PC:クランティーニ・ブランシュ セシル・カース フロウリッド・ファーレン
イヴァン・ルシャヴナ
場所:クーロン付近裏道~クーロン
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド
今日も今日とて空は快晴。普段は静かな裏街道だか今日は少し賑やかだ。
「で? なんで俺が毎度毎度メシ作ってんだ?」
セシルは三角巾とエプロンをつけて不機嫌な顔で鍋をかき回しながら言っ
た。ちなみに三角巾とエプロンはクランティーニとフロウに無理矢理つけさせ
られた。案の定フィークとフィルには思いっきり笑われた。
「そりゃあ、セシル。料理できるのがお前しかいないからだろ」
咥えタバコで本を読んでいるクランが事も無げに言った。そう、セシル以外
の連中は全くと言っていいほど料理ができなかった。
クランティーニに作らせたときはメンドクサイと言って保存食の干し肉を何
食わぬ顔で出したし。イヴァンの場合は食材を調理もしないでそのまま全部一
人で食った。フロウに至っては思い出したくもない。
「まったく……この」
お玉を握るセシルの手がぷるぷると震える。ああ、なんか泣けそうだ。明ら
かに人数よりも多いであろう量の野菜と肉を鍋で煮込みならセシルはそろそろ
逃げ出そうか、なんて事を考え始めるが、すぐに無駄だと思い至ってやめた。
――きっと途中で捕まるんだろうな……。
そう、調理中に逃げればまず間違いなくイヴァンが追ってくる。
「そしてものの数分で捕まる。間違いない。残念!」
「黙れ虫。鍋の具にするぞ」
お玉をフィークに突きつけてセシルはすごむが、フィークはケラケラ笑いな
がらフロウの頭に止まる。
「フロウ! その虫を黙らせろ。飼い主だろ」
「えー、フィークはペットじゃなくてお友達なのです」
友達だったら五月蝿くてもいいのか……。真剣にセシルはそう問い詰めたか
ったが、きっと笑顔で肯定されるからやめにした。
「クランの旦那」
「あー?」
馬車の屋根でぼけーっと座っていたイヴァンの影、フィルが起き上がる。
「ここんとこあの黒いのは出てこねぇっすが、あっしら今だいたいどこら辺
で?」
「うーん。ちょっと待て」
クランティーニはタバコを咥えたまま地図を取り出して眺める。しばし薪の
燃える音とセシルが鍋をかき回す音が響く。
「……たぶんここら辺」
「ほうほう、ここら辺で」
適当に指された場所をフィルは真面目に覗き込む。さらにその後からフロウ
とフィークもいる。
「このアンガスってぇとこで?」
「ちょっと待て!」
セシルはお玉を放り出してクランティーニに詰め寄る。
「ありえないだろ! どこをどう通ればアンガス近くまで来れるんだ、むしろ
移動時間を考えると無理だろ!」
「おお、よくわかったな」
クランティーニはへらへらと笑顔を浮かべて地図を懐に戻す。
「嘘だったってのか!?」
「わぁ、大人ってひでぇ」
「あっはっは、軽いジョークじゃないか」
軽いジョーク……、で済まされるのだろうか。むしろ影とか虫とか騙してな
にがおもしろいのか。よく、わからない。
「で、実際のところは今どのへんなんだ?」
クランティーニはタバコの煙を軽く吸って、一呼吸置いてから呟いた。
「あー、俺の表情でわかんない?」
わかんねぇよ! と、セシルはつっこみたかったが、クランティーニの表情
が心なしか困ったように見えた。セシルはつっこみより、そっちの方が気のせ
いだと心底思いたかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クーロン、大陸のほぼ中心に位置すると同時に最大級の都市である。乱雑に
立てられた建物の間にようやく、という感じで伸びる道を厳つい馬車が進んで
行く。
クーロンがいくら特殊な街だと言っても、さすがにこの馬車は目立ちすぎ
る。御者台に子供が座っていれば違和感も倍増するという物だろう。
「わー、すごいのですねぇ」
「そう言えばフロウちゃんはクーロンに来たかったんだよね。なにか目的があ
ったの?」
「んー、特になにかあったわけではないですのです。ただ大陸で一番大きい街
を見てみたかったのです」
「ふーん、こんな街をねぇ」
クランティーニはタバコを取り出そうとしたが、空だと気付いて空箱を握り
つぶして荷台の窓を叩いた。
「あんだよ」
不機嫌そうに小さな窓を開けたセシルは顔を外に晒さないような位置に立っ
ていた。ここに来るまで3回ほど毒矢やらなんやらを打ち込まれもすればこう
いう立ち方をするようにもなる。
「俺の荷物からタバコだしてくんない?」
「イヤだね」
そう言ってピシャリと窓を閉めてしまった。
「セシルさん、ご機嫌が悪そうですのね」
「子供なんだろ」
「誰が子供だ!」
「そういうところがだよ」
笑いながらセシルからタバコを受け取って、真新しい一本に火をつける。街
の南区画を少し進んだところでクランティーニは馬車を止めた。
「着いたぞ」
御者台から降りてクランティーニは荷台の扉を開ける。無言でイヴァンが降
りてくる。続いてセシルがようやくかという表情で背伸びをしながら降りた。
「荷物は?」
「俺が持つのかよ」
クランティーニの言葉に思いっきりのしかめ面でセシルは返した。
「これですか?」
フロウが荷台から大仰な箱を持ち出してきた。フロウが持つと非常に違和感
があるのだが、軽々と持っているところを見ると以外と軽いのだろう。
「おお、さすがフロウちゃん。どっかのひねくれ小僧とはえらい違いだ」
あはは、と照れ笑いを浮かべるフロウの頭の上でフィークが感嘆の声を上げ
る。
「おー、この街はデカイ建物ばっかだけど。ここは一段とデカイなぁ」
周囲の建物とは一線を隔した豪奢な建物がクランティーニ達の前に建ってい
た。フィール・マグラルドの私邸、この近所では空き巣すら近寄らない恐怖の
館である。
「お前が小さいから余計にでかく見えるんだろ」
「お待ちしておりました」
セシルのセリフにちょうどフィークが言い返そうとしたとき、玄関のドアが
開き、やたらとフリルが強調された服を着たメイドが出迎えに来た。クランテ
ィーニが軽く片手を上げて挨拶をする。
「家主さんはいるかい?」
「はい、おります。皆様は中でお待ちになってください」
メイドに促されてクランティーニ達は応接間に通された。
「少々お待ちください。すぐに呼んでまいります。あと、積荷の方は私どもが
お預かりします」
一礼してからメイドはフロウが運んできた箱を三人がかりで持っていった。
「てか、クランここどこだよ」
「今更だな、おい」
苦笑してクランティーニはテーブルの灰皿にタバコを擦り付ける。
「ここはフィール・マグラルドの私邸だよ」
「マグラルドって……、あのマグラルドか?」
「俺はマグラルドって聞くと一つしか思い浮かばないんだがな」
しばらく沈黙が漂う。セシルもマグラルドで真っ先に思い浮かぶのは大陸屈
指の豪商で知られるマグラルドだ。へんぴな場所にも支店があり、二十四時間
営業なうえ従業員はそこらの冒険者よりも強いという噂のあのマグラルドだ。
「わー、クランさんすごいですのですね。そんなお金持ちとお知り合いなん
て」
素直にフロウが感心する。セシルはというと難しい顔でなにか考え込んでい
た。
「……知り合いか?」
「同じ村の出身だ。ついでにお隣だったな」
そのセリフと同時にセシルはソファから立ち上がり、出口を目指して歩き出
した。
「俺は帰る、分け前も十分貰ったしな」
「どうしたんだよ、セシル」
不思議そうにフィークが首を傾げる。フィルは大人しくイヴァンの影の中に
納まっている。
「嫌な予感がかなりする。というか、こいつと同じ村の出身なんて変人に決ま
ってる!」
キレイに肩から指先までを一直線にしてクランティーニを指差してセシルは
叫んだ。
「失敬な、まあ否定はしないけど。もう手遅れだ」
あ? と疑問符を体現したセシルの後頭部に思いっきりドアが派手な音を立
てて叩きつけられた。
「ってぇな。なにすんだよ!」
「あら、ごめんなさい。でもドアの前に立っている方が悪いのでなくて?」
質素な服に身を包んだフィール・マグラルドが微笑みを浮かべて言う。
「とりあえず、これで仕事は終わりだ」
「そうね、一応聞いておくけど中身は見てないわよね?」
頷くクランティーニの表情が心なしか強張っている。そう、と残念そうにフ
ィールは足を組んだ。
「ウェム」
「はい」
ウェムと呼ばれた女性が大きめの皮袋をテーブルの上に置く。中身が全部金
貨とするならば千枚近くあるだろうか、かなりの額だ。
「多すぎない?」
引きつった笑みを浮かべてクランティーニが満面の笑みを浮かべたフィール
を見た。
「ほら、もう一仕事してもらおうかなと思って、その前金も入ってるわ」
「ちょ、ちょっとま……」
「断ったらどうなるか。わかってるわよね? くーちゃん」
一瞬、笑顔のまま凍りつくクランティーニ。ようやくといった様子で口を開
く。
「ほら、俺一人だけじゃないし、仲間とも相談して」
「俺は別に構わないけど?」
セシルが意地悪そうな笑顔で言った。フロウも右に同じといった感じだっ
た。イヴァンに至ってはいつものようにぼけーっとしている。
「なら決まりね。じゃあ皆こっちに来て」
フィールはソファから立ち上がりセシル達を促して部屋を出た。
「あ、そうそう。くーちゃんには別の仕事があるから、ウェム」
「はい。こちらへ」
セシル達とは逆方向へ誘導されるクランティーニにセシルはにやけた表情で
声をかける。
「がんばれよくーちゃん」
