第九話 『鳥さんお願い』
キャスト:ルフト ベアトリーチェ しふみ
NPC :ブルフ ボーガン
場所 :ゾミン市街地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――血の匂い。
しふみの鼻先が、小さくうごめく。
自然に、その歩みが止まった。
背後から、ばさばさ、という慌ただしい羽音が追いかけてきた。
羽音はそのまま、立ち止まったしふみの前に回りこんできた。
――羽音の主は、先ほど外灯の下で見つけた、人の言葉を操る妙な鷹だった。
「ストップストップ! あのな、おじょーさん。あいつ、ホントに危険なんだよ。逃
げた方が良いんだって!」
「鳥、近ぅ寄れ」
言葉の一切を無視して、しふみは片肘を曲げる。
ここに乗れという意味合いらしい。
「……なんだよ?」
人の言葉を操る鷹は、素直に腕にすとんと着地した。
結構な重量を感じたが、しふみは眉をぴくりと動かしただけで何も言わなかった。
「鳥、お前に名はあるかぇ?」
「おうっ、俺はウィンドブルフってんだ! ブルフって呼んでいいぜ」
言って鷹は、びし、と翼を人間の手のように見たて、親指を立てた形を作る。
「さよか。では鳥でよいな」
「ぅおい!」
思わずウィンドブルフ……本人(鷹?)の言葉に従えばブルフと呼ぶのが筋なのだろ
う……は片翼を広げ、抗議の声を上げたが、
「静かにせぬか」
しふみはブルフのくちばしをつまみ、それ以上の抗議を封じこめた。
くちばしをつままれたブルフは、バタバタと翼をばたつかせて抗議の意を現す。
しかし、ばたつかせた翼のうち片方をあっさりと掴まれ、おとなしくならざるを得な
かった。
「鳥や。お前の耳はどこについておる?」
しふみはこれまた唐突に尋ねた。
「え? あ、ああ……ここ」
ブルフは動かせる片翼の先で、器用に頭の一部分をちょいと指す。
ちょうど、目の後ろの辺りである。
しふみは、そこへと顔を近づけていく。
「って、のわぁもごぐっ!!」
ブルフは再び悲鳴を上げかけた……のだが、今度はくちばしを掴まれた。
ブルフが悲鳴を上げかけた理由。
それは、しふみが「ふっ」と息を吹きかけたからである。
息を吹きかけられた部分の羽毛がかき分けられ、小さな穴が現れる。
「ほぅ、これがお前の耳かぇ」
しふみの唇が、そっと動く。
何かを囁いているのだ。
ブルフ以外には聞こえない程度の声の大きさで。
「……へ?」
囁きを聞き終えたブルフは、やや間抜けな顔をした。
「なんじゃ。できぬのかぇ」
「違うって! ……ただ、変なこと言うなと思って」
「ま、あまり気にするでない」
やれるな、と視線を向けると、ブルフは首を傾げながらも、ふわさ、と翼を広げ、し
ふみの腕から飛び立った。
自由になった翼で空気を叩き、上昇してゆく。
――そして。
「火事だーーーーーっっっ!!」
でっかい声で、既に寝静まった頃の空気を震わせた。
その声は、対峙するベアトリーチェとボーガンの元にも届いた。
(……何やってんのよあのバカ鳥)
ベアトリーチェは、舌打ちしたい気分だった。
あまりにも自警団の人間を探し出せないせいで、ヤケにでもなっているのか。
火事が嘘っぱちなのは、すすけた匂いが一切しないから一目瞭然だというのに。
ボーガンは、サッと青ざめた。
街の空気が、ざわつき始めたからである。
まずい。
腕に突き刺さったナイフという物証に加え、目撃者までもが揃っていては、言い逃れ
はもはや効くまい。
素早く思考を巡らせる。
『目撃者』を消している暇は……おそらくないだろう。
今まで犯罪がばれずに済んだのは、徹底して目撃者を残さないようにしていたため
だ。
疑われないようにという努力も欠かさなかった。
それが、全て無駄に終わったのである。
『芸術品』が一度も完成していないというのに。
「クソッ!」
ボーガンはベアトリーチェに背を向け、逃亡を図った。
逃げたところで事態が好転するわけではない。
今回の目撃者の証言で、自分に疑いがかかるのは確実だ。
それに、逃げ切れるという保証などどこにもない。
それでも、彼は逃げ出さずにはいられなかった。
「逃がすと思ってんの!?」
ベアトリーチェは、折れかけた腕をかばうようにしながら、ボーガンの後を追い始め
た。
さて。
しふみが先ほどブルフに囁きかけたのは、「知らせに行っている暇はないから、上空
に舞い上がって、出せるだけの大きな声で『火事だ』と叫べ」というものだった。
ブルフは、それを自警団の者たちの注意をひくための叫びだと解釈し、実行に至った
というわけである。
就寝中の人々が目を覚まし始めたのだろう、暗がりの中に家の明かりがぽつりぽつり
と増えていく。
街の空気のざわつきは、徐々に広がりつつあった。
「あのさ、なんで火事だなんて言わせたんだよ?」
ブルフは疑問だった。
自警団の人間を呼ぶためなら、『人殺しだ』とか『殺人鬼だ』とか、そんな言葉の方
が良いだろうに、と思っていた。
「……やれやれ」
しふみはブルフの問いかけには答えず、ほんの僅かに眉根を寄せた。
「こちらに来るとは思わなんだ」
それは、正直な本音だった。
通りの向こうから、こちらに向かって駆けて来る人物――それは、ボーガンだった。
「ああっ、アイツだ! おじょーさん、危ないぜ! 逃げろ、隠れろっ!」
わあわあと大騒ぎするブルフの前で、しふみが取った行動は、意外なものだった。
「はぁい?」
にこりと微笑み、手を小さく振ったのである。
そう、食堂で初めて見かけた時と同じように。
ブルフは、頭の中が真っ白になった。
こんな時に何やってんだ、という感情でいっぱいだった。
ボーガンは、しふみの姿を見て、食堂にいたあの女だとすぐに理解した。
そして、血の上った頭で、一瞬にして悟った。
先ほどの「火事だ」という叫びに、彼女が関わっているということを。
なんていうことだ。
この女、一度ならず二度までも邪魔をするのか。
食堂でスプーンを投げつけられて、少女を見失った時の悔しさが甦る。
彼の思考は、ひどく短絡的な結論を打ち出した。
邪魔をしたその報いを与えねば気が済まぬ、と。
彼女に『芸術性』を感じないわけではない。
醜くはない。赤い髪も、青い瞳も、見なれない妙な衣服も、見る者によってはひどく
興味をそそられるものだろう。
しかし、それは自分の感性にはまったくそぐわないものだ。
意味のないものだ。
だから、ただひたすら――原型を留めないほどに切り刻んでやる。
わけのわからない怒声を上げながら、ボーガンはしふみに向かって突進していく。
対するしふみは、構えらしいものも作らず、ぼうっと突っ立っている。
怖いのだ。
きっと、恐れをなして動けないでいるのだ。
バカな女だ。
ボーガンはそう考えた。
しかし、得物を振り下ろしたその瞬間、彼が感じたのは手応えなどではなく、がき
ん、と金属板にでも思いきり振り下ろした時のような、跳ね返される感覚だった。
ボーガンはバランスを崩し、ついでに得物である包丁を取り落とした。
慌てて拾い上げようとするが、一瞬先に赤い袴を履いたしふみの足が包丁を踏みつけ
る。
ごり、と奥歯を噛み締めて、ボーガンはしふみをねめつけた。
「うつけが」
しふみは閉じた扇子を片手にボーガンをひたと見据える。
「誰よ、アンタ」
追いついたベアトリーチェが、初対面であるしふみに警戒の眼差しを向ける。
態度も口調も、ついでに目線も強気そのものだ。
