第十話『決め技はローリング・ソバット』
PC:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト
場所:ゾミン
NPC:ボーガン、自警団員
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「火事だー!火事だったら火事だー……」
風を制御して狭い範囲に住む人々へ確実に声が伝わるように工夫しながら、ブルフは声が嗄れるまで叫び続けた。その甲斐あってか何軒かの明かりがついて人がでてくるような気配がするのを確認して、ブルフは再び街へと舞い降りる。自警団はこれで気づいてきてくれるはずだが、ナイトストールの捕縛がうまくいっているかどうかが心配だった。
「……って、何してんだー!?」
降りてきたブルフを迎えたのは、対峙するおっきな赤毛とちっさな赤毛。おっきな赤毛――通りすがりのねーちゃんの足元には、なんだかナイトストールらしき男が倒れている。
いろいろと予想外の状況に思考が停止するブルフだったが、そうこうする間にも周囲を取り巻く状況は刻一刻と変化していく。
「あれ、ボーガン先生……?」
呟いたのは、慌てて飛び出してきた一軒の民家の住民。
火事だと聞いて外に出てみればその気配はまったくないし、目の前にはなんだか街のちょっとした有名人がいるけど様子がおかしいし。
その町民が彼に声を掛けたのは、本当にただそれだけの理由だった。
――見られた。
しかし、彼の頭を占める言葉はただ一つ。
――見られたからには、始末しなければ。
実を言えば、この時点ならば立ち回りによっては彼は逃げおおせる事も不可能ではなかったのだ。事情を知る自警団はまだこの場にいたらず、光量がたりず様子を把握しきれない住民達は赤の他人の言よりもまだ知っている人間の言葉を信じるだろうから。
しかし、犯罪者にそれを察する冷静さはなかった。
いわばそれは最後の悪足掻き。自分はもうお終いだと、その事実を内心理解しながらも認めたくない。現状を拒否するあまり思考を停止させたボーガンは、ただひとつ、頭に残る言葉に従って凶行を重ねた。いや、重ねようとした。
獣のような敏捷さで包丁を拾ったボーガンだったが、すかさずその右手を鉄扇でしたたかに打ち据えられる。反射的に打たれた手首を押さえ、前かがみになったところに全体重を乗せた少女の蹴りが襲いかかった。
会心のローリングソバットが顔側面に命中、立ち上がりに対してのカウンターという形になった攻撃にあえなくボーガンは尻をつく。そして、ようやく全てを諦めたように体から力を抜いた。
「……揺れぬな」
着地したベアトリーチェの方を見ながら、しふみがぽつりと呟く。小さいが、はっきりとした呟きは娘の目をつり上げるには十分過ぎる程の破壊力を秘めていた。
「……あんですって?」
つりあがった目の中で、緑色の瞳が強い感情を秘めて爛々と輝く。まるで燃えているかのように錯覚させるほどに強い目に込められた力は、しかししふみを怯ませるには至らなかった。
「いったい何があったんですか!」
ちょうどいい――あるいは最悪の――タイミングで自警団員が到着し、なんとかその場は事なきを得たのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
「なぜ、こんな事を……」
現場での状況確認を済まし、詰め所へと向かう道の途中。団員の口を吐いたのは通りで倒れ伏す学者を見たときからずっと頭の中を占めていた言葉だ。
「何故?そんな事もわからないのかね」
問われた事すら心外だ――口調や挙措は犯罪者の思考を雄弁に物語っていた。結局、溜め息をひとつ吐いて、デキの悪い生徒に説明する教師の口調で滔々と犯行の動機を語る。
「簡単な事だよ。――誰だって、宝玉の原石をみかけたら磨いてみたくなるだろう?私もその欲求に従ったまでだ」
そう言い切るボーガンに罪悪感を感じている様子はない。語った理由が真にせよ偽にせよ、彼は今でも自分の行動が正しいと信じている確信犯なのだ。
「そんな理由で殺される方はたまったもんじゃないわね」
と、後ろからついてきているベアトリーチェ。光量が少ないこの場ではあまり目立たないが、折られかけた片腕が内出血を起こし青黒く変色しているのが痛々しい。
ボーガンは、フンと鼻を鳴らしそれ以上口を開こうとはしなかった。相変わらずの周囲の人間を馬鹿にしきった態度は『お前達凡人にこれ以上語る舌などない』という彼なりの意思表示にも見える。しふみも含め、一行は自警団員の詰め所へと足を運ぶ。
火事の知らせに一時は浮き足だった街も、半鐘は鳴らずどこかが燃えている気配もないとなれば速やかに鎮まっていく。無事詰め所にナイトストールの護送が終わる頃には、街はすっかり元の静けさを取り戻していた。
