そう言って、メデッタは益々肩肘を張ってしまう。そうした、いたちごっこを見兼
ねたのか、リングが一つ提案する。
「どうでしょう?皆さん。ここは、水の幕を張って馬車を隠してしまうと言うのは?
馬は逃げないように繋いで置けば良いですし、イリュージョンの魔法を掛けておけ
ば、盗賊からも目隠しできますよ」
いい加減、焦れて来ていた二人は一も二も無くリングの提案に乗った。
まず、遺跡付近に生えている木に馬を繋ぎ、馬と二台のある付近に水の魔法で防護
壁を張る。そして、その防護壁の上から更に、水の魔法の一つであるイリュージョン
を掛けるのだ。これは、やはりリングがやることにした。
「…何で、私じゃ駄目なんだ?」
「…いや、何となく」
かくして4人は、堂々と真っ正面から遺跡の内部へと踏み出したのだった。
洞窟の内部は、意外に明るかった。日の光が届かない場所だと言うのに、白い岩肌
自体が淡く光っているように見える。何らかの魔法が掛かっているのは、目に見えて
明らかだった。
「よくもまあ、こんな手の込んだ事をするもんだよ」
感心しているのか、それとも呆れ果てているのか、ギゼーがふと漏らす。周りの三
人も、それに同意するように肯いた。
暫くすると、真っ白な一枚岩の扉にぶち当たった。ここまでの通路自体は左程長く
もなく、複雑でもなく、ものの数分で此処まで辿り着いた。取り敢えず、城門と言っ
たところだろうか。周りの通路と同じく、淡く白光りしている両開きの門にそっと手
を付いてみる。
「…鉄製…ではないな。周りの岩肌と同質だが、何か異質な感じを受ける」
トレジャーハンターの勘がそうしたのか、はたまた単なる慎重なだけなのか、ギ
ゼーは罠が無いかどうか手を付いたまま調べ始めた。
と、その時。
不意にギゼーの後方、約三歩半の所で轟音が轟いた。何かが頭上から落ちて来たら
しい。リングとメデッタの、驚愕に満ちた悲鳴が同時に聞えてきた。
(…!?何だ!?)
咄嗟に振り向くと、そこには巨大なゴーレムが地に足を付けて威嚇していた。見た
所、そいつもどうやら周囲の岩肌と同質の物質で出来ているようだ。
「ストーンゴーレムか!!」
ストーンゴーレムを入口の番人に持ってくるとは、中々侮れない迷宮だなと、期待
に満ちた眼差しで一人ほくそえむギゼーであった。
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:メデッタ=オーシャン(伯父様)
場所:夢の中、とある街~馬車の中(現在)~ソフィニア、元ラオウ邸(回想)
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それは影
それは蠢くモノ
それは虚ろ
それは掴めぬモノ
貴方と一つとなりたるそれは…
呪い―。
満月の夜―。
今宵もその刻[とき]がやってくる。
夜半を過ぎた頃、鞠の如き月から放射される銀光が名も知らぬ街を彩っている。そ
の美しき光のシャワーを浴びて、躍る影が一つ有った。
それは、まるで意志ある者の如く踊り狂っていた。
そしてその“影”の持ち主である、彼もまたひた走っていた。
何かを追い駆けるかの如く、又は何かに追い駆けられているかの如く。
銀光の中浮かび上がる彼の表情は、憔悴し切っていた。
そこは見知らぬ街だった。いつも立ち寄る、見知った街などではなく、ましてや、
ギゼーの故郷の地でも無かった。偶然、冒険の途中に立ち寄っただけの、見知らぬ
街。道という道全てが剥き出しの地面という、田舎道しか無かったガロウズ村と違
い、この街は人通りの無い裏路地ですら煉瓦造りである。そればかりか、街全体が煉
瓦で形作られているきらいがある。煉瓦塀に、煉瓦造りの家屋、煉瓦の鐘楼、煉瓦の
外壁、煉瓦、煉瓦、煉瓦…。兎に角目に入るもの全てにおいて煉瓦一色で構成されて
いた。「流石、都会だな」と、当初この街に辿り着いた時、ギゼーは街中をうろつき
ながら観光気分に耽ったものだ。
今夜は、そのありとあらゆる煉瓦達にギゼーの“影”が踊り狂っていた。
虚空に浮かぶ鞠から放たれる銀光を受け、ギゼーの“影”は踊り、笑う。
満月は、中天に差し掛かろうとしていた―。
恐怖の源、不幸や悲しい出来事は突然降って湧いたように訪れる。
