PC:チップ
NPC:漸黄、ユヴェス・レクトール
場所:ソフィニア近郊
その太刀筋は光のようだった。
突如現れた影にそいつはあっけなくやられてしまった、ただの一太刀で。
その影は腕に人を抱えていたが、そんな事はどうでもよかった。
俺が混乱しているのは・・・その影の正体を知っているからだ。
だからこそ、俺は一欠けらの理性でこう言った。
「あなたは・・・まさか・・・」
その影はゆっくりと振り返り・・・その素顔を見せた。
「さて、どうしたものかな・・・」
俺は深いため息を吐いた・・・。
野宿するに当たって注意するべき点はいくつかある。
野獣、火を絶やさないこと、そして食料の問題だ。この中で最後の食料が問題だった・・・。
「まさか俺が食い尽くしてしまうとは・・・」
そんな俺は・・・リーゼルとラインに責任を押し付けられ、ウサギなどの獣を狩るために草むらに身を潜めていた・・・。彼らは違う場所で待機しているし、元々この作業は俺の得意としているところだから問題はないが・・・。それにしても、元々ギルドの手違いで俺が派遣されてしまったわけだがそれにしてはこの事件は手に余るものだ。いきなり襲撃されるし、本当に死ぬかと思ったのだからやけ食いしてもいいではないか・・・。それに彼らだって十分食べていたし・・・。
「ん?」
俺の潜んでいる場所から数メートル先の草むらに何かいる・・・。あの大きさから言って猪くらいだろうか?
「・・・今夜は猪鍋だな。うん」
そう思うと自然と笑みがこぼれてくる。俺はニヤニヤしながら気配を消し、獲物へと近づいていった・・・のだが何かがおかしい。
何故か血の臭いがするし、それにこの感覚は・・・嫌な予感の前兆だった気がする。
「もしかして・・・また厄介事かな?」
それでも人間、食欲には勝てないもので俺はどんどん【それ】に近づいていった。
やめておけばよかった。
まず、最初にそう思った。俺が見つけてしまったのは猪などではなく、先日襲撃してきた暗殺集団のリーダー【漸黄】だった。
「お前はあの時の短剣使い・・・」
漸黄は左胸を押さえながらゆっくりとこちらに近づいていった。先日の傷が癒えてないのかどこか苦しげではあった。
「お前がここにいるということは・・・さてはあいつも貴様らの仲間か・・・」
漸黄の体をよく見ると体中傷だらけで、明らかに先ほどまで戦闘をしていたようだ。
おそらく漸黄の言う【あいつ】とやらがその傷を負わせたらしいが、生憎と心当たりはない。どうやら勘違いしているようだ・・・とても悪いほうに。
漸黄はさらに近づいてくる・・・。俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
「我らのアジトが潰されていた時は流石に目を疑ったが・・・あの男が動いているならそれは当然なのかも知れんな・・・だが、ただでは死なんぞ!!」
そう叫ぶと漸黄は勢いよく俺に飛び掛ってきた。その速さはまるで音速・・・だが俺にはスローモーションで見えていた。
ああ、死んだなこりゃ・・・。
俺はそう心の中で思うと「これが走馬灯ってやつか?」などと思いながらただ見ていた。
見ていたからこそ、次の瞬間に俺は混乱した。
漸黄の向こう側からやってきた一陣の影。
その影は持っていた剣であろう何かで漸黄に斬りかかった。
その太刀筋は光のようだった。
突如現れた影に漸黄はあっけなくやられてしまった、ただの一太刀で。
その影は腕に人を抱えていたが、そんな事はどうでもよかった。
俺が混乱しているのは・・・その影の正体を知っているからだ。
だからこそ、俺は一欠けらの理性でこう言った。
「あなたは・・・まさか・・・」
その影はゆっくりと振り返り・・・その素顔を見せた。
「ユヴェス・レクトール・・・」
NPC:漸黄、ユヴェス・レクトール
場所:ソフィニア近郊
その太刀筋は光のようだった。
突如現れた影にそいつはあっけなくやられてしまった、ただの一太刀で。
その影は腕に人を抱えていたが、そんな事はどうでもよかった。
俺が混乱しているのは・・・その影の正体を知っているからだ。
だからこそ、俺は一欠けらの理性でこう言った。
「あなたは・・・まさか・・・」
その影はゆっくりと振り返り・・・その素顔を見せた。
「さて、どうしたものかな・・・」
俺は深いため息を吐いた・・・。
野宿するに当たって注意するべき点はいくつかある。
野獣、火を絶やさないこと、そして食料の問題だ。この中で最後の食料が問題だった・・・。
「まさか俺が食い尽くしてしまうとは・・・」
そんな俺は・・・リーゼルとラインに責任を押し付けられ、ウサギなどの獣を狩るために草むらに身を潜めていた・・・。彼らは違う場所で待機しているし、元々この作業は俺の得意としているところだから問題はないが・・・。それにしても、元々ギルドの手違いで俺が派遣されてしまったわけだがそれにしてはこの事件は手に余るものだ。いきなり襲撃されるし、本当に死ぬかと思ったのだからやけ食いしてもいいではないか・・・。それに彼らだって十分食べていたし・・・。
「ん?」
俺の潜んでいる場所から数メートル先の草むらに何かいる・・・。あの大きさから言って猪くらいだろうか?
「・・・今夜は猪鍋だな。うん」
そう思うと自然と笑みがこぼれてくる。俺はニヤニヤしながら気配を消し、獲物へと近づいていった・・・のだが何かがおかしい。
何故か血の臭いがするし、それにこの感覚は・・・嫌な予感の前兆だった気がする。
「もしかして・・・また厄介事かな?」
それでも人間、食欲には勝てないもので俺はどんどん【それ】に近づいていった。
やめておけばよかった。
まず、最初にそう思った。俺が見つけてしまったのは猪などではなく、先日襲撃してきた暗殺集団のリーダー【漸黄】だった。
「お前はあの時の短剣使い・・・」
漸黄は左胸を押さえながらゆっくりとこちらに近づいていった。先日の傷が癒えてないのかどこか苦しげではあった。
「お前がここにいるということは・・・さてはあいつも貴様らの仲間か・・・」
漸黄の体をよく見ると体中傷だらけで、明らかに先ほどまで戦闘をしていたようだ。
おそらく漸黄の言う【あいつ】とやらがその傷を負わせたらしいが、生憎と心当たりはない。どうやら勘違いしているようだ・・・とても悪いほうに。
漸黄はさらに近づいてくる・・・。俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
「我らのアジトが潰されていた時は流石に目を疑ったが・・・あの男が動いているならそれは当然なのかも知れんな・・・だが、ただでは死なんぞ!!」
そう叫ぶと漸黄は勢いよく俺に飛び掛ってきた。その速さはまるで音速・・・だが俺にはスローモーションで見えていた。
ああ、死んだなこりゃ・・・。
俺はそう心の中で思うと「これが走馬灯ってやつか?」などと思いながらただ見ていた。
見ていたからこそ、次の瞬間に俺は混乱した。
漸黄の向こう側からやってきた一陣の影。
その影は持っていた剣であろう何かで漸黄に斬りかかった。
その太刀筋は光のようだった。
突如現れた影に漸黄はあっけなくやられてしまった、ただの一太刀で。
その影は腕に人を抱えていたが、そんな事はどうでもよかった。
俺が混乱しているのは・・・その影の正体を知っているからだ。
だからこそ、俺は一欠けらの理性でこう言った。
「あなたは・・・まさか・・・」
その影はゆっくりと振り返り・・・その素顔を見せた。
「ユヴェス・レクトール・・・」
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PC:リーデル、ライン、チップリード
NPC:ユヴェス、ベルナール
場所:ソフィニア近郊
___________________________________
目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは満天の星空だった。どうやら俺
は仰向けで寝むっていたらしい。カロリー消費を抑えるための緊急措置だった