「ああ、お前も……。後で、後悔しても遅いぞ」
疲れた表情で笑顔を浮かべたクランティーニはウェムの後に着いて二階に上
がった。突き当たりの部屋に通された部屋の中で予想通りの展開にクランティ
ーニは天を仰いだ。
「ああ、やっぱり」
広い室内の中には女性物のドレスが多数。隅の方に置かれた大きめの箱は恐
らく変装道具一式、ちょうど真ん中あたりには化粧台が置かれていた。
「だから、気をつけてと書いたのに」
「気をつけただけフィール姉さんをかわせるなら依頼拒否なんかしないさ」
タバコに火をつけてため息と一緒に煙を吐き出す。彼女の行動に振り回され
たくないなら最初からフィールの依頼は受けない。ただ今回はサイフが寒くな
りすぎた上にポポルのギルドにろくな仕事がなかったのが不幸だった。
「浪費癖は治ってないようね」
ウェムが化粧台の椅子を引いて背もたれを軽く叩く。
「趣味に金は惜しまない主義だから」
クランティーニはコートを脱いでハンガーにかけてから咥えタバコまま椅子
に座る。
「タバコは消してもらえるとありがたいんだけど」
「喫煙者はなにかと肩身が狭いよ」
苦笑してタバコをウェムの差し出した携帯灰皿に押し付ける。
「毎回思うんだけど」
「なにを?」
「人殺しするのに女装は必要なのかなと」
「趣味だからしょうがないんじゃない? クランくんと同じであの人も趣味に
お金惜しまない人だから」
くすくすとクランティーニの金髪を梳きながらウェムは笑う。フィールが暗
殺の依頼をする時は必ず女装を強要される。それは女装と呼ぶには生温い、ま
ったくの別人に変装させられる。
それがどういう意味を持っているかはクランティーニにもわからない、顔が割
れてマグラルドの仕業とばれない様にする配慮か、それとも本当に趣味なの
か。気にならないと言えば嘘になるが、とりあえずクランティーニはウェムの
説明で納得しておくことにした。彼女に深入りするとろくな事にならない、現
に暗殺なんて柄じゃない仕事を任されている。
「ああ、そう」
「ふざけるなぁああああああ!」
クランティーニの諦め気味のため息が掻き消されるように階下からセシルの
怒鳴り声が聞こえてきた。ようやく真実が見えたのだろうが、今更遅いという
ものだ。
「そういえば、向こうはなにを?」
「お嬢様の護衛。ちょうどカランズ商会主催のパーティがあるから」
「敵地に赴くとはさすが」
カランズ商会はフィールと並ぶ商人で、ここ十数年で急速に成長するマグラ
ルド商会が気に食わないらしくなにかとフィールを目の敵にしている。マグラ
ルドの支店がある場所には必ず支店を出店したり、フィールに刺客を送り込ん
だ事もあった。
「まあ、お嬢様と張り合って最近自滅気味だからほっといてもいいんじゃない
かと思うんだけど」
「どうして行くかなんて聞かなくてもわかるよ」
挑発、というよりからかいに行くんだろうなと、自分の長めの髪が後頭部で
結ばれるのを見ながら苦笑する。
「まあ、あっちはイヴァンがいるから心配はないか」
未だに階下から聞こえるセシルの叫び声を聞きながらクランティーニは窓の
外に目をやる。日が傾き、クーロンの街が赤く染まっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
不機嫌、そして疲労の色を顔全体に押し出しセシルはただ黙って応接間のソ
ファに座っていた。
「気分悪いです?」
心配そうなフロウの問いかけにもセシルは顔も見ない。というか応えたくな
かった。フリフリでヒラヒラの淡いピンク色のドレスを着たフロウを見てしま
うと自分の状況を改めて認識してしまうからだ。
「あはははー、ほっとけほっとけ。そいつが機嫌悪いのはいつものことじゃ
ん」
フロウの肩で普段の格好のままフィークは腹を抱えて笑う。
「黙れ虫、殺すぞ」
今までで一番の殺意をこめてセシルはフィークに言うが、言われた妖精はフ
ロウの肩を叩きながら笑い続ける。
「往生際がわりぃなセシル、旦那だってガマンしてんだ、おめぇだけじゃね
ぇ」
セシルの向かいに大人しく座っているイヴァンの影が揺れる。ちなみにフリ
フリでヒラヒラは同じだが全員微妙にデザインが違う。色もセシルは赤でイヴ
ァンは白に近い青だ。
「そいつは何も考えてないだけだろうが!」
「ひゃははははははは」
「笑うな虫!」
テーブルの上に足を叩きつけてセシルは叫ぶ。
「あらあら、レディがはしたないわよ」
着替えを終えたフィールが部屋に入ってきた。セシル達は全員フリフリでヒ
ラヒラだが、その服を強要した本人はいたって普通のフォーマルドレスを着て
いた。
「誰がレディだ、誰が。そもそもあんたはなんでそんな普通のカッコして俺は
こんなフリフリドレスなんだ!」
「あら、だっていい大人がそんな格好恥ずかしいじゃない」
満面の笑みを浮かべてフィールは言い放った。そして思い出したかのように
フロウに顔を向ける。正確にはフロウの肩で笑い転げているフィークにだ。
「フィークちゃんのも用意したからすぐに着替えて、もう時間がないから」
「あはは、ひぃひぃ、は……は?」
フィークの顔が笑い顔のまま固まる。そして体勢を変えないまま飛び去ろう
とするがすかさずセシルの手が伸びて捕まった。
「逃がすと思うか……」
「せ、セシルさん、目がマジなんだけど」
無言でセシルはフィールの後ろにいるメイド――鬼のように強かった――に
フィークを差し出す。
「嫌だ! 離せ! 俺はそんな人間みたいな格好は、フロウ助け、あ、いやぁ
ああああ」
騒ぐフィークをよそにフィールは笑顔で話しを続ける。
「とりあえず依頼は私の護衛ということでわかったかしら? まあ、適当にひ
やかしたら帰るから、すぐに終わるわ。じゃ、外の馬車に移動してちょうだ
い」
無理矢理着替えさせられてぐったりしたフィークをメイドから受け取って歩
き出したフィールの後にイヴァンとフロウが続く。セシルも諦めたようにため
息を一つついてそれを追った。すぐに終わる、その、僅かで吹けば消えるよう
な希望の光を信じて。
イヴァン・ルシャヴナ
場所:クーロン付近裏道~クーロン
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド
今日も今日とて空は快晴。普段は静かな裏街道だか今日は少し賑やかだ。
「で? なんで俺が毎度毎度メシ作ってんだ?」
セシルは三角巾とエプロンをつけて不機嫌な顔で鍋をかき回しながら言っ
た。ちなみに三角巾とエプロンはクランティーニとフロウに無理矢理つけさせ
られた。案の定フィークとフィルには思いっきり笑われた。
「そりゃあ、セシル。料理できるのがお前しかいないからだろ」
咥えタバコで本を読んでいるクランが事も無げに言った。そう、セシル以外
の連中は全くと言っていいほど料理ができなかった。
クランティーニに作らせたときはメンドクサイと言って保存食の干し肉を何
食わぬ顔で出したし。イヴァンの場合は食材を調理もしないでそのまま全部一
人で食った。フロウに至っては思い出したくもない。
「まったく……この」
お玉を握るセシルの手がぷるぷると震える。ああ、なんか泣けそうだ。明ら
かに人数よりも多いであろう量の野菜と肉を鍋で煮込みならセシルはそろそろ
逃げ出そうか、なんて事を考え始めるが、すぐに無駄だと思い至ってやめた。
――きっと途中で捕まるんだろうな……。
そう、調理中に逃げればまず間違いなくイヴァンが追ってくる。
「そしてものの数分で捕まる。間違いない。残念!」
「黙れ虫。鍋の具にするぞ」
お玉をフィークに突きつけてセシルはすごむが、フィークはケラケラ笑いな
がらフロウの頭に止まる。
「フロウ! その虫を黙らせろ。飼い主だろ」
「えー、フィークはペットじゃなくてお友達なのです」
友達だったら五月蝿くてもいいのか……。真剣にセシルはそう問い詰めたか
ったが、きっと笑顔で肯定されるからやめにした。
「クランの旦那」
「あー?」
馬車の屋根でぼけーっと座っていたイヴァンの影、フィルが起き上がる。
「ここんとこあの黒いのは出てこねぇっすが、あっしら今だいたいどこら辺
で?」
「うーん。ちょっと待て」
クランティーニはタバコを咥えたまま地図を取り出して眺める。しばし薪の
燃える音とセシルが鍋をかき回す音が響く。
「……たぶんここら辺」
「ほうほう、ここら辺で」
適当に指された場所をフィルは真面目に覗き込む。さらにその後からフロウ
とフィークもいる。
「このアンガスってぇとこで?」
「ちょっと待て!」
セシルはお玉を放り出してクランティーニに詰め寄る。
「ありえないだろ! どこをどう通ればアンガス近くまで来れるんだ、むしろ
移動時間を考えると無理だろ!」
「おお、よくわかったな」
クランティーニはへらへらと笑顔を浮かべて地図を懐に戻す。
「嘘だったってのか!?」
「わぁ、大人ってひでぇ」
「あっはっは、軽いジョークじゃないか」
軽いジョーク……、で済まされるのだろうか。むしろ影とか虫とか騙してな
にがおもしろいのか。よく、わからない。
「で、実際のところは今どのへんなんだ?」
クランティーニはタバコの煙を軽く吸って、一呼吸置いてから呟いた。
「あー、俺の表情でわかんない?」
わかんねぇよ! と、セシルはつっこみたかったが、クランティーニの表情
が心なしか困ったように見えた。セシルはつっこみより、そっちの方が気のせ
いだと心底思いたかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クーロン、大陸のほぼ中心に位置すると同時に最大級の都市である。乱雑に
