キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス
場所:クーロン宿
―――――――――――――――
幸いなことに、マレフィセントは部屋から見える庭のすぐ側にいた。
だがまずいことに、一人の少女と一緒にいたのだ。
「!」
慌ててフレアが駆け寄り、マレをかばうように抱きしめる。
相手はマレフィセントと同じくらいの年頃の少女、髪は腰ぐらいまであるごく
普通の亜麻色の髪の少女だ。フレアの登場にきょとんとした顔つきをしてい
る。
「あ、これはその!えぇと君は…!!」
マレの姿の言い訳をあれこれ探しているうちに、フレアは奇妙なことに気がつ
いた。相手はただ二人の様子をじっと見つめているだけだ、小首まで傾げてい
る。
「………」
「…君、どうかしたのか?」
表情はあるが、うんともすんともいわない少女をいぶかしんでいると、マレフ
ィセントが一言発した。最近はあまり見なくなったが、本来マレフィセントの
言葉でも青く光る声の不思議な言葉だ。
それを見ると、ぱっと花が咲いたように笑いながら、少女が光る言葉を手のひ
らで包み込んで捕まえる。すぐに光は青い雪となった手に散らばって、溶けて
しまった。空気中に放すと、きらきらと光を溢しながら舞っていく。
先ほどからこれを繰り返していたらしい。少女とマレはにこにこ互いを見つめ
ながら喜んでいる。
「…もしかして、君」
「やれやれ、若い子は忙しいな…ん、その子は?」
言葉とは裏腹に、ゆったりとしながらも機敏ある所作でリノがやってきた。フ
レアとマレ、そして少女に目を配ると、ふとそこで目が止まる。しばし、何か
を思い出すように考えながら黙り込む。
そして、ふと手を不思議な形で幾度か組み替える。少女はそれに反応して、似
たような動作をした。フレアには何をしているのかさっぱりだ。
「リノ、その動きはなんだ?」
「あぁ、手話だよフレア。この子は声が出せないんだ、昨日君たちを部屋に送
った後にこの子とご両親にすれ違った際、手で会話していたのを思い出して
ね」
「しゅわ…ってリノは何でもできるんだな」
初めて聞く会話法にただ感心するフレア。
剣士の手を珍しい品のようにみつめるが、そこにあるのは長年使いこまれた皮
膚と荒々しいまでの剛健さが垣間見える大きな甲だ。魔法品でもなければ骨董
品でもない、普通の男性の手だ。
「昔、妻が喉を患ってね…その時にひとつまみ程度に覚えただけだ。何も特別
な技術ではないぞ?」
問題なし、と見たのか、リノは自分の外套をマレフィセントにかぶせただけで
部屋に戻ってしまった。今日は出かけると言っていたから、これから準備をす
るのだろう。と、そこに少女の両親がやって来た。少女がぱっと笑いながら母
親に抱きつく。こちらに手を振っているらしい、マレフィセントがフレアの腕
の中でぴょんぴょんはねている。珍しく、表情が笑っている。
「お姉ちゃんですか?」
「は?」
母親らしい女性に語りかけられ、思わず絶句してしまう。
「私、か?」
「可愛い妹さんね、二人とも綺麗な瞳の色だわ。夕焼けと青空の色ね」
少女と同じ亜麻色の髪を揺らして、母親はにこにこ笑いかけた。
妙に気恥ずかしくなって、フレアは俯いた。何を言えばいいか迷ったからだ。
「うちの子もあなたの妹さんと同じで声が出ないの、私達は今日発ってしまう
けれど気をつけてね」
「あぁ…その、ありがとう」
そういって親子は、宿の扉のほうに連れ立って歩いていった。
しばらくフレアは立ち尽くしていたが、やがて見上げてくるマレフィセントの
顔を見て、小さく笑った。
「よかったなマレ、空のような瞳だってさ」
マレフィセントが小さく言葉を呟いて、瞳と同じ色の光がぽわりと浮かんだ。
----------------
三日後
----------------
「…見つからないのか?」
「まぁそう焦るな。むしろ私としては沢山出現されても困るからね」
クーロンについてから三日間が過ぎようとした。
マレフィセントが宿屋の部屋のベットで飛び込み大ジャンプを繰り返したり、
マレフィセントが宿屋の鶏と本気の縄張り対決をしようとしてあわててフレア
が止めたり、マレフィセントがリノが普段持ち歩いていた聖水を丸呑みして、
リノが本気で医者に見せようかフレアと悩んだり、マレフィセントが(以下
略)…な事を過ごしている内に三日間も経った。
だが近隣で悪魔の発生情報はなく、今も午後の昼下がりでマレフィセントがフ
レアに膝枕をしてもらいながら眠りこけている。
「教会で情報は得たが、どれも遠いうえに別件が絡んでいる。派閥の縄張り争
いに首を突っ込みたくはないな…」
「縄張り争いって…」
「教会指定の悪魔以外も視野に入れてみるが、ギルドに入ってくる情報は日が
経ってしまう場合も多い。しばらくは様子見だな」
粗末な紙に書かれた文章を指弾いて、リノは傍らにある銅のコップで黒紅茶を
飲む。さっきマレフィセントがこっそり口にして、思わずむせてフレアを心配
させるリアクションをみせたことから、相当に苦いらしい。
「聖堂関係を調べてもいいが、さすがにその子を中に入れるとまずいな」
「リノ」
「クーロンはあまり治安も良くない。たしかにそろそろ出発はしたいが…ん、
なんだね?」
フレアはしばらく迷って言葉を飲み込んだ。急かすことも切り出すこともな
く、リノはただ穏やかにこちらを見守っている。
「た、たいした事でもないんだ」
「そうだな、あまり大事でも困るな」
「いや、その」
また一呼吸あけて、ようやく言葉にする。
「手話ってどうやるんだ?」
「………」
「………」
しばし、どちらも無言。
意図を測りかねていたリノだったが、ふとマレフィセントを眺めているうちに
合点がいったらしい。
「…なるほど、な」
涎をたらしながら寝ているマレを眺めて、リノはにこやかに微笑む。しばらく
二人はいくつかの基本的な手話を試しながら、その日も事なく終った。
…後日談。
基本の挨拶や日常会話をマスターしたフレアはいざマレフィセント攻略へ向う
も、マレフィセントには手が文字を伝えている、という現象を全く理解せず、
フレアの手話を見て座ったり大の字になったり、何故かお手をし始める、など
まったく相互理解の出来ていない一日を過ごしたのであった。
NPC:リノツェロス
場所:クーロン宿
―――――――――――――――
幸いなことに、マレフィセントは部屋から見える庭のすぐ側にいた。
だがまずいことに、一人の少女と一緒にいたのだ。
「!」
慌ててフレアが駆け寄り、マレをかばうように抱きしめる。
相手はマレフィセントと同じくらいの年頃の少女、髪は腰ぐらいまであるごく
普通の亜麻色の髪の少女だ。フレアの登場にきょとんとした顔つきをしてい
る。
「あ、これはその!えぇと君は…!!」
マレの姿の言い訳をあれこれ探しているうちに、フレアは奇妙なことに気がつ
いた。相手はただ二人の様子をじっと見つめているだけだ、小首まで傾げてい
る。
