:エンジュside【2】
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『ただのごく潰し』
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PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)
場所:宿屋
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扉を開けて、最初に目に入ったのは、不思議そうに己の後ろを見やる、レインの姿
だった。
彼女の視線の矛先を追って、エンジュは振り返り、合点が行く。
そこには、エンジュの手によって乱された髪を撫で付けるシエルが居た。
そして昨晩と、今ではシエルの見た目はまるで違う。
もともと、太陽に馴染まぬ体質である。
室内であっても、仮面と、身体をしっかりと覆う衣服を身に着けた現在のシエル
は、月下で見た時のレインと記憶とだいぶ食い違っているのであろう。
「あの・・・そちらは」
「昨日アナタが出会った純白のSleeping Beautyよ。美人だから、昼間は顔を晒した
くなんだってさ」
「……エンジュ」
エンジュの言葉に、シエルが仮面の奥から冷たい視線を向けたが、直ぐに口元に笑
みを作るとレインに話しかけた。
「シエルよ。確か・・・レインだったわよね」
レインと出会った瞬間に、シエルは魔力の行使による疲労で意識を手放した。
故に、二人のとってはこれが最初の交流と言えるだろう。
「はい、レインです。宜しくお願いします、シエルさん」
深々と、丁寧なお辞儀をした少女にシエルも好感を持ったようだった。
二人の短い挨拶が済むと、エンジュが待ちきれない様子で手を擦り合わせながら言
った。
「じゃ、下でご飯でも食べましょうか!」
「エンジュはそればっかね。良かったら貴方も一緒にどう?」
既に二人を置いて下へと降りていくエンジュに飽きれながらシエルはレインを誘
う。
少し悩む仕草をしてから、小さくレインは頷いた。
☆★☆★☆★
「・・・なんつーかさ、この町に来てから、姉さん、女遊びが激しくない?」
賑やかな朝の食堂で、エンジュが探し当てた人物の開口一番がこれだった。
「アンタ程じゃないわよ。」
「おはよう。ユークリッド君」
「あぁ、おはよう、シエルさん」
シエルの挨拶に如才無く答えたユークリッドは、再びその鈍色の瞳をレインに向け
た。
無表情の時は、冷たく鋭い眼光も、こうして人と接するときは人懐っこい。
エンジュとよく似通った容姿は女顔で、かなり良い方に部類されるものだったの
で、女受けも良かった。警戒していたレインもその様子に少し緊張を解いたようであ
った。
「うちの姉さんに捕まるとは、君も不運だな。一体何があったんだ?」
「あー、レイン?この減らず口ばかり叩いてる男が、不本意ながら私の知り合いの情
報屋よ。ユークリッド・・・ユークリッド・ローダ・アージェント。一応、見りゃ分
かる
わね、血縁者。・・・あぁ、座って」
エンジュはユークリッドの横に座ると、立ったままの二人に席を勧めた。
知った仲の集まりに、他から来た者が混ざるのは居心地が悪い。畏まったレインは
大人しく二人の様子を眺めていた。
その様子はそれで愛らしかったが、このメンバーに押されるようでは困る。
そんな事をエンジュは考えていた。なぜならレインは今、部外者ではなく、当事者
になろうとしているのだから。
故に、メニューを注文した後、エンジュは何の前置きもなしに本題を切り出すこと
にした。
「私の魔力と、シエルのアルジャン、あと…レインの呪符が盗られたわ」
「はぁ!?」
案の定、ユークリッドが素っ頓狂な声を上げる。3つのうち、後の2つなら、それ
ほど驚くことではなかったが、魔力となると流石に驚かない者は居まい。
「盗むって・・・どうやって!?姉さんのを?」
「それじゃあ、正確じゃないわよエンジュ。私達は、ある商人に代金の代わりにそれ
らを取られたの」
「それも殆ど無理やりなんです!商品を手に取った瞬間、押し付けられるよう
に・・・。
断ると一週間のお試し期間ですからって、返してもらえなくて!」
レインの説明は語尾が少し荒かった。もしかしたら、盗られたときに身体に触られ
