キャスト:アルト オルレアン
NPC:国王ロンデヴァルド三世、側近&魔術師、ギュスターヴ
場所:正統エディウス国内?→正統エディウス・イズフェルミア禁区
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正統エディウス国第一領ノスタルジア、王都ノルジア王城。
城の中でも最も壮麗で壮大な造りとなっている玉座の間。宝石が随所に散りばめられ、青い絹が張られた玉座に座るのは、少年と傍らには鷹のように鋭い目つきの老臣が一人、また数人の兵士と魔術師が話し合っていた。
--------
扉ごしに聞こえるバタバタと廊下を走るせわしない足音。
それを聞きながら、怠惰な玉座の主は大きく欠伸を漏らした。
「えー…イズフェルミア禁区で大規模な魔力波を確認?…ふぁ、魔女が黄泉の国から戻ってきたのかなぁ?」
「王、そのような不吉なことをおっしゃられてはいけません」
絹のような黒い髪に宝石のような黒い瞳。周囲の側近達とは人種的に明らかに違う顔立ち、東の地方独特の彫りの浅い、しかし端正な顔。王族だけが許されるスカイ・ブルーの羽織をまとい、身の丈に合わぬ玉座にずるりと横たわっている。しかし傍らの側近に諌められて、正統エディウス国国王ロンデヴァルト三世は不満そうに嘆息した。
「…現地の魔術師が水鏡で伝えてきたところによると、天蓋のような半球状の皮膜が禁区全体を覆っているようです。皮膜は魔力で出来ているらしく、また魔力の波長から人造精霊のものと断定されたようです」
とたん、少年王の声がはしゃぐようにトーンを上げた。
「へぇ、ほらやっぱり。魔女が戻ってきたんだ、やっぱり土壇場で見限ったのがよくなかったかなぁ?でもしょうがないよね、あいつら殺す相手に見境なしだし。それに」
と、彼の声がわずかに落ちて、言葉が途絶える。
--------
それはもう昔のこと。けれども鮮明に思い出せる、ある小春日和の火刑場の様子。
焔に消えゆく、忌まわしくも美しいかの女の唇の動きを思い出す。
声は無いが、その言葉は幼い少年王にもはっきりと伝わった。
―私の魔法は、貴方の願いその通りだったでしょう?
--------
「冗談じゃない、僕はもっと都合のいいものが良かったんだ。あんな都合の悪いものを頼んだわけじゃないのに」
再び吐き出した声は、先刻とはまったく違う暗い感情を持っていた。欲しかった玩具ではないものが届いたような顔つきで、ロンデヴァルト三世は唇を尖らせた。拗ねたように王座の傍らにひじをついていると、広間の向こうから専属の魔術師がやってきた。
「王、ご報告が…」
「今度はなぁに?」
両足をパタパタとさせ、側近に「早く部屋に戻りたい」とジェスチャーで訴える。が、側近は石像のように立ち尽くしたまま、若い王のことなどどこ吹く風と受け流す。報告を聞くまで開放されないと悟ったロンデヴァルト三世は、大きく嘆息して玉座に座りなおした。
「…ベーダン・ハッシュナイト卿がここ一ヶ月ほど禁区付近で目撃されていたそうです」
「ベーダン・ハッシュナイト卿?誰それ?」
首を傾げる王に、魔術師は丁寧に説明を加えた。
「先代の王が設立した王立錬金術協会の会長であった方です。ご自身に魔力の素養はなかったですが、賢者の石の研究なされていました。
…結局は賢者の石まで届かず、擬似的な魔力発生装置モドキしか出来なかったみたいですが」
「ふーん、で、その人がどうかしたの?」
ロンデヴァルト三世といえば、丁寧な説明にも興味のないかのごとく欠伸をかみ殺している。側近の鷹のような視線と出会い、慌てて口元を引き締める。
「ハッシュナイト卿は魔女、そして【指導者】らに強い怨みを抱いておられました。
魔女がハッシュナイト卿の研究テーマ「永久機関の開発」を先に完成させてしまい、王の寵愛を得てハッシュナイト卿を「役立たず」だと王に進言したためです。そのためハッシュナイト卿は会長職どころか自身が設立なさった錬金術協会まで廃止されてしまったからです」
「ふんふん、働かざるもの喰うべからずってね。ついでに有能じゃないご老体は山にでも捨てたいっていうのが本音かな」
