PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス 自警団の団員(マッド)
場所:セーラムの街 宿屋前の大通り
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「こ、この、水って……」
スーシャは、ぺたりと座り込んだ。
足の力が抜けたのだ。
「あの、悪魔が化けてるんですか」
水柱の中にゆらゆらと見えた、苦悶に満ちた人の顔が頭をよぎり、スーシャは震え
た。
「違う。乗っ取っているだけだ」
ロンシュタットは静かに答えた。
出会った時と変わらない冷静さは、ほんの少しだけ安心感を与える。
おかげでスーシャは余計な混乱をしたりせず、浅い呼吸を繰り返すのみで済んでい
た。
もし一人だったなら、恐ろしく泣き喚いたりしていたことだろう。
「あの、乗っ取ってる、って……?」
「大丈夫だって」
軽い口調で答えるのは、バルデラスだ。
「あの低級に大した力はねえよ、安心しな」
さてと、とバルデラスは話を変える。
「どうする、ロン。あの低級をあぶり出しにかかるか?」
ロンシュタットはその問いには答えない。
座り込んだままのスーシャを見つめている。
「……しばらくしたら戻る。ここで待っていろ」
ロンシュタットは気付いただろうか。
その言葉を聞いたスーシャの目をよぎった、悲しみの感情に。
目の前にいる彼が引き起こしたのではない、過去の記憶が引き起こした感情の揺れ
に。
こくん。
スーシャはうなずき、そのままうつむいた。
ブーツの足音が遠ざかるのを聞きながら、自分はもしかしたら「待っていろ」という
言葉を嫌っているかもしれない、とスーシャは思った。
しばらく経ってから視線を巡らせると、あちらこちらで負傷者の手当てをする人々の
姿があった。
水柱は脅威に違いないが、今のところさほど被害はなさそうだと考えての行動らし
い。
野次馬根性の高い連中など、水柱に近付いて何やら話をしながら見ている。
怖いもの見たさ、ということだろう。
見知った顔がちらつく水など、あんまり近くで見たいものじゃない。
スーシャは水柱から視線を逸らした。
……その時、近くの小屋に、人間が引っ掛かっていることに、スーシャは気付いた。
ぎょとしてよく見ると、その人間のズボンのベルトが、小屋の屋根に続く木製のはし
ごに引っかかっている。
おそらく、先ほどの洪水で流されてきて、引っかかったのだろう。
気絶しているのか、ピクリともしない。
目をこらして、スーシャは「あっ」と声を上げた。
重傷を負って痙攣していた、あの自警団員だ。
スーシャは慌てて立ち上がる。
何とかしたい。
優しくしてくれた人を見捨てるなんて、できない。
さっきは色々あって助けられなかったが、今ならきっと助けられる。
ここから小屋までは、屋根の低い家がさほど間を置かずに並んでいる。
高さもさほど変わらない。
なんとかなる……かも知れない。
スーシャは、震える足を励ましながら、屋根の端へと移動した。
――彼は、魚になった夢を見ていた。
夢の中での彼は、激流にもまれた挙句岸に打ち上げられ、死にかかった魚だ。
ウロコがはがれ、ひれを動かすことすらままならぬ、弱りきった魚。
死にかけた体を、太陽がジリジリ焼いている。
きっと嫌な臭いがしているんだろうな、と彼はぼんやり考えた。
その魚に、好奇心からか、子供の手が伸びる。
彼は、その手を甘んじて受けた。
避けようにも、もう体は動かないのだ。
「うわ、くっせえ」なんて地面に落とされたって恨みはすまい、などと奇妙な覚悟を
決めた。
子供の手は、哀れむように彼の顔に触れる。
触れられると、妙に心地良かった。
ふっと力を抜くと、何かが薄布のように、体を柔らかく包んでくれる。
五感が急に鮮明さを取り戻し、ぼんやりしていた世界をはっきりと描き出した。
その時、遠くから声がした。
「マッド!」
「しっかりしろ、今助けるからなっ」
