キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:なし
場所:宿屋
―――――――――――――――
-realgar-
―――――――――――――――
親愛なる二人へ。
この手紙を読んでいるということは、無事なのだな?
怪我もしていないだろうな?病気も?
本当にすまないと思っている。
今回のことは全部私のせいなのに、すべてを二人に押し付けてしまった。
それなのに大した礼も謝罪もできなくて…。
こちらはおかげで大丈夫だ。ディアンも変わりない。
変わりといえば、新しい出会いもあったんだ。マレフィセントという。
とても可愛い女の子だ。今は彼女とも同行して、ライガールに向かっている。
ヴィルフリードが言ったとおりだ…。私は出会いを楽しんでいる。
いつか来る別れを思うと、まだ少し怖いけれど…。
だけど二人に出会えたことは、別れてしまった今でも、後悔なんかしていない。
・・・★・・・
夜通し歩くことを覚悟していたが、それは出会ったばかりの少女にとっては
酷だろうということで、街道沿いの寂れた宿屋に泊まることになった。
それがどれだけの危険を孕んでいるかわからなかった。しかし、
追っ手に怯えながら夜道を歩くのもぞっとしない。
横には畳んだ外套が置いてある。フレアのものだが、出会ったときから
ここに来るまで少女に羽織らせてやったのだ。
もちろん寒さを心配してもあったのだが、こうでもしないと、
彼女の姿を夜警に見咎められかねない。
「きっと、君にとってこの世界は変に映るんだろう」
飽きずに真っ暗な窓の外――消えかかった街灯と、よろい戸が閉められた
向かいの青果店しかない、景色とも言えないような景色――を見ている
少女の背中へ、ベッドに腰をかけたままフレアは声をかけた。
もちろん少女が意味を解すことを望んでいたわけではない。
しかしマレフィセントは振り返ると、蹄でごつごつと足音をたてて
近づき、こちらの隣に座ってきた。
「私も、この姿を見て驚かなかったわけじゃない――」
ランプの色に染まっている少女の髪を指で梳いてやると、彼女は
もう何も心配ないとでも言いたげに、こちらの脇腹に
頭を突っ込んでくる。
「他の皆もそうだ。この世界にいる人は、きっと君を見たら驚くだろう」
さりげなく自分の脇腹に食い込んだ角の位置を変えながら、
フレアは続けた。
「君は…悪魔にそっくりな姿をしているから。けれど、人によっては
助けようとするかもしれない。その…殺そうとするかもしれない」
おとぎ話でも聞くように、マレフィセントはじっと耳を傾けている。
「一番怖いのは、姿じゃない。『知らない』という事なんだと私は思う」
ぱた、ぱた、という音は、すぐ真後ろから聞こえた。少女が尻尾を振って、
毛布を叩いているに違いなかった。
「私はまだ君のことを、恐れるべき相手なのかどうか『知らない』んだ」
フレアはベッドの脇にある小さなテーブルに手を伸ばした。
上には、さっき使った封蝋の印が置いてある。それを通り越して、
台つきランプを調節し、灯を消す。
その間、マレフィセントは頭をフレアの膝に移動させた。
「でもね」
目を伏せて少女を見やる。
「もし、君が『恐れるべき相手』だったとしても――」
もう尻尾は動いていない。かわりに、かすかな呼吸のリズムが
膝を通して伝わってきていた。
「私は、君の味方でいようと思う。マレフィセント」
ディアンがいるはずの、隣の部屋からは何も聞こえない。
当たり前だ。今は誰もが眠る時間なのだ。
・・・★・・・
特に朝晩は冷えるから、ふたりとも身体に気をつけてほしい。
ヴィルフリードも寝酒なんかしないように。
リタ、いつかまた出会うことがあったら、その時こそ一緒に朝食を。
追伸
礼にもならないかもしれないけれど、私から二人に、贈り物をひとつだけ。
白檀(びゃくだん)の栞だ。透かし彫りが綺麗だろう?
それぞれ絵柄が違うんだ。
ヴィルフリードはあまり本を読まないかもしれないけど、
白檀は霊木といわれている木だから、お守り代わりにもなるだろう。
それでなくても、いい香りを楽しんでもらえたら嬉しい。
――フレア・フィフス
NPC:なし
場所:宿屋
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-realgar-
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親愛なる二人へ。
この手紙を読んでいるということは、無事なのだな?
怪我もしていないだろうな?病気も?
本当にすまないと思っている。
今回のことは全部私のせいなのに、すべてを二人に押し付けてしまった。
それなのに大した礼も謝罪もできなくて…。
こちらはおかげで大丈夫だ。ディアンも変わりない。
変わりといえば、新しい出会いもあったんだ。マレフィセントという。
とても可愛い女の子だ。今は彼女とも同行して、ライガールに向かっている。
ヴィルフリードが言ったとおりだ…。私は出会いを楽しんでいる。
いつか来る別れを思うと、まだ少し怖いけれど…。
だけど二人に出会えたことは、別れてしまった今でも、後悔なんかしていない。
・・・★・・・
夜通し歩くことを覚悟していたが、それは出会ったばかりの少女にとっては
酷だろうということで、街道沿いの寂れた宿屋に泊まることになった。
それがどれだけの危険を孕んでいるかわからなかった。しかし、
追っ手に怯えながら夜道を歩くのもぞっとしない。
横には畳んだ外套が置いてある。フレアのものだが、出会ったときから
ここに来るまで少女に羽織らせてやったのだ。
もちろん寒さを心配してもあったのだが、こうでもしないと、
彼女の姿を夜警に見咎められかねない。
「きっと、君にとってこの世界は変に映るんだろう」
飽きずに真っ暗な窓の外――消えかかった街灯と、よろい戸が閉められた
向かいの青果店しかない、景色とも言えないような景色――を見ている
少女の背中へ、ベッドに腰をかけたままフレアは声をかけた。
もちろん少女が意味を解すことを望んでいたわけではない。
しかしマレフィセントは振り返ると、蹄でごつごつと足音をたてて
近づき、こちらの隣に座ってきた。
「私も、この姿を見て驚かなかったわけじゃない――」
ランプの色に染まっている少女の髪を指で梳いてやると、彼女は
もう何も心配ないとでも言いたげに、こちらの脇腹に
頭を突っ込んでくる。
「他の皆もそうだ。この世界にいる人は、きっと君を見たら驚くだろう」
さりげなく自分の脇腹に食い込んだ角の位置を変えながら、
フレアは続けた。
「君は…悪魔にそっくりな姿をしているから。けれど、人によっては
助けようとするかもしれない。その…殺そうとするかもしれない」
おとぎ話でも聞くように、マレフィセントはじっと耳を傾けている。
「一番怖いのは、姿じゃない。『知らない』という事なんだと私は思う」
ぱた、ぱた、という音は、すぐ真後ろから聞こえた。少女が尻尾を振って、
毛布を叩いているに違いなかった。
「私はまだ君のことを、恐れるべき相手なのかどうか『知らない』んだ」
フレアはベッドの脇にある小さなテーブルに手を伸ばした。
上には、さっき使った封蝋の印が置いてある。それを通り越して、
台つきランプを調節し、灯を消す。
その間、マレフィセントは頭をフレアの膝に移動させた。
「でもね」
目を伏せて少女を見やる。
「もし、君が『恐れるべき相手』だったとしても――」
もう尻尾は動いていない。かわりに、かすかな呼吸のリズムが
膝を通して伝わってきていた。
「私は、君の味方でいようと思う。マレフィセント」
ディアンがいるはずの、隣の部屋からは何も聞こえない。
当たり前だ。今は誰もが眠る時間なのだ。
・・・★・・・
特に朝晩は冷えるから、ふたりとも身体に気をつけてほしい。
ヴィルフリードも寝酒なんかしないように。
リタ、いつかまた出会うことがあったら、その時こそ一緒に朝食を。
追伸
礼にもならないかもしれないけれど、私から二人に、贈り物をひとつだけ。
白檀(びゃくだん)の栞だ。透かし彫りが綺麗だろう?
