忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/16 21:34 |
立金花の咲く場所(トコロ) 37/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ウサギの女将さん
場所:エドランス国 せせらぎ亭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただいまー」
「ただいま帰りました」

アベルとヴァネッサは、せせらぎ亭に戻った。

「あらあらあら、おかえりなさい。案外、早かったわねぇ」

とたとたと軽い足音を立てて、女将は店の奥から現れる。
そして、ちょっと首をかしげた。

「あらあらあら? 二人だけ? ラズロ君はどうしたの?」

女将の言葉に、二人は少し困ったようにお互いを見る。

「それが……教室で別れた後、ちらっと姿を見たきり、なんです」

ヴァネッサは、隠してもしかたないと思い、ありのままを話した。
リリアとリックと会話している時に見かけた後、ラズロの姿は見かけなかった。
女の子達に囲まれて逃げられなくなっているのかもしれないし、一人でぶらぶらとア
カデミー内を探索しているのかもしれない。

女将は、ぴん、と耳を立てた。
そして、くすくすと小さく笑い出した。

「でもでもでも、きっと、そのうちに帰ってくるわ。あまり心配はいらないと思う
の」
「え?」
二人は、不思議そうに女将を見つめる。
しかし女将はまったく意に介さぬ様子で、楽しそうに笑っている。

「うふふふ。ラズロ君は女の子に人気があるのねぇ。質問責めにあってるわよ」

――女将の特技である、『音の聞き分け』スキルが発動しているらしい。

「……ところで……今日はお弁当、いらなかったのかしらぁ?」
女将は、頬に手を当てて、ちょっと寂しげにうつむいた。
「あ……」
ほとんど無意識のうちに、二人はカバンに手をやる。
その中には、女将が持たせてくれたお弁当が入っている。
女将特製のパンの中に、ヴァネッサが作った野菜とひき肉を炒めた具の入ったもの
だ。

「すみません、今日は、テストがあっただけで、授業はなかったんです……」
「ごめん、女将さん」

ヴァネッサが申し訳ない顔をし、アベルが頭を下げると、

「あらあらあら、そんな、気にしないで。もしかしたら必要かもしれないと思って、
作っただけなのよ」

と、女将はふさふさした両手を前に出し、気にしないで、と訴えた。

「それに、私はパンを焼いただけ。具はヴァネッサちゃんに作ってもらったんだも
の。ね」
「は、はい」
茶目っ気たっぷりのウィンクをされて、ヴァネッサはしどろもどろで頷いた。

「さてさてさて、それなら、お弁当は、今食べちゃいなさいな。待ってなさいね、
ちょうどお茶でも飲もうと思ってたところだから、二人の分も用意するわ」
「あ、手伝います」
後ろについて行こうとしたヴァネッサを、女将は止める。
「いいのいいの。初めてアカデミーに行った後なんですもの、疲れてるでしょう?」
女将はそう言うと、とてとて、と奥に向かう。

二人は近いところのテーブルにつき、カバンから弁当を取り出した。
包みを開け、小さく、いただきます、と言ってからパンに手をつける。

「アベル君、アカデミーでうまくやってけそう?」
黙って食べるのも変なので、ヴァネッサは聞いてみた。
アベルは口いっぱいに頬張っていたパンを飲みこんでから、答えた。
「なんとかなるって。知ってる人もいるし」
「うん、そうだね」
「同じクラスにゃ、ラズロもリックもリリアもいるし」
「初めてだな、同い年の女の子の友達……私、正直、何を話したら良いのかわからな
かったけど、明るい子だから、話してて楽しかったな」

ヴァネッサは、手元のパンに視線を落とし、ちょっと微笑んだ。
生まれて初めてできた、同い年の女の子の友達。
そう思うと、リリアという存在が、ものすごく貴重な気がする。

「あー。そうだな。俺だってラズロに会うまで、同い年のやつに会ったことない」
「そうだね。ずっと、私か、ずっと年上の子と遊んでたもんね」
「そうそう。俺、ずーっと、同い年の男友達欲しかったんだ」

ヴァネッサは、屈託なく笑うアベルを見て、心の中で一言詫びた。

(ごめん、アベル君……無理矢理、作った花輪を頭に乗せたりして)

