◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー、ジュヴィア、リング
NPC:助けられた美女ユリア、大商人ラオウ、(ユリアの許婚ケン・シロウ)
場所:ソフィニアの目抜き通り~大商人の豪邸
◆――――――――――――――――――――――――――――
貴方しか見えない。
貴方しか感じない。
貴方の居ない世界など考えられない。
ねえ、知ってる?
私が貴方を、待ち続けている事。
例え貴方が他の女性[ひと]を見つめていても、私は貴方を待ち続ける―。
いつか貴方が、振り向くその日まで…。
~メディーナの日記より~
「あの、助けていただいたお礼を言いたいのですが……」
被害者である美女が、おもむろに口を開く。
おどおどしていて、世間知らずな風体を示しているその肢体は、どこと無くリング
に似ていなくも無い。だが、リングの放つ“不思議”な雰囲気は、彼女からは発され
ていない。あくまでも人間、あくまでも唯の深窓の令嬢なのだ。
「あっ、いや、礼には及びませんよ。お嬢さん。元々そんなつもりで、助けた訳じゃ
ありませんから」
キザったらしく美女に向けて手など翳しながら、相手の申し出を断るギゼー。自己
陶酔にどっぷりと浸かっている様だ。周囲の、やや呆れ気味の視線など毛ほども感じ
ないほどだ。自分の世界に集中し過ぎる余り、周りが視界に入らないらしい。
そんなギゼーを無視するかのように美女に歩み寄ると、ジュヴィアは冷ややかに宣
言した。
「……別に、ギゼーさんがやっつけた訳じゃないです。それに、貰える礼は受け取っ
ておいた方が良い
です。……というわけで、頂きますよ?そのお礼」
ジュヴィアは、真っ直ぐに美女の瞳を覗き込む。彼の女性の瞳は、澄んだ菫色をし
ていた。
心なしか、その菫色の瞳が潤んでいるように見える。それも、視線をジュヴィアか
ら外さずに。
それに気付いたジュヴィアは、背筋に冷たい何かが走るのを感じた。が、しかしそ
の事を言葉に乗せることは無かった。
美女は、熱っぽい視線をジュヴィアの身に浴びせつつもしっかりと、するべきこと
をする。つまり、相手の名前を尋ねた。やや、夢見心地な声音だったが。
「あの………、失礼ですが、貴女(方)のお名前は………?」
突然当たり前の事を妙な感じで尋ねられ、少しムッとしながらジュヴィアが応じ
る。
「本っ当に、失礼ですね。他人の名前を尋ねるには、まず自分から名乗るのが礼儀で
しょう?」
何も知らないお嬢様であるところの美女は、ジュヴィアの言動を素直に受け入れ、
驚いて短く息を吸い込んだ。そして、慌てて訂正する。
「あっ!?それは、失礼しました。私は、ユリアと申します。商人ラオウの娘で、こ
の目抜き通りの先に行った所にある、家に住んでおります。貴女は?」
最後まで言い終えると、飛びっきりの笑顔をジュヴィアに向ける。男ならば誰で
も、悩殺される笑顔だ。ジュヴィアは、少女だからか無反応であったが。
一方、周囲の野次馬達は驚きの声でざわついていた。それも、ユリアと名乗った美
女が「商人ラオウの娘」と自分で名乗った当たりからだ。この界隈では、「商人ラオ
ウ」の名は結構それなりに―少なくとも、その職業名の上に“大”が付くくらいは―
有名らしい。ギゼーは、周囲のざわつきから飛び交う言葉でその事に気付かされ、少
しの驚きと関心をその表情に表した。
(へぇ………。結構有名な商人なんだ。ユリアさんの親父さんって)
ギゼーもプロだ。宝物を糧に生計を立てている身である。遺跡内で手に入れた宝物
を、時として闇市に売りに出す時があるのだ。その時に知り合った商人ならば、何人
かは知っている。闇商人という、裏の商法に通じている商人ではあるが。
それゆえか、商人の知り合いが多いギゼーですら、正規の商人であるユリアの父
親、「大商人ラオウ」の名は知識の宝庫の何処を探しても存在していなかった。
「……私は、ジュヴィア……」
意外と素直に自分の名を露わにしたユリアに対して、少なからず警戒を解いたの
か、ジュヴィアが口火を切って自身の名を口頭に上らせる。
「………そちらの、おどおどした女性はリングさん。………で、こちらの……失礼極
まりない、自信だけは無駄にあって、戦えないくせに喧嘩を売って、挙句の果てに他
人に場を任せる男性が、ギゼーさん」
話の流れからか、そのまま続けてジュヴィアが他の二人の紹介までも済ませてしま
う。多少、彼女の主観が入っているようだが。
「だぁっ!んだよつ!その説明はぁっ!?………お嬢さん、俺はギゼー。しがないト
レジャーハンターさ。あんたみたいな美人さんの危機を見ると、ついつい放って置け
なくてね。勝手に体が反応しちゃうんだ。いや、いや。決して勝算が無くて、あんな
行動したわけじゃなくて…だな…」
自分で自分の弁護をする事ほど間抜けな事は無いな、と一人失笑するジュヴィアで
あった―。
一行は、人の十倍はあろうかと言うほどの、巨大な鉄門扉の前に立ち尽くしてい
た。
そして、口を間の抜けた形に開け放ち、呆けていた。―ジュヴィア以外は。
巨大な鉄門扉と、地の果てまで続いていそうな広大な庭と、その庭を分かつように
真っ直ぐに伸びる道と、その行き着く先に胡麻のように見える屋敷とに眼を点にして
見入りつつ、驚嘆の声を漏らす。
「すっげ~~~~~!」
「こ~~んな、大きな屋敷に住んでいるんじゃ、大商人さんって、おっきなひとなん
ですねv」
これは、リングの驚嘆の声だ。それを聞いたギゼーは、肩を落とし、項垂れた。
(……ふぅ~、これからは、俺がこの子に世の中の常識を教えねばならんのか…)
三人が暫く屋敷の広大さに見惚れている間に開けたのか、ユリアが鉄門扉の向こう
で手招きしている。
「みなさ~ん!来て下さい。父に紹介します」
「てゆうか、金持ってんの父親なんじゃ…」と心の中で突っ込みを入れながらも、
ギゼーが彼女の手招きに応じて屋敷の敷地内に入る。それに習って、とばかりに後に
続くリングとジュヴィア。何気ない事にいちいち驚嘆を露わにするリングとは対照的
に、ジュヴィアは終始無表情である。
門を潜ると、唯真っ直ぐに伸びる道とその行き着く先に見える胡麻のような屋敷が
あるだけで、後は草原がどこまでも広がっていた。館は、やや小高い丘の上にあるよ
うだ。所々に木が植えてあるが、それも疎らで眼に映えるのは草原の方だ。成金趣味
もいいところで、草原の所々に金であしらわれた像が立ち並んでいた。ちょっとし
た、彫刻の森である。皆、著名な芸術家の手による物ばかりだ、とギゼーは察知し
た。
「!?おいっ、館から誰か出て来たぞ。ひょっとして、あんたのお父様か?…ユリア
さん」
いつの間に装着したのか、やや重量感のある航空ゴーグルで胡麻のような館を見て
ギゼーが言った。
それもまた、ギゼー御自慢のマジックアイテムである。その名も、“カルドスコー
プ”と言う。装着し、左右に組み込まれている魔法石の部分を一撫ですると、遠見の
魔法が発動し100km四方が見渡せるようになる。精度はその都度調節できるが、だ
いたい100km先に置いた紙に書かれてある文字が読めるほどである。当然、暗闇で
も見通せる優れ物だ。トレジャーハンター七つ道具の一つだ。
突然呼び掛けたギゼーの言葉に驚いて、ユリアが振り向き逆に尋ねる。
「それは、恰幅の良い人ですか?だいたい、40代前半くらいの?」
「いんや、違うな。筋骨隆々の、逞しい青年だ」
即答したギゼーのその言葉に、ユリアは顔色を変える。
まるで、何かを恐れてでもいるかのごとく、肩を戦慄[わなな]かせて。
「それ、私の父じゃありません。………私の、婚約者です」
館に到着すると、例の筋骨隆々の青年が一行を出迎えてくれた。
「やあ、ユリア(微笑)」
暑苦しい風体の上に、キザったらしい相貌の青年が、爽やかな笑顔でユリアに挨拶
してくる。何気に良く磨かれた歯が、陽の光を反射して一層暑苦しさを増しているよ
うである。
この青年こそ、ユリアの婚約者にしてソフィニアの名家であり、候爵位を持ってい
るシロウ家の跡取り息子である、ケン・シロウその人であった。
「……あの、皆さん。こちらが、私の婚約者のケン・シロウ様です」
ユリアは、やや視線を逸らせ気味で皆に紹介した。
PC:ギゼー、ジュヴィア、リング
NPC:助けられた美女ユリア、大商人ラオウ、(ユリアの許婚ケン・シロウ)
場所:ソフィニアの目抜き通り~大商人の豪邸
◆――――――――――――――――――――――――――――
貴方しか見えない。
貴方しか感じない。
貴方の居ない世界など考えられない。
ねえ、知ってる?
