忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/17 08:00 |
天使と空と優しい雨~第六話~/エンジュ(千鳥)
:エンジュside【2】  
--------------------------------------------------
『ただのごく潰し』
--------------------------------------------------
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)
場所:宿屋
--------------------------------------------------
 扉を開けて、最初に目に入ったのは、不思議そうに己の後ろを見やる、レインの姿
だった。
 彼女の視線の矛先を追って、エンジュは振り返り、合点が行く。
 そこには、エンジュの手によって乱された髪を撫で付けるシエルが居た。
 そして昨晩と、今ではシエルの見た目はまるで違う。
 もともと、太陽に馴染まぬ体質である。
 室内であっても、仮面と、身体をしっかりと覆う衣服を身に着けた現在のシエル
は、月下で見た時のレインと記憶とだいぶ食い違っているのであろう。

「あの・・・そちらは」
「昨日アナタが出会った純白のSleeping Beautyよ。美人だから、昼間は顔を晒した
くなんだってさ」
「……エンジュ」

 エンジュの言葉に、シエルが仮面の奥から冷たい視線を向けたが、直ぐに口元に笑
みを作るとレインに話しかけた。

「シエルよ。確か・・・レインだったわよね」

 レインと出会った瞬間に、シエルは魔力の行使による疲労で意識を手放した。
 故に、二人のとってはこれが最初の交流と言えるだろう。

「はい、レインです。宜しくお願いします、シエルさん」

 深々と、丁寧なお辞儀をした少女にシエルも好感を持ったようだった。
 二人の短い挨拶が済むと、エンジュが待ちきれない様子で手を擦り合わせながら言
った。

「じゃ、下でご飯でも食べましょうか!」
「エンジュはそればっかね。良かったら貴方も一緒にどう?」
 
 既に二人を置いて下へと降りていくエンジュに飽きれながらシエルはレインを誘
う。
 少し悩む仕草をしてから、小さくレインは頷いた。


 ☆★☆★☆★

 「・・・なんつーかさ、この町に来てから、姉さん、女遊びが激しくない?」

 賑やかな朝の食堂で、エンジュが探し当てた人物の開口一番がこれだった。

「アンタ程じゃないわよ。」
「おはよう。ユークリッド君」
「あぁ、おはよう、シエルさん」

 シエルの挨拶に如才無く答えたユークリッドは、再びその鈍色の瞳をレインに向け
た。
 無表情の時は、冷たく鋭い眼光も、こうして人と接するときは人懐っこい。
 エンジュとよく似通った容姿は女顔で、かなり良い方に部類されるものだったの
で、女受けも良かった。警戒していたレインもその様子に少し緊張を解いたようであ
った。
 
「うちの姉さんに捕まるとは、君も不運だな。一体何があったんだ?」
「あー、レイン?この減らず口ばかり叩いてる男が、不本意ながら私の知り合いの情
報屋よ。ユークリッド・・・ユークリッド・ローダ・アージェント。一応、見りゃ分
かる
わね、血縁者。・・・あぁ、座って」

 エンジュはユークリッドの横に座ると、立ったままの二人に席を勧めた。
 知った仲の集まりに、他から来た者が混ざるのは居心地が悪い。畏まったレインは
大人しく二人の様子を眺めていた。
 その様子はそれで愛らしかったが、このメンバーに押されるようでは困る。
 そんな事をエンジュは考えていた。なぜならレインは今、部外者ではなく、当事者
になろうとしているのだから。
 故に、メニューを注文した後、エンジュは何の前置きもなしに本題を切り出すこと
にした。

「私の魔力と、シエルのアルジャン、あと…レインの呪符が盗られたわ」
「はぁ!?」

 案の定、ユークリッドが素っ頓狂な声を上げる。3つのうち、後の2つなら、それ
ほど驚くことではなかったが、魔力となると流石に驚かない者は居まい。 

「盗むって・・・どうやって!?姉さんのを?」
「それじゃあ、正確じゃないわよエンジュ。私達は、ある商人に代金の代わりにそれ
らを取られたの」
「それも殆ど無理やりなんです!商品を手に取った瞬間、押し付けられるよう
に・・・。
断ると一週間のお試し期間ですからって、返してもらえなくて!」