それぞれ絵柄が違うんだ。
ヴィルフリードはあまり本を読まないかもしれないけど、
白檀は霊木といわれている木だから、お守り代わりにもなるだろう。
それでなくても、いい香りを楽しんでもらえたら嬉しい。
――フレア・フィフス
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キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:なし
場所:宿屋
―――――――――――――――
ゼニス・ブルー
(天頂の青)という意味合い。天の青を現す。
―――――――――――――――
目が覚めてみると、夜明けだった。
ベットの上で、むっくり上体をあげて欠伸を一つ。
と、途端にぶるっと震えが全身に走る。まだ夜気が抜けきっていないので、少
し肌寒い。
ふと、卓上の小さな電球がつけっぱなしになっていることに気がついた。
その光は、薄暗い部屋でぼぅ…と光って、部屋の中にオレンジと黒の影絵を作
った。
もそもそと、ベットから降りて机に近づく。
小さな吐息が聞こえてくる、机に蹲るようにして眠っている少女から。
書きかけなのか、ペンとインクが蓋を開いたまま放置されている。
「υαα……?」
ぺたぺたと触っても、身じろぎしか帰ってこない。
机の上には、封が終わった手紙。綺麗な文字で書かれた宛名はもちろん読めな
かった。
マレフィセントはしばらく、じーーーーーっと何を考えていたが。
唐突にベットに戻って、毛布を引き摺ってきた。それを、フレアの上にかぶせ
る。
よく、少女のこちらの世界の「母親」は窓辺に座って時折、動かなくなる時が
あった。
すると、「母親」の連れである紅の魔族が可笑しそうに笑いながら、「母親」
の体に毛布をかけてやっていた。
何をしてるの?
ーこうやっておかないと、風邪をひいてしまうのー
かぶせるだけで、ひかなくなるの?
ーそれにねー
なぁに?
ー…こうして包んでおかないと”中身”が逃げてしまうから、ねー
言いえて、妙な答えだった。
なるほど、あの「母親」の睡眠というのは普通じゃなかった。
死んだように眠るのだ、呼吸も微細な動きも、何もなくなって停止する。
眠ってる、ではないのかもしれない。本当に、あれは生きるということを停止
しているのかもしれない。
まるで、彼の中に注がれた燃料が、空になってなくなってしまって。
だから、彼はあらゆることを停止して、次の充電をまつのかもしれない。
御伽話に聞いた『機械』のように。
そうして見ると、今度の母親は実に人間的だった。
規則正しく上下する呼吸に、少しだけ安堵を募らせる。
もちろん、彼女はフレアが風邪を引かないように、もしくはフレアの中身が逃
げないようにと善意+好意でやったわけだったが。
人間でない彼女には、フレアが毛布のおかげで呼吸が苦しそうになっている様
も、もちろん彼女が嬉しそうに体を上下してすやすや眠っているようにしか見
えてないわけだったりもするが(笑)。
豆電球の灯りを、翼の先で器用に消した。
何をまた思ったのか、苦しそうに眠る(笑)フレアの横を通り過ぎて、部屋の
窓に近づく。
カーテンを引く、と世界が見えた。
夜明けの、世界。
ああ、少女は痛切に感じた。
見るがいい、夜の闇が無残に千切られていく。ああ、窓枠の外の聖戦よ。
ああ、娘は悲痛なまでに、感動した。
誰が見ても普通の夜明けが、彼女達悪魔にとっては幾夜の敗残としてその目に
焼きつく。
当たり前の光景。
それは、揺るぎない光の勝利。何もかも照らし出す王は、闇夜の嘆きの一声す
ら許さぬと、その眩い紗幕を空一面に投げかけて、哀れな夜の軍勢を飲み込も
うとしている。
雲が、闇を庇おうと光を覆う。
しかし、それすらも突き抜けて、朝日が世界を貫いていく。
窓の薄いガラス一枚を隔てた向こうは、世界の創世の繰り返しの場面。
闇と光の、結末が今まさに繰り広げられている。
神は勝利の証に、月と太陽に命じた。
“必ずや、お前達の交代の際には、我が勝利の一幕を繰り返すように”
雲や、霧は闇の味方をしてくれた。しかし、その代償に、彼らは月や太陽のよ
うに、確固たる存在を与えてはもらえなかった。
だから光を遮り、隠す力を持つが、必ず消えてしまう。
少女は、大きな瞳を窓に近づけた。
手を、ガラスに当てて身を乗り出す。
唇は言葉にならない悲しみと叫びをただ、ぱくぱくと動かすだけ。
ああ、光が、私達を追いやっていく。
毎夜、毎朝の運命。神が与えたもうた全ての世界にあるこの壮絶な戦場よ。
と、空の片隅に残る青い残滓が、余韻を引きながら消えていく。
聞こえる。
「 」
声が
「 」
そう
「 」
それは
「 」
我が父のもの。
『お前の父親なら、何度もお前の前に現れている』
嘘だ、と思った。
母様は嘘をついていらっしゃる。だって、この広いお城には私と貴方だけなの
に。
と、母様はやや迷った後、こう言った。
『お前を産んだその時も、お前の父親の加護の前だった』
反論しようと思ったら、すっと白い線手に口をふさがれた。
ぱたぱたと、尻尾を振って上目遣いに見ると、母親は彫像のような精緻な唇を
動かした。
『ごらん、お前の父の刻だ』
母様はそうやって、窓を指差す。
そのとき、朝日が差し込んできた。闇夜の霧は晴れ、禍々しい森のシルエット
が浮き彫りとなる。
『さあ、見るがいい。
これがお前の父、夜明けの悪魔だ。お前の父は、抗えぬ敗北の騎士。
決して打ち勝つ事など出来ぬと知りつつも、なおも光に剣をかざす誇り高き兵
士。
闇を呼ぶ夜の暴帝の配下、最も気高く剣は鋭い。さあ、その瞳に覚えなさい。
光によって駆逐される我等が眷属を、庇いて戦うお前の血族をー……』
夜明けを差して。
世界の片隅でなおも青と夜を残す空を。
夜明けに残る、月夜の影。
それがお前の父親だ、と。それこそ、お前のあるべき領域だと。
ああ、父様が戦っている。
闇夜の黒き魔物を率いて、絶望の戦場を孤高に率いていらっしゃる。
青い夜の残滓はかの方の剣、青い空にわずかに残る星達はかの方の盾。
ああ、そんな場所に父はいるのか。
敗れると知っているのに、戦場で毎夜傷ついてはなおも戦うのか。
空の果てで、そうやって孤独に走っているのか。
窓が開かれる。
聖戦の終わりに、少女は飛び出した。
黒薔薇のような翼を思いっきり広げて。
夜明けの冷たい空気の中に躍りだす。その冷気は嘆く闇の眷属の響きだ。
空に舞い上がれば、遠く遠くに見える父の世界よ。
青く、闇を残すあの場に、かの方はいるのか。
飛んだ。
めいっぱい、駆けた。冷たい朝の世界を、夜に、世界の向こうへ駆けていく父
を追い。
夜に追いつこうとしても、少女の翼はそれほど早くなかった。
やがて、気づいた時には世界中が朝になっていることに気がついた。
間に合わなかった。
息も絶え絶えに、彼女は苦しそうに呼吸を繰り返す。
朝の冷たさに当てられて、肺が凍ってしまいそうだ。痛む胸と喉を抱えて、少
女は泣いた。
冷たい朝の光の中で、誰もいない青い場所ですすり泣いた。
父様、父様。
あなたは私を知っているのですか。あなたは、母様が光に殺されたことをご存
知なのですか。
あなたの娘が、こうやって光の袂ですら涙を流すのは、あなたのため。
