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2024/11/18 19:16 |
シベルファミト 19/ベアトリーチェ(熊猫)
第十九話 『傲慢な被害者』

キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――

「じゃーとっととオモテナシしてもらおうじゃないの」
「誘拐されたくせに態度でけぇな、お前…」

数分で執事服に着替えたその自称暗殺者は、イン・ソムニアと名乗った。

ベアトリーチェが彼に案内された部屋は、外観から想像したとおりの
こぢんまりした部屋だった。
だがそれでも調度の質を見れば、かなりのものが揃っていることが
素人目にも明らかだ。それだけでひとまず腹の虫はおさまる。

「誘拐したからにはそれなりの待遇ってものがあるでしょ?飛行船ツアーとか、
プライベートビーチとかさぁ」
「ブッ飛ばすぞこの野郎」

台詞の内容とは裏腹に、インの表情は呆れ、疲れている。
ベアトリーチェはふかふかしすぎて体が沈むほど柔らかいベッドに腹ばいになり、
ぱたぱたと足を動かしながらさらに続けた。

「夕ごはんなにがいいかな~。このあたりの料理って、おいしいけど
バリエーションあんまりないのよねー」
「さっきも言ったが、お前は用済みなんだからな。かわゆーい15歳以上とかなら
俺も考えたんだけどなぁ」

インが半眼で頭の後ろを掻こうとして――いくらなんでも執事服では
気がひけたのか、 やおら手を下ろして腕を組む。
どうやらそういうところは地らしい。
ベアトリーチェも半眼になり、悪態をついた。

「ローリコーン」
「冗談だ馬鹿」
「にしては妙に生々しかったけど」
「リアリティ溢れる嘘のひとつでもつけねーと、暗殺者なんか勤まんねーからな」
「暴れていい?」
「やめれ」

何にしろ、この部屋まで案内してきたというからには何か彼にも
考えがあるのだろう。
危害を加えるような様子はないが、自ら暗殺者と名乗るような人間の底意など
知れたものでははない。と、インが急ににやりとした。

「まぁ、せっかくだからちょっくら商談しながら茶でも飲めよ」
「商談?」

ベアトリーチェが身を起こすと、そら来たとばかりにインが笑みを浮かべて
さっとベッドに近づいてくる。こちらの目の高さまでしゃがんで、

「乗るなら話す。ちなみに報酬はこの屋敷の備品だ。どうだ?」
「ん~、乗った!」
「よし」

ぱし、と小気味良く片手でハイタッチを交わす。
さっそく、暗殺者が用意していたかのような口調で喋りだした。

「まず言っておくが、俺の目的はウォーネルの暗殺だ」
「あ、やっぱそうなんだ。なんで?不細工だから?」

さらりと言った軽口に、インの肩がコケる。

「なんでだ。――まぁ、怨恨てやつだ。女は狩る、骨董品は奪うでいろんなとこから
恨みを買ってる。もちろん何回か逮捕されてるが、その度に莫大な保釈金を払って
お咎めなしってもんだ。それで俺に依頼が来たわけさ」
「お宝はともかく、あんただって誘拐の片棒担いでたくせに」
「言うな、それは」

うめいてから、しゃがんだまま備え付けのドレッサー用の椅子を
片手で引き寄せて座る。で?と、いくぶん視線を高めにして
ベアトリーチェが促した。

「あたしは何をすればいいわけ?」

彼はひとつうなずいて、懐から四つに折られた一枚の紙を取り出した。
自分でざっとそれを確認するように目を走らせてから、手渡してくる。

「ここに書いてある物品を探しといてくれ。この屋敷の中に必ずあるはずだ」
「螺鈿の時計、琥珀の杖、紫檀のマンドリン…なにこれ」

折り目を伸ばして見れば、ずらずらと物品の――字面を見る限りでは
どれも高価そうな――名前が書かれている。数えてはいないが、
少なくとも10は超えている。
それぞれには細かく特徴が書き込まれており、銘があるものも少なくない。