この分なら、かばっている腕の方も心配ないだろう。
「ただの通りすがりの暇人じゃ」
しれっとした顔で答え、しふみは扇子をぱっと開き、口元を隠した。
キャスト:ルフト ベアトリーチェ しふみ
NPC :ブルフ ボーガン
場所 :ゾミン市街地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――血の匂い。
しふみの鼻先が、小さくうごめく。
自然に、その歩みが止まった。
背後から、ばさばさ、という慌ただしい羽音が追いかけてきた。
羽音はそのまま、立ち止まったしふみの前に回りこんできた。
――羽音の主は、先ほど外灯の下で見つけた、人の言葉を操る妙な鷹だった。
「ストップストップ! あのな、おじょーさん。あいつ、ホントに危険なんだよ。逃
げた方が良いんだって!」
「鳥、近ぅ寄れ」
言葉の一切を無視して、しふみは片肘を曲げる。
ここに乗れという意味合いらしい。
「……なんだよ?」
人の言葉を操る鷹は、素直に腕にすとんと着地した。
結構な重量を感じたが、しふみは眉をぴくりと動かしただけで何も言わなかった。
「鳥、お前に名はあるかぇ?」
「おうっ、俺はウィンドブルフってんだ! ブルフって呼んでいいぜ」
言って鷹は、びし、と翼を人間の手のように見たて、親指を立てた形を作る。
「さよか。では鳥でよいな」
「ぅおい!」
思わずウィンドブルフ……本人(鷹?)の言葉に従えばブルフと呼ぶのが筋なのだろ
う……は片翼を広げ、抗議の声を上げたが、
「静かにせぬか」
しふみはブルフのくちばしをつまみ、それ以上の抗議を封じこめた。
くちばしをつままれたブルフは、バタバタと翼をばたつかせて抗議の意を現す。
しかし、ばたつかせた翼のうち片方をあっさりと掴まれ、おとなしくならざるを得な
かった。
「鳥や。お前の耳はどこについておる?」
しふみはこれまた唐突に尋ねた。
「え? あ、ああ……ここ」
ブルフは動かせる片翼の先で、器用に頭の一部分をちょいと指す。
ちょうど、目の後ろの辺りである。
しふみは、そこへと顔を近づけていく。
「って、のわぁもごぐっ!!」
ブルフは再び悲鳴を上げかけた……のだが、今度はくちばしを掴まれた。
ブルフが悲鳴を上げかけた理由。
それは、しふみが「ふっ」と息を吹きかけたからである。
息を吹きかけられた部分の羽毛がかき分けられ、小さな穴が現れる。
「ほぅ、これがお前の耳かぇ」
しふみの唇が、そっと動く。
何かを囁いているのだ。
ブルフ以外には聞こえない程度の声の大きさで。
「……へ?」
囁きを聞き終えたブルフは、やや間抜けな顔をした。
「なんじゃ。できぬのかぇ」
「違うって! ……ただ、変なこと言うなと思って」
「ま、あまり気にするでない」
やれるな、と視線を向けると、ブルフは首を傾げながらも、ふわさ、と翼を広げ、し
ふみの腕から飛び立った。
自由になった翼で空気を叩き、上昇してゆく。
――そして。
「火事だーーーーーっっっ!!」
でっかい声で、既に寝静まった頃の空気を震わせた。
その声は、対峙するベアトリーチェとボーガンの元にも届いた。
(……何やってんのよあのバカ鳥)
ベアトリーチェは、舌打ちしたい気分だった。
あまりにも自警団の人間を探し出せないせいで、ヤケにでもなっているのか。
火事が嘘っぱちなのは、すすけた匂いが一切しないから一目瞭然だというのに。
ボーガンは、サッと青ざめた。
街の空気が、ざわつき始めたからである。
まずい。
腕に突き刺さったナイフという物証に加え、目撃者までもが揃っていては、言い逃れ
はもはや効くまい。
素早く思考を巡らせる。
『目撃者』を消している暇は……おそらくないだろう。
今まで犯罪がばれずに済んだのは、徹底して目撃者を残さないようにしていたため
だ。
疑われないようにという努力も欠かさなかった。
それが、全て無駄に終わったのである。
『芸術品』が一度も完成していないというのに。
「クソッ!」
ボーガンはベアトリーチェに背を向け、逃亡を図った。
逃げたところで事態が好転するわけではない。
今回の目撃者の証言で、自分に疑いがかかるのは確実だ。
それに、逃げ切れるという保証などどこにもない。
それでも、彼は逃げ出さずにはいられなかった。
「逃がすと思ってんの!?」
ベアトリーチェは、折れかけた腕をかばうようにしながら、ボーガンの後を追い始め
た。
さて。
しふみが先ほどブルフに囁きかけたのは、「知らせに行っている暇はないから、上空
に舞い上がって、出せるだけの大きな声で『火事だ』と叫べ」というものだった。
ブルフは、それを自警団の者たちの注意をひくための叫びだと解釈し、実行に至った
というわけである。
就寝中の人々が目を覚まし始めたのだろう、暗がりの中に家の明かりがぽつりぽつり
と増えていく。
街の空気のざわつきは、徐々に広がりつつあった。
「あのさ、なんで火事だなんて言わせたんだよ?」
ブルフは疑問だった。
自警団の人間を呼ぶためなら、『人殺しだ』とか『殺人鬼だ』とか、そんな言葉の方
が良いだろうに、と思っていた。
「……やれやれ」
しふみはブルフの問いかけには答えず、ほんの僅かに眉根を寄せた。
「こちらに来るとは思わなんだ」
それは、正直な本音だった。
通りの向こうから、こちらに向かって駆けて来る人物――それは、ボーガンだった。
「ああっ、アイツだ! おじょーさん、危ないぜ! 逃げろ、隠れろっ!」
わあわあと大騒ぎするブルフの前で、しふみが取った行動は、意外なものだった。
「はぁい?」
にこりと微笑み、手を小さく振ったのである。
そう、食堂で初めて見かけた時と同じように。
ブルフは、頭の中が真っ白になった。
こんな時に何やってんだ、という感情でいっぱいだった。
ボーガンは、しふみの姿を見て、食堂にいたあの女だとすぐに理解した。
そして、血の上った頭で、一瞬にして悟った。
先ほどの「火事だ」という叫びに、彼女が関わっているということを。
なんていうことだ。
この女、一度ならず二度までも邪魔をするのか。
食堂でスプーンを投げつけられて、少女を見失った時の悔しさが甦る。
彼の思考は、ひどく短絡的な結論を打ち出した。
邪魔をしたその報いを与えねば気が済まぬ、と。
彼女に『芸術性』を感じないわけではない。
醜くはない。赤い髪も、青い瞳も、見なれない妙な衣服も、見る者によってはひどく
興味をそそられるものだろう。
しかし、それは自分の感性にはまったくそぐわないものだ。
意味のないものだ。
だから、ただひたすら――原型を留めないほどに切り刻んでやる。
わけのわからない怒声を上げながら、ボーガンはしふみに向かって突進していく。
対するしふみは、構えらしいものも作らず、ぼうっと突っ立っている。
怖いのだ。
きっと、恐れをなして動けないでいるのだ。
バカな女だ。
ボーガンはそう考えた。
しかし、得物を振り下ろしたその瞬間、彼が感じたのは手応えなどではなく、がき
ん、と金属板にでも思いきり振り下ろした時のような、跳ね返される感覚だった。
ボーガンはバランスを崩し、ついでに得物である包丁を取り落とした。
慌てて拾い上げようとするが、一瞬先に赤い袴を履いたしふみの足が包丁を踏みつけ
る。
ごり、と奥歯を噛み締めて、ボーガンはしふみをねめつけた。
「うつけが」
しふみは閉じた扇子を片手にボーガンをひたと見据える。
「誰よ、アンタ」
追いついたベアトリーチェが、初対面であるしふみに警戒の眼差しを向ける。