あなたの姿が、遠すぎて。離れすぎて。
追いつけないこの口惜しさと切なさを、あなたは知っているのですか。
夜明けよ、明け逝く闇夜よ。
この未熟な闇に慈悲を。この哀れな魔物に祈りを。
届かぬ父に泣き叫ぶ娘を、いつか……そう、いつか世界の果ての国で出会える
ように。
同胞の影が、彼女の下で囁いた。
それまで、人の波間に埋もれていなさい。
お前を私達が守護して、庇護してあげよう。
それまで、人の世界で遊んでいなさい。
眠りにつくころには、お前の亡き母も夢の国に着いているだろう。
それまで、人の温もりに擦り寄ってなさい。
お前の父が、そうやってお前の母に寄り添っていた知らぬ日のように。
それまで、人の物語の中で踊っていなさい。
やがて、神が敗れた暁に、夜明けの悪魔はお前を連れて行くだろうから。
まだ夜明けが終わったばかりの、眩い朝日の中。
窓は開かれて、白いレースのカーテンはひらひらと揺れていた。
風がささやかに揺れていて、世界は光に祝福されている。
フレアは目を覚ました。
さっきから息苦しいと思っていたら、どうやらこのかぶさった毛布が原因なの
か。
原因の当事者が一人しか思い当たらないので、苦笑しつつ体を動かそうとし
た。と。
足元で、光に隠れるように。
泣きはらした悪魔の娘が、幼い顔ですやすやと眠っていた。
窓辺は、光に祝福されていた。
NPC:なし
場所:宿屋
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ゼニス・ブルー
(天頂の青)という意味合い。天の青を現す。
―――――――――――――――
目が覚めてみると、夜明けだった。
ベットの上で、むっくり上体をあげて欠伸を一つ。
と、途端にぶるっと震えが全身に走る。まだ夜気が抜けきっていないので、少
し肌寒い。
ふと、卓上の小さな電球がつけっぱなしになっていることに気がついた。
その光は、薄暗い部屋でぼぅ…と光って、部屋の中にオレンジと黒の影絵を作
った。
もそもそと、ベットから降りて机に近づく。
小さな吐息が聞こえてくる、机に蹲るようにして眠っている少女から。
書きかけなのか、ペンとインクが蓋を開いたまま放置されている。
「υαα……?」
ぺたぺたと触っても、身じろぎしか帰ってこない。
机の上には、封が終わった手紙。綺麗な文字で書かれた宛名はもちろん読めな
かった。
マレフィセントはしばらく、じーーーーーっと何を考えていたが。
唐突にベットに戻って、毛布を引き摺ってきた。それを、フレアの上にかぶせ
る。
よく、少女のこちらの世界の「母親」は窓辺に座って時折、動かなくなる時が
あった。
すると、「母親」の連れである紅の魔族が可笑しそうに笑いながら、「母親」
の体に毛布をかけてやっていた。
何をしてるの?
ーこうやっておかないと、風邪をひいてしまうのー
かぶせるだけで、ひかなくなるの?
ーそれにねー
なぁに?
ー…こうして包んでおかないと”中身”が逃げてしまうから、ねー
言いえて、妙な答えだった。
なるほど、あの「母親」の睡眠というのは普通じゃなかった。
死んだように眠るのだ、呼吸も微細な動きも、何もなくなって停止する。
眠ってる、ではないのかもしれない。本当に、あれは生きるということを停止
しているのかもしれない。
まるで、彼の中に注がれた燃料が、空になってなくなってしまって。
だから、彼はあらゆることを停止して、次の充電をまつのかもしれない。
御伽話に聞いた『機械』のように。
そうして見ると、今度の母親は実に人間的だった。
規則正しく上下する呼吸に、少しだけ安堵を募らせる。
もちろん、彼女はフレアが風邪を引かないように、もしくはフレアの中身が逃
げないようにと善意+好意でやったわけだったが。
人間でない彼女には、フレアが毛布のおかげで呼吸が苦しそうになっている様
も、もちろん彼女が嬉しそうに体を上下してすやすや眠っているようにしか見
えてないわけだったりもするが(笑)。
豆電球の灯りを、翼の先で器用に消した。
何をまた思ったのか、苦しそうに眠る(笑)フレアの横を通り過ぎて、部屋の
窓に近づく。
カーテンを引く、と世界が見えた。
夜明けの、世界。
ああ、少女は痛切に感じた。
見るがいい、夜の闇が無残に千切られていく。ああ、窓枠の外の聖戦よ。
ああ、娘は悲痛なまでに、感動した。
誰が見ても普通の夜明けが、彼女達悪魔にとっては幾夜の敗残としてその目に
焼きつく。
当たり前の光景。
それは、揺るぎない光の勝利。何もかも照らし出す王は、闇夜の嘆きの一声す
ら許さぬと、その眩い紗幕を空一面に投げかけて、哀れな夜の軍勢を飲み込も
うとしている。
雲が、闇を庇おうと光を覆う。
しかし、それすらも突き抜けて、朝日が世界を貫いていく。
窓の薄いガラス一枚を隔てた向こうは、世界の創世の繰り返しの場面。
闇と光の、結末が今まさに繰り広げられている。
神は勝利の証に、月と太陽に命じた。
“必ずや、お前達の交代の際には、我が勝利の一幕を繰り返すように”
雲や、霧は闇の味方をしてくれた。しかし、その代償に、彼らは月や太陽のよ
うに、確固たる存在を与えてはもらえなかった。
だから光を遮り、隠す力を持つが、必ず消えてしまう。
少女は、大きな瞳を窓に近づけた。
手を、ガラスに当てて身を乗り出す。
唇は言葉にならない悲しみと叫びをただ、ぱくぱくと動かすだけ。
ああ、光が、私達を追いやっていく。
毎夜、毎朝の運命。神が与えたもうた全ての世界にあるこの壮絶な戦場よ。
と、空の片隅に残る青い残滓が、余韻を引きながら消えていく。
聞こえる。
「 」
声が
「 」
そう
「 」
それは
「 」
我が父のもの。
『お前の父親なら、何度もお前の前に現れている』
嘘だ、と思った。
母様は嘘をついていらっしゃる。だって、この広いお城には私と貴方だけなの
に。
と、母様はやや迷った後、こう言った。
『お前を産んだその時も、お前の父親の加護の前だった』
反論しようと思ったら、すっと白い線手に口をふさがれた。
ぱたぱたと、尻尾を振って上目遣いに見ると、母親は彫像のような精緻な唇を
動かした。
『ごらん、お前の父の刻だ』
母様はそうやって、窓を指差す。
そのとき、朝日が差し込んできた。闇夜の霧は晴れ、禍々しい森のシルエット
が浮き彫りとなる。
『さあ、見るがいい。
これがお前の父、夜明けの悪魔だ。お前の父は、抗えぬ敗北の騎士。
決して打ち勝つ事など出来ぬと知りつつも、なおも光に剣をかざす誇り高き兵
士。
闇を呼ぶ夜の暴帝の配下、最も気高く剣は鋭い。さあ、その瞳に覚えなさい。
光によって駆逐される我等が眷属を、庇いて戦うお前の血族をー……』
夜明けを差して。
世界の片隅でなおも青と夜を残す空を。
夜明けに残る、月夜の影。
それがお前の父親だ、と。それこそ、お前のあるべき領域だと。
ああ、父様が戦っている。
闇夜の黒き魔物を率いて、絶望の戦場を孤高に率いていらっしゃる。
青い夜の残滓はかの方の剣、青い空にわずかに残る星達はかの方の盾。
ああ、そんな場所に父はいるのか。
敗れると知っているのに、戦場で毎夜傷ついてはなおも戦うのか。
空の果てで、そうやって孤独に走っているのか。