「さっき言った、ウォーネルが奪った骨董品さ。ほとんどの依頼人は諦めたが、
何人かは諦めが悪い奴もいるようだな」

インが肩をすくめる。ベアトリーチェは彼に顔を向けたまま、ごろりと
仰向けになった。景色が完全に逆さまになる。

「なに、暗殺だけじゃないの?あんたの仕事」
「ま、そういうこった」
「ふーん…ていうか、そんな執事になるくらいだったらあんたなんで
今までやらなかったのよ?」
「膨大なんだよ、数が。3年かけてやっとそれだけになったのさ」

ため息と共に吐かれたそのセリフを聞いて、思わず顔をしかめる。
再度紙に目をやり、一言。

「めんどくさーい」
「やれよちゃんと」

しっかり釘を刺してくる。答える代わりにまたうつぶせになり、今度は
身を起こして乱れた髪を直して、背に跳ね上げた。

「はぁーい」
「じゃ、俺はいったんあの服を着たブタに報告してくる。ところであの
 『姉さま』とやらは…?」
「あぁ、あれ違うから。仲間仲間」

ベアトリーチェが言うと、インは特に驚くそぶりも見せなかった。
おそらく予想はしていたのだろう。

「てことは、あの女もハンターか?」
「知らなーい」
「なんだそりゃ…まぁ、適当に伝えとくわ」

気のないインの言葉を最後にばたん、とドアが閉じて。
数秒だけ沈黙が落ちる。

「…さーて、と」

去ってゆく足音を聞いてから、ぴょんとベッドから飛び降りる。
大きく伸びをして、ドレッサーに映った自分に向けてにやりと笑って
みせる。

「お仕事、開始!」


刹那――


鏡に映った窓の外を、黒い大きな鳥影が横切った。

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2007/02/12 20:58 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 20/しふみ(周防松)
第二十話 『「VIXEN(ビクセン)」は、「女ギツネ」転じて「性悪女」 』

キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) 使用人いろいろ (ウィン
ドブルフ)
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

男は、いがらっぽい喉をなんとかしようと、歩きながら咳払いをしようとした。
彼は、この屋敷でウォーネル……というよりも、イン・ソムニアという男の手下とし
て働いている。
「あー……っ、くそっ」
喉の不快感の原因はわかっている。
昨夜、少しばかり飲みすぎたのだ。
屋敷の厨房に行って、水を飲もう。
顔なじみの料理人や手伝いの女のどちらかが必ずいるから、頼めば水を少ししばかり
飲ませてくれるはずである。
「飲みすぎは体によくない」だの「二日酔いするぐらいなら飲まなきゃいいのに」だ
のという小言とともに。

厨房に足を踏み入れると、何やら大きな寸胴ナベにたっぷりのお湯を沸かしている女
がいた。
着ているものは、この屋敷でもよく見かける使用人の女と同じ、ひらひらのついたエ
プロンに袖のふくらんだ紺色のワンピース。そして頭には、どうしてついているのか
いまだによくわからない、白いヘアバンドだか飾りだかわからないもの。
女は、赤い長髪をサラサラとなびかせながら、煮立った湯の中に野菜をドボドボと投
入した。
投入した野菜を見つめつつ、機嫌でも良いのか、よくわからない鼻歌を歌っている。
――最近雇われた女だろうか。
若い女のようだから、ちょっとからかってみようか、などと思いつつ、男は近寄っ
た。

(……ん?)

男は、ふと何か引っかかるものを覚えた。
赤い長髪の、女。

(ええと……)

二日酔いのせいか、普段のようにはっきりと働かない頭を、彼は無理矢理起動させ
る。
最近、赤い髪の女に関連した仕事に携わった気がする。
確か――そう……。
うだうだと考えていると、突然、頭の中が冴え渡った。

(こいつ、もしかして豚野郎が俺らにさらわせた女じゃねえのかっ!?)

