キャスト:アルト、オルレアン
NPC:ギュスターヴ、人造精霊さん
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区、イズフェルミア城跡地
--------------------------------------------------------------------------
…声がする。
一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…?
人間は駄目だ、いくつかの声が囁く。外側があまりにももろすぎる、すぐに満杯になって壊れてしまう。
"仲間"の容をした人間は殺せ、別のいくつかの声が囁く。自分たちと違って"成功した"奴だ、妬ましい憎らしい羨ましい。私達だって死にたくなかったのに。
最後の一つは、よくわからない。
今まで接触したこともない存在だ…炎の中にも土の中にも骸の中にも、あんな容のものはなかった。
声がする、よくわからない存在の肉の底から。
人間はすぐに満杯になってしまって、彼らの一握りしか入らなかった。あれなら、入るだろうか?何十人もの人間にさえ入りきらなかった私達を、まだ知らぬあれなら入りきるだろうか?
…声がする。
一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…
…声がする。
**************
がくん、とオルレアンは歩行の体制を崩し、たたらを踏む。
「…?」
「オルレアン?」
共に歩いていたアルトとギュスターヴが振り返る。一人オルレアンは驚愕の表情で足元を見るが、そこにはただ闇色の床があるだけだ。段差も穴もない、躓いたり踏み外したりするような場所はどこにもなかった。
「今、何かに」
掴まれた。
節だった指の感触も、硬く鋭く尖った爪先も、薄く強張った掌の感触さえ生々しく感じ取れた。足元、その床の一点をただ凝視するが、そこには有機的な造詣はおろか、凹みさえない真っ平らの闇。
「…オルレアン?ねぇ大丈夫?」
ギュスターヴが心配そうに尋ねてくる。
「…ごめんなさい、何でもないわ。ちょっと深窓の美姫たる私ってば貧血しちゃったみたぃん」
よよよ、と背後に薔薇を散りばめて(雰囲気的に)しなるオルレアンにギュスターヴが「やーねー!貧血なんて一度もしたことないじゃなーい」と太い腕でこづいた。アルトは心配をして損をした、という風に呆れ顔で前へ進んでいく。
オルレアンは誰にも悟られないように息を整えて、いつものくだらない笑みを浮かべた。努力の甲斐もあってか誰も疑わない。足首にまとわりついた嫌な気配を蹴りつけて、再び歩き出す。
(来たわね)
心の中で愚痴をこぼす。
(これだからこいつらは…)
オルレアンは心中暗鬱となる。これから起こるである惨劇にいくぶんの予測が立てられる自分の経験が恨めしい。おそらく次にくるのは仲間同士の「共食い」だ、とオルレアンは読んでいた。
かつてこの城が本物の城で、炎と阿鼻叫喚が渦巻く中で、城に突入した歴戦の兵士を恐怖させたのは、単に彼らがおぞましい形をしていただけではなかった。
「共食い」だ。
これこそ、彼らが真に恐れられた行動だった。彼らは生き延びるために、互いを互いで喰いあうことさえ辞さない。現にオルレアンの人造精霊も共食いによって増殖をするタイプで、その点でいえば最も忌まわしい性質を残した人造精霊ともいえる。
(狙いは私、ね)
似非錬金術師の怨恨もさることながら、人造精霊達はきっとオルレアンの人造精霊に強い妬みを宿しているはずだ。魔女戦役後の、数少ない回収された未寄生状態の人造精霊らは総じて感染者達に、いや感染に成功した同胞に憎悪の牙を向けていた。もちろん、その数少ない人造精霊らは人間に感染したことで飛躍的に能力を向上させた同胞に返り討ちにあっていたが。
足首を掴まれたときの強い悪意、まるで毒のように皮膚を刺し貫いたあの感触。もはやあれは呪いの類である。
(さっきの可愛い末端のようにはいかないか…)
愛らしい人型の黒いのっぺらぼう、城まで案内してくれた彼らは残念ながらすでにとりこまれているだろう。
ここが"本体"なら、もはや言葉も感情も通用しない。
ギュスターヴはああ見えても、炎の魔術の心得もあるし、肉体に強化魔術が施されているからちょっとやそっとのことでは人造精霊も感染どころか寄生もできないだろう。
問題は―
(すっかり巻き込まれちゃってるけど、この子平気かしら?)
