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2025/03/09 12:02 |
ナナフシ  15.Morgen ist auch noch ein Tag !/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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 冗談じゃない――
 頭上から覆い被さるように落下してくる巨大な質量。逃れようと身を翻しかけたとこ
ろで、気を失っている巨躯の軍人の姿を視界の隅に捉えた。巻き込まれたらさすがに彼
でも死にかねない。まともな生物であれば間違いなく死ぬ。後で、「死ぬかと思った」
とか言いながら瓦礫の中からむっくり起き上がりそうな気もするが――と考えて、アル
トは後ろめたさを振り払った。

 判断は一瞬。冷静だという自信は一切ない。「ごめんなさい」とだけ呟いて飛び退く。
不安定な足場がぐらぐらと揺れた。完全に逃げ切ることはできなくとも、せめて崩壊の
中心点からは逃れられれば、まだ生き伸びる希望もあるかも知れない。

 そう思った矢先、黒い落下物の中、何かと目が合った気がした。影精霊がざわめいた。
“同胞ダ”。いや待てどう見ても違うだろ。心の中だけで反論する間に、無数の手を蠢
かせる頭上の塊が、明らかに自分に向けて落下軌道を変えるのがはっきりとわかった。

 手、手、手。視界が手で覆われる。女の手、男の手、子供の手、腐敗したように形を
崩した指先が急速に近づいてくる。肩口を掴まれた、と思った瞬間、圧倒的な力と重量
を叩きつけられて、何が何だかわからなくなった。真っ黒に染まっているはずの視界が
白くちかちか明滅した。全身がばらばらに引き千切れそうな衝撃。痛みすら認識できな
い。ただ、足元で床が崩れ、天地を見失う感覚だけは妙にはっきりと感じられた。悲鳴
を上げたか、どうか。耳がいかれてしまったのか何も聞こえない。

 反射的にどこかへ伸ばした腕に、ねばねばとした何かが巻きついて、捕まった。閉じ
ていた瞼を上げれば、宙吊りの状態で静止していた。腕を捕まえているのは、水を加え
すぎた粘土のように形の定まらないくせに、表面には太い血管を浮き立たせた男の手だ
った。あまり若さを感じさせない、骨ばった手。甲にはいくつかの傷がある。一瞬、生
々しいほど詳細だった皮膚はどろりと溶けて質感を失った。

“同胞ダ”。違うとおざなりに答えながら周囲に視線を走らせた。城は半ば崩れ落ち、
瓦礫と泥の山のようだ。頭上にはにせものの空。地面は遥か遠くにある。破れた壁の向
こうの部屋が見える。階段は途切れて降りている。人間の姿はない。落下したオルレア
ン、見捨てたギュスターヴ、二人とも死んだだろうか?

 急に目の前が赤く染まった。自由になる手で確かめると、額の皮膚が割れて流れた血
のせいだった。全身が痛みを訴えている。鼓動にあわせて傷が疼く。頭上からどろどろ
と黒いものが降ってくる。地上に落ちる音は聞こえない。

(喰われる)。瞬間的な危機感。長らく忘れていた恐怖感。アルトは仕事をしろと影精
霊に毒吐きながら自由な手を背後に回した。使うつもりはなかったが……隠し鞘から短
剣を引き抜く。刃の表面で毒がつややかに光った。奥の手まで使うことになるなんて。
普段の同行者がこういうものを嫌うからとずっと隠したままだったのに。

「…… ewige Freude wird u"ber ihrem Haupte sein; 」

 囁く声音は擦れて、耳障り。影精霊が戸惑う気配がした。あんなものではなくて、私
の声を聞け。理性などないくせに、奇妙なものに惹かれて――確かにこれほど無惨な嘆
きの塊ならば、間違えるのもわからないでもないけれども。それでも全然違うだろうに。
アルトは短剣を持った腕を上げて、絡みついた黒い手に突き立てた。手応えはあった。
腐った生肉を裂くようにやすやすと刃は降りる。切っ先が自分の腕に触れて、刺さった。
痛みに顔をしかめ、しかし引く。解毒剤は持っている。

 黒い塊、人工精霊は悲鳴を上げたようだった。“死ニタクナイ”うるさいこっちだっ
て死にたくない。連れが待っている。帰らなければ、彼は裏切られたと嘆くだろう。

 二度、三度、刃を振るう。新しい腕が伸びてくるのを片っ端から切り払う。腕も傷だ
らけになって、黒いものの体液と混ざって濁った血がぼたぼたと落ちてくる。毒がまわ
ったか意識が朦朧としてきたが……

