キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:NO CAST
場所:宿屋
「・・・・・・・ま、俺は構わんぜ、お前がいいんなら。」
実際、俺もあの白皙の魔法使い・・・ゼクスに対しては好印象を抱いてはいないも
のの、さほどの嫌悪感を覚えているわけでもなかった。
フレアを昏倒させたのにゃちょいとムカつくが、それ以外は大した事をしてねーし
な。
わざわざこっちの貴重な時間を使ってまで付き合ってやる義理は無ェ。
ただ、それも今回までだ。
次は、マジで締めるぞ?
俺の言葉に、意外そうな顔をしたフレア。
きっと、「意地でもやってやる!」みたいな言葉が出てくるとでも思ってたんだろ
うが・・・。
苦笑して、俺はフレアの肩を叩く。
「おいおい、俺だって年から年中あんな面倒っちいヤツを相手にしたいとは思わ
ねーさ。それにな、なんて言っても今は時間が貴重なんでな。」
「時間?」
これまた、フレアが首を傾げる。
確かに、俺が時間なんて口にするのは珍しいことなんだろうが・・・。
直接は答えず、俺は傍らに置かれたザックの中から丸められた紙片を取り出した。
「なぁフレア。お前、今どこか行きたいところ・・・あるか?あるんなら、遠慮せ
ずに言ってくれよ?」
「ディアンは、どこかあるのか?行きたいところ、行かなくてはならないところが
?そっちこそ、遠慮は無用だぞ。」
逆に、質問で返されちまった。
ま、ちと俺らしくもなく遠まわしにしすぎたか。
これだけ話せば、誰だって気づくわな。
頭を掻きながら、紙片・・・地図を広げる。
そこに描かれているのは、大陸の全図。
俺が指差したのは、地図の右端。
地図はたいてい北を上にして書かれているから、俺が示したのは極東、ということ
になる。
今俺たちがいるのが大陸のほぼ中心だから、そこから極東までは街道を通って行っ
たにしても、相当な日数がかかるに違いない。
「ここは・・・!?」
地名を目にしたフレアの眉がぴくん、と跳ね上がる。
それは、呪われた地。
大陸の人間なら冒険者でなくとも誰でも知っているその場所は、魑魅魍魎の跋扈す
る、この世ならぬ土地。
「俺は、ここに行きたい。いや、行かないといけねぇんだ。それも、あと半年で
な。」
「半年でか・・・面白いな」
フレアの朱唇が、緩い半月を形作る。
この娘は、理由も、目的も聞かない。
血のつながりも無い、愛情でもない。
俺とこいつを繋ぐのはただ、一緒に旅をしているというそれだけのことなのに。
なのに、こうやって全てを含んだ返事をくれる。
俺を、信用しているのか?
俺は、信用されているのか?
俺は、信用に足るのだろうか・・・?
無条件な信頼ほど、俺を揺さぶるものはない。
いや、きっと・・・男なら誰でもそうなんじゃないのか?
例えば、赤子が笑いかけて来たとき。
例えば、キスを待つ恋人が、目を閉じたとき。
そのとき相手は全く何の心配もしていない。
なぜなら、何が起きても目の前にいる相手が守ってくれるから、そう信じているか
ら。
そんな無防備な一つの命、その全てを預けられる重圧に俺は耐えれるのか?
その思いが引き金となり、俺が忘れようと努力し、記憶の彼方へと追いやっていた
あのことが、頭の中で生々しく再現された。
「信じてるぞ?ディアンなら出来るんだから、絶対!この国を守って、よね?」
そう言って笑った朱里は、綺麗だった、とても・・・。
信頼している相手にしか見せない、その美しさを知っているのは俺だけなんだと、
無性に誇らしく思ったものだ。
命に変えても守ってみせるさ、お前と、この国を。
そう答えたことも、鮮明に覚えている。
なのに、そのどちらをも守れなかった俺は・・・
「ディアン?」
フレアの声に、ふと我に帰る。
「疲れているのか?どうもさっきから様子が変だぞ?」
「ん、ああ・・・何でも無いさ。ちょっと、この先の路程を考えてただけさ。」
その答えに、一応は頷くフレアだが、心底納得したわけではないのだろう。
よく見れば、わずかに頬が膨れているのが見て取れる。
分かりやすい娘だ、と微笑ましく思う反面、彼女に心配をかけさせてしまった自分
を、恥じる。
「悪ぃ、別に隠すほどのことじゃなかったんだが。」
そう前置きして、なるべく感情が波立たないように気をつけながら、一気に言葉を
吐き出す。
「3年に1度の墓参りだ。俺の・・・恋人の。」
NPC:NO CAST
場所:宿屋
「・・・・・・・ま、俺は構わんぜ、お前がいいんなら。」
実際、俺もあの白皙の魔法使い・・・ゼクスに対しては好印象を抱いてはいないも
のの、さほどの嫌悪感を覚えているわけでもなかった。
フレアを昏倒させたのにゃちょいとムカつくが、それ以外は大した事をしてねーし
な。
わざわざこっちの貴重な時間を使ってまで付き合ってやる義理は無ェ。
ただ、それも今回までだ。
次は、マジで締めるぞ?
