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2024/05/16 15:45 |
36.フレイムオレンジ/リタ(夏琉)
PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ゼクス
場所:酒場
-----------------------------------


 本当は、何も聞きたくなんかないんだ。
 ただすべてを葬ってしまえばそれで済むことなのだ。混乱に喧騒にトリックに、埋
没してしまえばよいのだ。

 そうわかっていながらも、完全に弱さににげこんでしまうことなど、決して自分に
はできない。

 だって知っているから。
 目をきつく瞑って両手で耳をふさいで地べたにしゃがみこんで絶対に立ち上がらな
いと決意しても、目蓋に焼き付いてしまった光り星の影は消えはしないことを----。




「この話題が、貴方にとって愉快なものでないことはわかってるんだ。でも、知って
ることがあるのなら----」

「この小指のことかな?」

 凶悪な----人間に慣れた獣が飼い主の喉元に喰らいつく寸前に見せるような笑みを
浮かべて、ゼクスは自らの両手を見せびらかす。

「前置きは無用だよ。そんな余裕君にはないんじゃないのかな?」

「貴方は余裕だよね…どうせフレアちゃんがいなかったら、契約金だけ受け取ってす
ぐに事を終わらせるつもりだったんじゃないの?」

 リタルードの言葉に、ヴィルフリードが目を見張る。

「どういうことだ…?」

「僕だって知らないよ。他人の人生に介入するのが、大好きな奴らがいるってだけの
ことさ」

 苦々しく思っていることを露にして、リタルードは言う。

 リタルードにとって、このような介入自体はあまり珍しいことではない。
 もともと自分など『生かされている』存在なのだ。目的も理由も明確なものは何一
つ聞かされていないが、疑問を呈しても碌な答えが得られたことはない。

 ただ、ここまで危険な存在が舞台の上に立ったことは今まで一度もなかった。飽く
までも、それは遊戯の範疇をでないものだった。

----何かが、変化してきているのか。

「金銭の動きがあったことは、否定しない。でもそれ以上のことは言えないな。僕の
信用問題に関わる」

 ゼクスはグラスに口をつけ、半分ほど中身を干した。そして、目を細めて言う。

「時間、そんなにないよ。それともまさか今ので終わりってわけじゃないだろうね」


「まさか」

 手のひらが、汗でじっとりと湿っている。
 ゼクスの顔を見ることはできなかった。カウンターのシミをじっと見据えて、リタ
ルードは無意識のうちに声を落とした。

「魔力を伴う人体変成…仕掛け人がいるかもしれないって話、知ってる?」

「へぇ…、初耳だなぁ」

 ゼクスのその声は、不気味なほどなんの変化もなかった。寧ろ、ヴィルフリードの
ほうがリタルードの言葉に緊張しているのがわかった。

「一応買った情報だよ、信憑性は疑わしいけれどね。…本当に、聞いたことない?」


「ないね。嘘は言わない、そういう約束だっただろう」

「そっか…」

 リタルードはそこで長い息をついた。

 次に言うべきこと----否、自分の望んでいることは、わかっている。
 人体変成に関わる者がいて、その上彼は人の心や記憶に干渉する力を持っているの
だ。運命的といって良いほど、自分の屈折しきった望みに、この状況は適っている。


 次の言葉をつむぐのに躊躇いを感じる理由は、ヴィルフリードの存在だ。
 彼はきっとリタルードのその言葉を不審に思うだろうし、自分はその意図を決して
説明することがないからだ。 

 つまり今、リタルードはヴィルフリードと離れることに対して忌避感情を抱いてい
るのだ。

------情は鎖、血は呪いだ。

 血の繋がりはどれだけ否定しようが厳然たる事実として存在し、どれだけ振り払っ
ても逃れることはできない。だが情の繋がりは、鎖はいつでもその手に持っておかな
ければいけないのだ。金属のぺたりとした肌触りときな臭い体液に似た匂いの存在を
忘れてはいけない。存在することさえ覚えていれば、いつでも断ち切ることはできる
のだから。

 ならば、鎖にひびを入れることも吝か[やぶさか]ではない。
 
 リタルードが再び口を開いたときには、ゼクスの持つグラスの底はほんのわずかに
色づいているだけだった。

「ゼクス」

 顔を上げて名を呼ぶと、ぶつかった瞳はやはり笑みを含んでいた。

「僕の記憶が、欲しいと思わない?」

「リタ?! 何言って」

「ヴィルさんは黙ってて!」

 怒声に近い勢いでリタルードは、ヴィルフリードの言葉を止める。

「別に操られてこういうこと言ってるわけじゃないよ…考えてのことだ」

「でも…リタ、ゼクスみたいなのは記憶を読み取ることまではできないって、自分で
言ってたじゃねぇか」

「はっきりとは読み取れないだろうけど、その気になれば漠然としたことなら掴める
はずだよ。
 それに、そのグラスを空にした瞬間に無理やり喋りたい気分にさせられるよりは、
そっちのほうがよっぽどいいからね」

