キャスト:ディアン・フレア(・マレフィセント)
NPC:ザイリッツ・傭兵団
場所:魔の森
―――――――――――――――
- Abyss -
―――――――――――――――
「どうかね?」
返事を待つザイリッツに顔を見られ、フレアは判断しかねて黙った。
と、
「交渉の確認だが――」
腕組みをしたディアンが皮肉げに口の端を吊り上げた。
「俺らはあんたらと『協力』して、倒さなくてもいい魔物だか悪魔だかを
死ぬ気で潰す。で、あんたらは娘一人を見逃せばそれでいい。
――そういうわけだな?」
ザイリッツも笑みを消さない。だが決して動じていない。
「協力、と言っただろう。それとも辞書が必要かな?」
「及ばねぇよ。割に合わないって言ってんだ。
あんたの後ろにいる十把一からげがどれだけ役に立つ?」
あてつけのようなディアンのせりふに、空気が堅くなる。
だが片腕の傭兵は否定も肯定もせず、ふむと嘆息しただけだった。
「この非常時が既に割に合わないと思うがね。さっきも言ったとおり、
君たち2人だけで森から出るのは非常に難しい。それは
我々だけでも同じこと。
――こんなイカれた森から出るのは…たとえば、かの有名な
『白の傭兵』でも難しいと思うね?」
へっ、とディアンが鼻で笑う。その意味がわからず、フレアは
彼の顔を不思議そうに見上げたが、ザイリッツのせりふはまだ
続いていた。
「――こういうのはどうだろう。この条件を飲んでくれたならば、
いくらかの謝礼をしよう。
それでも納得できないのであれば、交渉決裂ということに」
ザイリッツの後ろにいる傭兵の何人かが、何か不満そうに口を開けて
首をわずかに伸ばした――が、結局のところ表面的にはそれで
異存はないようだった。
早く話を終らせたかったのか、そうでなければこのザイリッツ
とかいう傭兵をよほど信頼しているに違いない。
ディアンも今度こそ素直にうなずいて、腕組みした手をほどいた。
「よし、交渉成立だ」
・・・★・・・
マレフィセントのものだと思しき足跡は、傭兵達の足跡で
踏みにじられていた。
しかしザイリッツの話によれば、件の沼は近いという。
もはやその情報に頼るしか道はなかった。
「そういえば、まだ名を教えてもらっていないね?」
身体はごついくせに、左にいるザイリッツがやたら紳士的に
名前を訊いてくる。
「いつまでも『お嬢さん』では気まずかろう。」
「あ…。フレアだ。彼はディアン」
その態度に応えなければならないような気がして、
フレアは背筋を伸ばした。
右を歩いているディアンが名前を呼ばれ、ちらりとザイリッツを見たが
わざとらしく半眼のまま視線をそらした。
その様子を見て傭兵はさも愉快そうに笑うと、剣を担ぎなおす。
「ところで、徒歩でここまで来たというわけではあるまい?
馬はどこに?」
思わずフレアが目を伏せると、ザイリッツはそれだけで
合点がいったようだった。
「そうか…『森』は人のみを狙って食べるのかと思っていたが…?
このぶんだと我々が置いてきた馬も使えなくなっているか…」
小鳥のさえずりが、沈黙を満たす。
しかしフレアの頭の中は思考で埋まっていた。
言われてみれば確かにそうだ。この森は広大で、動物も多くいるはずだが、
見つかる死体は人間だけであり、ほかの動物の死体は見当たらない。
しかし現に自分たちの馬は襲われたのだ。
でも、今鳴いている小鳥はどうしてこの森にいても無事なのだろう?
答えが見つからないまま、上を見上げる。
風が出てきた。
梢が揺れている先で、薄い黄色の空が雲を抱いている。
その遥か深遠には、群青が待ち構えている。
その先には――
「…」
立ち止まったのは皆ほとんど同じタイミングだった。
誰も喋らない。ただ目だけはせわしく周囲を探っている。
と、
鼓膜を切り裂くような絶叫が森に響いた。
隻腕の傭兵はようやくそこで笑みを消していた。
NPC:ザイリッツ・傭兵団
場所:魔の森
―――――――――――――――
- Abyss -
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「どうかね?」
返事を待つザイリッツに顔を見られ、フレアは判断しかねて黙った。
と、
「交渉の確認だが――」
腕組みをしたディアンが皮肉げに口の端を吊り上げた。
「俺らはあんたらと『協力』して、倒さなくてもいい魔物だか悪魔だかを
死ぬ気で潰す。で、あんたらは娘一人を見逃せばそれでいい。
――そういうわけだな?」
ザイリッツも笑みを消さない。だが決して動じていない。
「協力、と言っただろう。それとも辞書が必要かな?」
「及ばねぇよ。割に合わないって言ってんだ。
あんたの後ろにいる十把一からげがどれだけ役に立つ?」
あてつけのようなディアンのせりふに、空気が堅くなる。
だが片腕の傭兵は否定も肯定もせず、ふむと嘆息しただけだった。
「この非常時が既に割に合わないと思うがね。さっきも言ったとおり、
君たち2人だけで森から出るのは非常に難しい。それは
我々だけでも同じこと。
――こんなイカれた森から出るのは…たとえば、かの有名な
『白の傭兵』でも難しいと思うね?」
へっ、とディアンが鼻で笑う。その意味がわからず、フレアは
彼の顔を不思議そうに見上げたが、ザイリッツのせりふはまだ
続いていた。
「――こういうのはどうだろう。この条件を飲んでくれたならば、
いくらかの謝礼をしよう。
それでも納得できないのであれば、交渉決裂ということに」
ザイリッツの後ろにいる傭兵の何人かが、何か不満そうに口を開けて
首をわずかに伸ばした――が、結局のところ表面的にはそれで
異存はないようだった。
早く話を終らせたかったのか、そうでなければこのザイリッツ
とかいう傭兵をよほど信頼しているに違いない。
ディアンも今度こそ素直にうなずいて、腕組みした手をほどいた。
「よし、交渉成立だ」
・・・★・・・
マレフィセントのものだと思しき足跡は、傭兵達の足跡で
踏みにじられていた。
しかしザイリッツの話によれば、件の沼は近いという。
もはやその情報に頼るしか道はなかった。
「そういえば、まだ名を教えてもらっていないね?」
身体はごついくせに、左にいるザイリッツがやたら紳士的に
名前を訊いてくる。
「いつまでも『お嬢さん』では気まずかろう。」
「あ…。フレアだ。彼はディアン」
その態度に応えなければならないような気がして、
フレアは背筋を伸ばした。
右を歩いているディアンが名前を呼ばれ、ちらりとザイリッツを見たが
わざとらしく半眼のまま視線をそらした。
その様子を見て傭兵はさも愉快そうに笑うと、剣を担ぎなおす。
「ところで、徒歩でここまで来たというわけではあるまい?
馬はどこに?」
思わずフレアが目を伏せると、ザイリッツはそれだけで
合点がいったようだった。
「そうか…『森』は人のみを狙って食べるのかと思っていたが…?
このぶんだと我々が置いてきた馬も使えなくなっているか…」
小鳥のさえずりが、沈黙を満たす。
しかしフレアの頭の中は思考で埋まっていた。
言われてみれば確かにそうだ。この森は広大で、動物も多くいるはずだが、
見つかる死体は人間だけであり、ほかの動物の死体は見当たらない。
しかし現に自分たちの馬は襲われたのだ。
でも、今鳴いている小鳥はどうしてこの森にいても無事なのだろう?