なんだかんだですっかり当事者みたいに巻き込まれている、唯一の部外者を見てオルレアンは肩をすくめた。そういえば、名前聞いてないなーとどうでもいいことを思い出したりもする。巻き込むつもりもなかったが、まー運の巡り合わせがかなり悪かったのだろう。もちろん、オルレアンが心配しているのはそんな運勢ではない。
(まぁ何かしら護身術くらいは身に着けてるわよね、可愛いし)
見たところ、最初の似非錬金術師との戦闘の際に何かと会話をしていた節をもある。歩き方をみても箱入りのお嬢様ではないだろうし、そこそこに術の心得もありそうだ。
ただ少しきがかりなのは、あの街中で人造精霊に捕まった際のあの詠唱…エルフが扱うにしては少々禍々しすぎたような気もするのだが。
**************
それ、は意外と目に付く場所にあったため、三人は首を少し傾げるだけですぐに見つけることができた。
自然にはまずないだろう濃く深い赤色の煌きは、妙に生々しくて生物の内臓を見るものに想像させる。嫌な煌きだとオルレアンは眉をひそめた。城の最上階まで到達した三人の目前、おそらくステンドグラスがあったと思われるくぼみの中央にそれは埋め込まれていた。ちょうと林檎ほどで、宝石としてはかなりの大きさである。
「触りたくないわねぇーアレ」
「失くした指輪の代わりにするんじゃなかったんですか?」
数分前の自ら発言をオルレアンが翻す。オルレアンでさえ躊躇するほどの歪なソレは、三人を目の前にしてさらに輝きを増しているようだ。生きているようだ、とオルレアンは愚にもつかないことを言いかけて、喉元で捻り潰す。
「……っ、これ」
「どうしたの?」
アルトが気持ち悪そうに宝石を眺める。エルフ独特の端麗な柳眉がゆがんで、吐き気を抑えるように顔を俯かせている。
「気持ち悪い…こんな歪な魔力、初めて見た」
よほど耐え切れないものなのか、アルトは宝石を睨みながら一歩下がった。敏感なエルフの体質故か、それとも彼なりに何か感じるものがあるのか…オルレアンも宝石を眺めるが、気味が悪い印象ばかりが残り、そこまで感じ取れなかった。
刹那、オルレアンはまた右足を引きずられる感覚に襲われた。今度は己の幻覚だと察したが、それでも足元を確認してしまう。何か嫌な予感がする、といってもこの状況でいい予感などあるはずもない、とオルレアンは逆に納得してしまう。
その隣で、目標が定まったおかげでやる気?の出たギュスターヴが、
「あれ壊してしまえばよさそうね!器物損壊なら任せてぇー!」
不穏すぎる発言を、腕をぐるぐる回してさも楽しそうに言い放った。隆々とした筋肉を震わせ、握りこぶしを作った次の瞬間、赤い宝石が一際生々しく輝いた。
「!?」
「ちょっと待ってギュスターヴ!」
魔力に疎いオルレアンでさえぞっとするほどの「何か」が唐突に宝石の周囲に集中する。ぐにゃり、と視界がゆがむ。オルレアンは、それが視界がゆがんでいるのではなくて本当に周囲の壁や床が変形しているのだと理解するのに数秒を要した。
次の瞬間、宝石の埋め込まれている周囲が膨れ上がって爆発した。同時に意識を真っ白にさせるほどの悲鳴がオルレアンを貫き、一瞬視野が真っ白に変わった。
**************
…声がする、叫び声だ。
死した骸と共に、生きたまま埋められたモノの悲鳴だ。
人造精霊には言葉がなかった。だからその感情を、その意志を外へ表明する手段を知らなかった。
だが、死ぬ間際の人間達がどいつもこいつも同じ言葉、同じ音を発していたのを彼らは聞き、それが自分達の感情と同じであると気が付いたとき、彼らはたった一つだけ、人の言葉を覚えた。
シニタクナイ、シニタクナイ。
シニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイ。
死ニタクナァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァイイイイイイィィィ!!!
