PC :クランティーニ セシル フロウ イヴァン
場所 :ポポル
NPC :フィーク フィル・パンドゥール
------------------------------------------------------------------------
「あの人が猫さんですか?」
「まったく時間の数え方から始めればいいってのか?」
フロウが的外れな問いを誰かに発したのに被せて、別の声が聞こえた。
奇妙な口調とアクセントだったが、だいたいそんな感じの声だったと思う。
青ローブの奥の唇が引き結ばれたままだったのを見ていたセシルは、周囲を見渡して、
他にそれらしい人物がいないことを確認してから僅かによろめくと、小さく唸った。
「俺もう駄目かもしんない。幻聴が聞こえた」
「幻聴じゃないですよー。
猫さんのお友達さんみたいです」
フロウが暢気に言いながら青ローブの足元を指差す。
奇妙に盛り上がった影が立ち上がるのが見えた。
物理法則とかそういう常識的なものをあっさりと無視したそれは、先にゴールしたば
かりに標的にされたらしいクランティーニに向かって、何かを捲くし立てている。
早口過ぎて、直接言われているわけではないセシルには聞き取れなかったが。
妖精は意外と要領がいいのか、しっかり逃げていた。
「……フィル」
青ローブが低く呟いた途端に影は口を噤んだ。
不満げに彼を仰ぎ、一言、ぽつりとこぼす。
「旦那がいいんならいいけどよォ」
投げやりな諫めなのか、或いは自分がうるさいと思ったから止めたに過ぎないのか。
どちらにしろ影は渋々と主に従い地面に落ちて、それきり静かになった。
「まぁ、そーいうわけで、今日からよろしく」
クランティーニの言葉に青ローブが頷く。
その背後に佇んでいる馬車が、今回の仕事の“荷物”なのだろう。それは外観からし
て、明らかに常軌を逸していた――少なくとも、こんな街中にあるようなものではない。
軍用といえばしっくりくるような厳つい金属の装甲は「ヤバいものが入っています」
叫んでいるようだ。特別に訓練されていそうな体格のいい二頭の馬が、妙にスレた目つ
きで周囲を睥睨していた。
……ああそういえばこいつら何気にA級だっけ。
青ローブはともかく、クランティーニにはそういう雰囲気がないから、忘れかけてい
た。この男がどうしてそんな上位の仕事に自分たちまで誘ったのかはわからないけど。
フロウはクーロンに用があるらしいから。じゃあ……俺は?
まぁいいや。こいつの考えが読めないのはいつものことだし。深い意味なんかないの
かも知れない。
とりあえず、とっても素敵な旅になりそうだということはよくわかった。
生きて目的地に辿り付ければいいな。そしたらしばらく危ないこととは無関係に過ご
してやる。いちど家に帰るのも悪くないかも。
空き巣に入られたところで、めぼしい物はすべて金に換えたあとだけど、たまには手
入れをしてやらないと、人のいない建物は傷むから……
あの馬鹿兄はそんなこと思いつきもしなさそうから、自分が掃除しなければいけない。
天気はよかった。季節を考えれば少し強すぎる日の光の下を行く馬車と、すれ違う者
はあまりない。もう使われていないような道が明るい青空から太陽に見下ろされながら
続いているのは、逆に寂れた雰囲気を際立たせているだけだった。
(明らかにコッソリコースだよなぁコレ)
予想していなかったことではないのだが。乗り心地や印象といった一般感覚を限界ま
で排除して代わりに物騒な役割に特化した馬車。変人ばかりのA級ハンター。
蒼烈の彗星は滅多に喋らないからよくわからないけれど。
ここまでの備えをしないといけないような状況というのはあまり想像できなかった。
ヤバすぎる、ということしか。
フロウの帽子の上に座っている妖精に視線を移す。実はまだ名前を覚えていないなん
てとても言えたものではないが、知っていても呼ばないから関係ないといえば関係ない。
「何見てんだよ」
「え? ……ああ、別に」
いきなりくるりと振り向いて言われたので、思わず間抜けな声が出た。
今いるメンツをなんとなく見渡しただけで本当に用はない。確かに退屈だからちょっ
かいかけるのも悪くないかも知れないけど。
「……そういえばお前、キツそうだけど大丈夫?」
とセシルが続けたのは別に何かを考えてのことではなかったが、妖精は驚いたように
目を見開いた。
「うっわぁ人のこと心配するなんて悪いもの食べた?」
「…………小さい虫には、この揺れは、たいそう辛かろうと思ってな」
「だからまた虫って言う! お前ゼッタイ友達いないだろ!」
「いねェし。悪いかよ」
「うわ認めた! ねぇフロウこいつ痛いよ!」
「テメエこそ痛ェ呼ばわりすんじゃね…っえよ!!」
「え? どっか痛いんですか?」
意味を勘違いして心配そうに覗き込んでくるフロウに、セシルはわずかに体を引いて
目を逸らす。
近くで苦笑の気配がしたから見てみれば、金髪の方の変人が笑っていた。
「舌噛まないように気をつけろよ」
「大丈夫ですよ」
にこにこと笑いながらフロウが応える。セシルは無言のまま顔をしかめた。叫んだと
きに実際に噛んでしまって痛いから表情を誤魔化しただけだが。
場所 :ポポル
NPC :フィーク フィル・パンドゥール
------------------------------------------------------------------------
「あの人が猫さんですか?」
「まったく時間の数え方から始めればいいってのか?」
フロウが的外れな問いを誰かに発したのに被せて、別の声が聞こえた。
奇妙な口調とアクセントだったが、だいたいそんな感じの声だったと思う。
青ローブの奥の唇が引き結ばれたままだったのを見ていたセシルは、周囲を見渡して、
他にそれらしい人物がいないことを確認してから僅かによろめくと、小さく唸った。
「俺もう駄目かもしんない。幻聴が聞こえた」
「幻聴じゃないですよー。
猫さんのお友達さんみたいです」
フロウが暢気に言いながら青ローブの足元を指差す。
奇妙に盛り上がった影が立ち上がるのが見えた。
物理法則とかそういう常識的なものをあっさりと無視したそれは、先にゴールしたば
かりに標的にされたらしいクランティーニに向かって、何かを捲くし立てている。
早口過ぎて、直接言われているわけではないセシルには聞き取れなかったが。
妖精は意外と要領がいいのか、しっかり逃げていた。
「……フィル」
青ローブが低く呟いた途端に影は口を噤んだ。
不満げに彼を仰ぎ、一言、ぽつりとこぼす。
「旦那がいいんならいいけどよォ」
投げやりな諫めなのか、或いは自分がうるさいと思ったから止めたに過ぎないのか。
どちらにしろ影は渋々と主に従い地面に落ちて、それきり静かになった。
「まぁ、そーいうわけで、今日からよろしく」
クランティーニの言葉に青ローブが頷く。
その背後に佇んでいる馬車が、今回の仕事の“荷物”なのだろう。それは外観からし
て、明らかに常軌を逸していた――少なくとも、こんな街中にあるようなものではない。
軍用といえばしっくりくるような厳つい金属の装甲は「ヤバいものが入っています」
叫んでいるようだ。特別に訓練されていそうな体格のいい二頭の馬が、妙にスレた目つ
きで周囲を睥睨していた。
……ああそういえばこいつら何気にA級だっけ。
青ローブはともかく、クランティーニにはそういう雰囲気がないから、忘れかけてい
た。この男がどうしてそんな上位の仕事に自分たちまで誘ったのかはわからないけど。
フロウはクーロンに用があるらしいから。じゃあ……俺は?