答えが見つからないまま、上を見上げる。
風が出てきた。
梢が揺れている先で、薄い黄色の空が雲を抱いている。
その遥か深遠には、群青が待ち構えている。
その先には――
「…」
立ち止まったのは皆ほとんど同じタイミングだった。
誰も喋らない。ただ目だけはせわしく周囲を探っている。
と、
鼓膜を切り裂くような絶叫が森に響いた。
隻腕の傭兵はようやくそこで笑みを消していた。
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PC:マレフィセント(フレア・ディアン)
NPC: 母親(魔女)、イザベル
場所:悪魔の森→沼地へ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
誰も彼もとは言えずとも、貴方一人ぐらいなら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
聖職者としての立場をすっかり忘れて、少女の頭を優しく撫でている。
なんだか、場違いな事をしているようでものすごく困っているのだが、いかん
せん今のところこれ以上の優先順位がないのだから仕方ない。
少女はようやく泣き収まったものの、今だ泣き腫らした様子でぐすぐすとむず
っている。
先ほどから会話をしようにも、少女の唇から出てくるのは妙な解読不可能な言
語と文字。
それでも、多少の意思疎通は身振り手振りで通じるらしい。
少女の歪な角に気をつけながら抱き寄せてやると、少女の啜りあげるのがよう
やくとまった。
「…どうやったら」
ここから出れるのだろうか、と言おうとして溜息が代わる。
森の木々の隙間から見える空はすでに夕暮れがかかり始めている。急がねば。
こんな森で一夜など過ごせるはずもない。夜が来てしまえば、辺りは闇に、つ
まりは森に飲み込まれるような気がしてならない。
心配げな顔をしていたイザベルは、ふと悪魔の娘がじぃっとこちらを見ている
ことに気がついた。
なけなしの勇気を振り絞って、笑顔を作って立ち上がる。
少女も離れないように手を繋いでやると、恐る恐るながらも握り返す感触があ
った。
「大丈夫よ、きっと大丈夫」
幸いだろうか、先ほどから視線を痛いほどに感じるが、少女と共にいるせいか
襲ってくる気配はない。
手を引いて歩くと、少女もついてきた。
子供の歩調に合わせる自分の足を見る、それはかつて我が子のためについた習
性。
今、こうして他の誰かのために一緒に歩いてあげることが出来るならば。
きっと我が子が死んだのも無意味などではなかったのだろうと、少しだけ苦笑
した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
手を引かれながら歩く。
歩いていると思考が明瞭になってきて、繋いだ手の暖かさに安堵する。
刺された所為で血の足りない頭を総動員させる。
帰らなくちゃ、と思う。この森にいるのは同じ悪魔だけど、とても恐い者達ば
かりだ。
同じ種族でも、こうも違うのかと少女は初めて知った。
違う種族でさえ、こうして手と手を取り合えるのに、と少女は悲しくなった。
少しだけ開けた場所に出た。
空は夕暮れに染まり、不吉なまでに赤い。
手を繋ぐ女性の強張った顔を、沈んでしまう太陽が照らしていく。
夜が、はじまる。
夜に入る前に森から出ないと、と少女も思った。
夜の世界は自分たちの世界だ。きっと皆飲み込まれてしまう。
昼の世界の人は昼に、夜の世界の人は夜にいなければならない。
この白い女の人は昼の世界の人、だから帰らないと。
そう、あの黒髪の少女も白い傭兵も少女の居場所は昼の中。例え夜に嫌われて
も、帰れる場所さえあるのならば悲しくない。
森を見渡す。
相変わらず、鬱蒼としていて出口がどこだか見当もつかない。
諦めかける心を奮い起こして叱咤する。
今は、そう今は。
帰れる場所がまだある。あの少女と傭兵の元がある。
もう迷子じゃないんだ、もう見知らぬ世界ではないんだ。自分には帰りたい場
所があって、きっとこの白い女の人もそうなんだ。だから、森から出よう。
そもそも、先ほどから嫌になるほど歩いているというに、道どころか木々の切
れ目さえも見えない。
おかしい、と思う。
前には沼地だったりしたんだから、森は全部繋がっているわけではない。
なのに、一向に同じ場所から出れない。
ふと、森の木々に絡みつく赤い果実が目に入った。
不思議なほど紅く、また形は葡萄にも似た実のなり。だが、透ける果実の皮の
中がもごりと動いた。
「どうしたの?」
「……ρρ…」
マレフィセントの記憶が呻いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
「森を管理するのは難しい」
母親の魔女のしなやかな手は、まるで雪のように白かった。
指差す果てには、暗緑色のモミの木が広がる禁忌の森。緑、というより黒に近
い。
「一人では広大なこの森達を治めるのは難しい。
だから、私は多くの使い魔を持ってこの城と森を統べている」
母親は、そうして手短な一つの蔦を手に取った。
それは母親が取ると、まるで紳士の動作のように、恭しく実を下げて従った。
「……?」
「これは最も効率の良いものだ。
この子達は小さな小さな魔物の一房に過ぎないが、彼らの種は一つの森に着地
すると一つの木を乗っ取る。次は隣の木、そしてまた次の木へ……幹に枝に絡
みつき、木を支配し思いのままに操ることさえ出来る。
そうして、長い年月を繰り返して森の木々全てはこの子達の配下となる。
森は、この子達の遺伝子を受け入れるのだ」
近くを飛んでいた鴉が、幾羽か魔女と娘の肩に降り立つ。
「木々のつける花を吸う虫、木々の樹液をすする動物。
それらもやがて、木の支配の影響を受けながら生態系を徐々に森に合わせてい
く。
やがて、途方も無い時の果てに森は一つの者となるのだ」
魔女の話に同意するように、木々がざわめく。
森を掠める風さえも、まるで支配下に置かれたかのようだ。
「こうして、最も小さき房達は最も大きな森の神経となる。
……この方法ならば、自然に任せておけば時の立つにつれ、森は完全に自らを
意志できるようになる」
侵入者が来、森を害する者が来ても。
森はただ焼かれ朽ちるだけではなく、反撃し牙を向けるのだと。
「だが、もちろん完璧などどこにもありはしない」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
赤い果実をもぎ取ると、小さな小さな悲鳴が聞こえた。
やっぱり、と珍しく真面目顔で蔦を睨む少女にイザベルは戸惑った。
「…お腹すいたの?でも、こんな場所にあるものを食べないほうがいいわ」
マレフィセントは振り返って、蔦を説明しようと口を開けて一言発っしたが、
その言葉は相手に伝わらず、青い文字でぽわんと空中に浮かんだだけだった。
「…え、えと、ごめんね?よく分からないの」
「………」
“繰り返し増殖をし、コピーを繰り返すこの子達はどうしても、末端が本来の
情報より劣化するのだよ。わかるか?ようは親と子の違いといってもいい。
お前と私は同じ遺伝子によって繋がっているが、決して私の持つ情報の全てを
お前が持っているわけではないだろう。
すなわち、この子達は最初に森に侵食した親一つ以外はなべて虚弱なのだよ。
親はそれを知っているので、普段は地中に奥深く潜っている。沼の泥や、果て
は岩盤の奥にな。
親さえあれば、子達はいくらでもまた増えれる。
しかし、森を乗っ取る為に生まれた子供らは、自ら増えることができない。
そして、親の意志を上から下へ伝えるだけのこの魔物は子供らの意志が薄弱で
もある”
だから。
マレフィセントはその果実を思いっきり飲み込んだ。
あまり美味しくない味が口の中に広がって、そしてぷちっという気持ち悪い音
はこのさい無視。
目をぎゅっと瞑って無理やり嚥下すると、脳裏に森に這い絡む小さな支配者の
神経が見えた。
この小さな魔物なら、マレフィセントを支配することは出来ない。
中に取り込んだ情報から、マレフィセントに見えるのはこの森の意識を伝える
回路。
辿れる。
強い意識の流れ。泥と土と血反吐に塗れて見えなかった一つの形。
目を開くと、鬱蒼とした森の変わらない姿。
イザベルの袖を引っ張る。
そうして、急いで森の中を書ける。闇が訪れようとする、太陽が沈む方向とは
逆の方角。
すでに闇が覆い始めてる、その最中へ。
「え、こっち!?ちょ、ちょっとま……」
もう一人じゃないから。
もう独りきりじゃない、抱きしめてくれる人。帰れる場所だってある。
退くことも脅えることなんてない。退路なんてないんだから進めばいい。
沼地へ。
痛みに呻いて、悲しみに咽いだあの沼地へ。
帰れる場所を思い出して、独りじゃなくなった悪魔の娘が走る。
そこには、沼地の悪魔がいると知って。
そこには、フレアとディアンや、その他の傭兵がいると知らず。
そして、森の中の戦いの合図は火蓋を切った。
NPC: 母親(魔女)、イザベル
場所:悪魔の森→沼地へ
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誰も彼もとは言えずとも、貴方一人ぐらいなら。
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聖職者としての立場をすっかり忘れて、少女の頭を優しく撫でている。
