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2024/11/01 08:00 |
6.ゼニス・ブルー/マレフィセント(Caku)
キャスト:ディアン・フレア・マレフィセント
NPC:なし
場所:宿屋
―――――――――――――――
ゼニス・ブルー

(天頂の青)という意味合い。天の青を現す。
 
 
―――――――――――――――




目が覚めてみると、夜明けだった。


ベットの上で、むっくり上体をあげて欠伸を一つ。
と、途端にぶるっと震えが全身に走る。まだ夜気が抜けきっていないので、少
し肌寒い。


ふと、卓上の小さな電球がつけっぱなしになっていることに気がついた。
その光は、薄暗い部屋でぼぅ…と光って、部屋の中にオレンジと黒の影絵を作
った。

もそもそと、ベットから降りて机に近づく。
小さな吐息が聞こえてくる、机に蹲るようにして眠っている少女から。
書きかけなのか、ペンとインクが蓋を開いたまま放置されている。

「υαα……?」

ぺたぺたと触っても、身じろぎしか帰ってこない。
机の上には、封が終わった手紙。綺麗な文字で書かれた宛名はもちろん読めな
かった。

マレフィセントはしばらく、じーーーーーっと何を考えていたが。
唐突にベットに戻って、毛布を引き摺ってきた。それを、フレアの上にかぶせ
る。
よく、少女のこちらの世界の「母親」は窓辺に座って時折、動かなくなる時が
あった。
すると、「母親」の連れである紅の魔族が可笑しそうに笑いながら、「母親」
の体に毛布をかけてやっていた。





何をしてるの?

ーこうやっておかないと、風邪をひいてしまうのー

かぶせるだけで、ひかなくなるの?

ーそれにねー

なぁに?

ー…こうして包んでおかないと”中身”が逃げてしまうから、ねー





言いえて、妙な答えだった。
なるほど、あの「母親」の睡眠というのは普通じゃなかった。
死んだように眠るのだ、呼吸も微細な動きも、何もなくなって停止する。
眠ってる、ではないのかもしれない。本当に、あれは生きるということを停止
しているのかもしれない。
まるで、彼の中に注がれた燃料が、空になってなくなってしまって。
だから、彼はあらゆることを停止して、次の充電をまつのかもしれない。
御伽話に聞いた『機械』のように。





そうして見ると、今度の母親は実に人間的だった。
規則正しく上下する呼吸に、少しだけ安堵を募らせる。
もちろん、彼女はフレアが風邪を引かないように、もしくはフレアの中身が逃
げないようにと善意+好意でやったわけだったが。
人間でない彼女には、フレアが毛布のおかげで呼吸が苦しそうになっている様
も、もちろん彼女が嬉しそうに体を上下してすやすや眠っているようにしか見
えてないわけだったりもするが(笑)。



豆電球の灯りを、翼の先で器用に消した。


何をまた思ったのか、苦しそうに眠る(笑)フレアの横を通り過ぎて、部屋の
窓に近づく。
カーテンを引く、と世界が見えた。









夜明けの、世界。






ああ、少女は痛切に感じた。
見るがいい、夜の闇が無残に千切られていく。ああ、窓枠の外の聖戦よ。



ああ、娘は悲痛なまでに、感動した。
誰が見ても普通の夜明けが、彼女達悪魔にとっては幾夜の敗残としてその目に
焼きつく。






当たり前の光景。
それは、揺るぎない光の勝利。何もかも照らし出す王は、闇夜の嘆きの一声す
ら許さぬと、その眩い紗幕を空一面に投げかけて、哀れな夜の軍勢を飲み込も
うとしている。
雲が、闇を庇おうと光を覆う。
しかし、それすらも突き抜けて、朝日が世界を貫いていく。


窓の薄いガラス一枚を隔てた向こうは、世界の創世の繰り返しの場面。
闇と光の、結末が今まさに繰り広げられている。


神は勝利の証に、月と太陽に命じた。
“必ずや、お前達の交代の際には、我が勝利の一幕を繰り返すように”
雲や、霧は闇の味方をしてくれた。しかし、その代償に、彼らは月や太陽のよ
うに、確固たる存在を与えてはもらえなかった。
だから光を遮り、隠す力を持つが、必ず消えてしまう。