窓が開かれる。
聖戦の終わりに、少女は飛び出した。
黒薔薇のような翼を思いっきり広げて。
夜明けの冷たい空気の中に躍りだす。その冷気は嘆く闇の眷属の響きだ。
空に舞い上がれば、遠く遠くに見える父の世界よ。
青く、闇を残すあの場に、かの方はいるのか。
飛んだ。
めいっぱい、駆けた。冷たい朝の世界を、夜に、世界の向こうへ駆けていく父
を追い。
夜に追いつこうとしても、少女の翼はそれほど早くなかった。
やがて、気づいた時には世界中が朝になっていることに気がついた。
間に合わなかった。
息も絶え絶えに、彼女は苦しそうに呼吸を繰り返す。
朝の冷たさに当てられて、肺が凍ってしまいそうだ。痛む胸と喉を抱えて、少
女は泣いた。
冷たい朝の光の中で、誰もいない青い場所ですすり泣いた。
父様、父様。
あなたは私を知っているのですか。あなたは、母様が光に殺されたことをご存
知なのですか。
あなたの娘が、こうやって光の袂ですら涙を流すのは、あなたのため。
あなたの姿が、遠すぎて。離れすぎて。
追いつけないこの口惜しさと切なさを、あなたは知っているのですか。
夜明けよ、明け逝く闇夜よ。
この未熟な闇に慈悲を。この哀れな魔物に祈りを。
届かぬ父に泣き叫ぶ娘を、いつか……そう、いつか世界の果ての国で出会える
ように。
同胞の影が、彼女の下で囁いた。
それまで、人の波間に埋もれていなさい。
お前を私達が守護して、庇護してあげよう。
それまで、人の世界で遊んでいなさい。
眠りにつくころには、お前の亡き母も夢の国に着いているだろう。
それまで、人の温もりに擦り寄ってなさい。
お前の父が、そうやってお前の母に寄り添っていた知らぬ日のように。
それまで、人の物語の中で踊っていなさい。
やがて、神が敗れた暁に、夜明けの悪魔はお前を連れて行くだろうから。
まだ夜明けが終わったばかりの、眩い朝日の中。
窓は開かれて、白いレースのカーテンはひらひらと揺れていた。
風がささやかに揺れていて、世界は光に祝福されている。
フレアは目を覚ました。
さっきから息苦しいと思っていたら、どうやらこのかぶさった毛布が原因なの
か。
原因の当事者が一人しか思い当たらないので、苦笑しつつ体を動かそうとし
た。と。
足元で、光に隠れるように。
泣きはらした悪魔の娘が、幼い顔ですやすやと眠っていた。
窓辺は、光に祝福されていた。
キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:なし
場所:宿屋
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-Rose letter-
―――――――――――――――
足元の少女は、器用に身体を丸めて眠っていた。その寝顔を崩すのは気がひけたが、
フレアは肩に毛布を羽織ったまま、膝を折って少女の身体を揺さぶった。
「マレフィセント、朝だぞ」
寝返りをうった少女の背に生えた黒い翼をみとって、フレアはとっさに窓を見た。
窓が開いている。
ほかに変わった所はなく、押し寄せた穏やかな朝の風が、カーテンを揺らしている。
ここの女将はよほど清潔好きなのか、カーテンはまるで新品のような白さだ。
それが風を孕んで膨らみ、風に吸い込まれてを繰り返す様は、
朝一番に見る情景としては悪くなかった。
だが、もちろん窓を開けたまま寝た覚えはない。
――もしかして、外に?
答えを求めるように振り返るが、足元の少女は何も言わず、
ただ眠そうに目をこするだけだった。
・・・★・・・
「なんで二人減るだけでこんなに静かかね」
付け合わせの揚げパンを粥の中に浸しながら、ディアンが言う。
食堂には誰もいない。こんな街外れに宿をとる者も、そうはいないという事か。
ちょっと前には、旅行者ふうの若い男が向こうのテーブルにいたが、
先ほど慌ただしく出ていったきり、食堂の中は静かだ。
「でも一人増えただろう?」
まだスプーンの使い方に慣れていないらしいマレフィセントの
口を拭いてやりながら、フレアは笑った。
厨房は白い蒸気の幕にうっすら覆われている。
食器の触れ合う音と、忙しそうに動き回る主人の姿に、少女はしばし
スプーンを口に運ぶ事を忘れて見入っていた。そんな調子で、
彼女の前にある味つき卵でとじた粥は、まだ半分も減っていない。
「ほら、早く食べてしまわないと!冷めてしまう」
フレアこそ、マレフィセントの世話で食事にはほとんど手をつけていないのだが、
もちろんそのあたりは忘れている。
「…やっぱりあんまり変わんねぇか」
声のほうを向くと、すでに空になった皿を前にして、ディアンが苦笑しながら
窓ごしに碧瑠璃の空を見ている。
彼はこちらの視線に気がつくと、つと声を低くして身を乗り出してきた。
「なぁ、明け方にそいつ――マレ、外に出てかなかったか?」
「…そうみたいだいだ」
ようやく手と口を動かすマレフィセントを横目に、フレアもスプーンを取った。
「私が起きたときには部屋にいたけれど…窓が開いていた」
「家出。…ってわけでもないよなぁ」
粥を頬張る少女にまじまじと目をやって、ディアンが唸る。
夜とはまた違い、明るい場所で見るこの少女は、殊更に異様だった。
一応、ここでも外套を着せてフードまで被らせているが、これからの季節を
考えると、この方法もとれなくなってしまうだろう。
「でもディアン、気づいていたのなら止めてくれればよかったのに」
「まぁ、なんとなく戻ってくると思ったからな」
すっかり冷めてしまった粥を不満げに飲み込んでフレアは抗議したが、
ディアンは口の端を上げている。何がそれだけの自信を生むのかわからないが、
この化け物のような男は、こちらの文句などどうとも思っていないらしかった。
「こういう種族ってのはな、家族愛ってやつが強いのさ」
「家族?」
答えはない。かわりに、ずずず、と椅子をずらして彼は立ち上がった。
「――さ、行くぜ。雨が降り出すまでにフレデリアに着かんと厄介だ」
「あ、そうだ。ヴィルフリードとリタに手紙を書いたんだ。
ディアンも何か一言くらい送ったらどうだ?」
そう言って、昨日書いた手紙を渡す。ディアンは適当なあいづちを打ち、
やおら手紙に向かって口を寄せると、なげやりな口調で言った。
「風邪ひけー」
「ディアン!!」
「俺からはこれでよし、と」
「よくない!取り消せ!」
結局、手紙はそのまま発送された。
NPC:なし
場所:宿屋
―――――――――――――――
-Rose letter-
―――――――――――――――
足元の少女は、器用に身体を丸めて眠っていた。その寝顔を崩すのは気がひけたが、
フレアは肩に毛布を羽織ったまま、膝を折って少女の身体を揺さぶった。
「マレフィセント、朝だぞ」
寝返りをうった少女の背に生えた黒い翼をみとって、フレアはとっさに窓を見た。
窓が開いている。
ほかに変わった所はなく、押し寄せた穏やかな朝の風が、カーテンを揺らしている。
ここの女将はよほど清潔好きなのか、カーテンはまるで新品のような白さだ。
それが風を孕んで膨らみ、風に吸い込まれてを繰り返す様は、
朝一番に見る情景としては悪くなかった。
だが、もちろん窓を開けたまま寝た覚えはない。
――もしかして、外に?