立てられた建物の間にようやく、という感じで伸びる道を厳つい馬車が進んで
行く。
クーロンがいくら特殊な街だと言っても、さすがにこの馬車は目立ちすぎ
る。御者台に子供が座っていれば違和感も倍増するという物だろう。
「わー、すごいのですねぇ」
「そう言えばフロウちゃんはクーロンに来たかったんだよね。なにか目的があ
ったの?」
「んー、特になにかあったわけではないですのです。ただ大陸で一番大きい街
を見てみたかったのです」
「ふーん、こんな街をねぇ」
クランティーニはタバコを取り出そうとしたが、空だと気付いて空箱を握り
つぶして荷台の窓を叩いた。
「あんだよ」
不機嫌そうに小さな窓を開けたセシルは顔を外に晒さないような位置に立っ
ていた。ここに来るまで3回ほど毒矢やらなんやらを打ち込まれもすればこう
いう立ち方をするようにもなる。
「俺の荷物からタバコだしてくんない?」
「イヤだね」
そう言ってピシャリと窓を閉めてしまった。
「セシルさん、ご機嫌が悪そうですのね」
「子供なんだろ」
「誰が子供だ!」
「そういうところがだよ」
笑いながらセシルからタバコを受け取って、真新しい一本に火をつける。街
の南区画を少し進んだところでクランティーニは馬車を止めた。
「着いたぞ」
御者台から降りてクランティーニは荷台の扉を開ける。無言でイヴァンが降
りてくる。続いてセシルがようやくかという表情で背伸びをしながら降りた。
「荷物は?」
「俺が持つのかよ」
クランティーニの言葉に思いっきりのしかめ面でセシルは返した。
「これですか?」
フロウが荷台から大仰な箱を持ち出してきた。フロウが持つと非常に違和感
があるのだが、軽々と持っているところを見ると以外と軽いのだろう。
「おお、さすがフロウちゃん。どっかのひねくれ小僧とはえらい違いだ」
あはは、と照れ笑いを浮かべるフロウの頭の上でフィークが感嘆の声を上げ
る。
「おー、この街はデカイ建物ばっかだけど。ここは一段とデカイなぁ」
周囲の建物とは一線を隔した豪奢な建物がクランティーニ達の前に建ってい
た。フィール・マグラルドの私邸、この近所では空き巣すら近寄らない恐怖の
館である。
「お前が小さいから余計にでかく見えるんだろ」
「お待ちしておりました」
セシルのセリフにちょうどフィークが言い返そうとしたとき、玄関のドアが
開き、やたらとフリルが強調された服を着たメイドが出迎えに来た。クランテ
ィーニが軽く片手を上げて挨拶をする。
「家主さんはいるかい?」
「はい、おります。皆様は中でお待ちになってください」
メイドに促されてクランティーニ達は応接間に通された。
「少々お待ちください。すぐに呼んでまいります。あと、積荷の方は私どもが
お預かりします」
一礼してからメイドはフロウが運んできた箱を三人がかりで持っていった。
「てか、クランここどこだよ」
「今更だな、おい」
苦笑してクランティーニはテーブルの灰皿にタバコを擦り付ける。
「ここはフィール・マグラルドの私邸だよ」
「マグラルドって……、あのマグラルドか?」
「俺はマグラルドって聞くと一つしか思い浮かばないんだがな」
しばらく沈黙が漂う。セシルもマグラルドで真っ先に思い浮かぶのは大陸屈
指の豪商で知られるマグラルドだ。へんぴな場所にも支店があり、二十四時間
営業なうえ従業員はそこらの冒険者よりも強いという噂のあのマグラルドだ。
「わー、クランさんすごいですのですね。そんなお金持ちとお知り合いなん
て」
素直にフロウが感心する。セシルはというと難しい顔でなにか考え込んでい
た。
「……知り合いか?」
「同じ村の出身だ。ついでにお隣だったな」
そのセリフと同時にセシルはソファから立ち上がり、出口を目指して歩き出
した。
「俺は帰る、分け前も十分貰ったしな」
「どうしたんだよ、セシル」
不思議そうにフィークが首を傾げる。フィルは大人しくイヴァンの影の中に
納まっている。
「嫌な予感がかなりする。というか、こいつと同じ村の出身なんて変人に決ま
ってる!」
キレイに肩から指先までを一直線にしてクランティーニを指差してセシルは
叫んだ。
「失敬な、まあ否定はしないけど。もう手遅れだ」
あ? と疑問符を体現したセシルの後頭部に思いっきりドアが派手な音を立
てて叩きつけられた。
「ってぇな。なにすんだよ!」
「あら、ごめんなさい。でもドアの前に立っている方が悪いのでなくて?」
質素な服に身を包んだフィール・マグラルドが微笑みを浮かべて言う。
「とりあえず、これで仕事は終わりだ」
「そうね、一応聞いておくけど中身は見てないわよね?」
頷くクランティーニの表情が心なしか強張っている。そう、と残念そうにフ
ィールは足を組んだ。
「ウェム」
「はい」
ウェムと呼ばれた女性が大きめの皮袋をテーブルの上に置く。中身が全部金
貨とするならば千枚近くあるだろうか、かなりの額だ。
「多すぎない?」
引きつった笑みを浮かべてクランティーニが満面の笑みを浮かべたフィール
を見た。
「ほら、もう一仕事してもらおうかなと思って、その前金も入ってるわ」
「ちょ、ちょっとま……」
「断ったらどうなるか。わかってるわよね? くーちゃん」
一瞬、笑顔のまま凍りつくクランティーニ。ようやくといった様子で口を開
く。
「ほら、俺一人だけじゃないし、仲間とも相談して」
「俺は別に構わないけど?」
セシルが意地悪そうな笑顔で言った。フロウも右に同じといった感じだっ
た。イヴァンに至ってはいつものようにぼけーっとしている。
「なら決まりね。じゃあ皆こっちに来て」
フィールはソファから立ち上がりセシル達を促して部屋を出た。
「あ、そうそう。くーちゃんには別の仕事があるから、ウェム」
「はい。こちらへ」
セシル達とは逆方向へ誘導されるクランティーニにセシルはにやけた表情で
声をかける。
「がんばれよくーちゃん」
「ああ、お前も……。後で、後悔しても遅いぞ」
疲れた表情で笑顔を浮かべたクランティーニはウェムの後に着いて二階に上
がった。突き当たりの部屋に通された部屋の中で予想通りの展開にクランティ
ーニは天を仰いだ。
「ああ、やっぱり」
広い室内の中には女性物のドレスが多数。隅の方に置かれた大きめの箱は恐
らく変装道具一式、ちょうど真ん中あたりには化粧台が置かれていた。
「だから、気をつけてと書いたのに」
「気をつけただけフィール姉さんをかわせるなら依頼拒否なんかしないさ」
タバコに火をつけてため息と一緒に煙を吐き出す。彼女の行動に振り回され
たくないなら最初からフィールの依頼は受けない。ただ今回はサイフが寒くな
りすぎた上にポポルのギルドにろくな仕事がなかったのが不幸だった。
「浪費癖は治ってないようね」
ウェムが化粧台の椅子を引いて背もたれを軽く叩く。
「趣味に金は惜しまない主義だから」
クランティーニはコートを脱いでハンガーにかけてから咥えタバコまま椅子
に座る。
「タバコは消してもらえるとありがたいんだけど」
「喫煙者はなにかと肩身が狭いよ」
苦笑してタバコをウェムの差し出した携帯灰皿に押し付ける。
「毎回思うんだけど」
「なにを?」
「人殺しするのに女装は必要なのかなと」
「趣味だからしょうがないんじゃない? クランくんと同じであの人も趣味に
お金惜しまない人だから」
くすくすとクランティーニの金髪を梳きながらウェムは笑う。フィールが暗
殺の依頼をする時は必ず女装を強要される。それは女装と呼ぶには生温い、ま
ったくの別人に変装させられる。
それがどういう意味を持っているかはクランティーニにもわからない、顔が割
れてマグラルドの仕業とばれない様にする配慮か、それとも本当に趣味なの
か。気にならないと言えば嘘になるが、とりあえずクランティーニはウェムの
説明で納得しておくことにした。彼女に深入りするとろくな事にならない、現
に暗殺なんて柄じゃない仕事を任されている。
「ああ、そう」
「ふざけるなぁああああああ!」
クランティーニの諦め気味のため息が掻き消されるように階下からセシルの
怒鳴り声が聞こえてきた。ようやく真実が見えたのだろうが、今更遅いという
ものだ。
「そういえば、向こうはなにを?」
「お嬢様の護衛。ちょうどカランズ商会主催のパーティがあるから」
「敵地に赴くとはさすが」
カランズ商会はフィールと並ぶ商人で、ここ十数年で急速に成長するマグラ
ルド商会が気に食わないらしくなにかとフィールを目の敵にしている。マグラ
ルドの支店がある場所には必ず支店を出店したり、フィールに刺客を送り込ん
だ事もあった。
「まあ、お嬢様と張り合って最近自滅気味だからほっといてもいいんじゃない
かと思うんだけど」
「どうして行くかなんて聞かなくてもわかるよ」
挑発、というよりからかいに行くんだろうなと、自分の長めの髪が後頭部で
結ばれるのを見ながら苦笑する。
「まあ、あっちはイヴァンがいるから心配はないか」
未だに階下から聞こえるセシルの叫び声を聞きながらクランティーニは窓の
外に目をやる。日が傾き、クーロンの街が赤く染まっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
不機嫌、そして疲労の色を顔全体に押し出しセシルはただ黙って応接間のソ
ファに座っていた。
「気分悪いです?」
心配そうなフロウの問いかけにもセシルは顔も見ない。というか応えたくな
かった。フリフリでヒラヒラの淡いピンク色のドレスを着たフロウを見てしま
うと自分の状況を改めて認識してしまうからだ。