が、元々大して潤沢でもない俺の体力は、例の襲撃と毒で予想以上に削られて
いたのかもしれない。
が、それが分かったところで腹が膨れるわけでもない。
俺は斬魔刀を取り出すと、呪封子が装填されているのを確認し、編み上げた
術式を開放した。名はまだつけていない俺オリジナルの術式で、血中の血糖値
を引き上げ、脳の満腹中枢に「もう食べ物は入りません」という信号を送らせ
てムリヤリ空腹感を紛らわすのだ。
もの凄く貧乏くさい術式だが背に腹は変えられない。トェイブにもかけてや
ろうかと思ったが、貴重な呪封子をこれ以上無駄に消費するのもどうかと思う
ので、やめておく。まあ、俺よりは体力がありそうだし大丈夫だろう。
そうこうしているうちに、ラクフェールがいなくなったあたりの草むらがガ
サガサと音を立てた。
「あ、戻ってきたみたいですね……随分時間がかかったから、大物でも仕留め
たかな?」
トェイブの予想は言葉の上では当たっていた。ラクフェールは確かに大物を
連れてきたのだ。
「『殲滅のユヴェス<ユヴェス・ザ・オーバーキル>』………!!」
茂みから顔を出した人物を認めて、俺は思わず声を上げていた。
「へぇ、あんたも知ってるってことは、俺も結構有名人なワケだ」
と、その人物――ユヴェス・レクトールは口の端を吊り上げた。
ユヴェス・レクトール。またの名を『殲滅のユヴェス』
一般的には史上最年少でSランクに達した稀代の名剣士と知られている。そ
の物騒な二つ名は、「レイモンド伯爵低占拠事件」において立て篭もったテロ
リストたちを、ひとりで文字通り殲滅したことからきている。
だが、少し裏の事情に通じている者は、特に俺のような半分地下に潜ってい
るような非合法な攻性魔術師には、二つ名の「殲滅」にまた別の意味があるこ
とを知っている。
ユヴェスは確かにテロリストを全滅させた。
だが、同時に人質になっていたレイモンド伯爵一家とそこで働いていた使用
人32人も皆殺しにしたのだ。無論、表向きは逆上したテロリストが手当たり
次第に斬り殺したことになっているが、それは人質の刀傷がテロリストの所持
していた剣と一致し、ユヴェスが殺したという証拠が全く残されていなかった
為、なし崩して的に下された決定にすぎない。
さすがにあまりの被害の大きさにユヴェス自身はSランクの剥奪、ギルドか
らの強制退会などの重い処分を受けたが、一切罪には問われなかった。
人質のほとんどがただの一撃で急所を貫かれているという検死結果や、ユヴ
ェスが突入した直後に伯爵邸に強力な結界が敷かれ、「遠視」のような遠隔走
査魔術が全て使用不能になったという不可思議な現象の全ては闇に葬られた。
そんな人物が、なぜこんなところに?
「あんたらも、ディアン・ローガンに雇われたんだろ?」
ユヴェスのその一言で得心がいった。つまり、彼は俺達が任務に失敗した時
のために別口で雇われたのだろう。それにしても、何とも豪華な予備があった
ものだ――まあ、実力的に言えば、俺達の方が『補欠』なのだろうが。
ユヴェスはトェイブを、続いて俺を一瞥すると、軽く鼻を鳴らした。
「一応、競争相手の顔を見ておいて――手ごわそうなら『対策』を練るつもり
だったが……」
その表情から察するに、どうやら必要ないと判断されたらしい。確かに、元
Sランクのユヴェスに比べれば俺達はただの雑魚も同然だろう。ヘタに目を付
けられて『対策』とやらを打たれるよりはマシ、と考えるべきかどうかは微妙
なところだ。
「そんなことよりっ!!」
と、大声で割って入ったのはラクフェールだった。驚いたことに、その背に
は小柄な初老らしき男が背負われている。ユヴェスの放つ圧倒的な存在感のせ
いで、不覚にも今の今まで全く気付かなかったのだ。それはトェイブも同じら
しく、慌ててラクフェールのもとに駆け寄り、男の様子を窺う。
男の身体は力なく脱力しており、意識はあるようだが見るからに顔色が悪
い。見る限りでは大きな出血は見当たらないので、おそらく毒――それもあま
り状態は良くない。トェイブが早速治療にとりかかっているが、果たして助か
るかどうか……
俺の視線の意図に気付いたのか、ユヴェスが面倒くさそうに説明した。
「行きがけの駄賃でぶっ潰してきた箭霧のアジトにとっ捕まってた。例の姉弟
の脱走を手引きした所員だよ、ベルナールとかいう。一応、依頼の中に可能な
ら生きて連れてこいって話があったからな」
ベルナール……確か例の姉弟の主治医だった男だ。箭霧に捕まっていたとい
うことは、おそらくエルダート姉弟とケヴィン・ローグの行方も箭霧に聞き出
されたのだろう。これは一刻も早く姉弟を見つける必要がある。
だが、こちらの手がかりはほとんどゼロに近い。
「ま、その爺さんの世話は任せた」
あっさり踵を返すユヴェスに、俺は思わず声をかけた。
「おいおい、ここに置いてく気か?」
「死体なんて持ち運んでどうする?」
不吉なことをあっさりと口にする。
「俺にはそれなりの情報網があってね――姉弟の場所はもう大体分かってる。
悪いが、この仕事はこっちがもらうぜ」
皮肉っぽく口元を歪めたユヴェスの姿が、闇の中に消えた。
「クソッ! ダメだ!!」
焦りを滲ませたトェイブの声とベルナールのうめき声に、俺は思わず振り向
いた。そして、今更のように気付く。どうも寝起きのせいかさっきから頭の回
転が悪い。
手がかり――
俺はベルナールの傍に歩み寄ると、耳に口を寄せた。
「エルダート姉弟はどこに向かった?」
「………」
「箭霧に捕まるより早く二人を見つけなければ、あの姉弟がどうなるか……そ
んなことは、言わなくても分かるだろ?」
ベルナールの口からは、ただ苦しげな息遣いが漏れるだけだ。その瞳は、だ
んだん霞がかってきていた。明らかに生命の灯火が消えようとしている。
ラクフェールが、おそらく純粋な心配からきているのだろうが、瞳にわずか
に咎めるような色を浮かべて俺を見る。
それを無視して、俺は根気強く言葉を続けた。
「あんたも医者だ。自分がもう長くないことは分かるはずだ。喋れる体力があ
るうちに、姉弟の居場所を教えてくれ」
「……フォード」
「何?」
「ライゼル・アルフォードの邸宅……」
ライゼル・アルフォード――ここよりさらに南方の領主の名だ。
「急いでくれ……ヤツらはもう………」
ベルナールが一際大きく咳き込んだ。そこに赤いものが混じっていることに
気付いた時には、すでにベルナールの身体はぐったりと弛緩していた。
NPC:ユヴェス、ベルナール
場所:ソフィニア近郊
___________________________________
目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは満天の星空だった。どうやら俺
は仰向けで寝むっていたらしい。カロリー消費を抑えるための緊急措置だった
が、元々大して潤沢でもない俺の体力は、例の襲撃と毒で予想以上に削られて
いたのかもしれない。
が、それが分かったところで腹が膨れるわけでもない。
俺は斬魔刀を取り出すと、呪封子が装填されているのを確認し、編み上げた
術式を開放した。名はまだつけていない俺オリジナルの術式で、血中の血糖値
を引き上げ、脳の満腹中枢に「もう食べ物は入りません」という信号を送らせ
てムリヤリ空腹感を紛らわすのだ。
もの凄く貧乏くさい術式だが背に腹は変えられない。トェイブにもかけてや
ろうかと思ったが、貴重な呪封子をこれ以上無駄に消費するのもどうかと思う
ので、やめておく。まあ、俺よりは体力がありそうだし大丈夫だろう。
そうこうしているうちに、ラクフェールがいなくなったあたりの草むらがガ
サガサと音を立てた。
「あ、戻ってきたみたいですね……随分時間がかかったから、大物でも仕留め
たかな?」
トェイブの予想は言葉の上では当たっていた。ラクフェールは確かに大物を
連れてきたのだ。
「『殲滅のユヴェス<ユヴェス・ザ・オーバーキル>』………!!」