「王」
側近の鉄の一声で、慌てて口を紡ぐロンデヴァルト三世。この国王の悪癖の一つに「つい口が滑ってしまう」と噂されているのを知ってか知らずか。
「人造精霊は動物紛いの出来損ない…力の供給源がなければただの泥ですが、ハッシュナイト卿が発明した魔力発生装置を組み合わせれば」
「動かすことが出来る?」
「そのとおりかと」
「でもその人が元凶って決まったわけなの?」
「貧民街で指導者一名と軍幹部一名、あと所属不明のエルフがハッシュナイト卿ともめていて魔法陣が発生し、三人が消えてしまったという報告があります。禁区で皮膜が発生した時刻とほぼ同じであることからして、何かしら関連性があるかと」
「指導者らは例の山賊との一件以来、外出を控えてさせております。あれほど大規模に人造精霊を率いるなど国民に不安と恐怖の念を再燃させかねないと、釘を打ったつもりでしたが…」
ノルジアの王城の守りは鉄壁をはるかに超える。それゆえに【指導者】が中にいる限りは襲うことなど不可能だ。だからこそ外にふらふら出ていた【指導者】が標的になったのか。
「毒蛾は相変わらずってことかぁ、うん、今度オードリーに言ってしばらく外に出れないぐらいにしておこうか」
少年王はくすりと笑う。彼の事だ、異動だの減給だのでへこたれる男ではないことは、かつて四年間側にいた自分がよく理解している。娘からの怒りの進言のほうがよほど堪えるはずだ。問題は、自殺しない程度にするようにオードリーに言い含めておく必要があるのだが。
「王、いかがされますか?」
側近の問いかけの中に含まれた微妙な緊張を受け取って、ロンデヴァルト三世は少しだけ真面目な顔で頷いた。
「禁区は国境線に近すぎる、兵を送るわけにもいかないよ。それにあと…そうだなぁ、半日ぐらいで解決するんじゃない?
なにせ…」
あふ、と少年王はもう一度欠伸を漏らした。懐から取り出した豪奢な懐中時計の針は夜の九時を指し示している。真面目な顔はあっという間に過ぎ去り、にこりと微笑む。
「ほら、明日はオードリーの学校、授業参観でしょ?アイツが娘のことで遅れるはずないし」
--------
「……………」
「……………」
珍しくかち合った二人の呼吸。しばし両者絶句していたが、はじめに喋りはじめたのはやはりオルレアンだった。
「…あー…多分、ここが本体ね」
ばつ悪げに、オルレアン。腕組みをし、上を見上げながらうわごとのように呟く。
隣に並んだアルトの表情は無表情だったが、同じく首を傾けて見上げているものへの困惑具合は窺えた。
見た目は城だが、規模自体はそこまで大きくない。しかし形はそれそのものでありながら、色は暗黒のように黒く、また、ところどころが歪に変形している。間近でみる建物の姿は正常なのに、遠くにみえる煙突が微妙に傾斜していたり、窓の並びが均等ではなかったりとあるべき姿からゆがんでいる。まるで記憶の中の正しい姿を再現しようとして、ところどころが思い出せないために歪んでしまった絵のように。
「…あれ?」
アルトがふいに目を細めた。オルレアンもつられてアルトが見つめる方向へ目を向けた。
二人が視線を向けている方向には、一際高い塔があった。その塔の真ん中で、何かがきらりと光った。
「宝石?」
「何かしら?え、宝石!…やだー貰ってってもいいのかしらぁ」
身をくねらせて喜ぶオルレアン。しかしアルトは全方位型拒否拒絶の雰囲気を形成していた。仕方ないので、オルレアンは唇を尖らせながらももう一度確認する。
「なんか結構魔力流れてるみたいだし、コレなんとかすればいいっぽいんだけど…なんか打開策ある?」
「いや、大きすぎでしょこれは。というか、あの宝石っぽいのが元凶にも見えるんですが…」
オルレアンは元々魔法使いでも魔術師でもないが、人造精霊寄生後は魔力の有無ぐらいは分かるようになった。
しかしそれまでなので、アルトのように魔力がどこから発生してそうとか、どこに集中してるとかが分からない。エルフのアルトが感じるのならば、信じてもいいだろう。