**************
わずか数秒たらず。
意識を真っ白に染め上げるほどの悲鳴から視界が生還する。
痛みさえ感じるほどの体の震えが、精神を締め上げる。オルレアンは胸を抱えて上体を折る。視界の隅に倒れているギュスターヴが見えたが、溢れた涙でその姿がゆがんだ。
自分のものではない涙が頬を流れて落ちる、それがどうしよもなく不快だ。
この身体は、この顔も瞳も涙も自分のもので、決して人造精霊の領分ではない。なのに、どうして涙がこぼれてしまうのか。そう考えると、まるで自分が侵略されているような気がして、強い怒りがこみ上げる。怒りのままに、涙を流しながら顔をあげたその時、
「…え?ちょっと、あなた…」
はらり、ほろり。
頬を伝う涙は、オルレアンの目の前で黒い床に落ちた。涙が落ちるのが見えるなら、それはオルレアンの涙ではない。
「……あ」
隣で、アルトがはらはらと泣いていた。
彼自身もどうして泣いているのか、そもそも泣いていることに今気が付いたとばかりの表情で。オルレアンの涙を呆然と見つめるその顔には、オルレアンと同じような…どこか泣いていることを嫌悪している感情が浮かんでいた。
「…あなた、一体…」
ココに来て、少女のようにたおやかなエルフに疑念が浮かぶ。
失神したギュスターヴのように、通常の人間や動物は、この呪いにも近い悲鳴を聞いて無事なはずがない。魔力や精霊に敏感なエルフなどもってのほかだ。これを聞き、許容できるのは、これと同じモノだけだ。
人造精霊感染者でないことは確かである。ならばなぜこのどす黒い叫喚を聞いて、彼は、人造精霊と同じように涙を流しているのだろうか?
普通のエルフではないのか?その思考が脳裏を掠めた瞬間、オルレアンは一つの噂を思い出す。
肌は黒く、森を持たぬ闇のエルフの総称を、オルレアンは驚愕してその名を口にしようとした、次の瞬間
。
「……っ!?」
涙を流しているオルレアンとアルトが同時に、同じ方角に首をむける。
そこにいたのは、黒い巨体から数十本の腕を生やして、こちらにその黒い手を向けている動物の姿があった。外見は、針鼠に近いが、その針には一本一本に五指があり、死に際のように痙攣を繰り返している。眼は確認できないが、その針鼠の額に鎮座しているのは、あの生々しい赤い宝石だということだけは明確にわかった。
「…って、ちょっと…?」
あれがおそらく、この世界を作り、死者の腐肉によって再現された魔女の忌み子達。しかし、どうも様子がおかしい。オルレアンが彼らの意図に気が付く前に、足元である床が突然に崩落する。
「!?」
崩れ落ちる黒い瓦礫と共に空中に放り出されるも、無理やりに起動させた人造精霊を使って、右手を巨大な蜘蛛の足のような指に変える。近くの壁に指を埋め込み、壁を抉りながら落ちることで速度を減速させて着地する。次の瞬間、黒く変形した指に鋭い痛みが走る。
「!…石…まさか…」
オルレアンが息を切らして周囲を見渡す。
そこは、確かに城だった。城だったもの、といったほうが適切だったが。
黒い壁と床がとろける様に流れている、その下にはたしかに石で出来た壁と床があった。といっても先程の黒い壁と床のようになめらかなままではなく、そこかしこに穴が空き、外壁は抉られ、床はひび割れている。かつて魔女戦役において破壊されたままの廃墟に、まるで皮をかぶせるようにかつての城を再現していたのか。
オルレアンが着地したのは二階部分の、おそらく客室が並ぶ回廊だった場所。といっても着地した三歩先は崩れていて、向かい側には今にも崩れ落ちそうな廊下が見えるだけだ。
「ってギュスターヴ!エルフの可愛い坊やも!」
痛む異形の右手を押さえながら、オルレアンは真上を見る。自分達がさきほどまでいたのは五階部分に相当する最上階。二人も一緒に落ちたのか?と思った次の瞬間、
「!」
崩れかけた天井に遮られて一瞬しかみえなかったが、小さな人影に襲いかかる無数の触手が見えた。
次の瞬間には数十本の腕が雨霰のように人影のいる部分に降り注いでいた。一際大きい轟音が、崩れかけた廃墟の城を震わせる。
(なんであの子が!?)
てっきり自分が狙いだったと思っていたが、どうやらアレの矛先は小さなエルフに向いていたらしい。理由も原因もわからないが、とにかく先程の場所へ戻らなければ。
オルレアンは痛む異形の手を押さえて舌打ちし、身を翻した。
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NPC:ギュスターヴ、人造精霊さん
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区、イズフェルミア城跡地
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…声がする。
一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…?