茂みから顔を出した人物を認めて、俺は思わず声を上げていた。
「へぇ、あんたも知ってるってことは、俺も結構有名人なワケだ」
と、その人物――ユヴェス・レクトールは口の端を吊り上げた。
ユヴェス・レクトール。またの名を『殲滅のユヴェス』
一般的には史上最年少でSランクに達した稀代の名剣士と知られている。そ
の物騒な二つ名は、「レイモンド伯爵低占拠事件」において立て篭もったテロ
リストたちを、ひとりで文字通り殲滅したことからきている。
だが、少し裏の事情に通じている者は、特に俺のような半分地下に潜ってい
るような非合法な攻性魔術師には、二つ名の「殲滅」にまた別の意味があるこ
とを知っている。
ユヴェスは確かにテロリストを全滅させた。
だが、同時に人質になっていたレイモンド伯爵一家とそこで働いていた使用
人32人も皆殺しにしたのだ。無論、表向きは逆上したテロリストが手当たり
次第に斬り殺したことになっているが、それは人質の刀傷がテロリストの所持
していた剣と一致し、ユヴェスが殺したという証拠が全く残されていなかった
為、なし崩して的に下された決定にすぎない。
さすがにあまりの被害の大きさにユヴェス自身はSランクの剥奪、ギルドか
らの強制退会などの重い処分を受けたが、一切罪には問われなかった。
人質のほとんどがただの一撃で急所を貫かれているという検死結果や、ユヴ
ェスが突入した直後に伯爵邸に強力な結界が敷かれ、「遠視」のような遠隔走
査魔術が全て使用不能になったという不可思議な現象の全ては闇に葬られた。
そんな人物が、なぜこんなところに?
「あんたらも、ディアン・ローガンに雇われたんだろ?」
ユヴェスのその一言で得心がいった。つまり、彼は俺達が任務に失敗した時
のために別口で雇われたのだろう。それにしても、何とも豪華な予備があった
ものだ――まあ、実力的に言えば、俺達の方が『補欠』なのだろうが。
ユヴェスはトェイブを、続いて俺を一瞥すると、軽く鼻を鳴らした。
「一応、競争相手の顔を見ておいて――手ごわそうなら『対策』を練るつもり
だったが……」
その表情から察するに、どうやら必要ないと判断されたらしい。確かに、元
Sランクのユヴェスに比べれば俺達はただの雑魚も同然だろう。ヘタに目を付
けられて『対策』とやらを打たれるよりはマシ、と考えるべきかどうかは微妙
なところだ。
「そんなことよりっ!!」
と、大声で割って入ったのはラクフェールだった。驚いたことに、その背に
は小柄な初老らしき男が背負われている。ユヴェスの放つ圧倒的な存在感のせ
いで、不覚にも今の今まで全く気付かなかったのだ。それはトェイブも同じら
しく、慌ててラクフェールのもとに駆け寄り、男の様子を窺う。
男の身体は力なく脱力しており、意識はあるようだが見るからに顔色が悪
い。見る限りでは大きな出血は見当たらないので、おそらく毒――それもあま
り状態は良くない。トェイブが早速治療にとりかかっているが、果たして助か
るかどうか……
俺の視線の意図に気付いたのか、ユヴェスが面倒くさそうに説明した。
「行きがけの駄賃でぶっ潰してきた箭霧のアジトにとっ捕まってた。例の姉弟
の脱走を手引きした所員だよ、ベルナールとかいう。一応、依頼の中に可能な
ら生きて連れてこいって話があったからな」
ベルナール……確か例の姉弟の主治医だった男だ。箭霧に捕まっていたとい
うことは、おそらくエルダート姉弟とケヴィン・ローグの行方も箭霧に聞き出
されたのだろう。これは一刻も早く姉弟を見つける必要がある。
だが、こちらの手がかりはほとんどゼロに近い。
「ま、その爺さんの世話は任せた」
あっさり踵を返すユヴェスに、俺は思わず声をかけた。
「おいおい、ここに置いてく気か?」
「死体なんて持ち運んでどうする?」
不吉なことをあっさりと口にする。
「俺にはそれなりの情報網があってね――姉弟の場所はもう大体分かってる。
悪いが、この仕事はこっちがもらうぜ」
皮肉っぽく口元を歪めたユヴェスの姿が、闇の中に消えた。
「クソッ! ダメだ!!」
焦りを滲ませたトェイブの声とベルナールのうめき声に、俺は思わず振り向
いた。そして、今更のように気付く。どうも寝起きのせいかさっきから頭の回
転が悪い。
手がかり――
俺はベルナールの傍に歩み寄ると、耳に口を寄せた。
「エルダート姉弟はどこに向かった?」
「………」
「箭霧に捕まるより早く二人を見つけなければ、あの姉弟がどうなるか……そ
んなことは、言わなくても分かるだろ?」
ベルナールの口からは、ただ苦しげな息遣いが漏れるだけだ。その瞳は、だ
んだん霞がかってきていた。明らかに生命の灯火が消えようとしている。
ラクフェールが、おそらく純粋な心配からきているのだろうが、瞳にわずか
に咎めるような色を浮かべて俺を見る。
それを無視して、俺は根気強く言葉を続けた。
「あんたも医者だ。自分がもう長くないことは分かるはずだ。喋れる体力があ
るうちに、姉弟の居場所を教えてくれ」
「……フォード」
「何?」
「ライゼル・アルフォードの邸宅……」
ライゼル・アルフォード――ここよりさらに南方の領主の名だ。
「急いでくれ……ヤツらはもう………」
ベルナールが一際大きく咳き込んだ。そこに赤いものが混じっていることに
気付いた時には、すでにベルナールの身体はぐったりと弛緩していた。
PC:リーデル、ライン、チップリード
NPC:ユヴェス、ベルナール
場所:ソフィニア近郊
_____________________________
そう広くは無い屋敷の一室に金属が合わさるような音が響きあっていた。
その音は苛烈で雄雄しく破壊しかもたらさない様な音であったが、見るもの聞
くものはまるで石化した様に見入っていた。
乾坤。
刃と爪が奏でるその禍々しいまでの音はある意味では、達人の音楽のそれに思
えた。
片方が袈裟切りに切りかかると片方は拳でそれを横薙ぎに打ち返し。その隙に
もう片方が爪で切りかかろうとする、それを返す刃で打ち払いまた切りかかる。
互いの体の間には無数の軌道が行き交いし、それら全てが閃光を放ち打ち戻る。
どこにも無駄が無くどこにも入る余地は無かった。
ある意味でそれは完成された芸術の様であり、完成された音楽の様であった。
だが…、若干だが変な点があった。完成された音楽、完成された芸術。それ自
体はなんら変ではない。むしろ極まっている。変な点は片方にあった…。
笑っているのだ。面白そうに、可笑しそうに、余裕たっぷりの表情で。
一体誰が気づくであろうか。いや誰しもが気づいていたのかもしれない。片方
は戦闘を楽しみ、片方は生き残るために戦闘をしていた。
彼の者には言葉は無く、理由は無く、意味は無く、快楽しか無く。
彼の者には言葉は無く、理由は無く、意味は無く、生存しか無く。
両者の違いはそれだけだった。
乾坤。乾坤。乾坤。
鳴り響く音の旋律。一秒にも一時間にも感じる長い静寂。
否。乾坤以外の静寂。
それは人外の者であるシヴァでさえも息を呑み。ただ見つめるだけしか出来な
かった。
どれだけの時間がたったのかは分からないが、ユヴェスの楽しみを奪う者は扉
を蹴破ると共に現れた。
「ナンジャコリャーーーーーーー!!!???」
時間は1時間程前に遡る。
ベルナールから屋敷の居場所を聞きだし、屋敷に向かって走っていたいた。
「どう思います?」
先ほどまでの悲壮な顔と一転して気丈な顔で聞いてくるライン。流石はプロと
言う所か。
「ユヴェスの事か?」
ええと促すラインを見ながらリーデルは語りだす。
「元ランクS様のお出ましとは流石の俺でも少し緊張してきたって所か。二重の
保険っていうのも怪しい…。二つ名が殲滅って言われても元ランクSだ…」
任務に失敗するような事は無いだろう。なら何故と疑問に思う。何故にそこま
でして我々にまで保険をかけるのか。
ストッパーと言う事なら不可能だ、こちらが束でかかってもあの青年には歯が
立たないであろう。それは分かりきっている事だし社長もそれを望んで無いだろ
う。
ならば広範囲の散策の為に雇ったのか?