「………」
「…君、どうかしたのか?」
表情はあるが、うんともすんともいわない少女をいぶかしんでいると、マレフ
ィセントが一言発した。最近はあまり見なくなったが、本来マレフィセントの
言葉でも青く光る声の不思議な言葉だ。
それを見ると、ぱっと花が咲いたように笑いながら、少女が光る言葉を手のひ
らで包み込んで捕まえる。すぐに光は青い雪となった手に散らばって、溶けて
しまった。空気中に放すと、きらきらと光を溢しながら舞っていく。
先ほどからこれを繰り返していたらしい。少女とマレはにこにこ互いを見つめ
ながら喜んでいる。
「…もしかして、君」
「やれやれ、若い子は忙しいな…ん、その子は?」
言葉とは裏腹に、ゆったりとしながらも機敏ある所作でリノがやってきた。フ
レアとマレ、そして少女に目を配ると、ふとそこで目が止まる。しばし、何か
を思い出すように考えながら黙り込む。
そして、ふと手を不思議な形で幾度か組み替える。少女はそれに反応して、似
たような動作をした。フレアには何をしているのかさっぱりだ。
「リノ、その動きはなんだ?」
「あぁ、手話だよフレア。この子は声が出せないんだ、昨日君たちを部屋に送
った後にこの子とご両親にすれ違った際、手で会話していたのを思い出して
ね」
「しゅわ…ってリノは何でもできるんだな」
初めて聞く会話法にただ感心するフレア。
剣士の手を珍しい品のようにみつめるが、そこにあるのは長年使いこまれた皮
膚と荒々しいまでの剛健さが垣間見える大きな甲だ。魔法品でもなければ骨董
品でもない、普通の男性の手だ。
「昔、妻が喉を患ってね…その時にひとつまみ程度に覚えただけだ。何も特別
な技術ではないぞ?」
問題なし、と見たのか、リノは自分の外套をマレフィセントにかぶせただけで
部屋に戻ってしまった。今日は出かけると言っていたから、これから準備をす
るのだろう。と、そこに少女の両親がやって来た。少女がぱっと笑いながら母
親に抱きつく。こちらに手を振っているらしい、マレフィセントがフレアの腕
の中でぴょんぴょんはねている。珍しく、表情が笑っている。
「お姉ちゃんですか?」
「は?」
母親らしい女性に語りかけられ、思わず絶句してしまう。
「私、か?」
「可愛い妹さんね、二人とも綺麗な瞳の色だわ。夕焼けと青空の色ね」
少女と同じ亜麻色の髪を揺らして、母親はにこにこ笑いかけた。
妙に気恥ずかしくなって、フレアは俯いた。何を言えばいいか迷ったからだ。
「うちの子もあなたの妹さんと同じで声が出ないの、私達は今日発ってしまう
けれど気をつけてね」
「あぁ…その、ありがとう」
そういって親子は、宿の扉のほうに連れ立って歩いていった。
しばらくフレアは立ち尽くしていたが、やがて見上げてくるマレフィセントの
顔を見て、小さく笑った。
「よかったなマレ、空のような瞳だってさ」
マレフィセントが小さく言葉を呟いて、瞳と同じ色の光がぽわりと浮かんだ。
----------------
三日後
----------------
「…見つからないのか?」
「まぁそう焦るな。むしろ私としては沢山出現されても困るからね」
クーロンについてから三日間が過ぎようとした。
マレフィセントが宿屋の部屋のベットで飛び込み大ジャンプを繰り返したり、
マレフィセントが宿屋の鶏と本気の縄張り対決をしようとしてあわててフレア
が止めたり、マレフィセントがリノが普段持ち歩いていた聖水を丸呑みして、
リノが本気で医者に見せようかフレアと悩んだり、マレフィセントが(以下
略)…な事を過ごしている内に三日間も経った。
だが近隣で悪魔の発生情報はなく、今も午後の昼下がりでマレフィセントがフ
レアに膝枕をしてもらいながら眠りこけている。
「教会で情報は得たが、どれも遠いうえに別件が絡んでいる。派閥の縄張り争
いに首を突っ込みたくはないな…」
「縄張り争いって…」
「教会指定の悪魔以外も視野に入れてみるが、ギルドに入ってくる情報は日が
経ってしまう場合も多い。しばらくは様子見だな」
粗末な紙に書かれた文章を指弾いて、リノは傍らにある銅のコップで黒紅茶を
飲む。さっきマレフィセントがこっそり口にして、思わずむせてフレアを心配
させるリアクションをみせたことから、相当に苦いらしい。
「聖堂関係を調べてもいいが、さすがにその子を中に入れるとまずいな」
「リノ」
「クーロンはあまり治安も良くない。たしかにそろそろ出発はしたいが…ん、
なんだね?」
フレアはしばらく迷って言葉を飲み込んだ。急かすことも切り出すこともな
く、リノはただ穏やかにこちらを見守っている。
「た、たいした事でもないんだ」
「そうだな、あまり大事でも困るな」
「いや、その」
また一呼吸あけて、ようやく言葉にする。
「手話ってどうやるんだ?」
「………」
「………」
しばし、どちらも無言。
意図を測りかねていたリノだったが、ふとマレフィセントを眺めているうちに
合点がいったらしい。
「…なるほど、な」
涎をたらしながら寝ているマレを眺めて、リノはにこやかに微笑む。しばらく
二人はいくつかの基本的な手話を試しながら、その日も事なく終った。
…後日談。
基本の挨拶や日常会話をマスターしたフレアはいざマレフィセント攻略へ向う
も、マレフィセントには手が文字を伝えている、という現象を全く理解せず、
フレアの手話を見て座ったり大の字になったり、何故かお手をし始める、など
まったく相互理解の出来ていない一日を過ごしたのであった。
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第二十三話 『投げキッス』
キャスト:しふみ ベアトリーチェ ルフト
NPC:ウィンドブルフ ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) 使用人三
人組
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
呼子の鋭い音は、無論、厨房にも届いていた。
が、誰一人動くことはなかった。
屋敷とは無関係のベアトリーチェとしふみ、そして依然縛られたままの三人の使用人
達は仕方ないものとして、従者であるイン・ソムニアが動かないのは職務怠慢と言っ
てよい。
「呼んでおるぞぇ?」
しふみが首をかしげつつ見やると、インは、ふん、と一瞥をよこした。
「俺の担当じゃねぇんだよ。で……改めて聞くが、コレはどういうことだ?」
インは、コレ、の部分で三人をあごでしゃくる。
しふみは、ふ……と小さくため息をつき、目を伏せる。
「屋敷の中で妹を探しておったのじゃ。そうしたら、この薄汚い男どもが寄ってた
かってわしの体を……」
エプロンのすそで目元をぬぐう仕草をし、何やら小さく嗚咽のようなものを漏らし始
める。
小心者の男なら、女がこの仕草をするだけで慌てふためくものである。
例え自分に落ち度がないと明らかであっても、泣かれてはかなわないとご機嫌取りに