人間は駄目だ、いくつかの声が囁く。外側があまりにももろすぎる、すぐに満杯になって壊れてしまう。
"仲間"の容をした人間は殺せ、別のいくつかの声が囁く。自分たちと違って"成功した"奴だ、妬ましい憎らしい羨ましい。私達だって死にたくなかったのに。
最後の一つは、よくわからない。
今まで接触したこともない存在だ…炎の中にも土の中にも骸の中にも、あんな容のものはなかった。
声がする、よくわからない存在の肉の底から。
人間はすぐに満杯になってしまって、彼らの一握りしか入らなかった。あれなら、入るだろうか?何十人もの人間にさえ入りきらなかった私達を、まだ知らぬあれなら入りきるだろうか?
…声がする。
一つ、人間。
一つ、"仲間"の容をした人間。
もう一つ…
…声がする。
**************
がくん、とオルレアンは歩行の体制を崩し、たたらを踏む。
「…?」
「オルレアン?」
共に歩いていたアルトとギュスターヴが振り返る。一人オルレアンは驚愕の表情で足元を見るが、そこにはただ闇色の床があるだけだ。段差も穴もない、躓いたり踏み外したりするような場所はどこにもなかった。
「今、何かに」
掴まれた。
節だった指の感触も、硬く鋭く尖った爪先も、薄く強張った掌の感触さえ生々しく感じ取れた。足元、その床の一点をただ凝視するが、そこには有機的な造詣はおろか、凹みさえない真っ平らの闇。
「…オルレアン?ねぇ大丈夫?」
ギュスターヴが心配そうに尋ねてくる。
「…ごめんなさい、何でもないわ。ちょっと深窓の美姫たる私ってば貧血しちゃったみたぃん」
よよよ、と背後に薔薇を散りばめて(雰囲気的に)しなるオルレアンにギュスターヴが「やーねー!貧血なんて一度もしたことないじゃなーい」と太い腕でこづいた。アルトは心配をして損をした、という風に呆れ顔で前へ進んでいく。
オルレアンは誰にも悟られないように息を整えて、いつものくだらない笑みを浮かべた。努力の甲斐もあってか誰も疑わない。足首にまとわりついた嫌な気配を蹴りつけて、再び歩き出す。
(来たわね)
心の中で愚痴をこぼす。
(これだからこいつらは…)
オルレアンは心中暗鬱となる。これから起こるである惨劇にいくぶんの予測が立てられる自分の経験が恨めしい。おそらく次にくるのは仲間同士の「共食い」だ、とオルレアンは読んでいた。
かつてこの城が本物の城で、炎と阿鼻叫喚が渦巻く中で、城に突入した歴戦の兵士を恐怖させたのは、単に彼らがおぞましい形をしていただけではなかった。
「共食い」だ。
これこそ、彼らが真に恐れられた行動だった。彼らは生き延びるために、互いを互いで喰いあうことさえ辞さない。現にオルレアンの人造精霊も共食いによって増殖をするタイプで、その点でいえば最も忌まわしい性質を残した人造精霊ともいえる。
(狙いは私、ね)
似非錬金術師の怨恨もさることながら、人造精霊達はきっとオルレアンの人造精霊に強い妬みを宿しているはずだ。魔女戦役後の、数少ない回収された未寄生状態の人造精霊らは総じて感染者達に、いや感染に成功した同胞に憎悪の牙を向けていた。もちろん、その数少ない人造精霊らは人間に感染したことで飛躍的に能力を向上させた同胞に返り討ちにあっていたが。
足首を掴まれたときの強い悪意、まるで毒のように皮膚を刺し貫いたあの感触。もはやあれは呪いの類である。
(さっきの可愛い末端のようにはいかないか…)
愛らしい人型の黒いのっぺらぼう、城まで案内してくれた彼らは残念ながらすでにとりこまれているだろう。
ここが"本体"なら、もはや言葉も感情も通用しない。
ギュスターヴはああ見えても、炎の魔術の心得もあるし、肉体に強化魔術が施されているからちょっとやそっとのことでは人造精霊も感染どころか寄生もできないだろう。
問題は―
(すっかり巻き込まれちゃってるけど、この子平気かしら?)