不意に、黄色い悲鳴が上がった。それも、自分の耳の直ぐ近くで。
ギゼーははっとして、今し方声の上がった方を振り向く。そこには女の首があっ
た。虚空を見つめるその虚ろな瞳は、確実にギゼーを捉えているのが解る。その女の
首が、彼の掌の内に有った。彼女のものと思しき、赤黒き液体に塗れて。今し方飛び
散った赤黒さを帯びた飛沫が、未だ温もりを帯びて彼の指に絡み付いている。まるで
己が手で、彼女を死に到らしめたかのごとく。
ギゼーはそれを目に焼き付けた途端、一度ならず二度までも恐怖と絶望の入り混
じった悲鳴を上げた。今夜悲鳴を上げたのは、これで二回目である。一回目は、何か
から逃げ惑っていた、あの時に。そして二回目は今、この時に。ギゼーは今度こそ、
本当の意味で恐怖した。己に付き従う、その“影”に。
――己の“影”が人を殺す。
その事実を今、突き付けられたからだ。
ギゼーが自身に掛けられた呪いに対する恐怖の余り、顔を引き攣らせ悲鳴を上げた
時、“影”は嘲笑った。まるで、恐怖心を抱いたギゼーが愚か者だと罵るが如く。
“影“が笑う。いや、唯単に笑ったように見えただけかも知れないが、少なくとも
今のギゼーには“影”が笑っているように思えた。
“影”はひとしきり笑い倒した後、ギゼーに云った。
『お前がどれほど逃げようとも、我からは逃れ得るものではない。絶対にな』
そして再び“影”は、高らかに笑い飛ばす。声無き声で、形無き笑顔で。
ギゼーの静止する声も聞かず、“影”は笑い続ける。頭上の満月が見守る最中、夜
闇が白みやがて朝焼けが中天を焦がすまで…。
影は何時如何なる時でも、消入る事無く其処に存在している。物体が其処にある限
り。
そして、意思有る“影”もまた…。
それ[・・]はその事実をギゼーに知らしめる為に、笑い続けるのだった―。
◇*◆*☆*★*◇*◆
いつもこうだ。悪夢は何時だって、其処で終わる。
ギゼーにとってそれが、単なる夢なのか、それとも現[うつつ]に起こった事件の再
現なのかどうか定かではないが、ともかく自分は何時もこの悪夢を見てうなされると
言う事は事実だ。それだけは、確かな実感としてある。
そして彼は、また何時ものように汗ばむ体を振り払うかのごとく、現実に立ち帰る
のだ。
車輪の軋み音に意識が呼び覚まされる。
車輪の音は相も変わらずリズミカルで、心地よく肢体に響いてくる。それは幾多の
人間達が行き交い、平坦な道に生成していった事の証左である。
複数の人間が一つ所に集まると、やがて集団で行動するようになる。群れでの生活
が落ち着いてくると、村になる。村はやがて町に発展し、ひいては都市と呼ばれるま
でになる。町を都市にまで発展させた人々は、より利便性の高い生活を夢見て無造作
に所々に作られた町を結ぶため、道を作る。舗装されている物も、自然を剥き出しに
している物も。その全ての道が、旅をする者達にとっては大切な“道”である。道が
在って初めて旅人が行き交い、行商人が利益を得ることが出来るのだ。
どうやらギゼーはその時代の流れを体に刻み込みつつ、まどろんでいた様だ。悪夢
から覚めたギゼーの耳に最初に飛び込んで来たのは、リングの女性とも男性ともつか
ない美声だった。意識を失って、そのまま目を覚まさなかったジュヴィアに、昨日の
夜起きた出来事のあらましを伝えている様だ。今現在この馬車を御している叔父様の
事、これから向かう先にある遺跡の事。昨日起こった出来事の全てを、順を追って説
明しているのだ。
昨日の晩、何が起こったか。何故今、自分達は馬車で遺跡に向かっているのか。一
瞬前の出来事のように、記憶は蘇る…。
☆*★*◇*◆*☆*★
「伯父様!」
メデッタ=オーシャンの事を叔父様と呼んだ、リング=オーシャンという少女。
「リング、その呼び方は止めてくれないかな」
リングの事を呼び捨てにし、“伯父様”と言う呼ばれ方を否定したメデッタ=オー
シャンという壮年の紳士。
「リングちゃん、この人はいったい…?」
夜間、突然現れたもう一人の海竜族に、驚きを隠せないでいるギゼーという青年。
あの時、あの場に居合わせたのはこの三人だけだった。ジュヴィアは戦いの後、意
識を喪失してからと言うもの、三日三晩目覚めてくる事は無かったし、ジン達は地下