「あはははー、ほっとけほっとけ。そいつが機嫌悪いのはいつものことじゃ
ん」
フロウの肩で普段の格好のままフィークは腹を抱えて笑う。
「黙れ虫、殺すぞ」
今までで一番の殺意をこめてセシルはフィークに言うが、言われた妖精はフ
ロウの肩を叩きながら笑い続ける。
「往生際がわりぃなセシル、旦那だってガマンしてんだ、おめぇだけじゃね
ぇ」
セシルの向かいに大人しく座っているイヴァンの影が揺れる。ちなみにフリ
フリでヒラヒラは同じだが全員微妙にデザインが違う。色もセシルは赤でイヴ
ァンは白に近い青だ。
「そいつは何も考えてないだけだろうが!」
「ひゃははははははは」
「笑うな虫!」
テーブルの上に足を叩きつけてセシルは叫ぶ。
「あらあら、レディがはしたないわよ」
着替えを終えたフィールが部屋に入ってきた。セシル達は全員フリフリでヒ
ラヒラだが、その服を強要した本人はいたって普通のフォーマルドレスを着て
いた。
「誰がレディだ、誰が。そもそもあんたはなんでそんな普通のカッコして俺は
こんなフリフリドレスなんだ!」
「あら、だっていい大人がそんな格好恥ずかしいじゃない」
満面の笑みを浮かべてフィールは言い放った。そして思い出したかのように
フロウに顔を向ける。正確にはフロウの肩で笑い転げているフィークにだ。
「フィークちゃんのも用意したからすぐに着替えて、もう時間がないから」
「あはは、ひぃひぃ、は……は?」
フィークの顔が笑い顔のまま固まる。そして体勢を変えないまま飛び去ろう
とするがすかさずセシルの手が伸びて捕まった。
「逃がすと思うか……」
「せ、セシルさん、目がマジなんだけど」
無言でセシルはフィールの後ろにいるメイド――鬼のように強かった――に
フィークを差し出す。
「嫌だ! 離せ! 俺はそんな人間みたいな格好は、フロウ助け、あ、いやぁ
ああああ」
騒ぐフィークをよそにフィールは笑顔で話しを続ける。
「とりあえず依頼は私の護衛ということでわかったかしら? まあ、適当にひ
やかしたら帰るから、すぐに終わるわ。じゃ、外の馬車に移動してちょうだ
い」
無理矢理着替えさせられてぐったりしたフィークをメイドから受け取って歩
き出したフィールの後にイヴァンとフロウが続く。セシルも諦めたようにため
息を一つついてそれを追った。すぐに終わる、その、僅かで吹けば消えるよう
な希望の光を信じて。
PR
キャスト:クランティーニ・セシル・フロウ・イヴァン
場所:クーロン付近裏道~クーロン
NPC:フィーク・マグラルド・フッさん
―――――――――――――――
「ようようよう、泣く子も黙るってぇ天下無敵の『蒼烈の彗星』がよう、
なんだってこんな格好しなきゃなんねんだ?」
馬車が出発すると同時に、パンドゥールがここぞとばかりに喋りだした。
「しかもその仕事が護衛ときた!」
ばっ、と一瞬だけ、馬車の中が暗くなる。
パンドゥールが『身体』を広げたのだ。
「旦那は暗殺が生業なんだ、護衛なんざそこいらのモップでも充分だァ。
なぁ、旦那?お前様はなんとも思わねぇのけ?」
今度はイヴァンのシルエットに戻り、腕組みをする。
イヴァンは相変わらず答えなかった。
馬車の中はかなり広い6人乗りで、イヴァンはフロウとセシルと共に
到着を待っていた。
だが広いとはいえ、皆かさばる服を身につけているため、開放感はないに等しい。
ちなみに耳には、両方ともに羽飾りをつけられたせいで、かなりうざったい。
そしてそれをいじろうとするフロウを、幾度となくかわす。
そして幾度となく聞こえるため息は。
「この俺の姿をポポルの連中が見たら、きっと異種族虐待だとか言って蜂起するぜ」
「どうせ殺虫剤まいて終いだろ」
セシルとフィークは、二人ともそっくりな格好で、そんなことを言い合いながら
窓に肘をついて遠い目をしている。
セシルはまだ少年のあどけなさが残っているので、見た目に関しては
メイクの腕を差し引いてもさほど違和感はない。
ただ、歩きのフォームや座る時の所作を、何より言動を見れば、
見破られないほうがおかしいだろう。
「この際、この仕事蹴っちまったらどうだい。
…あー、駄目だァ旦那、針は無しだ。へいへい、わかり申したよ、
お手上げだ。手前は何処へでも付いて行きまさァ」
両手を放り投げるしぐさを最後に、パンドゥールは黙る。
イヴァンは馬車の振動に身を任せ、レースで縁取られた襟に首をうずめた。
確かにパンドゥールが言うように、自分の本業は暗殺だ。
護衛という仕事をやったことがないわけではないが、
退屈でしかも割に合わない。できればあまり受けたくない仕事である。
ただ、ギルドランクがAランクのクランティーニが、この自分が
必要とされているのは、それだけの敵が控えている可能性もあると言う事だ。
――だとすれば。
下手をすれば暗殺よりよほど、愉しい事になるに違いないのだ。
外の夕闇は茜を抱え、雲はひときわ最後の赤を放っていた。
場所:クーロン付近裏道~クーロン
NPC:フィーク・マグラルド・フッさん
―――――――――――――――
「ようようよう、泣く子も黙るってぇ天下無敵の『蒼烈の彗星』がよう、
なんだってこんな格好しなきゃなんねんだ?」
馬車が出発すると同時に、パンドゥールがここぞとばかりに喋りだした。
「しかもその仕事が護衛ときた!」
ばっ、と一瞬だけ、馬車の中が暗くなる。
パンドゥールが『身体』を広げたのだ。
「旦那は暗殺が生業なんだ、護衛なんざそこいらのモップでも充分だァ。
なぁ、旦那?お前様はなんとも思わねぇのけ?」
今度はイヴァンのシルエットに戻り、腕組みをする。
イヴァンは相変わらず答えなかった。
馬車の中はかなり広い6人乗りで、イヴァンはフロウとセシルと共に
到着を待っていた。
だが広いとはいえ、皆かさばる服を身につけているため、開放感はないに等しい。
ちなみに耳には、両方ともに羽飾りをつけられたせいで、かなりうざったい。
そしてそれをいじろうとするフロウを、幾度となくかわす。
そして幾度となく聞こえるため息は。
「この俺の姿をポポルの連中が見たら、きっと異種族虐待だとか言って蜂起するぜ」
「どうせ殺虫剤まいて終いだろ」
セシルとフィークは、二人ともそっくりな格好で、そんなことを言い合いながら
窓に肘をついて遠い目をしている。
セシルはまだ少年のあどけなさが残っているので、見た目に関しては
メイクの腕を差し引いてもさほど違和感はない。
ただ、歩きのフォームや座る時の所作を、何より言動を見れば、
見破られないほうがおかしいだろう。
「この際、この仕事蹴っちまったらどうだい。
…あー、駄目だァ旦那、針は無しだ。へいへい、わかり申したよ、
お手上げだ。手前は何処へでも付いて行きまさァ」
両手を放り投げるしぐさを最後に、パンドゥールは黙る。
イヴァンは馬車の振動に身を任せ、レースで縁取られた襟に首をうずめた。
確かにパンドゥールが言うように、自分の本業は暗殺だ。
護衛という仕事をやったことがないわけではないが、
退屈でしかも割に合わない。できればあまり受けたくない仕事である。
ただ、ギルドランクがAランクのクランティーニが、この自分が
必要とされているのは、それだけの敵が控えている可能性もあると言う事だ。
――だとすれば。
下手をすれば暗殺よりよほど、愉しい事になるに違いないのだ。
外の夕闇は茜を抱え、雲はひときわ最後の赤を放っていた。
PC:セシル・フロウ・イヴァン
場所:クーロン
NPC:フィーク・フィール・フィル
―――――――――――――――
馬車が停まったのは、フィールの家に負けず劣らず豪華な邸宅の前だった。
「ふわぁ…凄い家なのですねぇ~」
「金持ちって奴ァ何でこんなに飾り立てるんだろうなぁ」
フィルが心底不思議そうに呟く。その主人であるイヴァンは長い裾を踏んで転びそう
になっていた。
後から降りて来たセシルも、裾と格闘している。流石に女性陣と空飛ぶフィークは平
気だ。
「いっぱいご馳走食べられますですかねぇ」
「この服ではムリ」
セシルが諦めたように首を振った。ドレスの紐が食い込んで痛いらしい。
「きっと食べられるわよ。いっぱい」
どんな御飯が出るかな~とか嬉しそうに言うフロウに、フィール がにっこりと微笑み
ながら答える。
「ホントなのですか?」
「ええ、勿論」
フィールはなおも笑顔を崩さず。この笑顔の恐ろしさを知るクランティーニは、幸か
不幸か今はいない。
「さて、では行きましょうか」
「はいです!」
かくて女性陣は元気よく、逆に男性陣はげっそりとしながら、敵地に乗り込んだのだ
った。
********
「オーおー何処もかしこも金ピカだねぇ。これじゃ目が眩んじまうじゃねぇか、旦那
ぁ」
「フロウ~もう帰ろうよ~こんな恰好もうやだよ」
「お前ら少し黙れ」
不機嫌な男性陣は、キラキラと光る廊下を歩いていた。エントランスとホールを繋ぐ
廊下である。
玄関にいたメイドに用件を告げて通されたエントランスには、いかにも金持ちです、
と主張する為のモノが至る所に置かれていた。
恐らく純金製であろう壷、豪華な金のシャンデリア、美しい宝石が散りばめられた置
物、呪いに使われそうな造型の癖に、無駄に光り輝く人形、無節操に集められた絵画
エトセトラエトセトラ…
金持ちが必ず陥るという"よくわかんないけど豪華そうなモノは全部買っとけ症候
群"の典型的な症状だ。しかも、かなりの重症。救いようがない。
屋敷中こんな感じなのだ。文句なしでは歩けない。
「こら、そんな口調じゃダメでしょう?もっと優雅に丁寧に。一人称も"ワタクシ"よ?