本来の雇い主を「豚野郎」呼ばわりである。
ウォーネルという人物は、こんな下っ端にまでなめられているようだ。

しかし、そのさらわれてきた女が、どうして厨房で使用人の格好で働いているのだろ
うか。
男はじ…っと考えた。
答えは結局出なかったが。

「一体何してんですか、あんた」

敬語にすべきか普段の言葉でいいか迷いつつ呼びかけると、女は、くるりん、とこち
らを向いた。
スカートのすそが風をはらんでふわりとふくらみ、赤い長髪がサラリとなびく。
前髪が顔の右半分を覆い隠し、青い左目のみが見えている。
その女は、しふみ、であった。

「おかえりなさいませ、ご主人さまっ」

語尾にハートマークが3つはついていそうな声音でいうと、しふみは胸の前で軽くに
ぎった手をそろえ、ほんの少しかがみ――いわゆる「ぶりっ子」のポーズをとった。

「……………………」

男は、じと~っとした目でそれを見つめた。
長い、なが~い沈黙が生じる。
――やがて、沈黙を破ったのは、男のほうだった。

「気色わる……」

ぼそり、と本音を呟いてしまった。

途端のことである。

ぐもっ! と男のみぞおちにしふみの拳が突っ込まれた。
背中から衝撃が突き抜ける、きれいなストレートである。

「ぐぇ……っ」

男はたまらず、意識を手放した。

「……ふふ」

意識を手放した男の体を支え、しふみはにやりと笑う。

男の体から衣服を引っぺがして下着姿にすると、ロープでがんじがらめに縛り上げ、
しふみは近くの床板をはずし、男を中へと転がり落とした。
床下といっても、そこは地面ではない。
野菜などを保存しておくための、いわば床下の貯蔵庫である。
ここは金持ちの屋敷ということもあってか、人間がゆうに五・六人は入れるスペース
である。
ちなみに、そこには先客がいる。
料理長と、ここでの労働を主にしている使用人である。
彼らもすでにしふみによって気絶させられ、衣服を引っぺがされて下着姿で縛り上げ
られた挙句放りこまれていた。

「安心いたせ。コトが済んだら無事解放してさしあげるでの」

言葉とは裏腹に、どこか邪悪っぽい微笑みを浮かべ、しふみははずした床板を元の位
置に戻した。
そして、引っぺがした衣服を、厨房奥の古い戸棚にしまいこむ。
戸棚の中には、すでに何着か、衣服がたたんで置いてあった。

「……ふふ」

しふみは、満足そうに微笑みを浮かべた。
やはり、人と金の集まる場所というのは『欲望』が発生しやすい。
人間の『欲望』を糧にして生きている狐には、もってこいの場所である。
もともとムーランに足を踏み入れた後から調子は良かったのだが……ウォーネルの屋
敷に着いてからはさらに好調である。

鼻歌を歌い、足取りはステップを踏むように軽やかだ。

ゆであがった野菜を皿に盛り、おそらく特製とおぼしきソースをかけ、フォークとナ
イフとともに銀のトレイに載せて厨房を後にする。

――その足は、ウォーネルがいるはずの寝室に向かっていた。

鼻血を出した彼が運ばれ、介抱を受けている場所である。
どうして場所を知っているのかというと、彼女は『匂い』をたどっているだけの話で
ある。
寝室のドアの前に立ち、ドアをコンコン、とノックすると、片手にトレイを持ちなお
し、さっさと中に押し入った。
すでに人払いされた後のようで、使用人は誰もおらず、ウォーネルが一人、だだっ広
い部屋の中で、天蓋つきのベッドに寝転がっていた。

