PC :クランティーニ セシル フロウ イヴァン
場所 :クーロン(カランズ邸・別宅)
NPC :フィーク フィル・パンドゥール フィール・マグラルド
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イヴァンが文句の一つも言わないのは、ランクがどうだから立派とかそういう理由で
はなくて、ただたんに無頓著なだけではないかという気がしたものの、セシルは結局、
何も言わなかった。反論しても無駄な状況があるということくらいはわかっている。
飾り立てられた屋敷内に、とりあえず、悪趣味という以外の感想は思い浮かばなかっ
たが、高価そうなものがあると思わず目をやってしまう自分が少し悲しい。だが、たと
えばあの扉の横に置いてある変な置き物ひとつで、故郷の家何軒分の価値があるのか、
考えない方がおかしいじゃないか。
装飾品の一つくらいをコッソリ持ちかえってもバレないかも知れないなと思った。フ
リルだらけの服は動きにくいし息苦しいが、小さな花瓶くらいなら余裕で隠し持てそう
だ。少し真面目に検討してみよう。芸術品は足がつきやすいから、できれば宝石類で。
目の前に立ち塞がった女が、無邪気に歓声を上げたフロウを見て微笑んだ。
「素敵なお嬢ちゃんね、マグラルドさんのご友人かしら?」
「ええ、そんなところです。
本日はお招きいただき光栄ですわ」
暗紅色のマーメイドドレスを纏った女の言葉を、フィールはにこやかに肯定した。
この女が恐らくカランズ令嬢なのだろう。馬車の中で聞いた話を思い出しながらぼん
やりと判断する。一言で表現するなら、大人の女だ。妖婉な美女。色鮮やかなドレスを
自然に着こなし、その身を飾る宝石類に存在感で劣らない。
悪趣味であることに変わりはなかったが、その悪趣味を完全に着こなしてみせていた。
カランズ令嬢とフィールはにこやかに挨拶を交わす。
それを聞くともなしに聞いていたセシルは、いつの間にかイヴァンがいなくなってい
ることに気がついたが、ホールを見渡すと可愛らしいフリル姿で豪快に料理をがっつい
ている姿をすぐに発見できた。
「……いつの間に」
「完全に気配を消すとはさすがAランクだな」
「食い意地だと思う」
何かあるたびに妖精と短い会話を交わすのがいつものことになりつつある。
とりあえず女装に気乗りしていないという点においては唯一の同士なので、今までよ
り多少は打ち解けているような気がしなくもない。互いの見た目について双方とも一言
も触れないのがその根拠だ。
言い返されるのが恐くて何も言えないだけである可能性は考慮しないことにする。鏡
を直視する勇気がどうしても起きなかったから、今、自分がどうなっているのか知らな
い。たぶん相手もそうだろう。
トモダチになりたいとは微塵も思わないが、とりあえずこんな嫌な気分でいるのが自
分一人ではないという確信は、今この瞬間に挫けて膝を折らないために重要だ。
イヴァンを(或いは彼の食べている料理を)じっと見つめていたフロウは、カランズ
令嬢に「あなたも遠慮しないで食べていいのよ」と微笑みかけられ、とても嬉しそうに
テーブルへ向かっていった。妖精がそれを追いかけて飛んでいく。
黄金色か琥珀色か。キラキラと輝くシャンデリアが控えめな光を落としている。
ホールはかなり広いようだったが、ところせましと置かれたテーブル、そこここで談
笑する多勢の姿のせいで窮屈に感じる。豪華ではあるし、華やかでもある。が、どこか
洗練されていない感があるのは何故だろう。
それにしてもさっきから二人のお嬢様喋りが気持ち悪い。
フィールの方は交渉術だと割り切っているらしい素っ気無さがあるが、カランズ令嬢
の方は完全に板についていて、それが妙に似合ってしまっている。
カランズ商会そのものは老舗というほどの歴史を持っていないと記憶しているが、そ
れでも規模から考えれば三代、四代は前から続いているだろうから、彼女は根っからの
お嬢様だ。
とりあえず、目立たないようにその場を離れる。こういうところでどう振舞えばいい
ものか検討がつかないので、しばらくうろうろと歩き回ってみたが、どうも場違いな気
がしていたたまれなくなって、結局、壁際に置かれていた椅子に腰掛けて時間が過ぎる
のを待つしかなくなった。
「セシルさん、楽しんでますかー?」
食べ歩きをしているらしいフロウとフィークの二人が、こちらの姿を見つけて近づい
てきた。口元にソースをつけたフロウが持つ皿には美味しそうなローストビーフが盛ら