まぁいいや。こいつの考えが読めないのはいつものことだし。深い意味なんかないの
かも知れない。
とりあえず、とっても素敵な旅になりそうだということはよくわかった。
生きて目的地に辿り付ければいいな。そしたらしばらく危ないこととは無関係に過ご
してやる。いちど家に帰るのも悪くないかも。
空き巣に入られたところで、めぼしい物はすべて金に換えたあとだけど、たまには手
入れをしてやらないと、人のいない建物は傷むから……
あの馬鹿兄はそんなこと思いつきもしなさそうから、自分が掃除しなければいけない。
天気はよかった。季節を考えれば少し強すぎる日の光の下を行く馬車と、すれ違う者
はあまりない。もう使われていないような道が明るい青空から太陽に見下ろされながら
続いているのは、逆に寂れた雰囲気を際立たせているだけだった。
(明らかにコッソリコースだよなぁコレ)
予想していなかったことではないのだが。乗り心地や印象といった一般感覚を限界ま
で排除して代わりに物騒な役割に特化した馬車。変人ばかりのA級ハンター。
蒼烈の彗星は滅多に喋らないからよくわからないけれど。
ここまでの備えをしないといけないような状況というのはあまり想像できなかった。
ヤバすぎる、ということしか。
フロウの帽子の上に座っている妖精に視線を移す。実はまだ名前を覚えていないなん
てとても言えたものではないが、知っていても呼ばないから関係ないといえば関係ない。
「何見てんだよ」
「え? ……ああ、別に」
いきなりくるりと振り向いて言われたので、思わず間抜けな声が出た。
今いるメンツをなんとなく見渡しただけで本当に用はない。確かに退屈だからちょっ
かいかけるのも悪くないかも知れないけど。
「……そういえばお前、キツそうだけど大丈夫?」
とセシルが続けたのは別に何かを考えてのことではなかったが、妖精は驚いたように
目を見開いた。
「うっわぁ人のこと心配するなんて悪いもの食べた?」
「…………小さい虫には、この揺れは、たいそう辛かろうと思ってな」
「だからまた虫って言う! お前ゼッタイ友達いないだろ!」
「いねェし。悪いかよ」
「うわ認めた! ねぇフロウこいつ痛いよ!」
「テメエこそ痛ェ呼ばわりすんじゃね…っえよ!!」
「え? どっか痛いんですか?」
意味を勘違いして心配そうに覗き込んでくるフロウに、セシルはわずかに体を引いて
目を逸らす。
近くで苦笑の気配がしたから見てみれば、金髪の方の変人が笑っていた。
「舌噛まないように気をつけろよ」
「大丈夫ですよ」
にこにこと笑いながらフロウが応える。セシルは無言のまま顔をしかめた。叫んだと
きに実際に噛んでしまって痛いから表情を誤魔化しただけだが。
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PC:クランティーニ・ブランシュ セシル・カース フロウリッド・ファーレン
イヴァン・ルシャヴナ
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド 五代目志士川茣蓙衛
門 その他色々(ぉ)
一台の馬車が木漏れ日の中を緩やかに進んで行く。極々普通の光景だが、それは普
通の馬車で普通の街道であればの話だ。
馬車にはこれでもかというほど幾重にも頑丈に張られた鉄板、前後に一つだけしか
ない空気を入れるための窓も無い、空気入れのための細い隙間が前後についているだ
けだ。極悪犯の護送車、もしくは軍用の重要物資搬送用の物にも似たなんとも厳つい
馬車であった。
大陸に張り巡らされた街道の中には、捨てられた道も多い。今、この厳つい馬車が
行く道も捨てられた一つ街道だった。この光景が普通だと言い張れる人物はよほどの
大物か、もしくは……。
「それじゃあ、私はこれで」
御者台に座った男はそう言うと地面に降りた。今まで色々な馬車を走らせてきたが
これほど乗り心地が悪い物は初めてだった。
「ごくろうさん」
金髪碧眼の優男が人懐っこい微笑みを浮かべて御者に金貨を二枚ほど手渡した。こ
こまでの賃金、ということなのだろう。朝方にポポルを出立してからまだ四半日ほど
しか走っていない、それでこの金額というのはかなりヤバイ物を運んでいるのだろ
う。
あの中の誰かが極悪犯か、それともよほどの物があの荷台の中には入っているのだ
ろう。金貨を懐の財布にしまいながら御者の男はそこで想像を中断した。
先ほどの金貨は口止め料込みだろう、出なければたった四半日で金貨二枚はボロ過
ぎる。そもそも、すでに廃棄された街道を、こんな厳つい馬車で進んでいるのだ、危
ないに決まっている。こういう仕事の時はさっさと街に戻って酒でも飲んで忘れるに
限る。それが代行御者の鉄則である。
「あれ、御者さん帰っちゃうのですか?」
小首を傾げてフロウは去っていく御者の姿を見送る。
「こっからは俺達だけ。そういう仕事だからね」
不思議そうな表情のフロウリッドに、御者を見送りながらクランティーニはやはり
笑顔で応えた。
「代わりは誰がやるんだよ」
腰を伸ばしていたセシルが尋ねる。ポポルから四半日ほど離れた場所で、御者は帰
ってしまった。捨てられた名も無き街道であるこの道には町や村は無い。代わりの御
者を雇う場など無い。
「それは俺」
口に銜えたタバコに火をつけながらクランティーニは言った。
「なんで?」
疑いの眼差しでセシルはクランティーニを見やる。どうもいつまで経っても疑われ
ているらしい。今までの経緯からならしょうがないかもしれないが。
「荷台の中が煙たくなってもいいなら交代でやるか?」
タバコをくゆらせながら微笑むクランティーニ、セシルはその顔をうんざりした顔
で睨むと、小さくため息をついた。どうやら納得したようだ。
「私も御者さんやりたいのです!」
元気よくフロウリッドが手を上げる。その肩でフィークが肩をすくめて首を横に振
っている。止めとけ、と言いたいらしい。
「まあ、クーロンが近くなってからね」
クランティーニは微苦笑して言った。
「で、クーロンまでこの厳つい馬車でいくのか?」
後の馬車を指しながら嫌そうな顔で言う。はっきり言って乗り心地最悪である。や
たら揺れるわ、椅子はやたら硬いわで、長時間乗るのはお断りな馬車だ。セシルの気
持ちもわからなくは無い。
「ま、しょーがないさ。あの人の趣味だし」
表情は相変わらず笑っているが、苦笑の色合いが強かった。
「趣味? 依頼人のか? アホか」
セシルは吐き捨てるように言う。依頼人には直接会ってはいないが、どうせ神経質
そうなオッサンだろうと勝手に決め付ける。
「でもよぉ、これにずーっと乗って行くのはなぁ……」
馬車の周りをぐるぐる回っていたフィークが「うー」と唸る。
「あっしもだぜ。この馬車、魔封じの術がかかってやがる」
木陰でぼけーっとしているイヴァンの影がゆらゆらと立ち上がる。
「なんでもコンセプトは『ドラゴンがやってきても大丈夫』らしいからなぁ。フィー
とフッさんには辛いかもな」
吸殻をブーツで踏みつけて、クランティーニはフィークとフィルに微笑を交互に送
る。