なんだか、場違いな事をしているようでものすごく困っているのだが、いかん
せん今のところこれ以上の優先順位がないのだから仕方ない。
少女はようやく泣き収まったものの、今だ泣き腫らした様子でぐすぐすとむず
っている。
先ほどから会話をしようにも、少女の唇から出てくるのは妙な解読不可能な言
語と文字。
それでも、多少の意思疎通は身振り手振りで通じるらしい。
少女の歪な角に気をつけながら抱き寄せてやると、少女の啜りあげるのがよう
やくとまった。
「…どうやったら」
ここから出れるのだろうか、と言おうとして溜息が代わる。
森の木々の隙間から見える空はすでに夕暮れがかかり始めている。急がねば。
こんな森で一夜など過ごせるはずもない。夜が来てしまえば、辺りは闇に、つ
まりは森に飲み込まれるような気がしてならない。
心配げな顔をしていたイザベルは、ふと悪魔の娘がじぃっとこちらを見ている
ことに気がついた。
なけなしの勇気を振り絞って、笑顔を作って立ち上がる。
少女も離れないように手を繋いでやると、恐る恐るながらも握り返す感触があ
った。
「大丈夫よ、きっと大丈夫」
幸いだろうか、先ほどから視線を痛いほどに感じるが、少女と共にいるせいか
襲ってくる気配はない。
手を引いて歩くと、少女もついてきた。
子供の歩調に合わせる自分の足を見る、それはかつて我が子のためについた習
性。
今、こうして他の誰かのために一緒に歩いてあげることが出来るならば。
きっと我が子が死んだのも無意味などではなかったのだろうと、少しだけ苦笑
した。
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手を引かれながら歩く。
歩いていると思考が明瞭になってきて、繋いだ手の暖かさに安堵する。
刺された所為で血の足りない頭を総動員させる。
帰らなくちゃ、と思う。この森にいるのは同じ悪魔だけど、とても恐い者達ば
かりだ。
同じ種族でも、こうも違うのかと少女は初めて知った。
違う種族でさえ、こうして手と手を取り合えるのに、と少女は悲しくなった。
少しだけ開けた場所に出た。
空は夕暮れに染まり、不吉なまでに赤い。
手を繋ぐ女性の強張った顔を、沈んでしまう太陽が照らしていく。
夜が、はじまる。
夜に入る前に森から出ないと、と少女も思った。
夜の世界は自分たちの世界だ。きっと皆飲み込まれてしまう。
昼の世界の人は昼に、夜の世界の人は夜にいなければならない。
この白い女の人は昼の世界の人、だから帰らないと。
そう、あの黒髪の少女も白い傭兵も少女の居場所は昼の中。例え夜に嫌われて
も、帰れる場所さえあるのならば悲しくない。
森を見渡す。
相変わらず、鬱蒼としていて出口がどこだか見当もつかない。
諦めかける心を奮い起こして叱咤する。
今は、そう今は。
帰れる場所がまだある。あの少女と傭兵の元がある。
もう迷子じゃないんだ、もう見知らぬ世界ではないんだ。自分には帰りたい場
所があって、きっとこの白い女の人もそうなんだ。だから、森から出よう。
そもそも、先ほどから嫌になるほど歩いているというに、道どころか木々の切
れ目さえも見えない。
おかしい、と思う。
前には沼地だったりしたんだから、森は全部繋がっているわけではない。
なのに、一向に同じ場所から出れない。
ふと、森の木々に絡みつく赤い果実が目に入った。
不思議なほど紅く、また形は葡萄にも似た実のなり。だが、透ける果実の皮の
中がもごりと動いた。
「どうしたの?」
「……ρρ…」
マレフィセントの記憶が呻いた。
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「森を管理するのは難しい」
母親の魔女のしなやかな手は、まるで雪のように白かった。
指差す果てには、暗緑色のモミの木が広がる禁忌の森。緑、というより黒に近
い。
「一人では広大なこの森達を治めるのは難しい。
だから、私は多くの使い魔を持ってこの城と森を統べている」
母親は、そうして手短な一つの蔦を手に取った。
それは母親が取ると、まるで紳士の動作のように、恭しく実を下げて従った。
「……?」
「これは最も効率の良いものだ。
この子達は小さな小さな魔物の一房に過ぎないが、彼らの種は一つの森に着地
すると一つの木を乗っ取る。次は隣の木、そしてまた次の木へ……幹に枝に絡
みつき、木を支配し思いのままに操ることさえ出来る。
そうして、長い年月を繰り返して森の木々全てはこの子達の配下となる。
森は、この子達の遺伝子を受け入れるのだ」
近くを飛んでいた鴉が、幾羽か魔女と娘の肩に降り立つ。
「木々のつける花を吸う虫、木々の樹液をすする動物。
それらもやがて、木の支配の影響を受けながら生態系を徐々に森に合わせてい
く。
やがて、途方も無い時の果てに森は一つの者となるのだ」
魔女の話に同意するように、木々がざわめく。
森を掠める風さえも、まるで支配下に置かれたかのようだ。
「こうして、最も小さき房達は最も大きな森の神経となる。
……この方法ならば、自然に任せておけば時の立つにつれ、森は完全に自らを
意志できるようになる」
侵入者が来、森を害する者が来ても。
森はただ焼かれ朽ちるだけではなく、反撃し牙を向けるのだと。
「だが、もちろん完璧などどこにもありはしない」
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赤い果実をもぎ取ると、小さな小さな悲鳴が聞こえた。
やっぱり、と珍しく真面目顔で蔦を睨む少女にイザベルは戸惑った。
「…お腹すいたの?でも、こんな場所にあるものを食べないほうがいいわ」
マレフィセントは振り返って、蔦を説明しようと口を開けて一言発っしたが、
その言葉は相手に伝わらず、青い文字でぽわんと空中に浮かんだだけだった。
「…え、えと、ごめんね?よく分からないの」
「………」
“繰り返し増殖をし、コピーを繰り返すこの子達はどうしても、末端が本来の
情報より劣化するのだよ。わかるか?ようは親と子の違いといってもいい。
お前と私は同じ遺伝子によって繋がっているが、決して私の持つ情報の全てを
お前が持っているわけではないだろう。
すなわち、この子達は最初に森に侵食した親一つ以外はなべて虚弱なのだよ。
親はそれを知っているので、普段は地中に奥深く潜っている。沼の泥や、果て
は岩盤の奥にな。
親さえあれば、子達はいくらでもまた増えれる。
しかし、森を乗っ取る為に生まれた子供らは、自ら増えることができない。
そして、親の意志を上から下へ伝えるだけのこの魔物は子供らの意志が薄弱で
もある”
だから。
マレフィセントはその果実を思いっきり飲み込んだ。
あまり美味しくない味が口の中に広がって、そしてぷちっという気持ち悪い音
はこのさい無視。
目をぎゅっと瞑って無理やり嚥下すると、脳裏に森に這い絡む小さな支配者の
神経が見えた。
この小さな魔物なら、マレフィセントを支配することは出来ない。
中に取り込んだ情報から、マレフィセントに見えるのはこの森の意識を伝える
回路。
辿れる。
強い意識の流れ。泥と土と血反吐に塗れて見えなかった一つの形。
目を開くと、鬱蒼とした森の変わらない姿。
イザベルの袖を引っ張る。
そうして、急いで森の中を書ける。闇が訪れようとする、太陽が沈む方向とは
逆の方角。
すでに闇が覆い始めてる、その最中へ。
「え、こっち!?ちょ、ちょっとま……」
もう一人じゃないから。
もう独りきりじゃない、抱きしめてくれる人。帰れる場所だってある。
退くことも脅えることなんてない。退路なんてないんだから進めばいい。
沼地へ。
痛みに呻いて、悲しみに咽いだあの沼地へ。
帰れる場所を思い出して、独りじゃなくなった悪魔の娘が走る。
そこには、沼地の悪魔がいると知って。
そこには、フレアとディアンや、その他の傭兵がいると知らず。
そして、森の中の戦いの合図は火蓋を切った。
キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント)
NPC:ザイリッツ・イザベル傭兵団
場所:魔の森・沼地
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- So little birds -
―――――――――――――――
もう何度も悲鳴を聞いているのに、体が慣れようとしない。
悲鳴は傭兵の一人が発したものだった。
襲われた本人ではなく、惨劇を目撃した者の。
冗談じみた素早さで首をなくした人間の姿を見ても、笑えなかった。
胴体は両の手を垂らし、律儀に膝を折ったものの、
まるで丸太のような無機質じみた動きで倒れた。
傭兵たちはわけもわからず胴をはねられ、頭蓋を貫かれ、潰されてゆく。
森の攻撃は多様だった。
刃のように鋭い根が肉を斬り、幹が大蛇のごとく巻きつき骨を砕く。
鋼線に似た蔦は血管に入り込んで脳で爆発する。
「くっ――」
何も入っていない胃が、ざわりとする不快感。
フレアは剣を抜くと、ザイリッツの横――
失われた腕をかばうようにして立った。
だが、いきなり手を捕られる。驚いて目を白黒させていると、
ザイリッツはやはり笑って言った。
「守ってくれるなら、失われたほうより今あるほうにしてほしいね?」
私も君を守りやすいし、という付け足しがなければ、あぶなく納得してしまうと
ころだった。
フレアは渋々と移動しながら胸中で呟く。
(どうしてこの状況下で笑っていられる?)