れている。その様子を見てなんとなく嫌な予感がした。
「……まさかずっと食べ続けてる……?」
考えただけで胸焼けがする。普段から小食な上にこの格好では、ますます食欲など遠
い世界のことだ。女装なんかさせられていなければ、まだ、何か食べようという気にも
なったかも知れないが。
とりあえず食事をしていれば、それなりに自然に周囲に溶け込める。
もちろん、さっきから、手近なテーブルから順に制覇して賞賛の視線を浴びているイ
ヴァンとかは別だ。お上品に盛られた料理はあまり一皿ごとの量がないにしても、あれ
はちょっと常識外として。
「フロウの食欲を甘くみるなよ」
何故か得意げに言ってくる妖精。
確かに真似できない芸当だが素直に尊敬する気になれなかったのでセシルは彼に半眼
を向けた。呟くように聞いてみる。
「お前換算で五十人くらい食うのか?」
「おぞましいこと言うな!」
妖精は「フロウが俺を食べるわけないだろ!」と言い返してきた後で、少し不安そう
に、ちらりと相方を見た。フロウは妖精の様子には気がつかない様子でローストビーフ
をかじっている。これだけ幸せそうに食べてもらえれば、料理人もさぞかし満足だろう。
それはそうと、この小柄な体のどこに大量の食べ物が入るのか。
思わずじっと見ていたセシルに、フロウはにっこり笑う。
「セシルさんも食べますか? おいしいですよ」
「……いらない」
こういう愛想がないところが自分の短所なのだろうが、食べられないものは食べられ
ない。こんな金のかかってそうな料理には滅多にお目にかかれないから、ちょっともっ
たいないけど。
「ネコさんのところに行ってきますー」
「はいはい、気をつけて」
護衛の仕事のことなんて忘れてるんじゃあるまいか。いや、絶対に忘れてる。
脳天気に手を振るフロウがいつもより幼く見えるのは趣味の悪いドレスのせいだろう。
無邪気な笑顔はいつもどおりだ。セシルは呆れて見送って、ため息をついた。
いつまでここにいなければならないのだろう。
もうじゅうぶんウンザリしたし退屈もした。そろそろ帰りたい。
シャンデリアの蝋燭が何本かが、ふっと消えて少し暗くなった。
入り口とは別の扉が開かれて風通しがよくなったせいらしい。
場所 :クーロン(カランズ邸・別宅)
NPC :フィーク フィル・パンドゥール フィール・マグラルド
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イヴァンが文句の一つも言わないのは、ランクがどうだから立派とかそういう理由で
はなくて、ただたんに無頓著なだけではないかという気がしたものの、セシルは結局、
何も言わなかった。反論しても無駄な状況があるということくらいはわかっている。
飾り立てられた屋敷内に、とりあえず、悪趣味という以外の感想は思い浮かばなかっ
たが、高価そうなものがあると思わず目をやってしまう自分が少し悲しい。だが、たと
えばあの扉の横に置いてある変な置き物ひとつで、故郷の家何軒分の価値があるのか、
考えない方がおかしいじゃないか。
装飾品の一つくらいをコッソリ持ちかえってもバレないかも知れないなと思った。フ
リルだらけの服は動きにくいし息苦しいが、小さな花瓶くらいなら余裕で隠し持てそう
だ。少し真面目に検討してみよう。芸術品は足がつきやすいから、できれば宝石類で。
目の前に立ち塞がった女が、無邪気に歓声を上げたフロウを見て微笑んだ。
「素敵なお嬢ちゃんね、マグラルドさんのご友人かしら?」
「ええ、そんなところです。
本日はお招きいただき光栄ですわ」
暗紅色のマーメイドドレスを纏った女の言葉を、フィールはにこやかに肯定した。
この女が恐らくカランズ令嬢なのだろう。馬車の中で聞いた話を思い出しながらぼん
やりと判断する。一言で表現するなら、大人の女だ。妖婉な美女。色鮮やかなドレスを
自然に着こなし、その身を飾る宝石類に存在感で劣らない。
悪趣味であることに変わりはなかったが、その悪趣味を完全に着こなしてみせていた。
カランズ令嬢とフィールはにこやかに挨拶を交わす。
それを聞くともなしに聞いていたセシルは、いつの間にかイヴァンがいなくなってい
ることに気がついたが、ホールを見渡すと可愛らしいフリル姿で豪快に料理をがっつい
ている姿をすぐに発見できた。
「……いつの間に」
「完全に気配を消すとはさすがAランクだな」
「食い意地だと思う」
何かあるたびに妖精と短い会話を交わすのがいつものことになりつつある。
