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2024/05/16 21:52 |
ナナフシ  11:auf dem letzten Loch pfeifen. /アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正エディウス国内?
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 延々と続く黒い町。ここは悪夢の光景に似ている。

 どこまで歩いても終わらない景色に朝まで魘され続けた記憶は、もうどれだけ
昔のものだろう。心の一部を闇精霊に売り渡してから、悪い夢なんてもう見ない。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


 元気に走っていく人型の群は、たぶん、絵だとか玩具だとかであればまだ、か
わいいと笑い飛ばせるのだろう。無数に蠢いているとなれば話は別で、間違えて
も愛玩対象にはなりようがない。人の嗜好はそれぞれだから、隣の軍人に同意を
求めるつもりにはならないけれど。

 歩いて、歩いて――今まで歩き続けたのと何が違ったのかはわからないが、やが
て行く手に見え始めたのは、巨大な建造物だった。張り巡らされた高い壁を繋
ぎ、尖塔が並んでいる。

 城郭。
 人間社会で生きるようになって何年にもなるが、間近で見るのは珍しく、まじ
まじと見上げてしまう。灯りはない。音もない。生の気配は微塵もない。

「ここが目的地ですか?」

「……」

 城壁を囲う堀の中は真黒で、空堀なのか何か嫌なもので満たされているのか判
断できなかった。飛び込む気は起こらない。

 隣の軍人は、奇妙なまでの無表情で城壁を睨み、それから踵を返して歩き出した。

 人型の黒は、既に堀に沿って進んでいる。
 楽しげな足取りのそれらは、油断して目を離せば景色に溶けてしまいそうだ。
少し数が減ったように思える。見失っただけか、本当に減っているのか。

 延々と歩き続けて、また無限の迷路に紛れたかと思い始めたころに、人型の様
子が変わった。歩みを止めて集まって、何かを待っている。

「……門」

 上がっていた跳ね橋が鎖の音と共に落下して、堀の此方と彼方を結んだ。
 音の余韻が静謐に響く。人型の群は躊躇いなく橋を渡り始めた。

「どうするですか?」

「今のところ矢の一本も飛んでこないから、あからさまな敵意はないんじゃない?」

「兵隊がいるようには見えませんですからね」

「そうね」

 重い一歩め。歩き始めるオルレアンについて橋を渡った。
 小さな塔をくぐり、中庭へ。

 山ほどの軍隊を収められそうな広場は、がらんとして人影一つなかった。
 どれだけの広さがあるのだろう。立ち並ぶ建物のどれがどの役割のためのもの
なのかもわからない。

 人間の建築に無知だから――というよりも、単に、広すぎて何が何だかわからない。
 距離感が狂い、大きささえも曖昧だ。一段と威容を誇る主塔は、果たして人間
に相応しい大きさをしているのだろうか。

「……どこへ行ったんでしょう」

「近くに本体がいるのよ、きっと」

 一瞬のうちに見失った人型を探そうとはせず、オルレアンはすたすたと前庭へ
足を踏み入れた。砂利を踏む音が鋭く耳に届く。

「本体って」


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2007/06/04 22:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ 12.All the world is queer save thee and me, and even thou art a little queer./オルレアン(Caku)
キャスト:アルト オルレアン
NPC:国王ロンデヴァルド三世、側近&魔術師、ギュスターヴ
場所:正統エディウス国内?→正統エディウス・イズフェルミア禁区
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正統エディウス国第一領ノスタルジア、王都ノルジア王城。
城の中でも最も壮麗で壮大な造りとなっている玉座の間。宝石が随所に散りばめられ、青い絹が張られた玉座に座るのは、少年と傍らには鷹のように鋭い目つきの老臣が一人、また数人の兵士と魔術師が話し合っていた。

--------

扉ごしに聞こえるバタバタと廊下を走るせわしない足音。
それを聞きながら、怠惰な玉座の主は大きく欠伸を漏らした。

「えー…イズフェルミア禁区で大規模な魔力波を確認?…ふぁ、魔女が黄泉の国から戻ってきたのかなぁ?」

「王、そのような不吉なことをおっしゃられてはいけません」

絹のような黒い髪に宝石のような黒い瞳。周囲の側近達とは人種的に明らかに違う顔立ち、東の地方独特の彫りの浅い、しかし端正な顔。王族だけが許されるスカイ・ブルーの羽織をまとい、身の丈に合わぬ玉座にずるりと横たわっている。しかし傍らの側近に諌められて、正統エディウス国国王ロンデヴァルト三世は不満そうに嘆息した。

「…現地の魔術師が水鏡で伝えてきたところによると、天蓋のような半球状の皮膜が禁区全体を覆っているようです。皮膜は魔力で出来ているらしく、また魔力の波長から人造精霊のものと断定されたようです」

とたん、少年王の声がはしゃぐようにトーンを上げた。

「へぇ、ほらやっぱり。魔女が戻ってきたんだ、やっぱり土壇場で見限ったのがよくなかったかなぁ?でもしょうがないよね、あいつら殺す相手に見境なしだし。それに」

と、彼の声がわずかに落ちて、言葉が途絶える。


--------


それはもう昔のこと。けれども鮮明に思い出せる、ある小春日和の火刑場の様子。
焔に消えゆく、忌まわしくも美しいかの女の唇の動きを思い出す。
声は無いが、その言葉は幼い少年王にもはっきりと伝わった。


―私の魔法は、貴方の願いその通りだったでしょう?