俺の言葉に、意外そうな顔をしたフレア。
きっと、「意地でもやってやる!」みたいな言葉が出てくるとでも思ってたんだろ
うが・・・。
苦笑して、俺はフレアの肩を叩く。
「おいおい、俺だって年から年中あんな面倒っちいヤツを相手にしたいとは思わ
ねーさ。それにな、なんて言っても今は時間が貴重なんでな。」
「時間?」
これまた、フレアが首を傾げる。
確かに、俺が時間なんて口にするのは珍しいことなんだろうが・・・。
直接は答えず、俺は傍らに置かれたザックの中から丸められた紙片を取り出した。
「なぁフレア。お前、今どこか行きたいところ・・・あるか?あるんなら、遠慮せ
ずに言ってくれよ?」
「ディアンは、どこかあるのか?行きたいところ、行かなくてはならないところが
?そっちこそ、遠慮は無用だぞ。」
逆に、質問で返されちまった。
ま、ちと俺らしくもなく遠まわしにしすぎたか。
これだけ話せば、誰だって気づくわな。
頭を掻きながら、紙片・・・地図を広げる。
そこに描かれているのは、大陸の全図。
俺が指差したのは、地図の右端。
地図はたいてい北を上にして書かれているから、俺が示したのは極東、ということ
になる。
今俺たちがいるのが大陸のほぼ中心だから、そこから極東までは街道を通って行っ
たにしても、相当な日数がかかるに違いない。
「ここは・・・!?」
地名を目にしたフレアの眉がぴくん、と跳ね上がる。
それは、呪われた地。
大陸の人間なら冒険者でなくとも誰でも知っているその場所は、魑魅魍魎の跋扈す
る、この世ならぬ土地。
「俺は、ここに行きたい。いや、行かないといけねぇんだ。それも、あと半年で
な。」
「半年でか・・・面白いな」
フレアの朱唇が、緩い半月を形作る。
この娘は、理由も、目的も聞かない。
血のつながりも無い、愛情でもない。
俺とこいつを繋ぐのはただ、一緒に旅をしているというそれだけのことなのに。
なのに、こうやって全てを含んだ返事をくれる。
俺を、信用しているのか?
俺は、信用されているのか?
俺は、信用に足るのだろうか・・・?
無条件な信頼ほど、俺を揺さぶるものはない。
いや、きっと・・・男なら誰でもそうなんじゃないのか?
例えば、赤子が笑いかけて来たとき。
例えば、キスを待つ恋人が、目を閉じたとき。
そのとき相手は全く何の心配もしていない。
なぜなら、何が起きても目の前にいる相手が守ってくれるから、そう信じているか
ら。
そんな無防備な一つの命、その全てを預けられる重圧に俺は耐えれるのか?
その思いが引き金となり、俺が忘れようと努力し、記憶の彼方へと追いやっていた
あのことが、頭の中で生々しく再現された。
「信じてるぞ?ディアンなら出来るんだから、絶対!この国を守って、よね?」
そう言って笑った朱里は、綺麗だった、とても・・・。
信頼している相手にしか見せない、その美しさを知っているのは俺だけなんだと、
無性に誇らしく思ったものだ。
命に変えても守ってみせるさ、お前と、この国を。
そう答えたことも、鮮明に覚えている。
なのに、そのどちらをも守れなかった俺は・・・
「ディアン?」
フレアの声に、ふと我に帰る。
「疲れているのか?どうもさっきから様子が変だぞ?」
「ん、ああ・・・何でも無いさ。ちょっと、この先の路程を考えてただけさ。」
その答えに、一応は頷くフレアだが、心底納得したわけではないのだろう。
よく見れば、わずかに頬が膨れているのが見て取れる。
分かりやすい娘だ、と微笑ましく思う反面、彼女に心配をかけさせてしまった自分
を、恥じる。
「悪ぃ、別に隠すほどのことじゃなかったんだが。」
そう前置きして、なるべく感情が波立たないように気をつけながら、一気に言葉を
吐き出す。
「3年に1度の墓参りだ。俺の・・・恋人の。」
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キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
-Till We Meet Again!-
―――――――――――――――
ディアンはそれ以上詳しいことは言わなかったし、フレアも訊かなかった。
黙ったまま、指で地図をなぞるディアンの姿だけで十分だった。
彼の横顔を見上げたまま、胸の芯が軋むのを自覚する。
この人は、今の自分と同じくらいの歳に、すべてを失ったのだ。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックしたが――返事はなかった。
入るぞ、と囁いて、扉を開く。通り道ができて、窓から吹き込んできた風が
髪を揺らした。
部屋にはリタ一人だった。肩にシーツをひっかけて、窓の前の机に
突っ伏して眠っている。
その寝顔があまりにも穏やかで、フレアは声を出さずに微笑してから、
そのままドアを閉めた。
廊下に向き直ると、階下から足音がした。すぐに褪せた黒の頭が見える。
ヴィルフリードだ。
彼は階段を上りきってから、リタの部屋の前に立っているフレアを見て、
人差し指を口元にあてた。
「昨日は寝てないんだと」
「みたいだな…ヴィルフリードはどこに行っていたんだ?」
「メシだよ。誰かさんのせいでまだ食ってなかったからな」
苦笑するヴィルフリードのセリフに、身体が強張る。それを見て、慌てて
ヴィルフリードが訂正してきた。
「違うって、あいつだよ…まったく、朝っぱらからやってくれたぜ」
「怪我とかは?」