終
始する。
しふみの発言に、使用人たちは慌てふためいて「んー!」だの「むー!」だの言って
いる。
……無論、彼らは無実であることを証明したいだけである。
「あのさ、しふみ」
ベアトリーチェが呼びかける。
「これ。妹よ、呼び捨てにするでない。わしのことはいつも『お姉様』と呼んでおろ
う」
「いや、だってもうバラしたし」
……………。
「おや。明かしてしもうたのかぇ」
つまらん、と言外ににじませ、しふみが顔を上げる。
その目は少しも濡れておらず、頬も乾いていた。
――つまりウソ泣きである。
驚いたのは、この場において一切何も知らない使用人どもである。
「むー!!」
「んぐーー!?」
一斉にくぐもった声をあげるので、やかましくてかなわない。
「あんたらは黙ってなさいっつーに」
ベアトリーチェはフライパンを手に取ると、がん、ごん、げん、とそいつらの頭を順
番に叩いた。
うまいこと急所に入ったらしく、使用人どもはあっさりと意識を失った。
「これは見事じゃ」
口元に手を当て、楽しそうにしふみは笑う。
「しかし、黙っておればよいものを。そうすれば、いろいろと楽しいことができたと
いうのに。嬢に少しでも気のありそうな輩を見つけ次第言い寄って、『そなたは妹の
方を愛しておるのじゃな』と泣きついてみたり、『妹は今のそなたと正反対の男が好
みじゃ』と言って悪戦苦闘する様を見物したり……」
「阿呆か、お前」
ぼそりと毒づくのはインである。
「ほほ、今はそなた一筋じゃ」
突然しなをつくり、インの胸元にぴとっとくっつくと、しふみはその鎖骨のあたりに
人差し指で丸を書く。
「離れろ」
胸に擦り寄るしふみを片手一本で、ぐぐぐ、と押しのけ、インは非常に非常に嫌そう
な顔をした。
「何、惚れた?」
ベアトリーチェに尋ねられ、しふみはしれっとした表情で赤い髪をかきあげる。
「さて、どうであろうな」
そこに、恋に落ちた女性特有の、浮かれた雰囲気は微塵もない。
――つまり冗談のたぐいだろう、と想像はつくものであった。
それから、つい、とベアトリーチェに顔を寄せ。
「……さて。呼子ということは、何者かが侵入してきたということじゃの」
「あ、それルフトだと思うわ。あたし、さっきブルフに会ったんだけど、あっちはル
フト連れて、あたしはあんた連れて10分後に落ち合う約束したの」
「なるほど」
「じゃ、そういうわけだから。さっさと来てちょーだい」
ベアトリーチェはそう言うと、しふみの腕をひっつかみ、すたすたと厨房を出た。
しふみは腕をひかれて厨房を出る間際、何を思ったか、インに投げキッスを飛ばす。
……無論、気色悪いものを見るような視線が返って来た。
キャスト:しふみ ベアトリーチェ ルフト
NPC:ウィンドブルフ ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) 使用人三
人組
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
呼子の鋭い音は、無論、厨房にも届いていた。
が、誰一人動くことはなかった。
屋敷とは無関係のベアトリーチェとしふみ、そして依然縛られたままの三人の使用人
達は仕方ないものとして、従者であるイン・ソムニアが動かないのは職務怠慢と言っ
てよい。
「呼んでおるぞぇ?」
しふみが首をかしげつつ見やると、インは、ふん、と一瞥をよこした。
「俺の担当じゃねぇんだよ。で……改めて聞くが、コレはどういうことだ?」
インは、コレ、の部分で三人をあごでしゃくる。
しふみは、ふ……と小さくため息をつき、目を伏せる。
「屋敷の中で妹を探しておったのじゃ。そうしたら、この薄汚い男どもが寄ってた
かってわしの体を……」
エプロンのすそで目元をぬぐう仕草をし、何やら小さく嗚咽のようなものを漏らし始
める。
小心者の男なら、女がこの仕草をするだけで慌てふためくものである。
例え自分に落ち度がないと明らかであっても、泣かれてはかなわないとご機嫌取りに
終
始する。
しふみの発言に、使用人たちは慌てふためいて「んー!」だの「むー!」だの言って
いる。
……無論、彼らは無実であることを証明したいだけである。
「あのさ、しふみ」
ベアトリーチェが呼びかける。
「これ。妹よ、呼び捨てにするでない。わしのことはいつも『お姉様』と呼んでおろ
う」
「いや、だってもうバラしたし」
……………。
「おや。明かしてしもうたのかぇ」
つまらん、と言外ににじませ、しふみが顔を上げる。
その目は少しも濡れておらず、頬も乾いていた。
――つまりウソ泣きである。
驚いたのは、この場において一切何も知らない使用人どもである。
「むー!!」
「んぐーー!?」
一斉にくぐもった声をあげるので、やかましくてかなわない。
「あんたらは黙ってなさいっつーに」
ベアトリーチェはフライパンを手に取ると、がん、ごん、げん、とそいつらの頭を順
番に叩いた。
うまいこと急所に入ったらしく、使用人どもはあっさりと意識を失った。
「これは見事じゃ」
口元に手を当て、楽しそうにしふみは笑う。
「しかし、黙っておればよいものを。そうすれば、いろいろと楽しいことができたと
いうのに。嬢に少しでも気のありそうな輩を見つけ次第言い寄って、『そなたは妹の
方を愛しておるのじゃな』と泣きついてみたり、『妹は今のそなたと正反対の男が好
みじゃ』と言って悪戦苦闘する様を見物したり……」
「阿呆か、お前」
ぼそりと毒づくのはインである。
「ほほ、今はそなた一筋じゃ」
突然しなをつくり、インの胸元にぴとっとくっつくと、しふみはその鎖骨のあたりに
人差し指で丸を書く。
「離れろ」
胸に擦り寄るしふみを片手一本で、ぐぐぐ、と押しのけ、インは非常に非常に嫌そう
な顔をした。
「何、惚れた?」
ベアトリーチェに尋ねられ、しふみはしれっとした表情で赤い髪をかきあげる。
「さて、どうであろうな」
そこに、恋に落ちた女性特有の、浮かれた雰囲気は微塵もない。
――つまり冗談のたぐいだろう、と想像はつくものであった。
それから、つい、とベアトリーチェに顔を寄せ。
「……さて。呼子ということは、何者かが侵入してきたということじゃの」
「あ、それルフトだと思うわ。あたし、さっきブルフに会ったんだけど、あっちはル
フト連れて、あたしはあんた連れて10分後に落ち合う約束したの」
「なるほど」
「じゃ、そういうわけだから。さっさと来てちょーだい」
ベアトリーチェはそう言うと、しふみの腕をひっつかみ、すたすたと厨房を出た。
しふみは腕をひかれて厨房を出る間際、何を思ったか、インに投げキッスを飛ばす。
……無論、気色悪いものを見るような視線が返って来た。
PC:リーデル
NPC:ミリア
場所:クーロン
___________________________________
自分が場違いであることは分かっていた。
クーロンで名の知れた組織の、それも上級幹部御用達の高級ホテル『アンバ