--------



「冗談じゃない、僕はもっと都合のいいものが良かったんだ。あんな都合の悪いものを頼んだわけじゃないのに」

再び吐き出した声は、先刻とはまったく違う暗い感情を持っていた。欲しかった玩具ではないものが届いたような顔つきで、ロンデヴァルト三世は唇を尖らせた。拗ねたように王座の傍らにひじをついていると、広間の向こうから専属の魔術師がやってきた。

「王、ご報告が…」

「今度はなぁに?」

両足をパタパタとさせ、側近に「早く部屋に戻りたい」とジェスチャーで訴える。が、側近は石像のように立ち尽くしたまま、若い王のことなどどこ吹く風と受け流す。報告を聞くまで開放されないと悟ったロンデヴァルト三世は、大きく嘆息して玉座に座りなおした。

「…ベーダン・ハッシュナイト卿がここ一ヶ月ほど禁区付近で目撃されていたそうです」

「ベーダン・ハッシュナイト卿?誰それ?」

首を傾げる王に、魔術師は丁寧に説明を加えた。

「先代の王が設立した王立錬金術協会の会長であった方です。ご自身に魔力の素養はなかったですが、賢者の石の研究なされていました。
…結局は賢者の石まで届かず、擬似的な魔力発生装置モドキしか出来なかったみたいですが」

「ふーん、で、その人がどうかしたの?」

ロンデヴァルト三世といえば、丁寧な説明にも興味のないかのごとく欠伸をかみ殺している。側近の鷹のような視線と出会い、慌てて口元を引き締める。

「ハッシュナイト卿は魔女、そして【指導者】らに強い怨みを抱いておられました。
魔女がハッシュナイト卿の研究テーマ「永久機関の開発」を先に完成させてしまい、王の寵愛を得てハッシュナイト卿を「役立たず」だと王に進言したためです。そのためハッシュナイト卿は会長職どころか自身が設立なさった錬金術協会まで廃止されてしまったからです」

「ふんふん、働かざるもの喰うべからずってね。ついでに有能じゃないご老体は山にでも捨てたいっていうのが本音かな」

「王」

側近の鉄の一声で、慌てて口を紡ぐロンデヴァルト三世。この国王の悪癖の一つに「つい口が滑ってしまう」と噂されているのを知ってか知らずか。

「人造精霊は動物紛いの出来損ない…力の供給源がなければただの泥ですが、ハッシュナイト卿が発明した魔力発生装置を組み合わせれば」

「動かすことが出来る?」

「そのとおりかと」

「でもその人が元凶って決まったわけなの?」

「貧民街で指導者一名と軍幹部一名、あと所属不明のエルフがハッシュナイト卿ともめていて魔法陣が発生し、三人が消えてしまったという報告があります。禁区で皮膜が発生した時刻とほぼ同じであることからして、何かしら関連性があるかと」

「指導者らは例の山賊との一件以来、外出を控えてさせております。あれほど大規模に人造精霊を率いるなど国民に不安と恐怖の念を再燃させかねないと、釘を打ったつもりでしたが…」

ノルジアの王城の守りは鉄壁をはるかに超える。それゆえに【指導者】が中にいる限りは襲うことなど不可能だ。だからこそ外にふらふら出ていた【指導者】が標的になったのか。

「毒蛾は相変わらずってことかぁ、うん、今度オードリーに言ってしばらく外に出れないぐらいにしておこうか」

少年王はくすりと笑う。彼の事だ、異動だの減給だのでへこたれる男ではないことは、かつて四年間側にいた自分がよく理解している。娘からの怒りの進言のほうがよほど堪えるはずだ。問題は、自殺しない程度にするようにオードリーに言い含めておく必要があるのだが。

「王、いかがされますか?」

側近の問いかけの中に含まれた微妙な緊張を受け取って、ロンデヴァルト三世は少しだけ真面目な顔で頷いた。

「禁区は国境線に近すぎる、兵を送るわけにもいかないよ。それにあと…そうだなぁ、半日ぐらいで解決するんじゃない?

なにせ…」

あふ、と少年王はもう一度欠伸を漏らした。懐から取り出した豪奢な懐中時計の針は夜の九時を指し示している。真面目な顔はあっという間に過ぎ去り、にこりと微笑む。


「ほら、明日はオードリーの学校、授業参観でしょ?アイツが娘のことで遅れるはずないし」


--------

「……………」
「……………」

珍しくかち合った二人の呼吸。しばし両者絶句していたが、はじめに喋りはじめたのはやはりオルレアンだった。

「…あー…多分、ここが本体ね」

ばつ悪げに、オルレアン。腕組みをし、上を見上げながらうわごとのように呟く。
隣に並んだアルトの表情は無表情だったが、同じく首を傾けて見上げているものへの困惑具合は窺えた。

見た目は城だが、規模自体はそこまで大きくない。しかし形はそれそのものでありながら、色は暗黒のように黒く、また、ところどころが歪に変形している。間近でみる建物の姿は正常なのに、遠くにみえる煙突が微妙に傾斜していたり、窓の並びが均等ではなかったりとあるべき姿からゆがんでいる。まるで記憶の中の正しい姿を再現しようとして、ところどころが思い出せないために歪んでしまった絵のように。

「…あれ?」

アルトがふいに目を細めた。オルレアンもつられてアルトが見つめる方向へ目を向けた。
二人が視線を向けている方向には、一際高い塔があった。その塔の真ん中で、何かがきらりと光った。