ふと、既視感を感じて視線をめぐらす。
そこでは、一挙動で抜刀したディアンが、忍び寄ってきていた
枝を切り落としているところだった。
呼吸を感じさせない、何かの流れに沿った動き。
相手のすべてを読んで、先手を取ってしかも反撃させない。
彼もまたかすかに、しかし確かに笑っていた。
そうだ、この傭兵たちはよく似ている。
それに気づいたことで特に嬉しいわけでもなかったが、
フレアは平穏にも似た感情を覚えていた。
「移動しましょう!!」
傭兵の一人が、撥ねる枝を辛うじて避けながらザイリッツに叫ぶ。
地獄絵の中で動いているのは、もはや先ほどいた人数の半数ほどしかいない。
「むぅ…」
隻腕の傭兵はその巨体に似合わない身の軽さで、絡んでこようとする蔦を避ける。
ディアンも何らかの手を打っているようなのだが、なにせ森の密度が濃すぎる。
フレアはほとんど動けなかった。
もしザイリッツやディアンの援護がなければ、自分も足元に転がっている
死体と同じ末路を辿っていたに違いない。
さらに極度の緊張で筋がこわばっている。
傭兵の放つ弱音に満ちた提案も、この時ばかりは賛成だった。
「――やむをえん。強行突破する!動ける者のみ沼へ向かえ!」
(え――)
ザイリッツの声量は大きく、また傭兵達も即座にそれを理解した。
全員が走り出す中で、しかしフレアは戸惑った。
(動ける者のみ?)
確かに森の攻撃は半端ではないほど強力で、それを受けたものはただではすまない。
しかし、手当てを受ければ助かるものも大勢いる。
だが誰もそれを指摘しない。むしろそれを理解しきっている。
だってここは。
「フレア、行くぞ」
後戻りしないようにこちらの肩に手を回してくるディアンを見上げて、
フレアは何かを言おうとした――
だが追いすがってくる木々に気づいて、中断する。
そうでなかったとしても、きっと今は何も言えない。
「…ここは戦場なのだよ」
わかってくれ、と。
フレアが走り出すのを待っていたザイリッツが、場違いなまでの
穏やかな声でそう言った。
待ってくれ――
弱弱しい叫びが、木々のざわめきに消えた。
・・・★・・・
膨張する森は、闇が広がるごとに活発さを増していた。
湿地であるため、足元はすでにくるぶしあたりまで水が増している。フレアは
森が迫る危険と、いつ水に引き込まれるとも知れない恐怖で
神経をすり減らしていた。
やおら立ち止まり、とげが刺さって傷ついた両手を森に掲げて叫ぶ。
「アッカード!」
放たれた赤い魔術の炎が森の幕を包み――それだけだった。
赤の波を突き破って、夕闇を吸って黒に染まった森が
こともなげに追ってくる。
これをさきほどから数回繰り返しているが、すべて同じ結果だった。
フレアの体力は限界を超え、負う手傷も多くなってきている。
また走り出す。おそらく、次の魔術は放てまい。
焦燥に駆られながら前を睨む。もう太陽はその余波でしかなく、
すべては青みを増して光を失っていた。
「おい!本当に沼はこっちなんだよな!」
ディアンがザイリッツに怒鳴る。
ザイリッツは片腕がないので大きく体を振って、バランスをとりながら
走っていたが、深く頷くと一息で答えた。
「森が地形をいじっていなければな」
と――
先頭を走る傭兵の前に、いきなり白い柱が『生えた』。
あぶなく串刺しにされそうになって、その傭兵はやむをえず急停止する。
「なんだっ!?」
がつ、がつ、がつ――
夕闇に映える白は、フレア達の周囲を囲むようにして生えてきた。
逃げる間もない。
地から生じたそれは、天へ伸びて皆の頭上で収束した。
ゆるやかな曲線を描いて、あたかも白い鳥籠のようだ。
鳥籠が全員を取り入れた一瞬後、さらにその周りを追いついてきた
蔦や枝が飾るようにして這う。
「これは…?」
鳥籠は隙間だらけなのだが、なぜか森はそれ以上入ってこようとしなかった。
呆然としているその横で、ザイリッツがふいに片膝をつく。
さきほどから襲撃を受けていたにもかかわらず、彼には傷ひとつなかったが、
顔には余裕がない。
「大丈夫ですか?」
フレアも息をあげながら、付き添うようにしゃがみ込む。
しかしそれを手で制し、片腕の傭兵はかぶりを振った。
「心配ない…幻肢痛だ…」
「ゲンシツウ?」
耳慣れない単語に思わず聞き返すと、本格的に痛みに呻くザイリッツのかわりに
ディアンが答えた。
「以前あった手足の痛みを、脳が記憶してんだ。こればっかりは薬も魔術も効か
ねぇ」
「すぐに収まる…しかし、我々は悪魔の胃袋に落ちたらしいな」
ざわりざわりと、鳥籠の周囲で蠢く森。
だがザイリッツのせりふには違和感があった。思わずディアンと顔を見合わせる。
「ディアン…」
「こいつぁ――アレかもな」
フレアは立ち上がると、手近な白い柱に触れた。
節のついた、まるで骨のように白い、骨董のように美しく飾られた――
「角だ」
「ザイリッツ様!」
フレアの呟きに、突然女の声が重なると、森の影が消えた。
同時に鳥籠もさきほど出現したのと同じ素早さで、地中に消えてゆく。
視界が開け――
星が光染めた薄明穹を背景に、広大な沼が波紋すらたてずにそこにあった。
その、前。
白い法衣を纏った女に連れられて、角を仕舞いこんだマレフィセントが
じっとこちらを見ていた。
NPC:ザイリッツ・イザベル傭兵団
場所:魔の森・沼地
―――――――――――――――
- So little birds -
―――――――――――――――
もう何度も悲鳴を聞いているのに、体が慣れようとしない。
悲鳴は傭兵の一人が発したものだった。
襲われた本人ではなく、惨劇を目撃した者の。
冗談じみた素早さで首をなくした人間の姿を見ても、笑えなかった。
胴体は両の手を垂らし、律儀に膝を折ったものの、
まるで丸太のような無機質じみた動きで倒れた。
傭兵たちはわけもわからず胴をはねられ、頭蓋を貫かれ、潰されてゆく。
森の攻撃は多様だった。
刃のように鋭い根が肉を斬り、幹が大蛇のごとく巻きつき骨を砕く。
鋼線に似た蔦は血管に入り込んで脳で爆発する。
「くっ――」
何も入っていない胃が、ざわりとする不快感。
フレアは剣を抜くと、ザイリッツの横――
失われた腕をかばうようにして立った。
だが、いきなり手を捕られる。驚いて目を白黒させていると、
ザイリッツはやはり笑って言った。
「守ってくれるなら、失われたほうより今あるほうにしてほしいね?」
私も君を守りやすいし、という付け足しがなければ、あぶなく納得してしまうと
ころだった。
フレアは渋々と移動しながら胸中で呟く。
(どうしてこの状況下で笑っていられる?)
ふと、既視感を感じて視線をめぐらす。
そこでは、一挙動で抜刀したディアンが、忍び寄ってきていた
枝を切り落としているところだった。
呼吸を感じさせない、何かの流れに沿った動き。
相手のすべてを読んで、先手を取ってしかも反撃させない。
彼もまたかすかに、しかし確かに笑っていた。
そうだ、この傭兵たちはよく似ている。
それに気づいたことで特に嬉しいわけでもなかったが、
フレアは平穏にも似た感情を覚えていた。
「移動しましょう!!」
傭兵の一人が、撥ねる枝を辛うじて避けながらザイリッツに叫ぶ。
地獄絵の中で動いているのは、もはや先ほどいた人数の半数ほどしかいない。
「むぅ…」
隻腕の傭兵はその巨体に似合わない身の軽さで、絡んでこようとする蔦を避ける。
ディアンも何らかの手を打っているようなのだが、なにせ森の密度が濃すぎる。
フレアはほとんど動けなかった。
もしザイリッツやディアンの援護がなければ、自分も足元に転がっている
死体と同じ末路を辿っていたに違いない。
さらに極度の緊張で筋がこわばっている。
傭兵の放つ弱音に満ちた提案も、この時ばかりは賛成だった。
「――やむをえん。強行突破する!動ける者のみ沼へ向かえ!」
(え――)
ザイリッツの声量は大きく、また傭兵達も即座にそれを理解した。
全員が走り出す中で、しかしフレアは戸惑った。
(動ける者のみ?)