 レインの説明は語尾が少し荒かった。もしかしたら、盗られたときに身体に触られ
た事を思い出して憤っているのかもしれない。 

「そんな風体の商人だ?」

 男。年齢は不詳。帽子を深く被って、見た目は中年に見えたが、声は意外に若い。
 三人が挙げたものは、特徴とすら言い難いものだった。
 それでも、ユークリッドは渋い顔で答えた。
 
「多分、俺はその商人を知ってる・・・」
「ほんと!?」
「あぁ、『渡り商人』のオーガスだ」
「オーガス…?」

 3人は神妙な顔で、情報屋の端正な顔を見た。

「島国出身の…元々は島の貿易商だったらしいんだが、金銀以外は硬貨に興味のない
男でね。なんつーんだ?『物物交換』ってのがやつの主義なんだ」
「随分詳しいのね、ユークリッド」
「だって、俺も少し前にやつの商品を買ったからな」
「「「えー!?」」」

 今度は、3人同時に声があがる。
 女が3人集まってなんとやら。ユークリッドが片耳を指でふさぎながら、首をかし
げた。

「でも、見る目もあるし真っ当な商人って感じだったがな…」
「女から物をぶんどる商人のドコがまっとーってゆーのよ!」
「そうですよ!!そりゃあ、確かに綺麗だけど…」

 レインは懐から小さな子供の天使の像を取り出した。丁寧にクリーム色の布に包ま
れているソレは、腰をかがめて、今にも飛びあがりそうな躍動感があった。
 エンジュが持っているのも同様に天使の像だったが、これはレインのものとは異な
り、祈りを捧げる清楚な女の天使だった。 

「天使の像が二つに…私のは羽飾りよ。意味深ね」

 仮面の麗人―――シエルが口元だけで笑う。

「3人バラバラって事は価値も違うのかしら?だいたい、私の魔力と同等の価値のあ
る銅像って一体どんな代物よ!?」
「へんに弄ると壊れるぜ、ねーさん。取り返しが付かなくなっちまう」」
「で、その商人だけど、特殊な能力者か何かなの?アイツ、私の魔法をさらっと使っ
て見せたわよ」
「そんなこと、聞いたことないな。しかし、ねーさんの魔法が使えるって事はシエル
さんのアルジャンも使えるわけだ?」
「多分ね。でも、レイン…貴女の取られたのは、呪符って言ってたわよね。何の?」

 シエルの問いに、レインは一句一句噛み締めるように、言葉をつむいだ。
 もしかしたら、外には漏らすことの出来ない特別な物なのだろうか…?

「式の…。私にしか、扱うことの出来ないはずの、物です」

 一瞬テーブルに沈黙が落ちた。
 しかし、深刻な話題も長くは続かない。
 エンジュの目的は別のところにあったのだから。

「それより、メニュー頼むわよ」

 ☆★☆★☆★

 しばらくして、シエルには紅茶、あまり朝は食べない体質らしい、レインには塩胡
椒で調味された鶏のリゾットが置かれた。
 そして、エンジュには・・・

「・・・・・・!?」
「びっくりした?でも、ほんとこの量はエンジュにとっては文字通り朝飯前だから」

 思わず箸の止まるレインの顔を面白そうに覗き込みながらシエルが言った。
 カニのスクランブルエッグに、クラムチャウダー、大きく切られたパン、厚切りハ
ム、リンゴとチーズのサラダ、ヤマモモのヨーグルト添え・・・・・・の二人前。

「最近仕事してないみたいだけど、金の方大丈夫なのか?姉さん」

 そもそもユークリッドがエンジュと待ち合わせたのは仕事を斡旋するためだった。
 Bランクのエンジュはギルドからの恩恵で多少、宿等は融通が利くが、この食欲ば
かりはなんともなるまい。
 あの商人の言うとおり、一週間で魔力が戻ってこればいいのだが・・・。