女の子みたいで嫌だ、と明らかに拒絶の姿勢を示す幼いアベルに、姉の権力で花輪を
乗せたことが、かつてあった。
一度きりで、しかもすぐに半泣きで払い落とされたが。

「じゃあ、今は願いがかなって、幸せ?」

ヴァネッサが尋ねると、アベルはなんだか悩んだような表情を見せた。

「んー……。でもなあ、なんていうか、ラズロは友達っていうのとは、なんか違うん
だよな。なんつーか……目標っつーか、そんな感じ」
「それって……ライバル、ってこと? 」

ヴァネッサは、思わず身を乗り出していた。
弟に、そんな存在ができるなどと考えたことがなかったのだ。

「確かに、剣の腕前は凄いよね……」

ちらり、とギサガ村のまっくら洞窟でのことを思い出す。
巨大アリを食い止めている時の剣さばきは、天性の才能を思わせた。

「剣の腕だけじゃないよ。あいつ、おっさんと一緒に旅してたんだろ? それって、
将来やりたいことを見つけようとしてるってことじゃねえのか、って俺、思うんだ
よ。俺、自分が将来何をしたいかなんて、村にいた時、一度も考えたことなかった
ぜ。ずっと、ギサガ村での生活が続くと思ってたし……俺、ラズロに出会った時、こ
のままでいいのか、って思ったんだよな」

「そっかあ……」
弟は、一歩、大人に向けて成長している。
それは微笑ましくもあり――なんとなく寂しいことでもあった。

「お待たせ。さあさあさあ、どうぞ」

そこへ、女将がティーポットとカップを載せたお盆を持って現れる。
なれた手つきでカップにお茶をそそぎ、それぞれの前に置く。

「ありがとうございます」
「ありがとう、女将さん」
「うふふふ。どういたしまして」

女将は、いそいそと椅子に腰掛けた。

「どうだった? アカデミーの様子は」
「すっごく広い!」
「うふふふ、それはそうよぉ。覚えるのに時間がかかるのよねぇ」
「リック君とリリアちゃんも、そう言ってました」
「あらあらあら、それは誰?」
「同じクラスの人で、今日、知り合ったんです。いろいろ教えてくれて、案内もして
くれたんです」
「まあまあまあ、良かったわねぇ。良いお友達になれるといいわねぇ」



――そんな具合で、せせらぎ亭の時間は過ぎていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PR

2007/04/01 20:42 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 38/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ファーナ ラズロ ギア セリア
場所:エドランス国 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

エドランスを中央列国の覇権争いから切り取り、「山と森の田舎」におしこめた
要因のひとつ
である国を囲むようにそびえる山々。
 しかしその山々こそが気流を断ち切り、一年を通じて安定した天候を保つのに
大きな役割を担
っていることを、アベルたちは基礎授業の地学で知った。

(今日もいい天気だけと、アベル君は大丈夫かな?)

 基礎はクラスで一緒だし、それ以外でも座学は一緒に受けられる。
 しかしさすがに実技はそうはいかない。
 魔法を学ぶヴァネッサは教室の窓から外を眺め、いまごろは剣の実技試験の最
中のはずの弟に
思いをはせていた。

「ヴァネッサ、ボーっとしてるなんて、結構余裕?」

 横合いからヴァネッサの頬を軽くつついた細くしなやかな指の持ち主は、明る
く良く通る声を
していた。
 振り向いたヴァネッサに微笑むその相手は、まるで絵画の中から抜け出てきた
ような美しい容
姿をしていた。
 絹のように光沢を放つ黄金の髪は、まるで純金を磨き上げたようで、全体的に
小柄ながら幼さ
を感じさせない顔は一見すると冷徹な印象を与えそうなほど整っているのに、そ
の淡く緑を浮か
べる瞳といたずらっぽく笑みを浮かべる口元が太陽の光のように暖かさを感じさ
せる。
 白い透き通るような肌に暖かさを感じさせるのは、彼女のその「表情」ゆえだ
ろう。
 その彼女は、髪の間に見隠れする上部がとがった独特の形をする耳が示すよう
に、妖精族の出
身で、この世界では亜人種としては比較的良く見るエルフとよばれるタイプだった。