た事を思い出して憤っているのかもしれない。
「そんな風体の商人だ?」
男。年齢は不詳。帽子を深く被って、見た目は中年に見えたが、声は意外に若い。
三人が挙げたものは、特徴とすら言い難いものだった。
それでも、ユークリッドは渋い顔で答えた。
「多分、俺はその商人を知ってる・・・」
「ほんと!?」
「あぁ、『渡り商人』のオーガスだ」
「オーガス…?」
3人は神妙な顔で、情報屋の端正な顔を見た。
「島国出身の…元々は島の貿易商だったらしいんだが、金銀以外は硬貨に興味のない
男でね。なんつーんだ?『物物交換』ってのがやつの主義なんだ」
「随分詳しいのね、ユークリッド」
「だって、俺も少し前にやつの商品を買ったからな」
「「「えー!?」」」
今度は、3人同時に声があがる。
女が3人集まってなんとやら。ユークリッドが片耳を指でふさぎながら、首をかし
げた。
「でも、見る目もあるし真っ当な商人って感じだったがな…」
「女から物をぶんどる商人のドコがまっとーってゆーのよ!」
「そうですよ!!そりゃあ、確かに綺麗だけど…」
レインは懐から小さな子供の天使の像を取り出した。丁寧にクリーム色の布に包ま
れているソレは、腰をかがめて、今にも飛びあがりそうな躍動感があった。
エンジュが持っているのも同様に天使の像だったが、これはレインのものとは異な
り、祈りを捧げる清楚な女の天使だった。
「天使の像が二つに…私のは羽飾りよ。意味深ね」
仮面の麗人―――シエルが口元だけで笑う。
「3人バラバラって事は価値も違うのかしら?だいたい、私の魔力と同等の価値のあ
る銅像って一体どんな代物よ!?」
「へんに弄ると壊れるぜ、ねーさん。取り返しが付かなくなっちまう」」
「で、その商人だけど、特殊な能力者か何かなの?アイツ、私の魔法をさらっと使っ
て見せたわよ」
「そんなこと、聞いたことないな。しかし、ねーさんの魔法が使えるって事はシエル
さんのアルジャンも使えるわけだ?」
「多分ね。でも、レイン…貴女の取られたのは、呪符って言ってたわよね。何の?」
シエルの問いに、レインは一句一句噛み締めるように、言葉をつむいだ。
もしかしたら、外には漏らすことの出来ない特別な物なのだろうか…?
「式の…。私にしか、扱うことの出来ないはずの、物です」
一瞬テーブルに沈黙が落ちた。
しかし、深刻な話題も長くは続かない。
エンジュの目的は別のところにあったのだから。
「それより、メニュー頼むわよ」
☆★☆★☆★
しばらくして、シエルには紅茶、あまり朝は食べない体質らしい、レインには塩胡
椒で調味された鶏のリゾットが置かれた。
そして、エンジュには・・・
「・・・・・・!?」
「びっくりした?でも、ほんとこの量はエンジュにとっては文字通り朝飯前だから」
思わず箸の止まるレインの顔を面白そうに覗き込みながらシエルが言った。
カニのスクランブルエッグに、クラムチャウダー、大きく切られたパン、厚切りハ
ム、リンゴとチーズのサラダ、ヤマモモのヨーグルト添え・・・・・・の二人前。
「最近仕事してないみたいだけど、金の方大丈夫なのか?姉さん」
そもそもユークリッドがエンジュと待ち合わせたのは仕事を斡旋するためだった。
Bランクのエンジュはギルドからの恩恵で多少、宿等は融通が利くが、この食欲ば
かりはなんともなるまい。
あの商人の言うとおり、一週間で魔力が戻ってこればいいのだが・・・。
「・・・・・・出来ると思う?」
「無理だナァ。俺が持ってきたのは、Bランクの姉さんに見合った仕事だ。魔法が使
えないんじゃな・・・・・・」
そこで、ふと前の席の二人を見る。
彼女達の実力は知らなかったが、旅をする者である限り全くの無力というわけでは
ないだろう・・・。
ユークリッドの思うところが分かったのか、無理だと言うようにシエルとレインは
合わせて首を横に振った。
「あら、そう言えば・・・前言ってたわよねエンジュ」
「んー?」
「ほら、貴女が普通以上に食べる理由。『エルフと同等の魔力を行使するのには、ハ
ーフエルフの自分には負担が大き過ぎるから、余分に食べるんだ』って。魔法が使え
ないなら、そんなに食べる必要ないんじゃない?」
エンジュの場合、その一週間の食事を抑えればぐっと支出は減るのではないか?