 リタルードのその言葉にヴィルフリードがはっとゼクスのほうをにらみつけると、
彼はククと小さく笑った。

「嫌だなぁ、いくら僕でもそんなことはしないよ。少なくとも、今ここではね」

「つまり、欲しいんだろう?」

「どうだろうね。 それに、もしかしたら君のお兄さん方に頼まれていたことが、そ
ういうことかも知れないよ。
 それでも構わないのかな?」

「構わない」

「へぇ…悪趣味だなぁ。こんなやり方じゃ僕に何を知られるかわかったものじゃない
のに。
 僕だって、知りたいことを知ることができる保障はない。効率悪いよ」

 そこで、ふいにゼクスは何かに気づいたように表情を消した。
 芝居がかった調子でグラスから離した指を組み、わずかに首を傾げる。

「もしかして、僕は今、ものを頼まれている。そういうことなのかな?」

「………」

「へぇ…」

 呟いて、ゼクスはヴィルフリードのほうに目をあてると言った。

「そういうわけだから、ちょっとはずしてくれないかな」

「…納得できねぇな。いったい何がどうなってるんだ」

「それは、後でその子に聞くことじゃないかな」

 ヴィルフリードはそれ以上何も言わなかった。乱暴に椅子から立ち上がると、ゼク
スを、そしてリタルードを険しい表情で睨みつけて足音荒く店から出て行った。

「さて、僕は本当に読み取るほうは苦手なんだ。何か手がかりをひとつくれないか
な。言葉でもモノでもいいから」

 一人で生まれた場所を離れてから、ずっと求めていたのだ。そのことにリタルード
は今、気がついた。
 それは心を許せる友ではなく、恋焦がれる異性でもなく、ただ無条件に降伏する主
でもなく。
 
 ただ、誰かと共有したかったのだ。情の交わりも一定量の親密さも必要としない誰
かと。それの相手は、不可侵であればあるほどいい。危険であれば、なおさらだ。
 なぜなら自分はあまりにも弱く、そして卑怯だからだ。

「僕は…人体が変成した人に出会ったのは、あなたで…二人目だ」

 手のひらが白くなるほど拳を握って、今までで一番きつくゼクスを睨んでリタルー
ドが搾り出した言葉に、ゼクスは愉快そうにわざとらしく驚きの表情を浮かべた。

 ゼクスはグラスの中身を流し込むと、立ち上がった。リタルードのほうに6本の指
をもつ右手をゆっくりと擡[もた]げる。
 その手が自分の頭を包み込む前に、リタルードは目蓋を閉じた。
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2007/02/11 14:56 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
37.Dove Grey/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ゼクス
場所:酒場
-------------------------------------------------------

 意味が分からない。
 自分が鈍感なのか?

 行く筋か抜けて裏通りから出ると、人の息づく気配が光と共に息吹いてきた
街通り。その中を、ヴィルフリードは一歩一歩の足を前に投げ出すようにして
歩いていた。
 しかし、まだ残っている夜の冷気と、朝の日差しが、だんだんとヴィルフ
リードの怒りの熱を奪い、暗さを消していく。
 そして、残ったもののは、冷め切った惨めさだ。

 いつも、そうだ。
 気づくと、自分のすぐ隣で、自分だけを取り残して事は突然加速していく。
 一緒に走っていて、突如「迷惑をかけるから」と一人離れていく人は、すぐ
隣にいる人を残酷なまでに切り捨てているということを理解していないのだろ
うか?
 自分はここにいるのに、まるでいないかのように振る舞われ、隣人は一人で
戦って、自分はボロボロに傷ついていく隣人を突っ立って傍観するだけ。
 真正面から罵られるよりも、それは存在を否定されている。
 それは……ただ、ひたすらにさびしい。

 自分は、ただ「やめてしまえ」と思うだけだ。
 何故、立ち向かうのだろう。
 その姿勢は、逃げを軸に考えている自分を否定されているように思う。

 清々しい空気。
 先ほどの酒場で肺に溜め込んだ、湿気のある沈殿を思わせる空気が、呼吸で
交換されていく。
 澱みが薄れて、クリアに、クリアになっていく。

 いや。
 この状況は……いつも、自分が逃げ出しているからだ。
 無理矢理にでも介入することなんて、いつだってできていた。
 拒否されようが、突っ込めばいいだけなのに。
 今さっきだって、無理矢理にでもあの場に残っていればよかったんだ。
 それをしなかったのは、自分だ。

 介入する覚悟ができないのか。
 相手の陣地に踏み込んで不興を買うのが怖かったからか。

 どちらにしても。
 悔しい。悲しい。情けない。
 全部ひっくるめてじんわりと涙が滲み出た。
 拳で拭って、それを止める。

「ちくしょう、俺も逃げてやろうか」

 ヴィルフリードは、情けなく洩れる笑いをこぼしながら呟いた。
 宿屋に戻って、町を出て、色んな仕事をして、色んな人と出会って、笑っ
て、別れて、それを繰り返して。
 そして、また、隣人を傍観するのか。
 踏み込まないくせに、孤独であることを嘆いて逃げるのか。

「あー……。チクショウ」

 歩く。歩く。歩く。ただひたすらに、歩く。
 行き着いたのは、先ほどの裏通りの酒場。

 どうやっても傍観者にしかなれないのであれば、その立場を臨もうじゃない
か。
 勇気も、覚悟も無いのだ。
 ならば、甘んじるしかない。
 肝要なところに連れて行ってくれないのならば、眺めながら待とう。