「虫と異常生命体なんざ気にしてられるか」
「「あんだとぉ!」」
フィークとフィル声が重なり、かくて二対一の口喧嘩が始まる。
「やれやれっと」
クランティーニはイヴァンの隣に腰を下ろす。低レベルの口喧嘩を他所にコートか
ら小さめのポットを取り出す。
「飲むか?」
カップの代わりのフタに入ったコーヒーを立ったままのイヴァンに差し出す。イヴ
ァンは少し黒いコーヒーを眺め――鼻がひくついているところを見ると匂いを嗅いで
いるのだろう――静かに首を横に振った。
「そっか、旨いんだけどな」
コーヒーに口をつけながらそう言ってクランティーニは笑う。このメンツだとコー
ヒーをブラックで飲むのは自分だけだなと苦笑交じりだ。
「……これ」
ふと思い出したのか、イヴァンは懐から一通の封筒を取り出しだ。
「ん?」
イヴァンから封筒を受け取る。表には「クラン君へ」とかわいらしい文字で宛名書
きされている。差出人は十中八九想像通りで間違いないだろうが、一応、念のためイ
ヴァン聞いてみる。
「誰から?」
「クライアントの秘書」
一言だけ言うと、イヴァンは再び視線をクランティーニから空に向ける。
「あ、やっぱし」
代用カップの中のコーヒーを一気に飲み干して、封筒の端を細く破る。どうせロク
な事は書いてないだろうが、読んでも読まなくても一緒なんだろうと苦笑する。
新しいタバコに火を点けて封筒の中から取り出した手紙に目を落とす。案の定ロク
でも無い内容だった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「手はず通り、情報は流しました」
「そう、ご苦労様」
質素なドレスに身を包み、フィール・マグラルドは優雅に食後の紅茶を楽しんでい
た。
「ですが……、あの、本当に良かったのですか?」
フィールよりも少し年上の女性が戸惑った様子で問いかける。身なりがきちっとし
た正装のところを見ると秘書なのだろう。
「いーのよ」
わざわざ遠方から取り寄せた最上級の紅茶を一口飲んだだけでフィールはティーカ
ップを下げさせる。
「だって、どっちに転んだって入ってくるお金は変わらないもの。だったら楽しい方
がいいに決まってるじゃない」
ほほほほと、楽しそうにフィークは笑う。
「……クラン君がウチの仕事を請けたがらないのはお嬢様の性格のせいなんだろうな
ぁ」
女性秘書は眉間を抑えて小さく呟く。今頃あの手紙を読んで苦笑しているクランテ
ィーニの様子が目に浮ぶ。
「だーいじょうぶよ。私のくーちゃんがそう簡単にヘマしたりしないわよ」
「だといいんですけどね……」
秘書はため息を一つついてクランティーニに、そして彼の仲間に心底同情した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だいたいなぁ、虫のくせに偉そうなんだよ。虫は虫らしく葉っぱでも食ってろ」
「はっ、友達が一人もいない奴に言われたかないね」
「そうだそうだ、てめぇみたいな根暗野郎はダンジョンの最下層で「の」の字でも書
いてやがれってんだ!」
「キーキー、ヒステリー女みたいな声で叫ぶな! お前こそ海の底にでも沈めてやろ
うか?」
そろそろ低次元な争いに突入し始めた口喧嘩を聞きながらクランティーニは小さく
ため息をついた。
「やれやれ、あの人の考えそうなことだな」
今まで読んでいた手紙を封筒の中に戻しコートの中にしまう。
「……」
今までーっとしていたイヴァンの雰囲気が鋭いものに変わる。
「はぁ……、相変わらず早いなぁ」
クランティーニは後に回した手の中に銃を発現させ、もはや悪口の応酬になった三
人に向ける。
「おーい、危ないぞ」
「あ?」
声に反応して振り返ったセシルの顔の横を弾丸が通り抜ける。
「な、なにすんだよ!」
「文句は後で聞いてやるよ。それよりもとっとと獲物抜かないとヤバイぞ」
相変わらず緊張感の無いタレ目の笑顔で言われても説得力は無いが、さっきの銃声
と同時に複数の殺気が表れたのがセシルにもわかった。
「ぶわーっはっはっはっは、相変わらず食えん奴よの。こちらが仕掛ける前に気付く
とは。しかぁし今日こそ秘伝の巻物返してもらうぞ、クラン!」
どこからとも無くやたらと野太い声が響いたかと思うと、クランティーニ達を取り
囲むように黒装束に覆面をつけた集団が姿を現した。
クランティーニはあくまで笑顔で黒装束集団の一人に声をかけた。
「よ、久しぶりだなシッシー」
「誰がシッシーじゃ、誰が! 俺の名は無く子も黙る天下の大義賊五代目志士川茣蓙
衛門様じゃあ!」
「……シシカワゴザエモン? 変な名前なのですのね」
「ありゃ、変態だぜ、変態。フロウ、あんなのに関わらない方がいいぜ」
「黙れ! 小娘に虫!」
「誰が虫だ!」
フィークの抗議を無視してビシッと擬音が入りそうな姿勢で志士川はクランティー
ニを指差す。
「さあクランよ巻物と、ついでにその馬車の積荷を渡して貰おう!」
「あー、巻物?」
タバコを銜えたままで腕組みして考え込むクランティーニに、志士川はこめかみに
ぶち切れるんじゃないかと思うほど血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「貴様が二年前に俺から奪った巻物だ!」
「……ああ! あれか」
ぽん、と手を打ってクランティーニは後頭部を掻きながら笑顔で志士川を見やっ
た。
「ようやく思い出したか。さあ、命が惜しくば荷共々渡して貰おう」
「悪い、あの後燃やす物無くなった時あってさ。その時に薪代わりにつかっちゃっ
た」
…………………………………………………………。
長い沈黙が立ち込める。悪びれた様子も無いクランティーニの笑顔に、志士川の中
で何かがキレた。
「きっ、きっ、きっさまぁああああああああああああああああああああ」
「あちゃ、怒った? 悪い悪い」
「……お前さ。わかってからかってるだろ」
セシルのツッコミにこれまたクランティーニは笑顔を向ける。
「あ、やっぱわかる?」
「ええい、もう許さん! 者供、構わん皆殺しだぁああああ!」
「義賊がそんな台詞吐くかってんだ、てやんでぃ」
フィルの言葉でイヴァンの姿が消える。同時にクランティーニが黒装束に向かって
トリガーを引く。
「ほら、お前も手伝え」
「お前な、まともな知り合いはいないのか?」
ため息交じりのセリフを吐いて、セシルはナイフを抜いた。デタラメーズの二人は
ともかく、女の子のフロウにまで戦闘で遅れを取ったら虫と異常生命体に後で馬鹿に
されそうだ。
イヴァン・ルシャヴナ
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク フィル・パンデゥール フィール・マグラルド 五代目志士川茣蓙衛
門 その他色々(ぉ)
一台の馬車が木漏れ日の中を緩やかに進んで行く。極々普通の光景だが、それは普
通の馬車で普通の街道であればの話だ。
馬車にはこれでもかというほど幾重にも頑丈に張られた鉄板、前後に一つだけしか
ない空気を入れるための窓も無い、空気入れのための細い隙間が前後についているだ