「なーにを心配してるか知らないけど、こっちもそれどころじゃないでしょ。」
「そうね、ファーナさんのいうとおりね。」
「あー、もう。さんはいらないって!」

 彼女、ファーナはクラスメイトの一人で、たまたまよくおなじ魔法基礎の授業
をとっていたこ
とからなかよくなったのだ。 見かけこそ少女なファーナだが、実際はもう100
年を生きていると
知ってから、ヴァネッサはついつい年長者として対応してしまうのだが、エルフ
と人間は生きて
いる時間が違うので、100歳とえばエルフでは小娘扱いのファーナとしては、さ
ん付けはきにいら
ないらしく、最近では前述の掛け合いが挨拶代わりになっていた。

「ふふふ、ごめん。ファーナのいうとおり、ね。」

 ファーナがいうよに、ヴァネッサもまた魔法の実技試験を受けに来ていたのだ。
 試験といっても、実技単位取得というアカデミーで受けねばならない試験の中
では緊張すると
かそういう部類にも入らない、授業の総括的なものだったが、それでも上の空で
通してもらえる
ほど甘いものではないはずだった。

「じゃあ、次は……。」

 待合室となっている教室の入り口に、次の生徒を呼びに来た案内の女性が姿を
見せる。
 そろそろ自分の番。
 それを察して声をかけてくれたクラスメイトに感謝しつつ、ヴァネッサは窓際
を離れた。


 ヴァネッサが教室で試験の順番待ちをしているころ、アカデミーの敷地内にあ
る訓練場をかね
た構内公園では、爽やかな草の香りを乗せた風が優しくそよぐ青空の下、「長
剣・実技」の試験
が行われていた。
 10人が輪になり、その中で能力を調整されたゴーレムを相手に時間内に規定
以上のダメージ
を与えるという方式で一人づつが試験を受けるというのが試験の内容だった。
 最初の一人は2階生で、槍術ではすでにLV3までいっていて実践も何度も経験し
ているというだ
けあって、危なげなくクリア。
 二人目は基礎クラスは違うものの、剣術の授業ではよく同じ時間をとっている
こともあって比
較的なかのよい少年だったが、こちらは残念ながら失格だった。
 その後二人続けて合格してラズロの番になった。
 前の二人が「なんとか」合格したのに対しラズロはかなりの余力をのこしたま
まのクリアだっ
た。
 ほかの生徒とともに戦いを見守ったアベルは内心、最初の2階生よりも剣に関
してはラズロのほ
うが上と感じていた。

(てこたぁ、ラズロは2階生でも通用するってことか。)

 試験用の模擬剣を次の順番であるアベルに渡そうと、ラズロが歩いてくる。
 
「……実力を出せるかどうかだけだ。」

 この一月、初日こそのんきにしていられたが、次の日からは怒涛のような日々
が続いた。
 アカデミーそのものと下宿先でのバイト生活に慣れるのに時間がいったのと、
PTに誘ってくれた
リックとリリアに追いつこうと、冒険らしい依頼が受けられる「戦闘系スキル
LV1」の条件を満たそ
うと取れる限りの授業を受けてきたことが、まさに目の回る日々を決定付けた。
 そのかいあって、入学一月足らずで試験までこぎつけられたのだ。
 当然その間、アベルはラズロと一緒の授業を受けることが多く、お互い殿程度
の実力なのかはよ
くわかっていた。
 相変わらず言葉は足らないが、ラズロはアベルがほかの受験者のように舞い上
がって実力を出し
切る前にタイムアウトする危険性を忠告したのだった。
 
「わかってる、よ!」

 剣を受け取り、ラズロと入れ替わるように縁の中央へとでてきたアベルは二三
度感触を確かめる
ように剣を振り回してから正眼に構えて、「開始」の声をまった。



「うちのひよこ達はどうだい?」

 職員室で書類を整理していたセリアの元を、アカデミーでも名を知られた「ガ
イアマスター・ギ
ア」が訪ねたのは日が沈んで少ししたころ。
 アカデミーは昼も夜も関係ないので、中は昼と同じように様々な人がうごめい
ている。
 もっとも、修士以下は仕事をしたり寮住まいだったりのため、夜は帰るという
二重生活をするの
がほとんどのため、実際の数はかなり減っているのだけれども、それでもなお人
が多いということ
なのだ。
 当然ギアのいうひよこ達も、今頃は食堂の手伝いに精を出しているため、アカ
デミーには姿がな
かった。

