PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス城下(首都)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……と、これでいいかな?」
ギアはウサギの女将にいくつか確認を取りながら、いくつかの
書類を埋めていく。
「その就労学生ってなに?」
ヴァネッサと横で見ていたアベルは、その書類の中で知らない
言葉を見つけて言った。
「ああ、金持ちなら、有る程度まとめ払いをしておいたり、親元
に支払いを任せたりすることもあるんだ。けど、お前らは生活費
は自分でかせがにゃならんからな。つまり、働きながら学生する
ってことさ。」
アカデミーは簡単に言うと出世払いなので、通うことだけなら
誰でもできる。
しかし、地元ならともかく、外からくるなら当然、生活費の負
担が重くのしかかる。
それゆえ、一部の貴族階級や商家の裕福な者を除くほとんどは
働きながら通うのが一般的になっていた。
「ここを薦めるのにも関係があることなんだ。」
ペンの柄で頬をかきながらギアは女将と目をかわした。
頷いた女将は黒くつぶらな瞳を子供達に向け、一枚のチラシを
取り出した。
それは「食堂」の「せせらぎ亭」の広告だった。
「え、これは?」
ふともう一度周りを見渡したヴァネッサは首をかしげた。
綺麗に磨かれた床は清潔で建物の雰囲気も悪くはないし、冒険
者向けに限らず、宿の一階は酒場というのは定番でもある。
第一、アベルとヴァネッサが育った実家こそ、それが家業だっ
たのだからそれは不思議ではない。
しかし、客の集まる時間に波があるとはいえ、実家の田舎です
ら、日が昇りきる前から店は開けていたものだった。
なのに、もう街が完全に目覚めている昼日中、呼ばれるまで女
将が出てこないほど人気が無いなど普通は無い。
そうした疑問が顔に浮き出ていたのか、女将は意外なほど優し
差を感じさせる笑みを浮かべて、チラシに書かれていた営業時間
を指し示した。
そこには夕方からのみの営業になっていた。
「実はここせせらぎ亭は仕込み料理が評判の店でな……。」
その言葉に照れたように女将はギアの肩をたたいた。
「まあまあまあ、そんなことないんですよ。ただ、私達は手があ
なた達ほど器用でないから、注文聞いてすぐお出しするよりも、
十分に手をかけたものをお出しするほうがあってたの。」
最初こそ驚いたものの、思った以上に感情の伝わる表情を見せる
女将に感心するヴァネッサとラズロをよそに、まだ見ぬ名物料理に
思いをはせたアベルは素直に感嘆の声を上げた。
「へー、そういうのもいいなぁ。」
「……それが僕らにどういう関係が?」
少し下がって様子を見ていたラズロが、アベルの呑気さに呆れた
のか、思わずギアに言った。
「ここは下宿人を食堂で使ってくれるのさ。もちろんほかに優先さ
せることがあるならそっちに行けばいいんだから、アカデミーの用
や、やってみたい仕事があれば遠慮なく挑戦できる。普通そんな仕
事日雇いの肉体労働しかないから、お前らみたいなのにはありがた
い所なのさ。」
「あらあらあら、別にたいしたことじゃないわ。」
ギアの説明にウサギの女将は照れたよう笑った。
「私もアカデミーのお世話になってここまでこれたから、引退した
後は学生の皆さんのお役に立てたらって、ここをはじめたんですよ。」
ふと気がついてアベルは女将に言った。
「女将さんもアカデミーの卒業生なの?」
「これでもちゃんと修士の資格を取ってるのよ。」
女将はこころもち胸を張るようにしていった。
「まあ、興味があるんならおいおい色々ときいてみるといいさ。な
にしろ女将さんは俺やカタリナ達の先輩だからな。」
「「ええ!?」」
アベルとヴァネッサは共に驚いた。
年上なのは当たり前と思っていたが、両親の先輩などときくと、
いまさらながら、女将の年齢がわからなくなってくる。
(いや、年齢はともかく、このウサギさんが冒険者?)
アベルは余りに想像がつかなくて、ただ驚いた。
ラズロも、とくにギアに敬意をもっているだけにアベル以上に
衝撃は大きかった。
(ひょっとして、お母さんがあの店を開いたのって?)