ー・アイ』のバーの客たちは、くたびれたコートにペインターパンツという出
で立ちの俺に、一様に奇異な視線を向けていた。
「お客様、こちらは会員制のバーとなっておりまして――」
ボーイのひとりが慇懃無礼そのもの笑顔で俺の行く手を遮った。俺はエント
ランスから延々と繰り返された行為に半ばウンザリしながら、金縁の悪趣味な
カードを目の前に突き出した。ボーイの笑顔が凍りつく。俺をどこぞの組織の
お偉いさんだとでも思ったのだろう。ここクーロンで金を持っているヤツの職
業などヤクザ以外の何物でもない。
コンクリ詰めにされて用水路で水泳している自分の姿を想像しているであろ
うボーイにせいぜいにこやかな笑顔を見せると、俺は目当てのテーブルに向か
った。
「早速、送った会員証が役に立ったみたいね」
そう言って艶やかに微笑したのは、ワインレッドのドレスを着た黒髪の美女
だった。派手な紫のアイカラーと真紅のルージュという水商売一歩手前のメイ
クのはずなのだが、不思議と下品に見えない。
ミリア・レリアック。
こう見えても大陸中に支部を持つ巨大組織であるギルド――その中の魔術師
ギルドを統括する幹部のひとりである。
「で、用件は?」
「お願いがあるの」
艶のある声が俺の鼓膜を揺らした。俺が(勝手に)先天性テンプテーション
と名づけたこの熱っぽい声は、適度な暖色照明と緩やかなジャズのムードの中
でその効果を倍増させる。俺はわざとらしく伊達眼鏡の位置をずらして、その
アメジストの瞳から視線をそらした。
「引き受けて欲しい仕事があるのよ」
「内容は?」
「誘拐犯の追跡」
便利屋という看板を出しながらも、俺は荒事専門の魔術師として傭兵まがい
の仕事で糊口を凌いでいるクチである。こういった依頼は珍しくない。だが、
とある理由からギルドを出奔せざるを得なくなった俺に、ギルドの幹部である
ミリアが依頼を申し込むということは、この仕事が表では大々的に扱えないよ
うな種類のものであることを示している。
つまり、何らかの裏があるのだ。
「依頼主は?」
「ディアン・ローガンよ」
「アスクレピオスの現社長の?」
俺が驚いて聞き返すと、ミリアは微笑を浮かべて頷いた。『アスクレピオ
ス』は大陸でも最大規模を誇る製薬会社のひとつだ。5年ほど前、一週間以上
高熱が続く「七日熱」という流行病が蔓延した際に特効薬をいち早く市場に流
し、その名は一挙に知られることなった。また、効果の優れた回復薬や副作用
の少ない鎮痛剤など次々と開発し、傷の絶えない傭兵達からは非常に高い声価
を上げている会社でもある。
だが、同時に黒い噂も絶えない会社でもあった。主な理由は、効果の割には
短すぎる開発期間や出どこのハッキリしない膨大な研究費などだが、何よりこ
の現社長であるディアン・ローガンが権謀術数の数々を駆使する辣腕家として
知られているのだ。
そして、かなりあくどい手で会社を拡大させたせいか、外に敵の多いディア
ン・ローガンは「私兵軍団」と揶揄される精強無比なボディーガード集団を常
に引き連れている。おそらく俺以上に荒事に慣れているその人員を使わないと
いうことは、かなりキナ臭い仕事であるには違いない。
「ディアン・ローガンからの依頼か………ギルドが慎重になるのも無理ない
な」
俺の呟きにミリアが頷いた。
「ええ、このような仕事は、様々なトラブルに対応するだけの経験と実力、そ
して裏世界に精通した人物が必要なの。つまり、あなたのような」
「そういう素直なところが大好きだ、ミリア」
「――かつ、どんなトラブルに巻き込まれようが、どこかでのたれ死のうがギ
ルドがガン無視するだけ後腐れなくその存在を抹消でき、しかも人権も人間と
しての尊厳も無視したやさしさ無添加の契約でも金次第で引き受ける人間が必
要なの。つまり、あなたのような」
「そういう素直なところが大嫌いだ、ミリア」
俺の笑顔の裏に隠された感情に気付いているのかいなのか、ミリアはもう一
度笑顔を見せると小さな皮袋を俺に手渡した。中に結構な量の硬貨が入ってい
るのは、重さで分かる。
「前報酬よ。仕事の詳しい内容は、ソフィニアの本部で依頼人から直接聞いて
ちょうだい。仕事が終わり次第、その倍が支払われるわ」
「ずいぶん気前がいいが――俺は受けるなんて一言も言ってないぞ」
ミリアの持ってくる仕事は高給なのはいいのだが、危険度が非常に高い場合
が多い。実際、俺はミリアから受けた仕事で3回ほど死にかけたことがある。
頭の中の天秤は、今回の報酬と自分の命とが微妙なバランスで上下していた。
「でも、受けないとも言ってないわよね?」
やはり笑顔のまま、ミリアが首を傾げる。
「受けない、と言ったらどうするつもりだ?」
「あら、残念。せっかく上に部屋を取ってあるのに」
小さく舌を出すと、ミリアはいたずらをするように目を細めて微笑した。
「仕事、受けてくれる?」
俺の葛藤の天秤は、あっさり傾いた。
NPC:ミリア
場所:クーロン
___________________________________
自分が場違いであることは分かっていた。
クーロンで名の知れた組織の、それも上級幹部御用達の高級ホテル『アンバ
ー・アイ』のバーの客たちは、くたびれたコートにペインターパンツという出
で立ちの俺に、一様に奇異な視線を向けていた。
「お客様、こちらは会員制のバーとなっておりまして――」
ボーイのひとりが慇懃無礼そのもの笑顔で俺の行く手を遮った。俺はエント
ランスから延々と繰り返された行為に半ばウンザリしながら、金縁の悪趣味な
カードを目の前に突き出した。ボーイの笑顔が凍りつく。俺をどこぞの組織の
お偉いさんだとでも思ったのだろう。ここクーロンで金を持っているヤツの職
業などヤクザ以外の何物でもない。
コンクリ詰めにされて用水路で水泳している自分の姿を想像しているであろ
うボーイにせいぜいにこやかな笑顔を見せると、俺は目当てのテーブルに向か
った。
「早速、送った会員証が役に立ったみたいね」
そう言って艶やかに微笑したのは、ワインレッドのドレスを着た黒髪の美女
だった。派手な紫のアイカラーと真紅のルージュという水商売一歩手前のメイ
クのはずなのだが、不思議と下品に見えない。
ミリア・レリアック。
こう見えても大陸中に支部を持つ巨大組織であるギルド――その中の魔術師
ギルドを統括する幹部のひとりである。
「で、用件は?」
「お願いがあるの」
艶のある声が俺の鼓膜を揺らした。俺が(勝手に)先天性テンプテーション
と名づけたこの熱っぽい声は、適度な暖色照明と緩やかなジャズのムードの中
でその効果を倍増させる。俺はわざとらしく伊達眼鏡の位置をずらして、その
アメジストの瞳から視線をそらした。
「引き受けて欲しい仕事があるのよ」
「内容は?」
「誘拐犯の追跡」
便利屋という看板を出しながらも、俺は荒事専門の魔術師として傭兵まがい
の仕事で糊口を凌いでいるクチである。こういった依頼は珍しくない。だが、
とある理由からギルドを出奔せざるを得なくなった俺に、ギルドの幹部である