「・・・・・・出来ると思う?」 
「無理だナァ。俺が持ってきたのは、Bランクの姉さんに見合った仕事だ。魔法が使
えないんじゃな・・・・・・」

 そこで、ふと前の席の二人を見る。
 彼女達の実力は知らなかったが、旅をする者である限り全くの無力というわけでは
ないだろう・・・。
 ユークリッドの思うところが分かったのか、無理だと言うようにシエルとレインは
合わせて首を横に振った。

「あら、そう言えば・・・前言ってたわよねエンジュ」
「んー?」
「ほら、貴女が普通以上に食べる理由。『エルフと同等の魔力を行使するのには、ハ
ーフエルフの自分には負担が大き過ぎるから、余分に食べるんだ』って。魔法が使え
ないなら、そんなに食べる必要ないんじゃない?」

 エンジュの場合、その一週間の食事を抑えればぐっと支出は減るのではないか?
 シエルの疑問を、過去の自分の言葉でありながら、エンジュは一蹴した。 

「知らないわよ。だって普通にお腹が空くんだもの」
「「「・・・・・・・」」」

 魔法も使えないエルフ、仕事も出来ないハンター。
 ならば、それは他ならぬ、 

「それって・・・ごく潰し?」

 シエルが呟いた言葉はかなり的を得ていた。
PR

2007/02/10 21:07 | Comments(0) | TrackBack() | ●天使と空と優しい雨
天使と空と優しい雨~第七話~/シエル(マリムラ)
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)
場所:宿屋の食堂
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 シエルは呆れた目でエンジュの食事風景を眺めていた。
 なんというか、口を出す気さえ失せるほどの豪快な食べっぷり。ユークリッドにと
っては当たり前なのかもしれないが、レインに至っては自分の食事をとる手が止まる
くらいに気をとられているようだった。

 レインは私達に付いてきた。ということは、協力して取り返すという気持ちはある
のだろうか。いや、ただ押しが弱いだけだったらどうしよう。彼女は巻き込むべきで
はないのかもしれない。エンジュの魔力を行使できる以上、タダの泥棒とは桁違いに
危険な相手なのは明白だ。しかし、一人でも戦力が欲しいのは確か。私は風に頼りす
ぎると昏睡状態に陥ってしまうワケだし、エンジュだって今までのように魔法を行使
できないのだから。

 紅茶の入ったカップを傾けながら、シエルはレインを見ていた。仮面のせいで何を
見ているか大抵は分かりづらいのだが、見られている本人は視線を感じるのだろう。
レインと視線がぶつかる。緊張しているのが見て取れるが……いつまでもお客様のま
までは埒がかない。初対面のこんな怪しい格好の人とうち解けろと言うのも難しいの
は分かっているのだ。しかし、ソレを抜きにしても……

「昔から人見知りするほう?」

「え、いや、そうでもないですよ?結構誰でも仲良くなれちゃったりとか、あ、でも
やっぱり綺麗な人がいると緊張しちゃいますよね」

 ……大丈夫なんだろうか。とりあえずユークリッドくんに色目を使わないだけでヨ
シとするべきかな。イイ子そうなんだけど、気を使われると気を使ってしまう。

 カップに残った紅茶は半分、その間にエンジュは8割方食べ終えている。ようやく
半分くらい食したらしいレインは、ユークリッドくんになにやら吹き込まれているよ
うだった。

「入れ知恵するなら見えないトコでやんなさい」

「そんなんじゃないよ姉さん」

 何を言ったかまでは聞いていなかった。聴こうと思えば聞けたけど、わざわざ風を
使ってまで内緒話を聴こうとは思わないし。ただ、レインの表情が軟らかくなったの
で少し気が楽になった。ありがとうユークリッドくん、ここでは何故か一番普通の人
に見えるから不思議よね。

「ねぇエンジュ」

「なに?」

「急いだ方が良さそう、とか思わない?」

「まぁね。でも“腹が減っては戦は出来ない”って言うでしょ?」

 戦が無くても食べるでしょ?……とは、言わないでおくことにした。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「んー!じゃいこっか!」