ヴァネッサは男ほど女将の経歴にそれほど驚かなかったが、直
感のような思いがよぎった。
会ったときは、異種族との交流に不安を覚えていたのに、ちょ
っとしたつながりを見つけると、もうそんなに気にならない。
(みんな女将さんみたいだといいけど)
「あらあらあら、先輩って言われても、私は探索専門だったから、
魔法も剣もろくに使えないのよ。」
「んなこと言ってるけど、せせらぎの音も聞き分けるその耳にか
なうレンジャーは当時からいまもっていないんだぜ。」
ギアと女将の話にアベルもラズロも興味ありげだったが、かき
終えた書類を封筒にまとめてサインをしたギアはよいしょ、と席
を立つ。
「よし、手続き済ましてくるわ。お前らも荷物はここにおい
ときゃいいから。」
隅のほうを指差して、ついでに、と自分の荷物もアベルに渡す。
「じゃ、またあとで。」
荷物を並べ終わった子供達と一緒に、女将に挨拶をして戸をく
ぐっていった。
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス城下(首都)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……と、これでいいかな?」
ギアはウサギの女将にいくつか確認を取りながら、いくつかの
書類を埋めていく。
「その就労学生ってなに?」
ヴァネッサと横で見ていたアベルは、その書類の中で知らない
言葉を見つけて言った。
「ああ、金持ちなら、有る程度まとめ払いをしておいたり、親元
に支払いを任せたりすることもあるんだ。けど、お前らは生活費
は自分でかせがにゃならんからな。つまり、働きながら学生する
ってことさ。」
アカデミーは簡単に言うと出世払いなので、通うことだけなら
誰でもできる。
しかし、地元ならともかく、外からくるなら当然、生活費の負
担が重くのしかかる。
それゆえ、一部の貴族階級や商家の裕福な者を除くほとんどは
働きながら通うのが一般的になっていた。
「ここを薦めるのにも関係があることなんだ。」
ペンの柄で頬をかきながらギアは女将と目をかわした。
頷いた女将は黒くつぶらな瞳を子供達に向け、一枚のチラシを
取り出した。
それは「食堂」の「せせらぎ亭」の広告だった。
「え、これは?」
ふともう一度周りを見渡したヴァネッサは首をかしげた。
綺麗に磨かれた床は清潔で建物の雰囲気も悪くはないし、冒険
者向けに限らず、宿の一階は酒場というのは定番でもある。
第一、アベルとヴァネッサが育った実家こそ、それが家業だっ
たのだからそれは不思議ではない。
しかし、客の集まる時間に波があるとはいえ、実家の田舎です
ら、日が昇りきる前から店は開けていたものだった。
なのに、もう街が完全に目覚めている昼日中、呼ばれるまで女
将が出てこないほど人気が無いなど普通は無い。
そうした疑問が顔に浮き出ていたのか、女将は意外なほど優し
差を感じさせる笑みを浮かべて、チラシに書かれていた営業時間
を指し示した。
そこには夕方からのみの営業になっていた。
「実はここせせらぎ亭は仕込み料理が評判の店でな……。」
その言葉に照れたように女将はギアの肩をたたいた。
「まあまあまあ、そんなことないんですよ。ただ、私達は手があ
なた達ほど器用でないから、注文聞いてすぐお出しするよりも、
十分に手をかけたものをお出しするほうがあってたの。」
最初こそ驚いたものの、思った以上に感情の伝わる表情を見せる
女将に感心するヴァネッサとラズロをよそに、まだ見ぬ名物料理に
思いをはせたアベルは素直に感嘆の声を上げた。
「へー、そういうのもいいなぁ。」
「……それが僕らにどういう関係が?」
少し下がって様子を見ていたラズロが、アベルの呑気さに呆れた
のか、思わずギアに言った。
「ここは下宿人を食堂で使ってくれるのさ。もちろんほかに優先さ
せることがあるならそっちに行けばいいんだから、アカデミーの用
や、やってみたい仕事があれば遠慮なく挑戦できる。普通そんな仕
事日雇いの肉体労働しかないから、お前らみたいなのにはありがた
い所なのさ。」
「あらあらあら、別にたいしたことじゃないわ。」
ギアの説明にウサギの女将は照れたよう笑った。
「私もアカデミーのお世話になってここまでこれたから、引退した
後は学生の皆さんのお役に立てたらって、ここをはじめたんですよ。」
ふと気がついてアベルは女将に言った。
「女将さんもアカデミーの卒業生なの?」
「これでもちゃんと修士の資格を取ってるのよ。」
女将はこころもち胸を張るようにしていった。
「まあ、興味があるんならおいおい色々ときいてみるといいさ。な
にしろ女将さんは俺やカタリナ達の先輩だからな。」
「「ええ!?」」
アベルとヴァネッサは共に驚いた。
年上なのは当たり前と思っていたが、両親の先輩などときくと、
いまさらながら、女将の年齢がわからなくなってくる。
(いや、年齢はともかく、このウサギさんが冒険者?)
アベルは余りに想像がつかなくて、ただ驚いた。
ラズロも、とくにギアに敬意をもっているだけにアベル以上に
衝撃は大きかった。
(ひょっとして、お母さんがあの店を開いたのって?)
ヴァネッサは男ほど女将の経歴にそれほど驚かなかったが、直
感のような思いがよぎった。
会ったときは、異種族との交流に不安を覚えていたのに、ちょ
っとしたつながりを見つけると、もうそんなに気にならない。
(みんな女将さんみたいだといいけど)
「あらあらあら、先輩って言われても、私は探索専門だったから、
魔法も剣もろくに使えないのよ。」
「んなこと言ってるけど、せせらぎの音も聞き分けるその耳にか
なうレンジャーは当時からいまもっていないんだぜ。」
ギアと女将の話にアベルもラズロも興味ありげだったが、かき
終えた書類を封筒にまとめてサインをしたギアはよいしょ、と席
を立つ。
「よし、手続き済ましてくるわ。お前らも荷物はここにおい
ときゃいいから。」
隅のほうを指差して、ついでに、と自分の荷物もアベルに渡す。