「ギア殿が心配することはなにもなさそうですよ。三人そろって、LV1をクリア
したようだし、基礎
でもそろそろPTでの実習にでれそうですよ。」
「そりゃだいぶ早いなぁ。」
「なにいってるんですか。」

セリカはあきれたように先輩を見上げる。

「もともとこのクラスは二順目以上、最低でも予備科を経た者ばかり。わかって
てねじ込んだんで
しょうに。」
「ははは、まあそうなんだが、社会通念とかそっちのほうはさすがに心配だった
しな。」
「そうですね、ラズロはともかくあの二人があんなに優秀とは思いませんでした
よ。」

 セリカは初日にやったテストの結果の一覧を見せた。

「ほう、ヴァネッサは予想通りだが、アベルも結構やるなぁ。」

 実を言えば、アベルも行方知れずの父にしっかりした教育を受けていた。
 専門的な知識に関しては、次第に剣の方のめり込んでいったこともありたいし
たことは知らない
が、一般常識に関しては辺境の田舎育ちとは思えない水準で学んでいた。

「実技のほうは心配してないんだが……。」

 心配してないといいつつきにしてるのがみえみえで、その様子にセリアも笑い
そうになってしま
う。

「そうですね。ラズロもアベルも問題なくクリアしたようですね。ヴァネッサ
も……。」

 試験結果のレポートをめくりながら話していたセリアが戸惑ったようにくちご
もる。

「ん?クリアしてるんだ?」
「ええ。私は戦士で魔法のほうは明るくないのでちょっと……。」
「どうしたんだ?」
「えーと結果は間違いないんですが、そのレポートにですね、『精霊の祝福を得
られる可能性あり』
と書いてあるんですが、どういうことかわからなかったもので。」
「ほう……。」

 少し困ったように言うセリアからレポートをうけとって内容を確認したギア
は、思わず口元が緩
むのを感じた。
 試験ではアカデミーで開発した感応石に魔力を決められたようにコントールし
て注ぐという、魔
法の中ではすべてに通じる基礎が課題だった。
 ヴァネッサは村にいたときから、特に回復・治癒といった人に作用する魔法を
修練していたため、
魔力コントロールは初心者の域を超えていたが、試験官を驚かせたのはそれでは
なかった。

(精霊魔法でもないただの魔力供給で精霊力の比率が高い、か。ふふふ、呪で
縛ったわけでも、まし
てや盟約や契約なんてしてもいないのに、精霊達が自分から力を貸したってか。)

 まれに精霊たちは自ら進んで力を貸してくることがあるという。
 心なのか魂なのか、そうなる素質が何なのかはいまだ研究者の間でも見解が分
かれているところで
はあるが、一つわかっていることは、魔法の技術として精霊の力を「利用」する
のとはまったく違う
可能性を手にすることができるということ。
 例えば、エルフのような妖精族は技術ではなく、精霊を友としみとめあうこと
で力を借りる。
 人間が開発した魔法に比べ、「破壊」の系統は明らかに少ないが、代わりに奇
跡とも言えるような
魔法を行使することもあるという。
 そうした精霊の力を借りられる状態を称して、「祝福」と呼んでいるのだった。
 
「ふふふ、まあ精霊系に素質ありって事だな。」
「はあ。」

 ギアは詳しい説目は避け、レポートをセリアに返した。
 その後雑談を少ししたギアは、適当なところで切り上げて職員室を出た。
 

―――――――――

2007/04/01 20:46 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 39/ヴァネッサ(周防松)
件  名 :
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/04/17 23:34