けだ。極悪犯の護送車、もしくは軍用の重要物資搬送用の物にも似たなんとも厳つい
馬車であった。
大陸に張り巡らされた街道の中には、捨てられた道も多い。今、この厳つい馬車が
行く道も捨てられた一つ街道だった。この光景が普通だと言い張れる人物はよほどの
大物か、もしくは……。
「それじゃあ、私はこれで」
御者台に座った男はそう言うと地面に降りた。今まで色々な馬車を走らせてきたが
これほど乗り心地が悪い物は初めてだった。
「ごくろうさん」
金髪碧眼の優男が人懐っこい微笑みを浮かべて御者に金貨を二枚ほど手渡した。こ
こまでの賃金、ということなのだろう。朝方にポポルを出立してからまだ四半日ほど
しか走っていない、それでこの金額というのはかなりヤバイ物を運んでいるのだろ
う。
あの中の誰かが極悪犯か、それともよほどの物があの荷台の中には入っているのだ
ろう。金貨を懐の財布にしまいながら御者の男はそこで想像を中断した。
先ほどの金貨は口止め料込みだろう、出なければたった四半日で金貨二枚はボロ過
ぎる。そもそも、すでに廃棄された街道を、こんな厳つい馬車で進んでいるのだ、危
ないに決まっている。こういう仕事の時はさっさと街に戻って酒でも飲んで忘れるに
限る。それが代行御者の鉄則である。
「あれ、御者さん帰っちゃうのですか?」
小首を傾げてフロウは去っていく御者の姿を見送る。
「こっからは俺達だけ。そういう仕事だからね」
不思議そうな表情のフロウリッドに、御者を見送りながらクランティーニはやはり
笑顔で応えた。
「代わりは誰がやるんだよ」
腰を伸ばしていたセシルが尋ねる。ポポルから四半日ほど離れた場所で、御者は帰
ってしまった。捨てられた名も無き街道であるこの道には町や村は無い。代わりの御
者を雇う場など無い。
「それは俺」
口に銜えたタバコに火をつけながらクランティーニは言った。
「なんで?」
疑いの眼差しでセシルはクランティーニを見やる。どうもいつまで経っても疑われ
ているらしい。今までの経緯からならしょうがないかもしれないが。
「荷台の中が煙たくなってもいいなら交代でやるか?」
タバコをくゆらせながら微笑むクランティーニ、セシルはその顔をうんざりした顔
で睨むと、小さくため息をついた。どうやら納得したようだ。
「私も御者さんやりたいのです!」
元気よくフロウリッドが手を上げる。その肩でフィークが肩をすくめて首を横に振
っている。止めとけ、と言いたいらしい。
「まあ、クーロンが近くなってからね」
クランティーニは微苦笑して言った。
「で、クーロンまでこの厳つい馬車でいくのか?」
後の馬車を指しながら嫌そうな顔で言う。はっきり言って乗り心地最悪である。や
たら揺れるわ、椅子はやたら硬いわで、長時間乗るのはお断りな馬車だ。セシルの気
持ちもわからなくは無い。
「ま、しょーがないさ。あの人の趣味だし」
表情は相変わらず笑っているが、苦笑の色合いが強かった。
「趣味? 依頼人のか? アホか」
セシルは吐き捨てるように言う。依頼人には直接会ってはいないが、どうせ神経質
そうなオッサンだろうと勝手に決め付ける。
「でもよぉ、これにずーっと乗って行くのはなぁ……」
馬車の周りをぐるぐる回っていたフィークが「うー」と唸る。
「あっしもだぜ。この馬車、魔封じの術がかかってやがる」
木陰でぼけーっとしているイヴァンの影がゆらゆらと立ち上がる。
「なんでもコンセプトは『ドラゴンがやってきても大丈夫』らしいからなぁ。フィー
とフッさんには辛いかもな」
吸殻をブーツで踏みつけて、クランティーニはフィークとフィルに微笑を交互に送
る。
「虫と異常生命体なんざ気にしてられるか」
「「あんだとぉ!」」
フィークとフィル声が重なり、かくて二対一の口喧嘩が始まる。
「やれやれっと」
クランティーニはイヴァンの隣に腰を下ろす。低レベルの口喧嘩を他所にコートか
ら小さめのポットを取り出す。
「飲むか?」
カップの代わりのフタに入ったコーヒーを立ったままのイヴァンに差し出す。イヴ
ァンは少し黒いコーヒーを眺め――鼻がひくついているところを見ると匂いを嗅いで
いるのだろう――静かに首を横に振った。
「そっか、旨いんだけどな」
コーヒーに口をつけながらそう言ってクランティーニは笑う。このメンツだとコー
ヒーをブラックで飲むのは自分だけだなと苦笑交じりだ。
「……これ」
ふと思い出したのか、イヴァンは懐から一通の封筒を取り出しだ。
「ん?」
イヴァンから封筒を受け取る。表には「クラン君へ」とかわいらしい文字で宛名書
きされている。差出人は十中八九想像通りで間違いないだろうが、一応、念のためイ
ヴァン聞いてみる。
「誰から?」
「クライアントの秘書」
一言だけ言うと、イヴァンは再び視線をクランティーニから空に向ける。
「あ、やっぱし」
代用カップの中のコーヒーを一気に飲み干して、封筒の端を細く破る。どうせロク
な事は書いてないだろうが、読んでも読まなくても一緒なんだろうと苦笑する。
新しいタバコに火を点けて封筒の中から取り出した手紙に目を落とす。案の定ロク
でも無い内容だった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「手はず通り、情報は流しました」
「そう、ご苦労様」
質素なドレスに身を包み、フィール・マグラルドは優雅に食後の紅茶を楽しんでい
た。
「ですが……、あの、本当に良かったのですか?」
フィールよりも少し年上の女性が戸惑った様子で問いかける。身なりがきちっとし
た正装のところを見ると秘書なのだろう。
「いーのよ」
わざわざ遠方から取り寄せた最上級の紅茶を一口飲んだだけでフィールはティーカ
ップを下げさせる。
「だって、どっちに転んだって入ってくるお金は変わらないもの。だったら楽しい方
がいいに決まってるじゃない」
ほほほほと、楽しそうにフィークは笑う。
「……クラン君がウチの仕事を請けたがらないのはお嬢様の性格のせいなんだろうな
ぁ」
女性秘書は眉間を抑えて小さく呟く。今頃あの手紙を読んで苦笑しているクランテ
ィーニの様子が目に浮ぶ。
「だーいじょうぶよ。私のくーちゃんがそう簡単にヘマしたりしないわよ」
「だといいんですけどね……」
秘書はため息を一つついてクランティーニに、そして彼の仲間に心底同情した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だいたいなぁ、虫のくせに偉そうなんだよ。虫は虫らしく葉っぱでも食ってろ」
「はっ、友達が一人もいない奴に言われたかないね」
「そうだそうだ、てめぇみたいな根暗野郎はダンジョンの最下層で「の」の字でも書
いてやがれってんだ!」
「キーキー、ヒステリー女みたいな声で叫ぶな! お前こそ海の底にでも沈めてやろ
うか?」
そろそろ低次元な争いに突入し始めた口喧嘩を聞きながらクランティーニは小さく
ため息をついた。
「やれやれ、あの人の考えそうなことだな」
今まで読んでいた手紙を封筒の中に戻しコートの中にしまう。
「……」
今までーっとしていたイヴァンの雰囲気が鋭いものに変わる。