シエルの疑問を、過去の自分の言葉でありながら、エンジュは一蹴した。
「知らないわよ。だって普通にお腹が空くんだもの」
「「「・・・・・・・」」」
魔法も使えないエルフ、仕事も出来ないハンター。
ならば、それは他ならぬ、
「それって・・・ごく潰し?」
シエルが呟いた言葉はかなり的を得ていた。
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『ただのごく潰し』
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PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)
場所:宿屋
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扉を開けて、最初に目に入ったのは、不思議そうに己の後ろを見やる、レインの姿
だった。
彼女の視線の矛先を追って、エンジュは振り返り、合点が行く。
そこには、エンジュの手によって乱された髪を撫で付けるシエルが居た。
そして昨晩と、今ではシエルの見た目はまるで違う。
もともと、太陽に馴染まぬ体質である。
室内であっても、仮面と、身体をしっかりと覆う衣服を身に着けた現在のシエル
は、月下で見た時のレインと記憶とだいぶ食い違っているのであろう。
「あの・・・そちらは」
「昨日アナタが出会った純白のSleeping Beautyよ。美人だから、昼間は顔を晒した
くなんだってさ」
「……エンジュ」
エンジュの言葉に、シエルが仮面の奥から冷たい視線を向けたが、直ぐに口元に笑
みを作るとレインに話しかけた。
「シエルよ。確か・・・レインだったわよね」
レインと出会った瞬間に、シエルは魔力の行使による疲労で意識を手放した。
故に、二人のとってはこれが最初の交流と言えるだろう。
「はい、レインです。宜しくお願いします、シエルさん」
深々と、丁寧なお辞儀をした少女にシエルも好感を持ったようだった。
二人の短い挨拶が済むと、エンジュが待ちきれない様子で手を擦り合わせながら言
った。
「じゃ、下でご飯でも食べましょうか!」
「エンジュはそればっかね。良かったら貴方も一緒にどう?」
既に二人を置いて下へと降りていくエンジュに飽きれながらシエルはレインを誘
う。
少し悩む仕草をしてから、小さくレインは頷いた。
☆★☆★☆★
「・・・なんつーかさ、この町に来てから、姉さん、女遊びが激しくない?」
賑やかな朝の食堂で、エンジュが探し当てた人物の開口一番がこれだった。
「アンタ程じゃないわよ。」
「おはよう。ユークリッド君」
「あぁ、おはよう、シエルさん」
シエルの挨拶に如才無く答えたユークリッドは、再びその鈍色の瞳をレインに向け
た。
無表情の時は、冷たく鋭い眼光も、こうして人と接するときは人懐っこい。
エンジュとよく似通った容姿は女顔で、かなり良い方に部類されるものだったの
で、女受けも良かった。警戒していたレインもその様子に少し緊張を解いたようであ
った。
「うちの姉さんに捕まるとは、君も不運だな。一体何があったんだ?」
「あー、レイン?この減らず口ばかり叩いてる男が、不本意ながら私の知り合いの情
報屋よ。ユークリッド・・・ユークリッド・ローダ・アージェント。一応、見りゃ分
かる
わね、血縁者。・・・あぁ、座って」
エンジュはユークリッドの横に座ると、立ったままの二人に席を勧めた。
知った仲の集まりに、他から来た者が混ざるのは居心地が悪い。畏まったレインは
大人しく二人の様子を眺めていた。
その様子はそれで愛らしかったが、このメンバーに押されるようでは困る。
そんな事をエンジュは考えていた。なぜならレインは今、部外者ではなく、当事者
になろうとしているのだから。
故に、メニューを注文した後、エンジュは何の前置きもなしに本題を切り出すこと
にした。
「私の魔力と、シエルのアルジャン、あと…レインの呪符が盗られたわ」
「はぁ!?」
案の定、ユークリッドが素っ頓狂な声を上げる。3つのうち、後の2つなら、それ
ほど驚くことではなかったが、魔力となると流石に驚かない者は居まい。
「盗むって・・・どうやって!?姉さんのを?」
「それじゃあ、正確じゃないわよエンジュ。私達は、ある商人に代金の代わりにそれ
らを取られたの」
「それも殆ど無理やりなんです!商品を手に取った瞬間、押し付けられるよう
に・・・。
断ると一週間のお試し期間ですからって、返してもらえなくて!」
レインの説明は語尾が少し荒かった。もしかしたら、盗られたときに身体に触られ
た事を思い出して憤っているのかもしれない。