いやこれも違うだろう。広範囲の散策であればわざわざスリーマンセルという
大所帯にしない。もっと安価な方法もあるだろう。
なにかきな臭い。例えようの無い焦燥感と緊張に囚われる。
とにかく用心だけは怠らないほうがよさそうだと二人に言い放った後、リーデ
ルはふともう一つの答えを思い浮かぶ。こいつら二人のうちになにか理由がある
のでは無いかと。
「まぁそうですね。出たとこ勝負だけに用心だけはしときましょう」
あぁと返事を返しながら彼らは再度無言で走り出す。
屋敷の前に着くと門の前に守衛らしき人物が二人立っていた。
互いの槍で互いの心臓を一突きにして。
それを無視して玄関を蹴破り音のする部屋の方へ駆け込む。部屋の前でドアを
ぶち破り中へ入る。一言で言えば人外と人外の戦いと評すればいいであろうその
戦いがあった。
「なっ」
躊躇うリーデルとライン。
「ナンジャコリャーーーーーーー!!!???」
言いたい事は全てチップが言ってくれたような気がした…。
NPC:ユヴェス、ベルナール
場所:ソフィニア近郊
_____________________________
そう広くは無い屋敷の一室に金属が合わさるような音が響きあっていた。
その音は苛烈で雄雄しく破壊しかもたらさない様な音であったが、見るもの聞
くものはまるで石化した様に見入っていた。
乾坤。
刃と爪が奏でるその禍々しいまでの音はある意味では、達人の音楽のそれに思
えた。
片方が袈裟切りに切りかかると片方は拳でそれを横薙ぎに打ち返し。その隙に
もう片方が爪で切りかかろうとする、それを返す刃で打ち払いまた切りかかる。
互いの体の間には無数の軌道が行き交いし、それら全てが閃光を放ち打ち戻る。
どこにも無駄が無くどこにも入る余地は無かった。
ある意味でそれは完成された芸術の様であり、完成された音楽の様であった。
だが…、若干だが変な点があった。完成された音楽、完成された芸術。それ自
体はなんら変ではない。むしろ極まっている。変な点は片方にあった…。
笑っているのだ。面白そうに、可笑しそうに、余裕たっぷりの表情で。
一体誰が気づくであろうか。いや誰しもが気づいていたのかもしれない。片方
は戦闘を楽しみ、片方は生き残るために戦闘をしていた。
彼の者には言葉は無く、理由は無く、意味は無く、快楽しか無く。
彼の者には言葉は無く、理由は無く、意味は無く、生存しか無く。
両者の違いはそれだけだった。
乾坤。乾坤。乾坤。
鳴り響く音の旋律。一秒にも一時間にも感じる長い静寂。
否。乾坤以外の静寂。
それは人外の者であるシヴァでさえも息を呑み。ただ見つめるだけしか出来な
かった。
どれだけの時間がたったのかは分からないが、ユヴェスの楽しみを奪う者は扉
を蹴破ると共に現れた。
「ナンジャコリャーーーーーーー!!!???」
時間は1時間程前に遡る。
ベルナールから屋敷の居場所を聞きだし、屋敷に向かって走っていたいた。
「どう思います?」
先ほどまでの悲壮な顔と一転して気丈な顔で聞いてくるライン。流石はプロと
言う所か。
「ユヴェスの事か?」
ええと促すラインを見ながらリーデルは語りだす。
「元ランクS様のお出ましとは流石の俺でも少し緊張してきたって所か。二重の
保険っていうのも怪しい…。二つ名が殲滅って言われても元ランクSだ…」
任務に失敗するような事は無いだろう。なら何故と疑問に思う。何故にそこま
でして我々にまで保険をかけるのか。
ストッパーと言う事なら不可能だ、こちらが束でかかってもあの青年には歯が
立たないであろう。それは分かりきっている事だし社長もそれを望んで無いだろ
う。
ならば広範囲の散策の為に雇ったのか?