“あいつ”が誰のことを指しているのかはわからなかったが、
彼は“あいつ”の名すら言いたくないようだった。
「ねぇよ。でも3時間ぐらいかな。怒られちまった」
「怒られた?」
その話題は忘れたいのか、ヴィルフリードはさっと目をそらすと、
まったく関係ない話を持ち出してきた。
「それより、結局どうなったんだ?話したのか?」
「うん、もう行き先も決まった」
「そう…かぁ」
「…」
そこで会話は終わりのようだった。数秒ののち、ヴィルフリードが
歩き出す。
「まぁ、また夕メシの時にでも」
喉まででかかった言葉を言おうか迷っているうちに、彼の
くたびれた肩が通り過ぎる。
そこで慌てて、フレアは振り返った。
今、言わないと。
――「待って」
「さっきはすまなかった……私、自分の事しか考えていなくて。
混乱してたとはいえ、酷い事も言った」
ヴィルフリードは既に自室のドアノブに手をかけていたが、
顔だけはこちらに向けてくれていた。
「…ま、全部が全部お前のせいじゃないからな。気にすんなって」
「ありがとう」
笑顔でそう言うと、ヴィルフリードは扉に隠れるようにしながら
手だけを出して振り、ドアの向こうに消えた。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
-Till We Meet Again!-
―――――――――――――――
ディアンはそれ以上詳しいことは言わなかったし、フレアも訊かなかった。
黙ったまま、指で地図をなぞるディアンの姿だけで十分だった。
彼の横顔を見上げたまま、胸の芯が軋むのを自覚する。
この人は、今の自分と同じくらいの歳に、すべてを失ったのだ。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックしたが――返事はなかった。
入るぞ、と囁いて、扉を開く。通り道ができて、窓から吹き込んできた風が
髪を揺らした。
部屋にはリタ一人だった。肩にシーツをひっかけて、窓の前の机に
突っ伏して眠っている。
その寝顔があまりにも穏やかで、フレアは声を出さずに微笑してから、
そのままドアを閉めた。
廊下に向き直ると、階下から足音がした。すぐに褪せた黒の頭が見える。
ヴィルフリードだ。
彼は階段を上りきってから、リタの部屋の前に立っているフレアを見て、
人差し指を口元にあてた。
「昨日は寝てないんだと」
「みたいだな…ヴィルフリードはどこに行っていたんだ?」
「メシだよ。誰かさんのせいでまだ食ってなかったからな」
苦笑するヴィルフリードのセリフに、身体が強張る。それを見て、慌てて
ヴィルフリードが訂正してきた。
「違うって、あいつだよ…まったく、朝っぱらからやってくれたぜ」
「怪我とかは?」
“あいつ”が誰のことを指しているのかはわからなかったが、
彼は“あいつ”の名すら言いたくないようだった。
「ねぇよ。でも3時間ぐらいかな。怒られちまった」
「怒られた?」
その話題は忘れたいのか、ヴィルフリードはさっと目をそらすと、
まったく関係ない話を持ち出してきた。
「それより、結局どうなったんだ?話したのか?」
「うん、もう行き先も決まった」
「そう…かぁ」
「…」
そこで会話は終わりのようだった。数秒ののち、ヴィルフリードが
歩き出す。
「まぁ、また夕メシの時にでも」
喉まででかかった言葉を言おうか迷っているうちに、彼の
くたびれた肩が通り過ぎる。
そこで慌てて、フレアは振り返った。
今、言わないと。
――「待って」
「さっきはすまなかった……私、自分の事しか考えていなくて。
混乱してたとはいえ、酷い事も言った」
ヴィルフリードは既に自室のドアノブに手をかけていたが、
顔だけはこちらに向けてくれていた。
「…ま、全部が全部お前のせいじゃないからな。気にすんなって」
「ありがとう」
笑顔でそう言うと、ヴィルフリードは扉に隠れるようにしながら
手だけを出して振り、ドアの向こうに消えた。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「……まいったな」
そう言いながら、手にしているのは、細い鎖にがんじがらめにされている短
刀。鎖は、弛み無く、皮の鞘と柄を引き結んでいる。そのままぞんざいに扱って
いれば、その細い鎖はいつか、自然と千切れるように思えた。
縛っている側だというのに、まるで、悲鳴を上げているみたいだと、ヴィルフ
リードは思った。
あの騒ぎのどさくさに紛れて、この代物はヴィルフリードの手にあった。
リタに返そうとも思ったが、あの乱闘での有様を見て不安になり。フレアに
は、とてもじゃないが渡すことが出来ず。ディアンには、なんとなく渡したくな
かった。
時を遡ること数十分前。
「……は?」
「ですから、……これは、正式にゼクスさんのものですよ、これは。
あなた、よくもこんなもの、手に入れられましたねぇ……」
後半の台詞を半ば呆れながらつぶやき、丸眼鏡をかけた男は鎖に縛られた短刀
をヴィルフリードに戻した。
「えっと……それは、間違いなく?」
「……天下の盗賊ギルドの情報網が信じられないとでも?」
眼鏡の奥の目を威嚇するように細められ、ヴィルフリードは慌てて即座に否定
した。
「いや、そ、そうじゃないんだ。
ただ、な。やけに答えが早いなぁー、と、思って」
言葉尻は笑い声で誤魔化している。
暗殺ギルドの次に、このギルドに喧嘩を売ってはいけないのは、子供でも分か
ることだ。