「宝石?」

「何かしら?え、宝石!…やだー貰ってってもいいのかしらぁ」

身をくねらせて喜ぶオルレアン。しかしアルトは全方位型拒否拒絶の雰囲気を形成していた。仕方ないので、オルレアンは唇を尖らせながらももう一度確認する。

「なんか結構魔力流れてるみたいだし、コレなんとかすればいいっぽいんだけど…なんか打開策ある?」

「いや、大きすぎでしょこれは。というか、あの宝石っぽいのが元凶にも見えるんですが…」

オルレアンは元々魔法使いでも魔術師でもないが、人造精霊寄生後は魔力の有無ぐらいは分かるようになった。
しかしそれまでなので、アルトのように魔力がどこから発生してそうとか、どこに集中してるとかが分からない。エルフのアルトが感じるのならば、信じてもいいだろう。

「えー宝石壊すの?この前拷問部屋で指輪落として壊しちゃったのよねぇ、なんとかして壊さずに獲れないもんかしら?」

「……」

アルトの視線が一段を冷ややかさを増す。

「魔石か何かだと思いますけど、あそこからかなりの魔力がこの黒い塊とかに流れてるみたいで…!?」

アルトの耳がぴくりと動く。

「…なにか、聞こえてきますよ?」

「んー?」

アルトの妙な間合いこめた発言。
オルレアンは片手を耳の裏へ回す。そのまま待っていると遠くから轟音を轟かせて走ってくる何者かの音がする。奇怪なことに、黄色い乙女声まで聞こえる。その後ろでアルトは「そういや変態は一人じゃなかった」という厳しい現実に気が付いてげんなりとした表情を浮かべた。

「待ってたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」

「やだー!むしろ走ってるしぃ!!ギュスターヴぅぅぅーーーーー!!!」

オルレアンが再び乙女オーラ満載で瞳を輝かせる。と、何を勘違いしたのか、通りから城門へ走ってくる黒い筋肉の男は片腕を大きく振上げた。魔法による炎が上腕の筋肉から燃え盛り、逞しすぎる拳を握り締め、

「どっせぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅいゴルぁ!!」

と、城門の一部を大破壊してゆく!

ずこぉぉぉぉぉん

「ピンチに駆けつける王子様みたーい!!めっさかっこいいーーー!!」

現状はピンチだが、今はそこまでピンチでもなかった気がする。むしろ平和だったような、とアルトは呟いたが、変態二人の圧力にかき消されてしまったのであった。


--------


「イズフェルミアですってぇぇぇぇ!!」

オルレアンの悲痛な甲高い叫びが辺りに響き渡った。

「…どーりでおかしいと思ったのよ!あのジジイに空間魔法、しかも異空間を作り上げるだなんて超級の魔法、できるわけないし…」

「…イズフェルミアって、どこなんですか?」

とりあえず現在状況を努めて冷静に把握したいアルトは、先程暑苦しいまでの登場により再会を果たした筋肉軍人・ギュスターヴに問いかけた。嫌々ながらも。

「正統エディウスと新生エディウスの国境線沿い、第一領ノルジア側にある立ち入り禁止区域よ。貴方と私達がいた市場からはかなり離れてるわ」

「空間転移ぐらいなら、あのバカでもアーティファクトや魔石を使えばできないことはないでしょうけど…ってやーーーーん!私明日オードリーの授業参観なのにぃ!」

「…つまり、ここはエディウス国内なんですか?でも空の模様にしてもこの空気にしても、ちょっと異常じゃありません?…まぁ、結界か何かかかってれば話は別、でしょうが…って聞いてますか?そこの人」

話を現状把握に戻そうとしたアルトだったが、オルレアンはそのまま脱力したように膝を崩すと、背後に暗黒のオーラをまといながら呟き始めた。

「王都に戻るまでイズフェルミアからだと、どんなにかかっても二日はかかるわ…そんな…あたしの、あた、しのオードリーの…晴れ舞台に間に合わないなんて…」

「その前に、これ倒すことが先なんじゃないですか…?ほら、軍人なんだし」

放浪のエルフであるアルトが思うのもなんだが、国民とか国を守れ、むしろ最優先事項だろうと突っ込みたかったが、

「大丈夫よ!むしろ戻ってからもう一度やり直してもらえばいいのよ!国家権力を見せ占める良いチャンスよオルレアン!」

「…貴女ってなんて頭がいいのギュスターヴ!そうね、今こそ特権を行使するときだわ!!待っててねオードリーぃぃぃーーーー!!!」

「…駄目だ、この国」

人間の国家なんてどうでもよかったが、少なくともこの腐敗した人間達がいる限りエディウスに明日はない、と明確に国家の存亡を予言したアルトであった。

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2008/04/18 23:32 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ  13:Man erntet nur das, was man sat./アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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 アルトは、かつてこの地に存在した大きな帝国を知らないが、その国が二つに別れた
ときの争いのことなら人並みに知っている。先の王が崩御するなり、彼の弟と息子が同
時に新王を称したことによる内乱だ。

 国を逃げた旅人たちは、口を揃えて「ひどい戦いだった」と言った。

 新生エディウスの兵士たちは、かつての同胞である敵国を激しく罵った。魔女の力を
借りた呪われた偽王、悪魔の手先め。敗残国の人々のその言葉を誰も本気にしなかった。

 金のために戦った傭兵たちは、言葉少なく「ひどい戦いだった」と言った。一部の者
たちは「ひどい虐殺だった」と言ったが、そのうちの更に一部は人知れず姿を消した。



「……あの、今はあれを何とかしないと」

 城を指差して提案してみる。非常識二人は個人的用件に国家権力を濫用するかどうか
を本気で話していたが、とりあえず「する」という方向で結論を得たようだった。そん
なことに権力を扱える立場だというのが信じられない。これだから人間は理解できない。