の“儀式の間”で死んでいるはずのユリアが忽然と姿を消したのを不審に思い、捜索
に乗り出したのとであの時あのバルコニーに居合わせたのはリング、ギゼー、メデッ
タの三人だけしか居なかったのだ。
突然の闖入者にに対して、ギゼーは当然出すべきもの―警戒心を露にした声音で訊
ねた。
「……で、その貴方の手にしている情報とは?もし差し支えなければ、教えてもらえ
ないでしょうか?」
それは、当の闖入者が開口一番口にした、「その情報は興味深いねぇ…。よければ
私がいい情報を教えてあげましょうか?」という言葉に向けられていた。
二人とも、当然の如く自己紹介は済んでいる。初対面の者が出会って、まず最初に
やらなければいけない事―自己紹介は、当然の如く二人の身に染み付いた常識だっ
た。いや、世間一般の常識と言っても過言ではなかろう。「リングちゃん、この人は
いったい…。君の…?」と言うギゼーの疑問から始まった自己紹介は、「ええ、私の
伯父です。メデッタ=オーシャンと言います。…あ、伯父様、こちらギゼーさん。人
間の友達です」と言うリングの言葉で締めくくられた。
メデッタ=オーシャン。時の権勢から自ら進んで退いた、現海竜族族長の兄であ
る。海竜族一の変わり者との、もっぱらの噂だ。当然、現族長の子であるリング=
オーシャンの伯父に当る人物である。
その一風変わった人物像を持ち合わせているメデッタに対し、ギゼーは慇懃に「も
し差し支えなければ、教えてもらえないでしょうか?」と、自分が今追っている宝物
の有力な情報を聞き出そうとしたのだった。言葉遣いや態度が妙に丁寧になりがちな
のは、相手の身なりや振る舞いから高貴な身分だと察したからだろう。
そのギゼーの質問に対する答えは、至極簡潔なものだった。
「いいとも。私が案内してあげよう」
まるで冒険に初めて出る少年の如く、夢に満ち、嬉々とした表情を隠さずに首肯す
るメデッタであった。彼は、それが当然だと言わんばかりであった。
その様子を見てリングは密かに溜息し、項垂れた。今までの疲労が、一度に襲って
来たような感覚を覚えたからだ。
「で、情報の事だが。ギゼー君、君はこの様な詩はご存知かね?」
徐にそう、切り出したメデッタは“竜の爪”に関する詩をそらんじて見せた。
その詩は、宿屋の二階で吟遊詩人が歌っていた詩だった。
――そのもの七つの光を抱き
――七つの日を数え
――七つの王国にて眠らん
――七つ目の王国の主
――七つの言葉を残し
――七つ目の竜の背びれに
――神殿を築かん
――七人目の王
――そこに七つの魔法を掛け
――七つの扉の向うに
――竜の爪を隠さん
その詩を聞いた途端ギゼーは顔色を変え、メデッタにその詩が自分の記憶の倉庫に
仕舞ってある旨を伝えた。
「ええ。その詩ならば、俺…いや、私は知っていますが…?」
「ははは。ギゼー君、そんなに改まる事は無いよ。私は既に、権勢を退いた身だ。言
うなれば、隠居したも同然。今は、君やリングと同じ一介の冒険者にしかすぎん。…
君だって、改まった物言いは言い辛いだろう?」
メデッタは、ギゼーに改まった言葉遣いは止めて庶民的に接してくれと要望を伝え
る。ギゼーはその要望に応え、一瞬後には庶民的な言葉遣いに戻っていた。やはり、
この方が話していて疲れを知る事が無いようだ。笑みを浮かべて言った。
「はは…、そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて…。俺も独自に情報を、仕入れてい
ますから。その詩の内容も、意味も共に理解しているつもりです」
リングはきょとんとして、二人の会話に聞き入っている。少しでも情報を拾う構え
だ。
「……うむ。ならば、この詩に続きがあるのは、知っているかな…」
メデッタは、恐らく知らないであろうと決め付けているのか、にやりと奇妙な笑み
を顔に浮かべるとギゼーが答えるのを待つ。
「………?続き…?この詩の?」
「…うむ。次の句はこうじゃ。
――一つとなりたる二つの鍵
――三つ目の道指し示さん
――道は四つに分かたれて
――第五の部屋へと誘わん
――部屋は神秘の光に満ち溢れしとき
――六の印し鏡に映せ
――さすれば第七の道現われ出でん
――そは即ち天上への階段なり」
(…?どういう意味だろう?)