「あんなに怒ってたのに、食べると機嫌いいんだから」

「あら、ちゃんと怒ってるわよ?」

 顔はしっかり笑顔で答えるエンジュに、レインが笑いかける。最初の頃の緊張感も
薄らいで、なんだか空気になじんできたような気もする。親友が増えるか知り合いで
止まるか、シエルはまだ計りかねていた。


2007/02/10 21:07 | Comments(0) | TrackBack() | ●天使と空と優しい雨
天使と空と優しい雨~第8話~/レイン(魅流)
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)
場所:宿屋の食堂
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 本当に、驚いた。
 いかに自分が先入観でものを見ていたっていうコトを思い知らされる。
 そう、いくらエルフだって人と意思疎通ができるって事は思考形態が似てるって事なんだから、一口に人て言ったっていろんな人がいるみたいに、肉をたくさん食べるエルフさんがいてもおかしくない……んじゃないかな、多分。
 よく考えたら、エンジュさんはいろんな意味で私にとってのエルフのイメージを変えてくれる人だと思う。
 さっきも知り合いらしい男の人にまた女遊びがどうとか言われていたし、シエルさんとはそういう関係なんだろうか?ちょっと踏み込んではイケナイ世界のような気がするんだけど、激しいってコトはもしかして私も勘定に入ってるのかな。
 ……私ったら何を想像してるんだろう。唯でさえ遅れ気味な食事のペースが、さらに遅くなっちゃった。

「昔から人見知りするほう?」

 正面にいたシエルさんの質問。
 どう聞いても普通の質問なんだけど、その裏はやっぱりイケナイ関係へのお誘い第一歩なのかな。

「え、いや、そうでもないですよ?結構誰でも仲良くなれちゃったりとか、あ、でも
やっぱり綺麗な人がいると緊張しちゃいますよね」

 当たり障りのない返事っていうのを考えるのは本当に難しいと思う。
気が付けば、エンジュさんはもうほとんど食事を終えていた。

「――気にしない方がいいよ、アレは都市伝説だから」

 耳元で。ぼそり、と呟かれた言葉。
それがなんか綺麗にツボに入ってしまって、噴き出すのを堪えるのが精一杯だった。

「入れ知恵するなら見えないトコでやんなさい」

「そんなんじゃないよ姉さん」

 そう、これはそんなのじゃないの、エンジュさん。
そんなものじゃ済まない、知ったらきっとがーって感じに怒ってくれるような。
その姿を想像したらまた衝動がこみあげて来て、つい声を上げて笑いそうになってしまう。
落ち着け、落ち着きなさい、私。いきなり爆笑したらなんだか変な人みたいじゃないの。

             ★☆◆◇†☆★◇◆

 結局、あの変態の名前が分かった以外情報はなにも手にはいらなかったから、私達はこうして街をぶらぶらとうろつくことになった。
 もちろん目的はあのド変態を見つける事なんだけど、気分は皆でお散歩みたいな感じ。
あっちの店を覗いたりこっちの店を冷やかしたり。
 いつも1人でやってる事だけど、何人かで集まるとやっぱり感覚が新鮮だった。
やっぱり人はつるんで行動する生き物なんだなーとか思ってみたりして。

 そんなこんなでうろうろして、そろそろお昼ご飯時。
 どこかでお昼にしようかー?って話が出始めた時に、私の意識が今みた景色に引っかかりを感じたような気がした。

 ――既視感。
 引っかかりの名前にようやく心当たりが行った時、急いで振り返ってもう一度確認する。

 人ごみを避ける、ちょっと人通りを離れた暗めな場所にソイツはいた。
 相変わらずの格好で、きっと新しい犠牲者を探しているんだろう。
 思わず頭に血が上り過ぎて貧血を起こしそうになるくらいにカっとしちゃってみたりなんかして。
 喉元過ぎれば熱さは忘れるけど、きっかけがあれば前以上の大火事になる自分の性格がちょっと恨めしい。どうしよう、やり過ぎないで済めばいいんだけど……

「アイツ、見つけました。あっちの方に」

 ちょっと小走りで前を行く2人に追いついてに囁く。
今度こそは、絶対絶対ぜぇぇぇぇぇったいに報いを受けてもらうんだから―――!!