「そうね、こんなところであのバカ錬金術師に足止め食らってる場合じゃないわ。立ち
塞がるものは粉砕、粉砕、粉砕して、愛するオードリーのところに行かなきゃいけない
んだから!」

 アルトは心の耳栓をして歩き始めた。背後で二人はまた騒ぎ出した。が、歩き出す気
配はあったので、少しは進展したのだろうか。

 城を見上げる。塔の上で光が瞬いている。
 前庭を横断し扉を開ける。中は広い玄関ホール。
 動くものは何もない。床には黒い灰が積もっていて、踏み込むと煙のように舞った。

「ちょっと、あまり先に行くと危ないわよ」

「そうよ。先陣は私達に、いえ私に任せておきなさい! あなたもオルレアンも、私の
背中に「きゃああああああ素敵よギュスターヴ! 貴方の逞しい脊柱起立筋と棘上筋と」

 付き合っていられないので先に進むことにする。
 灰のにおいがする。肺が侵されていく。

 意識の隅に巣食っている影精霊が囁いた。
“アア、仲間ガ呼ンデイル。”

 アルトは眉根を寄せて、意味を問うた。ざっと周囲に目を走らせるが、意思持つ自然
の要素、アルトが精霊と呼ぶ不可視の彼らはここには存在していない。この空間は異常
すぎる。

(何もいないじゃないですか)
“呼ンデイル。呼ンデイル。人ニ憑カネバ生キラレナイ、異質ノ同胞ガ”

 何を言っている? 今までになかったことだ。
 元々、自我はあっても理性は持たない存在だというのに、意味のある言葉まで発して。

 同胞とは、人造精霊という兵器のことだろうか。だがあれは精霊の名こそ冠している
が別のものだ。特別の知識があるわけではないが先ほど見たばかりなのだから、わかる。

(何もいませんよ)
“彼ラハ異質。自然ナラザル魔術ノ落子。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ン
デイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。
呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイ
ル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル!彼ラハ落子。古キ禍カラ生ミ出サレ生マレル日ヲ
待ッテイル!”

(うるさい!)

 床を強く蹴り、立ち止まる。靴の裏で、何か、踏みつけて崩す感触があった。
 足をどけて見下ろす。何か黒い影。薄暗くて、よく見えない。細長い、黒い塊が崩れ
かけて残っている。片方の先端に、何か平らな、硝子片のようなものがついている。 
炭にまみれ、濁り、生理的嫌悪感を催させるそれは――

「なんて胸糞悪い場所かしら」

 オルレアンの言葉に、アルトは反射的に振り返った。
 青い髪の軍人は言葉通りの表情をしていた。

「あまり見ない方がいいわよ」

「……この灰、人間ですね。そこに指が」

「ええ。この城ではたくさんが死んだわ。
 ここは何らかの魔術で再現された城のようだけど」

「困ったですね。歩きづらいです」

 肩を竦めてみせる。深くは聞かないほうがいい。
 彼は当事者かも知れない。いい記憶ではないだろう。そして、聞いてはいけない。

 国境線上の立ち入り禁止地区。エディウス内戦の最後の決戦の場所――いや、内戦終
結後、正統エディウス軍によって攻め落とされた、正統エディウス軍の城。ここにある
のは国家機密だ。それも、禍々しい類の。
 知っては始末される。立ち入った時点で手遅れか?

 オルレアンもギュスターヴも、軍人である以上、報告義務を負っている。
 脱出できたとしても、自分の身柄は軍に拘束されるだろう。

 ついてない。どうしてこんなことに巻き込まれた?
 どうやら相手の狙いはオルレアンのようだが、彼一人をここへ連れてくるつもりだっ
たのなら、何も、ギュスターヴとアルトが彼の近くにいたあの瞬間でなくてもよかった
はずだ。

 ギュスターヴはともかく、意図的に自分が巻き込まれるような心当たりは、ない。少
し種族が珍しいことくらいだ。しかしあのタイミングには意図的なものを感じずにはい
られない。足手まといを巻き込んで、彼らの動きを制限するつもりだったのだろうか?

「あの塔まで、どうやって行くんです?」

 オルレアンは頷いて、奥へ足を踏み出した。
 心配顔のギュスターヴが彼を追うのを確認してから、アルトは最後尾を行った。

“……! …………”
 心に憑いた影精霊はまだ騒いでいる。話し相手になる気もないくせに。
 早く帰りたい。変態と三人でこんなところをうろつくのはもう嫌だ。

“…! ……イル”
(静かになさい。お前は常に私を助ける。代わりにお前は私の感情を喰う。
 それだけがルールです。余計なことを騒いで、私を混乱させるんじゃない)


 黒い廊下を進み、いくつもの扉の前を通った。
 道はところどころが歪んでいて、迂廻の必要が度々あった。
 外からではそれほど広いと感じなかったこの城で、しかし目的の塔の入り口らしき階
段の下までたどり着くまでには、随分の時間がかかったように感じられた。

 のぼりの螺旋階段は、待ち受けるように口を開いている。


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2008/04/18 23:42 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ 14.Abandon hope, all ye who enter here!/オルレアン(Caku)
キャスト:アルト、オルレアン
NPC:ギュスターヴ、人造精霊さん
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区、イズフェルミア城跡地
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…声がする。

一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…?