答えを求めるように振り返るが、足元の少女は何も言わず、
ただ眠そうに目をこするだけだった。
・・・★・・・
「なんで二人減るだけでこんなに静かかね」
付け合わせの揚げパンを粥の中に浸しながら、ディアンが言う。
食堂には誰もいない。こんな街外れに宿をとる者も、そうはいないという事か。
ちょっと前には、旅行者ふうの若い男が向こうのテーブルにいたが、
先ほど慌ただしく出ていったきり、食堂の中は静かだ。
「でも一人増えただろう?」
まだスプーンの使い方に慣れていないらしいマレフィセントの
口を拭いてやりながら、フレアは笑った。
厨房は白い蒸気の幕にうっすら覆われている。
食器の触れ合う音と、忙しそうに動き回る主人の姿に、少女はしばし
スプーンを口に運ぶ事を忘れて見入っていた。そんな調子で、
彼女の前にある味つき卵でとじた粥は、まだ半分も減っていない。
「ほら、早く食べてしまわないと!冷めてしまう」
フレアこそ、マレフィセントの世話で食事にはほとんど手をつけていないのだが、
もちろんそのあたりは忘れている。
「…やっぱりあんまり変わんねぇか」
声のほうを向くと、すでに空になった皿を前にして、ディアンが苦笑しながら
窓ごしに碧瑠璃の空を見ている。
彼はこちらの視線に気がつくと、つと声を低くして身を乗り出してきた。
「なぁ、明け方にそいつ――マレ、外に出てかなかったか?」
「…そうみたいだいだ」
ようやく手と口を動かすマレフィセントを横目に、フレアもスプーンを取った。
「私が起きたときには部屋にいたけれど…窓が開いていた」
「家出。…ってわけでもないよなぁ」
粥を頬張る少女にまじまじと目をやって、ディアンが唸る。
夜とはまた違い、明るい場所で見るこの少女は、殊更に異様だった。
一応、ここでも外套を着せてフードまで被らせているが、これからの季節を
考えると、この方法もとれなくなってしまうだろう。
「でもディアン、気づいていたのなら止めてくれればよかったのに」
「まぁ、なんとなく戻ってくると思ったからな」
すっかり冷めてしまった粥を不満げに飲み込んでフレアは抗議したが、
ディアンは口の端を上げている。何がそれだけの自信を生むのかわからないが、
この化け物のような男は、こちらの文句などどうとも思っていないらしかった。
「こういう種族ってのはな、家族愛ってやつが強いのさ」
「家族?」
答えはない。かわりに、ずずず、と椅子をずらして彼は立ち上がった。
「――さ、行くぜ。雨が降り出すまでにフレデリアに着かんと厄介だ」
「あ、そうだ。ヴィルフリードとリタに手紙を書いたんだ。
ディアンも何か一言くらい送ったらどうだ?」
そう言って、昨日書いた手紙を渡す。ディアンは適当なあいづちを打ち、
やおら手紙に向かって口を寄せると、なげやりな口調で言った。
「風邪ひけー」
「ディアン!!」
「俺からはこれでよし、と」
「よくない!取り消せ!」
結局、手紙はそのまま発送された。
キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:宣教師達・露天商の男性
場所:フレデリア街道沿い~休憩地の宿屋
―――――――――――――――
White & Darkness
信仰の白い法衣と、悪魔の黒い翼
―――――――――――――――
小道は意外と、旅人に溢れている。
大きな荷物をロバで運ぶ業者、剣を抱えて笑いあう傭兵団。
奇抜な格好のサーカス団は道行く人々にも手持ちの動物を見せびらかしながら
鼻歌交じりに歩いていく。
久々の突き抜けるような青空。
小鳥の群れが上を通り過ぎる影が、道とそれを歩く人々の上に落ちる。
フレアは上機嫌でマレフィセントの頭を撫でた。
マレはそんな些細な仕草でも嬉しいのか、くすぐったそうに笑った。
周囲のざわめきにつられて、ディアンも心なしか微笑んでいた。
「いい天気だ」
突き抜けるような青空は、今まで見たこともなかったような綺麗さだった。
もしかしたら、見ていたのに気がつかなかったのかもしれない。
「そうだな、もってこいの花見日和だ」
「こういう雰囲気も悪くない、なあマレフィセント?」
フレアの問いかけを無視するマレフィセント。
さっきから道端の傭兵やサーカス団の奇抜さや物珍しさでいっぱいいっぱいの
ようだ。
フレアが手を繋いでいないと、ふらふらと別の集団についていきそうだ。
さほど無視されたことに怒りを覚えないフレアは、もう一度青空を見上げた。
「この様子じゃ、意外と早めに着けるかもな」
「通る人もいっぱいいるし、危険もないだろう」
思えば、こんなに明るい陽気で旅立つのはいつ振りだろうか。
今まで色んな事があったが、それを吹き飛ばしてくれるような青空の下の旅。
だが、それもしばらくすると表情が強張った。
「ディアン、あれは…」
「…面倒くさいもんがいるな」
道の向こう、小さな集落がある。
旅人の補給地点として発展したのか、家よりも露店が目立った村であった。
簡素なつくりに、溢れる道具、食物、武器、防具。
それだけなら彼らも立ち寄るのだが、その入り口には白い法衣の集団がいた。
「…あれは、確か…ええと」
「俺もよく知らんが、ほらー…あれだ。
よく食事の前に“神の恵みのたもとで”うんぬん言うアレじゃないか?」
うろ覚えのディアンの話に、ああ、とフレアは頷いた。
大陸には幾つもの宗教がある。
目の前の純白の法衣に掲げる白旗の金十字は、大陸で最も馴染み深い宗教の一
つだった。
内容は、さほど過激ではない。神に祈りを捧げて、聖書を唱える。主な行為は
それだけだ。なので、大陸全土の人々に受け入れられている一般的な宗教。
魔術都市コールベルに本山を置くその宗教のネーミングは強く、本山には聖堂
教会、賛美歌堂、また守護騎士団までいるとう大層振り。
その使節団のようなものか、目の前の集団は法衣の傍らに透明な水をたたえた
小瓶を持っていた。聖水である。
「どうしよう、か」
「避けて通れば怪しまれるな、俺らはともかく、こいつはやばいかもしれない
な」
こいつ、と指差されたマレフィセントは、しばらくきょとんとしていた。
と、突き刺された指を食べようとでもしたのか、口をあけて噛み付こうとし
た。
慌てて、ディアンが手を引き、ゴツンと刀の鞘で少女の後頭部を叩く。
「ディアン!」
「おい、今のは正当防衛だ。いや正統派教育的指導ってやつだ」
「大丈夫かマレ?痛くないか?」
「って俺が完璧悪役なのは気のせいか?俺はあやうく被害者になるところだっ
たんだが」
かみ合うテンポの悪い会話。
そんな三人を追い越して、傭兵団が補給地点に入ろうと村の手前まで歩いた。
と、法衣に気がついたのか。人の良さそうな幾人かが「ご苦労様だなぁ」とい
って胸で短い聖句をきった。法衣の集団も、にこやかに神の祈りを短く呟い
て、聖水を振り掛けた。
その後の聖水を無料で渡して、傭兵団は通っていく。
聖水は光の魔法で浄化された水である。
旅人にはお守りにもなるし、飲み水としても扱える。簡易のサークルを描くこ
とも出来るので知識のない者でも、聖水で描いた円の中で野宿すると安全度が
上がる。
別に使節団も強制的に押し付けたりはしない。
ただ、普通の者には断る理由もないので、大抵の人間がもらっていく。
宗教を信じていなくても、無料で聖水がもらえるのだから、損はまったくな