いやこれも違うだろう。広範囲の散策であればわざわざスリーマンセルという
大所帯にしない。もっと安価な方法もあるだろう。
なにかきな臭い。例えようの無い焦燥感と緊張に囚われる。
とにかく用心だけは怠らないほうがよさそうだと二人に言い放った後、リーデ
ルはふともう一つの答えを思い浮かぶ。こいつら二人のうちになにか理由がある
のでは無いかと。
「まぁそうですね。出たとこ勝負だけに用心だけはしときましょう」
あぁと返事を返しながら彼らは再度無言で走り出す。
屋敷の前に着くと門の前に守衛らしき人物が二人立っていた。
互いの槍で互いの心臓を一突きにして。
それを無視して玄関を蹴破り音のする部屋の方へ駆け込む。部屋の前でドアを
ぶち破り中へ入る。一言で言えば人外と人外の戦いと評すればいいであろうその
戦いがあった。
「なっ」
躊躇うリーデルとライン。
「ナンジャコリャーーーーーーー!!!???」
言いたい事は全てチップが言ってくれたような気がした…。
◆――――――――――――――――――――――――――――
登場人物(キャラ):クロース、ギゼー
場所:ポポル付近の遺跡群(11年前)
◆――――――――――――――――――――――――――――
今から、11年ほど前―。
ポポル―。
深い森に囲まれ、古の街が沈む場所。
新緑が映える深き森の一隅を占める遺跡群の片隅で、幼き少女は発見された。
奇妙な箱に入れられて。
実際それは、奇妙奇天烈だった。楕円を象った箱の表面にはこの時代において珍しい硝子が嵌められており、透明なそれの表面には霜が付いていた。それも、中が見通せないほどに。
トレジャーハンターを自称するその男は、少年と言ってもいい容姿を持っていた。彼自身気にして止まない丈の無さと、多少わんぱくさが残る顔を持ち合わせていた。その風貌から察するに、年齢は16歳だと推察できる。くりくりと良く動く鳶色の大きな瞳孔で、周囲の壁や天井を好奇心一杯で視線を這わせる。短く刈った栗色の髪の毛が、数少ない光源の光を受け天井にその影を躍らせる。
初めての遺跡。トレジャーハンターとしての、初めての仕事。実際彼は、多少上気していた。夢にまで見た遺跡の中の探索行に、興奮すら覚えていた。父親と約束した事が頭をちらつく。
――前人未到の遺跡を探索し、宝を持って帰ること。それが、お前を一人前と認める条件だ。
具体的な何かを指定された訳ではない。己が宝と認める物ならば良いのだ。
「へへっ!楽勝だぜィ」
少年っぽいあどけない笑みを満面に浮かべ、軽口を叩く。
今目の前にあるものは、楕円を象った箱―不可思議な装置―だった。少年が、宝箱と目する物体だ。思わず鼻歌も混じるというものだ。
そっと、その箱に触れてみる。
チャリッ。
未だ幼さの残るその指に、何か―金属性のプレートが触れる。
「……?何だ?」
覗き込んだその金属板には、何か文字のようなものが彫り込まれていた。
「…?古代文字?……へへっ、こんな事も有ろうかと、勉強しておいて正解だったぜっ!今じゃ、古代文字は俺の得意分野さ。…………………え~と、なになに~?C・L・O・S・E………?クロース?密着している?なんのこっちゃ」
その時、プレートに彫られていた文字を読み違えた事に、彼はずっと気付く事は無かった。当然この文字C・L・O・S・E―クローズ―の本当の意味に思い至る事は無かったという。
「ふんふん~♪あれ?この箱、どうやって運べば良いんだろう?」
少年の指が箱の他の部分をなぞって行く。程なく何やら難い突起物にぶつかり、力を入れると同時に箱の表面を覆っている硝子の部分が上に持ち上げられていった。真っ白い冷気が足元を覆って行き、硝子に張った霜が溶け始める。中から愛くるしい幼女が顔を覗かせる。といっても、彼女は未だ眠ったままだったが。一目見て、色素が薄い子だと解る。銀色の長髪を横たえた体の下敷きにし、透き通るような白磁の肌
との境目が良く見えない。瞳の色は、眼が閉じたままなので見ることは出来ないが、おそらくこれも薄い色なのだろうと想像をめぐらす事ぐらいは出来る。見たところ、3歳前後と言ったところか。
「うわぁ!なんっじゃこりゃぁ!!」
なんっじゃこりゃー、なんっじゃこりゃー、わーん、わーん、わーん。
少年の驚愕の叫び声が、周囲の壁という壁、天井という天井に反響してドルビー効果を生み出す。
驚くのは無理も無い。箱の中に少女が入っていたなどとは、露ほども考えなかったからだ。ましてや、宝だとばかり思っていた物が人間の、それも女の子だったとは…。驚いて、三十センチばかり飛び上がってもおかしくは無い。
その大きな声に驚いた少女は、愛くるしい瞳をゆっくりと開き、少年の方にその寝呆け眼を向ける。
「あふっ?」
頭の中身は、未だに眠ったままのようだが。
驚いて1歩も動けない少年が次に発した言葉は、
「あっ、きっ、君だれ?俺、ギゼーって言うんだけど」
だった。体は驚いていても、頭は正常に働いているらしい。まずは自己紹介、と言ったところか。ところが、少女の反応は無愛想極まりないものだった。
「………?」
もともと3歳なのだから言葉などあまり知り得ないものだが、それにしたって自分の名前くらいは言えるはずだ。だが、答えなかった。彼女は。
ところが少年は、その沈黙を勝手に解釈し、勝手に想像をめぐらし、先程見つけた銘板の文字と少女の名前とを結び付けて考えようとした。
「……?あっ、そうだ!さっきその箱見たとき、クロースって銘打っていたけど、それって君の名前かなぁ?なぁ~んちゃって」
「……………」
「何とか言ってよ…不安になるじゃん…」
かくして、卵の殻は割られ、雛鳥が世に放たれたのだった―。
登場人物(キャラ):クロース、ギゼー
場所:ポポル付近の遺跡群(11年前)
◆――――――――――――――――――――――――――――
今から、11年ほど前―。
ポポル―。
深い森に囲まれ、古の街が沈む場所。
新緑が映える深き森の一隅を占める遺跡群の片隅で、幼き少女は発見された。
奇妙な箱に入れられて。
実際それは、奇妙奇天烈だった。楕円を象った箱の表面にはこの時代において珍しい硝子が嵌められており、透明なそれの表面には霜が付いていた。それも、中が見通せないほどに。
トレジャーハンターを自称するその男は、少年と言ってもいい容姿を持っていた。彼自身気にして止まない丈の無さと、多少わんぱくさが残る顔を持ち合わせていた。その風貌から察するに、年齢は16歳だと推察できる。くりくりと良く動く鳶色の大きな瞳孔で、周囲の壁や天井を好奇心一杯で視線を這わせる。短く刈った栗色の髪の毛が、数少ない光源の光を受け天井にその影を躍らせる。
初めての遺跡。トレジャーハンターとしての、初めての仕事。実際彼は、多少上気していた。夢にまで見た遺跡の中の探索行に、興奮すら覚えていた。父親と約束した事が頭をちらつく。
――前人未到の遺跡を探索し、宝を持って帰ること。それが、お前を一人前と認める条件だ。
具体的な何かを指定された訳ではない。己が宝と認める物ならば良いのだ。
「へへっ!楽勝だぜィ」
少年っぽいあどけない笑みを満面に浮かべ、軽口を叩く。
今目の前にあるものは、楕円を象った箱―不可思議な装置―だった。少年が、宝箱と目する物体だ。思わず鼻歌も混じるというものだ。
そっと、その箱に触れてみる。
チャリッ。
未だ幼さの残るその指に、何か―金属性のプレートが触れる。