人間は駄目だ、いくつかの声が囁く。外側があまりにももろすぎる、すぐに満杯になって壊れてしまう。
"仲間"の容をした人間は殺せ、別のいくつかの声が囁く。自分たちと違って"成功した"奴だ、妬ましい憎らしい羨ましい。私達だって死にたくなかったのに。

最後の一つは、よくわからない。
今まで接触したこともない存在だ…炎の中にも土の中にも骸の中にも、あんな容のものはなかった。

声がする、よくわからない存在の肉の底から。
人間はすぐに満杯になってしまって、彼らの一握りしか入らなかった。あれなら、入るだろうか?何十人もの人間にさえ入りきらなかった私達を、まだ知らぬあれなら入りきるだろうか?



…声がする。

一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…


…声がする。


**************

がくん、とオルレアンは歩行の体制を崩し、たたらを踏む。

「…?」

「オルレアン?」

共に歩いていたアルトとギュスターヴが振り返る。一人オルレアンは驚愕の表情で足元を見るが、そこにはただ闇色の床があるだけだ。段差も穴もない、躓いたり踏み外したりするような場所はどこにもなかった。

「今、何かに」

掴まれた。
節だった指の感触も、硬く鋭く尖った爪先も、薄く強張った掌の感触さえ生々しく感じ取れた。足元、その床の一点をただ凝視するが、そこには有機的な造詣はおろか、凹みさえない真っ平らの闇。

「…オルレアン?ねぇ大丈夫?」

ギュスターヴが心配そうに尋ねてくる。

「…ごめんなさい、何でもないわ。ちょっと深窓の美姫たる私ってば貧血しちゃったみたぃん」

よよよ、と背後に薔薇を散りばめて(雰囲気的に)しなるオルレアンにギュスターヴが「やーねー!貧血なんて一度もしたことないじゃなーい」と太い腕でこづいた。アルトは心配をして損をした、という風に呆れ顔で前へ進んでいく。
オルレアンは誰にも悟られないように息を整えて、いつものくだらない笑みを浮かべた。努力の甲斐もあってか誰も疑わない。足首にまとわりついた嫌な気配を蹴りつけて、再び歩き出す。

(来たわね)

心の中で愚痴をこぼす。

(これだからこいつらは…)

オルレアンは心中暗鬱となる。これから起こるである惨劇にいくぶんの予測が立てられる自分の経験が恨めしい。おそらく次にくるのは仲間同士の「共食い」だ、とオルレアンは読んでいた。
かつてこの城が本物の城で、炎と阿鼻叫喚が渦巻く中で、城に突入した歴戦の兵士を恐怖させたのは、単に彼らがおぞましい形をしていただけではなかった。

「共食い」だ。
これこそ、彼らが真に恐れられた行動だった。彼らは生き延びるために、互いを互いで喰いあうことさえ辞さない。現にオルレアンの人造精霊も共食いによって増殖をするタイプで、その点でいえば最も忌まわしい性質を残した人造精霊ともいえる。

(狙いは私、ね)

似非錬金術師の怨恨もさることながら、人造精霊達はきっとオルレアンの人造精霊に強い妬みを宿しているはずだ。魔女戦役後の、数少ない回収された未寄生状態の人造精霊らは総じて感染者達に、いや感染に成功した同胞に憎悪の牙を向けていた。もちろん、その数少ない人造精霊らは人間に感染したことで飛躍的に能力を向上させた同胞に返り討ちにあっていたが。

足首を掴まれたときの強い悪意、まるで毒のように皮膚を刺し貫いたあの感触。もはやあれは呪いの類である。

(さっきの可愛い末端のようにはいかないか…)

愛らしい人型の黒いのっぺらぼう、城まで案内してくれた彼らは残念ながらすでにとりこまれているだろう。
ここが"本体"なら、もはや言葉も感情も通用しない。
ギュスターヴはああ見えても、炎の魔術の心得もあるし、肉体に強化魔術が施されているからちょっとやそっとのことでは人造精霊も感染どころか寄生もできないだろう。
問題は―

(すっかり巻き込まれちゃってるけど、この子平気かしら?)

なんだかんだですっかり当事者みたいに巻き込まれている、唯一の部外者を見てオルレアンは肩をすくめた。そういえば、名前聞いてないなーとどうでもいいことを思い出したりもする。巻き込むつもりもなかったが、まー運の巡り合わせがかなり悪かったのだろう。もちろん、オルレアンが心配しているのはそんな運勢ではない。

(まぁ何かしら護身術くらいは身に着けてるわよね、可愛いし)

見たところ、最初の似非錬金術師との戦闘の際に何かと会話をしていた節をもある。歩き方をみても箱入りのお嬢様ではないだろうし、そこそこに術の心得もありそうだ。
ただ少しきがかりなのは、あの街中で人造精霊に捕まった際のあの詠唱…エルフが扱うにしては少々禍々しすぎたような気もするのだが。

**************

それ、は意外と目に付く場所にあったため、三人は首を少し傾げるだけですぐに見つけることができた。
自然にはまずないだろう濃く深い赤色の煌きは、妙に生々しくて生物の内臓を見るものに想像させる。嫌な煌きだとオルレアンは眉をひそめた。城の最上階まで到達した三人の目前、おそらくステンドグラスがあったと思われるくぼみの中央にそれは埋め込まれていた。ちょうと林檎ほどで、宝石としてはかなりの大きさである。