ミリアが依頼を申し込むということは、この仕事が表では大々的に扱えないよ
うな種類のものであることを示している。
つまり、何らかの裏があるのだ。
「依頼主は?」
「ディアン・ローガンよ」
「アスクレピオスの現社長の?」
俺が驚いて聞き返すと、ミリアは微笑を浮かべて頷いた。『アスクレピオ
ス』は大陸でも最大規模を誇る製薬会社のひとつだ。5年ほど前、一週間以上
高熱が続く「七日熱」という流行病が蔓延した際に特効薬をいち早く市場に流
し、その名は一挙に知られることなった。また、効果の優れた回復薬や副作用
の少ない鎮痛剤など次々と開発し、傷の絶えない傭兵達からは非常に高い声価
を上げている会社でもある。
だが、同時に黒い噂も絶えない会社でもあった。主な理由は、効果の割には
短すぎる開発期間や出どこのハッキリしない膨大な研究費などだが、何よりこ
の現社長であるディアン・ローガンが権謀術数の数々を駆使する辣腕家として
知られているのだ。
そして、かなりあくどい手で会社を拡大させたせいか、外に敵の多いディア
ン・ローガンは「私兵軍団」と揶揄される精強無比なボディーガード集団を常
に引き連れている。おそらく俺以上に荒事に慣れているその人員を使わないと
いうことは、かなりキナ臭い仕事であるには違いない。
「ディアン・ローガンからの依頼か………ギルドが慎重になるのも無理ない
な」
俺の呟きにミリアが頷いた。
「ええ、このような仕事は、様々なトラブルに対応するだけの経験と実力、そ
して裏世界に精通した人物が必要なの。つまり、あなたのような」
「そういう素直なところが大好きだ、ミリア」
「――かつ、どんなトラブルに巻き込まれようが、どこかでのたれ死のうがギ
ルドがガン無視するだけ後腐れなくその存在を抹消でき、しかも人権も人間と
しての尊厳も無視したやさしさ無添加の契約でも金次第で引き受ける人間が必
要なの。つまり、あなたのような」
「そういう素直なところが大嫌いだ、ミリア」
俺の笑顔の裏に隠された感情に気付いているのかいなのか、ミリアはもう一
度笑顔を見せると小さな皮袋を俺に手渡した。中に結構な量の硬貨が入ってい
るのは、重さで分かる。
「前報酬よ。仕事の詳しい内容は、ソフィニアの本部で依頼人から直接聞いて
ちょうだい。仕事が終わり次第、その倍が支払われるわ」
「ずいぶん気前がいいが――俺は受けるなんて一言も言ってないぞ」
ミリアの持ってくる仕事は高給なのはいいのだが、危険度が非常に高い場合
が多い。実際、俺はミリアから受けた仕事で3回ほど死にかけたことがある。
頭の中の天秤は、今回の報酬と自分の命とが微妙なバランスで上下していた。
「でも、受けないとも言ってないわよね?」
やはり笑顔のまま、ミリアが首を傾げる。
「受けない、と言ったらどうするつもりだ?」
「あら、残念。せっかく上に部屋を取ってあるのに」
小さく舌を出すと、ミリアはいたずらをするように目を細めて微笑した。
「仕事、受けてくれる?」
俺の葛藤の天秤は、あっさり傾いた。
PC:ライントェイブ
NPC:アルミナ
場所:ソフィニア
___________________________________
その日は朝から雨だった。
ぽつ…、ぽつ…、ぽつ…。雨戸から聞こえるその音は、宿の中に響き渡る。
一定のリズムを奏でるそれは、まるで一種の音楽隊のようだった。
宿屋には二三人の客がいた。そのうちの一人カウンター席に突っ伏した様に、
座っている白髪の男がいた。
名前はライン・トェイブ。ギルド所属の冒険者。ランクはCだが彼は、珍しい
能力の持ち主であった。精霊魔法使い(エレメンタラ―)。精霊とは普段に、
おいて万物に宿っている物である(精霊獣や召喚獣を除けば)。彼は自身に宿
る精霊を変化させ物体に宿る精霊に対して干渉をおこなう事ができる。戦闘や
治癒はたまた物体変質など様々な能力があるため(実際には誓約が多いが)。
色々な種類の依頼をこなしていた。
グーギュルギュル、突然のその音は外の雨音を消し店内に響き渡っていた。
「ライン、また無一文か?」
店のマスターがラインに話しかける。ラインは突っ伏したまま片手を上げ、
その問いに肯定した。
正義感の強いラインは、よくギルドに仕事を、依頼できないようなお金の無
い人の依頼を聞いてしまう。その際無償で働く事がしばしばあった、当然その
ような都合の話に、人が来ないわけが無い。従ってラインは忙しく、お金を貰
えるような依頼に、よくありつけないでいた。
「マスター、お願いです。ツケで何か食べさせて貰えないでしょうか。」
ラインが泣きながらそういうと、マスターはにっこりと笑みを浮かべて答え
た。
「水ならタダだぞ」
情け容赦ないその答えに、ラインは本気で水でお腹は、膨れるのか考えた後。
無理だと悟ったのか、泣きながらカウンターに突っ伏した。
ふとラインは窓の外を見る。いまだに雨足は治まっておらず。雨戸はまだぽ
つ…、ぽつ…、ぽつ…、と一定のリズムを奏でていた。
降りしきる雨を見て、ラインはふと物思いにふける。雨になると彼女のことを
思い出す。長い髪の彼女の事を…。
彼女の事でよく思い出すのはみっつ。水のような青い髪、まるで自身の信念を
写しているような強い瞳、そしてとびきりの…、正拳突き…。
あぁ思い出しただけでも顔が、痛くなる。彼女は周りの人には、優しかっ
た。…が弟子であるラインには滅法厳しかった。唸る拳…、唸る精霊魔法…、
容赦ない彼女のそれらは、ラインを徹底的に指導(調教)していた。
元気にしているかな…、師匠は、と思いつつも彼女なら元気に、飄々と生き
ているだろうと思うラインだった。
「ライン、お前に手紙が来ていたぞ?」
ふとマスターに声をかけられそちらに振り向く。
「えーと、どなたからですか?」
ふむ誰であろうか。今まで手紙がこの店に届いた事は無かったし。ここに自分
が入浸っていることも誰も知らないはずだ。大方間違いだろうと思いながら聞
き返した。
「ふむ…アルミナって名前らしい。知り合いか?」
ガタガタッっと大きな音を立ててラインは、椅子から転げ落ちる。即座に立ち
奪う様に手紙を取る。ガクガクと震える手で、クマのかわいいシールが、つい
ている手紙の中を覗く。そしてそのままラインはぶっ倒れた。
拝啓春の到来を告げるウンタラカンタラ(面倒くさいから飛ばすわね)。はー
い! ライン元気にしていた?(ハート)こっちは元気でやっています。突然
なのですが、私に回ってきたギルドの仕事を、あなたに任せるわ。まぁわかっ
てはいるだろうけど断らないわよね?(ハート)報酬は前金で振り込んでおき
ます。じゃぁ頑張ってねー。byアルミナ(最後にかわいらしいクマのマークが
書いてあった。)
その後に仕事の詳細らしき紙が何枚か入っていた。
ラインはわかる…、彼女に依頼される仕事は殆んどが、死ぬほどハードな事
を。そしてもう答えは決まっている。このまま飢えて死ぬより仕事して死んだ