PC:(アベル) ヴァネッサ 
NPC:ウサギの女将 ラズロ
場所:エドランス国 せせらぎ亭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ギサガ村を出て、王都での……というよりも、アカデミーでの生活を始めてからしば
らくの日数が経った。
やはり王都の規模は、長く過ごしてきた村のそれとは違う。
ギサガ村は、半日もかからず全てを回ることもできた。
しかし王都は……言わずもがな。
一気に広くなった世界に、時折戸惑いながら、どうにかこうにか毎日を送っている。
今はまだ『日常』とは呼べないが、そのうちに慣れきって、村で生活していた時のよ
うな感覚で暮らす時が来るのだろう。

(そろそろ、お義母さんに手紙を出そうかな……)

とぼとぼとアカデミーからの帰り道を歩きながら、ヴァネッサはそんなことを考えて
いた。
村を出る時に、カタリナとそんな会話をしていたのだ。
「落ちついたら手紙を書きます」と。
その「落ちついたら」というのが、そろそろ、今頃じゃないかとヴァネッサは思って
いた。

(書き出しはどうしようかな。えーと、最初は『お義母さんへ』で始まって、『お元
気ですか?』かな……その次が、『私は元気です』……あ、でも、私だけじゃなく
て、アベル君やラズロ君のことも書きたいし、そうしたら、『私達は元気です』の方
がいいのかな?……うーん……でも、それって変……)

誰かに手紙を書くなんて初めてのことで、ヴァネッサは手紙につづる文章を考えるの
に夢中である。

この場にアベルがいたら一緒になって文章を考えたりしてくれそうなものだが、今日
はいない。
アベルは何やら先生に呼び出されてしまい、待っていようかと思っていたのだが、他
ならぬアベルから「話が長くなりそうだから」と促され、一人で先に帰ることになっ
てしまった。
……アベルとヴァネッサは、村にいた時と同じように、今もだいたい一緒に行動して
いる。
深い意味はない。
仲が悪いわけじゃないのだし、何より気心が知れた相手だから、ぐらいの理由であ
る。
もし、お互いに少しでも妙な感情があるのなら、意識してしまう事で距離ができてく
るだろう。
二人には、そんな気配すらない。
すなわち、お互いをそんな対象として見ていない、ということである。

リリアなどは、何やらそんな設定の恋愛小説を読んだらしく「血のつながらない兄と
か弟とのラブロマンスって、経験してみたい!」などとのたまって、ヴァネッサをひ
たすら苦笑させたものだが。

だいたい手紙に書く内容が決まったところで、せせらぎ亭に到着した。
考え事をしながらでも無事に辿りつけるようになったのは、大いなる進歩である。
少し前ならば、曲がるべき角を通り過ぎてしまったり、道を一本間違えてしまったり
ということもあった。

「た、ただいま……」

いまだに、敬語を使いそうになるのをこらえながら、ヴァネッサは帰宅の挨拶をし
た。
すると、女将がパタパタと厨房の奥から小走りにやってきた。
女将は、そんなヴァネッサに「おかえりなさい」と微笑むと、それから、ちょっと慌
ただしい感じで、
「ねぇねぇねぇ、ヴァネッサちゃん。急なんだけど、明日は臨時休業にするわ。アベ
ル君やラズロ君が来たら、そう伝えておいてちょうだい。じゃあじゃあじゃあ、私、
これからちょっとだけ出かけてくるから」
「臨時休業……ですか?」
ヴァネッサは、首をかしげて女将を見た。
カタリナが店を休むことは滅多になかった。
その滅多にない休みの日というのが、体の具合が悪くて、どうにもならないという時
だった。
(女将さん……具合が悪いのかな)
そう思うと、出かけるという女将が心配になる。
「女将さん。お体の具合が悪いのなら、その用事、私が代わりに行って来ますけ
ど……」
すると、女将はぴょこんと耳を動かした。
「あらあらあら、心配してくれるのはありがたいけど、そうじゃないのよぉ」
「え?」
ヴァネッサは思わず首を傾げてしまう。
それなら、一体どういった理由だろうか。

「それがねぇ、うちのお店の味を支える、大事な調味料が底をついちゃったから、明
日はそれを取りに行くために、お休みにするのよ。これから、明日出かけるための準
備をするの。そんな、深い事情とかじゃないから、安心してね」