「はぁ……、相変わらず早いなぁ」
クランティーニは後に回した手の中に銃を発現させ、もはや悪口の応酬になった三
人に向ける。
「おーい、危ないぞ」
「あ?」
声に反応して振り返ったセシルの顔の横を弾丸が通り抜ける。
「な、なにすんだよ!」
「文句は後で聞いてやるよ。それよりもとっとと獲物抜かないとヤバイぞ」
相変わらず緊張感の無いタレ目の笑顔で言われても説得力は無いが、さっきの銃声
と同時に複数の殺気が表れたのがセシルにもわかった。
「ぶわーっはっはっはっは、相変わらず食えん奴よの。こちらが仕掛ける前に気付く
とは。しかぁし今日こそ秘伝の巻物返してもらうぞ、クラン!」
どこからとも無くやたらと野太い声が響いたかと思うと、クランティーニ達を取り
囲むように黒装束に覆面をつけた集団が姿を現した。
クランティーニはあくまで笑顔で黒装束集団の一人に声をかけた。
「よ、久しぶりだなシッシー」
「誰がシッシーじゃ、誰が! 俺の名は無く子も黙る天下の大義賊五代目志士川茣蓙
衛門様じゃあ!」
「……シシカワゴザエモン? 変な名前なのですのね」
「ありゃ、変態だぜ、変態。フロウ、あんなのに関わらない方がいいぜ」
「黙れ! 小娘に虫!」
「誰が虫だ!」
フィークの抗議を無視してビシッと擬音が入りそうな姿勢で志士川はクランティー
ニを指差す。
「さあクランよ巻物と、ついでにその馬車の積荷を渡して貰おう!」
「あー、巻物?」
タバコを銜えたままで腕組みして考え込むクランティーニに、志士川はこめかみに
ぶち切れるんじゃないかと思うほど血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「貴様が二年前に俺から奪った巻物だ!」
「……ああ! あれか」
ぽん、と手を打ってクランティーニは後頭部を掻きながら笑顔で志士川を見やっ
た。
「ようやく思い出したか。さあ、命が惜しくば荷共々渡して貰おう」
「悪い、あの後燃やす物無くなった時あってさ。その時に薪代わりにつかっちゃっ
た」
…………………………………………………………。
長い沈黙が立ち込める。悪びれた様子も無いクランティーニの笑顔に、志士川の中
で何かがキレた。
「きっ、きっ、きっさまぁああああああああああああああああああああ」
「あちゃ、怒った? 悪い悪い」
「……お前さ。わかってからかってるだろ」
セシルのツッコミにこれまたクランティーニは笑顔を向ける。
「あ、やっぱわかる?」
「ええい、もう許さん! 者供、構わん皆殺しだぁああああ!」
「義賊がそんな台詞吐くかってんだ、てやんでぃ」
フィルの言葉でイヴァンの姿が消える。同時にクランティーニが黒装束に向かって
トリガーを引く。
「ほら、お前も手伝え」
「お前な、まともな知り合いはいないのか?」
ため息交じりのセリフを吐いて、セシルはナイフを抜いた。デタラメーズの二人は
ともかく、女の子のフロウにまで戦闘で遅れを取ったら虫と異常生命体に後で馬鹿に
されそうだ。
キャスト:クランティーニ・セシル・フロウ・イヴァン
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク/フィル・パンドゥール/五代目志士川茣蓙衛門
―――――――――――――――
仕事柄、大抵の武器なら目にしてきた――
とはいえ、これだけ近くで銃の類を見るのはそうなかった。
クランティーニの手元にある黒い塊をちらと見て、
さらに弾丸が発射されるまでを観察してから、イヴァンは
飛び掛ってきた黒装束の一人を足で出迎えた。
「やっぱ珍しい?」
煙草を口の端にひっかけたまま、クランティーニが
花に水でもやるかのような気安さで、穏やかに笑う。
何も答えないでいると、「わかったよ」と男は話を切り、
片手に銃を持ったまま煙草の位置を直して、また標的を探し始めた。
と、胡散臭そうな使い魔の声が、前触れもなく足元から響く。
「…あの木っ端、何やってやがんだ?持病け?」
なんとなしに検討をつけて、視界の隅――少し木が入り組んだところ
を見ると、セシルがいた。
微妙に両手を曲げて、足を一歩踏み出した格好のまま動かない。
手にはそのへんで折ったらしい、葉のついた枝を握っている。
黒装束の男達は、目立つ位置にいるクランティーニに集中しているらしく、
こちらを狙ってくる者はほとんどいない。
きょろきょろ頭(こうべ)をめぐらせながら、少年のすぐ横を一人の
黒装束が気づかずに通り過ぎてゆく。
それでもセシルは微動だにしない。ちょっと視線が動いたが。
たまりかねたのか、パンドゥールが不審そうな声音で
少年に問いかけた。
「おいそこの紫小僧」
「うっせ木に話かけんな妖怪」
即座に返ってきた答えに、影がぐっと盛り上がるのがはっきり見える。
が、イヴァンは無視してこちらに来た黒装束(さっきセシルのそばを通り過ぎた)
を一撃で昏倒させた。
まぁ、でもセシルの気持ちもわからなくはない。こんな面倒くさそうなことは、
面倒なことが好きなものにさせておけばいい。
それを回避するために『木』に変装するかどうかは別としてもだ。
ふと、フロウの姿がない――と思ったら、すぐ背後で妖精(フィークとか
いうらしい)と、まったくの無防備な様子のままで何事か話し合っている。
「セシルさん、一体どうしたんですかね?」
「知らね。さっき同じこと聞いたらあいつ、石蹴ってきやがった」
透明な羽をせわしなく動かして飛ぶそれを目で追っていると、さすがに
視線に気づいたのか、こちらに近づいてきた。
「なんだよ」
別に、という意味も含めて首を軽く横に振ると、妖精はふん、と鼻を鳴らして
目線の高さでくるりと背を向けた。
だがなんとなく、ただ目の前で動くものがなんとなく気になって、
右手を伸ばす。
「ぎゅ!?」
「あはっ、フィーク捕まえられてるです」
「朗らかに笑うな!つーか指さすな!てめっ、放せこのヤロー!」
指を噛まれる前に手を放すと、妖精はかなり高く舞い上がってから、
なにやら罵声を浴びせてからフロウのもとへと飛んでゆく。
数メートル先でフロウを狙っているらしい黒装束の姿を確認して、
足元の尖った石を拾い上げながら、イヴァンは今夜の夕飯について
思考をめぐらせていた。
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク/フィル・パンドゥール/五代目志士川茣蓙衛門
―――――――――――――――
仕事柄、大抵の武器なら目にしてきた――
とはいえ、これだけ近くで銃の類を見るのはそうなかった。
クランティーニの手元にある黒い塊をちらと見て、
さらに弾丸が発射されるまでを観察してから、イヴァンは
飛び掛ってきた黒装束の一人を足で出迎えた。
「やっぱ珍しい?」
煙草を口の端にひっかけたまま、クランティーニが
花に水でもやるかのような気安さで、穏やかに笑う。
何も答えないでいると、「わかったよ」と男は話を切り、
片手に銃を持ったまま煙草の位置を直して、また標的を探し始めた。
と、胡散臭そうな使い魔の声が、前触れもなく足元から響く。