態度も口調も、ついでに目線も強気そのものだ。
この分なら、かばっている腕の方も心配ないだろう。
「ただの通りすがりの暇人じゃ」
しれっとした顔で答え、しふみは扇子をぱっと開き、口元を隠した。
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第十話『決め技はローリング・ソバット』
PC:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト
場所:ゾミン
NPC:ボーガン、自警団員
--------------------------------------------------------------------------------
「火事だー!火事だったら火事だー……」
風を制御して狭い範囲に住む人々へ確実に声が伝わるように工夫しながら、ブルフは声が嗄れるまで叫び続けた。その甲斐あってか何軒かの明かりがついて人がでてくるような気配がするのを確認して、ブルフは再び街へと舞い降りる。自警団はこれで気づいてきてくれるはずだが、ナイトストールの捕縛がうまくいっているかどうかが心配だった。
「……って、何してんだー!?」
降りてきたブルフを迎えたのは、対峙するおっきな赤毛とちっさな赤毛。おっきな赤毛――通りすがりのねーちゃんの足元には、なんだかナイトストールらしき男が倒れている。
いろいろと予想外の状況に思考が停止するブルフだったが、そうこうする間にも周囲を取り巻く状況は刻一刻と変化していく。
「あれ、ボーガン先生……?」
呟いたのは、慌てて飛び出してきた一軒の民家の住民。
火事だと聞いて外に出てみればその気配はまったくないし、目の前にはなんだか街のちょっとした有名人がいるけど様子がおかしいし。
その町民が彼に声を掛けたのは、本当にただそれだけの理由だった。
――見られた。
しかし、彼の頭を占める言葉はただ一つ。
――見られたからには、始末しなければ。
実を言えば、この時点ならば立ち回りによっては彼は逃げおおせる事も不可能ではなかったのだ。事情を知る自警団はまだこの場にいたらず、光量がたりず様子を把握しきれない住民達は赤の他人の言よりもまだ知っている人間の言葉を信じるだろうから。
しかし、犯罪者にそれを察する冷静さはなかった。
いわばそれは最後の悪足掻き。自分はもうお終いだと、その事実を内心理解しながらも認めたくない。現状を拒否するあまり思考を停止させたボーガンは、ただひとつ、頭に残る言葉に従って凶行を重ねた。いや、重ねようとした。
獣のような敏捷さで包丁を拾ったボーガンだったが、すかさずその右手を鉄扇でしたたかに打ち据えられる。反射的に打たれた手首を押さえ、前かがみになったところに全体重を乗せた少女の蹴りが襲いかかった。
会心のローリングソバットが顔側面に命中、立ち上がりに対してのカウンターという形になった攻撃にあえなくボーガンは尻をつく。そして、ようやく全てを諦めたように体から力を抜いた。
「……揺れぬな」
着地したベアトリーチェの方を見ながら、しふみがぽつりと呟く。小さいが、はっきりとした呟きは娘の目をつり上げるには十分過ぎる程の破壊力を秘めていた。
「……あんですって?」
つりあがった目の中で、緑色の瞳が強い感情を秘めて爛々と輝く。まるで燃えているかのように錯覚させるほどに強い目に込められた力は、しかししふみを怯ませるには至らなかった。
「いったい何があったんですか!」
ちょうどいい――あるいは最悪の――タイミングで自警団員が到着し、なんとかその場は事なきを得たのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
「なぜ、こんな事を……」
現場での状況確認を済まし、詰め所へと向かう道の途中。団員の口を吐いたのは通りで倒れ伏す学者を見たときからずっと頭の中を占めていた言葉だ。
「何故?そんな事もわからないのかね」
問われた事すら心外だ――口調や挙措は犯罪者の思考を雄弁に物語っていた。結局、溜め息をひとつ吐いて、デキの悪い生徒に説明する教師の口調で滔々と犯行の動機を語る。
「簡単な事だよ。――誰だって、宝玉の原石をみかけたら磨いてみたくなるだろう?私もその欲求に従ったまでだ」
そう言い切るボーガンに罪悪感を感じている様子はない。語った理由が真にせよ偽にせよ、彼は今でも自分の行動が正しいと信じている確信犯なのだ。
「そんな理由で殺される方はたまったもんじゃないわね」
と、後ろからついてきているベアトリーチェ。光量が少ないこの場ではあまり目立たないが、折られかけた片腕が内出血を起こし青黒く変色しているのが痛々しい。
ボーガンは、フンと鼻を鳴らしそれ以上口を開こうとはしなかった。相変わらずの周囲の人間を馬鹿にしきった態度は『お前達凡人にこれ以上語る舌などない』という彼なりの意思表示にも見える。しふみも含め、一行は自警団員の詰め所へと足を運ぶ。
火事の知らせに一時は浮き足だった街も、半鐘は鳴らずどこかが燃えている気配もないとなれば速やかに鎮まっていく。無事詰め所にナイトストールの護送が終わる頃には、街はすっかり元の静けさを取り戻していた。
「――それにしても、私もずいぶんと馬鹿にされたものだな?」
再びボーガンが口を開いたのは、一行が自警団員の詰め所の前、東西の街道に直結する街の大通りに出た時だった。いかなる方法を以ってか、両手を縛っていた縄は既に抜け拘束状態を脱した犯罪者は、腰に括りつけてあった布袋の催眠粉が入っていたのとは違う方に手を伸ばす。
「悪あがきすんじゃないわよ!」
おたおたする自警団員を尻目にソウルシューターを構えるベア。
「私の奥の手、受けるがいい!」
ボーガンの手にある袋から桃色の粉が飛び散り自警団員に降りかかるのと同時に、ベアのソウルシューターが放たれた。しかし痛む腕の所為で狙いは僅かに逸れ、石畳を砕くだけに終わってしまう。
「げふん、なんですかこれは!?」
謎の粉を振り掛けられた自警団員はただただ混乱し、急に動悸が激しくなった自分の胸を抱きしめるばかりだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
―― 一方その頃。
「ルフト、おい、起きろよルフト!」
路上に寝転がってすやすやと安らかに眠るルフトを起こさんと、ヴォンドブルフは顔を羽根でぺちぺちと叩く。
「……やめてくださいよ……ベア、私は貴女のおもちゃでは……ひゃっ?!」
だが、どう頑張っても一向に起きる様子はない。業を煮やしたブルフは羽根を使う事を諦め、奥の手を使う事にした。
うつぶせに眠るルフトをどうにかこうにか仰向けにし、顔を自分の顔と向き合うように羽根で固定する。ブルフの視界の中でどんどんルフトの顔が大きくなっていき……
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
さく。という軽い口ごたえと共に眠り姫を目を覚ましたのだった。
夜の街を、獣の体を持つ人間が疾駆する。ブルフから状況を確認したルフトは、とりあえず自警団の詰め所を目指していた。自責と後悔の念が頭の中を渦巻く。
――マズいですね。彼女の怒る様が目に浮かぶようです……
ベアの視界に自分が入るや否や、即効で謝り倒そうという情けない決意を胸に、獣人はただひたすらに急いで自警団の詰め所を目指していた。