そう言いながら、小さな両手を口元で合わせている仕草が、なんとも可愛らしい。
女将の正確な年齢はわからないが、おそらくはカタリナやギアよりも上だろう。
それなのに、やっぱり、可愛い。
……失礼になるだろうから、決して口にはしないけれど。

「あ……あの」
不意に、ヴァネッサの頭に一つ、ひらめきが起きた。
「なぁに?」
そう言って見上げてくる丸い瞳が、何とも愛くるしい。
「あの、その、調味料を取りに行くの、やらせてもらえませんか?」
「えぇえぇえぇ? 別に、難しいことじゃないからいいけど……でもでもでも、いい
の? アカデミーでの授業とかもあるんでしょう?」
「授業の方は何とかなります。それに、そういう用事って、下宿させてもらってる側
がやるもの、っていう気がするし……」
役に立ちたいんです、と言うと大げさな気がして、ちょっと言えないヴァネッサであ
る。
女将は、そんなヴァネッサを見上げて、ふ、と力を抜いた。
「うーん……それなら、お願いしちゃおうかしら。じゃあじゃあじゃあ、今から
ちょっと説明するわね」
「はい」


「ただいま!」

そこへ、アベルが帰ってきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/04/21 22:13 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 40/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ウサギの女将 ラズロ リリア リック
場所:エドランス国 せせらぎ亭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、アベル君おかえり……?」
 
 アベルにヴァネッサが声をかけ終わるより先に、ドタドタと後から人が続いた。
 一人はラズロ。
 実技に入り始めてから一緒に帰ってくる事が多くなっているので、これはいつも
の事。

「お、ヴァネッサー。」
「おしゃましまーす。」

 いつもと違うのはリリアとリックがついてきているところだった。
 もちろんこの一月あまり、幾度かここに顔を出した事はあるが、基本的に昼間だ
けで、姉弟が忙しそうにしている夜の営業の邪魔にならなようにしていた。
 いまは営業時間にはまだ早いが、ゆっくりしていくというには開店準備を考える
と適当とはいえないだろう。

「え、どうしたの?」

 こんな時間に来るぐらいだし、なにかあったのかときをまわす義姉にアベルは説
明しようとして、女将とヴァネッサが何か話中だったことを思い出した。

「えーと、いやこっちは後でもいいんだけど、そっちこそなにかあったの?」
 
 あ、と思い出したように女将を見てまたリリアとリックを見るヴァネッサ。
 この時間女将は料理の仕込みの最終調整で厨房にいるのが普通。
 アベルならずとも何かの話の最中である事はすぐにわかるところである。
 当然、リリアとリックもそれを察してうなづく。 

「あ、あのね実は……。」

 さりげなく女将が進めた席に全員が腰をおとすのをまって、調味料調達の事を話
した。

「ふむ、一日って事は日帰りか一泊ぐらいか。どういうことすればいいのですか?」
 
 ラズロが女将に聞いた。
 けっして砕けてきたとはいいがたいが、最近のラズロはここに来たころにあった
壁を意識してかどうか取り払いつつあるようだった。
 そんなラズロに女将は笑顔でうなづいた。
 
「そうそうそう。調味料は翌日のお昼ぐらいまでに間に合えばいいから無理に夜に
強行するより、一晩休んで戻ってくれればいいわ。」

 それで調味料の集めかたなんだけど、と女将の話によれば、要は香草を採取する
と言うことだった。
 本当ならちゃんと仕入れ問屋に卸してもらっているのだが、手違いで次のが入っ
ていないため、店を一日休みにして自分でとりに行こうとしていたのだった。