「触りたくないわねぇーアレ」

「失くした指輪の代わりにするんじゃなかったんですか?」

数分前の自ら発言をオルレアンが翻す。オルレアンでさえ躊躇するほどの歪なソレは、三人を目の前にしてさらに輝きを増しているようだ。生きているようだ、とオルレアンは愚にもつかないことを言いかけて、喉元で捻り潰す。

「……っ、これ」

「どうしたの?」

アルトが気持ち悪そうに宝石を眺める。エルフ独特の端麗な柳眉がゆがんで、吐き気を抑えるように顔を俯かせている。

「気持ち悪い…こんな歪な魔力、初めて見た」

よほど耐え切れないものなのか、アルトは宝石を睨みながら一歩下がった。敏感なエルフの体質故か、それとも彼なりに何か感じるものがあるのか…オルレアンも宝石を眺めるが、気味が悪い印象ばかりが残り、そこまで感じ取れなかった。
刹那、オルレアンはまた右足を引きずられる感覚に襲われた。今度は己の幻覚だと察したが、それでも足元を確認してしまう。何か嫌な予感がする、といってもこの状況でいい予感などあるはずもない、とオルレアンは逆に納得してしまう。
その隣で、目標が定まったおかげでやる気?の出たギュスターヴが、

「あれ壊してしまえばよさそうね!器物損壊なら任せてぇー!」

不穏すぎる発言を、腕をぐるぐる回してさも楽しそうに言い放った。隆々とした筋肉を震わせ、握りこぶしを作った次の瞬間、赤い宝石が一際生々しく輝いた。

「!?」

「ちょっと待ってギュスターヴ!」

魔力に疎いオルレアンでさえぞっとするほどの「何か」が唐突に宝石の周囲に集中する。ぐにゃり、と視界がゆがむ。オルレアンは、それが視界がゆがんでいるのではなくて本当に周囲の壁や床が変形しているのだと理解するのに数秒を要した。
次の瞬間、宝石の埋め込まれている周囲が膨れ上がって爆発した。同時に意識を真っ白にさせるほどの悲鳴がオルレアンを貫き、一瞬視野が真っ白に変わった。

**************


…声がする、叫び声だ。
死した骸と共に、生きたまま埋められたモノの悲鳴だ。

人造精霊には言葉がなかった。だからその感情を、その意志を外へ表明する手段を知らなかった。
だが、死ぬ間際の人間達がどいつもこいつも同じ言葉、同じ音を発していたのを彼らは聞き、それが自分達の感情と同じであると気が付いたとき、彼らはたった一つだけ、人の言葉を覚えた。

シニタクナイ、シニタクナイ。
シニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイ。

死ニタクナァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァイイイイイイィィィ!!!


**************

わずか数秒たらず。
意識を真っ白に染め上げるほどの悲鳴から視界が生還する。
痛みさえ感じるほどの体の震えが、精神を締め上げる。オルレアンは胸を抱えて上体を折る。視界の隅に倒れているギュスターヴが見えたが、溢れた涙でその姿がゆがんだ。

自分のものではない涙が頬を流れて落ちる、それがどうしよもなく不快だ。
この身体は、この顔も瞳も涙も自分のもので、決して人造精霊の領分ではない。なのに、どうして涙がこぼれてしまうのか。そう考えると、まるで自分が侵略されているような気がして、強い怒りがこみ上げる。怒りのままに、涙を流しながら顔をあげたその時、

「…え?ちょっと、あなた…」

はらり、ほろり。
頬を伝う涙は、オルレアンの目の前で黒い床に落ちた。涙が落ちるのが見えるなら、それはオルレアンの涙ではない。

「……あ」

隣で、アルトがはらはらと泣いていた。
彼自身もどうして泣いているのか、そもそも泣いていることに今気が付いたとばかりの表情で。オルレアンの涙を呆然と見つめるその顔には、オルレアンと同じような…どこか泣いていることを嫌悪している感情が浮かんでいた。

「…あなた、一体…」

ココに来て、少女のようにたおやかなエルフに疑念が浮かぶ。
失神したギュスターヴのように、通常の人間や動物は、この呪いにも近い悲鳴を聞いて無事なはずがない。魔力や精霊に敏感なエルフなどもってのほかだ。これを聞き、許容できるのは、これと同じモノだけだ。
人造精霊感染者でないことは確かである。ならばなぜこのどす黒い叫喚を聞いて、彼は、人造精霊と同じように涙を流しているのだろうか?
普通のエルフではないのか?その思考が脳裏を掠めた瞬間、オルレアンは一つの噂を思い出す。
肌は黒く、森を持たぬ闇のエルフの総称を、オルレアンは驚愕してその名を口にしようとした、次の瞬間



「……っ!?」

涙を流しているオルレアンとアルトが同時に、同じ方角に首をむける。


そこにいたのは、黒い巨体から数十本の腕を生やして、こちらにその黒い手を向けている動物の姿があった。外見は、針鼠に近いが、その針には一本一本に五指があり、死に際のように痙攣を繰り返している。眼は確認できないが、その針鼠の額に鎮座しているのは、あの生々しい赤い宝石だということだけは明確にわかった。

「…って、ちょっと…?」

あれがおそらく、この世界を作り、死者の腐肉によって再現された魔女の忌み子達。しかし、どうも様子がおかしい。オルレアンが彼らの意図に気が付く前に、足元である床が突然に崩落する。