「どうじゃ? 具合のほどは」

心にもないいたわりの言葉を吐く。
寝転がっていたウォーネルは、気遣われていると感じてがばっと身を起こした。

「おお、来てくれたのか!」

分厚い肉の中に埋もれた小さな目を、キラキラと輝かせている。

「ほほほ。これでも少しは責任というものも感じておるのじゃぞ」

嘘八百もいいところである。
本当は責任などというものは髪の毛一本ほどにも感じていないのだ。

「ところで……お主、少々野菜も取ったらどうじゃ? さきほどのような食事では、
体に毒じゃぞ」

さも気遣っているふりをしながら、しふみは銀のトレイを前に差し出す。
その、ゆでた野菜にソースのかかった皿の載ったトレイを。

「う……わ、ワシは野菜は食わんのだ」

ウォーネルは、嫌悪感を露わにして野菜の皿から顔をそむける。

「そう無下にすることもなかろう。案外食わず嫌いなのではないのかぇ?」

気にせずしふみは皿を近づける。

「く、食わん。食わんと言ったら食わんのだ。だいたい、美味いものでもないのに、
何故食わねばならんのだっ」

ウォーネルは断固として食わないつもりのようだ。
小さなおちょぼ口を、必死に閉じている。

「……そうかぇ……。せっかく持ってきたというのに、悲しいことじゃのぅ」

心なしか寂しげにうつむき、皿を下げてしふみは後ろを向く。
そして、ウォーネルに見られない位置でポケットから一つの小ビンを取り出し、ゆで
野菜の上にぱっぱっと振りかけた。

――と。
ウォーネルの顔つきが変わった。

「お、おおおっ。ちょっと待て! その野菜、何やら良い匂いがするっ!」
「おや……先ほどは嫌悪しておったのに、どうしたことじゃ?」

しふみは、首を傾げてみせる。

「いや、気が変わったぞ。その野菜は美味そうだ、食う!」
「ほほほ、ようやく体を気遣う気になったのじゃな」
「ああ、そんなことはどうでも良い。早く持って来てくれ」

大好物を待ちわびる子供のように、ウォーネルはしふみを急かす。

「野菜は体に良いのじゃ。たんと食すが良いぞ」

ガツガツと野菜を腹に収めるウォーネルに微笑みかけながら、しふみは、後ろ手にし
た手に持った小ビンを人差し指でついと撫でた。
その小ビンのラベルには、『好きなものと嫌いなものが逆転する薬』なる妙な文字が
書かれている。

――それは、ゾミンの、連行されていった後のボーガンの家で家捜しをして得た『戦
利品』の一部であった。


2007/02/12 20:59 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト21/ベアトリーチェ(熊猫)
第二十一話 『うるさい潜入』

キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――

ベアトリーチェは慌てて振り返ると、そちらに駆け寄り力任せに窓を開いた。
首だけ出して周囲をざっと見渡す。
そして、弧を描くように屋敷の庭を旋回している、見慣れた影を見つけて叫んだ。

「焼き鳥ーッ!!」

叫ぶが届くと同時に、ごす、と影が失速し墜落する。
無言で見ていると、それはしばらくじたばたしてからむっくり身を起こし、
来たときより力なくはばたいて真っすぐ向かってきた。

「助けに来た恩人に何言いやがる!」

来るなり鳥――ブルフは、窓の桟にとまってぎゃあぎゃあ喚きながら
両の翼をばたつかせた。

「恩人ていうかオンドリ?ニワトリ?」
「うるせー言葉のあやだ!それよか一体なんなんだ!
隣町くんだりまで出向いて帰ってきたらいきなり誘拐されやがってるし!
なんか地味にムカついたぞ!」
「しょーがないでしょ!ハプニングがあったのよ!」

さすがにむっとして、即座に言い返す。いくつか不毛な言い合いをしてから、
はたと気づいて声の調子を変える。

「ていうか、よくわかったわねここが」
「その隣町で、この屋敷の主人の噂を聞いたんだよ。そいで帰ってきてみたら
 お嬢様がたは馬車に乗ってお出かけになりました。だ。あとは道なりさ」