PC:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト
場所:ゾミン
NPC:ボーガン、自警団員
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「火事だー!火事だったら火事だー……」
風を制御して狭い範囲に住む人々へ確実に声が伝わるように工夫しながら、ブルフは声が嗄れるまで叫び続けた。その甲斐あってか何軒かの明かりがついて人がでてくるような気配がするのを確認して、ブルフは再び街へと舞い降りる。自警団はこれで気づいてきてくれるはずだが、ナイトストールの捕縛がうまくいっているかどうかが心配だった。
「……って、何してんだー!?」
降りてきたブルフを迎えたのは、対峙するおっきな赤毛とちっさな赤毛。おっきな赤毛――通りすがりのねーちゃんの足元には、なんだかナイトストールらしき男が倒れている。
いろいろと予想外の状況に思考が停止するブルフだったが、そうこうする間にも周囲を取り巻く状況は刻一刻と変化していく。
「あれ、ボーガン先生……?」
呟いたのは、慌てて飛び出してきた一軒の民家の住民。
火事だと聞いて外に出てみればその気配はまったくないし、目の前にはなんだか街のちょっとした有名人がいるけど様子がおかしいし。
その町民が彼に声を掛けたのは、本当にただそれだけの理由だった。
――見られた。
しかし、彼の頭を占める言葉はただ一つ。
――見られたからには、始末しなければ。
実を言えば、この時点ならば立ち回りによっては彼は逃げおおせる事も不可能ではなかったのだ。事情を知る自警団はまだこの場にいたらず、光量がたりず様子を把握しきれない住民達は赤の他人の言よりもまだ知っている人間の言葉を信じるだろうから。
しかし、犯罪者にそれを察する冷静さはなかった。
いわばそれは最後の悪足掻き。自分はもうお終いだと、その事実を内心理解しながらも認めたくない。現状を拒否するあまり思考を停止させたボーガンは、ただひとつ、頭に残る言葉に従って凶行を重ねた。いや、重ねようとした。
獣のような敏捷さで包丁を拾ったボーガンだったが、すかさずその右手を鉄扇でしたたかに打ち据えられる。反射的に打たれた手首を押さえ、前かがみになったところに全体重を乗せた少女の蹴りが襲いかかった。
会心のローリングソバットが顔側面に命中、立ち上がりに対してのカウンターという形になった攻撃にあえなくボーガンは尻をつく。そして、ようやく全てを諦めたように体から力を抜いた。
「……揺れぬな」
着地したベアトリーチェの方を見ながら、しふみがぽつりと呟く。小さいが、はっきりとした呟きは娘の目をつり上げるには十分過ぎる程の破壊力を秘めていた。
「……あんですって?」
つりあがった目の中で、緑色の瞳が強い感情を秘めて爛々と輝く。まるで燃えているかのように錯覚させるほどに強い目に込められた力は、しかししふみを怯ませるには至らなかった。
「いったい何があったんですか!」
ちょうどいい――あるいは最悪の――タイミングで自警団員が到着し、なんとかその場は事なきを得たのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
「なぜ、こんな事を……」
現場での状況確認を済まし、詰め所へと向かう道の途中。団員の口を吐いたのは通りで倒れ伏す学者を見たときからずっと頭の中を占めていた言葉だ。
「何故?そんな事もわからないのかね」
問われた事すら心外だ――口調や挙措は犯罪者の思考を雄弁に物語っていた。結局、溜め息をひとつ吐いて、デキの悪い生徒に説明する教師の口調で滔々と犯行の動機を語る。
「簡単な事だよ。――誰だって、宝玉の原石をみかけたら磨いてみたくなるだろう?私もその欲求に従ったまでだ」
そう言い切るボーガンに罪悪感を感じている様子はない。語った理由が真にせよ偽にせよ、彼は今でも自分の行動が正しいと信じている確信犯なのだ。
「そんな理由で殺される方はたまったもんじゃないわね」
と、後ろからついてきているベアトリーチェ。光量が少ないこの場ではあまり目立たないが、折られかけた片腕が内出血を起こし青黒く変色しているのが痛々しい。
ボーガンは、フンと鼻を鳴らしそれ以上口を開こうとはしなかった。相変わらずの周囲の人間を馬鹿にしきった態度は『お前達凡人にこれ以上語る舌などない』という彼なりの意思表示にも見える。しふみも含め、一行は自警団員の詰め所へと足を運ぶ。
火事の知らせに一時は浮き足だった街も、半鐘は鳴らずどこかが燃えている気配もないとなれば速やかに鎮まっていく。無事詰め所にナイトストールの護送が終わる頃には、街はすっかり元の静けさを取り戻していた。
「――それにしても、私もずいぶんと馬鹿にされたものだな?」
再びボーガンが口を開いたのは、一行が自警団員の詰め所の前、東西の街道に直結する街の大通りに出た時だった。いかなる方法を以ってか、両手を縛っていた縄は既に抜け拘束状態を脱した犯罪者は、腰に括りつけてあった布袋の催眠粉が入っていたのとは違う方に手を伸ばす。
「悪あがきすんじゃないわよ!」
おたおたする自警団員を尻目にソウルシューターを構えるベア。
「私の奥の手、受けるがいい!」
ボーガンの手にある袋から桃色の粉が飛び散り自警団員に降りかかるのと同時に、ベアのソウルシューターが放たれた。しかし痛む腕の所為で狙いは僅かに逸れ、石畳を砕くだけに終わってしまう。
「げふん、なんですかこれは!?」
謎の粉を振り掛けられた自警団員はただただ混乱し、急に動悸が激しくなった自分の胸を抱きしめるばかりだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
―― 一方その頃。
「ルフト、おい、起きろよルフト!」
路上に寝転がってすやすやと安らかに眠るルフトを起こさんと、ヴォンドブルフは顔を羽根でぺちぺちと叩く。
「……やめてくださいよ……ベア、私は貴女のおもちゃでは……ひゃっ?!」
だが、どう頑張っても一向に起きる様子はない。業を煮やしたブルフは羽根を使う事を諦め、奥の手を使う事にした。
うつぶせに眠るルフトをどうにかこうにか仰向けにし、顔を自分の顔と向き合うように羽根で固定する。ブルフの視界の中でどんどんルフトの顔が大きくなっていき……
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
さく。という軽い口ごたえと共に眠り姫を目を覚ましたのだった。
夜の街を、獣の体を持つ人間が疾駆する。ブルフから状況を確認したルフトは、とりあえず自警団の詰め所を目指していた。自責と後悔の念が頭の中を渦巻く。
――マズいですね。彼女の怒る様が目に浮かぶようです……
ベアの視界に自分が入るや否や、即効で謝り倒そうという情けない決意を胸に、獣人はただひたすらに急いで自警団の詰め所を目指していた。
第十一話 『強引な平和』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ボーガン・ハロルド・自警団
場所:ゾミン市街地
――――――――――――――――
「なんていうかもう金輪際好きですからとりあえず好きです!」
「愛が動機ならしてはいけないことはない!うん、釈放!無罪!