「簡単ですよ。
詳しくは言えませんがね、あの人の情報は、結構需要があるんですよ。
この短刀もちょっと有名でしてね。数年前、正式に古売屋から買い取っていま
す。その前のことはわかりませんがね」
ヴィルフリードはその嘘を平然と流す。分からないわけが無いのだ。その手合
いの古売屋は、大抵、盗賊ギルドから庇護を受けている。見逃してもらうためで
もあり、盗品をさばくためでもあるからだ。
それを知りたいと思えば、情報量は更に上がるだろうし、そこまで知る必要の
ないものだったからだ。
ヴィルフリードがそれを承知していることを知って、男も言葉を続ける。
「なにやら、魔法の品ということらしいですけど、それ以外のことは不明。
むしろね、どんな効果があるか分かったら、こっちに流してくださいよ。高く
買いますから」
「……な、ならさ。いくらでもそっちで調べていいから、これ、どっかに流して
くれよ」
「嫌ですよ。相当な者じゃない限り、利益より危険性のほうがはるかに高い。
あなたに回す利益から手数料を差し引いてマイナスになるほどですよ」
男は、本当に嫌そうな顔をした。
鼻に皺まで寄っている。本気で嫌そうだ。
「とにかく、ウチでは引き取りませんから。まぁ、金額次第ですけどね」
出さないと見越しての台詞だということは、態度で十分理解できる。
そして、その男の人を見る目は確かだった。
「……やっぱ、返すしかないのかねぇ。
っつーか、リタの奴、なんでこんなもん持ってんだよ……」
ヴィルフリードは、ベッドに突っ伏した。
しかし、すぐにまた、視線は短刀に向く。
今、ここで六本指が突如伸びて、この短刀を掴んでもおかしくないのだ。
いや、掴むのは、この首かもしれない。
その覚悟は、既に出来ている。彼の力は「卑怯」と思わせるほど、強大だ。
唯一の救いは、自分がゼクスの手にかかって死ぬ時は、きっと死を理解してい
ない時だ。
気づいた途端、あっという間に死ぬんだろうなぁ、という感はある。
なぜならば。
ゼクスには、殺意が無いからだ。
必要が無い。
明確に、殺そうという意思が無くとも、十分に命を奪える力を持っているから
だ。
自分の意思が置いてけぼりになるほどの力……。
死から拒まれながら、死に追いやる力を持つということ。
それは、どんな心境なのだろうか。
気が狂いそうになった。
その心境を思いやってではない。その心境を想像しようとする行為にだ。
そうして、悲しく思った。
短刀を見やる。
その彼が、執着する短刀。これは、一体なんだというのか。
こんなチンケな攻撃手段よりも、彼自身は大きな力を有しているではないか。
……なんのためだ? これは。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「……まいったな」
そう言いながら、手にしているのは、細い鎖にがんじがらめにされている短
刀。鎖は、弛み無く、皮の鞘と柄を引き結んでいる。そのままぞんざいに扱って
いれば、その細い鎖はいつか、自然と千切れるように思えた。
縛っている側だというのに、まるで、悲鳴を上げているみたいだと、ヴィルフ
リードは思った。
あの騒ぎのどさくさに紛れて、この代物はヴィルフリードの手にあった。
リタに返そうとも思ったが、あの乱闘での有様を見て不安になり。フレアに
は、とてもじゃないが渡すことが出来ず。ディアンには、なんとなく渡したくな
かった。
時を遡ること数十分前。
「……は?」
「ですから、……これは、正式にゼクスさんのものですよ、これは。
あなた、よくもこんなもの、手に入れられましたねぇ……」
後半の台詞を半ば呆れながらつぶやき、丸眼鏡をかけた男は鎖に縛られた短刀
をヴィルフリードに戻した。
「えっと……それは、間違いなく?」
「……天下の盗賊ギルドの情報網が信じられないとでも?」
眼鏡の奥の目を威嚇するように細められ、ヴィルフリードは慌てて即座に否定
した。
「いや、そ、そうじゃないんだ。
ただ、な。やけに答えが早いなぁー、と、思って」
言葉尻は笑い声で誤魔化している。
暗殺ギルドの次に、このギルドに喧嘩を売ってはいけないのは、子供でも分か
ることだ。
「簡単ですよ。
詳しくは言えませんがね、あの人の情報は、結構需要があるんですよ。
この短刀もちょっと有名でしてね。数年前、正式に古売屋から買い取っていま
す。その前のことはわかりませんがね」
ヴィルフリードはその嘘を平然と流す。分からないわけが無いのだ。その手合
いの古売屋は、大抵、盗賊ギルドから庇護を受けている。見逃してもらうためで
もあり、盗品をさばくためでもあるからだ。
それを知りたいと思えば、情報量は更に上がるだろうし、そこまで知る必要の
ないものだったからだ。
ヴィルフリードがそれを承知していることを知って、男も言葉を続ける。
「なにやら、魔法の品ということらしいですけど、それ以外のことは不明。
むしろね、どんな効果があるか分かったら、こっちに流してくださいよ。高く
買いますから」
「……な、ならさ。いくらでもそっちで調べていいから、これ、どっかに流して
くれよ」
「嫌ですよ。相当な者じゃない限り、利益より危険性のほうがはるかに高い。
あなたに回す利益から手数料を差し引いてマイナスになるほどですよ」
男は、本当に嫌そうな顔をした。
鼻に皺まで寄っている。本気で嫌そうだ。
「とにかく、ウチでは引き取りませんから。まぁ、金額次第ですけどね」
出さないと見越しての台詞だということは、態度で十分理解できる。