ウォーネル=スマンはよほど人徳のない男らしい。胸を張るブルフの仕草は
無視して、さらに問いかける。

「あいつは?犬」
「来てる。俺の報告を待ってそのへんにいるよ」
「オッケー。じゃあブルフ、なんかすごい説明しづらいからまとめるけど、
Bプランに変更よ」
「Bプラン?」

すっとんきょうな声で鳥がぐっと喉を伸ばす。ベアトリーチェはそれに
わざと重々しく頷いて見せてから、両の拳を握った。

「最初はこの屋敷をボゴって全財産を奪う感じだったんだけど、
殺し屋に協力すれば合法でお宝が手に入るみたいなのよ」

さっと、ブルフの顔色が――鳥のくせに感情表現だけは人間並みだと
内心感心したが――青ざめる。また器用に片羽をつきつけてくる。
人間でいえば、さしずめ、人差し指でさしてくるといったところか。

「殺し屋に協力する時点で違法たっぷりじゃねぇか」
「あんただって現在進行形で不法侵入じゃない。そんなことより、
とっとと皆と合流して作戦会議よ」

ベアトリーチェは一歩も譲らない。
そして一拍置いて返ってきた言葉には、八割ほどの諦めが含まれていた。

「いやー俺としては面倒なことは避けてとっととここをずらかったほうが
利口だと思うんだがなー」
「とりあえずあんたは犬を連れてこの部屋まで来て。あたしは
しふみを連れてくる」

真っ向からブルフのことばを無視して、寝転がって乱れた髪を正す。

「じゃあね!10分後よ!」

背中で聞いたため息には、十分な諦めの色が感じられた。

・・・★・・・

「まちがーいに気がついたわー♪あなたは私のー愛に気づいたー
 わけじゃなくてー♪あの人の愛にー出会ったのー♪」

最初は鼻歌だったのだが、ベアトリーチェはいつの間にか普通に歌いだしていた。
というのは、この屋敷内があまりにも静かだからだ。
昼休みという休息により違法に手を染める主人のわがままから解放されているのか、
これから起きるであろう騒動を無意識に感じ取っているのか。

「ペンギンなんてーいらないわー♪白熊のー毛はー意外に長いー♪」

行動を始めた頃は曲がり角のたびに折れた先を窺いつつ進んでいたのだが、
あまりにも使用人の姿が見えないので、いまや緊張感ゼロで散歩気分である。

「そこかーらの始まりにはァー♪あなたのことでもォーおもいだすからァー
 うそじゃなくてー♪ペンギ…」

物音に気がついて足と歌を止める。歌は一番の盛り上がり場所だっただけに
止めるのは惜しかったが。

耳をすませながら音の出所を探る。そうして、とある巨大なドアの前まで来た。
ひょいと頭上を見上げて確認すると、『厨房』と書かれている。
ドアが大きいのは、食事を載せたワゴンが通りやすいためにだろう。
さっと近づいて、扉に耳を押し当てる。確かに間違いはなさそうだ。が。

「?」

皿が触れ合う音、材料を焼く音、コックの怒鳴り声――といった音を
想像したのだが、 どうも違う。低く、鈍い音しかしない。
しかも気配は複数あるというのに人の話し声なぞ一言も聞こえない。
しいて言えば、うめくような――

即座にドアを開く。重々しいドアは意外にあっさり動き、彼女を室内へ迎えた。

中には、誰もいなかった。

放置された使用済みの皿、壁から下がったフライパン、調理器具。
今まさに料理を作っていた人間がいたような、そんな感じである。
竈に乗っている鍋からは湯気さえ立ち上っている。中を覗き込んでみると、
濁った湯しか入っていなかった。

(なんで?)