「……?何だ?」
覗き込んだその金属板には、何か文字のようなものが彫り込まれていた。
「…?古代文字?……へへっ、こんな事も有ろうかと、勉強しておいて正解だったぜっ!今じゃ、古代文字は俺の得意分野さ。…………………え~と、なになに~?C・L・O・S・E………?クロース?密着している?なんのこっちゃ」
その時、プレートに彫られていた文字を読み違えた事に、彼はずっと気付く事は無かった。当然この文字C・L・O・S・E―クローズ―の本当の意味に思い至る事は無かったという。
「ふんふん~♪あれ?この箱、どうやって運べば良いんだろう?」
少年の指が箱の他の部分をなぞって行く。程なく何やら難い突起物にぶつかり、力を入れると同時に箱の表面を覆っている硝子の部分が上に持ち上げられていった。真っ白い冷気が足元を覆って行き、硝子に張った霜が溶け始める。中から愛くるしい幼女が顔を覗かせる。といっても、彼女は未だ眠ったままだったが。一目見て、色素が薄い子だと解る。銀色の長髪を横たえた体の下敷きにし、透き通るような白磁の肌
との境目が良く見えない。瞳の色は、眼が閉じたままなので見ることは出来ないが、おそらくこれも薄い色なのだろうと想像をめぐらす事ぐらいは出来る。見たところ、3歳前後と言ったところか。
「うわぁ!なんっじゃこりゃぁ!!」
なんっじゃこりゃー、なんっじゃこりゃー、わーん、わーん、わーん。
少年の驚愕の叫び声が、周囲の壁という壁、天井という天井に反響してドルビー効果を生み出す。
驚くのは無理も無い。箱の中に少女が入っていたなどとは、露ほども考えなかったからだ。ましてや、宝だとばかり思っていた物が人間の、それも女の子だったとは…。驚いて、三十センチばかり飛び上がってもおかしくは無い。
その大きな声に驚いた少女は、愛くるしい瞳をゆっくりと開き、少年の方にその寝呆け眼を向ける。
「あふっ?」
頭の中身は、未だに眠ったままのようだが。
驚いて1歩も動けない少年が次に発した言葉は、
「あっ、きっ、君だれ?俺、ギゼーって言うんだけど」
だった。体は驚いていても、頭は正常に働いているらしい。まずは自己紹介、と言ったところか。ところが、少女の反応は無愛想極まりないものだった。
「………?」
もともと3歳なのだから言葉などあまり知り得ないものだが、それにしたって自分の名前くらいは言えるはずだ。だが、答えなかった。彼女は。
ところが少年は、その沈黙を勝手に解釈し、勝手に想像をめぐらし、先程見つけた銘板の文字と少女の名前とを結び付けて考えようとした。
「……?あっ、そうだ!さっきその箱見たとき、クロースって銘打っていたけど、それって君の名前かなぁ?なぁ~んちゃって」
「……………」
「何とか言ってよ…不安になるじゃん…」
かくして、卵の殻は割られ、雛鳥が世に放たれたのだった―。
◆――――――――――――――――――――――――――――
登場人物(キャラ):ギゼー、クロース(11年前)
エキストラ(NPC):ギゼーの父親チグリと母親ユーフラ、“消えゆく灯火”亭の主人
場所:ガロウズ村(11年前)~ソフィニアの安宿兼酒場“消えゆく灯火”亭(現在)
◆――――――――――――――――――――――――――――
「親父ィ!俺を、一人前と認めてくれィ」
扉を勢い良く開け放つなり開口一番そう言ったのは、数日前少女をこの世に解き放った張本人、トレジャーハンターを自称する少年ギゼーだった。
ここはガロウズ村の外れに建っている、ギゼーとその両親の住まう家だ。
ガロウズ村―かつての英雄、ガロウズの作りし小さな村は、ガロウズの再来を信じ、明日の英雄を夢見る者達で構成されていた。創立当初、ガロウズがかつて生きていた頃の村人達は期待と憧れに満ち満ちていた。そしてそれは、ガロウズ没後50年を過ぎた今も見事に受け継がれている。村の規模こそさして大きくないものの、人々の期待と憧れがそのまま活気へと繋がっている、良い村と言えた。
村が活気付いているのにはもう一つ理由があった。特産品の評判が良いのだ。英雄ガロウズを記念して売り出した、“ガロウズ・グッズ”の美術品としての価値の高さが噂となり世界中を駆け巡り、衆知の事実となっているのだ。それだけではない。村の周辺に群生している天然のアラウネと言う果実を蒸留酒に漬込むアラウネ酒という名物も風の便りに乗って、広められているのだ。その為、グッズコレクターや、酒飲が良く観光がてらここガロウズ村を訪れるようになり、そのお陰で、村やその近辺が活気付いているのだ。
ギゼーの両親チグリとユーフラは、ギゼーが生まれる1年前にこの村に越して来たばかりだった。越してきて早々、直ぐに村人達と打ち解け、井戸端会議や仕事帰りの酒盛りにも参加する仲になった。村人達は「まるで昔からこの村に居たかのようだ、不思議な夫婦だ」と噂しあっても、彼等の過去や職業などを詮索するまでには至らなかった。対してチグリとユーフラの方も、村人達が詮索しないのをこれ幸いとばかりに自分達の過去―ここへ来る前の事など一切話さなかった。特にチグリは自分の本当の職業、“トレジャーハンター”の事が村人達に知られるのを避けたがっている風であった。
そう言う事も有ってか、村人達はチグリとギゼーの本当の職業、トレジャーハンターの事は知る由も無かった。
「なんだ?お前、そんなに血相変えて。またな~んか、面白い物でも拾ったか(笑)」
ギゼーの開口一番に言った台詞を受け、豪快に笑い飛ばす父チグリ。未だ現役のトレジャーハンターらしく、褐色の血色の良い肌をこれ見よがしに露出している。黒のタンクトップにやや幅広のだぶついた白いパンツという、実にシンプルないでたちだ。家の中に居るときは、いつもこう言う格好で居るのだこの男は。鳶色の、息子と同じ色の瞳を息子自身に向けている。だが、笑いに乗じて揺れ動く髪の毛は息子と違って赤毛だ。
台所の方では母ユーフラが夕食の支度に精を出しつつ、息子と父親の会話に注意を向けている。母はいつもそうだ。何時如何なる時でも余裕を忘れない。栗色の髪を肩まで揃えて伸ばし、青紫色の瞳が印象的だ。今だってそうだ。満面の笑みを湛えながら、野菜を切りつつ二人の会話に聞き入っている。ギゼーの位置からでは後姿しか見えないが。
「拾ってねぇっ!……って、そんな事より!!親父、俺を今すぐ、一人前と認めろ!」
父親の冗談に突っ込みを入れながらも、自分の主張は忘れない。この父親に育てられたからこそ、如何なる時でも冷静さを保っていられる。その上、明朗快活で…良い息子に育ったものよと母は密かに微笑む。その間も、会話は続けられていた。
「…一人前に…だぁ?なんだお前、もう自分のお宝見つけて来ちまったのかぁ?……どれどれ、見せてみろィ」
そう言われて、ギゼーは今まで自分の後に隠れて様子を覗っていた3歳くらいの幼女―名をクロースと言う―を父親の前に押し出す。見ず知らずの人を見て弱気が表に出ているクロース。そのクロースを見て驚きを隠せないチグリ。母親も夕食を準備する手を休め、こちらを振り返って様子を見ている。やはり驚きを隠せない様子だ。
「………なんだ?こいつは…?」
チグリがやっとの思いで言葉を紡ぎ出す。その様子を見て取ったギゼーは、得意を満面に浮かばせる。
「何って?へへっ、当然っ、俺のお宝さっ!」