「じゃ、またあとで。」
荷物を並べ終わった子供達と一緒に、女将に挨拶をして戸をく
ぐっていった。
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PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア ラズロ
場所:ギルドアカデミー前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
せせらぎ亭前のやや細い通りは、しばらく歩くと、ギルドアカデミーへと続く道に出
る。
それは、やたらと道幅の広い通りだった。
田舎の狭い一本道にしか慣れていないアベルとヴァネッサは、正直、通りの右側を歩
けばいいのか、左側を歩けばいいのか、それとも真ん中を歩けばいいのか、さっぱり
分からなかった。
「アベル君……」
「何」
「道、広いね」
「だな」
緊張をほぐすためか、戸惑い気味に、ぎこちなく会話を交わしながら、二人はギアと
ラズロの後をついていく。
ギアはもともとここで長年生活していたわけだし、ラズロは……おそらくこういった
大都市に慣れているのだろう。
過去のことや自分のことを一切話さないから、あくまでも憶測だが。
「アベル君」
「何」
「人、いっぱいいるね……」
「だな」
改めて、ギサガ村との違いを体感している二人だった。
「はい、ご到着、と」
ギアがそう言って足を止めたのは、巨大な石造りの門の前だった。
門はアーチ状になっており、上の丸い部分には金色の縁取りが施された赤い宝石のよ
うなものが埋めこまれている。
「ところでお二人さん、道、覚えられたか?」
「えぇっ……」
ヴァネッサは、うろたえた声を上げた。
頭が空っぽだったのか、それともいっぱいいっぱいだったのか、ここまでの道中さっ
ぱり覚えがない。
ただひたすら、ギアとラズロを見失わないようにとついてきただけなのである。
ちら、と隣のアベルに救いを求めるかのように視線を向けると、
「わりぃ。俺もさっぱり覚えてねぇ」
彼は難しい顔をして腕組みをしていた。
「……ラズロ、お前は?」
「覚えています」
ラズロの返答に、二人は「おぉ~っ」「わぁ……」と揃って感心した声を上げる。
「ラズロ、しばらく二人の道案内してやれ」
「はい、先生」
ラズロは、相変わらずのすました顔で短く返答した。
門をくぐると、白壁の巨大な建物が現れた。
どうやら、これがギルドアカデミーの校舎らしい。
「うわっ、でっけぇ……」
見ればわかるようなことを、アベルが呟いた。
(なんだか、迷子になりそう……)
隣で校舎を見上げながら、ヴァネッサはそう思った。
「慣れないうちはなぁ、確実に迷うぜ。俺なんざ校舎ん中把握するのに二ヶ月かかっ
ちまったよ」
(そんなに時間かかっちゃうぐらいなら……どうしよう、ホントに迷子になるか
も……)
ギアの話を聞いて、ますます不安が色濃くなるヴァネッサだった。
「って、ここでボサッとしてられんだろ。手続き手続き」
促され、一行は校舎に足を踏み入れた。
校舎に入ってまず真っ先に目につくのは、受付のカウンターである。
やや地味な印象を受ける女性が席についている。
「入学希望者の手続きをしたいんだが」
「紹介状を拝見できますか?」
「悪い、ちょっと待っててもらえるかな」
ギアが受付嬢と話をしている間、三人は手持ちぶさたになった。
すぐに話が終われば良いのだが、どうもこの受付嬢は新しく配属されたばかりのよう
で、何やら手間取っている。
ヴァネッサは、不意に視線を移した。
壁にずらりと掲げられている肖像画でも見て、時間を潰そうと思ったのである。
(どうして、こんなに肖像画が置いてあるんだろう……)
そう思いつつ見ていると、一枚のプレートが目に入った。
『歴代の最優秀成績者』とある。
これは、歴代の最優秀成績者の肖像画だったのである。
探してみると、若かりし頃のランバートの絵や、せせらぎ亭の女将の絵もあった。
(もしかして……)
ギアやグラント、カタリナの絵もあるだろうか。
ヴァネッサは、好奇心にかられて探し始めた。
NPC:ギア ラズロ
場所:ギルドアカデミー前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
せせらぎ亭前のやや細い通りは、しばらく歩くと、ギルドアカデミーへと続く道に出
る。
それは、やたらと道幅の広い通りだった。
田舎の狭い一本道にしか慣れていないアベルとヴァネッサは、正直、通りの右側を歩
けばいいのか、左側を歩けばいいのか、それとも真ん中を歩けばいいのか、さっぱり
分からなかった。
「アベル君……」
「何」
「道、広いね」
「だな」
緊張をほぐすためか、戸惑い気味に、ぎこちなく会話を交わしながら、二人はギアと
ラズロの後をついていく。
ギアはもともとここで長年生活していたわけだし、ラズロは……おそらくこういった
大都市に慣れているのだろう。
過去のことや自分のことを一切話さないから、あくまでも憶測だが。
「アベル君」
「何」
「人、いっぱいいるね……」
「だな」
改めて、ギサガ村との違いを体感している二人だった。
「はい、ご到着、と」
ギアがそう言って足を止めたのは、巨大な石造りの門の前だった。
門はアーチ状になっており、上の丸い部分には金色の縁取りが施された赤い宝石のよ
うなものが埋めこまれている。
「ところでお二人さん、道、覚えられたか?」
「えぇっ……」
ヴァネッサは、うろたえた声を上げた。
頭が空っぽだったのか、それともいっぱいいっぱいだったのか、ここまでの道中さっ
ぱり覚えがない。
ただひたすら、ギアとラズロを見失わないようにとついてきただけなのである。
ちら、と隣のアベルに救いを求めるかのように視線を向けると、
「わりぃ。俺もさっぱり覚えてねぇ」
彼は難しい顔をして腕組みをしていた。
「……ラズロ、お前は?」
「覚えています」
ラズロの返答に、二人は「おぉ~っ」「わぁ……」と揃って感心した声を上げる。