わかった?」
後ろを歩いていたフィールが、セシルを注意した。明らかに楽しんでる。
「いい?いくら屋敷が悪趣味で気持ち悪くて燃やしてしまいたくてもそこはレディの嗜
み、心の中で叫ぶくらいに押さえておきなさいな。ね?」
「いや、誰もそこまで言ってないし。レディじゃないし。そもそもあんたがこんな恰好
させてるんだろう?」
「あらあ、雇い主は私でしょう?ほら、イヴァンちゃんはちゃんと文句言わずにやって
るわ。流石ランクAね」
反論を許さぬ口調にセシルは口ごもる。勝てはしないと悟ったのか、小さな舌打ち一
つで黙り込んだ。
「ネコさんはえらいですぅ」などと的外れなことをフロウが呟いている。
そうしているうちに、一行は目的地に着いた。
豪華なホールの扉は開け放たれ、来訪者を手招きしている。
落ちそうなシャンデリアが照らし出すホール内で、彼らの目を一際引いたものは…
「あらぁ…お久しぶりですわ。よくいらっしゃいましたわね」
無駄に豪華絢爛にケバケバしく飾り立てられたカランズ商会のご令嬢…
ではなく
「うわぁ~美味しそうなのですぅ!ネコさん、お腹いっぱい食べられますですよぉ!」
ホール中に並べられた、食べ物の山だった。
場所:クーロン
NPC:フィーク・フィール・フィル
―――――――――――――――
馬車が停まったのは、フィールの家に負けず劣らず豪華な邸宅の前だった。
「ふわぁ…凄い家なのですねぇ~」
「金持ちって奴ァ何でこんなに飾り立てるんだろうなぁ」
フィルが心底不思議そうに呟く。その主人であるイヴァンは長い裾を踏んで転びそう
になっていた。
後から降りて来たセシルも、裾と格闘している。流石に女性陣と空飛ぶフィークは平
気だ。
「いっぱいご馳走食べられますですかねぇ」
「この服ではムリ」
セシルが諦めたように首を振った。ドレスの紐が食い込んで痛いらしい。
「きっと食べられるわよ。いっぱい」
どんな御飯が出るかな~とか嬉しそうに言うフロウに、フィール がにっこりと微笑み
ながら答える。
「ホントなのですか?」
「ええ、勿論」
フィールはなおも笑顔を崩さず。この笑顔の恐ろしさを知るクランティーニは、幸か
不幸か今はいない。
「さて、では行きましょうか」
「はいです!」
かくて女性陣は元気よく、逆に男性陣はげっそりとしながら、敵地に乗り込んだのだ
った。
********
「オーおー何処もかしこも金ピカだねぇ。これじゃ目が眩んじまうじゃねぇか、旦那
ぁ」
「フロウ~もう帰ろうよ~こんな恰好もうやだよ」
「お前ら少し黙れ」
不機嫌な男性陣は、キラキラと光る廊下を歩いていた。エントランスとホールを繋ぐ
廊下である。
玄関にいたメイドに用件を告げて通されたエントランスには、いかにも金持ちです、
と主張する為のモノが至る所に置かれていた。
恐らく純金製であろう壷、豪華な金のシャンデリア、美しい宝石が散りばめられた置
物、呪いに使われそうな造型の癖に、無駄に光り輝く人形、無節操に集められた絵画
エトセトラエトセトラ…
金持ちが必ず陥るという"よくわかんないけど豪華そうなモノは全部買っとけ症候
群"の典型的な症状だ。しかも、かなりの重症。救いようがない。
屋敷中こんな感じなのだ。文句なしでは歩けない。
「こら、そんな口調じゃダメでしょう?もっと優雅に丁寧に。一人称も"ワタクシ"よ?
わかった?」
後ろを歩いていたフィールが、セシルを注意した。明らかに楽しんでる。
「いい?いくら屋敷が悪趣味で気持ち悪くて燃やしてしまいたくてもそこはレディの嗜
み、心の中で叫ぶくらいに押さえておきなさいな。ね?」
「いや、誰もそこまで言ってないし。レディじゃないし。そもそもあんたがこんな恰好
させてるんだろう?」
「あらあ、雇い主は私でしょう?ほら、イヴァンちゃんはちゃんと文句言わずにやって
るわ。流石ランクAね」
反論を許さぬ口調にセシルは口ごもる。勝てはしないと悟ったのか、小さな舌打ち一
つで黙り込んだ。
「ネコさんはえらいですぅ」などと的外れなことをフロウが呟いている。
そうしているうちに、一行は目的地に着いた。
豪華なホールの扉は開け放たれ、来訪者を手招きしている。
落ちそうなシャンデリアが照らし出すホール内で、彼らの目を一際引いたものは…
「あらぁ…お久しぶりですわ。よくいらっしゃいましたわね」
無駄に豪華絢爛にケバケバしく飾り立てられたカランズ商会のご令嬢…
ではなく
「うわぁ~美味しそうなのですぅ!ネコさん、お腹いっぱい食べられますですよぉ!」
ホール中に並べられた、食べ物の山だった。
PC :クランティーニ セシル フロウ イヴァン
場所 :クーロン(カランズ邸・別宅)
NPC :フィーク フィル・パンドゥール フィール・マグラルド
------------------------------------------------------------------------
イヴァンが文句の一つも言わないのは、ランクがどうだから立派とかそういう理由で
はなくて、ただたんに無頓著なだけではないかという気がしたものの、セシルは結局、
何も言わなかった。反論しても無駄な状況があるということくらいはわかっている。
飾り立てられた屋敷内に、とりあえず、悪趣味という以外の感想は思い浮かばなかっ
たが、高価そうなものがあると思わず目をやってしまう自分が少し悲しい。だが、たと
えばあの扉の横に置いてある変な置き物ひとつで、故郷の家何軒分の価値があるのか、
考えない方がおかしいじゃないか。
装飾品の一つくらいをコッソリ持ちかえってもバレないかも知れないなと思った。フ
リルだらけの服は動きにくいし息苦しいが、小さな花瓶くらいなら余裕で隠し持てそう
だ。少し真面目に検討してみよう。芸術品は足がつきやすいから、できれば宝石類で。
目の前に立ち塞がった女が、無邪気に歓声を上げたフロウを見て微笑んだ。
「素敵なお嬢ちゃんね、マグラルドさんのご友人かしら?」
「ええ、そんなところです。
本日はお招きいただき光栄ですわ」
暗紅色のマーメイドドレスを纏った女の言葉を、フィールはにこやかに肯定した。
この女が恐らくカランズ令嬢なのだろう。馬車の中で聞いた話を思い出しながらぼん
やりと判断する。一言で表現するなら、大人の女だ。妖婉な美女。色鮮やかなドレスを
自然に着こなし、その身を飾る宝石類に存在感で劣らない。
悪趣味であることに変わりはなかったが、その悪趣味を完全に着こなしてみせていた。
カランズ令嬢とフィールはにこやかに挨拶を交わす。
それを聞くともなしに聞いていたセシルは、いつの間にかイヴァンがいなくなってい
ることに気がついたが、ホールを見渡すと可愛らしいフリル姿で豪快に料理をがっつい
ている姿をすぐに発見できた。
「……いつの間に」
「完全に気配を消すとはさすがAランクだな」
「食い意地だと思う」
何かあるたびに妖精と短い会話を交わすのがいつものことになりつつある。
とりあえず女装に気乗りしていないという点においては唯一の同士なので、今までよ
り多少は打ち解けているような気がしなくもない。互いの見た目について双方とも一言
も触れないのがその根拠だ。
言い返されるのが恐くて何も言えないだけである可能性は考慮しないことにする。鏡
を直視する勇気がどうしても起きなかったから、今、自分がどうなっているのか知らな
い。たぶん相手もそうだろう。
トモダチになりたいとは微塵も思わないが、とりあえずこんな嫌な気分でいるのが自
分一人ではないという確信は、今この瞬間に挫けて膝を折らないために重要だ。
イヴァンを(或いは彼の食べている料理を)じっと見つめていたフロウは、カランズ
令嬢に「あなたも遠慮しないで食べていいのよ」と微笑みかけられ、とても嬉しそうに
テーブルへ向かっていった。妖精がそれを追いかけて飛んでいく。
黄金色か琥珀色か。キラキラと輝くシャンデリアが控えめな光を落としている。
ホールはかなり広いようだったが、ところせましと置かれたテーブル、そこここで談
笑する多勢の姿のせいで窮屈に感じる。豪華ではあるし、華やかでもある。が、どこか
洗練されていない感があるのは何故だろう。
それにしてもさっきから二人のお嬢様喋りが気持ち悪い。
フィールの方は交渉術だと割り切っているらしい素っ気無さがあるが、カランズ令嬢
の方は完全に板についていて、それが妙に似合ってしまっている。
カランズ商会そのものは老舗というほどの歴史を持っていないと記憶しているが、そ
れでも規模から考えれば三代、四代は前から続いているだろうから、彼女は根っからの
お嬢様だ。
とりあえず、目立たないようにその場を離れる。こういうところでどう振舞えばいい
ものか検討がつかないので、しばらくうろうろと歩き回ってみたが、どうも場違いな気
がしていたたまれなくなって、結局、壁際に置かれていた椅子に腰掛けて時間が過ぎる
のを待つしかなくなった。
「セシルさん、楽しんでますかー?」
食べ歩きをしているらしいフロウとフィークの二人が、こちらの姿を見つけて近づい
てきた。口元にソースをつけたフロウが持つ皿には美味しそうなローストビーフが盛ら
れている。その様子を見てなんとなく嫌な予感がした。
「……まさかずっと食べ続けてる……?」
考えただけで胸焼けがする。普段から小食な上にこの格好では、ますます食欲など遠
い世界のことだ。女装なんかさせられていなければ、まだ、何か食べようという気にも
なったかも知れないが。
とりあえず食事をしていれば、それなりに自然に周囲に溶け込める。
もちろん、さっきから、手近なテーブルから順に制覇して賞賛の視線を浴びているイ
ヴァンとかは別だ。お上品に盛られた料理はあまり一皿ごとの量がないにしても、あれ
はちょっと常識外として。
「フロウの食欲を甘くみるなよ」
何故か得意げに言ってくる妖精。
確かに真似できない芸当だが素直に尊敬する気になれなかったのでセシルは彼に半眼
を向けた。呟くように聞いてみる。
「お前換算で五十人くらい食うのか?」
「おぞましいこと言うな!」
妖精は「フロウが俺を食べるわけないだろ!」と言い返してきた後で、少し不安そう
に、ちらりと相方を見た。フロウは妖精の様子には気がつかない様子でローストビーフ
をかじっている。これだけ幸せそうに食べてもらえれば、料理人もさぞかし満足だろう。
それはそうと、この小柄な体のどこに大量の食べ物が入るのか。
思わずじっと見ていたセシルに、フロウはにっこり笑う。
「セシルさんも食べますか? おいしいですよ」
「……いらない」
こういう愛想がないところが自分の短所なのだろうが、食べられないものは食べられ
ない。こんな金のかかってそうな料理には滅多にお目にかかれないから、ちょっともっ
たいないけど。
「ネコさんのところに行ってきますー」
「はいはい、気をつけて」
護衛の仕事のことなんて忘れてるんじゃあるまいか。いや、絶対に忘れてる。
脳天気に手を振るフロウがいつもより幼く見えるのは趣味の悪いドレスのせいだろう。
無邪気な笑顔はいつもどおりだ。セシルは呆れて見送って、ため息をついた。
いつまでここにいなければならないのだろう。
もうじゅうぶんウンザリしたし退屈もした。そろそろ帰りたい。
シャンデリアの蝋燭が何本かが、ふっと消えて少し暗くなった。
入り口とは別の扉が開かれて風通しがよくなったせいらしい。
場所 :クーロン(カランズ邸・別宅)
NPC :フィーク フィル・パンドゥール フィール・マグラルド
------------------------------------------------------------------------
イヴァンが文句の一つも言わないのは、ランクがどうだから立派とかそういう理由で
はなくて、ただたんに無頓著なだけではないかという気がしたものの、セシルは結局、
何も言わなかった。反論しても無駄な状況があるということくらいはわかっている。
飾り立てられた屋敷内に、とりあえず、悪趣味という以外の感想は思い浮かばなかっ
たが、高価そうなものがあると思わず目をやってしまう自分が少し悲しい。だが、たと
えばあの扉の横に置いてある変な置き物ひとつで、故郷の家何軒分の価値があるのか、
考えない方がおかしいじゃないか。
装飾品の一つくらいをコッソリ持ちかえってもバレないかも知れないなと思った。フ
リルだらけの服は動きにくいし息苦しいが、小さな花瓶くらいなら余裕で隠し持てそう
だ。少し真面目に検討してみよう。芸術品は足がつきやすいから、できれば宝石類で。
目の前に立ち塞がった女が、無邪気に歓声を上げたフロウを見て微笑んだ。
「素敵なお嬢ちゃんね、マグラルドさんのご友人かしら?」
「ええ、そんなところです。
本日はお招きいただき光栄ですわ」
暗紅色のマーメイドドレスを纏った女の言葉を、フィールはにこやかに肯定した。
この女が恐らくカランズ令嬢なのだろう。馬車の中で聞いた話を思い出しながらぼん
やりと判断する。一言で表現するなら、大人の女だ。妖婉な美女。色鮮やかなドレスを
自然に着こなし、その身を飾る宝石類に存在感で劣らない。
悪趣味であることに変わりはなかったが、その悪趣味を完全に着こなしてみせていた。
カランズ令嬢とフィールはにこやかに挨拶を交わす。
それを聞くともなしに聞いていたセシルは、いつの間にかイヴァンがいなくなってい
ることに気がついたが、ホールを見渡すと可愛らしいフリル姿で豪快に料理をがっつい
ている姿をすぐに発見できた。
「……いつの間に」
「完全に気配を消すとはさすがAランクだな」
「食い意地だと思う」
何かあるたびに妖精と短い会話を交わすのがいつものことになりつつある。
とりあえず女装に気乗りしていないという点においては唯一の同士なので、今までよ
り多少は打ち解けているような気がしなくもない。互いの見た目について双方とも一言
も触れないのがその根拠だ。
言い返されるのが恐くて何も言えないだけである可能性は考慮しないことにする。鏡
を直視する勇気がどうしても起きなかったから、今、自分がどうなっているのか知らな
い。たぶん相手もそうだろう。
トモダチになりたいとは微塵も思わないが、とりあえずこんな嫌な気分でいるのが自
分一人ではないという確信は、今この瞬間に挫けて膝を折らないために重要だ。
イヴァンを(或いは彼の食べている料理を)じっと見つめていたフロウは、カランズ
令嬢に「あなたも遠慮しないで食べていいのよ」と微笑みかけられ、とても嬉しそうに
テーブルへ向かっていった。妖精がそれを追いかけて飛んでいく。
黄金色か琥珀色か。キラキラと輝くシャンデリアが控えめな光を落としている。
ホールはかなり広いようだったが、ところせましと置かれたテーブル、そこここで談
笑する多勢の姿のせいで窮屈に感じる。豪華ではあるし、華やかでもある。が、どこか
洗練されていない感があるのは何故だろう。
それにしてもさっきから二人のお嬢様喋りが気持ち悪い。
フィールの方は交渉術だと割り切っているらしい素っ気無さがあるが、カランズ令嬢
の方は完全に板についていて、それが妙に似合ってしまっている。
カランズ商会そのものは老舗というほどの歴史を持っていないと記憶しているが、そ
れでも規模から考えれば三代、四代は前から続いているだろうから、彼女は根っからの
お嬢様だ。
とりあえず、目立たないようにその場を離れる。こういうところでどう振舞えばいい
ものか検討がつかないので、しばらくうろうろと歩き回ってみたが、どうも場違いな気
がしていたたまれなくなって、結局、壁際に置かれていた椅子に腰掛けて時間が過ぎる
のを待つしかなくなった。
「セシルさん、楽しんでますかー?」
食べ歩きをしているらしいフロウとフィークの二人が、こちらの姿を見つけて近づい
てきた。口元にソースをつけたフロウが持つ皿には美味しそうなローストビーフが盛ら
れている。その様子を見てなんとなく嫌な予感がした。
「……まさかずっと食べ続けてる……?」
考えただけで胸焼けがする。普段から小食な上にこの格好では、ますます食欲など遠
い世界のことだ。女装なんかさせられていなければ、まだ、何か食べようという気にも
なったかも知れないが。
とりあえず食事をしていれば、それなりに自然に周囲に溶け込める。
もちろん、さっきから、手近なテーブルから順に制覇して賞賛の視線を浴びているイ
ヴァンとかは別だ。お上品に盛られた料理はあまり一皿ごとの量がないにしても、あれ
はちょっと常識外として。
「フロウの食欲を甘くみるなよ」
何故か得意げに言ってくる妖精。
確かに真似できない芸当だが素直に尊敬する気になれなかったのでセシルは彼に半眼
を向けた。呟くように聞いてみる。
「お前換算で五十人くらい食うのか?」
「おぞましいこと言うな!」
妖精は「フロウが俺を食べるわけないだろ!」と言い返してきた後で、少し不安そう
に、ちらりと相方を見た。フロウは妖精の様子には気がつかない様子でローストビーフ
をかじっている。これだけ幸せそうに食べてもらえれば、料理人もさぞかし満足だろう。
それはそうと、この小柄な体のどこに大量の食べ物が入るのか。
思わずじっと見ていたセシルに、フロウはにっこり笑う。
「セシルさんも食べますか? おいしいですよ」
「……いらない」
こういう愛想がないところが自分の短所なのだろうが、食べられないものは食べられ
ない。こんな金のかかってそうな料理には滅多にお目にかかれないから、ちょっともっ
たいないけど。
「ネコさんのところに行ってきますー」
「はいはい、気をつけて」
護衛の仕事のことなんて忘れてるんじゃあるまいか。いや、絶対に忘れてる。
脳天気に手を振るフロウがいつもより幼く見えるのは趣味の悪いドレスのせいだろう。
無邪気な笑顔はいつもどおりだ。セシルは呆れて見送って、ため息をついた。