仲間の自警団員達だ、と気付いた瞬間、おそろしい激痛が体を刺し貫いた。
――自分がまだ生きていることを、彼は嫌というほど自覚した。
スーシャは、あたふたと元いた屋上に座り込んだ。
ひざがガクガク震えて、我ながらみっともない。
ただ、逃げたという罪悪感だけがあった。
あの団員――マッドは、引っかかっていたはしごから降ろされ、わあわあ大騒ぎしな
がら仲間の団員達に処置を施されている。
半端に傷を治されて、痛くて痛くて仕方ないのだろう。
本当はちゃんと治したかったのだが、団員達を遠くに見かけた時、先ほど向けられた
目が怖くて、またあんな風に見られたらと思うと悲しくなって、治している途中で逃
げてしまったのだ。
ごめんなさい、とスーシャは胸を痛めた。
臆病なくせに、「助けられる」なんて、思い上がりも甚だしい。
かえって苦痛を味わせているなんて、自分は何をしているんだろう。
ロンシュタットはまだ戻らない。
水柱にも、変化はない。
苦悶の表情を浮かべる顔も、相変わらずゆらゆらと浮かんでは消え、消えては浮かん
でを繰り返している。
スーシャはスカートのポケットから、束ねたししゅう用の糸を取り出した。
ししゅう糸は、半分ぐらいのところまで三つ編みになっている。
それを見つめて、ため息をつく。
そんなことしたって、何の足しにもなりゃしない……。
いつだったか、養母に罵られたことを思い出す。
――何の足しにもなりゃしない。
その言葉が、今は自分に向けられている気がする。
待っているだけしかできない自分。
大したこともできない自分。
――強くなりたい。
スーシャは痛切に思った。
「うわああああ!」
誰かの叫び声がして、スーシャはビクッと震えた。
その拍子に指の間をすり抜けて、ししゅう糸が落ちてしまった。
「あ、あ、あ」
拾い上げようと慌てて伸ばした指先をもすり抜けて、ししゅう糸は風に揺られて頼り
なく地面に落ちてしまった。
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NPC:バルデラス 自警団の団員(マッド)
場所:セーラムの街 宿屋前の大通り
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「こ、この、水って……」
スーシャは、ぺたりと座り込んだ。
足の力が抜けたのだ。
「あの、悪魔が化けてるんですか」
水柱の中にゆらゆらと見えた、苦悶に満ちた人の顔が頭をよぎり、スーシャは震え
た。
「違う。乗っ取っているだけだ」
ロンシュタットは静かに答えた。
出会った時と変わらない冷静さは、ほんの少しだけ安心感を与える。
おかげでスーシャは余計な混乱をしたりせず、浅い呼吸を繰り返すのみで済んでい
た。
もし一人だったなら、恐ろしく泣き喚いたりしていたことだろう。
「あの、乗っ取ってる、って……?」
「大丈夫だって」
軽い口調で答えるのは、バルデラスだ。
「あの低級に大した力はねえよ、安心しな」
さてと、とバルデラスは話を変える。
「どうする、ロン。あの低級をあぶり出しにかかるか?」
ロンシュタットはその問いには答えない。
座り込んだままのスーシャを見つめている。
「……しばらくしたら戻る。ここで待っていろ」
ロンシュタットは気付いただろうか。
その言葉を聞いたスーシャの目をよぎった、悲しみの感情に。
目の前にいる彼が引き起こしたのではない、過去の記憶が引き起こした感情の揺れ
に。
こくん。
スーシャはうなずき、そのままうつむいた。
ブーツの足音が遠ざかるのを聞きながら、自分はもしかしたら「待っていろ」という
言葉を嫌っているかもしれない、とスーシャは思った。
しばらく経ってから視線を巡らせると、あちらこちらで負傷者の手当てをする人々の
姿があった。
水柱は脅威に違いないが、今のところさほど被害はなさそうだと考えての行動らし
い。
野次馬根性の高い連中など、水柱に近付いて何やら話をしながら見ている。