「ラズロ、しばらく二人の道案内してやれ」
「はい、先生」
ラズロは、相変わらずのすました顔で短く返答した。
門をくぐると、白壁の巨大な建物が現れた。
どうやら、これがギルドアカデミーの校舎らしい。
「うわっ、でっけぇ……」
見ればわかるようなことを、アベルが呟いた。
(なんだか、迷子になりそう……)
隣で校舎を見上げながら、ヴァネッサはそう思った。
「慣れないうちはなぁ、確実に迷うぜ。俺なんざ校舎ん中把握するのに二ヶ月かかっ
ちまったよ」
(そんなに時間かかっちゃうぐらいなら……どうしよう、ホントに迷子になるか
も……)
ギアの話を聞いて、ますます不安が色濃くなるヴァネッサだった。
「って、ここでボサッとしてられんだろ。手続き手続き」
促され、一行は校舎に足を踏み入れた。
校舎に入ってまず真っ先に目につくのは、受付のカウンターである。
やや地味な印象を受ける女性が席についている。
「入学希望者の手続きをしたいんだが」
「紹介状を拝見できますか?」
「悪い、ちょっと待っててもらえるかな」
ギアが受付嬢と話をしている間、三人は手持ちぶさたになった。
すぐに話が終われば良いのだが、どうもこの受付嬢は新しく配属されたばかりのよう
で、何やら手間取っている。
ヴァネッサは、不意に視線を移した。
壁にずらりと掲げられている肖像画でも見て、時間を潰そうと思ったのである。
(どうして、こんなに肖像画が置いてあるんだろう……)
そう思いつつ見ていると、一枚のプレートが目に入った。
『歴代の最優秀成績者』とある。
これは、歴代の最優秀成績者の肖像画だったのである。
探してみると、若かりし頃のランバートの絵や、せせらぎ亭の女将の絵もあった。
(もしかして……)
ギアやグラント、カタリナの絵もあるだろうか。
ヴァネッサは、好奇心にかられて探し始めた。
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア ラズロ 学長
場所:ギルドアカデミー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ギアに続いて入った教務室は、少々騒がしい雰囲気だった。
それというのも、結構な人数の教官がいたためである。わいわいがやがやと熱っぽく
話をしている者もいれば、自分の机で書類書きをしたり書類のチェックをしていたり
する者もいる。
ギアは、そんな中を、てくてくと一番奥の机に向かって歩いていく。その後を、三人
がついていく。
(……アヒルの親子みたい……)
そんな自分たちの状態を指して、ヴァネッサはそんなことをちょっと思った。
一番奥の机には、高齢の女性がいた。柔らかな毛質の白髪を頭の後ろでまとめ、丸メ
ガネをかけた、物静かな雰囲気の女性である。
「失礼します、学長」
その女性を前に、ギアは緊張した面持ちで背すじをピンと伸ばした。
「久しぶりですね、ギア」
優しく微笑みながら女性が発した言葉は、静かな響きを持っていた。
(えぇと、学長っていうと……)
ヴァネッサは少し考えた。
学長というのは、アカデミーの中で一体どんな役割をしているのだろうか。
考え込んでいる様子に気付くと、女性はヴァネッサに微笑みかけてきた。
「わたくしは、アカデミーの教官達をまとめる役をしているのですよ」
それから、隣にいるアベルとラズロに視線を一巡させ、
「こちらが、今回入学を希望しているという子達ですね?」
「ヴァネッサです」
ぺこり、とヴァネッサは頭を下げた。
一番年上の自分が、一番最初に名乗るのが良いと思ったのである。
「アベルです」
二番目に名乗ったのはアベル。
「ラズロ=ブライ=アルトゥール=オーベンスです」
――アベルとヴァネッサは、ほぼ同時に、ラズロを見た。
「……お前、そんな長ったらしい名前だったの?」
アベルの言葉は、まさしくヴァネッサの内心そのものだった。
「悪いか」
ラズロは少しばかりムッとした表情を浮かべ、
「いんや、別に」
対するアベルは、軽く上げた手の先をちょいちょいと左右に動かして、「気にすん
な」と伝えた。
「魔法を専門に学ぶというのは、貴方ね。それで、男の子二人は剣術を、と」
書類をめくりながら、学長は何やら呟いては三人の様子を見たりしている。
彼女なりの審査のようなことをしているらしい。
「わかりました。貴方達をギルドアカデミー生徒として受け入れます」
学長は、優しげだが、どこか凛とした眼差しを三人に向けた。
やる気が満ちてくる……というのだろうか、ヴァネッサは何だかカァッと高揚してく
るのを感じた。
「その……がんばりますっ」
思わずそんなことを口走り、ハッと気付いた時には既に遅し。
ヴァネッサに、教務室にいる教官達の視線が集中していた。
(うう……)
「気にすんなって、大丈夫だから」
アベルが肩を叩くものの、あちこちからクスクスという笑い声が聞こえ、赤くなって
うなだれるばかりである。
学長は最初、ほんの少し目を丸くしていたが……やがて目元を緩めた。
嘲笑するようなものではなく、微笑ましいものを見るような、そんな感じである。
「そうそう、担当する教官に紹介をしなくてはいけませんね。ついてらっしゃい」
言うと、学長はゆったりした動きで椅子を離れた。
NPC:ギア ラズロ 学長
場所:ギルドアカデミー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ギアに続いて入った教務室は、少々騒がしい雰囲気だった。
それというのも、結構な人数の教官がいたためである。わいわいがやがやと熱っぽく
話をしている者もいれば、自分の机で書類書きをしたり書類のチェックをしていたり
する者もいる。
ギアは、そんな中を、てくてくと一番奥の机に向かって歩いていく。その後を、三人
がついていく。
(……アヒルの親子みたい……)
そんな自分たちの状態を指して、ヴァネッサはそんなことをちょっと思った。
一番奥の机には、高齢の女性がいた。柔らかな毛質の白髪を頭の後ろでまとめ、丸メ