 地下に続く階段の横の壁にもたれかかれ、地べたに座り込む。
 薄い板のドアから、リタルードの、意味を成さぬ声が聞き取れる。
 もう、始まっている。
 ヴィルフリードはそれに静かに耳を澄まして聞く。

 湿り気のある薄暗い通りでも、空の色と匂いで日が昇ってきていることがわ
かる。
 霧はこの温もりで消えうせて、もうどこにも靄[もや]は無い。

 あぁ、今日は晴れるな。
 フレアとディアンの旅立ちにはいい日だ。
 もう、街を出ている頃だろうか?
 行き先ぐらい、聞いておけばよかった。

 あの、出会いと別れに臆病な娘は、今頃この別れに後悔を抱いているのだろ
うか?
 この騒々しさで、別れの寂寥について忘れていてくれたら、嬉しい。
 あのいけ好かない男と一緒にいる喜びで忘れていてくれたら、嬉しい。
 新しい出会いと出来事で、この別れと出会いを糧にしてくれたら、嬉しい。

 死において、断絶される別れであろうが。
 得たものを破棄しないで、抱えて、糧にしてほしい。
 傍観者ですら、そう思う。
 傍観者でしかないからこそ、そう願う。

 ふっ、とヴィルフリードは笑いを洩らした。
 今、気づいた。
 彼女のあの不安定さは、不良消化起こしているからだ。
 だとすれば……相当根深いものなのだろうか。

 青い空を横切り、鳥がさえずる。
 遮断している境界の薄い板切れからは、男の痙攣した高い笑い声も聞こえ
た。
 あのテーブルに転がっていた、虚ろな目の男の声だろうか?
 鈍くなった頭に、響く。ヴィルフリードは、その音を頭の中に閉じ込めるよ
うに瞼を下ろす。
 ヴィルフリードも、小さく、割れた声で笑う。
 虚ろな目の男の姿が、傍観者の成れの果てに思えた。
 笑えば笑うほど、悲しかった。
 笑い声の割れ目が広がり、肺から喉へと通り抜けるひゅうひゅうという間の
抜けた音だけになった。
 深呼吸をして、それを止めた。

 懐からひっぱりだす。
 鎖に戒められた短刀。出る間際、引っ掴んでいった、生命線。
 鞘をしっかり握り、親指で鍔を押し出すように力をかける。
 ギリ、と小さく鎖が張る。簡単に、壊れそうだ。

 親指にかける力を、さらに

「終わったよ」

 音もなく、隣にいるということは、確かめるまでもない。それでも、習慣的
に確認すると、やはりゼクスの見下ろす顔が見えた。

「……別にそれに意味は無いよ。
 外しても、構わない。ただ、あんたには意味がない」

「……じゃぁ、お前には意味があるのか?」

 挑発するように、笑ってみせた。しかし、ゼクスは笑ってそれをかわした。

「やっぱり、ここにいたんだね。
 何? 仲間はずれにされて泣いてるの?」

「誰が泣くか」

 短刀を懐におさめ、立ち上がって、尻についた土を払う。

「で。収穫はあったのかよ」

「さぁね」

「またそれかよ」

 へッ、と笑いを吐き出す。
 すると、ゼクスは、口元でわざとらしく大きく笑ってみせた。

「なら……正直に言おうか? 僕が、何を見たか。……あの子が何を体験した
のか」

「いらねぇな」

 眉を大仰に上げ、つまらなそうに笑うゼクスの横を通り抜ける。

「あんたならそう言うと思った」

 ヴィルフリードは、振り返って、ゼクスの顔を真っ直ぐ見つめてやり、挑戦
的なくらいニヤリと笑ってみせた。

「……なんでもかんでも、指先でいじくりまわして遊んでいたら、何にも掴め
なくなっちまうぜ? ゼクス」

 言うだけ言って、再び階段を下りる。背後から聞こえるのは、冷め切ったゼ
クスの呟き。

「……おもしろくなったじゃないか、ヴィルフリード」



 リタはカウンターに突っ伏して倒れていた。背中はわずかに上下している。
気を失っているだけのようだ。苦しんでいる様子は無い。
 それを確認して、ヴィルフリードは、椅子に座って、グラスを掴み、宙に上
げてみせる。まだ半分ほど残っている液体が揺らめいて踊る。
 楽しそうに……というよりは、酔っ払い特有の自棄的な、芝居がかった仕草
でヴィルフリードはゼクスに向かって呼びかけた。

「さて。まだ残ってるわけだが」

「……続けるかい?」

「勿論だ」

 グラスの縁の両端を二本の指で挟んで吊り下げるように持ち、グラスをカウ
ンターに置く。重い空気に音が鈍く響く。指は、まだグラスに乗ったままだ。

「……短時間の間に何があった? 逃げるのがアンタのスタイルだったろう」

「腹を括っただけだ。
 どいつもこいつも、俺をはじきやがる。そんなにオッサンを嫌わねぇでいい
じゃねぇかって思っちまうほどに、若いのに遠慮しやがる。
 じゃぁ、どうしたらいいか」