というか好きなのであえてここに拘留!」
「僕を好きといわないと基本的に有罪です」
「ギャアーアアア―――――――!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
【薬剤名】
桃色キノコ
【効果】
服毒した者は、一番初めに視界に入った者に対して強烈な恋愛感情を抱く。
濃度が高ければ高いほどその効果は持続する。
個人差ではあるが、効果が現れている時の記憶喪失もみられる。
現在、解毒剤は未開発。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「生ゴミ詰め所だわね」
夜も明けかけた頃、ベアトリーチェは半眼で椅子に座ったまま、組んだ両足を
硬い机の上に放り出した。置いてあるネームプレートには「所長」とある。
格好はまだクリーム色のワンピースだ。先ほどと違うのは、片腕を吊っている
事ぐらいである。
「これ、女子がそんな服でそんな格好をするでない」
「大丈夫よ。スパッツはいてるし」
「…しかしなかなかうまい事を言うのう、嬢」
ほほほ、と白と赤い異国風の服を見に纏った艶やかな女が、扇子で
口元を隠しながら笑う――「生ゴミ詰め所、とはな」。
あの後。
ボーガンが放った桃色キノコの粉末は、風下にいた自警団達に
まんべんなく吹きかかると、即座にその効果を発揮した。
彼らの視線は全てボーガン本人に注がれ、自らの失態の結果にまみれながら
殺人鬼『ナイトストール』はその犯罪者としての命を失っただけではなく、
絶叫と共に人としての大事な何かもなくしかけていた。
詰め所に泊まる事になっていたらしいこの女――しふみは元より、
報酬を期待してベアトリーチェも詰め所までついてきたのだが、
まだ尋問すら始まっていない。
むしろ尋問を通り越して拷問のような形になっている。
「というかあれ絶対に普通の調合じゃなかったわよ。なんか光ってたし」
「桃色キノコ恐るべし、というところか」
放られていた自警団の制帽を指にひっかけて、くるくる回す。
「どうせあたし達に仕掛けて自分はとっとと逃げるって算段だったんだろうけど、
視界から逃げることは計算に入れていなかったわけね。要するにバカ?」
「裏目とはこの事じゃな」
ベアトリーチェは制帽を目深に被り、返事の代わりに盛大なため息をついた。
「…それより報酬…ねぇ報酬は?ていうかなんでギルド通してないの?ねぇ」
「意地というやつじゃろうかのぅ。わからんが」
「なんで男ってそういう事すんの?あーもームカつくし!!」
と、いつの間にか間近に迫ってきていたしふみが、自分の口元と
ベアトリーチェの耳元を隠すように扇子を広げて、こっそりささやいてくる。
「しかしそんな珍しい薬物がこの男の元にあるならば、今からでもこやつの
潜伏地に行って押収すれば何かめぼしいものがあるかもしれんぞ」
「あ、それ名案」
ぱっと顔を輝かせて身体を起こす。制帽を机の上に放り出し、彼女にとっては
少し高い椅子から飛び降りる。
「…これは一体どういう事かね?」
と、入り口に一人の男が現れた。私服ではあったが、間違いなく
ベアトリーチェがさきほど会った男――ハロルドである。
「あ、おじ様ー♪」
「やぁお嬢さん。こんな時間にどうしたんだ?――その怪我は?」
「いいの、そんな事はどうでも!」
「?」
ハロルドは怪訝そうな顔をしたが、ベアトリーチェの猫かぶりは止まらない。
「ねぇおじ様、それよりあたし、殺人鬼捕まえたの!凄いでしょ」
「まさか…ボーガン!あれはボーガンか!?ていうかそもそも皆どうしたんだ」
「ねーえおじ様~この字難しくて読めないの、読んでくださる?」
改めて椅子の上に上り、ぴらり、と手配書をハロルドの目の前に突き出す。
「えと…『殺人鬼ナイトストールを捕縛した者には報奨金を…』」
「報奨金?それってなーに?おじ様!」
ハロルドは報奨金についての説明を丁寧にしてくれたが、無論のこと
彼女には結論しか聞く気はなかった。
・・・★・・・
しふみとベアトリーチェが詰め所を出たのは、すっかり夜が明けて周囲が
明るくなった頃だった。
「しかし報奨金、半分くらいはこちらにくれてもよかろう?」
「えーなんでよー」
「我侭言うでない。作業分担したなら報酬も分担じゃ。それがわからぬほど
嬢は子供ではあるまい?」
「我侭が通るなら子供のままでいい~」
「ふふ、小癪な」
しふみは別段怒ったふうでもなく、閉じた扇子でちょん、とベアトリーチェの
頭を小突く。
「ベア!」
朝の光に満ちたすがすがしい空気に、凛とした声が響く。
姿を現したのは、ルフトだった。
こちらの姿をみとめると同時に、それこそ犬のように走って――
「ベア、ごめんなさ――」
「ルフト!会いたかったわ!」
目をきらきらさせ、ベアトリーチェは少女然とした黄色い声で歓声をあげながら
ソウルシューターを片手で担ぎ、泣きそうな顔で走り寄ってきたルフトを
ウィンドブルフともども思い切り吹っ飛ばした。
かくして、ゾミンの市街地は轟音とともに平和を取り戻したのであった。
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ボーガン・ハロルド・自警団
場所:ゾミン市街地
――――――――――――――――
「なんていうかもう金輪際好きですからとりあえず好きです!」
「愛が動機ならしてはいけないことはない!うん、釈放!無罪!