怖いもの見たさ、ということだろう。
見知った顔がちらつく水など、あんまり近くで見たいものじゃない。
スーシャは水柱から視線を逸らした。
……その時、近くの小屋に、人間が引っ掛かっていることに、スーシャは気付いた。
ぎょとしてよく見ると、その人間のズボンのベルトが、小屋の屋根に続く木製のはし
ごに引っかかっている。
おそらく、先ほどの洪水で流されてきて、引っかかったのだろう。
気絶しているのか、ピクリともしない。
目をこらして、スーシャは「あっ」と声を上げた。
重傷を負って痙攣していた、あの自警団員だ。
スーシャは慌てて立ち上がる。
何とかしたい。
優しくしてくれた人を見捨てるなんて、できない。
さっきは色々あって助けられなかったが、今ならきっと助けられる。
ここから小屋までは、屋根の低い家がさほど間を置かずに並んでいる。
高さもさほど変わらない。
なんとかなる……かも知れない。
スーシャは、震える足を励ましながら、屋根の端へと移動した。
――彼は、魚になった夢を見ていた。
夢の中での彼は、激流にもまれた挙句岸に打ち上げられ、死にかかった魚だ。
ウロコがはがれ、ひれを動かすことすらままならぬ、弱りきった魚。
死にかけた体を、太陽がジリジリ焼いている。
きっと嫌な臭いがしているんだろうな、と彼はぼんやり考えた。
その魚に、好奇心からか、子供の手が伸びる。
彼は、その手を甘んじて受けた。
避けようにも、もう体は動かないのだ。
「うわ、くっせえ」なんて地面に落とされたって恨みはすまい、などと奇妙な覚悟を
決めた。
子供の手は、哀れむように彼の顔に触れる。
触れられると、妙に心地良かった。
ふっと力を抜くと、何かが薄布のように、体を柔らかく包んでくれる。
五感が急に鮮明さを取り戻し、ぼんやりしていた世界をはっきりと描き出した。
その時、遠くから声がした。
「マッド!」
「しっかりしろ、今助けるからなっ」
仲間の自警団員達だ、と気付いた瞬間、おそろしい激痛が体を刺し貫いた。
――自分がまだ生きていることを、彼は嫌というほど自覚した。
スーシャは、あたふたと元いた屋上に座り込んだ。
ひざがガクガク震えて、我ながらみっともない。
ただ、逃げたという罪悪感だけがあった。
あの団員――マッドは、引っかかっていたはしごから降ろされ、わあわあ大騒ぎしな
がら仲間の団員達に処置を施されている。
半端に傷を治されて、痛くて痛くて仕方ないのだろう。
本当はちゃんと治したかったのだが、団員達を遠くに見かけた時、先ほど向けられた
目が怖くて、またあんな風に見られたらと思うと悲しくなって、治している途中で逃
げてしまったのだ。
ごめんなさい、とスーシャは胸を痛めた。
臆病なくせに、「助けられる」なんて、思い上がりも甚だしい。
かえって苦痛を味わせているなんて、自分は何をしているんだろう。
ロンシュタットはまだ戻らない。
水柱にも、変化はない。
苦悶の表情を浮かべる顔も、相変わらずゆらゆらと浮かんでは消え、消えては浮かん
でを繰り返している。
スーシャはスカートのポケットから、束ねたししゅう用の糸を取り出した。
ししゅう糸は、半分ぐらいのところまで三つ編みになっている。
それを見つめて、ため息をつく。
そんなことしたって、何の足しにもなりゃしない……。
いつだったか、養母に罵られたことを思い出す。
――何の足しにもなりゃしない。
その言葉が、今は自分に向けられている気がする。
待っているだけしかできない自分。
大したこともできない自分。
――強くなりたい。
スーシャは痛切に思った。
「うわああああ!」
誰かの叫び声がして、スーシャはビクッと震えた。
その拍子に指の間をすり抜けて、ししゅう糸が落ちてしまった。
「あ、あ、あ」
拾い上げようと慌てて伸ばした指先をもすり抜けて、ししゅう糸は風に揺られて頼り
なく地面に落ちてしまった。
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