そして、その男の人を見る目は確かだった。
「……やっぱ、返すしかないのかねぇ。
っつーか、リタの奴、なんでこんなもん持ってんだよ……」
ヴィルフリードは、ベッドに突っ伏した。
しかし、すぐにまた、視線は短刀に向く。
今、ここで六本指が突如伸びて、この短刀を掴んでもおかしくないのだ。
いや、掴むのは、この首かもしれない。
その覚悟は、既に出来ている。彼の力は「卑怯」と思わせるほど、強大だ。
唯一の救いは、自分がゼクスの手にかかって死ぬ時は、きっと死を理解してい
ない時だ。
気づいた途端、あっという間に死ぬんだろうなぁ、という感はある。
なぜならば。
ゼクスには、殺意が無いからだ。
必要が無い。
明確に、殺そうという意思が無くとも、十分に命を奪える力を持っているから
だ。
自分の意思が置いてけぼりになるほどの力……。
死から拒まれながら、死に追いやる力を持つということ。
それは、どんな心境なのだろうか。
気が狂いそうになった。
その心境を思いやってではない。その心境を想像しようとする行為にだ。
そうして、悲しく思った。
短刀を見やる。
その彼が、執着する短刀。これは、一体なんだというのか。
こんなチンケな攻撃手段よりも、彼自身は大きな力を有しているではないか。
……なんのためだ? これは。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:街道
―――――――――――――――
出発の刻は意外と騒がしかった。
荷造りはすぐ終わったのだが、
ウ゛ィルフリードがディアンに絡んでからが長かった。
「昨日のドア代、そっちが払うんだよな?あと俺に対する慰謝料だが、
まぁ俺も寛大な男だ。金貨100枚に負けてやろう」
「オッサンの寝言に払う金はねぇなぁ」
「誰がオッサンだ準オッサン」
しかもそこにリタがちゃちゃを入れるから、始末に負えない。
「僕らから見たらどっちもどっちだけどね。ねー、フレアちゃん?」
「え、いや…」
心底困った顔で二人を見やると、彼らは子供が思いつきそうな
悪口雑言の応酬を繰り返している。
あっけにとられてそれを見ているうち、ふっと笑いがこみ上げてきた。
「――そうだな」
リタの満足そうな笑顔に、フレアの笑い声がかぶって、
ヴィルフリードとディアンはそこでようやく口を閉じた。
・・・★・・・
「…本当に、これでよかったのか?」
霧に濡れた前髪を払って、霞む視界の先を望む。
白い粒子の流れが、さながら生きているかのように
風に乗っているのが見える。
こんな夜中に運行している馬車などあるわけでもなく、
二人はひたすらに歩いていた。
街は静かだ。
フレアのつぶやきに、ディアンが首を傾けてくる。
「なんだ、今更。お前らしくも無ぇ」
そう言う彼の姿は、この霧の中でさえ一段と白い。
「心配なんだ…二人が」
フレアは目を伏せて、冷たい指先をこぶしの中に
丸め込んで暖めた。
首の細い夜烏が、街灯のてっぺんにまるで
装飾の一部のようにとまっている。
霧に濡れて艶やかさを増した黒い羽が、ここからも見えた。
「まぁ、なんだ」
いきなりディアンの声が頭の上から降ってくる。
「大丈夫だろ。あの二人なら何があっても
なんとかするような気がするぜ?」
特にリタなんかはよ、と付け加えると、彼は思いのほか
幼く笑ってみせた。それにつられて、フレアの口端も微かに上がる。
「それならいい…」
吐息のように静かな風が、背中を撫でて、霧の幕がめくれる――
と同時に、道の端に奇妙な影を見つけ、フレアは足を止めた。
霧の中に、何かほかの気配が混じっている。
NPC:ゼクス
場所:街道
―――――――――――――――
出発の刻は意外と騒がしかった。
荷造りはすぐ終わったのだが、
ウ゛ィルフリードがディアンに絡んでからが長かった。
「昨日のドア代、そっちが払うんだよな?あと俺に対する慰謝料だが、
まぁ俺も寛大な男だ。金貨100枚に負けてやろう」
「オッサンの寝言に払う金はねぇなぁ」
「誰がオッサンだ準オッサン」
しかもそこにリタがちゃちゃを入れるから、始末に負えない。
「僕らから見たらどっちもどっちだけどね。ねー、フレアちゃん?」
「え、いや…」
心底困った顔で二人を見やると、彼らは子供が思いつきそうな
悪口雑言の応酬を繰り返している。
あっけにとられてそれを見ているうち、ふっと笑いがこみ上げてきた。
「――そうだな」
リタの満足そうな笑顔に、フレアの笑い声がかぶって、
ヴィルフリードとディアンはそこでようやく口を閉じた。
・・・★・・・
「…本当に、これでよかったのか?」
霧に濡れた前髪を払って、霞む視界の先を望む。
白い粒子の流れが、さながら生きているかのように
風に乗っているのが見える。
こんな夜中に運行している馬車などあるわけでもなく、
二人はひたすらに歩いていた。
街は静かだ。
フレアのつぶやきに、ディアンが首を傾けてくる。
「なんだ、今更。お前らしくも無ぇ」
そう言う彼の姿は、この霧の中でさえ一段と白い。
「心配なんだ…二人が」
フレアは目を伏せて、冷たい指先をこぶしの中に
丸め込んで暖めた。
首の細い夜烏が、街灯のてっぺんにまるで
装飾の一部のようにとまっている。
霧に濡れて艶やかさを増した黒い羽が、ここからも見えた。
「まぁ、なんだ」
いきなりディアンの声が頭の上から降ってくる。
「大丈夫だろ。あの二人なら何があっても
なんとかするような気がするぜ?」