なんだかんだですっかり当事者みたいに巻き込まれている、唯一の部外者を見てオルレアンは肩をすくめた。そういえば、名前聞いてないなーとどうでもいいことを思い出したりもする。巻き込むつもりもなかったが、まー運の巡り合わせがかなり悪かったのだろう。もちろん、オルレアンが心配しているのはそんな運勢ではない。
(まぁ何かしら護身術くらいは身に着けてるわよね、可愛いし)
見たところ、最初の似非錬金術師との戦闘の際に何かと会話をしていた節をもある。歩き方をみても箱入りのお嬢様ではないだろうし、そこそこに術の心得もありそうだ。
ただ少しきがかりなのは、あの街中で人造精霊に捕まった際のあの詠唱…エルフが扱うにしては少々禍々しすぎたような気もするのだが。
**************
それ、は意外と目に付く場所にあったため、三人は首を少し傾げるだけですぐに見つけることができた。
自然にはまずないだろう濃く深い赤色の煌きは、妙に生々しくて生物の内臓を見るものに想像させる。嫌な煌きだとオルレアンは眉をひそめた。城の最上階まで到達した三人の目前、おそらくステンドグラスがあったと思われるくぼみの中央にそれは埋め込まれていた。ちょうと林檎ほどで、宝石としてはかなりの大きさである。
「触りたくないわねぇーアレ」
「失くした指輪の代わりにするんじゃなかったんですか?」
数分前の自ら発言をオルレアンが翻す。オルレアンでさえ躊躇するほどの歪なソレは、三人を目の前にしてさらに輝きを増しているようだ。生きているようだ、とオルレアンは愚にもつかないことを言いかけて、喉元で捻り潰す。
「……っ、これ」
「どうしたの?」
アルトが気持ち悪そうに宝石を眺める。エルフ独特の端麗な柳眉がゆがんで、吐き気を抑えるように顔を俯かせている。
「気持ち悪い…こんな歪な魔力、初めて見た」
よほど耐え切れないものなのか、アルトは宝石を睨みながら一歩下がった。敏感なエルフの体質故か、それとも彼なりに何か感じるものがあるのか…オルレアンも宝石を眺めるが、気味が悪い印象ばかりが残り、そこまで感じ取れなかった。
刹那、オルレアンはまた右足を引きずられる感覚に襲われた。今度は己の幻覚だと察したが、それでも足元を確認してしまう。何か嫌な予感がする、といってもこの状況でいい予感などあるはずもない、とオルレアンは逆に納得してしまう。
その隣で、目標が定まったおかげでやる気?の出たギュスターヴが、
「あれ壊してしまえばよさそうね!器物損壊なら任せてぇー!」
不穏すぎる発言を、腕をぐるぐる回してさも楽しそうに言い放った。隆々とした筋肉を震わせ、握りこぶしを作った次の瞬間、赤い宝石が一際生々しく輝いた。
「!?」
「ちょっと待ってギュスターヴ!」
魔力に疎いオルレアンでさえぞっとするほどの「何か」が唐突に宝石の周囲に集中する。ぐにゃり、と視界がゆがむ。オルレアンは、それが視界がゆがんでいるのではなくて本当に周囲の壁や床が変形しているのだと理解するのに数秒を要した。
次の瞬間、宝石の埋め込まれている周囲が膨れ上がって爆発した。同時に意識を真っ白にさせるほどの悲鳴がオルレアンを貫き、一瞬視野が真っ白に変わった。
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…声がする、叫び声だ。
死した骸と共に、生きたまま埋められたモノの悲鳴だ。
人造精霊には言葉がなかった。だからその感情を、その意志を外へ表明する手段を知らなかった。
だが、死ぬ間際の人間達がどいつもこいつも同じ言葉、同じ音を発していたのを彼らは聞き、それが自分達の感情と同じであると気が付いたとき、彼らはたった一つだけ、人の言葉を覚えた。
シニタクナイ、シニタクナイ。
シニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイシニタクナイ、シニタクナイ。
死ニタクナァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァイイイイイイィィィ!!!