2007/02/10 21:08 | Comments(0) | TrackBack() | ●天使と空と優しい雨
天使と空と優しい雨~第9話~/エンジュ(千鳥)
:エンジュside【3】  
--------------------------------------------------
『親しくなりたくない間柄』
--------------------------------------------------
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)・オーガス(商人)
場所:市場
--------------------------------------------------

 活気ある朝の市場を、エンジュたちは特に目的もなく…いや、あの詐欺まがい
商人を探すという目的はあったのだが、さ迷い歩いていた。
 比較的大きい街で、この地の名産だという織物の店が幾つも庇を並べていた。
赤と青が主体となる独特な文様に、エンジュたちは買うでもなく、足を止めては
お互いの好みを言い合っている。
 ただし、過去の教訓か、けして手にとって見たりはしない。

「あら、これビーズが織り交ぜてあるのね」
「このサイズなら、ハンカチとして使えそうですよね」
「あのさ……こんな大通りより…もっと細い道に行ったほうがよくない?」

 そんな楽しげな彼女たちの様子とは反比例した、一人の疲れた男の声はユーク
リッドである。
 最初は如才なく三人の女性の相手をしていた彼だが、次第に疲れてきたのか、
飽きたのか、向ける視線が商品から微妙にずれた所を漂っている。
 この場にいることが酷く苦痛なようで、美しいブロンドの髪はすでに乱れたま
まほったらかしである。
 長いため息とともにしゃがみ込んで、彼女たちを見上げる仕草は、道行く乙女
の母性本能をかなり刺激したようだったが、あいにくエンジュの本能は刺激され
なかった。

「なに言ってるのよ。あんな細道いったらそれこそ思う壺じゃない。分かってる
の?あんたと違って私たちはか弱い婦女子なのよ!」
「…エンジュがか弱いかは別として、一応端にも気を配ってるのよ?ユークリッ
ド君。ほら、ターゲットは女性だけみたいだし、私たちが通る道に彼が店を出し
てる可能性は高いじゃない?」

 こんな様子で暢気に買い物を楽しむ女性陣を眺めていると、なんとなくオーガ
スが女性のみを狙う理由が分かった気がした。

 ****
 
「アイツ、見つけました。あっちの方に」

 そんなレインの囁き声を耳にしたのは、そろそろ引き上げて昼食をとろうかと
シエルに持ちかけた矢先であった。

「え?」

 驚いて振り向く二人にレインはギラギラと闘志に満ちた目を雑踏の中に向け
る。
 そこに、注意しなければ気がつかないほど影の薄い、目深く帽子をかぶった商
人が、居た。
 必死で自制しているのか意外にも動かないレインにならって、エンジュは静か
にユークリッドに尋ねた。

「あいつよ。オーガスって男で間違いない?」
「あぁ、そうだな。まさか本当にアイツとは……」
「どうする?捕まえる」

 ユークリッドの瞳もその男の姿を捉えていた。
 シエルの問いに軽く手を上げる。

「一応俺が話しかけてみるよ。向こうが覚えてるかしらんが顔見知りだしな。ね
ーさん達は近くで待機していてくれ」
「ちょっと!」

 不服げな声を遮って、ユークリッドは人ごみを掻き分け、オーガスの元へ向か
った。
 くすんだ赤い帽子のつばが、男の顔に影を落とし隠していたが、ユークリッド
の影が南中の陽から商品を覆うと、ごく自然な様子で顔を上げた。

「おや…こんなところで珍しい」
「同感だな。むしろ俺のことをよく覚えていたな」
「商売人ですからね。それに、旦那のおきれいな顔を忘れるはずは御座いません
よ」

 座ったままこちらを見上げた顔に違和感。
 ユークリッドがこの男に会ったのは1年前だが、その時と比較すると10歳以
上老けたように感じたのだ。
 まぶしいのか、細めた目には皺さえ浮かんでいた。