特にリタなんかはよ、と付け加えると、彼は思いのほか
幼く笑ってみせた。それにつられて、フレアの口端も微かに上がる。
「それならいい…」
吐息のように静かな風が、背中を撫でて、霧の幕がめくれる――
と同時に、道の端に奇妙な影を見つけ、フレアは足を止めた。
霧の中に、何かほかの気配が混じっている。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:街道・酒場
―――――――――――――――
霧に向かって行く二人の背を見つめながら、ヴィルフリードは隣にいるリタに
拳を突き出した。
「リタ。ジャンケン」
「え?」
この別れの場面に、ありえない単語が聞こえてきたリタは、その単語が何を意
味しているのかを一瞬、思い出せなかった。
「いいから、ハイ、ジャーンケーン」
――― ホイ
チョキとパーで、チョキの勝ち。
「……なんでとっさにチョキが出るんだ、お前は」
「それって、ひねくれてるって言いたいの?」
「今更言うことでもないだろ、そんなこと」
更に言いかけるリタルードの言葉が出る前に、ヴィルが拳を押し付けてきた。
「……勝ったお前が悪いんだ。持っておけ」
受け取るとそれは、鎖で全身を縛られた短刀だった。
リタは、あ、と小さく呟いた。
しかし、その声は、直後に発せられたヴィルフリードの絶叫にかき消された
「阿呆! 立ち止まンな! 突っ切れ!!」
ディアンとフレアはその言葉と同時に走り出した。
ハッキリと見えてくるその人影は、やはりゼクスだった。霧のせいで顔はよく
見えないが、口元の不気味な笑みだけがハッキリと見えた。
羽織っているだけのコートから腕が伸び、六本の指が何かを捕まえようとして
いるかのように宙に差し出される。
その掌から道を横切るように、一筋の霧が歪んだ。
空気に、何かが干渉される。
だんだんと、それは渦巻き、大きくなってゆく。
「飛ぶぞ!」
ディアンの、小さく鋭い言葉に、フレアが少しだけ首が後ろに動く。
「だけど……!」
ディアンはそんなフレアの様子に思わず舌打ちをした。
距離は縮まる。
止まるしかないのか。
「信じろ!!」
ヴィルフリードの叫びがフレアの背中を押した。
小賢[こざか]しいオッサンだ。俺らの背中で察しやがった。
しかも、フレアに一番効く言葉じゃねぇか。
フレアの目が真っ直ぐと前に向けられたのを見て、ディアンは笑みをこぼし
た。
同時に地面を踏み切る音がした。
歪んだ空気が膨張し、中心へ巻き込む渦巻く流れと変わった。
ディアンはどうにかバランスを崩さずにすんだが、その引き込む力を空中で受
け、体重の軽いフレアがバランスを崩し、巻き込まれる。
その瞬間、その直後、その渦巻く力は消滅し、フレアは地面に身を打ちつけ
た。
「……また、邪魔をするのか」
見ると、ゼクスの腕には先端にナイフがくくられている鋼線が巻かれていた。
ゼクスの顔は後ろに向けられており、表情はディアンからは見えない。が、ど
こか楽しそうな響きが込められている。
「どっちが邪魔なんだよ。
ホレ、オマエら、行け!」
先ほど、フレアに「大丈夫だ」と言ったものの、実際遭遇してしまうと、話は
違う。
腰に下げている柄に手をかけたが、ディアンはヴィルフリードの落ち着いた色
の目に気づいた。
……何を企んでいる?
「喰えねぇオッサンだ」
口元に笑みを浮かべ、小さく呟いた。
既に身を起こして、ディアンにならって剣を抜こうと構えたフレアの腕を掴ん
で、ディアンは走り出した。
「ディアン!?」
「行くんだ! 大丈夫だ、あいつらなら!」
最初は引きずられているように走っていたが、すぐにフレアは自分の力で走り
だし、ディアンの背を追う。
一度だけ、フレアは後ろを振り向き、叫んだ。
「二人とも、ありがとう!!」
二人の反応などちゃんと見ずに、フレアは、まっすぐと前を向く。
その途中、視界の端に、こちらを見ているゼクスの姿が霧にうっすらと映って
いた。
……その顔は霧に暈[ぼ]かされて見えなというのに、フレアには、ゼクスは
笑っているように思えた。
霧の中に完全に二人の姿が消え、ゼクスはようやく振り返った。
「追いかけようと思えば、できたんだろう?
こんなモノなんか断ち切って」
ふっ、とヴィルフリードは腕の力を抜いた。
「……試すような言い方は好きじゃない」
ゼクスは指先で鋼線に触れた。すると、あっけなくそれは切れ、力なく先端は
地面についた。
「からかっただけだ」
鋼線に巻かれた腕に沿って指をなぞる。すると、錘[おもり]の役目をしていた
ナイフが、カランと朝の静かな空気に響いた。バラバラに千切れた鋼線のクズが
ナイフを埋葬するかのように、被さる。
「それより……君たちは、覚悟ができてるの?」
「なら……取引は好きか?」
ヴィルフリードの唐突な言葉に、ゼクスは口を真一文字にし、量るような目を
向けた。
「リタ」
呼びかけられたリタルードは、一瞬躊躇するも、先ほど仕舞ったばかりの短剣
をぶら下げて見せる。
「取引なんか無くても、僕が簡単に取り返せるってこと、わからないはずないよ
ねェ?」
ねっとりとした笑み。暗さがある分、恐ろしさを振りまく。
「……じゃぁ、なんで、今まで取り戻そうとしなかったの?」
ヴィルフリードが答える前に、リタが口を開いた。
ヴィルが驚いてリタを見ると、リタの目には勝負をかけたもの独特の強さが
あった。
唇を湿らせ、リタルードは続ける。
「ゼクスさんぐらいの人だったら、それこそ、いつでも取り返せられるよね?