確かに森の攻撃は半端ではないほど強力で、それを受けたものはただではすまない。
しかし、手当てを受ければ助かるものも大勢いる。
だが誰もそれを指摘しない。むしろそれを理解しきっている。
だってここは。
「フレア、行くぞ」
後戻りしないようにこちらの肩に手を回してくるディアンを見上げて、
フレアは何かを言おうとした――
だが追いすがってくる木々に気づいて、中断する。
そうでなかったとしても、きっと今は何も言えない。
「…ここは戦場なのだよ」
わかってくれ、と。
フレアが走り出すのを待っていたザイリッツが、場違いなまでの
穏やかな声でそう言った。
待ってくれ――
弱弱しい叫びが、木々のざわめきに消えた。
・・・★・・・
膨張する森は、闇が広がるごとに活発さを増していた。
湿地であるため、足元はすでにくるぶしあたりまで水が増している。フレアは
森が迫る危険と、いつ水に引き込まれるとも知れない恐怖で
神経をすり減らしていた。
やおら立ち止まり、とげが刺さって傷ついた両手を森に掲げて叫ぶ。
「アッカード!」
放たれた赤い魔術の炎が森の幕を包み――それだけだった。
赤の波を突き破って、夕闇を吸って黒に染まった森が
こともなげに追ってくる。
これをさきほどから数回繰り返しているが、すべて同じ結果だった。
フレアの体力は限界を超え、負う手傷も多くなってきている。
また走り出す。おそらく、次の魔術は放てまい。
焦燥に駆られながら前を睨む。もう太陽はその余波でしかなく、
すべては青みを増して光を失っていた。
「おい!本当に沼はこっちなんだよな!」
ディアンがザイリッツに怒鳴る。
ザイリッツは片腕がないので大きく体を振って、バランスをとりながら
走っていたが、深く頷くと一息で答えた。
「森が地形をいじっていなければな」
と――
先頭を走る傭兵の前に、いきなり白い柱が『生えた』。
あぶなく串刺しにされそうになって、その傭兵はやむをえず急停止する。
「なんだっ!?」
がつ、がつ、がつ――
夕闇に映える白は、フレア達の周囲を囲むようにして生えてきた。
逃げる間もない。
地から生じたそれは、天へ伸びて皆の頭上で収束した。
ゆるやかな曲線を描いて、あたかも白い鳥籠のようだ。
鳥籠が全員を取り入れた一瞬後、さらにその周りを追いついてきた
蔦や枝が飾るようにして這う。
「これは…?」
鳥籠は隙間だらけなのだが、なぜか森はそれ以上入ってこようとしなかった。
呆然としているその横で、ザイリッツがふいに片膝をつく。
さきほどから襲撃を受けていたにもかかわらず、彼には傷ひとつなかったが、
顔には余裕がない。
「大丈夫ですか?」
フレアも息をあげながら、付き添うようにしゃがみ込む。
しかしそれを手で制し、片腕の傭兵はかぶりを振った。
「心配ない…幻肢痛だ…」
「ゲンシツウ?」
耳慣れない単語に思わず聞き返すと、本格的に痛みに呻くザイリッツのかわりに
ディアンが答えた。
「以前あった手足の痛みを、脳が記憶してんだ。こればっかりは薬も魔術も効か
ねぇ」
「すぐに収まる…しかし、我々は悪魔の胃袋に落ちたらしいな」
ざわりざわりと、鳥籠の周囲で蠢く森。
だがザイリッツのせりふには違和感があった。思わずディアンと顔を見合わせる。
「ディアン…」
「こいつぁ――アレかもな」
フレアは立ち上がると、手近な白い柱に触れた。
節のついた、まるで骨のように白い、骨董のように美しく飾られた――
「角だ」
「ザイリッツ様!」
フレアの呟きに、突然女の声が重なると、森の影が消えた。
同時に鳥籠もさきほど出現したのと同じ素早さで、地中に消えてゆく。
視界が開け――
星が光染めた薄明穹を背景に、広大な沼が波紋すらたてずにそこにあった。
その、前。
白い法衣を纏った女に連れられて、角を仕舞いこんだマレフィセントが
じっとこちらを見ていた。
キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:ザイリッツ・イザベル傭兵団
場所:魔の森・沼地
すでに太陽の残滓は跡形も無く、変わって地平を埋めるのは這い寄る夜の闇。
それは、わずかに生き残った傭兵たちの一団を身震いさせるほどの禍々しさを纏
い、急速に森の中を満たしていく。
「おい、そいつぁ・・・!」
誰かが、呆然とした声でそう呟いた。
法衣をまとった神官が連れているのは、蒼髪の少女。
それは、紛れも無く昨夜村を抜け出した少女であった。
傭兵たちがそれに気づくのに、さして時間はかからなかった。
こいつを追いかけて、仲間が死んだ。
こいつは、どうしてこんなところにいやがる?
気でも、触れてやがるのか?
そもそも、こんなガキがこんな地獄のような森の中で、なんで生き残ってやがる?
あんな夜中に抜け出して、まさか一晩をこんなところで過ごしたってのか?
あり得ねぇ、バカな・・・
横についている女は、見覚えがある。
一緒にきたはずの神官だったが・・・この女、気づいてるのか?
こんなところで生きている人間なんざ、俺らの他にいやしねぇってことをよ。
いや、待てよ・・・目の前の女、森が見せた幻影じゃないと誰が言い切れる?
助けたつもりが罠だった、なんてのは御免だぜ。
せっかく、ここまで生き延びたんだ・・・
怪しいものに関わっていられる状況じゃない。
これまで、仲間がたくさん死んだ。
なら、あと一人二人増えたって構いやしないだろ・・・
呟きが、皆の心に浸透し、状況を理解し、それは不信となって疑問をもたらす。
疑問は、寄せる闇に追い立てられ、安易に負の想像へと黒い翼をはためかせ-堰を
突き破ってあふれ出す、その刹那。
「マレ・・・大丈夫か?」
一瞬の硬直から立ち直り、フレアが弾かれたように駆け寄った。
不意を衝かれて、傭兵たちの間に立ち上っていた不穏な気が、霧消する。
駆け寄ったフレアは、土に汚れるのも構わずひざまずき、泣きそうな顔であちこち
をぽんぽん叩いて、怪我が無いことを確かめる。
その間、マレは無表情で立っているだけだったが、フレアが自分を心配していたこ
とは分かるのだろう。
空いているほうの手で、そっと、フレアの髪を撫でた。
あどけないその仕草に、黒髪の少女は唇を綻ばせる。
実にしばらくぶりの微笑みに、こわばった表情筋が解けていくのが分る。
一箇所、腹のあたりのタイツに裂け目を発見して顔をしかめるが、きっと草木に
引っ掛けたんだろうとすぐに納得した。
「ありがとう、ええと・・・」
「イザベルです。あなたは、この子の・・・?」
宿した目の色に、フレアは知った。
彼女も、「知って」いるのだ。
わずかな時間の後、黒髪を微かに揺らし、フレアは首を縦に振った。
「・・・ってこった。」
白の傭兵は背後の光景に軽く顎をしゃくり、ザイリッツを眺めやる。
「ま、この惨劇の中で君らの探していた少女が無事だったんだ、それだけでも喜ぶ
べきことじゃないか。ただ・・・」
そこで言葉を切って、隻腕の傭兵はわざとらしくため息をついた。
「ここから、どうすればいいと思うね?」
「ふン、そうだな・・・てめェらの放った火も、どうやら消されちまったみたいだ
しな。おまけに、もう足元もヤバいくらいにあたりは真っ暗だ。どうせ誰も、明かり
なんざ持ってきて無ぇんだろ?」
そう、マレが見つかったことで一瞬気持ちは上向きになったが、それで事態が何か
好転したわけではない。
むしろ、女子供を抱え込んだことで全滅する可能性が急上昇しただけだ。
ザイリッツはそう、言外に言いたいのだろう。
(ま、こいつはマレの本性を知らないからな。マレとここを支配してる魔族はどう
やら相容れないみてぇだし、どのみちこりゃあそいつを始末するまでここから出るっ
つうわけにもイカンよな?マレの方がこの森の下っ端どもより格上みてぇだし、とな
ると、直にここの主が直接出て来ざるをえないってぇ寸法だ。やれやれ・・・こい
つぁ待ちの一手になりそうだぜ。)
長考に入ろうとしたディアンを引き戻したのは、フレアのでも、ましてマレのでも
ない女性の声だった。
「あ、あの・・・光でしたら、私が。」