ただ音は聞こえている。うっかり声に出しそうになった言葉を飲み込んで、
無言で周囲を探る。もしや接近に気づいて隠れたか。
だがそれだけの技量を持つ者が厨房で何をしているというのか。

突如、足元から音が聞こえた。今までにないほど大きい音である。
地を震わすような――

「きゃん!」

地は確かに震えていたが、それは音の振動によるものではなく、もっと
物理的なものだった。すなわち、地下から何者かが床を叩いているのだ。
そのせいでひっくりかえったベアトリーチェはいくつか毒づいて、身を起こす。

目の前をよく見れば、立っていた場所には四角い切れ目、さらには
手をかける部分までご丁寧に作られていた。
もっとも、ただの貯蔵庫なのだから隠す必要などないのだろうが。

数秒ほど黙考して、貯蔵庫を見る。その間も必死に地下の主は扉を叩いているが、
扉は数センチ浮いては閉じるを繰り返すだけだ。

「よっ」

とうとう、彼女は扉を開けることにした。だが敵だった場合、丸腰の彼女には
なす術がない。周囲を見渡し、あの湯が入った鍋を竈から下ろした。
ずりずりとそれを引きずって穴のふちまで移動させ、片手で傾けながら
もう片方の手で扉をゆっくり開ける。

ぎ、と金属が軋む音。一呼吸おいてから、一気に扉を跳ね上げる!

『!!!!!!!』
「キャーーーーーーーーーーー!!!!!!」

中に入っていたのは縛られた男達だった。ただし、下着姿の。
いきなり視界が開けて驚く彼らより、その事実に気づいたベアトリーチェのほうが
驚いた。結果。

ざばああああああ。

「あ」
『ん"ーーーーーーーーーーー!!!!!!!』

傾いた鍋から一気に湯が穴の中へと流れ込む。彼女はなぜかあわてて扉を閉め、
扉の上に座り込んで自らを重しにする。
さきほどとは比べ物にならないほど激しい振動が内側から襲ってきたが、
だんだん勢いは失われ、数十秒後には物音がいっさいなくなった。

・・・★・・・


「ご、ごめん」


家族以外の誰かに本気で謝るという事をするのは、久しぶりだった。
とはいえ体中を真っ赤に染めて下着姿のくせに顔だけは真面目な使用人達を前に、
彼女としては謝るほかなかった。

「今度から武器はフライパンにするから」

ねっ、と媚びてみても、仏頂面を崩さない。いっそこのまま暴れて記憶がなくなるまで
殴ってやろうかと思い始めたとき、暢気な声が背後から聞こえた。

「おや、嬢ではないかえ」
「しふみ!」


入り口に立っていたのはしふみと、インだった。しふみはなぜかエプロンなぞつけて
いるが、どうあったところでこの女の思惑を理解することなどできはしない。
それには触れず、なにか軽口の一言でも言ってやろうかと口を開くと同時、
インが裸で座っている使用人達をひと目見て、つぶやいた。

「…なんだ、こりゃあ」

2007/02/12 21:00 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 22/ルフト(魅流)
第二十ニ話 『すにーきんぐみっしょん』

PC:ルフト(ベアトリーチェ、しふみ)
場所:ウォーネル=スマン屋敷の裏門→屋敷内部
--------------------------------------------------------------------------------

『ルフト、お前の任務は潜入だ。ふざけた真似とかすんなよ?』

 空で舞いながら声を送ってくるブルフを適度に無視しながら、ルフト・ファングは裏口
を警備しているウォーネルの私兵の様子を観察していた。警備をしていると言ってもこの
町で表立って逆らう人間が少ない所為か、一人しかいないしやる気もない。
 だから、少し他所を見ている隙に背後に忍び寄り、一撃て昏倒させるのはそれほど難し
い事でもなかった。――だがしかし、五秒と経たないうちにルフトは自分の迂闊さを後悔
する事になる。

「誰だ!」

 思ったより近くで上がる誰何の声。振り返れば、ちょうど交代の警備員が中からやって
きた所だったらしい。高い塀の所為で中が見えなかったのだ。

「くっ!」

 ここで引いては10分以内に目的地に付く事はできない。少し逡巡するもルフトは強引に
塀の中へ入り、駆け抜ける事を決意した。ピリリリリという呼子の鋭い音が辺りに木霊す
る。――果たして、めったに吹かれない呼子にちゃんと反応できる警備兵がどれほど居る
事か。ルフトがそれが一人でも少ない事を祈るしかなかった。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

『警備員達が騒ぎだしたぞ。何やってるルフト。おい応答しろルフト!ルフト!』

――こんな状況で応答できるわけがないでしょうに……!!

