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2025/03/10 07:15 |
ナナフシ  13:Man erntet nur das, was man sat./アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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 アルトは、かつてこの地に存在した大きな帝国を知らないが、その国が二つに別れた
ときの争いのことなら人並みに知っている。先の王が崩御するなり、彼の弟と息子が同
時に新王を称したことによる内乱だ。

 国を逃げた旅人たちは、口を揃えて「ひどい戦いだった」と言った。

 新生エディウスの兵士たちは、かつての同胞である敵国を激しく罵った。魔女の力を
借りた呪われた偽王、悪魔の手先め。敗残国の人々のその言葉を誰も本気にしなかった。

 金のために戦った傭兵たちは、言葉少なく「ひどい戦いだった」と言った。一部の者
たちは「ひどい虐殺だった」と言ったが、そのうちの更に一部は人知れず姿を消した。



「……あの、今はあれを何とかしないと」

 城を指差して提案してみる。非常識二人は個人的用件に国家権力を濫用するかどうか
を本気で話していたが、とりあえず「する」という方向で結論を得たようだった。そん
なことに権力を扱える立場だというのが信じられない。これだから人間は理解できない。

「そうね、こんなところであのバカ錬金術師に足止め食らってる場合じゃないわ。立ち
塞がるものは粉砕、粉砕、粉砕して、愛するオードリーのところに行かなきゃいけない
んだから!」

 アルトは心の耳栓をして歩き始めた。背後で二人はまた騒ぎ出した。が、歩き出す気
配はあったので、少しは進展したのだろうか。

 城を見上げる。塔の上で光が瞬いている。
 前庭を横断し扉を開ける。中は広い玄関ホール。
 動くものは何もない。床には黒い灰が積もっていて、踏み込むと煙のように舞った。

「ちょっと、あまり先に行くと危ないわよ」

「そうよ。先陣は私達に、いえ私に任せておきなさい! あなたもオルレアンも、私の
背中に「きゃああああああ素敵よギュスターヴ! 貴方の逞しい脊柱起立筋と棘上筋と」

 付き合っていられないので先に進むことにする。
 灰のにおいがする。肺が侵されていく。

 意識の隅に巣食っている影精霊が囁いた。
“アア、仲間ガ呼ンデイル。”

 アルトは眉根を寄せて、意味を問うた。ざっと周囲に目を走らせるが、意思持つ自然
の要素、アルトが精霊と呼ぶ不可視の彼らはここには存在していない。この空間は異常
すぎる。

(何もいないじゃないですか)
“呼ンデイル。呼ンデイル。人ニ憑カネバ生キラレナイ、異質ノ同胞ガ”

 何を言っている? 今までになかったことだ。
 元々、自我はあっても理性は持たない存在だというのに、意味のある言葉まで発して。

 同胞とは、人造精霊という兵器のことだろうか。だがあれは精霊の名こそ冠している
が別のものだ。特別の知識があるわけではないが先ほど見たばかりなのだから、わかる。

(何もいませんよ)
“彼ラハ異質。自然ナラザル魔術ノ落子。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ン
デイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。呼ンデイル。
呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイ
ル呼ンデイル呼ンデイル呼ンデイル!彼ラハ落子。古キ禍カラ生ミ出サレ生マレル日ヲ
待ッテイル!”

(うるさい!)

 床を強く蹴り、立ち止まる。靴の裏で、何か、踏みつけて崩す感触があった。
 足をどけて見下ろす。何か黒い影。薄暗くて、よく見えない。細長い、黒い塊が崩れ
かけて残っている。片方の先端に、何か平らな、硝子片のようなものがついている。 
炭にまみれ、濁り、生理的嫌悪感を催させるそれは――

「なんて胸糞悪い場所かしら」

 オルレアンの言葉に、アルトは反射的に振り返った。
 青い髪の軍人は言葉通りの表情をしていた。

「あまり見ない方がいいわよ」

「……この灰、人間ですね。そこに指が」

「ええ。この城ではたくさんが死んだわ。
 ここは何らかの魔術で再現された城のようだけど」

「困ったですね。歩きづらいです」

 肩を竦めてみせる。深くは聞かないほうがいい。
 彼は当事者かも知れない。いい記憶ではないだろう。そして、聞いてはいけない。

 国境線上の立ち入り禁止地区。エディウス内戦の最後の決戦の場所――いや、内戦終
結後、正統エディウス軍によって攻め落とされた、正統エディウス軍の城。ここにある
のは国家機密だ。それも、禍々しい類の。
 知っては始末される。立ち入った時点で手遅れか?

 オルレアンもギュスターヴも、軍人である以上、報告義務を負っている。
 脱出できたとしても、自分の身柄は軍に拘束されるだろう。

 ついてない。どうしてこんなことに巻き込まれた?
 どうやら相手の狙いはオルレアンのようだが、彼一人をここへ連れてくるつもりだっ
たのなら、何も、ギュスターヴとアルトが彼の近くにいたあの瞬間でなくてもよかった
はずだ。

 ギュスターヴはともかく、意図的に自分が巻き込まれるような心当たりは、ない。少
し種族が珍しいことくらいだ。しかしあのタイミングには意図的なものを感じずにはい
られない。足手まといを巻き込んで、彼らの動きを制限するつもりだったのだろうか?

「あの塔まで、どうやって行くんです?」

 オルレアンは頷いて、奥へ足を踏み出した。
 心配顔のギュスターヴが彼を追うのを確認してから、アルトは最後尾を行った。

“……! …………”
 心に憑いた影精霊はまだ騒いでいる。話し相手になる気もないくせに。
 早く帰りたい。変態と三人でこんなところをうろつくのはもう嫌だ。

“…! ……イル”
(静かになさい。お前は常に私を助ける。代わりにお前は私の感情を喰う。
 それだけがルールです。余計なことを騒いで、私を混乱させるんじゃない)


 黒い廊下を進み、いくつもの扉の前を通った。
 道はところどころが歪んでいて、迂廻の必要が度々あった。
 外からではそれほど広いと感じなかったこの城で、しかし目的の塔の入り口らしき階
段の下までたどり着くまでには、随分の時間がかかったように感じられた。

 のぼりの螺旋階段は、待ち受けるように口を開いている。


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2008/04/18 23:42 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

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