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わずか数秒たらず。
意識を真っ白に染め上げるほどの悲鳴から視界が生還する。
痛みさえ感じるほどの体の震えが、精神を締め上げる。オルレアンは胸を抱えて上体を折る。視界の隅に倒れているギュスターヴが見えたが、溢れた涙でその姿がゆがんだ。
自分のものではない涙が頬を流れて落ちる、それがどうしよもなく不快だ。
この身体は、この顔も瞳も涙も自分のもので、決して人造精霊の領分ではない。なのに、どうして涙がこぼれてしまうのか。そう考えると、まるで自分が侵略されているような気がして、強い怒りがこみ上げる。怒りのままに、涙を流しながら顔をあげたその時、
「…え?ちょっと、あなた…」
はらり、ほろり。
頬を伝う涙は、オルレアンの目の前で黒い床に落ちた。涙が落ちるのが見えるなら、それはオルレアンの涙ではない。
「……あ」
隣で、アルトがはらはらと泣いていた。
彼自身もどうして泣いているのか、そもそも泣いていることに今気が付いたとばかりの表情で。オルレアンの涙を呆然と見つめるその顔には、オルレアンと同じような…どこか泣いていることを嫌悪している感情が浮かんでいた。
「…あなた、一体…」
ココに来て、少女のようにたおやかなエルフに疑念が浮かぶ。
失神したギュスターヴのように、通常の人間や動物は、この呪いにも近い悲鳴を聞いて無事なはずがない。魔力や精霊に敏感なエルフなどもってのほかだ。これを聞き、許容できるのは、これと同じモノだけだ。
人造精霊感染者でないことは確かである。ならばなぜこのどす黒い叫喚を聞いて、彼は、人造精霊と同じように涙を流しているのだろうか?
普通のエルフではないのか?その思考が脳裏を掠めた瞬間、オルレアンは一つの噂を思い出す。
肌は黒く、森を持たぬ闇のエルフの総称を、オルレアンは驚愕してその名を口にしようとした、次の瞬間
。
「……っ!?」
涙を流しているオルレアンとアルトが同時に、同じ方角に首をむける。
そこにいたのは、黒い巨体から数十本の腕を生やして、こちらにその黒い手を向けている動物の姿があった。外見は、針鼠に近いが、その針には一本一本に五指があり、死に際のように痙攣を繰り返している。眼は確認できないが、その針鼠の額に鎮座しているのは、あの生々しい赤い宝石だということだけは明確にわかった。
「…って、ちょっと…?」
あれがおそらく、この世界を作り、死者の腐肉によって再現された魔女の忌み子達。しかし、どうも様子がおかしい。オルレアンが彼らの意図に気が付く前に、足元である床が突然に崩落する。
「!?」
崩れ落ちる黒い瓦礫と共に空中に放り出されるも、無理やりに起動させた人造精霊を使って、右手を巨大な蜘蛛の足のような指に変える。近くの壁に指を埋め込み、壁を抉りながら落ちることで速度を減速させて着地する。次の瞬間、黒く変形した指に鋭い痛みが走る。
「!…石…まさか…」
オルレアンが息を切らして周囲を見渡す。
そこは、確かに城だった。城だったもの、といったほうが適切だったが。
黒い壁と床がとろける様に流れている、その下にはたしかに石で出来た壁と床があった。といっても先程の黒い壁と床のようになめらかなままではなく、そこかしこに穴が空き、外壁は抉られ、床はひび割れている。かつて魔女戦役において破壊されたままの廃墟に、まるで皮をかぶせるようにかつての城を再現していたのか。
オルレアンが着地したのは二階部分の、おそらく客室が並ぶ回廊だった場所。といっても着地した三歩先は崩れていて、向かい側には今にも崩れ落ちそうな廊下が見えるだけだ。
「ってギュスターヴ!エルフの可愛い坊やも!」
痛む異形の右手を押さえながら、オルレアンは真上を見る。自分達がさきほどまでいたのは五階部分に相当する最上階。二人も一緒に落ちたのか?と思った次の瞬間、
「!」
崩れかけた天井に遮られて一瞬しかみえなかったが、小さな人影に襲いかかる無数の触手が見えた。
次の瞬間には数十本の腕が雨霰のように人影のいる部分に降り注いでいた。一際大きい轟音が、崩れかけた廃墟の城を震わせる。
(なんであの子が!?)
てっきり自分が狙いだったと思っていたが、どうやらアレの矛先は小さなエルフに向いていたらしい。理由も原因もわからないが、とにかく先程の場所へ戻らなければ。
オルレアンは痛む異形の手を押さえて舌打ちし、身を翻した。
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