いつまでここにいなければならないのだろう。
もうじゅうぶんウンザリしたし退屈もした。そろそろ帰りたい。
シャンデリアの蝋燭が何本かが、ふっと消えて少し暗くなった。
入り口とは別の扉が開かれて風通しがよくなったせいらしい。
PC:クランティーニ・ブランシュ セシル・カース フロウリッド・ファーレン
イヴァン・ルシャヴナ
場所:クーロン カランズ邸・別宅
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド ハロルド・カランズ
リリィ・カランズ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
パーティーもそろそろ中盤といったところか。金持ち達の自慢話のネタもそろそろ
尽きはじめた頃、会場の奥の扉が開き執事と思わしき男が一礼して現れた。
男はフィールと意地の張り合いで会話を続けていたカランズ令嬢、リリィの姿を見
つけるとゆっくりと近づいてくる。
こめかみの辺りに青筋を立てて、顔を引きつらせながらフィールと会話を続けていた
リリィに執事は小さく耳打ちをする。
「お嬢様」
「そう、わかりましたわ」
下がってよろしくてよ、と一言かけてリリィはフィールに笑みを向ける。その表情
は多少明るい物に変わっていた。
「フィールさん。私少々失礼させていただきますわ。どうぞお連れ様とパーティーを
お楽しみくださいね」
「そう、じゃあ私はそろそろお暇させていただこうかしら?」
「そ、それは困りますわ!!」
笑顔で返したフィールをリリィは慌てて止める、急に大声を出したせいで会場の注
目を一気に浴びてしまった。
小さく咳払いをしてリリィは言葉を続ける。
「こ、この後とてもおもしろい余興を用意させていただきましたの。フィールさんに
はきっと気に入ってもらえると思いましてよ」
「あら、そうなの? じゃあ、もう少し楽しませてもらおうかしら」
フィールに最初から帰る気などさらさら無かった。むしろ何事もなく終わってしま
う方が彼女にはなにより残念なのだ。
「ふふ、存分にお楽しみください」
不適な笑みを浮かべ、リリィは執事に伴われ会場を去っていった。
「さて、護衛さん達と合流しないとね。くーちゃんはちゃんとやっているかしら」
これから起こるであろう騒動に心躍らせながらフィールは、ようやく食事にひと段
落ついたセシル達のもとへ戻った。
「食事はもう済ませたかしら?」
「こんな格好で食えるかよ」
げんなりしているセシルの隣にフィールは腰掛けた。フィールが楽しそうに何かを
待っている表情を見てセシルの表情はさらに暗くなってしまった。
「セシルさん、顔色悪そうですのね。大丈夫ですか?」
心配そうにフロウはセシルの顔を覗き込む。片手にフルーツ盛り合わせの大皿を持
ったままでは本当に心配しているかどうか怪しいものだが。
イヴァンは、とりあえず満足したのかぼーっとどこ見ているかわからない顔で突っ
立っている。
「そろそろ、準備しておいてもらえる?」
「なんの?」
うんざりした感じでセシルは問い返す。必要以上に窮屈な服と、普段なら関わらな
い場所で脳みそが上手く働かない。
「何って……、不測の事態」
満面の笑みを浮かべ、フィールが答えた。フィールの笑顔を見て、セシルはその不
測の事態とやらが起こらない事を心底願うしかなかった。
「どうしたのですの?」
最後のメロンを食べ終わったフロウは、イヴァンの雰囲気の異変に気付く。少し張
り詰めた空気が周囲に流れた。
「ここは危険だ」
「はは、無駄だったな」
わかってはいたが、先ほどの祈りが全く無駄だった事に、セシルは本気で頭を抱え
た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クーロンの街をこれでもかといわんばかりに豪奢な馬車が駆けていく。クーロンに
それなりの長さ住んでいる者が一目見ればその馬車はカランズ商会のものだとわか
る。
「な、なぁリリィ。少しあれはやりすぎなんじゃないか?」
馬車の中でハロルド・カランズは汗を拭った。数年前まではカランズ商会の全てを
取仕切っていた会長だった。今でも肩書きは会長のままだが、実権は全て娘のリリィ
に奪われたも同然の状態だ。
「ほほほほ、何を言ってますのお父様。今までの損失と、これからのあの女の影響力
を考えれば、あれぐらい安い物ですわ」
扇で口元を隠してリリィは高笑いを上げる。猛スピードで疾走する馬車の外までも
その笑い声は漏れ出し、クーロンの闇に消えていった。
「相変わらず下品な笑い声だ」
クランティーニはカランズ親娘の乗った馬車を見送り一人ぼやいた。いつもよりも
幾分高い自分の声に苦笑を漏らし歩き出す。
ハイヒールの踵が石畳を叩く。着馴れない黒いフォーマルドレスが少々肌寒いが、い
つもの事だと割り切って目的地を目指す。
歩きながらいつもの癖で胸元に手を伸ばすがそこにタバコは無く、自分についてい
るのが不気味な膨らみにあたる。舌打ちをして、バックの中から女物のライターとタ
バコを取り出す。
「ここまで凝らなくてもいいと思うんだがな」
タバコに火をつけて吸い込んでみるが、軽すぎて吸った気がしない。ここから目的
地のカランズの本宅の間には嗜好品を売っている店は無い。ため息と一緒に煙を吐き
出した時背後から爆音が響く。
「なんだ?」
距離的にはちょうどセシル達がいるパーティー会場のあたりだ。もしかしたら会場
が爆破されたのかもしれない。
空に向かって伸びる黒煙をしばらく眺め、再びカランズ邸を目指す。例え巻き込ま
れていてもフィールが死ぬとは思えない。まあ、セシルあたりはフィークに盾にされ
て怪我ぐらいしているかもしれないが。
ふと路地裏に佇んでいる少年に目が行く。最初は浮浪者かなにかかとも思ったがそ
の顔には見覚えがあった。
「セシル? いや」
苦笑して首を振る。嫌気が差して会場から逃げ出したという可能性も無くは無い
が、それをフィールが許すとは思えない。だとすれば思い当たる人物は一人。
クランティーニはバックの中に手を入れ、銃を具現化させる。少年に近づいてい
く。上手くいけばしばらくはフィールに仕事を回してもらわなくて済む。相手が警戒
していないことを確かめ、クランティーニはすばやく銃を構えて引き金を二度引い
た。
乾いた音をたてて弾丸は青年を外れ、奥の暗闇に吸い込まれていく。驚いて振り返
った青年の後ろから品の無い悲鳴が路地裏に響いて男が一人走り去っていくのが見え
た。おそらく強盗か何かの類だろう。
「こんな場所で突っ立って、危ないわね。いったい何をしているの」
なるべく人懐っこい笑みを浮かべ青年に近づいていく。よく見ればセシルとは異質
の雰囲気を感じる。人間ではないからかもしれないが。
「ええと、どちら様でしょう?」
やや警戒されているのか、半身だけこちらに向けて青年はクランティーニに視線を
向けた。正確には手に持っている銃に。
「私? 私は味方、になるのかしらね。まあキミ次第だけど」
銃をバックに入れ――ふりだが――クランティーニは微笑む。
「僕次第?」
「そう。キミ、結構有名人でしょう? ライ・クローバー君」
青年、ライの警戒心が一気に強まる。自分の賞金額ぐらいは自覚しているようだ。
それに伴う危険も。
「そう警戒しないで。別に私は賞金稼ぎじゃないから。なんでキミがここにいるかわ
知らないけれど、街を出るまでに確実に捕まるでしょうね」
「そんなこと、わからないじゃないですか」
ライの言葉に少し苦笑してクランティーニは言葉を続けた。仕事の都合上あまり長
い時間を割くわけにはいかない。
「まあ、そうだけど。でもさっき逃げたあの男、キミを狙ってたわね。たぶんキミが
この街にいるってあっという間に広がるわよ。そうしたら、どうなるかしら」
クランティーニの言葉に、ライは渋い顔をする。さっきの男が知っているかどう
か? などということは些細な事である。重要なのはライが最悪を想像できるかであ
る。
「一人でここを脱出できる自信があるなら別にいいけれど。人間、何事も楽をしない
とね」
「楽、ですか?」
「そう。もし、キミが私の仕事を手伝ってくれるなら。安全にこの街を出る手段を用
意してあげるわ」
ライは視線を泳がせて、考え込む。
「難しく考える必要はないわよ。簡単な仕事だから、そうね夜が明けるまでには終わ
ってるわね。きっと」
「……わかりました。少し怪しい気もしますけど、その話乗りましょう」
「交渉成立ね」
満面の笑みを浮かべてクランティーニは右手を差し出した。それに応じてライも右
手を出す。
「私は、ええと、クリス、クリスティーナよ」
「ライ・クローバーです」
「それじゃあ、行きましょうか。さっきも言ったけど夜明けまでには終わらせたいの
よ」
握手していた右手を離し、クランティーニは馬車の走り去った方向へ歩き始める。
「あの、ところで」
「なに?」