昨夜だって……昨夜はヴィルさんが持っていたけど、寝ている間に息を止め
て、これを奪うってことが出来たはずだし」
ゼクスの表情が、無表情のまま凍る。
何を考えているのか、何を思っているのか、分からないという点では今までと
は変わらないのだが、空気が硬質なものへと変化する。
硬くなればなるほど、つまりは壊れやすいということだ。
「ゼクスさんが僕らをからかうのをやめなきゃ、こっちは試すしかないと思うん
だ。
そうじゃない?」
張り詰めた空気が流れる。
が、それを緩めたのは、やはりゼクスのあの、笑みだった。
「賢い人は、嫌いだよ」
靴音を鳴らしながら、ゼクスはリタに近づいてきた。
目の前までやってきたゼクスは、リタが持っている短剣を手に取る。弄ぶよう
に。
リタは、抵抗しない。いや、無駄なことなのだ。抵抗というものは。
取引など、ゼクスにとって遊びに過ぎない。要は、ゼクスがその遊びに乗るか
乗らないかで成立する。
緊張と、わずかな悔しさで、頬の筋肉がこわばる。
と、ゼクスが飽きたように、短剣から手を放した。
ゼクスは腰を少しだけかがめ、リタの顔の位置に合わせ、リタの目の前で笑っ
た。
「取引、乗ってあげるよ」
ゼクスに案内され、飲み屋にリタとヴィルフリードはいた。
他の客は2人。一人は飲み潰れたのか、いびきをかいて寝ている。もう一人
は、こちらを一度だけ見ただけで、それぞれまた興味無さそうに一人で飲み始め
た。目は虚ろだ。
「ここは昼前まで開いているんだ。気にせず、話せる」
ゼクスは、「いつもの」と注文したものを一口飲んで、問いかけた。
「で。取引だ取引だって言ってるけど……僕の何と引き換えをしたいんだい?」
「……方便だ、そんなの。
お前に遊ばれるよりマシだと思ったんだ」
少しだけ驚いた眼差しでリタはヴィルフリードを少しだけ見た。
「だろうね。アンタは深く考えないから、そんなことだろうと思った」
再び、グラスに口をつける。種類はわからないが、アルコールであるようだ。
そのゼクスの姿を見て、ヴィルフリードもようやくグラスに口をつけた。こち
らの中身はウィスキーだ。朝という時間を考えたら気が引けたが、飲まなければ
やっていられないだろうと、注文したのだ。
飲めば何か言葉が浮かぶと思ったが、喉に灼[や]け付く感覚が残るだけで、な
にも出てこなかった。そのくせ、身体にアルコールは染み渡ったくせに、一向に
酔えない。
何の為の酒だ。
ヴィルフリードは苦々しく思った。
「時間」
口を開いたのは、リタルードだった。
「ゼクスさんが、僕らをからかわない……嘘をつかない、はぐらかさない時間と
引き換えっていうのは……駄目? 勿論、答えたくなければ答えないでいいって
いうのが前提で」
「……面白いね。ヴィルフリードと違って、君、面白いよ」
ゼクスはそう言うと、一気に杯を煽って飲み干した。
「同じものを」
空になったグラスをカウンターに戻す。
「ついでに、君らのその一杯は奢ってあげるよ」
ゼクスが渡したグラスに、ラベルが摺れて文字が見えなくなっている瓶から注
がれる。そのグラスを受け取って、ゼクスは乾杯をするかのように、軽く持ち上
げて見せた。
「制限は、次のを飲み干すまででいいよね?」
語尾のイントネーションは尻上がりだというのに、まるでそれはもう決定事項
のような響きを持っていた。
無論、その通りなのだろう。現にゼクスの目は同意を求めては無かった
「何を聞きたいんだい?」
心臓の高鳴りを抑え、リタは口を開いた。
NPC:ゼクス
場所:街道・酒場
―――――――――――――――
霧に向かって行く二人の背を見つめながら、ヴィルフリードは隣にいるリタに
拳を突き出した。
「リタ。ジャンケン」
「え?」
この別れの場面に、ありえない単語が聞こえてきたリタは、その単語が何を意
味しているのかを一瞬、思い出せなかった。
「いいから、ハイ、ジャーンケーン」
――― ホイ
チョキとパーで、チョキの勝ち。
「……なんでとっさにチョキが出るんだ、お前は」
「それって、ひねくれてるって言いたいの?」
「今更言うことでもないだろ、そんなこと」
更に言いかけるリタルードの言葉が出る前に、ヴィルが拳を押し付けてきた。
「……勝ったお前が悪いんだ。持っておけ」
受け取るとそれは、鎖で全身を縛られた短刀だった。
リタは、あ、と小さく呟いた。
しかし、その声は、直後に発せられたヴィルフリードの絶叫にかき消された
「阿呆! 立ち止まンな! 突っ切れ!!」
ディアンとフレアはその言葉と同時に走り出した。
ハッキリと見えてくるその人影は、やはりゼクスだった。霧のせいで顔はよく
見えないが、口元の不気味な笑みだけがハッキリと見えた。
羽織っているだけのコートから腕が伸び、六本の指が何かを捕まえようとして
いるかのように宙に差し出される。
その掌から道を横切るように、一筋の霧が歪んだ。
空気に、何かが干渉される。
だんだんと、それは渦巻き、大きくなってゆく。
「飛ぶぞ!」
ディアンの、小さく鋭い言葉に、フレアが少しだけ首が後ろに動く。
「だけど……!」
ディアンはそんなフレアの様子に思わず舌打ちをした。
距離は縮まる。
止まるしかないのか。
「信じろ!!」
ヴィルフリードの叫びがフレアの背中を押した。
小賢[こざか]しいオッサンだ。俺らの背中で察しやがった。
しかも、フレアに一番効く言葉じゃねぇか。
フレアの目が真っ直ぐと前に向けられたのを見て、ディアンは笑みをこぼし
た。
同時に地面を踏み切る音がした。
歪んだ空気が膨張し、中心へ巻き込む渦巻く流れと変わった。
ディアンはどうにかバランスを崩さずにすんだが、その引き込む力を空中で受
け、体重の軽いフレアがバランスを崩し、巻き込まれる。
その瞬間、その直後、その渦巻く力は消滅し、フレアは地面に身を打ちつけ
た。
「……また、邪魔をするのか」
見ると、ゼクスの腕には先端にナイフがくくられている鋼線が巻かれていた。
ゼクスの顔は後ろに向けられており、表情はディアンからは見えない。が、ど
こか楽しそうな響きが込められている。
「どっちが邪魔なんだよ。
ホレ、オマエら、行け!」
先ほど、フレアに「大丈夫だ」と言ったものの、実際遭遇してしまうと、話は
違う。
腰に下げている柄に手をかけたが、ディアンはヴィルフリードの落ち着いた色
の目に気づいた。
……何を企んでいる?