少女は、大きな瞳を窓に近づけた。
手を、ガラスに当てて身を乗り出す。
唇は言葉にならない悲しみと叫びをただ、ぱくぱくと動かすだけ。




ああ、光が、私達を追いやっていく。
毎夜、毎朝の運命。神が与えたもうた全ての世界にあるこの壮絶な戦場よ。


と、空の片隅に残る青い残滓が、余韻を引きながら消えていく。





聞こえる。

「  」

声が

「       」

そう

「   」

それは

「             」


我が父のもの。














『お前の父親なら、何度もお前の前に現れている』

嘘だ、と思った。
母様は嘘をついていらっしゃる。だって、この広いお城には私と貴方だけなの
に。
と、母様はやや迷った後、こう言った。

『お前を産んだその時も、お前の父親の加護の前だった』

反論しようと思ったら、すっと白い線手に口をふさがれた。
ぱたぱたと、尻尾を振って上目遣いに見ると、母親は彫像のような精緻な唇を
動かした。

『ごらん、お前の父の刻だ』

母様はそうやって、窓を指差す。
そのとき、朝日が差し込んできた。闇夜の霧は晴れ、禍々しい森のシルエット
が浮き彫りとなる。







『さあ、見るがいい。
これがお前の父、夜明けの悪魔だ。お前の父は、抗えぬ敗北の騎士。
決して打ち勝つ事など出来ぬと知りつつも、なおも光に剣をかざす誇り高き兵
士。
闇を呼ぶ夜の暴帝の配下、最も気高く剣は鋭い。さあ、その瞳に覚えなさい。
光によって駆逐される我等が眷属を、庇いて戦うお前の血族をー……』






夜明けを差して。
世界の片隅でなおも青と夜を残す空を。
夜明けに残る、月夜の影。
それがお前の父親だ、と。それこそ、お前のあるべき領域だと。






ああ、父様が戦っている。
闇夜の黒き魔物を率いて、絶望の戦場を孤高に率いていらっしゃる。
青い夜の残滓はかの方の剣、青い空にわずかに残る星達はかの方の盾。

ああ、そんな場所に父はいるのか。
敗れると知っているのに、戦場で毎夜傷ついてはなおも戦うのか。
空の果てで、そうやって孤独に走っているのか。







窓が開かれる。
聖戦の終わりに、少女は飛び出した。



黒薔薇のような翼を思いっきり広げて。
夜明けの冷たい空気の中に躍りだす。その冷気は嘆く闇の眷属の響きだ。
空に舞い上がれば、遠く遠くに見える父の世界よ。
青く、闇を残すあの場に、かの方はいるのか。

飛んだ。
めいっぱい、駆けた。冷たい朝の世界を、夜に、世界の向こうへ駆けていく父
を追い。
夜に追いつこうとしても、少女の翼はそれほど早くなかった。
やがて、気づいた時には世界中が朝になっていることに気がついた。






間に合わなかった。

息も絶え絶えに、彼女は苦しそうに呼吸を繰り返す。
朝の冷たさに当てられて、肺が凍ってしまいそうだ。痛む胸と喉を抱えて、少
女は泣いた。
冷たい朝の光の中で、誰もいない青い場所ですすり泣いた。




父様、父様。
あなたは私を知っているのですか。あなたは、母様が光に殺されたことをご存
知なのですか。
あなたの娘が、こうやって光の袂ですら涙を流すのは、あなたのため。
あなたの姿が、遠すぎて。離れすぎて。
追いつけないこの口惜しさと切なさを、あなたは知っているのですか。




夜明けよ、明け逝く闇夜よ。
この未熟な闇に慈悲を。この哀れな魔物に祈りを。
届かぬ父に泣き叫ぶ娘を、いつか……そう、いつか世界の果ての国で出会える
ように。



同胞の影が、彼女の下で囁いた。

それまで、人の波間に埋もれていなさい。
お前を私達が守護して、庇護してあげよう。

それまで、人の世界で遊んでいなさい。
眠りにつくころには、お前の亡き母も夢の国に着いているだろう。

それまで、人の温もりに擦り寄ってなさい。
お前の父が、そうやってお前の母に寄り添っていた知らぬ日のように。

それまで、人の物語の中で踊っていなさい。
やがて、神が敗れた暁に、夜明けの悪魔はお前を連れて行くだろうから。












まだ夜明けが終わったばかりの、眩い朝日の中。

窓は開かれて、白いレースのカーテンはひらひらと揺れていた。
風がささやかに揺れていて、世界は光に祝福されている。

フレアは目を覚ました。
さっきから息苦しいと思っていたら、どうやらこのかぶさった毛布が原因なの
か。
原因の当事者が一人しか思い当たらないので、苦笑しつつ体を動かそうとし
た。と。



足元で、光に隠れるように。
泣きはらした悪魔の娘が、幼い顔ですやすやと眠っていた。



窓辺は、光に祝福されていた。


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2007/02/12 23:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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