 とにかく警備兵達が集まってくる前に全速力で振り切り、そのまま物陰に潜んでいるの
だ。物音でも立てれば見つかってしまうかもしれない。ブルフからの声は魔術を介してい
るのでルフトにしか聞こえないが、逆はそうもいかないのだ。

 今隠れているのは庭の植え込みを少し奥に入ったところ。そのままの格好ではいくらな
んでも目だってしまうので、道具を入れてあったダンボール箱をひっくり返して被ってい
る。

「こっちにはいないぞー」

「まだ敷地内にはいるはずだ、探せー」

「くそっ、図体に似合わずすばしっこい奴だ」

「ち、こうしていても埒があかん。増援はどうした!」

 しばらく時間が経ってようやく諦めたのか人の気配が散り散りになっていく。ダンボー
ル箱の中でルフトは安堵の溜息をつき――次の瞬間、全身に毛が逆立ったような錯覚に襲
われた。
 自分の配置に戻る途中なのだろう、近づいてくる足跡がする。そしてあろう事か、ルフ
トが隠れているダンボールの近くで足を止めてしまう。

「ったく、誰だよ道具箱ひっくり返して……ん?」

 一秒がまるで一時間のようにも感じられた。恐らくは片付けようとしたのだろう、こち
らに一歩近づいた警備員であろう男がそのまま動きを止める。「なんだこれは?」と不思
議そうに呟くのが聞こえて、ルフトはなんとなく絶望した気持ちに浸った。

「犬の尻尾……?」

 彼がもぐりこんでいるダンボールはけして小さくはなかったが、だからと言って大きい
ものでもなかった。どうにか体を折り曲げて入り込んだまではよかったのだが、不幸な事
に彼は気づかなかったのだ。――潜り込んだ時に尻尾がダンボールの取っ手に当たる穴を
突き抜けて外に出ていた事に。

 この警備員が少しでも犬が嫌いだったらこのまま素通りしていただろう。あるいはダン
ボールの上から蹴るくらいはしていたかもしれないが、少なくとも見つかりはしなかった
はずだ。
 だが不幸にもこの男は犬好きで、うっかりじゃれ付いて出られなくなった哀れな犬を助
けようとダンボールに手を掛けてしまう。

――もう駄目だ。

 バリッという重ねた硬い紙が破れる破壊的な音が耳元で鳴り響く。思わず頭を抱えたく
なるのを我慢してルフトはダンボールから頭を突き出した。ついで両手両足を箱の下部か
ら出し、そのままチョコチョコと走り去る。

「……俺、夢でもみてんのかな」

 取り残された警備員は唖然としてその様子を見守り――我に返って試しに抓ってみた頬
はとても痛かったようだ。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

 屋敷の中に入ってからは人に追われるコトは少なくなった。流石に家の中にまであちこ
ち警備兵を配置しておく趣味はなかったらしい。とりあえずいい加減邪魔なダンボールの
殻を外そうとして四肢に力を込める。――が、いくら踏ん張ってもそんなに強度がないハ
ズのダンボール箱を打ち破る事ができなかった。

――参りましたね、これは。

 どうやら妙な具合に体が箱にフィットしてしまい、力を周りに掛ける事ができなくなっ
てしまっているようだった。次いで首を一度箱の中に戻して再度前を打ち破ろうと考える
が、そちらも体勢的に出来そうにない。

 溜息を1つついて諦めると、ルフトは目的の部屋目掛けてまたチョコチョコと走り始め
るのだった。

2007/02/12 21:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
1.シチューの組体操/スイ(フンヅワーラー)
PC:スイ (シズ)

場所:アンダーソンズカーペット村?