というか好きなのであえてここに拘留!」
「僕を好きといわないと基本的に有罪です」
「ギャアーアアア―――――――!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
【薬剤名】
桃色キノコ
【効果】
服毒した者は、一番初めに視界に入った者に対して強烈な恋愛感情を抱く。
濃度が高ければ高いほどその効果は持続する。
個人差ではあるが、効果が現れている時の記憶喪失もみられる。
現在、解毒剤は未開発。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「生ゴミ詰め所だわね」
夜も明けかけた頃、ベアトリーチェは半眼で椅子に座ったまま、組んだ両足を
硬い机の上に放り出した。置いてあるネームプレートには「所長」とある。
格好はまだクリーム色のワンピースだ。先ほどと違うのは、片腕を吊っている
事ぐらいである。
「これ、女子がそんな服でそんな格好をするでない」
「大丈夫よ。スパッツはいてるし」
「…しかしなかなかうまい事を言うのう、嬢」
ほほほ、と白と赤い異国風の服を見に纏った艶やかな女が、扇子で
口元を隠しながら笑う――「生ゴミ詰め所、とはな」。
あの後。
ボーガンが放った桃色キノコの粉末は、風下にいた自警団達に
まんべんなく吹きかかると、即座にその効果を発揮した。
彼らの視線は全てボーガン本人に注がれ、自らの失態の結果にまみれながら
殺人鬼『ナイトストール』はその犯罪者としての命を失っただけではなく、
絶叫と共に人としての大事な何かもなくしかけていた。
詰め所に泊まる事になっていたらしいこの女――しふみは元より、
報酬を期待してベアトリーチェも詰め所までついてきたのだが、
まだ尋問すら始まっていない。
むしろ尋問を通り越して拷問のような形になっている。
「というかあれ絶対に普通の調合じゃなかったわよ。なんか光ってたし」
「桃色キノコ恐るべし、というところか」
放られていた自警団の制帽を指にひっかけて、くるくる回す。
「どうせあたし達に仕掛けて自分はとっとと逃げるって算段だったんだろうけど、
視界から逃げることは計算に入れていなかったわけね。要するにバカ?」
「裏目とはこの事じゃな」
ベアトリーチェは制帽を目深に被り、返事の代わりに盛大なため息をついた。
「…それより報酬…ねぇ報酬は?ていうかなんでギルド通してないの?ねぇ」
「意地というやつじゃろうかのぅ。わからんが」
「なんで男ってそういう事すんの?あーもームカつくし!!」
と、いつの間にか間近に迫ってきていたしふみが、自分の口元と
ベアトリーチェの耳元を隠すように扇子を広げて、こっそりささやいてくる。
「しかしそんな珍しい薬物がこの男の元にあるならば、今からでもこやつの
潜伏地に行って押収すれば何かめぼしいものがあるかもしれんぞ」
「あ、それ名案」
ぱっと顔を輝かせて身体を起こす。制帽を机の上に放り出し、彼女にとっては
少し高い椅子から飛び降りる。
「…これは一体どういう事かね?」
と、入り口に一人の男が現れた。私服ではあったが、間違いなく
ベアトリーチェがさきほど会った男――ハロルドである。
「あ、おじ様ー♪」
「やぁお嬢さん。こんな時間にどうしたんだ?――その怪我は?」
「いいの、そんな事はどうでも!」
「?」
ハロルドは怪訝そうな顔をしたが、ベアトリーチェの猫かぶりは止まらない。
「ねぇおじ様、それよりあたし、殺人鬼捕まえたの!凄いでしょ」
「まさか…ボーガン!あれはボーガンか!?ていうかそもそも皆どうしたんだ」
「ねーえおじ様~この字難しくて読めないの、読んでくださる?」
改めて椅子の上に上り、ぴらり、と手配書をハロルドの目の前に突き出す。
「えと…『殺人鬼ナイトストールを捕縛した者には報奨金を…』」
「報奨金?それってなーに?おじ様!」
ハロルドは報奨金についての説明を丁寧にしてくれたが、無論のこと
彼女には結論しか聞く気はなかった。
・・・★・・・
しふみとベアトリーチェが詰め所を出たのは、すっかり夜が明けて周囲が
明るくなった頃だった。
「しかし報奨金、半分くらいはこちらにくれてもよかろう?」
「えーなんでよー」
「我侭言うでない。作業分担したなら報酬も分担じゃ。それがわからぬほど
嬢は子供ではあるまい?」
「我侭が通るなら子供のままでいい~」
「ふふ、小癪な」
しふみは別段怒ったふうでもなく、閉じた扇子でちょん、とベアトリーチェの
頭を小突く。
「ベア!」
朝の光に満ちたすがすがしい空気に、凛とした声が響く。
姿を現したのは、ルフトだった。
こちらの姿をみとめると同時に、それこそ犬のように走って――
「ベア、ごめんなさ――」
「ルフト!会いたかったわ!」
目をきらきらさせ、ベアトリーチェは少女然とした黄色い声で歓声をあげながら
ソウルシューターを片手で担ぎ、泣きそうな顔で走り寄ってきたルフトを
ウィンドブルフともども思い切り吹っ飛ばした。
かくして、ゾミンの市街地は轟音とともに平和を取り戻したのであった。
第十二話 『新しい一歩』
キャスト:ルフト しふみ ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ
場所:ゾミン市街地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
温厚な人物として知られていたボーガンが、実は街を恐怖のどん底に突き落とした連
続少女殺人事件の犯人だった。
それは、ゾミン市街地に住む者達の間で、大きな話題となった。
人は口をそろえて、こう言ったものである。
「ボーガン先生が、あんなことするなんてねぇ……人ってホントに見かけによらない
もんだ
ねぇ」
その件に関して、半信半疑だった者も、ごく少数ではあったが、いた。
しかし、最初は半信半疑だった者も、縄で後ろ手に縛られて連行されていくボーガン
の姿を見ると、即座に信じる側に回った。
連行されていく彼は、げそりと頬がこけ、目の下にはくっきりとクマが浮かび、虚ろ
な目を空に向けていた。
その上、時折頬を引きつらせて泣き笑いのような表情を浮かべては、見物人達を不気
味がらせた。
そんな有り様だったのだから、『そういうことをしそうな奴』という認識をされるの
は仕方のないことである。
実際のところ、ボーガンは男どもに寄ってたかって愛の告白をされるわ争奪戦を繰り
広げられるわという、かつてない修羅場を経験したことで精神的にまいっていただけ
なのだが。
ちなみに、この後しばらくゾミン市街地の自警団は活動を中断することになるのだ
が……それはまた別の話である。
――殺人鬼ボーガンの捕縛から数日後。
市街地と外との境目。
今日も今日とて人が出入りしている。