い。
そう、断る理由がないということは。
断る理由があるものが限定され、警戒感をもたれてしまうのだ。
「悪魔、なんだろ?聖水はやばいか…」
「わからないが、多分名前としては危ないと思う…ってマレフィセント!」
先ほどから、白い集団に興味を示していた少女。
白い旗に輝く金十字を玩具とでも勘違いしたのか、面白そうにじゃれつこうと
している。
と、若い女性が近づいてきて、微笑みながら聖水の注がれたコップを手渡して
いるではないか。
聖水は基本的に飲んでも大丈夫なため、旅人の貴重な資源となる。
マレフィセントを旅人の子供と思った女性は、大きい瞳で旗にじゃれる子供に
コップを渡した。
と、二人が止める間もなくマレフィセントは聖水を飲み干してしまう。
「………って、あれ?」
「………なんだよ、大丈夫なのかよ」
二人が危惧したことなど、まったくお構いナシに。
マレフィセントは綺麗に水を飲み干してしまった。差し出して返す動作を、我
が子の動作と重ねたのか、女性はマントの上から少女の頭を撫でて、聖水の瓶
を渡している。
ディアンが遠慮なく聖水の瓶をもらっている間、フレアは慌ててマレフィセン
トに駆け寄った。
「駄目じゃないか、離れて歩いちゃ…大丈夫なのか?ほら、口をあけて」
あーんと、口を開けさせてみても異常はまったくない。
綺麗に並んだ歯と、人間の歯として鋭すぎる八重歯が、彼女は悪魔であること
を証明している。
とりあえず、何事もなかったようにほっと一息つくフレア。
ここに、熟練した魔術師がいれば、少女を見て驚愕したであろう。
聖水を飲んだ瞬間、聖水の光の属性が少女の体内で霞んでしまったことに。
そう、少女は純粋なる闇の欠片。そして、その血肉は魔女たる人間の母親の血
筋。
闇に注がれた光は、闇を打ち消すどころか吸い込まれてしまった。
闇夜に堕ちた光の波紋の音は、とある存在以外、誰も聞こえなどしなかった。
「おい、若いお連れさん。今日はいい天気だな」
携帯食料を主に扱う露天商が、髭面を崩して商品を並べた。
愛想無く相槌するディアンの横で、マレとフレアが商品を覗き込んでいる。
露天商の手さばきは効率よくて、まるで慣れたピアノ旋律のように流麗だ。
品々を並べ替えながら、目線は品物のまま、口だけで会話する。
「どうだ、最近は天気がよかったからな。この間雨で荷物が右往左往したぶん
もやっとこさ着いたんだ。今のうちに買っておいてもいいとおもうぞ」
「そうか…おいマレ、食うな。ついでに食べ物で遊ぶな」
どさくさに紛れて手を出しかけていた少女に、ディアンはそつなく停止命令を
出した。
びくりと身を竦ませて、やや上目遣いに見上げる少女に、ディアンよりもフレ
アのほうが先にダウンした。
「いいじゃないか、なら私が買ってやろう。マレ、どれがいい?」
「いいさ、子供連れは大変だろう。一つぐらいなら構わない」
フレアよりも先に、露天商が落ちたらしい。
言葉がわからないはずのマレフィセントが、嬉しそうに瞳を輝かせた。
ディアンのマントに包まりながら、広げられた携帯食料の品定めを始める。
子供は役得だよな、と突っ込みたい気持ちを抑えながら、旅に必要な品々を購
入していく。
「そうだ、東の沼には近づかないほうがいいぞ」
「ほう?」
露天商などの人材は、ときに貴重な情報者となる。
移動して、商いを行うものは総じて情報にも聡い。ディアンは、購入した品々
を片付けながら露天商の話を促した。聞いていたほうがいいだろう。
「旅団が一つ全滅した。なんでも喰われて死んだそうだから、人間ではない
な。
魔物か、悪魔か。魔族って話もあるかもしれん。どっちにしろ近づくことは賢
明じゃあないわな」
さらりと、事情を話す。
ディアンが、訝しがるような表情になった。悪魔、という単語に反応したマレ
フィセントを、同じく反応したフレアがぎゅっと抱きしめる。
「ずいぶん物騒だな、土地の持ち主は?」
「おらんよ、見てのとおり、街道が出来てから発展した場所さ。
好き勝手に皆、店を広げてやってる。まあ、東の沼地は遠くはないが、ここに
は入り口のアレ、宣教師らがいるしな。その護衛団もここにおる。
この場所はほぼ安全だろうな」
真夜中。
宿屋で、そつなく夕餉をすませ、眠りにつく旅人達。
誰もが静かに寝息を立て、誰かが大きくいびきをかいている。
フレアと一緒に毛布に包まっていたマレフィセントは、ふと目が覚めた。
そのまま、しばらくじっと虚空を見つめていた。と、まるで匂いを嗅ぎつけた
かのように鼻を動かして、ベットから降りる。
ようやく常識の欠片程度は覚え始めたのか、貰ったマントをきちんとかぶり、
外へ出る。
扉を閉めようとする前に、一回だけフレアの事をじっと眺めて。
外に出ると、少女はもう一回虚空を見つめた。
見つめる方角は…………東。
村の入り口で待機していた、見張りの傭兵の数人が、子供らしき人影が村から
出て行くところを目撃していたという。
NPC:宣教師達・露天商の男性
場所:フレデリア街道沿い~休憩地の宿屋
―――――――――――――――
White & Darkness
信仰の白い法衣と、悪魔の黒い翼
―――――――――――――――
小道は意外と、旅人に溢れている。
大きな荷物をロバで運ぶ業者、剣を抱えて笑いあう傭兵団。
奇抜な格好のサーカス団は道行く人々にも手持ちの動物を見せびらかしながら
鼻歌交じりに歩いていく。
久々の突き抜けるような青空。
小鳥の群れが上を通り過ぎる影が、道とそれを歩く人々の上に落ちる。
フレアは上機嫌でマレフィセントの頭を撫でた。
マレはそんな些細な仕草でも嬉しいのか、くすぐったそうに笑った。
周囲のざわめきにつられて、ディアンも心なしか微笑んでいた。
「いい天気だ」
突き抜けるような青空は、今まで見たこともなかったような綺麗さだった。
もしかしたら、見ていたのに気がつかなかったのかもしれない。
「そうだな、もってこいの花見日和だ」
「こういう雰囲気も悪くない、なあマレフィセント?」
フレアの問いかけを無視するマレフィセント。
さっきから道端の傭兵やサーカス団の奇抜さや物珍しさでいっぱいいっぱいの
ようだ。
フレアが手を繋いでいないと、ふらふらと別の集団についていきそうだ。
さほど無視されたことに怒りを覚えないフレアは、もう一度青空を見上げた。
「この様子じゃ、意外と早めに着けるかもな」
「通る人もいっぱいいるし、危険もないだろう」
思えば、こんなに明るい陽気で旅立つのはいつ振りだろうか。
今まで色んな事があったが、それを吹き飛ばしてくれるような青空の下の旅。
だが、それもしばらくすると表情が強張った。
「ディアン、あれは…」
「…面倒くさいもんがいるな」
道の向こう、小さな集落がある。
旅人の補給地点として発展したのか、家よりも露店が目立った村であった。
簡素なつくりに、溢れる道具、食物、武器、防具。
それだけなら彼らも立ち寄るのだが、その入り口には白い法衣の集団がいた。
「…あれは、確か…ええと」
「俺もよく知らんが、ほらー…あれだ。
よく食事の前に“神の恵みのたもとで”うんぬん言うアレじゃないか?」
うろ覚えのディアンの話に、ああ、とフレアは頷いた。
大陸には幾つもの宗教がある。
目の前の純白の法衣に掲げる白旗の金十字は、大陸で最も馴染み深い宗教の一