ほうが、ましだし。そしてなにより…、彼女の正拳突きだけは…。死ぬほうが
マシかも知れないという事だ。
「マスター…、暫く会えないかもしれません。いや…もう会えないかもしれな
いので、もう一杯水下さい。」
ラインは出された水を、一気に飲み干す。
雨の日は彼女の事を思い出す、彼女の事でよく思い出すのはよっつ。水のよう
な青い髪、まるで自身の信念を写しているような強い瞳、とびきりの正拳突
き…、そして面倒な事を押し付ける性格…。
NPC:アルミナ
場所:ソフィニア
___________________________________
その日は朝から雨だった。
ぽつ…、ぽつ…、ぽつ…。雨戸から聞こえるその音は、宿の中に響き渡る。
一定のリズムを奏でるそれは、まるで一種の音楽隊のようだった。
宿屋には二三人の客がいた。そのうちの一人カウンター席に突っ伏した様に、
座っている白髪の男がいた。
名前はライン・トェイブ。ギルド所属の冒険者。ランクはCだが彼は、珍しい
能力の持ち主であった。精霊魔法使い(エレメンタラ―)。精霊とは普段に、
おいて万物に宿っている物である(精霊獣や召喚獣を除けば)。彼は自身に宿
る精霊を変化させ物体に宿る精霊に対して干渉をおこなう事ができる。戦闘や
治癒はたまた物体変質など様々な能力があるため(実際には誓約が多いが)。
色々な種類の依頼をこなしていた。
グーギュルギュル、突然のその音は外の雨音を消し店内に響き渡っていた。
「ライン、また無一文か?」
店のマスターがラインに話しかける。ラインは突っ伏したまま片手を上げ、
その問いに肯定した。
正義感の強いラインは、よくギルドに仕事を、依頼できないようなお金の無
い人の依頼を聞いてしまう。その際無償で働く事がしばしばあった、当然その
ような都合の話に、人が来ないわけが無い。従ってラインは忙しく、お金を貰
えるような依頼に、よくありつけないでいた。
「マスター、お願いです。ツケで何か食べさせて貰えないでしょうか。」
ラインが泣きながらそういうと、マスターはにっこりと笑みを浮かべて答え
た。
「水ならタダだぞ」
情け容赦ないその答えに、ラインは本気で水でお腹は、膨れるのか考えた後。
無理だと悟ったのか、泣きながらカウンターに突っ伏した。
ふとラインは窓の外を見る。いまだに雨足は治まっておらず。雨戸はまだぽ
つ…、ぽつ…、ぽつ…、と一定のリズムを奏でていた。
降りしきる雨を見て、ラインはふと物思いにふける。雨になると彼女のことを
思い出す。長い髪の彼女の事を…。
彼女の事でよく思い出すのはみっつ。水のような青い髪、まるで自身の信念を
写しているような強い瞳、そしてとびきりの…、正拳突き…。
あぁ思い出しただけでも顔が、痛くなる。彼女は周りの人には、優しかっ
た。…が弟子であるラインには滅法厳しかった。唸る拳…、唸る精霊魔法…、
容赦ない彼女のそれらは、ラインを徹底的に指導(調教)していた。
元気にしているかな…、師匠は、と思いつつも彼女なら元気に、飄々と生き
ているだろうと思うラインだった。
「ライン、お前に手紙が来ていたぞ?」
ふとマスターに声をかけられそちらに振り向く。
「えーと、どなたからですか?」
ふむ誰であろうか。今まで手紙がこの店に届いた事は無かったし。ここに自分
が入浸っていることも誰も知らないはずだ。大方間違いだろうと思いながら聞
き返した。
「ふむ…アルミナって名前らしい。知り合いか?」
ガタガタッっと大きな音を立ててラインは、椅子から転げ落ちる。即座に立ち
奪う様に手紙を取る。ガクガクと震える手で、クマのかわいいシールが、つい
ている手紙の中を覗く。そしてそのままラインはぶっ倒れた。
拝啓春の到来を告げるウンタラカンタラ(面倒くさいから飛ばすわね)。はー
い! ライン元気にしていた?(ハート)こっちは元気でやっています。突然
なのですが、私に回ってきたギルドの仕事を、あなたに任せるわ。まぁわかっ
てはいるだろうけど断らないわよね?(ハート)報酬は前金で振り込んでおき
ます。じゃぁ頑張ってねー。byアルミナ(最後にかわいらしいクマのマークが
書いてあった。)
その後に仕事の詳細らしき紙が何枚か入っていた。
ラインはわかる…、彼女に依頼される仕事は殆んどが、死ぬほどハードな事
を。そしてもう答えは決まっている。このまま飢えて死ぬより仕事して死んだ
ほうが、ましだし。そしてなにより…、彼女の正拳突きだけは…。死ぬほうが
マシかも知れないという事だ。
「マスター…、暫く会えないかもしれません。いや…もう会えないかもしれな
いので、もう一杯水下さい。」
ラインは出された水を、一気に飲み干す。
雨の日は彼女の事を思い出す、彼女の事でよく思い出すのはよっつ。水のよう
な青い髪、まるで自身の信念を写しているような強い瞳、とびきりの正拳突
き…、そして面倒な事を押し付ける性格…。
PC:チップリード
NPC:チョロ、謎の男
場所:クーロンと戦士ギルド(過去)
ああ、やっと着いた・・。
俺はクーロンの町の門の前で感涙を抑え切れなかった。
たとえ門番が俺を不審な目で見ようと関係ない、町の人が白い目で見ようと関係ない。
この感動を抑えることなどなぜ出来よう?
俺がなぜこうなったか説明がいるな。
俺はある依頼を受けているのだ。
依頼内容はある人物のサポートだった。
そこまではいいだろう、いつものことだ。報酬も内容にしては破格だった気がする。
しかし解せなかったのは、依頼を受けた場所から依頼主の場所まで4日間寝ずに歩かなければたどり着かず、しかも町まではモンスターの徘徊する場所を通らなければならない。モンスターを回避するために遠回りした山中では山賊に襲われ、食料が底をつきて飢えを凌ぐために山菜を食べたら食中毒になりかけ、ようやくここまでたどり着くのに1週間もかかり・・・・・。
・・・・・まあ、いろいろあったのだ。
確かに自分の落ち目はあったと思う。
ちゃんとした所を通れば4日くらいですぐに着いただろう。
わざわざ山中を通ることもなければ山賊に襲われることもなかっただろうし、山賊との戦闘を回避するために食料を差し出す必要もなかったかもしれない。
猛烈な飢えを凌ぐためとはいえ、まだら模様のキノコやおかしな形をした雑草を食べなければあんな苦しみはなかったかもしれないな・・・。
・・・・・まあ、いろいろあったのよ。
俺は今までの苦い思い出を捨て、依頼主の指定した場所【酒場】に向かった。
そう、始まりはあの日だった。
「チップ、今日は面白い依頼があるんだけど・・・やってみるか?」
ギルドの依頼受付所にいたチョロさんはそう言って俺に切り出したのだ。
チョロさんは俺の親父・・・本当の親父じゃないが俺にとっては親父だ。
孤児の俺を引き取って、なおかつギルドに入れてくれた。それは感謝している。
だけどな・・・・
「面白い依頼?また夫の浮気相手の飼っている猫探しとか、バーのウェイトレスの口説き方を教えてくれとかいう変な依頼じゃないだろうな?」