「ね、お世話になってるんだし、わたしたちでなんとかできないかな?」

 ヴァネッサはアベルに懇願するようにいってみた。
 もしアベルが断れば、さすがに自分ひとりでは荷が重い。
 しかし、意外とあっさりアベルはうなづいた。

「運、いいんじゃないかな、な、ラズロ?」
「たしかに、手始めには手ごろなクエストだろう。」

 ラズロが無愛想ながらアベルに同意する。
 するとなぜか、リリアとリックもなぜか頷いて賛同の意を表した。

「え?え?えーと、ラズロはともかくリリアとリックは??」

 そういえば二人は何をしにきたんだっけ、とヴァネッサは疑問で混乱した。

「ふふふ、あのね、実はさっきまで先生のところにクエスト挑戦の申請してたの
よ。」

 リリアがうれしそうに答えた。
 ようやく一通りの第一段階取得がすんだこともあり、そろそろPTを組んでクエス
トにでても良いころだろうと、担任に申請の仕方を終わりながら手続きしていのだ。
 実践主義のアカデミーは、クエストでのポイントもちゃんと考慮される。
 そのため、もともと冒険者として実力のあるものなら、あっという間に修士を取
得できたりするのも珍しくない。
 もっともそういう連中は資格よりも、アカデミーでしか学べない事に興味があっ
てわざわざ入学してくるので、資格取得後も席を残したままというのがほとんどら
しい。
 話がそれたが、つまり――言いだしっぺはリックだった――かれらもそろそろポ
イントを稼ぎつつ経験もつもうという話だったのだ。
 それで今日は簡単にヴァネッサに話しを通しておいて明日あたりから構内ギルド
でクエストを物色する予定だったのだ。

「こういう自分で請けた仕事でも実際に取り掛かる前に申告しとけ、跡で結果に応
じて評価してくれるらしいし、取りあえずの肩ならしにはいいんじゃない?」

 リリアもリックも低ランクとはいえ、冒険者からの入学者だ。
 それなりの経験もあるが、なんといってもPTとして組むのは初めての面子。
 一泊で、調味材用香草探しなら実地訓練としては手ごろに思えた。

「まあまあまあ、みんなでいってくれるの? じゃあお腹へるでしょうから……。」
「おーっと、訓練もかねてんだ食料は現地調達にしようぜ。」

 リックの提案に女将は手をパムと打ち、

「あらあらあら、でもお昼の用意くらいはいいわよね。 それに返ってきたらお腹
ペコペコでしょうからおいしいもの作って待ってるわ。」

 それにはアベルがうれしそうに頷いた。

「報酬(ご馳走)まであるんだし、ヴァネッサもいいだろ?」
「え、ええ。もともと私からお願いのつもりだったし。」

 いずれにせよ、これは楽しみだ、と子供たちの目が輝きだしたのを見て、女将さん
もうれしそうに目を細めた。


――――――――――――――――
――――――――――――――――

2007/06/04 22:10 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 41/ヴァネッサ(周防松)
件  名 :
差出人 : 周防 松
送信日時 : 2007/06/03 12:26


PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 教官
場所:エドランス国 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなで、初クエストに挑戦することになった早朝。
朝特有の、ひんやりした空気の中を5人の少年少女が歩く。
その5人というのは、アベル・ヴァネッサ・ラズロ・リリア・リックのことである。
5人はこれからアカデミーに行き、アベル・ヴァネッサ・ラズロの三人分のクエスト
挑戦の申請をするところである。
申請を済ませ次第、香草の採取に出発する予定である。
ラズロ以外の4人は多少眠気があるぐらいで普段と大差ないのだが、ラズロは早起き
があまり得意ではないのか、何だかぼんやりしていた。

「えへへー、初クエストのおかげで、朝から得しちゃったぁ。せせらぎ亭の朝ご飯が
タダで食べられて、そのうえお昼ご飯までついてくるんだもん。あたし、せせらぎ亭
絡みのクエスト専門でやってこうかな」
ニコニコ顔で、リリアは荷物の入ったリュックの底をぺしぺしと叩く。
朝ご飯、と言っても大して手のこんだものではない。
余った材料を使って作る、いわば「まかない飯」である。
今日の朝ご飯は野菜入りのあんかけオムレツと、クルミ入りのパンだった。
アベルが野菜を刻み、ヴァネッサがあん作りとオムレツ作りを担当した。
お昼ご飯の方は、完全に女将が作ったもので、包みを開けてみるまでは何が入ってい
るのかわからない。
「現金な奴」
ぼそりと呟くリックを、リリアは睨みつけ、それからヴァネッサのそばにくっついて
歩いた。
「にしても、ヴァネッサって料理得意なんだね。美味しかったよ」
「得意……なのかな……?」
ヴァネッサは首をかしげる。
料理をするのは長年の慣習みたいなもので、あまり得意とか不得意とかは考えたこと
がない。
カタリナに教えられつつ、初めて目玉焼きを作ったのが楽しかったのを覚えている。
その後、毎日のように目玉焼きを作っていたら、「今度はオムレツを教えてあげる
よ」と言われ……そんな具合で、少しずつ覚えていったのだ。
それがカタリナにちょっとでも楽をさせられるとわかると、ヴァネッサは次第に食事
作りを担当するようになった。
一方アベルが簡単なものとはいえ料理ができるのは、無理矢理手伝わされていたせい
でもあるが、料理する人間を間近で見ていたところにも一因はある。
兄や姉のすることに、下の子は興味を持つものだ。