私が貴方を、待ち続けている事。
例え貴方が他の女性[ひと]を見つめていても、私は貴方を待ち続ける―。
いつか貴方が、振り向くその日まで…。
~メディーナの日記より~
「あの、助けていただいたお礼を言いたいのですが……」
被害者である美女が、おもむろに口を開く。
おどおどしていて、世間知らずな風体を示しているその肢体は、どこと無くリング
に似ていなくも無い。だが、リングの放つ“不思議”な雰囲気は、彼女からは発され
ていない。あくまでも人間、あくまでも唯の深窓の令嬢なのだ。
「あっ、いや、礼には及びませんよ。お嬢さん。元々そんなつもりで、助けた訳じゃ
ありませんから」
キザったらしく美女に向けて手など翳しながら、相手の申し出を断るギゼー。自己
陶酔にどっぷりと浸かっている様だ。周囲の、やや呆れ気味の視線など毛ほども感じ
ないほどだ。自分の世界に集中し過ぎる余り、周りが視界に入らないらしい。
そんなギゼーを無視するかのように美女に歩み寄ると、ジュヴィアは冷ややかに宣
言した。
「……別に、ギゼーさんがやっつけた訳じゃないです。それに、貰える礼は受け取っ
ておいた方が良い
です。……というわけで、頂きますよ?そのお礼」
ジュヴィアは、真っ直ぐに美女の瞳を覗き込む。彼の女性の瞳は、澄んだ菫色をし
ていた。
心なしか、その菫色の瞳が潤んでいるように見える。それも、視線をジュヴィアか
ら外さずに。
それに気付いたジュヴィアは、背筋に冷たい何かが走るのを感じた。が、しかしそ
の事を言葉に乗せることは無かった。
美女は、熱っぽい視線をジュヴィアの身に浴びせつつもしっかりと、するべきこと
をする。つまり、相手の名前を尋ねた。やや、夢見心地な声音だったが。
「あの………、失礼ですが、貴女(方)のお名前は………?」
突然当たり前の事を妙な感じで尋ねられ、少しムッとしながらジュヴィアが応じ
る。
「本っ当に、失礼ですね。他人の名前を尋ねるには、まず自分から名乗るのが礼儀で
しょう?」
何も知らないお嬢様であるところの美女は、ジュヴィアの言動を素直に受け入れ、
驚いて短く息を吸い込んだ。そして、慌てて訂正する。
「あっ!?それは、失礼しました。私は、ユリアと申します。商人ラオウの娘で、こ
の目抜き通りの先に行った所にある、家に住んでおります。貴女は?」
最後まで言い終えると、飛びっきりの笑顔をジュヴィアに向ける。男ならば誰で
も、悩殺される笑顔だ。ジュヴィアは、少女だからか無反応であったが。
一方、周囲の野次馬達は驚きの声でざわついていた。それも、ユリアと名乗った美
女が「商人ラオウの娘」と自分で名乗った当たりからだ。この界隈では、「商人ラオ
ウ」の名は結構それなりに―少なくとも、その職業名の上に“大”が付くくらいは―
有名らしい。ギゼーは、周囲のざわつきから飛び交う言葉でその事に気付かされ、少
しの驚きと関心をその表情に表した。
(へぇ………。結構有名な商人なんだ。ユリアさんの親父さんって)
ギゼーもプロだ。宝物を糧に生計を立てている身である。遺跡内で手に入れた宝物
を、時として闇市に売りに出す時があるのだ。その時に知り合った商人ならば、何人
かは知っている。闇商人という、裏の商法に通じている商人ではあるが。
それゆえか、商人の知り合いが多いギゼーですら、正規の商人であるユリアの父
親、「大商人ラオウ」の名は知識の宝庫の何処を探しても存在していなかった。
「……私は、ジュヴィア……」
意外と素直に自分の名を露わにしたユリアに対して、少なからず警戒を解いたの
か、ジュヴィアが口火を切って自身の名を口頭に上らせる。
「………そちらの、おどおどした女性はリングさん。………で、こちらの……失礼極
まりない、自信だけは無駄にあって、戦えないくせに喧嘩を売って、挙句の果てに他
人に場を任せる男性が、ギゼーさん」
話の流れからか、そのまま続けてジュヴィアが他の二人の紹介までも済ませてしま
う。多少、彼女の主観が入っているようだが。
「だぁっ!んだよつ!その説明はぁっ!?………お嬢さん、俺はギゼー。しがないト
レジャーハンターさ。あんたみたいな美人さんの危機を見ると、ついつい放って置け
なくてね。勝手に体が反応しちゃうんだ。いや、いや。決して勝算が無くて、あんな
行動したわけじゃなくて…だな…」
自分で自分の弁護をする事ほど間抜けな事は無いな、と一人失笑するジュヴィアで
あった―。
一行は、人の十倍はあろうかと言うほどの、巨大な鉄門扉の前に立ち尽くしてい
た。
そして、口を間の抜けた形に開け放ち、呆けていた。―ジュヴィア以外は。
巨大な鉄門扉と、地の果てまで続いていそうな広大な庭と、その庭を分かつように
真っ直ぐに伸びる道と、その行き着く先に胡麻のように見える屋敷とに眼を点にして
見入りつつ、驚嘆の声を漏らす。
「すっげ~~~~~!」
「こ~~んな、大きな屋敷に住んでいるんじゃ、大商人さんって、おっきなひとなん
ですねv」
これは、リングの驚嘆の声だ。それを聞いたギゼーは、肩を落とし、項垂れた。
(……ふぅ~、これからは、俺がこの子に世の中の常識を教えねばならんのか…)
三人が暫く屋敷の広大さに見惚れている間に開けたのか、ユリアが鉄門扉の向こう
で手招きしている。
「みなさ~ん!来て下さい。父に紹介します」
「てゆうか、金持ってんの父親なんじゃ…」と心の中で突っ込みを入れながらも、
ギゼーが彼女の手招きに応じて屋敷の敷地内に入る。それに習って、とばかりに後に
続くリングとジュヴィア。何気ない事にいちいち驚嘆を露わにするリングとは対照的
に、ジュヴィアは終始無表情である。
門を潜ると、唯真っ直ぐに伸びる道とその行き着く先に見える胡麻のような屋敷が
あるだけで、後は草原がどこまでも広がっていた。館は、やや小高い丘の上にあるよ
うだ。所々に木が植えてあるが、それも疎らで眼に映えるのは草原の方だ。成金趣味
もいいところで、草原の所々に金であしらわれた像が立ち並んでいた。ちょっとし
た、彫刻の森である。皆、著名な芸術家の手による物ばかりだ、とギゼーは察知し
た。
「!?おいっ、館から誰か出て来たぞ。ひょっとして、あんたのお父様か?…ユリア
さん」
いつの間に装着したのか、やや重量感のある航空ゴーグルで胡麻のような館を見て
ギゼーが言った。
それもまた、ギゼー御自慢のマジックアイテムである。その名も、“カルドスコー
プ”と言う。装着し、左右に組み込まれている魔法石の部分を一撫ですると、遠見の
魔法が発動し100km四方が見渡せるようになる。精度はその都度調節できるが、だ
いたい100km先に置いた紙に書かれてある文字が読めるほどである。当然、暗闇で
も見通せる優れ物だ。トレジャーハンター七つ道具の一つだ。
突然呼び掛けたギゼーの言葉に驚いて、ユリアが振り向き逆に尋ねる。
「それは、恰幅の良い人ですか?だいたい、40代前半くらいの?」
「いんや、違うな。筋骨隆々の、逞しい青年だ」
即答したギゼーのその言葉に、ユリアは顔色を変える。
まるで、何かを恐れてでもいるかのごとく、肩を戦慄[わなな]かせて。
「それ、私の父じゃありません。………私の、婚約者です」
館に到着すると、例の筋骨隆々の青年が一行を出迎えてくれた。
「やあ、ユリア(微笑)」
暑苦しい風体の上に、キザったらしい相貌の青年が、爽やかな笑顔でユリアに挨拶
してくる。何気に良く磨かれた歯が、陽の光を反射して一層暑苦しさを増しているよ
うである。
この青年こそ、ユリアの婚約者にしてソフィニアの名家であり、候爵位を持ってい
るシロウ家の跡取り息子である、ケン・シロウその人であった。
「……あの、皆さん。こちらが、私の婚約者のケン・シロウ様です」
ユリアは、やや視線を逸らせ気味で皆に紹介した。
PR
◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー、ジュヴィア、リング
NPC:ユリア、ケン・シロウ
場所:大商人ラオウの豪邸
◆――――――――――――――――――――――――――――
もっと早く、君の方を愛していれば良かったのかも知れない。
時折キラリと光る(ように見える)その男の歯に、一同の視線は釘付けにされ
ていた。全身満遍なく日焼けしており、テカテカと光って見える。華奢なユリア
と並ぶと、まさに美女と野獣――
三人がそんなことを考えているうちに、その野獣ことケン・シロウ様はユリア
に訊ねた。
「ユリア、この人々は知り合いかな(微笑)」
暑苦しい白い歯がまたキラッと光った(ように見えた)。ユリアは余り気が乗ら
ないような口調でおずおずと言った。
「こちらの方々は、私がごろつきに絡まれていたのを助けてくださったのです。
この女性が、リングさん」
リングがぺこりと頭を下げる。
「この方がジュヴィアさん…」
何かがこもっていそうなその言い方に、ジュヴィアは再び先ほどの感覚を覚えた
が、一応軽く頭を下げる。
「そして、こちらがギゼーさんです」
「あ、どうも」
頭に手をやりながらギゼーが頭を下げた。途端にケン様の顔が嫌そうに歪む。
「ユリア、キミはどこの馬の骨とも知れない男を家に上げたのかい?(苦々)」
「えっ…?で、でもギゼーさんは私を助けてくださって…」
慌ててユリアが弁解するが、ケン様は聞く耳を持たない。
「僕の婚約者として、余り望ましい行動とはいえないな、ユリア(苦々)」
その嫌な顔のまま、ギゼーの前までやってくる。彼は狼狽した。
(ええっ!俺が悪いのかよ!?ていうかこの人殴るつもりか?)
思わずリングとジュヴィアのほうを見やるが、リングは相変わらずほえっとし
ているし、ジュヴィアは何故か苦々しげにユリアのほうを見ている。
(ちょっと待てよ~!俺ってピンチに陥りすぎじゃねえか!)