 長い棒が歩いていた。先端には皮が巻きつけられている。
 それを肩にかけ、歩いている人間も、棒のように細かった。
 太陽をしっかりと浴びた藁のような色の髪はとてもじゃないが梳いているとは
言えない。身なりも、身体の大きさと服のサイズが明らかに合っておらず、生地
も擦れてくたくたになっているので、さらにみすぼらしい印象を受ける。
 しかし、その人物を真正面から見ると、人はその白目がちな目にぽつんとある
瞳に奇妙な印象を抱くことだろう。
 何も無い空中を見ているような、浮世離れした視線であるのに、どこか研ぎ澄
まされたような鋭い印象も抱かせる。
 中性的な印象を持たせる顔立ちであるが、その身なりと視線のせいか、ほとん
どの者は少年だと間違うだろう。……胸はどうみても平坦で、それは弁解などまっ
たくしていないような潔よさだ。
 その、歩く棒がぴたりと止まった。


 どこに来てしまったのだろうか。棒――スイは見回した。
 そこにあるのは、光を浴びた鮮やかな緑。澄み切った青い空と白い雲。黒々と
肥えたむき出しの土に、それを耕す人々。
 チチチチ、と小鳥のさえずりが青空に響いた。

「……おかしい」

 緊張に溢れ、恐怖に竦み上がり、爆発しそうな暴力が潜んだあの空気とはかけ
離れている。血や鉄の匂いとまではいかなくとも、せめて、漠然とした不安を抱
えた匂いは無いものか。まだ他人事のように思っていて、浮ついた空気が無いも
のか。
 そう思って鼻をくん、と鳴らす。
 水を含んだ木々や土、そして堆肥の匂いが鼻腔に入る。
 都会でうっすらと、この辺りで傭兵を集めているという噂を聞いたのだが。も
しかすると、ここら辺りで、領主が反旗を翻す準備をしていたり、農民が一斉蜂
起を計画していたり、異端勢力が潜んでいて対抗勢力を集めていたりしているの
だろうか。――そんなことは無いと分かっていた。が、心の中で愚痴るように、見
苦しく可能性を並べ立てずにはいられなかった。
 肌がピリピリする感覚が、まったく無い。少しでもそういう要素があれば、敏
感に感じ取れるはずだというのに。
 スイはようやく認めざるを得なかった。
 これは……やはり。

「……道を間違えたか」

 ……まぁ、うっすらと、そうじゃないかなー、と途中から思っていたのだが。
 金には困っていなかったから、無理をせず馬車を使うべきだったか。ダヴィー
ド家にいる間足腰が弱っていたので、歩きを選んだのだが。
 それにしてもどこで間違ったのか。街道でちゃんと人に聞いて、「まっすぐに
行って山を越えたら」と言った方向をひたすらまっすぐに――道から外れようが、
森を突き抜け、山の獣道を通り――ようやく山を抜けて人里を見つけたというのに……。

「途中、獣道を止む無く使って、方向感覚を失ったか……。まっすぐというのは難
しいものだな」

 とりあえず結論付けた。

 くぅぅぅぅぅ。

 腹が鳴った。
 気づけば、穏やかな風にのって、昼食の匂いが流れてきていた。……これは、シ
チューだろうか。色々な野菜を煮込んだ時の独特の甘い匂いが含まれている。
 そういえば、ここのところ、保存食と、山でとれた実や、臭い獣肉や、運がい
いときは芋なんかを食べていただけだ。暖かいシチューなんて久々だ。

「…とりあえず、食べるか……」

 スイは、そのシチューの匂いをたどって、歩き出した。
 遠くでモォーゥ、と牛が長く鳴いた。

2007/02/12 21:08 | Comments(0) | TrackBack() | スイ&シズ

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