「――それにしても、私もずいぶんと馬鹿にされたものだな?」
再びボーガンが口を開いたのは、一行が自警団員の詰め所の前、東西の街道に直結する街の大通りに出た時だった。いかなる方法を以ってか、両手を縛っていた縄は既に抜け拘束状態を脱した犯罪者は、腰に括りつけてあった布袋の催眠粉が入っていたのとは違う方に手を伸ばす。
「悪あがきすんじゃないわよ!」
おたおたする自警団員を尻目にソウルシューターを構えるベア。
「私の奥の手、受けるがいい!」
ボーガンの手にある袋から桃色の粉が飛び散り自警団員に降りかかるのと同時に、ベアのソウルシューターが放たれた。しかし痛む腕の所為で狙いは僅かに逸れ、石畳を砕くだけに終わってしまう。
「げふん、なんですかこれは!?」
謎の粉を振り掛けられた自警団員はただただ混乱し、急に動悸が激しくなった自分の胸を抱きしめるばかりだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
―― 一方その頃。
「ルフト、おい、起きろよルフト!」
路上に寝転がってすやすやと安らかに眠るルフトを起こさんと、ヴォンドブルフは顔を羽根でぺちぺちと叩く。
「……やめてくださいよ……ベア、私は貴女のおもちゃでは……ひゃっ?!」
だが、どう頑張っても一向に起きる様子はない。業を煮やしたブルフは羽根を使う事を諦め、奥の手を使う事にした。
うつぶせに眠るルフトをどうにかこうにか仰向けにし、顔を自分の顔と向き合うように羽根で固定する。ブルフの視界の中でどんどんルフトの顔が大きくなっていき……
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
さく。という軽い口ごたえと共に眠り姫を目を覚ましたのだった。
夜の街を、獣の体を持つ人間が疾駆する。ブルフから状況を確認したルフトは、とりあえず自警団の詰め所を目指していた。自責と後悔の念が頭の中を渦巻く。
――マズいですね。彼女の怒る様が目に浮かぶようです……
ベアの視界に自分が入るや否や、即効で謝り倒そうという情けない決意を胸に、獣人はただひたすらに急いで自警団の詰め所を目指していた。
PC:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト
場所:ゾミン
NPC:ボーガン、自警団員
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「火事だー!火事だったら火事だー……」
風を制御して狭い範囲に住む人々へ確実に声が伝わるように工夫しながら、ブルフは声が嗄れるまで叫び続けた。その甲斐あってか何軒かの明かりがついて人がでてくるような気配がするのを確認して、ブルフは再び街へと舞い降りる。自警団はこれで気づいてきてくれるはずだが、ナイトストールの捕縛がうまくいっているかどうかが心配だった。
「……って、何してんだー!?」
降りてきたブルフを迎えたのは、対峙するおっきな赤毛とちっさな赤毛。おっきな赤毛――通りすがりのねーちゃんの足元には、なんだかナイトストールらしき男が倒れている。
いろいろと予想外の状況に思考が停止するブルフだったが、そうこうする間にも周囲を取り巻く状況は刻一刻と変化していく。
「あれ、ボーガン先生……?」
呟いたのは、慌てて飛び出してきた一軒の民家の住民。
火事だと聞いて外に出てみればその気配はまったくないし、目の前にはなんだか街のちょっとした有名人がいるけど様子がおかしいし。
その町民が彼に声を掛けたのは、本当にただそれだけの理由だった。
――見られた。
しかし、彼の頭を占める言葉はただ一つ。
――見られたからには、始末しなければ。
実を言えば、この時点ならば立ち回りによっては彼は逃げおおせる事も不可能ではなかったのだ。事情を知る自警団はまだこの場にいたらず、光量がたりず様子を把握しきれない住民達は赤の他人の言よりもまだ知っている人間の言葉を信じるだろうから。
しかし、犯罪者にそれを察する冷静さはなかった。
いわばそれは最後の悪足掻き。自分はもうお終いだと、その事実を内心理解しながらも認めたくない。現状を拒否するあまり思考を停止させたボーガンは、ただひとつ、頭に残る言葉に従って凶行を重ねた。いや、重ねようとした。
獣のような敏捷さで包丁を拾ったボーガンだったが、すかさずその右手を鉄扇でしたたかに打ち据えられる。反射的に打たれた手首を押さえ、前かがみになったところに全体重を乗せた少女の蹴りが襲いかかった。