「そんな風体の商人だ?」
男。年齢は不詳。帽子を深く被って、見た目は中年に見えたが、声は意外に若い。
三人が挙げたものは、特徴とすら言い難いものだった。
それでも、ユークリッドは渋い顔で答えた。
「多分、俺はその商人を知ってる・・・」
「ほんと!?」
「あぁ、『渡り商人』のオーガスだ」
「オーガス…?」
3人は神妙な顔で、情報屋の端正な顔を見た。
「島国出身の…元々は島の貿易商だったらしいんだが、金銀以外は硬貨に興味のない
男でね。なんつーんだ?『物物交換』ってのがやつの主義なんだ」
「随分詳しいのね、ユークリッド」
「だって、俺も少し前にやつの商品を買ったからな」
「「「えー!?」」」
今度は、3人同時に声があがる。
女が3人集まってなんとやら。ユークリッドが片耳を指でふさぎながら、首をかし
げた。
「でも、見る目もあるし真っ当な商人って感じだったがな…」
「女から物をぶんどる商人のドコがまっとーってゆーのよ!」
「そうですよ!!そりゃあ、確かに綺麗だけど…」
レインは懐から小さな子供の天使の像を取り出した。丁寧にクリーム色の布に包ま
れているソレは、腰をかがめて、今にも飛びあがりそうな躍動感があった。
エンジュが持っているのも同様に天使の像だったが、これはレインのものとは異な
り、祈りを捧げる清楚な女の天使だった。
「天使の像が二つに…私のは羽飾りよ。意味深ね」
仮面の麗人―――シエルが口元だけで笑う。
「3人バラバラって事は価値も違うのかしら?だいたい、私の魔力と同等の価値のあ
る銅像って一体どんな代物よ!?」
「へんに弄ると壊れるぜ、ねーさん。取り返しが付かなくなっちまう」」
「で、その商人だけど、特殊な能力者か何かなの?アイツ、私の魔法をさらっと使っ
て見せたわよ」
「そんなこと、聞いたことないな。しかし、ねーさんの魔法が使えるって事はシエル
さんのアルジャンも使えるわけだ?」
「多分ね。でも、レイン…貴女の取られたのは、呪符って言ってたわよね。何の?」
シエルの問いに、レインは一句一句噛み締めるように、言葉をつむいだ。
もしかしたら、外には漏らすことの出来ない特別な物なのだろうか…?
「式の…。私にしか、扱うことの出来ないはずの、物です」
一瞬テーブルに沈黙が落ちた。
しかし、深刻な話題も長くは続かない。
エンジュの目的は別のところにあったのだから。
「それより、メニュー頼むわよ」
☆★☆★☆★
しばらくして、シエルには紅茶、あまり朝は食べない体質らしい、レインには塩胡
椒で調味された鶏のリゾットが置かれた。
そして、エンジュには・・・
「・・・・・・!?」
「びっくりした?でも、ほんとこの量はエンジュにとっては文字通り朝飯前だから」
思わず箸の止まるレインの顔を面白そうに覗き込みながらシエルが言った。
カニのスクランブルエッグに、クラムチャウダー、大きく切られたパン、厚切りハ
ム、リンゴとチーズのサラダ、ヤマモモのヨーグルト添え・・・・・・の二人前。
「最近仕事してないみたいだけど、金の方大丈夫なのか?姉さん」
そもそもユークリッドがエンジュと待ち合わせたのは仕事を斡旋するためだった。
Bランクのエンジュはギルドからの恩恵で多少、宿等は融通が利くが、この食欲ば
かりはなんともなるまい。
あの商人の言うとおり、一週間で魔力が戻ってこればいいのだが・・・。
「・・・・・・出来ると思う?」
「無理だナァ。俺が持ってきたのは、Bランクの姉さんに見合った仕事だ。魔法が使
えないんじゃな・・・・・・」
そこで、ふと前の席の二人を見る。
彼女達の実力は知らなかったが、旅をする者である限り全くの無力というわけでは
ないだろう・・・。
ユークリッドの思うところが分かったのか、無理だと言うようにシエルとレインは
合わせて首を横に振った。
「あら、そう言えば・・・前言ってたわよねエンジュ」
「んー?」
「ほら、貴女が普通以上に食べる理由。『エルフと同等の魔力を行使するのには、ハ
ーフエルフの自分には負担が大き過ぎるから、余分に食べるんだ』って。魔法が使え
ないなら、そんなに食べる必要ないんじゃない?」
エンジュの場合、その一週間の食事を抑えればぐっと支出は減るのではないか?
シエルの疑問を、過去の自分の言葉でありながら、エンジュは一蹴した。
「知らないわよ。だって普通にお腹が空くんだもの」
「「「・・・・・・・」」」
魔法も使えないエルフ、仕事も出来ないハンター。
ならば、それは他ならぬ、
「それって・・・ごく潰し?」
シエルが呟いた言葉はかなり的を得ていた。
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