ぽんと手を打って、ザイリッツが向き直る。
「お、そういえばイザベラさんは神官殿でしたな。ぜひとも・・・」
イザベラが何事かを呟いて両の手を合わせると、その間から微かな光が漏れ出す。
そのままゆっくりと合わせた手のひらを離していくと、その光の元は球の形をして
いることが分かってくる。
直径10CMほどのそれは、すっかり闇に覆われた森の中を、青白く照らし出し
た。
「おぉ・・・!」
文字通り「希望の」光にざわめく傭兵たちを抑え、ザイリッツが片眉を上げた。
「いいか、光はある。状況は分からんが、森の攻撃も今はやんでいるようだ。だが
・・・油断はするな。ここは沼地、森の心臓部なのだからな」
そして、素早くいくつかの指示を下した。
生き残った傭兵たちは、フレアやマレ、イザベラを中心に素早く円陣を組み、ザイ
リッツは森側、ディアンは沼側の最前列に場を占める。
「そうそう、この中で銀か、魔法のかかった武器を持ってるヤツぁどれくらいいる
んだ?魔族に鉄の武器なんざ屁の突っ張りにもなりゃしないぜ?」
下級のものはともかく、中級以上の魔族には鉄の武器は通じない。
それは、魔と対峙するものたちにとっては、これ以上ないほどの常識。
賢者は言う、「彼らは人の世とは異なった理の中で生きる者ゆえ、彼らの世界にも
在る存在でしか傷つけることは叶わぬのだ」と。
舌打ちするザイリッツに、再びざわめく傭兵たち。
ぼそぼそと返事がかえり・・・結果、ディアンとフレアが沼側、魔法のかかった長
剣を持つザイリッツと銀の短剣を持っている配下の傭兵二人が森側を向き、その他の
ものは全て戦力外と言うことでその間に陣取ることになった。
「ふぅ・・・そうだったな。これまで経験が無かったとは言え・・・俺もヤキが
回ったか?」
「しょうが無ェさ。もとより、傭兵の本業じゃないんだしな。魔族なんざ、魔法使
いと冒険者に任しておけばいいさ・・・うまいことここを抜けたら、な」
珍しくフォローを入れるディアンの言葉に頷いたのもつかの間、団長は表情を引き
締めると、今や10名に満たない配下の者に檄を飛ばした。
「昨日まで一緒に飯を食っていたヤツらがもうお前らの隣にはいない。団一番の力
持ちだったイズンも、メシを作るのが上手かったマルクも、賭けに負けてばっかり
だったリーバスも死んじまった。このまま泣き寝入りか?ケツまくって逃げて、お前
らそれで女房子供や恋人に胸張って帰れるのかよ!?」
周りはみな敵、減っていく仲間、そしてこれから戦う相手は武器の効かない魔族・
・・ザイリッツの檄に、さっきまで脅えていた団員たちの表情が変わる。
見回して一呼吸置き、ザイリッツは半ば叫ぶように言い放った。
「先に行った奴らにあの世で先輩面されるのも癪だからよ、こっちで思い切り暴れ
て、奴らに聞かせてやろうぜ!俺らの武勇伝をよ!ビビってケツ引いて後ろから刺さ
れるくらいなら、笑って突撃してやろうじゃねぇか!やるぜ、お前ら!!!」
おうッッ・・・!
団員たちはおろか、フレアやイザベルまでも顔を紅潮させて剣を、拳を天へと突き
上げていた。
マレだけは怪訝そうな顔で首を傾げていたが。
やれる・・・やってやる!!
そんな高揚した精神は、戦場において何物にも勝る興奮剤となる。
兵士は死を恐れず、がむしゃらに戦い、そして・・・散っていく。
ディアンは、何も言わずただ口を一文字に引き結んで沼をにらみつけているだけ
だ。
昏い沼の表面に、微かな・・・微かな気泡が濁った立ち上る。
わずかな瘴気が、彼の心に開戦を告げる。
気負いはない。
ためらいも、死への恐怖も無い。
気負いは、体を硬くして反応を遅れさせる。
ためらいは、刃の速度を鈍らせる。
そして、彼は自分が死ぬなどとは露ほども考えていない。
人は、道を歩いていても、家に座していても、死ぬときは死ぬのだから。
「死ぬまでは、生きるさ」
呟き、声を張り上げた。
「おい・・・来るぞ!!!」
NPC:ザイリッツ・イザベル傭兵団
場所:魔の森・沼地
すでに太陽の残滓は跡形も無く、変わって地平を埋めるのは這い寄る夜の闇。
それは、わずかに生き残った傭兵たちの一団を身震いさせるほどの禍々しさを纏
い、急速に森の中を満たしていく。
「おい、そいつぁ・・・!」
誰かが、呆然とした声でそう呟いた。
法衣をまとった神官が連れているのは、蒼髪の少女。
それは、紛れも無く昨夜村を抜け出した少女であった。
傭兵たちがそれに気づくのに、さして時間はかからなかった。
こいつを追いかけて、仲間が死んだ。
こいつは、どうしてこんなところにいやがる?
気でも、触れてやがるのか?
そもそも、こんなガキがこんな地獄のような森の中で、なんで生き残ってやがる?
あんな夜中に抜け出して、まさか一晩をこんなところで過ごしたってのか?
あり得ねぇ、バカな・・・
横についている女は、見覚えがある。
一緒にきたはずの神官だったが・・・この女、気づいてるのか?
こんなところで生きている人間なんざ、俺らの他にいやしねぇってことをよ。
いや、待てよ・・・目の前の女、森が見せた幻影じゃないと誰が言い切れる?
助けたつもりが罠だった、なんてのは御免だぜ。
せっかく、ここまで生き延びたんだ・・・
怪しいものに関わっていられる状況じゃない。
これまで、仲間がたくさん死んだ。
なら、あと一人二人増えたって構いやしないだろ・・・
呟きが、皆の心に浸透し、状況を理解し、それは不信となって疑問をもたらす。
疑問は、寄せる闇に追い立てられ、安易に負の想像へと黒い翼をはためかせ-堰を
突き破ってあふれ出す、その刹那。
「マレ・・・大丈夫か?」
一瞬の硬直から立ち直り、フレアが弾かれたように駆け寄った。
不意を衝かれて、傭兵たちの間に立ち上っていた不穏な気が、霧消する。
駆け寄ったフレアは、土に汚れるのも構わずひざまずき、泣きそうな顔であちこち
をぽんぽん叩いて、怪我が無いことを確かめる。
その間、マレは無表情で立っているだけだったが、フレアが自分を心配していたこ
とは分かるのだろう。
空いているほうの手で、そっと、フレアの髪を撫でた。
あどけないその仕草に、黒髪の少女は唇を綻ばせる。
実にしばらくぶりの微笑みに、こわばった表情筋が解けていくのが分る。
一箇所、腹のあたりのタイツに裂け目を発見して顔をしかめるが、きっと草木に
引っ掛けたんだろうとすぐに納得した。
「ありがとう、ええと・・・」
「イザベルです。あなたは、この子の・・・?」
宿した目の色に、フレアは知った。
彼女も、「知って」いるのだ。
わずかな時間の後、黒髪を微かに揺らし、フレアは首を縦に振った。
「・・・ってこった。」
白の傭兵は背後の光景に軽く顎をしゃくり、ザイリッツを眺めやる。
「ま、この惨劇の中で君らの探していた少女が無事だったんだ、それだけでも喜ぶ
べきことじゃないか。ただ・・・」
そこで言葉を切って、隻腕の傭兵はわざとらしくため息をついた。
「ここから、どうすればいいと思うね?」
「ふン、そうだな・・・てめェらの放った火も、どうやら消されちまったみたいだ
しな。おまけに、もう足元もヤバいくらいにあたりは真っ暗だ。どうせ誰も、明かり
なんざ持ってきて無ぇんだろ?」
そう、マレが見つかったことで一瞬気持ちは上向きになったが、それで事態が何か
好転したわけではない。
むしろ、女子供を抱え込んだことで全滅する可能性が急上昇しただけだ。
ザイリッツはそう、言外に言いたいのだろう。
(ま、こいつはマレの本性を知らないからな。マレとここを支配してる魔族はどう
やら相容れないみてぇだし、どのみちこりゃあそいつを始末するまでここから出るっ
つうわけにもイカンよな?マレの方がこの森の下っ端どもより格上みてぇだし、とな
ると、直にここの主が直接出て来ざるをえないってぇ寸法だ。やれやれ・・・こい
つぁ待ちの一手になりそうだぜ。)
長考に入ろうとしたディアンを引き戻したのは、フレアのでも、ましてマレのでも
ない女性の声だった。
「あ、あの・・・光でしたら、私が。」
ぽんと手を打って、ザイリッツが向き直る。
「お、そういえばイザベラさんは神官殿でしたな。ぜひとも・・・」
イザベラが何事かを呟いて両の手を合わせると、その間から微かな光が漏れ出す。
そのままゆっくりと合わせた手のひらを離していくと、その光の元は球の形をして
いることが分かってくる。
直径10CMほどのそれは、すっかり闇に覆われた森の中を、青白く照らし出し
た。
「おぉ・・・!」
文字通り「希望の」光にざわめく傭兵たちを抑え、ザイリッツが片眉を上げた。
「いいか、光はある。状況は分からんが、森の攻撃も今はやんでいるようだ。だが
・・・油断はするな。ここは沼地、森の心臓部なのだからな」
そして、素早くいくつかの指示を下した。
生き残った傭兵たちは、フレアやマレ、イザベラを中心に素早く円陣を組み、ザイ
リッツは森側、ディアンは沼側の最前列に場を占める。
「そうそう、この中で銀か、魔法のかかった武器を持ってるヤツぁどれくらいいる
んだ?魔族に鉄の武器なんざ屁の突っ張りにもなりゃしないぜ?」
下級のものはともかく、中級以上の魔族には鉄の武器は通じない。
それは、魔と対峙するものたちにとっては、これ以上ないほどの常識。
賢者は言う、「彼らは人の世とは異なった理の中で生きる者ゆえ、彼らの世界にも
在る存在でしか傷つけることは叶わぬのだ」と。
舌打ちするザイリッツに、再びざわめく傭兵たち。
ぼそぼそと返事がかえり・・・結果、ディアンとフレアが沼側、魔法のかかった長
剣を持つザイリッツと銀の短剣を持っている配下の傭兵二人が森側を向き、その他の
ものは全て戦力外と言うことでその間に陣取ることになった。
「ふぅ・・・そうだったな。これまで経験が無かったとは言え・・・俺もヤキが
回ったか?」
「しょうが無ェさ。もとより、傭兵の本業じゃないんだしな。魔族なんざ、魔法使
いと冒険者に任しておけばいいさ・・・うまいことここを抜けたら、な」
珍しくフォローを入れるディアンの言葉に頷いたのもつかの間、団長は表情を引き
締めると、今や10名に満たない配下の者に檄を飛ばした。
「昨日まで一緒に飯を食っていたヤツらがもうお前らの隣にはいない。団一番の力
持ちだったイズンも、メシを作るのが上手かったマルクも、賭けに負けてばっかり
だったリーバスも死んじまった。このまま泣き寝入りか?ケツまくって逃げて、お前
らそれで女房子供や恋人に胸張って帰れるのかよ!?」
周りはみな敵、減っていく仲間、そしてこれから戦う相手は武器の効かない魔族・
・・ザイリッツの檄に、さっきまで脅えていた団員たちの表情が変わる。
見回して一呼吸置き、ザイリッツは半ば叫ぶように言い放った。
「先に行った奴らにあの世で先輩面されるのも癪だからよ、こっちで思い切り暴れ
て、奴らに聞かせてやろうぜ!俺らの武勇伝をよ!ビビってケツ引いて後ろから刺さ
れるくらいなら、笑って突撃してやろうじゃねぇか!やるぜ、お前ら!!!」
おうッッ・・・!
団員たちはおろか、フレアやイザベルまでも顔を紅潮させて剣を、拳を天へと突き
上げていた。
マレだけは怪訝そうな顔で首を傾げていたが。
やれる・・・やってやる!!
そんな高揚した精神は、戦場において何物にも勝る興奮剤となる。
兵士は死を恐れず、がむしゃらに戦い、そして・・・散っていく。
ディアンは、何も言わずただ口を一文字に引き結んで沼をにらみつけているだけ
だ。
昏い沼の表面に、微かな・・・微かな気泡が濁った立ち上る。
わずかな瘴気が、彼の心に開戦を告げる。
気負いはない。
ためらいも、死への恐怖も無い。
気負いは、体を硬くして反応を遅れさせる。
ためらいは、刃の速度を鈍らせる。
そして、彼は自分が死ぬなどとは露ほども考えていない。
人は、道を歩いていても、家に座していても、死ぬときは死ぬのだから。
「死ぬまでは、生きるさ」
呟き、声を張り上げた。
「おい・・・来るぞ!!!」
PC@マレフィセント・ディアン・フレア
NPC@ザイリッツなど傭兵団その他
場所@魔の森・沼地
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーー
泥が鞭状にしなりながら、幾重にも枝分かれた。
ディアンの一薙ぎで三本が撃墜され、ザイリッツの剣戟で1本がはじけ跳ぶ。
「足元に気をつけろ!」
断ち切られたはずの泥の触手が跳ね上がり、一人の兵士にまき付こうと伸び
る。
それをフレアの剣が横割って両断し、今度こそ元の泥に戻って地べたに落ち
た。
「沼の中に隠れてるらしい本体をぶった斬らんと、埒があかん」
ザイリッツの苦言は、再び襲い掛かった二本の触手を絶ちながら呻いた。
同じく舌打ちしながらもディアンが沼側から直線で向かってきた攻撃を、神速
にも劣らない速さで断ち切った。
森側からは、蔦の雨。沼側からは、泥の触手の嵐。
しかし、どうも沼側の攻撃の方が早く、また動きも鋭い。
それに比べると森側は何故かよたよたと遅く、また動きもまばらだ。
しきりにマレフィセントが異界の言葉で囁きながらも沼をちらちらと気にして
いるあたり、どうやら相手は沼の中なのだろうか。そうディアンは予測した。
「……マレ」
幾度もフレアに呼ばれるさいに、かけられた名前。
その言葉は理解できなくても、自身を指し示す言葉であるとは理解しているの
か、マレフィセントはぴくりと反応した。
黒薔薇のように棘の生えた翼で触手を逆に絡めとりながらディアンの側に来
る。
「お前にして欲しいことがある」
マレフィセントは、じっとディアンを見つめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーー
「何考えてるんだディアン!!」
フレアの怒号で、幾人かが振り返る。
こんな攻撃が乱舞している際に、痴話喧嘩でもしてるのかと不思議そうな気
配。
「俺に出来るんだったら俺がしてる。だが俺がここを離れたら沼からの攻撃が
あいつらにも及ぶ。フレアの危険だって高まる」
「そんな事聞いてない!マレフィセントを沼に放り込むだなんて、絶対させな
い!!」
叫びながらも、剣は悪魔の群れを薙ぐ。
こうしている間にも、どんどん自分達の体力が減っていく。これでは勝ち目も
クソもない。
「…沼の中の相手と一騎打ちしろっつてんじゃねぇ。
おびき出してくれるだけでいいんだ、危険だ。そりゃあ危険だ。だがな、ここ
でもろとも死ぬ選択よりは幾分道がある」
「でも!!………でも」
こういう時に、言葉が通じないのは不便だった。
マレフィセントは不思議そうに首を傾げるばかりで、ディアンの伝えた内容を
理解しているのかは不明だ。
そんなあどけない仕草の少女を敵陣に送り込むなど、思わずフレアの顔が歪ん
だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーー
白い人に言われた言葉の欠片すら分からない。
だけど、マレフィセントにだって理解できることは、このままじゃいけないと
いうこと。
なんとなく、やるべき事だけはわかった。
フレアの悲しそうな顔が不思議でたまらくて、そっと手を伸ばした。
どこか怪我したのかもしれない、そんな時は痛くて苦しくて泣きそうになる。
だから、触って撫でてあげれば、その痛みが和らぐかもしれないと思っての行
動だった。
なのに、フレアはますます苦しそうな顔をした。
「θююω@υ(大丈夫?)?」
言葉は通じず、意味は渡らない。
それでも、喋らずにはいられない。大丈夫?どうしてそんなに顔が苦しそうな
の?と。
唇から漏れた言葉が青く燐光のように瞬いて夜の空気に消えていく。
そして、頭上から鞭が襲い来る。
フレアが咄嗟にマレフィセントを抱きしめて鞭を落とす。
暖かい温もりで、少しだけ勇気と安心が生まれる。また、抱きしめてもらいた
いと思う。
そのためには、飛ばなければとも。
フレアから離れて、翼を広げた。
見つめる先には、虚無を流し込んだかのような泥の沼地。暗黒の淵。
ー汝が深淵を覗く時、深淵もまた汝を覗いているー
太古の言葉どおりに、マレフィセントがその水面を見つめると、水面の奥底か