「えー宝石壊すの?この前拷問部屋で指輪落として壊しちゃったのよねぇ、なんとかして壊さずに獲れないもんかしら?」
「……」
アルトの視線が一段を冷ややかさを増す。
「魔石か何かだと思いますけど、あそこからかなりの魔力がこの黒い塊とかに流れてるみたいで…!?」
アルトの耳がぴくりと動く。
「…なにか、聞こえてきますよ?」
「んー?」
アルトの妙な間合いこめた発言。
オルレアンは片手を耳の裏へ回す。そのまま待っていると遠くから轟音を轟かせて走ってくる何者かの音がする。奇怪なことに、黄色い乙女声まで聞こえる。その後ろでアルトは「そういや変態は一人じゃなかった」という厳しい現実に気が付いてげんなりとした表情を浮かべた。
「待ってたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」
「やだー!むしろ走ってるしぃ!!ギュスターヴぅぅぅーーーーー!!!」
オルレアンが再び乙女オーラ満載で瞳を輝かせる。と、何を勘違いしたのか、通りから城門へ走ってくる黒い筋肉の男は片腕を大きく振上げた。魔法による炎が上腕の筋肉から燃え盛り、逞しすぎる拳を握り締め、
「どっせぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅいゴルぁ!!」
と、城門の一部を大破壊してゆく!
ずこぉぉぉぉぉん
「ピンチに駆けつける王子様みたーい!!めっさかっこいいーーー!!」
現状はピンチだが、今はそこまでピンチでもなかった気がする。むしろ平和だったような、とアルトは呟いたが、変態二人の圧力にかき消されてしまったのであった。
--------
「イズフェルミアですってぇぇぇぇ!!」
オルレアンの悲痛な甲高い叫びが辺りに響き渡った。
「…どーりでおかしいと思ったのよ!あのジジイに空間魔法、しかも異空間を作り上げるだなんて超級の魔法、できるわけないし…」
「…イズフェルミアって、どこなんですか?」
とりあえず現在状況を努めて冷静に把握したいアルトは、先程暑苦しいまでの登場により再会を果たした筋肉軍人・ギュスターヴに問いかけた。嫌々ながらも。
「正統エディウスと新生エディウスの国境線沿い、第一領ノルジア側にある立ち入り禁止区域よ。貴方と私達がいた市場からはかなり離れてるわ」
「空間転移ぐらいなら、あのバカでもアーティファクトや魔石を使えばできないことはないでしょうけど…ってやーーーーん!私明日オードリーの授業参観なのにぃ!」
「…つまり、ここはエディウス国内なんですか?でも空の模様にしてもこの空気にしても、ちょっと異常じゃありません?…まぁ、結界か何かかかってれば話は別、でしょうが…って聞いてますか?そこの人」
話を現状把握に戻そうとしたアルトだったが、オルレアンはそのまま脱力したように膝を崩すと、背後に暗黒のオーラをまといながら呟き始めた。
「王都に戻るまでイズフェルミアからだと、どんなにかかっても二日はかかるわ…そんな…あたしの、あた、しのオードリーの…晴れ舞台に間に合わないなんて…」
「その前に、これ倒すことが先なんじゃないですか…?ほら、軍人なんだし」
放浪のエルフであるアルトが思うのもなんだが、国民とか国を守れ、むしろ最優先事項だろうと突っ込みたかったが、
「大丈夫よ!むしろ戻ってからもう一度やり直してもらえばいいのよ!国家権力を見せ占める良いチャンスよオルレアン!」
「…貴女ってなんて頭がいいのギュスターヴ!そうね、今こそ特権を行使するときだわ!!待っててねオードリーぃぃぃーーーー!!!」
「…駄目だ、この国」
人間の国家なんてどうでもよかったが、少なくともこの腐敗した人間達がいる限りエディウスに明日はない、と明確に国家の存亡を予言したアルトであった。
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NPC:国王ロンデヴァルド三世、側近&魔術師、ギュスターヴ
場所:正統エディウス国内?→正統エディウス・イズフェルミア禁区
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正統エディウス国第一領ノスタルジア、王都ノルジア王城。
城の中でも最も壮麗で壮大な造りとなっている玉座の間。宝石が随所に散りばめられ、青い絹が張られた玉座に座るのは、少年と傍らには鷹のように鋭い目つきの老臣が一人、また数人の兵士と魔術師が話し合っていた。
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扉ごしに聞こえるバタバタと廊下を走るせわしない足音。
それを聞きながら、怠惰な玉座の主は大きく欠伸を漏らした。
「えー…イズフェルミア禁区で大規模な魔力波を確認?…ふぁ、魔女が黄泉の国から戻ってきたのかなぁ?」
「王、そのような不吉なことをおっしゃられてはいけません」
絹のような黒い髪に宝石のような黒い瞳。周囲の側近達とは人種的に明らかに違う顔立ち、東の地方独特の彫りの浅い、しかし端正な顔。王族だけが許されるスカイ・ブルーの羽織をまとい、身の丈に合わぬ玉座にずるりと横たわっている。しかし傍らの側近に諌められて、正統エディウス国国王ロンデヴァルト三世は不満そうに嘆息した。
「…現地の魔術師が水鏡で伝えてきたところによると、天蓋のような半球状の皮膜が禁区全体を覆っているようです。皮膜は魔力で出来ているらしく、また魔力の波長から人造精霊のものと断定されたようです」
とたん、少年王の声がはしゃぐようにトーンを上げた。
「へぇ、ほらやっぱり。魔女が戻ってきたんだ、やっぱり土壇場で見限ったのがよくなかったかなぁ?でもしょうがないよね、あいつら殺す相手に見境なしだし。それに」
と、彼の声がわずかに落ちて、言葉が途絶える。
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それはもう昔のこと。けれども鮮明に思い出せる、ある小春日和の火刑場の様子。
焔に消えゆく、忌まわしくも美しいかの女の唇の動きを思い出す。
声は無いが、その言葉は幼い少年王にもはっきりと伝わった。
―私の魔法は、貴方の願いその通りだったでしょう?
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「冗談じゃない、僕はもっと都合のいいものが良かったんだ。あんな都合の悪いものを頼んだわけじゃないのに」
再び吐き出した声は、先刻とはまったく違う暗い感情を持っていた。欲しかった玩具ではないものが届いたような顔つきで、ロンデヴァルト三世は唇を尖らせた。拗ねたように王座の傍らにひじをついていると、広間の向こうから専属の魔術師がやってきた。
「王、ご報告が…」
「今度はなぁに?」
両足をパタパタとさせ、側近に「早く部屋に戻りたい」とジェスチャーで訴える。が、側近は石像のように立ち尽くしたまま、若い王のことなどどこ吹く風と受け流す。報告を聞くまで開放されないと悟ったロンデヴァルト三世は、大きく嘆息して玉座に座りなおした。
「…ベーダン・ハッシュナイト卿がここ一ヶ月ほど禁区付近で目撃されていたそうです」
「ベーダン・ハッシュナイト卿?誰それ?」
首を傾げる王に、魔術師は丁寧に説明を加えた。
「先代の王が設立した王立錬金術協会の会長であった方です。ご自身に魔力の素養はなかったですが、賢者の石の研究なされていました。
…結局は賢者の石まで届かず、擬似的な魔力発生装置モドキしか出来なかったみたいですが」
「ふーん、で、その人がどうかしたの?」
ロンデヴァルト三世といえば、丁寧な説明にも興味のないかのごとく欠伸をかみ殺している。側近の鷹のような視線と出会い、慌てて口元を引き締める。
「ハッシュナイト卿は魔女、そして【指導者】らに強い怨みを抱いておられました。
魔女がハッシュナイト卿の研究テーマ「永久機関の開発」を先に完成させてしまい、王の寵愛を得てハッシュナイト卿を「役立たず」だと王に進言したためです。そのためハッシュナイト卿は会長職どころか自身が設立なさった錬金術協会まで廃止されてしまったからです」