「ユリアが世話になったねギゼー君。それでいくら払えば良いんだい?(嘲)」
唇の片方を吊り上げ、ケン様がギゼーを見下ろす。やはり体格差からか、ケン
様の方が心理的優位を感じているようだ。ギゼーはと言えば、ビビリつつも矢張
り今の言葉はカチンときたらしく、文句をいうべく口を尖らせた。
だが、彼の言葉は横から伸びてきた手に遮られる。見ると、ジュヴィアがあの
紫色の瞳でじっとケン様を見据えている。
「シロウさんと仰いましたね」
遠慮の無い眼差しと物言いに、ケン様がたじろぐ。だが、ジュヴィアは気にも留
めずに言葉を続けた。
「このギゼーさんは確かに素性の知れない怪しい者に見えるかもしれませんが、
ユリアさんをお助けしたのは事実です。私から見れば、柄の悪い者にユリアさ
んが狙われているのを放っておいた貴方の方が余程下賎に見えます」
一息にそう言ってしまうと、ジュヴィアはギゼーの口から手を退けた。ケン様が
口をパクパクさせながら何か言おうとしているが、言葉が思いつかないようだ。
(ジュヴィアちゃん、これって助太刀かぁ~?何か怒らせてないか、これ?下賎っ
て言っちゃってるし…)
ギゼーの思いをよそにリングが横槍を入れる。
「ギゼーさんは、お礼が欲しくて助けたんじゃないですよ」
どこか自分の婚約者に似た雰囲気のリングにそう言われ、ケン様も毒気を抜か
れてしまったようだ。何か言いたそうな顔をしたまま、部屋を出て行く。去り際
にこんな捨て台詞を残していった。
「フッ…今日のところはユリア、君の美しさと、ミス・リングの仲間を思う優し
い心に免じてギゼー君とジュヴィアちゃんは勘弁してあげよう。ただ…今度僕
にそんな口を利くと、侯爵家シロウ家が黙ってはいないよ(不敵)」
そのまま豪奢な扉を力任せにバダンと閉める。勢いにシャンデリアがゆらゆらと
揺れ、扉のそばに置いてあった高そうな壺が台座から転げ落ちる。ギゼーは慌て
てそれを支えた。ジュヴィアがボソリと呟く。
「侯爵家では扉の閉め方の作法を習わないのですね。第一私はあんな人にジュヴィ
アちゃんとか呼ばれる筋合いはないと思うのですが」
その言葉を聞いて、ユリアが表情を曇らせる。
「あ、あの…ケン様のこと、お気に障ったならごめんなさい…」
瞳の端には涙の存在すら窺える。その視線がまっすぐジュヴィアのみを捉えてい
るのにギゼーはようやく気が付いた。
(え、これって…まさか)
だが、リングののんきな声で思考は途切れた。
「ユリアさんは、ケンさんのことをあまりお好きでないんですね~?」
のんきな声だが内容はいつになく鋭い。ユリアは不安そうに頷いた。
「実は…私の意思でない婚約なんです。父がケン様をとても気に入って…」
「あの、どこを気に入ったって言うんだ?」
「『貴族界で私と互角に戦える男はあいつだけだ』と言っていました」
ギゼーは暫し面食らった。
「何だ、そりゃ」
「結婚してからは、父親でなく夫が一番近くでお前を守る存在になるのだから、
私より弱い輩は認めん――というのが父の言い分です」
ユリアは静かにまぶたを閉じた。儚げなその仕草はギゼーを魅了するに十分だった
様だ。ギゼーが勢いよく拳を作り、大声で叫ぶ。
「そんな話ってあるかよ!強けりゃあんなスカポンタンでもいいなんて、そんな
理屈は通りゃしねえ!侯爵家だかなんだか知らないが、嫌なもんは嫌って言わな
きゃ!」
「ありがとうございます、ギゼーさん。私を気遣ってくださって…」
ユリアが微笑む。だが、目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
「でも、これもきっと商人ラオウの娘に生まれた運命なんです…運命からは…逃れ
られません。でも、好きな人に好きと言えず…それだけが…」
口を手で覆い俯くユリアを見て、リングが慌てる。
「ど、どうしたんですかユリアさん?泣くのはダメですよ」
わたわたと手を振りながらそんなことを言ってみるが、当然ユリアの涙は止まらな
い。ギゼーはその姿を見てまたも自分の中に義憤心を燃え上がらせた――即ち、お
節介な心である。
「そんな運命なんてあるかよ!」
「ええ、馬鹿げています」
その声はジュヴィアだった。その場にいる全員が思わずそちらを見る。俯いたま
ま彼女は言った。
「運命?そんな言葉は馬鹿げています。自分が何もしないのを運命などとこじつけ
て周囲の同情を買おうなどと浅はかな考えは止めて下さい。目障りです」
冷たい言葉が次々に彼女の口から飛び出す。そんなに大きな声でもないのに部屋に
響くような心地がした。
「貴女がそれでもこれが運命だと言い張るなら」
ジュヴィアは頭を上げた。紫色の瞳でじっとユリアを見る。
「その運命、私が断ち切って見せます」
――かくしてケン様&ユリア別れさせ大作戦が決行される――
PC:ギゼー、ジュヴィア、リング
NPC:ユリア、ケン・シロウ
場所:大商人ラオウの豪邸
◆――――――――――――――――――――――――――――
もっと早く、君の方を愛していれば良かったのかも知れない。
時折キラリと光る(ように見える)その男の歯に、一同の視線は釘付けにされ
ていた。全身満遍なく日焼けしており、テカテカと光って見える。華奢なユリア
と並ぶと、まさに美女と野獣――
三人がそんなことを考えているうちに、その野獣ことケン・シロウ様はユリア
に訊ねた。
「ユリア、この人々は知り合いかな(微笑)」
暑苦しい白い歯がまたキラッと光った(ように見えた)。ユリアは余り気が乗ら
ないような口調でおずおずと言った。
「こちらの方々は、私がごろつきに絡まれていたのを助けてくださったのです。
この女性が、リングさん」
リングがぺこりと頭を下げる。
「この方がジュヴィアさん…」
何かがこもっていそうなその言い方に、ジュヴィアは再び先ほどの感覚を覚えた
が、一応軽く頭を下げる。
「そして、こちらがギゼーさんです」
「あ、どうも」
頭に手をやりながらギゼーが頭を下げた。途端にケン様の顔が嫌そうに歪む。
「ユリア、キミはどこの馬の骨とも知れない男を家に上げたのかい?(苦々)」
「えっ…?で、でもギゼーさんは私を助けてくださって…」
慌ててユリアが弁解するが、ケン様は聞く耳を持たない。
「僕の婚約者として、余り望ましい行動とはいえないな、ユリア(苦々)」
その嫌な顔のまま、ギゼーの前までやってくる。彼は狼狽した。
(ええっ!俺が悪いのかよ!?ていうかこの人殴るつもりか?)
思わずリングとジュヴィアのほうを見やるが、リングは相変わらずほえっとし
ているし、ジュヴィアは何故か苦々しげにユリアのほうを見ている。
(ちょっと待てよ~!俺ってピンチに陥りすぎじゃねえか!)
「ユリアが世話になったねギゼー君。それでいくら払えば良いんだい?(嘲)」
唇の片方を吊り上げ、ケン様がギゼーを見下ろす。やはり体格差からか、ケン
様の方が心理的優位を感じているようだ。ギゼーはと言えば、ビビリつつも矢張
り今の言葉はカチンときたらしく、文句をいうべく口を尖らせた。
だが、彼の言葉は横から伸びてきた手に遮られる。見ると、ジュヴィアがあの
紫色の瞳でじっとケン様を見据えている。
「シロウさんと仰いましたね」
遠慮の無い眼差しと物言いに、ケン様がたじろぐ。だが、ジュヴィアは気にも留
めずに言葉を続けた。
「このギゼーさんは確かに素性の知れない怪しい者に見えるかもしれませんが、
ユリアさんをお助けしたのは事実です。私から見れば、柄の悪い者にユリアさ
んが狙われているのを放っておいた貴方の方が余程下賎に見えます」
一息にそう言ってしまうと、ジュヴィアはギゼーの口から手を退けた。ケン様が
口をパクパクさせながら何か言おうとしているが、言葉が思いつかないようだ。
(ジュヴィアちゃん、これって助太刀かぁ~?何か怒らせてないか、これ?下賎っ
て言っちゃってるし…)
ギゼーの思いをよそにリングが横槍を入れる。
「ギゼーさんは、お礼が欲しくて助けたんじゃないですよ」
どこか自分の婚約者に似た雰囲気のリングにそう言われ、ケン様も毒気を抜か
れてしまったようだ。何か言いたそうな顔をしたまま、部屋を出て行く。去り際
にこんな捨て台詞を残していった。
「フッ…今日のところはユリア、君の美しさと、ミス・リングの仲間を思う優し
い心に免じてギゼー君とジュヴィアちゃんは勘弁してあげよう。ただ…今度僕
にそんな口を利くと、侯爵家シロウ家が黙ってはいないよ(不敵)」
そのまま豪奢な扉を力任せにバダンと閉める。勢いにシャンデリアがゆらゆらと
揺れ、扉のそばに置いてあった高そうな壺が台座から転げ落ちる。ギゼーは慌て
てそれを支えた。ジュヴィアがボソリと呟く。
「侯爵家では扉の閉め方の作法を習わないのですね。第一私はあんな人にジュヴィ
アちゃんとか呼ばれる筋合いはないと思うのですが」
その言葉を聞いて、ユリアが表情を曇らせる。
「あ、あの…ケン様のこと、お気に障ったならごめんなさい…」
瞳の端には涙の存在すら窺える。その視線がまっすぐジュヴィアのみを捉えてい
るのにギゼーはようやく気が付いた。
(え、これって…まさか)
だが、リングののんきな声で思考は途切れた。
「ユリアさんは、ケンさんのことをあまりお好きでないんですね~?」
のんきな声だが内容はいつになく鋭い。ユリアは不安そうに頷いた。
「実は…私の意思でない婚約なんです。父がケン様をとても気に入って…」
「あの、どこを気に入ったって言うんだ?」
「『貴族界で私と互角に戦える男はあいつだけだ』と言っていました」
ギゼーは暫し面食らった。
「何だ、そりゃ」
「結婚してからは、父親でなく夫が一番近くでお前を守る存在になるのだから、
私より弱い輩は認めん――というのが父の言い分です」
ユリアは静かにまぶたを閉じた。儚げなその仕草はギゼーを魅了するに十分だった
様だ。ギゼーが勢いよく拳を作り、大声で叫ぶ。
「そんな話ってあるかよ!強けりゃあんなスカポンタンでもいいなんて、そんな
理屈は通りゃしねえ!侯爵家だかなんだか知らないが、嫌なもんは嫌って言わな
きゃ!」
「ありがとうございます、ギゼーさん。私を気遣ってくださって…」
ユリアが微笑む。だが、目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
「でも、これもきっと商人ラオウの娘に生まれた運命なんです…運命からは…逃れ
られません。でも、好きな人に好きと言えず…それだけが…」
口を手で覆い俯くユリアを見て、リングが慌てる。
「ど、どうしたんですかユリアさん?泣くのはダメですよ」
わたわたと手を振りながらそんなことを言ってみるが、当然ユリアの涙は止まらな
い。ギゼーはその姿を見てまたも自分の中に義憤心を燃え上がらせた――即ち、お
節介な心である。
「そんな運命なんてあるかよ!」
「ええ、馬鹿げています」
その声はジュヴィアだった。その場にいる全員が思わずそちらを見る。俯いたま
ま彼女は言った。
「運命?そんな言葉は馬鹿げています。自分が何もしないのを運命などとこじつけ
て周囲の同情を買おうなどと浅はかな考えは止めて下さい。目障りです」
冷たい言葉が次々に彼女の口から飛び出す。そんなに大きな声でもないのに部屋に
響くような心地がした。
「貴女がそれでもこれが運命だと言い張るなら」
ジュヴィアは頭を上げた。紫色の瞳でじっとユリアを見る。
「その運命、私が断ち切って見せます」
――かくしてケン様&ユリア別れさせ大作戦が決行される――
◆――――――――――――――――――――――――――――
場所 大商人ラオウ邸
メンバー ギゼー ジュヴィア リング
NPC ラオウ ケン・シロウ様 ユリア嬢
◆――――――――――――――――――――――――――――
-海洋学者 ル・ハーンの著作<神秘の生物>より-
海竜族とは、四つの種に分かれた竜族の中で、海に生息するものを指す。
知能は高く、魔力を持つ者も存在する。
そして、その姿は見るものを恐怖で圧倒するであろう、おぞましさである。
「さて、これからどうするかだな・・・」
神妙な顔をしてギゼーが話す。ここは屋敷のサンルーフ。天井はガラス張り
で、やわらかい陽の光がまんべんなく射し込んで来る。そのサンルーフはユリ
アいわく、「午後のティータイム専用の場所」だそうで、そこから見渡せる庭
には、世界から集められたであろう何種類もの草花が花を咲かせていた。
そんなサンルーフで、三人はお茶をご馳走になっている。ギゼーはさっきか
ら考え込んでいて何も口にしていないし、リングは「美味しいですねっ!」を
連発してお茶を飲み、菓子を食べまくっていたが、ジュヴィアは一人目の前の
物を見つめながら、硬直していた。ジュヴィアには解っていた。・・・自分の
目の前にあるこの食器も、この菓子も、一般人には手の届かない高級品だとい
うことを。
これは一般人に対する嫌がらせなのか、それとも、単に何も考えずにしたこ
となのか。
「・・・・」
ジュヴィアは勝手に前者だと思い込んだ。ジュヴィアは、この女性が時折ジ
ュヴィアに変に注目していることに薄々感づいている。その視線には何か裏が
あることをジュヴィアは確信していた。
(裏・・・、いいえ、そんなものではない)
ジュヴィアはちょうど自分の向かいに座り、蜂蜜のような笑顔でリングに給
仕をしているユリアの顔を見つめた。この女性の仕草には、時折異質なものが
感じられるような気がしてならない。
(そう、それは裏というより「仮面」。お嬢様という「仮面」・・・)
そんな思考をめぐらせながらユリアを見つめていたジュヴィアだが、その思
考は突然の物音によって中断された。
バンッ
「おいっっ!!お前ら真面目に話し合う気あんのかよっっ!」
痺れを切らしたギゼーがテーブルを思いっきり叩いたのである。その拍子で
テーブルの上の食器がガタンと揺れた。そして、その音で、全員の行動がスト
ップモーションし、視線がギゼーに集まる。
「なんですか、ギゼーさん。いきなりテーブルを叩くものではありません」
その食器類の価値を知っているジュヴィアが思わず言った。
「ギゼーさん、この食器に何かあったら弁償できるだけのお金を持っているん
ですか?これはあのラバスブランドの有名な・・・」
「今、考えることはそれじゃない!!!」
憤然としてギゼーが言い返した。
「今考えることは、いかにしてユリアちゃんをあの体育会系キザ男の魔の手か
ら救ってあげるか、だろっ!それをなんだ、さっきから俺ばっかり考えてるじ
ゃないか!そこっ!お菓子を頬張らない!!」
びくっ、としてリングがお菓子をつまむ手を止めた。その横ではきょとんと
してユリアがギゼーの顔を見つめている。それを見て、ギゼーがはぁぁぁ
ぁ・・・と情けなさ倍増、といった感じのため息をついた。
「全く・・・、ユリアちゃん?今は君の事について話し合ってるんだ
ぜ・・・。少しは真剣に聞いてくれよ・・・」
「でも、ギゼーさん、お菓子、本当に美味しいんですよ?そういえばギゼーさ
ん、まだ一口も召し上がっていませんね。せっかくですから一口・・・」
「あのなー、リングちゃん、俺たちはここに菓子食いに来たわけじゃないだ
ろ!」
ギゼーはそういって興奮のあまりふんっと鼻をならす。彼の言うことはもっ
ともなので、リングはうなだれた。
「はい・・・、そうでした、すみません・・・」
「じゃあ、本題へ入ろうぜ。いかにして、ケン・シロウをユリアちゃんと別れ
させるか!」
ケン・シロウという名を口にしたとたん、ギゼーにさきほどの屈辱がよみが
えってきた。あの見下した態度、あのキザっぽい口調。
「きーーーーっ、今思い出してもムカツクぜっ!!!あんなヤツとなんか絶対
結婚させねぇっ!!」
怒りのあまり、思わず叫ぶギゼー。そんなギゼーを(なんだか、私情入りま
くりじゃないですか・・・)と冷ややかに見つめるジュヴィア。
「で、なんかいい案ないか?なんかこう、もう、あのきざ男がハンカチ噛んで
悔しがるようないい案!」
「ギゼーさん、私知ってますよ」
とたんにリングがにっこり笑って、人差し指をピンっと立てて言う。
「こういうの、たしかコトワザで<他力本願>っていうんです」
その言葉にぐっ、とギゼーは詰まった。
(なんでコイツはこんなことばっかり詳しいんだよっ)
「で?」
少し不機嫌気味にギゼーは尋ねた。
「何かいい案。特にジュヴィアちゃん、何かないか?」
「・・・何故私ですか」
「君が一番常識があって賢そうだからだよ。なぁ、なんか思いつかないか?」
「はいはいはい!」
思いがけず、リングの手が上がった。
「たしか、ここの主人さんのラオウさんは、強い男性がお好みでしたよね?」
ね、といった表情で、リングはユリアの顔を覗き込む。その言葉に、ユリア
が少し苦笑気味に答えた。
「ええ・・・、<力のあるものが最後は勝つ>が父のモットーなくらいですか
ら・・・」
「では、その<力>で、ケン・シロウ様を負かしてしまえばいいのではないで
しょうか?今の話からして、よほど<力>を信じているお父様のようですか
ら、力で力を負かしてしまえば何も言えないはずです」
「どうでもいいが、なぜ様づけなんだ?」
「え・・・、いえ、なんとなくそのほうがふさわしいかと」
「では、話は早いですね」
ジュヴィアが話を切り上げた。
「要は、誰かがケン・シロウに試合を申し込んで、勝てばいいんです」
「はっはっはっ!よく言った美少女!」
その大きな声にその場にいた全員が背後を振り返った。するとそこには顎鬚
をたっぷりと生やした、身長が二メートルがあるかと思われる巨体の男がずー
んと立っていたのだ。しかも、その身体にはボディービルダー並みの隆々とし
た筋肉がついている。そしてその横にむすっとした顔のケン・シロウもいた
が、その男に比べれば、ケン・シロウが小さく見えるのが驚きだった。
「あのぅ・・・、もしかしてこの方が・・・」
「・・・はい、私の父です」
ユリアから格闘好きらしいことはきいていたが、まさか、ここまで格闘派な
身体を持つ男だとは皆、思っていなかった。ギゼーはぽかんと口を開け、ジュ
ヴィアは無言で男を見つめ、リングはこんな大きな男をはじめて見たという感
動で顔がぱあっと輝いている。
そんな三人を尻目に、大男ラオウはにいっと笑い。三人の顔を見渡した。
「少女よ、たしかこのケン・シロウに勝負を申し込むといっていたな?」
「はい・・・たしかに・・・」
ラオウに見つめられたジュヴィアが、彼女らしくもなく少しどぎまぎしてい
るようにリングは見えた。
しかし、ラオウは満足げにジュヴィアを見つめるとはっはっはっと先ほどと
同じ豪傑笑いをした。
「はっはっはっ!ここまで威勢のいい美少女は初めて見たぞ!いやあ、気に入
った。実はな、私もちょうど同じようなことを考えていたところだ」
「えっ?」
ユリアが驚いて身を乗り出した。
「どういうことですか?お父様?」
「実はな、このたびこの、ケン・シロウのお披露目もかねて<全貴族対抗 無
差別格闘大会>を私の所有している、<天界格闘場>で開催しようと思ってい
たのだ。最近、貴族も身体がなまっているようだからな。ここは一発運動もか
ねて、な」
「な、・・・って・・・」
ギゼーは唖然としてラオウを見つめた。
(貴族って、格闘するものだったのか・・・!!!)
そういえば、この人もどう見たって貴族に見えない風体だ。
「そういうことでだ」
ラオウはリング、ジュヴィア、ギゼーの顔を順に眺めて言う。
「もし、その大会に参加して、君たちのうち一人でもこのケン・シロウを倒す
ことができたらムスメの結婚話は白紙に戻そう」
「なっ・・・、ラオウ様!」
どうやらこの話はラオウの突然の思い付きだったらしく、ケン・シロウは驚
いてラオウに言った。
「どうしてそんな・・っ・・・、突然っ!」
「別にいいだろう?ケン?それともお前・・・」
急にラオウの顔が厳しくなった。
「まさか、こんな素人に負ける気はないだろうな・・・?」
「いっ、いいえそんな、滅相もございません!」
ケン・シロウはとたんに平伏姿勢になった。
「私、自らの誇りとユリア様への愛のため、全身全霊、命をかけて戦いま
す!」
「よし、よくぞ言った!ケン!」
ラオウは、誰かさんによく似た、キラリンと光る白い歯を見せて三人に笑っ
た。
「そういうことだ、君たちが大会に参加してくれることを願っているよ」
(えと、こういうの、確かこういうんですよね・・・)
リングは心の中で思った。
(「類は友を呼ぶ」、と・・・)
場所 大商人ラオウ邸
メンバー ギゼー ジュヴィア リング
NPC ラオウ ケン・シロウ様 ユリア嬢
◆――――――――――――――――――――――――――――
-海洋学者 ル・ハーンの著作<神秘の生物>より-
海竜族とは、四つの種に分かれた竜族の中で、海に生息するものを指す。
知能は高く、魔力を持つ者も存在する。
そして、その姿は見るものを恐怖で圧倒するであろう、おぞましさである。
「さて、これからどうするかだな・・・」
神妙な顔をしてギゼーが話す。ここは屋敷のサンルーフ。天井はガラス張り
で、やわらかい陽の光がまんべんなく射し込んで来る。そのサンルーフはユリ
アいわく、「午後のティータイム専用の場所」だそうで、そこから見渡せる庭
には、世界から集められたであろう何種類もの草花が花を咲かせていた。
そんなサンルーフで、三人はお茶をご馳走になっている。ギゼーはさっきか
ら考え込んでいて何も口にしていないし、リングは「美味しいですねっ!」を
連発してお茶を飲み、菓子を食べまくっていたが、ジュヴィアは一人目の前の
物を見つめながら、硬直していた。ジュヴィアには解っていた。・・・自分の
目の前にあるこの食器も、この菓子も、一般人には手の届かない高級品だとい
うことを。
これは一般人に対する嫌がらせなのか、それとも、単に何も考えずにしたこ
となのか。
「・・・・」
ジュヴィアは勝手に前者だと思い込んだ。ジュヴィアは、この女性が時折ジ
ュヴィアに変に注目していることに薄々感づいている。その視線には何か裏が
あることをジュヴィアは確信していた。
(裏・・・、いいえ、そんなものではない)
ジュヴィアはちょうど自分の向かいに座り、蜂蜜のような笑顔でリングに給
仕をしているユリアの顔を見つめた。この女性の仕草には、時折異質なものが
感じられるような気がしてならない。
(そう、それは裏というより「仮面」。お嬢様という「仮面」・・・)
そんな思考をめぐらせながらユリアを見つめていたジュヴィアだが、その思
考は突然の物音によって中断された。
バンッ
「おいっっ!!お前ら真面目に話し合う気あんのかよっっ!」
痺れを切らしたギゼーがテーブルを思いっきり叩いたのである。その拍子で
テーブルの上の食器がガタンと揺れた。そして、その音で、全員の行動がスト
ップモーションし、視線がギゼーに集まる。
「なんですか、ギゼーさん。いきなりテーブルを叩くものではありません」
その食器類の価値を知っているジュヴィアが思わず言った。
「ギゼーさん、この食器に何かあったら弁償できるだけのお金を持っているん
ですか?これはあのラバスブランドの有名な・・・」
「今、考えることはそれじゃない!!!」
憤然としてギゼーが言い返した。
「今考えることは、いかにしてユリアちゃんをあの体育会系キザ男の魔の手か
ら救ってあげるか、だろっ!それをなんだ、さっきから俺ばっかり考えてるじ
ゃないか!そこっ!お菓子を頬張らない!!」
びくっ、としてリングがお菓子をつまむ手を止めた。その横ではきょとんと
してユリアがギゼーの顔を見つめている。それを見て、ギゼーがはぁぁぁ
ぁ・・・と情けなさ倍増、といった感じのため息をついた。
「全く・・・、ユリアちゃん?今は君の事について話し合ってるんだ
ぜ・・・。少しは真剣に聞いてくれよ・・・」
「でも、ギゼーさん、お菓子、本当に美味しいんですよ?そういえばギゼーさ
ん、まだ一口も召し上がっていませんね。せっかくですから一口・・・」
「あのなー、リングちゃん、俺たちはここに菓子食いに来たわけじゃないだ
ろ!」
ギゼーはそういって興奮のあまりふんっと鼻をならす。彼の言うことはもっ
ともなので、リングはうなだれた。
「はい・・・、そうでした、すみません・・・」
「じゃあ、本題へ入ろうぜ。いかにして、ケン・シロウをユリアちゃんと別れ
させるか!」
ケン・シロウという名を口にしたとたん、ギゼーにさきほどの屈辱がよみが
えってきた。あの見下した態度、あのキザっぽい口調。
「きーーーーっ、今思い出してもムカツクぜっ!!!あんなヤツとなんか絶対
結婚させねぇっ!!」
怒りのあまり、思わず叫ぶギゼー。そんなギゼーを(なんだか、私情入りま
くりじゃないですか・・・)と冷ややかに見つめるジュヴィア。
「で、なんかいい案ないか?なんかこう、もう、あのきざ男がハンカチ噛んで
悔しがるようないい案!」
「ギゼーさん、私知ってますよ」
とたんにリングがにっこり笑って、人差し指をピンっと立てて言う。
「こういうの、たしかコトワザで<他力本願>っていうんです」
その言葉にぐっ、とギゼーは詰まった。
(なんでコイツはこんなことばっかり詳しいんだよっ)
「で?」
少し不機嫌気味にギゼーは尋ねた。
「何かいい案。特にジュヴィアちゃん、何かないか?」
「・・・何故私ですか」
「君が一番常識があって賢そうだからだよ。なぁ、なんか思いつかないか?」
「はいはいはい!」
思いがけず、リングの手が上がった。
「たしか、ここの主人さんのラオウさんは、強い男性がお好みでしたよね?」
ね、といった表情で、リングはユリアの顔を覗き込む。その言葉に、ユリア
が少し苦笑気味に答えた。
「ええ・・・、<力のあるものが最後は勝つ>が父のモットーなくらいですか
ら・・・」
「では、その<力>で、ケン・シロウ様を負かしてしまえばいいのではないで
しょうか?今の話からして、よほど<力>を信じているお父様のようですか
ら、力で力を負かしてしまえば何も言えないはずです」
「どうでもいいが、なぜ様づけなんだ?」
「え・・・、いえ、なんとなくそのほうがふさわしいかと」
「では、話は早いですね」
ジュヴィアが話を切り上げた。
「要は、誰かがケン・シロウに試合を申し込んで、勝てばいいんです」
「はっはっはっ!よく言った美少女!」
その大きな声にその場にいた全員が背後を振り返った。するとそこには顎鬚
をたっぷりと生やした、身長が二メートルがあるかと思われる巨体の男がずー
んと立っていたのだ。しかも、その身体にはボディービルダー並みの隆々とし
た筋肉がついている。そしてその横にむすっとした顔のケン・シロウもいた
が、その男に比べれば、ケン・シロウが小さく見えるのが驚きだった。
「あのぅ・・・、もしかしてこの方が・・・」
「・・・はい、私の父です」
ユリアから格闘好きらしいことはきいていたが、まさか、ここまで格闘派な
身体を持つ男だとは皆、思っていなかった。ギゼーはぽかんと口を開け、ジュ
ヴィアは無言で男を見つめ、リングはこんな大きな男をはじめて見たという感
動で顔がぱあっと輝いている。
そんな三人を尻目に、大男ラオウはにいっと笑い。三人の顔を見渡した。
「少女よ、たしかこのケン・シロウに勝負を申し込むといっていたな?」
「はい・・・たしかに・・・」
ラオウに見つめられたジュヴィアが、彼女らしくもなく少しどぎまぎしてい
るようにリングは見えた。
しかし、ラオウは満足げにジュヴィアを見つめるとはっはっはっと先ほどと
同じ豪傑笑いをした。
「はっはっはっ!ここまで威勢のいい美少女は初めて見たぞ!いやあ、気に入
った。実はな、私もちょうど同じようなことを考えていたところだ」
「えっ?」
ユリアが驚いて身を乗り出した。
「どういうことですか?お父様?」
「実はな、このたびこの、ケン・シロウのお披露目もかねて<全貴族対抗 無
差別格闘大会>を私の所有している、<天界格闘場>で開催しようと思ってい
たのだ。最近、貴族も身体がなまっているようだからな。ここは一発運動もか
ねて、な」
「な、・・・って・・・」
ギゼーは唖然としてラオウを見つめた。
(貴族って、格闘するものだったのか・・・!!!)
そういえば、この人もどう見たって貴族に見えない風体だ。
「そういうことでだ」
ラオウはリング、ジュヴィア、ギゼーの顔を順に眺めて言う。
「もし、その大会に参加して、君たちのうち一人でもこのケン・シロウを倒す
ことができたらムスメの結婚話は白紙に戻そう」
「なっ・・・、ラオウ様!」
どうやらこの話はラオウの突然の思い付きだったらしく、ケン・シロウは驚
いてラオウに言った。
「どうしてそんな・・っ・・・、突然っ!」
「別にいいだろう?ケン?それともお前・・・」
急にラオウの顔が厳しくなった。
「まさか、こんな素人に負ける気はないだろうな・・・?」
「いっ、いいえそんな、滅相もございません!」
ケン・シロウはとたんに平伏姿勢になった。
「私、自らの誇りとユリア様への愛のため、全身全霊、命をかけて戦いま
す!」
「よし、よくぞ言った!ケン!」
ラオウは、誰かさんによく似た、キラリンと光る白い歯を見せて三人に笑っ
た。
「そういうことだ、君たちが大会に参加してくれることを願っているよ」
(えと、こういうの、確かこういうんですよね・・・)
リングは心の中で思った。
(「類は友を呼ぶ」、と・・・)
◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ ユリア ケン ジン バッティ リンダ
場所:ソフィニア~ラオウの豪邸~天界格闘場
*++―――――++**++―――――++**++―――――++**++―――――
++**++―――――++*
時として人は、何かを求める為に戦う。
それが、失うだけの行為だとしても心を満たすために―。
翌日から、ギゼーの特訓は始まった。
体力作りから始まり、秘策の用意まで。
それは、ギゼーだけの秘密特訓だった。
一週間後。
大会は滞りなく執り行われた。
“天界闘技場”という、ラオウが自分の趣味の為にだけ作らせた場所で。
“天界闘技場”とは、なぜか屋敷の中心に聳え立っている塔―天空の塔という名前
らしい―の最上階
に据えられている、円形闘技場のことだ。どうやってバランスを取っているのかは、
秘密である。雲海
を見下ろすその美しい景観から、“天界闘技場”と名付けられたらしい。
その、天界闘技場で今回の筋肉格闘大会は執り行われるのだ。
当然、参加者はケン・シロウとギゼー、ジュヴィア、リング以外は誰もいなかっ
た。それもその筈で
ある。貴族連中が全て筋肉質体系だと思ったら、大間違いである。そう思い込んでい
るのは、ラオウと
ケン・シロウだけであった。
当然、総スカンを喰らってしまうのは、いつもの事だった。
大商人ラオウとケン・シロウは、実は社交界の中では良い噂は流れていなかった。
寧ろ、余り芳しく
ない噂ばかりだった。何処其処で、誰々に乱暴を働いただの、金に色目を付けて、娘
どもをかどわかし
ただの…悪い噂には事欠かない。
で、今度の事でもそうだ。彼等が勝手に決めて、勝手に開催した大会など、貴族連
中が参加する義理
も義務も無い。だが、そんな事を気にするラオウや、ケンではなかった。寧ろ、暴走
するだけである。
誰も止める者が無いからだ。娘すらも。そして、益々総スカンを喰らっていくのだ。
それは、永遠に続
くかと思われる、悪循環だった。
そして今回も、当然の事ながら誰も来なかった。一部を除いては。
一部とは、ケン・シロウの取り巻き達である。
取り巻きは全部で三人いた。
一人は銀髪の長髪が見目麗しい、自分で二枚目だと自負している男、ジン。当然、
筋肉質の青年であ
り、ケンとは同い年のようだ。
もう一人は十二、三歳の成人一歩手前の少年、バッティだ。子供ゆえの好奇心で、
ケンの後を付き纏
っている様だ。未だ幼さが残る、とはいってもこちらもかなり体を鍛えている。が、
ギゼーと同じ背丈
しかないし、小柄であるために侮られがちのようである。力もそんなに無いのは、事
実だが。
三人目は少女だった。それも、飛び切りの美少女。名を、リンダと言う。華奢で、
薄幸の美少女とい
うイメージはあるが、実質どうだか皆目見当も付かない。見ようによっては、妖艶な
美女にも見えなく
も無いからだ。耳が尖がっていてエルフ種族であることが解る事から、その外見から
年齢を推し量る事
も出来ない。少なくとも、見た目ではバッティと同年齢のようだが。
「…………ギゼーさん好みの少女じゃないですか」
「…………うるさいっ。俺は、少女嗜好者じゃないって言ってるだろっ」
リンダを見たジュヴィアがギゼーに囁いた言葉を、そのまま囁きで返すギゼー。い
つまで経っても、
誤解は解けないままである。
ギゼー達の視線に気付いたのか、リンダが高笑いを上げながら宣言する。
「おーほっほっほ!あたしを子供だからって、あまり甘く見ないことねぇ。女には色
んな、武器がある
んだから。まっ、せいぜいがんばることね」
彼女、リンダに関してだけ言えば、取り巻きというイメージは払拭したかった。な
ぜ、ケンに付き従
っているのかは謎だが、少なくともかなり高ビーな性格の様である、ということだけ
は分かった。
彼女の言葉を聴いてジュヴィアは、過敏に反応していた。“女の武器”と言う言葉
に、淫魔の血がざ
わめき出したのである。その、淫魔の血を極度に嫌っているジュヴィアは、己の嫌悪
感を昇華する為に
密かに闘争心を燃やしていた。
「…………ギゼーさん、あのリンダとか言う女、私に任せてくれませんか?10秒で
片付けます」
「…………えっ!?ジュヴィアちゃん…!?」
普段あまり感情を露わにしないジュヴィアが闘志を漲らせて言うのを目の当たりに
し、ギゼーは自分
の目を疑った。普段と違う、彼女の激しい一面を垣間見たような気がする。
リングはリングで、取り巻き達の筋肉を触りながらしきりに感心していた。
(あいつはあいつで、何時どんな時でも変わらないなぁ)
リングの行動を見て、妙な感想を抱くギゼーであった。
残念なことに、第一試合はリンダのたっての願い―我侭とも言う―からギゼーとリ
ンダの対戦に決定
した。どうやら、女の武器とやらを使うには対戦相手が男じゃないと駄目らしい。ず
いぶんと応用範囲
の狭い武器だな、と心の中で突っ込むギゼーであった。
「宜しくお願いしま~すv」
(……ぶりっ子!?)
それでもリンダの変幻自在な態度に、ギゼーは驚きを隠せないでいた。
かくして、第一試合は始まった。
リンダは、容易に近付いて来ず、間合いを取るだけに止まっている。
(…?なんだ?女の武器、とやらを使う積もりかぁ?それとも、何か…魔法みたいな
ものでも…?エル
フは魔法使うって、聞いたしな…)
一応、念の為慎重に相手の様子を見るギゼー。
その内、リンダの手の動きが奇妙な形に動いているのに気付く。
(……!?魔法か…!?なんだ?)
彼女の腕の動きに合わせて、周囲の大気が動き出す。徐々に、彼女の周囲に集積し
ていく。やがて風
が起こり、彼女を中心に周回する旋風となる。
「風よ!切り裂け!!」
彼女の掛け声とともに、旋風はかまいたちとなりギゼーに襲い掛かる。
「うわっ!風の精霊魔法かっ!」
「……風の精霊魔法ね」
巻き添えを食らわないよう、遠くの方で静かに観戦しつつも冷静に分析するジュ
ヴィア。
「ええっ!?精霊魔法って言うんですかー。あんなの、始めて見ました。凄いです
ね、地上の人って…
。海の中では、水の魔法しかなかったからなぁ」
ここに来ても未だ、妙な関心を見せるリング。意外と余裕なのかもしれないと、
ジュヴィアは彼女に
ついて分析するのであった。
「うっしっ!風の精霊魔法には、土系の魔法だ!……こんな所で、いきなり世話にな
るとはな…」
リンダの繰り出すかまいたちを持ち前の素早さで華麗に(?)避けながらも、ギゼー
は腰に付けたポー
チから土色の玉を複数取り出した。
そしてそれを、リンダの周囲にばら撒いていく。
「いっけー!ストーンウォール!」
「………勝手に、アイテムの名前付けちゃって…」
またまた、冷静な分析を口ずさむジュヴィアであった。最近、これが口癖になって
来たようだ。
ギゼーの大方の予想通り、彼の手から放たれた数個の土色の玉は地面に衝突するな
り岩の壁となって
上空に伸びていった。それが丁度、リンダを中心に円を描くように囲んでいる。これ
で風は、上を抜か
して全方向に放てなくなった。
かまいたちは、横殴りに来る風である。
「……くっ!」
その状況をして、リンダに先程まで見せていた余裕は無くなった。
この状況では、上から吹き降ろす風しかないのだ。
「へっへーんだ。でも、こっちは何時でもナイフであんたを仕留められるんだぜ。壁
の隙間からな。も
う、降参するんだな」
「……わかったわ。降参する」
「えっ!?」
リンダの意外と素直な反応に、ギゼーは驚いて一瞬思考が停止した。
「…………バカ」
ジュヴィアが溜息混じりに呟いた。
「………………………あのな、お嬢ちゃん。子供が、大人に色目使っても、アホなだ
けだぞ」
呆れ心頭、といった感じで静かにギゼーは言う。
アースウォールが消えると同時にリンダが打って来た手は、所謂“お色気作戦”
だった。
胸も小さいし、背丈も小さいし、おまけに見た目は未だ幼さが残るところから、エ
ルフとは言えまだ
まだ見た目通りの年齢なのだろう。あるいは、もう少し上か。どちらにせよ、二十七
歳のギゼーにとっ
ては子供である。美女は好きだが、美少女は範疇外だ。
(ふっ、まだまだ、もう少し大人になってから来るんだな)
と、言うことである。
「えっ!?」
少女は、自分の得意技だと思い込んでいた“色気”が相手に通じないところを目の
当たりにして、驚
きの表情を隠しきれないでいる。
その一瞬を付いたギゼーは、彼女の頸椎の部分を軽く手刀で打ち込み、気絶させる
ことに成功した。
勝者は、ギゼーと相成った―。
「………少女嗜好の癖に、無理しちゃって…」
あくまでもギゼーを少女嗜好者に仕立て上げようとする、ジュヴィアであった…。
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ ユリア ケン ジン バッティ リンダ
場所:ソフィニア~ラオウの豪邸~天界格闘場
*++―――――++**++―――――++**++―――――++**++―――――
++**++―――――++*
時として人は、何かを求める為に戦う。
それが、失うだけの行為だとしても心を満たすために―。
翌日から、ギゼーの特訓は始まった。
体力作りから始まり、秘策の用意まで。
それは、ギゼーだけの秘密特訓だった。
一週間後。
大会は滞りなく執り行われた。
“天界闘技場”という、ラオウが自分の趣味の為にだけ作らせた場所で。
“天界闘技場”とは、なぜか屋敷の中心に聳え立っている塔―天空の塔という名前