会心のローリングソバットが顔側面に命中、立ち上がりに対してのカウンターという形になった攻撃にあえなくボーガンは尻をつく。そして、ようやく全てを諦めたように体から力を抜いた。
「……揺れぬな」
着地したベアトリーチェの方を見ながら、しふみがぽつりと呟く。小さいが、はっきりとした呟きは娘の目をつり上げるには十分過ぎる程の破壊力を秘めていた。
「……あんですって?」
つりあがった目の中で、緑色の瞳が強い感情を秘めて爛々と輝く。まるで燃えているかのように錯覚させるほどに強い目に込められた力は、しかししふみを怯ませるには至らなかった。
「いったい何があったんですか!」
ちょうどいい――あるいは最悪の――タイミングで自警団員が到着し、なんとかその場は事なきを得たのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
「なぜ、こんな事を……」
現場での状況確認を済まし、詰め所へと向かう道の途中。団員の口を吐いたのは通りで倒れ伏す学者を見たときからずっと頭の中を占めていた言葉だ。
「何故?そんな事もわからないのかね」
問われた事すら心外だ――口調や挙措は犯罪者の思考を雄弁に物語っていた。結局、溜め息をひとつ吐いて、デキの悪い生徒に説明する教師の口調で滔々と犯行の動機を語る。
「簡単な事だよ。――誰だって、宝玉の原石をみかけたら磨いてみたくなるだろう?私もその欲求に従ったまでだ」
そう言い切るボーガンに罪悪感を感じている様子はない。語った理由が真にせよ偽にせよ、彼は今でも自分の行動が正しいと信じている確信犯なのだ。
「そんな理由で殺される方はたまったもんじゃないわね」
と、後ろからついてきているベアトリーチェ。光量が少ないこの場ではあまり目立たないが、折られかけた片腕が内出血を起こし青黒く変色しているのが痛々しい。
ボーガンは、フンと鼻を鳴らしそれ以上口を開こうとはしなかった。相変わらずの周囲の人間を馬鹿にしきった態度は『お前達凡人にこれ以上語る舌などない』という彼なりの意思表示にも見える。しふみも含め、一行は自警団員の詰め所へと足を運ぶ。
火事の知らせに一時は浮き足だった街も、半鐘は鳴らずどこかが燃えている気配もないとなれば速やかに鎮まっていく。無事詰め所にナイトストールの護送が終わる頃には、街はすっかり元の静けさを取り戻していた。
「――それにしても、私もずいぶんと馬鹿にされたものだな?」
再びボーガンが口を開いたのは、一行が自警団員の詰め所の前、東西の街道に直結する街の大通りに出た時だった。いかなる方法を以ってか、両手を縛っていた縄は既に抜け拘束状態を脱した犯罪者は、腰に括りつけてあった布袋の催眠粉が入っていたのとは違う方に手を伸ばす。
「悪あがきすんじゃないわよ!」
おたおたする自警団員を尻目にソウルシューターを構えるベア。
「私の奥の手、受けるがいい!」
ボーガンの手にある袋から桃色の粉が飛び散り自警団員に降りかかるのと同時に、ベアのソウルシューターが放たれた。しかし痛む腕の所為で狙いは僅かに逸れ、石畳を砕くだけに終わってしまう。
「げふん、なんですかこれは!?」
謎の粉を振り掛けられた自警団員はただただ混乱し、急に動悸が激しくなった自分の胸を抱きしめるばかりだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
―― 一方その頃。
「ルフト、おい、起きろよルフト!」
路上に寝転がってすやすやと安らかに眠るルフトを起こさんと、ヴォンドブルフは顔を羽根でぺちぺちと叩く。
「……やめてくださいよ……ベア、私は貴女のおもちゃでは……ひゃっ?!」
だが、どう頑張っても一向に起きる様子はない。業を煮やしたブルフは羽根を使う事を諦め、奥の手を使う事にした。
うつぶせに眠るルフトをどうにかこうにか仰向けにし、顔を自分の顔と向き合うように羽根で固定する。ブルフの視界の中でどんどんルフトの顔が大きくなっていき……
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
さく。という軽い口ごたえと共に眠り姫を目を覚ましたのだった。
夜の街を、獣の体を持つ人間が疾駆する。ブルフから状況を確認したルフトは、とりあえず自警団の詰め所を目指していた。自責と後悔の念が頭の中を渦巻く。
――マズいですね。彼女の怒る様が目に浮かぶようです……
ベアの視界に自分が入るや否や、即効で謝り倒そうという情けない決意を胸に、獣人はただひたすらに急いで自警団の詰め所を目指していた。
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