 ぶつん、と、最後の筋を絶った。体を支えるものがなくなった。
 虚空への解放。落下。安堵しながら早口で唱える。呪文ではなく祈りのように。

「 reude und Wonne werden sie ergreifen
  und Schmerz und Seufzen wird weg mu"ssen ! 」

 落下。視界が黒に染まる。影がざわめいている。
 声が遠くてよく聞こえない。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


 短い間、意識を失っていた。目を開いてまた卒倒しそうになった。
 どういうわけかオルレアンに抱えられている。「わあ!」と悲鳴を上げて暴れたが、
彼は動かない。違和感を覚えて眺めてみれば普段の彼と様子が違う――黒い瞳が無表情
に見下ろしてきている。考えもなく体に纏わりつかせた影のおかげで、直接には触れて
いない。

「ダイジョウブ?」

「え……あ、ええ」

 アルトは釈然としないまま頷いた。オルレアンは一つ頷いてぎこちない動きでアルト
を放すと、その体が一瞬にして黒く染まり、輪郭が崩れ、無数の蝶へと姿を変えて飛び
立った。アルトは群の行方を目で追った。ぱっくりと割れて断面を晒す城の、何回分か
上の縁に軍服のオルレアンが立って、こちらに手を振っていた。蝶は彼の元へ集まり、
吸い込まれて消えていく。落下するところを助けられたのか。
 精神的に悪めな助かり方だったけど。アルトもとりあえず彼に手を振って無事である
と示してみせた。短剣はどこかへなくしてしまっていた。逆の腕は上がらない。

 周囲を見渡す。どうやら穴の底にいるらしい。
 頭上にはまだあの塊がある。

“同胞ダ、同胞ダ同胞ダ同胞ダ。呼ンデイル。自然ナラザル魔術ノ落子。人ニ憑カネバ
生キラレナイ異質ノ同胞。呼ンデイル、呼ンデイル、呼ンデイル”
(異質…違うとわかっているなら何故そんなことを言う?)

“ダッテ”
(……え)期待してなかった返事があった。影精霊は理性を持たないはずだ。言葉を話
すにしても、勝手なことを喚き続けるだけだと思っていたのに。アルトは絶句した。頭
上で塊が蠢いている。気にしている場合ではなく、すぐに逃げるべきだとわかっている
のに。

“ダッテ、我々ハ狂ッテシマッタ。最早、影ハ同胞デハナイ。
 人ニ憑クモノ、恐レヲ知ルモノ! 汝ラコソ我ガ同胞! オイデ、オイデ、オイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデオ
イデオイデオイデオイデオイデオイデ、オイデ! 孤独モ疑問モ終ワラセヨウ同胞ヨ”
(ちょっと待て、それ、お前らはともかく私はどうなる……!)

 急激に膨れ上がった思念に呑まれかけながら、アルトは身を翻した。
 取り出した解毒剤を噛み砕いて飲み込む。逃げ切れるかと思案する。そもそも最初か
ら巻き込まれすぎている。生き残るにはどうすればいい?

 連れが待っているんだ、帰らなければいけない。
 ――本当に?



      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆



  「あいつは……俺のことなんか待っちゃいないだろうけど、どんな問題が起こった
   って、一人でどうとでもできるんだろうけど、行かないと」

   その青い目は強い光を宿していた。その種類をアルトは読み取れなかった。自分
  にはないものだ。あまりにも異質過ぎて理解どころか推測すらもできない。そうい
  ったものは、徐々に増えていく。昔はわかったものがわからなくなっていく。 首
  筋を痺れさせる悪寒を、かつて契約した闇の精霊がチキチキという僅かな音と共に
  貪り尽くした。
   その結果でしかない冷静さで、アルトは穏やかに微笑んだのに。

  「……ユーリィ、その人は……」

  「お前は、知ってたのに教えてくれなかったんだな」

   ふいに視線を合わせてきた連れは、平坦な声で遮った。
   ごめんなさい、と吐き出す以外に何ができたというのだ?



 私は何も隠さなかった。彼女を忘れたのはあなたなのに。
 今更あなたは私ではなくその女を取るんですね?


“人ニ憑カネバ生キラレナイ同胞ヨ”
 影精霊が見透かしたように囁いた。

「うるさい」
 アルトは小声で吐き捨てた。
 視界が明滅している。利き腕は動かない。体力をひどく消耗している。
 この調子では明日は熱を出して寝込むだろうな。明日があれば、だが。


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2008/06/08 00:13 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

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