「…おいっ。幾らなんでも人間がお宝なんてぇ、ちょっと無理が過ぎねぇか?さしずめ、遺跡の内部で見つかった…なんて能書きたれるんだろうが、そ~んな嘘っぱち、俺には通じねぇぜ。…………!?まっ、まさかっ!?お前、他所様んとこで子種を…」
「大きく、違う!!」
何処から出したのか、ハリセンで思いきり突っ込みを入れるギゼー。このやり取りももうそろそろ板に付いてきた頃だ。
ともすると後に引っ込もうとするクロースをもう1歩父チグリの方に近付けつつ、自己紹介の準備に取りかかるギゼー。引っ込み思案なクロースの為に気を揉んでいるのが、良くわかる。
「……まっ、とにかくよっ、紹介するぜ親父。この子はクロースって言うんだ。正真正銘遺跡の中で見つけた子だ。…クロース、ほらっ」
「あっ、あのっ……ワタシ…クロースって言います。…よろしくです」
色素の薄い子、一目見てそんな印象を受ける。長い銀髪を腰まで伸ばし、青灰色の瞳を宿した眼を瞬かせている。肌の色は白く、青みが差している。どちらかと言うと病気勝ちで室内に閉じ篭りっきり、と言う感が強い。遺跡で発見したというギゼーの証言も、あながち間違ってはいないのでろう事が色白の肌を見れば推測できる。眉目秀麗なその顔の造形は、将来を期待させると共に他人の警戒心や猜疑心を解く効果も得られるらしい。多少オドオドしてはいるが、その愛くるしい微笑を目にしたチグリは相好を崩した。
「あっ、ああ、クロースちゃんよろしくな。こちらこそ」
「……!?うそっ、あの頑固親父が、ヘラヘラしてらぁ…」
信じられない物を見た、と言うショックでよろめきそうになるギゼーであった。
「で?親父。俺の事を、一人前と認めてくれるんだろうな?」
食事が終わり一家団欒の様相を呈したとき、ギゼーが先程の話を掘り返した。
「クロースちゃん、今日の食事はどうだった?……ん?何の事だ?」
対してギゼーの問いかけに、あくまで白を切り通す糞親父ことチグリ。
「だっだからっ!俺がお宝を見つけて持って帰ってきたら、一人前と認めるって話だよ!!…呆けるには未だ早いぜ、糞親父」
「だれが糞親父だ!礼儀もわきまえぬ、糞ガキが!……ああ、あの話か。いいか?アホなお前の事だから、何か勘違いしているようだがな、俺は宝物を持って来いって言ったんだ。子宝を持って来いって言った覚えはねぇ!」
そう、捲し立てた後チグリはクロースに笑顔を向け、遊び相手になってやっている。人見知りがちなクロースも、何故だかチグリに対しては懐いている様だ。
「なっ!子宝って…!?…おいっ、親父!」
子宝のその一言に反応し、ギゼーは顔を紅潮させ言葉に詰まる。今だ少年然とした確たる証拠だ。彼の、純な一面が除いた瞬間だった。
クロースを寝かしつけた後、今だ納得いかず憮然としている息子に対し、チグリは諭す様に口を開いた。
「なあ、お前には、トレジャーハンターなんてもンは未だ早過ぎる。お前が成るようなしろもんじゃねえんだ、トレジャーハンターなんてものはな。トレジャーハンターなんて常に危険と隣り合わせなんだぞ。お前にもしもの事が有っちゃ、俺は……母さんに申し開きがたたねぇだろう。それにお前は、一人前ってものがどう言う事か知らなさ過ぎる。一人前って者がどう言うものか、お前が自分自信の中で答えを見出せねぇうちはまだまだ半人前だってことだ。逆に答えを見つけられれば、もう一人前ってことだ。誰に認められなくてもな」
酒を煽りながらしみじみと語った父親の、その翳りのある顔を少年は一生忘れることなくその言葉と共に胸に刻むのだった―。
11年後、ソフィニアの安宿兼安酒場“消えゆく灯火”亭―。
ギゼーは酒場の一隅にて、己の過去へと思いを馳せていた。
手元には、ラム酒と豪勢な料理の数々。それらの美味なるものに舌鼓を打ちつつも、思惟は止まらずただ流れるのみだ。
村に残して来たクロースの先行きに行き付いた時、今まで室内に響いていた楽曲は終わりを告げ長い長い物語が終わった事を知らされた。
大体、吟遊詩人がこのような安酒場に来る事自体稀である。大抵はもっとギャラの良い中級か上級の酒場に行き、演奏するものだ。その吟遊詩人の美声を、この様な安酒場で聞けた事自体が極めて稀で、幸運に恵まれている事なのだ。
いくつか酒場の主人と親しく会話を交わしているところを見ると、酒場の主人と吟遊詩人とはどうやら知り合いらしい。彼はどうやらここ―“消えゆく灯火”亭―の二階に宿を取っているようだ。
吟遊詩人の弾き語りが終わった途端に、周囲の他愛も無い噂話がギゼーの耳にねじ込まれてくる。
(…噂話など…聞きたくも無い…)
そう思って、ラム酒に口をつけるが、ある噂で動きを止める。
そして、その話が聞こえて来た方向に耳を傾ける。
―なあ、その話本当か?
―ああ、確かな情報だ。向うに行っていた俺の友達が話してた事だからな。ガロウズ村の連中が一番で全滅したってな…。
―ひでぇ話だ。
―ああ、全くだ。なんでも、何処からとも無く現れた炎で焼かれたらしい…。
(ガロウズ村が…焼かれた!?……親父!母さん!…クロース!!)
その話を聞いた途端、無意識の内に椅子を蹴倒し立ち上がるギゼー。大きな音が辺り一面に響き渡り、酒場にいた数人の飲んだくれがギゼーの方を振り向く。
彼等の目に移ったのは、ギゼーの驚愕に引きつった顔だった―。
登場人物(キャラ):ギゼー、クロース(11年前)
エキストラ(NPC):ギゼーの父親チグリと母親ユーフラ、“消えゆく灯火”亭の主人
場所:ガロウズ村(11年前)~ソフィニアの安宿兼酒場“消えゆく灯火”亭(現在)
◆――――――――――――――――――――――――――――
「親父ィ!俺を、一人前と認めてくれィ」
扉を勢い良く開け放つなり開口一番そう言ったのは、数日前少女をこの世に解き放った張本人、トレジャーハンターを自称する少年ギゼーだった。
ここはガロウズ村の外れに建っている、ギゼーとその両親の住まう家だ。
ガロウズ村―かつての英雄、ガロウズの作りし小さな村は、ガロウズの再来を信じ、明日の英雄を夢見る者達で構成されていた。創立当初、ガロウズがかつて生きていた頃の村人達は期待と憧れに満ち満ちていた。そしてそれは、ガロウズ没後50年を過ぎた今も見事に受け継がれている。村の規模こそさして大きくないものの、人々の期待と憧れがそのまま活気へと繋がっている、良い村と言えた。
村が活気付いているのにはもう一つ理由があった。特産品の評判が良いのだ。英雄ガロウズを記念して売り出した、“ガロウズ・グッズ”の美術品としての価値の高さが噂となり世界中を駆け巡り、衆知の事実となっているのだ。それだけではない。村の周辺に群生している天然のアラウネと言う果実を蒸留酒に漬込むアラウネ酒という名物も風の便りに乗って、広められているのだ。その為、グッズコレクターや、酒飲が良く観光がてらここガロウズ村を訪れるようになり、そのお陰で、村やその近辺が活気付いているのだ。
ギゼーの両親チグリとユーフラは、ギゼーが生まれる1年前にこの村に越して来たばかりだった。越してきて早々、直ぐに村人達と打ち解け、井戸端会議や仕事帰りの酒盛りにも参加する仲になった。村人達は「まるで昔からこの村に居たかのようだ、不思議な夫婦だ」と噂しあっても、彼等の過去や職業などを詮索するまでには至らなかった。対してチグリとユーフラの方も、村人達が詮索しないのをこれ幸いとばかりに自分達の過去―ここへ来る前の事など一切話さなかった。特にチグリは自分の本当の職業、“トレジャーハンター”の事が村人達に知られるのを避けたがっている風であった。