ガネをかけた、物静かな雰囲気の女性である。
「失礼します、学長」
その女性を前に、ギアは緊張した面持ちで背すじをピンと伸ばした。
「久しぶりですね、ギア」
優しく微笑みながら女性が発した言葉は、静かな響きを持っていた。
(えぇと、学長っていうと……)
ヴァネッサは少し考えた。
学長というのは、アカデミーの中で一体どんな役割をしているのだろうか。
考え込んでいる様子に気付くと、女性はヴァネッサに微笑みかけてきた。
「わたくしは、アカデミーの教官達をまとめる役をしているのですよ」
それから、隣にいるアベルとラズロに視線を一巡させ、
「こちらが、今回入学を希望しているという子達ですね?」
「ヴァネッサです」
ぺこり、とヴァネッサは頭を下げた。
一番年上の自分が、一番最初に名乗るのが良いと思ったのである。
「アベルです」
二番目に名乗ったのはアベル。
「ラズロ=ブライ=アルトゥール=オーベンスです」
――アベルとヴァネッサは、ほぼ同時に、ラズロを見た。
「……お前、そんな長ったらしい名前だったの?」
アベルの言葉は、まさしくヴァネッサの内心そのものだった。
「悪いか」
ラズロは少しばかりムッとした表情を浮かべ、
「いんや、別に」
対するアベルは、軽く上げた手の先をちょいちょいと左右に動かして、「気にすん
な」と伝えた。
「魔法を専門に学ぶというのは、貴方ね。それで、男の子二人は剣術を、と」
書類をめくりながら、学長は何やら呟いては三人の様子を見たりしている。
彼女なりの審査のようなことをしているらしい。
「わかりました。貴方達をギルドアカデミー生徒として受け入れます」
学長は、優しげだが、どこか凛とした眼差しを三人に向けた。
やる気が満ちてくる……というのだろうか、ヴァネッサは何だかカァッと高揚してく
るのを感じた。
「その……がんばりますっ」
思わずそんなことを口走り、ハッと気付いた時には既に遅し。
ヴァネッサに、教務室にいる教官達の視線が集中していた。
(うう……)
「気にすんなって、大丈夫だから」
アベルが肩を叩くものの、あちこちからクスクスという笑い声が聞こえ、赤くなって
うなだれるばかりである。
学長は最初、ほんの少し目を丸くしていたが……やがて目元を緩めた。
嘲笑するようなものではなく、微笑ましいものを見るような、そんな感じである。
「そうそう、担当する教官に紹介をしなくてはいけませんね。ついてらっしゃい」
言うと、学長はゆったりした動きで椅子を離れた。
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア ラズロ 学長
場所:ギルドアカデミー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
学長は一行を伴って、なにやら四人ほどで熱く語り合っている一角に
近づいていった。
「―――だから、俺達は冒険者志望を預かるんだから、単に剣や魔法の
レベル上げよりも、連携を基礎課程に組み込むべきだろうが!」
「しかし冒険者志願ってのは漠然とした夢として目差す奴が多い。すで
に足を突っ込んだ奴がスキルアップに来てるならいいが、子供が想像以
上に多いことを考えると、まず何かのスキルを身につけさせてやらねば、
道をほんとの意味で選ぶことはできないのではないか?」
今熱く語っているのは鍛えぬいたとわかる体を革のズボンに麻のシャ
ツを着ただけのラフないでたちに包んだ青年で、それに返答していたの
はカタリナほどではないが、それでもそこらの男では比べ物にならない
ほどに鍛え抜かれた体をした女性だった。
髪も男と同様短く刈り込んであるのになぜ女性とわかったかと言うと、
なぜか足首まで覆うスカートをはいていたのだ。
「まあまあ二人とも。そういうことなら技術教練でやるより団体教練を
ふやしてやるほうが良いのではないですか?」
「そうだな。ラディみたいな魔法使いや俺みたいなスカウトは技術教練
のなかでPTスキルや集団戦闘を意識させるのは難しい。戦士系とちがっ
て体より先に頭で覚える技術だからな。」
特に熱く語る二人をなだめるようにもう二人が口を挟む。
先に口を挟んだラディと呼ばれた者は、見た目は線の細い優男で、腰
あたりまである見事なブロンドの合間から細くとがった耳を覗かせてい
た。
そのラディの後に話した男は、均整のとれた引き締まった体をしてい
たが、全身を柔らかそうな黄緑色の毛につつんだ獣人だった。
すでに獣人というより、直立歩行するウサギそのものの女将を見てい
た一行は今更驚きはしなかったが、
(猫?豹?どちらにしても、女将さんよりも私達人間に近いみたい。)
(うーん、あっちの人はもしかして妖精族かな?)
(馬鹿、指差すな失礼だろうが!)
……やはり少し興奮を隠せずにいた。
「はいはい、いいかしら?」
「あ、学長。」
「ふふ、大分熱心にやってるようね。」
にこやかに話しかけた学長に、四人は照れたように挨拶を返す。
「紹介するわね。戦士のセリアとヴァン、魔法使いのラディと、スカウ
トのザックよ。」
「いっておくが、私は女性だ、女装ではないぞ。」
学長の紹介の後、セリアはまじめな顔でそういった。
後で知ったことだが、セリアはなぜか同性に言い寄られることが多い
らしく、それのため、仕事以外ではスカートを着用しているらしい。
しかしこのときはまだ冗談とも本気とも知れなかったので、子供達は
なんともいえない顔で頷いただけだった。
それを笑って受け流した学長は、今度は子供達を紹介し、入学希望者
であることをつげた。
「ええと……、あなた達のクラスは来週からよね。あいてるところある
かしら?」
一瞬四人は顔を見合わせた後、セリアが手を上げる。
「私のところならまだあいてます。」
「そう、ならセリアに頼もうかしら。」
「わかりました。」
学長にうなづいてみせたセリアだったが、ふと思い出したようにラズ
ロをみていった。
「オーベンスのあなたもそれでいいのですね?」
いたってまじめな顔のままいったセリアに、一瞬不愉快げにまゆをひ