「商売を変えたのか?」
「…はい?」
 
 男が広げているのは安っぽい女性向けの装飾品だった。
 この道に並ぶには何の変哲もないが、この男が今まで扱ってきたものはこんな
ありふれた物ではない。
 異世界から流れてきた物、あやしげな宝の地図、人の臓器……そしてユークリ
ッドは彼から情報を買った。

「女から奪って集めたもので何をしている?―――『渡り商人』、オーガス」 

 
 *****

「んもうッ!何をグズグズしてるのかしら!あの馬鹿弟はッ」
「そですよね。早くいって懲らしめてやらなきゃ!」
「そうよ。男同士で見詰めあってて何が楽しいのかしら!」

 熱(いき)り立つエンジュとレインを呆れ顔でシエルが見ていた。

「あなた達、結構似たもの同士ね」
「そうかしら?」
「そうですか?」

 気を落ち着かせるためか、レインがその長いツインテールの片方に何度も手を
やった。
 
「あいつらの会話、きこえる?」
「いえ、今魔法を使うのは勿体無いわ」
「あ、でも……」

 レインが短い声で、示唆する。
 親しげに話していた男達の様子が一変したのだ。
 身を乗り出したユークリッドが、男に何かを問う。
 ぶわっと肌があわ立つ感触にエンジュが声を上げた。

「あぁ!結局これじゃない」

 強い不快感。まるで己の体を何者かが侵食しているようだ。
 あの男が魔法を使おうとしている。エンジュの、魔力で。 

 細い体をすばやく滑り込ませ、オーガスの服をつかんだ。
 今度こそ逃がしはしない。
 一発くらい殴ってやらねば気がすまない。
 そしてエンジュは拳をふるった。

 魔法が使えないのがこんなに不便だとは思っても見なかった。


2007/02/10 21:08 | Comments(0) | TrackBack() | ●天使と空と優しい雨
天使と空と優しい雨~第十話~/シエル(マリムラ)
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)・オーガス(商人)
場所:市場
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 エンジュが殴りかかるのとオーガスが呪文を詠唱を終えるのは、まさしく紙一重の
差だった。手加減なく、思い切り殴られたオーガスは、顔を若干歪ませたまま後ろの
壁に叩き付けられる。

「ざまぁみなさい!」

 ふんぞり返るエンジュ。その脇からレインが前に出たかと思うと、大きく振りかぶ
って平手打ちを見舞った。頬に残る大きな紅葉を見て少し気が済んだのか、深呼吸を
一つすると、レインはオーガスの持ち物を調べ始めた。遅れて駆けつけたシエルも露
店に並べられた商品を一瞥し、オーガスを睨め付ける。

「返して貰うからねっ!」

 そう言いながら探すモノの、なかなか目的のものが見つからない。荷物をひっくり
返して探し続けるレインの横で、エンジュはオーガスの首根っこを捕まえていた。

「返品だって言ってるでしょう!さっさと奪ったものを返しなさいよ!」

 ゴフッっと噎せ返るオーガスなど気にもしない様子でエンジュが揺らす。
 ユークリッドとシエルが後ろから肩を叩くまで、それは続いた。



「さて、イロイロと聞きたいことがあるんだけどね―――『渡り商人』、オーガス」

 ユークリッドの目がきらりと光る。
 さっきまでの母性本能をくすぐられるような甘い顔ではなく、『情報屋』ユークリ
ッドのもう一つの顔。鋭い眼光は、目を逸らすことなくオーガスを見ている。

「―――私はけっして不当な取引なぞいたしませんよ」

 疲れたような顔で、しかし何処か信念を持った口振りでオーガスは呟いた。

「エンジュさん、やっぱり何処にもありません!」

 何度も荷物をひっくり返し、やはり目当てのものが見つからないことに苛立ちを隠
そうともしないレインがエンジュを見上げる。エンジュはもう一度殴りかかろうとし
てシエルに止められた。

「待って、話を聞きましょう」
「ちょ、止めないでよシエル」
「そりゃ止めるわよ、あなた魔力を取り返す前に殴り殺す気?」
「殺さないって。話をしやすいようにもう2、3回殴っとこうかと思って」