「仕事って、なんなんですか?」
「要人暗殺」
笑顔で返した言葉に、ライは顔がひきつった。クーロンの闇夜は更に深くなり、奇
妙な二人組みを覆い隠していった。
イヴァン・ルシャヴナ
場所:クーロン カランズ邸・別宅
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド ハロルド・カランズ
リリィ・カランズ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
パーティーもそろそろ中盤といったところか。金持ち達の自慢話のネタもそろそろ
尽きはじめた頃、会場の奥の扉が開き執事と思わしき男が一礼して現れた。
男はフィールと意地の張り合いで会話を続けていたカランズ令嬢、リリィの姿を見
つけるとゆっくりと近づいてくる。
こめかみの辺りに青筋を立てて、顔を引きつらせながらフィールと会話を続けていた
リリィに執事は小さく耳打ちをする。
「お嬢様」
「そう、わかりましたわ」
下がってよろしくてよ、と一言かけてリリィはフィールに笑みを向ける。その表情
は多少明るい物に変わっていた。
「フィールさん。私少々失礼させていただきますわ。どうぞお連れ様とパーティーを
お楽しみくださいね」
「そう、じゃあ私はそろそろお暇させていただこうかしら?」
「そ、それは困りますわ!!」
笑顔で返したフィールをリリィは慌てて止める、急に大声を出したせいで会場の注
目を一気に浴びてしまった。
小さく咳払いをしてリリィは言葉を続ける。
「こ、この後とてもおもしろい余興を用意させていただきましたの。フィールさんに
はきっと気に入ってもらえると思いましてよ」
「あら、そうなの? じゃあ、もう少し楽しませてもらおうかしら」
フィールに最初から帰る気などさらさら無かった。むしろ何事もなく終わってしま
う方が彼女にはなにより残念なのだ。
「ふふ、存分にお楽しみください」
不適な笑みを浮かべ、リリィは執事に伴われ会場を去っていった。
「さて、護衛さん達と合流しないとね。くーちゃんはちゃんとやっているかしら」
これから起こるであろう騒動に心躍らせながらフィールは、ようやく食事にひと段
落ついたセシル達のもとへ戻った。
「食事はもう済ませたかしら?」
「こんな格好で食えるかよ」
げんなりしているセシルの隣にフィールは腰掛けた。フィールが楽しそうに何かを
待っている表情を見てセシルの表情はさらに暗くなってしまった。
「セシルさん、顔色悪そうですのね。大丈夫ですか?」
心配そうにフロウはセシルの顔を覗き込む。片手にフルーツ盛り合わせの大皿を持
ったままでは本当に心配しているかどうか怪しいものだが。
イヴァンは、とりあえず満足したのかぼーっとどこ見ているかわからない顔で突っ
立っている。
「そろそろ、準備しておいてもらえる?」
「なんの?」
うんざりした感じでセシルは問い返す。必要以上に窮屈な服と、普段なら関わらな
い場所で脳みそが上手く働かない。
「何って……、不測の事態」
満面の笑みを浮かべ、フィールが答えた。フィールの笑顔を見て、セシルはその不
測の事態とやらが起こらない事を心底願うしかなかった。
「どうしたのですの?」
最後のメロンを食べ終わったフロウは、イヴァンの雰囲気の異変に気付く。少し張
り詰めた空気が周囲に流れた。
「ここは危険だ」
「はは、無駄だったな」
わかってはいたが、先ほどの祈りが全く無駄だった事に、セシルは本気で頭を抱え
た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クーロンの街をこれでもかといわんばかりに豪奢な馬車が駆けていく。クーロンに
それなりの長さ住んでいる者が一目見ればその馬車はカランズ商会のものだとわか
る。
「な、なぁリリィ。少しあれはやりすぎなんじゃないか?」
馬車の中でハロルド・カランズは汗を拭った。数年前まではカランズ商会の全てを
取仕切っていた会長だった。今でも肩書きは会長のままだが、実権は全て娘のリリィ
に奪われたも同然の状態だ。
「ほほほほ、何を言ってますのお父様。今までの損失と、これからのあの女の影響力
を考えれば、あれぐらい安い物ですわ」
扇で口元を隠してリリィは高笑いを上げる。猛スピードで疾走する馬車の外までも
その笑い声は漏れ出し、クーロンの闇に消えていった。
「相変わらず下品な笑い声だ」
クランティーニはカランズ親娘の乗った馬車を見送り一人ぼやいた。いつもよりも
幾分高い自分の声に苦笑を漏らし歩き出す。
ハイヒールの踵が石畳を叩く。着馴れない黒いフォーマルドレスが少々肌寒いが、い
つもの事だと割り切って目的地を目指す。
歩きながらいつもの癖で胸元に手を伸ばすがそこにタバコは無く、自分についてい
るのが不気味な膨らみにあたる。舌打ちをして、バックの中から女物のライターとタ
バコを取り出す。
「ここまで凝らなくてもいいと思うんだがな」
タバコに火をつけて吸い込んでみるが、軽すぎて吸った気がしない。ここから目的
地のカランズの本宅の間には嗜好品を売っている店は無い。ため息と一緒に煙を吐き
出した時背後から爆音が響く。
「なんだ?」
距離的にはちょうどセシル達がいるパーティー会場のあたりだ。もしかしたら会場
が爆破されたのかもしれない。
空に向かって伸びる黒煙をしばらく眺め、再びカランズ邸を目指す。例え巻き込ま
れていてもフィールが死ぬとは思えない。まあ、セシルあたりはフィークに盾にされ
て怪我ぐらいしているかもしれないが。
ふと路地裏に佇んでいる少年に目が行く。最初は浮浪者かなにかかとも思ったがそ
の顔には見覚えがあった。
「セシル? いや」
苦笑して首を振る。嫌気が差して会場から逃げ出したという可能性も無くは無い
が、それをフィールが許すとは思えない。だとすれば思い当たる人物は一人。
クランティーニはバックの中に手を入れ、銃を具現化させる。少年に近づいてい
く。上手くいけばしばらくはフィールに仕事を回してもらわなくて済む。相手が警戒
していないことを確かめ、クランティーニはすばやく銃を構えて引き金を二度引い
た。
乾いた音をたてて弾丸は青年を外れ、奥の暗闇に吸い込まれていく。驚いて振り返
った青年の後ろから品の無い悲鳴が路地裏に響いて男が一人走り去っていくのが見え
た。おそらく強盗か何かの類だろう。
「こんな場所で突っ立って、危ないわね。いったい何をしているの」
なるべく人懐っこい笑みを浮かべ青年に近づいていく。よく見ればセシルとは異質
の雰囲気を感じる。人間ではないからかもしれないが。
「ええと、どちら様でしょう?」
やや警戒されているのか、半身だけこちらに向けて青年はクランティーニに視線を
向けた。正確には手に持っている銃に。
「私? 私は味方、になるのかしらね。まあキミ次第だけど」
銃をバックに入れ――ふりだが――クランティーニは微笑む。
「僕次第?」
「そう。キミ、結構有名人でしょう? ライ・クローバー君」
青年、ライの警戒心が一気に強まる。自分の賞金額ぐらいは自覚しているようだ。
それに伴う危険も。
「そう警戒しないで。別に私は賞金稼ぎじゃないから。なんでキミがここにいるかわ
知らないけれど、街を出るまでに確実に捕まるでしょうね」
「そんなこと、わからないじゃないですか」
ライの言葉に少し苦笑してクランティーニは言葉を続けた。仕事の都合上あまり長
い時間を割くわけにはいかない。
「まあ、そうだけど。でもさっき逃げたあの男、キミを狙ってたわね。たぶんキミが
この街にいるってあっという間に広がるわよ。そうしたら、どうなるかしら」
クランティーニの言葉に、ライは渋い顔をする。さっきの男が知っているかどう
か? などということは些細な事である。重要なのはライが最悪を想像できるかであ
る。
「一人でここを脱出できる自信があるなら別にいいけれど。人間、何事も楽をしない
とね」
「楽、ですか?」
「そう。もし、キミが私の仕事を手伝ってくれるなら。安全にこの街を出る手段を用
意してあげるわ」
ライは視線を泳がせて、考え込む。
「難しく考える必要はないわよ。簡単な仕事だから、そうね夜が明けるまでには終わ
ってるわね。きっと」
「……わかりました。少し怪しい気もしますけど、その話乗りましょう」
「交渉成立ね」
満面の笑みを浮かべてクランティーニは右手を差し出した。それに応じてライも右
手を出す。
「私は、ええと、クリス、クリスティーナよ」
「ライ・クローバーです」
「それじゃあ、行きましょうか。さっきも言ったけど夜明けまでには終わらせたいの
よ」
握手していた右手を離し、クランティーニは馬車の走り去った方向へ歩き始める。
「あの、ところで」
「なに?」
「仕事って、なんなんですか?」
「要人暗殺」
笑顔で返した言葉に、ライは顔がひきつった。クーロンの闇夜は更に深くなり、奇
妙な二人組みを覆い隠していった。