つだった。
内容は、さほど過激ではない。神に祈りを捧げて、聖書を唱える。主な行為は
それだけだ。なので、大陸全土の人々に受け入れられている一般的な宗教。
魔術都市コールベルに本山を置くその宗教のネーミングは強く、本山には聖堂
教会、賛美歌堂、また守護騎士団までいるとう大層振り。
その使節団のようなものか、目の前の集団は法衣の傍らに透明な水をたたえた
小瓶を持っていた。聖水である。
「どうしよう、か」
「避けて通れば怪しまれるな、俺らはともかく、こいつはやばいかもしれない
な」
こいつ、と指差されたマレフィセントは、しばらくきょとんとしていた。
と、突き刺された指を食べようとでもしたのか、口をあけて噛み付こうとし
た。
慌てて、ディアンが手を引き、ゴツンと刀の鞘で少女の後頭部を叩く。
「ディアン!」
「おい、今のは正当防衛だ。いや正統派教育的指導ってやつだ」
「大丈夫かマレ?痛くないか?」
「って俺が完璧悪役なのは気のせいか?俺はあやうく被害者になるところだっ
たんだが」
かみ合うテンポの悪い会話。
そんな三人を追い越して、傭兵団が補給地点に入ろうと村の手前まで歩いた。
と、法衣に気がついたのか。人の良さそうな幾人かが「ご苦労様だなぁ」とい
って胸で短い聖句をきった。法衣の集団も、にこやかに神の祈りを短く呟い
て、聖水を振り掛けた。
その後の聖水を無料で渡して、傭兵団は通っていく。
聖水は光の魔法で浄化された水である。
旅人にはお守りにもなるし、飲み水としても扱える。簡易のサークルを描くこ
とも出来るので知識のない者でも、聖水で描いた円の中で野宿すると安全度が
上がる。
別に使節団も強制的に押し付けたりはしない。
ただ、普通の者には断る理由もないので、大抵の人間がもらっていく。
宗教を信じていなくても、無料で聖水がもらえるのだから、損はまったくな
い。
そう、断る理由がないということは。
断る理由があるものが限定され、警戒感をもたれてしまうのだ。
「悪魔、なんだろ?聖水はやばいか…」
「わからないが、多分名前としては危ないと思う…ってマレフィセント!」
先ほどから、白い集団に興味を示していた少女。
白い旗に輝く金十字を玩具とでも勘違いしたのか、面白そうにじゃれつこうと
している。
と、若い女性が近づいてきて、微笑みながら聖水の注がれたコップを手渡して
いるではないか。
聖水は基本的に飲んでも大丈夫なため、旅人の貴重な資源となる。
マレフィセントを旅人の子供と思った女性は、大きい瞳で旗にじゃれる子供に
コップを渡した。
と、二人が止める間もなくマレフィセントは聖水を飲み干してしまう。
「………って、あれ?」
「………なんだよ、大丈夫なのかよ」
二人が危惧したことなど、まったくお構いナシに。
マレフィセントは綺麗に水を飲み干してしまった。差し出して返す動作を、我
が子の動作と重ねたのか、女性はマントの上から少女の頭を撫でて、聖水の瓶
を渡している。
ディアンが遠慮なく聖水の瓶をもらっている間、フレアは慌ててマレフィセン
トに駆け寄った。
「駄目じゃないか、離れて歩いちゃ…大丈夫なのか?ほら、口をあけて」
あーんと、口を開けさせてみても異常はまったくない。
綺麗に並んだ歯と、人間の歯として鋭すぎる八重歯が、彼女は悪魔であること
を証明している。
とりあえず、何事もなかったようにほっと一息つくフレア。
ここに、熟練した魔術師がいれば、少女を見て驚愕したであろう。
聖水を飲んだ瞬間、聖水の光の属性が少女の体内で霞んでしまったことに。
そう、少女は純粋なる闇の欠片。そして、その血肉は魔女たる人間の母親の血
筋。
闇に注がれた光は、闇を打ち消すどころか吸い込まれてしまった。
闇夜に堕ちた光の波紋の音は、とある存在以外、誰も聞こえなどしなかった。
「おい、若いお連れさん。今日はいい天気だな」
携帯食料を主に扱う露天商が、髭面を崩して商品を並べた。
愛想無く相槌するディアンの横で、マレとフレアが商品を覗き込んでいる。
露天商の手さばきは効率よくて、まるで慣れたピアノ旋律のように流麗だ。
品々を並べ替えながら、目線は品物のまま、口だけで会話する。
「どうだ、最近は天気がよかったからな。この間雨で荷物が右往左往したぶん
もやっとこさ着いたんだ。今のうちに買っておいてもいいとおもうぞ」
「そうか…おいマレ、食うな。ついでに食べ物で遊ぶな」
どさくさに紛れて手を出しかけていた少女に、ディアンはそつなく停止命令を
出した。
びくりと身を竦ませて、やや上目遣いに見上げる少女に、ディアンよりもフレ
アのほうが先にダウンした。
「いいじゃないか、なら私が買ってやろう。マレ、どれがいい?」
「いいさ、子供連れは大変だろう。一つぐらいなら構わない」
フレアよりも先に、露天商が落ちたらしい。
言葉がわからないはずのマレフィセントが、嬉しそうに瞳を輝かせた。
ディアンのマントに包まりながら、広げられた携帯食料の品定めを始める。
子供は役得だよな、と突っ込みたい気持ちを抑えながら、旅に必要な品々を購
入していく。
「そうだ、東の沼には近づかないほうがいいぞ」
「ほう?」
露天商などの人材は、ときに貴重な情報者となる。
移動して、商いを行うものは総じて情報にも聡い。ディアンは、購入した品々
を片付けながら露天商の話を促した。聞いていたほうがいいだろう。
「旅団が一つ全滅した。なんでも喰われて死んだそうだから、人間ではない
な。
魔物か、悪魔か。魔族って話もあるかもしれん。どっちにしろ近づくことは賢
明じゃあないわな」
さらりと、事情を話す。
ディアンが、訝しがるような表情になった。悪魔、という単語に反応したマレ
フィセントを、同じく反応したフレアがぎゅっと抱きしめる。
「ずいぶん物騒だな、土地の持ち主は?」
「おらんよ、見てのとおり、街道が出来てから発展した場所さ。
好き勝手に皆、店を広げてやってる。まあ、東の沼地は遠くはないが、ここに
は入り口のアレ、宣教師らがいるしな。その護衛団もここにおる。
この場所はほぼ安全だろうな」
真夜中。
宿屋で、そつなく夕餉をすませ、眠りにつく旅人達。
誰もが静かに寝息を立て、誰かが大きくいびきをかいている。
フレアと一緒に毛布に包まっていたマレフィセントは、ふと目が覚めた。
そのまま、しばらくじっと虚空を見つめていた。と、まるで匂いを嗅ぎつけた
かのように鼻を動かして、ベットから降りる。
ようやく常識の欠片程度は覚え始めたのか、貰ったマントをきちんとかぶり、
外へ出る。
扉を閉めようとする前に、一回だけフレアの事をじっと眺めて。
外に出ると、少女はもう一回虚空を見つめた。
見つめる方角は…………東。
村の入り口で待機していた、見張りの傭兵の数人が、子供らしき人影が村から
出て行くところを目撃していたという。
キャスト:ディアン・フレア
NPC:傭兵
場所:フレデリア街道沿い~休憩地の宿屋
―――――――――――――――
-nervous-
―――――――――――――――
朝起きたら、またマレフィセントがいなかった。
「なぜ止めなかった!?」
「止めたさ。けどきかないんで、一人が追いかけてった…。
俺らの仲間の一人がな」
フレアは苛立ちと頭痛を覚えていた。
自分はどうして気付くことなく眠っていたのか?