「!?」

崩れ落ちる黒い瓦礫と共に空中に放り出されるも、無理やりに起動させた人造精霊を使って、右手を巨大な蜘蛛の足のような指に変える。近くの壁に指を埋め込み、壁を抉りながら落ちることで速度を減速させて着地する。次の瞬間、黒く変形した指に鋭い痛みが走る。

「!…石…まさか…」

オルレアンが息を切らして周囲を見渡す。
そこは、確かに城だった。城だったもの、といったほうが適切だったが。

黒い壁と床がとろける様に流れている、その下にはたしかに石で出来た壁と床があった。といっても先程の黒い壁と床のようになめらかなままではなく、そこかしこに穴が空き、外壁は抉られ、床はひび割れている。かつて魔女戦役において破壊されたままの廃墟に、まるで皮をかぶせるようにかつての城を再現していたのか。
オルレアンが着地したのは二階部分の、おそらく客室が並ぶ回廊だった場所。といっても着地した三歩先は崩れていて、向かい側には今にも崩れ落ちそうな廊下が見えるだけだ。

「ってギュスターヴ!エルフの可愛い坊やも!」

痛む異形の右手を押さえながら、オルレアンは真上を見る。自分達がさきほどまでいたのは五階部分に相当する最上階。二人も一緒に落ちたのか?と思った次の瞬間、

「!」

崩れかけた天井に遮られて一瞬しかみえなかったが、小さな人影に襲いかかる無数の触手が見えた。
次の瞬間には数十本の腕が雨霰のように人影のいる部分に降り注いでいた。一際大きい轟音が、崩れかけた廃墟の城を震わせる。

(なんであの子が!?)

てっきり自分が狙いだったと思っていたが、どうやらアレの矛先は小さなエルフに向いていたらしい。理由も原因もわからないが、とにかく先程の場所へ戻らなければ。
オルレアンは痛む異形の手を押さえて舌打ちし、身を翻した。

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2008/06/08 00:11 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ  15.Morgen ist auch noch ein Tag !/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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 冗談じゃない――
 頭上から覆い被さるように落下してくる巨大な質量。逃れようと身を翻しかけたとこ
ろで、気を失っている巨躯の軍人の姿を視界の隅に捉えた。巻き込まれたらさすがに彼
でも死にかねない。まともな生物であれば間違いなく死ぬ。後で、「死ぬかと思った」
とか言いながら瓦礫の中からむっくり起き上がりそうな気もするが――と考えて、アル
トは後ろめたさを振り払った。

 判断は一瞬。冷静だという自信は一切ない。「ごめんなさい」とだけ呟いて飛び退く。
不安定な足場がぐらぐらと揺れた。完全に逃げ切ることはできなくとも、せめて崩壊の
中心点からは逃れられれば、まだ生き伸びる希望もあるかも知れない。

 そう思った矢先、黒い落下物の中、何かと目が合った気がした。影精霊がざわめいた。
“同胞ダ”。いや待てどう見ても違うだろ。心の中だけで反論する間に、無数の手を蠢
かせる頭上の塊が、明らかに自分に向けて落下軌道を変えるのがはっきりとわかった。

 手、手、手。視界が手で覆われる。女の手、男の手、子供の手、腐敗したように形を
崩した指先が急速に近づいてくる。肩口を掴まれた、と思った瞬間、圧倒的な力と重量
を叩きつけられて、何が何だかわからなくなった。真っ黒に染まっているはずの視界が
白くちかちか明滅した。全身がばらばらに引き千切れそうな衝撃。痛みすら認識できな
い。ただ、足元で床が崩れ、天地を見失う感覚だけは妙にはっきりと感じられた。悲鳴
を上げたか、どうか。耳がいかれてしまったのか何も聞こえない。

 反射的にどこかへ伸ばした腕に、ねばねばとした何かが巻きついて、捕まった。閉じ
ていた瞼を上げれば、宙吊りの状態で静止していた。腕を捕まえているのは、水を加え
すぎた粘土のように形の定まらないくせに、表面には太い血管を浮き立たせた男の手だ
った。あまり若さを感じさせない、骨ばった手。甲にはいくつかの傷がある。一瞬、生
々しいほど詳細だった皮膚はどろりと溶けて質感を失った。

“同胞ダ”。違うとおざなりに答えながら周囲に視線を走らせた。城は半ば崩れ落ち、
瓦礫と泥の山のようだ。頭上にはにせものの空。地面は遥か遠くにある。破れた壁の向
こうの部屋が見える。階段は途切れて降りている。人間の姿はない。落下したオルレア
ン、見捨てたギュスターヴ、二人とも死んだだろうか?