「喰えねぇオッサンだ」
口元に笑みを浮かべ、小さく呟いた。
既に身を起こして、ディアンにならって剣を抜こうと構えたフレアの腕を掴ん
で、ディアンは走り出した。
「ディアン!?」
「行くんだ! 大丈夫だ、あいつらなら!」
最初は引きずられているように走っていたが、すぐにフレアは自分の力で走り
だし、ディアンの背を追う。
一度だけ、フレアは後ろを振り向き、叫んだ。
「二人とも、ありがとう!!」
二人の反応などちゃんと見ずに、フレアは、まっすぐと前を向く。
その途中、視界の端に、こちらを見ているゼクスの姿が霧にうっすらと映って
いた。
……その顔は霧に暈[ぼ]かされて見えなというのに、フレアには、ゼクスは
笑っているように思えた。
霧の中に完全に二人の姿が消え、ゼクスはようやく振り返った。
「追いかけようと思えば、できたんだろう?
こんなモノなんか断ち切って」
ふっ、とヴィルフリードは腕の力を抜いた。
「……試すような言い方は好きじゃない」
ゼクスは指先で鋼線に触れた。すると、あっけなくそれは切れ、力なく先端は
地面についた。
「からかっただけだ」
鋼線に巻かれた腕に沿って指をなぞる。すると、錘[おもり]の役目をしていた
ナイフが、カランと朝の静かな空気に響いた。バラバラに千切れた鋼線のクズが
ナイフを埋葬するかのように、被さる。
「それより……君たちは、覚悟ができてるの?」
「なら……取引は好きか?」
ヴィルフリードの唐突な言葉に、ゼクスは口を真一文字にし、量るような目を
向けた。
「リタ」
呼びかけられたリタルードは、一瞬躊躇するも、先ほど仕舞ったばかりの短剣
をぶら下げて見せる。
「取引なんか無くても、僕が簡単に取り返せるってこと、わからないはずないよ
ねェ?」
ねっとりとした笑み。暗さがある分、恐ろしさを振りまく。
「……じゃぁ、なんで、今まで取り戻そうとしなかったの?」
ヴィルフリードが答える前に、リタが口を開いた。
ヴィルが驚いてリタを見ると、リタの目には勝負をかけたもの独特の強さが
あった。
唇を湿らせ、リタルードは続ける。
「ゼクスさんぐらいの人だったら、それこそ、いつでも取り返せられるよね?
昨夜だって……昨夜はヴィルさんが持っていたけど、寝ている間に息を止め
て、これを奪うってことが出来たはずだし」
ゼクスの表情が、無表情のまま凍る。
何を考えているのか、何を思っているのか、分からないという点では今までと
は変わらないのだが、空気が硬質なものへと変化する。
硬くなればなるほど、つまりは壊れやすいということだ。
「ゼクスさんが僕らをからかうのをやめなきゃ、こっちは試すしかないと思うん
だ。
そうじゃない?」
張り詰めた空気が流れる。
が、それを緩めたのは、やはりゼクスのあの、笑みだった。
「賢い人は、嫌いだよ」
靴音を鳴らしながら、ゼクスはリタに近づいてきた。
目の前までやってきたゼクスは、リタが持っている短剣を手に取る。弄ぶよう
に。
リタは、抵抗しない。いや、無駄なことなのだ。抵抗というものは。
取引など、ゼクスにとって遊びに過ぎない。要は、ゼクスがその遊びに乗るか
乗らないかで成立する。
緊張と、わずかな悔しさで、頬の筋肉がこわばる。
と、ゼクスが飽きたように、短剣から手を放した。
ゼクスは腰を少しだけかがめ、リタの顔の位置に合わせ、リタの目の前で笑っ
た。
「取引、乗ってあげるよ」
ゼクスに案内され、飲み屋にリタとヴィルフリードはいた。
他の客は2人。一人は飲み潰れたのか、いびきをかいて寝ている。もう一人
は、こちらを一度だけ見ただけで、それぞれまた興味無さそうに一人で飲み始め
た。目は虚ろだ。
「ここは昼前まで開いているんだ。気にせず、話せる」
ゼクスは、「いつもの」と注文したものを一口飲んで、問いかけた。
「で。取引だ取引だって言ってるけど……僕の何と引き換えをしたいんだい?」
「……方便だ、そんなの。
お前に遊ばれるよりマシだと思ったんだ」
少しだけ驚いた眼差しでリタはヴィルフリードを少しだけ見た。
「だろうね。アンタは深く考えないから、そんなことだろうと思った」
再び、グラスに口をつける。種類はわからないが、アルコールであるようだ。
そのゼクスの姿を見て、ヴィルフリードもようやくグラスに口をつけた。こち
らの中身はウィスキーだ。朝という時間を考えたら気が引けたが、飲まなければ
やっていられないだろうと、注文したのだ。
飲めば何か言葉が浮かぶと思ったが、喉に灼[や]け付く感覚が残るだけで、な
にも出てこなかった。そのくせ、身体にアルコールは染み渡ったくせに、一向に
酔えない。
何の為の酒だ。
ヴィルフリードは苦々しく思った。
「時間」
口を開いたのは、リタルードだった。
「ゼクスさんが、僕らをからかわない……嘘をつかない、はぐらかさない時間と
引き換えっていうのは……駄目? 勿論、答えたくなければ答えないでいいって
いうのが前提で」
「……面白いね。ヴィルフリードと違って、君、面白いよ」
ゼクスはそう言うと、一気に杯を煽って飲み干した。
「同じものを」
空になったグラスをカウンターに戻す。
「ついでに、君らのその一杯は奢ってあげるよ」
ゼクスが渡したグラスに、ラベルが摺れて文字が見えなくなっている瓶から注
がれる。そのグラスを受け取って、ゼクスは乾杯をするかのように、軽く持ち上
げて見せた。
「制限は、次のを飲み干すまででいいよね?」
語尾のイントネーションは尻上がりだというのに、まるでそれはもう決定事項
のような響きを持っていた。
無論、その通りなのだろう。現にゼクスの目は同意を求めては無かった
「何を聞きたいんだい?」
心臓の高鳴りを抑え、リタは口を開いた。