 テーブルの上で滑らせながらグラスをゼクスに押し出す。

「無理矢理入る? いや、逃げられるし、場合には嫌われちまう。それにな、
自覚したんだ。俺は、こういう時、介入できない臆病者だとな。
 なら、どうするか」

 指を、離す。

「手を、打つんだ。回避するための。
 疎外から逃げるための牽制の攻撃が必要なら、やってやるさ。
 さぁ、ゲーム再開だ。ゼクス」

 ふん、と鼻を鳴らし、ゼクスはグラスを掴んだ。

「単刀直入に聞く。
 今回のことは……誰かからの依頼だったんだな?」

「あぁ」

 ゼクスはグラスに口をつけ、唇を塗らす。

「依頼は……終わったのか?」

「……まぁね」

「……目的は、どっちだったんだ」

「依頼の内容は言えないよ」

 途端に、愉快そうな顔つきになるが、ヴィルフリードはもう、気にしない。

「依頼じゃない。ゼクス、あんたの興味だ。
 あんたが、仕事だけで動くはずがない。あんたの場合、興味が重ならないと
動かないだろう」

 再び、ゼクスはグラスを煽る。残りは3分の1だろうか。

「どっちだったんだ? フレアか」

「そうだよ」

「追いかけなかった、ということは、もう、彼女にはちょっかいを出さないと
見ていいのか?」

「……さぁね」

「それは、本当にわからないのか。それとも、答えたくないということか?」

「……調子に乗るんじゃない、ヴィルフリード」

 グラスを掴む指の色が、圧迫されて黄色くなっていた。
 暗さを伴った、瞳がギラついてヴィルフリードに向けられる。

「……勘違いしちゃいないさ。お前こそ、勘違いしているんじゃないのか?
 いいか、これはゲームだ。お前が乗った、ゲームだ。熱くなった方が、負け
なんだ。
 例え、今、あんたがここで俺を殺しても……そのときは、お前の負けだ」

 しばらく、ゼクスはヴィルフリードを睨んでいたが、グラスを煽ると、目か
らは危険な光は失せていた。残り、4分の1。

「まぁ……今のは、俺がちょっとしつこすぎた。オーケイ、質問を変えよう…
…」

 指先で、机を数回カツカツと鳴らして、ヴィルフリードは無意味な間を取
る。
 そして、カツ、と指の動きを止め、一息吐いて、聞いた。

「……気は、済んだか?」

 長い、沈黙。ゼクスが、グラスを煽る。残り、1口分か、というところで、
ゼクスは、ふぅ、と息を吐いた。

「一通りはね」

「そうか」

 ヴィルフリードは、思わず安堵の息を洩らした。

「……さて。残り、これだけだけど。どうするんだい? それとも、もう終わ
りかい?」
 
 ゼクスは、グラスの底で円を描き、揺らして見せ付ける。
 ヴィルフリードは、顎に手を当て、しばらくそれを見つめる。そして、握っ
ていた短刀をテーブルに置いた。

「……じゃぁ、コイツについて聞きたい」

 ゼクスの手の動きが止まった。グラスの中の液体だけが運動の余韻で踊って
みせる。

「調べたら、これは、元はあんたのモノのようだ。
 これは、リタが持っていた。だけども、最初の夜は、お前さんは何にも言わ
なかった。ここの時点で、リタが持っていたとしたら、リタとお前の茶番だっ
つーことになるな。リタがアンタが通じているとか……ここだけの話、さっき
までちょいと思ってた。
 だけどもな、さっきので分かった。リタの知り合いが、おそらくアンタの依
頼人だ。アンタが依頼人に、そして依頼人がリタに渡した……もしくは、リタ
の手元へ行くように手配した……ってところだろう?
 ……まぁ、そいつも後から聞かなきゃなんねぇけど」

 テーブルに頭を載せているリタを見て、一息継ぐ。

「……で、本題だ。
 コイツを人にほいほい渡せるようで、でも、アンタは……確実に、これに執
着を見せてる。
 なんなんだ? これは」

 突如、ゼクスはニィ、と笑って、一気にグラスを煽った。

「あ、ズリィっ!」

 ヴィルフリードは思わず声を上げる。
 カコン、とテーブルに置いたグラスの中身は空だった。

「ゲームはここまでだ、ヴィル」

「……愛称で呼ぶんじゃねぇよ。
 ったく……自分で質問が無いか聞いておいて、それはねぇだろうに……」

 がっくりと肩を落とすヴィルフリードを見て、ゼクスは声を洩らして笑いな
がら、テーブルに置かれた担当を六本の指で掴んだ。

「……コイツはね。本当に、別にたいしたことがない代物なんだよ。本当に、
くだらない用途の為だけにしか、使われないものなんだ。
 お守りみたいなもんなんだ、僕にとってね」

「……ゲームが終わってから言うのかよ」

「ゲームが終わったから言うんだよ。
 まさか、今のが本音だと思ったとでもいうのかい?」

 ヴィルフリードは、答えなかった。
 ゼクスは、真顔で見つめるヴィルフリードの顔をしばらく注視すると、笑み
が消えうせた。

「……ヴィル、やっぱり僕はあんたが嫌いだ」

「なら愛称で呼ぶんじゃねぇよ」

 また、笑みの復活。

「嫌がるから呼ぶんだよ、ヴィル」

 ゼクスが席から立ち上がった。

「さぁ、お開きだ。
 ……フラれたことだしね。追いかけてまで、彼女にちょっかいはかけない
よ」

「……だから、ゲーム終了後に言うんじゃねぇよ」

 机に、顎を乗せて、ゼクスの背中を見送る。
 ゼクスがドアノブに手をかけたところで、ふと、ヴィルは頭の中に1つの疑
問が浮かんだ。

「なぁ、ゼクス。
 お前、本当にフレアのこと……」

 ゼクスは扉を開けながら、ゆっくりと振り返った。
 薄暗い店内に日が差し込み、光の筋が丁度ヴィルフリードの目に当たった。
ヴィルフリードは思わず、目を瞑る。
 そして、聞こえた声は。