ここは戦士のギルドである。しかし俺みたいな傭兵崩れが多く、実情は何でも屋だ。
俺はその中でも特に異端な人間だろう。まともな依頼を頼んできたことがない。だが、まともな依頼を望むならもっと繁栄した都市のギルドに行けばいいし、今の所俺にそのつもりはない。
チョロさんが俺を心配して危険な依頼は引き受けて来ないのは前々から分かってた。
もちろんモンスター退治とか行方不明者の捜索とか“まとも”そうな依頼もあった。
そのモンスターってのが体長3メートルある化け物「食用カエル」で、退治した後村でそれを素材にした料理を食わされる羽目になったとか。
行方不明者は実は家出少女で、彼女を説得する為に親と彼女の家を行ったり来たりするのに3日もかかり、しかもお互いに駄々をこねて進展せず、最後に俺がぶち切れて強引に仲直りさせたとか・・・。
まあ、そんなもんさ・・・、おかげでまだギルドランクはEだしな・・・。
「今度はちゃんとしたやつだよ・・・。ほら、これが依頼内容の書類だ」
そういってチョロさんはニヤニヤと俺に一枚の書類・・・というか紙切れと皮袋を取り出した。
「チョロさん。それは書類といえるのか?」
「ギルドの規約だからね、ほら」
そう言ってチョロさんは俺にその“書類”を手渡した。
彼はそういった“規約”には真面目なのだ。まあ、そこだけなのだが・・・。
俺はその“書類”に目を通してみた。
「どれ・・・・・ふむ・・・・・つまり、この依頼者のサポートすればいいって話なのか?」
「ま、そういうこと」
そういうチョロさんの表情は穏やかではなかった。
こういうときの依頼はただ事ではない。俺はほかのギルド員が依頼を受けている時を知っている。
どうやら本当に“まともな”依頼らしい。
「サポートっていうのはどんなことすればいいんだ?」
「ま、そこらへんは依頼者に聞いてくれ。あとこれが前金な。ちゃんとした報酬は依頼が完了したら後日払うらしいから。それじゃよろしくー」
チョロさんはそういって皮袋を俺に渡し、受付に戻っていった。
「ちょ、ちょっとチョロさん・・・・。ああ、行っちまった」
チョロさんは依頼内容の深入りは決してしない。あくまで依頼者が快適に依頼を頼めるギルドを目指しているらしい。
しかし、実行する俺らギルド員が後々苦労するのは言うまでもない。もう少し内容をはっきりさせて欲しいが・・・ま、要は慣れだ。
俺は皮袋の中身を確認する・・・。これは前金にしては凄い量だ。
「ま、何とかなるでしょ!」
そう言って俺は旅立つ準備をする為、ギルドから出た・・・。
まあ、ここまではよかったかもしれない。でも、よくよく考えてみればこれが“何とかなる”
依頼で終わるはずがないというのは容易に想像がついただろう。
確かに前金の多さに浮かれていたのも事実だ。
その金が酒場で半分まで消えるくらい飲んだのも失敗だったと思う。結果食料の量が減り、あんな事態に陥ったのだ・・・。
ま、要は慣れさ・・・。
そんな思い出に浸っているうちに待ち合わせの酒場に着いた。
俺は憂鬱と不安と諦めが入り混じった顔をしたままその入口に入っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「チョロさん、俺に依頼が来ているんだって?」
そう言って戦士ギルドの入り口から入ってきたのは体格のいい男だった。
その肉体は鋼鉄のように硬そうで、その腕は丸太のように太い。
「ああ、・・・・・・さん。やっと下山してきたね。まったく、少しは顔を出してくれないと困るよなぁ」
チョロは男を見て困った顔をしながら笑った。
「ふん、俺がどうしようと勝手だろ。それより今回の依頼はやばいんじゃないのか?」
「ああ、結構なヤマだよ・・・これはSランク並みかな。あんたじゃなくちゃ頼めないよ・・・」
そう言いながらチョロは真剣な顔をして話し始めた・・・。
「なるほどな、そりゃやばい」
「あの会社が絡んでいるとなると・・・ね」
「んで、その依頼書はどこだ?早く見せてくれ」
「はいはい、今出すよ・・・」
そう言いながらチョロは受付の机をごそごそと漁りだした。
「・・・・・・あれ?」
「どうした?」
チョロは慌ただしく机を探す・・・。
「・・・・・・無い」
「は?」
「依頼書が・・・無い!!」
「な、何!?」
チョロは顔を青ざめて放心している。
「おいチョロ!依頼書が無いってどういうことだ!?」
「ま、まさか・・・」
「まさか・・・って何が!?」
「チップだ・・・」
「チップ?あいつがどうしたんだ?」
「先日あいつに別件の依頼が来ててね、その時きっと依頼書を間違えたんだ・・・どおりでおかしいと思った。あの依頼であいつが真面目な顔をするはずがないのに・・・あいつ妙に真面目な顔つきになってて・・・、それで・・・。」
「別件の依頼ってこれの事か?」
男が持ってるのは一枚の紙切れ・・・。
「何々・・・【八百屋】の荷物運び?お前・・・まだこんなのをチップにやらせてるのか?」
その時、チョロの目つきが変わった。
「それの何が悪い。あいつは・・・・・・」
「お前の養子・・・いや息子だってんだろ?分かっちゃいるけどなぁ・・・」
「分かっているなら・・・」
「分かっているからさ。あいつももう子供じゃない。あいつの実力はもうAランクはあると俺は思ってる、後は実戦だけだ。あいつに足らないのはそれさ・・・あんたが過保護にしてるからさ」
「・・・・っく」
黙り込むチョロ。ギルド内は沈黙に包まれる。
その沈黙を先に破ったのはチョロのほうだった。
「まあ、そんなことで話し合ってる暇は無い。早くチップを探さんと・・・」
「もう遅い・・・あいつは4日前にはここを発った・・・」
「そ、そんな・・・それじゃあ・・・」
「ああ、普通ならもう着いてるだろう・・・」
「クーロンに行くまでの道はモンスターの巣があるんだぞ!あいつに何かあったら・・・」
「まあ、落ち着け。俺が今からクーロンに行ってあいつと代わってくるなんて無理な話だ。下手すればお前はギルドから破門だ。それはチップの生活にも響く・・・。安心しろ、あいつは簡単には死なん」
「あ、ああ・・・そうだな、そうだよな・・・」
「こっちの依頼は俺が受けておこう。荷物運びなんて久しぶりだしな」
そう言って男は持っていた依頼書をポケットに突っ込んだ。
(まあ、あいつが早々くたばるはずがないだろ・・・。なんて言ったって俺が見込んだ男だからな。)
男はそんなことを考えながら、青白くなっているチョロに背を向け出口に向かった。
(ああいう奴は一回でもスイッチが入れば化けるものだ。果たして俺を超える奴に化けるかな?)
そんなことを思う男の顔はなぜか薄く笑っていた・・・。
NPC:チョロ、謎の男
場所:クーロンと戦士ギルド(過去)
ああ、やっと着いた・・。
俺はクーロンの町の門の前で感涙を抑え切れなかった。
たとえ門番が俺を不審な目で見ようと関係ない、町の人が白い目で見ようと関係ない。
この感動を抑えることなどなぜ出来よう?