「ふんふん、働かざるもの喰うべからずってね。ついでに有能じゃないご老体は山にでも捨てたいっていうのが本音かな」
「王」
側近の鉄の一声で、慌てて口を紡ぐロンデヴァルト三世。この国王の悪癖の一つに「つい口が滑ってしまう」と噂されているのを知ってか知らずか。
「人造精霊は動物紛いの出来損ない…力の供給源がなければただの泥ですが、ハッシュナイト卿が発明した魔力発生装置を組み合わせれば」
「動かすことが出来る?」
「そのとおりかと」
「でもその人が元凶って決まったわけなの?」
「貧民街で指導者一名と軍幹部一名、あと所属不明のエルフがハッシュナイト卿ともめていて魔法陣が発生し、三人が消えてしまったという報告があります。禁区で皮膜が発生した時刻とほぼ同じであることからして、何かしら関連性があるかと」
「指導者らは例の山賊との一件以来、外出を控えてさせております。あれほど大規模に人造精霊を率いるなど国民に不安と恐怖の念を再燃させかねないと、釘を打ったつもりでしたが…」
ノルジアの王城の守りは鉄壁をはるかに超える。それゆえに【指導者】が中にいる限りは襲うことなど不可能だ。だからこそ外にふらふら出ていた【指導者】が標的になったのか。
「毒蛾は相変わらずってことかぁ、うん、今度オードリーに言ってしばらく外に出れないぐらいにしておこうか」
少年王はくすりと笑う。彼の事だ、異動だの減給だのでへこたれる男ではないことは、かつて四年間側にいた自分がよく理解している。娘からの怒りの進言のほうがよほど堪えるはずだ。問題は、自殺しない程度にするようにオードリーに言い含めておく必要があるのだが。
「王、いかがされますか?」
側近の問いかけの中に含まれた微妙な緊張を受け取って、ロンデヴァルト三世は少しだけ真面目な顔で頷いた。
「禁区は国境線に近すぎる、兵を送るわけにもいかないよ。それにあと…そうだなぁ、半日ぐらいで解決するんじゃない?
なにせ…」
あふ、と少年王はもう一度欠伸を漏らした。懐から取り出した豪奢な懐中時計の針は夜の九時を指し示している。真面目な顔はあっという間に過ぎ去り、にこりと微笑む。
「ほら、明日はオードリーの学校、授業参観でしょ?アイツが娘のことで遅れるはずないし」
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「……………」
「……………」
珍しくかち合った二人の呼吸。しばし両者絶句していたが、はじめに喋りはじめたのはやはりオルレアンだった。
「…あー…多分、ここが本体ね」
ばつ悪げに、オルレアン。腕組みをし、上を見上げながらうわごとのように呟く。
隣に並んだアルトの表情は無表情だったが、同じく首を傾けて見上げているものへの困惑具合は窺えた。
見た目は城だが、規模自体はそこまで大きくない。しかし形はそれそのものでありながら、色は暗黒のように黒く、また、ところどころが歪に変形している。間近でみる建物の姿は正常なのに、遠くにみえる煙突が微妙に傾斜していたり、窓の並びが均等ではなかったりとあるべき姿からゆがんでいる。まるで記憶の中の正しい姿を再現しようとして、ところどころが思い出せないために歪んでしまった絵のように。
「…あれ?」
アルトがふいに目を細めた。オルレアンもつられてアルトが見つめる方向へ目を向けた。
二人が視線を向けている方向には、一際高い塔があった。その塔の真ん中で、何かがきらりと光った。
「宝石?」
「何かしら?え、宝石!…やだー貰ってってもいいのかしらぁ」
身をくねらせて喜ぶオルレアン。しかしアルトは全方位型拒否拒絶の雰囲気を形成していた。仕方ないので、オルレアンは唇を尖らせながらももう一度確認する。
「なんか結構魔力流れてるみたいだし、コレなんとかすればいいっぽいんだけど…なんか打開策ある?」
「いや、大きすぎでしょこれは。というか、あの宝石っぽいのが元凶にも見えるんですが…」
オルレアンは元々魔法使いでも魔術師でもないが、人造精霊寄生後は魔力の有無ぐらいは分かるようになった。
しかしそれまでなので、アルトのように魔力がどこから発生してそうとか、どこに集中してるとかが分からない。エルフのアルトが感じるのならば、信じてもいいだろう。