そめたラズロは挑むようにセリアをにらみつけた。
アベルもヴァネッサもセリアがなぜラズロだけにそんな確認をするの
か、その疑問に気をとられていたためにラズロの些細な変化には気がつ
かなかった。
「私たちは冒険者向けですから、仕官などを目指すなら、クラスを変え
たほうが近道ですよ?」
相変わらず田舎ものの姉弟には意味がわからなかったがラズロにはす
ぐに伝わったらしい。
珍しく態度を恥じるような苦笑いを浮かべて、ちらりとギアを見た。
ギアも「しょーがねえなぁ。」とでもいいたげに肩をすくめて笑い返
した。
「失礼しました。僕も同じでお願いします。」
これも受講がはじまるとすぐにわかることだったのだが、基本的に選
択式で生徒の自由意志で好きなように学べるとはいえ、全般的な基礎学
習をまなぶ学生生活の基盤となるクラスの選択は、ある程度目指すとこ
ろによって考えるのが普通らしい。
これは講習、特に実技講習などを受けやすくするためであった。
例えば武器術で組み打ちをするなど、クラス内で相手がいれば、練習
もしやすいなど、そういった利便性ゆえのことだった。
冒険者と貴族として仕官するのとでは、おのずと学ぶべきこともかわ
ってくるそれを気にかけてのセリアの言葉だったのだ。
もっともこのときは、アベルもヴァネッサにもわからないところだった
ので、なんとなく変な空気に首を傾げただけだった。
「じゃあ、あなた達はこのセリアが担当しますから、何かあったらセリア
のほうにいえばいいわ。」
学長の言葉にセリアもうなづいた。
「来週といっても三日しかない。三人とも心構えだけは忘れずに。」
別段利触れたセリアの言葉だったが、三人は新しい生活にわくわくして、
目を輝かせてうなづいた。
NPC:ギア ラズロ 学長
場所:ギルドアカデミー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
学長は一行を伴って、なにやら四人ほどで熱く語り合っている一角に
近づいていった。
「―――だから、俺達は冒険者志望を預かるんだから、単に剣や魔法の
レベル上げよりも、連携を基礎課程に組み込むべきだろうが!」
「しかし冒険者志願ってのは漠然とした夢として目差す奴が多い。すで
に足を突っ込んだ奴がスキルアップに来てるならいいが、子供が想像以
上に多いことを考えると、まず何かのスキルを身につけさせてやらねば、
道をほんとの意味で選ぶことはできないのではないか?」
今熱く語っているのは鍛えぬいたとわかる体を革のズボンに麻のシャ
ツを着ただけのラフないでたちに包んだ青年で、それに返答していたの
はカタリナほどではないが、それでもそこらの男では比べ物にならない
ほどに鍛え抜かれた体をした女性だった。
髪も男と同様短く刈り込んであるのになぜ女性とわかったかと言うと、
なぜか足首まで覆うスカートをはいていたのだ。
「まあまあ二人とも。そういうことなら技術教練でやるより団体教練を
ふやしてやるほうが良いのではないですか?」
「そうだな。ラディみたいな魔法使いや俺みたいなスカウトは技術教練
のなかでPTスキルや集団戦闘を意識させるのは難しい。戦士系とちがっ
て体より先に頭で覚える技術だからな。」
特に熱く語る二人をなだめるようにもう二人が口を挟む。
先に口を挟んだラディと呼ばれた者は、見た目は線の細い優男で、腰
あたりまである見事なブロンドの合間から細くとがった耳を覗かせてい
た。
そのラディの後に話した男は、均整のとれた引き締まった体をしてい
たが、全身を柔らかそうな黄緑色の毛につつんだ獣人だった。
すでに獣人というより、直立歩行するウサギそのものの女将を見てい
た一行は今更驚きはしなかったが、
(猫?豹?どちらにしても、女将さんよりも私達人間に近いみたい。)
(うーん、あっちの人はもしかして妖精族かな?)
(馬鹿、指差すな失礼だろうが!)
……やはり少し興奮を隠せずにいた。
「はいはい、いいかしら?」
「あ、学長。」
「ふふ、大分熱心にやってるようね。」
にこやかに話しかけた学長に、四人は照れたように挨拶を返す。
「紹介するわね。戦士のセリアとヴァン、魔法使いのラディと、スカウ
トのザックよ。」
「いっておくが、私は女性だ、女装ではないぞ。」
学長の紹介の後、セリアはまじめな顔でそういった。
後で知ったことだが、セリアはなぜか同性に言い寄られることが多い
らしく、それのため、仕事以外ではスカートを着用しているらしい。
しかしこのときはまだ冗談とも本気とも知れなかったので、子供達は
なんともいえない顔で頷いただけだった。
それを笑って受け流した学長は、今度は子供達を紹介し、入学希望者
であることをつげた。
「ええと……、あなた達のクラスは来週からよね。あいてるところある
かしら?」
一瞬四人は顔を見合わせた後、セリアが手を上げる。
「私のところならまだあいてます。」
「そう、ならセリアに頼もうかしら。」
「わかりました。」
学長にうなづいてみせたセリアだったが、ふと思い出したようにラズ
ロをみていった。
「オーベンスのあなたもそれでいいのですね?」
いたってまじめな顔のままいったセリアに、一瞬不愉快げにまゆをひ
そめたラズロは挑むようにセリアをにらみつけた。
アベルもヴァネッサもセリアがなぜラズロだけにそんな確認をするの
か、その疑問に気をとられていたためにラズロの些細な変化には気がつ
かなかった。
「私たちは冒険者向けですから、仕官などを目指すなら、クラスを変え
たほうが近道ですよ?」
相変わらず田舎ものの姉弟には意味がわからなかったがラズロにはす
ぐに伝わったらしい。
珍しく態度を恥じるような苦笑いを浮かべて、ちらりとギアを見た。
ギアも「しょーがねえなぁ。」とでもいいたげに肩をすくめて笑い返
した。
「失礼しました。僕も同じでお願いします。」
これも受講がはじまるとすぐにわかることだったのだが、基本的に選
択式で生徒の自由意志で好きなように学べるとはいえ、全般的な基礎学
