:エンジュside【3】
--------------------------------------------------
『親しくなりたくない間柄』
--------------------------------------------------
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)・オーガス(商人)
場所:市場
--------------------------------------------------
活気ある朝の市場を、エンジュたちは特に目的もなく…いや、あの詐欺まがい
商人を探すという目的はあったのだが、さ迷い歩いていた。
比較的大きい街で、この地の名産だという織物の店が幾つも庇を並べていた。
赤と青が主体となる独特な文様に、エンジュたちは買うでもなく、足を止めては
お互いの好みを言い合っている。
ただし、過去の教訓か、けして手にとって見たりはしない。
「あら、これビーズが織り交ぜてあるのね」
「このサイズなら、ハンカチとして使えそうですよね」
「あのさ……こんな大通りより…もっと細い道に行ったほうがよくない?」
そんな楽しげな彼女たちの様子とは反比例した、一人の疲れた男の声はユーク
リッドである。
最初は如才なく三人の女性の相手をしていた彼だが、次第に疲れてきたのか、
飽きたのか、向ける視線が商品から微妙にずれた所を漂っている。
この場にいることが酷く苦痛なようで、美しいブロンドの髪はすでに乱れたま
まほったらかしである。
長いため息とともにしゃがみ込んで、彼女たちを見上げる仕草は、道行く乙女
の母性本能をかなり刺激したようだったが、あいにくエンジュの本能は刺激され
なかった。
「なに言ってるのよ。あんな細道いったらそれこそ思う壺じゃない。分かってる
の?あんたと違って私たちはか弱い婦女子なのよ!」
「…エンジュがか弱いかは別として、一応端にも気を配ってるのよ?ユークリッ
ド君。ほら、ターゲットは女性だけみたいだし、私たちが通る道に彼が店を出し
てる可能性は高いじゃない?」
こんな様子で暢気に買い物を楽しむ女性陣を眺めていると、なんとなくオーガ
スが女性のみを狙う理由が分かった気がした。
****
「アイツ、見つけました。あっちの方に」
そんなレインの囁き声を耳にしたのは、そろそろ引き上げて昼食をとろうかと
シエルに持ちかけた矢先であった。
「え?」
驚いて振り向く二人にレインはギラギラと闘志に満ちた目を雑踏の中に向け
る。
そこに、注意しなければ気がつかないほど影の薄い、目深く帽子をかぶった商
人が、居た。
必死で自制しているのか意外にも動かないレインにならって、エンジュは静か
にユークリッドに尋ねた。
「あいつよ。オーガスって男で間違いない?」
「あぁ、そうだな。まさか本当にアイツとは……」
「どうする?捕まえる」
ユークリッドの瞳もその男の姿を捉えていた。
シエルの問いに軽く手を上げる。
「一応俺が話しかけてみるよ。向こうが覚えてるかしらんが顔見知りだしな。ね
ーさん達は近くで待機していてくれ」
「ちょっと!」
不服げな声を遮って、ユークリッドは人ごみを掻き分け、オーガスの元へ向か
った。
くすんだ赤い帽子のつばが、男の顔に影を落とし隠していたが、ユークリッド
の影が南中の陽から商品を覆うと、ごく自然な様子で顔を上げた。
「おや…こんなところで珍しい」
「同感だな。むしろ俺のことをよく覚えていたな」
「商売人ですからね。それに、旦那のおきれいな顔を忘れるはずは御座いません
よ」
座ったままこちらを見上げた顔に違和感。
ユークリッドがこの男に会ったのは1年前だが、その時と比較すると10歳以
上老けたように感じたのだ。
まぶしいのか、細めた目には皺さえ浮かんでいた。
「商売を変えたのか?」
「…はい?」
男が広げているのは安っぽい女性向けの装飾品だった。
この道に並ぶには何の変哲もないが、この男が今まで扱ってきたものはこんな
ありふれた物ではない。
異世界から流れてきた物、あやしげな宝の地図、人の臓器……そしてユークリ
ッドは彼から情報を買った。
「女から奪って集めたもので何をしている?―――『渡り商人』、オーガス」
*****
「んもうッ!何をグズグズしてるのかしら!あの馬鹿弟はッ」
「そですよね。早くいって懲らしめてやらなきゃ!」
「そうよ。男同士で見詰めあってて何が楽しいのかしら!」
熱(いき)り立つエンジュとレインを呆れ顔でシエルが見ていた。
「あなた達、結構似たもの同士ね」
「そうかしら?」
「そうですか?」
気を落ち着かせるためか、レインがその長いツインテールの片方に何度も手を
やった。
「あいつらの会話、きこえる?」
「いえ、今魔法を使うのは勿体無いわ」
「あ、でも……」
レインが短い声で、示唆する。
親しげに話していた男達の様子が一変したのだ。
身を乗り出したユークリッドが、男に何かを問う。
ぶわっと肌があわ立つ感触にエンジュが声を上げた。
「あぁ!結局これじゃない」
強い不快感。まるで己の体を何者かが侵食しているようだ。
あの男が魔法を使おうとしている。エンジュの、魔力で。
細い体をすばやく滑り込ませ、オーガスの服をつかんだ。
今度こそ逃がしはしない。
一発くらい殴ってやらねば気がすまない。
そしてエンジュは拳をふるった。
魔法が使えないのがこんなに不便だとは思っても見なかった。