それは荷馬車であったり荷物を持った行商人風の人物であったり、はたまた旅人とお
ぼしき人物であったりと、多種多様である。
「これから主らはどうするつもりじゃ?」
しふみは、目の前の男女――ベアトリーチェと、それからウィンドブルフを肩に乗せ
た、布でぐるぐる巻きにした大男、ルフトに向かってそう尋ねた。
三人……ウィンドブルフも含めれば三人と一羽がいるのは、市街地と外との境目。
ベアトリーチェとルフトが外側、しふみが街側に立っている。
「今のところ特に決めてないわ。ただ、ここからはずらかるつもりよ」
そう言ってにやりと強気に微笑むベアトリーチェ。
相変わらず片腕は吊ったままだ。
どうやら彼女は医者嫌いであるとかで、何度も(主にルフトから)説得されお菓子で
釣られしたにも関わらず結局医者に行かないままである。
彼女の分の荷物はルフトが持っている。
「ふむ……」
しふみはその片腕を見つめ、何やらぼんやりと考え込む。
「……お世話になりました」
眠っていた間のことを聞かされていたルフトは礼を述べ、頭を下げた。
犯人の捕縛に協力してくれた人、という認識をしているらしい。
それに対して、気にするでない、といった言葉を返すかと思われたしふみだが……発
した言葉は大方の予想を大きく覆した。
「もうしばらく付き合うとするか」
「「「は?」」」
二人と一羽が声を上げる。
「最初に申したであろう? 通りすがりの暇人じゃ、と」
「退屈しのぎに付いて来るってわけ?」
「さよう」
いかんのかぇ? としふみは首を傾げる。
「……ま、いいけど。好きにしたら?」
ベアトリーチェは短く間を置いたが、軽く承諾の意を表した。
「ほっほっほ。ではそのように。安心いたせ、足手まといにはならぬでの」
袖口で口元を隠しつつ、しふみは笑う。
この会話にルフトが口を挟まないのは、ベアトリーチェの決断に委ねるという意味が
あるのだろう。
「……あの、荷物はないんですか?」
手荷物一つもないしふみを、さすがに不審がったのだろう。
ルフトがおずおずと声をかけてくる。
「重いものは持ち歩かぬ主義なのじゃ。ほれ」
言いつつ、しふみは懐の扇子を取り出す。
「これより重いものは、持ったことがないのでな」
くるり、と手の中で扇子をもてあそびながら、しふみはしれっと言ってのけた。
キャスト:ルフト しふみ ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ
場所:ゾミン市街地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
温厚な人物として知られていたボーガンが、実は街を恐怖のどん底に突き落とした連
続少女殺人事件の犯人だった。
それは、ゾミン市街地に住む者達の間で、大きな話題となった。
人は口をそろえて、こう言ったものである。
「ボーガン先生が、あんなことするなんてねぇ……人ってホントに見かけによらない
もんだ
ねぇ」
その件に関して、半信半疑だった者も、ごく少数ではあったが、いた。
しかし、最初は半信半疑だった者も、縄で後ろ手に縛られて連行されていくボーガン
の姿を見ると、即座に信じる側に回った。
連行されていく彼は、げそりと頬がこけ、目の下にはくっきりとクマが浮かび、虚ろ
な目を空に向けていた。
その上、時折頬を引きつらせて泣き笑いのような表情を浮かべては、見物人達を不気
味がらせた。
そんな有り様だったのだから、『そういうことをしそうな奴』という認識をされるの
は仕方のないことである。
実際のところ、ボーガンは男どもに寄ってたかって愛の告白をされるわ争奪戦を繰り
広げられるわという、かつてない修羅場を経験したことで精神的にまいっていただけ
なのだが。
ちなみに、この後しばらくゾミン市街地の自警団は活動を中断することになるのだ
が……それはまた別の話である。
――殺人鬼ボーガンの捕縛から数日後。
市街地と外との境目。
今日も今日とて人が出入りしている。
それは荷馬車であったり荷物を持った行商人風の人物であったり、はたまた旅人とお
ぼしき人物であったりと、多種多様である。
「これから主らはどうするつもりじゃ?」
しふみは、目の前の男女――ベアトリーチェと、それからウィンドブルフを肩に乗せ
た、布でぐるぐる巻きにした大男、ルフトに向かってそう尋ねた。
三人……ウィンドブルフも含めれば三人と一羽がいるのは、市街地と外との境目。
ベアトリーチェとルフトが外側、しふみが街側に立っている。
「今のところ特に決めてないわ。ただ、ここからはずらかるつもりよ」
そう言ってにやりと強気に微笑むベアトリーチェ。
相変わらず片腕は吊ったままだ。
どうやら彼女は医者嫌いであるとかで、何度も(主にルフトから)説得されお菓子で
釣られしたにも関わらず結局医者に行かないままである。
彼女の分の荷物はルフトが持っている。
「ふむ……」
しふみはその片腕を見つめ、何やらぼんやりと考え込む。
「……お世話になりました」
眠っていた間のことを聞かされていたルフトは礼を述べ、頭を下げた。
犯人の捕縛に協力してくれた人、という認識をしているらしい。
それに対して、気にするでない、といった言葉を返すかと思われたしふみだが……発
した言葉は大方の予想を大きく覆した。
「もうしばらく付き合うとするか」
「「「は?」」」
二人と一羽が声を上げる。
「最初に申したであろう? 通りすがりの暇人じゃ、と」
「退屈しのぎに付いて来るってわけ?」
「さよう」
いかんのかぇ? としふみは首を傾げる。
「……ま、いいけど。好きにしたら?」
ベアトリーチェは短く間を置いたが、軽く承諾の意を表した。
「ほっほっほ。ではそのように。安心いたせ、足手まといにはならぬでの」
袖口で口元を隠しつつ、しふみは笑う。
この会話にルフトが口を挟まないのは、ベアトリーチェの決断に委ねるという意味が
あるのだろう。
「……あの、荷物はないんですか?」
手荷物一つもないしふみを、さすがに不審がったのだろう。
ルフトがおずおずと声をかけてくる。
「重いものは持ち歩かぬ主義なのじゃ。ほれ」
言いつつ、しふみは懐の扇子を取り出す。
「これより重いものは、持ったことがないのでな」
くるり、と手の中で扇子をもてあそびながら、しふみはしれっと言ってのけた。
第十三話 『枯れない砂漠』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ
場所:ムーラン
――――――――――――――――
朝。
豪奢な天蓋つきベッドから身を起こす。
砂よけのために二重になっている窓から差し込む光は、依然として強い。
が、壁に施された冷気の呪符が部屋のすみずみまで涼を満たしていた。
くああ、と豪快にあくびをしながら、彼女一人で使うには広すぎるベッドから
降りる。ひんやりとした大理石の床は、磨き上げられて鏡のように
ベアトリーチェの姿を上下逆さまに映し出した。
だぼついたネグリジェのすそを引きずりながら、洗面台に向かう。
あの夜から、一ヶ月が経過していた。
その間一行はゾミンからムーランへと渡り、ベアトリーチェの腕も完治した。
医者にはかかっていないが、もともと大した怪我でもなかったのだから
よかったといえばよかったのだろう。
顔を洗い、柔らかで清潔なタオルで拭きとって。
「さて♪」
浮かれ気分で、部屋の端まで向かう。
一見すると壁だが、取っ手がある。それを両手で思い切り開くと。
そこには、何着もの服がずらりと並んでいた――
・・・★・・・
ムーランの民族衣装に身を包んだベアトリーチェは、鼻歌まじりに
自分の部屋を出た。無論、他の部屋も豪華を極めている。
短い廊下を渡り終えると、そこは吹き抜けだった。今いる2階から、
階段ごしに1階を望むことができる。
石造りの壁には細かい文様が彫られ、それは天井にまで達している。
天窓は吹き抜けをまっすぐ貫き、真下の噴水を照らし出していた。
蓮をうかべた噴水は陽光を受けて虹を作りだし、中央にすえられた
女神の像はそれを纏うように、今日も笑顔で立っている。
砂漠に囲まれたムーランで、これほどの噴水を見ることはそうそうない。
猛暑と砂に苛まれているこの地に噴水があろうものなら、一夜を待たずして
空になるに違いない。市民に飲まれて。
2階からそれらを見下ろし、ベアトリーチェは満足そうに笑みをこぼすと、
絨毯が敷かれた階段を下りる。その途中で、1階にいたルフトが礼儀正しく
挨拶をしてきた。手には銀盆を持ち、上には涼しげなガラスの器に盛られた
フルーツの山がある。
「おはようございます、ベア」
「おはよー」
ルフトの肩に止まっていた鷹――ウィンドブルフが、ばさっと、飛び立つ。
彼は羽を広げればかなりの大きさになるが、室内だというのに窮屈そうな様子も
なく悠々とベアトリーチェの前に降り立つ。
「もう昼だぜー?起こしにいってやろうかと思ったぐれーだ」
「こういう時は寝坊してなんぼなの」
へっ、と鳥らしからぬ笑いをこぼして、ふたたびウィンドブルフは飛び立った。
階段を逆撫でするように滑空し、壁の手前で急上昇していっきに天窓あたりへ
たどり着く。そのまま2階を経由して、噴水の水を足で跳ね上げてからルフトの
肩へと収まった。
「遅かったのぅ」
階段を降りきると、1階の奥から赤毛の美女が声をかけてくる。彼女は
窓際よりの一段高いスペースに陣取って、サテンの刺繍がほどこされた
クッションに肘をつき、優雅に身を横たえていた。
彼女――しふみもまた、ムーランの民族衣装で着飾っていた。
おもむろに横手にあった杯にジュースを注いで、こちらに渡してくる。
ベアトリーチェはそれを受け取ると、しふみの隣に座って彼女の杯に
自分の杯をこつん、とあてて飲み干した。
殺人鬼「ナイトストール」捕縛から約一ヶ月――
莫大な報奨金を手にした一行は、『蜃気楼の都』ムーランのとあるホテルで、
なんていうかまぁぶっちゃけ豪遊していた。
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ
場所:ムーラン
――――――――――――――――
朝。
豪奢な天蓋つきベッドから身を起こす。
砂よけのために二重になっている窓から差し込む光は、依然として強い。
が、壁に施された冷気の呪符が部屋のすみずみまで涼を満たしていた。
くああ、と豪快にあくびをしながら、彼女一人で使うには広すぎるベッドから
降りる。ひんやりとした大理石の床は、磨き上げられて鏡のように
ベアトリーチェの姿を上下逆さまに映し出した。
だぼついたネグリジェのすそを引きずりながら、洗面台に向かう。
あの夜から、一ヶ月が経過していた。
その間一行はゾミンからムーランへと渡り、ベアトリーチェの腕も完治した。
医者にはかかっていないが、もともと大した怪我でもなかったのだから
よかったといえばよかったのだろう。
顔を洗い、柔らかで清潔なタオルで拭きとって。
「さて♪」
浮かれ気分で、部屋の端まで向かう。
一見すると壁だが、取っ手がある。それを両手で思い切り開くと。
そこには、何着もの服がずらりと並んでいた――
・・・★・・・
ムーランの民族衣装に身を包んだベアトリーチェは、鼻歌まじりに
自分の部屋を出た。無論、他の部屋も豪華を極めている。
短い廊下を渡り終えると、そこは吹き抜けだった。今いる2階から、
階段ごしに1階を望むことができる。
石造りの壁には細かい文様が彫られ、それは天井にまで達している。
天窓は吹き抜けをまっすぐ貫き、真下の噴水を照らし出していた。
蓮をうかべた噴水は陽光を受けて虹を作りだし、中央にすえられた
女神の像はそれを纏うように、今日も笑顔で立っている。
砂漠に囲まれたムーランで、これほどの噴水を見ることはそうそうない。
猛暑と砂に苛まれているこの地に噴水があろうものなら、一夜を待たずして
空になるに違いない。市民に飲まれて。
2階からそれらを見下ろし、ベアトリーチェは満足そうに笑みをこぼすと、
絨毯が敷かれた階段を下りる。その途中で、1階にいたルフトが礼儀正しく
挨拶をしてきた。手には銀盆を持ち、上には涼しげなガラスの器に盛られた
フルーツの山がある。
「おはようございます、ベア」
「おはよー」
ルフトの肩に止まっていた鷹――ウィンドブルフが、ばさっと、飛び立つ。
彼は羽を広げればかなりの大きさになるが、室内だというのに窮屈そうな様子も
なく悠々とベアトリーチェの前に降り立つ。
「もう昼だぜー?起こしにいってやろうかと思ったぐれーだ」
「こういう時は寝坊してなんぼなの」
へっ、と鳥らしからぬ笑いをこぼして、ふたたびウィンドブルフは飛び立った。
階段を逆撫でするように滑空し、壁の手前で急上昇していっきに天窓あたりへ
たどり着く。そのまま2階を経由して、噴水の水を足で跳ね上げてからルフトの
肩へと収まった。
「遅かったのぅ」
階段を降りきると、1階の奥から赤毛の美女が声をかけてくる。彼女は
窓際よりの一段高いスペースに陣取って、サテンの刺繍がほどこされた
クッションに肘をつき、優雅に身を横たえていた。
彼女――しふみもまた、ムーランの民族衣装で着飾っていた。
おもむろに横手にあった杯にジュースを注いで、こちらに渡してくる。
ベアトリーチェはそれを受け取ると、しふみの隣に座って彼女の杯に
自分の杯をこつん、とあてて飲み干した。
殺人鬼「ナイトストール」捕縛から約一ヶ月――
莫大な報奨金を手にした一行は、『蜃気楼の都』ムーランのとあるホテルで、
なんていうかまぁぶっちゃけ豪遊していた。