ギゼーが謎めいた詩の意味を汲み取ろうと思案していると、横合いからメデッタが
自己を主張するように親切心を叩き付けてきた。
「…どうじゃ?この謎が解けるかな?私を連れて行けば、この謎が解けるぞ」
「いえ。結構です。自分で解きますから」
何処か含んだような笑みを湛えながら言うメデッタに、即答できっぱりはっきり拒
否するギゼー。それでも誰がなんと言えども自分の主張は押し通す、そんな伯父の性
癖を知っているリングは無駄な事をと心の中で再び嘆息するのであった。
翌日。リングの予想通り、メデッタは何が起ろうと一行に付いて行くぞという意志
も露に、自分の馬車を用意して待っていた。御者は当然の如く、御者席に就いている
メデッタだった。
☆*★*◇*◆*☆*★
「おうい、遺跡が見えてきたぞ」
メデッタが御者台から呼び掛けてくる。目的の遺跡が、見えて来たのだ。ソフィニ
アから、丸三日の道程だった。
「あれが…」
ギゼーも、感動の余りに言葉を失うほど美しい遺跡だった。白亜の殿堂と呼んでも
良い、天然の要塞だ。
遺跡―遺跡、と言うよりも城と言うほうが余程当て嵌まっている―は、魔法を帯び
た石、白石で出来ている白い山“白山”の中にすっぽりと納まっているのだった。そ
れも、七つのエリアに分かれているらしい。外観から察するに、そのエリアのどれも
が美麗であることだろう。未だに誰も、生きて出て来たものは無いと言う。外側にま
ず外部の者を遮断する結界が張られていて、それを解除しないと内側に入れないと言
う。そしてその内側もまた、複雑怪奇な迷宮になっているようだ。取り敢えず、2週
間分の食料は持ってきている。だが、これで安心は出来ないだろう。いつ、どんな事
が起こるか解らないのが遺跡である。もう一度荷物を点検したり、抱え直したりして
決意を新たにするギゼーであった。
遺跡の前で四人が円陣を組み、話し合っている。とりあえず、馬車をどうするか決
め兼ねているのだ。遺跡の中まで乗り込んでいけないから、何処かに繋いで置く必要
はあるのだが、御者であり持ち主でもあるメデッタが自分も行くと言い張っているの
だ。
「いや、しかし伯父様、誰かが此処で馬車を見ていなければ、何者かに盗られてしま
うかも知れないですし、繋いで置くだけでは…」
と、ギゼーが自分の予測を話せば、
「ふんっ!私も行くぞ!此処へ君達を案内したのは、この私だからな!……それから
な、ギゼー君。私の事を伯父様と呼ぶな!」
そう言って、メデッタは益々肩肘を張ってしまう。そうした、いたちごっこを見兼
ねたのか、リングが一つ提案する。
「どうでしょう?皆さん。ここは、水の幕を張って馬車を隠してしまうと言うのは?
馬は逃げないように繋いで置けば良いですし、イリュージョンの魔法を掛けておけ
ば、盗賊からも目隠しできますよ」
いい加減、焦れて来ていた二人は一も二も無くリングの提案に乗った。
まず、遺跡付近に生えている木に馬を繋ぎ、馬と二台のある付近に水の魔法で防護
壁を張る。そして、その防護壁の上から更に、水の魔法の一つであるイリュージョン
を掛けるのだ。これは、やはりリングがやることにした。
「…何で、私じゃ駄目なんだ?」
「…いや、何となく」
かくして4人は、堂々と真っ正面から遺跡の内部へと踏み出したのだった。
洞窟の内部は、意外に明るかった。日の光が届かない場所だと言うのに、白い岩肌
自体が淡く光っているように見える。何らかの魔法が掛かっているのは、目に見えて
明らかだった。
「よくもまあ、こんな手の込んだ事をするもんだよ」
感心しているのか、それとも呆れ果てているのか、ギゼーがふと漏らす。周りの三
人も、それに同意するように肯いた。
暫くすると、真っ白な一枚岩の扉にぶち当たった。ここまでの通路自体は左程長く
もなく、複雑でもなく、ものの数分で此処まで辿り着いた。取り敢えず、城門と言っ
たところだろうか。周りの通路と同じく、淡く白光りしている両開きの門にそっと手
を付いてみる。
「…鉄製…ではないな。周りの岩肌と同質だが、何か異質な感じを受ける」
トレジャーハンターの勘がそうしたのか、はたまた単なる慎重なだけなのか、ギ
ゼーは罠が無いかどうか手を付いたまま調べ始めた。
と、その時。
不意にギゼーの後方、約三歩半の所で轟音が轟いた。何かが頭上から落ちて来たら
しい。リングとメデッタの、驚愕に満ちた悲鳴が同時に聞えてきた。
(…!?何だ!?)
咄嗟に振り向くと、そこには巨大なゴーレムが地に足を付けて威嚇していた。見た
所、そいつもどうやら周囲の岩肌と同質の物質で出来ているようだ。
「ストーンゴーレムか!!」
ストーンゴーレムを入口の番人に持ってくるとは、中々侮れない迷宮だなと、期待
に満ちた眼差しで一人ほくそえむギゼーであった。
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