「ヴィル。
 君は、一目惚れというものを解さないほどおいぼれちゃいないだろう?」

 再び目を開けた時。開けっ放しのドアだけで、ゼクスの姿は無かった。



2007/02/11 14:57 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
38.バタフライイエロー/リタ(夏琉)

PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:なし
場所:街
-------------------------------------------------------

あたたかい。
一定のリズムで身体が揺られている。

そろっと薄目を開けてみると白っぽい地面が見えた。
視界が普段よりも少し高い。

「目ぇ覚ましたか」

リタルードがわずかに身じろいだのを察して、ヴィルフリードは背中に向かって声を
かけた。

リタルードは声を出さずに頷く。
ヴィルフリードが身を屈めてリタルードの身体を支えていた手を外したので、リタ
ルードは彼の背中からすべり下りると自分の足で危なげなく立った。

ヴィルフリードは立ち上がると両腕を上げて身体を伸ばし、肩を回す。

「あー、腰いてぇ」

「ヴィルさんそれ年寄り臭い」

「ここまで運んできてやった人間にそういうこと言うかお前?!」

「だって本当だし」

軽口を叩きながらも、二人の視線は合わない。
ヴィルフリードはまだリタルードに背を向けたままだ。

これが自分の行動の結果だ。
いつ踏み込まれるかわからない親密さより、決定的な違和を抱え込んだ関係のほうが
自分は安心できるはずなのに。

ヴィルフリードの背中を見上げていると、喉の奥に紙くずがつっかえているような気
持ちになってくる。

人を傷つけることなんて、昔はもっと簡単だったはずだ。

「お前なぁ」

軽口の延長で、ヴィルフリードがリタルードの方を向いた。自然と目が合う。リタ
ルードが視線を逸らそうとして、涙がツっと目の端から伝った。

「え、何で…」

自分の身体の予期せぬ反応に狼狽して目元を拭うが、涙は途切れることなく溢れてく
る。
止めたいと思うが止め方がわからない。

人の往来の増え始めた朝の街の真ん中で、リタルードは本格的にしゃくりあげてい
た。




「…不覚」

ようやく落ち着いた頃、リタルードはカウンターに突っ伏してかすれた言った。

朝早くからやっている大衆食堂だ。若い労働者が朝食を取るのによく利用する。
あまりにもリタルードが泣き止まないので、ヴィルフリードに近くにあったそれに
ひっぱり込まれたのだ。

カウンターの中で手早く食事を用意する中年の男性は、二人を迷惑そうに見、とくに
ヴィルフリードに冷たい視線を浴びせたが、リタルードが泣きすぎて鼻血まで噴いた
ときには清潔な布巾を貸してくれた。

窓が大きく光をたくさん取り入れているから、室内が明るい。客の回転も速い。つい
さっき目玉焼きを乗せたトーストを2枚頼んだ客が、1枚を3口で平らげてもう立ち
上がっている。

ここは一日が始まる場所だ。
ゼクスと居た薄暗い空気の篭った酒場とは、まったく反対の役割を持つ店だ。

「おじさん、目玉焼きとベーコン乗せたやつ2枚ちょうだい! 
 あとコーヒーも!」

身を起こして、リタルードが店主に声をかける。

「朝からよく食うな…」

「だってお腹すいたんだもん」

血がどろどろについた布で、追い討ちのようにリタルードは音を立てて鼻をかむ。

「あー、これ洗って返さないと悪いよなぁ」

「洗ってももう使い物にならなくないと思うぞ」

「そんな気もする」

ヴィルフリードが自分の飲み物に口をつける。
この店に入るときにとりあえず彼が頼んだものだ。おそらくもう冷め切っているだろ
う。

「あのな。一つ聞いていいか?」

「何?」

何でもないように聞き返して、しかしリタルードは無意識に肩を強張らせる。
ヴィルフリードが「あの短剣」と口にするのを聞いて、「あぁ」と応じるのと同時に
力を抜いた。

「いつ手に入れたんだ?
 というか、どうやって手に入れた?」

「ゼクスさんに初めて会った日の夜中、人に呼び出されたんだよ」

「その相手とは待ち合わせしていたわけじゃないんだな?」

「そうまでして会いたい相手だったら、まだ気分もよかったんだけどね」

そのとき、店主が注文したものが乗った皿を突き出した。
礼を言って受け取って、続いて黒い液体の入ったカップも受け取る。

「なんかさぁ…僕って遊ばれてるんだよ」

トーストを一口かじる。
場所柄ゆえベーコンは紙のようにぺらぺらだが、ちゃんと焼くときに紙で油を取って
あるからカリカリとした食感だ。

「誰かに会ったり変なものを手に入れたり、そういうことが起こるように仕向けられ
たりさ。そんなにしょっちゅうじゃないし、今までは面白おかしい範囲だっからノッ
てあげてたんだけど」