「えー宝石壊すの?この前拷問部屋で指輪落として壊しちゃったのよねぇ、なんとかして壊さずに獲れないもんかしら?」
「……」
アルトの視線が一段を冷ややかさを増す。
「魔石か何かだと思いますけど、あそこからかなりの魔力がこの黒い塊とかに流れてるみたいで…!?」
アルトの耳がぴくりと動く。
「…なにか、聞こえてきますよ?」
「んー?」
アルトの妙な間合いこめた発言。
オルレアンは片手を耳の裏へ回す。そのまま待っていると遠くから轟音を轟かせて走ってくる何者かの音がする。奇怪なことに、黄色い乙女声まで聞こえる。その後ろでアルトは「そういや変態は一人じゃなかった」という厳しい現実に気が付いてげんなりとした表情を浮かべた。
「待ってたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」
「やだー!むしろ走ってるしぃ!!ギュスターヴぅぅぅーーーーー!!!」
オルレアンが再び乙女オーラ満載で瞳を輝かせる。と、何を勘違いしたのか、通りから城門へ走ってくる黒い筋肉の男は片腕を大きく振上げた。魔法による炎が上腕の筋肉から燃え盛り、逞しすぎる拳を握り締め、
「どっせぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅいゴルぁ!!」
と、城門の一部を大破壊してゆく!
ずこぉぉぉぉぉん
「ピンチに駆けつける王子様みたーい!!めっさかっこいいーーー!!」
現状はピンチだが、今はそこまでピンチでもなかった気がする。むしろ平和だったような、とアルトは呟いたが、変態二人の圧力にかき消されてしまったのであった。
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「イズフェルミアですってぇぇぇぇ!!」
オルレアンの悲痛な甲高い叫びが辺りに響き渡った。
「…どーりでおかしいと思ったのよ!あのジジイに空間魔法、しかも異空間を作り上げるだなんて超級の魔法、できるわけないし…」
「…イズフェルミアって、どこなんですか?」
とりあえず現在状況を努めて冷静に把握したいアルトは、先程暑苦しいまでの登場により再会を果たした筋肉軍人・ギュスターヴに問いかけた。嫌々ながらも。
「正統エディウスと新生エディウスの国境線沿い、第一領ノルジア側にある立ち入り禁止区域よ。貴方と私達がいた市場からはかなり離れてるわ」
「空間転移ぐらいなら、あのバカでもアーティファクトや魔石を使えばできないことはないでしょうけど…ってやーーーーん!私明日オードリーの授業参観なのにぃ!」
「…つまり、ここはエディウス国内なんですか?でも空の模様にしてもこの空気にしても、ちょっと異常じゃありません?…まぁ、結界か何かかかってれば話は別、でしょうが…って聞いてますか?そこの人」
話を現状把握に戻そうとしたアルトだったが、オルレアンはそのまま脱力したように膝を崩すと、背後に暗黒のオーラをまといながら呟き始めた。
「王都に戻るまでイズフェルミアからだと、どんなにかかっても二日はかかるわ…そんな…あたしの、あた、しのオードリーの…晴れ舞台に間に合わないなんて…」
「その前に、これ倒すことが先なんじゃないですか…?ほら、軍人なんだし」
放浪のエルフであるアルトが思うのもなんだが、国民とか国を守れ、むしろ最優先事項だろうと突っ込みたかったが、
「大丈夫よ!むしろ戻ってからもう一度やり直してもらえばいいのよ!国家権力を見せ占める良いチャンスよオルレアン!」
「…貴女ってなんて頭がいいのギュスターヴ!そうね、今こそ特権を行使するときだわ!!待っててねオードリーぃぃぃーーーー!!!」
「…駄目だ、この国」
人間の国家なんてどうでもよかったが、少なくともこの腐敗した人間達がいる限りエディウスに明日はない、と明確に国家の存亡を予言したアルトであった。
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