「得意だよぉ。少なくともあたしよりは、さ。すごいよね」
「お前はイモの皮一つむけないもんな」
「人には向き不向きっていうのがあるのっ」
すかさずリリアが反論している。
ヴァネッサは、なんとなく気にかかった。
(……どうして、リック君そんなこと知ってるんだろう)
リリアの反応を見ると、イモの皮一つむけない、というのは、どうやら事実のよう
だ。
ということは以前、リリアに料理を作ってもらったことがあるのだろうか?

「……でも、本当に料理が得意な人って、玉ねぎのみじん切りしても涙が出ないって
聞いたことあるよ? 私、玉ねぎを切ってると涙が出るから、得意なんじゃなくて慣
れてるだけだと思う」
以前、ヴァネッサはそんな話を聞いたことがある。
本当かどうかはわからないが、全くの嘘とも言いきれないような気がして、今でもな
んとなく信じている。
「いや、それは泣かないほうがどうかしてるんじゃ……」
リリアは極めて常識的なことを口にする。
「俺だって泣くし、かーちゃんだって玉ねぎ切ってる最中に「ああ、目が痛い」とか
言って顔洗ったりしてたじゃねえか。みんな泣くんじゃねえの?」
そう言われると、やはり泣くのが普通のように思われる。
「やっぱり、デマなのかな……?」
「いや、デマでしょ、明かに」
「……まさか、ずーっと信じてたのか?」
アベルの問いかけに、ヴァネッサは正直に、こく、と頷いた。

……沈黙。
全員の視線が、ヴァネッサに集中していた。

「ほ、ほら。クエスト挑戦の申請に行くんでしょ、玉ねぎは後回し!」

リリアの言葉で、一同の時間が再び動き出した。



「おはようございまーす」

アカデミー内の教務室の入り口で、リリアが明るい挨拶の声を上げる。
教務室には、昼間ほどではないが、何人かの教官が仕事をしていた。
「えぇと、セリア先生いますかー?」
すると、近くの机に向かっていた教官がこちらに向き直った。
「今日はまだ出てきてないよ。どうしたんだい?」
「クラスメイトが、クエスト挑戦の申請をするので、セリア先生のサインを頂きたい
んです」
リックは相手が教官ということもあってか、敬語を使っている。
「……でも、セリア先生いないんだよね?」
困ったなあ、と言わんばかりにリリアは頭をかく。
こちらは良くも悪くも親しみ溢れる口調である。
「ああ、それならこの紙に書いて提出してくれれば大丈夫だよ。セリアには後で渡し
ておくから」
教官は、ぴらり、と用紙を数枚取ってこちらに差し出す。
「ええ? 先生、それっていいの?」
「教官のサインなら誰のでも通ることになってるの。本当は、担当の先生のサインが
一番なんだけどね」
「わっかりました! 先生、ありがと!」
リリアは親しげに礼を述べ、差し出された用紙を受け取って、早速三人に説明しよう
とする。
「それから、注意ね。僕は一応、教官なんだから、教務室にいる時ぐらいはちゃんと
敬語を使うように」
「はーい、以後気をつけまーす」
笑顔で答えると、リリアは再びこちらを向く。
傍らのリックが、ため息をついていた。

「えーとね、じゃあ、書き方教えるね」

(リリアちゃんって、いろんな人と仲良しなんだなぁ……)

書き方について説明を始めたリリアを見つつ、改めてそう思うヴァネッサだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/06/04 22:12 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]