らしい―の最上階
に据えられている、円形闘技場のことだ。どうやってバランスを取っているのかは、
秘密である。雲海
を見下ろすその美しい景観から、“天界闘技場”と名付けられたらしい。
その、天界闘技場で今回の筋肉格闘大会は執り行われるのだ。
当然、参加者はケン・シロウとギゼー、ジュヴィア、リング以外は誰もいなかっ
た。それもその筈で
ある。貴族連中が全て筋肉質体系だと思ったら、大間違いである。そう思い込んでい
るのは、ラオウと
ケン・シロウだけであった。
当然、総スカンを喰らってしまうのは、いつもの事だった。
大商人ラオウとケン・シロウは、実は社交界の中では良い噂は流れていなかった。
寧ろ、余り芳しく
ない噂ばかりだった。何処其処で、誰々に乱暴を働いただの、金に色目を付けて、娘
どもをかどわかし
ただの…悪い噂には事欠かない。
で、今度の事でもそうだ。彼等が勝手に決めて、勝手に開催した大会など、貴族連
中が参加する義理
も義務も無い。だが、そんな事を気にするラオウや、ケンではなかった。寧ろ、暴走
するだけである。
誰も止める者が無いからだ。娘すらも。そして、益々総スカンを喰らっていくのだ。
それは、永遠に続
くかと思われる、悪循環だった。
そして今回も、当然の事ながら誰も来なかった。一部を除いては。
一部とは、ケン・シロウの取り巻き達である。
取り巻きは全部で三人いた。
一人は銀髪の長髪が見目麗しい、自分で二枚目だと自負している男、ジン。当然、
筋肉質の青年であ
り、ケンとは同い年のようだ。
もう一人は十二、三歳の成人一歩手前の少年、バッティだ。子供ゆえの好奇心で、
ケンの後を付き纏
っている様だ。未だ幼さが残る、とはいってもこちらもかなり体を鍛えている。が、
ギゼーと同じ背丈
しかないし、小柄であるために侮られがちのようである。力もそんなに無いのは、事
実だが。
三人目は少女だった。それも、飛び切りの美少女。名を、リンダと言う。華奢で、
薄幸の美少女とい
うイメージはあるが、実質どうだか皆目見当も付かない。見ようによっては、妖艶な
美女にも見えなく
も無いからだ。耳が尖がっていてエルフ種族であることが解る事から、その外見から
年齢を推し量る事
も出来ない。少なくとも、見た目ではバッティと同年齢のようだが。
「…………ギゼーさん好みの少女じゃないですか」
「…………うるさいっ。俺は、少女嗜好者じゃないって言ってるだろっ」
リンダを見たジュヴィアがギゼーに囁いた言葉を、そのまま囁きで返すギゼー。い
つまで経っても、
誤解は解けないままである。
ギゼー達の視線に気付いたのか、リンダが高笑いを上げながら宣言する。
「おーほっほっほ!あたしを子供だからって、あまり甘く見ないことねぇ。女には色
んな、武器がある
んだから。まっ、せいぜいがんばることね」
彼女、リンダに関してだけ言えば、取り巻きというイメージは払拭したかった。な
ぜ、ケンに付き従
っているのかは謎だが、少なくともかなり高ビーな性格の様である、ということだけ
は分かった。
彼女の言葉を聴いてジュヴィアは、過敏に反応していた。“女の武器”と言う言葉
に、淫魔の血がざ
わめき出したのである。その、淫魔の血を極度に嫌っているジュヴィアは、己の嫌悪
感を昇華する為に
密かに闘争心を燃やしていた。
「…………ギゼーさん、あのリンダとか言う女、私に任せてくれませんか?10秒で
片付けます」
「…………えっ!?ジュヴィアちゃん…!?」
普段あまり感情を露わにしないジュヴィアが闘志を漲らせて言うのを目の当たりに
し、ギゼーは自分
の目を疑った。普段と違う、彼女の激しい一面を垣間見たような気がする。
リングはリングで、取り巻き達の筋肉を触りながらしきりに感心していた。
(あいつはあいつで、何時どんな時でも変わらないなぁ)
リングの行動を見て、妙な感想を抱くギゼーであった。
残念なことに、第一試合はリンダのたっての願い―我侭とも言う―からギゼーとリ
ンダの対戦に決定
した。どうやら、女の武器とやらを使うには対戦相手が男じゃないと駄目らしい。ず
いぶんと応用範囲
の狭い武器だな、と心の中で突っ込むギゼーであった。
「宜しくお願いしま~すv」
(……ぶりっ子!?)
それでもリンダの変幻自在な態度に、ギゼーは驚きを隠せないでいた。
かくして、第一試合は始まった。
リンダは、容易に近付いて来ず、間合いを取るだけに止まっている。
(…?なんだ?女の武器、とやらを使う積もりかぁ?それとも、何か…魔法みたいな
ものでも…?エル
フは魔法使うって、聞いたしな…)
一応、念の為慎重に相手の様子を見るギゼー。
その内、リンダの手の動きが奇妙な形に動いているのに気付く。
(……!?魔法か…!?なんだ?)
彼女の腕の動きに合わせて、周囲の大気が動き出す。徐々に、彼女の周囲に集積し
ていく。やがて風
が起こり、彼女を中心に周回する旋風となる。
「風よ!切り裂け!!」
彼女の掛け声とともに、旋風はかまいたちとなりギゼーに襲い掛かる。
「うわっ!風の精霊魔法かっ!」
「……風の精霊魔法ね」
巻き添えを食らわないよう、遠くの方で静かに観戦しつつも冷静に分析するジュ
ヴィア。
「ええっ!?精霊魔法って言うんですかー。あんなの、始めて見ました。凄いです
ね、地上の人って…
。海の中では、水の魔法しかなかったからなぁ」
ここに来ても未だ、妙な関心を見せるリング。意外と余裕なのかもしれないと、
ジュヴィアは彼女に
ついて分析するのであった。
「うっしっ!風の精霊魔法には、土系の魔法だ!……こんな所で、いきなり世話にな
るとはな…」
リンダの繰り出すかまいたちを持ち前の素早さで華麗に(?)避けながらも、ギゼー
は腰に付けたポー
チから土色の玉を複数取り出した。
そしてそれを、リンダの周囲にばら撒いていく。
「いっけー!ストーンウォール!」
「………勝手に、アイテムの名前付けちゃって…」
またまた、冷静な分析を口ずさむジュヴィアであった。最近、これが口癖になって
来たようだ。
ギゼーの大方の予想通り、彼の手から放たれた数個の土色の玉は地面に衝突するな
り岩の壁となって
上空に伸びていった。それが丁度、リンダを中心に円を描くように囲んでいる。これ
で風は、上を抜か
して全方向に放てなくなった。
かまいたちは、横殴りに来る風である。
「……くっ!」
その状況をして、リンダに先程まで見せていた余裕は無くなった。
この状況では、上から吹き降ろす風しかないのだ。
「へっへーんだ。でも、こっちは何時でもナイフであんたを仕留められるんだぜ。壁
の隙間からな。も
う、降参するんだな」
「……わかったわ。降参する」
「えっ!?」
リンダの意外と素直な反応に、ギゼーは驚いて一瞬思考が停止した。
「…………バカ」
ジュヴィアが溜息混じりに呟いた。
「………………………あのな、お嬢ちゃん。子供が、大人に色目使っても、アホなだ
けだぞ」
呆れ心頭、といった感じで静かにギゼーは言う。
アースウォールが消えると同時にリンダが打って来た手は、所謂“お色気作戦”
だった。
胸も小さいし、背丈も小さいし、おまけに見た目は未だ幼さが残るところから、エ
ルフとは言えまだ
まだ見た目通りの年齢なのだろう。あるいは、もう少し上か。どちらにせよ、二十七
歳のギゼーにとっ
ては子供である。美女は好きだが、美少女は範疇外だ。
(ふっ、まだまだ、もう少し大人になってから来るんだな)
と、言うことである。
「えっ!?」
少女は、自分の得意技だと思い込んでいた“色気”が相手に通じないところを目の
当たりにして、驚
きの表情を隠しきれないでいる。
その一瞬を付いたギゼーは、彼女の頸椎の部分を軽く手刀で打ち込み、気絶させる
ことに成功した。
勝者は、ギゼーと相成った―。
「………少女嗜好の癖に、無理しちゃって…」
あくまでもギゼーを少女嗜好者に仕立て上げようとする、ジュヴィアであった…。
◆――――――――――――――――――――――――――――
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ ユリア ケン ジン バッティ リンダ
場所:天界格闘場
----------------------†----------------------
ごめんなさい。貴方のことを殺さずにはいられない。
「よしっ!先ずはカル~ク緒戦勝利ッ!」
ギゼーの明るい声が閑古鳥鳴く闘技場に響いた。立派な建物はたったの8人の
人物しか収容していないが、これも贅沢のうちなのだろうか。何時の間にか審
判席に座ったラオウがずるずると気絶したリンダを連行していく。
「……愚かな人…」
ジュヴィアが眉間に皺を寄せたまま瞳を閉じてため息を吐いた。何だかさっき
までの自分の憤りは奇麗に収束してしまいそうだった。
その男が名乗りを上げるまでは。
「ラオウ様!」
一瞬、心臓が大きく跳ね上がった。
――銀の髪。
立ち上がって片手を天に向けていたその男は、銀の長い髪を風に靡かせながら
不適に笑っていた。整った顔立ちの、その男。
――るしうす
忌まわしい記憶が彼女の思考を支配する。
――あめのよる
そう、雨の夜、私はあの塔で
――まのがき
「いやぁ…ッ!」
幽かな慟哭に喉を衝かれ、ジュヴィアは全身から激情が溢れ出してくるのを感
じていた。頭の中にあるのはただ一つ、あの夜の記憶。
尋常でないジュヴィアの様子にギゼーとリングは慌てて駆け寄った。
「ジュヴィアさん!?どうなさったんです!?」
肩を掴んでリングが呼びかけるが、目は虚ろなままだ。何が起きたのか――二
人には解らなかった。ただ、ジュヴィアにとって耐え難い何かが、突然彼女を
襲ったとしか思えなかった。
「ジュヴィアちゃん!聞こえるか?どうした?」
――まさか、あいつら。
ギゼーはキッとケン達のほうを睨んだ。何かの小細工でジュヴィアを戦えなく
させたのか?十二分に有り得た。巨大な斧を背負うジュヴィアは普通の少女に
は見えない。主要な戦力と見なされ封じられてしまった可能性は高い。
「何てことしやがる!」
ギゼーが声を張り上げたが、ジンというその銀髪の美青年は気にも留めずに
ラオウに語り掛けた。
「ラオウ様、正直なところこの試合は余りにも結果が見えすぎています。解り
きったことを証明するのに無駄な時間を費やすのは愚かの極みです。私は、
可及的速やかにこの試合を終わらせるべく、第二回戦を……」
そこで言葉を区切り、ギゼー達の方を見やりながら再びニヤリと笑った。
「第二回戦を、私とあの小さな娘とで開催するという案を提言させていただく」
小さな娘、と言われ、リングが驚愕の表情を浮かべる。何かに脅えている今の
ジュヴィアを試合に出せと言うのか!?