「遊ばれてるって…なんだ? それはどういうことなんだ?」

「単に暇つぶしじゃない? 僕がフレアちゃんにあの夜ちょっかいをかけたみたいに
さ」

食べながら話していると、卵の黄身が破れて中身が流れ出した。
濃い味の黄色い汁ついた指を、舌で舐める。

「でもさ…、今回みたいなのは腹立つよね。やっぱ」

「…お前さん、いったい何者なんだ?」

ヴィルフリードが、呆気に取られた様子で言った。

「ゼクスは、遊びで物を頼めるほど気安い相手じゃないぞ。それほどの財もコネも
あって、やることが単なる暇つぶしだぁ? しかも他人をほいほい巻き込みやがる。
いったいそいつはどんな奴なんだ」

「知らない。…僕のほうが教えてほしいくらいさ。何回か接触してるから、何人かの
顔は知ってるけど…つまり単独犯ではないよ。
 ちなみに僕についていうなら、単なる田舎から出てきた物好きだし」

「ほんっとうに知らないんだな」

「知らない」

リタルードはきっぱりと嘘をついた。
自分の血縁者に自発的に関わる気はさらさらなかったし、これ以上ヴィルフリードに
自分について説明する必要も感じなかった。

「そうか。ならいい」

ヴィルフリードはそういうとカップの中をもう一口飲んだ。

リタルードもコーヒーを飲んで、2枚目に取り掛かる。

今回は、今までに比べてあまりにも悪質だ。
フレアが居なければ彼女があのような目にあうこともなかっただろうが、逆に言えば
彼女がいたからこそ、ゼクスは依頼にも取り組んだのだ。

仕組まれたのはゼクスがフレアに接触する前か、後なのか。
あの晩接触してきた、エルディオ・ルーマの言ったことからは後のように思えるが、
全く当てにはならない。

前だとしたら、自分がフレアにちょっかいをかける事すら計算に入れていた可能性が
ある。後だとしたら、あの街に自分のことを執拗に観察していた人間がいたというこ
とだ。

その人間はもしかしたら、今このときもじっと自分を見ているのかもしれない。

今までは、本当に”単なる暇つぶし”にすぎないのではないかとすら思っていた。だ
が、これからは周りの人間を傷つけるようなことが頻繁に起こるというのだろうか。


ゼクスの魔力による眠りから目覚めた直後の、フレアのあの虚ろな瞳。
底が見えないほどの深く暗い穴を覗き込んだときの暗さ。ゼクスの抱える粘つく闇
を、そのまま注ぎ込んだような。

彼らも自分も、他者にそんな目をさせるということがどういうことかなんて、本当に
はわかっていない。

「これから、どっか行く予定あるのか?」

リタルードが食べ終わったのを見計らって、ヴィルフリードが声をかけた。

「どっか?」

「こんな縁起悪い街、今日にも出たいじゃねぇか。その後の話」

「街の住民の皆さんの前で、縁起悪いとかものすごく失礼だよ」

「ゼクスとお前に出会ったってだけで、十分に縁起悪い街なんだよ」

「それ酷!」

「で、なんか予定あるのか、ないのか。どっちだ?」

ヴィルフリードは挑むような目をしてニッと笑う。
否、今自分は挑まれているのだ。
ディアンに嫌がらせを仕掛けようと持ちかけられたとき、それと同じ目で笑って、彼
はこちらに手を差し出す。

「ないよ。ヴィルさんは暇なの?」

リタルードは、その手を取った。
ここで彼の手を払ったとしても、どうせ自分は永遠に一人でいることなんかできやし
ないのだ。

いつでも断ち切れるよう手に持つ鎖の存在を忘れるずにはいられないけれど。自分の
中での限界はまだ来ていない、と思う。

「だったら俺は近くの街で、仕事の予定があるんだ。
 泣き虫でやたらと秘密主義の坊主の連れをやるのも、たまには悪くないと思うんだ
がな」

「…気づいてたんだ、やっぱ」

リタルードはヴィルフリードを睨みつけた。

「だよねー。なんかフレアちゃんに比べて僕の扱いがぞんざいだと思ったんだよね」


「男か女って以前に、着ぐるみで外を歩ける奴を丁重に相手できるか。リタって名前
も、もしかしたら偽名か?」

「”も”って何さ。北のほうでは、男の子どもに女性名をつけることって結構あるん
だよ、知らないの? 安全を願うおまじないなんだ」

しれっとまた嘘をつき、そしてリタルードは笑って言った。

「僕も、腰痛もちのガキっぽいおっさんの連れをやるのも、たまには悪くないと思う
よ」


2007/02/11 14:58 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
39.Fog/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
(PC:ヴィルフリード、リタルード)
NPC:ゼクス、エルディオ
場所:街

 犬の遠吠えが、夜の寒さに響いた。それは一般的には不吉な象徴であるが、
このような場所では単なるBGMでしかない。
 明け方で見られた嫌な倦怠感は薄れていて、活気はあった。しかし、それら
も比較でしかない。何も知らない客が入れば、倦怠感は漂って、店内は静かな
ものだと感じるだろう。時折聞こえる喋り声も、どれも潜めているものばかり
で、周囲を拒絶している。
 活気とは言っても、あくまで薄暗く、陰気な中に薄く見える、狂気によるも
のだ。完全に暗くなって、ようやくその危険な光が浮き彫りになっただけのこ
とだろう。
 ゼクスは、今朝と同じ席に一人で座っていた。時折、注文を受けて、忠実に
それにこたえる主人が、ゼクスにグラスを渡すだけで、彼の周囲には、誰もい
ない。
 ゼクスは、グラスをじーっと見ては、時折それを仰ぐ。彼には、グラスの中
に歪んで見える自分以外の何かが見えているのだろうか。
 彼の口元は歪んでいる。皮肉に笑っているようにも見えるし、ただ単につま
らなそうにも見える。いや、普段どおりなのかもしれない。

「ここ、いい?」

 ゼクスは、相手を見ずに、顎で座るように促した。
 茶色の毛をした青年は、臆することなくゼクスの隣に座る。
 身なりは、派手ではないが、まったくくたびれた様子のない衣服。よく見れ
ば、詳しくないものでも、上等な仕立てだということが分かるだろう。
 一見、この店には似つかわしくない客のように見えるが、この界隈の人間に
は分かる。ニオイで分かる。「この青年は自分達に近い」ということを。見か
けどおりの「お坊ちゃん」ではなく、一癖も二癖もあるということを。
 適当に、と注文をすると、青年、エルディオは身体の方向をゼクスに向け
た。

「ご苦労様」

「大したことはしてないよ。フラれちゃったしね。散々だ」

「俺なんか何年もフラれ続けてる」

 エルディオは笑った。ゼクス相手に笑いを向けれる人間は、本当に稀有であ
ろう。
 店の主人が、無造作に青年の前にワインを置いた。香りからしてさしていい
代物ではないということが分かる。エルディオはその差し出されたワインを無
視して、ゼクスの前に重そうな袋を置く。

「成功報酬。これを資金に、追い続けるとかすれば?」

「しつこいのは趣味じゃないんだ。悪趣味だと思わないかい?」

 それを受け取り、ゼクスは初めてエルディオの顔を見た。やはり、笑みを浮
かべながら。しかし、エルディオも笑っている。ゼクスとエルディオの笑い方
とは全く違うのに、何故か二人の笑みには共通する雰囲気があった。

「用事は済んだんだろう? 帰れば? そうじゃなければ、それ飲んだらど
う?」

 ゼクスは、エルディオが飲む気の無いワイングラスを、楽しそうな視線で促
す。言外に『とっとと帰れ』と言っていることに、エルディオは気づいた。

「………そうだね」

 エルディオはワイングラスを上品に持った。

「ゼクスさんが折角勧めているから、いただくよ」

 エルディオは、軽く……少しだけ気障に……持ち上げて、ゼクスに乾杯の仕
草をする。
 二人の共通項とは、何のことはない。「人が嫌がることを楽しむ」というこ
とだ。

「ねぇねぇ、ゼクスさん。例の短剣のこと。こっそり、俺にだけ教えてくれな
い?」

「一回預けたんだ。君のことだ、調べたんだろう?」

 それに対する返答は無い。なれば、答えは一つに限定される。
 エルディオは続ける。

「さらに報酬上乗せするからさ」

「クイズにズルはいけないなぁ。どうせ、君には役に立たないものだよ」

 笑って、ゼクスはエルディオをかわす。

「クイズなら」

 仕掛けた罠に兎がかかった瞬間を見たかのように、エルディオは笑った。

「俺が回答する権利と、ゼクスさんが、その回答が正解かを答える義務がある
んだよね?」

 ゼクスは、急激に醒めた顔つきになった。

「……君らは似ているなぁ。
 僕に関わっても、ろくなことは無いって分かってるのに。なんでそう、から
むかな?」

「ゼクスさんって、自分に触れられそうになると、すぐにはぐらかそうとする
よね」

 エルディオは、クスクスと笑った。子供の「しょうがなさ」を笑うように。
 ゼクスの顔から笑みが消えた。いや、表情というものが消えた。

「知らないけどね。俺は。そういう、生体の仕組みとか知らないけど。
 ……ゼクスさんさ、何歳? まぁ、何歳とでも見えるけどね。でも、雰囲気
は、誤魔化せないよ。……失礼かもしれないけど、ゼクスさんさ、若さが、全
く感じられないんだよ。芝居がかりすぎているよ。
 あと、長い月日で何度も打ちのめされて認めざるをえない、諦めている雰囲
気。これって、隠しようがないものだっていうの、知ってた?」

 ワイングラスを大きく仰いだ。持ち方は上品だが、飲み方は乱雑だ。品質に
あわせているというのだろうか。

「ゼクスさんさぁ、何歳?」

 獲物を、射止めるように。エルディオはゼクスに聞いた。
 しかし、ゼクスは、口の端を釣り上げた。

「さぁね。年齢なんか意味が無いから数えないことにしてるんだ。
 僕が不死身だとでも思ってるの? 興味があるなら、小賢しい弟よりも、エ
ルフ族だとかの長寿な種族でも追いかけたら?」

「……まぁ、いいや。
 とにかく、ゼクスさん。あんたが何歳だろうが、ともかく、傷を負いにくい
身体であることは、確かだ。痛みも無いみたいだしね」

 ワイングラスを、置く。

「ねぇ。正解したら、ゼクスさんが読んだあいつの記憶、教えてよ」

 あはは、と声を出してゼクスは笑った。

「そっくりだ。本当に、そっくりだよ。
 どこから聞いたの? ……あぁ、そうか、あの時あそこにいたヤツの……う
るさかったやつ? ……いや、寝たふりをしていた方かもね。まぁ、そのどっ
ちからか、買ったのか。抜け目ないなぁ。本当に」

「で。教えてくれるのか、答えてないんだけど」

 ゼクスは、しばらく宙を見つめ、そして、エルディオに微笑を向けながら答
えた。

「まぁ、言ってごらん。僕が気に入った答えなら教えてあげるよ」

「難しいなぁ」

 エルディオは苦笑した。ゼクスはそれに取り合わず、グラスと向き合って一
人でいるかのように振舞った。嫌ならば、帰れ、と言わんばかりに。
 ふぅ、と息を吐き、エルディオは口を開いた。

「悪いけど、それ、預かった時、中、見させてもらったんだよね」

 ゼクスは見向きもせず答える。

「知ってた。そうすると思ってた」

 エルディオはそのそっけなさを気にせず続ける。

「刀身に、びっしり文字が刻まれてた。なんて書いてあるかはわからないけ
ど、古代文字の種類らしいって言われたよ。永続的な効果を持つらしいね。
 時間が無くて、そこまでしか専門家に見てもらえなかったよ。
 試しに、指の先を切ってみたんだよ」

「勇気があるね。で、どうだった?」

 その口調は、やる気が無い。投げやりだ。エルディオの方を見向きもしな
い。

「勿論、俺のじゃないよ。雇ったんだよ。なんともなかった。血が出たけど、
すぐふさがった。今日もそいつはぴんぴんしてたよ」

「だろうね」

「死ぬことがない人の欲しいものって、何だと思います?」

 突然のエルディオの質問。ゼクスは答えない。

「……死ねる手段だと、俺は思うんですよ。
 自分を殺せる手段というのを手元に置いて殺される可能性を低くしたいのか
もしれないし、ただ単純に死にたいのかもしれないし、あるいは、自分も死ね
ることを安心材料にしたいのかもしれない。
 いずれにしても、それが必要になる」

「無駄話はいいよ」

 退屈そうに、ゼクスは両手の中でグラスを弄ぶ。

「これが回答だよ。ゼクスさん。
 その短刀は、触れた面の魔力をしばらく断絶させる。普通の人にはまったく
不必要なものだけど、それが必要なのは、限られてくる。アナタにだけしか、
必要でないものだよ」

 ゼクスは動かない。グラスを握り締め、ピクリとも動かなかった。エルディ
オは笑みを浮かべながらゼクスを見つめている。
 と、彼にとっては珍しく……本当に珍しいことに、噴出すように、ゼクスは
笑った。

「君は見かけによらず、想像力が豊かだ。エルディオ」

 エルディオは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。しかし、すぐに少
しだけ、悔しそうに……というよりも機嫌が悪そうに、歪んだ。

「甘いアメ[ご褒美]はあげられないな。坊や」

 エルディオはグラスの中に残っていたものを一気に煽る。
 そして、疑わしそうに、

「……本当に、ハズレなの?」

「おかしなことを言うね。君が答えなければいけなかったのは、真実じゃな
い。僕が気に入る答えだ」

 苛立ったように、エルディオは立ち上がり、カウンターに適当な金額を置
く。

「お釣りはいらない」

 と言って、席から離れようとするエルディオに、ゼクスは楽しそうに声をか
けた。

「アメはあげられないけど、正解、おしえようか? 嘘でいいなら」

 ゼクスの声は弾んでいる。ゲームの勝者の余裕が溢れている。

「……嘘なんじゃん」

 こちらは、敗者の余裕の無さが滲み出ている。

「じゃぁ、訂正。嘘『かも』しれない」

 無視するのは容易かった。だが、それはさらに無様だと、エルディオは思っ
た。かといって、素直に聞くのも癪なので、こんな返答をする。

「……勝手にすれば」

 くすくす笑いながら、ゼクスは妙な質問をした。

「君は、米を炊いたものを味付けして、具材と一緒に強火で炒める料理、食べ
たことがあるかい?」

「は?」

 エルディオはあっけに取られた顔をした。きっと、リタが一度も見たこと無
い顔だったに違いない。

「美味しいんだよ。チャーハンっていってね」

 もう、エルディオは完全に何を言われているかが分からない。

「で、コレはねソフィニアにある、シケた遺跡にあったんだよ。
 美味しいチャーハンを極められる、呪いのナイフ。
 エルディオ、君は幸運だ。指じゃなくて具材を切っていたら、君は取り憑か
れていたよ」

 からかわれている、とエルディオはその時、気づいた。途端、頬が朱に染ま
る。その顔を自覚し、エルディオは背を向ける。

「バカじゃないの!?」

「ま、嘘だけどね。……っていうのも嘘かもしれないから、世の中ややこしい
よね」

 実に楽しそうなゼクスの顔を見ることなく、エルディオは店を出た。
 あんな馬鹿な話、嘘にしても程がある。

 夜空に、また、犬の遠吠えが響いた。

2007/02/11 14:58 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors

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