習をまなぶ学生生活の基盤となるクラスの選択は、ある程度目指すとこ
ろによって考えるのが普通らしい。
これは講習、特に実技講習などを受けやすくするためであった。
例えば武器術で組み打ちをするなど、クラス内で相手がいれば、練習
もしやすいなど、そういった利便性ゆえのことだった。
冒険者と貴族として仕官するのとでは、おのずと学ぶべきこともかわ
ってくるそれを気にかけてのセリアの言葉だったのだ。
もっともこのときは、アベルもヴァネッサにもわからないところだった
ので、なんとなく変な空気に首を傾げただけだった。
「じゃあ、あなた達はこのセリアが担当しますから、何かあったらセリア
のほうにいえばいいわ。」
学長の言葉にセリアもうなづいた。
「来週といっても三日しかない。三人とも心構えだけは忘れずに。」
別段利触れたセリアの言葉だったが、三人は新しい生活にわくわくして、
目を輝かせてうなづいた。
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス国 せせらぎ亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三人がせせらぎ亭に戻ったのは、太陽がだいぶ傾いてきた頃だった。
昼間の日差しとは違う、濃くなった光が街に降り注ぐ。
それは、せせらぎ亭とて同じことであった。
赤い色の屋根は、オレンジ色に変わりつつある光を浴びて、真昼の頃よりも柔らかい
色合いに見えた。
「はいはいはい、おかえりなさぁい」
帰ってきたところを、女将が出迎える。
どうやら、開店準備もあらかた終わったようで、天井から吊られているランプには、
ぼんやりとした温かみのある明かりが灯っている。
「え……ええと、今帰りました」
実家でもないのに『ただいま』と言うのも気が引けて、ヴァネッサはそう言った。
たちまち、女将が表情を曇らせる。
「おかえりなさい、って言われたら『ただいま』でしょう?」
どうやら、少し機嫌を損ねてしまったらしい。そういった気遣いは無用、と考えてい
るのかもしれない。
「た……ただいま、です」
だからと言って、急に変えられるものではない。
今のヴァネッサにはこれが限界だった。
「うーん……」
女将としては、まだちょっと不満のようである。
「ただいま、おばちゃん!」
アベルは対照的に元気に返している。
それを見て、ようやく女将は表情の曇りを取り払った。
「うんうんうん、今度から皆もそうしてねぇ。ここは皆の家なんだから、変に気を使
わないでねぇ。ギクシャクしてると、お店の仕事もうまく行かなくなっちゃうんだか
らぁ」
「はーい……」
ヴァネッサは返事をしながら、ちらりとラズロを見た。
ラズロは、ギルドアカデミーから帰る道中からずっと、黙ったままだ。
元々あまり喋る性分ではないようだが、今のそれは『嫌なことがあったから、誰とも
喋りたくない』という感じの黙り方である。
(そういえば、オーベンス、って言われたあたりから、変だったような気がするけ
ど……)
家名で呼ばれるのが、そんなに嫌なのだろうか。
変な名前じゃないのに、とヴァネッサは首を傾げた。
「さあさあさあ、お店を開ける前に、お仕事の分担を決めましょう」
女将は、その可愛らしい前足……二本足で立って歩いているのだから、もはや手と呼
ぶべきか……を、ぺた、と合わせる。
「分担?」
聞き返したのはアベルである。
「だって、お客さんにお料理を出す以外にもすることがあるのよぉ? お掃除は皆で
やるとして……厨房で盛り付けをやる人とか、お客さんまでお運びする人とか、決め
なくちゃいけないわぁ」
「ちょっと待て、女将」
ギアが、片手を挙げる。
「その掃除って、まさか俺にまでやらせるつもりじゃないだろな?」
『皆でやるとして』、のくだりに引っかかるものを覚えたらしい。
「なぁに言ってるのよぉ。うふふふ。うちのお店の敷居をまたいだ以上、有効活用さ
せてもらうわよぉ。使えるものはなーんでも使うんだからぁ」
……おっとりとした可愛らしいウサギさん、という見た目に反して、女将は立派な商
売人根性をお持ちのようである。
せせらぎ亭の将来は安泰かもしれない。
「あ、あのっ」
ヴァネッサは、言わなくてはならないことを思い出した。
そう、あれだ。
「私……夜はあまり……その、全然駄目、ってわけじゃないんですけど……」
「どういうことかしらぁ?」
女将は、きょとんとヴァネッサを見上げる。
ヴァネッサは急に言いづらくなった。
(どうしよう)
自分の持病。夜になると襲ってくる、原因のよくわからない発作。
ギサガ村での落盤事故の日から、ここのところずっと軽い症状で済んでいるが、いつ
またあんなひどい発作を起こすか、わからないのだ。
発作がひどければ、その度に仕事を休ませてもらわなくてはならない。
(でも……)
そんな、満足に働けない人をうちに置いておくわけにはいきません、なんて言われた
ら、一体どうしたらいいのだろう。
「私、発作が……」
発作。
その一言を口にするのに、ヴァネッサはどれほどためらっただろうか。
「あ、あの……でも、軽い時とひどい時があって、軽い時はなんとか……でも、ひど
い時は、本当に、申し訳ないんですけど……えぇと、起きていられなくて……」
働けません、という一言がなかなか言えず、ヴァネッサの説明はどんどんと長くな
る。
説明すればするほど、まるで言い訳しているみたいな気持ちになって、心が苦しく
なっていく。
「うーん、それなら、朝はどう? 早くに起きて、お料理の仕込み作業をするんだけ
ど」
女将はあっさり、別の仕事を持ちかけてきた。
「えっ……それは、で、でも、夜はほとんど使いものにならないんですよっ?」
「うふふふふふ、だぁいじょうぶ。言ったでしょう? うちは、お客さんの注文を聞
いてすぐに料理をお出しするような店じゃあないの。ふらっと来る人よりも、朝のう
ちに予約して、夜に来るような人が多いんだからぁ」
……ということは……。
(よかった、働ける!)