--------------------------------------------------
『親しくなりたくない間柄』
--------------------------------------------------
PC:エンジュ シエル レイン
NPC:ユークリッド(情報屋)・オーガス(商人)
場所:市場
--------------------------------------------------
活気ある朝の市場を、エンジュたちは特に目的もなく…いや、あの詐欺まがい
商人を探すという目的はあったのだが、さ迷い歩いていた。
比較的大きい街で、この地の名産だという織物の店が幾つも庇を並べていた。
赤と青が主体となる独特な文様に、エンジュたちは買うでもなく、足を止めては
お互いの好みを言い合っている。
ただし、過去の教訓か、けして手にとって見たりはしない。
「あら、これビーズが織り交ぜてあるのね」
「このサイズなら、ハンカチとして使えそうですよね」
「あのさ……こんな大通りより…もっと細い道に行ったほうがよくない?」
そんな楽しげな彼女たちの様子とは反比例した、一人の疲れた男の声はユーク
リッドである。
最初は如才なく三人の女性の相手をしていた彼だが、次第に疲れてきたのか、
飽きたのか、向ける視線が商品から微妙にずれた所を漂っている。
この場にいることが酷く苦痛なようで、美しいブロンドの髪はすでに乱れたま
まほったらかしである。
長いため息とともにしゃがみ込んで、彼女たちを見上げる仕草は、道行く乙女
の母性本能をかなり刺激したようだったが、あいにくエンジュの本能は刺激され
なかった。
「なに言ってるのよ。あんな細道いったらそれこそ思う壺じゃない。分かってる
の?あんたと違って私たちはか弱い婦女子なのよ!」
「…エンジュがか弱いかは別として、一応端にも気を配ってるのよ?ユークリッ
ド君。ほら、ターゲットは女性だけみたいだし、私たちが通る道に彼が店を出し
てる可能性は高いじゃない?」
こんな様子で暢気に買い物を楽しむ女性陣を眺めていると、なんとなくオーガ
スが女性のみを狙う理由が分かった気がした。
****
「アイツ、見つけました。あっちの方に」
そんなレインの囁き声を耳にしたのは、そろそろ引き上げて昼食をとろうかと
シエルに持ちかけた矢先であった。
「え?」
驚いて振り向く二人にレインはギラギラと闘志に満ちた目を雑踏の中に向け
る。
そこに、注意しなければ気がつかないほど影の薄い、目深く帽子をかぶった商
人が、居た。
必死で自制しているのか意外にも動かないレインにならって、エンジュは静か
にユークリッドに尋ねた。
「あいつよ。オーガスって男で間違いない?」
「あぁ、そうだな。まさか本当にアイツとは……」
「どうする?捕まえる」
ユークリッドの瞳もその男の姿を捉えていた。
シエルの問いに軽く手を上げる。
「一応俺が話しかけてみるよ。向こうが覚えてるかしらんが顔見知りだしな。ね
ーさん達は近くで待機していてくれ」
「ちょっと!」
不服げな声を遮って、ユークリッドは人ごみを掻き分け、オーガスの元へ向か
った。
くすんだ赤い帽子のつばが、男の顔に影を落とし隠していたが、ユークリッド
の影が南中の陽から商品を覆うと、ごく自然な様子で顔を上げた。
「おや…こんなところで珍しい」
「同感だな。むしろ俺のことをよく覚えていたな」
「商売人ですからね。それに、旦那のおきれいな顔を忘れるはずは御座いません
よ」
座ったままこちらを見上げた顔に違和感。
ユークリッドがこの男に会ったのは1年前だが、その時と比較すると10歳以
上老けたように感じたのだ。
まぶしいのか、細めた目には皺さえ浮かんでいた。
「商売を変えたのか?」
「…はい?」
男が広げているのは安っぽい女性向けの装飾品だった。
この道に並ぶには何の変哲もないが、この男が今まで扱ってきたものはこんな
ありふれた物ではない。
異世界から流れてきた物、あやしげな宝の地図、人の臓器……そしてユークリ
ッドは彼から情報を買った。
「女から奪って集めたもので何をしている?―――『渡り商人』、オーガス」
*****
「んもうッ!何をグズグズしてるのかしら!あの馬鹿弟はッ」
「そですよね。早くいって懲らしめてやらなきゃ!」
「そうよ。男同士で見詰めあってて何が楽しいのかしら!」
熱(いき)り立つエンジュとレインを呆れ顔でシエルが見ていた。
「あなた達、結構似たもの同士ね」
「そうかしら?」
「そうですか?」
気を落ち着かせるためか、レインがその長いツインテールの片方に何度も手を
やった。
「あいつらの会話、きこえる?」
「いえ、今魔法を使うのは勿体無いわ」
「あ、でも……」
レインが短い声で、示唆する。
親しげに話していた男達の様子が一変したのだ。
身を乗り出したユークリッドが、男に何かを問う。
ぶわっと肌があわ立つ感触にエンジュが声を上げた。
「あぁ!結局これじゃない」
強い不快感。まるで己の体を何者かが侵食しているようだ。
あの男が魔法を使おうとしている。エンジュの、魔力で。
細い体をすばやく滑り込ませ、オーガスの服をつかんだ。
今度こそ逃がしはしない。
一発くらい殴ってやらねば気がすまない。
そしてエンジュは拳をふるった。
魔法が使えないのがこんなに不便だとは思っても見なかった。
PR
トラックバック
トラックバックURL: