PC:狛楼櫻華 ノクテュルヌ・ウィンディッシュグレーツ
NPC:悪漢の方々 エメ少年 ヴァルカンの街の人々
場所:ヴァルカン
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
空は晴れ、幾つかの小さな雲がゆっくりと流れて行く。その中をトンビがの
どかにぴーひょろ鳴きながら旋回している。
遠くには木が生えていない禿山、ヴァルメスト火山が見えるが、近くを見渡
せば木々がしげり、動物達がひょっこり顔をだして通り過ぎて行く。
ウィンブル街道。ファイからヴァルカンを繋ぐ街道の一つで、設置されたのが
古く舗装もされてないため荒れ放題であるためよほどの急ぎで無い限り滅多に
人は通らない。
その反面山賊など危険な輩も出ないいたって平和な街道である。
このなんの変哲も無い街道にも唯一と言っていい名物がある。樹齢百年を超
える大きな桜の木だ。
毎年決まった時期に咲かず、時々思い出したように咲くその桜を知るものは
「気まぐれ桜」と、なんのひねりも無い名前で呼んでいた。
そんな気まぐれ桜は今年もまた思い出した様に花を咲かせていた。そこに運
良く出くわした一人の女性が桜の下で緑茶をすすっている。
歳は二十前後だろうか、黒地に桜の花びらの柄を縫いこんだ式服をまとい、
透き通るような白い髪を後頭部で結っている。
性は狛楼、名は櫻華という名だ。
櫻華は正座して愛用の水筒を膝の上で抱え、時折吹く風で舞い散る桜を目で
追う。桜の花びらは風に吹かれくるくると踊りながら地面に落ちてくる。
ひとしきり見て終わると櫻華は水筒の緑茶をふたたび口に入れ、また風が吹
くと桜を見つめる。
誰も通らない街道沿いにこんなにも美しい桜が咲いていようとは。櫻華は一
人得をした気分で桜と緑茶の風情を楽しんでいた。
どれぐらいか、少なくとも一時間以上同じ動作を繰り返していた櫻華の耳に
風の音とも木々のざわめきとも違う雑音が入ってきた。男の怒声だ。誰かを追
っているのだろうか。
山を降りてこのかた桜を見る機会などあまりなかった櫻華はこの無粋な輩に怒
りを覚えた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
少し説教でもしてやろうと、水筒に栓をし腰に吊るして立ち上がった櫻華が
最初に見たのは女性だった。
「うわぁ、綺麗」
紅の瞳を輝かせて女性は開口一番そう言った。キレイな藍色のきちっとした
制服。櫻華は以前立ち寄ったコールベルで同じような服を着た人間を何人か見
た。確か、国立神学校の制服だ。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
数瞬桜に見とれていた女性は、櫻華の存在に気付き苦笑交じりの笑顔で言
う。
「いや、お前は別段邪魔ではない」
気まぐれ桜を見て綺麗と言う彼女は気にならない。むしろその後から息を切
らしてやってくる数人の男達のほうが櫻華には邪魔な存在だった。
「はあはあ、てんめぇこのアマ。やっと観念したか!」
育ちが見て取れるような言葉遣いで男は女性に近づく。見た目からして山
賊、とまではいかないが、それに近い種類の人間であることがわかる。
「ああ、もうしつこいなぁ」
女性はうんざりした顔で男達の方に振り返った。どうやらこの下賎な連中は
彼女を追いかけていたらしい。
「大人しく鍵を渡せ。そうすればちょーっと痛い思いをするだけですむから
よ」
「ひょっとしたら途中で気持ちよくなるかもよ」
阿呆に格下げだ。櫻華は男達の下品な言葉にそう心の中で毒づいた。そして
腰の愛刀に手をかけた。
「あーあ、鬱陶しいから消えてくれない? 君達みたいなアホにかまってるほ
どヒマじゃないだよね」
女性は三日月の形を模した弦楽器――たしかハープという名前だったと思う
――を握り締めて男達を威嚇する。
「はぁ? なんだそりゃ。そんなんで俺達とやりあおうってのか」
先頭に立っていた男が天を仰ぐふりをして笑う。どうやらこの阿呆達は人間
性も底がしれているが実力の底も浅いようだ。
「そうか、ならこれならどうだ」
櫻華の声は男のすぐ真後ろから聞こえた。愛刀の黒い柄の小太刀、陰を男の
喉下にあてて力をこめる。
「な、なななななんだよあんた。あんたには関係ないだろ」
「確かに関係無い。だが女一人に大の男が大勢で取り囲むのを黙って見過ごす
こともできない」
声のトーンも表情も変えずに櫻華はさらに小太刀に力を込める。このまま横
に引けば男はもう一つ口ができそこから大量の血を流して死ぬだろう。
「わ、わかった。何が望みだ? あ、か、金か? だったらあの女を捕まえれ
ば大金が貰える、それをあんたに、あがっ」
男が言い終える前に櫻華は小太刀の柄で男の顎を外す。これ以上阿呆の戯言
を聞いていてもしょうがない。
「失せろ。でなければ今度は首を落とす」
金色の瞳で男達を睨みつける。いくら阿呆で底が知れているからといっても
さすがにここまでやれば退くだろうと思ってのことだったが。
「この、よくも兄貴を!」
後のほうで控えていた男が大振りに剣をかざして櫻華に斬りかかってきた。
やれやれと櫻華はため息をついてもう一本の小太刀を抜く。
「まったくこれだから阿呆は」
白い柄の小太刀、陽で剣を受け流し、陰で剣の刀身を斬り飛ばした。半歩下
がって勢いを殺しきれなかった男の顔面に蹴りを入れると、そのまま男は動か
なくなる。死にはしていないだろうがしばらく目は覚まさないだろう。
「まだやるか?」
「ひ、ひやぁああああ」
情けない声を出して阿呆達は逃げ去っていった。櫻華は小太刀を鞘に収める
と女性に向直った。
「ありがとう。私戦いってあんまり得意じゃなくて」
「そうは見えなかったが?」
櫻華の言葉に女性は再び苦笑した。男達よりも速く走って息も切らさない女
性が戦えないとも言い切れないが、少なくとも阿呆達と対峙した時の雰囲気と
立ち振る舞いは達人のそれだった。
「えーと、正確に言えば手加減って苦手なの」
なるほど、それで納得がいった。いくら相手が阿呆であっても殺さないまで
も大怪我をさせてしまっては後味が悪いという事だろう。普通の人間ならそう
言う考えるものだ。
「そうか。いらぬ世話にならなくてよかった」
そう言って櫻華は踵を返し歩き出した。
「あ、待って待って。貴女ヴァルカンに行くの?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
「私もヴァルカンまで行くんだけど一緒にどう?」
突然の申し出に多少戸惑う。別段悪い人間ではなさそうだが。
「だめ?」
「いや、断る理由もないからな」
「じゃあオッケーってことだね」
「ああ」
押し切られる形になったとも言えるが。旅は道連れという諺もあることだ。
少しの間この女性と旅をしてみよう。
「私の名前はノクテュルヌ・ウィンディッシュグレーツっていうの。よろし
く」
「ああ、私は狛楼だ。よろしく」
手を差し出すとノクテュルヌはそれに応じた。
「それじゃ、行こ」
軽く握手を交わすと、なんとも元気にノクテュルヌは歩き始めた。櫻華もそ
れに続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
炎の山、死の山、鉄と水晶の山。昔から数多くの呼び名で恐れられ、崇めら
れてきた山。それが大陸有数の火山ヴァルメスト。百年ほど前にヴァルメスト
から良質の鉄鉱石や水晶が発見され、裾野近くに鉱山街としてヴァルカンが生
まれた。
最初は鉱山夫の町として発展したヴァルカンだが、鉄鉱石の質が非常に良
く、
それを求めて大陸中から鍛冶屋が集まった。そうなると武器商が自然とやって
く
る。そうしてヴァルカンは「全ての武器が揃う街」と謳われるほどに至った。
「うわー、男くさーい」
ノクテュルヌは笑いながら周囲を見渡した。道行くほとんどの人が男、しか
も、ごつい、厳つい、でかい。という表現がぴったりの男達ばかりだった。
「鍛冶屋と鉱山夫の町だからな。当然といえば当然だ」
きょろきょろしているノクテュルヌとは対照的に櫻華は真っ直ぐと目的地に
向かう。
互いの旅の目的は途中語った。櫻華がヴァルカンに来たのは緑茶が旨いと評
判の茶屋があるという話を聞いたからだ。ノクテュルヌは神々の楽典という物
を探しているらしい。
「椿、そんなに余所見をしていると迷うぞ」
椿とはノクテュルヌのことだ。道中ノクテュルヌの名前を呼ぶたびに櫻華が
舌を噛むのを見てノクテュルヌがそう呼べばいいと言ってくれたのだ。
「だってほら、私ヴァルカンは初めてだし」
櫻華の声にノクテュルヌが振り向く。初めての街にやや興奮気味のようだ。
「気持ちはわかるがまた変な輩に絡まれても知らんぞ」
ノクテュルヌは弱いわけではない。それはわかる。だが櫻華から言わせれば
緊張感というか危機感というか。そういう部分が少し薄い感じがある。
「うーん、そうなったら逃げる」
微笑むノクテュルヌを見て、櫻華は少し苦笑する。それはよく見ないとわか
らないほどの苦笑ではあるが。
「そうか」
一言だけ言って櫻華は舗装されてない土がむき出しの道をまた歩き出した。
「ここ?」
「ああ、店の名前を間違ってなければここだ」
入り口の脇に立っているのぼりに「茶屋」とストレートで素気ない看板を掲
げた店を見て櫻華は今一度聞いた話を思い出していた。聞けば間違えようの無
い名前。確かにこれは間違えようも無い。
「えらく簡単というか、わかりやすい店だね」
ノクテュルヌが苦笑する。お茶葉を煎る匂いが店先まで漂ってくる。その香
りに誘われるように櫻華はのれんをくぐった。
店の中には質素なテーブルと椅子が数組、後はカウンターがあるだけという
看板同様素気ない造りだった。客の入りはそこそこといった感じだった。昼
前、時間的にまだ混む時間ではないのだろう。
適当な椅子に座ってノクテュルヌはきょろきょろと周りを観察する。物珍し
いものは特にないと思うのだが。
「何をそんなに見ているんだ」
「こういうとこって初めてだから。珍しくって」
ノクテュルヌにとっては十分珍しかったようだ。ひょっとしたら彼女は緑茶
も飲んだことがないかもしれない。
「いらっしゃい。はいお品書き」
「お品書き?」
「メニューの事だ。大陸の東の方ではメニューをそう呼ぶ場所がある」
「へぇ」
ノクテュルヌは店員のおばさんからお品書きを受け取っておもしろそうに覗
き込む。櫻華は上から順に読んでいく。
「お茶と、そうだな桜餅でももらおう」
「えーと、私も同じの。あ、あとこのようかんっていうの」
「あいよ。あんた、お茶と桜餅二つ、あとようかん一つ」
おばさんはカウンターの奥に叫ぶ。その声に応じて奥から声が返ってくる。
「ねえねえ、ようかんってなに?」
「……知らずに頼んだのか?」
「あははは」
ため息を一つついて櫻華は簡単にようかんの説明を始める。まあ珍しい菓子
には違いないと思う。
「小豆を蒸し、裏ごしして寒天と砂糖を加えて冷やして固めた菓子のことだ」
「へぇ、……おいしい?」
「それは自分で確かめた方が早いと思うぞ」
「はい、お待ちど」
テーブルに湯のみが二つと小皿が三つ並べられる。
「その黒いのがようかんだ」
「これが……」
竹楊枝の刺さったようかんをまじまじと見つめる。櫻華はそんなノクテュル
ヌをよそに緑茶を一口すする。
「うむ、評判どおりだ」
「あ、美味しい。おばちゃーん、ようかんもう一つ」
ノクテュルヌはようかんが気に入ったらしい。櫻華も桜餅を口に運ぶ。餅の
食感とあんの甘さが上手く合わさり、上品な味に仕上がっている。お茶請けと
してだけでなくそれ単品でも十分やっていけそうな味だ。
「それで、椿はこれからどうする。その楽典とやらを探すのか?」
「うーん……、どうしよう」
ノクテュルヌは緑茶をすすり笑顔でそう応えた。まったくこの娘はホントに
緊張感がない。
「なにか目的があってヴァルカンに来たんじゃないのか?」
「目的、うーん。目的……」
難しい顔して本気で考え込む。その様子に苦笑して櫻華は緑茶をすすった。
「エメ! どうしたんだい」
不意におばさんの声が店の中に響いた。二人は何事かとおばさんの方を見
る。入り口の所に泥だらけの少年が立っていた。
「またいじめられたのかい?」
おばさんは少年、エメの顔についた泥を拭きながらそう尋ねた。泣き出しそ
うな表情で小さく頷く。
「また、虹がどうとか言ったんだろ。まったくこの子は。ほら着がえといで」
おばさんに背中を叩かれエメは店の奥へととぼとぼと歩いていった。
「ははは、旅の人に情けないところを見せちまったね」
おばさんは櫻華とノクテュルヌに苦笑いを向ける。
「エメ君、ですか。いじめらてるんですか?」
「あー、まあ子供だからねぇ、そういうこともわるわよ」
おばさんは誰に似たんだかという感じで肩をすくめた。心配ではあるのだろ
うが、さほど気にする事ではないということだろうか。
「虹がどうとか言ってましたが、どういう意味ですか?」
「椿、余所様の家庭に首を突っ込むのはどうかと思うが」
「ははは、いいよそのぐらいここに住んでる者なら誰でも知ってる昔話だから
ね。まあ、虹っていうのはね昔、まだヴァルカンが小さな町だったころに雨も
降ってないのにヴァルメストの山に虹がかかったって言うんだよ。しかも女の
歌声が聞こえたってもんだから歌姫の虹伝説なんてご大層な名前がついたりし
てるんだよ」
おばさんは饒舌に虹の伝説について語ってくれた。きっと何度か同じように
旅人に話したのだろうと想像がつく。見た目で判断してはいけないがいかにも
話し好きそうな顔をしている。
「それで、その昔話をエメがお爺ちゃんから聞いて、それからずーっと山を見
るようになってね。他の子からしてみればそれが変に思えたんだろうね」
そこまで話しておばさんは複雑そうな表情をした。やはり自分の子供がいじ
められているのはいい気分ではないのだろう。
「それで……」
ノクテュルヌが小さく呟く。何か思うところでもあるのだろうか。
「まあ、親がこういうのもあれだけど。いい子だからすぐに仲直りできると思
うんだけどね」
おばさんは元気に笑って店の奥に戻っていった。
「ねえ」
「虹を探すのか」
「え? よくわかったね。狛楼さんて読心できるの?」
「いや、それはできないがなんとなく、な」
少しぬるくなった緑茶をすすって櫻華は言った。少しノクテュルヌの思考が
わかってきたが、ホントに言い出すとは思わなかった。
「ほら、やっぱり放っておけないでしょ、こういうのって。あっ」
櫻華の後を通り過ぎようとしたエメを見つけたノクテュルヌは彼の前まで行
くとその場にしゃがみこんだ。
「エメ君。お姉ちゃんが絶対虹をかけてあげるからね」
エメの肩に手を乗せ、ノクテュルヌは力強くそう言った。当のエメは少々戸
惑った様子だったが。
「ホントに?」
「うん、約束。だから待っててね」
「うん!」
その言葉にエメは満面の笑みで応え、元気に外へ駆け出していった。
「そんな約束をしていいのか?」
多少呆れた感じで櫻華はノクテュルヌに向かって口を開いた。
「狛楼さんはエメ君のこととか虹の伝説とかって気にならない?」
「それは、気になるが」
「でしょ? だったらさ協力してくれるよね」
そう笑顔で尋ねてくる。少し雰囲気の違う笑顔。ヴァルカンに来る道中、ノ
クテュルヌの同じ顔を見たのを櫻華は思い出した。
「皆はそんな物無いっていうけど、自分で確かめもしないでそんなこと言うの
は間違ってると思うんだ」
確かノクテュルヌの言ったのはそんな言葉だった。ひょっとしたら彼女は自
分とエメを重ね合わせているのかもしれない。
「そうだな。これから特にすることも無いからな」
「やった。それじゃあ情報収集からスタート」
ガッツポーズで元気に笑顔なノクテュルヌに不思議と表情が柔らかくなるの
を櫻華は感じた。
「じゃあ、行きましょ」
「ああ、そうだな。それから……私のことは櫻華と呼んでくれ」
「え? うん、わかったよろしくね櫻華ちゃん」
「ちゃん……」
予想外の敬称に苦笑してしまう。だが、嫌な感じはやはりしなかった。
NPC:悪漢の方々 エメ少年 ヴァルカンの街の人々
場所:ヴァルカン
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空は晴れ、幾つかの小さな雲がゆっくりと流れて行く。その中をトンビがの
どかにぴーひょろ鳴きながら旋回している。
遠くには木が生えていない禿山、ヴァルメスト火山が見えるが、近くを見渡
せば木々がしげり、動物達がひょっこり顔をだして通り過ぎて行く。
ウィンブル街道。ファイからヴァルカンを繋ぐ街道の一つで、設置されたのが
古く舗装もされてないため荒れ放題であるためよほどの急ぎで無い限り滅多に
人は通らない。
その反面山賊など危険な輩も出ないいたって平和な街道である。
このなんの変哲も無い街道にも唯一と言っていい名物がある。樹齢百年を超
える大きな桜の木だ。
毎年決まった時期に咲かず、時々思い出したように咲くその桜を知るものは
「気まぐれ桜」と、なんのひねりも無い名前で呼んでいた。
そんな気まぐれ桜は今年もまた思い出した様に花を咲かせていた。そこに運
良く出くわした一人の女性が桜の下で緑茶をすすっている。
歳は二十前後だろうか、黒地に桜の花びらの柄を縫いこんだ式服をまとい、
透き通るような白い髪を後頭部で結っている。
性は狛楼、名は櫻華という名だ。
櫻華は正座して愛用の水筒を膝の上で抱え、時折吹く風で舞い散る桜を目で
追う。桜の花びらは風に吹かれくるくると踊りながら地面に落ちてくる。
ひとしきり見て終わると櫻華は水筒の緑茶をふたたび口に入れ、また風が吹
くと桜を見つめる。
誰も通らない街道沿いにこんなにも美しい桜が咲いていようとは。櫻華は一
人得をした気分で桜と緑茶の風情を楽しんでいた。
どれぐらいか、少なくとも一時間以上同じ動作を繰り返していた櫻華の耳に
風の音とも木々のざわめきとも違う雑音が入ってきた。男の怒声だ。誰かを追
っているのだろうか。
山を降りてこのかた桜を見る機会などあまりなかった櫻華はこの無粋な輩に怒
りを覚えた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
少し説教でもしてやろうと、水筒に栓をし腰に吊るして立ち上がった櫻華が
最初に見たのは女性だった。
「うわぁ、綺麗」
紅の瞳を輝かせて女性は開口一番そう言った。キレイな藍色のきちっとした
制服。櫻華は以前立ち寄ったコールベルで同じような服を着た人間を何人か見
た。確か、国立神学校の制服だ。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
数瞬桜に見とれていた女性は、櫻華の存在に気付き苦笑交じりの笑顔で言
う。
「いや、お前は別段邪魔ではない」
気まぐれ桜を見て綺麗と言う彼女は気にならない。むしろその後から息を切
らしてやってくる数人の男達のほうが櫻華には邪魔な存在だった。
「はあはあ、てんめぇこのアマ。やっと観念したか!」
育ちが見て取れるような言葉遣いで男は女性に近づく。見た目からして山
賊、とまではいかないが、それに近い種類の人間であることがわかる。
「ああ、もうしつこいなぁ」
女性はうんざりした顔で男達の方に振り返った。どうやらこの下賎な連中は
彼女を追いかけていたらしい。
「大人しく鍵を渡せ。そうすればちょーっと痛い思いをするだけですむから
よ」
「ひょっとしたら途中で気持ちよくなるかもよ」
阿呆に格下げだ。櫻華は男達の下品な言葉にそう心の中で毒づいた。そして
腰の愛刀に手をかけた。
「あーあ、鬱陶しいから消えてくれない? 君達みたいなアホにかまってるほ
どヒマじゃないだよね」
女性は三日月の形を模した弦楽器――たしかハープという名前だったと思う
――を握り締めて男達を威嚇する。
「はぁ? なんだそりゃ。そんなんで俺達とやりあおうってのか」
先頭に立っていた男が天を仰ぐふりをして笑う。どうやらこの阿呆達は人間
性も底がしれているが実力の底も浅いようだ。
「そうか、ならこれならどうだ」
櫻華の声は男のすぐ真後ろから聞こえた。愛刀の黒い柄の小太刀、陰を男の
喉下にあてて力をこめる。
「な、なななななんだよあんた。あんたには関係ないだろ」
「確かに関係無い。だが女一人に大の男が大勢で取り囲むのを黙って見過ごす
こともできない」
声のトーンも表情も変えずに櫻華はさらに小太刀に力を込める。このまま横
に引けば男はもう一つ口ができそこから大量の血を流して死ぬだろう。
「わ、わかった。何が望みだ? あ、か、金か? だったらあの女を捕まえれ
ば大金が貰える、それをあんたに、あがっ」
男が言い終える前に櫻華は小太刀の柄で男の顎を外す。これ以上阿呆の戯言
を聞いていてもしょうがない。
「失せろ。でなければ今度は首を落とす」
金色の瞳で男達を睨みつける。いくら阿呆で底が知れているからといっても
さすがにここまでやれば退くだろうと思ってのことだったが。
「この、よくも兄貴を!」
後のほうで控えていた男が大振りに剣をかざして櫻華に斬りかかってきた。
やれやれと櫻華はため息をついてもう一本の小太刀を抜く。
「まったくこれだから阿呆は」
白い柄の小太刀、陽で剣を受け流し、陰で剣の刀身を斬り飛ばした。半歩下
がって勢いを殺しきれなかった男の顔面に蹴りを入れると、そのまま男は動か
なくなる。死にはしていないだろうがしばらく目は覚まさないだろう。
「まだやるか?」
「ひ、ひやぁああああ」
情けない声を出して阿呆達は逃げ去っていった。櫻華は小太刀を鞘に収める
と女性に向直った。
「ありがとう。私戦いってあんまり得意じゃなくて」
「そうは見えなかったが?」
櫻華の言葉に女性は再び苦笑した。男達よりも速く走って息も切らさない女
性が戦えないとも言い切れないが、少なくとも阿呆達と対峙した時の雰囲気と
立ち振る舞いは達人のそれだった。
「えーと、正確に言えば手加減って苦手なの」
なるほど、それで納得がいった。いくら相手が阿呆であっても殺さないまで
も大怪我をさせてしまっては後味が悪いという事だろう。普通の人間ならそう
言う考えるものだ。
「そうか。いらぬ世話にならなくてよかった」
そう言って櫻華は踵を返し歩き出した。
「あ、待って待って。貴女ヴァルカンに行くの?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
「私もヴァルカンまで行くんだけど一緒にどう?」
突然の申し出に多少戸惑う。別段悪い人間ではなさそうだが。
「だめ?」
「いや、断る理由もないからな」
「じゃあオッケーってことだね」
「ああ」
押し切られる形になったとも言えるが。旅は道連れという諺もあることだ。
少しの間この女性と旅をしてみよう。
「私の名前はノクテュルヌ・ウィンディッシュグレーツっていうの。よろし
く」
「ああ、私は狛楼だ。よろしく」
手を差し出すとノクテュルヌはそれに応じた。
「それじゃ、行こ」
軽く握手を交わすと、なんとも元気にノクテュルヌは歩き始めた。櫻華もそ
れに続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
炎の山、死の山、鉄と水晶の山。昔から数多くの呼び名で恐れられ、崇めら
れてきた山。それが大陸有数の火山ヴァルメスト。百年ほど前にヴァルメスト
から良質の鉄鉱石や水晶が発見され、裾野近くに鉱山街としてヴァルカンが生
まれた。
最初は鉱山夫の町として発展したヴァルカンだが、鉄鉱石の質が非常に良
く、
それを求めて大陸中から鍛冶屋が集まった。そうなると武器商が自然とやって
く
る。そうしてヴァルカンは「全ての武器が揃う街」と謳われるほどに至った。
「うわー、男くさーい」
ノクテュルヌは笑いながら周囲を見渡した。道行くほとんどの人が男、しか
も、ごつい、厳つい、でかい。という表現がぴったりの男達ばかりだった。
「鍛冶屋と鉱山夫の町だからな。当然といえば当然だ」
きょろきょろしているノクテュルヌとは対照的に櫻華は真っ直ぐと目的地に
向かう。
互いの旅の目的は途中語った。櫻華がヴァルカンに来たのは緑茶が旨いと評
判の茶屋があるという話を聞いたからだ。ノクテュルヌは神々の楽典という物
を探しているらしい。
「椿、そんなに余所見をしていると迷うぞ」
椿とはノクテュルヌのことだ。道中ノクテュルヌの名前を呼ぶたびに櫻華が
舌を噛むのを見てノクテュルヌがそう呼べばいいと言ってくれたのだ。
「だってほら、私ヴァルカンは初めてだし」
櫻華の声にノクテュルヌが振り向く。初めての街にやや興奮気味のようだ。
「気持ちはわかるがまた変な輩に絡まれても知らんぞ」
ノクテュルヌは弱いわけではない。それはわかる。だが櫻華から言わせれば
緊張感というか危機感というか。そういう部分が少し薄い感じがある。
「うーん、そうなったら逃げる」
微笑むノクテュルヌを見て、櫻華は少し苦笑する。それはよく見ないとわか
らないほどの苦笑ではあるが。
「そうか」
一言だけ言って櫻華は舗装されてない土がむき出しの道をまた歩き出した。
「ここ?」
「ああ、店の名前を間違ってなければここだ」
入り口の脇に立っているのぼりに「茶屋」とストレートで素気ない看板を掲
げた店を見て櫻華は今一度聞いた話を思い出していた。聞けば間違えようの無
い名前。確かにこれは間違えようも無い。
「えらく簡単というか、わかりやすい店だね」
ノクテュルヌが苦笑する。お茶葉を煎る匂いが店先まで漂ってくる。その香
りに誘われるように櫻華はのれんをくぐった。
店の中には質素なテーブルと椅子が数組、後はカウンターがあるだけという
看板同様素気ない造りだった。客の入りはそこそこといった感じだった。昼
前、時間的にまだ混む時間ではないのだろう。
適当な椅子に座ってノクテュルヌはきょろきょろと周りを観察する。物珍し
いものは特にないと思うのだが。
「何をそんなに見ているんだ」
「こういうとこって初めてだから。珍しくって」
ノクテュルヌにとっては十分珍しかったようだ。ひょっとしたら彼女は緑茶
も飲んだことがないかもしれない。
「いらっしゃい。はいお品書き」
「お品書き?」
「メニューの事だ。大陸の東の方ではメニューをそう呼ぶ場所がある」
「へぇ」
ノクテュルヌは店員のおばさんからお品書きを受け取っておもしろそうに覗
き込む。櫻華は上から順に読んでいく。
「お茶と、そうだな桜餅でももらおう」
「えーと、私も同じの。あ、あとこのようかんっていうの」
「あいよ。あんた、お茶と桜餅二つ、あとようかん一つ」
おばさんはカウンターの奥に叫ぶ。その声に応じて奥から声が返ってくる。
「ねえねえ、ようかんってなに?」
「……知らずに頼んだのか?」
「あははは」
ため息を一つついて櫻華は簡単にようかんの説明を始める。まあ珍しい菓子
には違いないと思う。
「小豆を蒸し、裏ごしして寒天と砂糖を加えて冷やして固めた菓子のことだ」
「へぇ、……おいしい?」
「それは自分で確かめた方が早いと思うぞ」
「はい、お待ちど」
テーブルに湯のみが二つと小皿が三つ並べられる。
「その黒いのがようかんだ」
「これが……」
竹楊枝の刺さったようかんをまじまじと見つめる。櫻華はそんなノクテュル
ヌをよそに緑茶を一口すする。
「うむ、評判どおりだ」
「あ、美味しい。おばちゃーん、ようかんもう一つ」
ノクテュルヌはようかんが気に入ったらしい。櫻華も桜餅を口に運ぶ。餅の
食感とあんの甘さが上手く合わさり、上品な味に仕上がっている。お茶請けと
してだけでなくそれ単品でも十分やっていけそうな味だ。
「それで、椿はこれからどうする。その楽典とやらを探すのか?」
「うーん……、どうしよう」
ノクテュルヌは緑茶をすすり笑顔でそう応えた。まったくこの娘はホントに
緊張感がない。
「なにか目的があってヴァルカンに来たんじゃないのか?」
「目的、うーん。目的……」
難しい顔して本気で考え込む。その様子に苦笑して櫻華は緑茶をすすった。
「エメ! どうしたんだい」
不意におばさんの声が店の中に響いた。二人は何事かとおばさんの方を見
る。入り口の所に泥だらけの少年が立っていた。
「またいじめられたのかい?」
おばさんは少年、エメの顔についた泥を拭きながらそう尋ねた。泣き出しそ
うな表情で小さく頷く。
「また、虹がどうとか言ったんだろ。まったくこの子は。ほら着がえといで」
おばさんに背中を叩かれエメは店の奥へととぼとぼと歩いていった。
「ははは、旅の人に情けないところを見せちまったね」
おばさんは櫻華とノクテュルヌに苦笑いを向ける。
「エメ君、ですか。いじめらてるんですか?」
「あー、まあ子供だからねぇ、そういうこともわるわよ」
おばさんは誰に似たんだかという感じで肩をすくめた。心配ではあるのだろ
うが、さほど気にする事ではないということだろうか。
「虹がどうとか言ってましたが、どういう意味ですか?」
「椿、余所様の家庭に首を突っ込むのはどうかと思うが」
「ははは、いいよそのぐらいここに住んでる者なら誰でも知ってる昔話だから
ね。まあ、虹っていうのはね昔、まだヴァルカンが小さな町だったころに雨も
降ってないのにヴァルメストの山に虹がかかったって言うんだよ。しかも女の
歌声が聞こえたってもんだから歌姫の虹伝説なんてご大層な名前がついたりし
てるんだよ」
おばさんは饒舌に虹の伝説について語ってくれた。きっと何度か同じように
旅人に話したのだろうと想像がつく。見た目で判断してはいけないがいかにも
話し好きそうな顔をしている。
「それで、その昔話をエメがお爺ちゃんから聞いて、それからずーっと山を見
るようになってね。他の子からしてみればそれが変に思えたんだろうね」
そこまで話しておばさんは複雑そうな表情をした。やはり自分の子供がいじ
められているのはいい気分ではないのだろう。
「それで……」
ノクテュルヌが小さく呟く。何か思うところでもあるのだろうか。
「まあ、親がこういうのもあれだけど。いい子だからすぐに仲直りできると思
うんだけどね」
おばさんは元気に笑って店の奥に戻っていった。
「ねえ」
「虹を探すのか」
「え? よくわかったね。狛楼さんて読心できるの?」
「いや、それはできないがなんとなく、な」
少しぬるくなった緑茶をすすって櫻華は言った。少しノクテュルヌの思考が
わかってきたが、ホントに言い出すとは思わなかった。
「ほら、やっぱり放っておけないでしょ、こういうのって。あっ」
櫻華の後を通り過ぎようとしたエメを見つけたノクテュルヌは彼の前まで行
くとその場にしゃがみこんだ。
「エメ君。お姉ちゃんが絶対虹をかけてあげるからね」
エメの肩に手を乗せ、ノクテュルヌは力強くそう言った。当のエメは少々戸
惑った様子だったが。
「ホントに?」
「うん、約束。だから待っててね」
「うん!」
その言葉にエメは満面の笑みで応え、元気に外へ駆け出していった。
「そんな約束をしていいのか?」
多少呆れた感じで櫻華はノクテュルヌに向かって口を開いた。
「狛楼さんはエメ君のこととか虹の伝説とかって気にならない?」
「それは、気になるが」
「でしょ? だったらさ協力してくれるよね」
そう笑顔で尋ねてくる。少し雰囲気の違う笑顔。ヴァルカンに来る道中、ノ
クテュルヌの同じ顔を見たのを櫻華は思い出した。
「皆はそんな物無いっていうけど、自分で確かめもしないでそんなこと言うの
は間違ってると思うんだ」
確かノクテュルヌの言ったのはそんな言葉だった。ひょっとしたら彼女は自
分とエメを重ね合わせているのかもしれない。
「そうだな。これから特にすることも無いからな」
「やった。それじゃあ情報収集からスタート」
ガッツポーズで元気に笑顔なノクテュルヌに不思議と表情が柔らかくなるの
を櫻華は感じた。
「じゃあ、行きましょ」
「ああ、そうだな。それから……私のことは櫻華と呼んでくれ」
「え? うん、わかったよろしくね櫻華ちゃん」
「ちゃん……」
予想外の敬称に苦笑してしまう。だが、嫌な感じはやはりしなかった。
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場所:ヴァルカン「酒場」~「豪富門前」
PC:ノクテュルヌ、櫻華
NPC:『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』、受け付け男性、衛兵
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「情報収集については、博識な情報通の友達がいるんだ」
彼女はそう言いながら、ギルド関連の施設方向へと足を進めていた。
着いたところはギルドが経営担当する酒場の一つ。
酒場とは対面する反対位置のカウンターに、彼女は声をかける。
ギルドの事務人事経営系を受け持つ事務所らしい。
「こんにちわ、登録リストにのってる方の所在を探して欲しいのだけれど?」
男性、60半ばの壮年はぶっきらぼうに答える。この街の男は大抵そんな感じだ。
「誰だい?」
「『不思議の国(アナザー・ワールド)』の住人を探してるの、
そう…『三月兎』さんとか、今ヴァルカンにいないかなぁ?」
男性は、しばし絶句してこちらを見ていた。
明らかに疑いと好奇心がないまぜになった視線にすら、
彼女は微笑みながら受け止める。
「……あのA級変質者達の事か?」
「うん、彼らは全員A級資格は持ってるよ?」
「いや、そっちのランクじゃない。キチガイ度でもA級だぞ」
そのとき、背後からしわがれた老人の声音が響いた。
「『三月兎』はこの街にいないぞぉい、『不思議の国の住人(アナザー・ワールド・
メンバーズ)』は、火山の町にこの老いぼれしかおらんぞぉ」
櫻華とノクテュルヌは振り返る。
そこにいたのは、明らかに人外の『鳥』。
『絶滅鳥(ドードー)』といわれる哺乳類の種類によく似た風体、
しかしサイズは人間の子供サイズ。何故か紳士服と赤いスカーフを巻いて、どこぞの
男爵のような服装。
男性に負けず劣らず絶句している櫻華をおいて、
ノクテュルヌは嬉しそうに挨拶をする。
「『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』…お久し振りです、懐かしいなぁ。
お元気でしたか?」
「なるほど…櫻華さんというのかぇ…。
さぞ『虹追い』の連れは疲れましょう、何せあの陰険謀略で知られるコールベル『五
人元首』の頭髪を軽量化させる因果関係の一つは、この『虹追い人』の探求癖ですか
らな」
マグカップで『緑茶』をすすりつつ、しみじみといった雰囲気で語る鳥。
「ひどいなぁ、おじいちゃん達の頭髪が薄くなるのは絶対君達のせいだよ。
だってこの間『イカレ帽子屋』なんてコールベルの新聞社に『五人元首』のカツラ疑
惑なんて持ち込んだから、おじいちゃん達はカツラをつけないで地毛で頑張ってるん
だよ?」
ぷうっとふくれつつ、同じ緑茶をマグカップで飲み込むノクテュルヌ。
隣には、さらに同じ形式のカップで緑茶をすする櫻華。
はっきりいって、
マグカップで緑茶をすする鳥と女性達は酒場の注目度はトップである。
「……その、貴方は…」
「『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』、「コー爺」で結構じゃよ。
しかし、何を求めて『虹追い』はかような辺境に訪れたのじゃ?ここには『神々の楽
典』どころか『歌詞(テクスト)』の欠片もないぞぃ」
長く太い嘴を上手く使いながら、緑茶を流し込む老鳥。
櫻華にも気軽に、名前で呼ばせる辺りが心の広さを示している。
「探し物は一時中断。どうせきっとすべての歌詞(テクスト)は見つからないもの。
それより、炎の峰に連なる虹の伝説。『絶滅老鳥』ならご存知ではないですか?」
ふむ、と顎下をなでる鳥。
「虹の橋…『ビフロスト』とも呼ばれるな。
後者の言い伝えは、天の国に勇者を連れて行く戦乙女が使う道だ という伝説もあっ
たのぉ。今回はまったく関係無いが」
「そうやって別の講釈をする時は、いつも『絶滅老鳥』はヒントを知ってる」
ふぉふぉふぉ と笑う鳥を尻目に、ノクテュルヌは笑顔で隣の櫻華の刀を借りて(奪
い取って)老鳥に突きつける。
笑顔で早業、しかも後悔がないあたり性質が悪い。
「……相変わらず手が早いのぉ…ま、いいわ。
虹の歌姫伝説ならこの町の豪富、ダヴィードが知っておる。あ奴はいやに研究熱心だ
そうじゃ、そ奴の方が私より博識だろう……気をつけろよ、『虹追い』。
虹を追っているのは、そなただけではないぞ」
豪勢な門構え。
壁のように立ちそびえる門に、ノクテュルヌと櫻華は並列して立っている。
「豪華だねぇ」
「私はあまり好きではないが」
衛兵まで配備されている辺り、よほど豪華な暮らし振りなのだろう。
「…で、どうする?思い切って正面撃破とか?」
「生理的には好ましい条件だが、現実的に受け入れ難いな。普通に話し合いで通して
もらおう」
「そう?」
衛兵が、なにやら不吉極まる顔で威嚇&身構えしていたのは言うまでもなかった。
PC:ノクテュルヌ、櫻華
NPC:『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』、受け付け男性、衛兵
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「情報収集については、博識な情報通の友達がいるんだ」
彼女はそう言いながら、ギルド関連の施設方向へと足を進めていた。
着いたところはギルドが経営担当する酒場の一つ。
酒場とは対面する反対位置のカウンターに、彼女は声をかける。
ギルドの事務人事経営系を受け持つ事務所らしい。
「こんにちわ、登録リストにのってる方の所在を探して欲しいのだけれど?」
男性、60半ばの壮年はぶっきらぼうに答える。この街の男は大抵そんな感じだ。
「誰だい?」
「『不思議の国(アナザー・ワールド)』の住人を探してるの、
そう…『三月兎』さんとか、今ヴァルカンにいないかなぁ?」
男性は、しばし絶句してこちらを見ていた。
明らかに疑いと好奇心がないまぜになった視線にすら、
彼女は微笑みながら受け止める。
「……あのA級変質者達の事か?」
「うん、彼らは全員A級資格は持ってるよ?」
「いや、そっちのランクじゃない。キチガイ度でもA級だぞ」
そのとき、背後からしわがれた老人の声音が響いた。
「『三月兎』はこの街にいないぞぉい、『不思議の国の住人(アナザー・ワールド・
メンバーズ)』は、火山の町にこの老いぼれしかおらんぞぉ」
櫻華とノクテュルヌは振り返る。
そこにいたのは、明らかに人外の『鳥』。
『絶滅鳥(ドードー)』といわれる哺乳類の種類によく似た風体、
しかしサイズは人間の子供サイズ。何故か紳士服と赤いスカーフを巻いて、どこぞの
男爵のような服装。
男性に負けず劣らず絶句している櫻華をおいて、
ノクテュルヌは嬉しそうに挨拶をする。
「『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』…お久し振りです、懐かしいなぁ。
お元気でしたか?」
「なるほど…櫻華さんというのかぇ…。
さぞ『虹追い』の連れは疲れましょう、何せあの陰険謀略で知られるコールベル『五
人元首』の頭髪を軽量化させる因果関係の一つは、この『虹追い人』の探求癖ですか
らな」
マグカップで『緑茶』をすすりつつ、しみじみといった雰囲気で語る鳥。
「ひどいなぁ、おじいちゃん達の頭髪が薄くなるのは絶対君達のせいだよ。
だってこの間『イカレ帽子屋』なんてコールベルの新聞社に『五人元首』のカツラ疑
惑なんて持ち込んだから、おじいちゃん達はカツラをつけないで地毛で頑張ってるん
だよ?」
ぷうっとふくれつつ、同じ緑茶をマグカップで飲み込むノクテュルヌ。
隣には、さらに同じ形式のカップで緑茶をすする櫻華。
はっきりいって、
マグカップで緑茶をすする鳥と女性達は酒場の注目度はトップである。
「……その、貴方は…」
「『絶滅老鳥(ソロモン・コー)』、「コー爺」で結構じゃよ。
しかし、何を求めて『虹追い』はかような辺境に訪れたのじゃ?ここには『神々の楽
典』どころか『歌詞(テクスト)』の欠片もないぞぃ」
長く太い嘴を上手く使いながら、緑茶を流し込む老鳥。
櫻華にも気軽に、名前で呼ばせる辺りが心の広さを示している。
「探し物は一時中断。どうせきっとすべての歌詞(テクスト)は見つからないもの。
それより、炎の峰に連なる虹の伝説。『絶滅老鳥』ならご存知ではないですか?」
ふむ、と顎下をなでる鳥。
「虹の橋…『ビフロスト』とも呼ばれるな。
後者の言い伝えは、天の国に勇者を連れて行く戦乙女が使う道だ という伝説もあっ
たのぉ。今回はまったく関係無いが」
「そうやって別の講釈をする時は、いつも『絶滅老鳥』はヒントを知ってる」
ふぉふぉふぉ と笑う鳥を尻目に、ノクテュルヌは笑顔で隣の櫻華の刀を借りて(奪
い取って)老鳥に突きつける。
笑顔で早業、しかも後悔がないあたり性質が悪い。
「……相変わらず手が早いのぉ…ま、いいわ。
虹の歌姫伝説ならこの町の豪富、ダヴィードが知っておる。あ奴はいやに研究熱心だ
そうじゃ、そ奴の方が私より博識だろう……気をつけろよ、『虹追い』。
虹を追っているのは、そなただけではないぞ」
豪勢な門構え。
壁のように立ちそびえる門に、ノクテュルヌと櫻華は並列して立っている。
「豪華だねぇ」
「私はあまり好きではないが」
衛兵まで配備されている辺り、よほど豪華な暮らし振りなのだろう。
「…で、どうする?思い切って正面撃破とか?」
「生理的には好ましい条件だが、現実的に受け入れ難いな。普通に話し合いで通して
もらおう」
「そう?」
衛兵が、なにやら不吉極まる顔で威嚇&身構えしていたのは言うまでもなかった。
場所:ヴァルカン
PC:ノクテュルヌ、櫻華、スイ
NPC:ダヴィード
----------------------------------------------------------------
突如、櫻華とノクテュルヌの目の前に、何かが落ちるように現れた。
落ちてきた「それ」は、長い棒を二人に突き出す。
「それ」を追うように、木の葉が落ちてくる。どうやら、木の上に潜んでいた
ようだ。「落ちるように」ではなく、実際、「落ちて」現れたのだろう。
梳(す)かれた様子の見られない、くすんだ金色の毛。ボロボロで大きめの服
を纏っているというのに、その身体の細さは、突き出された腕から感じられる。
顔立ちは決して美しいといえるものではなかったが、獣のようなギラついた三白
眼気味の眼が印象的である。
その体格からも、顔立ちからも、男性とも女性とも判別のつきにくい人物で
あった。
その人物が、口を開く。
「……客人か……それとも敵か?」
声も、やはり性別の判断のしにくいハスキーな声であった。
櫻華はその人物の後ろに目をやる。さっきまで不振げな表情をしていた衛兵が
今度は慌てた表情で、持ち場を離れ、中に駆け込んでいくのが見えた。どうや
ら、彼にとってその人物の登場は予期されたものではなかったらしい。
その光景を背にし、突然現れた獣のような人間は、二人を睨みつけている。
その人物から感じられる殺気に、櫻華は腰の剣を抜き取ろうと試みるが、それ
を読むかのように棒の先が同時に少しだけ揺らめくのを見て、諦める。
その人物の殺気に当てられた櫻華をノクテュルヌは手で制し、にこやかにその
『危険人物』に話しかける。
「それは勿論、客人に決まってるでしょ?
ダヴィードさん、ここにいるって聞いてきたんだけど……いるかなぁ?」
その、ノクテュルヌの穏やかな雰囲気にも、その人物は引かなかった。
「……タダの客人が『正面撃破』などと言うか。何者だ」
「あら。聞いていたみたいだね」
と、ノクテュルヌは櫻華を見て、てへ、と笑う。
そのノクテュルヌの様子で、落ち着きを戻した櫻華が今度は口を開く。
「……それは、いわゆる……冗談というヤツだ。
私達は、戦いに来たわけじゃない。話し合いに来たんだ。
だから、ダヴィードという人がいるのなら、取り次いでくれ」
そこに、新たな声の介入が入った。
「スイ! そこで何をしているんだ!」
声のした方向を見ると、そこには男性がいた。年齢は、三十代の初め頃だろ
う。体格は決して貧相ではないのだが、どことなく、なよっとした雰囲気を感じ
させる。声質は深みのある声で、品のあるものなのだが、そのテの声は鼻につく
人もいるということを忘れてはいけない。
その男の後ろには先ほどの衛兵が不安げに男の肩越しで様子を覗いている。ど
うやら衛兵がこの男を呼んできたらしい。
スイと呼ばれた人物は、ようやく棒を下げ、その男性の方を振り返る。
「誰がお前にそんなことを頼んだ? そのお嬢さん方に失礼ではないか」
男は、嗜(たしな)めるような口調で、スイに言う。
「……アンタが私に何かしろと命令しないから、自分で考えた範囲で自由に行動
をしているのではないか。
それに、ちゃんと刃は向けていない。柄を使っている」
スイは、顔色も変えず、先ほど突き出していた棒の反対側を見せる。その先
の、白い革で包まれている部分を見せる。どうやら、槍のようであった。
「そういう問題ではない。もういい、お前は下がっていろ。
話がややこしくなるではないか」
男は額に手をあて、ため息をついた。
スイはそれを聞くと、フン、と鼻を鳴らし、扉の中へと入り、消えた。
それを、見送った後、男は櫻華とノクテュルヌの方に向き、紳士のお手本のよ
うなお辞儀をした。
「先ほどは失礼があったようだ。お嬢さん方。
私が、ここの主(あるじ)、ダヴィードだ」
----------------------------------------------------------------
straff[シュトラフ]:緊張した=弦などを張りつめること
PC:ノクテュルヌ、櫻華、スイ
NPC:ダヴィード
----------------------------------------------------------------
突如、櫻華とノクテュルヌの目の前に、何かが落ちるように現れた。
落ちてきた「それ」は、長い棒を二人に突き出す。
「それ」を追うように、木の葉が落ちてくる。どうやら、木の上に潜んでいた
ようだ。「落ちるように」ではなく、実際、「落ちて」現れたのだろう。
梳(す)かれた様子の見られない、くすんだ金色の毛。ボロボロで大きめの服
を纏っているというのに、その身体の細さは、突き出された腕から感じられる。
顔立ちは決して美しいといえるものではなかったが、獣のようなギラついた三白
眼気味の眼が印象的である。
その体格からも、顔立ちからも、男性とも女性とも判別のつきにくい人物で
あった。
その人物が、口を開く。
「……客人か……それとも敵か?」
声も、やはり性別の判断のしにくいハスキーな声であった。
櫻華はその人物の後ろに目をやる。さっきまで不振げな表情をしていた衛兵が
今度は慌てた表情で、持ち場を離れ、中に駆け込んでいくのが見えた。どうや
ら、彼にとってその人物の登場は予期されたものではなかったらしい。
その光景を背にし、突然現れた獣のような人間は、二人を睨みつけている。
その人物から感じられる殺気に、櫻華は腰の剣を抜き取ろうと試みるが、それ
を読むかのように棒の先が同時に少しだけ揺らめくのを見て、諦める。
その人物の殺気に当てられた櫻華をノクテュルヌは手で制し、にこやかにその
『危険人物』に話しかける。
「それは勿論、客人に決まってるでしょ?
ダヴィードさん、ここにいるって聞いてきたんだけど……いるかなぁ?」
その、ノクテュルヌの穏やかな雰囲気にも、その人物は引かなかった。
「……タダの客人が『正面撃破』などと言うか。何者だ」
「あら。聞いていたみたいだね」
と、ノクテュルヌは櫻華を見て、てへ、と笑う。
そのノクテュルヌの様子で、落ち着きを戻した櫻華が今度は口を開く。
「……それは、いわゆる……冗談というヤツだ。
私達は、戦いに来たわけじゃない。話し合いに来たんだ。
だから、ダヴィードという人がいるのなら、取り次いでくれ」
そこに、新たな声の介入が入った。
「スイ! そこで何をしているんだ!」
声のした方向を見ると、そこには男性がいた。年齢は、三十代の初め頃だろ
う。体格は決して貧相ではないのだが、どことなく、なよっとした雰囲気を感じ
させる。声質は深みのある声で、品のあるものなのだが、そのテの声は鼻につく
人もいるということを忘れてはいけない。
その男の後ろには先ほどの衛兵が不安げに男の肩越しで様子を覗いている。ど
うやら衛兵がこの男を呼んできたらしい。
スイと呼ばれた人物は、ようやく棒を下げ、その男性の方を振り返る。
「誰がお前にそんなことを頼んだ? そのお嬢さん方に失礼ではないか」
男は、嗜(たしな)めるような口調で、スイに言う。
「……アンタが私に何かしろと命令しないから、自分で考えた範囲で自由に行動
をしているのではないか。
それに、ちゃんと刃は向けていない。柄を使っている」
スイは、顔色も変えず、先ほど突き出していた棒の反対側を見せる。その先
の、白い革で包まれている部分を見せる。どうやら、槍のようであった。
「そういう問題ではない。もういい、お前は下がっていろ。
話がややこしくなるではないか」
男は額に手をあて、ため息をついた。
スイはそれを聞くと、フン、と鼻を鳴らし、扉の中へと入り、消えた。
それを、見送った後、男は櫻華とノクテュルヌの方に向き、紳士のお手本のよ
うなお辞儀をした。
「先ほどは失礼があったようだ。お嬢さん方。
私が、ここの主(あるじ)、ダヴィードだ」
----------------------------------------------------------------
straff[シュトラフ]:緊張した=弦などを張りつめること
PC:ノクテュルヌ・ウィンデッシュウグレーツ 狛楼櫻華 スイ
場所:ヴァルカン ダヴィード邸
NPC:ダヴィード その他悪党
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうぞ、掛けてくれたまえ」
そう言ってダヴィードは二人を豪奢なソファーに促す。この街にには到底似つかわ
しくないほど座り心地はよかった。
「それで、どういった用件かな?」
ダヴィードは執事になにやら用事を言い渡すとそう切り出した。
「私の名はノクテュルヌ。こちらは……」
「狛楼だ」
櫻華はノクテュルヌが自分の名前を明かす前にそう名乗った。ノクテュルヌには本
当の名を教えたがどうもこのダヴィードなる男に本当の名を明かす気にはならなかっ
た。
櫻華の気持ちを汲んでか、多少表情を曇らせたがノクテュルヌはなにも言わなかっ
た。
「ほう、狛楼と。お嬢さんはかの有名な仙人の」
「ああ。もっとも今は修行中の身。たいした力はないが」
眉一つ動かさずに櫻華は言った。狛楼の名を持つ数多くの者が旅をし、大陸全土で
様々な逸話を残している。ダヴィードが狛楼の名を知っていても不思議ではない。ノ
クテュルヌの方は大層驚いていたようだが。
「用件の方ですが、ダヴィードさんはとても博識だとお伺いしたので。一つ力を貸し
ていただきたくて」
上品な言葉遣いで微笑みながらノクテュルヌは言った。今まで彼女の非常識――い
きなり櫻華の小太刀をとって突きつけたりだとか――な面だけしか見ていなかった櫻
華は多少なりとも見直した。
「それは光栄だ。美しいお嬢さん方に頼りにされるとは」
大仰に肩をすくめるダヴィード。ノクテュルヌはそんな態度はお構いなしに言葉を
続ける。相手に敬意を払っていたわけではなく事務的なものだったのだろう。
「ご存知とは思いますが、この街には歌姫の虹という言い伝えがありますよね。その
言い伝えについての情報を何かお持ちでないかと」
「なるほど……」
わざとらしく手を顎に添えて考え込むふりするダヴィードに櫻華は表しようの無い
感覚を覚えた。強いて言えば不快感、だ。だがそれだけではない。このダヴィードと
いう男はまだ何か裏がありそうだ。
「歌姫の虹については私もよく知っている。なにせ地元の伝承なのだからね」
「それでは」
「ああ、もちろん情報は提供させてもらおう」
伊達であろう眼鏡を押し上げながらダヴィードは笑った。嘲笑に近いものがあった
ようにも思える。ただ単にこういう笑い方しかできないのかもしれないが。
「ただで教えてくれるというのか? それは虫が良すぎると思うのだがな」
棘のある言葉を吐き櫻華はダヴィードを見据えた。情報というのは命を左右する時
もあれば、手にした者によっては大金をもたらしてくれる時もある。それゆえ情報に
は多少なりとも価値がつく。先刻あった老鳥の情報屋――コー爺と名乗っていたと記
憶している――にも少なからず情報料を支払っている。
「情報というのは生き物だ。付加価値は人それぞれということだよ」
つまりはダヴィードにとって歌姫の虹の情報は二束三文以下の価値らしい。言葉の
とおりにとれば、だが。
ノクテュルヌはそれで、とダヴィードを促す。どうやら彼女もこの男はあまり気に
入らないようだ。
「ヴァルメストの山では大昔、それこそヴァルカンができるかなり前の話だが、水晶
を採掘していた跡がいくつか見つかっている」
ダヴィードの話を聞きながらティーカップに口をつける。紅茶の甘ったるい香りと
味が口に広がる。やはり茶は緑茶が一番だと思う。
「その内の一つにおもしろい物を発見したのだよ。有体に言えば祭壇のような物だと
思ってくれればいい。その祭壇で一冊の書物が見つかった、おそらく歌詞だと思うが
ね」
「おそらく?」
はっきりしない物言いにノクテュルヌは眉をひそめる。
「鍵がかかっていたのだよ。しかもその鍵は特別製のようでね。普通の方法では開か
なかった」
「開こうとしてことごとく失敗した、というわけか」
もはや冷めてしまった紅茶には興味も示さず櫻華が言った。先程のダヴィードの言
葉の意味が少しは理解できた。要するに読めない書物に価値は無いと言いたかったの
だろう。
「手厳しいな。まあその通りなのだがね」
「それでなぜ歌詞だとおわかりになったのですか。その書物を読み解いたわけではな
いのでしょう?」
ダヴィードは紅茶に口をつけ眼鏡の位置を直す。もったいぶった態度はコー爺と同
じだが与える印象はこちらの方がかなり悪い。
「先程も言ったがここは私の地元だ。ヴァルメストの山の中心で見つかった祭壇とそ
こに祭られていた書物。それを歌姫の虹と結び付けてもなんら不思議はあるまい」
薄い笑みを浮かべてダヴィードは言った。
「おそらくあの祭壇で歌詞の通りに歌えば、どういう原理かはわからんがヴァルメス
トの上に虹がかかるという仕掛けだろう」
ダヴィードの話が終わり、ノクテュルヌはしばらく目を伏せてから口を開いた。
「そうですか。それではそこまでの道を教えていただきたいのですが」
「ヴァルカンから北東に四半日歩いた所にラルヴァという小さな村がある。そこから
ヴァルメストの山に登るといい。鉱山跡の場所は村の人間が知っている」
ダヴィードはティーカップに残っていた紅茶を飲み干すと小さなベルで執事を呼び
寄せる。そして執事になにやら告げると退出するように命じた。
「鉱山の中は迷路の様になっている。迷わないよう道案内をつけよう」
「至れり尽くせりだな。なにを考えている」
「私も拝見してみたいのだよ。伝説の虹とやらをね」
櫻華の言葉に顔色一つ変えずダヴィードはそう言い放った。何か裏があるにしても
表情からは読み取れない。
「最後に一つ」
「なにかな?」
「なぜ鉱山跡の調査を?」
櫻華の問いにダヴィードは声を出して笑った。
「いや、失礼。金持ちの道楽と思ってくれて構わんよ」
遺跡荒らしのパトロン、ダヴィードの言いたいのはそう言うことだと櫻華は解釈し
た。そしてその解釈が当たっていてくれればと思う。
扉をノックする音が聞こえ、先ほどの執事が入ってくる。その後ろには先刻襲い掛
かってきた槍使いの姿があった。
「先程はこのスイが失礼したな、少々とっつきにくい性格たが腕は確かだ。彼には道
案内と護衛を任せてある」
紹介されたスイは虚ろな瞳で二人を――というか視線が定まっていないようにも見
えるが――見つめている。門のところで見せた殺気は欠片ほども無い。
「それでは幸運を祈る。私はこれから私用があるのでね、失礼」
そう言ってダヴィードは部屋を出て行った。
「うーん、以外といい人?」
「本当にそう思うか?」
櫻華の言葉にノクテュルヌはうーん、と唸りながら考え込む。
「櫻華ちゃん、男性不審?」
「なぜそうなる」
少しだけ顔をしかめて櫻華はスイに向かいなおった。改めて見ても男性か女性かの
選別は難しい顔立ちをしている。
「とりあえず、道案内よろしく!」
ノクテュルヌの元気な声にスイは、ああ、とだけ短く答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二階の私室からダヴィードはスイを伴って屋敷を後にするノクテュルヌと櫻華の背
中を見送る。その顔には会心の笑みが浮んでいた。常人が見れば到底好きになれそう
も無い笑顔だったが。
「多少の狂いはあったが、どうやら巧くいきそうだな」
そう呟いてダヴィードは振り返った。その視線の先には数人の男がいた。一般人が
見れば屈強そうに見えるが、見る者が見れば中身はからっきしであると一目で見破れ
るだろう。
「まったく、お前達に任せたのが間違いだったか」
ダヴィードは汚物でも見るような目で男達を見据える。その視線に男達は、へへ
へ、と愛想笑いを浮かべながら頭を下げる。ウィンブル街道でノクテュルヌを襲い、
櫻華にあっさりと撃退された盗賊もどきだ。
「まあいい。この後は手はずどおりにな、貴様らが気を利かせなくともスイが巧くや
るだろう」
ダヴィードは再び窓の外に視線を移した。その先には今度は門ではなく、遥かにそ
びえるヴァルメスト火山があった。
「虹は……私の物だ」
眼鏡の奥でダヴィードの瞳が凶悪にきらめいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「unheimlich(ウンハイムリヒ)」=薄気味悪い、神秘的に
場所:ヴァルカン ダヴィード邸
NPC:ダヴィード その他悪党
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうぞ、掛けてくれたまえ」
そう言ってダヴィードは二人を豪奢なソファーに促す。この街にには到底似つかわ
しくないほど座り心地はよかった。
「それで、どういった用件かな?」
ダヴィードは執事になにやら用事を言い渡すとそう切り出した。
「私の名はノクテュルヌ。こちらは……」
「狛楼だ」
櫻華はノクテュルヌが自分の名前を明かす前にそう名乗った。ノクテュルヌには本
当の名を教えたがどうもこのダヴィードなる男に本当の名を明かす気にはならなかっ
た。
櫻華の気持ちを汲んでか、多少表情を曇らせたがノクテュルヌはなにも言わなかっ
た。
「ほう、狛楼と。お嬢さんはかの有名な仙人の」
「ああ。もっとも今は修行中の身。たいした力はないが」
眉一つ動かさずに櫻華は言った。狛楼の名を持つ数多くの者が旅をし、大陸全土で
様々な逸話を残している。ダヴィードが狛楼の名を知っていても不思議ではない。ノ
クテュルヌの方は大層驚いていたようだが。
「用件の方ですが、ダヴィードさんはとても博識だとお伺いしたので。一つ力を貸し
ていただきたくて」
上品な言葉遣いで微笑みながらノクテュルヌは言った。今まで彼女の非常識――い
きなり櫻華の小太刀をとって突きつけたりだとか――な面だけしか見ていなかった櫻
華は多少なりとも見直した。
「それは光栄だ。美しいお嬢さん方に頼りにされるとは」
大仰に肩をすくめるダヴィード。ノクテュルヌはそんな態度はお構いなしに言葉を
続ける。相手に敬意を払っていたわけではなく事務的なものだったのだろう。
「ご存知とは思いますが、この街には歌姫の虹という言い伝えがありますよね。その
言い伝えについての情報を何かお持ちでないかと」
「なるほど……」
わざとらしく手を顎に添えて考え込むふりするダヴィードに櫻華は表しようの無い
感覚を覚えた。強いて言えば不快感、だ。だがそれだけではない。このダヴィードと
いう男はまだ何か裏がありそうだ。
「歌姫の虹については私もよく知っている。なにせ地元の伝承なのだからね」
「それでは」
「ああ、もちろん情報は提供させてもらおう」
伊達であろう眼鏡を押し上げながらダヴィードは笑った。嘲笑に近いものがあった
ようにも思える。ただ単にこういう笑い方しかできないのかもしれないが。
「ただで教えてくれるというのか? それは虫が良すぎると思うのだがな」
棘のある言葉を吐き櫻華はダヴィードを見据えた。情報というのは命を左右する時
もあれば、手にした者によっては大金をもたらしてくれる時もある。それゆえ情報に
は多少なりとも価値がつく。先刻あった老鳥の情報屋――コー爺と名乗っていたと記
憶している――にも少なからず情報料を支払っている。
「情報というのは生き物だ。付加価値は人それぞれということだよ」
つまりはダヴィードにとって歌姫の虹の情報は二束三文以下の価値らしい。言葉の
とおりにとれば、だが。
ノクテュルヌはそれで、とダヴィードを促す。どうやら彼女もこの男はあまり気に
入らないようだ。
「ヴァルメストの山では大昔、それこそヴァルカンができるかなり前の話だが、水晶
を採掘していた跡がいくつか見つかっている」
ダヴィードの話を聞きながらティーカップに口をつける。紅茶の甘ったるい香りと
味が口に広がる。やはり茶は緑茶が一番だと思う。
「その内の一つにおもしろい物を発見したのだよ。有体に言えば祭壇のような物だと
思ってくれればいい。その祭壇で一冊の書物が見つかった、おそらく歌詞だと思うが
ね」
「おそらく?」
はっきりしない物言いにノクテュルヌは眉をひそめる。
「鍵がかかっていたのだよ。しかもその鍵は特別製のようでね。普通の方法では開か
なかった」
「開こうとしてことごとく失敗した、というわけか」
もはや冷めてしまった紅茶には興味も示さず櫻華が言った。先程のダヴィードの言
葉の意味が少しは理解できた。要するに読めない書物に価値は無いと言いたかったの
だろう。
「手厳しいな。まあその通りなのだがね」
「それでなぜ歌詞だとおわかりになったのですか。その書物を読み解いたわけではな
いのでしょう?」
ダヴィードは紅茶に口をつけ眼鏡の位置を直す。もったいぶった態度はコー爺と同
じだが与える印象はこちらの方がかなり悪い。
「先程も言ったがここは私の地元だ。ヴァルメストの山の中心で見つかった祭壇とそ
こに祭られていた書物。それを歌姫の虹と結び付けてもなんら不思議はあるまい」
薄い笑みを浮かべてダヴィードは言った。
「おそらくあの祭壇で歌詞の通りに歌えば、どういう原理かはわからんがヴァルメス
トの上に虹がかかるという仕掛けだろう」
ダヴィードの話が終わり、ノクテュルヌはしばらく目を伏せてから口を開いた。
「そうですか。それではそこまでの道を教えていただきたいのですが」
「ヴァルカンから北東に四半日歩いた所にラルヴァという小さな村がある。そこから
ヴァルメストの山に登るといい。鉱山跡の場所は村の人間が知っている」
ダヴィードはティーカップに残っていた紅茶を飲み干すと小さなベルで執事を呼び
寄せる。そして執事になにやら告げると退出するように命じた。
「鉱山の中は迷路の様になっている。迷わないよう道案内をつけよう」
「至れり尽くせりだな。なにを考えている」
「私も拝見してみたいのだよ。伝説の虹とやらをね」
櫻華の言葉に顔色一つ変えずダヴィードはそう言い放った。何か裏があるにしても
表情からは読み取れない。
「最後に一つ」
「なにかな?」
「なぜ鉱山跡の調査を?」
櫻華の問いにダヴィードは声を出して笑った。
「いや、失礼。金持ちの道楽と思ってくれて構わんよ」
遺跡荒らしのパトロン、ダヴィードの言いたいのはそう言うことだと櫻華は解釈し
た。そしてその解釈が当たっていてくれればと思う。
扉をノックする音が聞こえ、先ほどの執事が入ってくる。その後ろには先刻襲い掛
かってきた槍使いの姿があった。
「先程はこのスイが失礼したな、少々とっつきにくい性格たが腕は確かだ。彼には道
案内と護衛を任せてある」
紹介されたスイは虚ろな瞳で二人を――というか視線が定まっていないようにも見
えるが――見つめている。門のところで見せた殺気は欠片ほども無い。
「それでは幸運を祈る。私はこれから私用があるのでね、失礼」
そう言ってダヴィードは部屋を出て行った。
「うーん、以外といい人?」
「本当にそう思うか?」
櫻華の言葉にノクテュルヌはうーん、と唸りながら考え込む。
「櫻華ちゃん、男性不審?」
「なぜそうなる」
少しだけ顔をしかめて櫻華はスイに向かいなおった。改めて見ても男性か女性かの
選別は難しい顔立ちをしている。
「とりあえず、道案内よろしく!」
ノクテュルヌの元気な声にスイは、ああ、とだけ短く答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二階の私室からダヴィードはスイを伴って屋敷を後にするノクテュルヌと櫻華の背
中を見送る。その顔には会心の笑みが浮んでいた。常人が見れば到底好きになれそう
も無い笑顔だったが。
「多少の狂いはあったが、どうやら巧くいきそうだな」
そう呟いてダヴィードは振り返った。その視線の先には数人の男がいた。一般人が
見れば屈強そうに見えるが、見る者が見れば中身はからっきしであると一目で見破れ
るだろう。
「まったく、お前達に任せたのが間違いだったか」
ダヴィードは汚物でも見るような目で男達を見据える。その視線に男達は、へへ
へ、と愛想笑いを浮かべながら頭を下げる。ウィンブル街道でノクテュルヌを襲い、
櫻華にあっさりと撃退された盗賊もどきだ。
「まあいい。この後は手はずどおりにな、貴様らが気を利かせなくともスイが巧くや
るだろう」
ダヴィードは再び窓の外に視線を移した。その先には今度は門ではなく、遥かにそ
びえるヴァルメスト火山があった。
「虹は……私の物だ」
眼鏡の奥でダヴィードの瞳が凶悪にきらめいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「unheimlich(ウンハイムリヒ)」=薄気味悪い、神秘的に
PC ノクテュルヌ 狛楼櫻華 スイ
NPC 「5人元首」・・・「白い貴婦人の幽霊」「名無し」「一角獣」
「応答者」「信仰宣言」
場所 ヴァルカンのとある料亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
暗闇の円卓会議場。
「”虹追い”は別の虹を目指している」
あどけない乙女の声と、老婆の嗄れた声帯を合わせもったような音階の声。
「どうしてだ?」
「何故なんだ?」
「何を求めているのだ?」
「何があれの考えを逸らさせた?」
最初の声が、またどこからか聞こえた。
「紅蓮の流れを抱く山麓の虹を求めている」
その声の持ち主は、女性であることは分かる。しかし、あまりにも異質な音。
「”トランプ兵”の仕業か?」
「アリスの手先の仕業か?あの世界の冒涜者達の仕業か?」
「ハートの女王か?スペードの帽子屋か?
クローバーの兎か?ダイヤの老賢者か?」
「あるいはジョーカーの卵と蒼い鳥か?」
囁きは、海の潮騒にも似て、どこか隠された響きを沈めている。
それぞれが、胸元に何かを抱えて。それを相手に披露せずに策略しあう。
「ダイヤの老賢者は囁いたが、それが始まりではない」
「あるいは貴女が何か吹き込んだのでは?」
「老(ろう)けた策略者よ」
「この音楽と芸術、2つの人類の知性の宝を庇護する者よ」
「白き魔女よ」
最初の声は、
可憐な笑い声と潰れた低温の渇いた引きつり笑いを同時に発生させた。
「そう、確かに私はあの子に紅蓮の山麓の歌詞(テクスト)を教えたが」
「ならば、責任は貴女にある”白い貴婦人の幽霊(グィニヴィア)”よ」
誰かが、責め立てる口調でその声の持ち主を糾弾した。
すると、さも可笑しそうに別の誰かが横やりを放った。
「それをいうなら、私は君を咎める。
君は”虹追い”の伴侶でありながら、彼女を手放した・・・ああ、確か”椿姫
(トラビアータ)”という名前には『頭のいかれた女』と『情婦』という意味
が含まれているのを、悪意ある愚民は君と彼女の関係を知って命名した」
「ウィンディッシュグレーツは君と虹追いの関係を手に入れて、貴族の地位を
守った」
敵意と殺意と中傷と嘲笑が入り乱れて、解け合う。
「止めよ、ここはコールベル最高の円卓。人間の知性と歴史を守護する場ぞ」
最初の声、『白い貴婦人の幽霊(グィニヴィア)』が鋭い奇声を上げた。
「”一角獣(リノツェロス)”も”名無し(ネモ)”もいい加減にしないか。
・・・・・・今宵は円卓を解散する。虹追いは私が引き受けよう」
そう言うやいなや、突然強風に仰がれた霧のように、世界は静まり返った。
最初から、誰もそこにはいなかったように。
「”応答者(アントゥヴォルテン)”に”信仰宣言(クレド)”
もまだ若いな」
独りになった『白い貴婦人の幽霊』は、ひっそりと呟いた。
「そして”一角獣”もな」
「まだいたのか”名無し”よ」
全てを見通し、嘲笑する第二の声音が突然差し込まれた。
「『一角獣(リノツェロス)』・・・誇り高き神の獣、剣と騎士と勇気を持つ
孤独の象徴だ。しかし、その意味には多重性がある」
老婆と童女の声音は、さらにうら若い女性の旋律を加えて笑った。
「同時に人間という罪ある衣をまとう罪悪の象徴、か?
その通りだ。そして孤高の徴(しるし)でありながら制御の利かない欲望も体
現する」
二人は同時に、声も無く笑った。
その微笑みの気配は、まったく同じであった。
「まあそれはいい、”虹追い”をどうするのだ?」
「好きにさせるさ、あの子の物語りだ。
我々はそれを紙に書くように指示する編集者でしかない」
「あの紅蓮の山麓の歌詞は何だったか」
「ああ、それはな・・・・・・・」
ヴァルカン郊外。
綺麗なガラスの器。
美しいというより、愛らしく涼やかな胡蝶の色付けがされていた。
その中には、色とりどりの果物と黒蜜。琥珀に近い黒い光沢が
えもいえぬ彩を呼ぶ。
料亭で、三人の他人達は集っていた。
「これが「餡蜜(アンミツ)」?すっごく美味しそうっ」
子供のようにはしゃぐノクテュルヌ。今にも踊りだしそうな雰囲気で、
片手に小さなスプーンをがっちり装備していた。
「ここの緑茶はなかなかだ。おい椿、それは座って食べるものだ。
踊って食べるものではない」
片手に桜をあしらった黒い器に、深い菊塵(きくじん)色の飲料をたたえて、
桜の名を持つ仙女は同行者をたしなめた。あまり効果はなかったようだが。
「・・・・・・・・・・」
特に発言をしようとはしないスイ。
先ほどから窓でくるくる回る風車をじーーーっと見ている。
通りがかって目の合った子供が怯えた表情をする。
あまり三人の席近くに客が寄り付かないのは何故か。
「じゃ、明日出発でいいよね。色々装備や食料揃えないといけないし」
アンミツを喜びいっぱいで舐めながら、ノクテュルヌは提案した。
そうして美味しそうな赤い小石のさくらんぼに口をつける。憂いをおびた瞳で
遠くを見る・・・・どうやら感動しているらしい、通りで彼女を見た男性が何
故か顔を真っ赤にしてそそくさと去る。
「それよりいい加減その感動の儀式を中断しろ椿。落ち着くという人として最
高の受け身をしらないのか」
きっぱり言い捨てるも、それほど強制力はない櫻花の発言。
冷徹な口調にしてどこか優しい気遣いを感じる。
そんな千年を経たような玲瓏な異人に、周りの客は、まるで滝に流れる水晶を
みるような浮き世離れた視線で彼女を見物する。
「・・・・・・何”椿”なんだ?」
とこちらはウェイトレスの注目を一身に浴びているスイ。
どこ鋭い雰囲気のなかに、庇ってやりたくなるような薄い視線。女性か男性か
少し見分けずらい相貌を、遠くの世界を見つめるように投げかける。
そんなこちらも世間離れした空気が、母性本能をくすぐるらしく、さかんに視
線が三人に集中する。
「ああ、頭のイカれた女って意味」
笑顔でさらりと会話終了。
何を言えばいいのか、三人ともそれぞれに黙り込み、先ほどからの作業すなわ
ちノクテュルヌは餡蜜の消去に、櫻花は菊塵色の緑茶の消去に、スイはまた風
車の回る様を凝視しはじめたのであった。
NPC 「5人元首」・・・「白い貴婦人の幽霊」「名無し」「一角獣」
「応答者」「信仰宣言」
場所 ヴァルカンのとある料亭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
暗闇の円卓会議場。
「”虹追い”は別の虹を目指している」
あどけない乙女の声と、老婆の嗄れた声帯を合わせもったような音階の声。
「どうしてだ?」
「何故なんだ?」
「何を求めているのだ?」
「何があれの考えを逸らさせた?」
最初の声が、またどこからか聞こえた。
「紅蓮の流れを抱く山麓の虹を求めている」
その声の持ち主は、女性であることは分かる。しかし、あまりにも異質な音。
「”トランプ兵”の仕業か?」
「アリスの手先の仕業か?あの世界の冒涜者達の仕業か?」
「ハートの女王か?スペードの帽子屋か?
クローバーの兎か?ダイヤの老賢者か?」
「あるいはジョーカーの卵と蒼い鳥か?」
囁きは、海の潮騒にも似て、どこか隠された響きを沈めている。
それぞれが、胸元に何かを抱えて。それを相手に披露せずに策略しあう。
「ダイヤの老賢者は囁いたが、それが始まりではない」
「あるいは貴女が何か吹き込んだのでは?」
「老(ろう)けた策略者よ」
「この音楽と芸術、2つの人類の知性の宝を庇護する者よ」
「白き魔女よ」
最初の声は、
可憐な笑い声と潰れた低温の渇いた引きつり笑いを同時に発生させた。
「そう、確かに私はあの子に紅蓮の山麓の歌詞(テクスト)を教えたが」
「ならば、責任は貴女にある”白い貴婦人の幽霊(グィニヴィア)”よ」
誰かが、責め立てる口調でその声の持ち主を糾弾した。
すると、さも可笑しそうに別の誰かが横やりを放った。
「それをいうなら、私は君を咎める。
君は”虹追い”の伴侶でありながら、彼女を手放した・・・ああ、確か”椿姫
(トラビアータ)”という名前には『頭のいかれた女』と『情婦』という意味
が含まれているのを、悪意ある愚民は君と彼女の関係を知って命名した」
「ウィンディッシュグレーツは君と虹追いの関係を手に入れて、貴族の地位を
守った」
敵意と殺意と中傷と嘲笑が入り乱れて、解け合う。
「止めよ、ここはコールベル最高の円卓。人間の知性と歴史を守護する場ぞ」
最初の声、『白い貴婦人の幽霊(グィニヴィア)』が鋭い奇声を上げた。
「”一角獣(リノツェロス)”も”名無し(ネモ)”もいい加減にしないか。
・・・・・・今宵は円卓を解散する。虹追いは私が引き受けよう」
そう言うやいなや、突然強風に仰がれた霧のように、世界は静まり返った。
最初から、誰もそこにはいなかったように。
「”応答者(アントゥヴォルテン)”に”信仰宣言(クレド)”
もまだ若いな」
独りになった『白い貴婦人の幽霊』は、ひっそりと呟いた。
「そして”一角獣”もな」
「まだいたのか”名無し”よ」
全てを見通し、嘲笑する第二の声音が突然差し込まれた。
「『一角獣(リノツェロス)』・・・誇り高き神の獣、剣と騎士と勇気を持つ
孤独の象徴だ。しかし、その意味には多重性がある」
老婆と童女の声音は、さらにうら若い女性の旋律を加えて笑った。
「同時に人間という罪ある衣をまとう罪悪の象徴、か?
その通りだ。そして孤高の徴(しるし)でありながら制御の利かない欲望も体
現する」
二人は同時に、声も無く笑った。
その微笑みの気配は、まったく同じであった。
「まあそれはいい、”虹追い”をどうするのだ?」
「好きにさせるさ、あの子の物語りだ。
我々はそれを紙に書くように指示する編集者でしかない」
「あの紅蓮の山麓の歌詞は何だったか」
「ああ、それはな・・・・・・・」
ヴァルカン郊外。
綺麗なガラスの器。
美しいというより、愛らしく涼やかな胡蝶の色付けがされていた。
その中には、色とりどりの果物と黒蜜。琥珀に近い黒い光沢が
えもいえぬ彩を呼ぶ。
料亭で、三人の他人達は集っていた。
「これが「餡蜜(アンミツ)」?すっごく美味しそうっ」
子供のようにはしゃぐノクテュルヌ。今にも踊りだしそうな雰囲気で、
片手に小さなスプーンをがっちり装備していた。
「ここの緑茶はなかなかだ。おい椿、それは座って食べるものだ。
踊って食べるものではない」
片手に桜をあしらった黒い器に、深い菊塵(きくじん)色の飲料をたたえて、
桜の名を持つ仙女は同行者をたしなめた。あまり効果はなかったようだが。
「・・・・・・・・・・」
特に発言をしようとはしないスイ。
先ほどから窓でくるくる回る風車をじーーーっと見ている。
通りがかって目の合った子供が怯えた表情をする。
あまり三人の席近くに客が寄り付かないのは何故か。
「じゃ、明日出発でいいよね。色々装備や食料揃えないといけないし」
アンミツを喜びいっぱいで舐めながら、ノクテュルヌは提案した。
そうして美味しそうな赤い小石のさくらんぼに口をつける。憂いをおびた瞳で
遠くを見る・・・・どうやら感動しているらしい、通りで彼女を見た男性が何
故か顔を真っ赤にしてそそくさと去る。
「それよりいい加減その感動の儀式を中断しろ椿。落ち着くという人として最
高の受け身をしらないのか」
きっぱり言い捨てるも、それほど強制力はない櫻花の発言。
冷徹な口調にしてどこか優しい気遣いを感じる。
そんな千年を経たような玲瓏な異人に、周りの客は、まるで滝に流れる水晶を
みるような浮き世離れた視線で彼女を見物する。
「・・・・・・何”椿”なんだ?」
とこちらはウェイトレスの注目を一身に浴びているスイ。
どこ鋭い雰囲気のなかに、庇ってやりたくなるような薄い視線。女性か男性か
少し見分けずらい相貌を、遠くの世界を見つめるように投げかける。
そんなこちらも世間離れした空気が、母性本能をくすぐるらしく、さかんに視
線が三人に集中する。
「ああ、頭のイカれた女って意味」
笑顔でさらりと会話終了。
何を言えばいいのか、三人ともそれぞれに黙り込み、先ほどからの作業すなわ
ちノクテュルヌは餡蜜の消去に、櫻花は菊塵色の緑茶の消去に、スイはまた風
車の回る様を凝視しはじめたのであった。