この傭兵達は一体、何のために村の入り口を見張っているのか?
「俺らもついていこうとしたんだが、こちらが手薄になるのもまずいしな」
憔悴した様子で別の傭兵が、不精髭の生えたあごをさすって
会話に加わる。
村の入り口に立てられた簡素な作りのテントの前に、
傭兵達は詰めていた。
テントの前にはいくつか椅子が置いてあり、
そこには二人の男が座っている。
「そいつもまだ帰ってない」
「そんな…」
「まだ死んだと決まった訳じゃねぇ。迷ったか何かして
野宿したのかもしれん」
フレアの真後ろに立っていたディアンが、一歩踏み出して彼女の真横に
移動してきた。
「それだったら、合図があっても良さそうだな?」
こちらの鋭い視線から逃れるようにして、無精ひげの傭兵は
ディアンに視線を転じた。
「…確かに、何かあれば鏑矢を射つ事にはしている。それを待って
昨日から交代で見張ってるが…」
「まだ?」
「あぁ」
無骨な手で目を覆い、前かがみに背を曲げる傭兵を見下ろしてから、
フレアは踵を返した。
「行かないと」
いろいろな感情や思考がめまぐるしく渦巻き、頭の痛みを加速させる。
悪魔といえども、まだマレフィセントは子供だ。
しかも既に一夜明けている。
いつ出ていったのか定かではないが、真夜中から早朝にかけての
森は、寒い。
そうでなくとも、旅団を全滅させた魔物だか魔族だかがいる方向へ
向かったというのだ。
――もしかして?
「おい、フレア」
ふいにディアンの声に思考を遮られて、フレアは苛立ちを
彼に向けて爆発させた。
「何だ!」
「何か言うことあるだろ?」
傭兵のほうにあごをしゃくるディアンに静かに諌められて、フレアは
振り返ると、ばつが悪そうに目を伏せた。
「……ありがとう、すまなかった」
「まぁ、心配すんのは当たり前だからな」
もう顔をあげた傭兵は、「気にするな」というように軽く片手を上げた。
「俺らも仲間を探しに行こうとしていた所なんだ。今、人手を募っている…。
どうせ森に入るなら、昼まで待ったほうがいい。そのほうが安全だ」
フレアはもう一度傭兵に礼を言うと、ディアンと共に宿へ戻った。
・・・★・・・
「もしかして、あの子、確かめに行ったのかも」
部屋の中を行ったりきたりしながら、フレアは昼を待っていた。
ディアンは椅子に座り、そんなフレアの様子を眺めている。
「確かめ?」
「そう。自分の家族がいないかどうか」
ディアンが丸腰なのに対して、フレアはいつでも出て行けるように、
帯剣すらしている。
そして、さきほどからずっとブーツの靴紐を結びなおしている。
「マレフィセントが行った先は多分、噂で聞いた東の沼だ…。
そこには魔族か、悪魔か知らないが、とにかく彼女の心を動かす
『もの』がある」
「――まぁ、なくは無い話だな」
フレアはようやく足を止めて、部屋にひとつしかない窓に寄った。
宿の窓からは、村の広間が見える。ちらほらと、何人かの冒険者や
傭兵らしき姿が集まってきているようだった。
「そろそろ行こうか?」
「まだ早ぇよ。昼飯食ってからじゃないと、もたんぞ」
振り向くと、いつの間にかディアンは帯剣して立っている。
慌ててフレアは装備を確認しなおすと、宿のドアを開け放った。
もしマレフィセントが、沼で家族を見つけていたら――
(帰ってこないかもしれない)
そうなったら、私は心から喜べるだろうか?
NPC:傭兵
場所:フレデリア街道沿い~休憩地の宿屋
―――――――――――――――
-nervous-
―――――――――――――――
朝起きたら、またマレフィセントがいなかった。
「なぜ止めなかった!?」
「止めたさ。けどきかないんで、一人が追いかけてった…。
俺らの仲間の一人がな」
フレアは苛立ちと頭痛を覚えていた。
自分はどうして気付くことなく眠っていたのか?
この傭兵達は一体、何のために村の入り口を見張っているのか?
「俺らもついていこうとしたんだが、こちらが手薄になるのもまずいしな」
憔悴した様子で別の傭兵が、不精髭の生えたあごをさすって
会話に加わる。
村の入り口に立てられた簡素な作りのテントの前に、
傭兵達は詰めていた。
テントの前にはいくつか椅子が置いてあり、
そこには二人の男が座っている。
「そいつもまだ帰ってない」
「そんな…」
「まだ死んだと決まった訳じゃねぇ。迷ったか何かして
野宿したのかもしれん」
フレアの真後ろに立っていたディアンが、一歩踏み出して彼女の真横に
移動してきた。
「それだったら、合図があっても良さそうだな?」
こちらの鋭い視線から逃れるようにして、無精ひげの傭兵は
ディアンに視線を転じた。
「…確かに、何かあれば鏑矢を射つ事にはしている。それを待って
昨日から交代で見張ってるが…」
「まだ?」
「あぁ」
無骨な手で目を覆い、前かがみに背を曲げる傭兵を見下ろしてから、
フレアは踵を返した。
「行かないと」
いろいろな感情や思考がめまぐるしく渦巻き、頭の痛みを加速させる。
悪魔といえども、まだマレフィセントは子供だ。
しかも既に一夜明けている。
いつ出ていったのか定かではないが、真夜中から早朝にかけての
森は、寒い。
そうでなくとも、旅団を全滅させた魔物だか魔族だかがいる方向へ
向かったというのだ。
――もしかして?
「おい、フレア」
ふいにディアンの声に思考を遮られて、フレアは苛立ちを
彼に向けて爆発させた。
「何だ!」
「何か言うことあるだろ?」
傭兵のほうにあごをしゃくるディアンに静かに諌められて、フレアは
振り返ると、ばつが悪そうに目を伏せた。
「……ありがとう、すまなかった」
「まぁ、心配すんのは当たり前だからな」
もう顔をあげた傭兵は、「気にするな」というように軽く片手を上げた。
「俺らも仲間を探しに行こうとしていた所なんだ。今、人手を募っている…。
どうせ森に入るなら、昼まで待ったほうがいい。そのほうが安全だ」
フレアはもう一度傭兵に礼を言うと、ディアンと共に宿へ戻った。
・・・★・・・
「もしかして、あの子、確かめに行ったのかも」
部屋の中を行ったりきたりしながら、フレアは昼を待っていた。
ディアンは椅子に座り、そんなフレアの様子を眺めている。
「確かめ?」
「そう。自分の家族がいないかどうか」
ディアンが丸腰なのに対して、フレアはいつでも出て行けるように、
帯剣すらしている。
そして、さきほどからずっとブーツの靴紐を結びなおしている。
「マレフィセントが行った先は多分、噂で聞いた東の沼だ…。
そこには魔族か、悪魔か知らないが、とにかく彼女の心を動かす
『もの』がある」
「――まぁ、なくは無い話だな」
フレアはようやく足を止めて、部屋にひとつしかない窓に寄った。
宿の窓からは、村の広間が見える。ちらほらと、何人かの冒険者や
傭兵らしき姿が集まってきているようだった。
「そろそろ行こうか?」
「まだ早ぇよ。昼飯食ってからじゃないと、もたんぞ」
振り向くと、いつの間にかディアンは帯剣して立っている。
慌ててフレアは装備を確認しなおすと、宿のドアを開け放った。
もしマレフィセントが、沼で家族を見つけていたら――
(帰ってこないかもしれない)
そうなったら、私は心から喜べるだろうか?