「…あの木っ端、何やってやがんだ?持病け?」
なんとなしに検討をつけて、視界の隅――少し木が入り組んだところ
を見ると、セシルがいた。
微妙に両手を曲げて、足を一歩踏み出した格好のまま動かない。
手にはそのへんで折ったらしい、葉のついた枝を握っている。
黒装束の男達は、目立つ位置にいるクランティーニに集中しているらしく、
こちらを狙ってくる者はほとんどいない。
きょろきょろ頭(こうべ)をめぐらせながら、少年のすぐ横を一人の
黒装束が気づかずに通り過ぎてゆく。
それでもセシルは微動だにしない。ちょっと視線が動いたが。
たまりかねたのか、パンドゥールが不審そうな声音で
少年に問いかけた。
「おいそこの紫小僧」
「うっせ木に話かけんな妖怪」
即座に返ってきた答えに、影がぐっと盛り上がるのがはっきり見える。
が、イヴァンは無視してこちらに来た黒装束(さっきセシルのそばを通り過ぎた)
を一撃で昏倒させた。
まぁ、でもセシルの気持ちもわからなくはない。こんな面倒くさそうなことは、
面倒なことが好きなものにさせておけばいい。
それを回避するために『木』に変装するかどうかは別としてもだ。
ふと、フロウの姿がない――と思ったら、すぐ背後で妖精(フィークとか
いうらしい)と、まったくの無防備な様子のままで何事か話し合っている。
「セシルさん、一体どうしたんですかね?」
「知らね。さっき同じこと聞いたらあいつ、石蹴ってきやがった」
透明な羽をせわしなく動かして飛ぶそれを目で追っていると、さすがに
視線に気づいたのか、こちらに近づいてきた。
「なんだよ」
別に、という意味も含めて首を軽く横に振ると、妖精はふん、と鼻を鳴らして
目線の高さでくるりと背を向けた。
だがなんとなく、ただ目の前で動くものがなんとなく気になって、
右手を伸ばす。
「ぎゅ!?」
「あはっ、フィーク捕まえられてるです」
「朗らかに笑うな!つーか指さすな!てめっ、放せこのヤロー!」
指を噛まれる前に手を放すと、妖精はかなり高く舞い上がってから、
なにやら罵声を浴びせてからフロウのもとへと飛んでゆく。
数メートル先でフロウを狙っているらしい黒装束の姿を確認して、
足元の尖った石を拾い上げながら、イヴァンは今夜の夕飯について
思考をめぐらせていた。
PC:クランティーニ・セシル・フロウ・イヴァン
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク・フィル・五代目志士川茣蓙衛門・黒装束の男達
-------------------------------------------
「ずいぶんと片付きましたですね」
「俺たちは何もやってないけどな」
「それでいいと思いますですよ。楽なのですし」
「…君たち、少しは手伝ってくれないか?」
3分の1ほど襲撃者が消えた所で、クランティーニがすっかり腰を落ち着けているフ
ロウとフィーク、そしてセシルに声をかけてきた。
そのクランティーニを追って来た男に、イヴァンの放った針が命中する。
「いやだ。めんどくさい」
「あ、すみませんです。ボク達いなくても良さそうだなぁ~と思いましたので・・・」
セシルには即答、フロウには邪気のない笑顔で答えられ、クランティーニは一瞬言葉
に詰まった。
その間にもクランティーニの銃口は敵を捕らえ、音を響かせる。
「やっぱりお手伝いした方が良いですかねぇ」
「そりゃまあ、2人よりか4人の方が・・・」
「敵さんも増えそうなのですしねぇ」
さらりと言ったフロウの言葉に、フィークがエッと辺りを見回す。
その瞬間、彼らを囲む黒装束が倍増した。
茂みの奥や木の影などからわらわらと現れる黒装束の集団に、フィークは目を見開い
た。
「な、なんだよ。まだこんなにもいるのかよ」
「ハハハぁ!!さあ行け行け行け~!奴らを徹底的に叩きのめすんだ!
ついでに馬車の中身を取るのを忘れるなよ!」
「荷物はついでかよ!」
思わず突っ込むセシルだが、その手はしぶしぶとナイフを構える。
抜いたままにしてあったものだが、やはり獲物を与えないと、ナイフも寂しがるだろ
う。
「あ~。セシルさんもとうとう頑張るんですかぁ?」
「煩い」
憮然と答えて、セシルは黒装束に突っ込んでいった。
「じゃあ、ボク達も魔法で応援しますですか」
「えええぇぇ~~!マジ!?」
「へえ、フロウちゃん、魔法使えるんだ」
クランティーニが横目で感心したように問う。
その後、フロウが持っている杖を改めて眺めて、成る程、と頷いた。
「じゃ、行きますですぅ~」
「おい、ちょっとマテ!止めた方が…!」
フィークの懇願する声も虚しく、フロウの杖の先から光が迸る。
その光が向かった先には…
「でぃぁぁぁぁぁぁ!!!何しやがるんでい!!」
「あ、影さんごめんなさいなのです」
間一髪、光の直撃を避けたフィルが、フロウに向かって捲し立てた。
煽りで黒装束が何人か伸びているが、誰もそれを気にする様子はない。
「てめぇ!今わざとやりやがっただろう」
「……フロウは重症で手の施しようがないほどノーコンなんだよ」
はぁっとフィークは溜息を一つ。
フロウがそんな事無いですぅ、と抗議するが、誰もがフィークを支持した。
コントロールという言葉が今の攻撃に一ミリたりとも含まれていないことは誰の目に
も明らかだ。
「ったく、仕事でなかったらこんな奴らと…」
「フィル」
尚も捲し立てようとするフィルを、イヴァンが制する。
まだ敵は多いのだ。無駄口をたたいている暇などないというように、イヴァンは疾
る。
彼が通った後には、ただ倒れ伏した黒装束達のみが残っていた。
さすがだねぇ、とクランティーニがのほほんと呟く。
「クラン!お前も休んでないで手伝いやがれ」
数人の黒装束を相手にしていたセシルが、ちゃっかりとフロウの横で戦況を眺めてい
たクランティーニを睨んだ。
彼の中ではフロウは既に戦力外らしい。
「やれやれ、んじゃ俺ももう一頑張りするかね」
「シシカワゴザエモンさんも睨んでますですしね」
フロウの言葉に視線を走らせると、シッシーこと志士川茣蓙衛門がクランティーニを
親の仇のような目で睨んでいる。
「仕方ない、ちょっと相手をしてくるか…
フロウちゃん、自分の身くらい守れるよね?」
「はい、大丈夫なのですぅ」
ニッコリと答えて、フロウは杖を持ち上げた。
「…できれば魔法以外の方法で…」
「大丈夫ですってば」
そう言うと同時に、フロウは背後から襲ってきた黒装束の一人に、振り向きもせずに
杖の先を叩きつけた。
それは鮮やかに敵の急所を突き、黒装束は声も出せずに倒れ伏す。
更に間髪入れずに襲ってきたもう一人の黒装束の後頭部に肘を打ち下ろし、悶絶させ
る。
「いってらっしゃいなのですぅ」
「君、普通に闘えるんだ」
二人の黒装束を無力化させた後、何事も無かったように手を振るフロウに、クランテ
ィーニは思わず問い掛ける。
「ハイです。昔格闘技を教えてもらいましてぇ。師範代を貰いましたです」
「へぇ…そうなんだ」
神官と格闘技。
変な組み合わせだ。
「じゃ、いってらっしゃいです」
にこやかに手を振るフロウにクランティーニは気持ちを持ち直して笑い、志士川茣蓙
衛門の笑い声が聞こえる方角へ駆け出した。
入れ替わりに、フロウを敵だと認識した黒装束の何人かが彼女めがけて殺到する。
「さぁて、ボク達も頑張りますですか」
「面倒だけどしょうがないなぁ。全く、フロウに関わってるとろくな事無い」
「あは。そう言っていっつもちゃんと手伝ってくれるじゃないですかぁ」
諦め交じりのフィークの言葉に、のんびりと答え、フロウは杖を構えた。
場所:ポポル付近・裏街道
NPC:フィーク・フィル・五代目志士川茣蓙衛門・黒装束の男達
-------------------------------------------
「ずいぶんと片付きましたですね」
「俺たちは何もやってないけどな」
「それでいいと思いますですよ。楽なのですし」
「…君たち、少しは手伝ってくれないか?」
3分の1ほど襲撃者が消えた所で、クランティーニがすっかり腰を落ち着けているフ
ロウとフィーク、そしてセシルに声をかけてきた。
そのクランティーニを追って来た男に、イヴァンの放った針が命中する。
「いやだ。めんどくさい」
「あ、すみませんです。ボク達いなくても良さそうだなぁ~と思いましたので・・・」
セシルには即答、フロウには邪気のない笑顔で答えられ、クランティーニは一瞬言葉
に詰まった。
その間にもクランティーニの銃口は敵を捕らえ、音を響かせる。
「やっぱりお手伝いした方が良いですかねぇ」
「そりゃまあ、2人よりか4人の方が・・・」
「敵さんも増えそうなのですしねぇ」
さらりと言ったフロウの言葉に、フィークがエッと辺りを見回す。
その瞬間、彼らを囲む黒装束が倍増した。
茂みの奥や木の影などからわらわらと現れる黒装束の集団に、フィークは目を見開い
た。
「な、なんだよ。まだこんなにもいるのかよ」
「ハハハぁ!!さあ行け行け行け~!奴らを徹底的に叩きのめすんだ!
ついでに馬車の中身を取るのを忘れるなよ!」
「荷物はついでかよ!」
思わず突っ込むセシルだが、その手はしぶしぶとナイフを構える。
抜いたままにしてあったものだが、やはり獲物を与えないと、ナイフも寂しがるだろ
う。
「あ~。セシルさんもとうとう頑張るんですかぁ?」
「煩い」
憮然と答えて、セシルは黒装束に突っ込んでいった。
「じゃあ、ボク達も魔法で応援しますですか」
「えええぇぇ~~!マジ!?」
「へえ、フロウちゃん、魔法使えるんだ」
クランティーニが横目で感心したように問う。
その後、フロウが持っている杖を改めて眺めて、成る程、と頷いた。
「じゃ、行きますですぅ~」
「おい、ちょっとマテ!止めた方が…!」
フィークの懇願する声も虚しく、フロウの杖の先から光が迸る。
その光が向かった先には…
「でぃぁぁぁぁぁぁ!!!何しやがるんでい!!」
「あ、影さんごめんなさいなのです」
間一髪、光の直撃を避けたフィルが、フロウに向かって捲し立てた。
煽りで黒装束が何人か伸びているが、誰もそれを気にする様子はない。
「てめぇ!今わざとやりやがっただろう」
「……フロウは重症で手の施しようがないほどノーコンなんだよ」
はぁっとフィークは溜息を一つ。
フロウがそんな事無いですぅ、と抗議するが、誰もがフィークを支持した。
コントロールという言葉が今の攻撃に一ミリたりとも含まれていないことは誰の目に
も明らかだ。
「ったく、仕事でなかったらこんな奴らと…」
「フィル」
尚も捲し立てようとするフィルを、イヴァンが制する。
まだ敵は多いのだ。無駄口をたたいている暇などないというように、イヴァンは疾
る。
彼が通った後には、ただ倒れ伏した黒装束達のみが残っていた。
さすがだねぇ、とクランティーニがのほほんと呟く。
「クラン!お前も休んでないで手伝いやがれ」
数人の黒装束を相手にしていたセシルが、ちゃっかりとフロウの横で戦況を眺めてい
たクランティーニを睨んだ。
彼の中ではフロウは既に戦力外らしい。
「やれやれ、んじゃ俺ももう一頑張りするかね」
「シシカワゴザエモンさんも睨んでますですしね」
フロウの言葉に視線を走らせると、シッシーこと志士川茣蓙衛門がクランティーニを
親の仇のような目で睨んでいる。
「仕方ない、ちょっと相手をしてくるか…
フロウちゃん、自分の身くらい守れるよね?」
「はい、大丈夫なのですぅ」
ニッコリと答えて、フロウは杖を持ち上げた。
「…できれば魔法以外の方法で…」
「大丈夫ですってば」
そう言うと同時に、フロウは背後から襲ってきた黒装束の一人に、振り向きもせずに
杖の先を叩きつけた。
それは鮮やかに敵の急所を突き、黒装束は声も出せずに倒れ伏す。
更に間髪入れずに襲ってきたもう一人の黒装束の後頭部に肘を打ち下ろし、悶絶させ
る。
「いってらっしゃいなのですぅ」
「君、普通に闘えるんだ」
二人の黒装束を無力化させた後、何事も無かったように手を振るフロウに、クランテ
ィーニは思わず問い掛ける。
「ハイです。昔格闘技を教えてもらいましてぇ。師範代を貰いましたです」
「へぇ…そうなんだ」
神官と格闘技。
変な組み合わせだ。
「じゃ、いってらっしゃいです」
にこやかに手を振るフロウにクランティーニは気持ちを持ち直して笑い、志士川茣蓙
衛門の笑い声が聞こえる方角へ駆け出した。
入れ替わりに、フロウを敵だと認識した黒装束の何人かが彼女めがけて殺到する。
「さぁて、ボク達も頑張りますですか」
「面倒だけどしょうがないなぁ。全く、フロウに関わってるとろくな事無い」
「あは。そう言っていっつもちゃんと手伝ってくれるじゃないですかぁ」
諦め交じりのフィークの言葉に、のんびりと答え、フロウは杖を構えた。
PC :クランティーニ セシル フロウ イヴァン
場所 :ポポル付近・裏街道
NPC :フィーク フィル・パンドゥール 他なんかいろいろ。
------------------------------------------------------------------------
秒だった。
別に一騎当千なんて言わないけど、Aランクハンターが二人も混じっていては、大抵
の相手では敵になりすらしないのだ。たとえ、その強いハンターの片方が主に石とか投
げてるだけだったとしても。
(あの石は、当たったら痛そうだけどな……)
自分が投げられたわけではないからどうでもいい。
セシルはため息をついて、遠くから、縛り倒されたシシなんとかとその一団を眺めた。
いつも通り飄々としてるが少し呆れた様子で見下ろしているクランティーニと、興味
を失ったらしく――というか最初から一秒も興味を抱きはしなかっただろう――木の枝
にとまった鳥を無表情に眺めているイヴァン。
その二人よりも後方でフロウと並んでいるのが定位置になりかけている。変な人には
近づきたくないから問題ない。
それで……その位置で何をしているかというと、主に妖精をからかったり、妖精にか
らかわれたり。ジョークとマジの境界線は常に超えている。ぶっちぎりすぎて振り返っ
ても見えないくらいだ。
振り返る気になれば、の話だが。
「で、どういう種類の生き物だったんだろうなアレ」