らも視線を感じた。
全身に角が生え始める。それは角というより、鎧に近い外見を持った。
白い骨を纏う、甲冑の娘。
白い騎士、とは言えずともその姿は戦地を駆ける騎士にも似て。
どこかで蹄が駆ける音が聞こえる。遠く遠く、遙か遠く空の果てから。
夜が悪魔の時というなら、それは相手の時刻でもあり、またマレフィセントの
時でもある。
その決意を抱くものを的確に現すならば、確かに今の少女は騎士だった。
沼に飛び込むと、幾つもの触手が四肢にまき付いた。
それを逆に翼で絡め、鞭の元を辿っていく。絡まった鞭は自身の翼となって相
手の攻撃を逆に我が物へと変えた。
沼の奥底で身じろぎするのは、同胞にて夜の子供達。
Colorful Fruit
少女は、思わず仰け反った。
見つめ、見えたものがあまりに異形であり、そして
Colorful Fruit……
「マレフィセント!!」
沼から飛び出してきた少女に、安堵の叫びをあげたフレア。
傭兵とフレアとディアン達が見守る中、ついにマレフィセントの翼に引き摺ら
れて出てきたものは。
頭頂部がイソギンチャクのように触手と化した、蛇のような魔物だった。
蛇の肢体には、寄生するかのように絡みつき這いずる悪魔の植物。
植物にはたわわに実った赤い果実がぶら下がっていたが、それが一斉に弾け
て。
中に実っていたのは、人間の眼球だった。
それは青い瞳だったり、黒い瞳だったり、鳶色でもあったりした。
傭兵達が後悔した点を上げるとすれば、それが仲間やかつて森で犠牲になった
キャラバンの者達の瞳であることに気がついてしまったことだろう。
蛇の尾はすでに植物の蔦となって幾重にも枝分かれて沼の外に広がっていっ
た。
そこから、森への神経を通しているのだろうか。尾から続く蔦は森の木々に絡
んでいて、一斉に森の果実が始めて白濁した眼球を開いたのだ。
Colorful Fruit
第二戦の、はじまりである。
NPC@ザイリッツなど傭兵団その他
場所@魔の森・沼地
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泥が鞭状にしなりながら、幾重にも枝分かれた。
ディアンの一薙ぎで三本が撃墜され、ザイリッツの剣戟で1本がはじけ跳ぶ。
「足元に気をつけろ!」
断ち切られたはずの泥の触手が跳ね上がり、一人の兵士にまき付こうと伸び
る。
それをフレアの剣が横割って両断し、今度こそ元の泥に戻って地べたに落ち
た。
「沼の中に隠れてるらしい本体をぶった斬らんと、埒があかん」
ザイリッツの苦言は、再び襲い掛かった二本の触手を絶ちながら呻いた。
同じく舌打ちしながらもディアンが沼側から直線で向かってきた攻撃を、神速
にも劣らない速さで断ち切った。
森側からは、蔦の雨。沼側からは、泥の触手の嵐。
しかし、どうも沼側の攻撃の方が早く、また動きも鋭い。
それに比べると森側は何故かよたよたと遅く、また動きもまばらだ。
しきりにマレフィセントが異界の言葉で囁きながらも沼をちらちらと気にして
いるあたり、どうやら相手は沼の中なのだろうか。そうディアンは予測した。
「……マレ」
幾度もフレアに呼ばれるさいに、かけられた名前。
その言葉は理解できなくても、自身を指し示す言葉であるとは理解しているの
か、マレフィセントはぴくりと反応した。
黒薔薇のように棘の生えた翼で触手を逆に絡めとりながらディアンの側に来
る。
「お前にして欲しいことがある」
マレフィセントは、じっとディアンを見つめた。
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「何考えてるんだディアン!!」
フレアの怒号で、幾人かが振り返る。
こんな攻撃が乱舞している際に、痴話喧嘩でもしてるのかと不思議そうな気
配。
「俺に出来るんだったら俺がしてる。だが俺がここを離れたら沼からの攻撃が
あいつらにも及ぶ。フレアの危険だって高まる」
「そんな事聞いてない!マレフィセントを沼に放り込むだなんて、絶対させな
い!!」
叫びながらも、剣は悪魔の群れを薙ぐ。
こうしている間にも、どんどん自分達の体力が減っていく。これでは勝ち目も
クソもない。
「…沼の中の相手と一騎打ちしろっつてんじゃねぇ。
おびき出してくれるだけでいいんだ、危険だ。そりゃあ危険だ。だがな、ここ
でもろとも死ぬ選択よりは幾分道がある」
「でも!!………でも」
こういう時に、言葉が通じないのは不便だった。
マレフィセントは不思議そうに首を傾げるばかりで、ディアンの伝えた内容を
理解しているのかは不明だ。
そんなあどけない仕草の少女を敵陣に送り込むなど、思わずフレアの顔が歪ん
だ。
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白い人に言われた言葉の欠片すら分からない。
だけど、マレフィセントにだって理解できることは、このままじゃいけないと
いうこと。
なんとなく、やるべき事だけはわかった。
フレアの悲しそうな顔が不思議でたまらくて、そっと手を伸ばした。
どこか怪我したのかもしれない、そんな時は痛くて苦しくて泣きそうになる。
だから、触って撫でてあげれば、その痛みが和らぐかもしれないと思っての行
動だった。
なのに、フレアはますます苦しそうな顔をした。
「θююω@υ(大丈夫?)?」
言葉は通じず、意味は渡らない。
それでも、喋らずにはいられない。大丈夫?どうしてそんなに顔が苦しそうな
の?と。
唇から漏れた言葉が青く燐光のように瞬いて夜の空気に消えていく。
そして、頭上から鞭が襲い来る。
フレアが咄嗟にマレフィセントを抱きしめて鞭を落とす。
暖かい温もりで、少しだけ勇気と安心が生まれる。また、抱きしめてもらいた
いと思う。
そのためには、飛ばなければとも。
フレアから離れて、翼を広げた。
見つめる先には、虚無を流し込んだかのような泥の沼地。暗黒の淵。
ー汝が深淵を覗く時、深淵もまた汝を覗いているー
太古の言葉どおりに、マレフィセントがその水面を見つめると、水面の奥底か
らも視線を感じた。
全身に角が生え始める。それは角というより、鎧に近い外見を持った。
白い骨を纏う、甲冑の娘。
白い騎士、とは言えずともその姿は戦地を駆ける騎士にも似て。
どこかで蹄が駆ける音が聞こえる。遠く遠く、遙か遠く空の果てから。
夜が悪魔の時というなら、それは相手の時刻でもあり、またマレフィセントの
時でもある。
その決意を抱くものを的確に現すならば、確かに今の少女は騎士だった。
沼に飛び込むと、幾つもの触手が四肢にまき付いた。
それを逆に翼で絡め、鞭の元を辿っていく。絡まった鞭は自身の翼となって相
手の攻撃を逆に我が物へと変えた。
沼の奥底で身じろぎするのは、同胞にて夜の子供達。
Colorful Fruit
少女は、思わず仰け反った。
見つめ、見えたものがあまりに異形であり、そして
Colorful Fruit……
「マレフィセント!!」
沼から飛び出してきた少女に、安堵の叫びをあげたフレア。
傭兵とフレアとディアン達が見守る中、ついにマレフィセントの翼に引き摺ら
れて出てきたものは。
頭頂部がイソギンチャクのように触手と化した、蛇のような魔物だった。
蛇の肢体には、寄生するかのように絡みつき這いずる悪魔の植物。
植物にはたわわに実った赤い果実がぶら下がっていたが、それが一斉に弾け
て。
中に実っていたのは、人間の眼球だった。
それは青い瞳だったり、黒い瞳だったり、鳶色でもあったりした。
傭兵達が後悔した点を上げるとすれば、それが仲間やかつて森で犠牲になった
キャラバンの者達の瞳であることに気がついてしまったことだろう。
蛇の尾はすでに植物の蔦となって幾重にも枝分かれて沼の外に広がっていっ
た。
そこから、森への神経を通しているのだろうか。尾から続く蔦は森の木々に絡
んでいて、一斉に森の果実が始めて白濁した眼球を開いたのだ。
Colorful Fruit
第二戦の、はじまりである。