とりあえず女装に気乗りしていないという点においては唯一の同士なので、今までよ
り多少は打ち解けているような気がしなくもない。互いの見た目について双方とも一言
も触れないのがその根拠だ。
言い返されるのが恐くて何も言えないだけである可能性は考慮しないことにする。鏡
を直視する勇気がどうしても起きなかったから、今、自分がどうなっているのか知らな
い。たぶん相手もそうだろう。
トモダチになりたいとは微塵も思わないが、とりあえずこんな嫌な気分でいるのが自
分一人ではないという確信は、今この瞬間に挫けて膝を折らないために重要だ。
イヴァンを(或いは彼の食べている料理を)じっと見つめていたフロウは、カランズ
令嬢に「あなたも遠慮しないで食べていいのよ」と微笑みかけられ、とても嬉しそうに
テーブルへ向かっていった。妖精がそれを追いかけて飛んでいく。
黄金色か琥珀色か。キラキラと輝くシャンデリアが控えめな光を落としている。
ホールはかなり広いようだったが、ところせましと置かれたテーブル、そこここで談
笑する多勢の姿のせいで窮屈に感じる。豪華ではあるし、華やかでもある。が、どこか
洗練されていない感があるのは何故だろう。
それにしてもさっきから二人のお嬢様喋りが気持ち悪い。
フィールの方は交渉術だと割り切っているらしい素っ気無さがあるが、カランズ令嬢
の方は完全に板についていて、それが妙に似合ってしまっている。
カランズ商会そのものは老舗というほどの歴史を持っていないと記憶しているが、そ
れでも規模から考えれば三代、四代は前から続いているだろうから、彼女は根っからの
お嬢様だ。
とりあえず、目立たないようにその場を離れる。こういうところでどう振舞えばいい
ものか検討がつかないので、しばらくうろうろと歩き回ってみたが、どうも場違いな気
がしていたたまれなくなって、結局、壁際に置かれていた椅子に腰掛けて時間が過ぎる
のを待つしかなくなった。
「セシルさん、楽しんでますかー?」
食べ歩きをしているらしいフロウとフィークの二人が、こちらの姿を見つけて近づい
てきた。口元にソースをつけたフロウが持つ皿には美味しそうなローストビーフが盛ら
れている。その様子を見てなんとなく嫌な予感がした。
「……まさかずっと食べ続けてる……?」
考えただけで胸焼けがする。普段から小食な上にこの格好では、ますます食欲など遠
い世界のことだ。女装なんかさせられていなければ、まだ、何か食べようという気にも
なったかも知れないが。
とりあえず食事をしていれば、それなりに自然に周囲に溶け込める。
もちろん、さっきから、手近なテーブルから順に制覇して賞賛の視線を浴びているイ
ヴァンとかは別だ。お上品に盛られた料理はあまり一皿ごとの量がないにしても、あれ
はちょっと常識外として。
「フロウの食欲を甘くみるなよ」
何故か得意げに言ってくる妖精。
確かに真似できない芸当だが素直に尊敬する気になれなかったのでセシルは彼に半眼
を向けた。呟くように聞いてみる。
「お前換算で五十人くらい食うのか?」
「おぞましいこと言うな!」
妖精は「フロウが俺を食べるわけないだろ!」と言い返してきた後で、少し不安そう
に、ちらりと相方を見た。フロウは妖精の様子には気がつかない様子でローストビーフ
をかじっている。これだけ幸せそうに食べてもらえれば、料理人もさぞかし満足だろう。
それはそうと、この小柄な体のどこに大量の食べ物が入るのか。
思わずじっと見ていたセシルに、フロウはにっこり笑う。
「セシルさんも食べますか? おいしいですよ」
「……いらない」
こういう愛想がないところが自分の短所なのだろうが、食べられないものは食べられ
ない。こんな金のかかってそうな料理には滅多にお目にかかれないから、ちょっともっ
たいないけど。
「ネコさんのところに行ってきますー」
「はいはい、気をつけて」
護衛の仕事のことなんて忘れてるんじゃあるまいか。いや、絶対に忘れてる。
脳天気に手を振るフロウがいつもより幼く見えるのは趣味の悪いドレスのせいだろう。
無邪気な笑顔はいつもどおりだ。セシルは呆れて見送って、ため息をついた。
いつまでここにいなければならないのだろう。
もうじゅうぶんウンザリしたし退屈もした。そろそろ帰りたい。
シャンデリアの蝋燭が何本かが、ふっと消えて少し暗くなった。
入り口とは別の扉が開かれて風通しがよくなったせいらしい。
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