ヴァネッサは、ぱあ、と表情を輝かせた。
「私、早起きします!」
「ふふふ、これで朝の部は決定ねぇ」
ウサギの女将は頬をなでると、少年二人に向き直った。
「さてと、それじゃあ男の子二人はどうしましょ」
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス国 せせらぎ亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三人がせせらぎ亭に戻ったのは、太陽がだいぶ傾いてきた頃だった。
昼間の日差しとは違う、濃くなった光が街に降り注ぐ。
それは、せせらぎ亭とて同じことであった。
赤い色の屋根は、オレンジ色に変わりつつある光を浴びて、真昼の頃よりも柔らかい
色合いに見えた。
「はいはいはい、おかえりなさぁい」
帰ってきたところを、女将が出迎える。
どうやら、開店準備もあらかた終わったようで、天井から吊られているランプには、
ぼんやりとした温かみのある明かりが灯っている。
「え……ええと、今帰りました」
実家でもないのに『ただいま』と言うのも気が引けて、ヴァネッサはそう言った。
たちまち、女将が表情を曇らせる。
「おかえりなさい、って言われたら『ただいま』でしょう?」
どうやら、少し機嫌を損ねてしまったらしい。そういった気遣いは無用、と考えてい
るのかもしれない。
「た……ただいま、です」
だからと言って、急に変えられるものではない。
今のヴァネッサにはこれが限界だった。
「うーん……」
女将としては、まだちょっと不満のようである。
「ただいま、おばちゃん!」
アベルは対照的に元気に返している。
それを見て、ようやく女将は表情の曇りを取り払った。
「うんうんうん、今度から皆もそうしてねぇ。ここは皆の家なんだから、変に気を使
わないでねぇ。ギクシャクしてると、お店の仕事もうまく行かなくなっちゃうんだか
らぁ」
「はーい……」
ヴァネッサは返事をしながら、ちらりとラズロを見た。
ラズロは、ギルドアカデミーから帰る道中からずっと、黙ったままだ。
元々あまり喋る性分ではないようだが、今のそれは『嫌なことがあったから、誰とも
喋りたくない』という感じの黙り方である。
(そういえば、オーベンス、って言われたあたりから、変だったような気がするけ
ど……)
家名で呼ばれるのが、そんなに嫌なのだろうか。
変な名前じゃないのに、とヴァネッサは首を傾げた。
「さあさあさあ、お店を開ける前に、お仕事の分担を決めましょう」
女将は、その可愛らしい前足……二本足で立って歩いているのだから、もはや手と呼
ぶべきか……を、ぺた、と合わせる。
「分担?」
聞き返したのはアベルである。
「だって、お客さんにお料理を出す以外にもすることがあるのよぉ? お掃除は皆で
やるとして……厨房で盛り付けをやる人とか、お客さんまでお運びする人とか、決め
なくちゃいけないわぁ」
「ちょっと待て、女将」
ギアが、片手を挙げる。
「その掃除って、まさか俺にまでやらせるつもりじゃないだろな?」
『皆でやるとして』、のくだりに引っかかるものを覚えたらしい。
「なぁに言ってるのよぉ。うふふふ。うちのお店の敷居をまたいだ以上、有効活用さ
せてもらうわよぉ。使えるものはなーんでも使うんだからぁ」
……おっとりとした可愛らしいウサギさん、という見た目に反して、女将は立派な商
売人根性をお持ちのようである。
せせらぎ亭の将来は安泰かもしれない。
「あ、あのっ」
ヴァネッサは、言わなくてはならないことを思い出した。
そう、あれだ。
「私……夜はあまり……その、全然駄目、ってわけじゃないんですけど……」
「どういうことかしらぁ?」
女将は、きょとんとヴァネッサを見上げる。
ヴァネッサは急に言いづらくなった。
(どうしよう)
自分の持病。夜になると襲ってくる、原因のよくわからない発作。
ギサガ村での落盤事故の日から、ここのところずっと軽い症状で済んでいるが、いつ
またあんなひどい発作を起こすか、わからないのだ。
発作がひどければ、その度に仕事を休ませてもらわなくてはならない。
(でも……)
そんな、満足に働けない人をうちに置いておくわけにはいきません、なんて言われた
ら、一体どうしたらいいのだろう。
「私、発作が……」
発作。
その一言を口にするのに、ヴァネッサはどれほどためらっただろうか。
「あ、あの……でも、軽い時とひどい時があって、軽い時はなんとか……でも、ひど
い時は、本当に、申し訳ないんですけど……えぇと、起きていられなくて……」
働けません、という一言がなかなか言えず、ヴァネッサの説明はどんどんと長くな
る。
説明すればするほど、まるで言い訳しているみたいな気持ちになって、心が苦しく
なっていく。
「うーん、それなら、朝はどう? 早くに起きて、お料理の仕込み作業をするんだけ
ど」
女将はあっさり、別の仕事を持ちかけてきた。
「えっ……それは、で、でも、夜はほとんど使いものにならないんですよっ?」
「うふふふふふ、だぁいじょうぶ。言ったでしょう? うちは、お客さんの注文を聞
いてすぐに料理をお出しするような店じゃあないの。ふらっと来る人よりも、朝のう
ちに予約して、夜に来るような人が多いんだからぁ」
……ということは……。
(よかった、働ける!)
ヴァネッサは、ぱあ、と表情を輝かせた。
「私、早起きします!」
「ふふふ、これで朝の部は決定ねぇ」
ウサギの女将は頬をなでると、少年二人に向き直った。
「さてと、それじゃあ男の子二人はどうしましょ」