そう言う事も有ってか、村人達はチグリとギゼーの本当の職業、トレジャーハンターの事は知る由も無かった。
「なんだ?お前、そんなに血相変えて。またな~んか、面白い物でも拾ったか(笑)」
ギゼーの開口一番に言った台詞を受け、豪快に笑い飛ばす父チグリ。未だ現役のトレジャーハンターらしく、褐色の血色の良い肌をこれ見よがしに露出している。黒のタンクトップにやや幅広のだぶついた白いパンツという、実にシンプルないでたちだ。家の中に居るときは、いつもこう言う格好で居るのだこの男は。鳶色の、息子と同じ色の瞳を息子自身に向けている。だが、笑いに乗じて揺れ動く髪の毛は息子と違って赤毛だ。
台所の方では母ユーフラが夕食の支度に精を出しつつ、息子と父親の会話に注意を向けている。母はいつもそうだ。何時如何なる時でも余裕を忘れない。栗色の髪を肩まで揃えて伸ばし、青紫色の瞳が印象的だ。今だってそうだ。満面の笑みを湛えながら、野菜を切りつつ二人の会話に聞き入っている。ギゼーの位置からでは後姿しか見えないが。
「拾ってねぇっ!……って、そんな事より!!親父、俺を今すぐ、一人前と認めろ!」
父親の冗談に突っ込みを入れながらも、自分の主張は忘れない。この父親に育てられたからこそ、如何なる時でも冷静さを保っていられる。その上、明朗快活で…良い息子に育ったものよと母は密かに微笑む。その間も、会話は続けられていた。
「…一人前に…だぁ?なんだお前、もう自分のお宝見つけて来ちまったのかぁ?……どれどれ、見せてみろィ」
そう言われて、ギゼーは今まで自分の後に隠れて様子を覗っていた3歳くらいの幼女―名をクロースと言う―を父親の前に押し出す。見ず知らずの人を見て弱気が表に出ているクロース。そのクロースを見て驚きを隠せないチグリ。母親も夕食を準備する手を休め、こちらを振り返って様子を見ている。やはり驚きを隠せない様子だ。
「………なんだ?こいつは…?」
チグリがやっとの思いで言葉を紡ぎ出す。その様子を見て取ったギゼーは、得意を満面に浮かばせる。
「何って?へへっ、当然っ、俺のお宝さっ!」
「…おいっ。幾らなんでも人間がお宝なんてぇ、ちょっと無理が過ぎねぇか?さしずめ、遺跡の内部で見つかった…なんて能書きたれるんだろうが、そ~んな嘘っぱち、俺には通じねぇぜ。…………!?まっ、まさかっ!?お前、他所様んとこで子種を…」
「大きく、違う!!」
何処から出したのか、ハリセンで思いきり突っ込みを入れるギゼー。このやり取りももうそろそろ板に付いてきた頃だ。
ともすると後に引っ込もうとするクロースをもう1歩父チグリの方に近付けつつ、自己紹介の準備に取りかかるギゼー。引っ込み思案なクロースの為に気を揉んでいるのが、良くわかる。
「……まっ、とにかくよっ、紹介するぜ親父。この子はクロースって言うんだ。正真正銘遺跡の中で見つけた子だ。…クロース、ほらっ」
「あっ、あのっ……ワタシ…クロースって言います。…よろしくです」
色素の薄い子、一目見てそんな印象を受ける。長い銀髪を腰まで伸ばし、青灰色の瞳を宿した眼を瞬かせている。肌の色は白く、青みが差している。どちらかと言うと病気勝ちで室内に閉じ篭りっきり、と言う感が強い。遺跡で発見したというギゼーの証言も、あながち間違ってはいないのでろう事が色白の肌を見れば推測できる。眉目秀麗なその顔の造形は、将来を期待させると共に他人の警戒心や猜疑心を解く効果も得られるらしい。多少オドオドしてはいるが、その愛くるしい微笑を目にしたチグリは相好を崩した。
「あっ、ああ、クロースちゃんよろしくな。こちらこそ」
「……!?うそっ、あの頑固親父が、ヘラヘラしてらぁ…」
信じられない物を見た、と言うショックでよろめきそうになるギゼーであった。
「で?親父。俺の事を、一人前と認めてくれるんだろうな?」
食事が終わり一家団欒の様相を呈したとき、ギゼーが先程の話を掘り返した。
「クロースちゃん、今日の食事はどうだった?……ん?何の事だ?」
対してギゼーの問いかけに、あくまで白を切り通す糞親父ことチグリ。
「だっだからっ!俺がお宝を見つけて持って帰ってきたら、一人前と認めるって話だよ!!…呆けるには未だ早いぜ、糞親父」
「だれが糞親父だ!礼儀もわきまえぬ、糞ガキが!……ああ、あの話か。いいか?アホなお前の事だから、何か勘違いしているようだがな、俺は宝物を持って来いって言ったんだ。子宝を持って来いって言った覚えはねぇ!」
そう、捲し立てた後チグリはクロースに笑顔を向け、遊び相手になってやっている。人見知りがちなクロースも、何故だかチグリに対しては懐いている様だ。
「なっ!子宝って…!?…おいっ、親父!」
子宝のその一言に反応し、ギゼーは顔を紅潮させ言葉に詰まる。今だ少年然とした確たる証拠だ。彼の、純な一面が除いた瞬間だった。
クロースを寝かしつけた後、今だ納得いかず憮然としている息子に対し、チグリは諭す様に口を開いた。
「なあ、お前には、トレジャーハンターなんてもンは未だ早過ぎる。お前が成るようなしろもんじゃねえんだ、トレジャーハンターなんてものはな。トレジャーハンターなんて常に危険と隣り合わせなんだぞ。お前にもしもの事が有っちゃ、俺は……母さんに申し開きがたたねぇだろう。それにお前は、一人前ってものがどう言う事か知らなさ過ぎる。一人前って者がどう言うものか、お前が自分自信の中で答えを見出せねぇうちはまだまだ半人前だってことだ。逆に答えを見つけられれば、もう一人前ってことだ。誰に認められなくてもな」
酒を煽りながらしみじみと語った父親の、その翳りのある顔を少年は一生忘れることなくその言葉と共に胸に刻むのだった―。
11年後、ソフィニアの安宿兼安酒場“消えゆく灯火”亭―。
ギゼーは酒場の一隅にて、己の過去へと思いを馳せていた。
手元には、ラム酒と豪勢な料理の数々。それらの美味なるものに舌鼓を打ちつつも、思惟は止まらずただ流れるのみだ。
村に残して来たクロースの先行きに行き付いた時、今まで室内に響いていた楽曲は終わりを告げ長い長い物語が終わった事を知らされた。
大体、吟遊詩人がこのような安酒場に来る事自体稀である。大抵はもっとギャラの良い中級か上級の酒場に行き、演奏するものだ。その吟遊詩人の美声を、この様な安酒場で聞けた事自体が極めて稀で、幸運に恵まれている事なのだ。
いくつか酒場の主人と親しく会話を交わしているところを見ると、酒場の主人と吟遊詩人とはどうやら知り合いらしい。彼はどうやらここ―“消えゆく灯火”亭―の二階に宿を取っているようだ。
吟遊詩人の弾き語りが終わった途端に、周囲の他愛も無い噂話がギゼーの耳にねじ込まれてくる。
(…噂話など…聞きたくも無い…)
そう思って、ラム酒に口をつけるが、ある噂で動きを止める。
そして、その話が聞こえて来た方向に耳を傾ける。
―なあ、その話本当か?
―ああ、確かな情報だ。向うに行っていた俺の友達が話してた事だからな。ガロウズ村の連中が一番で全滅したってな…。
―ひでぇ話だ。
―ああ、全くだ。なんでも、何処からとも無く現れた炎で焼かれたらしい…。
(ガロウズ村が…焼かれた!?……親父!母さん!…クロース!!)
その話を聞いた途端、無意識の内に椅子を蹴倒し立ち上がるギゼー。大きな音が辺り一面に響き渡り、酒場にいた数人の飲んだくれがギゼーの方を振り向く。
彼等の目に移ったのは、ギゼーの驚愕に引きつった顔だった―。