 拳を作ったまま肩を回すエンジュは、脅しとしては十分だった。

「アレにボコボコにされる前に、自分で話さないか?」

 エンジュを背に、ユークリッドはオーガスとの間合いを詰める。
 オーガスが顔も目も逸らさずに見返しているのが不思議と言えば不思議なきがし
た。普通、何か後ろめたいことがあるモノはこうは出来ない。

「私はけっして不当な取引なぞいたしませんよ」

 同じ言葉を繰り返す。さっきよりもしっかりと、ユークリッドの目を見ながらの言
葉だった。表情は商売用の、張り付けた笑顔。

「では取引が不当ではなかったとして、あの像や羽根の価値も教えないというのは納
得行かないな。アンタが嫌う商売のマナー違反じゃないのか?」

 引き出したい情報はいくつかある。が、すべて素直に答えてくれるとは考えづらか
った。相手を否定することを避けて、話の軸を少しずつコチラ側に引き寄せる必要が
ある。交渉の技量が試されるところだ。

「それは確かに」

 エンジュに殴られ、レインに平手打ちを食らった頬をさすりながら、オーガスは答
えた。レインも立ち上がり、いつでも蹴りが繰り出せるように構えている。

「君も知っての通り、私の扱っているモノは普通のモノではありませんからね。その
中でもコレは格別ですよ」

 何処からともなく取り出したのはもう一体の天使像。

「あと六日です。お試し期間の間にいろいろ試してみることをおススメしますが?」

「もう!結局なんにも教えてくれないじゃないですか!」
「そうよ、ちゃんと聞かれたことを答えなさいよ!」
「大体、何処にそんなの隠し持ってたんですか!羽交い締めして身体検査の必要があ
ると思いますっ!」

 詰め寄るレインとエンジュ。シエルはやっぱり二人とも似てるわ、と思いながら傍
観することに決めた。

「ほら、ユークリッドさんも手伝って!」
「な?!オレ?」
「そうよ、あんた以外に誰がいるっていうの。私たちはか弱い女の子なのよ!」
「か弱くないだろ」
「いいから、ほら!シエルもなんとか言って」

「―――『カルム』」

 シエルの一言と被るようにエンジュが身震いする。目の前の騒ぎの中、オーガスが
エンジュの魔力を拝借しようとした証拠だった。
 オーガスが口をパクパクさせる。シエルにより声を消され、呪文の詠唱が続かなく
なった哀れな姿。その姿はエンジュの怒りに火をつけた。

「懲りもせずにアンタってヤツは―――っ」

 エンジュの鉄拳が鳩尾に飛ぶ。同時に放たれたレインのハイキックは後頭部に決ま
り、『渡り商人』オーガスは体を二つに折るようにして意識を手放した。

「自業自得ね」

 シエルが冷たく言い放つ。ユークリッドは頭を抱えて座り込み、見上げながらエン
ジュに言った。

「ねえさん、通りで人をボコボコにしてたらどうなると思う?」
「どうせココ、ちょっと人通りを離れた場所なんだから大丈夫よ」
「そうじゃなくて」
「目立つと治安がどうのって連れてかれちゃう、分かってるわよそのくらい。宿に戻
って改めて話を聞いた方が良さそうってこともね。頼んだわよユークリッド」

 やっぱり面倒なことは押しつけられるのか、と頭を抱えるユークリッドとは対照的
に、晴れ晴れとした表情のエンジュは思い切り伸びをしてから言った。

「暴れたらお腹がすいちゃった」

 思わずレインも緊張を解いて吹き出す。慌てて我慢しようとしても笑いは収まらな
い。結局エンジュに肩を小突かれるようにして歩き出したのだが、もうすっかり打ち
解けたようだった。シエルはやれやれと呆れ顔で二人の後に続く。

 通りに残されたのは気絶したオーガスと、引っかき回されて散らばった彼の荷物
と、貧乏くじを引かされたユークリッドだけであった。


2007/02/10 21:09 | Comments(0) | TrackBack() | ●天使と空と優しい雨

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]