俺がなぜこうなったか説明がいるな。
俺はある依頼を受けているのだ。
依頼内容はある人物のサポートだった。
そこまではいいだろう、いつものことだ。報酬も内容にしては破格だった気がする。
しかし解せなかったのは、依頼を受けた場所から依頼主の場所まで4日間寝ずに歩かなければたどり着かず、しかも町まではモンスターの徘徊する場所を通らなければならない。モンスターを回避するために遠回りした山中では山賊に襲われ、食料が底をつきて飢えを凌ぐために山菜を食べたら食中毒になりかけ、ようやくここまでたどり着くのに1週間もかかり・・・・・。
・・・・・まあ、いろいろあったのだ。
確かに自分の落ち目はあったと思う。
ちゃんとした所を通れば4日くらいですぐに着いただろう。
わざわざ山中を通ることもなければ山賊に襲われることもなかっただろうし、山賊との戦闘を回避するために食料を差し出す必要もなかったかもしれない。
猛烈な飢えを凌ぐためとはいえ、まだら模様のキノコやおかしな形をした雑草を食べなければあんな苦しみはなかったかもしれないな・・・。
・・・・・まあ、いろいろあったのよ。
俺は今までの苦い思い出を捨て、依頼主の指定した場所【酒場】に向かった。
そう、始まりはあの日だった。
「チップ、今日は面白い依頼があるんだけど・・・やってみるか?」
ギルドの依頼受付所にいたチョロさんはそう言って俺に切り出したのだ。
チョロさんは俺の親父・・・本当の親父じゃないが俺にとっては親父だ。
孤児の俺を引き取って、なおかつギルドに入れてくれた。それは感謝している。
だけどな・・・・
「面白い依頼?また夫の浮気相手の飼っている猫探しとか、バーのウェイトレスの口説き方を教えてくれとかいう変な依頼じゃないだろうな?」
ここは戦士のギルドである。しかし俺みたいな傭兵崩れが多く、実情は何でも屋だ。
俺はその中でも特に異端な人間だろう。まともな依頼を頼んできたことがない。だが、まともな依頼を望むならもっと繁栄した都市のギルドに行けばいいし、今の所俺にそのつもりはない。
チョロさんが俺を心配して危険な依頼は引き受けて来ないのは前々から分かってた。
もちろんモンスター退治とか行方不明者の捜索とか“まとも”そうな依頼もあった。
そのモンスターってのが体長3メートルある化け物「食用カエル」で、退治した後村でそれを素材にした料理を食わされる羽目になったとか。
行方不明者は実は家出少女で、彼女を説得する為に親と彼女の家を行ったり来たりするのに3日もかかり、しかもお互いに駄々をこねて進展せず、最後に俺がぶち切れて強引に仲直りさせたとか・・・。
まあ、そんなもんさ・・・、おかげでまだギルドランクはEだしな・・・。
「今度はちゃんとしたやつだよ・・・。ほら、これが依頼内容の書類だ」
そういってチョロさんはニヤニヤと俺に一枚の書類・・・というか紙切れと皮袋を取り出した。
「チョロさん。それは書類といえるのか?」
「ギルドの規約だからね、ほら」
そう言ってチョロさんは俺にその“書類”を手渡した。
彼はそういった“規約”には真面目なのだ。まあ、そこだけなのだが・・・。
俺はその“書類”に目を通してみた。
「どれ・・・・・ふむ・・・・・つまり、この依頼者のサポートすればいいって話なのか?」
「ま、そういうこと」
そういうチョロさんの表情は穏やかではなかった。
こういうときの依頼はただ事ではない。俺はほかのギルド員が依頼を受けている時を知っている。
どうやら本当に“まともな”依頼らしい。
「サポートっていうのはどんなことすればいいんだ?」
「ま、そこらへんは依頼者に聞いてくれ。あとこれが前金な。ちゃんとした報酬は依頼が完了したら後日払うらしいから。それじゃよろしくー」
チョロさんはそういって皮袋を俺に渡し、受付に戻っていった。
「ちょ、ちょっとチョロさん・・・・。ああ、行っちまった」
チョロさんは依頼内容の深入りは決してしない。あくまで依頼者が快適に依頼を頼めるギルドを目指しているらしい。
しかし、実行する俺らギルド員が後々苦労するのは言うまでもない。もう少し内容をはっきりさせて欲しいが・・・ま、要は慣れだ。
俺は皮袋の中身を確認する・・・。これは前金にしては凄い量だ。
「ま、何とかなるでしょ!」
そう言って俺は旅立つ準備をする為、ギルドから出た・・・。
まあ、ここまではよかったかもしれない。でも、よくよく考えてみればこれが“何とかなる”
依頼で終わるはずがないというのは容易に想像がついただろう。
確かに前金の多さに浮かれていたのも事実だ。
その金が酒場で半分まで消えるくらい飲んだのも失敗だったと思う。結果食料の量が減り、あんな事態に陥ったのだ・・・。
ま、要は慣れさ・・・。
そんな思い出に浸っているうちに待ち合わせの酒場に着いた。
俺は憂鬱と不安と諦めが入り混じった顔をしたままその入口に入っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「チョロさん、俺に依頼が来ているんだって?」
そう言って戦士ギルドの入り口から入ってきたのは体格のいい男だった。
その肉体は鋼鉄のように硬そうで、その腕は丸太のように太い。
「ああ、・・・・・・さん。やっと下山してきたね。まったく、少しは顔を出してくれないと困るよなぁ」
チョロは男を見て困った顔をしながら笑った。
「ふん、俺がどうしようと勝手だろ。それより今回の依頼はやばいんじゃないのか?」
「ああ、結構なヤマだよ・・・これはSランク並みかな。あんたじゃなくちゃ頼めないよ・・・」
そう言いながらチョロは真剣な顔をして話し始めた・・・。
「なるほどな、そりゃやばい」
「あの会社が絡んでいるとなると・・・ね」
「んで、その依頼書はどこだ?早く見せてくれ」
「はいはい、今出すよ・・・」
そう言いながらチョロは受付の机をごそごそと漁りだした。
「・・・・・・あれ?」
「どうした?」
チョロは慌ただしく机を探す・・・。
「・・・・・・無い」
「は?」
「依頼書が・・・無い!!」
「な、何!?」
チョロは顔を青ざめて放心している。
「おいチョロ!依頼書が無いってどういうことだ!?」
「ま、まさか・・・」
「まさか・・・って何が!?」
「チップだ・・・」
「チップ?あいつがどうしたんだ?」
「先日あいつに別件の依頼が来ててね、その時きっと依頼書を間違えたんだ・・・どおりでおかしいと思った。あの依頼であいつが真面目な顔をするはずがないのに・・・あいつ妙に真面目な顔つきになってて・・・、それで・・・。」
「別件の依頼ってこれの事か?」
男が持ってるのは一枚の紙切れ・・・。
「何々・・・【八百屋】の荷物運び?お前・・・まだこんなのをチップにやらせてるのか?」
その時、チョロの目つきが変わった。
「それの何が悪い。あいつは・・・・・・」
「お前の養子・・・いや息子だってんだろ?分かっちゃいるけどなぁ・・・」
「分かっているなら・・・」
「分かっているからさ。あいつももう子供じゃない。あいつの実力はもうAランクはあると俺は思ってる、後は実戦だけだ。あいつに足らないのはそれさ・・・あんたが過保護にしてるからさ」
「・・・・っく」
黙り込むチョロ。ギルド内は沈黙に包まれる。
その沈黙を先に破ったのはチョロのほうだった。
「まあ、そんなことで話し合ってる暇は無い。早くチップを探さんと・・・」
「もう遅い・・・あいつは4日前にはここを発った・・・」
「そ、そんな・・・それじゃあ・・・」
「ああ、普通ならもう着いてるだろう・・・」
「クーロンに行くまでの道はモンスターの巣があるんだぞ!あいつに何かあったら・・・」
「まあ、落ち着け。俺が今からクーロンに行ってあいつと代わってくるなんて無理な話だ。下手すればお前はギルドから破門だ。それはチップの生活にも響く・・・。安心しろ、あいつは簡単には死なん」
「あ、ああ・・・そうだな、そうだよな・・・」
「こっちの依頼は俺が受けておこう。荷物運びなんて久しぶりだしな」
そう言って男は持っていた依頼書をポケットに突っ込んだ。
(まあ、あいつが早々くたばるはずがないだろ・・・。なんて言ったって俺が見込んだ男だからな。)
男はそんなことを考えながら、青白くなっているチョロに背を向け出口に向かった。
(ああいう奴は一回でもスイッチが入れば化けるものだ。果たして俺を超える奴に化けるかな?)
そんなことを思う男の顔はなぜか薄く笑っていた・・・。