「知らないし知りたくもないけど少なくとも妖精じゃないね」
「……いや、さすがに俺もそこまでは侮辱しないぞ?」
種族を超えて“変人”の枠に括るなら別だが、それを実行してしまったらこの場にい
る自分以外のほぼ全員が当てはまりそうだと気がついて、セシルは、どうしようもない
思考を中断させた。
もちろん自分は普通の人だと固く信じている。それだけは譲れない。
たとえ今この瞬間に大魔王とかが復活して「譲らないと三回くらい世界を滅ぼした後
で丸めて捨てるぞ」とか言われたとしても、駄目だ。そもそも何を丸めて捨てるのかも
わからないが。
たぶん、世界の滅ぼしきれなかった部分をこっそり捨てるのだろう。
セシルは戦慄して呟いた。
「――なんて姑息な大魔王だ……」
「現実以外を見るのは程ほどにしとかないと連れてかれるよ。光るチョウチョとかに」
妖精――やっと名前を覚えた。たしかフィークだ――が言うと、興味深そうに縛り倒
された一団を見ていたフロウが振り返って、空中に浮かぶ彼を見上げた。
「光るチョウチョってきっとキレイですよね」
「たぶんね」
受け流し方に、扱いを心得ている様子が窺える。別にフロウを悪く言っているのでは
なくて。ただ、こういう一瞬に、いいコンビだなと感じてしまうだけのこと。
「どこに行けば見れるんでしょうね」
「見ようと思えばどこでも見れるんじゃない? さっき見えなかった?」
「なんでそこで俺に振るんだよ」
大魔王は見えたが光る蝶は見ていない。よくよく考えれば前者も問題ある気がするが。
見えてしまったものは仕方がないのでセシルは一度ゆっくりと瞬きして、大魔王のこ
とは忘れることにした。
気は進まなかったが現実を見ることにして、遠くで変人の親分の相手をしているクラ
ンティーニを見ると、彼は、相変わらず気だるげにタバコの煙を吐きながら「そういえ
ば近くに結構大きな川があるんだけど、流れてみる?」とシシなんとかに訊いていると
ころだった。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
シシなんとか達は本当に流された。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
「そろそろお昼ごはんにしませんか?」
「そんな時間か……」
フロウの言葉にクランティーニが見上げた空は、どこまでも青く晴れていた。一点の
曇りもない遠い天蓋は、地上で起こった細かいことになど影響されない。
少なくない人数が「そこに川があるから」という理由で流されたこととか。
そんなことは関係なく空は雲ひとつなく綺麗な蒼で、馬車の馬はくたびれた目つきで
草を食んでいる。すぐ近で流れ続ける水音はただひたすらに清涼だ。
――これが確かな現実で、シュールな悪夢の類ではないことを疑いそうになった。
場所 :ポポル付近・裏街道
NPC :フィーク フィル・パンドゥール 他なんかいろいろ。
------------------------------------------------------------------------
秒だった。
別に一騎当千なんて言わないけど、Aランクハンターが二人も混じっていては、大抵
の相手では敵になりすらしないのだ。たとえ、その強いハンターの片方が主に石とか投
げてるだけだったとしても。
(あの石は、当たったら痛そうだけどな……)
自分が投げられたわけではないからどうでもいい。
セシルはため息をついて、遠くから、縛り倒されたシシなんとかとその一団を眺めた。
いつも通り飄々としてるが少し呆れた様子で見下ろしているクランティーニと、興味
を失ったらしく――というか最初から一秒も興味を抱きはしなかっただろう――木の枝
にとまった鳥を無表情に眺めているイヴァン。
その二人よりも後方でフロウと並んでいるのが定位置になりかけている。変な人には
近づきたくないから問題ない。
それで……その位置で何をしているかというと、主に妖精をからかったり、妖精にか
らかわれたり。ジョークとマジの境界線は常に超えている。ぶっちぎりすぎて振り返っ
ても見えないくらいだ。
振り返る気になれば、の話だが。
「で、どういう種類の生き物だったんだろうなアレ」
「知らないし知りたくもないけど少なくとも妖精じゃないね」
「……いや、さすがに俺もそこまでは侮辱しないぞ?」
種族を超えて“変人”の枠に括るなら別だが、それを実行してしまったらこの場にい
る自分以外のほぼ全員が当てはまりそうだと気がついて、セシルは、どうしようもない
思考を中断させた。
もちろん自分は普通の人だと固く信じている。それだけは譲れない。
たとえ今この瞬間に大魔王とかが復活して「譲らないと三回くらい世界を滅ぼした後
で丸めて捨てるぞ」とか言われたとしても、駄目だ。そもそも何を丸めて捨てるのかも
わからないが。
たぶん、世界の滅ぼしきれなかった部分をこっそり捨てるのだろう。
セシルは戦慄して呟いた。
「――なんて姑息な大魔王だ……」
「現実以外を見るのは程ほどにしとかないと連れてかれるよ。光るチョウチョとかに」
妖精――やっと名前を覚えた。たしかフィークだ――が言うと、興味深そうに縛り倒
された一団を見ていたフロウが振り返って、空中に浮かぶ彼を見上げた。
「光るチョウチョってきっとキレイですよね」
「たぶんね」
受け流し方に、扱いを心得ている様子が窺える。別にフロウを悪く言っているのでは
なくて。ただ、こういう一瞬に、いいコンビだなと感じてしまうだけのこと。
「どこに行けば見れるんでしょうね」
「見ようと思えばどこでも見れるんじゃない? さっき見えなかった?」
「なんでそこで俺に振るんだよ」
大魔王は見えたが光る蝶は見ていない。よくよく考えれば前者も問題ある気がするが。
見えてしまったものは仕方がないのでセシルは一度ゆっくりと瞬きして、大魔王のこ
とは忘れることにした。
気は進まなかったが現実を見ることにして、遠くで変人の親分の相手をしているクラ
ンティーニを見ると、彼は、相変わらず気だるげにタバコの煙を吐きながら「そういえ
ば近くに結構大きな川があるんだけど、流れてみる?」とシシなんとかに訊いていると
ころだった。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
シシなんとか達は本当に流された。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
「そろそろお昼ごはんにしませんか?」
「そんな時間か……」
フロウの言葉にクランティーニが見上げた空は、どこまでも青く晴れていた。一点の
曇りもない遠い天蓋は、地上で起こった細かいことになど影響されない。
少なくない人数が「そこに川があるから」という理由で流されたこととか。
そんなことは関係なく空は雲ひとつなく綺麗な蒼で、馬車の馬はくたびれた目つきで
草を食んでいる。すぐ近で流れ続ける水音はただひたすらに清涼だ。
――これが確かな現実で、シュールな悪夢の類ではないことを疑いそうになった。