 急に目の前が赤く染まった。自由になる手で確かめると、額の皮膚が割れて流れた血
のせいだった。全身が痛みを訴えている。鼓動にあわせて傷が疼く。頭上からどろどろ
と黒いものが降ってくる。地上に落ちる音は聞こえない。

(喰われる)。瞬間的な危機感。長らく忘れていた恐怖感。アルトは仕事をしろと影精
霊に毒吐きながら自由な手を背後に回した。使うつもりはなかったが……隠し鞘から短
剣を引き抜く。刃の表面で毒がつややかに光った。奥の手まで使うことになるなんて。
普段の同行者がこういうものを嫌うからとずっと隠したままだったのに。

「…… ewige Freude wird u"ber ihrem Haupte sein; 」

 囁く声音は擦れて、耳障り。影精霊が戸惑う気配がした。あんなものではなくて、私
の声を聞け。理性などないくせに、奇妙なものに惹かれて――確かにこれほど無惨な嘆
きの塊ならば、間違えるのもわからないでもないけれども。それでも全然違うだろうに。
アルトは短剣を持った腕を上げて、絡みついた黒い手に突き立てた。手応えはあった。
腐った生肉を裂くようにやすやすと刃は降りる。切っ先が自分の腕に触れて、刺さった。
痛みに顔をしかめ、しかし引く。解毒剤は持っている。

 黒い塊、人工精霊は悲鳴を上げたようだった。“死ニタクナイ”うるさいこっちだっ
て死にたくない。連れが待っている。帰らなければ、彼は裏切られたと嘆くだろう。

 二度、三度、刃を振るう。新しい腕が伸びてくるのを片っ端から切り払う。腕も傷だ
らけになって、黒いものの体液と混ざって濁った血がぼたぼたと落ちてくる。毒がまわ
ったか意識が朦朧としてきたが……

 ぶつん、と、最後の筋を絶った。体を支えるものがなくなった。
 虚空への解放。落下。安堵しながら早口で唱える。呪文ではなく祈りのように。

「 reude und Wonne werden sie ergreifen
  und Schmerz und Seufzen wird weg mu"ssen ! 」

 落下。視界が黒に染まる。影がざわめいている。
 声が遠くてよく聞こえない。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


 短い間、意識を失っていた。目を開いてまた卒倒しそうになった。
 どういうわけかオルレアンに抱えられている。「わあ!」と悲鳴を上げて暴れたが、
彼は動かない。違和感を覚えて眺めてみれば普段の彼と様子が違う――黒い瞳が無表情
に見下ろしてきている。考えもなく体に纏わりつかせた影のおかげで、直接には触れて
いない。

「ダイジョウブ?」

「え……あ、ええ」

 アルトは釈然としないまま頷いた。オルレアンは一つ頷いてぎこちない動きでアルト
を放すと、その体が一瞬にして黒く染まり、輪郭が崩れ、無数の蝶へと姿を変えて飛び
立った。アルトは群の行方を目で追った。ぱっくりと割れて断面を晒す城の、何回分か
上の縁に軍服のオルレアンが立って、こちらに手を振っていた。蝶は彼の元へ集まり、
吸い込まれて消えていく。落下するところを助けられたのか。
 精神的に悪めな助かり方だったけど。アルトもとりあえず彼に手を振って無事である
と示してみせた。短剣はどこかへなくしてしまっていた。逆の腕は上がらない。

 周囲を見渡す。どうやら穴の底にいるらしい。
 頭上にはまだあの塊がある。

“同胞ダ、同胞ダ同胞ダ同胞ダ。呼ンデイル。自然ナラザル魔術ノ落子。人ニ憑カネバ
生キラレナイ異質ノ同胞。呼ンデイル、呼ンデイル、呼ンデイル”
(異質…違うとわかっているなら何故そんなことを言う?)

“ダッテ”
(……え)期待してなかった返事があった。影精霊は理性を持たないはずだ。言葉を話
すにしても、勝手なことを喚き続けるだけだと思っていたのに。アルトは絶句した。頭
上で塊が蠢いている。気にしている場合ではなく、すぐに逃げるべきだとわかっている
のに。

“ダッテ、我々ハ狂ッテシマッタ。最早、影ハ同胞デハナイ。
 人ニ憑クモノ、恐レヲ知ルモノ! 汝ラコソ我ガ同胞! オイデ、オイデ、オイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデ、オイデ! 孤独モ疑問モ終ワラセヨウ同胞ヨ”
(ちょっと待て、それ、お前らはともかく私はどうなる……!)

 急激に膨れ上がった思念に呑まれかけながら、アルトは身を翻した。
 取り出した解毒剤を噛み砕いて飲み込む。逃げ切れるかと思案する。そもそも最初か
ら巻き込まれすぎている。生き残るにはどうすればいい?

 連れが待っているんだ、帰らなければいけない。
 ――本当に?



      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆



  「あいつは……俺のことなんか待っちゃいないだろうけど、どんな問題が起こった
   って、一人でどうとでもできるんだろうけど、行かないと」

   その青い目は強い光を宿していた。その種類をアルトは読み取れなかった。自分
  にはないものだ。あまりにも異質過ぎて理解どころか推測すらもできない。そうい
  ったものは、徐々に増えていく。昔はわかったものがわからなくなっていく。 首
  筋を痺れさせる悪寒を、かつて契約した闇の精霊がチキチキという僅かな音と共に
  貪り尽くした。
   その結果でしかない冷静さで、アルトは穏やかに微笑んだのに。

  「……ユーリィ、その人は……」

  「お前は、知ってたのに教えてくれなかったんだな」

   ふいに視線を合わせてきた連れは、平坦な声で遮った。
   ごめんなさい、と吐き出す以外に何ができたというのだ?



 私は何も隠さなかった。彼女を忘れたのはあなたなのに。
 今更あなたは私ではなくその女を取るんですね?


“人ニ憑カネバ生キラレナイ同胞ヨ”
 影精霊が見透かしたように囁いた。

「うるさい」
 アルトは小声で吐き捨てた。
 視界が明滅している。利き腕は動かない。体力をひどく消耗している。
 この調子では明日は熱を出して寝込むだろうな。明日があれば、だが。


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2008/06/08 00:13 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

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