その思いはギゼーも同じだったらしく、彼は再び声を張り上げた。
「てめえら!彼女が今戦えないのを知ってて言ってやがるな!」
だが、その言葉にジンは心外だ、と言う風に肩を竦めてみせた。
「ご挨拶だな。我々は只、最も早く勝負をつけるべくお互いに主力をぶつけよ
う、と提案したまでのこと。その少女は君たちにとって主力となるのだろう?」
「何でお前らがそんなこと知ってるんだよ!」
ジンは人差し指を振って見せた。
「解らないかな?解らない方が幸せかもしれないね」
そう言うと、小馬鹿にしたように肩を竦める。
――こいつ…!
再び声を張り上げようとしたギゼーを押しとどめる声があった。
「ギゼーさん、何も言わないで下さい」
静かなその声は――
「ジュヴィア(さん)(ちゃん)!」
ギゼーとリングの声が同時に彼女の名を呼んだ。ジュヴィアはゆっくりと立ち上
がると、ジンを睨む。
「二回戦は貴方と私の対戦には絶対になりません」
憎しみさえ感じられる声で、ジュヴィアは堂々と言った。くるりとラオウの方
に向き直る。
「ラオウさん、貴方が組み合わせを決められるのなら、二回戦はあの少年と私に
なさって下さい」
「何を馬鹿なことを…」
異論を唱えようとするケンを、ジュヴィアはあの紫色の瞳でじっと見据えた。
「先ほどはあのリンダと言う少女が願いを聞き入れて貰いました。私たちだけが
その権利がないのは不平等です。力と力のぶつかり合いにはなりません」
それに…と一度口をつぐんでから、ジュヴィアは続ける。
「あの男と私がぶつかれば間違いなくあの男は死にます」
「死にッ…!」
「私は絶対に殺します。万に一つも狂いなく、確実に」
紫色の瞳が、ラオウへと移る。
「…良いだろう。こちらとしてもジン君のような優れた青年を失うのは存外だか
らな。それに、力のぶつけ合いが目的であって殺しが出るのは本意ではない」
「ラオウ様!?このような戯言をお聞きになるので…」
「黙りなさい」
ジュヴィアは場内へと足を踏み入れながら、背中の斧を振り下ろした。再びケン
を見据える。
「無駄な時間は取りたくありません」
あの瞳で見つめられ、ケンが言葉を失うのがギゼー達にも窺えた。しばらくし
て、おずおずとバッティが出てくる。
「お願いしま…」
ずん、と音がした。
お願いしますとバッティが言い終わる前に、ジュヴィアは斧の柄で彼の鳩尾を突
いていた。気を失ったバッティが地面へと倒れこむ。
その間、何秒もあっただろうか。
暫くの静寂の後に、リングが口を開いた。
「…ジュヴィアさん…本気で怒ってます…怒ってると言うより…憎んでいます…」
ジュヴィアはバッティを捨て置いてギゼー達の方へ戻ってくる。
「次はリングさんです…」
そのまま、ジンの方を鋭く睨んだのを二人は見ていた。
PC:ギゼー ジュヴィア リング
NPC:ラオウ ユリア ケン ジン バッティ リンダ
場所:天界格闘場
----------------------†----------------------
ごめんなさい。貴方のことを殺さずにはいられない。
「よしっ!先ずはカル~ク緒戦勝利ッ!」
ギゼーの明るい声が閑古鳥鳴く闘技場に響いた。立派な建物はたったの8人の
人物しか収容していないが、これも贅沢のうちなのだろうか。何時の間にか審
判席に座ったラオウがずるずると気絶したリンダを連行していく。
「……愚かな人…」
ジュヴィアが眉間に皺を寄せたまま瞳を閉じてため息を吐いた。何だかさっき
までの自分の憤りは奇麗に収束してしまいそうだった。
その男が名乗りを上げるまでは。
「ラオウ様!」
一瞬、心臓が大きく跳ね上がった。
――銀の髪。
立ち上がって片手を天に向けていたその男は、銀の長い髪を風に靡かせながら
不適に笑っていた。整った顔立ちの、その男。
――るしうす
忌まわしい記憶が彼女の思考を支配する。
――あめのよる
そう、雨の夜、私はあの塔で
――まのがき
「いやぁ…ッ!」
幽かな慟哭に喉を衝かれ、ジュヴィアは全身から激情が溢れ出してくるのを感
じていた。頭の中にあるのはただ一つ、あの夜の記憶。
尋常でないジュヴィアの様子にギゼーとリングは慌てて駆け寄った。
「ジュヴィアさん!?どうなさったんです!?」
肩を掴んでリングが呼びかけるが、目は虚ろなままだ。何が起きたのか――二
人には解らなかった。ただ、ジュヴィアにとって耐え難い何かが、突然彼女を
襲ったとしか思えなかった。
「ジュヴィアちゃん!聞こえるか?どうした?」
――まさか、あいつら。
ギゼーはキッとケン達のほうを睨んだ。何かの小細工でジュヴィアを戦えなく
させたのか?十二分に有り得た。巨大な斧を背負うジュヴィアは普通の少女に
は見えない。主要な戦力と見なされ封じられてしまった可能性は高い。
「何てことしやがる!」
ギゼーが声を張り上げたが、ジンというその銀髪の美青年は気にも留めずに
ラオウに語り掛けた。
「ラオウ様、正直なところこの試合は余りにも結果が見えすぎています。解り
きったことを証明するのに無駄な時間を費やすのは愚かの極みです。私は、
可及的速やかにこの試合を終わらせるべく、第二回戦を……」
そこで言葉を区切り、ギゼー達の方を見やりながら再びニヤリと笑った。
「第二回戦を、私とあの小さな娘とで開催するという案を提言させていただく」
小さな娘、と言われ、リングが驚愕の表情を浮かべる。何かに脅えている今の
ジュヴィアを試合に出せと言うのか!?
その思いはギゼーも同じだったらしく、彼は再び声を張り上げた。
「てめえら!彼女が今戦えないのを知ってて言ってやがるな!」
だが、その言葉にジンは心外だ、と言う風に肩を竦めてみせた。
「ご挨拶だな。我々は只、最も早く勝負をつけるべくお互いに主力をぶつけよ
う、と提案したまでのこと。その少女は君たちにとって主力となるのだろう?」
「何でお前らがそんなこと知ってるんだよ!」
ジンは人差し指を振って見せた。
「解らないかな?解らない方が幸せかもしれないね」
そう言うと、小馬鹿にしたように肩を竦める。
――こいつ…!
再び声を張り上げようとしたギゼーを押しとどめる声があった。
「ギゼーさん、何も言わないで下さい」
静かなその声は――
「ジュヴィア(さん)(ちゃん)!」
ギゼーとリングの声が同時に彼女の名を呼んだ。ジュヴィアはゆっくりと立ち上
がると、ジンを睨む。
「二回戦は貴方と私の対戦には絶対になりません」
憎しみさえ感じられる声で、ジュヴィアは堂々と言った。くるりとラオウの方
に向き直る。
「ラオウさん、貴方が組み合わせを決められるのなら、二回戦はあの少年と私に
なさって下さい」
「何を馬鹿なことを…」
異論を唱えようとするケンを、ジュヴィアはあの紫色の瞳でじっと見据えた。
「先ほどはあのリンダと言う少女が願いを聞き入れて貰いました。私たちだけが
その権利がないのは不平等です。力と力のぶつかり合いにはなりません」
それに…と一度口をつぐんでから、ジュヴィアは続ける。
「あの男と私がぶつかれば間違いなくあの男は死にます」
「死にッ…!」
「私は絶対に殺します。万に一つも狂いなく、確実に」
紫色の瞳が、ラオウへと移る。
「…良いだろう。こちらとしてもジン君のような優れた青年を失うのは存外だか
らな。それに、力のぶつけ合いが目的であって殺しが出るのは本意ではない」
「ラオウ様!?このような戯言をお聞きになるので…」
「黙りなさい」
ジュヴィアは場内へと足を踏み入れながら、背中の斧を振り下ろした。再びケン
を見据える。
「無駄な時間は取りたくありません」
あの瞳で見つめられ、ケンが言葉を失うのがギゼー達にも窺えた。しばらくし
て、おずおずとバッティが出てくる。
「お願いしま…」
ずん、と音がした。
お願いしますとバッティが言い終わる前に、ジュヴィアは斧の柄で彼の鳩尾を突
いていた。気を失ったバッティが地面へと倒れこむ。
その間、何秒もあっただろうか。
暫くの静寂の後に、リングが口を開いた。
「…ジュヴィアさん…本気で怒ってます…怒ってると言うより…憎んでいます…」
ジュヴィアはバッティを捨て置いてギゼー達の方へ戻ってくる。
「次はリングさんです…」
そのまま、ジンの方を鋭く睨んだのを二人は見ていた。